2017年04月05日

森友学園問題

森友学園問題
この問題は元々国有地の不正取得問題として出てきました。
で、テレビで出てくるコメンテーターのひとたちで、政争の具にしないで、この問題を国有地の不正取得に絞って議論していくべきだという話をしているひとがいます。そもそもそんな発言をするひとはどちらかというと保守派のひとですが、追及する側の立場で考えても、確かに、お金の不正問題は分かりやすく、内閣支持率を低下させていることから、そこに絞った方が分かりやすいのかも知れません。
ですが、そもそもこの問題は、アベ首相が国会答弁で「すばらしい教育理念の学園」と言ったのですが、数々の問題を起こしていたことが発覚し(註1)、そこのからみで大きな問題になっていたのです。わたしはこちらも、批判すべき大切な問題だと思っています。日本会議こそが戦争とファシズムの道を進む勢力で、差別主義的な性格が如実に表れていることです。
アベ政治はダブルスタンダードで、保守政治としての側面として、財界の支持をとりつける経済政策アベノミクスの推進、これは新自由主義的グロバリーゼーションとリンクして、1%のひとの99%のひとへの経済的支配というところで進めてきた政治です。ダブルスタンダードにして保守派の支持をとりつけ、もう一方の基準(スタンダード)が、憲法改正ということまで含んで戦争とファシズムへの道を推進しようという極右的性格です。そこで、「日本会議」という秘密主義集団とつながりの中で、お友達になっていて、そこでのつながりの関係で、大阪知事のつながりも含めて、官僚たちが忖度して、いろいろな便宜を図ったというところで、土地取得になったという話です。ですから、その「日本会議」つながりを切り離すと、土地取得の不正の刑事訴訟というところにもってしかないと、決着がつきません。それは、ゴミの問題で、自らゴミをどこからかもって来て埋めたというところの詐欺事件の疑いが指摘されています(註2)。そこで、ひとりひとが死んでいるということも指摘されています。これは新たな証言者を捜し出して、刑事事件化するしかありません。
もうひとつは、アベ首相が寄付をしたという問題です。政治家には献金は禁止されていると思います。これを夫人が渡すとき「安倍晋三からです」と言って渡しているとのことで、これは刑事訴追されることです。アベ首相は「そのような事実はない」と言っていますが、「ないということは悪魔の証明でなしえない」とかも言っているのですが、少なくとも、偽証をしないかぎり、ないということを証明できる方法があります。それは昭恵夫人を証人喚問することと、そしてわざわざ籠池元理事長が「人払いをして、お金を渡した」と言っているのに、自民党の議員から「昭恵さんはそのような性格ではない」と言っているのですから、「総理夫人付」の役人を証人喚問に出せばいいのです。
アベ首相は、昭恵夫人が名誉校長になっていたことを、「しつこく言ってきたから」とまで言いだしています。証人喚問での発言でいろいろ出てきた事実を、籠池元理事長を「うそつきだ」とか言いだし、昭恵夫人の秘書的に行動していたひとの文書を個人がやったこととして、とかげの尻尾切りを果たそうとしてします。ですが、そもそもこの学園は、日本会議の日本会議による、日本会議のための学校作りとしてやってきたことで、自分達のおごりから何でもやれると勘違いして、役所を巻き込み、やらかした失態なのです。そのことを明らかにしていかねばなりません。
アベ首相は「水戸黄門の印籠であるまいし、役人が動くわけがない」とか、「役人は忖度しない」とか言っています。しかし、そもそも自らそんな話を出すこと自体に、「印籠―忖度」政治が示されているのではないでしょうか? そして、「民間人と一国の首相のいうことのどちらを信じるのか」とか言いつつ(そもそもオリンピック誘致の際の「アンダーコントロール」発言などで、ウソつきで世界的に有名になったひとを誰が信じるのでしょうか?)、自民党が「私人」の証人喚問には応じられないと言っていたのに、総理の名誉を守るためと称して、籠池証人喚問に応じたのは、それこそ、総理の名誉―威信が、「印籠―忖度」として働くことを示したのではないでしょうか。
私人と公人の話をしていたのですが、籠池証人喚問で「私人」を証人喚問したのだから、その議論を自ら消したのですが、そもそも安倍昭恵さんは私人か公人かということは議論になっても、「内閣総理大臣夫人安倍昭恵」を私人だと言うならば、なぜ肩書きをつけたのかという問題になるはずです。そして、「総理に伝えます」とはっきり発言したら、もう総理の代理出席の公人以外のなにものでもないでしよう。
アベ政治の手法は数を頼りにして強引に押し切り、そこで支持率が落ちても、選挙までの冷却期間をおき、そこでバラマキとか、人気取り政策を出し(たいてい、中身のない大うその誇大キャッチフレーズなのですが)、選挙の時には支持率を取り戻すというやり方です。それを同じパターンで繰り返しています。何回か繰り返すと、学習して支持率や選挙の際の議席も減るのではないかと思えるのですが、どうして同じことが繰り返されるのか、ということをきちんと考えねばなりません。
そこで、支持してしまっている「国民が悪い」―「国民の責任」とかいう批判が起き、また、「投票しないのは支持していることと同じ」ということで、投票行動を呼びかけたりしています。それは一面的には正しいのですが、それだけでは片面的とらえ返しです。
「どうせ、誰がやっても政治は変わらない」という政治不信が広くとらえているから、そうなっていくのです。なぜ、そんなところに陥っていったのかとのとらえ返しこそが必要なのです。
民進党の前原さんが(色んな思惑もあってですが)、民進党は政権奪取したときの総括が必要だといっています。公約をことごとく実現し得ず、違反していった中で、投げ出してしまった最後の責任者が、ちゃんと総括もしないまま幹事長をやっています。更に、「野党は共闘」と言っても、アベを引ずり降ろすことが出来るだけです。民進党中心の連立政権ができるとしたら、今のままでは、また同じ崩壊を繰り返し、より大きな失望の中で、政治不信がましていくだけです。
もうひとつは、アベ政治批判をしているひとたちから、「社会は変わらない」ということが言われていることがあります。なぜ、そういうことばをいうひとが出てくるのか、それは、民衆の意識にも広がっています。「中国・北朝鮮脅威論」の宣伝がベースにあって「戦争法」の成立にもっていったということも押さえておかねばなりません。わたしは運動の基本的スタイルとして、「運動には相互批判が必要で、そして批判は自己批判から」ということが必要だと思っています。ここでいう総括には、社会を変えようとする運動の総体の総括も含みます。よく、それは外国で起きたことだから、またそれは一部の集団が起こしたことだからと切り捨てるひとがいるのですが、ひとつの思想の中で、そのつながりと切断ということを鮮明にしつつ、自分たちのなかにもそのような問題を抱えていないのか、というとらえ返しが必要です。民衆の中の運動(「市民運動」)の中で対立を繰り返してきた、そしてまだ対立的なことが総括・解消できていない中で、どうして、大きな運動のうねりを作りだせるのでしょうか?
運動における自己批判から新しい運動に踏み込んでいく作業をネグレクトしていたからこそ、このような事態になっていったという自己批判が必要なのだと思います。わたしはこのことを反差別ということから切り込んでいきたいと「「反差別原論」の断章」という形で作業を開始しています。情況は厳しく、一刻も猶予を許さないところまでおいこまれているのですが、運動の総括なしには同じ繰り返しになっていきます。いまこそ、いろいろな観点からの作業をと提起します。

註1
@ 「教育勅語」を取り入れた教育をしていること。「教育勅語」自体が明治憲法に則った教育で明らかな憲法違反の教育です。稲田防衛大臣が「基本は正しい」とか言っていたり、追及する野党の議員も「良いところもあるとしても・・・」と言っていたりしていますが、儒教精神の家族観や国家―国民観自体が差別的だと指摘できます。
A 教育基本法違反。前文に「日本国憲法の精神に則り」とあるので、@の指摘と重複します。8条2項の「法律に定める学校は特定の政党を支持し、又はそれに反対するための政治教育、その他の活動をしてはならない。」という条項に「安倍首相がんばれ」とか言わせたりするのは違反しています。
B トイレを我慢させる、失禁したオムツを持ち帰らせる、園児を突き飛ばすなどの幼児虐待
C ヘイトクライム的なことを言って、在日の生徒を追い出したという話があがっています。
D 「発達障害はしつけの問題」とかいう社会的に形成されている認識に反することを言って、教育者が持つ必要のある基本的認識を欠落させ、「特別支援教育」対象になる生徒を集め、しかも補助金を取得した後に辞めさせたという補助金不正取得問題が指摘されています。
註2
 役人たちが圧力を受けて動いたとかいう意見がでているのですが、わたしはこのゴミ問題というのは、むしろ役人サイドから出てきたアイデアでないかと思っています。まさに、「印籠―忖度政治」ではないかと。        
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印籠−忖度(そんたく)政治

情況への提言詞(9)
印籠−忖度(そんたく)政治
 
「内閣総理大臣(夫人)」の印籠突き出す首相夫妻
官僚、与党はマスコミ巻き込み忖度政治
総理の名誉を守ると「私人」を証人喚問
総理の名誉―権威は印籠ではないの

「内閣総理大臣夫人」を「私人」と言い張る
SPつける「私人」はいるの
官僚を秘書に使う「私人」はいるの
「私人」と言い張るなら「内閣総理大臣夫人」の肩書き使う?
「私人」ならば夫の名誉のために証人喚問に応じる?

仲良く進めていた教育勅語の学校作り
「日本会議」の友を裏切り、新たに始める「道徳教育」
「道徳教育」の反面教師的手本はアベ政治

維新の議員は「ハシゴをかけた」と言った
ものの見事なオウンゴール

「印籠」「忖度」も総理のことば
忖度するスタッフから教わったことば?
印籠―忖度政治が露呈したオウンゴール

「忖度」にちゃんとフリガナふっておいた?
「すんど」と読み間違えないように

ああ、「印籠―忖度」の「裸の王様」と
それを支える恥さらしの政治


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「まずいでしょう」

情況への提言詞(8)
「まずいでしょう」
 弁護士が自分が出廷した裁判のこと忘れたらまずいでしょう
その上に代理人の名前を貸しただけと言ってたら、もっとまずいでしょう
そのひとが防衛大臣をやってたら、ひとの命に関わることで、最悪にまずいでしょう

一国の首相が、オリンピックの誘致のために「アンダーコントロール」と言って、東電の社員に、何を根拠に言ったのかと、官邸に問い合わせられたら、まずいでしょう
震災の「節目の挨拶」として、「原発事故」の文言を外し、自分たちが推薦し当選した福島県知事から「事故は進行形」と指摘されたらまずいでしょう
収束しているということでオリンピックをそのまま開いたらまずいでしょう
福島でオリンピックの競技を開こうというのも、もっとまずいでしょう
オリンピックのためと共謀罪を作ろうというのも、それならオリンピックを返上しようという意見が出てきて、まずいでしよう

南スーダンで戦闘行為と現地の自衛隊員が書いているのを、勝手に武力衝突と改釈したら、解釈改憲とリンクして、まずいでしょう
支持率対策のため、選挙のためにせっかく「英断」として南スーダンから撤退させると表明したのに、「時期が来たから撤退させる」と言ったらまずいでしょう
せっかく撤退を決めたのに、5月まで先延ばしして、その間に死者がでたら、もっと批判を受けて、まずいでしょう

森友学園問題で逆ギレして、「印象操作」など言ってたら、「やましいことがあるからだ」という印象になってまずいでしょう
とかげの尻尾切りとか、圧力をかけられたとか言われているのに、KKK的秘密主義のカルト集団「日本会議」のことを口に出したらまずいでしょう

共謀罪を「テロ等準備罪」とせっかく看板を書き換えたのに、「テロ」という言葉が入ってなかったのはまずいでしょう
それで慌てて文字を入れても、ごまかしだと分かって余計まずいでしよう
一連のことで、ごまかしやうそを重ねていたら、特定秘密保護法や共謀罪の真意がばれてまずいでしょう

韓国で、まずいことを重ねて朴大統領が大統領を降ろされ裁判にかけられそうなのだから、そこに自分の将来を重ねて、はやく辞めないと、平成の最大の「政治犯罪人」になってまずいでしょう

posted by たわし at 03:01| 対話を求めて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

手話通訳と差別語問題

「反−情報・コミュニケーション障害」コーナーH
手話通訳と差別語問題
以前手話の単語における差別性の問題を書きました。「差別性」と書きましたが、むしろ様態をまねて、手話の単語が作られたところで、音声言語―書記言語の世界での差別性とリンクして差別的と音声言語―書記言語の世界でとられてしまう場合もあって、手話の世界自体では差別的ではない場合もあるという話がひとつあります。もうひとつは、そもそも音声言語―書記言語の世界での差別性が手話の世界にも波及しているという問題です。これはほぼ通訳でいうと読み取り通訳(手話を音声言語に通訳)をするの方の問題です。
で、それに続いて、もうひとつ、音声言語での差別語が出てきたとき、それを手話で表す手話通訳をどうするのかの問題をここで、書き置きます。
公的な派遣でくるひとたちは、これはほぼ置き換えをしているようです。手話通訳士倫理綱領があり、その中で「手話通訳士は、すべての人々の基本的人権を尊重し、これを擁護する。」とあり、どうもこれで差別語は表さないということになっていて、それが資格とは無縁な手話通訳全体に及んでいることもあるのかもしれません。
手話の単語自体で差別的ととらえられる語を差別語として指摘し、表さなくなっていっているという問題があります。単語自体が消え行くということと、意味をつかんで置き換えると二通りのことが出ています。
具体的に書いてみます。「障害者」関係の手話があります。
ジェスチャー自体が差別的だからと使われなくなった手話、今、余り表さなくなっている手が落ちているというジェスチャーにつながる(様態をまねることから作られた手話)<「障害」>という単語とか、<マヒ>とかがあります。また、何も考えないという手話が「頭空っぽ」的に見られて、そこから差別的にとらえられる場合も出てきます。もう一つの流れは、そもそも音声言語が差別語だと使われなくなった<バカ><狂う>とかいう手話があります。また、手話自体に差別性はないけれど、音声言語が差別語だから、そこで作られた手話も使われなくなったというケースがあります。例をあげておくと<ボケ>という手話です。
別のケース、民族・風習関係から作られた手話で、<アフリカ><アイヌ>、、弁髪から来ている<中国>の手話です。これらは多文化主義というところで、そもそも差別的だととらえること自体がおかしいとも言えるのですが、そもそもその文化を捨てた場合には、そしてそれを復興させようという動きがない場合には、それを表すと、その集団がそんな表現はして欲しくないと思うだろうというところでの置き換えです。たとえば、昔ヨーロッパの教科書では日本人がまだちょんまげをしているとか誤解を生むような絵とかが使われていて、たとえばわたしのアイデアですが、仮に、日本人を<ちょんまげ><ひと>で表すと、多くの日本人が不快感を持つだろうということに通じます。

これらを実際にどう表していくかについては、置き換えられた手話が出てきているので、それで表せばいいのですが、それでは通じない場合も出てきます。通訳対象者がどのようなひとかで使い分ける場合もあります。最初置き換えられた手話で通じていないと判断して、あえて差別的だと使われなくなった手話で表す場合もあります。ですが、壇上での手話で対象者がはっきりしない場合もあります。そして最近はインターネット配信されている場合もあります。また手話見ているひとの中には、他の「障害者」もいて、ジェスチャー的に見たら差別的だと感じる場合もあります。そのことは臨機応変にやっていくしかありません。
さて、問題は音声言語の世界で差別語が出てきたときに、とうするかの問題です。そもそも何が差別語なのかの問題があります。これは通訳者の感性の問題とか思想性の問題でもあるのですが、通訳者には差別と言うことがなかなか理解出来ていないで、通訳者集団で先輩からいろいろ教わってとか、放送コードのようなことを取り入れて、判断したりしています。ところで、「放送コード」とかいうと、「差別語狩り」とか反応するひとがいるのですが、そもそも「(差別が、)その差別語が、わたしを傷つけるから、そんな言葉使わないで」というところで、指摘されて使わなくなった経過があります。それに対して、そのことが誤解のようなことではない限り(なぜ誤解を生んだかの検証は必要だし、誤解をうまないようにするということも必要ですが)当事者の感性を無視して、使い続けるということは反差別の立場にたつひとにはないと思います。もちろん、当事者が開き直り的に使うということを規制するのはおかしいとも言い得ます。たとえば、吉田おさみという全国「精神病」者集団のひとが、『“狂気”からの反撃』というタイトルで、「狂気」の正当性というところで本を書いています。正当性というより、正負の価値観を反転させた開き直りです。それは『福祉労働』と「障害者運動」に関わっている雑誌で「キーさん革命」とか「キチガイからの反撃」という内容で文を書いたりしている「精神病」者がいることにもつながっています。これも反転させたところでの文です。これはこの雑誌が「障害者運動」に関わっているひとたちが読む、反差別ということでなりたっているところでの文の掲載です。もし、2チャンネルでそんな文を載せたら、ネトウヨの差別的反撃で炎上します。最近はこのあたりの開き直りということで混乱している面もあります。当事者が開き直り的に使っているとは思うけど、開き直りになっていない、負価値的に使っている場面もでているからです。もうひとつは、開き直っているひとにはそれでいいけれど、開き直れていないひとが「傷つく」と言ってくることも考えられます。だから、開き直るところで、開き直れていないひとたちへのフォローも含めて、開き直りの言辞を使っていくことだと思います。そのあたりの混乱的情況になっているのではないかと思います。このあたりについては、別にちゃんと文を書きます。
さて、手話の世界に話を戻します。それで、そこに差別の問題がなければ、言語通訳はきちんと自分のスキルの問題として通訳すればいいのです。そういう意味では手話通訳のひとつの理想型とされる「透き通るような手話通訳」(まるで、話者が手話ではなしているかのように感じる通訳)で良いのです。また、対象者が障害をそれなりにきちんととらえて主体的に活動しているひとの場合は、当事者主体の判断に任せて、通訳者が余計な判断をしないで、通訳した方が良い場合が多いこともあります。これが言語通訳の基本で、そういう場合は差別語が出てきたら、そのままそれに合う手話言語があれば、差別的であろうと表現したらいいのです。ですが、差別の中で社会性を奪われた、情報障害・コミュニケーション障害の中で、差別に対して感情的に走り、感情的になって後で、そのことを後悔するという場面も出てきます。また、ろう者の中には、聴者側が差別的抑圧的な話をしてるときに、透き通るような通訳をしてしまうと、「通訳者は仲間と思っていたのに、差別者側につくのか」という反応をするひとも出てきます。ですから、往々にして、衝突回避に動き、柔らかい表現、差別的にならない表現をしてしまうこともあります。これが差別語を使わないということにまで波及していることがあるようなのです。ですが、差別語や差別性を指摘できる主体的に動いているひとにとって、情報・コミュニケーション保障ということでは大きな問題になってしまいます。このあたりの話は、手話通訳者集団の全国手話通訳問題研究会(全通研)の学習ビデオに出てくるのですが、(おかしなことを言ってるなとかいう意味で)しかめ面をしながら手話を出したりするとかいう技法もあるようです。
とにかく、手話通訳というのは、思想、とりわけ反差別の思想が要求される活動なのだと改めて感じています。
わたしは反障害論―反差別論をやっているので、そもそも「障害とは何か」という議論から、<「障害者」>を表す手話で、これ自体が差別的になっているのを「障害の社会モデル」の観点から、表記を変えていくという提起もしています。これについては、主題的に論じている本(『反障害原論』)と、ホームページに載せている数々文を読んでください。

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立岩真也「「相模原障害者殺傷事件」補遺」

たわしの読書メモ・・でブログ382
・立岩真也「「相模原障害者殺傷事件」補遺」(『現代思想 2017年1月号 特集=トランプ以後の世界』青土社2017
相模原事件で立岩さんが杉田俊介さんと本をだしています。『相模原障害者殺傷事件 ―優生思想とヘイトクライム―』青土社2016、その本の紹介とそこでの思いのようなことを書いた論攷です。この雑誌の連載や特集で書いた文や他の新聞やあちこちで取材を受けた中での文です。立岩節で思いを書き綴っています。本を買っているので、その本を読んで読書メモを残します。
posted by たわし at 02:39| 対話を求めて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月05日

「共に行動する情報・コミュニケ―ション・アクセス保障を考える会」(仮称)発足のために

「共に行動する情報・コミュニケ―ション・アクセス保障を考える会」(仮称)発足のために

「反障害通信」57号の巻頭言で「「障害者」が政治行動の先頭に」という文を書きました。そのサブタイトルが、「―共に行動する情報・コミュニケーション・アクセス保障を考えるために―」でした。そのことの始動としての提起です。

2012年脱原発・反原発の官邸前行動が起きました。2011年の福島第一原発事故の後に原発再稼働の策動に反対する10万とか20万とも言われる大集会です。そのときは、わたしは関西で母の介護をしていて参加していません。その後、母を看取った後に、2014年秋から脱原発の毎週金曜の脱原発の官邸前集会に参加し始めました。その中で感じ始めたのは、「障害者」の参加を想定していない、とりわけ「聴障者」のことが参加者として考えられていないということです。コールとスピーチが音だけに頼る伝達になっていたのです。その官邸前の集会に波及して、国会前の特定秘密保護法反対の集会や2015年の戦争法反対の国会前のシールズや総がかりの集会につながって行ったのですが、そこでも同じような構図になっていました。いずれにしてもマイクをもっているひとが、間近まで行かないと観れないのです。そして、そもそもコールやスピーチが参加者に向き合ってなされていないのです。
 それにそもそも、「障害者運動」の非政治化という問題もあります。かつて、いろいろな政治的課題の集会に手話を付けようという動きがあり、車いすの「障害者」の参加がありました。デモの先頭に車いすが並ぶということがあったのです。今は、障害問題での「障害者」デモはあるのですが、他の政治的な課題での集会に、白杖のひとたちの集団はありますが、車いすのひとたちの姿は見かけますが個人的なバラバラな参加になっています。
 さて、わたしの「言語障害者」と規定される立場から、もう少し堀りさげてとらえ返してみます。かつて、「障害者」関係の集会には手話をつけようという動きがありました。で、わたしはコミュニケーション障害の共通性ということで、一緒に活動していくためにと手話を学んで、将来は手話ができる「言語障害者」のための手話通訳派遣制度も考えていました。で、手話をそれなりに身に付けていたのですが、聞いたことを手話で表せても、手話を読み取って音声言語にするということが難しいのです。ですから、通訳活動は、「誰もいないから仕方がない」ということでしかしていませんでした。そういう形で、少しは通訳をしていても、それを活動としてちゃんと担わないと、なかなか通訳技術が身につかないのです。それでも、わたしが少しは手話通訳を担っていると、以前は通訳の依頼が来ていました。もちろん、自分が参加している集会に、手話通訳が必要な人が来て、通訳者がいないと、手話を付けていました。自分が参加しない集会での通訳の依頼が来たら、手話通訳を派遣するところを紹介していました。そういう状態の中で、どんどん「障害者」の全体的課題の集会、政治的な集会で、手話通訳がつかないということが増えてきました。そして、「聴障者」の参加を考えないような集会スタイルにもなって行っています。そういう中で、「聴障者」の参加を考えないから「聴障者」が参加できない、参加がないから「聴障者」の存在を考えなくなるという悪循環に陥っていったのだと思っています。
 確かに、「聴障者」の団体の活動の成果や、世界的な「障害者運動」が進む中で、制度的には進んでいます。ですが、役所や公的なところでの講演会などでは、手話通訳がついて来ていますが、逆に政治的なところ、運動関係では逆に少なくなっているとしかとらえられなくなっています。
 もうひとつの問題があります。かつてわたしが手話を学び始めたころには、将来はいつでもなんでも派遣をというところに進んでいくような要求がありましたが、結局「政治的・宗教的な集会には、公的な派遣ができない」ということの壁が取り除かれていません。斡旋通訳ということがあり、主催者が有料で頼めば派遣してくれるのですが、逆にそれで、主催者にできるだけ払わせるというようになってきていました。今年の4月から「障害者差別解消法」が施行され、「聴障者」に対する公的な派遣が広がりそうな動きはあります。ただ、インターネット配信していることが広がっている中で、そこでの視聴者の「聴障者」も含め、そしてそれなりの大きな集会には、いつでも「聴障者」が参加できるための、公的派遣が必要ですが、現状では難しい情況があります。
 もちろん、それなりの大きな集会に主催者に有料でも手話通訳を準備するということを提起していく必要もあります。しかし、そもそも持ち出しでカンパを集めて集会をしていくときに、現実に「聴障者」の参加が少ない中で、どう保障をしてくのかということで、現実に手話通訳がつかなくなっているということがあります。
 で、現実に「聴障者」が集会に参加していき、手話通訳を求めていくということと共に、手話を付けていく活動が必要だと、草の根の運動を始めています。
 それらのことも含めて公的な派遣をどう使っていくのか、制度的などういう要求をしていくのかの議論も含めて考えて行きたいと思います。
 とりあえず、個人的なことを書けば、わたし自身が他のことに力量がなく、手話通訳のことを中心に考えていますが、今、IT技術の進行の中でスマホのアプリを使って、音声言語の文字化ということが進んでいます。また、若いひとは子どもの時から、パソコンを使い通常の音声言語を文字化できるひとが増えています。それらを使った情報・コミュニケーション保障も、わたし自身の勉強しながらの活動を考えていきたいと思っています。
 もうひとつ、「重複聴覚障害者」のアクセス―集会参加の介助や他の「障害者」のアクセス―介助の問題の問題も考えて行きたいと思っています。
 とりあえず、考えながら、行動に移します。そういう意味で、「共に行動する情報・コミュニケーション・アクセス保障を考える会」(仮称・準備会)として始めます。
 これはまだ個人的提起、ちゃんと広げて呼びかける文の作成作業に入る前の提起です。とりあえず、取り急ぎの提起です。
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「でんでん」首相

時局へのコメントB
「でんでん」首相
 アベ首相は以前から、官僚や秘書の作った原稿を読み上げていました。別にそのことは優秀なスタッフを持つのも力量で、「何も独りでできることは必要としない」とわたしも主張する「障害者運動」の精神に照らしても、批判することではないと思います。
 で、今回のこと、元々の官僚か秘書が作った原稿は「訂正云々」だったのですが、それを「ていせい、でんでん」と国会での答弁で読んだという事件です。インターネット上で大きくとりあげられていました。マスコミの報道はほとんどありません。定期的にマスコミ幹部とお食事会をして手なずけている成果が出ているのでしょう。
首相の読み上げ原稿には、間違えそうな漢字にはルビがふってあり、「ここで水を飲む」とかの演技指導が「優秀な」スタッフによってなされているのですが、まさか「云々」が読めないとは思わなかったようです。どうしてそんな読み上げ間違いが起きたのかを考えると、漢字には、ヘンとツクリからなる漢字の場合、ヘンが違ってもツクリの読み方で統一できるというようなことがあり、「云」がツクリになる漢字で最もポピュラーな語が「伝」であり、そこから「云」を「伝」のツクリとリンクしての「でん」の発音で読んだのではないかという推測をわたしはしていました。
 さて、この「事件」は一国の首相が「云々」も読めないのかということで、批判が起きていました。まして、「美しい日本」とか言っているひとです。漢字文化もとりいれた日本文化ということをとらえれば、漢字も読めないことが「美しい日本」など語ること自体の批判も当然出てきます。ただし、「障害者運動」を端で担ってきたわたしは「そんなこともできないのか」というような批判には大きな反発を感じます。そして、実際に「ひとが失敗したことを大きくとりあげるようなことは止めるべきだ。誰にでも間違いはある。」というような批判もでています。わたしもパソコンの打ち間違いはするし、パソコンで文字を打っていると漢字が書けなくなって、書き間違いもよくやっています。
 もうひとつ、日本語が、漢字のかな交じり文が言語として習得しにくいという指摘もあります。そこで漢字を止めてかなだけにしようという提起も出ています。それは日本語学習の障害ということでもあるわけで、障害問題を論じているわたしはとしては、「でんでん」という読み間違いを批判しにくいという側面もあります(ただし、漢字をなくすのが必ず分かりやすくなるわけでもないとは思っています。これについては、まだ考えがまとまっていません)。
 ですが、この「事件」で、わたしは別のことを想起して、ぞっとしていました。普通漢字の読み方が分からなくて、読み間違いをする場合、躊躇のようなことが起きるのです。読み方が分からなくてとまどう、というようなことで最近起きたことは、当時の島尻北方領土担当大臣が「歯舞(はぼまい)」という漢字を読めなくて、立ち往生し、すかさず事務方から助けて貰ったということがありました。ですが、アベ首相はなんのためらいもなく堂々と読み間違いを起こしているのです。これは何なのか? アベ首相は三代にわたる「名門の」世襲の政治家で、常に周りから家庭教師から始まるサポートを受けていて、どうも「帝王学」というような教育を受けているようで、ウソも堂々と発言すると真実になるというような姿勢を身につけたのではないかと思えるのです。それは客観的にうそを見抜けるひとからすると、まさに「裸の王様」なのです。
さて、先に書いた「ぞっとする」ということの中身です。平気でうそでもなんでも言い切るひととは、政治家としては最悪です。うそをつく政治家には責任という概念がないのです。まして、政治情況として、原発事故後の原発再稼動や「戦争ができる国作り」としての戦争法の問題があるときに、責任という概念のない政治家が首相になるというのは、ひとが死ぬということに何にも感じない首相であるということです。実際にエジプトで、ISに対する空爆への支持声明を出し、ISが人質の殺害予告映像を流し、それに慌てて、イスラエルでイスラエル国旗を背にして、意味不明の弁明を為し、その後人質殺害の映像が流されたという、幾重もの失態がありました。スタッフのサポートがあっても、的確な判断ができないのです。というより、人質がいるという情報ははいっていたのですから、そのことを考慮に入れない言動か、ひとの命を何とも思わないということなのです。それで「国民を守るための・・・」と言うのです。うそと失態を平気で重ねていき、ちゃんと反省もしないということは、およそ「責任」という概念がないとしか思えないのです。
「でんでん」自体は、日本がそんな首相を冠いているというところで、恥をさらしていることで、まだ何とか自嘲気味に笑っていられることなのですが、トランプがアメリカの大統領になり、以前からアメリカのポチ政権になっているひとが、アメリカが世界混乱に陥れていく政治を進めてきたときに、ちゃんと責任をもった政治がなしえるのでしょうか?
そんな首相は一刻も早く首相の座から引きずり降ろさなければなりません。

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2016年11月18日

今、何が必要なのか?

今、何が必要なのか?
 アメリカで、差別排外主義のトランプが大統領になりました。日本では大統領選前にTPP
のかけこみ強行採決をしました。保護主義的なところのトランプ大統領の登場は、TPPに反対している立場では歓迎とかいうとらえ方も出てきそうですが、アメリカ第一主義を掲げるところで二国間交渉でごり押ししてくることは明らかで、日本の対米従属でそのことをどこまで跳ね返し得るか危ういことです。そして、そもそも世界資本主義の流れとして新自由主義的グロバリーゼーションの道を進んできたわけで、そこから逆向きに展開していくことを支配層の資本家が許すのか、そして強行に保護主義的な処に行けば不況ということをもたらし、国内的なことで批判が高まり、排外主義的なところで成立したトランプは、批判をかわすための常套手段として戦争に打って出るという恐れもあります。トランプが大統領となったことで、ヨーロッパの極右政党が勢いづきそうです。
さて、危機の時代は逆に矛盾が高まり、社会を変え得るチャンスでもあります。
日本に於いて、圧され放しの情況です。昨年国会前で、シールズという若い学生のひとたちが頑張り戦争法案反対で70年安保以来の大きなうねりを作りました。そして、そこから市民運動的なところで、戦争法廃棄とアベを打倒する野党合意ということがなされ、野党共闘ということがそれなりに進みました。しかし、戦争法廃棄にはほど遠く、途中目標を下げた改憲勢力三分の二の阻止ということさえ、なしえませんでした。もっと悪い状態になることを野党共闘は阻止し得たという論評はでています。今、TPP反対が国会とその周辺では大きな課題として出ていたのですが、「なぜ、戦争法と同じように参加してこないのだ」という意味不明の批判が出ています。
ひとつはそもそも昨年の戦争法反対の集会はシングルイシューとして始まりました。そしていくつかのこともテーマとして掲げましたが、そのつながりはなんだったのでしょうか? シールズはいろんなひとの集まりです。ですが、いろんなひとのいろんな思いのベクトルで形成されていた運動で、その集会での意見や対談とかも含めたことで、おぼろげなりともとらえられることがあります。「生活保守」とか、「革命はやらない」とか、いう言葉が出ていました。そして問題をトータルにとらえて、そしてそこからテーマに遡るということはしなかったということです。たしかに、戦争はいやだとか原発は危ないとか、そういうことは掘り下げなくても闘える課題でそういうテーマと強権的政治に反対するということで闘えたのかもしれません。そもそもシールズの課題には学生の生きがたさということがあったのですが、いつのまにかそれは消えていました。運動のおおきなうねりを作り出すには、この矛盾する社会を変えようというエネルギーと結びつくことが必要なのだったのですが、むしろそのことは逆向きに、「革命とかやる気持ちはない」というメッセージが発せられていました。
シールズに影響をあたえたであろうひとたちとの対談などで、明らかになっていることがあります。今回読書メモに書いているのですが、要するに、「社会は変わらない」ということを言っているひとたちの影響を受けて活動していたようなのです。そもそも日本の選挙での投票率の低さは「どうせ社会は変わらない」という意識に根ざしているのです。今回のアメリカの大統領選での動きにあらわれているように、矛盾は深化し閉塞感から抜け出したいという、そういう意味で変化を求める意識はあるのです。それがトランプやアベノミクスの幻想のように逆向きのベクトルにとらわれていくのです。「小泉元首相や安倍首相がやっていることが革命で、自分たちは反革命だ」とかいう、意味不明の言葉さえでているのです。
ひとつだけはっきりしているのは、、現実にかけられてくることへの抵抗運動は勿論必要なのですが、この情況を変えるには、「社会は変え得る」というメッセージが必要になっていることです。一時期、スーザン・ジョージらオルター・グロバリーゼーションということでも「もうひとつの世界は可能だ」というスローガンを出し、新自由主義的グロバリーゼーションへの反対運動として、サミット反対の運動とか展開しそれなりの盛り上がりを生み出したのですが、しぼんでしまいました。これからどういう社会を作って行くかというイメージが「もうひとつの世界」ではつかめなかったからではないでしょうか? なぜ「もうひとつの世界」というスローガンだったかというと、それはソ連邦の崩壊から「社会主義国家」の破綻として、マルクス葬送の流れが形成され、資本主義社会はなくならない、変わらないというイデオロギーが流布され、それに「革新」的なひとも巻き込まれています。「社会主義国家」という中での、粛正や虐殺、抑圧・弾圧ということへの批判がそこにはあります。確かに、「社会主義国家」といわれることが社会帝国主義や国家独占資本主義でしかなかったという批判はできえます。しかし、マルクス主義を標榜した運動の中でのさまざまな矛盾を、情勢分析や方針を誤ったグループや「社会主義国」の誤った方針の問題で、自分たちとは関係ない」と切り捨て得ません。暴力主義―反暴力主義―非暴力主義の問題としてとらえ返しの問題も含んで総括していかねばならないと思います。
マルクスの思想を葬送してしまったのでは、情況分析さえなしえません。市場原理―競争原理はなくならないとか、差別はなくならないとかいう観念―イデオロギーに広くとらわれてしまったところで、マルクス葬送に流れていけば、今わたしたちの抱えている矛盾の分析さえなしえなくなります。サルトルやデリダが、「マルクスの思想は現在社会―資本主義社会では乗り越え不可能な思想」として突き出した意味をとらえ返すことです。
アベノミクスとかトランプの経済政策とか、そもそも新自由主義的グロバリーゼーションというところをとらえ返せば、格差の拡大、1%のひとの99%のひとへの支配の構造ということがとらえられます。その経済的行き詰まりの中ででてきたアベノミクスなどの政策は、危機の先送りでしかなく、そのことを戦争とファシズムの突撃の中で乗り切ることでしかなくなります。
今、差別排外主義の極右政党やイデオロギーが台頭してきています。 アメリカ大統領選ではサンダースの登場があり、ヨーロッパでも反資本主義をかかげる勢力の台頭もあります。日本では左翼勢力の混迷の中で、ファシズム的動きに対して抵抗的運動としてしか展開し得ず、野党共闘として展開されている情況ですが、それだりでは大きな動きにはなりえませんし、いずれ行き詰まっていくことも見えています。今こそ、「社会は変わる―変え得る」というところでの反転攻勢を準備しなければなりません。
わたしは反差別というころから、過去の運動の総括をなしながら、資本主義社会の批判的分析をなしていきます。それは中身的には反差別共産主義論として展開し得るだろうと思っています。
すでに、「反障害原論」で切り口は見せています。それを含みつつ「反差別原論」としてまとめていきたいと思っています。
この文は、その「反差別原論」「反差別原論」の「序文その1」の位置をもっています。
   (『反差別原論』断章(1)としても)
posted by たわし at 03:10| 対話を求めて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

あるろう者の死

追悼
あるろう者の死
 わたしが手話を地域の手話通訳者養成の講習会で学び始めたときに出会ったろう者がいました。
わたしはそもそも、「言語障害者」の立場でコミュニケーション障害の共通性というところで、「聴覚障害者」と一緒に運動していくために手話を学び始めました。で、手話通訳者になる気持ちはなく、それなりに手話を身につけたら、自分の立場での運動に戻るつもりでした。ですが、美しい日本手話のろう者のすてきな話とかその人格に惹かれて、手話自体の魅力にもとらわれ、地域の手話サークルの基礎作りにのめり込みました。
 そういう中での冒頭の彼との出会いです。手話講習会の終わる時間に、駅の改札口のところで待っていて毎週かならず一緒に飲みに行きました。それは手話サークルの後の飲み会にも続きました。手話サークルの先輩の、「手話は酒話」、お酒を飲みながら交流し手話を学んでいくという教えもありました。日本手話の美しいろう者とともに、わたしの手話の原点だったのです。
 かれは学校に通った経験がなく、20歳のころ上京し、当時新宿区の戸山にあった聴覚言語センターで手話とともにいろいろ学び、社会生活のスタートを切ったのです。そこでの彼の想い出があり、ともだちもいたようなのですが、地域のろう者の仲間の中にはなかなか入れなかったのです。かれは東京都の手話講習会や地域の手話講習会に現れ、いろんな話をしてくるのです。かれは、自分の世界にみんなをひきづりこんでいくのです。クイズのような話、自分の心の動くままに話が次々に移っていくのです。
 わたしにとって、そしておそらく東京都の手話通訳者にとって、かれはろう運動の原点のようなひとでした。
 地域の手話サークルの会長から、「かれが住んでいる近隣との軋轢が生じているので、一緒に生活しないか」と言われたことがあります。わたしは何回か共同生活をした経験があり、男同士の共同生活の息苦しさを経験し、そして地域を離れて自分の活動をしていく予定があり、「とても他者の生活は抱え込めない」と断りました。それから、わたしは地域を出たり入ったりしていたのですが、彼との2人きり、そしてもうひとりのひとを入れて、そしてお誕生日のお祝いの会などかれとのつきあいは続きました。ずーっと彼の言われるままにつきあっていたところから、ときおりけんかもできる関係になっていきました。
 晩年彼は、入退院を繰り返していました。彼には孤高のひとというイメージがあったのですが、地域の手話通訳者や東京都の手話通訳者に支えられて生活していました。彼が入院していたときにも、何人ものひとが見舞っていたようです。わたしも少しだけそのサポートの輪に入り、看護師さんに無理を言って、最後の夜に付き添い、看取ることができました。かれはわたしの手話のそしてろう運動のみならず、「障害者運動」の原点であり続けます。彼を送って心の中のすきまがまだ埋められないのですが、これからも、彼への思いで、他のろう者やろう運動に関わり続けようと思っています。
 彼はわたしの中で生き続けます。               合掌
 
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2016年09月22日

障害の医学モデルと「社会モデル」の統合という錯誤

この文は図が入っています。図がうまく入りません。一応言葉で説明していますが、図をみたいひとは、リンクから「反障害研究会」のホームページ→「反障害通信」→「反障害通信」60号の巻頭言を見てください。

障害の医学モデルと「社会モデル」の統合という錯誤 
―障害の関係モデルの宣揚のために―
 「障害者運動」では、「障害者の権利条約」が出され、日本でもその批准のために各種法整備が必要ということで、「障害者基本法」の改正、「障害者総合支援法」制定、「障害者差別解消法」の制定まで進んできました。そういう中で、それらを実際的に使っていくためにという議論に踏み行っているようです。しかし、わたしの観点からすると、障害概念の整理さえなされていず、そもそも「障害者権利条約」自体が、旧い障害概念の枠内から脱し得ていない、結局このままでは「恩恵としての福祉」にからめとられてしまうことになる、という危機感を抱いています。
 そもそも「権利条約」がどのようなところから出てきたのかを押さえねばなりません。
 イギリス発の「障害の社会モデル」が出る中で、ICIDH(国際障害分類)の批判がなされ、新しい障害規定をしようと、ICIDH-2として議論されていました。ですが、イギリスでの「障害の社会モデル」批判が出される中で、その整理がなされないままに、「障害の医学モデルと社会モデルの統合」ということで、ICIDH-2はICF(国際生活機能分類)という名に改められ、2001年に国連機関であるWHO(世界保健機構)で決定されました。そのICFをベースにして、その後の議論が進み、「障害者の権利条約」が作られたのです。ですが、混乱は整理されていず、権利条約も条文の中での障害規定もなされぬまま出されています。
 わたし自身も、2010年に『反障害原論―障害問題のパラダイム転換のために―』を出版したときに、いろいろ内容的には書いていたのですが、きちんと整理ができていないままに、とりあえず、とり急ぎの提起ということになっていました。
『情況 2010年 07月号』で、「障害者解放運動の今」という特集があり、その中で、大賀達雄さんの「書評」、大賀さんの最首悟さんへのインタビュー「娘、星子が生まれて」の中で、わたしの本に関して「整理されていない」という批判をもらっていました。(*1)
それから、「『反障害原論』への補説的断章」という形で提起を積み重ね、整理する作業をしてきました。理論に完全ということは論理的にありえず、常に仮説にならざるをえないのですが、それでも、「整理の最終的提起」に近いこととしてまとめたので、ここに提起しておきたいと思います。

(1)「障害の社会モデル」は医学モデルからのパラダイム転換の内容をもって提起された
 「障害の社会モデル」の定理は「障害とは、社会が「障害者」と規定するひとたちに作った障壁である」と押さえ得ます。これは、障壁という排除型だけでなく、「努力して障害を克服せよ」という同化も含む、抑圧型の差別を押さえそこなっています。それで、とりあえず「障害とは、社会が「障害者」と規定するひとたちに作った障壁と抑圧である」とわたしは書き加えました。
このことは、日本の「障害者運動」でも、「わたしたちが変わらなければならないのではなく、社会が変わるべきだ」というような提起にもあらわれていたことです。
その他、青い芝のひとたちの「労働は悪だ」とか「介助を受ける時、腰を上げるのも労働だ」という労働概念を揺らがそうとしていることにも、転換の衝動はあったのだとも言い得ます。
この「社会モデル」で言えば、‘障害者’という表記ではなく、‘被障害者’という言葉になります。一時わたしも使っていたのですが、いろいろ考えて(その内容については後述します)「障害者」という表記に戻しました。「障害の社会モデル」なり‘被障害者’概念は、医学モデルからまさに180度転換させたわけです。これを「認識の枠組み」転換―パラダイム転換として指摘したクーンの論攷の流れから、わたしも‘パラダイム転換’という言葉を使ったのです。このことは、コペルニクスの天動説から地動説に転換させた「認識の枠組み」の根本的転換だったのです(コペルニクス的転換という言葉にも表されています)。これについては、『福祉労働121』の巻末投稿の「長瀬修/東俊裕/川島聡『障害者の権利条約と日本−概要と展望』生活書院2008 から「障害者の権利条約」を読む」という文で書かせてもらいました。
(2)手話の<障害者>の表現からのとらえ返し
このことは、実は手話で<障害者>ということばをとらえ返すと、問題が鮮明になっていきます。手話で表すことによって、難しい議論を整理できるのではないかと、わたしは『反障害原論』の分かりやすい版を手話ビデオで作り、それを書記日本語に翻訳しようかという作業に入っています。
さて、話を戻します。<障害者>の日本での手話は二通りあります。ひとつは、日本手話的な表現として、直訳として「手がない―落ちている」とも訳せるような表現です。これを<障害@>と表します。この<障害@>に<人々>をつけて<障害者@>となります。勿論、「障害者」にもいろんな「障害者」がいて、「障害者」の一部にしかこれは当てはまりませんが、これは手話独特の代表表現とも言い得ることです。この表現は、運動をしている「聴障者」や通訳者の間では使われません。差別的になるという含意です。それは非「障害者」が「障害者」の「障害」をまねることで差別してきた歴史からきていることとしてわたしは押さえています。しかし、そもそも手話にはその状態をまねることによって手話の単語を作ってきた歴史があるわけで、このろう者の手話自体が差別的というわけではないと思います。もちろん、ろう者の中にも、この差別的社会の差別観を取り入れているひともいるわけで、必ずしも差別的ではないとまでは言い得ないとは思いますが、とりあえず、一般に差別的とは言えるわけではないといういい方になります。このように他の「障害者」と一緒に動く中で、また通訳者が介在する中で、他の「障害者」が違和を感じる(感じるだろうと思われる)語が使われなくなったりしました。これは障害問題だけでなく、他の差別の問題でも、「差別的なこととして」使われなくなってきている手話の単語がいくつかあります。
 ところで、もうひとつの<障害A>は、「壊れている」という表現です。
これも、<人々>をつけて<障害者A>とします。<障害者A>の表現は直訳すると「壊れているひとびと」という表現です。わたしはこれは明らかに差別的表現だと思っていて、「この手話なんとかしようよ」とろう者に提起していました。そこで、言われていたのは、「そもそも聴者、非「障 害者」が、「障害」を欠損としての「障害」としてとらえてきているから、ろう者もそういう表現しているだけだ」ということです。
 さて、ろう者―日本手話話者から、今出てきている提起があります。
 講演会で、あるろう者が、従来使われている<障害者A>の表現はおかしいと指摘し、<障害者B>の表現をした方がいいのではと提起していました。
 <障害者B>は、右図<障害B>に<ひとびと>という表現をしている造語で、<壁―バリア>に<突き当たり―はねのけられる><ひとびと>と分解できます。意味的には「バリアによって妨げられているひとびと」とい
う意味になります。ここで、押さえておくことは、<バリア>の手前(自分の体に近い)側に<ひとびと>という手話を表すということです(手話通訳者から、この<障害者B>は、参加を拒まれているという意味でかなり広く使われているという話も聞きました)。
 これは「社会モデル」的な意味で‘被障害者’という含意になります。(これはわたしの関係モデル的表現では、‘「障害者」’という表記になります。)
 <バリア>を作ったのは、<バリア>のあちら側(バリアからからだに遠い側)にいるひとで、まさにそちら側が、本来の障害の使い方(「障害物競走」などと使われる)からする‘障害者’なのだと言い得ます。そちら側を‘社会’とした時に、それがまさに「障害の社会モデル」ということになります。この場合の‘障害者’の<ひとびと>は<バリア>として残した左手のあちら側(体から遠い側)で表現することになります。
 さてもう一点書き置くことがあります。それはイギリス発の「社会モデル」の、不備につながることです。それは「社会モデル」は排除型の差別を押さえているけれど、同化などの抑圧型の差別を押さえていないという問題です。ですから、手話の問題で言えば、「社会モデル」の補完形として、<障害B>という表現の後に<抑圧>の表現をし、その後に<ひとびと>の手話をつけることになります。ただ、前述した「手話の代表表現」でやっているとして、省くことは可能だとも言い得ます。
(3)イギリス障害学への障害学内部からの批判
さて、一時期「障害者運動」当事者とその関係者の間では、「障害の社会モデル」の賛同の意を表明し、それに沿った運動の推進を進めようという動きがありました。
そういう中で、「障害学の第二世代」とも言われるひとたちから、「社会モデル」批判が起きています。わたしが一応押さえているのは、ジェニー・モリスです。モリスは女性で「フェミニスト障害学」を僭称しています。実は、わたしには語学の壁があって、まだこのあたりきちんと押さえ切れていません。ですが、部分的に訳されていることや、そのひとたちの論攷を紹介してくれているひとたちの論攷に沿って、仮に提起をしておきたいと思います。
要するにわたしの押さえ方では、そのひとたちの論攷は、「障害学の第一世代」―「障害の社会モデル」を提起したひとたちは、社会がつくったのが障害だといういい方をするけれど、そういう論理は、「障害者」が自分ができない事を巡り、困難さをもっている、「障害者が障害をもっている、ということは現実にあるのだ。そのことを捨象している」ということになります。そのことは具体的に何を指しているのかということがあります。それは例えば、わたしが障害学研究会のメーリングリストで初めて‘被障害者’という概念を突き出したときに、「1種1級の障害者」と自称する「障害者」から、「介助を必要としない障害者は、介助が必要な障害者の気持ちが理解できないから、そんな提起をするのだ。ひとの意思のずれということがあり、「十全な介助」などありえない。だから、「障害がなければ、よいのに」という思いはあり続ける。その障害者の苦悩を理解できないのだ。」というような内容の提起だったと、わたしは理解しています。また、24時間介助が必要な「障害者」は「独りになりたい」というところの思いがあり、そこでの「障害の否定性」は歴然としてあるという話にもつながっています。
さて、わたしは「意思のズレ」というのは当然あると思いますが、むしろ「意思のズレ」というところで、介助が入ることによって、逆によりうまく行く場合もあるのだと思います。問題は、「意思」ということをくみ取れないままいる介助者の技術の未熟さと、もうひとつ、もっと肝心なことは、当事者主体ということが押さえられない、介助論の欠落にあるのではないかと思うのです。
さて、もうひとつの「独りになりたい」ということですが、24時間すきまのない見守り介護が必要なひとはそういう思いを持たないと思うのですが、どうなのでしょう? このあたりは、生まれた時から聞こえないひとに「音楽のすばらしさを聞かせてあげたいとか」生まれたときから見えないひとに「絵や風景のすばらしさを見せてあげたい」とかいう周りのひとの錯誤した発言にも通じることです。周りの人たちからすり込まれない限り、自身の中からそんな思いは出てきません。確かに、「中途失聴者」や「中途失明者」にとって、そういう思いを引きずっているひともいるのでしょうし、マージナルな立場のひとにも、そんな引きずられはあります。「独りになりたい」というのは、一定独りで生きてきた歴史を持っているひとが24時間すきまのない介護を必要としないときにもつ思いではないかと思うのです。それは態勢をいろいろ考え、制度的に保障することによって解決できることではないかと考えます。たとえば、部屋が二室確保したところで別室待機とか、車待機とか、自立生活者が数人でアパート数戸を借りて、そこで介助者をシェアするとか、・・・。こんなことを書くと、「現実にそんな保障はされていないし、保障がされうるのか?」という批判が返ってくることです。ですが、それこそが、態勢―体制の問題なのです。
引きずられの問題については、まさに「吃音者」と規定される「マージナルな」立場を生きて来たわたし自身の問題として、(5)で書きます。
(4)ゲシュタルト心理学の「ルビンの反転図形」からのとらえ返し
 さて、わたしは前述の以前出した本の中で、ゲシュタルト心理学で使われる「ルビンの図形」で、障害問題を説明しようとしました。今ひとつ、きちんと説明できなかったことを、もう一度整理してみます。
 誤解を生まないように、きちんと提起しておかねばならないのは、この図形も分かりやすく論じるための過渡的な説明だということです。それについては、この項の最後にきちんと説明します。
  
これは「ルビンの杯」とも言われています。反転図形のひとつです。
 これは視覚による反転の事例で、「視覚障害者」を排除した説明になってしまいますので、触覚における反転の事例をだしておきます。白杖における反転の事例です。白杖で地面を叩いて歩いているとき、手のひらに握っている白杖を感じているのか、杖の先に地面を感じているのか、その相互作用によって歩行が可能になっているわけで、そこに反転のようなことが起きているのです。これは「身体の延長」の問題にも通じています。機械に熟練したひとが機械を操縦するときに、手のひらに機械を感じているのか、機械のさきの作用点に感覚が行っているのかの問題、そこに反転に通じることが起きているということなのです(これらはわたしのオリジナルな提起ではありません。廣松渉というひとが持ち出している話です)。建築や土木の現場で、シャベル(ユンボ)を操作する熟練のひとが、まるでシャベルの先を指の先のように動かしている様が例としてよく出されます。
 さて、話をルビンの図形に戻します。
白い部分を地(背景)として黒い部分が図として浮かびあがったときに、その図は杯に見えます。それを逆に、反転させて、黒い部分を地(背景)として白い部分が図として浮かびあがったときには「向かい合った顔」に見えます。これは、この白黒図形の境界線を白と黒のどちらが「もっている」とするかの問題にもなります(これはヘーゲルが突き出している内自有化(ないじうか)という問題です)。黒い図形が「もっている」とすると杯になり、白い図形が「もっている」とすると「向かい合った顔」なります。
具体的な例を出します。『反障害原論』で出している例の再掲載です。
さて、このルビンの図形で先ほど展開した障害問題の説明を試みます。例えば黒い部分を「聞こえないこと」として、白い部分を「手話ができないこと」とします。この図形の白い部分と黒い部分の輪郭線(境界線)で、その線を黒い部分の外郭線とした時(「内自有化」するという表現を使います)、黒い部分が浮かび上がって見えます(これを‘異化’という言葉で表現します―‘物象化’という言葉でも表現されます)。例えの話で言うと、「聞こえない」ということが問題化されます。逆に、白い部分に内自有化した時、それは向かい合った顔に見えます。例えの話で言うと、「手話ができない」ということが問題化されます。この輪郭線が‘障害’といわれることで、どちらに内自有化されるかで反転がおきるのです。・・・

これは、かつて朝日新聞の「ひと」欄に載っていた記事にリンクしていきます。山本おさむという漫画家のひとが、「聴覚障害者」を主人公にした漫画を描くために手話サークルに通って手話を学びました。そして、「手話ができない、という障害を克服しました」と書いていた記事です。
 もうひとつの例を出します。石原慎太郎元東京都知事が「障害者施設」を訪問し、見た「障害者」のことを、後の記者会見で「あのひとたちに人格があるのかな」というような発言をしました。そのことを報じた朝日新聞の記事を見て、わたしは「石原慎太郎こそ、障害者だ」と思い、そのようなコメントも書いていました。「知的障害者」にも何々できないということはあるのでしょうが、石原慎太郎知事も「知的障害者」に人格があるということが理解「できない」ひとで、そしてそのような発言をすると、「知的障害者」「障害者」そして親のひとたちを傷つけるから止めようと思うことが「できない」ひとなのです。さて、わたしの世界観では、前者の「何々できない」ということは、他者の手助けを得て、ちゃんと生きていけるのですが、石原慎太郎の「できない」ということは、まさに指弾される、どうしようもない「できない」ひとで、まさにこちらの方が「できないこと」が指弾されるべきことなのです。だから、「わたしは「石原慎太郎こそ、障害者だ」と思い、そのようなコメントも書い」た、のです。
 さて、個人モデルは一方的に障害を「障害者」の方に内自有化させたのですが、これは「できないこと」の二つの出会いのところで障害が生じているということで、2人の個人の間での出会いと反転の話です。「社会モデル」というのは、「障害者」に出会う、もう一方のひとを「社会」に置き換えた構図になっています。要するに「社会が障害をもっている」という言い方になっているのです。
 そこで、モリスにまた登場して貰います。モリスをちゃんと読み込めないままに、それほどモリスのわたしの仮押さえがさほどずれていないという思いの中で書いているのですが、モリスは自らの現実の生きがたさから、現実に障害者の側にも「できない」ことがあるということ、その現実の困難さを第一世代の人たちは捨象していると批判し、そして確かに制度的なところの差別は「社会モデル」で指摘できるとしても、差別は個人と個人が出会う場で起きているということを押さえていない、という批判をしているのではないかと。また、モリス以外のひとの意見かもしれませんが、「「社会モデル」は障害を「社会の責任」ということにしてしまって、現実に差別する個人の責任ということを免罪してしまうことにもなっている」という批判も出ています。 
 さて、モリスの批判への反批判ですが、前者の問題は、「できない」ということは確かに当事者意識としてあるにせよ、もう一歩踏み込むと、「そもそもそれがなぜできないといけないとされるのか」ということがあります。そして、後者の問題への応答は、そもそも「社会とは何か」という問題なのです。これについては、後で書きます。先取り的に少し書いて置くと、「個人か社会かという違いがあるにせよ、それをいずれも実体化している」というわたしの批判になります。これが‘被障害者’という言葉を使うことを止めた理由にもなっています。
(5)「吃音」問題における「ジョンソンの空間図(問題の箱)」からのとらえ返し
 さて、ここでわたし自身の当事者性の問題である「吃音」問題から、前項に肉付けします。
 自らが「吃音者」であったジョンソンは「吃音者」個人が(これはひとつの「社会」―文化圏で、「吃音者」が総体的に相対的に抱えさせられる問題の大きさとしても表されます・・・これは一応わたしの押さえです)抱える「吃音」問題の大きさを表すために、「空間図」とか「問題の箱」という図を表しました。
 立方体で、x軸:話しことばの特徴、y軸:聞き手の反応、z軸:話し手の反応(x,yへの話し手の反応)として、「吃音」問題の大きさはx×y×zとして表されるとしました。
 さて、この図を使って、かつて言友会でリーダーシップをとった伊藤伸二さんは、x軸への働きかけは、これまでいろんな働きかけがなされたけれど、有効な方法は見出されていない、y軸への働きかけを「社会をかえる」ということにすり替えて、このことは困難さがある、としてz軸への働きかけの活動に取り組んでいくように提起しました。わたしは、それを「気持ちの持ち方を変える活動」として、この社会の「吃音」の否定性の意識から超絶した意識形成など不可能で、部分的に改善されることあっても解決の途にはならない、と批判してきました。
 さて、問題は何かというと、実は伊藤さんが「社会を変える」と規定したことは、この空間図を成立させる存在構造自体を考えることなのです。確かに「社会変革」の運動は困難な情況になっていますが、「超絶した意識形成」は困難というより、不可能なのです。
「吃音」は「ひとは音声言語で話すべきだ」ということと、「標準的な流暢性をもって話すべきだ」という、ふたつの言語規範に反するとして「言語障害」と規定されているのです。ですから、例えば、手話を自らの言語として使用すれば、そしてその手話が通じるところでは「吃音者」ではなくなります。ここで、手話の世界での音声言語に比する別の「障害」の問題も起きてきます。手話を表せない「上肢障害者」や音声言語の「構音障害」に比する「はっきり表せない」という問題や、手話の「非流暢性」の問題です。しかし、ここで問題にしているのは、この空間図はある一定の条件の下で言えることであって、別の空間では当てはまらない世界があるということなのです。要するに「社会」を変えるというのは、この空間図が成り立たないように「社会」を変えるということであり、この空間図がある一定の関係性を固定化しているのです(それが「社会」として実体化してとらえているという批判なのです)。
(6)デリダの二項対立図式の脱構築論からとらえ返す
さて、違う観点からいろいろ問題を出していく作業としてもうひとつの観点を出しておきます。モリスらの批判に応える作業としてのモリスへの反批判として、ポスト構造主義という流れから、「脱構築」という概念を使って、モリスらを批判していることが出てきています。デリダが二項対立図式を批判して脱構築しようとしています。それは総ての概念に当てはまっていくことで、例えば「「障害者」と「非障害者」」という概念の脱構築とかもそうですが、「個人と社会」ということにも及んでいくことです。そして何よりも、構築主義というとらえ方から、「社会」という概念自体の脱構築ということもやっていくことではないかと思っています。ただ、既成の観念にとらわれないというところでの過程的なこととして意味があるとしても、イデオロギー的なところで収束してしまうのではないか、運動的にどうつなげていくのかが余りとらえられません。わたしとしては次項のマルクス派に棹さして論を進めます。
(7)マルクス―廣松渉の物象化批判から認識論的にとらえ返す
 医学モデルから「障害の社会モデル」への転換はパラダイム転換の内容をもっていたということを書きました。実は、この転換は社会学的なところだけで起きていたのではなく、あらゆる学の中で起きていたのです。クーンが、取り上げたのは、中世的世界観から近代的世界観の転換なのです。今、廣松さんを援用しつつ、わたしが問題にしているのは近代的世界観からのもう一度のパラダイム転換なのです。もっとも分かりやすい例とされるのは、物理学におけるニュートン力学から量子力学への転換です。さて、マルクス派の中では、マルクスの物象化をオリジナルに展開した廣松物象化論があります。廣松渉さんは、むしろ哲学がパラダイム転換を先行していたと主張していました。かれの主張は多肢にわたりますが、その核心は実体主義批判です。近代哲学では、「実体が属性をもっている」としているのです。話が抽象的になるので、障害問題に引きつけて話を展開します。要するに、「障害者という実体が障害という属性をもっている」というとらえ方です。そのようなとらえ方に対して、実体主義批判をなし、実体とか要素があって全体を構成しているのではなくて、関係性の網の目(網の目という言い方自体が実体主義的にひきずられことなのですが、ひきずられつつ突き崩していく作業として提起しています)として要素なり実体としてとらえられることがあるとしても、関係性の一次性を主張したのです。
さて、ルビンの図形を反転図形で、輪郭線をどちら側に内自有化させるかというようなはなしをしたのですが、これはまさに実体主義の実体と属性の話なのです。個と個の出会いとか、個と社会を対峙させてどちらが持っているのかという話です。要するに単純な個人モデルは「障害者が障害をもっている」となるのですが、わたしも、そこから波及させて、二つの「できないこと」の出会いの中で障害が異化するとしたのですが、「社会モデル」というのは、二つの「できないこと」のひとつの他者としての「個人」を「社会」ということに置き換えた、実体化の枠内での話なのです。だから、モリスらの批判は、そもそも「社会が障害をもっているとは何なのか」というところの批判はそれなりに妥当なのです。このあたりは「そもそも社会とは何か」という問いかけになります。このあたりは、構成主義的には社会という概念で構成されたことの脱構築という話につながります。廣松さんの論攷につなげるならば、『存在と意味』の第2巻の実践論の制度論で、制度がいかなることとして存在するのかという論攷につながっていくことです。ひとの日々の営為の中のルーティン化された行動の中から、物象化ということが形成され、そのことが制度というところの構成につながっていく構造があるのではということです。そのあたり、以前「報道ステーション」で、古館さんが脳科学者の養老猛さんにインタビューしていて、養老さんが「貨幣というのは幻想だ」ということを語っていました。わたしは、養老さんが独自に至りついたことかも知れませんが、まさにマルクスのパクリだと思ったのです。まさに貨幣を日常的に使う中で、幻想に過ぎないものが、制度を構成し、「社会」を「実体」的に構成していくという話です。
ところで、ルビンの図形は反転図形ですが、そもそもゲシュタルト心理学は、「地と図の反転」ということのみならず、「図として浮かびあがる」ということを問題にしているのです。これがまさに、物象化―異化ということで、問いかけは「なぜ、「障害」が異化するのか」「なぜ、「ひとつのできないことが、負的なこととして異化するのか」「どのような「できないこと」が異化するのか」という問いかけになります。
(8)マルクスの唯物史観からも押さえる
さて、「なぜ、「障害」が異化するのか」「なぜ、「ひとつのできないことが、負的なこととして異化するのか」「どのような「できないこと」が異化するのか」という問いかけをしていったときに、想起されるのがマルクスの唯物史観的とらえ返しなのです。
それは言い換えれば、「そもそも‘障害’が「障害者」がもっているものとして否定的にとらえられるのはなぜか」という問いかけしていく中で生まれてくることです。
実は、このことは日本の「障害者運動」の中でも青い芝の労働を巡る提起とか(「労働は悪だ」とか「介助を受ける時、腰を上げるのも労働だ」)、最近では共同連の堀さんの提起とかで出てきています。労働に留目するということで、マルクス派の「唯物史観」というとらえ方をすると問題が鮮明になってくるのです。それは資本論の「標準的人間労働」という概念から、そのことから逸脱する者として、「労働力の価値」の低い者として「障害者」として異化するのです。まさに、「障害者」なる言葉自体が、資本主義社会になってから生まれたものとしてとらえられます。もちろん、生産性が問題にされる社会の中で、生きるのに汲々とする関係の中で、否定的にとらえられることがあります。このあたりは、必ずしも一様ではないとも思っています。改めてとらえ返しをしていきたいと思っています。もうひとつ、混乱を引き起こすことがありました。それは「マルクスの労働価値説」ということです。それは「労働が価値を生み出す」というとらえ方です。マルクスをとらえ返す主流派の説として広がっていて、これが「社会主義国家」(として誤認された国)においても労働崇拝を生み出し、「労働力として価値が低い障害者が差別されるのは当然だ」と言う論理につながって行きます。このあたりは、マルクス経済学を国民経済学の完成として見るとらえ方にもつながっていきます。それに対して「『資本論』は物象化ということで貫かれている」として、『資本論』は、そもそも資本主義的生産様式を描いたことで、別の社会では「労働が価値を生み出す」ということは言えない、「労働が価値を生み出す」というのは物象化的錯認である、となります。ここでいう物象化ということはマルクスの言う「社会的関係性を自然的関係性として取り違える」ということで理解できます。自然的に起きていることとして、超歴史的なことだというとらえることを物象化的錯認として批判しているという『資本論』の読み方です。
この問題を別の事例から考えます。「能力を個人がもつものとして考えない」ということを突き出しているひとがいます(竹内章郎『いのちの平等論―現代の優生思想に抗して』岩波書店2005)。これはこの社会の知的所有権という発想の源になっている「特許」ということからとらえ返していくと問題ははっきりします。特許ということはある一定のところから遡らないということで成立するのですが、ある発明ということは過去の膨大な発明の上に成り立っています。そもそも言語ということなしには、知的蓄積もなしえません。その言語的なところでの共同的なところを取得しながら、知的な積み重ねもなされていきます。ひとりの為した積み重ねは膨大な歴史的社会的積み重ねのほんの少しの積み重ねで、過去の積み重ねから見ると無限に小さいものです。数値化すること自体に問題がありますが、敢えて書き置きますが、99.999に0.001に積み重ねたからと言って、0.0005積み重ねたひととどうして差別化できるのでしょうか? 過去の積み重ねの共有財からすると、それを共有の財産として、社会の共同の能力として社会のしくみを作っていくということにしかなりません。そして、そもそもこの自然の中で、ひとは生かされてある存在です。太陽、水、土、風、それらの中で植物は育ち、それを動物か食べ、食物連鎖の中で、ひとは生きて、しかもヒトという種は他の動物と違って、共同の中で生きざるをえない存在なのです。そのような中で、能力を個人がもつものとして考えてしまうこと自体がおかしなことなのです。
労働ということをとらえ返していったときに、そこから労働概念の生み直しとして、長い歴史のひとこまとしての資本主義的な特殊労働概念を転換させる必要があります。そして、自然―環境と共生する、新しい相互関係を生み出していく「仕事」という概念に転換していくことが可能だし、そのことによって問題が整理され解決されるのです(このことは今村仁司さんが展開していることです)。
(9) 障害の医学モデルと「社会モデル」の統合という錯誤
 さて、医学モデルと「社会モデル」の統合の話です。‘統合’という言葉が使われていますが、そもそも「社会モデル」がパラダイム転換的内容を持っていたということを押さえ切れていないのです。それは、障害概念自体における統合ではなくて、社会的―環境的観点を付け加えただけで、結局医学モデルの範疇を何ら超えていないのです。実際統合したとか、「社会モデル」に沿った法律を作ったとか言う話が出て来るのですが、一番新しい法律「障害者差別解消法」で、統合した障害概念などひとつもなく、‘障害’ということばは、すべて医学モデル的にしか使われていません。「牛頭を掲げて狗肉を売る」類のことに陥っています(一度、「障害者権利条約」から、「障害者基本法」、「障害者総合福祉法」に至るまで、‘障害’がどう使われているのかを洗い出したいと思っています)。
ルビンの図形は、そもそも実体主義的なところに乗って論を進めているので、揺らぎをもたらす過程的な論議で、それに乗って話を進めると弊害も出て来るのですが、分かりやすい例なのであえて、過渡的に使うならば、障害概念自体を反転させたのが「社会モデル」だったという意義を捨象しているのです。わたしはクーンのパラダイム転換という内容を援用しつつ、地動説と天動説の統合などありえるのかということを、前述の『福祉労働 121』巻末投稿の中で提起しました。
 別の観点で、この問題を整理してみます。
それはいわゆる「犯罪」といわれることです。わたしは「犯罪といわれることのほとんどは差別の反作用として起きる」という主張をしています(「権力犯罪」ということは除きます)。こんな話をしていると「同じような環境でも、犯罪者になるひととそうではないひとがいる、それは自己責任の問題だ」というひとがいます。でも、そういう論理は「貧困でも、その中に救われる関係があれば、犯罪ということにならないということがあり、そもそも「同じ環境」という論理が間違っている」という反批判ができます。誤解のないように書き加えますが、個人の責任か社会の責任かという二項対立的なことで問題を出しているわけではないのです。要するに、そのようなことで設定してしまうのは、結局二項を実体主義的に立てているところから起きているのです。このあたりがデリダの二項対立的なところを脱構築する論理にもつながっていることです。(*2)
 さて、このことをとらえ返したとき、「犯罪者を裁こうというなら、それ以前に、それと同時に犯罪を生み出す「社会」を裁くべきだ」ということになります。これが「障害の社会モデル」に通じる話です。今、裁判員裁判が始まっていますが、とんでもないことです。
「社会」を構成している個々の責任ということを捨象して、差別の反作用ということで犯罪が起きてくる、その差別に加担している、差別的関係を現実的に担わされていることをどうするのかという観点なしに、「犯罪」を個の責任として裁く、差別的関係そのものに固定化加担することになってしまうということをとらえようとしないことだと言い得ます。国家の名による「社会防衛」的な国民統合のシステムに加担させられている制度なのです。そこで、差別ということも、全く問題にされないわけではありません。それは「情状酌量」という形で、減刑という形で考慮されることがあります。ですが、そもそも差別ということを押さえた「社会の責任」という形で反転させて提起された意味ではなく、あくまで付け足したということに過ぎません。この刑法体系における責任論における差別のとらえ方が、障害概念のとらえ返しにも同じように現れているのです。障害概念で、医学モデルと「社会モデル」の統合といいつつ、結局医学モデルに環境要因を付け足しただけなのです。
 ですから、犯罪を生み出さないというところで、差別的関係性そのものを止揚していくという事が立てられているのです。過渡的なこととしては、再犯の道を防ぐということでのプログラムを作っていくことになります。そもそも、ベーシックインカムの議論も起きてきています。しかし、そもそもこの社会がどういったところで成り立っているのかを考えると、自己責任に貶めていく構造を解体すれば、いいかえればパラダイム転換をなしきれば、私有財産制度とか労働能力の問題も止揚してしまう―脱構築してしまうことが必要なのです。
 これはそもそも「社会モデル」ということが中途半端なところでしかなく、結局、反転をなし切れなかったというところからきています。その中身のひとつが、「社会モデル」が結局実体主義の枠内から脱し得なかったということなのです。
 ですから、役人たちが「社会モデル的観点で、法律が作られた」と言うようなことはそもそも「社会モデル」がもつ過渡的な意味を理解していない戯れ言で、医学モデルと「社会モデル」の統合ということは、論理的思考を停止させた虚言です。
(10)医学モデルから「社会モデル」への転換を障害関係論の宣揚として転換をなしきる
さて、まとめます。これが『反障害原論』で整理できなかった、書き尽くせなかったことの補填になると思っています。
医学モデルが「障害者が障害をもっている」ということの実体主義的内自有化によって「自己責任論」的な差別を合理化してきた歴史に対して、「障害者」当事者を中心にするイギリス障害学は「障害の社会モデル」を突き出しました。「障害はこの社会が「障害者」と規定するひとたちに作った障壁である」と。しかし、それは「社会が障害をもっている」という実体主義的内自有化の反転ということでしかなかったのです。その「社会モデル」に沿って、「障害者運動」は、新しい障害概念の生み直しを要求し、ICIDHの改定としてICIDH-2として議論を進めようとしていたのですが、「社会モデル」への「障害者」自身の、「障害者個人の苦悩をとらえ返せていない」という批判の中で、反転しようとしたことに逆向きの揺らぎがもたらされました。そういう中で、医学モデルと「社会モデル」の統合などというそもそも「社会モデル」の意義が押さえられないところで収束させられ、ICF
(国際生活機能分類)という形でまとめられ、これは後の「障害者権利条約」の理念として使われています。
 結局どういう事態が進行していたかというと、「社会モデル」は医学モデルをパラダイム転換させようとしたけれど、その動因としてあった、実体主義批判が押さえられなかったので、結局転換しきれないで、元の医学モデルに環境要因を継ぎ足した、結局医学モデルの範疇でしかないことに戻されてしまったのです。
 それは、先程述べた「犯罪」ということで、環境要因を「情状酌量」という形で織り込んで、そもそも「社会の責任」ということを捨象したということにもつながっているのです。
 これを福祉論で押さえてみます。わたしは人権論を過渡的に使えるとしつつも「人権というのは、差別のない関係ということを物象化した錯認である」として批判しているのですが、ここではその人権論に乗って話を進めてみます。福祉では恩恵としての福祉か権利としての福祉かというところで、議論が闘わされているのですが、医学モデルによってしまうと、結局恩恵としての福祉にしかなりません。
 さて、そこで関係モデルの宣揚です。
 それは「障害が(実は「障害」impairmentが)「障害者」がもっているものとして、なぜ、どのようにして浮かびあがるのか?」というといかけであり、又別な形でいえば、「「能力」が、個人がもっているものとして、なぜ、どのようにして浮かびあがるのか?」というといかけでもあるのです。それはそもそも障害ということの英語disabilityの語源的に「できない」ということであり、そこから「なぜ、「できない」ことが問題になるのか? どのような「できない」ことが問題になるのか?」という問いかけが必要になるのです。
 これについては、わたしは『反障害原論』で既に書いたところです。
 そして、「「障害の各私性」といわれることは歴然としてある」ということの論拠のようなことは、きちんと対話していく中で、それはそのひとが抱える個人的なこと―自然的なことでなく、関係性の問題だということを明らかにしていく必要があると思います。このあたりについては、「痛みの各私性」あたりから反論してくるひとがいるのですが、ひとつは病は医療の問題として一応別枠で、医療の十全な保障というところで語ることであり、また「病論」あたりでも論じられている問題から展開できることです。「痛みの各私性」についてのコメントも『反障害原論』で少し書いています。「病論」あたりとの対話も読書メモで書いているので、参照してください。
 さて、もうひとつ、わたしが‘障害者’ということばをどういう表記にしていくかということで、「とりあえず‘「障害者」’と表記する」としたことに対して、整理仕切れていないことの根拠のようにとらえられていると思いますが、‘とりあえず’ということの中には、「障害者」ということが「障害者」として異化しないという意味も含めて提起していることであって、これは今考えられるベストな表現のしかたとして改めて提起しておきます。
 いろいろ批判が出て来ると思います。対話の中で方向性がとらえられてくると思います。
また、わたしの関係論的な宣揚ということは、実体主義批判―関係性の一次性の宣揚という認識論的な押さえは、廣松物象化論に棹さしていますから、その説明をしていくこと自体が一生をかけて勉強しながら分かりやすく提起していく作業にもなっていきます。
とりあえず、『反障害原論』の分かりやすい版を書き上げつつ「ちっとも分かりやすくなっていない」という批判で挫折しているのですが、「もう少し分かりやすい版」として出す作業に入ります。対話しつつ煮詰めていきたいと願っています。


(*1)
 ちなみに、この号には、わたしの「廣松物象化論の反障害論−「反障害原論」の隠されたサブタイトル」という文も掲載されています。参照してください。
(*2)
このことは、「社会の責任」という言い方をしたときに起きてくる、決定論になっているとか、個人の主体性を無にしているという体制側にいるひとが出している「自己責任」ということへの批判の問題にも通じています。
これは運動をすることにおける主体性―責任の問題にも通じています。運動主体は自らの運動責任を問題にするけれど、未だ運動主体として定立していないひとの自己責任の追及はしないという問題なのです。勿論、政治家たちは逆の意味での主体者達ですから、責任をきちんと取らせようとするのです。
原発の事故の際に、安全神話を流していたことたちは、誰も責任をとろうとしませんでした。むしろ、最も反対していた研究者が「力及ばずして止め得なかった」責任を感じ涙を流して謝罪していました。そして反対の意思を持ちながら、きちんと反対の意思を表明していなかった多くのひとたちが自らの責任を問い運動に参加してきました。わたしもそのひとりです。
「自己責任」ということを言いつのるひとたちこそが、自らの「自己責任」を捨象して、「責任」の押し付け合いをしている政治をきちんととらえ返しておく必要があるのです。
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アベマリオ

情況への提言詞(7)
アベマリオ
フクシマはアンダーコントロールといって
オリンピックを誘致し
誘致決定直後汚染水漏れが発覚し
「ウソつき」と言われていたのに
よくリオに行けるなと思っていたのに
どうせ片隅で黙って見ているだけだと思っていたのに
アベマリオ登場―

なんという厚顔無恥
ハダカの王様だってパンツくらいはいていた―
まるでパンツも脱ぎ捨てたハダカの王様―

日本の文化には「お、も、て、な、し」の文化があるそうだー
そんなことより「お、は、じ、ら、い」の文化があるんだぞー
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2016年08月12日

相模原事件について・・・優生思想との対峙のために―「犯罪の社会モデル」を考える立場から―

相模原事件について・・・優生思想との対峙のために
―「犯罪の社会モデル」を考える立場から―
 相模原で「重複知的障害者」19人の殺人事件が起きました。
 わたしはこの事件のことを聞いたときに、衝撃が走りましたが、むしろ起こるべきして起こった、とうとう起きたかという思いをもってしまいました。わたしはかつて、石原慎太郎都知事が、「障害者施設」を訪れ、「あのひとたちに人格はあるのかね?」という発言をしたことと(主たる対象者は一応違いますが)ヘイトクライムのひとたちが「○○を殺せ」とコールしていたことの交叉するところで起きた事件だと感じたのです。
これは「障害者」の介助をしていたひとが優生思想に取り込まれて起こした事件として多くの「障害者」に衝撃を引き起こしています。で、薬物を使っていたとか、「措置入院」していたとか、「精神障害者」の起こした事件として、また「精神障害者」の観察・予防拘禁を強めようというような動きが出ています。
 世界に名だたる悪法「医療観察法」が作られたのは、池田小事件の後でした。しかし、そもそもこの事件を起こしたひとは、「精神障害者」認定されず、従って刑法除外規定に当てはめられず、死刑を執行されています。「人格障害」(※1)という意味不明の規定をされたまま、なぜ、どのようなところで事件が起きたのかという検証がなされないままなのです。
 さて、そもそも今回の事件で、「措置入院」していたという報道がなされ、まるで、この事件の以前に「措置入院」があったという誤解を生み、「精神障害者」への予断と偏見を招いています。そもそも今回の事件を予告するような発言をしていて、しかも、衆議院議長の処へ犯行を臭わせる手紙を持っていき、警視庁から神奈川県警の方に連絡が行き、職場でも問題になり辞めさせられという経過があります。そこで、ヘイトクライムとか差別禁止法などの現在の法体系では対応できず、精神医療鑑定を受けさせ、措置入院されたということのようです。結局、薬物反応が出て、「人格障害」の類の診断を出したものの、「精神障害」とは認められず、どういうわけか薬物の方でも刑事事件化されませんでした。報道されている範囲の話ですが、警察は防犯カメラをつけるよう指導したそうです。防犯カメラというのは、犯人を後で逮捕することには使えますが、今回のような逮捕されることを覚悟した事件には何の効果もありません。「措置入院」していたときから、この事件がおきるまでかなりの時間があります。どのような経過があったかの検証が必要だと思っています(※2)。ともかく、警察の警備のイロハも知らないような対応の中で起きた事件ではないかとわたしは考えています。
 そもそも施設ということがどのような意味をもっているかの「障害者」の自立生活運動からの批判もありました。そして施設で介助労働者の働く条件が、アベ政治の福祉の切り捨ての中で、ますます厳しくなっていったという問題もあります。そして、「介護職員がなぜ」ということには、アメリカの人種差別の問題で、日常的に接している「プアーホワイト」と呼ばれるひとたちが最も人種差別的になっていくという分断や差別への取り込まれの問題にも類比されます。そこにファシズム的思想の広がりと取り込まれの問題を押さえねばなりません。
 さて、もうひとつの問題を書いて置きます。これは優生思想にとりこまれたひとの事件で、事件をおこしたひとが言っているようなことを、多くのひとが日常的に話しています。その端的な例が、前述の石原慎太郎元東京都知事発言(※3)で、この数々の分野で、元祖ヘイトクライムともいうべく、差別発言をくりかえしていたひとが、都知事を何期も務めていく、石原都知事に投票していたひとは勿論、反対していた阻止し得なかったひとにも、その責任はあると思っています。そして、戦争とそこから引き起こされるテロの事件の頻発化、ヘイトクライムの世界的爆発、そういう中で、まさにヘイトクライムとして起きた事件ではないでしょうか?
 わたしは刑事事件の多くは、(一部の権力犯罪を除いて)差別の反作用として起きることだと押さえています。そのような観点で、裁判員裁判が始まるときに、この差別的社会を構成してしまっているひとが、社会が差別が「犯罪」を起こすと言い得る内容で、その社会を差別を裁かず、そしてその社会を構成してしまっている自己を裁かないで、どうして「犯人」とされるひとを裁くことに加担し得るのかという問題を提起してきました。
 わたしは「障害者運動」の一翼を担い、障害問題を考え、論じてきました。今、「障害の社会モデル」という考え方が広がっています(※4)。それは「障害とは社会が「障害者」と規定するひとに作った障壁である」と定式化されるのではと思います。それと同じように「犯罪の社会モデル」ということを突きだし得ます。それは「犯罪とは社会がひとを差別するとき、その反作用として「犯罪者」として引き起こされる事件である」と定式化できるのではと思います。
 そのようなことを考えながら、「障害の否定性」の否定というところで、優生思想的なことに対峙しつつも、結局広く深く優生思想に多くのひとがとらわれている、そしてそのことを止め得なかった自らの責任ということを考えています。反原発で論陣をはっていた小出さんが、フクシマの事故が起きたときに、止め得なかった自らの責任ということで涙していました。積極的に優生思想を広めようとしているひとたちの責任はいうまでもなく批判していくことですが、日常的に優生思想にとりこまれているひと、そして反対していてもその流れを止め得ないということでの、この社会を構成させられているところでの責任があるのです。
 さて、ヘイトクライムや差別に対して法的な整備で規制していこうという動きがあります。過渡的には、権力犯罪や権力に癒着したひとたちを取り締まるためにも、そのことの必要性はあるかとも思いますが、わたしは反差別運動の中で語られてきた「法律で差別をなくすことはできない」と考えています。それは国家という名で、すなわち権力という差別の構造に頼って犯罪を押さえ込む、差別で差別を押さえ込むということは原理的に考えてできないのです。そしてヘイトクライムや差別に対して法的な整備をしていくことが、時の政府への批判的な動きをも規制していく恐れが出てきます。まさに、それがファシズムなのです。
 結局、現実の差別的動きにカウンター的行動をしていき、そしてこの日常に広く行き渡っている優生思想などに対抗する反差別の思想を広めていくしかないことだと思うのです。国会ではなんどもひとの命を序列化するような「尊厳死法」の上程がなされています。そして、ひとの命の序列化ということで、臓器移植のために脳死をひとの死と強引に規定した「脳死・臓器移植法」の下で、脳死臓器移植が進められています。そして、介護の研修で講師が生徒に「自分が介護を受けるようになったら、延命処置を望みますか?」と訊くと、8割のひとが「望まない」という答えをするという話もでています(※5)。最近、高齢者やその手前にいるひとたちが集まると「ポックリ死にたいね」というような話を頻繁にしています。そのような優生思想が広まり、それに取り込まれたひとが起こした事件なのです(※6)。
 まさに戦争とファシズムへの突撃が開始されようとしている(もう始まっているのかも知れません)ときに、優生思想がますます強められ、「障害者」の抹殺や抑圧が強められる、そして福祉が切り捨てられていく、そのことに対抗するすべての弱者の反ファシズム的(※7)運動が必要になっています。
もう一方で、日々の日常での接点を創り出していく、まだ知らないから忌避的になる差別的になることもあるからです。ですが、まさにその接点を作ること自体が極めてつらいことになっています。きちんと、優生思想に対峙し得る理論化の作業が必要になっているのです。
わたしも接点を作る作業と、これまでやってきた理論化の作業を広め深めていきたいと思っています。


[註]
※1 「人格障害」という概念自体が、わたしはそもそも理解しがたいこととしてあります。要するに「精神障害」とは言えないけど「性格がねじ曲げられた」ということで、裁こうと言うことで、理解しがたい行動をするひとなのですが、なぜ、ひとはそのような行動をするのかをきちんと押さえていくと、そこに差別の中で「ねじ曲げられた」性格が作られた、ととらえられます。「性同一性障害」とかいう概念と同じで、そもそも「障害」とはいえないことを無理矢理「障害」として医学モデルに押し込めるために意図的に作られた概念ではないかと思うのです。
※2 わたしは警察が何か情報を隠しているのではないかと思ったりしています。「警備のイロハも知らない」と書きましたが、これはISなどのテロ対策を考えたら、信じられない対応です。
※3 石原慎太郎発言をとりあげた朝日新聞に石原都知事が産経新聞などの援護を得て反撃し、その後のマスコミの萎縮などをもたらした結節点になったのではと思います。きちんと、石原発言を追い、論理的に追及していくと石原都政が継続できるはずがなかったのですが、そもそもマスコミは財界で保守とつながるところで、一記者での追及は頓挫せざるをえなかったのかもしれませんが、これについてはわたしのHPに載せている「障害ってなーに?」の2章を参照してください。
※4 イギリス障害学発の「社会モデル」は、第2世代の批判の中で、今混乱的情況にあります。そのことの整理がなされないことが、今日の「障害者運動」の停滞を招いているとの思いで、わたしなりに整理をしようとしています。語学の壁にたじろいでいるのですが。
※5 これはわたしが母を看取って介護の反省をしておきたいと、高齢者介護の講座に通っていたときに、講師が言っていたはなしです。どこまで普遍化できるか分からないのですが、これから介護の仕事をしようというひとが老いの否定性にとらわれている、ひいては「障害の否定性」にとらわれていることにわたしはショックを受けました。
※6 こういうことを書くと、ひとの主体性ということをスポイルしているという批判を受けます。それが、「障害の社会モデル」の批判の一端でもあるのですが、本文中にも書いているように、わたしは運動主体としての責任性はむしろ問い返そうとしています。ですが、運動主体として確立していない、情況に巻き込まれていくひとの自己責任論には批判的です。また、そういうところは個ということを実体主義的に固定化しているという批判をしつつ、「社会」ということの実体化も批判する関係モデルを突き出しています。ここではそこまできちんと展開し得ないので、「社会モデル」から更に展開している関係モデルについては『反障害原論』を読んで下さい。
※7 そもそも現在の情況をファシズムととらえるのか、また胎動的なファシズム「的」動きとしてとらえるのかの判断がわたしにもよくつかめていません。ただ、「的」を外すときには、その反ファシズム運動はもう敗北的情況に陥っているのではという思いがあります。ですから、「的」的情況の内につぶさなければと思っています。
posted by たわし at 02:43| 対話を求めて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「吃音=発達障害」規定をとらえ返す 「吃音=発達障害」規定をとらえ返す

『反障害原論』への補説的断章(23)
      「吃音=発達障害」規定をとらえ返す
今、「吃音者」の団体―言友会で、「吃音=発達障害」と規定して「障害者手帳」を取り、「吃音者の社会運動」を進めようという動きが出ています。わたしは、かねてから「吃音者」を「障害者」として規定して、「吃音者の障害者運動」を進めようとしていた立場ですが、何かおかしいと思っています。わたしは、幽霊会員的になっていますが、今、広く意見を求めているようなので、意見を書き置きたいと思っています。
さて、「吃音=発達障害」論ですが、これが出てきたのは、ICD-10で「障害の規定」の中の「発達障害」という項目の中で、「吃音症」ということばが出ていて、厚労省がそれを根拠に、「吃音を発達障害として障害認定しよう」という動きをしていて、「吃音者の団体」で、それを根拠に「吃音者の社会運動」のひとつとして、「障害者手帳の取得=障害者認定」を進めようという動きのようです。
ちゃんと、現実的にどういう議論がなされてきたのかということを学的に探求して、押さえ直す作業が必要です。わたしにとっては不毛(*1)なことなので、かなりの推測を含んで文を書いて仕舞います。事実関係に誤りがあれば指摘してもらい、共に整理して行き、その中で互いに論考を深め得ればと願っています。
障害規定からとらえかえす
まず、ICD-10のとらえ返しです。WHO(世界保健機構・・・国連の機関)には、かつて疾病の規定をしているICD(国際疾病分類)とは別に障害を規定しているICIDH(国際障害分類)が別にありました。それが、イギリス障害学発の「社会モデル」の突き出しの中でICIDHを変えようと、ICIDH-2として議論していた過程がありました。その内容は、まさにパラダイム転換的内容をもっていたのですが、きちんと理論的に整理されない中で、「社会モデル」自体がパラダイム転換に失敗し、「医学モデルと社会モデルの統合」などというおかしな論理まで出てくる中で、ICF(国際生活機能分類)としてまとめられたのです。わたしは、それをまさに医学モデルでしかないものに舞い戻ってしまったと押さえています。ですが、医学モデルへの批判からそもそも起きていたことだったためか、そして統合を標榜するためか、ICIDH-2の段階ではあった本文での医学モデル的な内容になっている「障害分類」を消したようなのです。そして、現実には(医学モデル的なところで)「障害者」施策を進めるのに、医学モデルそのもののICD-10を「障害分類」に使うというごまかしを取っているのではないかとわたしは押さえています。
さて、「吃音=発達障害」論を使おうという「吃音者」当事者が出てきているのですが、一点押さえて置かねばならないのは、それは医学モデルに沿って運動を進めることを意味するということです。
そもそもイギリス障害学がなぜ医学モデルを批判してきたかということなのですが、それは「障害者が障害をもっている」という論理では、「慈愛としての福祉」とか「かわいそうな障害者をたすけてあげる」というところになってしまい、それでは、結局差別から抜け出せないからです。だから、「社会が障害をもっている」と反転させるパラダイム転換をなそうとしたのです。日本においても、それは「障害者」が「わたしたちが変わるのではなく、社会を変えるのだ」と突き出していたことにつながっています。
そのことを押さえそこなうと、「かわいそうなわたしたちを助けて」というそれ自体が差別的イデオロギーを広めていくことになってしまいます。(*2)
ICD-10の「吃音規定」の位置をとらえ返す
 さて、医学モデルでしかない「吃音=発達障害」規定が医学的にどこからでてきたのかということがあります。どうも、ICD-10で、「発達障害」のひとつの「症状」として「吃音症」を出していることから、「吃音=発達障害」規定を使おうということ、そして厚労省サイドの「良心的な」役人で「吃音者」の援助を考えているひとがそのようなことを考えているようなのです。このあたりは、すべての「吃音者」=「発達障害者」という規定をしていくのか、「吃音者」の一部に「発達障害者」規定があてはまるのかの問題があります。このあたりはきちんと押さえないと、「発達障害者」の認定の中で、「吃音」がカウントされるということにとどまってしまいます。逆に言うと、「発達障害者」として認定されるひとが「障害者」認定をとれるだけの問題になります。すべての「吃音者」が「発達障害者」と認定されるのかの問題があるのです。だから、「吃音=発達障害」としてしまうことは、そうではない、そうではないと思っているひとたちを排除してしまうことになります。
 そもそも、「吃音者=非器質性の非流暢性の言語障害者」という規定がありました。だから、「脳性マヒ者」の「器質性の非流暢性の言語障害者」は「吃音者」とは規定しないということが当初はありました。ですが、少なくとも東京言友会には「脳性マヒ者」の「吃音者」も、そして「失語症」ということばの出にくいひとも例会に参加しているという幅広い活動をしていました。東京ではかつての大阪や全言連のように「吃音者宣言」一本槍で進めようということに対して別の活動スタイルをとっていました。「治す派」と「宣言派」、そして「お友だちグループ派(交流の場―癒しの場ということだけでいいのではないかというグループ)ということが共存してきたのです(いずれもわたしサイドのネーミングです)。「吃音=発達障害」規定をしようとしているひとたちは、そのような東京の歴史をどうとらえているのでしょうか?
「吃音=発達障害」説の検証
 さて、そもそも「吃音=発達障害」という規定をするときに、そもそも「発達障害」ということ自体のあいまいさがあります。『福祉労働』という雑誌の特集で取り上げられました(『季刊 福祉労働140号 特集:増やされる「発達障害」』現代書館2013)。いろんな論攷が出ていましたが、そもそも、なぜ「発達障害」ということが浮かび上がってきたのか、そもそも異化していく必要があるのかという趣旨でくまれていた特集です。かつて、わたしが本を出したときに、本を読んだひとから、すぎむらなおみ+「しーとん」『発達障害チェックシートできました−がっこうのまいにちを ゆらす・ずらす・つくる』生活書院 2009という本を送ってもらい、「書評」を『図書新聞』2972 号 2010.7.3に掲載してもらいました。その本の著者は、養護教員のひとたちです。当事者自らが「発達障害者」としての自覚を持ち、そして教員総体が「発達障害」の生徒達にどう接していけばよいか、どういう援助が必要なのかを考えていこうという本でした。わたしも、そのような趣旨に共鳴して「書評」を書いたのですが、そもそも著者達も書いているのですが、教育がひとりひとりの生徒に向かい合う教育になっていないという事態の中で、「発達障害」が異化していく、させていく必要が語られる事態になっているようなのです。
 そもそも「吃音=発達障害」と規定していくときに、「吃音」概念も「発達障害」概念もあいまいになったままです。
 「発達障害」を「脳の中の障害」と規定してしまうひともいます。さらに「精神障害=脳の障害」論なども出ています。
 このあたりの議論は、「自閉症=脳の障害」論が出てきたときからあったことで、わたしは不毛な議論だと思っています。そもそも「障害の社会モデル」がなぜ出てきたのか、ということが押さえられていないのです。
 「脳の中の障害」とか「遺伝子決定論」とかは、いわば「障害の素因論」と言われることですが、これで行くと「精神障害」系の「障害」を「身体障害」と区別する意味がなくなります。
 さて、どうしてわざわざ素因論を「精神障害」系のひとが持ち出してきているのかの問題があります。それは「吃音の素因論」が、アメリカとかカナダとか、自己責任の論理が広く行き渡っているところで、「吃音者当事者」からも出てきていることに通じる問題なのです。要するに、「自己コントールできないひと」として「自己責任の論理」で差別されるから、「それは「障害」の問題で、自己責任ではない」として、「自己責任の論理」の抑圧性から逃れるための理論として出てきているようなのです。もちろん、「障害者」総体も、「自己責任の論理」の抑圧性にさらされています。それは、「努力して障害を克服しよう」というかねてからあったスローガンとして端的に現れています。一方で、「努力してもどうにもならない」と認定されれば、この抑圧型の差別から逃れ得ますが、こんどは排除型の差別をうけることになります。「福祉の対象として社会の片隅で生きよ」のみならず、発生の予防として断種させられたり、出生前診断とか安楽死の対象という抹殺の対象になってきた歴史をとらえかえさねばなりません。「わざわざ」ということばを使ったのは、抑圧型から逃れようとして排除型の差別を招き寄せている事態だからです。よく、抹殺を含む排除型の差別の方が、抑圧型の差別より強いとかとらえ勝ちなのですが、必ずしもそうとはいえないという事例になります。これは「障害の重い―軽いという言い方をするひとがいるけれど、差別に重い軽いはない」という「障害者運動」の先達のことばにもつながっています。これは、わたしがかつて出した本の中で差別形態論として展開したことです。差別の形が変わるだけの問題です。
さて、「吃音=発達障害」を見たときに、わたしが想起したのは、「ろう文化宣言」でした。これは、ろう者(手話を第一言語にするひとたち)が手話を自分たちの言語として誇りに思うという突き出しで、手話を学んでいたわたしも共鳴したのですが、「わたしたちの問題は、障害者の問題というより、手話という少数言語の使用者というところで、むしろ民族問題である」という主張にわたしは違和を感じました。そもそも、そこで言う「障害者」とは何かということがあるからです。「車いすの障害者」も、「バリアフリーになったら、わたしたちは障害者ではなくなる」という突き出しをしていたし、もう一方の「民族」に関しても「民族という虚構」ということがあるからです。
もうひとつ、そもそも「吃音=発達障害」説をとるひとは、他の「吃音理論」をどうとらえているのかの問題があります。「吃音=発達障害」説で会を統一するのなら、他の説を批判しきなければなりません。わたしは矢野武貞さん(『「吃音」の本質―話行為の構造と病理』(弓立社)1975)の「学習説」に留目してきました。彼の理論でいうと、「吃音者とは吃音的話行為を習得したひとたち」ということになります。わたしなりの矢野理論の押さえ方によると、「「吃音者」とは、発達の道筋としての流暢な言語の習得に失敗したひとたちではなくて、吃音的話行為を習得したひとたち」なのです。ですから、この説では「発達障害」という概念に「吃音」はあてはまりません。そもそも「随意吃」とか、「役者が演技で吃音者を演じていて、そこで吃音的話行為から抜け出すのに苦労した」とかいう話をどうとらえられるのでしょうか?
 きちんとした対話が必要です。そうでないところで、ひとつの説で押し通そうとすると他のそう思わないひとたちを排除してしまうことになります。
 わたしは「社会運動」というとき、とりわけ「「障害者」の「社会運動」」というときの大原則は、「誰も排除しない、排除させない」ということがあると思っています。その大原則を踏み外して、「社会運動」を標榜することには反対です。
「吃音=発達障害」規定をすることにどういう意味があるのか?
 さて、言友会では長く「吃音者=障害者」規定を避けてきました。それは、かつて言友会のリーダーであった伊藤伸二さんによると、反対するするひとがいたということなのですが、そもそも「吃音者宣言」を異論がある中で、強引に出したひとなので、「なにをか言わんや」なのです。結局、そこでリーダーシップをとるひとがいなかった、ということなのです。そして、たぶん強引にとる意味もなかったのです。
もうひとつ、押さえて置きたいことがあります。それは「吃音者の社会運動」ということが今回初めてでてきたのではないということです。かつて、「吃音者宣言」が出される前に、東京言友会には「わたしたちの基本的考え」という基調的文がありました。それに沿って、「吃音を治すための研究」に対する補助金を求めていく活動とか、例会で使える会場として東京都障害者福祉会館を作れということを要求していた障都連という「障害者団体」に加盟してて、そこで会館を作らせて例会会場として使えるようにしたのです。「吃音者宣言」が出た後は、その中に「治す努力の否定」的内容があり、「わたしたちの基本的考え」もニューバージョンに変えています。そういう中で、「吃音者の社会運動」は「吃音に関する啓蒙的活動」に収束していたのです。
 さて、そもそも「吃音=発達障害」と規定しようとしているひとたちは、何のためにそのような動き方をしているのか、わたしにはよく分かりません。
ひとつは、「障害者福祉」を受けられるようにするということがあります。具体的には、手帳を取得するということです。ですが、現行の「障害者福祉」は等級制度があり、一番の福祉は「障害者年金」ですが、「吃音者」ということ単独で、これが受けられる制度ではありません。
もうひとつ、「障害者雇用枠」での就労の問題があります。今仙台で「障害者雇用枠」での採用というところで、認定を受けようと裁判をしているひとがいます(このひとは、あくまで「言語障害者」として「障害者認定」を受けようとしているようですが)。
 わたしはこれは諸刃の剣だと思っています。「吃音者」が「障害者手帳」をとれるということならば、一般就労していた「吃音者」が、雇用枠に移行しろと言われるようなことさえ起きることが考えられます。さらに、そもそも「障害者雇用枠」が、特定子会社ということで別枠になっていたり、非正規雇用が拡大している中で、非正規雇用的なところに落とし込められたりすることもあります。「障害者雇用枠」で入ったひとは、女性が総合職と一般職に分けられる中で、女性のほとんどが一般職に入れられるようなことと同じように、出世コースから外されたところでの「障害者雇用枠」になっている現実があります。
 それに、そもそも「障害者雇用枠」で入ろうということ自体が、雇用枠の拡大運動を一緒に展開しない限り、他の「障害者」の枠を奪うことになる現実をどうとらえているのでしょうか?
もうひとつ、「障害者認定」を受けておくと、相対的にですが、生活保護をとりやすくなるということがあります。ですが、そもそも生活保護が切り下げられ、受給資格を巡って抑圧的情況があるときに、それ自体の社会運動が必要になっている情況です。
さて、わたしは言友会から飛び出して、しかも「吃音者=障害者」という突き出しをしながら、「障害者運動」に関わる中で、他の「障害者」に、手帳をもっていないというと、「どうして取ろうとしないのか、障害者認定を受ける運動をしないのか」ということを訊かれることがたびたびありました。その中で、語っていたのは、「現在の障害者福祉の制度の障害認定の中では、何のメリットもない、もし何かわずかなメリットのようなことがあっても、分断されるだけだ」と応えていました。
 で、「そもそも障害とは何か」という議論をしながら、現実に「障害者」当事者の立場を突き出して「障害者運動」を担っていました。
わたしの「吃音=発達障害」規定への暫定的意見
そもそも、わたしにとってどうでもいいことなのですが、たぶん議論しているひとから意見を求められるので、「吃音=発達障害」規定をわたしがどうとらえているのか、ということにコメントしておきます。
そもそも「発達障害」の概念自体が、「医学モデル」的にもはっきりしません。「アスペルガー」とか「広汎性」とか「自閉症スペクトラム」とか、大分類的なところが出てきていますが、その他ADHDが大分類なのか、「発達障害」の認知のひとつの「症状」的にとらえるのかの議論が出ているようです。さらに、「学習障害」についても大分類的かどうかあいまいな形で出ているのですが、わたしはこれはひとつの症状的にとらえることで、「吃音症」ということに関しても、「症」とつけているように、わたしはひとつの認知の徴表ではないかと思うのです。ですから、そのあたりが整理されていくと、「吃音=発達障害」ということでなく、「発達障害」と認知していくひとつの徴表として押さえられ、「発達障害」と認知された「吃音者」が、福祉の対象になるということで限定されていくと思います。だから、わたしは、「障害者手帳」を取るのなら、むしろ正攻法で「言語障害者」としての認知を勝ち取ることだと思います。
これはあくまで、医学モデルの枠内での運動の進め方です。
わたしは医学モデル的な運動の進め方ではなくて、医学モデルから「社会モデル」さらには関係モデルへの転換を訴えています。後で、もう少し詳しく書きますが、そこでは、反障害運動、その中の反コミュニケーション障害運動という形での展開になります。
「吃音者の社会運動」の方向性
 そもそも何をしようとしているのか、よくとらえられません。認知を得て手帳を取得するだけが目的なのでしょうか? そこで、雇用枠で就職できるようにするということもあるのだと思いますが、前述したように現実のメリット・デメリットがあります。「社会運動」ということばを使われているので、おそらく「障害者運動」に合流していくということもあるのだろうと思います。たぶん、それは「社会モデル」では、そもそも不利益を受けることを障害として押さえ、貧困とか引きこもりとか、シングルマザーとかすべてのことを含めた障害概念につながり、社会運動ということまで結びついていく可能性もあるのだと思います。また、このあたりは社会運動的にもっと巾広い、「すべてのひとにベーシックインカムを!」というところでの運動や基本生活保障の問題につなげていくことだと思っています。
今回の提起は、「発達障害者」の運動に合流しようという提起のようですが、そもそも合流すべき「発達障害者」の当事者運動がどこまで進んでいるのでしょうか? 何年か前に、「日本で初めての発達障害者当事者主催の集会」と名打った集会に参加したことがあります。その中で、「明るく前向きに生きる」というスローガンのようなことが出ていました (*3) 。30年前の言友会の「吃音者宣言」的内容なのです。それに、「発達障害者」の運動自体が当事者の周りのひとたちで動いてきた経緯があるようなのです。「吃音者の社会運動」というとき、そのあたりも、ちゃんと押さえて置かないといけないと思います。
それにもうひとつ、「障害者運動」総体の混乱的情況もあります。障害の定義さえあまいにしたままになっています。他の「障害者」団体に合流していくというとき、きちんと「障害者運動」の方針を出せている「障害者」団体、合流できる「障害者」団体がどこにあるのでしょうか?
今回、全国大会で「障害とは何か」という議論をしようとされているようですが、そもそもその提起をしているひとたちの間で、障害を巡る議論がどこまで進んでいるのでしょうか? もし、きちんと議論が進んでいるのなら、医学モデルでしかない、「吃音=発達障害」規定で「吃音者の社会運動」を進めようという動きにはならないとわたしは思っています。
さて、具体的提起です。
「吃音者」は社会に何を求めていくのか?
一体何をしようとしているのか、一体何を「社会」に要求していくのかの問題です。
これまでも「社会運動」的なことはありました。そのことは「吃音」についての啓蒙的なことでした。そのことを超えて具体的に何を要求していくのかの問題です。今、上がっているのは手帳を取るということです。それで雇用枠で入れるということがあります。ですが、前述したように、それが必ずしも良い方向に進むわけではないとも言い得ます。でも、それでもメリットがあるということで使いたいというひとはそこで動けばいいのですが、メリットがないと思うひとがいます。それなら、メリットがあると思うひとがメリットがない、逆にデメリットが大きいというひとを排除して、強引に進めることはないと思います。会の中でグループを作って進める、または逆に「発達障害者」の団体の方でグループを作って進める、勿論並行的にもありえるのですが、とにかく、言友会総体として、「吃音=発達障害」規定で統一して、「吃音者」の社会運動を進めることではないと思います。
そもそも何を求めていくのか具体的に考えてみることではないかと思います。
たとえば、機器関係の要求があります。パソコンを会議で使えば、音声読み上げソフトなど出てきていますから、あらかじめ用意をしておけば、ほとんど支障はなくなっていきます。それどころか、事前に資料を配付することで、逆に議論的深化をもたらすことができます。質疑応答が必要になっても、パソコンで打ち込めば、読み上げソフトで声を代わり出してくれます。たぶん、現代社会において人間関係が大切で、個人的にはなしを煮詰める、一対一的な処で話をしていく必要が言われます。ですが、そもそも障害問題の認識が共有されれば、「吃音」自体がかなり受け入れられていきます。どうしても声を出す必要があり、声が出ないときに機械を使う、もしくはひとに代読してもらうという方法でやれます。
その他、どういう要求―運動があるでしょうか? もうひとつ、具体的例を出しておきます。実は、「発達障害者」の方で、そのヒントになる文を書いているひとがいます。綾屋 紗月+熊谷晋一郎『発達障害当事者研究―ゆっくりていねいにつながりたい』医学書院2008の綾屋紗月さんが、手話を学んで心が開かれたというような趣旨の話を書いています。「吃音者」というのは、「ひとは音声言語で話すべきだ」ということと、その「音声言語の流暢性」ということで、言語規範から外れるとして、「言語障害者」と規定される者なのです。手話を自分の言語として習得すると、「吃音者」は、手話が通じる世界では「(言語)障害者」でなくなります(*4)。問題は、手話が通じるひとが少ないとうこと、手話を自らの言語とするひとにコミュニケーション保障がなされていないということです。わたしは今「ろう学校」と言われるところ(*5)を、手話学校にして、聞こえないひとたちだけでなく、手話を自分の第一言語にしたいひとたちに解放して、音声言語を使わなくても支障がない情況をつくりえればと思っています。
 その他、具体的にどのようなことを求めていくのかの議論こそが必要で、それこそが「吃音者の社会運動」の中身なのだと思っています。
そもそも社会運動とは何か?―具体的な運動の進め方
 そもそも社会運動というとき、社会のあり方の問題があります。そもそも「障害とは何か」の議論をするとき、そこにdisability―「できない」ということが問題になっているとき、なぜ、それが(ひとりで)できないといけないのか、なぜいろんなひとりでできないことがあるのに、それが「障害」として浮かびあがるのかという問題があるのです。
わたしは障害モデルとしては、障害関係論の立場をとります。「吃音者の社会運動」は、反障害運動の中に位置づけられます(それらについて書き始めると長くなり、読むに耐えない文になります。読んでもらえる方は、わたしの本やホームページを参照にしてください(*6))。その運動の下位分類として、反障害運動の中に反コミュニケーション障害運動があり、その中に「言語の非流暢性」を巡る課題で運動を進めるというようになります。運動体的に表現していくと、「反障害運動」―「反コミュニケーション障害運動連絡協議会」―「反コミュニケーション障害運動連絡協議会・言語非流暢性部会」というようになります。そもそも、「吃音=発達障害」という概念自体が医学モデルなので、わたしはそのような押さえ方はしませんが、医学モデル的「発達障害」概念は、わたしはコミュニケーション障害の中にも含まれていると押さえています(関係モデル的各論もわたしの本の中で既に展開しています)。「発達障害」という規定がどのようなところででききているのか、言い換えれば「発達障害者」という規定されているひとがどのような差別を受けているのかについては、自らが「発達障害者」と規定されているひとたちが当事者主体で提起されていくことで、その提起を受けてわたしも反障害運動の連帯として議論に参加していきたいと思っています。
とにかく、障害規定からちゃんとなされていない情況を押さえ、そこまで掘り下げたところで、根底的な反障害運動を作りだしていきたいとわたしは動き出しています。共に議論と運動を作り出せていけばと願っています。




*1
 なぜ不毛ととらえるのかというと、そもそも素因論から、医学的なところで治療というところで「吃音」をなくす、なくす研究を求める行為が、もし、素因論が正しい(わたしは素因論を批判してきたのですが)としても、突然何か治療法が発見されない限り、むしろ存在の否定につながるし、発生の予防とか、断種とか、自ら結婚しないとか、抑圧的にも働いていくからです。この議論は、全言連の会報に「吃音の遺伝子研究に協力を」という趣旨の文が乗り、それに対する批判をし、議論をする時に文を出し、討議にも参加しています。冊子になっていますからそれを参照してください。
*2
 その議論の間に人権論があります。しかし、人権概念自体が、差別のない関係を作るというところで、天賦人権論として作られた架空の概念です。そして、そもそも能力による差別は人権の問題でないとしています。ですが、そもそも障害差別の土台には、労働力の価値を巡る差別の問題があります。その差別を問題にしないかぎり、人権論では障害差別は偏見の問題しか扱えなくなります。そもそも人権ということを自体を否定していく風潮が出ているときには、そのことから批判していく社会運動が必要になるでしょう。
*3
大方そのような議論が占めたのですが、ひとり、もっともしんどいひとを基準にして、ベーシックインカムの運動を進めて行くというような話をしている、他のひとから浮いている感じのひとがいました。高森明というペンネームで「発達障害」関係の本を沢山出しているひとです。
*4
 「音声言語障害としての吃音」の話ですが、手話にも「言語障害」に比する、「吃音」的なことがありますし、「手話を表すのに障害があるひとたち」(たとえば「上肢障害」と規定されるひとたち)という「構音障害」に比することもあります。わたしは、侵略の歴史をもつ現在の国際共通語を廃棄し、手話を国際共通語にというような思いも、一瞬もったことがあります。そこでは、「音声言語障害としての吃音」は障害ではなくなります。しかし、それは「視覚障害者」に不利益をもたらすと、すぐに打ち消しています。
*5
 日本語は、少なくとも日本音声言語―書記言語と日本手話の二つがあり、日本手話が日本語として対等な言語として認められ、公用語として認められ、どちらを選択しても不利益がないようになったら、むしろ手話学校にいって、手話を学ぶと生活が保障される(過渡的なこととして書いています。みんなが生活保障される社会への過渡です)と、コーダ―(両親がろう者の聞こえるこども)や「言語障害者」も自分の第一言語として手話を選択するというようになっていくのではないかとも思っています。
*6
 三村洋明『反障害原論―障害問題のパラダイム転換のために―』世界書院2010
HPは http://www.k3.dion.ne.jp/~ads/newpage1.html (反障害―反差別研究会 反障害 で検索すると出てきます)

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2016年06月10日

何のための、誰のための政治か?

何のための、誰のための政治か?
政治家は何のために誰のために政治をしているのでしょうか?
戦後、どんなおかしな政治家も、一応「国民のための政治」を装っていました。
サミットを巡ってアベ首相は茶番劇を演じました。国際政治の場で、消費税増税の先送りという「国内事情」のために、「リーマンショック以来の危機」という情況分析をでっち上げようとしました。前の衆議院選挙のときの話が背景にあるのです。消費税増税を先送りするから国民の信を問うとして、そもそも野党が先送りに反対しないから争点にならなかったのですが、選挙を自分たちの支持率が高いときにして、次の選挙を延ばすための意味不明の政治です。そのときに「リーマンショック級の経済不況が起きない限り、消費税増税は次回は絶対にやる」と断言したのです。今回参議院選挙を前にして、野党から「アベノミクスの破綻で消費税増税する情況にない」と突きつけられて、アベノミクスの破綻を認めたくないから、国際的情況の責任にしようとしたのです。当然、そういう「プロクルステスのベッド」(*ギリシャ神話に出てくる、ベッドが小さくて体に合わないからと、ひとの足を切ったという話。自説を補強するために都合のいい部分だけを取り出したり、むりやり自説に合わせてしまうような作業のことをこう呼ぶ。「こじつけ」とルビを振られることもある)のような笑い話の種になることでしかなく、他の首脳から認められず、「危機」を「リスク」ということばにすり替えて、ごまかそうとしました。経済にはつねに不安要因はあるから、それをリスクというなら「リスクはある」とは言えるのです。では、「リスクがあるから、リスクをあることはしない」というなら、その端的な例は原発です。原発の再稼働をやめて、すべて廃炉にすることです。九州で地震が続く中で、しかも、気象庁の予報官がどうなるか予想が付かないと言っているのに止めようとしないのです。
もうひとつのリスクの話があります。年金などを株式に投資して、赤字を出している話です。リスクがあるからしないという話なら、そういうリスクのあることはできないはずです。
原発再稼働の恐ろしさや株式投資のリスクと、経済の見通しは付きにくいという話は別物です。前者はしなくてもいいリスクですが、経済の予測はしないと政治は進められません。「経済のリスクがあるから消費税増税はしない」ということなら、そういうリスクはなくならないから、「消費税増税はもうやめる」ということになってしまいます。だいたい、法人税減税をなし、累進課税をゆるくし、そこで増大した内部留保がタックスヘブンにもっていかれました。資本は悪無限的に利潤を追求するので、「トリクルダウンなど起きない」ことが分かっているのです。そしてトリクルダウンを言っていたひとが、「そんなもの起きない」と言い出すしまつです。だから、アベノミクスの失敗は明らかなのです。そもそも「経済成長戦略」など、グロバリーゼーションが世界を覆った時代に、明らかな間違いなのです。そして、「外遊」で「お金をばらまいている」という話があります。これは他の国の支援という名目ですが、実はそのお金で、日本の大企業や多国籍企業の商品を買ってもらうのです。そして、そのお金はタックスヘブンに行きます。福祉に回すお金も切り捨てて「支援」しているのですから、結局格差の拡大と、民衆の貧困化をもたらしているのです。まさに1%のひとが99%のひとを支配するために貢献する政治にしかなっていないのです。
アベ首相も「国民のため」という言葉を使います。ですが、こんな露骨に「選挙のため」の政治をやっているひとはいません。誰のための政治か忘れた、というより、祖父の悲願の憲法改悪のための政治という、「己の邪な願望を満たすため」の政治をしているのです。それは、結局自民党の「憲法改正草案」にも見られる国家主義というところで、国家のための政治というファシズムへの道を突き進んでいるのです。本末転倒の政治なのです。
この間起きていることで、もうひとつ書いて置きたい、書いて置かねばならないことがあります。沖縄で女性がまたもや殺されました。自民党サイドから「タイミングが悪い」とかいう、そもそも被害者や家族や沖縄のひとたちに思いを馳せることのないことばが出てきています。まさに政治家が誰のための政治をしているのかということがはっきりする言葉です。「国民のための政治」ということがすこしでもあればこんな言葉は出てきません。
橋下前大阪市長が「慰安婦制度を作れ」とか意味不明の発言をまたしています。これは単なる性欲処理の問題ではないのです。「慰安婦制度」的なことを作っても、この種の犯罪は減るとは思えません。そのひとたちが犠牲になることをこのひとは考えていないのでしょうか? 今回の事件を起こしたひとは元海兵隊員でした。海兵隊の訓練の話がよく流されてきています。兵士にするために人格破壊をするのです。それでも破壊しきれないからPTSDに陥ることもあるし、破壊されたひとが犯罪的なことを起こす事例も出てくるのです。だから、そもそもそんな訓練をする軍隊自体をなくさねばならないのです。更に不平等な「日米地位協定」自体が、犯罪に結びつく差別意識を生み出し事件を起こす原因になっています。形だけの謝罪や綱紀粛正や倫理を言っても、問題は解決しないことが明らかになっているのです。
アメリカ大統領が広島を訪問しました。まさに、アベ政治はこのことを利用しようとしました。オバマ大統領は練りに練った演説をしたのですが、わたしは実に空疎な演説でしかなかったと思います。核使用の反省もない、そして核放棄も言葉だけで実行に移していない、そして日米両政府とも、「核使用の禁止の条約」に反対しているのです。「核抑止力の神話」にとらわれているものが、「核兵器廃絶」を口にしても実に空疎なのです。アベ首相が、地球の裏側まで出かけていくと言いつつ、「平和」という言葉を口にする欺瞞性に通じることです。
この茶番劇に対して、「核兵器を使ったアメリカの国の大統領が被爆地を訪れたのはとにかく一歩前進だ」ということで、お食事会や記者クラブの政治で手なずけられたマスコミの宣伝もあって、評価しようという風潮が一定生み出されようとしました。しかし、「リーマンショック以来の危機」で墓穴を掘ったのです。
わたしたちは、もはやアベ政治の繰り返しのごまかしの政治にいつまでごまかされ続けなければならないのでしょうか? なんど同じうそとペテンで塗り固められたことが繰り返されてきたのでしょうか?
そのようなことを周りのひとたちに伝えていきましょうー
posted by たわし at 02:16| 対話を求めて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年04月19日

「障害者」が政治行動の先頭に

「障害者」が政治行動の先頭に
―共に行動する情報・コミュニケーション・アクセス保障を考えるために―

「障害者」が政治行動の先頭に
 反原発や戦争法案反対ということで、官邸前や国会前、そして街頭で大きな運動が起きていました。ですが、「障害者」がそれに参加していくことが少ないようなのです。それはSNSなどにも同様で、もちろん、政治的なことに精力的に発言をつづけているひとはいるのですが、むしろ、与党にすり寄って、そこで福祉のパイの分け前に、預かろうというひとも出ているし、ネトウヨ的な発言も見受けられます。「障害者」は障害問題では動くのですが、政治的な活動に参加していくことが少なくなっていると感じているのはわたしだけでしょうか? そもそも全体的に、政治意識が後退し、運動が衰退し、労働運動が政治的な課題で動かなくなっているのですが、「障害者運動」においては、情報障害・コミュニケーション障害・アクセス障害の問題もあってか、特に動かない情況になっているようです。
 災害や原発事故の際に、「障害者」や高齢者・病気のひとが特に被害を被ります。「避難弱者」ということで、表されています。
 そして、過去の歴史をとらえ返せば、「戦争とファシズム」の道に踏み行っていくとき、福祉の切り捨てが起き、そして優生思想に基づく断種や「障害者」抹殺が起きてくる、生きること自体が否定的にとらえられる「障害者」へ抑圧の時代になります。まさに、一番の被害者は「障害者」や「障害者的存在」のひとなのです。ですから、「戦争とファシズム」反対の行動の先頭に立つのは、「障害者」だと思うのです。
 「障害者運動」の標語には、「障害者が生きやすい社会は、みんなが生きやすい社会である」があります。まさに「障害者」の利害がこの社会の利害の普遍性をもっているのだと言い得ます。そして、いろんな場から排除されてきた歴史の中で、「誰も排除しない、排除させない」という運動の原則のようなことを築き上げてきました。そのことから、いろんな運動を結びつけていく潜在的力をもってもいるのです。
今のアベ政治をとらえ返すと、もっとも必要な、人間社会の原則のようなことを踏み外す政治になっているのです。今、自分さえよければいいというところでの金儲け主義で動いている政治の弊害が現れてきているのです。
それに反対することは、政治を否定する政治として、「ひとりひとりのかけがえのないいのちと生活」ということで動いて行くことではないでしょうか?
さて、表題に「「障害者」が政治行動の先頭に」という書き方をしてしまいましたが、わたしの「障害者」の立場から、障害問題を軸にして運動をしてきた立場から発した言で、そこはさまざまな被差別者の立場、マイノリティ、シングルマザー、ワーキングプアー、ホームレス、などなどの言葉で置き換えても成立します。それなりに普遍性を持つ被差別の立場ならば、ということです。というより、被差別の問題で普遍性をもたないことはありえないのではないかとも思っています。

共に行動する情報・コミュニケーション・アクセス保障を考えるために
 さて、わたしは「言語障害者」の立場で、コミュニケーション障害の共通性ということで、「聴覚障害者」と一緒に行動していく機会がでてくるからと、手話を学びました。ろう者の中には「ろう者は政治が嫌いだ」ということを「ろう文化」ということで突き出しているひとがいます。そもそも「障害者文化」ということで言えば、「政治とは、互いに意思を押しつけ合う世界」として、それを嫌うのは当たり前なのですが、政治が嫌いといっても、現実に押しつけられるということをはねのけなければならないのです。そのはねのける、そして押しつけ合うこと自体を否定する活動も運動であり、政治であらざるをえません。だから、「政治を否定する政治」という内容ももって政治に関わらざるをえません。ところが、分離教育や様々な排除や抑圧の中で、情報障害・コミュニケーション障害・アクセス障害を被り、非政治的な存在にさせられている情況があります。ですから、冒頭に書いたような情況に陥らされているのです。
 そのことを押さえたところで、その障害をどう乗り超えていくのか、実際に保障をどうしていくのかを考えなくてはなりません。
 それは「誰も排除しない排除させない」という運動の基本理念をひろげていくことでもあります。
 そして、車いすマークが障害者の象徴となっているように、手話が「誰も排除しない、させない」という「障害者運動」の象徴になっていると感じているのです。で、わたし自身のできることはと考えたとき、自分の関わっている活動に手話をつけるということから始めています。この輪を少しずつ拡げて行きたいと思っています。
posted by たわし at 22:20| 対話を求めて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

山河破れて「国」なし

情況への提言詞(6)
     山河破れて「国」なし
国破れて山河あり
国などなくなっても民衆は新しい生活を始められる
山河破れて「国」はない 「日本」死ぬ

この国の政治家は、金の亡者の企業のために奉仕する政治家
すぐ側の火山が次々に噴火し、大地震が起きているのに
地震や火山の予知は難しいということが
ますます明らかになっているのに
まだ原発を動かし続けている
想像力のかけらもない
危機管理のイロハもしらない政治家たち

この機に乗じて、憲法の緊急事態条項の話をしている
歴史を知らない政治家達

関東大震災の時に何が起きたのか
権力や権力側のニンゲンが虐殺事件を起こしたのに
必要なのは緊急事態法制度ではなくて
緊急事態を宣言して無法な殺人を起こすことを取り締まる法律
緊急事態宣言制止法ではないか

特定秘密保護法や有事立法を作ってきた政治家たち
必要なのは情報公開で
秘密隠蔽・操作罰則法のはずだった
それがスピーディー情報の非公開で被曝したフクシマの教訓
風評被害は情報隠蔽や歪曲をし続ける政治家が作りだしている
そのことがなぜ分からないのか

真逆なことをやり続ける政治家達

「美しい日本」を謳った政治家よ
放射能除染の黒いフレコンパックが積み上げられている風景を
「美しい」と言えるのか

武器を輸出する死の商人の政治営業本部長を務める首相
事故の原因も究明しない事故収束しない原発の輸出を進める
金の亡者の企業に協力し、推進主体になっている首相
一体何が「美しい」のか

空母に乗って戦闘機にのって得意げに写真を撮らせている
戦争の道具はおもちゃや架空のゲームではない

ひとりひとりのかけがえのない命や生活や被害者の思いを
これっぽっちも理解しようとしない首相や政治家達
「日本」死ぬぞー

posted by たわし at 22:17| 対話を求めて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月25日

戦争・ファシズム・差別・環境破壊を許さない!

戦争・ファシズム・差別・環境破壊を許さない!
 「アベ政治を許さない!」というフライヤーやタグやバッチ、買い物袋まで作られ広がっています。
 アベノ強権政治を見ていると、まさに「ファシズムへの突撃」を想起させる内容です。それに対決する運動の始まりが、特定秘密保護法や有事立法への反対運動という形であり、それが戦争法反対運動としてSEALDs(シールズ・・・Students Emergency Action for Liberal Democracy自由と民主主義のための学生緊急行動)の国会前や街頭デモとして繰り広げられ、大きな歴史的な盛り上がりがありました。それは2012年の脱・反原発の首相官邸前での20万人というひとを集めた抗議行動のインパクトから始まる流れのようです。参加者には、いろんな思いはあるようですが、「反対の意思表示をしないのは賛成しているのと同じ」ということで、「集団的自衛権というところでの解釈改憲による安全保障関連法案(戦争法案)反対」としてとりあえず1点集中の反対行動として始まったようです。その運動を引っ張ったのはSEALDsや「総かがり」(戦争させない・9条壊すな!総がかり行動実行委員会)だったのですが、それは単なる1点集中だけでなく、コールからとらえ返すと、戦争法反対、ファシズムを許さない、沖縄基地反対、脱原発、というところまで反対の共通確認が進んでいるようです。
一方で、首都圏反原発連合(反原連)は金曜行動のときは、いまだに「シングル・イシュー」としていますが、いろいろな団体に呼びかけて、「アベ政治NO!」の共闘を作り出そうとしています。それが、一体どういうところで呼びかけているのかとらえられません。何人かの中心メンバーの個人的なつながりで呼びかけているという感じなのです。
「総がかり」は、反原連やSEALDsが個人参加でやっているのに対し、労働組合やいろいろな組織・党派的なかかわりを排さないで、まさに「総がかり」としてとりくんでいるようです。「個人参加」ということは、それまでの政党や政治党派、そして政治党派が作った大衆運動も含めて、政治利用主義への批判としてあるようなのです。ですが、「組織としての参加を許さない」としてしまうと、運動の蓄積ということがない状態で、運動が進んでいくことになります。「国家」や強権的政治を批判する運動は、国家に対峙する市民の運動―市民運動としてさまざまに展開されてきたのですが、そこでの運動の原則のようなこと、民主主義や差別や人権ということが、押さえられないような運動に陥ってしまうおそれが出てきます。
最近の運動の原則として「非暴力」ということが共通確認となっています。原理的非暴力主義ということは、暴力ということが他者への意思の押しつけということで、その暴力を否定するのは当然のことです。ただ、現に差別という暴力が存在することの中で、その暴力があるという問題をどうとらえるのかというところで、「ガンジーの非暴力主義もカースト制度という暴力の体制を維持することになってしまった。」という批判をどうとらえ返すのかというような問題がでてきます。「非暴力」ということ自体をテーマにして議論をしていくことは、シングル・イシューの団体の枠を超えることが必要になります。ですから、ここでは、「非暴力」ということをとりあえず、運動を広げるための「方法論」として共通確認しておくことではないかと思うのです。
市民運動、民衆運動のもうひとつの原則は、「誰も排除しない、排除させない」ということです。排除というのは差別であり、これも暴力としてとらえられることで、このことも同じ論理で確認できることです。勿論、集会を破壊する目的で来るひとたちを防衛的排除は必要ですし、集会の主催者が一定のルールを作って(そのルールの検証をしていくことは必要ですが)、集会の主催者と明らかな運動(スタイル)の違いかあるところで、自分たちの運動(スタイル)を押しつけて来ることに対して、そのひとたちには「自分たちで別に主催して運動してください」として、参加を拒むことはありえるとは思います。ただ、それ以外のところで、排除していくことは、自分たちの運動の首をしめることになります。
さて、なぜこの文を今書いているかというと、関西では、アベノ政治(アベノファシズム)と双璧の、橋下・大阪維新の会が、まさにファシズム的な動きをしていて、それに対して学生がSADL(民主主義と生活を守る有志 Small Axe for Democracy and Life 略称SADL)というような動きをしていることがあります。関西において、戦争法ではSEALDs関西、反ファシズムではSADLという別の形で動いているようです。かなりダブって動いているのかも知れません。これを全国的に見ると、戦争法、ファシズムに加えて、沖縄基地問題、反原発、TPP、「福祉問題」、反ヘイトスピーチ、課題がさまざまにあり、それが分断されたまま、個別撃破されていくのではないかととらえられるような情況があります。
先に書いたように、反原連が「アベ政治NO!」というところで結びつけようと動き出していますが、そもそもシングル・イシューの団体が、そのことを乗り越えないままに、そのようなまとめ役はできませんし、そもそも市民運動の原則(とりわけ、反差別ということ)を押さえるところでの動き方になっているとは言えません。一体、たくさんの課題をどう結びつけて行こうというのか、とらえられないのです。
今、必要になっているのは、反ファシズム統一戦線ということです。まだ早いというように思っているひともいるかもしれません。ただ、ファシズムの攻撃を誰もが感じられるようになったきは、もう遅すぎるという事態に陥っています。
だからこそ、いろいろな団体が結びついていく、そして現在的に大枠でスローガン的に確認できる、この文の表題の「戦争・ファシズム・差別・環境破壊を許さない!」というところでの「総がかり」の活動が、今必要になっているのではないでしょうか?
わたし自身も、そのようなことでちゃんと動いて行きたいと思っています。
posted by たわし at 02:15| 対話を求めて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

わたしの反核(反原発)宣言

わたしの反核(反原発)宣言
 わたしは団塊の世代です。わたしの学生時代には、さまざまな公害問題が社会問題になっていていました。わたしは理学部の応用化学科に入り、高分子合成の研究室に入ろうとしていたのですが、まさに化学は公害問題の最前線でした。チッソが引き起こした水俣病を告発する運動があり、自主交渉グループの支援活動をやっているひとたちがわたしが在籍していた大学にもいて、支援の応援として参加し、そもそも科学とは何かということを考えていました。
 わたしの父は長崎で被爆しました。連れ合いと、母と娘を亡くし、左側から被爆してケロイドが左半身に残り被爆手帳と共に、身体障害者手帳ももっていました。父はわたしの小さいときには、左手に手袋をしていました。ケロイドがあり細かい作業ができなかったのですが、薬指だったと思うのですが、爪が生え替えても、黒い爪が出てくるのです。それは足の爪にもありました。被爆2世への影響はないと言われていましたが、わたしは転んでケガをすると必ずといっていいほど化膿するのです。また、虫歯になって治療をしてかぶせものをするとき、膿がとれないと二ヶ月ほど毎日歯医者に通ったことがあります。真ん中の妹は、目に不安を抱えていました。一家の生計を支えていた父がいつ亡くなるのかという不安がありましたが、父は末の妹が結婚するのを待っていたかのように、肝臓癌でなくなりました。もう、被爆から40年目の年でしたが、「父は被爆したのですが、その影響はあるのでしょうか?」と担当医に訊いたのですが、きっぱりと「関係ありません」と言われました。あまりにも、きっぱり言われたので、そんなにきっぱりと言えることかと思ったのですが、被爆地の長崎大学医学部卒業の医師だったので、それなりに放射線関係の知識はあるだろうと思って受け入れ、父が亡くなった後に、医学の発展のために「肝臓」を取らせて欲しいと言われて、家族で受け入れたのです。フクシマ後、遅ればせながら勉強して知ったのですが、癌などの放射線後発性被害は30年、40年年後になってでているそうです。そして、長崎大学の医学部教授で、フクシマ後に福島県立医大の副学長になったひとが、「ニコニコ笑っていれば、放射線被害は出ない」などと意味不明の話をして回り、放射線被害を隠蔽する側に回る、被災地の大学ではむしろ原爆の被害を過小評価、隠蔽する立場の回る医師が多いとの話もフクシマ後勉強する中で知ったのです。勿論、父の担当医がどういう考えだったのかの真意は分かりません。
 放射線被害の話をすると、環境被害の話をすると、きまって「差別につながる、風評被害につながるから、止めて欲しい」という意見がでてきます。そして、御用学者から「被害はない。被害は科学的に立証されていない」という話が出てきます。風評被害という話がでてきますが、これは逆転してるのです。ほとんどの風評被害は、情報隠蔽や情報操作(歪曲)からおきるのです。だから、科学的データーが整理されていず、きちんと立証されていないなら、「被害はない」ということの立証責任は問題を起こした側にあるのです。もし、立証できないのなら、補償・保障することなのです。だから、むしろ情報公開わきちんとし、情報隠蔽・歪曲罰則法を作ることなのに、マスコミ操作も含め、政治はむしろ特定秘密保護法とか真逆の情報隠蔽・操作の方向で動いているのです。
 被爆二世として意識してきたわたしは、反核の考え方をもっていて、反核の意思は出していたのですが、被曝二世としての運動のみならず、きちんと何か運動するということはありませんでした。わたしもフクシマ後の反省から、改めて反核の立場をはっきりと表明し活動始めたのです。
 さて、わたしが反核、とりわけ原発に反対する理由はもうひとつあります。「避難弱者」の問題です。わたしは「吃音者」と規定される「言語障害者」で、「障害者運動」に関わって来ました。コミュニケーション障害ということの共通性で手話を学んでいく中で、「聴覚障害者」とのつきあいが多かったのですが、阪神淡路大震災の時に、いろいろ一緒に動いていた「聴覚障害者」が、現地に入りFAXで全国に情報を発信していました。「聴覚障害者」が情報・コミュニケーション障害の中で、とりわけ災害時にどのような情況に陥らされたのかがそれなりにつかめたのです。
東北の震災のときに、陸前高田町の庁舎からの避難呼びかけをテレビで見ていました。それは「決死的」犠牲であるとともに、想定を間違えたところでの悲劇として、深く心に残っているのですが、あの防災無線による放送を見ながら、「これを聞くことができない「聴覚障害者」はどうしているのだろう?」と思っていました。後になって「聴覚障害者団体」の機関誌で、地震の後余震が続く中で、「聴覚障害者」が避難場所に行こうとして歩いていたら、後ろから車が来て、車からひとが出てきて(知ったひとだったのですが)、車の中に押し込められ車が発進して、「何するの?」といったら、車の後ろを指さしたので見たら、津波が迫っていた、間一髪逃げられたという話です。まだ地方なので、近所付き合いがかなり親密で、そのようなことも可能だったということがあります。都会ではどうなるのでしょう?
 フクシマでは震災直接死(1603名)より、避難過程や避難生活でなくなった震災関連死が多くなっている(2000名を超える数字になっています)という話があります。そして、人口に占める「障害者」の割合から、亡くなったひとの中での「障害者」の割合が二倍になっているという統計もあります。これは、あくまで「障害者手帳」もっているひとの数で、「障害者」的になっている高齢者や病気のひとで、手帳をもたないひとは含まれていません。今、教訓として、十全な避難計画を作ろうという話が出ています。確かに自然災害と言うことでの避難計画としては、そもそも避難を必要としない場所を選ぶという問題も含めて避難計画を整備することは必要です。ですが、福島県以外の他県の関連死と比べて突出しているのです。それに、そもそも動かすと状態が急変し死につながってしまうひとのことを想定していないのです。十全な避難計画な避難生活などそもそもあり得ないのです。原発震災は人災です。そのような避難計画が必要なものを作ってはならないし、動かすなどあってはならないのです。そのような避難するという情況に陥らせる政治を行ってはいけないのです。
 実はフクシマが起きたとき、丁度高齢の母が介護が必要になっていくことと重なり、また母の住むマンションの管理組合がくじ引き順送りの役員が回ってきていて、災害時の避難計画など考えてもいました。母は救急車に4度乗りました。1度は骨折でリハビリを受けて前に近い状態に戻りましたが、後の時は、そんなに危ないという状態でもなかったのに、救急車に乗って病院に行くと、「親族を呼んでください」という状態になりました。そもそも動かすということ自体が、死につながることがあるのです。まして、大規模事故の時、救急車など何台使えるのでしょう? 母は最晩年は、酸素吸入器、痰の吸引器、いろいろな道具など使っていました。それで十全な避難計画や避難生活というのはどうなるのでしょう? フクシマの後、電気がないと、生命維持装置が使えないから原発が必要だという大うそをついていたひとたちがいました。結局、電力会社のお金儲けのための再稼働策動だということが明らかになっているのに、なぜ、原発を動かそうとするのでしょうか?
少なくともそんな大規模な避難が必要な人工物を作ってはならないし動かしてはならないのです。そんな思いを込めて、わたしは反原発・反核の意思をはっきりと宣言します。
2016年2月13日

posted by たわし at 02:09| 対話を求めて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年12月15日

運動の原則を押さえ直すために 運動の原則を押さえ直すために

運動の原則を押さえ直すために
―運動はいかに結びついていくのか―結びつけ得るのか―
2015年は戦争とファシズムの道を推し進めるアベノ政治が吹き荒れた年であり、その政治に反対する新しい運動が起きた年でした。
その「新しい運動」は、既成の運動という概念を崩す、果たして「運動」と言えるかどうか、彼らの団体名からして、行動とか活動とかいう、「反対の意思表示をしないことは、賛成していることと同じ」というところでの自己意思表出活動であり、自らの日常的生活と活動を同レベルとしてとらえるような活動だったのではないかと思えます。
それはSEALDs(シールズ・・・「自由と民主主義のための学生緊急行動」)という団体の活動に端的に現れていました。その活動には、2012年に起きた官邸前の脱原発・反原発の「運動」の影響と活動スタイルが、バージョンアップして引き継がれています。そのラップ的コールはまさにひとつの文化と言えるような内容さえ醸し出しています。
それは非暴力・非実力闘争という展開になっているようで、そもそもは戦争法案(集団的自衛権)反対ということでの「シングル・イシュー」で(イシューは「問題」とか「論点」と訳せるようです)、学生・若いひとを対象にした巾広い運動を作ろうということです。一応シングル・シューなのですが、そもそもは特定秘密保護法や有事立法に反対していたひとたちが立ち上げたということでそれらに対する反対ということ、また戦争反対ということとつながる反基地というところで沖縄基地問題や、後で反核というところで脱原発・反原発ということもテーマとしてとりこんでいます。そして、強権的なアベ政治批判から反ファシズム的なことも突き出しています。
 戦争法(安全保障関連法案)は結局通り、戦争法廃棄という形での運動で継続されようとしています。SEALDsはそれを来年の参議院選で、戦争法案に賛成した議員を落とすというところで継続させ、その後解散すると突き出しています。シングル・イシューですし、そもそも「運動体」という位置づけがあるわけではなく、それはそれでそういう形もあるのかもしれません。勿論いろんな議論をしてきたのだろうとは思いますが、無用な議論をして意見の対立を生み出さないようにするということもあったのだろうと思います。
 さて、どうしてわたしがこんな文を書いているかというと、わたしの活動は自己表現活動という類の活動ではなく(もちろん、個人が自分の思いを抱えて活動するとき、それは自己表現的な内容はもってはいるのですが)、運動としてやってきたので、運動の課題が消滅しない限り、それは続いていきます。ここで、運動ということばを使ってきていますが、みんなとズレがあるかもしれないので、ここでわたしのその定義をしておきます。運動とは「問題解決のための活動」というようにわたしは押さえています。そこで、その問題としてわたしがどのような課題にとりくみ、そしてその問題をどのように押さえているのかということがあるのですが、そのことは別なところで語ってきたので、ここでは割愛します。
 ここでとりあげようとしているのは、運動の進め方、あり方のことです。
 運動というとどのようなイメージが出てくるのでしょうか、社会の矛盾を「あれかこれか、あれもこれも」ではなく根底的にとらえ、社会の枠組み自体を変えようとする「革命運動」がありますが、ここではさておきます。運動というと、一般的に言われていたのは「市民運動」「大衆運動」ということではないかと思います。もうひとつ、「国民運動」ということがあるのですが、これは保守派の運動としてあり、体制補完的な活動で、むしろ問題の解決というよりは、問題をそのままにしておく隠蔽する活動になります。「市民運動」ということの「市民」は、国家に対峙する「市民」というニュアンスがあるのだと思います。「大衆運動」というときには、「革命運動」に対置する内容をもった、課題別の広がりをもった運動というイメージではないかと思います。この「大衆」ということばには、「前衛党」論への批判というところから、こういうことばは使いにくいという意見も出ていて、とらえ返す必要があるのではとないかと思いますので、これもここではさておきます。
 さて、「市民運動」です。最近、「市民運動」ということば自体もあまり使われていないのかも知れません。国会で「国民」ということばを使い、「革新勢力」(そういえば、「革新勢力」ということば自体も使われなくなっています)も「人民」ということばや「市民」ということばでなく、「国民」ということばを使うようになっています。シールズの「国民なめんな!」というコールも、そのようなところから出てきたのかもしれません。ですから、シールズの「国民なめんな!」のコールには、「「国家―国民」の論理にからめとられている」という内容の批判が出ていました。アベノ政治の根幹は「国家の威信を取り戻す、威信を高める」という国家主義にあるのだとわたしは押さえています。もちろん、最初からアベ政治批判ということを突き出していたわけではないので、その過程で巾広く受けるというところで、「国民なめんな!」ということばも使っていて、今年の流行語大賞の候補になるのではという広がりようでした。もっとも、アベ政治批判まで踏み込んでいったシールズにも、このコールへの批判が届いていたようで、「民衆なめんな!」というコールも使うひとも出ていました。
 さて、「市民」や「市民運動」ということばは、国家に対峙する、(法律的なことばで)「主権在民」ということも含んだ民主主義というところから出てきているのではないかと思います。この民主主義自体、戦後民主主義批判という内容で、批判にさらされていましたし、「国家と市民社会の分離」という押さえ方への批判も出ていました。そのことは、国家と対峙する「市民社会」の論理での「市民運動」というとらえ方への批判にもつながっていきます。ともかく、「市民運動」とは、「社会変革」を打ち出す左翼の運動と区別された(「社会変革」ということを孕みつつも)シングル・イシューの運動と規定されるのではないかと思います。(ちなみに「左翼」とは社会変革志向の勢力・団体という規定になります。)
 ところで、「左翼」の衰退の中で、かつては「市民運動」と規定されていた運動が前面に出てきます。それとともに、そのような民衆の運動に「市民運動」というとらえ方が、希薄になったか、なくなってきています。それで、「市民運動」や「市民運動的な活動」さえ、おそろしいというような感じが、マスコミ操作の中でひろがっているようです。
 ここからが本題です。なくなってきているということの中で、過去の歴史的な「市民運動」の蓄積からする原則が踏み外されていると感じることが起きてきているのです。
 たとえば、市民運動―大衆運動の中で、標語的に語られていた「来るものは拒まず、去るものは追わず」とか、「障害者運動」の中で掲げられていたことと相まって大衆運動の原則的に波及していた「誰も排除しない、誰も排除させない」ということ、そして「市民運動」には、「差別しない、させない」というところで、反差別の観点が組み込まれ、少なくとも組み込もうという姿勢はあったはずです。
 さて、今日戦争法案反対の運動の中で、「アベ政治を許さない」とか「アベ政治NO!」というところで、「シングル・イシュー」の運動が結びつこう、結びつけようという動きが出ています。これは、まさに戦争とファシズムの道に踏み出してきているアベノ強権政治への批判の動きとして押さえ得ます。その運動はまさに反ファシズム統一戦線の内容をもたないと対峙しえない、個別撃破されて飲み込まれてしまう情況になってきています。
 さて、何を言っているのかというと、運動の中で意味不明の排除がおきてきているからです。運動は勿論原則のようなことがあり、それを無視して参加しようとする場合に、やむを得ず、「参加遠慮下さい」となることもあるかと思います。また、進め方、ルールが違えば、「それならば別のところでやってください」と言うこともありえます。しかし、どうもそのようなことではなく、むしろ恣意的な好き嫌いとか、他の差別の内容(たとえば、犯罪者差別とか特定秘密保護法や有事立法の流れからさらに進めてきている共謀罪を作ろうという動きに呼応するような論理)をもって排除するという動きなのです。
 なぜこんなことになっているのかというと、自分たちの活動を歴史的な「市民運動」の中でとらえ返す「総括」が(「総括」ということば自体がおどろおどろしくとらえられる事態になっているのですが、排除の理由として使われているのです。総括とか自己批判というのは、自らなすことなので、「総括しろ」という論理自体がおかしなことですが)、「市民運動」にも必要なのです。これは他者を批判する前に、自分たちの活動をとらえ返そう、「他者批判の前に自己批判を」というようなことだとも言い得ます。
 わたしは障害問題を軸に差別ということをとらえ返してきました。いろいろな問題を結びつけ得るのは、この反差別ということではないかと思います。それがないと、どれとどれを連帯の相手として選び、これは結びつけ得ないと取り上げないかが、恣意的で、「運動」は結びつかないのではないかと思います。
 で、わたしなりに今必要になっている運動をとらえ返して、標語化しておけば、「戦争とファシズムと差別と環境破壊に反対する、アベ政治NO!」の運動というような形で、「運動はいかに結びついていくのか―結びつけ得るのか」を進めていくことではないかと思うのです。わたしもわたしの動きの中で、そのような結びつきを求めて動いて行きます。
posted by たわし at 02:44| 対話を求めて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月26日

いくつかの未掲載文の掲載

いくつかの未掲載文の掲載
 いくつか未掲載にしていたものを、掲載しました。
 衝突回避などがあって、掲載を見送っていたのですが、もう少しストレートに出して行こうと思っています。
posted by たわし at 02:16| 対話を求めて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする