2021年01月17日

TBS報道特集

たわしの映像鑑賞メモ047
・TBS報道特集20.1.9 17:30-19:00
特番で、コロナ対策に成功している国の一つの台湾のことを報道していました。コロナ対策が巧く行ったのは、政治に肝心なこととしての徹底した情報公開による政府と民衆との信頼関係ということでした。現場の指揮にあたっている陳時中・衛生福利部長(衛生福利相)が毎日質問がなくなるまで記者会見に応じ、自らの責任感において、時には涙しながら答える、というような映像を流していました。この感染症対策で、マスクを売っているお店情報でITを有効に使っているのですが、そのシステムを作ったIT担当大臣はトランスジェンダーのオードリー・タンさんで、これも民主主義の肝要なひとつの「多様性を尊重する」ことらからきていて、蔡英文女性総統の下でなしとげたこと。それらが、台湾の「ひまわり運動」の流れからきているのではないかというような話も出ていました。
 コロナ感染が起きたときに、日本は真逆な政治が進んできていました。安倍政権は、現首相になった菅官房長官と共に、内閣人事局による官僚支配による忖度政治を進めながら、特定秘密保護法、戦争法(安全保障関連法)を強行採決し、共謀罪まで作りました。
 そして、感染症対策も、経済とオリンピックのことに固執し、感染症対策の医療的なことを基礎にして押さえ込まないと、経済も破綻するという、イロハも分からない政治を進め、判断を誤り、感染の波がだんだん大きくなるという事態になっています。菅首相は「一年間で学んだ」と言っていますが、学んだどころではなく、そもそも感染症対策の基礎も未だ押さえていないことが露呈したのです。早期対策、最初に大きな網をかけるということと、真逆の後手・後手の追加対策いうことを繰り返しているのです。
 そして、もつと恐ろしいことは、きっと周りから、「シブ顔の官房長官」から首相になったときに「もっと笑顔を」と助言されたのでしょうか? 感染が広まる最中のインターネット番組で、「ガースーです」と冗談を飛ばしたり、報道ステーションに質問し、「今後感染が広まったときにどうしますか?」と質問された際に、ごまかしの決まり文句の「仮定の質問には答えられません」(註1)と、したり顔の笑顔で答えを返したりするのを見ると、失政の責任からする反省など微塵もなく、自分の失敗で被害を与えることに涙する台湾の担当相とは真逆の、そもそも人間としてのまっとうな感性さえ持ちえていないのだと思わざるをえません。そして、忖度専門家の忖度発言に責任を転化し、小池都知事との間で責任のなすりつけあいをする、どうしようもない政治を行っています。とうとう二度目の緊急事態宣言の発動になったのですが、後手・後手の対策やイロハも分からないような対策、感染がおさまってからやるはずだったGoToキャンペーンをまだ下がりきらないうちに始めて感染を拡げ(註2)、感染対策をゆるめるなどの失政のお詫びから、まず始めることです。もっとも有効な手段は、「ご飯論法」の加藤官房長官をはじめ、ごまかしの政治しかやってこなかった政治家たちを一掃するしかありません。
 丁度、この番組のときに、トランプが煽動した連邦議事堂の占拠事件が起きました。この番組で台湾の「ひまわり運動」の議事堂占拠も流していました。前者はファシズム的クーデターですが、後者は直接民主主義運動という真逆なことです。この「ひまわり運動」は、結局議事場の占拠を解かれ「敗北した」とされ、日本で「アベ政治を許さない」という一連の運動が起きたときに、香港の雨傘運動の「敗北」とともに、その教訓として、「実力闘争はしない」と語られていたのですが、台湾のコロナ対策の成功が、民主化というところからがつながっていたとしたら、それは「敗北のなかの勝利」と言いえることではないでしょうか?
 日本には、一揆的な運動はあったのですが、民衆の力で体制を変革するような運動はいままで起きていません。どのような回路でそれを作り出せるのか、考えていく必要があると思っています。
(註)
1 これは詭弁の類いのことです。そもそも、科学とは、法則という仮説をたてて、それを実証していくという方法をとるわけで、仮説なしに科学などありえないのですが、仮定法の問題性があるにしても、そもそも、想定なしに政治などなりたたないわけです。「仮定の話はしない」というなら、「想定」というところはやっているわけで、質問者はそこで攻めていけることだと思います。
2 「GoToトラベルで感染が拡がったという科学的根拠はない」ということを忖度専門家の言葉尻を引用して、菅首相は言っているのですが、「GoToトラベルでは、感染が拡がらないエビデンスもない」もないわけで、そもそもこれは菅政権が継承するとした安倍首相が詭弁に使った「悪魔の方程式」では、「ないという証明はできない」のです。そもそも、何ら実証しようとしないで、勝手なごまかしの「論理」――詭弁を弄しているにすぎないことです。



posted by たわし at 18:58| 映画鑑賞メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする