2020年12月17日

ローザ・ルクセンブルク/岡崎次郎・時永淑訳『経済学入門』

たわしの読書メモ・・ブログ549
・ローザ・ルクセンブルク/岡崎次郎・時永淑訳『経済学入門』岩波書店(岩波文庫)1978
 ローザの学習12冊目です。ローザ自身の著作で、経済学書2冊目。
これはローザが党学校で講義しているときに作ったノートを経済学入門書として分冊として出版化しようとしていた何度かの試みの中で、結局生前中には果たせずいた(一部(1章)は印字されていたようなのですが)、草稿のままになっていた未完の書。何度か、その草稿をまとめる形で出版化されているようなのです。これは原書のタイトルをそのまま訳すると、「国民経済学入門」となるのでしょうが、中味としては「国民経済学批判としての経済学入門」となっています。ローザが暗殺されたときも、この草稿を書いていて、暗殺部隊によってその原稿が破棄されたとも言われ、まさにいくつもの欠落部分のある草稿です。ローザの経済学書には主著ともいうべき『資本蓄積論』があり、その影に隠れてしまうのですが、この草稿群もきちんと残っていたなら、マル・エンの草稿「ドイツ・イデオロギー」のように編集論議がなされることではなかったかもと思われるのです。
この本は、ローザは、この本を労働者にとっても分かりやすい入門書として書いているので、現実にとらえられる現象のようなところからとらえ返し、そこからマルクス派の経済学につなげようとして本で、マルクス派の経済学にそのような「入門書」はなかったので、翻訳も含めかなり読まれていたようです。
さて、訳者が解説でかなり分析してくれているように、三つの原稿に分かれるようです。まず最初が、「国民経済学とはなんであるのか?」というところの押さえ、経済学史的なところを展開しているところ、その中でマルクス派の社会主義の理論的前史といわれるような展開もあり、本源的蓄積論の草稿的な内容も書かれていて、ローザの理論はインターナショナリズムというところから、世界はつながっているというところで、国民経済学批判を展開しています。
二つ目が、原始共産制から経済的なことを基礎にして体制の歴史を押さえる作業をしているところ。これは、ローザの民族自決権批判には、ヨーロッパ内での植民地的支配の問題で展開しているところで、アジアやアフリカ、アメリカでの植民支配の観点が抜け落としているというようなわたしも含めたとらえ返しがあったのですが、ここでは、しっかりと、植民地支配の苛酷さを描いていて、それへの怒りも含めたとらえ返しがなされています。
三つ目が、『資本論』の第一巻のところのわかりやすい展開を試みたところ、マルクスの展開を、かなりかみこなした展開をしているので、『資本論』が頭に入っているひとにとっては、対比させてそのかみ砕いているさまも伝わってきます。ただ、部分的に疑問をいだくところもあるのですが、ともかく、これは最初の計画からも欠落したところがあり、また、そもそも、資本論総体からすると、ローザがこの書を書き上げていたら、どうなっていたかを考えてしまいます。
ちなみに、ローザはこの書を書きながら、第二巻への疑問が湧いていき、『資本蓄積論』に至ります。それは、「国民経済学」という範疇で収まらない、植民地支配など、外部のとされることをローザはインターナショナリズムの観点から、つながっていることとしてとらえ、その理論が継続的本源的蓄積論の展開につながっています。このあたり、マルクスには「帝国主義論の展開が希薄である」とされていることから、レーニンの帝国主義論の展開につながっていくのですが、現在的な植民地支配から脱したポストコロニアル時代、すなわち新自由主義的グローバリゼーションの時代には、むしろローザの継続的本源的蓄積論が活かせる理論になっているのではと思います。その継続的本源的蓄積論を反差別論から読みといていくことによって、社会変革の新しい理論として活かしていけることではないかと考えています。この書は、ローザのインターナショナリズムの経済的根拠を示しているとも言いえます。
さて、いつもの切り抜きメモですが、今回はテーマとページ数を章ごとに上げるにとどめます。
第1章 国民経済学とはなんであるか?
「このように巨大に発展している相互的交換に直面していながら、いったいどうして人々は、一国民の「経済」と他の一国民のそれとのあいだに境界線を引いたり、同様に多数の「国民経済」などと言ったりして、それらが経済的にまったくそれだけとして考察されるべき諸領域であるかのように言うのであろうか?」31P「この日々にますます緊密になり強固に合生して行って、あらゆる国民と国土とを一つの大きな全体として結合する経済的基礎と、諸国民を境界標や関税壁や軍国主義によって人為的にそれだけ多くの無縁な敵対的な諸部分に分裂させようとする諸国家の政治的な上部構造とのあいだの、広がりつつある矛盾ほど、今日目につくものはなく、これほど今日の社会的および政治的生活の全容にとって決定的な意義をもつものはない。」73P・・・連動する世界
5は本源的蓄積論から読み解く
分業とフェミニズムに関する事で押さおくこと79P
「もちろん、中央集権的官僚的諸大国家の確立は資本主義的生産様式の不回避的な一前提だったのではあるが、しかし、その確立はまたそれはそれとして同じ度合いでただ新たな経済的諸要求の一つの結果にすぎなかったのであって、・・・・・・すなわち、政治的中央集権の形成は「本質においては」成熟しつつある「国民経済」の、すなわち資本主義的生産の、一つの成果なのである、と。」105P・・・二面性、弁証法
「実際には、まったく別な諸力が、中世末期におけるヨーロッパ諸国民の経済生活における大きな変動が、新たな経済様式の到来を開始するために、働いていたのである。」106P・・・本源的蓄積論
国民経済学は、封建制批判から近代資本主義国家の定立としてイデオロギー的定立という意味108P
最初は商業資本109P
資本主義の定立112P
マルクス――エンゲルスの「共産党宣言」に至る社会主義の理論的前史116-8P
理念としてのイズムから経済学的な革命の必然性の理論へ120P
「いまや、なぜマルクスが彼自身の経済学説を公認の国民経済学の外に置いて、それを「経済学批判」と名づけたのか、ということは明らかである。」121P・・・外に置く
 国民経済学の最終章は世界革命122P
第2章 経済史的事実(T)
1 原始共産制 土地の共同所有
 モーガン147P
 グローセの単線的発達史観批判へのローザの批判166P・・・今日的なとらえ返しの必要
3 分配の方式 「文明」が実は「野蛮」
 革命思想との接続204P
4 経済的諸関係の標識
 人間の相互関係208P
生産手段へのひとの関係208P209P
第3章 経済史的事実(U)
1 マルク共同体的なこと
植民地支配と被支配地・抑圧の中での共同性
 インカのホロコーストと奴隷制と隷属
農地の割替223P・・・日本においてもあった
デモス(民衆)227P
マルク共同体(註)「数千年にわたる搾取と隷属の制度の強固な耐久的基盤として示されていただけではなくて、この制度そのものがまたやはり共産主義的に組織されていた、・・・・・・」233-4P・・・被抑圧民衆がいる中での共同性は「共産主義的」と言いえるのか? ギリシャの奴隷制の基礎に立つ市民の民主主義との対比
 原理の統一性のなさ235P・・・共同体内部の共産制ということと、抑圧の構造に組み込まれているという矛盾が「原始的諸制度」にあって、それを今日的な共産制ということが解体されたところで、「原理」的にとらえ返せない
 暴力の存在236P
 ロシアにおける土地の割り当ては租税のための義務272P
3 マルク共同体の解体とアジア的支配とヨーロッパ的支配の違い
 軍事の分業的析出による共同性の解体285P・・・軍事が共同性を解体する
 平等と民主主義のないところでは共同性が解体される291P
 回教徒の支配は政治に介入しない貢租と軍事支配293P
 ヨーロッパ人の支配は土地の収奪や奴隷化294P
第4章 [商品生産]
 労働299P・・・?労働⊂生産活動(仕事)
物々交換の世界316P-・・・『資本論』の価値形態論における論理的抽象の世界からのとらえ返し
 サブシステンスとしての必要な生産物320P
 第三項排除としての貨幣――家畜328P
「労働しない者は、食料を手に入れることもないであろう。」352P・・・「社会主義」(カギ括弧を付けているのは、反差別ということが押さえられていないという批判的意味で)の理念として、「働かざる者は食うべからず」ということがあるのですが、これは「労働」という概念自体のとらえ返しがなされない中で、障害差別的な言辞になっています。「障害者」は存在自体で仕事をしているという押さえをわたしはしています。
3 交換と分業/私有財産制
「共産主義社会を一夜のうちに破壊して自由な私的生産者たちの社会に転化させた突発的な破局としてわれわれが叙述してきた経過、この経過は、実際は数千年を要したのである。」330P
「すでに共産主義的共同体の胎内で、すべての可能な労働部門は専門化されていたということ、すなわち、社会内部の分業は非常に高度な発展を遂げていたということ、したがって、共同所有を廃止して交換を伴う私的所有が発生したときに、すでに分業は交換の基礎としてできあがっていたということ。」332P
「共産主義的な原始共同体では、まさに私的所有こそが排除されていたのであり、歴史が示すように、私的所有は、交換と労働の特殊化の結果としてはじめて成立したのである。」333P
「最初の交易も、共同体または部族の内部ではなく、その外部で、同一部族・同一共同体の構成員間でではなく互いに接触するに至った種々の部族や共同体のあいだで、行なわれた。」336P
第5章 賃労働
4 労働予備軍
5 相対的貧困
 相対的収奪を解決するのは革命しかない408P
第6章 資本主義経済の諸傾向
グロバリーゼーションの時代の予期436P・・・この論攷が最初のインターナショナリズムの話に回帰している

(追記)
ローザは、マルクスの思想をそのまま踏襲するのではなく、自ら他の文献をあたり、テキストクリティークしながら論を形成しています。この書の2章・3章はローザの古代社会ノート的展開になっていて、ローザの植民地支配批判や反暴力主義・反戦思想ともリンクしていきます。ただ、ローザの反暴力主義・反戦思想からすると、マルクスの思想の流れから出てくる、武装蜂起―国家権力の奪取―プロ独から社会主義への移行ということが、当時の植民地支配や専制支配のなかで、対抗的に出てくるとはいえ、なぜ、「政治とは権力の行使である」というところにとらわれて行ったのかを考えています。そのあたりは、反差別ということを個別に取りあげない「普遍主義」のようななかで、「男並みに活動していく」ということから脱せず、反暴力主義の徹底化ができなかった側面もあるのではと思ったりしています。誤解のないように書いておきますが、わたしは反暴力主義者ですが、非暴力主義者ではありません。すでに、差別という暴力も含め暴力に支配されているなかで、非暴力主義は「戦術」論的にしかありえません。


マルク共同体
ゲルマン社会および中世ドイツにおける共同用益地 (森林,放牧地,沼沢など) の用益,管理を担当する組織をさす。古ゲルマン社会で,個々の家族に属さず,個々の家族の所属するある定住団体が所有し,その団体成員によって共同に利用される土地をマルクと呼んだ。一つの村落がマルク共同体を形成したり,あるいは数個の村落がマルク共同体を形成していたと考えられている。森林その他の共同地が相対的に狭くなり,その用益統制が必要になった時代に,いろいろな定住団体を主体として形成されたと考えられている。(ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典)




posted by たわし at 04:34| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする