2020年07月16日

ローザ・ルクセンブルク/川口浩・松井圭子訳『ローザ・ルクセンブルクの手紙』

たわしの読書メモ・・ブログ538
・ローザ・ルクセンブルク/川口浩・松井圭子訳『ローザ・ルクセンブルクの手紙』岩波書店(岩波文庫)1932
 当初から予定していたローザの学習に入ります。
 ローザ・ルクセンブルクに関しては、すでに民族問題に関する本と、『資本蓄積論』を読んでいます。フェミニズム関係で『おんなたちのローザ・ルクセンブルク』という本も読んでいます。読書メモを取り始める前で、きちんとした押さえも記憶もないのですが、わたしは反差別論を大きな課題の一つにしているので、ローザが植民地ポーランドに生まれたユダヤ系の女性で、「下肢障害者」、という被差別事項をいくつも抱えているというところで、しかし、個別反差別の運動にはとりくまなかった、けれども、その主著『資本蓄積論』の継続的本源的蓄積論が、まさに反差別理論の必須の本になっているということがあります。で、「マルクス―レーニン主義」の主流的には、民族自決権を巡る論争では、レーニンが正しかったという評価がこれまで一般的でした。そして、何よりも、ロシア革命が一応勝利したのに、ドイツ革命は敗北したというところで、ローザ・ルクセンブルクの評価は余り高くありませんでした。今、1990年を前後するソヴィエトの崩壊とマルクス葬送の流れが出て来、「市場経済はなくならない、資本主義はなくならない」という大合唱の中で、「社会は変わらない」という意識性が広まり、そのことと相俟って政治的無関心が広がっています。そして、学の世界でも、マルクスを葬送したひとたちは、この社会の根本構造からいろんな矛盾をとらえ返す作業をネグレクトした、学の貧困に支配されています。もうひとつ書き置きますが、今政治批判の軸を国家主義――ナショナリズム批判としてとらえ返すにあたって、ローザの論攷の持つ意味を改めてとらえ返す必要があるとも思っています。また、「マルクス―レーニン主義」ということを批判的にとらえ返し、「社会変革の途」をさぐっていく作業が必要になっています。その作業の一つとして、レーニンのローザとの対話(相互批判)の検証が必要になっています。この本の「解説」でも、それがレーニン側から挙げられています。ここではその指摘をこの読書メモの最後に要約して書き置きますが、それの検証はローザ学習の最後に回します。
 さて、ローザ学習の最初にとりあげるのは、とっつきやすく広く読まれているこの本です。
 この本の編集は、ルイーゼ・カウツキー。カール・カウツキーの連れ合いです。手紙は最初は夫妻宛が多かったのですが、そのうち、カール・カウツキーはレーニンが「背教者カウツキー」と批判したように変節していき、ローザとの関係も疎遠になっていきます。それでも、フェミニズムのいういわゆるシスターフッド的な結びつきで、ルイーゼとの関係は続いていきます。ローザは絵とか文学のようなことにも関心が深く、また人生を楽しみながら活動しているひとで、機知に富んだ冗談のやりとりを楽しんだりしています。そして、ひとの心の機微のようなこともつかんでいくひと、忙しい中で、少しでも時間をとって豆に手紙を書いています。もちろん、革命家として信念を貫いて活動していくという軸があるひとでした。それらのことがこの手紙の中で現れています。ルイーゼは翻訳とかに力を発揮しているひとですが、ローザは当初翻訳などに力を入れないでと、ローザはルイーゼに経済学の個人講義とかしたりして、ルイーゼを理論家としても育つように働きかけもしています。インターネットでいろいろ検索しているとトロツキーが、ルイーゼの才覚を評価していたというような文も出て来ます。ローザとルイーゼは、お互いの存在が厳しい状況の中で活動していくいやしのようになっています。ローザは監獄と「シャバ」の行き来をくりかえしていたひと、時には監獄の拘禁で体調を崩しがちになるところ、ルイーゼに面会に来てくれるように頼み、いろいろ頼み事をしています。この手紙を読んでいると、その時代の流れが押さえられます。トロツキーがメンシェヴィキ側で暗躍していることの批判とかも出ています。獄中からの手紙は検閲されているので、しかもルイーゼとのやりとりでは運動的なことは出てこず、むしろシスターフッドで、他の女性運動家とのサポートの依頼とか、そんな細やかな気配りのようなことがこの手紙のベースを流れています。ローザはまさにドイツ革命の敗北の中で、社会民主党の裏切りの中での敗北していくことの象徴的なこととして、銃床で頭蓋骨を砕かれ殺されました。そして、ルイーゼはインターネットの検索でもなかなか出てこないのですが、ナチスドイツによって丁度、アンネ・フランクと重なるようにガス室に送られ殺されたようです。
さて、反差別論をやっている立場で気になったことを書き置きます。この時代のフェミニズムは、男との対等性を要求するような雰囲気で、ローザのルイーゼに対する最初の印象は「エプロンとかしている」と余り良くなかったようなのです。また、ローザの「家政婦」とか「秘書」とかいうことばが出て来て、文を書いたり本を出したりで、生活できる情況があったのでしょうか? もうひとつ、レーニンの読書メモを書いているときにも感じていたこと、この時代のひとの文には「障害者」差別語のようなことがポンポン飛び出していて、勿論、翻訳の問題もあるのかもしれませんが、それにしても、まあ、時代拘束性と言ってしまえない、「障害者」の立場でいろいろ落ち込んでた次第です。

「ローザ・ルクセンブルク略年譜」からローザの著作の抜き書き
(下線はすでに読んだか、今回読む予定の論攷です。「選」は『ローザ・ルクセンブルク選集』)
「ドイツおよびオーストリアにおけるポーランド社会主義運動の新潮流」1896
「ポーランドにおける社会愛国主義」1896
「ポーランドの産業的発展」(学位論文)1897[本入手]
「社会改良か革命か」1898「選」@
「フランスにおける社会主義の危機」1900
「国際平和、軍国主義と常備軍」(報告)1900
「ロシア社会民主党の組織問題」1904「選」@
「大衆的ストライキ、党および労働組合」1906「選」A
「国民経済学入門」(講義録)『経済学入門』1907(岩波文庫)
「今後は何か」1910  (?「つぎはなにを」選A)
「消耗か闘争か」1910
「資本蓄積論」1913(岩波文庫)
「社会民主党の危機」1915「選」B
「ロシア革命。一つの批判的評価」1918(?「ロシア革命論」「選」C)
「われらの綱領と政治状勢」(報告)1918(「綱領について」「選」C)

「解説」(マルクス・レーニン主義的解説)の中でのレーニンのローザの誤りの指摘
@ ポーランドの独立問題
A 1903年メンシェヴィズムの判断
B 『資本蓄積論』の理論の中の誤り
C 1914年ボリシェヴィキーとメンシェヴィキーの合同問題
D 1918年末獄中諸文書(大部分自ら訂正)
ただしレーニンはローザを高く評価しています。(鶏と鷲の比喩で)

 ローザの学習、いろいろ本も新しく買い求め、すでに読んだ本も再読する予定少し長引く予定です。


posted by たわし at 03:28| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする