2020年07月16日

三上智恵『証言 沖縄スパイ戦史』

たわしの読書メモ・・ブログ536
・三上智恵『証言 沖縄スパイ戦史』集英社(集英社新書)2020
 これは三上智恵/大矢英代共同監督「沖縄スパイ戦史」2018という映画の書籍化です。書籍化と言っても、通常映像の方が分かりやすく、その後でフォローとして読んでおくというようになるのですが、この本はちょっと違います。新書版なのですが、750P余あり通常の新書の三冊分あります。映画で描ききれなかったこととか、その後取材したことを折りばめています。わたしは、三上さんの映画の追っかけをしています。ブログでは、読書メモ以外に映像鑑賞メモも載せているのですが、その最初が三上さんの映画でした。だから、当然「沖縄スパイ戦史」も観たのです。ですが、映像鑑賞メモが書けませんでした。理由は二つ、もうひとつは後で書きますが、一つは、話の脈絡がつかめなかったのです。これはわたしがひとの名前をなかなかおぼえられないというところで、ひととひととのつながりがとらえられず、話が断片的になって内容がつかめなくなっていたのです。おまけに、わたしは昼夜逆転の生活をしているのですが、この映画の上映の時は、両監督の対談があるということで、朝の会の上映を観たのです。で、ほとんど寝ていないで観たので、只でさえ、ひとの名前とか入ってこないのに、もう最悪でした。で、もう一回観るところ、何かバタバタしていて観れず、この本を読んでやっと全体像がつかめたのです。本は、名前を忘れたりしていたら、もう一度ページを前に戻せます。DVDになるとそれもできるのですが、劇場映画ではそれもできません。というわけで、この本はほんとうに助かりました。というより、三上さんは映画監督で、映像美というところで描いていることにも感嘆しているのですが、それだけでなく、今回のこの本で「新境地を開いたような気がする」とどこかで書かれていましたが(たぶんフェイスブックです)、まさに珠玉の文なのです。
さて、この本の紹介のために最初に目次を章だけ書き置きます。
はじめに
第一章 少年ゲリラ兵たちの証言
第二章 陸軍中野学校卒業の護郷隊隊長たち
第三章 国土防衛隊――陸軍中野学校宇治分校
第四章 スパイ虐殺の証言
第五章 虐殺者たちの肖像
第六章 戦争マニュアルから浮かび上がる秘密戦の狂気(ママ)
補稿  住民はいつから「玉砕」の対象になったのか
おわりにかえて――始末の悪い国民から始末のつく国民へ

本題に入ります。この本のタイトルになっている「スパイ」ということですが、これを両局面から描いています。ひとつは、陸軍中野学校というスパイ養成所の卒業生の将校に現地の在郷軍人を下士官などにしつつ、まだ徴兵前の未成年の沖縄の少年を護郷隊(遊撃隊)という形で組織化していったということがあります。そこでは正規軍が崩壊した後のことを見込んで、スパイ的なことも含んで遊撃活動を続けるということで動いていたのです。日本の正規軍は捕虜になることを許さなかったし、国のために死ぬということを標語にしていたのですが、このスパイ、遊撃活動は、とにかく生き延びろ、捕虜になってそこで攪乱するとかいう戦略を立てていたのです。そこには、現地の少年を隊員にすることによって、その家族の住民から食料の供出をさせるという戦略もあったようなのです。スパイということはそれだけではありません。真逆の「スパイ」ということがあります。それは、日本の戦前戦中の教育のなかで、国のために死ねる軍隊と国民を育ててきて、捕虜になるよりは死ねという教育をされていたのです。それでも、自分で考えで動けるひとがいました。そういうひとたちは往々にして住民のひとたちの指導的立場にいたのですが、そういうひとたちは米軍にとらわれるとスパイになる可能性のあるひととしてスパイリストを作っていたようなのです。これはわたしがこの本を読んだ感想にもなるのですが、ひとは教育と言う中で植え付けられた「お国のために死ぬ」という意識とそれとは逆に生きようという(ときには無自覚的な)意思のせめぎ合いのなかで、捕虜になる収容されるというところで、これまでの日本が大本営発表の情報がウソと分かり、アメリカに協力していく態勢が作られます。二つのベクトル、洗脳的に植え付けられたところで自死を選んでいく構図と、死ななかったとことで、生きようという意欲で生き延びるというせめぎ合いの構図がそこにあります。そのような中で、日本軍は、一度アメリカ軍に収容された、接触した沖縄の人たちをスパイとして扱っていきます。それだけではありません。徴用されて基地建設に関わったひともスパイリストに挙げられていたようなのです。
さて、この本は被害と言うことを描くだけでなく、加害の立場に立ってしまったひとたちの生い立ちや心の襞ということを丁寧に描いています。そして、その軍人たちやその家族の戦後の慰霊のための来沖、そしてその中での被害者側と加害者側の交流のようなこと、その中でのお互いの思いに馳せていく、ということさえ起きています。
そもそも、日本軍の戦争マニュアルのようなものがあり、そこから住民の虐殺に至る構造が出てきています。ですが、軍の方針に沿って、そのマニュアルに沿って、厳密に実行されてわけではなく、スパイリストがあっても、それにそってそのまま実行に移されたわけでもないようなのです。その中で実行を緩くするひとつのゆらぎのようなことがあります。ことばを変えると、心の襞のようなことです。その端的な例が、海軍の武下少尉が「ヨネちゃんとスミちゃんは殺すな」と言っていたのに、ヨネちゃんの家に殺害の部隊が来た話がショッキングな話として書かれているのですが、それでも、いきなり殺ということではなく、大声で叫びながら入ってくると言う行為の中に、逃がすという意味をわたしは読み取っていたのです。そこには戦乱の中にも、恋愛的なことや性的な好意というようないろんな錯綜した思いがあるのだともわたしも感じていました。この本の著者はそんな「心の襞」のようなことも描いているのです。
さて、この本の冒頭に、「軍隊が来れば必ず情報機関が入り込み、住民を巻き込んだ「秘密戦」が始まる」という言葉があり、そこから始まっています。そして、「軍隊は住民を守らない」という基調的な主張がでてくるのです。ですが、どうもこのような突き出しがわたしには分からないのです。これが、前述した映像鑑賞メモが書けなかったもう一つの理由なのです。
この「軍隊は住民を守らない」という話は、とりわけ南西諸島の自衛隊配置で、国や防衛省の論理に対する批判として出て来ているのでしょうが、そもそも日本の再軍備化のなかで、専守防衛というところから出て来ているし、国防とか安全保障の論理として軍事を進める論理として持ち出されてきたのではないかとわたしは押さえています。
そもそも、軍隊とか武装集団、武力の行使ということがどういったところで存在してきたのかという歴史を押さえ直す必要があるのだと思えます。そもそも武装集団は、略奪や収奪というところから起きていたことで、それは植民地支配が続くなかで、国の富を蓄積していく、国益を突き出していくこととして当然視されてきたのです。近代国家においても侵略と植民地分割戦のための軍隊としてあったわけです。そもそも、軍事・軍隊とは何かを考える時に、わたしが印象に残っている映像に、ルーズベルト大統領が死去して急遽大統領になったトルーマンに、それまで核開発を進めてきたひとたちが、核を持つ意味ということで、核を持つと戦後もアメリカの意志を他の国に押しつけることができる、として説得したという話が出ていました。核の抑止力などということばがあるのですが、核の脅迫力なのです。それは核のみならず、巨大に軍事力をもつ意味であり、それが軍事・軍隊や武装勢力を持つ根源的な意味なのだと思います。戦後の植民地支配の終焉の中で、軍事力で支配・収奪していくことが否定的になっていきます。そこでも、東西の冷戦構造の中で、「共産主義勢力が攻めてくる」という虚構が形成されてきました。実際的には、スターリン主義的な一国社会主義建設というところで防衛的なところに落とし込められていたのは東の方でした。今、「北朝鮮の脅威」とか語られているのですが、むしろ脅威にさらされてきたのは北朝鮮の方だったのです。そして、冷戦構造が一応収束しても、国防とかいうところで、海外の自国民の命を守るという名目で侵略が行われてきました。国防という虚構の論理です。今、外国が攻めてくるということはほとんど考えられなくなりました。今、攻めてくる可能性がわずかに残っているとしたら、日本がアメリカの属国であることを止めたときに、アメリカの脅威にさらされるということです。今日米安保条約下で地位協定の不平等条約的性格が指摘されています。思いやり予算とかあるのですが、あれはまさに暴力団への「みかじめ料」のようなものです。日本政府は、戦後暴力団を治安弾圧の一端としてさんざん使ってきたのですが、今一様、「反社会的集団」規定して、暴力の排除に乗り出してます。その論理で行くと、核の傘などという暴力の構造に依拠して、安保条約などの軍事同盟を維持していく構図はどうしても理解しがたいことです。そもそも、戦後の軍事的なことをとらえると一番侵略の歴史を持ち続けてきたのはアメリカなのです。そして、そのアメリカの軍隊において、アトミック・アーミーと言われる核実験の場に居させられ被爆させられたひとや(イギリスも同じ事をやっていたようです)、戦車で防御システムで劣化ウランを使い、その洗浄を担当した兵士の被爆など、兵士は軍事作戦ではチェスや将棋の駒のようなことにすぎないということは明らかで、ベトナム戦争下の虐殺事件は、軍の兵士の命を守り、住民の命も大切にするという「民主的な軍隊」ということは、情報戦でそのように装うという虚構にすぎないことです。
もちろん軍事的なところは、単に国家の軍隊だけでなく、レジスタンス的な軍事もありました。そこでは、民衆の犠牲をいとわないという論理はありえず、民衆を守るということもあったはずです。ただ、ナチス・ドイツがレジスタンスのドイツ軍に対する殺害に対して、数倍の虐殺をしていったということの中で、民衆を守る軍ということでジレンマに陥る構図も数々の事例が指摘されてきましたし、映画の中で描かれてきました。これについては、そもそも軍事そのもののもつジレンマとして押さえ直していく必要があります。
この本の中で書かれていることで押さえておきたいことは、日本の正規軍は、捕虜になることを許さず、自決を強いていったということがあったのですが、護郷隊はスパイ部隊・ゲリラ部隊でむしろ捕虜になって攪乱するとかやっていて、生き延びろという方針だったのに、その部隊の隊長のひとりが、軍の移動の時負傷兵の銃殺をしていたということが書かれています。これは、もっと検証していく必要があるのですが、そもそも軍総体で、しかも、銃殺した兵士が自分の部隊の者なのか、他の部隊から流れ込んでいた「敗残兵」なのかということも押さえる必要があります。日本軍はそもそも捕虜になるなと自死用の手榴弾を渡すとかしていたことがあります。なぜ捕虜になるなという軍総体の方針があったのかということの批判と、後は、今問題になっている安楽死のような思想との関係として押さえていく必要があるのですが、わたしはそもそも安楽死ということも批判しているのですが、戦時における負傷は拷問ということを考え、自分で死ねないから殺して欲しいというような話はパルチザン戦の兵士には出て来ます。これはそもそも捕虜になってはいけないということ自体が間違いで、治療の薬や道具がないから助からないなら、「敵」の捕虜になって助けともらうということでの、軍事的相互性ということはありえるはずではないかとも思うのです。その時代の日本の軍隊にはそのようなことがなかったから銃殺という手段を選んだということもあったのかもしれません。このあたりの検証が必要です。
さて、わたしは団塊の世代で、戦争は二度としてはいけないという大人の中で、けれどちゃんと軍事化に反対してこなかった大人の中でそだってきた世代です。軍隊とは何か、そして国家の論理で何が行われてきたのかの反省がきちんとなされたとはとても思えないのです。だから、そして戦後すぐには憲法9条下で、軍隊を持つこと自体に反対の主張があったのに、今は自衛隊の容認、日米安保条約にちゃんと反対することができない、オリンピックという国家主義的な国威の発揚の場にスポーツが使われていく、ということが進んできています。そして災害派遣というそもそも軍事とは関係のないところでの自衛隊を使い、自衛隊は必要だ、役に立つというごまかしのアピールをしてきました。そもそも、軍隊とは何か、国家とは何かということを改めて問うていく必要があります。今、マスコミはそういった根源的な問いを消失しています。ジャーナリストはあまり民衆の意識と乖離していけば、その訴えが受け入れられなくなっていくのかもしれません。そういうところで、三上さんの追求されている課題は、沖縄を中心にして、軍事的なことに反対していくせめぎ合いの最先端としてあるのだと感じています。
さて、ここのところ切り抜きメモを残してきたので、ここでも、珠玉のような文というところで、いろいろ書き置きたい文があるのですが、ここでは、実際に文に当たってもらうことを願って禁欲しておきます。


posted by たわし at 03:17| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする