2020年07月16日

ローザ・ルクセンブルク/秋元寿恵夫訳『ローザ・ルクセンブルク選集 第1巻(一八九三――一九〇四)』

たわしの読書メモ・・ブログ540
・ローザ・ルクセンブルク/野村修・田窪清秀・高原宏平・喜安朗・片岡啓治訳『ローザ・ルクセンブルク選集 第1巻(一八九三――一九〇四)』現代思潮社1969
 ローザの学習三冊目です。ローザ・ルクセンブルクの選集に入ります。主要論文だけピックアップして読もうかと思ったのですが、簡単なメモにとどめて全部読みます。
 まず、目次を上げます。
一八九三年のイギリス鉱山労働者のストライキ
メーデーはどうして生まれたか?
第一回ドイツ鉱山労働者大会
ポシビリズムとオポチュニズム
ドイツ社会民主党(SPD)シュトゥットガルト大会での演説――戦術問題にかんする討議のなかで/T 一八九八年一〇月三日/U 一八九八年一〇月四日
ミリーツとミリタリズム
ひとつの戦術問題
実のないくるみ
党の指導機関
ドイツ社会民主党ハノーヴァー大会での演説/T ベルンシュタインにかんする討議のなかで/U ミリタリズムにかんする討議のなかで
獲物をめぐって
党大会とハンブルグの労働組合の紛争
ルートヴィヒスハーフェン大会のまえに
党大会で討議された八時間労働問題
学者の評議会
裏切られた期待
戦争
社会民主主義と議会主義
社会改良か革命か
ロシア社会民主党の組織問題


 さてメモに入ります。(表題の後に来る記号で、○は、巻を通しての帯に各巻の紹介で上げられていた論攷です。◎はその内で、わたしが再読が必要と押さえた論攷。)
一八九三年のイギリス鉱山労働者のストライキ
 鉱山労働者のストライキの話です。資本家と労働者の収入格差が大きいこと。労働組合が三つあり、その内の二つはいわゆる御用組合。資本側は、賃金スライド方式(商品価格が下落しているときに賃金を下げる)などというごまかしをしかけてきて、それに対するストライキを打ったという話です。闘争資金として積み立てをするとか、二大保守政党政治のなかで、労働者の選挙権が獲得できているなかで、それを使って譲歩・とりこみを生み出していったという話も出ています。解雇を許さない・元通りの雇用を確保していく団結の勝利を記しています。今、日本の労働運動は死に瀕しているのですが、再生の道筋を改めて示していくのに、参考になる論攷です。
メーデーはどうして生まれたか?
 オーストラリアで、8時間労働制を求める運動の中で、労働者の休業日を作る示威運動としてはじまり、アメリカ、ヨーロッパと波及していったという話です。今、お祭り化している現実を歴史からとらえ返す必要があるのではないでしょうか?
第一回ドイツ鉱山労働者大会
 微弱だったドイツの労働者は立ちあがった、ポーランドもという、教訓からとらえ返したアジ的な文です。
ポシビリズムとオポチュニズム
「ポシビリズム」というのは、「あたえられた情況のもとで可能なことに努力する政策」21Pということで、オポチュニズムはだいたい日和見主義と訳されています。ただ、このふたつのことは、現実主義ということで結びついていきます。わたし自身、「「現実的に」ということでの、体制内化されていく構図を批判してきました。
ドイツ社会民主党(SPD)シュトゥットガルト大会での演説――戦術問題にかんする討議のなかで/T 一八九八年一〇月三日/U 一八九八年一〇月四日 ○
 最終目標をさておいて党の方針をたてるということへの批判。前の論攷のオポチュニズム批判とリンクしていきます。「U」ローザが新参者と批判されつつも堂々と論陣を張っているようすがうかがえます。
ミリーツとミリタリズム ○
 これは社会民主党員シュペル、修正主義のベルンシュタインの流れのひとで、社会民主党的な考えから逸脱した論攷を書いていることへのローザの批判です。
「ミリーツ」とは「民兵」とか訳されています。「ミリタリズム」は軍国主義という訳がありますが、ふたつを対置すると、国軍とか常備軍とか正規軍というニュアンスがでてくるようです。
 この論攷は、民衆の武装化と国軍との関係を論じているのですが、これはそもそも軍隊によって他の国・地域を支配している、かつての言葉で言うと「帝国主義の時代」の軍事問題での論争です。その時代は武装蜂起革命論で、革命のための民衆の武装化をどうたてるか、という問題を巡る議論のようです。シュペルは常備軍があれば、そのなかで民兵的なことに変えることができるという主張をしているのですが、それを民兵は必要だと、ローザは批判しています。たとえばロシア十月革命の武装蜂起は民兵的にやったわけで、それを正規軍の反乱に結び付けています。ただ、トロツキーは白軍や干渉戦争を赤軍という正規軍の形成の中で闘ったという問題も押さえておかねばならないことです。もうひとつ、ドイツ革命では反革命義勇軍という民兵的なことに対峙することができず、革命派の虐殺を許してしまったという問題もあります。このあたり、多くの植民地が独立を果たし、軍事支配を主流とする支配の構造が変化している中で、軍事問題をどう考えるのかということが問題になります。
 もうひとつシュペルが出している議論は、軍事費の拡大は消費の増大だから、軍事産業の儲けを生みだし、経済に役立つという話。これもローザがちゃんと批判していますが、今日的にはスペンディング理論として、経済疲弊しかもたらさないと批判されていることです。
資本の利益=社会の利益ではない39Pということをローザは書き、社会民主党の中から出てくる最終目標をなげすてた(二つ前の論攷でてきた)オポチュニズム批判を展開しています。
ローザの論攷は反戦インターナショナリズムという展開されているようです。そういう意味で、この論攷に注目し、論考を深めていくこと、そのあたりに留意しつつ、学習を続けて行きます。
ひとつの戦術問題
 これは「ひとつの戦術」として政権へ参画していくことの批判を、議会への参加と区別されることとして書いています。ただし、過渡的にはありえることとしつつも、結局、混乱と腐敗をもたらすだけだとしています。このあたりはロシア革命のメンシェヴィキ批判やボリシェビキ内部での論争、そしてなによりもドイツ革命における社会民主党の体制内化の問題とからめてとらえ返していくことだと思えます。
実のないくるみ
「実のないくるみ」とは「ベルネがどこかで言っている――わたしを批判する御用評論家の著作を読むたびに、実のないくるみの殻を噛みわったような気がする。」61P、要するにマルクス派に対するブルジョア御用学者の使命――日和見主義者の登場の中で、中身のない批判のことを書いているのです。このことは、現在的にはマルクスを語る者は学者として干上がるという、もっと悲惨な情況に陥っています。
党の指導機関
中央機関紙『フォアヴェルツ』が、党内の三つの重要問題(ベルンシュタインの理論問題、ミリタリズムに関するシッペルの発言、バイエルンの州会選挙)で、はっきりした立場の表明なしに、結局修正派の擁護に陥ったことの批判。
ドイツ社会民主党ハノーヴァー大会での演説/T ベルンシュタインにかんする討議のなかで/U ミリタリズムにかんする討議のなかで ○
経済的実権を握ることによる社会変革、労働組合運動や協同組合運動による社会変革の指向性に対する批判。運動の積み重ねによる国家権力の獲得80P――革命が必要という話。
「暴力的手段にうったえたり、野蛮な革命さわぎをひきおこしたりするのを、他のだれより嫌っているのはわれわれだからだ。これらのことはすべて、われわれじしんにではなく、敵の出方に依存する。」80P「社会主義は、ピストルの一撃にようにむぞうさになしとげられるものではなく、現在秩序の経済的、政治的大地のうえで、ねばりづよい階級闘争をつうじて、つぎつぎに小さな改革をつみかさね、われわれの経済的、政治的立場を次第に改善し、こうしてついにわれわれは、現存社会の首根っこをたたき折るにたる実力を獲得するのである。」82P「そもそもミリタリズムは、資本主義的階級国家のもっとも具体的な、もっとも特徴的表現であり、もしもわれわれがミリタリズムと闘わないならば、資本主義国家にたいするわれわれの闘争は、口先だけのから文句におわってしまうのだ。」83P
獲物をめぐって
 保護貿易のカルテルの形成、自己の利益にそって保護貿易と自由貿易の間を揺れ動くブルジョア政党の「本質」。屠肉検疫法を巡る議論から、みんなが関心を持っていないことの批判も含め。
党大会とハンブルグの労働組合の紛争
 請負労働制度に対する批判を巡って、形式主義的党の統制ではなく、「事実に照らして具体的検討」100Pが必要という提起。原則的な指針は出すべきとしても、党は労働組合運動の方針に関して強制力の行使をすべきではない、権限を外部に作ってはならないという提起。労働組合運動と党の関係。
ルートヴィヒスハーフェン大会のまえに
「ブルショア政党との議会内の協力関係を認めることによって現実的な成果を上げようとする期待」に対する批判。105P選挙法改悪への譲歩をしようとする日和見主義者への批判109P
党大会で討議された八時間労働問題 ○
 八時間労働を十時間労働の要求に変えようとする日和見主義批判。「現実政治」というタームによる日和見主義批判111P「労働者大衆は、具にもつかぬ政治のかけひきなど知らない。」114P
学者の評議会
 官許の社会科学-――ゾンバルトの「金理論」、ドゥガン・パラノウスキーの「生産の不均衡」理論等々。「革命的なマルクス主義恐慌理論、マルクスによってあばきだされた極めて刺激的な資本主義的搾取と蓄積の法則の法則を圧しつぶしてしまうためであった。」123P(・・・MMT理論との対話)「意識の低い未組織労働者も、ドイツ国家によって公認された官許の社会科学などは、現在でもまだその本誌において、一〇〇年前のフォン・ベルクの時代からいささかも変わることなく、あいかわらず、プロイセン王立ポリツァイ・サイエンスであることを本能的に感じているのである。」124P(・・・「意識の低い労働者」も感じとる。「意識が低いのか」?
裏切られた期待 ◎
「プロレタリア階級闘争は、これまでのすべての歴史的行動のなかでもっとも「徹底したもの」である。それは下層人民全体を包含し、階級社会が生まれてからはじめての大衆自身の利益にかなう行動なのだ。/したがって、いままで大衆の無知が支配階級の行動の前提条件であったのにひきかえ、ここでは、大衆がみずかの課題と進路を自分で認識していることが、社会民主主義の行動に欠くことのできない歴史的前提条件となる。/これで、しかし、「指導層」と「よちよち歩き」の大多数のあいだの対立は止揚され、大衆と指導者との関係は完全に逆転したわけである。」「指導者がみずからの指導権を譲渡し、大衆を真の指導者とし、みずからは、自覚的な大衆行動の道具となり、実行機関となることがたいせつである。」128P(・・・2巻帯の「前衛党論」ではない、ローザの主張)
 社会民主党の体制内化の予期・恐れ・・・ドイツ革命における反革命としての出現
戦争
 ロシアの日本との戦争の始まりに際して、現代史における六つ戦争――日本と中国の戦争、ギリシャとトルコ、合衆国とスペイン、イギリスとボーア、「資本主義諸国全部が中国の拳匪(「義和団」)を相手におこなった戦争」の押さえ136-7Pロシアツアー政権の崩壊の予期。ロシア民衆の決起とポーランドの立ち後れ
社会民主主義と議会主義 ◎
 イリュージョンの場としての政治143P、インターナショナルと国内政治の渦144P「ブルジョア議会制度をブルジョアジーから、ブルジョアジーに対抗してまもることは、現在社会民主主義にとって、喫緊の政治課題のひとつである。」147P「とくに問題を議会主義にかぎっても、その堕落腐敗の真の原因が、いかにブルジョア社会の発展そのもののなかから当然の論理として生じてきたかを、できるかぎり明確に認識する必要がある。」148P「つぎに議会そのもののなかでは、入閣派のいう社会主義者の行動は、この内面的には死んでいるブルジョア・デモクラシーをもう一度支配の座にまつりあげ、どこまでも生かしておこう、という目的にのみ向けられた。」148P(・・・入閣派の錯誤)議会にたいする失望の広がりが、労働組合主義やアナーキズムへの転向をもたらす149P「真実の道は、プロレタリア階級闘争の排除や放棄ではなく、逆に議会の内外をとわず、この闘争を一段と強調し強力に展開することでなければならない。そのためには、プロレタリアート議会外の行動の強化も、社会民主党議員の議会活動の一定の展開も、ともに必要である。」150P「もっとも重要なことは、われわれのアジテーション、われわれの機関誌活動を全面的にくりひろげることである。」151P「たんなる政治的野党の立場を実践するのではなく、いよいよ精力的に、社会主義革命の目的のためにプロレタリアートによる政治権力をめざす、という自分たちの「基本方針」をうちだすことこそ、ますます必要になってくるのだ。」152P「社会民主党の、たんにその最小限綱領のためだけではなく、社会主義の究極目標のための新鮮で雄大なアジテーションが活発におこなわれれば、国会は、それだけ広汎な人民大衆の尊敬を集めることになるのである。そしてまた、人民大衆がこの国民の演壇や普通選挙権を、そうやすやすと反動勢力の手に渡しはしない、という保証も、それだけたかめられることになるのである。」153P
社会改良か革命か ◎
 これは、日和見主義者・修正主義者と批判されるベルンシュタインの二つの論攷へのローザの批判です。ベルンシュタインの論攷と対比しながら読まないとなかなか内容はつかみにくいのですが、ローザは改良と革命を二項対立的においていません。また、目的と手段ということで、革命と改良をおいていくこと、ベルンシュタインがそれをさかさまにしていることなどを批判しています。
ローザはそもそもマルクス以前にこのような議論があったことを押さえつつ、政権奪取ということなしに、目的は達成できないと押さえ、そもそもベルンシュタインの議論は次から次に修正主義的に捨てていくことになるし、現実になっていると批判しています。ドイツ革命の敗北は、このベルンシュタインに始まる修正主義との闘いに、このベルンシュタインに対しては一応勝利しつつも、その後、まさにドイツ革命の敗北は、修正主義・日和見主義との敗北に起因しています。その敗北がどこにあったのかの検証が今問われています。
それとともに、このあたりは、わたし的には今日的には浮上してきている構造改革的革命論との対話をローザの論攷からとらえ返していく作業になります。これはグラムシの学習の中で、このローザの論攷に戻って再読するつもりです。
これは繰り返し検証したいとは思いますが、とりあえず、切り抜きとそのコメントの中で、問題を押さえておきたいと思います。
・「まえがき」
「社会改良か革命か、というこの論文の題名はしばし人の意表をつくものだ。だいたい社会民主党は社会改良と対立して存在しうるものだろうか。また社会民主党は、その終局の目的である現存の体制の変革を意味する社会革命を、社会改良に対立させることができるだろうか。そんなことはまったくできない。社会改良のための日常闘争、現在の体制のうえでの労働者大衆の状態改善や民主的諸制度のための日常闘争は、社会民主党にとって、かえってプロレタリアートの階級闘争を導き、政治権力の奪取と賃金制度の廃絶という終局の目的にむかって努力するための唯一の道をなす。社会改良のための闘争は社会民主党の手段であり社会革命はその目的であるから、社会改良と社会革命は不可分の関係にあるのだ。」154P
「しかしながら、社会主義の終局の目的は、社会民主党の運動をブルジョア民主主義やブルジョア急進主義から区別し、労働運動全体を資本主義制度の救済のための無意味なつぎはぎ細工、この制度を廃止することを目的とした、この制度に対立する階級闘争へと変化させるただ一つの、決定的要因である。だからベルンシュタインが主張する意味での「社会改良か革命か」という問題は、社会民主党にとってはとりもなおさず、存在か無か、と問われていることである。ベルンシュタインおよびその一派との闘争においては、あれこれの闘争方法、あれこれの戦術が問題になっているのではなく、社会民主主義運動の全存在が問題になっているのであって、この点を党内のすべての人々はよく承知していなければならない。」155P
「社会改良と革命についての問題、終局の目的と運動についての問題は、他の側面からみれば、労働運動の性格がプチブルジョア的かプロレタリア的かという問題である。」157P
・「第一部」(ベルンシュタイン「社会主義の諸問題」への批判)
「理論は人間の頭脳に反映した外界の諸現象の映像である(反映論のおかしさ)、といいうるならば、ベルンシュタインの理論に対しては、それは往々にしてさかだち(?)した映像であると、ともかくつけ加えておかねばならぬ。それは(ベルンシュタインの理論は)ドイツの社会改良政策が決定的に力をかくしたあとになって、社会改良政策によって社会主義を導入しようという理論であり、・・・・・・」158P
「ベルンシュタインによると、資本主義体制は一方ではますます適応能力をもつにいたり、他方ではその生産はますます分化してきているので、資本主義が発展するにともないその全般的崩壊はますます疑わしくなっている。かれによると資本主義の適応能力は、第一に、信用制度や企業か組織および交通通信網などの発展によって全般的恐慌が消滅したことのなかに、第二に、生産部門のたえざる分化とプロレタリアートの多くの層が中間層へと上昇した結果、中間層が強靱になったことのなかに、第三に、労働組合の闘争の結果プロレタリアートの状態が経済的また政治的に向上したことのなかに表現されているとされる。」158-9P・・・現在の情況と対比していく必要。
「すなわち周知の通り、社会主義の科学的基礎づけは資本主義の発展の三つの結果にもとづくものである。つまりなによりもまず、資本主義の死滅を不可避的な結果たらしめる資本主義経済の増大する無政府性に、第二には未来の社会制度の実際的な萌芽をつくりだす生産過程の社会化の進展に、第三には迫りくる革命の積極的要因をなす成長しつつある組織と階級意識にもとづくものである。これがベルンシュタインの捨て去った科学的社会主義のいわゆる柱石の第一のものである。すなわち資本主義の発展が全般的な経済崩壊にむかって進んではいないとかれは主張するのだ。」160P・・・「帝国主義論」からの検証も
「修正主義が資本主義の発展に関しての正しい見解だとすると社会の社会主義的変革は一つの空想になってしまう。逆に社会主義が決して空想でないとすると、「適応手段」についての理論は信用のおけないものになってくる。このディレンマ。それが問題だ。」163P
「ベルンシュタインのいう資本主義的経済の適応をもたらすもっとも重要な手段は、信用制度、改良された交通手段、それに企業家組織である。」163P・・・「改良された交通手段」は「帝国主義論」との関係で押さえる
「だから信用は恐慌を排除したり、あるいはそれを緩和させるための手段などではまったくなく、反対に恐慌を形成していくとくに強力な要因なのだ。」「もし現在の資本主義経済のなかに、そのすべての矛盾を頂点にまでたかめる媒介物があるとすれば、それはまさに信用なのだ。」165P
「企業家連合」166P・・・カルテル、トラスト、・・・
「軍国主義は資本主義の発展のひとつの原動力でなくなり、資本主義の疾病となった。」186P
「資本主義社会の生産関係が社会主義的なものにちかづけばちかづくほど、資本主義社会の政治的また法的な諸関係は、その反対に、資本主義社会と社会主義社会のあいだにますます高い障壁をきずきあげる。この障壁は社会改良や民主主義の発展によってつき破られうるようなものではなく、逆にしっかりした不動のものにされてしまう。それではこの障壁はどうやって破壊されうるかというと、ただ革命の鉄槌によってのみ、すなわち、プロレタリアートによる政治権力の奪取によってのみ破壊されうる。」188-9P・・・武装蜂起的政治権力の奪取論
「労働組合の闘争と政治闘争との社会主義的な意義は、これらの闘争がプロレタリアートの認識や意識を社会化し、プロレタリアートを階級として組織化する点にある。」190P・・・プロレタリア階級形成論
「すなわち、政治権力の奪取のための意識的で確固とした努力が、導きの星として、労働組合や社会改良の闘争にさきだっているばあいである。だがこのようなあらかじめ与えられている意図を運動からひき離してしまい、社会改良をまず第一に独自の目標としてかかげると、それは社会主義の終局目的の実現に到達しないのみか、むしろ逆のことになってしまう。」191P
「だから社会主義は労働者階級の日常の闘いから自然に、いかなる条件ののもとでも生まれてくるものでは決してない。それはただ、資本主義経済のますます先鋭化する矛盾と、社会変革によってその矛盾を止揚することが不可欠であることを労働者階級が認識することから生まれるものだ。」192P
「ベルンシュタインは自己の戦術をたてるばあい、資本主義の矛盾のいっそうの発展や激化ではなく、その緩和をたのみとする。」「資本主義的発展の停滞ということ、これがベルンシュタイン理論のもっとも一般的な前提なのだ。」194P
「修正主義の理論は、堕落した資本主義の理論によって俗流経済学的に基礎づけられた、堕落した社会主義の理論であると。」198P
・「第二部」(ベルンシュタイン「社会主義の諸前提と社会民主党の任務」への批判)
「社会民主党はその終局の目的の根拠を、少数者の勝ちほこった暴力にもとめるのでも、また多数者の数的優位にもとめるのでもなく、経済的必然性にまたその必然性の洞察にもとめる。それは大衆による資本主義の廃止をもたらし、また、まず資本主義の無政府性のうちにあらわれてくるものである。」205P
「すべての資本主義的現象のまさにもっとも重大な秘密をマルクスにあばいてみせ、スミスやリカードのようなブルジョア古典経済学の偉大な指導的な人物がその存在すら予想しなかった問題をマルクスをしていともやすやすと解くことを可能ならしめた、マルクスの魔法の鍵はいったいなんなのか。それはまさに資本主義経済全体をひとつの歴史的現象として理解すること以外のなにものでもない。」208P
「まさにマルクスは最初から社会主義者として、すなわち歴史的視野のもとで資本主義経済に注目したからこそ、その資本主義の謎を解くことができたのであり、社会主義的な視点をブルジョア社会を分析する場合の出発点としたからこそ、逆に社会主義を科学的に基礎づけることができたのだった。」209P
「ベルンシュタインが社会主義者だったのはすでに過去の事実に属するということをあらわすものだ。」210P
「生産協同組合のうちには、労働者が自分自身をまったく欠くことのできない専制主義をもって統制し、自分自身にたいして資本主義的企業家の役割を演ぜねばならぬという、労働者にとって完全に矛盾した必要が生じてくる。この矛盾のために生産協同組合は資本主義的企業に逆戻りするか労働者の利益が重んぜられていったばあいには解体するかして、滅亡してしまう。」211P・・・なぜ専制主義に陥るのか、そうでない方法はありえないのでしょうか? つぎの切り抜き
「生産協同組合は人為的自由競争の法則を回避することによって、間接的にその内部にかくされている生産様式と交換様式のあいだの矛盾をとりのぞくときにのみ、資本主義経済のまっただなかでその存在を確保していくことができる、ということだ。このことは、生産協同組合がまえもって一定の販売市場を、すなわち一定の固定的な消費者群を確保しているばあいにのみ可能なことだ。まさに消費組合はかかるばあいの補助的手段として役に立つ。」212P
「生産協同組合の全面的実施ということは、なによりもまず、世界市場の廃止や現在の世界経済の小規模な地域的生産諸グループと交換諸グループへの解体を、それゆえ本質的には、商品経済が高度に資本主義的なものから中世的なものへと逆行することを前提としたうえでいいうることなのだ。だから、生産協同組合の二重性格ということを別にしても、それは全般的な社会改良策にはまったくなりえないものだ。/しかし、実現可能な範囲でも、現在の社会を基礎としていては、生産協同組合は必然的にたんなる消費組合の附属物になりさがる。そこで消費組合が社会主義的改良をめざす主体として全面にたちあらわれる。しかしこのことによって協同組合をつうじての社会主義的改良はすべて、生産資本すなわち資本主義経済の根幹にたいする闘いから商人資本にたいする闘い、より正確にいうと小商人資本、仲買商人資本にたいする闘い、すなわちたんに資本主義の根幹から派生した小分派にたいする闘いへとなりさがってしまう。」212-3P・・・地産地消論
「労働組合はただまったく、利潤の攻撃に対する労働力の組織的な防禦、資本主義経済のおしさげようとする傾向にたいする防衛でしかないのだから。」214P
「しかし、もし労働組合を、労働賃金に有利に利潤をしだいに縮小していくための手段にしようと考えるばあいには、なによりもまず社会的な条件として、第一に中間層のプロレタリア化と労働者階級の増大とが停滞化していることを、第二に労働の生産性が増大していないことを、すなわち、どちらのばあいにも消費協同組合的経済の実現のばあいとまったく同様に高度に発達した資本主義以前の状態に逆行することを前提にしている。」214-5P
「マルクスによってうちたてられた認識のおかげで、社会民主党は、その闘争の鉾先を資本主義生産の限界内での分配にのみむけないで、商品生産そのものの廃止にむける。要するに社会民主党は社会主義的分配を資本主義的生産様式の廃止によってうちたてようとするのだ。」215P
「かれ(ベルンシュタイン)にとって望ましい生産の形態とは分配の原因となるものではなく、分配の結果なのだから。かれの社会主義を基礎づけるものは、それゆえ、けっして経済的なものではない。かれは社会主義の目的と手段をさかさまにしてしまい、それゆえ、経済的諸関係をさか立ちさせてしまったのだから、かれはかれの綱領に物質的な基礎づけをあたえることはまったくできないのであり、観念的な基礎づけにうったえることをよぎなくされる。」216P
「それゆえベルンシュタインのいう正当な分配とは、経済的必然性に支配されながら行動することのない自由な人間の意志の力によって、あるいはもっと正確にいうと、意志自体もたんに道具にすぎないものだから、正義の認識、つまり正義の理念の力によって実現さるべきものなのだ。」216P
「こんにちの反動の発生は修正主義にとっては「けいれん」にすぎず、修正主義はそれを偶発的な一時的なものとして理解し、労働者の闘争の一般的方針をうちたてるにさいして、反動の発生を考慮にいれないようである。」217P
「修正主義やブルジョア自由主義にとっては、人類史の、あるいはすくなくとも近代史の根本的な大原則のようにみえる、民主主義のたえまない向上ということは、よりくわしく検討してみると空中の楼閣なのだ。」219P
「ここで、現在の国家の政治活動全体を直接に支配する二つの要因が問題となる。すなわち世界政策と労働運動であって、この二つは資本主義発展の現段階の両側面をなすものだ。」220P
「かれ(ベルンシュタイン)は労働の側での社会主義の終局の目的の放棄が、ブルジョア民主主義の再生の前提であり条件であるとすることによって、かえって逆に、いかにブルジョア民主主義が社会主義運動や社会主義の勝利の必然的な前提ないし条件でありえないか、ということを自分みずからしめしている。ベルンシュタインの論理はここでその不完全な環を完結するが、そこでは最後の結論が最初の前提を「食いつぶして(「フレツセン」のルビ)」いる。/この環からの逃げ道はきわめて簡単にみつかる。ブルジョア自由主義が労働運動の発展とその終局の目的をまえにして驚きのあまり命を失ってしまったという事実からは、たんに社会主義的労働運動はまさに現在では民主主義の唯一の支柱であり、また支柱であることができるということと、社会主義運動の運命がブルジョア民主主義に結びつけられているのではなくて、その逆に、民主主義発展の運命が社会主義運動に結びつけられているのだということが、結論されるだけである。」221P
「法律による改良と革命とは、それゆえ、歴史の調理台のうえで、熱い小型ソーセージにしようか冷えた小型ソーセージにしようかと、意のままに選択できるような、歴史を進歩させるそれぞれことなった方法なのではなく、互いに条件となり補足しあいながら、しかし同時に、南極と北極、ブルジョアジーとプロレタリアートといったようにたがいに排斥しあう、階級社会が発展していくうえでのことなった要因(「モメント」というルビ)なのだ。」224P・・・エレメントではなくモーメント
「法律による改良の仕事は、長期間にわたっておこなわれる革命であり、革命は短縮された改良であると想像することは、まったくの誤りであり完全に非歴史的である。社会革命と法律による改良とは継続の期間によって区別される要因(「モメント」というルビ)ではなく、その本質によって区別される要因(「モメント」というルビ)である。」224P・・・体制の移行
「そこで、政治権力の奪取や社会変革のかわりに、またそれらに反対して、法律による改良の方法に賛成する人は、実際はおなじ目的にむかっての、より穏和で確実なよりゆるやかな道をとっているのではなく、他の目的を、すなわち新たな社会構成体をうちたてるかわりに、たんに旧い社会構成体の内部でのとるにたりない改革のほうを選択しているのだ。かくて修正主義の政治的見解については、その経済的理論についてと同様の結論に到達する。すなわち、つまるところそれは、社会主義制度の実現をめざすものではなく、たんに資本主義制度の改良をめざしており、賃銀制度の廃止ではなく搾取の程度の大小を、要するに資本主義の弊害の除去をめざし資本主義そのものの廃止を目的にしていない、という結論にゆきつく。」225P
「しかも現在、事態はいっそうことなっている。プロレタリアは資本のくびきにつながれるのに、いかなる法律によって強要されているわけでもないのであり、貧困によって、生産手段を所有していないことによってつながれているのだ。プロレタリアは生産手段を法律によって奪われたのではなく、経済的発展によって奪われたのであるから、ブルジョア社会の限界内では、どのような法律によってもプロレタリアに生産手段を与えることはできない。」227P
「要するに民主主義はそれがプロレタリアートによる政治権力の奪取を不必要にするからではなく、逆に、権力奪取を不可避にすると同時に、とりわけ可能にするゆえに不可欠なものなのだ。」229P・・・?
「支配権がプロレタリアの目的を自覚した闘争の結果としてではなく、すべてから見放された遺棄物として、例外的にプロレタリアートの手に帰したパリ・コミューンのようなばあいを除くと、政治権力の奪取は、おのずから、経済的政治的状態の一定の成熟度を前提とする。ここに、いつもピストルの弾のようにとび出していき、実にそのために常に時期を逸っしてしまう、かの「決意をかためた少数者」によるブランキ主義者のクーデターと、それ自体ははじまりつつあるブルジョア社会の崩壊の産物たるにすぎず、それゆえに、それ自身のなかにこの自宣にかなった現象の経済的政治的正当性が存在しているところの、多数の階級意識をもった人民大衆による国家権力の奪取とのあいだの主要な差異が存在する。」232P
「かくて、労働者階級による政治権力の奪取は、社会的な前提という角度からすると、遂行されるのが「はやすぎ」たというようなことはありえないのであってみれば、他方、政治的効果、すなわち、権力をしっかり掌握してしまうという角度からすると、それは必然的に遂行されるのが「はやすぎ」なければならない。」232P・・・しかし、蜂起の一回性の問題。
「だがこのように、プロレタリアートは国家権力の時期の「はやすぎ」た獲得をなす以外にまったくどうしようもない、あるいはことばを変えていえば、プロレタリアートは、結局においては国家権力を永久にうばいとってしまうために、一度ないしいくたびか、時期の「はやすぎ」る権力奪取を絶対にやらなければならないのである。だから「はやすぎ」る権力奪取に反対することは、国家権力を自己の手におさめるためのプロレタリアートの努力一般に反対することにほかならない。」233P
「ベルンシュタインは社会民主党の綱領を修正するにあたって、まず資本主義的崩壊の理論を放棄することをもってはじめた。」「唯物史観を放棄する。」「カール・マルクスの全経済理論を放棄する。」「ベルンシュタインは階級闘争を放棄し、ブルジョア自由主義との調停を宣言する。」「こんにちの社会における階級の存在すらも否認する。」234-5P
「こうしてベルンシュタインは、まったく論理的に矛盾なく、AからはじめてZのところまで転落してしまう。」236P
「ベルンシュタインとの論争は、二つの世界観、二つの階級、二つの社会形態のあいだの対決となってしまった。いまやベルンシュタインと社会民主党はまったく異なった基盤のうえにたっている。」239P
「ドイツの運動においては、日和見主義の潮流は有名な汽船補助金問題にごとき散発的なものをも問題にするなら、ずっとまえからはじまっている。だがこの傾向の公然とした統一的潮流は、九〇年代のはじめ、社会主義者鎮圧法が廃止され合法的な基盤がふたたび獲得されてから、はじめて開始される。フォルマールの国家社会主義、バイエルンの予算案票決、南ドイツの農業社会主義、ハイネの補償提案、シッペルの関税や民兵制についての立場など、これらは日和見主義的実践の里程標である。」239-40P
「またマルクス以前に、マルクスとは無関係に、労働運動やさまざまな社会主義の体系が存在した。そのおのおのは、それぞれのやりかたで、労働者階級の解放を目指す努力の、その時代の条件に対応した理論的表現であった。倫理的正義感による社会主義の基礎づけ、生産様式にたいしてではなく分配様式にたいして闘争すること、階級対立を貧富の対立と理解すること、資本主義経済のうえに「協同組合」をつぎ木しようという努力など、われわれがベルンシュタインの体系にみいだしたこれらすべてのものはすでにかつて存在していたものである。」241P
「理論上ではベルンシュタインの著書によって日和見主義はその発展を完成し、その最後の結論をひきだした。」242P
「巨大な民衆と現存体制全体と現存体制をのりこえてゆく目的との結合、日常闘争と偉大な世界改造との結合、これは、全体としての発展の途上において二つの絶壁のあいだを、すなわち大衆的性格の放棄と終局の目的の放棄とのあいだを、またセクトの逆もどりとブルジョア的改良運動への転落とのあいだを、無政府主義と日和見主義とのあいだを作用しながら前進していく、社会民主主義運動の提起する大問題である。」243P
ロシア社会民主党の組織問題 ◎
 これはレーニンとローザの論争のひとつのテーマ。ローザがこの論攷の中で、超中央集権主義と批判した文章です。まずどちらが上か下か、どちらが進んでいるか遅れているかという発想ではなく、互いに学び合うという姿勢を示しています。その上で、ロシアの特徴を押さえています。いわゆる強権的専制国家というべき状態があり、熾烈な弾圧のなかで、分散的な運動をしていたら、個別撃破されていくということのなかで、中央集権的な性格が強くなるという特質を押さえています。ローザ自身も中央集権的なことを全否定しているわけではないようなのですが、ローザは民衆の自然発生的な運動のエネルギーを押さえています。前にロシア革命関係の本を読んでいたのですが、ボルシェビキ自身が、レーニン以外はほとんど「前衛」的に機能していません。民衆が党を超えて動くという局面があり、十月革命の武装蜂起でトロツキーがレーニン・ボルシェビキに合流して、まさに蜂起したのですが(そのとき自体はほとんど無血でした)、そもそも前衛党論ってなんだったのかという思いがわたしには湧いてきます。ローザにも前衛党と言う概念は一応あったようなのですが、ローザの文を読んでいると、むしろ後衛党論のニュアンスが出て来ます。むしろ、革命あとの党の独裁というところに進んでいくことは、後のスターリンの粛正とつながっていく負の側面があり、この中央集権制や、前衛党論あたりからとらえかえしていくことが、「マルクス―レーニン主義」の総括の核心になることではないかと思います。
 さて、この論攷こそがローザの文のなかで、もっともとらえ返す必要があり、切り抜きメモを残したいのですが、わたしは自分が重要だと思うところ鉛筆で線をひきながら本を読んでいるのですが、ほとんどのところに線を引いてしまいました。切り抜きする意味がないので、再読して改めてとらえ返すということも考えたのですが、結局とりあえずの切り抜きメモを残すことにします。
「おくれた国々の社会民主主義運動は、進んだ国々のより古くからいる運動に学ばねばならぬということ、それは、古くから尊重されつづけてきた真理である。われわれはこれにたいし、より旧い先進的な諸党派も、それと同ようにして、かれらのより若き友党との緊密な交流から学びうるし、学ぶべきである、とつけ加えよう。」247P
「われわれが、社会民主主義の同ような諸原則を、そのさまざまな社会環境の余すところない多様性のなかで、よりよく識れば識るほど、社会民主主義運動の本質的な事柄、それの基本的な事柄、それの原則的な事柄を、よりよく意識するようになり、一切の地方主義に条件づけられた固陋な見地もそれにつれて退いてゆく。」247-8P
「ロシア社会民主党は、独特な、社会主義の歴史にも前例を見ない一つの課題を負わされている。それは、プロレタリア階級闘争を目的とする社会民主主義的戦術を絶対主義的国家内で創造する、という課題である。」「ロシアにおける社会民主主義的闘争の主要な困難を形作っているのは、絶対主義の強力支配によって、ブルジョア階級支配が、隠蔽欺瞞されていることである。」248P
「ロシアでは、これ(ドイツの社会主義鎮圧法の下でのむき出しの階級対立)と逆の実験が行われた。ブルジョアジーの直接的政治的支配がないのに、社会民主党が創設されるという――。」249P
「それによって、単に、ロシアの土壌に社会民主主義の教義を移植するという問題、また、煽動の問題ばかりでなく、組織の問題が、まったく独自な仕方で形成された。社会民主主義運動においては、組織もまた、それ以前の社会主義のさまざまなユートピア的試みとは異なって、宣伝の人工的産物ではなく、階級闘争の歴史的産物であり、社会民主党は、その闘争のなかに、ただ政治的意識だけをもたらすにすぎない。正常な諸条件のもとでは、つまり、ブルジョアジーの発展した政治的階級支配が社会民主主義運動に先行しているところでは、労働者の最初の政治的鍛錬は、すでに、ブルジョアジーの手で、相当程度まで行われている。」「ロシアに於いては、社会民主党は、意識的関与によって歴史的過程の一時期に代え、プロレタリアートを、絶対主義的体制の基盤を形成する政治的原子状態から直接に――目的意識的にたたかう階級としての――組織の最高の形態へとみちびく、という課題を負わされている。それゆえ、組織問題が、ロシア社会民主党にとって、とくに難かしい問題であるのは、単に、同党が、ブルジョア民主主義の一切の形式的手続きなしで組織問題を創り上げねばならぬ、という理由からではなく、同党が、いわば、親愛なるキリストの言葉を借りれば、「無から」、真空状態のなかで、他の国ではブルジョア社会によって準備される政治的素材もなしに、この問題を創りあげねばならぬ、という理由にもとづいている。」249P
「ロシア社会民主党が数年来とりくんできた課題は、運動の準備的かつすぐれて宣伝的な局面に照応するところの、分散的でまったく独立的な地域的ないし地方的組織の型から、全国家内の大衆の統一的、政治的行動のために必要とされるような組織へと移行すること、それである。だが、役に立たなくなり、政治的に乗りこえられてしまった古い組織形態のもっともきわ立った特徴が、分散と完全な自律、地方組織の自己支配であったあったからには、新しい局面、準備成った大規模な組織作業の合言葉は、当然、中央集権主義となる。」「レーニンの著作((註)N・レーニン、「一歩前進、二歩後退」、ジュネーヴ、一九〇四年、党印刷局)がわれわれの手もとにあるが、その著作は、ロシアの党の超・中央集権的な(「ウルトラ・ツェントラリスティッシュ」というルビ)方向を組織的に表現している。ここに強烈に、徹底して表現されている見解は仮借ない中央集権主義のそれであり、それの根本原理は、一面では、はっきりした活動的な革命家たちを、かれらをとりまく、未組織であっても革命的・積極的な環境から、組織された軍団として抽出・分離することであり、他面では、党の地方組織のあらゆる発現形態中央機関の厳格な規律と、それの直接的な、断乎として決定的な関与を、もちこむことである。」250P
「社会民主党には、一般に、強い中央集権的な傾向が内在していることは、疑いを容れない。その諸傾向からして、中央集権的な資本主義の経済的基盤から生まれ、中央集権化されたブルジョア的大国家の政治的枠の上での闘争にきたえられたために、社会民主党は、本来的に、いかなる連邦独立主義(「パルティクラリスムス」のルビ)にも、民族的連邦主義(「フェデラリスムス」のルビ)にも、はっきりと反対する。所与の国家の枠内におけるプロレタリアートのいかなる部分的またグループ的利益にも反対して、階級としてのプロレタリアートの全体的利益を代表する使命をになって、社会民主党は、オーストリアにおけるような異例の諸事情のため、例外的に連邦主義的原則を余儀なくされる場合は別として、あらゆる場合に、労働者階級の民族的、宗教的、職業的グループのすべてを統一的な綜合政党(「ゲザムト・パルタイ」のルビ)に陶冶してゆくのを当然の任務として努力してきた。」251P・・・?ローザの総合的統一党論、「階級闘争至上主義」
「社会民主主義的運動は、階級社会の歴史上始めて、運動のあらゆるモメント、そのあらゆる過程において、大衆の組織その自立的直接行動を考慮におく最初の運動である。/この点で、社会民主党は、これ以前の社会主義的運動、たとえば、ジャコバン・ブランキスト型のそれとは、まったく異なった組織型を創造する。/レーニンは、その著書で次のようにいうとき、そのことを軽視しているように見える。すなわち、革命的社会民主主義者は、しかし、「階級意識あるプロレタリアートの組織と不可分に結ばれたジャコンバン主義者」そのものである、と。レーニンは、ごく少数者の陰謀に対立する、プロレタリアートの組織と階級意識に、社会民主主義とブランキズムの間にある根本的な相異のモメントを見ているのである。だが、かれは、それに伴って組織概念の完全な価値転換が、中央集権主義の概念にはまったく新しい内容が、組織と闘争の相互的関係についてはまったく新しい見解があたえられることを、忘れている。」252P
「社会民主党の行動の諸条件は、これとは(ジャコバン・ブランキスト型のそれとは)根本的に異なっている。その行動は基本的な階級闘争から歴史的に生まれる。その場合、この行動は、弁証法的な矛盾のなかで動いてゆく。すなわちプロレタリアの軍隊は、この時、闘争そのものの中ではじめて生み出され、闘争のなかではじめて闘争の課題を明らかに悟らされる、ということである。」253P
「このことから、ただちに結論されるのは、社会民主主義的中央集権は、その中央権力への党の闘士たちの盲目的(ママ)な従順さ、機械的な服従を基礎としうるものではないこと、他面、すでに確固たる党活動家へと組織された階級意識あるプロレタリアートの中核と、すでに階級闘争に捉えられ階級的啓蒙の過程のなかにおかれている周辺的層とのあいだには、絶対的な障壁は設けられえないこと、である。それゆえ、この二つの原則、――皆に代わって考え作り出し決定するような一つの中央権力のもとに、党組織のすべてが、その活動のごく細部までも含めて、盲目的(ママ)に服従すること、ならびに、レーニンによって弁護されているように、党の組織された中核をそれを取りまく環境から厳しく峻別すること、という二つの原則にもとづいて、社会民主党内の中央集権を作り上げることは、われわれには、ブランキスト的な陰謀家サークルの運動の組織原理を、労働者大衆の社会民主主義運動へ機械的に翻案することである、と思われる。」253-4P
「実際には、社会民主党は、労働者階級の組織と結合されているのではなく、労働者階級それ自身の運動なのである。それゆえ、社会民主主義的中央集権主義は、ブランキスト的中央集権主義とは、本質的に異なった状態であらざるをえない。この中央集権主義は、労働者階級の個別的グループや個別的個人とは対立する、労働者階級の啓蒙された前衛の意志の絶対的集中以外の何ものでもありえない。それは、いうなれば、プロレタリアートの先導的層の「自己中央集権主義」であり、それら先導的層自身の党組織内での多数支配なのである。」254P・・・ローザの「前衛」概念
「ブルジョアジーの手から一つの社会民主主義的中央委員へと指揮棒をおきかえることによってではなくこの奴隷的な規律精神を打破し、根絶することによって、はじめて、プロレタリアは、新しい規律――社会民主党の自発的な自己規律へと、教育されるのである。」255P
「社会民主主義的精神一般における中央集権主義とは、労働者運動のあらゆる段階の指導者たちに同じ尺度で当てはめられうる一箇の絶対的概念ではなく、むしろ、傾向として把握されるべきものなのであって、その傾向の現実化は、労働者大衆の啓蒙ならびに政治的訓練に伴って、かれらの闘争の過程のなかで、進展してゆく。」256P
「それら諸転回は、いかなる場合にも、束縛をかなぐり捨てた運動のそのものの自然発生的な(「スポンタン」というルビ)産物だったのである。」「これらどの場合にも、始めに「行為」ありき、である。」「それどころか、明らかに、そのような中央権力は、党の個々の委員会の優柔不断をいっそう助長し、突撃する大衆としゅんじゅんする社会民主党のあいだに軋轢をもたらす働きをするだけでしかなかっただろう。これと同じ現象、すなわち、戦術形成に際して、党の諸指導の意識的イニシアティーヴが僅少の役割しか果たさぬことは、ドイツはもちろん、あらゆる所で、看取されうるところである。」257P・・・ロシア革命におけるオールド・ボリシェヴィキの逡巡
「無意識的なものが意識的なものに優先し、客観的歴史的過程の論理がその過程の担い手の主観的論理に優先する。社会民主主義的指導の役割は、その場合、本質的に保守的な性格をもつのであって、それは経験的にいって、常時新しく獲得されてゆく闘争領域を徹底した帰結をもたらす所まで突きつめてゆくと同時に、やがて、その領域を、より大がかりの規模でのより広汎な革新に反対する歯車へと逆転させるようになる。」258P・・・これも、ロシア革命におけるオールド・ボリシェヴィキの逡巡、トロツキーの「民衆保守論」
「いかなる時にも、社会民主党にとって重要なのは、将来の戦術のために出来合いの目論見を、予め考え、立てることではなく、当時の支配的闘争諸形態にたいする正しい歴史的評価を党内で生き生きと保ち、プロレタリア階級闘争の終極目標の見地から、闘争の所与の局面の相対性ならびに革命的諸モメントの必然的昂揚にたいする生きた感覚をもつことである。」258-9P・・・ローザの自然発生性への依拠と拝跪
「しかし、レーニンが行なうように、否定的性格をもつ絶対的権能を党指導に付与するならば、それは、その本質からして必然的に発生する、あらゆる党指導の保守主義を、まったく人為的な仕方で危険なほど強めることになろう。社会民主主義的戦術が、一中央委員によってではなく、全党によって、より正しくは、全運動によって創造されるのであるとすれば、党の個々の組織には、明らかに、行動の自由が必要なのであり、その自由のみが、当面する状況によって提示されあらゆる手段を闘争の昂揚のために徹底的に駆使し、また革命的イニシアティーヴの展開を可能とするのである。しかし、レーニンによって推奨された超・中央集権主義は、その全本質において、積極的創造的な精神ではなく、硬直した夜警根性によって支えられている、とわれわれには思われる。かれの思考の過程は、党活動の結実ではなくて主としてその統制に、その展開ではなく制限に、運動の結集ではなくその締め上げに向けられている。」259P
「社会民主主義的組織型の一般的理解から導き出されるものは、大きな基本的諸特徴であり、それはすなわち、組織の精神である。そして、この精神が、とくに大衆運動の初心者たちの場合に、主として、社会民主主義的中央集権主義の、杓子定規な排他的性格ではなく、協同的包括的性格を条件づけるのである。しかし、運動の原理的強固さおよび運動の統一性にたいする鋭い視線と結合された、この政治的行動の自由の精神が党の秩序のなかに受けいれられるならば、その時には、どんな、あるいは、何らかの不手際に起草された組織規約の峻厳さも、早急に、実践そのものを通じて、有効な修正をうけることとなろう。一つの組織形態の価値を決定するのは、規約の文面ではなくなく、活動的闘士たちによってその文面に盛りこまれた意志と精神なのである。」260P
「レーニンはいう。「民主主義にたいする官僚主義、それがまさに、日和見主義者たちの組織原則にたいする組織原則にたいする革命的社会民主党の組織原則である。」」261P・・・スターリン主義体制の官僚主義につながること
「しかし、こうした事情のすべても、絶対主義ロシアでは、いちじるしく異なっているように思われる。そこでは、労働運動内部の日和見主義は、一般に、西欧におけるように、社会民主党の強力な成長の、ブルジョア社会の腐敗の産物ではなく、逆に、運動の政治的後進性の産物である。」「ロシアにおけるプロレタリア運動の若さとあいまって――一般に、理論的無定見と日和見主義的な浮動性に広い場所があたえられるのであり、その浮動性が、あるいは、労働者運動の政治的側面の全的否定に、またあるいは、それと全く逆の、独善的なテロルの信仰へと走らせ、とどのつまりは、政治的にはレベラリズムの泥沼に、また、「哲学的」にはカント的観念論に安住の地を得させるというようなことになるのである。」264P
「つまり、事態が現在のロシアのそれに類似した諸事情のもとにある時には、日和見主義なアカデミカーにふさわしい組織的傾向として、まさにこの峻厳な、専制的な中央集権主義が容易に指摘されうるのである。もっと後の段階では――議会主義的環境の中で、強力な固く結合された労働者政党にたいしては――これと逆に分権主義が日和見主義的アカデミカーのこの段階での傾向になるのと、まったく同ようである。」266P
「プロレタリアートの階級的防衛者である社会民主党は、同時に、社会の総体としての進歩の利益とブルジョア的社会秩序の抑圧された犠牲者すべての防衛者である、という言葉は、社会民主党の綱領の中にこうした利益がすべて理念的に総括されるのだというような意味でだけ理解されるべきではない。この言葉は歴史的発展過程という形の中で真理となるのであって、その過程によって、社会民主党は、政党としても、次第に、さまざまの不満分子の避難場所となり、党は現実に支配ブルジョアジーの極少数者に対立する人民の党になるのである。」268P
「このことは、これまでのドイツにおけるごとくに、すでに強力な訓練をうけたプロレタリアの核心部隊が社会民主党内を牛耳り、階級脱落者的な、小ブルジョア的な同伴者たちを革命のひき綱で曳航する準備を充分にととのえている場合にのみ、可能である。この場合には、党規約のなかに中央集権的思想をより厳しく貫徹し、党規約をより苛酷に敷衍することも、日和見主義的潮流にたいする防壁として、きわめて目的にかなっている。」268-9P
「自らの勝利を目指すプロレタリアートの世界史的な前進は、ここに歴史上はじめて、人民大衆自らが、あらゆる支配階級に逆って、自らの意志を貫徹し、しかも、今日の彼岸に、それを乗りこえた所に、自らの意志を打ち立てずにはおかない、という点にその特質を有するような、そういう一つの過程である。しかし、大衆は、他面では、既存秩序との日常的闘争の中でのみ、それゆえ、その秩序の枠内でのみ、この意志を形成しうる。全既存秩序を越え出る目標と偉大な人民大衆の統一、革命的変革と日常的闘争との統一、それは社会民主主義運動の弁証法的矛盾であり、その運動はまた、二つの暗礁、大衆的性格の放擲、セクトへの退行とブルジョア的改革運動への転落という二つの暗礁のあいだをぬって、全発展過程を、ひたすら前へと動きつづけてやまないのである。」269P
「マルクスの教えは、日和見主義的思想の一切の基盤にたいする破壊的な武器を提供する。しかし社会民主主義平和運動がまさに一箇の大衆運動であり、それをおびやかす暗礁は、人間の頭からでなく、社会的諸条件から発生するものであるがゆえに、日和見主義的混迷は予め防ぐことはできないのであって、その混迷は、それが実践の中で明確な姿態をとった後になって始めて、運動そのものによって――もちろん、マルクス主義のあたえる武器の助けをかりて――克服されうるのである。」「まさに、社会民主党が今なお若く、労働者運動の政治的諸条件がはなはだしく異常であるロシアにおいては、日和見主義は、差しあたり、相当の程度に、この源泉から、不可避的な戦術の模索と実験から、まったく独特で前例のない諸事情のもとでの現在の闘争を社会主義的諸原則と一致させることの必要から生み出されずにはすまないであろう。」270P
「そして、最後に、われわれは、内輪では、はっきり次のようにいっている。現実に革命的な労働者運動が現実の中でおこなう誤りは、歴史的には、最上の「中央委員会」の完全無欠にくらべて、はかりしれないほど実り豊かで、価値多い、と。」271P

 この選集には、編集者・訳者の解説が付けられていません。各巻共通の「付記」があるだけです。ですが、訳者か出版社がつけたと思われる各巻の帯が参考になるので、抜き書きしておきます。
(この巻の帯)
「戦闘的思想と革命的行動への拍車 深い思索と行動への揺るぎない信頼に裏づけされて、議会内改良主義と闘いマルクス主義的革命実践に赴く、女性闘士ローザ・ルクセンブルク若き日(23歳〜34歳)の思想の光彩。天性の革命精神と人間精神が相俟ってなす労働者階級の歴史的・意識的解放と社会主義への基盤」


posted by たわし at 03:39| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ローザ・ルクセンブルク/秋元寿恵夫訳『ローザ・ルクセンブルク 獄中からの手紙』

たわしの読書メモ・・ブログ539
・ローザ・ルクセンブルク/秋元寿恵夫訳『ローザ・ルクセンブルク 獄中からの手紙』岩波書店(岩波文庫)1982
 ローザの学習二冊目です。
 ローザ・ルクセンブルクの手紙は3種類あるようです。ひとつ前のルイーゼ・カウツキーの編集とこのソフィー・リープクネヒト宛の手紙、ヨギヘスへの手紙。ソフィーの方がルイーゼのより先に出たようです。
さて、ソフィーはローザ・ルクセンブルクの盟友、ローザがほとんど行動を共にしたカール・リープクネヒトの連れ合いです。夫が袂を分かったルイーゼとは違って、夫がほとんど行動を共にしたので、むしろ運動的なことが書かれてもいいのかもしれませんが、まあこの手紙は、一通を除いて獄中からの手紙なので、検閲の関係もあるのでしょうが、ほとんど運動的な話は出て来ません。
それは、訳者註5に「“Seien Sie heiter und ruhig”(おおらかな、そして落ち着いた気持ちでお過ごしください。)このことばはローザの生涯を通じて変わらなかった性格をそのまま伝えており、本書に収められている二十二通の手紙のうち、このはげましのよびかけが末尾に記されているのは九通にも上る。」113-4Pということがあり、それは手紙の中でソフィの繊細さをとらえ返し、おおらかさと落ち着いた日々を過ごすように、繰り返し提起している(97P、100P、109P)ということがあったのだと思います。
ソフィあての手紙は、カール・リープクネヒトのことを訊ねたり、ソフィの体調を気遣うような話以外は、ほとんど、花鳥風月、自然を愛でる話と、文学・絵画の話です。一カ所だけ「わたしは、いまいちどラングの『唯物論史』の読み直しをやっています。この本は、わたしをつねに勇気づけ、気持を新たにさせてくれています。あなたもぜひ一度、これをお読みになられるよう、節におすすめいたします。」90Pと運動関係の本を薦めている箇所があります。これとて、むしろそういう関係のほんのことも書かないと、排除しているという雰囲気になるから書いているというニュアンスをわたしは抱いていました。できるだけ暗い話をしないようにしています。例外は荷役でムチ打たれる水牛の話でしょうか?92P
花鳥風月の話はルイーゼ編集の本にも、植物図鑑や鳥類図鑑を差し入れてもらったという話もあり、ローザの自然と対話しながら、そのふれあいを楽しむ生き方にもつながっているのですが、「こうしてわたしは、自分の部屋から四方八方に細い糸を張りめぐらし、何千という大小さまざまの生きものに直接結びつき、あらゆることに対して、不安、苦痛、自己非難をもって反応するのです。」109Pということにつながっています。
ローザは革命の闘士であり、そして「訳者あとがき」で書かれている、レーニンの「鷲は鶏よりも低く飛ぶことができる。だが鶏は鷲ほど高く飛ぶことはできない。ローザはいろいろと誤りをおかしたにもかかわらず。なお依然として鷲であったし、また現在も鷲である。」136-7Pの評価や、ローザに会った片山潜の「火のような女だった」という話137Pがあります。
ですが、ひとつ前の読書メモのルイーゼには自分の弱さも若干出しているのですが、ソフィーにもルイーゼと同様頼みごとをしているのですが、その内容は主に文学的なことでむしろ頼み事をすることによって、そのひとが他者とのふれあいを維持していく、自分のやりがい・生き甲斐のようなことを見出していく、しかも対等な関係を作って行こうという働きかけになっています。
ローザは不屈さと同時に、ひとりひとりに向き合って、そのひとの抱えている問題、思いをとらえ返し、その中で関係を取り結び、表的なことだけでない、裏からの関係の取り結び方をしていく、実に細やかな気遣いをしていく人間像がこの手紙の中に表れています。それが闘いの理論の中にも息吹いているのだとも思えます。


posted by たわし at 03:32| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ローザ・ルクセンブルク/川口浩・松井圭子訳『ローザ・ルクセンブルクの手紙』

たわしの読書メモ・・ブログ538
・ローザ・ルクセンブルク/川口浩・松井圭子訳『ローザ・ルクセンブルクの手紙』岩波書店(岩波文庫)1932
 当初から予定していたローザの学習に入ります。
 ローザ・ルクセンブルクに関しては、すでに民族問題に関する本と、『資本蓄積論』を読んでいます。フェミニズム関係で『おんなたちのローザ・ルクセンブルク』という本も読んでいます。読書メモを取り始める前で、きちんとした押さえも記憶もないのですが、わたしは反差別論を大きな課題の一つにしているので、ローザが植民地ポーランドに生まれたユダヤ系の女性で、「下肢障害者」、という被差別事項をいくつも抱えているというところで、しかし、個別反差別の運動にはとりくまなかった、けれども、その主著『資本蓄積論』の継続的本源的蓄積論が、まさに反差別理論の必須の本になっているということがあります。で、「マルクス―レーニン主義」の主流的には、民族自決権を巡る論争では、レーニンが正しかったという評価がこれまで一般的でした。そして、何よりも、ロシア革命が一応勝利したのに、ドイツ革命は敗北したというところで、ローザ・ルクセンブルクの評価は余り高くありませんでした。今、1990年を前後するソヴィエトの崩壊とマルクス葬送の流れが出て来、「市場経済はなくならない、資本主義はなくならない」という大合唱の中で、「社会は変わらない」という意識性が広まり、そのことと相俟って政治的無関心が広がっています。そして、学の世界でも、マルクスを葬送したひとたちは、この社会の根本構造からいろんな矛盾をとらえ返す作業をネグレクトした、学の貧困に支配されています。もうひとつ書き置きますが、今政治批判の軸を国家主義――ナショナリズム批判としてとらえ返すにあたって、ローザの論攷の持つ意味を改めてとらえ返す必要があるとも思っています。また、「マルクス―レーニン主義」ということを批判的にとらえ返し、「社会変革の途」をさぐっていく作業が必要になっています。その作業の一つとして、レーニンのローザとの対話(相互批判)の検証が必要になっています。この本の「解説」でも、それがレーニン側から挙げられています。ここではその指摘をこの読書メモの最後に要約して書き置きますが、それの検証はローザ学習の最後に回します。
 さて、ローザ学習の最初にとりあげるのは、とっつきやすく広く読まれているこの本です。
 この本の編集は、ルイーゼ・カウツキー。カール・カウツキーの連れ合いです。手紙は最初は夫妻宛が多かったのですが、そのうち、カール・カウツキーはレーニンが「背教者カウツキー」と批判したように変節していき、ローザとの関係も疎遠になっていきます。それでも、フェミニズムのいういわゆるシスターフッド的な結びつきで、ルイーゼとの関係は続いていきます。ローザは絵とか文学のようなことにも関心が深く、また人生を楽しみながら活動しているひとで、機知に富んだ冗談のやりとりを楽しんだりしています。そして、ひとの心の機微のようなこともつかんでいくひと、忙しい中で、少しでも時間をとって豆に手紙を書いています。もちろん、革命家として信念を貫いて活動していくという軸があるひとでした。それらのことがこの手紙の中で現れています。ルイーゼは翻訳とかに力を発揮しているひとですが、ローザは当初翻訳などに力を入れないでと、ローザはルイーゼに経済学の個人講義とかしたりして、ルイーゼを理論家としても育つように働きかけもしています。インターネットでいろいろ検索しているとトロツキーが、ルイーゼの才覚を評価していたというような文も出て来ます。ローザとルイーゼは、お互いの存在が厳しい状況の中で活動していくいやしのようになっています。ローザは監獄と「シャバ」の行き来をくりかえしていたひと、時には監獄の拘禁で体調を崩しがちになるところ、ルイーゼに面会に来てくれるように頼み、いろいろ頼み事をしています。この手紙を読んでいると、その時代の流れが押さえられます。トロツキーがメンシェヴィキ側で暗躍していることの批判とかも出ています。獄中からの手紙は検閲されているので、しかもルイーゼとのやりとりでは運動的なことは出てこず、むしろシスターフッドで、他の女性運動家とのサポートの依頼とか、そんな細やかな気配りのようなことがこの手紙のベースを流れています。ローザはまさにドイツ革命の敗北の中で、社会民主党の裏切りの中での敗北していくことの象徴的なこととして、銃床で頭蓋骨を砕かれ殺されました。そして、ルイーゼはインターネットの検索でもなかなか出てこないのですが、ナチスドイツによって丁度、アンネ・フランクと重なるようにガス室に送られ殺されたようです。
さて、反差別論をやっている立場で気になったことを書き置きます。この時代のフェミニズムは、男との対等性を要求するような雰囲気で、ローザのルイーゼに対する最初の印象は「エプロンとかしている」と余り良くなかったようなのです。また、ローザの「家政婦」とか「秘書」とかいうことばが出て来て、文を書いたり本を出したりで、生活できる情況があったのでしょうか? もうひとつ、レーニンの読書メモを書いているときにも感じていたこと、この時代のひとの文には「障害者」差別語のようなことがポンポン飛び出していて、勿論、翻訳の問題もあるのかもしれませんが、それにしても、まあ、時代拘束性と言ってしまえない、「障害者」の立場でいろいろ落ち込んでた次第です。

「ローザ・ルクセンブルク略年譜」からローザの著作の抜き書き
(下線はすでに読んだか、今回読む予定の論攷です。「選」は『ローザ・ルクセンブルク選集』)
「ドイツおよびオーストリアにおけるポーランド社会主義運動の新潮流」1896
「ポーランドにおける社会愛国主義」1896
「ポーランドの産業的発展」(学位論文)1897[本入手]
「社会改良か革命か」1898「選」@
「フランスにおける社会主義の危機」1900
「国際平和、軍国主義と常備軍」(報告)1900
「ロシア社会民主党の組織問題」1904「選」@
「大衆的ストライキ、党および労働組合」1906「選」A
「国民経済学入門」(講義録)『経済学入門』1907(岩波文庫)
「今後は何か」1910  (?「つぎはなにを」選A)
「消耗か闘争か」1910
「資本蓄積論」1913(岩波文庫)
「社会民主党の危機」1915「選」B
「ロシア革命。一つの批判的評価」1918(?「ロシア革命論」「選」C)
「われらの綱領と政治状勢」(報告)1918(「綱領について」「選」C)

「解説」(マルクス・レーニン主義的解説)の中でのレーニンのローザの誤りの指摘
@ ポーランドの独立問題
A 1903年メンシェヴィズムの判断
B 『資本蓄積論』の理論の中の誤り
C 1914年ボリシェヴィキーとメンシェヴィキーの合同問題
D 1918年末獄中諸文書(大部分自ら訂正)
ただしレーニンはローザを高く評価しています。(鶏と鷲の比喩で)

 ローザの学習、いろいろ本も新しく買い求め、すでに読んだ本も再読する予定少し長引く予定です。


posted by たわし at 03:28| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大矢英代『沖縄「戦争マラリア」――強制疎開死3600人の真相に迫る』

たわしの読書メモ・・ブログ537
・大矢英代『沖縄「戦争マラリア」――強制疎開死3600人の真相に迫る』あけび書房2020
 これは三上智恵/大矢英代共同監督「沖縄スパイ戦史」2018という映画の中で、取り扱われていた「戦争マラリア」の書籍化です。前のブログが共同監督の三上智恵さんの護郷隊と沖縄本島の海軍関係者によるスパイリストによる虐殺や、「本土決戦」でも陸軍中野学校というスパイ養成所卒業生が暗躍していたという話、さらには、軍の総体的動きを押さえていたのですが、その本と同時期に出された八重島諸島(宮古島も含めると先島諸島と言われています)での話です。
 先島諸島には米軍は上陸しなかったのですが、その戦況を読み損なって、強制移住が行われました。それは決して住民を守るためではなく、住民が邪魔になる、スパイになるというおそれからの強制移住です。しかも石垣島は沿岸地域から山間部、他の島は日本軍がいない他の島から日本軍がいる西表島へ、それがマラリア無病地から有病地への移住で、サブタイトルにあるように、もう一つの沖縄戦と言われるほどの死者を出したのです。
 これにも、陸軍中野学校の卒業生が関与しています。以前から青年学校の教員として働いていた「優しい人」が豹変し、軍刀を抜いて脅して強制移住させたという話が書かれています。
 今、先島諸島で自衛隊の基地の建設が進められていて、なぜ容認されていくのかということも含めて、映画とこの本では取り上げているのです。
 さて、この著者は、大学院時代にこれをテーマにして取材しようとしたのですが、みな悲惨な体験で口が重く語ってくれない、で、波照間島のさとうきび農家の老夫婦の家に住み込んで、生活を共にしながら、最初はビデオとか封印しつつ少しずつ打ち解けて、地域のひととの交流のなかで三味線なども習い、その家の娘のような存在になっていきます。そして、問いかけること自体が、昔を思い出して、あいてを苦しめるのではないかという逡巡も抱きつつ、この被害を伝えていかなくては、そして体験した世代がなくなっていく中で時間が残されていないというジャーナリストの使命感のようなことで、問いかけつつ、親しくなれば、それだけ「あなたには分からない」という直截なことばも帰って来て、それに対して「分かる」から「想像はできる」という応答はしつつ、親しくなるにつれて、逆に「分からない」という思いも募っていくのです。「実るほど頭を垂れし稲穂かな」という成長なのだと感じていました。
 この本は、生活を共にすることによって、取材しようとしたひとからいろんなことを学んでいく、この著者のジャーナリストとしての成長過程が描かれている本になっているのです。
 この著者は、共同監督を三上智恵さんと何年か一緒になった琉球朝日放送の先輩後輩の関係で、会社を退社したときに、三上さんから声をかけられ、「スパイ戦史」を番組として企画を進め、結局映画制作に至ったようです。
 この本が出されたときは、アメリカに留学中で著者のプロフィルで「米国を拠点に軍隊・国家の構造的暴力テーマに取材を続ける。」とあります。団塊の世代のわたしは、若いひととの世代間ギャップを感じ続けているのですが、若い世代のジャーナリストにこういうひとが育ってきているのだと、期待感をもって、ジャーナリストとして花開き、他のいろいろなことでも活躍されていくことを願っています。


posted by たわし at 03:22| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

三上智恵『証言 沖縄スパイ戦史』

たわしの読書メモ・・ブログ536
・三上智恵『証言 沖縄スパイ戦史』集英社(集英社新書)2020
 これは三上智恵/大矢英代共同監督「沖縄スパイ戦史」2018という映画の書籍化です。書籍化と言っても、通常映像の方が分かりやすく、その後でフォローとして読んでおくというようになるのですが、この本はちょっと違います。新書版なのですが、750P余あり通常の新書の三冊分あります。映画で描ききれなかったこととか、その後取材したことを折りばめています。わたしは、三上さんの映画の追っかけをしています。ブログでは、読書メモ以外に映像鑑賞メモも載せているのですが、その最初が三上さんの映画でした。だから、当然「沖縄スパイ戦史」も観たのです。ですが、映像鑑賞メモが書けませんでした。理由は二つ、もうひとつは後で書きますが、一つは、話の脈絡がつかめなかったのです。これはわたしがひとの名前をなかなかおぼえられないというところで、ひととひととのつながりがとらえられず、話が断片的になって内容がつかめなくなっていたのです。おまけに、わたしは昼夜逆転の生活をしているのですが、この映画の上映の時は、両監督の対談があるということで、朝の会の上映を観たのです。で、ほとんど寝ていないで観たので、只でさえ、ひとの名前とか入ってこないのに、もう最悪でした。で、もう一回観るところ、何かバタバタしていて観れず、この本を読んでやっと全体像がつかめたのです。本は、名前を忘れたりしていたら、もう一度ページを前に戻せます。DVDになるとそれもできるのですが、劇場映画ではそれもできません。というわけで、この本はほんとうに助かりました。というより、三上さんは映画監督で、映像美というところで描いていることにも感嘆しているのですが、それだけでなく、今回のこの本で「新境地を開いたような気がする」とどこかで書かれていましたが(たぶんフェイスブックです)、まさに珠玉の文なのです。
さて、この本の紹介のために最初に目次を章だけ書き置きます。
はじめに
第一章 少年ゲリラ兵たちの証言
第二章 陸軍中野学校卒業の護郷隊隊長たち
第三章 国土防衛隊――陸軍中野学校宇治分校
第四章 スパイ虐殺の証言
第五章 虐殺者たちの肖像
第六章 戦争マニュアルから浮かび上がる秘密戦の狂気(ママ)
補稿  住民はいつから「玉砕」の対象になったのか
おわりにかえて――始末の悪い国民から始末のつく国民へ

本題に入ります。この本のタイトルになっている「スパイ」ということですが、これを両局面から描いています。ひとつは、陸軍中野学校というスパイ養成所の卒業生の将校に現地の在郷軍人を下士官などにしつつ、まだ徴兵前の未成年の沖縄の少年を護郷隊(遊撃隊)という形で組織化していったということがあります。そこでは正規軍が崩壊した後のことを見込んで、スパイ的なことも含んで遊撃活動を続けるということで動いていたのです。日本の正規軍は捕虜になることを許さなかったし、国のために死ぬということを標語にしていたのですが、このスパイ、遊撃活動は、とにかく生き延びろ、捕虜になってそこで攪乱するとかいう戦略を立てていたのです。そこには、現地の少年を隊員にすることによって、その家族の住民から食料の供出をさせるという戦略もあったようなのです。スパイということはそれだけではありません。真逆の「スパイ」ということがあります。それは、日本の戦前戦中の教育のなかで、国のために死ねる軍隊と国民を育ててきて、捕虜になるよりは死ねという教育をされていたのです。それでも、自分で考えで動けるひとがいました。そういうひとたちは往々にして住民のひとたちの指導的立場にいたのですが、そういうひとたちは米軍にとらわれるとスパイになる可能性のあるひととしてスパイリストを作っていたようなのです。これはわたしがこの本を読んだ感想にもなるのですが、ひとは教育と言う中で植え付けられた「お国のために死ぬ」という意識とそれとは逆に生きようという(ときには無自覚的な)意思のせめぎ合いのなかで、捕虜になる収容されるというところで、これまでの日本が大本営発表の情報がウソと分かり、アメリカに協力していく態勢が作られます。二つのベクトル、洗脳的に植え付けられたところで自死を選んでいく構図と、死ななかったとことで、生きようという意欲で生き延びるというせめぎ合いの構図がそこにあります。そのような中で、日本軍は、一度アメリカ軍に収容された、接触した沖縄の人たちをスパイとして扱っていきます。それだけではありません。徴用されて基地建設に関わったひともスパイリストに挙げられていたようなのです。
さて、この本は被害と言うことを描くだけでなく、加害の立場に立ってしまったひとたちの生い立ちや心の襞ということを丁寧に描いています。そして、その軍人たちやその家族の戦後の慰霊のための来沖、そしてその中での被害者側と加害者側の交流のようなこと、その中でのお互いの思いに馳せていく、ということさえ起きています。
そもそも、日本軍の戦争マニュアルのようなものがあり、そこから住民の虐殺に至る構造が出てきています。ですが、軍の方針に沿って、そのマニュアルに沿って、厳密に実行されてわけではなく、スパイリストがあっても、それにそってそのまま実行に移されたわけでもないようなのです。その中で実行を緩くするひとつのゆらぎのようなことがあります。ことばを変えると、心の襞のようなことです。その端的な例が、海軍の武下少尉が「ヨネちゃんとスミちゃんは殺すな」と言っていたのに、ヨネちゃんの家に殺害の部隊が来た話がショッキングな話として書かれているのですが、それでも、いきなり殺ということではなく、大声で叫びながら入ってくると言う行為の中に、逃がすという意味をわたしは読み取っていたのです。そこには戦乱の中にも、恋愛的なことや性的な好意というようないろんな錯綜した思いがあるのだともわたしも感じていました。この本の著者はそんな「心の襞」のようなことも描いているのです。
さて、この本の冒頭に、「軍隊が来れば必ず情報機関が入り込み、住民を巻き込んだ「秘密戦」が始まる」という言葉があり、そこから始まっています。そして、「軍隊は住民を守らない」という基調的な主張がでてくるのです。ですが、どうもこのような突き出しがわたしには分からないのです。これが、前述した映像鑑賞メモが書けなかったもう一つの理由なのです。
この「軍隊は住民を守らない」という話は、とりわけ南西諸島の自衛隊配置で、国や防衛省の論理に対する批判として出て来ているのでしょうが、そもそも日本の再軍備化のなかで、専守防衛というところから出て来ているし、国防とか安全保障の論理として軍事を進める論理として持ち出されてきたのではないかとわたしは押さえています。
そもそも、軍隊とか武装集団、武力の行使ということがどういったところで存在してきたのかという歴史を押さえ直す必要があるのだと思えます。そもそも武装集団は、略奪や収奪というところから起きていたことで、それは植民地支配が続くなかで、国の富を蓄積していく、国益を突き出していくこととして当然視されてきたのです。近代国家においても侵略と植民地分割戦のための軍隊としてあったわけです。そもそも、軍事・軍隊とは何かを考える時に、わたしが印象に残っている映像に、ルーズベルト大統領が死去して急遽大統領になったトルーマンに、それまで核開発を進めてきたひとたちが、核を持つ意味ということで、核を持つと戦後もアメリカの意志を他の国に押しつけることができる、として説得したという話が出ていました。核の抑止力などということばがあるのですが、核の脅迫力なのです。それは核のみならず、巨大に軍事力をもつ意味であり、それが軍事・軍隊や武装勢力を持つ根源的な意味なのだと思います。戦後の植民地支配の終焉の中で、軍事力で支配・収奪していくことが否定的になっていきます。そこでも、東西の冷戦構造の中で、「共産主義勢力が攻めてくる」という虚構が形成されてきました。実際的には、スターリン主義的な一国社会主義建設というところで防衛的なところに落とし込められていたのは東の方でした。今、「北朝鮮の脅威」とか語られているのですが、むしろ脅威にさらされてきたのは北朝鮮の方だったのです。そして、冷戦構造が一応収束しても、国防とかいうところで、海外の自国民の命を守るという名目で侵略が行われてきました。国防という虚構の論理です。今、外国が攻めてくるということはほとんど考えられなくなりました。今、攻めてくる可能性がわずかに残っているとしたら、日本がアメリカの属国であることを止めたときに、アメリカの脅威にさらされるということです。今日米安保条約下で地位協定の不平等条約的性格が指摘されています。思いやり予算とかあるのですが、あれはまさに暴力団への「みかじめ料」のようなものです。日本政府は、戦後暴力団を治安弾圧の一端としてさんざん使ってきたのですが、今一様、「反社会的集団」規定して、暴力の排除に乗り出してます。その論理で行くと、核の傘などという暴力の構造に依拠して、安保条約などの軍事同盟を維持していく構図はどうしても理解しがたいことです。そもそも、戦後の軍事的なことをとらえると一番侵略の歴史を持ち続けてきたのはアメリカなのです。そして、そのアメリカの軍隊において、アトミック・アーミーと言われる核実験の場に居させられ被爆させられたひとや(イギリスも同じ事をやっていたようです)、戦車で防御システムで劣化ウランを使い、その洗浄を担当した兵士の被爆など、兵士は軍事作戦ではチェスや将棋の駒のようなことにすぎないということは明らかで、ベトナム戦争下の虐殺事件は、軍の兵士の命を守り、住民の命も大切にするという「民主的な軍隊」ということは、情報戦でそのように装うという虚構にすぎないことです。
もちろん軍事的なところは、単に国家の軍隊だけでなく、レジスタンス的な軍事もありました。そこでは、民衆の犠牲をいとわないという論理はありえず、民衆を守るということもあったはずです。ただ、ナチス・ドイツがレジスタンスのドイツ軍に対する殺害に対して、数倍の虐殺をしていったということの中で、民衆を守る軍ということでジレンマに陥る構図も数々の事例が指摘されてきましたし、映画の中で描かれてきました。これについては、そもそも軍事そのもののもつジレンマとして押さえ直していく必要があります。
この本の中で書かれていることで押さえておきたいことは、日本の正規軍は、捕虜になることを許さず、自決を強いていったということがあったのですが、護郷隊はスパイ部隊・ゲリラ部隊でむしろ捕虜になって攪乱するとかやっていて、生き延びろという方針だったのに、その部隊の隊長のひとりが、軍の移動の時負傷兵の銃殺をしていたということが書かれています。これは、もっと検証していく必要があるのですが、そもそも軍総体で、しかも、銃殺した兵士が自分の部隊の者なのか、他の部隊から流れ込んでいた「敗残兵」なのかということも押さえる必要があります。日本軍はそもそも捕虜になるなと自死用の手榴弾を渡すとかしていたことがあります。なぜ捕虜になるなという軍総体の方針があったのかということの批判と、後は、今問題になっている安楽死のような思想との関係として押さえていく必要があるのですが、わたしはそもそも安楽死ということも批判しているのですが、戦時における負傷は拷問ということを考え、自分で死ねないから殺して欲しいというような話はパルチザン戦の兵士には出て来ます。これはそもそも捕虜になってはいけないということ自体が間違いで、治療の薬や道具がないから助からないなら、「敵」の捕虜になって助けともらうということでの、軍事的相互性ということはありえるはずではないかとも思うのです。その時代の日本の軍隊にはそのようなことがなかったから銃殺という手段を選んだということもあったのかもしれません。このあたりの検証が必要です。
さて、わたしは団塊の世代で、戦争は二度としてはいけないという大人の中で、けれどちゃんと軍事化に反対してこなかった大人の中でそだってきた世代です。軍隊とは何か、そして国家の論理で何が行われてきたのかの反省がきちんとなされたとはとても思えないのです。だから、そして戦後すぐには憲法9条下で、軍隊を持つこと自体に反対の主張があったのに、今は自衛隊の容認、日米安保条約にちゃんと反対することができない、オリンピックという国家主義的な国威の発揚の場にスポーツが使われていく、ということが進んできています。そして災害派遣というそもそも軍事とは関係のないところでの自衛隊を使い、自衛隊は必要だ、役に立つというごまかしのアピールをしてきました。そもそも、軍隊とは何か、国家とは何かということを改めて問うていく必要があります。今、マスコミはそういった根源的な問いを消失しています。ジャーナリストはあまり民衆の意識と乖離していけば、その訴えが受け入れられなくなっていくのかもしれません。そういうところで、三上さんの追求されている課題は、沖縄を中心にして、軍事的なことに反対していくせめぎ合いの最先端としてあるのだと感じています。
さて、ここのところ切り抜きメモを残してきたので、ここでも、珠玉のような文というところで、いろいろ書き置きたい文があるのですが、ここでは、実際に文に当たってもらうことを願って禁欲しておきます。


posted by たわし at 03:17| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする