2020年08月02日

三上智恵/大矢英代共同監督「沖縄スパイ戦史」

たわしの映像鑑賞メモ042
・三上智恵/大矢英代共同監督「沖縄スパイ戦史」2018
この映画は、劇場公開のときに両監督のアフタートーク付きで観ました。そもそもこの映像鑑賞メモのはじまりは三上さんの劇場公開第一作映画「戦場ぬ止み(いくさばぬとぅどぅみ)」2015(映像鑑賞メモ001)で、その後の劇場公開の映画を観続けています。(三上さん関係の映像鑑賞メモは後004、006)しかし、この映画劇場上映の時は、昼夜逆的になっていて、朝一番の回で睡眠不足で観たこともあったのですが、何かもやもやとしたことがあって、よく内容をつかめませんでした。で、メモを残せなかったのです。で、今回はケーブルテレビの「日本映画チャンネル」で放映したのでやっと再度観れました。
この映画は二冊の本になっているので、その本を読んでメモを残しています(読書メモ、536・537 「反障害通信」96)。
この映画はインタビューを元に構成されているドキュメンタリー映画で、戦争の被害と加害が交差する映画です。話の内容は、墓場まで持って行きたいような語り難い内容で、三上さんの本の中で、書かれていた証言をするひとたちの「明るさ」のようなこと、それが何か、というような心の機微のようなことを映像から読み取ろうとしました。結局、それ自体で一本のドキュメンタリー映画が作れるようなことです。とてもつかみきれないのですが、自分が他者から注目されるということでの晴れがましさのようなことも少しはあるのでしょうが、それよりも、重い思いを背負ってきた立場を生き抜いてきたところで、そこから反転するような明るさなのかもしれません。
「もやもや」ということを書いたのですが、今回テレビで見ていても、そのもやもや観にとらわれていました。8月は原爆忌、終戦ということがあり、悲しい体験が語られるとき、そのことを封印したいという思いに駆られます。そんなことがあるのかも知れません。
戦争ということのとらえ返しは、三上さんが本のなかで素敵な文で書かれているので、ぜひそれを読んでもらいたいと思っています。わたしとしては、なぜ国家などという幻想にとらわれていくのか、今、世界のリーダーたちがまさに国家主義的なところで対立を煽っていく現状で、わたしたちはこの国家主義と対峙しているのだと思いをもち、そこから起きる戦争や、そもそもなぜ軍隊などもとうとするのか、というようなことまでこの映画を観ながら思いを馳せていました。
この映画は、いろんな賞を取っています。そして、異例的にケーブルテレビにもとりあげています。そして、ケーブルテレビを見れないひとは、劇場映画館で再上映も決まっているようです。関東圏は、「ポレポレ東中野」8/22(土)〜9/4(金) 時間帯調整中 『沖縄スパイ戦史』
劇場のホームページをhttp://www.mmjp.or.jp/pole2/を確認して、観に行ってください。


posted by たわし at 17:59| 映画鑑賞メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年08月01日

榊原賢二郎編著『障害社会学という視座―社会モデルから社会学的反省へ』

たわしの読書メモ・・ブログ541
・榊原賢二郎編著『障害社会学という視座―社会モデルから社会学的反省へ』新曜社2019
 この本は出された直後に買ったのですが、丁度、障害学関係の集中学習を終えて、他に転じていたときで、榊原さんの本は単著を一冊読んでいて、立岩さんとの論争のようなことも押さえていたので(註1)、新しく始めていた集中学習の後にと、積ん読していました。
 で、わたしが参加しているメーリングリスト(「障害学研究ネットワーク」のML)で、この本を読んだひとが「「障害学はもう終わっている」のでしょうか?」という刺激的な投稿をしていているのを見て、そもそもこの本を読まないまま「学」にあるまじき、「そもそも、社会モデルは過渡の理論なのです」という応答をしてしまいました。
「「学」にあるまじき」と書いたのですが、「学研究」という性格のMLです。それに合わせることが要求されると言う意味で、そんなことを書いたのですが、わたしは元より「学者」ではありません。「障害者運動」サイドから、運動の理論的整理が必要と学習しています。もともと実践志向で、事務的なことにやりがいを見出していた立場です。ですが、そもそも70年代の日本の「障害者運動」のなかで、かなり感性的に鋭い提起がなされていたのに、それがきちんと理論化されないまま、80年代に入って、外国からの運動や理論が入ってきて、まるでそのあたりで断絶が起きたかのように、それまでの日本の運動がなかったかのようになってしまいました(註2)。誰も整理の作業をするひとがいないから、やむにやまれぬ思いで、この作業をしているのです。たとえば、今、ここで問題になっている「障害の社会モデル」にしても、70年代から「障害個性論」(これも過渡の理論です)の脈絡ですが、「わたしたち(「障害者」)が変わるのではなく社会を変えよう」というスローガンが突き出されていました。これが、「社会モデル」の「走り」のひとつではないかとわたしは思っています。(註3)
理論の未整理はイギリス障害学の「社会モデル」でも出ています。第2世代といわれるひとたちの第1世代と言われるひとたちへの批判が出てきて、その論点が整理されないままに、議論が進行する中で、たとえば、WHOの障害規定のICIDHの改定の議論が進み、それがICFという形で出され、「障害者権利条約」という形で進んでいったのですが、「権利条約」は、障害の規定さえなしえぬままに、結局その中身は、アメリカ障害学の内容になってしまったとしか思えません。そのことは‘障害者’の英語表記のdisabled peopleではなくて、米語のpersons with disability が採用されていることに端的に表れています。(註4)
 さて、権利条約の締結から、日本で批准するに当たって、国内法の整備が進められました。そして、そのなかで、「障害の社会モデルに基づく、法改正」とかいう文言があったのですが、出てきた、例えば「改正障害者基本法」では、その障害概念は、少なくとも、イギリス障害学の「社会モデル」ではありませんでした。しかも、「障害は医学モデル、「社会モデル」は障壁」という内容でした。どう見ても、相も変わらず医学モデルを基調に、「環境的要因」も入れ込んだという論理になっているとしかわたしには思えません。
 さて、この本の話に戻ります。この本はイギリス障害学の第2世代の第1世代への批判の内容を押さえて、新たなステップへの展開の試みだとわたしは押さえています。これを、社会学や哲学的なところからとらえ返す作業をしています。哲学など持ち出すとよけい難しくなるということがあるのでしょうが、一度押さえると、そこからいろいろな難問を解きほぐしていく作業に使えます。そのようなこととして、かじった程度の哲学的知識を「素人の恐れ知らず」で、いろんなジャンルの哲学を、間違っていたら、識っているひとから指摘してもらい、「間違っていたら、余計対話の深化に役に立つ」という意味も含んで、使ってみます。(註5)
 まず、ヘーゲルの弁証法の、テーゼ――アンチテーゼ――ジーンテーゼという概念を利用してみます。これは、医学モデルをテーゼにして、そのアンチテーゼとしてイギリス障害学の「社会モデル」、そしてジーンテーゼがこの本の中では、「社会学的反省」となります。医学モデルにアンチテーゼとしてイギリス障害学(第1世代)を置いたときには、著者のジーンテーゼは「障害社会学」となります。また、イギリス障害学の第1世代をテーゼに、アンチテーゼを第2世代として、著者の試み「社会学的反省」がジーンテーゼの試みとなります(註6)。わたしには著者の試みの中での、言葉使い的にちょっと不明な点が出て来ます。障害学はいろいろあって、アメリカ障害学の社会モデルの存在があり、そのことがこの一連の論攷に当てはまるのかの問題があります。そしてそもそもイギリス障害学の意味と意義を押さえられないなかで、医学モデルとの区別がたっていないひとたちとかいます。そもそも、障害学の会ということ、流れ的には障害学研究会(今の「障害学研究ネットワーク」の前身)から障害学会という流れで、障害学研究会の‘障害’は「社会モデル」的‘障害’であるという話は出ていたし、暗黙の了解のようなこととしてあったと言いえるでしょう。ただし、そもそも、「障害規定はしない」という中心メンバーももいたし、「学会」が形成される前に「社会モデルはおかしい」と言い出していた中心メンバーもいました。それに、もっとも根本的なことは、「障害の社会モデル」の意味と意義が押さえられていたのだろうかということがあります。もし押さえられていたら、わたしは、もうゆくにまかせて、この議論から身をひけたとも思っています。そもそも学会のひとも含めて、‘障害’という言葉が、ほとんど医学モデル的に使われ続けていました。さらに、著者が新しい概念として突きだそうとしている「障害社会学」ということを、通常の概念の使い方を越えて自らの規定の学として出してきています。障害学は社会学の一ジャンルです。二つのことばをくっつけると僭称というか占称という問題が起きます。障害を社会学からとらえ返すとか、社会学の一ジャンルとして障害学という様な意味になりますが、著者のこの「障害社会学」を自らの新しい学の創出というところで、占称しているようになっています(註7)。そもそも「社会とはなにか」の問題があります。(註8)
 さて、もうひとつは、イギリス障害学(第1世代)は、impairmentをかっこでくくって、「障害の社会モデル」突き出したと言われていることがあります(註9)。これは、フッサール現象学のエポケー(「現象学的還元」)という手法なのです。何かというと、「本質」(註10)たる差別ということを析出させる、つかむための手法なのです。たぶん、これは当人たちが意識的に現象学的な手法を用いたというよりも、後に、現象学的なところからとらえかえしたひとから見てそうなっていたという話だと推測しています。この括弧でくくるということへの批判として、第2世代が、個々の抱えている問題を捨象して社会を持ち出してきているという批判をしているわけです。そこで、モリスらの第2世代の提起は、いわば括弧を外せということになるのだと思いますが、わたしはこの論の道行きは坂道を上る作業に例えるのですが、括弧を外すということをサイドブレーキを外して、しかもアクセルを踏まないということに例えます。そうしたらどうなるか、バックします。医学モデルに戻ることになります。ではどうするのか?
ここで、かなりのスペースをとって論じられている構成主義とか構築主義なることをとりあげます(註11)。括弧を外したときに、同時にすることはimpairmentの脱構築という作業です。具体的な作業は固定観念を崩す問いかけ(脱構築する)で示し得ます。これは、たとえば、立岩さんが「ないにはこしたことはないか」という形で問いかけをしています。それはわたしサイドからすると、「なぜ、できないといけないとされるのか、どのようなできないことが問題となるのか、ひとりでできないといけないとされるのか」という問いかけをしています。これらが、脱構築の作業としてあるのです。これはイデオロギー的なせめぎ合いです。これが構築主義とかいわれることの限界でもあるのです。実は、そのようなイデオロギー的せめぎ合いの中身を問うことが問題になるのです。それはこの本の中で「註[7]ここに挙げた様な疑義が、国際生活機能分類(ICF)(WHO2001)における損傷の統計学的な規定にも妥当することを、筆者(榊原2016: 47-53)は指摘した。」196-7Pと書かれていることにヒントがあります。著者がこのことをどういう意味で書いているのかの意味が、いまひとつはっきりしないのですが、わたしなりのとらえ返しをしてみます。わたしはこの議論の元になっているICIDH−2の本を読んだときに、そのなかで「標準的」という言葉が繰り返し出てくることに気がつきました。それを日本訳の本を買ったときに、意見を募集していたので、意見集約している団体に書き送ったのですが、この「標準的」ということ、すなわち「標準的人間像」ということが障害差別のイデオロギー的根拠としてあるのではないかということです。これはイデオロギー的な問題にとどまりません。この「標準的」という言葉でわたしが想起したのは、マルクスが『資本論』の中の「標準的人間労働」という概念です。これが「標準的人間像」というイデオロギーの土台(経済的根拠)としてあるのです。マルクスなどの名を出すと、マルクスなどもう過去のひとだという話が出て来ますが、脱構築論のデリダもそしてかつて哲学的な潮流としてあった「実存主義哲学」で有名なサルトルも「マルクスの思想は現在社会(資本主義社会)では乗りこえ不可能な思想」という提起をしています。マルクスを葬送してしまうと、分析のための重要な概念を使えなくなります。今回の「反障害通信」97の巻頭言の中で、障害問題の専攻研究のフェミニズムにおける「マルクス主義フェミニズム」をとらえ返した「マルクス派障害学」の定立を提起しています。そのようなことも含めて、いろいろな対話をなしながら、障害問題のとらえ返しの作業をしていきたいと思っています。さて、日本における「社会モデル」の走りのような話として、「わたしたちが変わるのではなく、社会を変えよう」という提起をだしましたが、「わたしたちを変えない」という意味ではありません。むしろ、社会を変えようという運動のなかで、自らがとりわけ意識的に変わっていく必要も迫られていきますし、運動主体の確立という意味での変革は推進されることです。ですが、モリスらの第2世代の第1世代(テーゼ)への批判(アンチテーゼ)を、ヘーゲル弁証法のテーゼとアンチテーゼとの関係で押さえると、第1世代への第2世代の批判はアンチテーゼとしてきちんと定立していないのではないか、ということです。その批判の中身自体がまさに医学モデルに陥っているのではないかという検証が必要です。その批判の提起で使っているいろいろな概念自体を脱構築していかないと、アンチテーゼ自体として定立しないのではないかと思えるのです。論形成を坂道で車で上る例を出して、サイドブレーキを外し、アクセルも離すと坂道を下って逆戻りして行くという話を書きましたが、アクセルとブレーキを同時に踏むとエンジンブレーキがかかります。むしろバックにギアをいれてアクセルを踏んだことなのかも知れません。わたしも「社会モデル」の不備は押さえています。「社会を変えよう」だけでは運動になりませんし、現実に差別してくるのは個人として表出してきます。それをどうしていくのかの対処もできなくなります。そういう意味で、モリスらの提起も意味があるのですが、現実的に第2世代の論攷は「医学モデル」の陥穽に落ちているのではないかと思えます。さて、そのあたりはわたしはジーンテーゼとして障害関係論をだしています。これに関しては後述します。
 
 さて、この本に話を戻します。この本の目次を示します。
 目次
まえがき  榊原賢二郎
1章 「女性に髪の毛がないこと」とは、どのような「障害」なのか―スキンヘッドで生活する脱毛症の女性を事例として 吉村さやか
2章 発達障害を捉えなおす―制度的支援の場における当事者の実践  浦野茂
3章 障害社会学の立場からの障害者スポーツ研究の試み―「非障害者スポーツとしての障害者スポーツ」  樫田美雄
4章 何が知的障害者と親を離れ難くするのか―障害者総合支援法以降における高齢期知的障害者家族  染谷莉奈子
5章 蝙蝠を生きる―進行する障害における能力と自己の肯定  石島健太郎
6章 “気詰まり”を生きる吃音者―言語障害と相互行為儀礼  渡辺克典
7章 障害社会学と障害学  榊原賢二郎
あとがき  榊原賢二郎
 1〜6章の実際的な具体的課題は、個々の具体的体験を元にした論攷です。それは、そもそもの障害に関する事の原点です。それはひとの数ほど語られていく、そして語るひとにとっては、唯一無二の体験なのです。ですが、それを元にどのようなつながり、関係性をとらえ返していくのかが、問題にもなっていきます。わたしは、この6つの章の論攷を読んで、共通のこととして想起したのは、「マージナルパーソン」(註12)という概念でした。ですから、この本の最後に「障害問題におけるマージナルパーソン研究」という形で最終章が書けるとの思いも持ちました。マージナルパーソンというのは、あえて日本語に訳すると「境界人」と訳されるでしょうか? 昔「軽度障害者」の集まりを作ろうという動きがありました。まさに医学モデル的なところでの「重い障害」――「軽い障害」ということで、なぜ、わざわざ「軽度」という突き出しをするのかというと、「重度」のひとたちとの抱えさせられている問題の違いということがあります。わたしはかつて、それを受ける差別の形態の違いとして読み解きました(註13)。わたしは排除型の差別――抑圧型の差別とその違いを押さえる作業をしました。「軽度の障害者」や「中途障害者」は、「障害をなくする」「障害を軽くする」――「障害の克服」という抑圧型の差別に取り込まれていきます。まさに医学モデル的な地平に取り込まれてしまうのです。別の言葉で書くと適応論に陥りやすい立場ということになります。この本の5章に「蝙蝠」ということばができます。イソップ童話の鳥類と哺乳類の間で揺れ動く、どっちつかずの立場を表すのですが、これがまさにマージナルパーソンという概念の分かりやすい表記になっています。ひとつだけ、障害問題そのもののマージナルパーソンというところから外れる論攷があります。それは4章の「何が知的障害者と親を離れ難くするのか―障害者総合支援法以降における高齢期知的障害者家族」で、「障害者」を抱え込んで行く親の立場をとらえ返そうという論攷です。ただ、これも、「障害者」と非「障害者」の間にいる親という意味でのマージナルパーソンになっています。
 さて、これらのマージナルパーソンということは、イギリス障害学の第1世代を批判した第2世代のモリス的な立場に近い存在になっていて、まさに、その第1世代への批判の上に、7章が据えられているとしてわたしは押さえています。
 具体的な各章ごとの押さえは、むしろこういう考えもできるという側面的なとらえ返しとして書きます。適応論的な側面が強くなっている論攷が多く、それに対してわたしは、むしろ違ったとらえ方もできるというところでのコメントを軸にメモを残します。わたしは脱構築論自体に疑問をもっているのですが、脱構築論が一般的に広がっている現状に鑑み、脱構築概念で問題を提起していきます。
1章の「女性に髪の毛がないこと」とは、どのような「障害」なのか―スキンヘッドで生活する脱毛症の女性を事例として 吉村さやか
「脱毛症」とかつらやスキンヘッドの問題ですが、これは「見た目」差別とか言われてもいます。わたしも一時「形態差別」というような概念を使っていました。能力的にできないということではない、すなわちimpairmentのよく使われていた「機能障害」という訳には当たらないということです。これはいわゆる「美意識」に関わる差別です。ひとの美意識にはかなりの幅があります。時代的な変遷もあります。また美意識は視覚的なことだけでなく、他の感覚における問題もあります。「全盲」といわれる立場からの美意識の脱構築の作業が必要です。また、その時代その社会(通時的・共時的な)の共同主観的美意識の形成があり、そこで、市場経済における美の商品化のようなことが起きてきます。そういう意味での美のイメージの機能と(その「障害」)いう概念を含んできます。それは先に書いた標準的人間像(註14)の形成の中での「逸脱」としての「障害」ということを生みだしていきます。この論攷は、運動的観点もあって、スキンヘッドのひとがそのまま、自分出せる環境作りという突き出しをしています。ただ、それをそのままストレートに出せたわけではなく、子育てが一段落して出せたというような周りとの関係に左右されてもいます。そういうせめぎ合いのようなことを描いています。これに関しては、さまざまな語りがあり、また「脱毛症」だけでなく、ここでも少し書かれているガン患者の抗がん剤の副作用における脱毛の問題もあります。わたしはガンになって薬の副作用として毛が抜けて、かつらなどつけないで、それまでの性格とは真逆の悟りを開いた尼僧のようになって、生き亡くなったひとのことを想起していました。そのさまざまな生き方のひとつとして、この論攷があるのだと押さええます。
2章 発達障害を捉えなおす―制度的支援の場における当事者の実践  浦野茂
「発達障害」と言われていること。これは医学モデルに基づく、比較的に新しい「障害」概念ですが、現在社会で「役割期待――役割遂行」ということで、「できない」「できにくい」ことがあるとして「障害者」と規定されていくひとたちです。で、自分が何が「できない」か「できにくい」かをつかんで周りのひとたち(「社会」)にニーズを出していく、また周りのひとたちもニーズをつかんでいく必要があるとされます。そして、そのためにも自分が「発達障害者」であることをつかみ、周りにもカミングアウトしていくことが必要だとされます。しかし、両刃の剣的なことがあり、差別にさらされることも出て来ます。適応論にもっとも取り込まれる(適応論的なところで抑圧される)可能性が高いひとたちです。もちろん、いろんな情況下で千差万別的なこともあるのであるのでしょうが。わたしは、まだ「発達障害」という概念が広がる前に、ドナ・ウィリアムズ『自閉症だったわたしへ』新潮社1993という本を読みました。著者は適応的なことではなくて、自分の世界で生きるというようなことを選択したりしています。誤解のないように書いておきますが、どちらが良いとか、適応しようとすること自体を否定しているわけではありません。さまざまなことがあり、そのことを通底する問題もあり、そのような幅広い観点をもって問題をとらえ返していく、「どう適応するか」というようなことを一端脱構築することではないかという話をしています。
 3章 障害社会学の立場からの障害者スポーツ研究の試み―「非障害者スポーツとしての障害者スポーツ」  樫田美雄
「障害者スポーツ」の話です。ここでは、単に非「障害者」社会への参入ではない独自の「障害者スポーツ」も取り上げています。スポーツというのはからだをめぐり、できるようになることを追い求めていくことです。「能力」とか「できる」という言葉のなかにある、「障害者」抑圧の論理を感じとる「障害者」の仲間がいます。わたし自身も「できる」という言葉に出会うと脱構築の作業をしてしまいます。断っておきますが、わたしは「できる」ということ自体を否定的に批判するわけではありません。それは何々をしたいということで、それは否定しようもないのです。もちろん「できるべきだ」という抑圧の論理は全否定的に批判します。ですが、○○をしたいということの中身が、「ひとはこうあるべきだ」という標準的人間像やさらに、「理想的人間像」のようなこととつながっている面があるのです。わたし事に踏み入りますが、わたしは「吃音者」としての被差別の体験や、友達がいじめのようなことを受けそのなかで自分が何もなしえなかったという自責の念とか、そして受験競争の中での、成績の序列のようなことで差別ということを考え、そしてその底にある競争ということを考え、競争から降りるという指向が生まれ始めました。だから、そもそもスポーツはわたしは「負け組」だったのですが、それ以前に勝つとか負けるというスポーツのあり方自体に疑問を感じ始めました。もちろん、自分を磨くという意味での「できるようになりたい」とか、勝ち負けを超越することもスポーツにはあるのでしようが、おおまかプロ化していくスポーツには勝敗にこだわらないということはなくなっていきます。差別の底には、競争原理があり、そのことがいかに「障害者」に抑圧的に働くかということで、パラリンピックの抑圧性が語られてきました。そういうところでスポーツということ自体に違和を感じ続けています。それは、スポーツだけでなく、将棋とかの勝ち負け争うことを忌避していくことにもつながっていきます。○○できるようになりたいという欲望自体を否定することではなく、それが勝ち負けに結びつくことを問題にしているのです
 4章 何が知的障害者と親を離れ難くするのか―障害者総合支援法以降における高齢期知的障害者家族  染谷莉奈子
「知的障害者」を家族が抱え込むという話です。ですが、そもそも抱え込めなくなった、早くに切り捨てた親もいます。また、子どもの自立ということで模索している親もわたしは知っています。きちんと運動的視点がないと抱え込む、そして抱え込めなくなってしまうということになるという話です。だから、確かに多数派なのかもしれませんが、一面的論攷になっているのではないでしようか?
 5章 蝙蝠を生きる―進行する障害における能力と自己の肯定  石島健太郎
「進行性の障害」と言われていること。ALSのひとの、「できなくなる」ことの思いをめぐる論攷なのです。丁度この文を書いているときに、ALSのひとが医者二人に嘱託殺人で殺されたという事件の報道がありました。この医者二人ともまさにやまゆり事件を起こした被告と同じような優生思想の持ち主だったということが明らかになってきていて、ひとの命を救うはずの医者が殺人をする事態になってきていること。それは公立福生病院事件で、透析に使う血管の分路(シャンテ)が詰まって、手術を受けるために行った病院にいったところ、「透析は延命治療だ」という考えの医者から、透析離脱の選択肢を示され、「患者」は一旦透析から離脱したのですが、苦しくなってその同じ病院に担ぎ込まれたのですが、「透析を再開して」という「患者」の意志表示を無視して死に至らしめた事件がありました。医療自体がおかしな方向になっていると震撼しているのですが。
ここで問題にしているのは、「できないこと」が増えていく中で、どうして「できない」ことに対する切り替えができなかったという問題です。この「できない」ことが現在社会のなかで、いかに追い込まれていくのかという問題を考えていました。もうひとつ、「進行性の障害」と言われることで「障害者」にとって大切なのは、生きるために「できないこと」に対する考えの転換をしていくのに必要なのは、当事者の語りと連帯です。運動をしている当事者と結びつきが必要になっていきます。
この本の一連の論攷は運動サイドと切り離し、しかも当事者学でなくても学はありえるというような話も出ているのですが、わたしは当事者学こそが必要になっているのだと、この事を通して考えていました。
 6章 “気詰まり”を生きる吃音者―言語障害と相互行為儀礼  渡辺克典
わたしの当事者性の問題の「吃音」問題です。ここでキーになっているのは「気詰まり」ということばですが、著者は、「気詰まり」の解消という適応論に流れていきます。「気詰まり」自体の脱構築へ行かないのです。わたしは、この「気詰まり」は、「吃音者」側の「吃らないで話さないといけない」という思いと、非「吃音者」側の「倫理的沈黙」の中で起きることだと思います。「倫理的沈黙」というのは、人権意識の広がりのなかで、「障害者」に対して否定的な反応をしてはいけないという倫理のなかで、「反応をしない」というところでの沈黙です。「吃音」ということを知らないひとは、笑ったりしますし、差別主義者との間では「気詰まり」など起きません。「ちゃんと普通に話せよ」と露骨な差別にさらされることがあります。さて、「吃音」ということは、二つの標準的人間像の言語規範の中で否定的なこととして析出します。ひとつは、「ひとは音声言語で話すものだ」ということであり、もうひとつは、「標準的流暢性をもって話すこと」です。これから逸脱しているとして「吃音者」と規定されるのです。わたしは、運動的な観点から手話を学びました。手話話者の世界へ参入すると、手話ができないことが異化します。音声言語の「吃音」は異化しません(註15)。
 さて、7章の問題の掘り下げに入る前に、1〜6章までの論攷がモリス的提起に引き寄せられているということで、6章のわたしの当事者性の問題で、モリス的提起を構築してみます。勿論、わたしはモリス的論攷を脱構築する必要を説いているのですが、あえて、対話を深めるために構築してみます。それは、モリスが第1世代に突きつけた、「個別「障害者」の抱えている問題をちゃんととらえようとしない」という批判からおきてくることとして、「吃音者の言葉が出ない、自分の言おうとすることが伝わらないことの苦しさを理解しようとしない」という表現を構成してみました。これにたいする応答、脱構築的な作業として、いろいろなことを示し得ます。まず、以前、「吃音者」の団体に「聴覚障害者」のひとが来て、「なぜ、音声言語で話すことにこだわるのか、わたしたちが使っている言語=手話を学んで、手話通訳を使って話すということも考えたらどうか?」という話をしたことがありました。また、「吃音」の教育関係に関わる非「吃音者」が、「なぜ、話すことにこだわるのか、筆談でもいいじゃないか、わたしも列車の切符を買うときに実際にやってみた」(註16)というような話をしたことかありました。実は、これは前述したマージナルパーソンの問題なのです。「吃音者」は差別されることから逃れたいということで、パッシングしようとします。実際の被差別の体験からそのようなことに追い込まれるのです。実はそのようなことを越えて、やりたいようにやるという地平に到達している当事者の言もでています。ただし、揺らぎや、深層心理的なとらわれからどこまで抜け出せるのでしょうか? これは運動的観点なり、当事者学の必要性にもかかわっていることとしてここで書いています。このような様々な形での脱構築論を展開してみました。
 さて、1〜6までの論攷の問題の掘り下げとしての7章の編者の榊原さんの論攷に入ります。
 7章 障害社会学と障害学  榊原賢二郎
冒頭に「「障害学はもう終わっている」のでしょうか?」という投稿があったことを書きました。たぶん、榊原さんの文「このように、イギリス障害学の核である障害の社会モデルは、バトラーの批判やOG問題の存在によって致命的に毀損されたと考えられる。一般に非構築物と構築物を区別する形の構築主義は成立しえない。障害の社会モデルはそうした構築主義の一種である以上、維持することはできない。」180Pから来ているのでしょうが、これは、逆に言えば前述したように、impairmentの脱構築に踏み込めば、構築主義的には「維持できる」ということではないでしょうか?(註17)
 ここでいう、障害学は「社会モデルに基づく障害学」のようです。ただ、前述したようにイギリス障害学の「社会モデル」が、ちゃんと定立していたのかどうかが問題になります。そもそも、どこの国の障害関係法規でも、全て医学モデルから抜け出せていません(註18)。資本主義社会が資本主義社会である限り、その法体系においては医学モデルから抜け出せることはないと言いえます。資本主義社会の成立とともに登場してきた近代知の近代的個我の論理と連なっているのです。それは個人が能力をもっているという実体――属性という実体主義的な世界観に根ざしているのですが、以前読んだ本、竹内章郎『いのちの平等論―現代の優生思想に抗して』 岩波書店 2005の中で、著者は「「能力を個人がもつ」とは考えない」という、脱構築的な考えを示しました。それは特許という考えを崩しますし、資本主義社会を崩壊させる考えなのですが。
話を戻します。もちろん、学的世界では医学モデル批判は登場してきますし、「社会モデル」の不備を止揚した新しいヘーゲル弁証法のジーンテーゼ的な試みも出てくることだと思えます。わたしは、医学モデル批判をきちんとやりきる必要性を考えています。前にも書きましたが、わたしは障害関係論をジーンテーゼとして突き出しています。(註19)
榊原さんは社会学的理論のいろんな論を引っ張り出して、それとの対話の中から、自らの障害社会学を突き出そうとしています。わたしは、社会学を専門領域として論を展開していく時間はありません。つまみ食い的に参考にさせてもらえることもあるのですが、むしろ、基礎となる哲学的なことや世界観的なことからコメントさせてもらいます。
今、もっとも哲学的に使われているのは「構築主義」ということで、モリスらの第2世代の第1世代への批判の第1世代側からの応答としてもこの構築主義が出て来ます(註20)。しかし、脱構築論を展開するときは、問いかけという形ではっきりさせていくことでしょうが、問いかけ自体を脱構築していく姿勢が必要です。反照的規定という言葉になるのでしょうか? 榊原さんの再帰性という概念とつながるのでしょうか? 
それに、構築主義の脱構築論は永続脱構築論になり懐疑論的な事に陥っていきます。これでは、論の形成にはなりません。これは榊原さんと立場が違うのですが、運動的観点から論を問題にしているわたしサイドからすると、運動に使えないとなります。またこれは懐疑論や不可知論に陥ることで、確かなことはなにもないというところから運動自体の消滅に結びつきます。
 ゴフマンやレイベリング理論に関しては、「あるもの」に烙印を押すとかレイベリングするということはすでにあるものに対する働きかけですが、むしろ「あるもの」が異化すること自体を問題にする物象化論(註21)を押さえている立場からすると、これも実体主義に陥っていると批判していることです。
さて、榊原さんの論攷で、わたしとの立場の違いを感じたことのひとつですが、榊原さんは、障害を「障害者」がかかえさせられている問題に限って論攷を進めようとしています。わたしはむしろ、幅広く障害概念を捉えようとしています。もともと、障害とは生きがたさの問題としてとらえられ、そもそも障害ということは、「障害者」が抱えさせられている問題だけを意味してはいません。「障害物競走」とか「生きる障害」ということばが使われてきました。生きる上での、障壁と抑圧です。なぜ、医学モデルに戻した意味で、障害概念を使っていくのでしょう? わたしは運動的にマイノリティの問題ではなく、そこに通底する問題として広がりを求めます。社会モデルは、「犯罪の社会モデル」「貧困の社会モデル」などなどと拡げていくことができます。障害という概念は差別という概念とかさなるのです。こんな話をすると福祉を求めていく上で、「障害者」を限定していく必要があるという話が出て来ます。そしていろいろな損害を受けているひとたちの補償の問題に絡めて、対象者を限定していく必要があるという論理になっています。それは確かに、「現実的に」という陥穽の問題としてあるのですが、原理的な話としては、個別の保障はしない、けれど必要なニーズには応える、でいいのです。これは「基本生活保障」という概念で示し得ます。これも実現されたら、資本主義の終焉をもたらすことでしょう。逆に言うと、だから、今「現実的にどうするのか」ということで論点がずらされていくのでしょう。(註22)
もうひとつ、当事者性を超えていく指向が榊原さんにはありますが、榊原さんの当事者学批判は、感情的なことに左右されない客観的学の定立ということがあるのかも知れないのですが、差別の問題に関わることは、当事者の被差別の痛みと差別に対する怒りこそが、問題を掘り下げて行くエンジンになります。固定観念からの脱出のエネルギーにも。
さて、わたしも「社会モデル」の不備は押さえています。しかし、榊原さんの論攷が、本人がそこまで意識しているかどうかは分かりませんが、わたしサイドからのとらえ返しですが、ジーンテーゼを生み出そうとしていることの中での模索だと思っています。ただ、イギリス障害学を巡る応答からきていることだと思うのですが、障害社会学というネーミイグはよく分かりません。名が体を表すという意味で無内容だからです。榊原さんの論は障害再帰性社会学ということになっているのでしょうか? 「反省的規定」というところでは、わたしは、ヘーゲル弁証法から発した当事者意識と学的意識の入れ子型の認識の深化の進展を想起していました。(註23)
 いろいろ、まとめきれず、ごちゃごちゃ書いてきましたが、とにかく、榊原さんの新しい突き出し、障害社会学(わたし的にとらえれは、障害再帰性社会学)の中身的なところからのとらえ返しのなかで、新しい切り開きを願っています。


1「反障害通信」78号 http://www.taica.info/adsnews-78.pdf
2 日本にも自立生活運動はあり、青い芝の流れの「運動」の中では、いろんなラジカルな突き出しがなされていました。たとえば、「介助を受けるとき、腰を上げるのも労働だ」「労働は悪だ」(註24)とかいうことを出していたのです。80年を前後してだと思うのですが、日本の「障害者」がアメリカに留学してその自立生活運動の考えが持ち込まれました。また、国際障害者年やWHOの障害規定のICIDHが出されたこともありました。今回、問題になっているイギリス障害学など、外国からの理論的なことが日本の「障害者運動」の理論的なことを凌駕していった感があります。
3 この本なかでイギリスの「障害者団体」UPIASが出した障害の定義159Pも、オリバーが「障害の社会モデル」突き出す前のはしりといいえることかもしれません。
4 これは、杉野昭博さんが「障がい者制度改革推進会議」に提出している(ヒアリング作成された)資料の中にも、アメリカ障害学とイギリス障害学の違いというところ書かれています。昔作ったメモを引き出します。
第26回(H22.11.22)障がい者制度改革推進会議の資料2として提出された「障害」の表記に関する作業チーム「「障害」の表記に関する検討結果」の「2.障害学における英米の社会モデルについて−杉野昭博教授(関西学院大学人間福祉学部)からのヒアリング(要約)」の「3)障害者権利条約における「「障害」の表記」で、「障害者権利条約は、個人と社会的障壁との相互作用論であるという点、タイトルにpersons with disabilities と、個人の属性としての障害というのが用いられているという意味では、アメリカ社会モデルを基本としている。」とあります。杉野さんの当該の文全体は、次のURLで見れます。
https://www8.cao.go.jp/shougai/suishin/kaikaku/s_kaigi/k_26/pdf/s2.pdf
5 わたしの哲学的学習は、マルクス―エンゲルス『ドイツイデオロギー』の編集翻訳をした廣松渉というひとの著作を軸にして、そこから波及する形で進めてきました。すごい博学のひとで独自の哲学も生み出してきています。いろんな哲学との対話もしているので、そこから原典にも少しは当たっています。日本語・翻訳文で、しかも「少し」でしかないのですが。「廣松読書ノート」をわたしの晩年の仕事にしたいとも思っています。
6 実際にジーンテーゼになっているのかは、榊原さんの書かれている文献の読み込みや、今後の論攷の読み込みなしにはやれないことなので、そのことにはここでは触れえません。
7 第2世代のモリスらの「フェミニズム障害学」の突き出しは、まさにフェミニズム障害学の占称になっているのではないかと、わたしは押さえています。本号(「反障害通信」97)の巻頭言を参照してください。
8 そもそも、わたしの第1世代への批判は、「社会の実体化に陥っている」というところで、障害関係論を宣揚しているので、社会という概念をあまり使いたくないのです。
9 文献をしめさねばならないのですが、読書メモをきちんととっていない時期の本だったので、書けません。  
10 本質という概念は、構築主義の文献をあたる中で、「反本質主義」ということがあり、わたしはもうほとんど使わなくなりました。  
11 わたしはフェミニズムの学習をしているときに、ポスト構造主義と言われていた流れがあり、その流れがかなり使えるのではないかと留意して、そこで出てくる文献でデリダの名がかなり頻繁に出て来ていたので、デリダの学習をそれなりにやりました。ですが、そもそもデリダの脱構築論は、永続脱構築論になり、固定観念をつぶすには有効ですが、わたしは運動のための理論をしようとしていたので、構築主義は個別差別の問題での論攷の読み込みはしましたが、新しい構築主義の学習にまで、拡げ得ていません。ただ、このながれは不可知論や懐疑論に陥っていくのではという思いも出て来ています。 
12  マージナルパーソンということは、昔はマージナルマンと表記されていました。その時代に書いたわたしの文があります。校正が必要なのですが、アーカイヴとして載せているのでそのままにしています。http://www.taica.info/akbmmk.pdf
次の註の本の中でも、129-133P。
13 これに関しては、三村洋明『反障害原論――障害問題のパラダイム転換のために――』世界書院2010の第8章で書いています。
14  繰り返しますが、それは「標準的人間労働」という経済的土台の上に形成され、そこから一定独自性をもってきている上部構造です。
15 手話の世界にも、音声言語の「言語障害」に比することがあります。たとえば、手で表せない・表しにくいひとはどうするのかとか、手話の流暢性とかもあったりします。手話を国際共通語にと提起するひとがいるのですが、何かに統一するということで起きてくる抑圧性の問題も考えて、むしろ多様性を追求していくことだと考えたりしています。
16 切符の話は、自動販売機とかインターネットでの購入とかあって、今の若いひとにはわかりにくくなっているのですが、以前はこの切符を買うということが「吃音者」にとって一番多い悩みでした。実はこの話の後に、「吃音学」を当事者として切り拓いたひとが同じような話をしました。非「吃音者」のひとが、同じ事を言っているのに、なぜ、わたしの話が響かないのかという話をしていたのですが、非「吃音者」がそういうことをするのはひとつのパーフォーマンスで、当事者がするとそれはひとつの「開き直り」なのです。そこに位相の違いがあります。当事者学の必要性がそこにもあるのです。
17 もちろん、構築主義の不可知論や懐疑論的陥穽を押さえ、同時に第1世代の「社会が障害をもっている」というときの「社会」の実体主義批判をなす作業とともにですが。
18 わたしは日本に於いて、権利条約の批准に伴う国内法の整備として出された「改正障害者基本法」において、‘障害’ということばを、きわめて単純化して、「「障害者」が障害をもっている」を個人モデル・医学モデルとして、「社会が障害をもっている」を「社会モデル」として、分析してみました。すると、そもそも「‘障害’は医学モデル、社会モデルは‘障壁’」と分けられています。そして‘障害’は21文字ありましたが、いずれも医学モデルとしかわたしにはとらえられません。そして‘障壁’は3文字。その他‘障害者’という言葉は多数あるのですが、話の全体の脈絡として医学モデルともとれるのですが、この法律の対象者・主語という意味もあるのでそれを考察の対象から除外しているのですが、それでも、明らかに医学モデルでしかないと想定される‘障害者’と言う言葉が10個あります
19 わたしは本を出したとき、本の題名を「反障害原論」としました。これは「社会モデル的な意味での反障害です。これは、「障害の社会モデル」をまずアンチテーゼとして確立させるという意味合いももっていました。その後、もっと直裁に関係モデルとして突き出す方法もあったかなと思ったりしています。関係モデルについて、今の時点でわたしが一番まとめた論攷は、「障害の医学モデルと「社会モデル」の統合という錯誤―障害の関係モデルの宣揚のために―」
https://771033e8-ab2b-4e5b-9092-62a66fd59591.filesusr.com/ugd/6a934e_4079431451
20 これはジョン スウェイン編著『イギリス障害学の理論と経験―障害者の自立に向けた社会モデルの実践―』明石書店2010
この本のわたしの「書評」投稿は、『図書新聞』3011号 2011.4.23「書評」タイトル:「障害問題のパラダイム転換をなしたイギリス障害学-障害概念の分析、国際的視点、性差別、教育の問題点など俯瞰図的に描く」
21 物象化論は、もっと遡ることができるのでしょうが、わたしはマルクスの『資本論』の第1章商品の最終節(第4節)「商品の物神的性格とその秘密」からとらえ返しています(ちなみに、『資本論』は物象化ということで貫かれている、ともされています)。物象化を絶対化したことが物神化です。マルクスの物象化論は「ひととひととの関係をものとものとの関係と錯認する」とか「社会的関係を自然的関係と取り違える」とか定式化されています。註5に書いた廣松さんは、それを更に異化ということ、端的には言葉が生まれ出ずるところに拡張した概念として使っています。これについては、わたしの本第5章補節90-95P
22 このことは、著者が突き出しているOG(オントロジカル・ゲリマンダリング(存在論的詐術))177Pとリンクしていきます。著者の、このOGの具体的事例の説明文が出ているのですが、よく意味が分からないのです。ここで出ているのは、体罰――しつけ問題と、マリファナ問題ですが、以前同じような議論が出ていました。それは河野勝行『日本の障害者―過去・現在および未来』ミネルヴァ書房1974という本の中で、「障害児」の赤子が生まれたときの間引きを、当時としては差別ではないと書いているのですが、これは次の註23とつながるのですが、弁証法を使うとはっきりしてきます。当時の当事者意識としては差別ではなくても、現在的な第三者意識として、あきらかに差別なのです。
23  入れ子型とは、弁証法の概念です。そもそも弁証法は「対話」ということを語源にしているのですが、これは「für es」(当事者意識)と für uns(第三者(学的)意識)の対話による、認識の深化の道行きです。深化はほぼ質的な事ですが、それを量的なことに置き換えて、認識の深化を量な拡大にあえて置き換えて論じてみます。これを蓋のない箱を、大きさをずらして小さな箱に大きな箱をかぶせていくことで、認識の拡大(ほんとは深化)をしていく手法です。当事者意識に第三者意識を対峙し、これはヘーゲル弁証法のテーゼに対するアンチテーゼをなし、さらにジーンテーゼを生み出す。そこから、それをテーゼとしてまた新しいアンチテーゼを提示していく、そのことを通して認識の深化を拡大していくという作業です。かぶせるということが入れ子していくことになることから生まれた概念なのです。
24そもそも労働をどのように規定するのかの問題がありますが、わたしは他者のためにする(労働賃金をもらって会社のためするetc)ことを労働、みんなのためにする活動を仕事と規定しているので、ここは‘仕事’という言葉に置き換えることではないかと思っています。


posted by たわし at 03:10| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年07月16日

ローザ・ルクセンブルク/秋元寿恵夫訳『ローザ・ルクセンブルク選集 第1巻(一八九三――一九〇四)』

たわしの読書メモ・・ブログ540
・ローザ・ルクセンブルク/野村修・田窪清秀・高原宏平・喜安朗・片岡啓治訳『ローザ・ルクセンブルク選集 第1巻(一八九三――一九〇四)』現代思潮社1969
 ローザの学習三冊目です。ローザ・ルクセンブルクの選集に入ります。主要論文だけピックアップして読もうかと思ったのですが、簡単なメモにとどめて全部読みます。
 まず、目次を上げます。
一八九三年のイギリス鉱山労働者のストライキ
メーデーはどうして生まれたか?
第一回ドイツ鉱山労働者大会
ポシビリズムとオポチュニズム
ドイツ社会民主党(SPD)シュトゥットガルト大会での演説――戦術問題にかんする討議のなかで/T 一八九八年一〇月三日/U 一八九八年一〇月四日
ミリーツとミリタリズム
ひとつの戦術問題
実のないくるみ
党の指導機関
ドイツ社会民主党ハノーヴァー大会での演説/T ベルンシュタインにかんする討議のなかで/U ミリタリズムにかんする討議のなかで
獲物をめぐって
党大会とハンブルグの労働組合の紛争
ルートヴィヒスハーフェン大会のまえに
党大会で討議された八時間労働問題
学者の評議会
裏切られた期待
戦争
社会民主主義と議会主義
社会改良か革命か
ロシア社会民主党の組織問題


 さてメモに入ります。(表題の後に来る記号で、○は、巻を通しての帯に各巻の紹介で上げられていた論攷です。◎はその内で、わたしが再読が必要と押さえた論攷。)
一八九三年のイギリス鉱山労働者のストライキ
 鉱山労働者のストライキの話です。資本家と労働者の収入格差が大きいこと。労働組合が三つあり、その内の二つはいわゆる御用組合。資本側は、賃金スライド方式(商品価格が下落しているときに賃金を下げる)などというごまかしをしかけてきて、それに対するストライキを打ったという話です。闘争資金として積み立てをするとか、二大保守政党政治のなかで、労働者の選挙権が獲得できているなかで、それを使って譲歩・とりこみを生み出していったという話も出ています。解雇を許さない・元通りの雇用を確保していく団結の勝利を記しています。今、日本の労働運動は死に瀕しているのですが、再生の道筋を改めて示していくのに、参考になる論攷です。
メーデーはどうして生まれたか?
 オーストラリアで、8時間労働制を求める運動の中で、労働者の休業日を作る示威運動としてはじまり、アメリカ、ヨーロッパと波及していったという話です。今、お祭り化している現実を歴史からとらえ返す必要があるのではないでしょうか?
第一回ドイツ鉱山労働者大会
 微弱だったドイツの労働者は立ちあがった、ポーランドもという、教訓からとらえ返したアジ的な文です。
ポシビリズムとオポチュニズム
「ポシビリズム」というのは、「あたえられた情況のもとで可能なことに努力する政策」21Pということで、オポチュニズムはだいたい日和見主義と訳されています。ただ、このふたつのことは、現実主義ということで結びついていきます。わたし自身、「「現実的に」ということでの、体制内化されていく構図を批判してきました。
ドイツ社会民主党(SPD)シュトゥットガルト大会での演説――戦術問題にかんする討議のなかで/T 一八九八年一〇月三日/U 一八九八年一〇月四日 ○
 最終目標をさておいて党の方針をたてるということへの批判。前の論攷のオポチュニズム批判とリンクしていきます。「U」ローザが新参者と批判されつつも堂々と論陣を張っているようすがうかがえます。
ミリーツとミリタリズム ○
 これは社会民主党員シュペル、修正主義のベルンシュタインの流れのひとで、社会民主党的な考えから逸脱した論攷を書いていることへのローザの批判です。
「ミリーツ」とは「民兵」とか訳されています。「ミリタリズム」は軍国主義という訳がありますが、ふたつを対置すると、国軍とか常備軍とか正規軍というニュアンスがでてくるようです。
 この論攷は、民衆の武装化と国軍との関係を論じているのですが、これはそもそも軍隊によって他の国・地域を支配している、かつての言葉で言うと「帝国主義の時代」の軍事問題での論争です。その時代は武装蜂起革命論で、革命のための民衆の武装化をどうたてるか、という問題を巡る議論のようです。シュペルは常備軍があれば、そのなかで民兵的なことに変えることができるという主張をしているのですが、それを民兵は必要だと、ローザは批判しています。たとえばロシア十月革命の武装蜂起は民兵的にやったわけで、それを正規軍の反乱に結び付けています。ただ、トロツキーは白軍や干渉戦争を赤軍という正規軍の形成の中で闘ったという問題も押さえておかねばならないことです。もうひとつ、ドイツ革命では反革命義勇軍という民兵的なことに対峙することができず、革命派の虐殺を許してしまったという問題もあります。このあたり、多くの植民地が独立を果たし、軍事支配を主流とする支配の構造が変化している中で、軍事問題をどう考えるのかということが問題になります。
 もうひとつシュペルが出している議論は、軍事費の拡大は消費の増大だから、軍事産業の儲けを生みだし、経済に役立つという話。これもローザがちゃんと批判していますが、今日的にはスペンディング理論として、経済疲弊しかもたらさないと批判されていることです。
資本の利益=社会の利益ではない39Pということをローザは書き、社会民主党の中から出てくる最終目標をなげすてた(二つ前の論攷でてきた)オポチュニズム批判を展開しています。
ローザの論攷は反戦インターナショナリズムという展開されているようです。そういう意味で、この論攷に注目し、論考を深めていくこと、そのあたりに留意しつつ、学習を続けて行きます。
ひとつの戦術問題
 これは「ひとつの戦術」として政権へ参画していくことの批判を、議会への参加と区別されることとして書いています。ただし、過渡的にはありえることとしつつも、結局、混乱と腐敗をもたらすだけだとしています。このあたりはロシア革命のメンシェヴィキ批判やボリシェビキ内部での論争、そしてなによりもドイツ革命における社会民主党の体制内化の問題とからめてとらえ返していくことだと思えます。
実のないくるみ
「実のないくるみ」とは「ベルネがどこかで言っている――わたしを批判する御用評論家の著作を読むたびに、実のないくるみの殻を噛みわったような気がする。」61P、要するにマルクス派に対するブルジョア御用学者の使命――日和見主義者の登場の中で、中身のない批判のことを書いているのです。このことは、現在的にはマルクスを語る者は学者として干上がるという、もっと悲惨な情況に陥っています。
党の指導機関
中央機関紙『フォアヴェルツ』が、党内の三つの重要問題(ベルンシュタインの理論問題、ミリタリズムに関するシッペルの発言、バイエルンの州会選挙)で、はっきりした立場の表明なしに、結局修正派の擁護に陥ったことの批判。
ドイツ社会民主党ハノーヴァー大会での演説/T ベルンシュタインにかんする討議のなかで/U ミリタリズムにかんする討議のなかで ○
経済的実権を握ることによる社会変革、労働組合運動や協同組合運動による社会変革の指向性に対する批判。運動の積み重ねによる国家権力の獲得80P――革命が必要という話。
「暴力的手段にうったえたり、野蛮な革命さわぎをひきおこしたりするのを、他のだれより嫌っているのはわれわれだからだ。これらのことはすべて、われわれじしんにではなく、敵の出方に依存する。」80P「社会主義は、ピストルの一撃にようにむぞうさになしとげられるものではなく、現在秩序の経済的、政治的大地のうえで、ねばりづよい階級闘争をつうじて、つぎつぎに小さな改革をつみかさね、われわれの経済的、政治的立場を次第に改善し、こうしてついにわれわれは、現存社会の首根っこをたたき折るにたる実力を獲得するのである。」82P「そもそもミリタリズムは、資本主義的階級国家のもっとも具体的な、もっとも特徴的表現であり、もしもわれわれがミリタリズムと闘わないならば、資本主義国家にたいするわれわれの闘争は、口先だけのから文句におわってしまうのだ。」83P
獲物をめぐって
 保護貿易のカルテルの形成、自己の利益にそって保護貿易と自由貿易の間を揺れ動くブルジョア政党の「本質」。屠肉検疫法を巡る議論から、みんなが関心を持っていないことの批判も含め。
党大会とハンブルグの労働組合の紛争
 請負労働制度に対する批判を巡って、形式主義的党の統制ではなく、「事実に照らして具体的検討」100Pが必要という提起。原則的な指針は出すべきとしても、党は労働組合運動の方針に関して強制力の行使をすべきではない、権限を外部に作ってはならないという提起。労働組合運動と党の関係。
ルートヴィヒスハーフェン大会のまえに
「ブルショア政党との議会内の協力関係を認めることによって現実的な成果を上げようとする期待」に対する批判。105P選挙法改悪への譲歩をしようとする日和見主義者への批判109P
党大会で討議された八時間労働問題 ○
 八時間労働を十時間労働の要求に変えようとする日和見主義批判。「現実政治」というタームによる日和見主義批判111P「労働者大衆は、具にもつかぬ政治のかけひきなど知らない。」114P
学者の評議会
 官許の社会科学-――ゾンバルトの「金理論」、ドゥガン・パラノウスキーの「生産の不均衡」理論等々。「革命的なマルクス主義恐慌理論、マルクスによってあばきだされた極めて刺激的な資本主義的搾取と蓄積の法則の法則を圧しつぶしてしまうためであった。」123P(・・・MMT理論との対話)「意識の低い未組織労働者も、ドイツ国家によって公認された官許の社会科学などは、現在でもまだその本誌において、一〇〇年前のフォン・ベルクの時代からいささかも変わることなく、あいかわらず、プロイセン王立ポリツァイ・サイエンスであることを本能的に感じているのである。」124P(・・・「意識の低い労働者」も感じとる。「意識が低いのか」?
裏切られた期待 ◎
「プロレタリア階級闘争は、これまでのすべての歴史的行動のなかでもっとも「徹底したもの」である。それは下層人民全体を包含し、階級社会が生まれてからはじめての大衆自身の利益にかなう行動なのだ。/したがって、いままで大衆の無知が支配階級の行動の前提条件であったのにひきかえ、ここでは、大衆がみずかの課題と進路を自分で認識していることが、社会民主主義の行動に欠くことのできない歴史的前提条件となる。/これで、しかし、「指導層」と「よちよち歩き」の大多数のあいだの対立は止揚され、大衆と指導者との関係は完全に逆転したわけである。」「指導者がみずからの指導権を譲渡し、大衆を真の指導者とし、みずからは、自覚的な大衆行動の道具となり、実行機関となることがたいせつである。」128P(・・・2巻帯の「前衛党論」ではない、ローザの主張)
 社会民主党の体制内化の予期・恐れ・・・ドイツ革命における反革命としての出現
戦争
 ロシアの日本との戦争の始まりに際して、現代史における六つ戦争――日本と中国の戦争、ギリシャとトルコ、合衆国とスペイン、イギリスとボーア、「資本主義諸国全部が中国の拳匪(「義和団」)を相手におこなった戦争」の押さえ136-7Pロシアツアー政権の崩壊の予期。ロシア民衆の決起とポーランドの立ち後れ
社会民主主義と議会主義 ◎
 イリュージョンの場としての政治143P、インターナショナルと国内政治の渦144P「ブルジョア議会制度をブルジョアジーから、ブルジョアジーに対抗してまもることは、現在社会民主主義にとって、喫緊の政治課題のひとつである。」147P「とくに問題を議会主義にかぎっても、その堕落腐敗の真の原因が、いかにブルジョア社会の発展そのもののなかから当然の論理として生じてきたかを、できるかぎり明確に認識する必要がある。」148P「つぎに議会そのもののなかでは、入閣派のいう社会主義者の行動は、この内面的には死んでいるブルジョア・デモクラシーをもう一度支配の座にまつりあげ、どこまでも生かしておこう、という目的にのみ向けられた。」148P(・・・入閣派の錯誤)議会にたいする失望の広がりが、労働組合主義やアナーキズムへの転向をもたらす149P「真実の道は、プロレタリア階級闘争の排除や放棄ではなく、逆に議会の内外をとわず、この闘争を一段と強調し強力に展開することでなければならない。そのためには、プロレタリアート議会外の行動の強化も、社会民主党議員の議会活動の一定の展開も、ともに必要である。」150P「もっとも重要なことは、われわれのアジテーション、われわれの機関誌活動を全面的にくりひろげることである。」151P「たんなる政治的野党の立場を実践するのではなく、いよいよ精力的に、社会主義革命の目的のためにプロレタリアートによる政治権力をめざす、という自分たちの「基本方針」をうちだすことこそ、ますます必要になってくるのだ。」152P「社会民主党の、たんにその最小限綱領のためだけではなく、社会主義の究極目標のための新鮮で雄大なアジテーションが活発におこなわれれば、国会は、それだけ広汎な人民大衆の尊敬を集めることになるのである。そしてまた、人民大衆がこの国民の演壇や普通選挙権を、そうやすやすと反動勢力の手に渡しはしない、という保証も、それだけたかめられることになるのである。」153P
社会改良か革命か ◎
 これは、日和見主義者・修正主義者と批判されるベルンシュタインの二つの論攷へのローザの批判です。ベルンシュタインの論攷と対比しながら読まないとなかなか内容はつかみにくいのですが、ローザは改良と革命を二項対立的においていません。また、目的と手段ということで、革命と改良をおいていくこと、ベルンシュタインがそれをさかさまにしていることなどを批判しています。
ローザはそもそもマルクス以前にこのような議論があったことを押さえつつ、政権奪取ということなしに、目的は達成できないと押さえ、そもそもベルンシュタインの議論は次から次に修正主義的に捨てていくことになるし、現実になっていると批判しています。ドイツ革命の敗北は、このベルンシュタインに始まる修正主義との闘いに、このベルンシュタインに対しては一応勝利しつつも、その後、まさにドイツ革命の敗北は、修正主義・日和見主義との敗北に起因しています。その敗北がどこにあったのかの検証が今問われています。
それとともに、このあたりは、わたし的には今日的には浮上してきている構造改革的革命論との対話をローザの論攷からとらえ返していく作業になります。これはグラムシの学習の中で、このローザの論攷に戻って再読するつもりです。
これは繰り返し検証したいとは思いますが、とりあえず、切り抜きとそのコメントの中で、問題を押さえておきたいと思います。
・「まえがき」
「社会改良か革命か、というこの論文の題名はしばし人の意表をつくものだ。だいたい社会民主党は社会改良と対立して存在しうるものだろうか。また社会民主党は、その終局の目的である現存の体制の変革を意味する社会革命を、社会改良に対立させることができるだろうか。そんなことはまったくできない。社会改良のための日常闘争、現在の体制のうえでの労働者大衆の状態改善や民主的諸制度のための日常闘争は、社会民主党にとって、かえってプロレタリアートの階級闘争を導き、政治権力の奪取と賃金制度の廃絶という終局の目的にむかって努力するための唯一の道をなす。社会改良のための闘争は社会民主党の手段であり社会革命はその目的であるから、社会改良と社会革命は不可分の関係にあるのだ。」154P
「しかしながら、社会主義の終局の目的は、社会民主党の運動をブルジョア民主主義やブルジョア急進主義から区別し、労働運動全体を資本主義制度の救済のための無意味なつぎはぎ細工、この制度を廃止することを目的とした、この制度に対立する階級闘争へと変化させるただ一つの、決定的要因である。だからベルンシュタインが主張する意味での「社会改良か革命か」という問題は、社会民主党にとってはとりもなおさず、存在か無か、と問われていることである。ベルンシュタインおよびその一派との闘争においては、あれこれの闘争方法、あれこれの戦術が問題になっているのではなく、社会民主主義運動の全存在が問題になっているのであって、この点を党内のすべての人々はよく承知していなければならない。」155P
「社会改良と革命についての問題、終局の目的と運動についての問題は、他の側面からみれば、労働運動の性格がプチブルジョア的かプロレタリア的かという問題である。」157P
・「第一部」(ベルンシュタイン「社会主義の諸問題」への批判)
「理論は人間の頭脳に反映した外界の諸現象の映像である(反映論のおかしさ)、といいうるならば、ベルンシュタインの理論に対しては、それは往々にしてさかだち(?)した映像であると、ともかくつけ加えておかねばならぬ。それは(ベルンシュタインの理論は)ドイツの社会改良政策が決定的に力をかくしたあとになって、社会改良政策によって社会主義を導入しようという理論であり、・・・・・・」158P
「ベルンシュタインによると、資本主義体制は一方ではますます適応能力をもつにいたり、他方ではその生産はますます分化してきているので、資本主義が発展するにともないその全般的崩壊はますます疑わしくなっている。かれによると資本主義の適応能力は、第一に、信用制度や企業か組織および交通通信網などの発展によって全般的恐慌が消滅したことのなかに、第二に、生産部門のたえざる分化とプロレタリアートの多くの層が中間層へと上昇した結果、中間層が強靱になったことのなかに、第三に、労働組合の闘争の結果プロレタリアートの状態が経済的また政治的に向上したことのなかに表現されているとされる。」158-9P・・・現在の情況と対比していく必要。
「すなわち周知の通り、社会主義の科学的基礎づけは資本主義の発展の三つの結果にもとづくものである。つまりなによりもまず、資本主義の死滅を不可避的な結果たらしめる資本主義経済の増大する無政府性に、第二には未来の社会制度の実際的な萌芽をつくりだす生産過程の社会化の進展に、第三には迫りくる革命の積極的要因をなす成長しつつある組織と階級意識にもとづくものである。これがベルンシュタインの捨て去った科学的社会主義のいわゆる柱石の第一のものである。すなわち資本主義の発展が全般的な経済崩壊にむかって進んではいないとかれは主張するのだ。」160P・・・「帝国主義論」からの検証も
「修正主義が資本主義の発展に関しての正しい見解だとすると社会の社会主義的変革は一つの空想になってしまう。逆に社会主義が決して空想でないとすると、「適応手段」についての理論は信用のおけないものになってくる。このディレンマ。それが問題だ。」163P
「ベルンシュタインのいう資本主義的経済の適応をもたらすもっとも重要な手段は、信用制度、改良された交通手段、それに企業家組織である。」163P・・・「改良された交通手段」は「帝国主義論」との関係で押さえる
「だから信用は恐慌を排除したり、あるいはそれを緩和させるための手段などではまったくなく、反対に恐慌を形成していくとくに強力な要因なのだ。」「もし現在の資本主義経済のなかに、そのすべての矛盾を頂点にまでたかめる媒介物があるとすれば、それはまさに信用なのだ。」165P
「企業家連合」166P・・・カルテル、トラスト、・・・
「軍国主義は資本主義の発展のひとつの原動力でなくなり、資本主義の疾病となった。」186P
「資本主義社会の生産関係が社会主義的なものにちかづけばちかづくほど、資本主義社会の政治的また法的な諸関係は、その反対に、資本主義社会と社会主義社会のあいだにますます高い障壁をきずきあげる。この障壁は社会改良や民主主義の発展によってつき破られうるようなものではなく、逆にしっかりした不動のものにされてしまう。それではこの障壁はどうやって破壊されうるかというと、ただ革命の鉄槌によってのみ、すなわち、プロレタリアートによる政治権力の奪取によってのみ破壊されうる。」188-9P・・・武装蜂起的政治権力の奪取論
「労働組合の闘争と政治闘争との社会主義的な意義は、これらの闘争がプロレタリアートの認識や意識を社会化し、プロレタリアートを階級として組織化する点にある。」190P・・・プロレタリア階級形成論
「すなわち、政治権力の奪取のための意識的で確固とした努力が、導きの星として、労働組合や社会改良の闘争にさきだっているばあいである。だがこのようなあらかじめ与えられている意図を運動からひき離してしまい、社会改良をまず第一に独自の目標としてかかげると、それは社会主義の終局目的の実現に到達しないのみか、むしろ逆のことになってしまう。」191P
「だから社会主義は労働者階級の日常の闘いから自然に、いかなる条件ののもとでも生まれてくるものでは決してない。それはただ、資本主義経済のますます先鋭化する矛盾と、社会変革によってその矛盾を止揚することが不可欠であることを労働者階級が認識することから生まれるものだ。」192P
「ベルンシュタインは自己の戦術をたてるばあい、資本主義の矛盾のいっそうの発展や激化ではなく、その緩和をたのみとする。」「資本主義的発展の停滞ということ、これがベルンシュタイン理論のもっとも一般的な前提なのだ。」194P
「修正主義の理論は、堕落した資本主義の理論によって俗流経済学的に基礎づけられた、堕落した社会主義の理論であると。」198P
・「第二部」(ベルンシュタイン「社会主義の諸前提と社会民主党の任務」への批判)
「社会民主党はその終局の目的の根拠を、少数者の勝ちほこった暴力にもとめるのでも、また多数者の数的優位にもとめるのでもなく、経済的必然性にまたその必然性の洞察にもとめる。それは大衆による資本主義の廃止をもたらし、また、まず資本主義の無政府性のうちにあらわれてくるものである。」205P
「すべての資本主義的現象のまさにもっとも重大な秘密をマルクスにあばいてみせ、スミスやリカードのようなブルジョア古典経済学の偉大な指導的な人物がその存在すら予想しなかった問題をマルクスをしていともやすやすと解くことを可能ならしめた、マルクスの魔法の鍵はいったいなんなのか。それはまさに資本主義経済全体をひとつの歴史的現象として理解すること以外のなにものでもない。」208P
「まさにマルクスは最初から社会主義者として、すなわち歴史的視野のもとで資本主義経済に注目したからこそ、その資本主義の謎を解くことができたのであり、社会主義的な視点をブルジョア社会を分析する場合の出発点としたからこそ、逆に社会主義を科学的に基礎づけることができたのだった。」209P
「ベルンシュタインが社会主義者だったのはすでに過去の事実に属するということをあらわすものだ。」210P
「生産協同組合のうちには、労働者が自分自身をまったく欠くことのできない専制主義をもって統制し、自分自身にたいして資本主義的企業家の役割を演ぜねばならぬという、労働者にとって完全に矛盾した必要が生じてくる。この矛盾のために生産協同組合は資本主義的企業に逆戻りするか労働者の利益が重んぜられていったばあいには解体するかして、滅亡してしまう。」211P・・・なぜ専制主義に陥るのか、そうでない方法はありえないのでしょうか? つぎの切り抜き
「生産協同組合は人為的自由競争の法則を回避することによって、間接的にその内部にかくされている生産様式と交換様式のあいだの矛盾をとりのぞくときにのみ、資本主義経済のまっただなかでその存在を確保していくことができる、ということだ。このことは、生産協同組合がまえもって一定の販売市場を、すなわち一定の固定的な消費者群を確保しているばあいにのみ可能なことだ。まさに消費組合はかかるばあいの補助的手段として役に立つ。」212P
「生産協同組合の全面的実施ということは、なによりもまず、世界市場の廃止や現在の世界経済の小規模な地域的生産諸グループと交換諸グループへの解体を、それゆえ本質的には、商品経済が高度に資本主義的なものから中世的なものへと逆行することを前提としたうえでいいうることなのだ。だから、生産協同組合の二重性格ということを別にしても、それは全般的な社会改良策にはまったくなりえないものだ。/しかし、実現可能な範囲でも、現在の社会を基礎としていては、生産協同組合は必然的にたんなる消費組合の附属物になりさがる。そこで消費組合が社会主義的改良をめざす主体として全面にたちあらわれる。しかしこのことによって協同組合をつうじての社会主義的改良はすべて、生産資本すなわち資本主義経済の根幹にたいする闘いから商人資本にたいする闘い、より正確にいうと小商人資本、仲買商人資本にたいする闘い、すなわちたんに資本主義の根幹から派生した小分派にたいする闘いへとなりさがってしまう。」212-3P・・・地産地消論
「労働組合はただまったく、利潤の攻撃に対する労働力の組織的な防禦、資本主義経済のおしさげようとする傾向にたいする防衛でしかないのだから。」214P
「しかし、もし労働組合を、労働賃金に有利に利潤をしだいに縮小していくための手段にしようと考えるばあいには、なによりもまず社会的な条件として、第一に中間層のプロレタリア化と労働者階級の増大とが停滞化していることを、第二に労働の生産性が増大していないことを、すなわち、どちらのばあいにも消費協同組合的経済の実現のばあいとまったく同様に高度に発達した資本主義以前の状態に逆行することを前提にしている。」214-5P
「マルクスによってうちたてられた認識のおかげで、社会民主党は、その闘争の鉾先を資本主義生産の限界内での分配にのみむけないで、商品生産そのものの廃止にむける。要するに社会民主党は社会主義的分配を資本主義的生産様式の廃止によってうちたてようとするのだ。」215P
「かれ(ベルンシュタイン)にとって望ましい生産の形態とは分配の原因となるものではなく、分配の結果なのだから。かれの社会主義を基礎づけるものは、それゆえ、けっして経済的なものではない。かれは社会主義の目的と手段をさかさまにしてしまい、それゆえ、経済的諸関係をさか立ちさせてしまったのだから、かれはかれの綱領に物質的な基礎づけをあたえることはまったくできないのであり、観念的な基礎づけにうったえることをよぎなくされる。」216P
「それゆえベルンシュタインのいう正当な分配とは、経済的必然性に支配されながら行動することのない自由な人間の意志の力によって、あるいはもっと正確にいうと、意志自体もたんに道具にすぎないものだから、正義の認識、つまり正義の理念の力によって実現さるべきものなのだ。」216P
「こんにちの反動の発生は修正主義にとっては「けいれん」にすぎず、修正主義はそれを偶発的な一時的なものとして理解し、労働者の闘争の一般的方針をうちたてるにさいして、反動の発生を考慮にいれないようである。」217P
「修正主義やブルジョア自由主義にとっては、人類史の、あるいはすくなくとも近代史の根本的な大原則のようにみえる、民主主義のたえまない向上ということは、よりくわしく検討してみると空中の楼閣なのだ。」219P
「ここで、現在の国家の政治活動全体を直接に支配する二つの要因が問題となる。すなわち世界政策と労働運動であって、この二つは資本主義発展の現段階の両側面をなすものだ。」220P
「かれ(ベルンシュタイン)は労働の側での社会主義の終局の目的の放棄が、ブルジョア民主主義の再生の前提であり条件であるとすることによって、かえって逆に、いかにブルジョア民主主義が社会主義運動や社会主義の勝利の必然的な前提ないし条件でありえないか、ということを自分みずからしめしている。ベルンシュタインの論理はここでその不完全な環を完結するが、そこでは最後の結論が最初の前提を「食いつぶして(「フレツセン」のルビ)」いる。/この環からの逃げ道はきわめて簡単にみつかる。ブルジョア自由主義が労働運動の発展とその終局の目的をまえにして驚きのあまり命を失ってしまったという事実からは、たんに社会主義的労働運動はまさに現在では民主主義の唯一の支柱であり、また支柱であることができるということと、社会主義運動の運命がブルジョア民主主義に結びつけられているのではなくて、その逆に、民主主義発展の運命が社会主義運動に結びつけられているのだということが、結論されるだけである。」221P
「法律による改良と革命とは、それゆえ、歴史の調理台のうえで、熱い小型ソーセージにしようか冷えた小型ソーセージにしようかと、意のままに選択できるような、歴史を進歩させるそれぞれことなった方法なのではなく、互いに条件となり補足しあいながら、しかし同時に、南極と北極、ブルジョアジーとプロレタリアートといったようにたがいに排斥しあう、階級社会が発展していくうえでのことなった要因(「モメント」というルビ)なのだ。」224P・・・エレメントではなくモーメント
「法律による改良の仕事は、長期間にわたっておこなわれる革命であり、革命は短縮された改良であると想像することは、まったくの誤りであり完全に非歴史的である。社会革命と法律による改良とは継続の期間によって区別される要因(「モメント」というルビ)ではなく、その本質によって区別される要因(「モメント」というルビ)である。」224P・・・体制の移行
「そこで、政治権力の奪取や社会変革のかわりに、またそれらに反対して、法律による改良の方法に賛成する人は、実際はおなじ目的にむかっての、より穏和で確実なよりゆるやかな道をとっているのではなく、他の目的を、すなわち新たな社会構成体をうちたてるかわりに、たんに旧い社会構成体の内部でのとるにたりない改革のほうを選択しているのだ。かくて修正主義の政治的見解については、その経済的理論についてと同様の結論に到達する。すなわち、つまるところそれは、社会主義制度の実現をめざすものではなく、たんに資本主義制度の改良をめざしており、賃銀制度の廃止ではなく搾取の程度の大小を、要するに資本主義の弊害の除去をめざし資本主義そのものの廃止を目的にしていない、という結論にゆきつく。」225P
「しかも現在、事態はいっそうことなっている。プロレタリアは資本のくびきにつながれるのに、いかなる法律によって強要されているわけでもないのであり、貧困によって、生産手段を所有していないことによってつながれているのだ。プロレタリアは生産手段を法律によって奪われたのではなく、経済的発展によって奪われたのであるから、ブルジョア社会の限界内では、どのような法律によってもプロレタリアに生産手段を与えることはできない。」227P
「要するに民主主義はそれがプロレタリアートによる政治権力の奪取を不必要にするからではなく、逆に、権力奪取を不可避にすると同時に、とりわけ可能にするゆえに不可欠なものなのだ。」229P・・・?
「支配権がプロレタリアの目的を自覚した闘争の結果としてではなく、すべてから見放された遺棄物として、例外的にプロレタリアートの手に帰したパリ・コミューンのようなばあいを除くと、政治権力の奪取は、おのずから、経済的政治的状態の一定の成熟度を前提とする。ここに、いつもピストルの弾のようにとび出していき、実にそのために常に時期を逸っしてしまう、かの「決意をかためた少数者」によるブランキ主義者のクーデターと、それ自体ははじまりつつあるブルジョア社会の崩壊の産物たるにすぎず、それゆえに、それ自身のなかにこの自宣にかなった現象の経済的政治的正当性が存在しているところの、多数の階級意識をもった人民大衆による国家権力の奪取とのあいだの主要な差異が存在する。」232P
「かくて、労働者階級による政治権力の奪取は、社会的な前提という角度からすると、遂行されるのが「はやすぎ」たというようなことはありえないのであってみれば、他方、政治的効果、すなわち、権力をしっかり掌握してしまうという角度からすると、それは必然的に遂行されるのが「はやすぎ」なければならない。」232P・・・しかし、蜂起の一回性の問題。
「だがこのように、プロレタリアートは国家権力の時期の「はやすぎ」た獲得をなす以外にまったくどうしようもない、あるいはことばを変えていえば、プロレタリアートは、結局においては国家権力を永久にうばいとってしまうために、一度ないしいくたびか、時期の「はやすぎ」る権力奪取を絶対にやらなければならないのである。だから「はやすぎ」る権力奪取に反対することは、国家権力を自己の手におさめるためのプロレタリアートの努力一般に反対することにほかならない。」233P
「ベルンシュタインは社会民主党の綱領を修正するにあたって、まず資本主義的崩壊の理論を放棄することをもってはじめた。」「唯物史観を放棄する。」「カール・マルクスの全経済理論を放棄する。」「ベルンシュタインは階級闘争を放棄し、ブルジョア自由主義との調停を宣言する。」「こんにちの社会における階級の存在すらも否認する。」234-5P
「こうしてベルンシュタインは、まったく論理的に矛盾なく、AからはじめてZのところまで転落してしまう。」236P
「ベルンシュタインとの論争は、二つの世界観、二つの階級、二つの社会形態のあいだの対決となってしまった。いまやベルンシュタインと社会民主党はまったく異なった基盤のうえにたっている。」239P
「ドイツの運動においては、日和見主義の潮流は有名な汽船補助金問題にごとき散発的なものをも問題にするなら、ずっとまえからはじまっている。だがこの傾向の公然とした統一的潮流は、九〇年代のはじめ、社会主義者鎮圧法が廃止され合法的な基盤がふたたび獲得されてから、はじめて開始される。フォルマールの国家社会主義、バイエルンの予算案票決、南ドイツの農業社会主義、ハイネの補償提案、シッペルの関税や民兵制についての立場など、これらは日和見主義的実践の里程標である。」239-40P
「またマルクス以前に、マルクスとは無関係に、労働運動やさまざまな社会主義の体系が存在した。そのおのおのは、それぞれのやりかたで、労働者階級の解放を目指す努力の、その時代の条件に対応した理論的表現であった。倫理的正義感による社会主義の基礎づけ、生産様式にたいしてではなく分配様式にたいして闘争すること、階級対立を貧富の対立と理解すること、資本主義経済のうえに「協同組合」をつぎ木しようという努力など、われわれがベルンシュタインの体系にみいだしたこれらすべてのものはすでにかつて存在していたものである。」241P
「理論上ではベルンシュタインの著書によって日和見主義はその発展を完成し、その最後の結論をひきだした。」242P
「巨大な民衆と現存体制全体と現存体制をのりこえてゆく目的との結合、日常闘争と偉大な世界改造との結合、これは、全体としての発展の途上において二つの絶壁のあいだを、すなわち大衆的性格の放棄と終局の目的の放棄とのあいだを、またセクトの逆もどりとブルジョア的改良運動への転落とのあいだを、無政府主義と日和見主義とのあいだを作用しながら前進していく、社会民主主義運動の提起する大問題である。」243P
ロシア社会民主党の組織問題 ◎
 これはレーニンとローザの論争のひとつのテーマ。ローザがこの論攷の中で、超中央集権主義と批判した文章です。まずどちらが上か下か、どちらが進んでいるか遅れているかという発想ではなく、互いに学び合うという姿勢を示しています。その上で、ロシアの特徴を押さえています。いわゆる強権的専制国家というべき状態があり、熾烈な弾圧のなかで、分散的な運動をしていたら、個別撃破されていくということのなかで、中央集権的な性格が強くなるという特質を押さえています。ローザ自身も中央集権的なことを全否定しているわけではないようなのですが、ローザは民衆の自然発生的な運動のエネルギーを押さえています。前にロシア革命関係の本を読んでいたのですが、ボルシェビキ自身が、レーニン以外はほとんど「前衛」的に機能していません。民衆が党を超えて動くという局面があり、十月革命の武装蜂起でトロツキーがレーニン・ボルシェビキに合流して、まさに蜂起したのですが(そのとき自体はほとんど無血でした)、そもそも前衛党論ってなんだったのかという思いがわたしには湧いてきます。ローザにも前衛党と言う概念は一応あったようなのですが、ローザの文を読んでいると、むしろ後衛党論のニュアンスが出て来ます。むしろ、革命あとの党の独裁というところに進んでいくことは、後のスターリンの粛正とつながっていく負の側面があり、この中央集権制や、前衛党論あたりからとらえかえしていくことが、「マルクス―レーニン主義」の総括の核心になることではないかと思います。
 さて、この論攷こそがローザの文のなかで、もっともとらえ返す必要があり、切り抜きメモを残したいのですが、わたしは自分が重要だと思うところ鉛筆で線をひきながら本を読んでいるのですが、ほとんどのところに線を引いてしまいました。切り抜きする意味がないので、再読して改めてとらえ返すということも考えたのですが、結局とりあえずの切り抜きメモを残すことにします。
「おくれた国々の社会民主主義運動は、進んだ国々のより古くからいる運動に学ばねばならぬということ、それは、古くから尊重されつづけてきた真理である。われわれはこれにたいし、より旧い先進的な諸党派も、それと同ようにして、かれらのより若き友党との緊密な交流から学びうるし、学ぶべきである、とつけ加えよう。」247P
「われわれが、社会民主主義の同ような諸原則を、そのさまざまな社会環境の余すところない多様性のなかで、よりよく識れば識るほど、社会民主主義運動の本質的な事柄、それの基本的な事柄、それの原則的な事柄を、よりよく意識するようになり、一切の地方主義に条件づけられた固陋な見地もそれにつれて退いてゆく。」247-8P
「ロシア社会民主党は、独特な、社会主義の歴史にも前例を見ない一つの課題を負わされている。それは、プロレタリア階級闘争を目的とする社会民主主義的戦術を絶対主義的国家内で創造する、という課題である。」「ロシアにおける社会民主主義的闘争の主要な困難を形作っているのは、絶対主義の強力支配によって、ブルジョア階級支配が、隠蔽欺瞞されていることである。」248P
「ロシアでは、これ(ドイツの社会主義鎮圧法の下でのむき出しの階級対立)と逆の実験が行われた。ブルジョアジーの直接的政治的支配がないのに、社会民主党が創設されるという――。」249P
「それによって、単に、ロシアの土壌に社会民主主義の教義を移植するという問題、また、煽動の問題ばかりでなく、組織の問題が、まったく独自な仕方で形成された。社会民主主義運動においては、組織もまた、それ以前の社会主義のさまざまなユートピア的試みとは異なって、宣伝の人工的産物ではなく、階級闘争の歴史的産物であり、社会民主党は、その闘争のなかに、ただ政治的意識だけをもたらすにすぎない。正常な諸条件のもとでは、つまり、ブルジョアジーの発展した政治的階級支配が社会民主主義運動に先行しているところでは、労働者の最初の政治的鍛錬は、すでに、ブルジョアジーの手で、相当程度まで行われている。」「ロシアに於いては、社会民主党は、意識的関与によって歴史的過程の一時期に代え、プロレタリアートを、絶対主義的体制の基盤を形成する政治的原子状態から直接に――目的意識的にたたかう階級としての――組織の最高の形態へとみちびく、という課題を負わされている。それゆえ、組織問題が、ロシア社会民主党にとって、とくに難かしい問題であるのは、単に、同党が、ブルジョア民主主義の一切の形式的手続きなしで組織問題を創り上げねばならぬ、という理由からではなく、同党が、いわば、親愛なるキリストの言葉を借りれば、「無から」、真空状態のなかで、他の国ではブルジョア社会によって準備される政治的素材もなしに、この問題を創りあげねばならぬ、という理由にもとづいている。」249P
「ロシア社会民主党が数年来とりくんできた課題は、運動の準備的かつすぐれて宣伝的な局面に照応するところの、分散的でまったく独立的な地域的ないし地方的組織の型から、全国家内の大衆の統一的、政治的行動のために必要とされるような組織へと移行すること、それである。だが、役に立たなくなり、政治的に乗りこえられてしまった古い組織形態のもっともきわ立った特徴が、分散と完全な自律、地方組織の自己支配であったあったからには、新しい局面、準備成った大規模な組織作業の合言葉は、当然、中央集権主義となる。」「レーニンの著作((註)N・レーニン、「一歩前進、二歩後退」、ジュネーヴ、一九〇四年、党印刷局)がわれわれの手もとにあるが、その著作は、ロシアの党の超・中央集権的な(「ウルトラ・ツェントラリスティッシュ」というルビ)方向を組織的に表現している。ここに強烈に、徹底して表現されている見解は仮借ない中央集権主義のそれであり、それの根本原理は、一面では、はっきりした活動的な革命家たちを、かれらをとりまく、未組織であっても革命的・積極的な環境から、組織された軍団として抽出・分離することであり、他面では、党の地方組織のあらゆる発現形態中央機関の厳格な規律と、それの直接的な、断乎として決定的な関与を、もちこむことである。」250P
「社会民主党には、一般に、強い中央集権的な傾向が内在していることは、疑いを容れない。その諸傾向からして、中央集権的な資本主義の経済的基盤から生まれ、中央集権化されたブルジョア的大国家の政治的枠の上での闘争にきたえられたために、社会民主党は、本来的に、いかなる連邦独立主義(「パルティクラリスムス」のルビ)にも、民族的連邦主義(「フェデラリスムス」のルビ)にも、はっきりと反対する。所与の国家の枠内におけるプロレタリアートのいかなる部分的またグループ的利益にも反対して、階級としてのプロレタリアートの全体的利益を代表する使命をになって、社会民主党は、オーストリアにおけるような異例の諸事情のため、例外的に連邦主義的原則を余儀なくされる場合は別として、あらゆる場合に、労働者階級の民族的、宗教的、職業的グループのすべてを統一的な綜合政党(「ゲザムト・パルタイ」のルビ)に陶冶してゆくのを当然の任務として努力してきた。」251P・・・?ローザの総合的統一党論、「階級闘争至上主義」
「社会民主主義的運動は、階級社会の歴史上始めて、運動のあらゆるモメント、そのあらゆる過程において、大衆の組織その自立的直接行動を考慮におく最初の運動である。/この点で、社会民主党は、これ以前の社会主義的運動、たとえば、ジャコバン・ブランキスト型のそれとは、まったく異なった組織型を創造する。/レーニンは、その著書で次のようにいうとき、そのことを軽視しているように見える。すなわち、革命的社会民主主義者は、しかし、「階級意識あるプロレタリアートの組織と不可分に結ばれたジャコンバン主義者」そのものである、と。レーニンは、ごく少数者の陰謀に対立する、プロレタリアートの組織と階級意識に、社会民主主義とブランキズムの間にある根本的な相異のモメントを見ているのである。だが、かれは、それに伴って組織概念の完全な価値転換が、中央集権主義の概念にはまったく新しい内容が、組織と闘争の相互的関係についてはまったく新しい見解があたえられることを、忘れている。」252P
「社会民主党の行動の諸条件は、これとは(ジャコバン・ブランキスト型のそれとは)根本的に異なっている。その行動は基本的な階級闘争から歴史的に生まれる。その場合、この行動は、弁証法的な矛盾のなかで動いてゆく。すなわちプロレタリアの軍隊は、この時、闘争そのものの中ではじめて生み出され、闘争のなかではじめて闘争の課題を明らかに悟らされる、ということである。」253P
「このことから、ただちに結論されるのは、社会民主主義的中央集権は、その中央権力への党の闘士たちの盲目的(ママ)な従順さ、機械的な服従を基礎としうるものではないこと、他面、すでに確固たる党活動家へと組織された階級意識あるプロレタリアートの中核と、すでに階級闘争に捉えられ階級的啓蒙の過程のなかにおかれている周辺的層とのあいだには、絶対的な障壁は設けられえないこと、である。それゆえ、この二つの原則、――皆に代わって考え作り出し決定するような一つの中央権力のもとに、党組織のすべてが、その活動のごく細部までも含めて、盲目的(ママ)に服従すること、ならびに、レーニンによって弁護されているように、党の組織された中核をそれを取りまく環境から厳しく峻別すること、という二つの原則にもとづいて、社会民主党内の中央集権を作り上げることは、われわれには、ブランキスト的な陰謀家サークルの運動の組織原理を、労働者大衆の社会民主主義運動へ機械的に翻案することである、と思われる。」253-4P
「実際には、社会民主党は、労働者階級の組織と結合されているのではなく、労働者階級それ自身の運動なのである。それゆえ、社会民主主義的中央集権主義は、ブランキスト的中央集権主義とは、本質的に異なった状態であらざるをえない。この中央集権主義は、労働者階級の個別的グループや個別的個人とは対立する、労働者階級の啓蒙された前衛の意志の絶対的集中以外の何ものでもありえない。それは、いうなれば、プロレタリアートの先導的層の「自己中央集権主義」であり、それら先導的層自身の党組織内での多数支配なのである。」254P・・・ローザの「前衛」概念
「ブルジョアジーの手から一つの社会民主主義的中央委員へと指揮棒をおきかえることによってではなくこの奴隷的な規律精神を打破し、根絶することによって、はじめて、プロレタリアは、新しい規律――社会民主党の自発的な自己規律へと、教育されるのである。」255P
「社会民主主義的精神一般における中央集権主義とは、労働者運動のあらゆる段階の指導者たちに同じ尺度で当てはめられうる一箇の絶対的概念ではなく、むしろ、傾向として把握されるべきものなのであって、その傾向の現実化は、労働者大衆の啓蒙ならびに政治的訓練に伴って、かれらの闘争の過程のなかで、進展してゆく。」256P
「それら諸転回は、いかなる場合にも、束縛をかなぐり捨てた運動のそのものの自然発生的な(「スポンタン」というルビ)産物だったのである。」「これらどの場合にも、始めに「行為」ありき、である。」「それどころか、明らかに、そのような中央権力は、党の個々の委員会の優柔不断をいっそう助長し、突撃する大衆としゅんじゅんする社会民主党のあいだに軋轢をもたらす働きをするだけでしかなかっただろう。これと同じ現象、すなわち、戦術形成に際して、党の諸指導の意識的イニシアティーヴが僅少の役割しか果たさぬことは、ドイツはもちろん、あらゆる所で、看取されうるところである。」257P・・・ロシア革命におけるオールド・ボリシェヴィキの逡巡
「無意識的なものが意識的なものに優先し、客観的歴史的過程の論理がその過程の担い手の主観的論理に優先する。社会民主主義的指導の役割は、その場合、本質的に保守的な性格をもつのであって、それは経験的にいって、常時新しく獲得されてゆく闘争領域を徹底した帰結をもたらす所まで突きつめてゆくと同時に、やがて、その領域を、より大がかりの規模でのより広汎な革新に反対する歯車へと逆転させるようになる。」258P・・・これも、ロシア革命におけるオールド・ボリシェヴィキの逡巡、トロツキーの「民衆保守論」
「いかなる時にも、社会民主党にとって重要なのは、将来の戦術のために出来合いの目論見を、予め考え、立てることではなく、当時の支配的闘争諸形態にたいする正しい歴史的評価を党内で生き生きと保ち、プロレタリア階級闘争の終極目標の見地から、闘争の所与の局面の相対性ならびに革命的諸モメントの必然的昂揚にたいする生きた感覚をもつことである。」258-9P・・・ローザの自然発生性への依拠と拝跪
「しかし、レーニンが行なうように、否定的性格をもつ絶対的権能を党指導に付与するならば、それは、その本質からして必然的に発生する、あらゆる党指導の保守主義を、まったく人為的な仕方で危険なほど強めることになろう。社会民主主義的戦術が、一中央委員によってではなく、全党によって、より正しくは、全運動によって創造されるのであるとすれば、党の個々の組織には、明らかに、行動の自由が必要なのであり、その自由のみが、当面する状況によって提示されあらゆる手段を闘争の昂揚のために徹底的に駆使し、また革命的イニシアティーヴの展開を可能とするのである。しかし、レーニンによって推奨された超・中央集権主義は、その全本質において、積極的創造的な精神ではなく、硬直した夜警根性によって支えられている、とわれわれには思われる。かれの思考の過程は、党活動の結実ではなくて主としてその統制に、その展開ではなく制限に、運動の結集ではなくその締め上げに向けられている。」259P
「社会民主主義的組織型の一般的理解から導き出されるものは、大きな基本的諸特徴であり、それはすなわち、組織の精神である。そして、この精神が、とくに大衆運動の初心者たちの場合に、主として、社会民主主義的中央集権主義の、杓子定規な排他的性格ではなく、協同的包括的性格を条件づけるのである。しかし、運動の原理的強固さおよび運動の統一性にたいする鋭い視線と結合された、この政治的行動の自由の精神が党の秩序のなかに受けいれられるならば、その時には、どんな、あるいは、何らかの不手際に起草された組織規約の峻厳さも、早急に、実践そのものを通じて、有効な修正をうけることとなろう。一つの組織形態の価値を決定するのは、規約の文面ではなくなく、活動的闘士たちによってその文面に盛りこまれた意志と精神なのである。」260P
「レーニンはいう。「民主主義にたいする官僚主義、それがまさに、日和見主義者たちの組織原則にたいする組織原則にたいする革命的社会民主党の組織原則である。」」261P・・・スターリン主義体制の官僚主義につながること
「しかし、こうした事情のすべても、絶対主義ロシアでは、いちじるしく異なっているように思われる。そこでは、労働運動内部の日和見主義は、一般に、西欧におけるように、社会民主党の強力な成長の、ブルジョア社会の腐敗の産物ではなく、逆に、運動の政治的後進性の産物である。」「ロシアにおけるプロレタリア運動の若さとあいまって――一般に、理論的無定見と日和見主義的な浮動性に広い場所があたえられるのであり、その浮動性が、あるいは、労働者運動の政治的側面の全的否定に、またあるいは、それと全く逆の、独善的なテロルの信仰へと走らせ、とどのつまりは、政治的にはレベラリズムの泥沼に、また、「哲学的」にはカント的観念論に安住の地を得させるというようなことになるのである。」264P
「つまり、事態が現在のロシアのそれに類似した諸事情のもとにある時には、日和見主義なアカデミカーにふさわしい組織的傾向として、まさにこの峻厳な、専制的な中央集権主義が容易に指摘されうるのである。もっと後の段階では――議会主義的環境の中で、強力な固く結合された労働者政党にたいしては――これと逆に分権主義が日和見主義的アカデミカーのこの段階での傾向になるのと、まったく同ようである。」266P
「プロレタリアートの階級的防衛者である社会民主党は、同時に、社会の総体としての進歩の利益とブルジョア的社会秩序の抑圧された犠牲者すべての防衛者である、という言葉は、社会民主党の綱領の中にこうした利益がすべて理念的に総括されるのだというような意味でだけ理解されるべきではない。この言葉は歴史的発展過程という形の中で真理となるのであって、その過程によって、社会民主党は、政党としても、次第に、さまざまの不満分子の避難場所となり、党は現実に支配ブルジョアジーの極少数者に対立する人民の党になるのである。」268P
「このことは、これまでのドイツにおけるごとくに、すでに強力な訓練をうけたプロレタリアの核心部隊が社会民主党内を牛耳り、階級脱落者的な、小ブルジョア的な同伴者たちを革命のひき綱で曳航する準備を充分にととのえている場合にのみ、可能である。この場合には、党規約のなかに中央集権的思想をより厳しく貫徹し、党規約をより苛酷に敷衍することも、日和見主義的潮流にたいする防壁として、きわめて目的にかなっている。」268-9P
「自らの勝利を目指すプロレタリアートの世界史的な前進は、ここに歴史上はじめて、人民大衆自らが、あらゆる支配階級に逆って、自らの意志を貫徹し、しかも、今日の彼岸に、それを乗りこえた所に、自らの意志を打ち立てずにはおかない、という点にその特質を有するような、そういう一つの過程である。しかし、大衆は、他面では、既存秩序との日常的闘争の中でのみ、それゆえ、その秩序の枠内でのみ、この意志を形成しうる。全既存秩序を越え出る目標と偉大な人民大衆の統一、革命的変革と日常的闘争との統一、それは社会民主主義運動の弁証法的矛盾であり、その運動はまた、二つの暗礁、大衆的性格の放擲、セクトへの退行とブルジョア的改革運動への転落という二つの暗礁のあいだをぬって、全発展過程を、ひたすら前へと動きつづけてやまないのである。」269P
「マルクスの教えは、日和見主義的思想の一切の基盤にたいする破壊的な武器を提供する。しかし社会民主主義平和運動がまさに一箇の大衆運動であり、それをおびやかす暗礁は、人間の頭からでなく、社会的諸条件から発生するものであるがゆえに、日和見主義的混迷は予め防ぐことはできないのであって、その混迷は、それが実践の中で明確な姿態をとった後になって始めて、運動そのものによって――もちろん、マルクス主義のあたえる武器の助けをかりて――克服されうるのである。」「まさに、社会民主党が今なお若く、労働者運動の政治的諸条件がはなはだしく異常であるロシアにおいては、日和見主義は、差しあたり、相当の程度に、この源泉から、不可避的な戦術の模索と実験から、まったく独特で前例のない諸事情のもとでの現在の闘争を社会主義的諸原則と一致させることの必要から生み出されずにはすまないであろう。」270P
「そして、最後に、われわれは、内輪では、はっきり次のようにいっている。現実に革命的な労働者運動が現実の中でおこなう誤りは、歴史的には、最上の「中央委員会」の完全無欠にくらべて、はかりしれないほど実り豊かで、価値多い、と。」271P

 この選集には、編集者・訳者の解説が付けられていません。各巻共通の「付記」があるだけです。ですが、訳者か出版社がつけたと思われる各巻の帯が参考になるので、抜き書きしておきます。
(この巻の帯)
「戦闘的思想と革命的行動への拍車 深い思索と行動への揺るぎない信頼に裏づけされて、議会内改良主義と闘いマルクス主義的革命実践に赴く、女性闘士ローザ・ルクセンブルク若き日(23歳〜34歳)の思想の光彩。天性の革命精神と人間精神が相俟ってなす労働者階級の歴史的・意識的解放と社会主義への基盤」


posted by たわし at 03:39| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ローザ・ルクセンブルク/秋元寿恵夫訳『ローザ・ルクセンブルク 獄中からの手紙』

たわしの読書メモ・・ブログ539
・ローザ・ルクセンブルク/秋元寿恵夫訳『ローザ・ルクセンブルク 獄中からの手紙』岩波書店(岩波文庫)1982
 ローザの学習二冊目です。
 ローザ・ルクセンブルクの手紙は3種類あるようです。ひとつ前のルイーゼ・カウツキーの編集とこのソフィー・リープクネヒト宛の手紙、ヨギヘスへの手紙。ソフィーの方がルイーゼのより先に出たようです。
さて、ソフィーはローザ・ルクセンブルクの盟友、ローザがほとんど行動を共にしたカール・リープクネヒトの連れ合いです。夫が袂を分かったルイーゼとは違って、夫がほとんど行動を共にしたので、むしろ運動的なことが書かれてもいいのかもしれませんが、まあこの手紙は、一通を除いて獄中からの手紙なので、検閲の関係もあるのでしょうが、ほとんど運動的な話は出て来ません。
それは、訳者註5に「“Seien Sie heiter und ruhig”(おおらかな、そして落ち着いた気持ちでお過ごしください。)このことばはローザの生涯を通じて変わらなかった性格をそのまま伝えており、本書に収められている二十二通の手紙のうち、このはげましのよびかけが末尾に記されているのは九通にも上る。」113-4Pということがあり、それは手紙の中でソフィの繊細さをとらえ返し、おおらかさと落ち着いた日々を過ごすように、繰り返し提起している(97P、100P、109P)ということがあったのだと思います。
ソフィあての手紙は、カール・リープクネヒトのことを訊ねたり、ソフィの体調を気遣うような話以外は、ほとんど、花鳥風月、自然を愛でる話と、文学・絵画の話です。一カ所だけ「わたしは、いまいちどラングの『唯物論史』の読み直しをやっています。この本は、わたしをつねに勇気づけ、気持を新たにさせてくれています。あなたもぜひ一度、これをお読みになられるよう、節におすすめいたします。」90Pと運動関係の本を薦めている箇所があります。これとて、むしろそういう関係のほんのことも書かないと、排除しているという雰囲気になるから書いているというニュアンスをわたしは抱いていました。できるだけ暗い話をしないようにしています。例外は荷役でムチ打たれる水牛の話でしょうか?92P
花鳥風月の話はルイーゼ編集の本にも、植物図鑑や鳥類図鑑を差し入れてもらったという話もあり、ローザの自然と対話しながら、そのふれあいを楽しむ生き方にもつながっているのですが、「こうしてわたしは、自分の部屋から四方八方に細い糸を張りめぐらし、何千という大小さまざまの生きものに直接結びつき、あらゆることに対して、不安、苦痛、自己非難をもって反応するのです。」109Pということにつながっています。
ローザは革命の闘士であり、そして「訳者あとがき」で書かれている、レーニンの「鷲は鶏よりも低く飛ぶことができる。だが鶏は鷲ほど高く飛ぶことはできない。ローザはいろいろと誤りをおかしたにもかかわらず。なお依然として鷲であったし、また現在も鷲である。」136-7Pの評価や、ローザに会った片山潜の「火のような女だった」という話137Pがあります。
ですが、ひとつ前の読書メモのルイーゼには自分の弱さも若干出しているのですが、ソフィーにもルイーゼと同様頼みごとをしているのですが、その内容は主に文学的なことでむしろ頼み事をすることによって、そのひとが他者とのふれあいを維持していく、自分のやりがい・生き甲斐のようなことを見出していく、しかも対等な関係を作って行こうという働きかけになっています。
ローザは不屈さと同時に、ひとりひとりに向き合って、そのひとの抱えている問題、思いをとらえ返し、その中で関係を取り結び、表的なことだけでない、裏からの関係の取り結び方をしていく、実に細やかな気遣いをしていく人間像がこの手紙の中に表れています。それが闘いの理論の中にも息吹いているのだとも思えます。


posted by たわし at 03:32| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ローザ・ルクセンブルク/川口浩・松井圭子訳『ローザ・ルクセンブルクの手紙』

たわしの読書メモ・・ブログ538
・ローザ・ルクセンブルク/川口浩・松井圭子訳『ローザ・ルクセンブルクの手紙』岩波書店(岩波文庫)1932
 当初から予定していたローザの学習に入ります。
 ローザ・ルクセンブルクに関しては、すでに民族問題に関する本と、『資本蓄積論』を読んでいます。フェミニズム関係で『おんなたちのローザ・ルクセンブルク』という本も読んでいます。読書メモを取り始める前で、きちんとした押さえも記憶もないのですが、わたしは反差別論を大きな課題の一つにしているので、ローザが植民地ポーランドに生まれたユダヤ系の女性で、「下肢障害者」、という被差別事項をいくつも抱えているというところで、しかし、個別反差別の運動にはとりくまなかった、けれども、その主著『資本蓄積論』の継続的本源的蓄積論が、まさに反差別理論の必須の本になっているということがあります。で、「マルクス―レーニン主義」の主流的には、民族自決権を巡る論争では、レーニンが正しかったという評価がこれまで一般的でした。そして、何よりも、ロシア革命が一応勝利したのに、ドイツ革命は敗北したというところで、ローザ・ルクセンブルクの評価は余り高くありませんでした。今、1990年を前後するソヴィエトの崩壊とマルクス葬送の流れが出て来、「市場経済はなくならない、資本主義はなくならない」という大合唱の中で、「社会は変わらない」という意識性が広まり、そのことと相俟って政治的無関心が広がっています。そして、学の世界でも、マルクスを葬送したひとたちは、この社会の根本構造からいろんな矛盾をとらえ返す作業をネグレクトした、学の貧困に支配されています。もうひとつ書き置きますが、今政治批判の軸を国家主義――ナショナリズム批判としてとらえ返すにあたって、ローザの論攷の持つ意味を改めてとらえ返す必要があるとも思っています。また、「マルクス―レーニン主義」ということを批判的にとらえ返し、「社会変革の途」をさぐっていく作業が必要になっています。その作業の一つとして、レーニンのローザとの対話(相互批判)の検証が必要になっています。この本の「解説」でも、それがレーニン側から挙げられています。ここではその指摘をこの読書メモの最後に要約して書き置きますが、それの検証はローザ学習の最後に回します。
 さて、ローザ学習の最初にとりあげるのは、とっつきやすく広く読まれているこの本です。
 この本の編集は、ルイーゼ・カウツキー。カール・カウツキーの連れ合いです。手紙は最初は夫妻宛が多かったのですが、そのうち、カール・カウツキーはレーニンが「背教者カウツキー」と批判したように変節していき、ローザとの関係も疎遠になっていきます。それでも、フェミニズムのいういわゆるシスターフッド的な結びつきで、ルイーゼとの関係は続いていきます。ローザは絵とか文学のようなことにも関心が深く、また人生を楽しみながら活動しているひとで、機知に富んだ冗談のやりとりを楽しんだりしています。そして、ひとの心の機微のようなこともつかんでいくひと、忙しい中で、少しでも時間をとって豆に手紙を書いています。もちろん、革命家として信念を貫いて活動していくという軸があるひとでした。それらのことがこの手紙の中で現れています。ルイーゼは翻訳とかに力を発揮しているひとですが、ローザは当初翻訳などに力を入れないでと、ローザはルイーゼに経済学の個人講義とかしたりして、ルイーゼを理論家としても育つように働きかけもしています。インターネットでいろいろ検索しているとトロツキーが、ルイーゼの才覚を評価していたというような文も出て来ます。ローザとルイーゼは、お互いの存在が厳しい状況の中で活動していくいやしのようになっています。ローザは監獄と「シャバ」の行き来をくりかえしていたひと、時には監獄の拘禁で体調を崩しがちになるところ、ルイーゼに面会に来てくれるように頼み、いろいろ頼み事をしています。この手紙を読んでいると、その時代の流れが押さえられます。トロツキーがメンシェヴィキ側で暗躍していることの批判とかも出ています。獄中からの手紙は検閲されているので、しかもルイーゼとのやりとりでは運動的なことは出てこず、むしろシスターフッドで、他の女性運動家とのサポートの依頼とか、そんな細やかな気配りのようなことがこの手紙のベースを流れています。ローザはまさにドイツ革命の敗北の中で、社会民主党の裏切りの中での敗北していくことの象徴的なこととして、銃床で頭蓋骨を砕かれ殺されました。そして、ルイーゼはインターネットの検索でもなかなか出てこないのですが、ナチスドイツによって丁度、アンネ・フランクと重なるようにガス室に送られ殺されたようです。
さて、反差別論をやっている立場で気になったことを書き置きます。この時代のフェミニズムは、男との対等性を要求するような雰囲気で、ローザのルイーゼに対する最初の印象は「エプロンとかしている」と余り良くなかったようなのです。また、ローザの「家政婦」とか「秘書」とかいうことばが出て来て、文を書いたり本を出したりで、生活できる情況があったのでしょうか? もうひとつ、レーニンの読書メモを書いているときにも感じていたこと、この時代のひとの文には「障害者」差別語のようなことがポンポン飛び出していて、勿論、翻訳の問題もあるのかもしれませんが、それにしても、まあ、時代拘束性と言ってしまえない、「障害者」の立場でいろいろ落ち込んでた次第です。

「ローザ・ルクセンブルク略年譜」からローザの著作の抜き書き
(下線はすでに読んだか、今回読む予定の論攷です。「選」は『ローザ・ルクセンブルク選集』)
「ドイツおよびオーストリアにおけるポーランド社会主義運動の新潮流」1896
「ポーランドにおける社会愛国主義」1896
「ポーランドの産業的発展」(学位論文)1897[本入手]
「社会改良か革命か」1898「選」@
「フランスにおける社会主義の危機」1900
「国際平和、軍国主義と常備軍」(報告)1900
「ロシア社会民主党の組織問題」1904「選」@
「大衆的ストライキ、党および労働組合」1906「選」A
「国民経済学入門」(講義録)『経済学入門』1907(岩波文庫)
「今後は何か」1910  (?「つぎはなにを」選A)
「消耗か闘争か」1910
「資本蓄積論」1913(岩波文庫)
「社会民主党の危機」1915「選」B
「ロシア革命。一つの批判的評価」1918(?「ロシア革命論」「選」C)
「われらの綱領と政治状勢」(報告)1918(「綱領について」「選」C)

「解説」(マルクス・レーニン主義的解説)の中でのレーニンのローザの誤りの指摘
@ ポーランドの独立問題
A 1903年メンシェヴィズムの判断
B 『資本蓄積論』の理論の中の誤り
C 1914年ボリシェヴィキーとメンシェヴィキーの合同問題
D 1918年末獄中諸文書(大部分自ら訂正)
ただしレーニンはローザを高く評価しています。(鶏と鷲の比喩で)

 ローザの学習、いろいろ本も新しく買い求め、すでに読んだ本も再読する予定少し長引く予定です。


posted by たわし at 03:28| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大矢英代『沖縄「戦争マラリア」――強制疎開死3600人の真相に迫る』

たわしの読書メモ・・ブログ537
・大矢英代『沖縄「戦争マラリア」――強制疎開死3600人の真相に迫る』あけび書房2020
 これは三上智恵/大矢英代共同監督「沖縄スパイ戦史」2018という映画の中で、取り扱われていた「戦争マラリア」の書籍化です。前のブログが共同監督の三上智恵さんの護郷隊と沖縄本島の海軍関係者によるスパイリストによる虐殺や、「本土決戦」でも陸軍中野学校というスパイ養成所卒業生が暗躍していたという話、さらには、軍の総体的動きを押さえていたのですが、その本と同時期に出された八重島諸島(宮古島も含めると先島諸島と言われています)での話です。
 先島諸島には米軍は上陸しなかったのですが、その戦況を読み損なって、強制移住が行われました。それは決して住民を守るためではなく、住民が邪魔になる、スパイになるというおそれからの強制移住です。しかも石垣島は沿岸地域から山間部、他の島は日本軍がいない他の島から日本軍がいる西表島へ、それがマラリア無病地から有病地への移住で、サブタイトルにあるように、もう一つの沖縄戦と言われるほどの死者を出したのです。
 これにも、陸軍中野学校の卒業生が関与しています。以前から青年学校の教員として働いていた「優しい人」が豹変し、軍刀を抜いて脅して強制移住させたという話が書かれています。
 今、先島諸島で自衛隊の基地の建設が進められていて、なぜ容認されていくのかということも含めて、映画とこの本では取り上げているのです。
 さて、この著者は、大学院時代にこれをテーマにして取材しようとしたのですが、みな悲惨な体験で口が重く語ってくれない、で、波照間島のさとうきび農家の老夫婦の家に住み込んで、生活を共にしながら、最初はビデオとか封印しつつ少しずつ打ち解けて、地域のひととの交流のなかで三味線なども習い、その家の娘のような存在になっていきます。そして、問いかけること自体が、昔を思い出して、あいてを苦しめるのではないかという逡巡も抱きつつ、この被害を伝えていかなくては、そして体験した世代がなくなっていく中で時間が残されていないというジャーナリストの使命感のようなことで、問いかけつつ、親しくなれば、それだけ「あなたには分からない」という直截なことばも帰って来て、それに対して「分かる」から「想像はできる」という応答はしつつ、親しくなるにつれて、逆に「分からない」という思いも募っていくのです。「実るほど頭を垂れし稲穂かな」という成長なのだと感じていました。
 この本は、生活を共にすることによって、取材しようとしたひとからいろんなことを学んでいく、この著者のジャーナリストとしての成長過程が描かれている本になっているのです。
 この著者は、共同監督を三上智恵さんと何年か一緒になった琉球朝日放送の先輩後輩の関係で、会社を退社したときに、三上さんから声をかけられ、「スパイ戦史」を番組として企画を進め、結局映画制作に至ったようです。
 この本が出されたときは、アメリカに留学中で著者のプロフィルで「米国を拠点に軍隊・国家の構造的暴力テーマに取材を続ける。」とあります。団塊の世代のわたしは、若いひととの世代間ギャップを感じ続けているのですが、若い世代のジャーナリストにこういうひとが育ってきているのだと、期待感をもって、ジャーナリストとして花開き、他のいろいろなことでも活躍されていくことを願っています。


posted by たわし at 03:22| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

三上智恵『証言 沖縄スパイ戦史』

たわしの読書メモ・・ブログ536
・三上智恵『証言 沖縄スパイ戦史』集英社(集英社新書)2020
 これは三上智恵/大矢英代共同監督「沖縄スパイ戦史」2018という映画の書籍化です。書籍化と言っても、通常映像の方が分かりやすく、その後でフォローとして読んでおくというようになるのですが、この本はちょっと違います。新書版なのですが、750P余あり通常の新書の三冊分あります。映画で描ききれなかったこととか、その後取材したことを折りばめています。わたしは、三上さんの映画の追っかけをしています。ブログでは、読書メモ以外に映像鑑賞メモも載せているのですが、その最初が三上さんの映画でした。だから、当然「沖縄スパイ戦史」も観たのです。ですが、映像鑑賞メモが書けませんでした。理由は二つ、もうひとつは後で書きますが、一つは、話の脈絡がつかめなかったのです。これはわたしがひとの名前をなかなかおぼえられないというところで、ひととひととのつながりがとらえられず、話が断片的になって内容がつかめなくなっていたのです。おまけに、わたしは昼夜逆転の生活をしているのですが、この映画の上映の時は、両監督の対談があるということで、朝の会の上映を観たのです。で、ほとんど寝ていないで観たので、只でさえ、ひとの名前とか入ってこないのに、もう最悪でした。で、もう一回観るところ、何かバタバタしていて観れず、この本を読んでやっと全体像がつかめたのです。本は、名前を忘れたりしていたら、もう一度ページを前に戻せます。DVDになるとそれもできるのですが、劇場映画ではそれもできません。というわけで、この本はほんとうに助かりました。というより、三上さんは映画監督で、映像美というところで描いていることにも感嘆しているのですが、それだけでなく、今回のこの本で「新境地を開いたような気がする」とどこかで書かれていましたが(たぶんフェイスブックです)、まさに珠玉の文なのです。
さて、この本の紹介のために最初に目次を章だけ書き置きます。
はじめに
第一章 少年ゲリラ兵たちの証言
第二章 陸軍中野学校卒業の護郷隊隊長たち
第三章 国土防衛隊――陸軍中野学校宇治分校
第四章 スパイ虐殺の証言
第五章 虐殺者たちの肖像
第六章 戦争マニュアルから浮かび上がる秘密戦の狂気(ママ)
補稿  住民はいつから「玉砕」の対象になったのか
おわりにかえて――始末の悪い国民から始末のつく国民へ

本題に入ります。この本のタイトルになっている「スパイ」ということですが、これを両局面から描いています。ひとつは、陸軍中野学校というスパイ養成所の卒業生の将校に現地の在郷軍人を下士官などにしつつ、まだ徴兵前の未成年の沖縄の少年を護郷隊(遊撃隊)という形で組織化していったということがあります。そこでは正規軍が崩壊した後のことを見込んで、スパイ的なことも含んで遊撃活動を続けるということで動いていたのです。日本の正規軍は捕虜になることを許さなかったし、国のために死ぬということを標語にしていたのですが、このスパイ、遊撃活動は、とにかく生き延びろ、捕虜になってそこで攪乱するとかいう戦略を立てていたのです。そこには、現地の少年を隊員にすることによって、その家族の住民から食料の供出をさせるという戦略もあったようなのです。スパイということはそれだけではありません。真逆の「スパイ」ということがあります。それは、日本の戦前戦中の教育のなかで、国のために死ねる軍隊と国民を育ててきて、捕虜になるよりは死ねという教育をされていたのです。それでも、自分で考えで動けるひとがいました。そういうひとたちは往々にして住民のひとたちの指導的立場にいたのですが、そういうひとたちは米軍にとらわれるとスパイになる可能性のあるひととしてスパイリストを作っていたようなのです。これはわたしがこの本を読んだ感想にもなるのですが、ひとは教育と言う中で植え付けられた「お国のために死ぬ」という意識とそれとは逆に生きようという(ときには無自覚的な)意思のせめぎ合いのなかで、捕虜になる収容されるというところで、これまでの日本が大本営発表の情報がウソと分かり、アメリカに協力していく態勢が作られます。二つのベクトル、洗脳的に植え付けられたところで自死を選んでいく構図と、死ななかったとことで、生きようという意欲で生き延びるというせめぎ合いの構図がそこにあります。そのような中で、日本軍は、一度アメリカ軍に収容された、接触した沖縄の人たちをスパイとして扱っていきます。それだけではありません。徴用されて基地建設に関わったひともスパイリストに挙げられていたようなのです。
さて、この本は被害と言うことを描くだけでなく、加害の立場に立ってしまったひとたちの生い立ちや心の襞ということを丁寧に描いています。そして、その軍人たちやその家族の戦後の慰霊のための来沖、そしてその中での被害者側と加害者側の交流のようなこと、その中でのお互いの思いに馳せていく、ということさえ起きています。
そもそも、日本軍の戦争マニュアルのようなものがあり、そこから住民の虐殺に至る構造が出てきています。ですが、軍の方針に沿って、そのマニュアルに沿って、厳密に実行されてわけではなく、スパイリストがあっても、それにそってそのまま実行に移されたわけでもないようなのです。その中で実行を緩くするひとつのゆらぎのようなことがあります。ことばを変えると、心の襞のようなことです。その端的な例が、海軍の武下少尉が「ヨネちゃんとスミちゃんは殺すな」と言っていたのに、ヨネちゃんの家に殺害の部隊が来た話がショッキングな話として書かれているのですが、それでも、いきなり殺ということではなく、大声で叫びながら入ってくると言う行為の中に、逃がすという意味をわたしは読み取っていたのです。そこには戦乱の中にも、恋愛的なことや性的な好意というようないろんな錯綜した思いがあるのだともわたしも感じていました。この本の著者はそんな「心の襞」のようなことも描いているのです。
さて、この本の冒頭に、「軍隊が来れば必ず情報機関が入り込み、住民を巻き込んだ「秘密戦」が始まる」という言葉があり、そこから始まっています。そして、「軍隊は住民を守らない」という基調的な主張がでてくるのです。ですが、どうもこのような突き出しがわたしには分からないのです。これが、前述した映像鑑賞メモが書けなかったもう一つの理由なのです。
この「軍隊は住民を守らない」という話は、とりわけ南西諸島の自衛隊配置で、国や防衛省の論理に対する批判として出て来ているのでしょうが、そもそも日本の再軍備化のなかで、専守防衛というところから出て来ているし、国防とか安全保障の論理として軍事を進める論理として持ち出されてきたのではないかとわたしは押さえています。
そもそも、軍隊とか武装集団、武力の行使ということがどういったところで存在してきたのかという歴史を押さえ直す必要があるのだと思えます。そもそも武装集団は、略奪や収奪というところから起きていたことで、それは植民地支配が続くなかで、国の富を蓄積していく、国益を突き出していくこととして当然視されてきたのです。近代国家においても侵略と植民地分割戦のための軍隊としてあったわけです。そもそも、軍事・軍隊とは何かを考える時に、わたしが印象に残っている映像に、ルーズベルト大統領が死去して急遽大統領になったトルーマンに、それまで核開発を進めてきたひとたちが、核を持つ意味ということで、核を持つと戦後もアメリカの意志を他の国に押しつけることができる、として説得したという話が出ていました。核の抑止力などということばがあるのですが、核の脅迫力なのです。それは核のみならず、巨大に軍事力をもつ意味であり、それが軍事・軍隊や武装勢力を持つ根源的な意味なのだと思います。戦後の植民地支配の終焉の中で、軍事力で支配・収奪していくことが否定的になっていきます。そこでも、東西の冷戦構造の中で、「共産主義勢力が攻めてくる」という虚構が形成されてきました。実際的には、スターリン主義的な一国社会主義建設というところで防衛的なところに落とし込められていたのは東の方でした。今、「北朝鮮の脅威」とか語られているのですが、むしろ脅威にさらされてきたのは北朝鮮の方だったのです。そして、冷戦構造が一応収束しても、国防とかいうところで、海外の自国民の命を守るという名目で侵略が行われてきました。国防という虚構の論理です。今、外国が攻めてくるということはほとんど考えられなくなりました。今、攻めてくる可能性がわずかに残っているとしたら、日本がアメリカの属国であることを止めたときに、アメリカの脅威にさらされるということです。今日米安保条約下で地位協定の不平等条約的性格が指摘されています。思いやり予算とかあるのですが、あれはまさに暴力団への「みかじめ料」のようなものです。日本政府は、戦後暴力団を治安弾圧の一端としてさんざん使ってきたのですが、今一様、「反社会的集団」規定して、暴力の排除に乗り出してます。その論理で行くと、核の傘などという暴力の構造に依拠して、安保条約などの軍事同盟を維持していく構図はどうしても理解しがたいことです。そもそも、戦後の軍事的なことをとらえると一番侵略の歴史を持ち続けてきたのはアメリカなのです。そして、そのアメリカの軍隊において、アトミック・アーミーと言われる核実験の場に居させられ被爆させられたひとや(イギリスも同じ事をやっていたようです)、戦車で防御システムで劣化ウランを使い、その洗浄を担当した兵士の被爆など、兵士は軍事作戦ではチェスや将棋の駒のようなことにすぎないということは明らかで、ベトナム戦争下の虐殺事件は、軍の兵士の命を守り、住民の命も大切にするという「民主的な軍隊」ということは、情報戦でそのように装うという虚構にすぎないことです。
もちろん軍事的なところは、単に国家の軍隊だけでなく、レジスタンス的な軍事もありました。そこでは、民衆の犠牲をいとわないという論理はありえず、民衆を守るということもあったはずです。ただ、ナチス・ドイツがレジスタンスのドイツ軍に対する殺害に対して、数倍の虐殺をしていったということの中で、民衆を守る軍ということでジレンマに陥る構図も数々の事例が指摘されてきましたし、映画の中で描かれてきました。これについては、そもそも軍事そのもののもつジレンマとして押さえ直していく必要があります。
この本の中で書かれていることで押さえておきたいことは、日本の正規軍は、捕虜になることを許さず、自決を強いていったということがあったのですが、護郷隊はスパイ部隊・ゲリラ部隊でむしろ捕虜になって攪乱するとかやっていて、生き延びろという方針だったのに、その部隊の隊長のひとりが、軍の移動の時負傷兵の銃殺をしていたということが書かれています。これは、もっと検証していく必要があるのですが、そもそも軍総体で、しかも、銃殺した兵士が自分の部隊の者なのか、他の部隊から流れ込んでいた「敗残兵」なのかということも押さえる必要があります。日本軍はそもそも捕虜になるなと自死用の手榴弾を渡すとかしていたことがあります。なぜ捕虜になるなという軍総体の方針があったのかということの批判と、後は、今問題になっている安楽死のような思想との関係として押さえていく必要があるのですが、わたしはそもそも安楽死ということも批判しているのですが、戦時における負傷は拷問ということを考え、自分で死ねないから殺して欲しいというような話はパルチザン戦の兵士には出て来ます。これはそもそも捕虜になってはいけないということ自体が間違いで、治療の薬や道具がないから助からないなら、「敵」の捕虜になって助けともらうということでの、軍事的相互性ということはありえるはずではないかとも思うのです。その時代の日本の軍隊にはそのようなことがなかったから銃殺という手段を選んだということもあったのかもしれません。このあたりの検証が必要です。
さて、わたしは団塊の世代で、戦争は二度としてはいけないという大人の中で、けれどちゃんと軍事化に反対してこなかった大人の中でそだってきた世代です。軍隊とは何か、そして国家の論理で何が行われてきたのかの反省がきちんとなされたとはとても思えないのです。だから、そして戦後すぐには憲法9条下で、軍隊を持つこと自体に反対の主張があったのに、今は自衛隊の容認、日米安保条約にちゃんと反対することができない、オリンピックという国家主義的な国威の発揚の場にスポーツが使われていく、ということが進んできています。そして災害派遣というそもそも軍事とは関係のないところでの自衛隊を使い、自衛隊は必要だ、役に立つというごまかしのアピールをしてきました。そもそも、軍隊とは何か、国家とは何かということを改めて問うていく必要があります。今、マスコミはそういった根源的な問いを消失しています。ジャーナリストはあまり民衆の意識と乖離していけば、その訴えが受け入れられなくなっていくのかもしれません。そういうところで、三上さんの追求されている課題は、沖縄を中心にして、軍事的なことに反対していくせめぎ合いの最先端としてあるのだと感じています。
さて、ここのところ切り抜きメモを残してきたので、ここでも、珠玉のような文というところで、いろいろ書き置きたい文があるのですが、ここでは、実際に文に当たってもらうことを願って禁欲しておきます。


posted by たわし at 03:17| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月17日

伊藤亜紗『記憶する体』

たわしの読書メモ・・ブログ535
・伊藤亜紗『記憶する体』春秋社2019
 伊藤さんの本、わたしの読書メモ3冊目です。これは障害問題総体に拡げた論攷になっています。ただ、いわゆる「中途障害者」が中心、「障害者」になる前の記憶(単に意識といわれることだけでなく、体の記憶)があるひとを中心にしています。それがこの本のタイトルになっています。ですが、「中途障害者」との対比で、生まれたときからの「障害者」には、「元の体――欠損された「障害」」の記憶のないひとも出て来ます。もうひとつ出てくるエピソードは、この著者で最初に取り上げた本のテーマの「吃音」の話も出て来ます。体と意識の乖離の問題です。だから、わたしサイドからトータルにとらえ返せば、いわゆる「マージナルパーソン」(註)の体論ということになります。ただし、表層的心理としては心理的マージナリティにあまり陥っていない、医学モデル的な意味での「マージナルパーソン」というところなのです。このあたりは、著者自身が、医学モデル的な「障害」を反転させて見る、そのようなひととのふれあいを「楽しんでいる」というところからきているのかもしれません。
 この本は11のエピソードと論考で成り立っています。
 目次をあげてみます。
プロローグ:究極のローカル・ルール
エビソード1 メモをとる全盲の女性
エピソード2 封印された色
エピソード3 器用が機能を補う
エピソード4 痛くないけど痛い脚
エピソード5 後天的な耳
エピソード6 幻肢と義肢のあいだ
エピソード7 左手の記憶を持たない右手
エピソード8 「通電」の懐かしさ
エピソード9 分有される痛み
エピソード10 吃音のフラッシュバック
エピソード11 私を楽しみ直す
エピローグ:身体の考古学

わたし事として繰り返し書いているのですが、わたしはそもそも身体論的掘り下げを停止しています。わたしは、そもそも反差別論を最初に展開するとき、その差別の分類を、「身体的差異に基づく差別」と「非身体的差異での差別」という大きな分け方をしようとしていました。そこで、そもそも「身体とは何か」ということを考えていて、「身体とは関係性の分節である」というテーゼに出会いました。で、そこから、身体論的深化の必要性も出ていました。一般に身体論の必読書とされるメルロ・ポンティの本を読もうとしたのですが、解説書や廣松さん関係で、メルロ・ポンティに関する論攷や解説書、雑誌の特集などをあさっていました。その過程で、メルロ・ポンティを読むにはフッサールを先に読まなくてはいけないと思いました。で、哲学的な道行きを、ヘーゲルから青年ヘーゲル派に拡げる段でやりきれなくなっていました。実は身体論は、マッハの「感覚の束」というようなところとの対話も必要になってくるのですが、ともかくここで深みにはまると、本題に入る時間がないと、身体論の学習を停止した経緯があります。廣松さん自身が、身体論で医学的な文献も読みながらいろいろ展開していることを、「廣松ノート」としてなんとか残すに留めることで落ち着きそうです。
さて、この本との対話に話を戻します。幻肢と幻肢痛の話が出て来ます。痛みというところのとらえ返しに踏み込んでいくと、医学的突き詰めが必要になってきます。この本の著者は、幻肢痛を脳からの指令がブロックされるところでの痛みということになっています。ただ、脳と他の臓器や肢体は血管での血流やホルモン、神経ということでつながっているのですが、一方的な脳の支配ということでなく、双方向性の指摘もされています。その痛みがどこからくるのかというところでの、もっとくわしい分析のようなこと、この本の中には書かれていません。参考文献が挙げられているので、その中に書かれてるのかも知れませんが、それにリンクするような文は書かれていません。「痛み」そのものは医療の対象にされ、医学モデルに引きずられがちになります。それは医学モデル批判は、医療の否定ではないというようにわたしは一応押さえています。ただ、ただ、幻肢痛への対応は、むしろ医療的なところではなく、いろんなテクノロジー的な試行でおこなわれてもいるようです。ただ、テクノロジーということが得てして、「障害」そのものをなくすことに結びついていくことと、それが、この社会の価値観にとらわれないとして、この本に出てくるひとは、大方そんな生き方になっているのですが、深層心理的な「障害」をスティグマとするとらわれを呼び起こしていくのではないかとも言いえます。それがまさに、マージナルパーソンとして指摘されていることではないかとも言いえます。
 最初の読書メモで、この著者の二元論への賛同へ批判的なコメントをしたのですが、この本は、まさに心身二元論批判の書になっているのではないかとわたしは感じていました。
 さて、最後に共通の当事者問題の「吃音」に関してコメントしておきます。最後のエピローグで、吃音を治す薬があるとすれば、飲むか?という話がでています。著者が出会ったひとは「飲まない」と答えたそうですが、この話は、伊藤伸二『吃音者宣言―言友会運動十年』たいまつ社1976に出てくる話でもあるのですが、伊藤さんの発言ではありません。わたしはこの本を読んで、しかも「薬を飲まない」と言い切るひとの話に感銘して言友会にその宣言の10年後くらいに入会したのですが、言友会の中で、この話を引用して「薬を飲まない」という話をすると、「単なる強がりだ」という批判をされたものです。宣言的な生き方をとるというひとは多くでてきましたが、それでもそれは揺らぎのなかにあり、伊藤さん自身は、結局、「吃音を治す」から「吃音に対する気持ちの持ち方を変える」というマインドコントロール的活動に収束させました。わたしは、それは深層心理的なところで、体としてどもってはいけないと刻み込まれているので、理論的に表層的意識として、どもってはいけないという意識をもたないとしても、体が記憶しているのだと思います。それを解体していくには、「吃音」が否定的にとらえられているこの社会の共同主観的意識を、それを成り立たせている世界観、社会のなりたち自体を変えていくしかないと思っています。

註 「マージナルパーソン」というのは、差別と被差別の関係が存在するところで、被差別の側にいるひとが、差別する側の見当識(――価値観)にとらわれ、自らの被差別事項を隠す(――パスする)など、自らの存在を否定的にとらえ、心理的マージナリティという葛藤に陥るひとたちを指しています。以前は「マージナルマン」と言う形で論じられていました。わたしのホームページに載せている原稿を参照にしてください。(ホームページの表題は「マージナルパーソン」になっていますが、当時の意識性を残すために、原文は元のままの「マージナルマン」のままになっています。) http://taica.info/akbmmk.pdf


posted by たわし at 02:03| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

伊藤亜紗『目の見えない人は世界をどう見ているのか』

たわしの読書メモ・・ブログ534
・伊藤亜紗『目の見えない人は世界をどう見ているのか』光文社(光文社新書)2015
 「目が見えない」ということを著者は必ずしも否定的なこととしてとらえない、というより反転さえして見せているということと、見えないことによって他の感覚がとぎすまされるというようなことを書いています。わたしは「「障害の否定性」を否定する」ということをライフワークのひとつにしているので、この著者の指向のひとつとして、悲劇的にみないで、むしろ面白さを感じるということのプラス思考のようなことに一部共鳴していました。「一部」と書いたのは、「面白さ」と言っても、悩み真っ只中の当事者にとっては、非当事者の「面白さ」ということはむしろ怒りの対象になるからです。
 わたしは他の「障害」についての深いとらえ返しや、踏み込んだ交流のようなことは、ろう者の世界以外はあまり押さええていません。障害問題から演繹した、表面的なとらえ返しをそれなりにやってきたのですが、なかなか個別の「障害」のとらえ返しをなしえていません。「視覚障害者」の問題もそのひとつです。まったく、接触がないわけではなく、何人かの知り合いがいるのですが、そのひとたちは、自分の個別問題を超えて、障害問題総体に関わってきているので、いろいろ質問しているのですが、なかなか答えてくれません。他者のことを言えた義理ではありません。わたし自身も、みずからの当事者性の「吃音」ということをさておいて、障害問題の論考を進めています。ここでは、この著者との対話で、今、著者は著者のホームページを見ると、「視覚障害者」問題だけでなく、「聴覚障害者」の問題を対象化しようとしているようなので、「視覚障害者」とわたしがそれなりに対象化してきた「聴覚障害者」の対比ということも含んで著者との対話を試みます。
 さて、反転させて見せるというようなことはわたしもやっているし、否定性に乗らないと言う意味で、「どうでもいいじゃん」ということを突き出してもいます。ただ、この著者は「福祉」ということをさておいてと、論攷を進めています。「福祉」という言い方自体が曖昧さを持っています。今の社会の福祉は、結局「恩恵としての福祉」に収束させられる傾向をもっているからです。今、学の世界で死語になりつつ感のある‘差別’と言う言葉をはっきり使ってとらえ返しの作業をしていかないと、論考は進まない深化しないのではないかと思っています。これについて、一つ前の読書メモに書いた、わたしの本やホームページを見てください。
 別の世界というようなとらえ方をしていくと、まさにここでも二元論になっていくのですが、現実的には、「障害者」と規定されるあるひとたちの存在を無視して非対称的に社会を構成していっているというところで、アクセスの障害が形成されているという問題があります。そのことは社会的歴史的関係なのですが、それを自然的関係と取り違えているのです。たとえば、「ろう文化宣言」を出した木村晴美さんは、「ろう文化」という別の世界があるということを強調するなかで、電車のなかで車内放送を通訳したり降りる駅のことをいちいち指摘したりする聴者がいるけど、余計なことだ、一駅くらい乗り越しとしても、どうでもいいことだと語ったりしています。これは「障害者文化」としての「ゆっくり」の基調の話にも通じる事ですが、二元的世界でない以上、運動的なところで「はやく」ということも求められていることも出て来ます。青い芝の横塚さんの「はやく、ゆつくり」ということばにそれは表れています。「ろう文化宣言」は「文化」宣言になっているのですが、それは本末転倒的な、「ろう者は政治が嫌いなのだ」というような話まで出ていました。何か勘違いのような事が起きているのですが、政治は好き嫌いの問題ではありません。現実の政治が生活をときには命さえ規定していくから問題にせざるを得ないのです。わたしは政治志向にならざるをえないところで、政治的になっているのですが、「政治を否定するための政治」ということを突き出しています。
「障害学」では、医学モデルの枠内の「欠損モデル」ということがあります。この本でも、4本足の椅子に対する3本足の椅子の話が出て来ます。「中途障害者」の場合も(新しいホメオタシスの形成というようなことですが)、生まれたときから「障害者」の場合は、「標準的な」とされる感覚が「ない」「機能しにくい」ひとたちに比べて、もっとスムーズに他の感覚が研ぎ澄まされていく話が出て来ます。このあたり、「サリドマイドの障害者」として「典子は今」という映画のなかの典子さんが足を使って何でもやっていくこと、「乙武現象」ということまで言われた、乙武さんがテレビでスポットライトをあびたこと、勿論本人の努力ということもあるのですが、「なければ、他の方法でやっていく」類いのことで、それが注目されたのは、この社会の「障害者」に対する「努力して障害を乗り越える障害者像」という同化型の差別からきていることです。著者は、二元論批判を根底的にやっていく作業をなしえないなかで、価値観にとらわれないということでニュートラルな突き出しをしようとして(要するに反差別ということをとりあげない中で)そのことを別の世界として描きがちになっています。過渡として「どうでもいいじゃん」とか、多様性とか、異化を突き出すことは意味があるにせよ、そもそも異化ということ自体をとらえ返すことも必要になっていくのだと思います。
 ちょっと各論的なところにもコメントしておきます。
 皆で見る絵画鑑賞の話は興味深いことがありました。このあたりは、車いすの「障害者」がハリアフリーということで、エレベーター設置が進む中で、そのことを車いすの階段昇降介助という形での交流がなくなると指摘していたことにも通じることがあるのかもしれません。
著者が書いてる、「視覚障害者」のなかでみんなが点字ができるわけではないということは、「聴覚障害者」のなかでもみんなが手話ができるわけではないということと対比できると思います。ただ、ろう文化の核としての手話というところでと、点字はちょっと位相が違うのかも知れません。
 さて、最後の各論から本論につながる話として、著者がとりあげている「障害の社会モデル」の話で対話を試みます。
 著者も指摘しているように、‘障害’の ‘害’ の字を‘障がい’と表記していくおかしさは、「障害の社会モデル」という考え方からわたしも批判しているのですが、いろんなひとがそういう指摘をし、NHKでさえ、視聴者からひらがな表記して欲しいという要望に、「障害の社会モデルの考えでひらがな表記しない」と答えているという話もあるのに、このひらがな表記は未だに続いています。非論理的な情緒性へのとらわれなのですが、いちおう「科学的」を志向する政党が総体的にひらがな表記を続けている非論理性、それを正し得ない学の貧困といえるようなことだと嘆いています。ただ、それはそもそも「障害の社会モデル」自体の混迷から来ています。最初に、「社会モデル」を言葉化しておきます。イギリスの「障害の社会モデル」です。わたしのオリジナリティも含めて「障害とは社会が「障害者」と規定するひとたちに作った障壁と抑圧である」となります。著者は「改正障害者基本法」を社会モデルを導入したと書いています。この法律を作る際に案を提出した官僚も「障害の社会モデルに基づく法案」と称していました。ですが、わたしは一度、その法律の中で使われていることば‘障害’を逐一おさえる作業をしたことがあります。そもそも、‘障害’(ことばとしての 障害 )以外は、障害は医学モデル(わたしは「障害」と表記しています)、障壁が社会モデルとなっています。そもそも、これは「障害者権利条約」とその前のWHOのICFとして結実したICIDH−2の議論から来ています。これで、個人モデルと社会モデルの統合とか相互浸透とか突き出したのですが、そもそもイギリス障害学の「社会モデル」の提起のとき、これにはパラダイム転換を孕んでいると指摘されていたことがあります。パラダイム転換のわかりやすい例は、天動説から地動説へのコペルニックス的転換です。天動説と地動説は統合できません。だから、パラダイム転換と言われるのです。ICFの個人要因、環境要因はまさに二元論なっていて、その関係があいまいなままです。この話を展開していくと読書メモから外れていくので、前の読書メモに書いた本とホームページを読んでください。
 で、この本に話を戻します。著者は「体」という概念を使って、問題を読み解こうとしています。で、実は、わたしが「医学モデル」と書いているところを、著者は「個人モデル」と書いています。で、実は「体」論を展開していくと、生物学・医学モデルに陥る危険性を孕んでいるのですが、というより、一般にきちんと身体論を展開しないと、身体なり、体という概念を使っていくと読者は、医学生物学モデルでの「身体」というところでとらえてしまいます。実は、わたしは身体論に分け入っていません。「関係性の分節としての身体」として押さえたところで、それなりに納得して、後の学習課題の一つとして先延ばししています。改めて、押さえ直す作業を、わたしの「廣松ノート」(註)作成過程で、脇道に逸れて、身体論の文献も読みいって行きたいとも思っています。
 さて、目次を章だけあげておきます(ちょっとわたし的な編集しています)。切り抜きメモは、この著者のきらめきのある文をせめてキーワード的に紹介したいとの思いがあるのですが、このところ、一冊に時間がかかり、先に進まなくなっているので迷っています。もう一冊の本を読んだ後にどうするか決めます。
目の見えない人は世界をどう見ているのか * 目次
まえがき
《本書に登場する人々》
序章  見えない世界を見る方法
第1章 空間――見える人は二次元、見えない人は三次元?
第2章 感覚――読む手、眺める耳
第3章 運動――見えない人の体の使い方
第4章 言葉――他人の目で見る
第5章 ユーモア――生き抜くための武器
謝辞

 さて、今回は切り抜きメモは止めにします。「第5章 ユーモア――生き抜くための武器」を読んでいて、自らの体験から思い巡らせていたことを書き添えて起きます。
 これは、ひとつ前の『どもる体』の読書メモに追加して書くことなのですが、わたしの高校時代に「吃音者」の同級生がいました。彼は道化を演じながらその笑いのなかに自らの「吃音」への笑いを昇華させていました。わたしは一度だけ彼をまねようとしたのですが、わたしには演じることが合いませんでした。この本の中に書かれている、「障害者」プロレスとか「障害者」のお笑い芸人にも通じる事があります。わたしは思春期に自死願望を募らせながら、太宰治の「道化の華」を読んでいました。笑われる――傷つくことの恐怖を道化を演じることによる笑いの昇華を自ら引き出すという手法です。わたしは、「吃音」自体を笑われた経験は少なく、むしろ「笑ってはいけない」という倫理的沈黙が起きることが恐怖でした。ユーモアということは道化を演じることとはニュアンスが少し違いますが、そこに通じることがあります。

註 「廣松ノート」の「廣松」とは、廣松渉という哲学者の論攷をわたしは追いかけていて、わたしの思想的形成の基礎的なところで影響を受けたひとです。博学のひとで、廣松物象化論、廣松四肢構造論など独自の哲学理論を形成しています。そのひとの本を図書館でいろんな辞書を手元に置きながら、読み込んでいきました。その当時は、パソコンなどなく、まだ読書メモもとっていませんでした。一連の学習の集大成的に、もう一度読み込み、「廣松ノート」を残すということがわたしの学習計画のひとつの柱になっています。


posted by たわし at 02:01| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

伊藤亜紗『どもる体 (シリーズ ケアをひらく)』

たわしの読書メモ・・ブログ533
・伊藤亜紗『どもる体 (シリーズ ケアをひらく)』医学書院2018
 「吃音」(*註1)はわたしの活動の原点で、もっとも根底的なエネルギーです。それにも関わらず、わたしが余り学習してこなかった分野でもあるのです。なぜかというと、わたしは「吃音」を差別の問題からとらえ返す作業をしていて、他にそのような観点から作業をしていったひとを見出し得ず、ほとんど本を読んでいません。自分の問題だから、解説してもらわなくてもわかる側面があることもありました。「吃音」に関する事に本はあまり読まないとしても、それでもいろいろ考えてきたのは、矢野武貞『「吃音」の本質―話行為の構造と病理』弓立社1975という本があり、その本からインパクトを受けたことがありました。そして、「吃音者」の団体の役員から、彼と連絡をとってみないかと勧められ、実際に会い、そして公開の往復書簡で「吃音」を巡る議論をしていきました(*註2)。その矢野さんから、時々思い出したように電話がかかってきていたのですが、つい最近の電話での話が、この本のことだったのです。矢野さんは前述の本を出してから、自分の本の共鳴者、そしてその理論を引き継いでくれるひとを探していました。そのことはわたしも位相が違うのですが同じ思いを抱えていて、彼とわたしも、そのような論攷が見いだせないという、嘆きでの共鳴の電話になっていました。で、今回、珍しく彼がちょっと弾んだ感じで、この本の話をしてきたのです。
 実は、わたしもこの本はすでに購入していました。確か、障害関係の本の問屋のメーリングリストに載っていて、「吃音」関係の本はたいてい購入してしまうのですが、ちらっと目次だけ読んで、ちょっと今までの「吃音」関係の本とは違うなと感じつつ、不覚にも押さえ損なっていたのですが、この本はまさに矢野さんの系譜――流れの本だったのです。
 わたしなりの押さえ方をすると、矢野さんの流れというのは「「吃音」のメカニズムを解明する」、こういう言い方をすると機械論的になります。「吃音の存在構造」、これも少しズレていきます。吃音の起こるその場のありよう、ということになるのでしょうか?
 さて、この本の著者の専攻は美学と現代アートということで、しかもコンピユーター関係の知識ともリンクさせていく指向があり、この本の中でも、「連発性の吃音」をバグ、「難発性の吃音」をフリージング、そして語音のつながりをモーフィングというコンピューター用語を使って説明しています。ちなみにモーフィングと言われていることは、吃音の因論の指向を放棄したわたし自身も、前述した矢野さんとの議論の中で、語音の移行の過程で移行のしにくさというところでの、「吃音」の起きやすさというようなことを考えていた事がありました。そういう意味で、わたし自身も当事者としてこの本に書かれていることにはかなり共鳴していました。
 この本を読みながら感じていたことは、かなり矢野ワールドと共鳴する世界だということです。矢野さん自身、吉本隆明さんの世界観と共鳴しているひとで、意識論の分野に分け入っています。そういう意味でも、著者の美学や現代アートという分野との共鳴もでてくるのかもしれません。このあたりの論は、まさに意識論や表現論というところでの探究心のようなことで、残念ながらわたしが持ちえなかった「遊び」の世界です。「遊び」こそが意味ある世界だというところでの「遊び」なのです。残念ながら、わたしは反差別という処から、政治社会への踏み込みの中で、矢野さんとの応答もきちんとできないままでした。著者には、矢野さんの論攷は届いているのでしょうか? 願わくば、二人の対話の中で、新しい展開が生み出し得たらと願っています。
 読書メモというところからかなり離れた文になっています。
 本の紹介として、「目次」を出版社が作ったものから引用しておきます。小見出しは、逐一改行しているのですが、ここで「/」で、コンパクトに収めています。
【目次】
序章 身体論としての「どもる」
コントロールを外れた体/モンローもキャロルも角栄も/「どもる言葉」でなく「どもる体」/治るのか治らないのか/「うまくいかない」は二元論、他
第1章 あなたはなぜしゃべれるのか
「しんぶん」ってどう読む?/「ん」は準備している/マニュアル制御からオートマ制御に/発声器官のモーフィング/「かんだ(神田)さん」と「かただ(堅田)さん」/なぜ一語だとどもらないか/初音ミクはこうして吃音を克服した! 他
第2章 連発――タガが外れた体
tの三〇連打! /言葉の代わりに体が伝わってしまう/どもる自分に笑ってしまう/一か八かの「挑戦」/他人事感覚/「次、言えるかな」の手さぐり感、他
第3章 難発――緊張する体
連発から難発へのメカニズム/対処法としての症状/バグを避けようとしてフリーズする/連発は乖離、難発は拒絶/扉の鍵がない!/吃音スイッチ/逃れようのない期待の前で/なぜ独り言だとどもらないのか、他
第4章 言い換え――体を裏切る工夫
三単語先にあいつが来る/なかば自動の言い換え/類語辞典系と国語辞典系の言い換え/自分の名前でモジモジ/音読は奴隷の仕事!/ドッグトレーナーと犬/言い換え自体に意味がある、他
第5章 ノる――なぜ歌うときはどもらないのか
衝撃のバリバラ、ラストシーン/「刻む」には「待ち」が必要/リズムとは「新しくなく」すること/不確実性減少装置としてのリズム/運動の部分的アウトソーシング/韻を踏むたび外に連れ出される/「波づくり」の作業/別人のような音読/パターンの使用としての演技/「ノる」とは「降りる」こと/自己から「匿名態」への移行、他
第6章 乗っ取られる――工夫の逆襲
なぜ実生活では使えないのか/いつの間にか自分が犬になっている/「うまくいく方法」が「私」を乗っ取る/二重スパイ/乗っ取りからの決別/どもれるようになるまで、他
第7章 ゆらぎのある私
「生理的エラー」と「工夫の誤作動」/工夫→乗っ取り→自動化/言い換え警戒派と言い換え共存派/思考はしゃべると同時にわくものだ/運動が運動を生み出す次元/体との関係が変質するプロセス/吃音という謎とともに生きる、他
あとがき

さて、蛇足になると思いつつも、いくつかの違和について書き置きます。
まず、「二元論」の表記が出て来ます。これは著者に於いては、身体と精神(意志)との乖離としての二元論というような内容になっています。ですが、そもそも二元論で有名なのは、デカルトですが、デカルトの二元論は中世のキリスト教的な精神の支配への批判として出て来ていることで、そもそも二元論はいろいろなところで批判されています。著者は「乖離」ということを出していますが、精神と肉体は関係を断ち切る事ができるというような事ではないはずです。もうひとつ書いておくと、「吃音」は、「精神障害」なのか「身体障害」なのかという二元論に乗った問いかけがあります。そもそも、「吃音」もそうですが、「精神障害」においても、「脳の障害」や遺伝子研究という素因論への引きずられが出て来ます。身体論自体が「関係の分節としての身体」という論攷が出て来ます。そもそもデリダの脱構築論は二元論自体の総体の批判として展開されています。著者のこの本の中で進められている論攷を見ていて、とても二元論になっているとは思えません。
もうひとつ、これは矢野理論へ共鳴した内容の一つなのですが、矢野さんは、必ずしも「吃音」を否定的にとらえないというところで論攷をすすめていることがあり、そのことにわたしは共鳴していたのですが、この本の著者も、原因論も治療法も問題にしないというところで論攷を進めていて、また、連発→難発→言い換えと一般的に進む「吃音の進行」を逆向きに進めようとするひとを取り上げています。わたしは「「吃音の否定性」の否定」、「「障害の否定性」の否定」(*註3)をテーマにして論攷を進めてきました。だから著者の「吃音の否定性」にとらわれない論攷に共鳴していました。ですが、実は、「エラー」とかいう言葉が出て来ます。そのあたり、矢野さんとの対話(*註4)の中でも出したことなのです。この本の著者にも、脱構築論のようなことがあるのではとの思いがあり、そのあたりの脱構築のやりきれなさのようなことを感じてしまいました。
「吃音者」の当事者団体言友会の事が出て来ます。わたしは幽霊会員的になっていて、そして言友会の中で異端的存在になっていて、言友会のことを何か語れるような立場にいるわけではないのですが、あえて個人的な思いを書き置きます。言友会のことで、著者が書いていることは、わたしが、それなりに押さえているところとかなりズレでいます。具体的に書くと、言友会が何かひとつの方向として進んでいるようにとらえられているのですが、著者の文の章の最後の「ゆらぎ」という言葉のように、まさに当事者団体の言友会はまさに揺らぎの中にあったのです。「吃音者宣言」の「治す努力の否定」にしても、「宣言」を強引に推進した伊藤さん自身が「治す努力の否定」を、「振り子の原理」で過渡的に強調しただけだ、という文を書くに到っています。わたしは、そもそも「治す努力の否定」を突き出したのは伊藤伸二さん自身ではないとも思っています。さらに、伊藤さんは、「○○療法」なることを手を変え品を変え、出してきています。わたしは。これは「吃音の否定性」とらわれている、「吃音」を治すということにとらわれているのではないかと、直に会って問いかけたことがあります。要するに、「治す努力の否定性」ということの中にあった、「吃音の否定性」を否定する、ということにおいて、伊藤伸二さんは「ゆらぎ」から抜け出せなかったのです。障害学において、生存学という形で一大拠点を形成している立命館大学大学院先端研の立岩真也さんが「障害はないにこしたことがないのか」という問いかけで、この社会にある「障害の否定性」を問い返す作業をしていて、わたしも独自にそのテーマを追い続けて共鳴しているのですが、そのようなラジカルな問いかけが、不徹底なところに収束しているのです。
さて、「ゆらぎ」の話の一つとして、言友会では現在的に「吃音=発達障害論」という動きが出ています。そもそも、「発達障害」という概念自体が、障害の医学モデル(註5)に陥っているのですが、そもそも「発達障害とはなにか」という規定さえあいまいなまま、ICD(国際疾病分類)10の錯綜した「発達障害の一つとしての吃音」というところを手がかりにして、「障害者福祉」を受けようとする動き、それは「障害者雇用枠」で就職しようということともリンクした動きが出ています。これはむしろ、一般就労している「吃音者」が「障害者雇用枠」に落とし込められる可能性という諸刃の剣的なことを意味しています。まさに、実際的利害や行動ということにおいても「ゆらぎ」の中にあるのです。
かなり話が脱線しています。話をこの本に戻します。すでに書いたように、わたしが主題にしてきたテーマとの違いはあるにせよ、興味深い論攷を進めているひとです。この書にはきらめきを感じています。著者の本を二冊買っています。また読書メモを残したいと思っています。  
さて、わたしはいつも切り抜きメモを残しているのですが、意識論とか芸術関係、表現論関係の文には、切り抜きする弊害のようなことを感じています。で、今回は省略しようかと思っていたのですが、このメモは備忘録の意味ももっているので、やはり、簡単に書き置きます。「吃音」のことをよく知らないというひとの理解やインパクトという面では、むしろこの本は「吃音者」へのインタビューなどを使って論攷を進めていて、「吃音」の実際のありようということを具体的に展開している、わたしが切り抜いていない他のところが分かりやすいということが多々あります。ですが、わたしの中にすでにある知識としては、わたしにとってはインパクトが薄いので、切り抜きしていません。そういう意味でも、是非この本を読んでください。
以下切り抜きメモです。
序章 身体論としての「どもる」
「思ったのと違う仕方で、言葉が体から出てくるのです。」「体がはぐれていく」11P
「彼らは「思ったらすぐに言葉が出る」話者たちとはちょっと違う仕方で、言葉を体から発しています。」「たしかに、コントロールできないことは、「困ったこと」です。/体に限らず、そもそも私たちは「コントロールできないこと」をたいへん恐れていています。」12P・・・括弧がついているように必ずしも「困ったこと」でもないのでは? 「どうでもいいじゃん」のこととして。「どうでもよくない」――「恐れ」る問題はそこに差別があるから。
「「コントロールされた領域」のすぐそばに、「コントロールされていないもの」があることも私たちは知っています。」「・・・・・・大枠は「随意」です。けれども関節を曲げる角度や口の開き具合、あるいは体重のかけ方について、からだの細部にわたった逐一命令を出しているわけではありません。その多くは、体の物理的な構造と習慣の産物による自動化した動きであって、意識的にコントロールされたものではないのです。そうした「体が勝手にやってくれていること」にかなりの部分を依存して、私たちは生活しています。」13P・・・「意識は脳に宿り、その脳からの指令によって動く」という図式=「脳の中の小さな自己」図式批判の必要。「認知症」と言われていることで、一番記憶が残るのは「体が覚えている」ということ。
「本書で「どもる」と呼んでいるのは、まさにこの「体のコントロールを外れたところ」に生起する経験です。」16P
「吃音は曖昧な障害です。まず、症状の個人差が非常に大きい。/目に見える症状(バグ系)と、目に見えない症状(フリーズ系)のどちらが出やすいのかが人によって異なります。」21P・・・‘障害’が「症状」という医学モデルになっています。フリーズ系も言い換えをしない限り体に表れている――見えることです。むしろ、「見えない」ではなく「聞こえない」
「ものすごくどもっていて、症状としては重い人でも、全然気にせずしゃべっている人もいます。その一方で、先にもお話ししたように、隠れ吃音で見た目の症状は軽いにもかかわらず、悩んでいるひともいる。言葉としてはどもっていなくても、体がどもっている人です。」22P・・・言友会でよく言われていたこと。マージナルパーソン論とリンク。
「現在では、吃音の世界にも、遺伝子解析技術や脳科学が入り込み、さまざまな観点から原因の研究が進められています。遺伝なのか、脳の機能障害なのか、環境的な要因なのか。原因はひとつとは限りませんが、その解明にはまだ至っていません。」「原因探しも、治療法の提案も、本書では行いません。」26P・・・そもそも、「脳の障害」とか「遺伝」とか素因論と言われているようなことは、この本で書かれている内容と合っているとは思えないのですが。
「本書の記述は、多分に心身二元論的な視点に立っています。「心身二元論」とは、デカルトに代表される、心と体を二つの別々の実体としてとらえる哲学的な立場のこと。」「(心身二元論がいろいろな批判にさらされている)にもかかわらず本書は、そうした先人たちの議論があることを踏まえたうえで、あえて心身二元論に固執します。」30P・・・「意識は脳に宿り、その脳からの指令によって動く」という図式ということでの、意識と身体の乖離を言っているのにすぎないことで、この本の内容はそもそも心身二元論にはあたりません。「意識は脳に宿り、その脳からの指令によって動く」という図式自体を批判していく必要があります。もうひとつこの本で書かれている内容は関係論的なことで、それを実体主義批判としてはっきりさせていくと、そもそも二元論の身体と精神の実体主義的二元論は破棄されることです。
「心と体が切断された「乖離」、意図がはねつけられる「拒絶」、タガが外れた体を心が俯瞰している「放任」、心がその主体性を失う「乗っ取り」……。心と体が分離しているからといって、かならずしも苦痛を伴うわけでなく、心が体を手放すことを「楽だ」と感じるケースもあるでしょう?」31P・・・12Pの切り抜きとの矛盾。乖離は実体主義的に切断されるということではなく、ズレではないでしょうか?
第1章 あなたはなぜしゃべれるのか
「日本語環境で育った赤ちゃんは、生後一〇か月くらいまで[r]と[l]を問題なく聞き分けられますが、一歳の誕生日くらいになると、日本語の音素のカテゴリーになじんでその区別ができなくなるそうです。」42P・・・言語環境からの規定性。発達概念自体のとらえ返し、ある局面では、「後退」ということもありえること。
「針の糸通しが「マニュアル制御」だとすれば、しゃべることは「オートマ制御」でと言えます。」46P
「内部モデル」「内部反転モデル」47P
「パターンは意識の代用品」49P
「私たちがしゃべる運動とは、@肺からの空気の出し入れ、A声帯の振動の有無、そして何よりB声道の形状、をなめらかに微調整し続ける、極めて複雑な運動です。」「これらのしゃべることにかかわる漸次的な調整のプロセスを、本書では「発声器官のモーフイング」と呼びたいと思います。/「モーフィング」とは、コンピユーター・グラフィクスの技術のひとつで、あるものをなめらかに別のものへと変形させていく手法。」55P
「吃音がモーフィングに生じたアイドリングであることは、・・・・・・」58P
第2章 連発――タガが外れた体
「連発は「する運動」ではなく「なってしまう運動」であり、「私の運動」でありながら、「私のものではない運動」です。わざと連発をすることは不可能なのです。」70P・・・一応ヴァンライパーの「随意吃」
「「連発」は、厳密に言うなら、単に「コントロールが外れること」ではなくて、「意識的にコントロールしなくてもうまくいくはずだった運動」が、「うまくいっている状態から外れること」です。」72P
「連発は、あくまで「ミス」ではなく「エラー」です。「ミス」が「意図したのにできなかった」状態であるのに対して、エラーは「意図していないのにそうなってしまった。」状態です。」72P・・・ただし、「エラー」という概念自体が共同主観的な否定性にとらわれているのでは?
 ギャラガー「物語語り的な自己」――「最小限の自己」、「最小限の自己」を構成するものとして、「自己所有感」(「これを経験しているのは私である」)と「自己主体感」(「この動作を引き起こしている、あるいは生みだしているのは私である」)、「吃音に当てはめるなら、自分の体験自分の体験であると分かっている以上、吃音の経験にも「自己所有感」はあります。一方「それは自分の生みだしたものではない」と感じられる点で、「自己主体感」が失われた状態にあると考えられます。」75P・・・意図して生みだしていないとしても、それは自分が生み出したもの
「たとえば、藤岡さんは、先にあげた「すべる系の連発」ほかに「つまる系の連発」があると指摘しています。」85P・・・「連発」から「難発」への過渡としての「つまる系の連発」?
「吃音は、しゃべるという運動そのものを促すような万能の介助法がない障害です。」87P・・・「しゃべる」ということを意志を伝えるということに拡げれば、手話の世界に踏み入り、手話通訳を使うという介助法はあり得ます。「吃音」とは、@ひとは音声言語で意思を伝えるものだ、A一定のなめらかさでつたえねばならない、というこの社会の言語規範の共同主観性において否定的にとらえられる「障害」なのです。
第3章 難発――緊張する体
「こと、どもる体においては、「身体運動としての側面」と「社会的行為としての側面」は、無関係なものではなく、むしろぶつかり合うことが多いからです。身体運動としては合理的だけど、社会的行為としてはNG、あるいはその逆ということが起こるのです。/「しゃべる」という一つの営みが、「身体運動」と「社会的行為」という二つの基準のあいだで板挟みになる。吃音は、ダブルスタンダードな障害です。どこを落としどころとするかは、吃音当事者によってまちまち。」97P
「しゃべり方の自覚がただちに難発につながるわけではなく、連発を回避するために、ひとつの対処法として難発が生み出されていく。その生み出し方は、誰かに教わるというわけでなく、多くの場合小学生くらいの年齢のときに、おのずと見につけていくのです。」100P
「つまり難発は、一般には吃音の「症状」として紹介されていますが、同時に連発を回避するための「対処法」でもあるのです。」100P・・・医学モデルとしての「吃音」=「症状」
「つまり吃音においては、連発にせよ、難発にせよ、ひとつの現象が「症状」であり、かつ「対処法」でもあるという二面性を持つのです。」101P
「ある対処法が確立されても、それが症状としての側面を見せるようになると、次の対処法=症状を生みだしていく。このダイナミックなプロセスが吃音にはあります。しかも、そのたびに前の対処法=症状が引き継がれていくため、吃音の全体像自体が多層化していくことになります。」102P・・・回避行動や随伴行動が否定的「症状」的になること
「連発が「乖離」であるのに対して、難発は「拒絶」です。どちらも意識と体が分離している二元論であるという意味では同じです。でも、その分離の仕方が違う。」104P・・・「乖離」も「拒絶」も意思と体の関係であり、関係の切断ではないというところにおいて、二元論ではないと言いえること。
「たとえば「歩く」のような単純な身体の不具合であれば、できるものはできる、できないはできない、とはっきり線引きがなされるでしょう。ところが「しゃべる」の場合は、そうはいきません。社会的な行為という側面がくわわってくるために、できる/できないの境界線が状況依存的に変動することになります。」110P・・・「歩く」においても、見つめられているとき、動きがチクハグになることがあります
「要するに、期待が高すぎても、低すぎても、吃音スイッチは入りうるのです。」「「良くも悪くも、相手に引きずられる」体」115P
第4章 言い換え――体を裏切る工夫
「ちなみに吃音の教科書などに見られる一般的な記述では、「連発」と「難発」(と伸発)は症状、「言い換え」は対処法として、別々のカテゴリーに分類されています。けれども「対処法が症状でもある」という吃音の特徴を踏まえるならば、そのような分類はあまり意味がないのではないかと思います。」121P・・・共同主観的標準像からの「逸脱」というところでの「症状」。対処法も「逸脱」としてとらえられると「症状」になる。ただし、共同主観的なところのインプットされた当事者の意識が対処法も「症状」としての「逸脱」になりうる。
「この言葉を、「これを言うぞ」と準備した身体感覚に対して「予感」しているのであって、「言語」として判断しているわけではありません。第1章でお話したように、何らかの運動をするとき、私たちはすでに獲得した「内部モデル(または内部反転モデル)」を利用しています。ある言葉が難発になりそうだなと感じることは、この「内部モデル」の発動を通じて、「予感」されていると考えられます。」126P・・・共同主観的な意識のインプットと対応する身体論的な「内部モデル」
「難発が対処法でありながら自分からするものではなかったように、言い換えも「代案の言葉」が出てくるのは自動的です。」127P
「このことは、吃音が、単なる音の問題だけでは済まないということを示唆しています。しゃべる内容と自分の距離感が、吃音の出方を変えることがある。」140P
第5章 ノる――なぜ歌うときはどもらないのか
「リズムと演技。どもりが出にくいこの二つのシュチュエーションに共通しているのは、それに没頭しているあいだ、彼らが「ノっている」ということです。「ノる」とは単にハイテンションになることではありません。「ノる」は、意図と体の間に生まれる独特の関係のことであり、この関係が運動をたやすくするのです。」149P
「一瞬先にはどうなるか分からない、そのような不確定要素を含んだものが生であるならば、それはたしかにリズムの規則性と相容れないものとなるでしょう。」154P
「バフチンがリズムを批判して「生はリズムでは表現されず、リズムを恥じる」と言ったのも、まさにこの点に理由があります。バフチンは、リズムを「意味的な絶望性」と呼びます。「現実の、運命を左右する、危機をはらんだ絶望的な未来は、リズムによって克服される。過去と未来(そしてもちろん現在)のあいだの境界そのものが、過去を利するかたちで克服される」」159P
「こんなふうにリズムとは、「新しくなくすること」です。」160P
「ひとつのモデルが、そのつど変奏されながら、何度も繰り返しあらわれること。そこにあらわれるのは通常とは少し異なる時間のあり方です。なぜならリズムにおいては、「継起的」と「同時的」の区別が曖昧になるからです。時間はもはや、過去から未来へと進む一方向の流れではなくなります。流れが折りたたまれ、現在の上に過去や未来が重ね合わされるのがリズムの時間だからです。」162P・・・そもそも時間論での物象化批判
「先ほど保留した「勢い」とは、まさにパターンを繰り返し使うことによって生じる、推進力のようなものだと考えられます。運動が単純に継起するのではなく、現在の運動のうちに過去の運動が含まれ、さらには未来の運動が予感されている。これが「勢い」です。」165P
「それは決められているという意味では「絶望」かもしれませんが、運動そのものは、なかば「法則任せ」にできる。」165P
「つまりリズムにおいては、運動を部分的にアウトソーシングできる、と言うことができるでしょう。リズムがあれば、人はその法則性に依存して運動することができるのです。これこそ、リズムの持つ「介助する力」です。」165P
「通常、障害の分野では、運動が一人でできないときには、介助者という他者が介入して、その運動を助けることになります。でも吃音の場合はちょっと違う。リズムなどの運動を推進させる構造そのものが、介助者になるのです。「ともに運動する」という意味では通常の介助と同じですが、吃音においては、それが運動の構造として純化されていると言えます。」166P
「自分が考えるのではなく脚韻が考えている。脚韻は、「規則が思考に対して周期的に与える暴力」だからこそ、「なじみの発想」とは違うものを生み出す創造性を持っています。そんな「安心して自分を手放せる力」がリズムにあります。」167P・・・159Pの切り抜きとの非整合性というか、二面性?
「すでにお気づきのとおり、ここには(「演じること」)リズムと同じ構造があります。先に、リズムは「新しくなくすること」であるという話をしました。同じ幅の単位がずっと反復されていくため、一つのパターンを使いながら、それを応用するという形で今を乗り切ることができる。リズムとは「過去をモデルとして現在に向かうこと」です。法則性に依存し、それとともに運動しているから、楽になる。この「運動を部分的にアウトソーシングしている状態」が「ノる」でした。」177P
「この「狙ったわけではないのに解消されている」という棚ボタ感は、「リズム」の場合と同じです。」179P
「「ノる」が「降りる」であるとは、端的に言って、能動と受動が混じり合うような事態が生じていることを意味しています。」「このような能動も受動も問えない、「気づいたらノっていた」状態について、哲学者のエマニュエル・レヴィナスはこう語っています。「リズムは、同意や引き受けや主導権や自由を語ることのできないような比類ない状況を表している」。」180P・・・中動態概念との対話
「匿名態とは、この「無意識ではないけど自分でコントロールしているわけでもない状態」を指します。」181P
「ところが「ノる」においては、パターンという第三項があります。」「第1章で、パターンとは意識の代用品である、というお話をしました。ここではまさに、パターンが意識と体のあいだをつないでいます。体のオートマ制御でも、意識のマニュアル制御でもない、両者の中間形態としての「ノる」。ノる=匿名態とは「パターン制御」にほかなりません。」181P
第6章 乗っ取られる――工夫の逆襲
「「ノる」とは、「既存のパターンを使いながら動く」ということです。そうすることによって自分がゼロから運動を組み立てるよりも、運動の不確定性の度合いを下げることができるのです。/うまくやろうとするとうまくいかない。他方で、うまくやろうとしないことによってうまくいく。意識は、体が行う運動の主人公では決してありません。リズムに合わせて話すとき、あるいは特定の人格になりきってしゃべるとき、私は私の運動の主人公であることから部分的に「降りて」います。」184P
「なにしろ、「自分の運動の主人としての地位を手放す」とは、要するに「モノ」に近づくことを意味しているのですから。」185P
「一方的な操作でなく、あくまで共同作業として進めないことには、被介助者の尊厳が踏みにじられてしまいます。/同じ事がリズムや演技においても起こります。」185P
「その「ノる」から「乗っ取られる」への反転はどのようにして起こるのか」186P
「吃音の当事者と話していると、「乗っ取り」が起きるのを避けるために、彼らがさまざまな「微調整」をしていることが分かります。それはいわば、「自分が機械にならないための工夫」です。」192P
「吃音者当事者が行う「演技」の場合には、社会的な印象が、運動上の工夫の副産物として生じることになるので、自分では制御できないところで、自分の印象が形づくられることになる。」「自分の運動を助けるために、望んでいないにもかかわらず、ある印象を人に与える演技をせざるをえない状態。それは否応なくその人格を演じることを「選択させられてしまっている」状態です。」199P・・・コンプレックスという共通項での、太宰治の「道化の華」の世界
「まさにそれが「今の出来事」に対応する力を奪っていくのです。」202P
「無意識であるにせよ、同じ比喩がまったく逆の仕方で用いられていることは、まさに「ノる」と「乗っ取られる」の反転を示す兆候です。扱われているのは「言い換え」と「演技」という異なる工夫ですが、重要なのはこの工夫の種類の差異ではなく、工夫がそもそも乗っ取りを生み出すという構造そのものです(あとでお話しするように、「言い換え」に「乗っ取られる」というケースもあります)。」203P
「そのようなある程度自覚的な「対処法」「工夫」であったとしても、度を超えてしまうと、それもまた「症状」になるのです。パターンに「ノっている」つもりがパターンに「依存する」ようになり、やがて「乗っ取られ」ていく。薬と毒の関係にも似たこの奇妙な反転が起こることが、吃音のとてつもないおもしろさであり、また付き合うことを難しくしている点です。」204P
「もちろん「見る」「立つ」「歩く」だって、足場の状況などに応じてやり方を調整する臨機応変さは必要でしょう。とはいえ、意外だったとしても状況それ自体は安定しています。「しゃべる」が相手にする状況はそうではありません。刻一刻と状況する、はるかに変動の度合いが大きい状況なのです。」205P
「「パターン」に依存し、「今」に背を向けたしゃべり。これが先にもあげた「言葉を言うのに必死で相手が見えていない」という自閉的な状況です。乗っ取られた人が機械に接近するのはこの点においてです。/相手の存在や状況を受け止められないまま、ただしゃべること。それはつまり、行為ではなく運動の遂行です。」206P
「自分がいったい何のためにこの人格を演じているのか分からなくなってしまっている状態が『二重スパイ』です。」(山田さんのことば)206P
「もちろん、この「治った」は、言葉レベルのこと。言葉としてはどもっていなくても、工夫で対処しなければいけないほど、体はどもり続けています。」211P・・・「どもらなくなった吃音者」
「「選択肢を選べること」は「工夫させられている」という乗っ取られの状態とは対極です。」217P
第7章 ゆらぎのある私
「ここまで見てきたように、吃音とは、単に言葉のレベルでエラーが生じることでありません。その本質は、体のレベルで、さまざまな「意志していない出来事」が起こることにあります。」「言葉の代わりに間違って体が伝わってしまう」220P
「思いから切断された動き」の二つのレベル@「身体運動そのものに生じるエラー」――「それは発声器官の筋肉の動きそのものに生じるエラー」「生理的エラー」A「工夫として始めたことに「乗っ取られる」場合」――「工夫の誤作動」222P
「思ったのとは違うことを言う自分もまた自分である。裏を返せば、ここにあるのは、「自分とは、そもそもそのようにズレていくものである。」という感覚でしょう。」230P
「「転がり出ることによってのみ生成する」というところがポイントでしょう。運動がいったん始まると、みずからの続きを次から次へと生みだしていく。まさに「思考がしゃべると同時にわく」次元です。」234P
「私たちは、ひとつの体であると同時に、一人の社会的な存在でもあります。すでに演技との関連でお話ししたことですが、体の理屈としては「思いから切断された言葉や振る舞い」であったとしても、社会的には「意志の表明」と見なされ、責任を問われる。しゃべることが本質的に「ズレ」を生み出すものであるとすれば、その両者のあいだでひき裂かれることは、おそらくは私たちが社会のなかで体をもって生きる限り避けられない、ひとつの宿命でしょう。」236P・・・「宿命」ととらえてしまうのは、この社会とその言語規範を固定的にとらえてしまうからではないでしょうか? たとえば手話の世界への参入
「なるべく過去のパターンを適用しつつ、それを微調整することで時々の状況に対応している。自動化することは、体を効率的に動かすためには絶対必要なことです。」238P
「吃音の場合に特殊なのは、生成によって獲得された運動が、ある評価基準から見たとき、必ずしも好ましいものとは言えない、とうことです。人によっては身についてしまった運動を否定的にとらえ、さらなる工夫=症状を生み出すようになる。この運動に対する事後的な「評価」が、生成を複雑化します。/自動化した運動に対処するために新たな工夫が生まれ、するとそれがまた自動化し、場合によってはさらに工夫が生まれ……。対処法=症状の進化はこうして起こります。」240P・・・「必ずしもこのましいものとは言えない」ではなく、むしろこの社会では一般的に否定的にとらえられていることです。蟻地獄のようなこと。
「意識的な介入さえも飲み込んで生成していく体と付き合うこと。どもるとは、このもどかしさ、ままならなさに絶えず引き戻されることを意味します。コントロールを旨とする社会のなかでは、このもどかしさ、ままならなさはたしかに具合が悪い。でもそもそも私たちの体とは、そのような全貌を知ることのできない生成によってつくり出されています。」240-1P
「どもる体を抱えて生きるとは、常に私を越えて生きていく体という存在のおもしろさに、いつでも誠実であることなのかもしれません。」242P・・・達観の世界。しかし、「吃音の否定性」のなかで生きて来て、この社会に「吃音の否定性」が存在している限り、深層心理的には「吃音者」当事者はその否定性から逃れ得ないのではないでしょうか? だからわたしは運動指向でありつづけるのです。
あとがき
「なんだか後出しじゃんけんみたいになりますが、私自身にも吃音があります。」247P
「要するに、必要なのは「他者ではなく」、「他人」だったのです。私に共感してくれる「他者」との親密な対話ではなく、会ったこともない「他人」によるマイペースな解釈。それが私の経験を開いてくれたのです。」251P
「願わくばこの本も、もっともパーソナルな経験に鏡を差し向ける、よき「他人」であって欲しいと思っています。人には話したことのない体のうごめきに、名刺を与えること。吃音者の当事者であってもなくても、そんな仕方で、体との付き合いが開かれますように。」253P

*註
1 この本では「どもり」という言葉が使われていますが、この言葉には、差別の蓄積の中で、他の「障害者」差別語とその差別から回避する手段と同じように、「吃音」ということばに置き変えられています。勿論、当事者が開き直り的に使うときには、これも他の「障害者」の場合と同じように「どもり」という言葉を使います。著者は、「あとがき」の最初に自分は「隠れ吃音者」ということを書いています。その当事者の立場からとして、この本のタイトルがあるのだと思います。ちなみに、タイトルのもうひとつの「体」ということに関しては、わたしは言友会とも接点があった竹内敏晴さんの「からだ」論との対話をしていけば、論攷が深まっていくのではないかとも思ったりしています。
2 これは、何人かの言友会の会員のひとたちを立会人的になってもらって何往復もしたのですが、そもそも問題の関心領域のズレのようなことで、結局終息しました。わたしはむしろ、この本の著者と矢野さんの間でしたら、対話がちゃんと成立し、互いの論考が深まっていくのではと、著者の本を読みながら感じていました。
3 この「「障害の否定性」の否定」というのは、「障害」が「障害者」が持っているものとして異化する構造自体を問題にし、批判していくということです。これは、「障害の医学モデル」批判と、そのなかで出て来た「障害の社会モデル」について、註5で書いているので参照してください。
4 これは何らかの形でできたらオープンにしたいと思っていますが、相手があることです。とりあえず、わたしの「「吃音――吃音者とは?」ノート」の「(付録)」「吃音の素因論」批判 −矢野「吃音」理論の意義の再確認と新しい展開のための一試論−」を参照ください。http://taica.info/ststpnote-3.pdf
5 従来の「障害者が障害をもっている」とする「障害の医学モデル」から、「障害とは、社会が「障害者」と規定するひとたちに作った障壁である」というイギリス障害学の「障害の社会モデル」が突き出されました。これ自体がまだきちんと整理されず、「ゆらぎ」の中にあるのですが、わたしはそれを、「障害の関係モデル」としてパラダイム転換をなしとげることを提起しています。これに関しては、わたしの本三村洋明『反障害原論――障害問題のパラダイム転換のために――』世界書院2010とそれに続く、「『反障害原論』への補説的断章」の草稿群https://hiro3ads6.wixsite.com/adsshr-3/cを参照ください。


posted by たわし at 01:57| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

青木美希『地図から消される街 3.11後の「言ってはいけない真実」』

たわしの読書メモ・・ブログ532
・青木美希『地図から消される街 3.11後の「言ってはいけない真実」』講談社(講談社現代新書)世界書院2018
 この本は、フクシマ原発事故の現在というところで、よくまとまった読みやすい本で、また政治が弱い立場のひとたちにしわ寄せしていく被害者の切り捨ての政策というところの焦点がクロスして重なった、お薦め本です。後者に関しては、ブログ292の山口研一郎/編・著『国策と犠牲 ―原爆、原発 そして現代医療のゆくえ』社会評論社2014という本があります。今、取り上げている青木さんの本は、青木さん自身が朝日新聞の記者で、原発震災の問題に焦点を絞った、しかも、ジャーナリスト魂というようなことを鍛え上げていく過程で、インタビューと「裏を取る」作業を取りながら、丁寧に書き上げた本です。まさに章それぞれがその作業の記録なのです。とかく新聞記者というと、客観的なというところから客観主義的な記事を書いてしまいがちですが、青木さんはひと味もふた味も違う、というより何か根本的に違うのです。SNSでフォロワーになっているのですが、投稿の文のなかで、自分の子ども時代の貧困の問題とか家庭の問題とか書いていて、自分のジャーナリストとしての活動のエネルギーがそこにあることを押さえているところから、他者の痛みへの共感で、それでも感情に押しながされないで、論理的な詰めをしていく、その文を読んでいくと、わたし自身多分に老いも伴って涙もろくなっているせいもあるのですが、まさに棄民的なところに追い込まれている被害者の件は幾度となく涙してしまっていました。
この本を読み、この文を書いているのは、丁度、新型コロナウィルス対策の失政の中で、まさに検査を受けられないで死んでいくいるひとの話が出て来ていました。その中でも、娘さんが、父親がコロナウィルスにかかって亡くなったのですが、父親が例の「基準」なるもので、基準を守ろうと母親を止める中で、母親が保健所に泣いて検査をして欲しいと頼んで断られていて、結局容態が悪化してから、検査を受けて陽性になったという話、どうして、こんなおかしな「基準」なるものを作ったのか、憤りと悲しさが交差していきます。とうして、政治はひとりひとりのいのちや生活をちゃんと大切にしないのか、まさにひとが数になっていく、しかもその数が隠蔽され操作されていく構図が、原発問題と交差していきます。
この本に話を戻します。もっと細かいことを記述していきたいのですが、この本は是非手に取って読んでもらいたいので、目次と、印象に残った文の切り抜きに留めます。
目次は章だけ抜き出します。
はじめに
序章 「すまん」原発事故のために見捨てた命
第1章 声を上げられない東電現地採用者
第2章 なぜ捨てるのか、除染の欺瞞
第3章 帰還政策は国防のため
第4章 官僚たちの告白
第5章 「原発いじめ」の真相
第6章 捨てられた避難者たち
エピローグ
切り抜きメモは印象に残った文を切り抜いておきます。もっとあるのですが、実際本を読んでもらうために、ちょっとだけ。
「私は7年間、福島第一原子力発電所事故を追い続けている。/この間、避難者に向けられる目は次々に変わった。当初は憐れみ向けられ、次に偏見、差別、そしていまや、最も恐ろしい「無関心」だ。話題を耳にすることが激減した。/関心が薄れたところで、政府は支援を打ち切り、人々は苦しんでいる。」3P・・・必ずしも「無関心」ではありません。ずっと、反原発の運動は粘り強く続いています。わたしも母の介護で参加が遅れましたが、母を看取って東京に戻り参加してずっと継続しています。
「福島第一原発事故は、私たち一人一人が、チェックなきままの原発政策を許してきた結果だ。この教訓生かさなければ、再び過ちはくり返される。/少しでも耳を傾けて欲しい。/政府の都合で弱者を、声の小さい者を切り捨てていいとする社会にしてはならない。/次に切り捨てられるのは、私やあなたかもしれない。/新聞不信の中で、落ち込み、萎縮することもある。けれどインターネットなどで受けのいい記事だけでなく、たとえ世間が忘れ去ろうとしても、伝えるべき事実を伝えるという新聞記者の果たすべき役割がまだあるはずだ、とも思う。/痛烈な自己反省を込めて、私は「不都合な事実」をここに記そうと思う。」5P・・・「はじめに」の最後のフレーズ、まさに新聞記者魂、ここにあり。 
「13年6月に「いじめ防止対策推進法」が議員立法で制定された。」206P――その中身「・・・・・・本人が嫌な思いをした場合にはとにかくいじめとして調査する。・・・・・・」231P・・・嫌な思い、痛みというところをとらえ返すこと、それがこの著者の原点であり、そこからの活動のエネルギー――わたし自身が「障害者」として差別をとらえ返し、いじめ・体罰(虐待)関係裁判の支援に関わってきた立場での共鳴
「「原子力 明るい未来のエネルギー」という標語の看板が双葉町の道路から撤去された。あとには何もないまち。名前をなくすまち。/安全だと言われ、鵜呑みにしていた私たち社会の過信が生んだ悲劇だ。/その姿は、私たちに奢りへの猛省を促し、一人ひとり、自ら判断して立ちなさいと言っているかのように見える。」284p・・・最後のフレーズ、この本の表題にリンク


posted by たわし at 01:54| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

LITALICO研究所OPENLAB第4回「わたしたちは何を「見て」いるのか ユニークな自己肯定(伊藤亜紗さん篇)」

たわしの映像鑑賞メモ041
・LITALICO研究所OPENLAB第4回「わたしたちは何を「見て」いるのか ユニークな自己肯定(伊藤亜紗さん篇)」2019.10.31
本三冊を読んで、インターネットで伊藤亜紗さんのビデオを探していて、このビデオにヒットしました。当事者としての話として、本人は「隠れ吃音者」を自認しているのですが、外国に行ったとき、英語をしゃへるときに思いっきり連発の「吃音」が出たという話をしていました。わたしは「隠れ」ではありませんし、とくに学生時代英語の音読は言葉が出ませんでした。それから、新しく仕入れた日本音声言語――書記言語の単語の時も、言葉が出ないということがありました。でも「吃音者」にはいろんなタイプのひとがいて、英語の先生をしているひとがいて、英語の時はスムーズに言葉が出るという話をしていました。「どもった記憶がない」というところの話かなと思っています。
実は、ビデオはいくつか観たのですが、このビデオの話がわたしの関心領域とヒットしました。
伊藤さんはレジメ的文を出していろいろ話をしていたのですが、細かい説明文を省くと
@ 医学モデル(産業革命――1970s)
A 社会モデル(1970s――)
B 美学や当事者研究によるアプローチ(2010s――?)
という内容です。
これは、障害学における一般的な押さえ方としては食い違っています。「社会モデル」の話が出たのは、イギリス障害学における当事者からの突き出しと言われています。でも、あながち間違いとは言えません。日本の「障害者運動」の中でも、「自分たちを変えるのではなく社会を変える」という言葉が出ていました。ですが、その当時は医学モデルの変形の発達保障論があり、それと個人モデルの範囲内の「障害個性論」が対峙していました。社会モデルや関係モデル的なことは埋もれていたのです。
伊藤さんの美学的なところでのBの突き出しを、わたしは関係論として突き出しています。丁度、2010年を前後してですが、それよりもすでにずつと前に1970sに「障害とは関係性の問題である」という関係論的なテーゼもでていました。ですが、日本の「障害者運動」には1980sを境にして断絶があります。理論的にきちんとした整理がなされないままに、とりわけ哲学的な掘り下げがないなかで、アメリカの自立生活運動のながれや、WHOの障害規定を巡る議論で、そしてイギリス障害学やアメリカ障害学の議論が入ってきて、そこでの議論に収束されました。問題はイギリス障害学の「社会モデル」の突き出しの中で、それを第1世代として、第2世代の批判が起きたことです。それがフェミニズム障害学を僭称して余計に混乱に拍車をかけました。伊藤さんは、このビデオの中で、社会モデルは大切だけど、それだけでは足りない、というはなしをされています。その話がわたしの中ではフェミニズム障害学のモリスの話にリンクしていきます。これを伊藤さん的にアレンジして押さえると、「体の問題が抜け落ちている」となります。そこで、身体論的には肉体と精神の二元論を批判する「身体とは関係性の分節である」ところからする関係論として突き出せることではないかと思っています。すでに書いてるように身体論の詰めができていないので、そこをなんとかしなくてはいけないのですが。障害学では、もうひとつ、「文化モデル」という表出もでています。伊藤さんのBとも少し重なるのですが、これははっきりズレています。文化というのは一位相ですから。
さて、医学モデルのところの伊藤さんの説明で、産業革命の頃に確立した標準的人間像の話が出ていました。これによって「障害者」が出て来たのだという話です。このあたり、WHOのICFが未だに「標準的人間像」から障害規定をしていて医学モデルに収束している現実をとらえると、そして各国の障害規定も医学モデルから抜け出せていない現実をとらえると、ひとつの大切な提起だと思っています。


posted by たわし at 01:49| 映画鑑賞メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

NHKEテレ「スイッチ・インタビュー 柳家喬太郎×伊藤亜紗」

たわしの映像鑑賞メモ040
・NHKEテレ「スイッチ・インタビュー 柳家喬太郎×伊藤亜紗」20.5.2(再)
読書メモの前出の『どもる体』の話をしていた矢野さんに、このビデオを送ってもらい観ました。
これはNHKのスイッチ・インタビューのシリーズのひとつのようです。他の番組を観ていないのですが、スイッチというのは、ふたりの対談者が質問する側と答える側をスイッチを切り替えて、インタビューする番組です。今回の場合は、場所も切り替えています。
柳家さんは新作落語で名を馳せたひとのようで、伊藤さんは東工大での教員の美学者です。かなり異色の組み合わせです。当人たちもどういうやりとりになるかちょっと不安感をもって出会っているのですが、かなり「面白い」やりとりになっています。最初は伊藤さんが聞き手です。場所は柳家さんの新作落語の課題にしているウルトラマン関係の飲食店のよう、店は閉まっているところでのインタビュー、ウルトラマン関係と言っても反語的で正義の味方は入店禁止になっているようです。
柳家さんの話も面白いので、もし観れたらぜひ観て欲しいのですが、このビデオはわたし自身では探し出せませんでした。とにかく、このビデオは伊藤さん絡みで観たので、柳家さんの話は、ほぼはしょらせてもらいます。伊藤さんはよい聞き手なのですが、そのなかで、自分の意見のようなことを述べているところを書き置きます。正確な起こしにはなっていません。断片的なメモ的な発言を書き置きます。
「障害をもつ人の話を聞くことは、私にとって小説を読むのと同じ」・・・伊藤さんの美学は「面白さ」知的好奇心・探究心としての学。「障害をもつ人」の表記は(伊藤さんの体論からきているのでしょうが)医学モデルそのもの
「みんなで鑑賞すると絵が変わって、名画になる」
「落語はみんなで温泉につかっている感がある」
「落語はバッド・エンドが多い。私は動物映画が好きで、そこは弱肉強食の世界、しかし、爽やか感がある。」
「ミジンコになりたい」(二人とも共鳴)
「樹になりたい」(伊藤さんは幹や枝葉、柳家さんは根のイメージ)
「「障害をもつ人」に、同じだよ、仲間なんだというのはない」「多様性というのではなく、持ち場がある、ということ」「「障害をもつ人」だけのことではない」

後半は、伊藤さんの仕事場の東工大キャンバスでの、柳家さんが聞き手になってのインタビューです。落語家ですから、ときどき面白い突っ込みも入るのですがこれもはしょらせてもらいます。主に伊藤さんの、余り正確ではない文字起こしです。(音声の起こしなので「」の付け方はわたしの感覚)
「美術における哲学――美学」「美学は哲学のきょうだい」
「言葉には体の葛藤が乗っていない。普通の言葉は「健常者」用にできているので言葉で表せない」「小説を読むように聞く」「体のもっている可能性」
「「障害」は欠除ではなく、基準が違うだけ」
 さて、ビデオでは大学でのワークショップ的授業の様子がながされています。
 一つ目は、ボックスティシュを箱ごと渡して「ボックスティシュを否定せよ」というテーマ、ボックスティシュの機能から一番遠い機能にすることということ。いろんな作品が学生ら出ていました。モップ、鼻にもじった生け華・・・
 さて二人で構内を動きながら対話を続けて行きます。そのなかでの発言。
「見えている側がうまく言えない」――「見えているからこそ見えていない」
 非「視覚障害者」にとって視覚優位の感覚なのですが、石のはられているところの境の話や陰から出て陽のあたるところは「視覚障害者」にとっては陽のあったかさの感覚とか、「見えちゃっているからこそ捨てちゃっている情報がある」
「視覚障害者」でもどういう感覚を使うがマチマチで、中には柵を聴覚的な情報として、音の跳ね返りからバ―コード的にとらえる感覚の話が出ていました。
 ワークショップの二つ目の映像は、ダイアログ・イン・ザ・ダークの話です。
「これを経験すると人間関係が変わる」「恐いからつ初対面の人にでもつかまる」「伝わるではなく、伝わっていく感覚。私にとって心地よい」
 ワークショップの三つ目は「視覚のない国があったら」というテーマでの意見の出し合いです。
「「見えない人」の世界では、「身の回りのもの」という感覚がない。共有物が増える」←柳家さんから「死角」とか「盲点」ということなどないという話も出ていました。・・・「障害者」の立場からのいろいろな可能性がとらえられます。
 この後半の話で、伊藤さんから、前半の落語の話の続きで、「新作は古典。古典も新作。」という話が出て、柳家さんから「なるほど、いい話が聞けました」と共鳴しているシーンがありました。

さて、個人的な感想のようなことも含めてもう少し書き置きます。
本での著者紹介で、美学者ということばがありました。美学ということがいまひとつ、わたしにはとらえられません。というのは、そもそもわたしはおよそ文化・芸術、自己表現的なことに疎いひとでした。音楽は音感がなく、スポーツはまるでだめ、絵も野外スケッチで絵を描いていると、そこに家があったのに、書いている間にうまく筆先か使えず塗りつぶしてしまうという有様です。演劇は「芝居」ということでの想像性が働かず、嘘くさい世界のようにとらえてしまいます。カメラとか映画ということが唯一の受け手的なところでの感性はわずかながらも、かろうじてあったのですが、わたしは運動人間で、そちらの方に走り、「文化を語れない朴念仁」を自称してきていました。だから、確かヘーゲルが「美学」という論攷を書いているのですが、そちらはそういう本があったというに留めている次第です。だから、およそ「吃音」つながりや「障害」問題のつながりがなければ、美学などという領域の本には出会えなかったのです。まさに一期一会なのです。
そもそも、運動の論理からその運動が自己表現活動的に歪められてくことを批判していたのです。それでも、乗りかかった船的に、美学ということにコメントしていくなら、これは美ということ、いわば知的探究心というようなところで追い求めていく、自己表現的活動のことではないかと思うのです。まさに、その世界に踏み入っていけば「面白い」こで、まさに伊藤さんのキーワードはこの「面白い」を楽しむことにあるのだと思います。誤解のないように書き置きますが、わたしはそもそも、みんなが自己表現的な世界を楽しめるようになることが、新しい社会像だと思っています。ですが、今、わたしにはそんな余裕も生き方もできようにありません。楽しめるひとは楽しめばいい、というより楽しんで欲しいのですが、少なくともわたしにはできないので、わたしの途を進むしかありません。かなり情緒的な意味不明の文を書いてしまいました。


posted by たわし at 01:46| 映画鑑賞メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月16日

張一兵『レーニンへ帰れ―『哲学ノート』のポストテクストロジー的解読』

たわしの読書メモ・・ブログ531
・張一兵『レーニンへ帰れ―『哲学ノート』のポストテクストロジー的解読』世界書院2016
 これは張さんの「帰れ」シリーズの一作。わたしにとっては、『マルクスへ帰れ』に続く、2冊目の本です。「帰れ」ということは、レーニンは正しいから、レーニンに立ちかえって、レーニンを押さえ直そうという意味ではかならずしもありません。レーニンの神格化された部分も、文献学的に押さえ直す、しかもポストテクストロジー的に押さえ直す作業ということです。ポストテクノロジーという新しい概念ですが、わたしはテキストクリティーク、自分でテキストを作り出すが如く読み解く作業、として言われていることを押さえ返し読み解いていました。「かならずしもありません」ということをわざわざ書いたのは、著者はレーニンの神格化批判はしているけれど、レーニンとの対話――批判が、わたしからとらえると不充分だとの思いがあるのです。全体として、レーニンへの基本的共鳴になっています。批判的なほりさげが足りないのです。
 これは、レーニンの唯物論と弁証法、いわゆる「弁証法的唯物論」のとらえ返しの作業を哲学的のところまで踏み込んだレーニンの文献学的とらえ返しの作業の本です。これは文献学的に貴重な資料となる本です。いろんな新しい概念を突き出しつつ、そのことをテコにして、レーニンの『哲学ノート』を読み解き、そこに関わる文献も読み解いていきます。レーニンの自筆の原稿のコピーを入手して、まるでタイムマシンに乗って、レーニンの側に居て対話するように、細かい心理学的な、分析までやっています。残念ながら、それを検証しうる力は、わたしには程遠く持ち合わせていません。ですが、極めて興味深い読み解きになっています。
 レーニンは、唯物史観の定式をした『ドイツイデオロギー』も『経済学批判要綱』も読めなかったと言われていて、そもそも唯物論の掘り下げが不充分だと言われています。また、その弁証法は、エンゲルスの図式化した弁証法概念で、とりわけエンゲルスの反映論にとりこまれています。それは何かというと、「ヘーゲルの絶対精神の、自己展開・疎外・外化」という論理にからめとられているということです。そこで何がおきるのかというと、レーニンが弁証法で繰り返しだしているのは、認識論と弁証法と論理学の統一ということで、そこで三分類として、なぜ、弁証法がはいるのかということがあります。弁証法はそもそも、全部を統括していることです。さて、わたしが認識論的に学んだ廣松さんが提起しているのは、ヘーゲル弁証法の存在論と認識論と論理学の三位一体的統一ということを批判し、存在論を切り離しています。存在論を入れると、ヘーゲルの絶対精神の、自己展開・疎外・外化という論理に陥ってしまうのです。弁証法は、認識論と論理学においては、ヘーゲルが突き出した、いろんな概念が有効です。当事者意識と第三者意識の入れ型の認識の深化の方法論や網と網の目の関係とか、ヘーゲル自体も関係論的な観点があり、そこからいろんな弁証法概念が出ていました。レーニン自体は、絶対精神を観念論として退けています。だから、絶対的真理ということも批判しています。ですが、それが論争過程で、それがレーニン自身のことばか、ひょっとしたら改ざんの可能性もあるのですが、ところどころ、「絶対的真理」という内容が出て来ます。それがレーニンの教条主義化とリンクしています。そもそもは、エンゲルスの「反映論」です。反映論というのは、三項図式のアポリアをヘーゲル的にこえたところで出て来ているので、「ヘーゲルの先祖返り」と言われることになっています。張さんは、この「ヘーゲルの先祖返り」的な批判を批判していますが、レーニンの認識論、弁証法、論理学という分け方に共鳴していて、しかも、三項図式のアポリアをどうレーニンや自分が超えるのかを何も書いていません。結局反映論がどういう意味をもつのか、そこで弁証法の図式化ということが、法則の物象化・物神化になっていく構図を押さえていません。法則なり真実ということは、共同主観的な妥当性とその第三者的なとらえかえし、それこそが弁証法的深化という意味での照射ということにあり、法則とは実践における仮説の援用という意味しか持たないと言いえます。そのあたりの相対性をマッハあたりが展開していたのですが、レーニンがそのことを批判していたのは、結局絶対的真理のようなことを設定することになっているとしか思えないのですが、レーニン自体は揺らぎつつも、ヘーゲル批判の中身として、一応「絶対的」という論理は退けているようですが、エンゲルスの反映論を宣揚しているので、結局ヘーゲルの弁証法を受け入れてしまっています。三項図式をどう超えていくのかということでの論考が必要になっているのです。このあたりは、廣松さんが論攷をすすめていること、ですから、この本を読んだところで、廣松さんのエンゲルス論や弁証法に関する論攷をここで読んでおきたいのです。「唯物論と経験論批判」の読書メモの後に、廣松さんの著作集を読んだように、ここでも読んでおきたいのですが、今そこまでやりきれません。ここで、問題になっているのは、張さんが『マルクスへ帰れ』で廣松さんとの対話部分です。張さんは、廣松物象化論を物象化ではなく事物化ということで置き換えることだと批判しています。ですが、廣松物象化論は、そもそも物的世界観から事的世界観へのパラダイム転換ということで突き出していることで、その意味と意義を押さえているとは思えないのです。この物象化論の中身は実体主義批判です。レーニンにも張さんにもこの実体主義批判ということは出て来ません。ここで、押さえておくことは、漢字文化ということで、漢字の共通性ということでの翻訳で、中国語としての漢字を翻訳しないで、そのまま引き出していることでの、押さえにくさが出ている可能性があると思えます。とくに、とこの物象化ということの中国語のニュアンスと日本で使われている物象化概念にずれが生じているのかもしれません。それは、文献学的読み解きのキーワードとして使っている言葉などのことにも現れています。このあたり、「廣松ノート」の作成に入るときに、廣松さんの論攷から対話をしていくこととして先送りせざるをえません。廣松さんの本のみならず、ここでわたしの学習は、レーニンが示している文献の読み直し、とりわけ、エンゲルスの弁証法の押さえも必要になっています。課題は多く、時間は限られています。廣松さんの学習の際にできたら、もう一度この本との対話に踏み込みたいのですが、とてもそこまでやれそうにありません。
 もう一点、「弁証法的唯物論」の押さえの問題、「弁証法的唯物論」というのは、法則を物象化している類いで、ヘーゲル弁証法へ取り込まれこまれとして、マルクス派のなかからも批判が出ているのですが、認識論的に深化していく対話としての弁証法という意味ではありだとは言いえます。ただ、この本の中でも、そしてレーニンも法則の物象化・物神化に陥ったところで、このことばを使っているのでそのことは批判していく必要はあるかなと思っています。レーニンは、実践のひとで革命家として、哲学まで踏み込みました。だから、弁証法もまさに「実践の弁証法」と押さえ展開していきました。そこにレーニンの真骨頂があったのです。レーニンの本とされることは多分に、マルクス――レーニン主義として教条化していったひとたちから歪曲され、かなり改ざんもおきているようです。そのあたりも押さえながら、レーニンを読み解いていく必要もあるのではと思ったりしています。
 この読書メモも、切り抜きメモを作るべく、本に書き込みをしていたのですが、中途半端なメモにしかならないので、どうしようか迷っていたのですが、とりあえず章ごとの簡単な切り抜きメモにとどめつつも、文字化しておきます。
出版説明
 この本は「鳳凰文庫」の中に収められているので、鳳凰出版委員会の文が冒頭に載せられています。それがまさにスターリン主義的国家主義的民族主義的な文になっています。こういうことこそ今批判が必要だと感じていました。
日本の読者へ
 事物(Sache)へ帰れ19P・・・「帰れ」の現象学的還元とのリンク
スターリンの絶対的真理やテキストのなかにおける絶対性に対する著者の批判20P・・・レーニンには「絶対的真理」ということにとらわれていたのか、抜け出していたのか、反映論やヘーゲル弁証法へのとりこまれのなかでは、逃れ得ているとは言えないのでは?
「それは、伝統的な研究中では「見えなかった」ものとは、テキストという「物」(Ding)の中に存在するのではなく、テキストの背後の「事物」(Sache)に存在するということである。」20P
 ベルンノートの重要性21P
「テキストの構造環境方式による解読」「思想構造環境論」21P
「ポストテクストロジー的解読」22P
「マルクスの史的唯物論の現代的解釈として、私は、四つのカテゴリを用いて構造環境論モデルの解明をあらためて行った。すなわち、それは、主体が向き合う物質的存在と彼自身による「労働による造形」(formating)、主体と造形されたものとが一定の効用関係の中でシステム化される「関係構造式」(configurating)、主体が生産と社会活動の中の特定の歴史条件を通して、物的存在と社会的存在を組織化する「秩序の生産」(ordering)、人間の社会的実践・個人的営為・言語活動の中で機能的に構築および脱―構築される日常生活と社債的存在の「構造モデルの形成」(modeling)の四つである。そして、この後に、はじめて存在の上層たる現実生活と思想の構造環境(situating)が位置付けられるのである。」23P
序言
『マルクスへ帰れ』との関係――「フッサール――ハイデッガーによる現象学的意味での「事象そのものに帰れ」という論理方法を借用したものにほかならない」27P
著者の哲学ノートとの関わり28-9P
レーニン自体の転換――変化と発展のプロセス29P
「(かつて)私はレーニンの弁証法思想がそれぞれの時期にそれぞれの質を示していることを指摘したに過ぎず、その中に含まれる論理の道筋を真の意味では発掘できなかったのである。」30P・・・後に、ベルンノートにおける途中での転換をつかむ
「テキスト学的幻像」30P
「レーニンが如何に哲学的唯物論立場を把握し、続いて、困難を重ねつつ徐々にヘーゲルという巨大建築物に入って行き、しかる後ヘーゲル論理の頂点に立ち、マルクスと肩を並べ、最終的には、実践的弁証法の要諦総体の論理を獲得していったか」31P   
「私が研究方法やレーニンの哲学思想の総体的認識の上で非常に重要な新しい収穫を得たことである。」32P――その内容@レーニンの「哲学ノート」は一冊の本と言えるものではない。32-3P「(レーニンは)論壇に登場したときからマルクス主義者だった」33Pレーニンの思想の深度を「ベルンノート」だけの孤立化と偏重から見ると「非科学的な非同質性論理の強要が現れる」33PAそれぞれの特別な思考コンテキスト――レーニンの哲学思想の変化、発展、場合によっては重大な認識上の飛躍33-4P――「社会歴史の発展が「自然の歴史過程」であるという認識を突出させたのである。」34P(・・・ヘーゲル――エンゲルスの系譜からの外化の弁証法、自然弁証法の基礎に立つ史的唯物論という流れ)「この時のレーニンは真の革命的な歴史弁証法の指導を必要としていたのである。」「ヘーゲル哲学の研究過程があったからこそ、ヘーゲルの『論理学』の読解を通じて、レーニンは、マルクスの現実を変え、「存在を消滅させる」という実践的弁証法の概念を一歩進んで深く理解し、最終的にロシア十月革命を指導しそれに勝利した哲学上の理論的武器を獲得できたと、私は気づいたのである。」34P(・・・客体次元――主体次元――実践弁証法)B「ヘーゲル哲学の原初のコンテキストとの対比性分析・レーニンの読書過程における思想転換についてのミクロ的な考証。レーニン最期の思想的総括と思考などについては、かなり新しい進展が見られた。」34PCテキストの構造的環境の上に立った方法による解読35-8P 「晩期バルトのあの「テキストの解読は本質的に復元ではなく創造的な生産である」35P(・・・テキストクリティーク)――その具体的内容35-8P(その一)テキスト自体の問題性――自らの理解自体の検証(その二)テキストの四分類(@)二次的テキスト(読書ノート、抜き書き、心得)(A)生成中のテキスト(B)完成された、公開されたテキスト(C)疑似テキスト、構成されたテキスト(人為的なテキストの再構成――「読解自身に対する再解読と再読解」)――4つの分類の上で構造環境理論という方法論(その三)成果がどのようにもたらされたか――教条主義批判
「構造環境理論は人間の存在についての東洋的な私の総体的観点である。」37P
「構造環境の存在こそが同時に構築と脱構築の原因となっている」「当然歴史事実の中では、構造環境の存在は通常他者性の鏡像と偽りの構造環境(幻像)の同体共存として現れる。」37P
「レーニンの理解度はマルクスの歴史的弁証法の思想の深度には到底及ばないことを明らかにしている。」39P
注16スターリン教条主義の深層言語鏡像、18ラカンと共同主観性、19ラカン/アルチュセール/ボードリヤールとの対話、20先験的理性の枠組みによる総括論の典型
序論・・・全体の要約的な内容
「思想構造環境論」45P
 第一期1894-1907年、プレハーノフと第二インターナショナルの理論家に依拠47P
「他者性鏡像」49P
 第二期1906-13年『唯物論と経験批判論』と「ベルンノート」の断絶問題50P
 第三期1914-「『ベルンノート』の中に見られるレーニンの不断に変化する飛躍的な哲学的思考」「マルクスとエンゲルスが弁証法ついて議論する時いつもヘーゲルを話題」「プレハーノフなどの解釈の言葉の中にある他者性の鏡像を打ちこわし、一種の自主的な思想構造環境の中でさらに深くマルクス主義哲学の実践的弁証法という革命的本質を把握」「レーニンの『ベルンノート』におけるマルクスの実践的弁証法の論理に対する理解のコンテキストと、マルクスの史的唯物論と歴史弁証法の論理との間にはまだ一定の歴史的距離があったということである。」51P
 他の著作との関係52P
 同質ではない、同質性から論理を導き出すのは誤り、レーニンの著作、そのときの真実に近い思想53P
 歴史的論理の枠組み56P
 時系列に沿った編集という提起59P
記号の位置付け67P
 今も尚続くレーニンの誤読――「哲学ノート」の同質性、絶対的成熟度、西洋レーニン学、「「哲学ノート」はヘーゲルの観念論に依拠した宣言であり、『唯物論と経験批判論』に存在する唯物論的な観念の枠組みを直接解消」、二人のレーニン68P
 思想系譜学 知の考古学68P
構造環境――抑圧構造73P
マルクス――レーニンの同一視批判76P
 ケドロフ77P
 プラン構想論批判78P
「六、思考回路を替える」80-96P
イデオロギー 同一のレーニンという思い込み81P
 いくつかの問題で超えたに過ぎない83P
 環境構造論83P
 「私は単純な反映論には反対する。」84P・・・「単純」? 反映論になぜ反対するのかという、論点が出ていない
ポストテキスト学84P
テキスト構造環境理論84P
 マルクスをイデオロギーから解放し現在に活かす89P
 テキスト解釈の進展過程@記号テキスト次元の解釈A相互に関係し合う意味の場の理解B生産的なテキスト解読の思想構造環境90P
解読は復元でなく創造的生産91P
 思想家の理論形成  他者性の鏡像空間――自主的な思想構造環境――独創的な思想構造環境92P
「ベルンノート」は学習ノート97P
「ベルンノート」の歴史的段階4つ@他者性の鏡像のコンテキスト下A思想矛盾の時代B自主的思考の時代C思想的要約97-98P→精細100-9P
方法論的問題4つ98-100P@事前に他者性の読解の枠組みを作っていたことA最初の単純な基本的判断とその後の接近と理解Bマルクス主義哲学に対する理解C系統的な哲学研究の真の実践的趣旨
他者性の鏡像という認知状況の中身@マルエンの転倒説Aフェイエルバッハ、ディーツゲンの哲学的唯物論Bプレハーノフの援用から再構築された程度の高くない理論98P
 方法論のAで、「ヘーゲル弁証法の論理状況はレーニン自身の思想の中に重大な認識論的転換が起こった後はじめて真の意味で活性化され、同時に実践的唯物論による変形と転喩を経た後、マルクスの哲学のコンテキストに対する新たな認知と活性化にも到った」「レーニンのヘーゲル哲学への認識について、それぞれ異なる認知の枠組みに基づいた二つの完全に異なる思想理論空間が現れた」99P・・・レーニンと著者も押さえ切れていないもうひとつ別の空間も
「実体論の弁証法」105P・・・これは「存在論」と置き換えるところ
「人々のよく知る弁証法、認識論、論理学という「三位一体」の再確認」106P・・・「弁証法」のところは「存在論」
注11コルシュの『唯物論と経験批判論』に対する「無意識のヘーゲル主義の著作」という批判は「「ベルンノート」を読んでいない」という著者の批判120P
注132 民族精神・・・?
上篇 哲学の聖殿へ向かうレーニン
第1章 革命実践中の青年レーニンと歴史の主体・客体次元
1894年頃のレーニン「社会の運動を、人間の意志や意図に依存しないばかりか、むしろ逆に、人間の意志や意識や意図を規定する諸法則にしたがう、一つの自然史的過程として観察する」133P・・・まさにスターリン主義
マルクスの『共産党宣言』ロシア語版第2版序言「もし、ロシアの革命が西洋のプロレタリア革命に対する合図となって両者がたがいに補い合うなら、現在のロシアの土地共有制は共産主義発展の出発点となることができる。」135P
「上部構造を経済的土台の外皮と見るのは明らかに不正確であろう。」137P・・・誤り
 ヘーゲル弁証法の全否定の時期140P
 プレハーノフの誤り――地理環境決定論、抽象的な観念論的弁証法143P
 プレハーノフへの哲学的批判は「ベルンノート」の大論理学の抜き書きの中から144P
「聖家族」ノートの時期の青年レーニンのマルクス・エンゲルスの思想の基本的認識@『聖家族』は過渡的なものA人民大衆の社会歴史発展における地位に心を寄せていることBフランスの唯物論=哲学的唯物論批判153-8P
 レーニンのマルクスの思想転換の押さえ@社会主義への転換A人間主義・人間的押さえB社会的生産関係C労働価値説への接近153P
 レーニンは、マルクスの過程的な人間主義的な内容を押さえていない154P
 世界観と政治思想とのリンクがない158P
 発展の法則というところでのヘーゲル評価159P・・・晩期マルクスの発展の法則への押さえ
「レーニンの現実的革命実践の論理の中の自主的な変化」159P
「聖家族」のなかの「「歴史はなにごともおこなわ」ず、人間こそが一切を想像する」という言葉のレーニンに与えた影響160P・・・革命の主体性
 レーニン「労働者の資本主義制度に対する不満を自覚的な政治闘争に転化しなければならず、かつこの転化は「われわれがもちこまねばならない」」――経済主義から政治闘争へ163P・・・外部注入論
 レーニンのロシア資本主義論への著者の「議論の余地がある」という押さえ163P
著者の「マッハ主義という反動的ブルジョア学説」164P
 哲学的なところでのレーニンの当時のプレハーノフの評価165P
当時のヘーゲル弁証法の評価「マルクス主義がうけついで、正しくすえなおした偉大なヘーゲル弁証法」165P
第2章 レーニン・プレハーノフと哲学的唯物論
「レーニンが不正確にも史的唯物論を哲学的唯物論の歴史領域への適用と見ていた」184P
 哲学的唯物論――フェイエルバッハとディーツゲン←後のレーニンの史的唯物論の中の実践的弁証法186P
 プレハーノフにとってフェイエルバッハ(非歴史性から出発)とマルクスは分離していなかった191P
 疑似テキスト、解読コメントの解読方法「知識情報の伝達は単純な発信と受信の線形の過程ではなく、同質の相互的構造化の整合過程であり、人々は、自分の理解できるものだけが見え、自分の認知論理構造と合わない情報を排除するか、あるいはそれが根本的に見えない(見ても見えない)」192P
 史的唯物論の基礎は哲学的唯物論であるというプレハーノフへの著者の批判196P
 スピノザ主義196P
 プレハーノフのマルクスの「フェイエルバッハに関するテーゼ」からの引用は実践的弁証法になっていてレーニンと合致――プレハーノフの地理的決定論と矛盾197P
 プレハーノフの「飛躍は存在せず」199P・・・メンシェビキの政治思想の象徴
付論1 物・関係・物神性 忘れ去られた思想闘争――1908年のプレハーノフとボグダーノフとの哲学論戦
 ボグダーノフはマッハの思想を批判もせずに受け入れ205P・・・マッハの思想の意義をとらえ返す必要
 ボグダーノフは物神崇拝から社会を読み解く――マッハとマルクスの結合の試み――後の西洋マルクス主義とリンク209P
 著者のボグダーノフ批判「彼は科学認識の中の新しい事物を正視したけれども、客観的物質的存在を自然観の中に存在する「物神崇拝」として否定し去ったのである。」209P
「マルクスの実践関係実体論からこっそりとマッハの関係実体論へ行こうしようとするものであった。」209P・・・?実体主義批判を著者はとらえ切れていないのではないか
 ボグダーノフの「物」210P・・・ハイデッガーの「用在」
マルクス『ワグナー教科書評注』とボクダーノフ210P
ボグダーノフ『組織形態学』と「フェイエルバッハに関するテーゼ」11条210P
 外的存在としての物211P・・・「主観的見方」が共同主観性論とリンクする可能性
 著者の、ボクダーノフはマルクスがとらえていた「社会的存在」や「社会関係的存在」をとらえそこなっていた、という押さえ211P
「ボクダーノフは、プレハーノフとレーニンはともにマルクスの物神崇拝理論、すなわち事物化関係の物神崇拝批判唯物論批判にほかならないということを認識できなかったと言いたいのである」213P・・・著者はそもそも「物象化」ということを「事物化」という言葉に言い換えているので、「物神化」と言う概念がだせなくなっています。このボグダーノフついて著者は、はっきりした評価を下していないのですが、一定妥当だとわたしは押さえています。このあたりが論点になっています。
「プレハーノフとレーニンは、政治経済学の理論の部門についてはともにボグダーノフより、ずっと精通していたが、二人とも経済学の範囲を守りそれを越えて哲学的批判の論理を提起することはなかった」213P・・・当初のレーニン、ヘーゲル論理学まで到る学習、ただし、ヘーゲル弁証法へのからめとられ
 ボグダーノフの押さえ――「マッハ主義の関係実体論とマルクスの関係実体論の同質性」214P・・・そもそも実体主義批判の必要性
 ボグダーノフ「マッハが認識過程と社会労働過程の関連について描写した部分では、彼の観点とマルクスの思想の符号は時には驚くべきところがある」219P
「プレハーノフが個々で指摘したマルクスの「経済的唯物論」なるものは実際に存在しないものである」「第2インター理論家たちの誤った解釈」216P・・・メンシェビキズムのタダモノ的決定論とも共通性
第3章 レーニンとディーツゲンの哲学的唯物論
 ディーツゲン「マルクスとフェイエルバッハの間には根本的な異質性が存在していることに彼は気がついていなかった」225P
「マルクスは伝統的な哲学的唯物論(経験論からの帰納による実在論)を社会生活に運用したことはなく、まずもって社会生活の実践の中で、史的唯物論という「歴史科学」を確立し、ここからすべての哲学的世界観に根本的な革命をはじめてもたらしたからである。」225P
 ディーツゲンの誤り「古い唯物論を社会主義と直接結び付けてしまったことである。」225P
 レーニンの党派性はディーツゲンの影響、1908年の『唯物論と経験批判論』の中に現れる党派性232P
 ディーツゲンが突き出した弁証法的唯物論「この概念は、プレハーノフ、レーニン、スターリンの認定を経て、後に、20世紀のすべてのマルクス主義哲学の実体論、認識論のキーポイントとなる名称の一つとなった。」235P・・・著者は実体主義批判がないので、存在論とするところを実体論と表している
 ディーツゲンの転換――形而上学、機械的唯物論の批判から弁証法的唯物論へ236P
 ディーツゲン「両者(観念論と形而上学的唯物論)はともに精神と物質の区別を付けすぎた」236P
第4章 レーニンの現代西洋哲学に対する初歩的理解
 虚構のレーニン像と真相を隠すことのなかで「非歴史的に歴史を作りあげる」245P
「シュリャチコフは、何人かのマルクス主義者が政治――哲学二元分立の観点を持っていることについて批判をしている。」245P
 レーニンは歴史的限界性のなかで「マッハ――レイの誤った思想の中に含まれていた関係実体論の中の合理的成分を透視も理解もできなかった」253P・・・「関係実体論」は「関係存在論」と読み解くこと 関係が存在を規定するという意味?
「いかなる時期の科学的認識も、一定の社会的実践水準の中で到達できる外部存在についての有限の認識としてしかあり得ず、それは客観的な物質的実在の直接的反映とは等しくないからである。」253P・・・「外部」と反映論の批判をしたところで、そもそも認識の構成において、「それ以上のもの」「それ以外のもの」として進む認識
「絶対的実在論(=史的唯物論)」256P・・・レーニンはこの時期「絶対的」という概念を使っていた
レーニン「レイの認識論=恥ずかしがり屋の唯物論」――レーニンの他者性の鏡像のなかでのエンゲルスの不可知論の批判256P
レイ「科学の歴史は、われわれに一つの進化の生成にある真理をしめしてくれる。真理は作り終えられることはなくつねに作られつつある。真理はおそらくけっして作り終えられことはないであろうし、つねにますます作られるであろう」――レーニンの共鳴「真理と誤謬(弁証法的唯物論の途上での)」257P・・・認識論的深化の弁証法
第5章 レーニンのフェイエルバッハ哲学についての抜書きノート
 フェイエルバッハ、物質的なものと精神的なものの統一ということにレーニンは批判的で、「統一」という概念を当時のレーニンはとらえれていなかった266P
 マルクスの主体的能動性と客観的対象とを統一する革命的感性的活動という押さえへの転換266-7P――レーニンがヘーゲル理解後に「実践ということを深く理解できるようになり。かつ、この感性的実践的活動を通じて、実践的弁証法の秘密を深く把握できるようになった。」267P
 レーニンは、人間の問題、疎外の問題――「フェイエルバッハを含む総体の人間主義的哲学に対しては、レーニンは熱心に取り組もうとしなかった。」267P・・・「人間」をくぐっていない、レーニンの冷徹さ
 フェイエルバッハは「自然界と人間」、レーニンは自然界だけ―レーニンの人間の軽視268P
 フェイエルバッハは自然は基礎、人間中心―レーニンの無理解268P
レーニンは『論理学』学習の前半まで、哲学的唯物論というところでとらえようとしていた268P
 エゴイズム――実体論(存在論)の意味での自己愛
 他者性の鏡像272P
「レーニンのこの時の他者性の参照系はエンゲルスである。」272P
 レーニンのフェイエルバッハの押さえ@「哲学的前提としての第一次性を持つ自然物質の存在」A「フェイエルバッハの客観性についての哲学的規定を確認」――「哲学的唯物論のこのような客観性についての規定、史的唯物論による反省規定を経ていない」274PB「フェイエルバッハの唯物論における認識論の問題」――「レーニンは、人間が自然の性質を認識する程度がまさに歴史的実践の水準に由来することを、いまだ認識していなかった」(・・・文化規定性)275PC「フェイエルバッハの精神現象の本質に対する唯物論的観点」272-6P
「インド人は、インドを離れれば、インド人でなくなる」277P・・・差別の問題があるからなくならない
「フェイエルバッハは物神崇拝の問題について論議しているが、レーニンはこの問題に留意していないようである。」277P
 レーニンのフェイエルバッハ批判「人間学的原理というのも自然主義というのも、唯物論の不正確な、弱い記述にすぎない」「フェイエルバッハの深層の論理は、依然として隠れた観念論的史観だからである」280P
第6章 ロシアの思想家 依然として唯物論を
「デボーリンの議論は、常に先験――経験――感覚についての問題をめぐって行われていたからである。」284P
「フェイエルバッハは確かに自然主義唯物論と人間主義を結合させたのであり、しかも、自然主義的唯物論の基礎はまさに当時の自然科学の「一般的結論」であった。」293P
「フェイエルバッハの弟子であるチェルヌィシェフスキー」293P
第7章 マルクス主義を全面的に理解し宣伝する
「レーニンが、(この1909-13年の時期)はじめて理論上から歴史弁証法の主体次元と客体次元を統一しようとし、進んでは、ロシア資本主義の社会的経済的発展(客体次元)はプロレタリア革命(主体次元)の重要な現実的基礎であることを正確に強調した・・・・・・・」302P
「レーニンがマルクス主義学説の歴史的本質をはじめて明確に打ち出したことである。」302P
「この時のレーニンは、史的唯物論はマルクスが哲学的唯物論を「人間社会の認識へとおしひろげたものである」というように、依然として誤った認識をしている・・・・・・・」303P
「カール・マルクス」は『グラナート百科事典』の原稿303P
 レーニンの当時のマルクスの押さえと限界性304-8P――@哲学的唯物論へのとらわれ――ただし、古い唯物論とマルクスの唯物論の区別はしていて、古い唯物論の批判(@)機械性(A)「発展の見地を首尾一貫して全面的に貫いていなかった」305P(B)社会的関係の総体という概念がない――「レーニンが依然として史的唯物論を弁証的唯物論の歴史領域への適用と見ていた」305PA弁証法思想の記述が出てくる、連係(連関)という概念がない――「ここでの言説の中には、後のスターリン主義的体系が含まれているということである。例えば、個々で使用されている「最も全面的な」、「最も深い」、「最大の成就」などの絶対性(※)の断言である。」エンゲルス「弁証法こそが「外部世界と人類の思惟運動についての一般的法則の学説である」「弁証法の実質は発展に関する観念にほかならない」306P(・・・まさにヘーゲル弁証法にからめとられたエンゲルス)弁証法の三概念「カール・マルクス」からの引用306PB弁証法的唯物論の独自性のとらえかえしがない、革命の主体性のとらえ返しが足りない――マルクス「物質が観念を生み出すのではなく、人間の社会歴史の進展、とりわけ人間の生活自身こそが、それぞれの歴史時期の精神的観念の基礎であると認識しているわけである。」「それは(科学技術は)歴史的な実践活動の中で変化させられた物質的存在の人間の観念への反映なのである。」307P(・・・反映論への批判が必要)マルクス「もしおよそ唯物論が意識を存在から説明するものであって、その逆でないなら、人間の社会生活に適用された唯物論は、社会的意識を社会的存在から説明することを要求していた」、「(マルクスは)社会生活の実践的変革の中に新しい唯物論の真の基礎を見て取った。だが、この生成の論理は(ディーツゲンに従ったレーニンにおいては)ひっくりかえされてしまった。」307P「マルクス主義経済学理論の論述の際、三大物神性に対するマルクスの批判はレーニンにおいて無視されている」(・・・ボクダーノフの批判、ルカーチの物象化)「実際には、ボルシェビキの革命的実践のために、主体的能動性の理論基礎をやはり探し求めていたのである。」308P
マルクスのフェイエルバッハとヘーゲルへの批判「前者が能動的な革命的実践から出発せず、世界を変える感性的活動という観点から物質的存在を理解しなかったこと、後者が能動的主体を誤って精神活動に一面化したこと」308P・・・ヘーゲルの三位一体的弁証法概念の批判が欠落している
レーニンは、マルクスの「一次転換論」の立場309P・・・「経・哲」までと「ドイデ」、「資本論草稿」の押さえ・・・少なくとも二つ、三次目は模索
レーニンのマルクス主義への論者の3種への分類@「本質上マルクスの見地に立っているマルクス主義者」A「実質上マルクス主義に敵対的なブルジョア著作家」B「マルクス主義のあれこれの原則を承認しているようによそおいながら、その実マルクス主義をブルジョア的見解とおきかえている修正主義者」、文献自体の精細な分析@マルクスの伝記Aマルクス主義哲学と史的唯物論Bマルクスの経済学説C第2インターとロシアに関する文献311P
レーニンとエンゲルス313P・・・エンゲルスの検証
レーニンのヘーゲル学習の結論「ヘーゲルの『大論理学』がわからなければ、真の意味で『資本論』を理解することができない。」313P
第8章 『マルクス・エンゲルス往復書簡集』解読ノート
レーニンの発見「『マルクス・エンゲルスの往復書簡集』の中で、弁証法について言及されるたびにヘーゲルが登場し、ヘーゲル哲学を理解できるか否かが、弁証法を理解できるか否かの外的なメルクマールになっていることである。」317P
「レーニンのこの時の思想構造環境とマルクス・エンゲルスの書簡中の構造環境は、直接「融合」させることはできず、仰視的な論理角度のものとして表現されることになる。」318P
 レーニンにとってマルクスの説明が予想を超えるものだった。その理由@ヘーゲル哲学の重視Aマルクスがヘーゲル哲学を論述に使っているBヘーゲルの『大論理学』を、「通俗的に、科学的に論述したいと語った」322P
「私は、この時のレーニンは、まだマルクスのオリジナルの思想構造環境に入っていくことはできなかったと見ている。」――その理由@抽象という概念が哲学的唯物論においては精神的活動A非歴史的哲学的唯物論の反映論にとらわれていたので、ヘーゲル――マルクスの実践的歴史的社会認識を深くは理解していなかったので、歴史的抽象というものが理解できていなかったB1859年のマルクスのエンゲルスへの手紙の中にあるこの重要な問題についての論述を読んだときにコメントしていない324P
「第4巻はレーニンのノートの第2ステップである。解読を始めてすぐ、レーニンは、常に弁証法と一体となっているヘーゲルにまた出会う。」325P
「ヘーゲル思弁哲学の「外面」としての三段方式を知ることになったのである。」「マルクスのこの言い方(「シュタインはヘーゲル的カテゴリーの外面である三段方式を積み重ねているにすぎない」)に依拠してこう区分をつけたのである――「弁証法 正しいのか?死んだ三分法(シュタインの)」と。」326P
「(マルクス)人類の言語というものは、実際には人々の交通の中で形成された各種の社会関係の結果」327P
マルクス「ドイツ語や北欧語のdas Allgemeine[一般]が意味しているものは、共同地にほかならずdas Sundre,Besondre[特殊]が意味しているものは共同地から分離した個別所有地にほかならない」327P
マルクス史的唯物論の観点「人々の言語観念は、ヘーゲルのあの絶対的論理の中から生まれたものでなく、また古い唯物論の言うような思惟は物質の反映ということでもなく、観念の本質は、人間の現実の生活に由来するという観点」327-8P
「(マルクス)言語が具体的に指すものが、経済的交通関係から生まれたものにすぎないことを体得した」328P・・・「経済」ということをなぜ付けたのか、規定性はあるにせよ「経済」だけではあるまい
ソシュール「言語が対象を指すということは、符号間の差異の体系から生まれる主張」328P
レーニン「ヘーゲルは、抽象的概念が我々の交通から生まれたことを見ていない」――しかしレーニンもまだ哲学的唯物論の鏡像から抜け出せていなかった328P
マルクスのディーツゲン批判、「ヘーゲルを読んでいない」330P
「マルクス・エンゲルスにあっては、弁証法の登場はいつもヘーゲルと関連付けられているばかりでなく、弁証法に通じることによって、意外にも、唯物論哲学者の問題点(先の部分ではフェイエルバッハとディーツゲンである)も見てとることができる・・・・・・・」330P
 レーニンはシュティルナーに関心がない332-3P・・・個我の論理に関心が希薄
 大論理学――抽象から具体に、小論理学――特有のテーマを用いて弁証法的飛躍334P
下篇 『ベルンノート』哲学の巨人の肩に立つレーニン
「理論構造環境論」341P・・・この概念で、理論が如何に歪曲されているかを読み解けるとしている
 ケドロフのプラン構想論批判342P(←77P)
 レーニンのヘーゲル学習四段階@「否定的な観念でヘーゲルに向き合った認識段階」A「それぞれ異なる論理的認知の枠組みが激しく衝突した思想的矛盾の時期」B「レーニンの哲学思想の中に重大な変化と論理的軌道転換が発生した段階」C「自身の哲学研究に対する思想的整理の時期」343P
「ある独立したテキストではなく、テキストと我々の関係なのである。我々の読解と研究が背負っている歴史的な視界が、すでにそこに浸透しているのだ。」343P
第9章 ヘーゲル哲学解読の最初の視界
「ベルンノート」の思想的背景3つ@「カール・マルクス」の項の原稿依頼A第2インターの堕落の中での批判の必要性B論戦での掘り下げの必要性347-50P
レーニンの読解の枠組みにおける他者性の鏡像の理論的視点@「ひっくり返す」――観念論的弁証法を唯物弁証法に変える(ただしこの意味をきちんとつかめていなかった、神を自然と物質に置き換えただけ)Aマルクス、エンゲルス、プレハーノフの他者性の鏡像から自らを形成していく作業354-5P
「彼は(レーニンは)、マルクスが唯物論的にヘーゲルの弁証法を転倒したのは、ヘーゲルの「絶対観念」、「神」の類いの概念的言葉を外在的に「物質」、「自然」などの同質性の主観的な言葉に置き換えたという意味ではないということを理解できなかったわけである。」358P・・・著者自身がこの意味をどこまで深化できているのか、実践的唯物論で置き換えただけ、三位一体的弁証法の枠内
「まさに工業的実践という現実の構造秩序の場こそが、我々の「周囲世界」を構築し、同時に我々の主観的認知秩序と構造も構築するというわけである。」358P
「コルシュは、レーニンの「ヘーゲル観念論哲学に対する『唯物論的転倒』は、多く見積もっても一種の術語上の変化に及ぶだけであって、いわゆる『物質』という絶対的存在によっていわゆる『精神』という存在に取って代えたものにすぎない」と述べているのだ。」359P
「論理は思惟の外在的形式だけではなく客観的法則の反映でもあるという観点に相対するものである。」370P・・・精神の外化としての反映というヘーゲル弁証法
「Schein」の訳――「映像」、「仮象」371P・・・ヘーゲル的には「外化」?
「レーニンは、ヘーゲルの哲学的論述を比較的多く肯定し始めたのである。」371P・・・認識論的には踏み外し始めた
「弁証法の角度から(ヘーゲルのように)マッハ主義の批判を深める」372P・・・?
「レーニンのこの時のコンテキストの中では、ヘーゲルの弁証法論理(観念論ではない)は、マルクスの史的唯物論やダーウィンの進化論と同一の思考回路にすでに置かれている」373-4P・・・これは結局観念論としてのヘーゲル弁証法、絶対精神や法則の自己展開としての弁証法 進化論批判の必要性
 ドゥナエフスカヤ「レーニンは「ヘーゲルに回帰した」」374P・・・著者はこれを批判しているのですが、むしろエンゲルスと同じ陥穽
 レーニンの法則の絶対化批判376P
「法則は人間の認識段階だというのは、ヘーゲル式の観念論の論理なのだ。」376P・・・意味不明、法則は実践的活動のための認識論的仮説で、むしろ著者の論理がヘーゲル的観念論
「彼は(レーニンは)「ヘーゲルは、歴史をまったく因果性のうちに入れ、そして因果性というものを、こんにちの無数の『学者たち』よりも千倍も深く豊かに理解している」と書いている。」379P・・・因果論自体を近代知の地平にあるものとして批判する必要、これこそが「絶対精神」の自己展開に陥っている
第10章  まったく新たな解読枠組みの突然の出現と理論的軌道転換
「問題は、レーニンが、ヘーゲルの論理学が、実は彼の観念実体論であるということを根本的に理解できなかったことにあるのだ。」388P・・・実体論自体の批判の必要
「また別の思想的飛躍、すなわち認識論、弁証法、論理学三者の同一性に関する観点を引き起こしたということである。」388P・・・ヘーゲル的陥穽に陥った、弁証法は存在論に置き換え、切り離す必要
「マルクスとエンゲルスがその手紙の中で語った、『資本論』第1章の総体の論理的枠組みはすべてヘーゲル弁証法の論理を運用しているという言葉を連想しているのである。」391P
「マルクス・エンゲルスの「転倒論」の中の仮性の否定」394P
ドゥナエフスカヤが気づいたレーニンの矛盾とは「人間から離れて実在する物質実体だけに関心を示す哲学的唯物論と能動的な実践的放射線とのズレであり、経済的力が決定的であることを前提とする客体次元とプロレタリアの革命的実践の創造性を強調する主体的次元との矛盾である。」395P
「私は、そこで発生した一度目の思想的飛躍は、3つのまったく新しい理論の質点によって内在的に構成されていると見ている。」@ヘーゲルの価値の認識Aヘーゲル――マルクス関係を深く理解B弁証法の角度からカント――マッハ主義への批判を深めた396P
「レーニンは、マルクス・エンゲルスによるヘーゲル観念論的弁証法の改造は、語句上の転倒ではなく、総体的論理の転倒であることを、ついに発見したのである。」396P・・・根本的欠落
「ヘーゲルにあっては、概念は普遍的なものであるが、この普遍性は空虚な抽象ではなく、ヘーゲルは、これを先に展開した「有」と「本質の統一」と見ているのである。」397P
認識上の突破の3つの「重要な意義」399-405P@カントやマッハ主義批判の問題に関する反省A「真にヘーゲルを理解することを通じてマルクスの弁証法的思惟を科学的に把握するという意味においては、「マルクス主義者のうちだれひとり、半世紀もたつのに、マルクスを理解しなかった!!」Bヘーゲル哲学(『大論理学』)の意義として「連関と諸移行[連関もまた移行である]の叙述」がヘーゲルの課題であり、「ヘーゲルは実際に、論理学上の処刑式および諸法則が空虚な外殻ではなくて客観的世界の反映であることを証明した。」404P・・・まさに反映論的陥穽への陥り、三項図式をとらえ返し、カント先験論の持つ意味をとらえ返すこと
第11章 実践を本質とする唯物弁証法
『ベルンノート』の前期にヘーゲル弁証法に対するレーニンの理解の着眼点@ミクロ的な建築構造A弁証法の本質と論理構造についてのヘーゲルの総体的把握411P
 レーニンの理解のポイント411-2P@「常に、いかなることをしても弁証法の客観的基礎を探し出そうとしたものであった。」――哲学的唯物論へのとらわれの中でA主観的弁証法――「ヘーゲルの観念的弁証法の肯定になる。しかし、レーニンは、当然にも、この絶対的観念としての自己意識の主観的弁証法を転倒して外部の客観的弁証法の反映と見なした。」
「客観的な対象には、いわゆる現象と本質の区別はないということを見ることになろう。この区別なるものは、主体[カント――フッサールの意味での『我々にとって』(for us)](・・・これはヘーゲルのfür es――für unsの認識の入れ子型の高次化の弁証法に通じる)に対して成立するのである。」411-2P
 ラカン、ジジェクの「やぶにらみ(ママ)」413P・・・フィヒテの「色眼鏡」
「彼は(レーニンは)、ヘーゲルは「法則という概念の絶対化、この概念は単純化、この概念の物神化と格闘」し、かつ「現代物理学のために注意せよ」と警告していたことを見てとったからである。」414P・・・レーニンは絶対性を否定しようとしつつ、否定し切れていない
「ヘーゲルは、反対に、このような客観的法則と観念主体とは相互に関連すると見ていたところである。」415P
 このときのレーニンがまだ理解できていなかったマルクスの考え(という著者の押さえ)「これらの「本質」や「法則」は、すべて我々が一定の歴史的段階の上で、実践を通じて形成した外部対象(本質と法則)の一定の反映だからである。」415P
 レーニン「現象の世界も即自的な世界も、人間による自然認識の契機であり、(認識の)段階、変化あるいは深化であるということである。」415P
「実践は、実体論としての弁証法としての基礎として登場したわけである――これは、レーニンのヘーゲル哲学理解の過程での二度目の理論的軌道転換のキーポイントになった。」416P・・・実体論批判からとらえ返しの必要
「この思想構造環境が現れた時点のキーポイントは、人間の実践と自然界の関係は、ヘーゲルの言うような精神と物質との関係ではなくて、現実に客観的に存在する過程であるということを、レーニンがすでに意識していたという点である。」417P
「人間の目的をもっている活動」418P
 主体という精神を物質に変えただけでなく、人間の実践というところに変えた――実践的唯物論418P
「ヘーゲルの史的唯物論の萌芽」419P
 ヘーゲルは絶対的理念の立場で、個人主体をたかだか有限な目的者としてか見ていず、むしろ現実に起きていることを、「理性の狡知」の結果としてしか見ていない。419P
「マルクスが確立した史的唯物論は、いわゆる弁証法的唯物論の歴史分野への拡張・運用ではなく、実践を論理化とする史的唯物論の世界観こそが、まさにマルクス・エンゲルスの世界観の「実体」にほかならないということを。しかし、同時に、レーニンはこの点も深く探求はしなかった。」420P
 コルシュ、ルカーチの「社会歴史存在実体論」への著者の批判422P
「彼らは、ある種の絶対的実在を設定しようとは絶対にしなかったのである。」422P
「実践的弁証法の根本的基礎は、史的唯物論と歴史弁証法なのである。」――レーニンは『ド・イデ』を読んでいなかったので理解できなかった422P
 デボーリン「(マルクス・エンゲルスが確立した世界観の特徴は)その主要なものは歴史に向き合うことである」423P
フラニッキ「レーニンは、実践を我々の思惟を構成するすべての連鎖の基礎と見なしている」424P
「生命は、もはや一般的な自然生命体ではなく、人間の現実的社会的存在(「具体的主観」)と理解されており、・・・・・・」426P
「ヘーゲルにあっては、「生命は精神の衝動・・・・・・」426P
 ヘーゲル「具体的でもあれば抽象的でもあり、現象でもあれば本質でもあり、瞬間でもあれば関係でもある」427P
 ヘーゲル「真理が同時にまた真理であるべきではないという真理の矛盾」428P
レーニン「認識の行程が認識を客観的真理へ導く」428P
レーニン「実践は(理論的)認識より高い、なぜなら、実践はたんに普遍性という品位をもつだけでなく、直接的な現実性という品位をもっているからである」429P
「レーニンは、カント、ヘーゲルの誤りは、物質を転倒して観念に変えたゆえに生まれたのではなく、まさに人間の実践的活動を主観的推理に変え、客観的行為の構造(実践の論理)を思弁的な先験的観念の論理に変えた結果であると、気づいたのである。」431P・・・ただし、カントの先験的観念の論理を共同主観性論として読み解く
レーニンの主体と客体との関係に含まれる3つの次元の意味@「善なる目的(主観的目的)対現実性(『外的現実性』)A「外的手段(道具)、(客観的なもの)」B「主観的なものと客観的なものとの一致」431P
「レーニンが、まさに、この実践的弁証法の革命的能動性に対する深い理解の中で、マルクスの哲学思想中最大のキーポイントとなる論理的支点を見つけ出し、これによって十月革命の現実的合理性を確認したことである。」432p
付論2 ある削除されたテキストの存在:マルクス哲学コンテキスト中の歴史概念――デボーリン「マルクス主義と歴史」の解読
 デボーリンが受けさせられたいろいろな修正
 デボーリンが「ド・イデ」を読んで、(読んでいない)レーニン以上に獲得したこと、いろいろな変遷、その中における弾圧の中での変遷
 生活実践的活動と生活という観点 さまざまな混乱
第12章 論理学、認識論、主観的弁証法の客観的実践的弁証法における統一
 著者の推断@「三者一致」(主観的弁証法、認識論、弁証法的論理学)の押さえは、レーニンが意図的につかんだことではないAマルクスが資本主義経済構造に運用したことB当初は拒絶的立場をとっていて、後になってつかんだこと475-6P・・・「主観的弁証法、認識論、弁証法的論理学」というのは、そもそも、存在論、認識論、論理学の三位一体的統一といわれてることで、この著者の押さえ方ではヘーゲル弁証法の枠内に落ちてしまいます。ヘーゲル弁証法の存在論ということは、絶対精神の自己展開と言われていることを承認してしまうことになります。唯物弁証法からきりはなすことで、そこでの認識論と論理学の弁証法として活かせることになります。
「レーニンがヘーゲル哲学の枠組みに入ろうとした時に、背後にあったあの他者性の解読の枠組みの上に、人々に軽視されてきた付帯意識という基礎的背景があったからである。」458P・・・「付帯意識」?
「すなわち、認識論と哲学の実体論構造上の方法論(弁証法)との厳格な区分線があったのである。弁証法は認識の対象であり、両者は同一のものではないというわけである。」458P・・・弁証法は廣松理論的には対象ではなく、むしろ認識論と論理学方法論で、実体構造上の方法論というのは法則の物象化、反映論からすると絶対精神へのとりこまれになっていくこと
 ポランニーの付帯意識(subsidiary awareness)「ポランニーの哲学の枠組みにおいては、認知構造の環境は、総じて主体の集中的な意識(focal awareness)と付帯意識共同によって形作られ、付帯意識は主体の認知過程で重要な背後の負荷となるのである。」458P・・・「付帯意識」と「主体の集中的意識」との関係が並列関係になっていないのか? その関係こそが問題、「付帯意識」ということを共同主観性と個の意識の関係でとらえ返すこと
 ヘーゲル「この網の目の所々にもう一つ固い結節が結ばれるのであるが、この結節こそ網(精神)の生命と意識の支柱になり・・・・・・」459P・・・ヘーゲルを脱構築して、網と網の目の関係として押さえる。対象の異化と言語の関係としても。
「この時のレーニンは、この結節点が、畢竟外部世界に存在するのか、それとも人間の実践構造に依拠するのかは知ることがなかった。」459P・・・三項図式と廣松四肢構造論の押さえから実践的活動を読み解く
「論理学、弁証法、認識論」460P・・・ヘーゲルとしても、これ自体がおかしい、弁証法は、存在論、認識論、論理学を貫いて三位一体的統一の下にある
レーニンが当初もっていた他者性の鏡像「認識論と対象性の弁証法をはっきり分けるというもの」と『大論理学』が相容れなかった460P
「思惟のカテゴリー」460P・・・言語と同じで生活実践のなかで共同主観性とともに形成されていくこと
 ヘーゲルが『大論理学』の中の本質に関する三次元の論理規定@本質の単純で即自的な仮象(Shein)A即自としての現象(Erscheinung)B現象と本質の合一、すなわち現実性(Wirklichkeit)」461P
「明らかに、レーニンの哲学的唯物論の鏡像の中では、ヘーゲルの観念論的論理構造環境はひっくり返すことはできないのである。」462P・・・そもそも反映論の枠組みでもひっくり返すことはできない
「「反照」は、観念的な自己認識」462P・・・「反照」は共同主観性的認識からの検証
 ヘーゲルは認識論と論理学をいつも結び付けている463P
「人間が直面している「法則」や「本質」は、実際には一定の歴史条件下での外部世界の運動の我々の有限な相対的反映にすぎない」レーニン「法則は、あらゆる法則は、狭くて、不完全で、近似的である。」465P・・・反映論の陥穽、現象の世界、反照された対自性
「レーニンがこの時すでにヘーゲル立場に立って思考している・・・・・・」465P・・・ヘーゲルにからめとられたレーニン(エンゲルスも)
「弁証法」465P・・・ヘーゲルの存在論的弁証法
「実際には、これは二者一致のことではなく、三者一致のことである。」465P・・・まさにヘーゲル
 ヘーゲル「自然界を論理的理念と精神を繋ぐ媒介と称している」466P・・・絶対精神のより具現としての自然
レーニン「永久にそれに接近していくことができるだけ」466P・・・枝分かれ
 レーニン「認識論は人間に対する自然の反映についての学説であり、論理学は認識についての学説」466P・・・「自然の反映」? 社会は?
3項の関係の変更@自然界A人間の認識B自然が人間の認識に反映する関係(論理)466P・・・B?
レーニンの獲得物@「論理学と認識論は一致するのだ。なぜなら、論理学は認識の構造だからである。」A実践的唯物論466-7P
基礎の自然が二次的なものになる、「自然、認識、論理」から「自然、実践、認識(論理)」に467P
「レーニンは、またヘーゲルの思考回路にしたがって、重要な認識論的カテゴリー間の関係を打ち出した。すなわち、論理的カテゴリーと人間の実践との関係である。人間の認知構造自身の構成の問題について注意し始めたのである。この少し前までは、レーニンはまだそれを自然と認識の媒介と見なし、論理を認識を構成する抽象的道具と見なしていたのであった。」467P
 3つの要点@認識の主観と客観の一致A認識自身は人間と客観との関係Bこの関係性の中では、人間の主観性はこの主観・客観の対立を消滅させる衝動468P
認識の直観性から関係性へ468P
「まず主観と客観があって、しかる後関係があるわけだが、関係の主導権はまた人間の能動性にあるのである。」469P・・・「後に関係がある」?
レーニンのテキストの状況@「「理念(人間の認識――と読め)は概念と客観性(『普遍的なもの』)との合一(一致)」A理念は対自的主観性と客観性の関係――主観性は理念と客観性の分離をなくそうとする(止揚しようとする)衝動470P
「私の環境に対する私の関係が私の意識である。」(『ド・イデ』)469P
「人間という主体から出発した実践関係」470P
 レーニン「人間の思想における自然の反映は、『死んだ』、『抽象的な』、運動を欠いた、矛盾のないものとして理解してはならず、運動の不断の過程、矛盾の発生と矛盾の解決との不断の過程のうちにあるものとして理解しなければならない」470P
「歴史的な実践の弁証法の進展を通じてのみ、人間は、はじめて不断に客体の本質を認知でき、不断に客観的真理に近づいていくというのである。この時のレーニンから見ると、客観的真理の実質は実践的な弁証法の運動にあるということになるのだ。」470P
「理念は[人間の]認識と衝動(意欲)である・・・・・・・」471P
 実践の進展のなかで連関を把握できる471P
客観的弁証法と主観的弁証法472P
認識と実践の結合472P
第13章 脱聖化 レーニンの弁証法と認識論の「16の要素」
「主観的弁証法の構造と認識の構造(論理学)の同一性」475P
「16の要素」の中に実践的弁証法の直接的反映は見られない475P
弁証法と認識論についての「16の要素」に関する著者の三つの新しい考え@「16の要素」の連体修飾語として「弁証法と認識論の」の文言をいれるべきAレーニンのすでに獲得した唯物弁証法のレーニンの帰納、しかも主観的弁証法に関する帰納にすぎす、唯物弁証法の総体の理論体系についての意識的な構築物ではないB「16の要素」の内容の多くは、ヘーゲルの弁証法思想の概括であり、レーニンのオリジナルではない475-6P
「16の要素」は「ヘーゲル『大論理学』研究の最後の段階の「絶対的理念」を土台とした理論的要約にすぎない」476P
「レーニンも、ヘーゲルが弁証法の論理について総括しているのを借りて、自分の理解した主観的弁証法の論理について思想実験的な説明を行ったのである。」476P
 ケドロフのレーニンの「16の要素」の弁証法の専門書を書くための「第一のプラン」という誤ったとらえ方476P
1条、 事物そのものを考察する(ヘーゲル概念即自体)――その諸関係とその発露 2条、
事物そのものにある矛盾性 3条、分析と綜合との結合・・・・・・478-83P
「この「16の要素」は、一気に完成されたものではなく、それぞれ異なる思想構造環境の内在的連関を経て、また、何度もの思想実験を慎重にくり返してから、やっと完成したものである。」479P
 ヘーゲル「それぞれの物を即自かつ向自的に考察すること、つまり一方では、これをその普遍性において考察しようとしたのであり、他方においては、物から離れて、諸々の状況、比較によってこれをつかむことをせずに、ひたすら物そのものに目を向け、物の中に内在的にあるものを縊死することを要求した」
テキストから、まるで、身近で見ているかのような論断的テキストクリティーク483-495P
「二、「16の要素」の弁証法認識論の思想」の16の抜き書きとコメント483-495P
「全面的でない概括にすぎない」496P
 なぜ、実践の論理にまったく言及していないのか496P・・ヘーゲル弁証法の概括だから
「マルクスのテーゼは「実践的唯物論」であるのに対し、レーニンの「16の要素」は「物質実体論の弁証法的唯物論」だ」496P
「このまとめ(「16の要素」)が、意識的に唯物弁証法の理論体系を正面から構築するために書かれたプランではなく、自身の読書過程でもっとも印象が深かったものに対する心得、とくに弁証法(と認識論)の基本的観点に限定したもの、を展開簡単に概括したものであるがゆえに・・・・・・・」「『大論理学』を読み終わって、レーニンはヘーゲル哲学研究開始の時点で持っていた観念とはちょうど正反対のような結論を出した」「ヘーゲルのこのもっとも観念論的な著作のうちには、観念論がもっとも少なく、唯物論がもっとも多い。」497P
「しかし、レーニンは、最終的にエンゲルスのこの言葉が理解できたのである――『ヘーゲルの体系は逆立ちさせられた唯物論である』ということの言葉を。これよりマルクス主義的唯物弁証法は、単に言葉の上での転倒されたヘーゲルにはとどまらず、実践主体から出発して論理的に転倒された「ヘーゲルの体系」にもなったのである」497P・・・これではヘーゲル「絶対精神」へのとりこまれになってしまうー
第14章 ヘーゲル哲学研究の総括
 この章は、ヘーゲルの哲学と、『哲学ノート』を対比しながら、廣松さんの、ヘーゲル関係の論攷、弁証法関係の論攷、エンゲルス論関係の論攷を押さえながら読み解いていくこと、これは、「廣松ノート」を作るときになしていきたいと思っていますーなしえる時間があるかどうかが問題ですが・・・
「ヘーゲル哲学史を読んだ時のレーニンの思考と関心の的は、依然として弁証法であった。」502P
「ヘーゲルは、エレア学派の哲学思想は「弁証法の始原である」と見ていた。」503P
「彼は(レーニンは)ヘーゲルのこの弁証法思想についての思想の「断片」は、「観念論の神秘主義をぬきにして」以下のように言いあらわすことができると書いているのだ。」503-4P@「人間の諸概念は不動のものではなくて、永遠に運動し、相互に移行しあい、相互に流動しあっている、・・・・・・明らかにレーニンは、この時すでに、ヘーゲルの弁証法、認識論、論理学の三者合一という観念を受け入れている。」A「「特殊的には、弁証法は即自的に有る物(An sich)、本質、基体、実体と――現象、『対他有』との対立の研究である。・・・・・・人間の思惟は不断に現象から本質に、言わば第一次の本質から第二次の本質へと、その他等々と、限りなく深まっていく。・・・・・・とくに注目する価値があるのは、レーニンが、客観的事物の存在とそれが実践――認識を通じて我々の前に現れる形式とは完全には一致しないということをすでに認識していたということである。」(・・・「それ以上のあるもの」「それ以外のあるもの」)「現象から初級段階の本質へ、そして、再び止揚された二次的現象としての初級の本質から二次的本質へと向かっていく限りない道――これは、極めて深い弁証法的な認識である。」B「本来の意味においては、弁証法は、対象の本質そのものにおける矛盾の研究である。」「この後、レーニンは、この概念の弁証法は、単純に自然の物質から来るものではないことをさらに深く注意するに到った。」「この現実の歴史とは、マルクスが言う実践的な社会生活にほかならない。この認識は、レーニンが少し前に獲得した実践の弁証法と同じ構造を持つものである。」
「レーニンは、それを概括して、弁証法の二つの総体的な原理、すなわち「発展の原理」と「統一の原理」としている。この二つの原理は、後の人々によって連関と発展の原理と書き換えられた。」504P
「ヘーゲルが古代ギリシャ哲学者の弁証法思想を評論した基準は、普遍的なものの先在性だったが、レーニンは、かえって、この古代の弁証法を運動と変化の観念として解読したというものである。」「ヘーゲルの目は、確かに、ピタゴラスの「数」、エレア学派の万物流転中の不変のあの「一なるもの」(大文字の「一」)などに向けられていた。ヘラクレイトスのあの非感性的な「火」さえも含まれるだろう。」505P
「客観的認識のための運動は、つねに弁証法的にしか進みえない:いっそう正確にあてるために後に退き――reculer mieux sauter (savoir?)。合したり離れたりしている線:たがいに触れあう円。Knotenpunkt(接点、結節点)=人間と人間の歴史のとの実践。(実在的なものの無限な諸側面のうちの一つの合致の基準(実践=))」507P・・・微分的な概念?
「我々は、レーニンのここでの思考の起点が、主体から出発して(「客観への認識の運動」)おり、この観点がマルクスの『フェイエルバッハに関するテーゼ』の第1条と関連していることを見て知ることができる。同時に、この運動は「弁証法的にしか進みえ」ず、哲学的唯物論者の断言のように、直接客体と一致することはないと言っているのもわかるだろう。」507P
「レーニンのこの段階での論理構造環境の中では、実践を基本的理論回路とする思想空間はすでに構築されており、実質的な物質的存在は、関係的な実践という媒介にその席を譲った、そして、Knotenpunktとして出現した実践は、新しい弁証法思想の構造環境を形作ったのである。/同じくここにおいて、我々は、レーニンが、唯物弁証法理論の構造を確定したことも見て取ることができる。それは、人間の主観的弁証法と客体的弁証法が、運動している実践の弁証法という媒介の下で、特定の基本的論理の枠組みを構成するというものである。ここにおいては、主観的弁証法は、客体的弁証法と直接には同様の構造にはならず、実践の弁証法の構造と歩みを同じくする。かつ、具体的、現実的、歴史的な人類の実践を通じて「実在的なものの無限な諸側面のうちの一つの合致」が実現されるのである。この「一つの合致」が指すものは、一定の社会的実践の歴史的次元の度合とその深さの一つであり、これにより、主観的弁証法と客体的弁証法は、はじめて歴史的な接触点(「Knotenpunkt」)を持つ「たがいに触れあう円」を生み出すわけである。」508P
「この時のレーニンの論理構造環境の中では、この単純な反映論の関係は、反対に、複式の関係システムという状況環境の形で出現すると。」509P
「レーニンから見ると、主観的弁証法は、直接客体的弁証法を写すものではなく、不断に発展する実践の弁証法(「技術、歴史」)を通じて、また、一定の歴史的条件下にある実践の機能性度の中で、人々は、はじめて、認識の「一定の契機」のもとで客体的弁証法の一定の性質を反映させることができるということになる。」509P
「レーニンは、一つの重要な思想を打ち出している。すなわち、人間の認識は、主体に向き合っている「直接的な諸現象のうちに」不断にその本質をあばきだす過程であるという思想である。」「彼は、「有」を実践を通じて歴史的に現れる直接的現象だと規定しているのである。」「人間の認識(主観的弁証法)は、もはや、単純に直接対象と一致するというようなものではなくなり、矛盾に満ちた弁証法的な運動となるわけである。レーニンは、ヘーゲルの弁証法が、まさにこの思想発展の表現、すなわち、人類のすべての思想史についての真実の論理構造と通時的な手がかりの鍛造物であることに気づいたのである。」511P
「思想史は大体において思惟諸法則と合致しなければならない」511P・・・これもヘーゲル弁証法
「レーニンは、我々が直面している世界は、哲学的唯物論の言うような直感の中の静止した対象物ではなく、実践関係の中の存在と非存在(無)の統一であり、この統一は客観的世界の弁証法的な運動の発展過程でもあることを発見した。」513P
「我々は、批判的にヘーゲルを改造しなければならないのであり、絶対に再び、この主観的な認知構造を客体構造それ自体だと直接語ってはならず、主体の中において、主観的な認知構造の真の基礎をあらためて確定しなければならない。この基礎こそが実践なのだ。」515P
「マルクスの論理の中では具体的には、反対に抽象的な無として設定されている。マルクスによれば、商品は物ではなく、見えざる(「無」)特定の社会経済関係であるゆえに、商品は実物の事物の様相上の神秘性を持っているのである。」516P
「レーニンが、ついに、ディーツゲンやプレハーノフを後追いして、マルクス主義の歴史的生成過程を「先に弁証法的唯物論を確立し、しかる後、それを社会歴史領域に適用する中で史的唯物論を作った」とはもはや言わなくなったことである。今や、レーニンは、マルクスは、フェイエルバッハを越えた後、直接「史的(弁証法的)唯物論」に向かって行ったと指摘しているのである。すなわち、史的唯物論と弁証法的唯物論は二つのものではないということである。」517P
「レーニンは、マルクスがその哲学革命を実現したキーポイントは、実践規定の確立にあると意識するに到ったのである。」518P
「三、「弁証法の問題について」弁証法のおもな収穫」518-526P@「レーニンは、弁証法と認識論に対する「16の要素」を書いた時にすでに発見した重要な問題を突出させて解明している。すなわち、対立物の統一の学説が弁証法理論の実質であり、核心であるという問題である。」519P――「レーニンは、彼らが、矛盾現象を「認識の法則(および客観的世界の法則)と解」していないと批判しているのだ。」520P(・・・弁証法を法則としてとらえるエンゲルスからの流れ)「レーニンから見ると、事物と現象という対立物の統一についての研究は、「自然(精神も社会もふくめて)のすべての現象と過程とのうちに、矛盾した、互いに排除しあう、対立した諸傾向を承認すること(発見すること)である。・・・・・・」521PA「レーニンは観察の問題の角度に話題を転換する。すなわち、事物の発展の過程性から出発して思考しようとするのである。彼は、一歩進んで「発展は対立物の『闘争』である」と指摘する。」521P「レーニンは、歴史上常に見られる発展観には次の二つの種類があると述べている。」(@)「減少および増大としての、反復としての発展」という観点であり、かつ、この観点では、発展の源泉と原動力が「外部に――神、主観等々にうつされる」レーニンから見ると、これは、「死んだ、生気のない、ひからびた」発展観ということになる。」521P(A)「発展は対立物の統一である」。という観点である。この発展観の「おもな注意はまさに『自己』運動の源泉の認識に向けられる」。事実上、この事物の運動の源泉と発展の原動力としてのいわゆる「自己」運動とは、事物内部に存在する矛盾にほかならない。同じく「対立物の統一(合致、同一、均衡)は条件的、一時的、経過的、総体的である。互いに排除し合う対立物の闘争は、発展、運動が絶対的であるように、絶対的である」とも、レーニンは述べている。そして、こうした基礎の上に立ってこそ、はじめて、「すべての存在する物の『自己運動』を理解する鍵をあたえる:それだけが、『飛躍』、『漸次性の中断』、『対立物への転化』、古いものの消滅と新しいものの出現、理解する鍵をあたえる。」521-2P「人間の認識、とくに本質性と法則性に対する認識は、往々にして、対象内部の複雑な矛盾関係に対する暴露の形になるという次元である。」522PB「これも、マルクスの『資本論』の例としてではあるが、レーニンは、また「弁証法一般(というのは、マルクスでのブルジョア社会の弁証法は、弁証法の特殊な場合にすぎないからである)の叙述(あるいは研究)の方法も、またこのようなものでなければならない。もっとも単純なもの、もっとも普遍的なもの、もっとも大量的なもの、等々からはじめること」522-3P――「偶然性と現象性を放棄して、必然的で本質的なものに向かうのである。これこそが弁証法的認識論にほかならないと。」523PC「レーニンは、この弁証法と同一の認識論が、思想史上必然的に「一系列の円」をなすことを発見した。」523P「(レーニン)人間の認識は直線ではなく(あるいは直接をえがいてすすむものではなく)、一系列の円へ、螺旋へ無限に近づいていく曲線である。この曲線のどの断片、破片、一片も、独立の、まったくの直線に転化する(一面的に転化する)ことができる、・・・・・・」524P「「学[論理学、哲学]は自分の中に回帰する円環の姿を呈する。即ちそこでは媒介は終末を、この円環は多くの円環の中の一つの円環である」と。レーニンは、このヘーゲルの言葉を全文書き抜きし、その横に「科学は多くの環からなる一つの環なのである」とコメントしている。」524P「レーニンは、また、観念論は、根拠のないものではなく、それは「あだ花であるが、しかしそれは、生きいきとした、実をむすぶ、真の、強力な、全能な、客観的な、絶対的な人間認識の、生きた木についたあだ花なのである」とも指摘している。これが、レーニンのヘーゲル哲学に対する最終的評価なのである。」524P
「この弁証法についての短文では、「16の要素」のときの議論と同様に、研究中に発見した実践的弁証法についてやはり言及しなかったのかという問題である。」524-5P
付録1 否定の否定学説に内在する論理構造
 著者の修士論文の第一部分。著者自身の論文。
 そもそも、弁証法の存在論的法則的とらえ返しになっているので、そこから批判していく必要があるので、抜き書きしようがありません。改めて批判していくことにして、ここではとりあえず、節と項を記しておきます。
一、 肯定状態中のすべての真実の規定
1.事物の直接的肯定 質
2.肯定の本質的規定 矛盾と否定性
3.事物の系統的な肯定 連関
4.事物が否定へと向かう過度 自身の運動の漸進的な過程と質の変化
二、事物の否定が発生する客観的な過程
1. 否定の直接的な規定 旧事物の破壊
2. 否定の間接的な規定 連関の契機の止揚
3. 否定の創造的な規定 否定は新しい肯定である
4. 否定自身の解消 否定の否定への移行
三、否定の否定(発展)の内在的本質およびその具体的特性の
1. 事物の発展過程の一般的規定
2. 否定の否定の内在的構造 対立物の統一の規定の歴時的展開
3. 発展過程の特徴 否定の否定の具体的規定
 先に書いたように、弁証法を法則としてとらえるヘーゲル弁証法の枠内にあるのですが、最期にそれ自体を否定するような論攷が出て来ます。そこだけ切り抜いておきます。
「総じて言えば、唯物弁証法の否定の否定の学説は、我々に次のことを求めている――いかなるものであろうと、抽象的で生命のない「三段階方式」を用いて、真実の実物の運動過程を覆ってはならない。事物の発展をある特徴の表れとしてしか見なしてはならない。単線的な考察、一つの矛盾の手がかりだけで否定の否定を把握してはならない。そうでなく、具体的な系統の発展という観点から事物を考察し、否定の否定の内在的本質から出発して、発展の各項の規定を理解し各停しなければならないと。そうすることによってこそ、我々は、はじめて、否定の否定の系統的なすべての論理規定を真に獲得できるのである。」557P
付録2 『ベルンノート』の意義――『レーニン文稿』第9巻序言 デボーリン
 ヘーゲル弁証法の三位一体性をレーニンも引き継いでいる
付録3 ネフスキー「弁証法的唯物論と硬直化した反動派の哲学」に関するレーニンとブハーリンのメモのやりとり
後書き
「それは、独立した創造的批判精神によって取って代わらなければならない。」589P
「訳者」の言葉
「著者が、これら(複数形であるべきだ)の『ノート』のテキスト解読に関して、ポストモダン流の手法に学んでいるという点である。」591P・・・反本質主義がない、物象化批判もない

                 
posted by たわし at 04:07| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月17日

レーニン『哲学ノート 上・下』

たわしの読書メモ・・ブログ530
・レーニン『哲学ノート 上・下』岩波書店(岩波文庫)1975
 これはまさにノートというより、メモのようなこと、ちゃんとした本にはなっていないこと、でもこれを、レーニンがとりあげている原典にあたりながら丁寧に読み解いていくと、吸収できることが多いのですが、とてもそこまでやれません。簡単なメモに留めます。
 さて、簡単な見取り図のようなことを示してみます。
<上>
これは、一冊まるごと「ヘーゲル『論理学』にかんするノート」です。
ヘーゲル『論理学』は、『大論理学』として出されているもの、そして、『エンチクロペディー』のなかの「論理学」、「自然哲学」「精神哲学」とセットになった「論理学」――『小論理学』と言われているものがあります。レーニンは、この『大論理学』に書かれているものを『小論理学』で検証しつつ、ノートを作っています。さて、レーニンはヘーゲルからヘーゲル弁証法を学びつつ、その客観主義的観念論をマルクス――エンゲルスにならって、逆立ちしているとして客観主義的、弁証法的唯物論を突き出します。その過程で、主観主義的観念論と批判しているカントの流れの不可知論者の批判もしています。さて、問題なのは逆立ちしているというとらえ返しだけではすまないということです。ヘーゲル弁証法は、存在論と認識論と論理学の三位一体的な弁証法なのです。ここで、存在論というのは、絶対精神の自己展開、疎外とか外化とか言われていることで、その批判をせねばなりません。このあたりは、近代哲学の陥ったアポリア(論難)の三項図式をどうとらえ、どう止揚していくのかが問われているのです。そのあたりのことが押さえられないところで、また後期エンゲルスは、マルクス理論のわかりやすい解説を試みるなかで、弁証法を図式化していくなかで弁証法を法則としてとらえ、反映論に陥りました。ヘーゲルの三位一体的弁証法への陥穽です。そしてまさに革命のひと、レーニンはそのエンゲルスの継承のなかで法則の絶対的真理を突き出しました。これでは、絶対精神へのとりこまれで、唯物論ではなく観念論に陥るのです。だから、その後の「マルクス―レーニン主義」の流れの運動は、ひとの名を冠したカリスマ性にひきづられる○○主義が陥る教条主義にとらわれ、まさに宗派的な活動に落ち込んでいったのです。このあたりが「共産主義的運動」の総括の核心のひとつとしてあることです。これについては、「社会変革への途」の主題になること、そちらでまた書きます。レーニンのこの<上>だけでなく、<下>をも貫いて、唯物論と弁証法についての論攷を進めています。哲学で体系的な論述を進めたのは、アリストテレスにはじまり、カント、ヘーゲルと続いています。マルクスにもそのような指向はあったようなのですが、結局経済学に軸を移し、まとまった論攷をのこしていません。わたしが認識論的に導かれた廣松渉さんが、『存在と意味』でそのような試みをしていましたが、三巻中二巻まで発刊したところで、亡くなっています。今後、そのような試みがでてくるのでしょうか?
さて、切り抜きメモですが、メモの切り抜きメモはあまり意味がないので、さらっと、次の張さんの『レーニンへ帰れ』の学習に役立てる、検索用のメモに留めます。
絶対精神の自己展開としての、存在論と認識論と論理学の三位一体性としてのヘーゲル弁証法21P
ヘーゲル「網」「結び目」21P――レーニン「網」「網の目」22P・・・廣松さんの「網」と「網の目」はここから?
論理展開と現実展開(存在論的展開)の同一性24P
「運動の弁証法」「否定」の弁証法28P
レーニン「(一)天―自然―精神。天をすてよ、そうしたら唯物論になる。」35P・・・絶対精神とその自己展開、そして絶対的なるもの(絶対的真理)をすてないと唯物論にはならない。
レーニン「ヘーゲルは逆立ちした唯物論(エンゲルスによると)であるから。すなわち、わたしは神とか、絶対者とか、純粋理念とかを大部分なげすてる。」37P・・・ただし、絶対的真理はなげすてなかった。
「哲学を「自我」から始めることはできない。「客観的運動(七一ページ)」がないから」38P・・・客観的運動は絶対精神に至るのでは?
 レーニン「物質的な過程の全面性およびこの過程の統一性を反映すると、それは弁証法であり、世界の不断の発展の正しい反映である。」49P・・・絶対精神の自己展開としてのヘーゲル弁証法の反映論
 レーニン「石でさえ進化する」50P・・・?意味不明
 矛盾の動態96P
 レーニン「本質的区別―対立」「生動態」97
 レーニンの注釈「同義反復の意味」101P
「法則とは現象における恒久的なもの(永続するもの)である。」111P・・・法則は、共同主観的に妥当するとされた真理に基づく仮説に過ぎないこと
レーニン「あらゆる法則は、せまくて、不完全で、近似的なものなのである。」112P・・・前ページの引用と矛盾
 ヘーゲル「かくして法則とは本質的な関係である」115P・・・構築主義的立場からする反本質主義との対話
レーニン「フェイエルバッハはこれに「結びついている」。神を去れ、すれば自然が残る。」119P・・・神は自然の物神化。自然の物象化は残る。
レーニン「ひっくりかえすこと――概念は、物質の最高の産物である頭脳の最高の産物である。」135P・・・医学モデル。脳一元論――脳の中にある小さな自己論。概念は共同主観的なところから生まれていくことを押さえていない。
レーニン「ヘーゲルはカントの観念論を、主観的観念論から客観的および絶対的観念論へ高めている」137P・・・絶対的観念論へは「高める」のではなく、「おとしめる」こと。マッハは相対的観念論と唯物論のとの間のゆらぎでは?
ヘーゲル「悟性」138P・・・悟性とは、実体化された「自我」のなかに内自有化された「(自己)意識」
レーニン「「概念」はまだ最高の概念ではない。より高いものは理念=概念と実在との統一である。」139P・・・理念とは共同主観的に妥当し反照された意識。「概念と実在との統一」は、実体主義と絶対化を生み出す。
ヘーゲルのカント批判142P・・・先験的演繹論を共同主観性論からとらえなおす
ヘーゲルの「純粋な真理」146P・・・絶対精神の自己展開――疎外・外化の弁証法
レーニン「マルクスは、ヘーゲルの弁証法を,その合理的な形で経済学に適用した。」153P・・・「法則」の適用なのか、論理学的高次化なのか
レーニン「概念の弁証法」196P・・・対話による高次化
レーニン「ヘーゲルにおいては、実践が鎖の一環として、しかも客観的(ヘーゲルでは「絶対的真理」)への移行として、認識過程の分析にうちに位置をしめているということである。」203P・・・ここでは、「客観的」と「絶対的」を分けている。
レーニン、弁証法の諸要素――概略3つ217P
レーニン、弁証法の諸要素――精細16個218-9P
レーニン「エンゲルスがヘーゲルの体系は逆立ちさせられた唯物論であると言ったのは正しい。」237P――注一〇九「『フェイルバッハ論』の第二章で・・・」285P
レーニン「ヘーゲルのもっとも観念論的な著作のうちには、観念論がもっとも少なく、唯物論がもっとも多いということである。これは「矛盾している」が、事実である!」238P
<下>
もくじを挙げておきます。
「ヘーゲル『歴史哲学講義』にかんするノート」
「ヘーゲル『哲学史講義』にかんするノート」
「ヘーゲル弁証法(論理学)の見取図」
「ラッサール『エフェソスの暗い人ヘラクレイトスの哲学』にかんするノート」
「アリストテレス『形而上学』にかんするノート」
「フェイエルバッハ『ライプニッツ哲学の叙述、展開、および批判』にかんするノート」
「弁証法の問題によせて」
「フェイエルバッハ『宗教の本質についての抗議』にかんするノート」
「マルクス、エンゲルス『神聖家族』にかんするノート」
ちょっとだけコメントを、「ヘーゲル『哲学史講義』にかんするノート」は、ギリシャ哲学にかんするヘーゲルの論攷とそれに対するレーニンのメモです。エピクロスの弁証法や詭弁学派のむしろ弁証術とでも言えるようなこと、むしろ対話という意味での弁証法から、ヘーゲルの弁証法にいたる過程をなぞることができるかもしれません。ギリシャ哲学には、その後の哲学的展開の縮図があるとされています。ギリシャ哲学に関しては、わたしは、シュヴェーグラー『西洋哲学史(上)(下)』岩波文庫で読みました。ヘーゲルと対比させたいという思いが湧いてきますが、とても無理です。縮図といえば、青年ヘーゲル派の内部論争が、まさに哲学の縮図にもなっていると言われています。ここで、フェイエルバッハにかんする2つのノートと、『神聖家族』でマルクス――エンゲルスのバウアー兄弟とその流れのひとたちへの批判をとりあげています。わたしもヘーゲルまではなぞって、その後青年ヘーゲル派の本と内部論争は、本だけ買って読めずしまいで、廣松渉さんの膨大な論攷をわたしなりに押さえただけに留まっています。とても、原典の訳書までは読めないにしても、これも「廣松ノート」を作るなかで再学習したいと思っています。
 ここ<下>でも<上>と同じようにメモを。
 理性の狡知26P
ヘーゲル「ここに(エレア学派)に弁証法の始め、・・・・・・」38P
レーニン「弁証法とは、一般的には、「概念における思考の純粋な運動」である」「特殊的には(ヘーゲル独特には)、弁証法とは、物自身、本質、実体と現象、「向他有」との対立の研究である」「本質は現象する。現象は本質的である。」39P「本来の意味においては、弁証法とは、対象本質そのものにおける矛盾の研究である。」40P・・・論理学、認識論というところでの弁証法から、存在論までに拡大したヘーゲルの弁証法。
 2つの弁証法41-2P
「概念の弁証法および認識の弁証法」43P
ゼノンの弁証法45P・・・弁証術、エンゲルスのりんごの例え、ただ「ひとはそれを知らずに行う」の類い
 レーニンのヘーゲルを通したマッハ批判63P・・・ただ批判がずれている
 キュレネ学派とマッハの近さ82P
レーニン「「外部に」なら、唯物論。「内部に」=観念論。ヘーゲルはアリストテレスの「外部に」という言葉を黙殺し、「受動性」という言葉によってこの外部にという言葉を別の意味に書き換えたのだ。つまり、受動性とはまさに外部にという意味だとするのである!!
ヘーゲルは、感覚の観念論を思考の観念論におきかえているが、観念論に変りはない。」98P
・・・外部――内部という設定の問題、間主観性――共同主観性の問題。
 ヘーゲル「感覚が外部にあるかわたしのうちにあるかは、どうでもいいことで、それは存在するのである……」―レーニン「唯物論からの言いのがれだ」98P・・・外部−内部の設定自体の問題、感覚の文化による規定性の問題も、レーニンのおかしさ
 レーニン「弁証法的唯物論だけが「始め」を続き(ママ・・・文がつながっていない)および終りと結びつけたのである。」106P・・・ヘーゲルのエピクロスとアリストテレス、およびレーニンのヘーゲル批判
「トロポイ−論式」120P
「ライプニッツがスピノザとちがう点は、ライプニッツにおいては、実体の概念に力の概念が加わること、・・・・・・」176P
 フェイエルバッハ204-32P・・・自然――神、物神化
 フェイエルバッハ「自然を神から導きだすのは、原型を模写、模像から導きだし、事物をその事物の思想から導きだそうとするに等しい。」「人間には「物をさかさまに見ること」抽象的なものを独立のものとするのがつきものである――例えば時間と空間。」「諸事物が空間と時間を前提とするのでなく、空間と時間が諸事物を前提とするのである。」214P
フェイエルバッハ「自分の本質を非我の自我と自我のない非我に分裂させ、前者を神と呼び、後者を自然と呼ぶ。」227P・・・他我――共同主観性がない、物神化の問題も
 唯物論者の歴史261-6P


posted by たわし at 04:59| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

NHKスペシャル「“パンデミック”との闘い――感染拡大は封じ込められるか――」

たわしの映像鑑賞メモ039
・NHKスペシャル「“パンデミック”との闘い――感染拡大は封じ込められるか――」20.3.22
SNSで話題になっていた番組です。どうして検査態勢が進まないのか、進めようとしないのか、分からなかったのですが、この番組は国営放送NHKの特権と言えるようなことで対策本部を取材してできた番組で、やっと輪郭がつかめました。
この番組のキーパーソンは、専門家会議のメンバーでクラスター対策班で陣頭指揮をとっている東北大学大学院の押谷仁さん、WHOでサーズ対策に携わったひととのことです。そのひとがインタビューに答えていろいろ語っていました。
要するにクラスター対策を未だにやっているのです。そもそも、注目されたクルーズ船の入港から、水際作戦ということをやっていて、それがクラスター対策として引き継がれているのです。これはクルーズ船の乗員を感染症の対象者にしないで、乗客の世話をさせたとか、症状がでていないひとを別なところにとりあえず隔離するということをしないで、感染者を増やしてしまったという失敗がありました。その後アメリカは、これを教訓化して、クルーズ船を寄港させるときには下船させ隔離する対策をとりました。日本でも、帰国者のチャーター便の対策はうまく行ったようです。ですが、そもそも中国の武漢からの直行便も含めた観光客が日本に来ていて、すでに感染は広がっていたのです。さて、どういうわけか、日本では欧米のような爆発的重症者や死者の広がりがでていませんでした。なぜ、日本は死者数がそんなに少ないのか、握手とかキスとかハグとか濃厚接触の文化がないとか、マスク文化とか、BCG接種の効果とかいろいろ語られています。
イギリスなどの検査をきちんとしない国も、すぐに切り替え、世界のほとんどの国が検査をちゃんとする方向に方針を変えました。もし、日本で、このまま爆発的感染がおきなければ、それは幸いなことですが、そもそも押谷さん自身がギリギリのところだとか語っています。これが巧くいったら、日本方式として世界から注目を受けるだろうとかいうようなことを話しているのですが、世界は日本方式は崩壊するだろうとみています。これは一種のギャンブルのようなことです。政治的なところでギャンブルなんかされたらたまったものではありません。誰が責任をとるのでしょうか?
さて、クラスター対策をしても、検査は検査で別に進めればそれでいいのですが、なぜ、しないのかも分かりません。オリンピック中止(延期)をさけるとか経済的落ち込みをさけるために感染者数を増やさないということがあったのだと思いますが、どうも未だにそれは続いているようなのです。東京都の広報紙では記載が変わっているのですが、どうも未だに、保健所窓口ということが続いていて、「4日―2日」のしばりが亡霊のように生きているようなのです。
検査を増やさない論理として出ていること、ひとつ例を挙げます。
朝日新聞20.3.25「正しく知るPCR検査」で、聖路加国際病院QIセンター感染管理マネージャー・看護師坂本史衣さんがインタビューに答えた発言、「ただ、早く見つけても重症化を防げるわけではなく、早く病院へ行くメリットはないのです。」――意味不明で、まさに運命論者のような話なのですが、これは医療の論理ではありません。医療現場では、なんとか救う試みをしているはずです。重症化しないために、早期治療の必要性を訴えているはずなのです。検査を受けないまま亡くなっている現実をどうするのでしょうか?
どうしてこんなおかしな話になっているのかと考えると、わたしは医療の論理のなかに感染症対策の論理が組み込まれないで、「感染症対策」がひとり歩きしているのではないかと思えるのです。この「感染症対策」いかに感染者数と死亡者を抑えるのかという数の論理です。これには、感染研への現場の医療サイドから批判が起きています。医療の論理は、目の前にいる患者さんをどう救うのかという一分の一の論理です。もちろん、医療崩壊がおきると一分の一の死者も増えるから、それを防がなければなりません。しかし、死者の数をふやさないために、検査をしないで亡くなる数がある程度でるのは仕方がない、というのは医療の論理ではなくて、全体主義の発想なのです。そもそも出口をどうするのかというところで解決していくことだという話として現場の医療関係者から提起があり、現実にやっと動き始めています。どうみても、一ヶ月遅れなのだとしか思えません。感染研も、ちゃんと医療の論理のなかで感染症対策を立て直す必要があるのだと思います。
そもそも情報が錯綜しています。たとえば、「マスクが足りない」という話がでると、「マスクは予防効果はない」とかいう話が出たりします。多分に、政権擁護の専門家サイドの忖度のようなニュアンスさえ出ています。これは、「市販のマスクは移されるのを防ぐ効果ということでは万全ではないけれど、ある程度の効果はあるし、移すということを防ぐ効果はそれなりにある」と言い換えることです。「若年層は重症化しない」というような言い方が出ていました。これは日本でも北海道で20代のひとの重篤化の事例がでているのに、重症化しないという話は誤情報ではないかとわたしは思っていました。きちんと、「確率的には重症化することは少ないことはあるけれど、「若いひとが重症化しない」というのは誤りである」というメッセージに変えることです。また、3密のはなしも、3つの条件がそろわないと大丈夫というような話をするひとがいて、しかも、自粛解除のニュアンスの発言を首相がして、3月の三連休のときに、原宿・渋谷の繁華街が若者が繰り出しました。「3密は3つの条件がそったところが一番危ないということで、1つだけでもうつる可能性がないわけでない」というきちんとした発信に変えることです。とにかく情報の整理と、それからテレビに出て発言するひとはきちんとした発信をすることが必要ですし、誤ったことを言ってしまったときはすぐに訂正なり、翌日自分が出演しないでも、訂正のコメントを寄せることですし、あいまいな誤解される発言をしたときも同じだと思います。そもそも、安倍首相自身が「意味不明の決断」で、誤ったメッセージを出し続けているのですが、きちんとした情報の整理と発信が必要だと考えています。
さて話を番組に戻します。この番組のなかで感染のしくみのはなしがためになりました。飛沫感染、マイクロ飛沫感染(前にエアゾル感染と言っていたこと)、接触感染(飛沫のあとでのそれを接触することによる感染)というようなこと、何に気をつけどう予防していくのかに参考になる話でした。 
 もうひとつ有益な話は、台湾の取り組みの話です。
台湾では、中央感染症指揮センターの指揮官陳時中さんが、首相級の権限をもって陣頭指揮にあたり、毎日会見を開き、2時間くらい、質問には全部答えているとのこと。NHKのインタビューに応えて、情報公開と信頼関係が大切だという話になっていました。
学校は、一人出たら学級閉鎖、二人でたら学校休校という明確な方針を立てて、校門のところで非接触式の体温計で熱を測り、教室でもう一回測る、発熱していたら、別の教室に移し、親に電話して旅行の有無とかを尋ねている様子がながされていました。確かに今回のウィルスでは発症していなくても移す可能性はあるのですが、子どもたちから教育を奪うという弊害と感染のリスクのバランスをとっているようです。オンライン学習とかの試みもなされているようです。また、カードを使ってマスク管理をしていて、一週間に大人三枚子ども五枚配り、アプリなどを使ってコンビニでも受けとれるようにしているとかで、トイレットペーパーの買い占めの防止も、それでやっているようです。
世界はIT時代に入ってきているのだと実感させられました。アベノミクスとか大企業の内部留保を保障して、民衆の生活暮らしを大切にするという観点が欠落している間に、アナログ大国になってしまったようです。
さてカードを使って管理というと、日本でのマイナンバー制度を想起させられます。マイナンバー制度は日本では広がりません。なぜかというと、そもそも金持ち優遇で、タックスヘブンとかの抜け道を塞がないし、累進課税も少なくし法人税も減税し、金持ち大企業優遇を進めているから税に関する民衆の同意も得られないのです。そして、共謀罪とか特定秘密保護法とか国家主義的管理を進めているからです。最期のセフティネットさえ、アクセスを拒むことが続いています。その上に、政府に対して批判的なマスコミへの圧力も続けています。おまけに、コロナウィルスの問題がおきたときは、情報隠蔽・文書改ざん-破棄、歪曲の問題で追及の真っ最中でした。台湾の責任者の情報公開と信頼関係が大切だということの真逆のことを政権がやっていたのです。今、コロナウィルスの問題で大変だから、政府批判を控えようとかいうことを与党側のひとが言っていますが、簡単な解決策があります。「責任をとって首相も議員も辞める」と言っていたことを実行すればいいのです。危機管理は信頼関係がないとなりたちません。それとも、クーデター的に戒厳令でもひいて、戦車でも繰り出すのでしょうか? そういえば、昔、安倍首相は戦車帽をかぶって嬉しそうに写真をとらせていました。そんなことを想起してしまいました。
今の政権の後手後手の対応や、右往左往をみていると、不安感しか湧いてこないのです。
今、安倍首相ができる最大のことは、首相を辞めて、新しいもう少し信頼を得るひとに首相になってもらって、合意形成のできる、コロナウィルスのちゃんとした感染症対策を進めることだと思っています。
(追記)ここまではだいぶ前に書いた文、この文を編集しているときに、インターネットで、押谷さんをインタビューした映像が流れていました。どうも、「これが巧くいったら、日本方式として世界から注目を受けるだろう」という話は、失敗に終わったと当人も自覚しているようです。それを、まだ検査の不完全さの批判にすり替えていました。その話は、もう不完全でもそれを押さえてやっていくしかないということで、いろんなひとが語っていて、世界ではその方式で進んできているのです。きちんと反省して、方針転換していくことなのに、非を認めないで、まだ、クラスター対策を軸にするということから転換ができていないので、検査がなかなか進まないのです。何が肝要なのか押さええず、名誉心のようなことで動き、責任――反省という概念のなさがなにをもたらすかということを押さえようとしないことが、安倍政権に関わるひとの特徴になっているのでしょうか?

posted by たわし at 04:55| 映画鑑賞メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月03日

廣松渉『廣松渉著作集3 「科学哲学」』

たわしの読書メモ・・ブログ529
・廣松渉『廣松渉著作集3 「科学哲学」』岩波書店 1997
 レーニンの「唯物論と経験批判論」のマッハ批判を読んでいて、マッハ理解をするためにマッハに関する廣松さんの文があるので、表題の著作集の中のマッハに関する論攷を中心に再読しました。丁度、後半部分417-592Pにあたります。途中でやはり、この巻の最初から読んでいくこと、さらにマッハの本そのものの読書、さらには物理学の学習の必要も感じていました。ですが、とてもそこまでは掘り下げられません。わたしの人生の最後の方で、「廣松ノート」を作るつもりです。その中で、この3巻の最初から読み直し、ノートを残したいと思っています。わたしは、この著作集が出たとき、予約販売で、確か月一ペースで発刊されて、その中の未読の文、解説だけを読んでいきました。その他のところは、単行本ででたときにほとんど読んでいました。
 今回再読した論攷を挙げておきます。
V.「相対性理論の哲学」の中の「第二章 マッハの哲学と相対性理論」
 これは、「第一章 相対性理論の哲学的次元」を先に再読することでした。明らかに失敗です。ですが、そもそも物理学の基礎知識のようなこともないと、読み飛ばしになります。以前単行本で読んだときも、そのようなところで読んだのです。認識論的なところにつなげる、ところで物理的なところの表面をなぞる、結局、そこに行き着くのですが。
W. 「マッハの哲学――紹介と解説に代えて」「マッハの幻想主義と意味形象」「マッハとわたし」「哲学の功徳――マッハ外伝」「マッハ主義」
解説 野家啓一
解題 小林昌人
 さて、そもそもマッハに踏み入ったのは、マッハの何が問題になっているのかということです。それは、ひとつ前の読書メモで先取り的に少し書いたのですが、わたしが影響を受けた廣松さんがマッハからの影響を受けて、物理学を専攻しようとしていたことがあります。そして、廣松さんの論攷にマッハの影響もとらえられます。そのあたりを少し押さえてみます。
 マッハの人物辞典的解説は526Pに書かれています。全面的に書き写したい心境に駆られますが、禁欲しておきます。
マッハの研究は多肢にわたります。わたしが留意したのは、ゲシュタルト心理学の先駆をなした538Pということや、諸要素の函数連関536Pということなど、それでも主なフィールドは物理学と言えるようです。マッハは、ニュートン力学の絶対空間、絶対時間という概念を、観測者の問題から批判していき、相対性理論を生み出したアインシュタインが、真空の中での光速が一定であるいう実験がマッハの若いときに出ていたら、マッハが相対性理論を生み出しただろうということを書いています。
わたしはマッハの認識論を問題にしているので、そこにしぼります。
近代哲学は、中世の神というところからの演繹から、デカルトの精神と物質、精神と肉体の二元論に陥り、そこから、意識作用――意識内容――意識対象という三項図式ということが生まれ、いかにして認識は可能なのかという問題が生じてきました。そういう中で、不可知論が生まれてきます。それは一つは、カントの物自体論です。もうひとつは、ヒュームの懐疑論です。そういう中で不可知論を退け、マッハは要素一元論ということを突き出します。マッハが想定していたのは、主客未分な、生まれたばかりの赤ん坊のとらえる世界です。529Pそれは、結局、三項図式でのアポリア(論難)は解決しえていません。それは、結局、マッハの図式で言えば「要素ABC……を他人ともそのまま共有化しうる与件とみなすことにおいて、マッハとしては、実は単なる感性的要素としてではなく、共同主観的に同一なものとして先行的了解される意味形象として措定してしまっているということである。」545P、これは、結局「附け足して考える」(ヒンツーデンケン)512P・532Pということが、意識対象としたことにはおよばない図式になっています。「マッハは、認識主観の本質的な同型制を暗黙の前提にしてしまっている。」549Pという他我問題が解決できていないこととならんで、この「附け足して考える」(ヒンツーデンケン)ということを、廣松さんは、「それ以上のもの」――「それ以外のもの」として、マッハが押さえ損なっている他我問題も押さえたところで、四肢構造論として突き出しています。
 三項図式の論難を解決しようとしてしたひとつの流れ、フッサールの現象学は、本質直感として解決しようとしていたのですが、結局失敗しています。547-8P「フッサールが特殊な直感の対象として考えたところの契機、広義の「意味的諸契機」は、物象化的錯視であることを指摘しなければならない。」548Pと廣松さんは指摘しています。
 マッハの認識論に関する廣松さんの要約的なところ「近代哲学のかの二元論的構図と主客図式とを内在的に批判する構えに一応はなっているけれども、感性的「要素」の超個人的・超歴史的な実体化、認識主体のアプリオリな同型化、この両極の中項としてαβγ……すなわち意識内容としての表象を立てる構図になっており、本質的には近代哲学の地平を超出しえていない。けだし、マッハの哲学が、近代哲学に対する即時的な自己批判の構えになっている限りでは真摯な再評価と再検討に値するとはいえ、所詮は抜本的止揚の一与件たるにすぎないと評さるべき所以である・・・・・・」549P
マッハが廣松さんとリンクしているところでわたしが留意しているのは、「附け足して考える」(ヒンツーデンケン)と函数的連関という関係主義的とらえ返しではないかと押さえています。
この著作集では、『事的世界観の前哨』を分割して内容的に各巻に割り振っています。この3巻に「U.物的世界観の問題論的構成」(今回再読せず)と「マッハの幻想主義と意味形象」が掲載されています。この本は廣松さんの道行き的に大切な道程で、編集者の廣松シェーレのひとたちの分割したことの意図がちょっとつかめないでいます。
マッハへの廣松さんへの思いのようなこと「マッハとわたし」「哲学の功徳――マッハ外伝」「マッハ主義」に書かれています。ここでは、レーニンの「唯物論と経験批判論」をとらえ返すという学習からマッハに関する論攷を再読したところ、コメントを省きますが、ただひとつだけ気になったところ、廣松さんがマッハを読んで「もはや狂(ママ)信的な「マルクス・レーニン主義者ではありえなくなっていた。」552Pと書いているところ、結局廣松さんは、哲学的なところでレーニンの批判はしても、その批判は根底的な、運動論的な「マルクス―レーニン主義」批判までおよんでいないように思われるのです。もうひとつ、廣松さんは、マッハにかなりのめり込んでいて、マッハ主義者というような規定も受けていたようなのですが、自分は決してマッハ主義者ではないと書いていること、むしろ現象学の方に近いというようなことを書いています。ただ、廣松さんを「現象学」の枠内でとらえようという論攷も見たのですが、フッサール批判の論攷を見ていると、これも違うのではないかと押さええるのです。
 さて、最後の処、野家啓一さんの解説は秀逸で、これを読むだけで、この本の内容の概略はつかめます。今回の読書で落としている、廣松さんの量子力学との対話を押さえてくれているところ、改めて、忘れていたことを思い出していました。また小林昌人さんは廣松さんの文献的研究に身を投じていて、また編集的なところで力を発揮しているひと、廣松学とでもいうところで、学究していくひとたちのとって貴重な存在、導き手です。
 最初に書いたように、廣松ノートを作る予定です。廣松さんは膨大な知識の上に論攷を進めています。わたしは廣松さんが引用しているひとたちの原典もほとんど読めないまま表面的にかじっているだけ、そのようなところは、学的なこととして許されることではないのですが、ただ、廣松さんの本を手にするきっかけになればとメモを残しました。

posted by たわし at 04:26| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

レーニン「唯物論と経験批判論」

たわしの読書メモ・・ブログ528
・レーニン「唯物論と経験批判論」 (『レーニン10巻選集 別巻2―レーニン生誕100年記念』大月書店1966所収)
 レーニンの著作をあたっていて、とりわけ、『国家と革命』を読んでいると、まさに、レーニンこそが、今前衛党的なことを維持している政党・党派の理論、「マルクス―レーニン主義」をうち立てたのだと押さえられるのです。
 それは、実は、後期エンゲルスが、マルクスの理論のわかりやすい解説ということのなかで、弁証法を法則としてとらえるようなことに陥り、ヘーゲルへ「先祖帰り」し、弁証法を法則、しかも物神化された法則としてとらえるようになった、そのことをレーニンが吸収して、「マルクス―レーニン主義」をうち立てたのだと言えることではないかと思ったりしています。ヘーゲル弁証法は逆立ちしていると言われています。それは絶対精神の自己展開、疎外――外化としての現実世界という内容を持っているのですが、実は、レーニン革命論は、「マルクス―レーニン主義」の弁証法の現実世界への適用という意味をもっていて、そのことは「マルクス―レーニン主義」に理論武装された前衛党による革命という図式にもなっていきます。そもそも、弁証法というのは、対話による論的な深化の道行きなのですが、それをヘーゲルの絶対精神によって逆転させる・逆立ちさせたのが絶対精神の外化としての法則としての弁証法としてとらえたことなのです。まさに、ヘーゲルの逆転した弁証法の法則化は、神を想定している事なのですが、同じく、弁証法を法則としてとらえた、「マルクス―レーニン主義者」やその党派は、まさに宗派として登場せざるをえなくなるのです。このあたりのことをこれまでのレーニン学習から仮説として押さえたのですが、レーニンの哲学的論攷の学習として、裏付けようという試みとして、レーニンのこの本、そして『哲学ノート』の読み込みをします。この本は、マッハ批判としても有名です。まえにも書きましたが、わたしが哲学的に影響を受けた、廣松渉さんは、物理学の知識も踏まえた上でマッハの理論をそれなりに評価しています。そして、後期エンゲルスの批判も書いています。後期エンゲルス論については、わたしの理論学習の終活的ことの一つとして「廣松ノート」をつくろうという思いがあり、後に回しますが、マッハに関する廣松さんの論攷を、『哲学ノート』の学習の前に読んで、読書メモを残します。ここまでは、読書に入る前に書いたことです。
ここからが、正規の読書メモです。
 経験批判論の論者とは、主にマッハとアヴェナリウスを指しています。これはカントの物自体論の不可知論やヒュームらの経験主義の不可知論を右から批判するというレーニンの押さえです。レーニンはマルクス、むしろエンゲルスですが、その唯物論は左から批判すると称しています。その立場、唯物論の立場でのマッハ主義の批判なのです。レーニンはまさに革命家で論争のひとでした。ロシアにはマッハ主義的なところとマルクス唯物論を結び付けるひとがいました。筆頭はボグダーノフなのでしょうが、そのひとたちを論破するために、そして唯物論を宣揚するためにこの書を書いています。革命家にもいろいろなタイプのひとがいるのですが、レーニンは異なる意見の者を徹底的に論破して、自分の方針を突き通すという性格のひとのようでした。そこで、絶対的真理なるものを突き出します。それはまさに神学の世界なのです。これがどこから出て来たのかというと、エンゲルスがマルクス主義のわかりやすい説明ということを模索する中で、弁証法を論じていくのですが、その「弁証法」が問題なのです。ヘーゲルが弁証法概念を突き出したのですが、それはひとつは対話ということによる論的深化という意味と、もうひとつの絶対精神の外化なり疎外としての展開ということとしての弁証法があります。後者は法則としてとらえられるのですが、絶対精神ですからの法則の絶対化に陥ってしまっているのです。もちろん、エンゲルスは神なるものは否定していますから、絶対精神の自己展開のようなことは批判します。しかし、弁証法を法則としてとらえるところからは、その法則――弁証法を図式化していく過程で、ヘーゲル的な絶対精神の自己展開の枠内に留まってしまいます。そこから反映論なり模写論という突き出しになっています。それは、精神の自己展開という図式に嵌まっていて、まさに、青年ヘーゲル派としてヘーゲル批判から出て来て観念論を超克したところから逆戻りしてしまうことになっています。レーニンは、まさにエンゲルスの弁証法的唯物論をとりいれるときに、まさにヘーゲルの観念論的な弁証法にとらわれたのです。ですから、その影響を受けたレーニンは、この書の中でも、まさに神の言い換えに過ぎない「絶対的真理」なる言説を突き出しています。だから、それはまさにヘーゲル的観念論に嵌まってしまっているのです。
 さて、何が問題になっているのかというと、神学の世界から抜け出したデカルト以来の精神と肉体――物質の分離以降、近代哲学は常に、三項図式(意識作用<主体>―意識内容―意識対象)のアポリア(論難)をどう解決するのかという問題に直面してきたのです。そして、神学の世界に絶対精神をもって復帰したヘーゲル以外は(神とは自然の物神化にすぎないことで、その存在は否定されることで、ヘーゲルはそれなりに論理的ですが、その前提自体が間違えています)、このアポリアを解決できていませんでした。だからエンゲルス――レーニンも同じ図式に嵌まってしまっているのです。
 カントの物自体論もヒュームの経験主義的不可知論もそして、マッハの経験批判論もそのことを巡る試行錯誤です。そして、エンゲルスの反映論もこのアポリアを、ヘーゲル帰りしているのですから、解決できていません。
 さて、読書メモから少し外れるのですが、わたしのこの三項図式に関する押さえを書いておきます。マルクスの思想の流れから出て来た廣松渉というひとが三項図式のアポリアの解決を一応なしているのではという思いがわたしにはあります。実は、わたしがマッハを知ったのも、廣松さんがレーニンのマッハ批判のこの書をおかしいと論じていることからです。マッハは物理学者でもありました。音速の単位に名が付いています。そして、アインシュタインの相対性理論の道を拓いたひととしても有名になっています。さて、廣松さんはこの三項図式をどう止揚しようとしていたのでしょうか。それはカントが物自体をおいたところの先験的演繹論を現象学派を援用しての共同主観性論として置き換え、その共同主観性の形成を言語の生成における命名判断というところから、異化の構造、それにはマルクスの物象化概念を異化の次元からとらえ返す(廣松物象化論ともいわれていること)という作業があるのですが、そこから、社会学の役割理論(役割期待―役割遂行という過程でのサンクションをとおした)認識の形成、そこで、(廣松)四肢構造論という三項図式を超える論理を出しています。わたしは一応これらのいろんな哲学との対話のなかで形成されたことは、単なるパッチワークでなくて、ヘーゲル弁証法の対話的意味において、当事者意識――第三者的意識の入れ子型の認識の高次化の中で論理的に統一された、整合性をもっていると押さえています。個々の精細な批判はいくらか出ていますが、哲学的なところでは、大枠を否定する論理はまだ見ていません。もう少し書いておきますと、レーニンは唯物論を単純化しています。その唯物論のもっとも単純化した言い方は、定式化された「ものをあるがままに見る」ということですが、ひとは共同主観性の中で言語を獲得し、すでに物事を色眼鏡をとおしてしか見れないのです。これは、むしろ生まれたばかりの赤ん坊のとらえられる世界はいかようかという話としてのとらえ返しになります。これは次の廣松さんのマッハに関する学習の中で出てくることを、先取り的に書きますが、「マッハの世界はこの赤ん坊がとらえた世界ではないか」という話にもつながります。さて、もうひとつ、ものごとをありのままに見ている可能性のあるひとたちの存在を廣松さんが指摘していました。それは、この書の中で、レーニンが書いている「精神障害者」のひとたちです。翻訳の問題もあるのでしょうが、レーニンが、論争の中で、差別語で「きちがいであるまいし」とか論敵を何度も罵倒しているのですが、むしろ自我――他我の未分性とかの例を出して書いていることこそが、「ものごとをあるがままに見る」ことの可能性があるのかも知れません。
さて、レーニンに話を戻します。レーニンは革命家で強力なリーダーシップを発揮するひとでした。だから、自分の言っていることを絶対的真理として突き出す論理に乗ったのでしょうーでも、それはマルクスの思想の宗派的な展開になってしまうのです。今日、スターリン批判はかなり広がっているというか、多くのひとが受け入れていることですが、左翼の間ではレーニン批判にまではなかなか及んでいません。まだ存在している党派は「マルクス―レーニン主義」の言葉を使うかどうかを別にして、内容的にはそこへとらわれています。スターリン批判の中身としていろいろ批判されていたこと、「自然弁証法の基礎に立つ史的唯物論という論理はおかしい」とかいうことは、そもそもスターリンがレーニンからの引き継いだこととして、この書を読んでいる中でとらえられます(尤も、このレーニン選集がスターリン的改鋳にさらされている可能性もあるのですが)。今、一度レーニンとマッハの対話の中の読み解きから、「マルクス―レーニン主義」の総括が必要になっているのだと思っています。
 廣松さんのノートは、まだ先になりますが、とりあえず、次の読書メモとして、廣松さんのマッハに関する論攷の再読とメモ取りをやっておきたいと思います。
 さて、いつもの切り抜きメモは、レーニンの言葉自体がかなり図式化した教条主義的になっているので、逐一批判しても消耗なので、索引的にページを当たれる程度に留めます。レーニンは論争のひとで、哲学から物理学で広範な資料を読み解き、逐一批判していっています。ここで、それを精細にとりあげることは難しいので、レーニンとの対話に必要なところをとりあげて、メモを残すことにします。

 弁証法的唯物論11P・・・対話としての弁証法と法則としての弁証法
一九〇八年の「マルクス主義者」――-ボグダーノフらと一七一〇年の観念論者――バークリの唯物論批判15-7P
「物自体」16P・・・廣松さんの<そのもの>からのとらえかえし
エンゲルスの反映論22P・・・レーニンの「エンゲルス主義」へ陥り
 反映論と因果論24P
「因果性の問題における二つの哲学的上の流派が、われわれの前にある」バークリの批判する唯物論(記号論に媒介されて)24P−バークリとマッハ? むしろバークリとカント? 
 バークリによる空想と現実の違い24P――「因果性」神のみしるし
 バークリの主観的観念論25P・・・バークリの共同主観性は精霊? カントの先験的認識論の読み込みにおける「共同主観性」論との関係
「マッハは一八七二年につぎのように書いた「科学の任務たりうるのはつぎのことだけである。一、表象相互の連関の法則を探求すること(心理学)。二、感覚(知覚)相互の連関の法則を発見すること(物理学)。三、感覚と表象のあいだの連関をあきらかにすること(精神物理学)。」これはまったくはっきりしている。」33P
マッハ「感覚は『物の記号』でさえもない。むしろ『物』とは、相対的な安定性をもつ感覚の複合をあらわすための思想上の記号である。物(物体)ではなくて、色、音、圧力、空間、時間(われわれが普通に感覚と呼んでいるもの)が世界の本来の要素である。」33P
レーニン「物質は第一次的なものであり、思考、意識、感覚はきわめて高度の発達の所産である。これが唯物論的認識であって、自然科学は自然発生的にそれに立脚している。」67P・・・スターリンの自然弁証法の基礎の上に立つ史的唯物論という発想はここから。学的にはおかしい、との批判。そこには、法則の物神化も。法則は仮説として、法則の意識的適用という技術論。
人間存在以前の地球70P・・・自分の存在しない別の空間という話に通じていく
意識から独立して存在しているものの存在76P・・・懐疑論批判として出てくる<そのもの>の論理、ソシュール言語論、当事者意識と第三者意識の弁証法
エンゲルス「「思考する脳における」自然過程の反映、等々。」――レーニン「アヴェナリウスはこの唯物論的観点を否認して、「脳が思考するということ」を「自然科学の物神崇拝」と呼んでいる。」80P・・・協同作業や共同主観性というところからとらえ返す
レーニンのアヴェナリウス批判「「精神と身体の二元論」の観念的除去(すなわち観念論的一元論)とは、精神は身体の機能ではなく、したがって、精神は第一次的なものであり、「環境」と「自我」とは同一の「要素の複合」の不可分の結合のうちにのみ存在する、ということにある。」82-3P・・・「要素」を共同主観性から読み解いていくことによる、四肢構造論につながる可能性
 マッハの唯我論86P・・・廣松共同主観性論からの批判
「マルクスをエンゲルスに対立させる試み」91P・・・とりわけ、後期における違いを押さえる必要
エンゲルス「唯物論は、自然を第一次的なもの、精神を第二次的なものとみなし・・・・・・」91P・・・むしろ、二分法自体の批判の必要
「ヘーゲルは、現実の世界をある世界以前の「絶対的理念」の実現とみなす、そして人間の精神は、現実の世界をただしく認識することによって、そのなかに、かつそれを通じて、「絶対的理念」を認識するとみなしているのである。」92P・・・レーニンは「絶対的理念」なるものは否定しても、「絶対的」なることへの批判が欠落していくのでは?
「・・・・・・・われわれのそとに、われわれから独立して、対象、物、物体が存在し、われわれの感覚は外界の像である、ということである、・・・・・・」96P・・・反映論、三項図式のアポリアは、「絶対的精神」を肯定しない限り解けないのです。
レヴィー「なにが君に翻訳の正確さを保証するのか? 人間の思考が君に客観的真理をあたえるということを、なにが君に証明するのか? マルクスが第二テーゼでこたえているのは、この抗議に対してである。・・・・・・」――レーニン「さて、レヴィーが、マルクスが物自体の存在を承認している、ということを、一刻もうたがっていないのを、諸君はおわかりになったであろう!」99P・・・レヴィーは三項図式を問題にしていて、マルクスの第二テーゼは、「ひとは知らずにそれを行う」ということを言っているにすぎず、認識論的にはこの問題を解いてはいないのです。レーニンは、三項図式のアポリア自体が対象化できていないのではないでしょうか?
「しかし、果たして諸君は(マッハ主義者)、エンゲルスにあっては不可知論者も同様に「これらの物そのもの」のかわりに「印象」をおいている、ということに気がつかなかったのだろうか? つまり、事がらの本質上、不可知論者もまた物理的な「印象」と心理的な「印象」とを区別しているのだ! 差異はまたしても、もっぱら述語のなかにある。マッハが、物体は感覚の複合である、と言うとき、マッハはバークリー主義者である。マッハが、「要素」(感覚)は一つの連関においては物理的なものであり、他の連関においては心理的なものでありうる、と「訂正する」というとき、マッハは不可知論者、ヒューム主義者である。」100-1P・・・三項図式のアポリアの迷路、「要素」は廣松さんのいう<そのもの>、意識作用と意識内容をつなぎ、意識対象に対峙する「感覚」という概念、ただし三項図式は解けていないのでは?
「エンゲルスは論文のはじめで公然とかつきっぱりとその唯物論を不可知論に対置しているのであるが・・・・・・」101P
 エンゲルスの実践的適用、仮定が間違っていれば結果として出てくる類いのこと102P・・・法則の実践的適用も同じ、<そのもの>をとらえているわけではない、不可知論を批判し切れていない
「感性的観念はわれわれのそとに存在する現実性ではなくて、この現実性の像に過ぎないのであるから・・・・・・」「ドイツ語の原文をとってみれば、君は《stimmen nit》すなわち照応する、声を合わせる[調和する]ということばを見るだろう・・・・・・《stimmen nit》ということばは「同一のものである」という意味での一致を意味することはできない。」「エンゲルスが、いつも、その考察の始めから終りまで一貫して「感性的観念」をわれわれのそとに存在する現実性の像(Abbild)と解釈していること、・・・・・・」107P・・・像と現実の関係、正しく反映されているという担保はないのでは? ここは、「像」――「反映」でなく、「妥当すると共同主観的にとらえられる」ということでは?
 ボクダーノフのエンゲルスを折衷主義という批判115P・・・むしろ、ヘーゲル帰り
 ボグダーノフの客観的真理はありえないというとらえ返し116P・・・客観的真理とは共同主観的に妥当な認識 レーニンのボグダーノフ批判は、絶対的真理に収束して、ヘーゲル帰り
「このうたがいもなく普遍的に妥当する、・・・・・・」118P・・・「普遍的に妥当する」ということは、「共同主観的な妥当」性の弁証法的とらえ返し
「自然科学だけが外界を人間の「経験」のなかに反映させることによってわれわれに客観的真理をあたえることができるとすれば、・・・・・・」118P・・・そもそも反映論が「真理」を担保できないので、自然科学を別格扱いすることはできないのでは?
「感覚は物体、外界の像」119P・・・マッハは意識作用と意識内容を区別しない、従って像ということは出てこない、これはエンゲルス――レーニンの反映論
「すべての知識は経験、感覚、知覚から生じる。」120P・・・「感覚」は意識作用に近く、「知覚」は意識内容に近い、ただし、マッハは区別していない
「諸君(経験批判論者)が物自体の認識可能性、時間、空間、因果性の客観性を否定しようと(カントにしたがって)、それとも物自体にかんする思想をもみとめないであろうと(ヒュームにしたがって)、まったく同じことである。諸君の経験論、諸君の経験の哲学が首尾一貫していないことは、この場合には、諸君が経験のなかの意識内容を、経験のなかの客観的真理を、否定しているという点にある。」120P・・・レーニンは、マッハの物理学が、ニュートンの絶対的空間、絶対的時間概念を批判することら始まったという、物理学のパラダイム転換の内容を孕んでいることを知り得ていなかった。
 レーニンの経験批判論批判「「一方では、物体は感覚の複合であり(純粋な主観主義、純粋のバークリ主義)、一方では、感覚を改名して要素にすれば、われわれの感覚器官から独立したその存在を考えることができる、と!」「彼らはわれわれの感覚器官を十分に信頼せず、感覚論を徹底していないのであるから。」「彼らはわれわれの感覚の証言を完全に信頼する哲学者であり、彼らは、世界を現実にそれがわれわれに見えるとおりのもの、音、色、等々にみちたものとみなしている・・・・・・・」「反対に唯物論者にとっては、世界はその見えるままのものよりも、いっそう豊富で、いきいきとしていて、多様である。」121P・・・「独立した」は間違い、むしろマッハは未分なものとして押さえています。マッハの「見えるとおりのもの」とは、生まれたばかりの共同主観性にとらわれていない赤ん坊のとらえる世界なのです(→レーニンの「子どもの片言」122P)。エンゲルス―レーニンの反映論では、「その見えるままのものよりは」は出てこないのです。むしろマッハの「附け足して考える」(ヒンツーデンケン)のなかに、そのようなとらえ返しがでています。唯物論でいう「現実をあるがままにとらえる」ということ自体が、物象化にさらされていない生まれたばかりの赤ん坊や、一部のレーニンが差別的に論じる「精神障害者」以外は、なしえないのです。
「物質の概念をうけいれるか、それても否認するかの問題は、人間の感覚器官の証言を人間が信頼するかどうかの問題であり、・・・・・・」122P・・・共同主観性のなかで、ひとはすでに、感覚器官がとらえたものを「それ以上のもの」「それ以外のもの」としてとらえているのです。
レーニンのシュヴェーグラーへの唯物論への共鳴「感性的なものだけが存在する。」123P・・・抽象ということの否定、物象化された世界にはありえないこと。
ボグダーノフのエンゲルスの折衷主義(ヘーゲル帰り)批判124P
 ボグダーノフ「「徹底したマルクス主義は」永遠の真理というような「そういう独断論やそういう静学をゆるさない」と」←レーニン「これは混乱である」130P・・・混乱はレーニンの方、レーニンは絶対的真理――絶対精神を措定してしまっているのでは?
「われわれは、マルクスが一八四五年に、エンゲルスが一八八八年と一八九二年に、唯物論の認識論の基礎に実践の基準を導入しているのを見た。」130P→注三四「レーニンが念頭においているのは、マルクスの『フェイルバッハにかんするテーゼ』(一八四五年)、エンゲルスの『フェイルバッハ論』(一八八八年)および『史的唯物論について』(『空想から科学への社会主義の発展』の英語版への序文)( 一八九二年)である。」363P
マッハ「概念は『物理学的作業仮説』である」132P・・・「概念」は「法則」にも適用可能
 フェイルバッハ「人間は抽象的自我ではなく、男であるかまたは女である。」134P・・・これ自体がもはや真理とは言いえないのです。
 「マルクスの理論の道にそってすすめば、われわれはますます客観的真理に近づくであろう(けっしてこの真理を汲みつくすことはないが)、ところがあらゆる他の道にそってすすめば、われわれは混乱と虚偽以外のなにものにも到達することができない、ということである。」136P・・・「信じる者は救われる」、マルクスの理論を宗教的真理と同等にとらえていること、ここから教条主義も宗派も生まれ出でること。
「気ちがい(ママ)病院の住人以外にはなんびともその存在をうたがわないもの」138P・・・生まれたばかりの赤ん坊のとらえる世界と一部の「精神障害者」の「あるがままにものごとをとらえる」世界から、<そのもの>をとらえ返す廣松さんの作業、精神病院に政治犯を収容していく態勢はレーニンの論敵を「障害者」差別的概念で批判することから始まっているのでは?
「経験批判論」の「経験」にかんするレーニンの論攷141P・・・言語のある世界の経験、命名判断される以前の異化しない状態の経験と認識をレーニンはとらえていないのでは?役割遂行のなかにおける共同主観性――認識の獲得という問題から経験をとらえ返すことー
「自然の客観的合法則性と人間の脳におけるこの合法則性の近似的に正確な反映とを承認することは、唯物論である。」148P・・・ヘーゲルの絶対精神の自己展開をもってこないと、反映論は正当化できないのでは? 
「エンゲルは原因と結果とについてとくに弁証法的見方を強調している、・・・・・・」→エンゲルス「そこでは、原因と結果とはたえずその位置をかえ、いま、あるいはここで結果であったものが、あそこ、あるいはつぎには原因になり、またその逆もおこなわれる。」149P・・・原因と結果――因果論的概念で語れないこと、対話ということでの高次化としての弁証法になってはいるけれど、そもそも原因と結果という概念を持ちだしたことが誤りと言えることなのでは?
「エンゲルスは、唯物論の周知の命題をとくに説明することを必要とみなさないで、たえず「自然法則」、「自然の必然性」(Naturnotwendigkeit)について語っている。」149P・・・自然の物神化を神としてとらえたとき、まさに「自然法則」「自然の必然性」も神として立ち現れます。客観的妥当性の根拠を示す必要がないこと――神
 アヴェナリウス「必然性とは、したがって、結果の到達が期待される確率[確からしさ]の一定の度合をあらわすものである。」151P マッハ「函数という概念が「要素相互依存関係」を比較的正確に表現できるのは、研究の成果をはかることのできる量で表現する可能性が得られた場合だけであるが、・・・・・・」152P・・・「(確率)函数」という新カント派的概念との共振
「これらの連関についてのわれわれの認識の源泉は、自然の客観的合法則性であるのか、それとも、われわれの心の性質、つまり、一定の先天的真理、等々を認識するところの、心に内属する能力であるのか、という点にある。これこそが、唯物論者フェイルバッハ、マルクス、エンゲルスを、不可知論者(ヒューム主義者)アヴェナリウス、マッハから終局的にわかつものである。」152-3P・・・極めて図式化したとらえ方、少なくともマルクスとマッハのとらえ方は間違えているとしか言いようがありません。
「そのさいにポアンカレは、普遍妥当的なもの、多数の人々、またはすべての人々によって認められているものを客観的と呼んでいる――すなわちすべてのマッハ主義者と同様に、純粋に主観主義的やり方で客観的真理を絶滅している、――・・・・・・」158P・・・ポアンカレの件は、言葉の厳密性を検討することがあるとしても、客観的妥当性ということはまさに然りで、レーニンの方がおかしいとしかとらえられません。まさに神学。
「エンゲルスが、重要なことは、あれこれの哲学者が唯物論または観念論の多数の学派のどれにくみしているか、ということにあるのではなく、自然、外界、運動している物質を第一次的なものとみるか、それとも、精神、理性、意識、等々を第一次的なものとみるか、ということにある、と言ったのはただしかったのである。」159P・・・デカルト以来の近代哲学の精神と物質の二元論への舞い戻り
 自由と必然性180-3P
 アヴェナリウス――経験論的不可知論への共鳴、右からのカント批判190P
「カントの基本的特徴は、唯物論と観念論との和解、両者のあいだの妥協であり、種類のちがった、対立しあっている哲学的流派を一つの体系のなかでむすびつけていることである。」191P
 ボグダーノフ「(1)「要素」の混沌(要素というこのちょっとしたことばのかげには、感覚以外のいかなる人間的概念もかくされていない、ということをわれわれは知っている。)、/(2)人々の心理的経験/(3)人々の物理的経験/(4)「それからうまれる認識。」」221P・・・(1)〜(3)はまさに三項図式。
 レーニン「(2)心理的なもの、意識等々は物質(物理的なもの)の最高の産物であり、人間の脳と呼ばれるとくに複雑な塊の機能である。」222P・・・これでは人間機械論になってしまいます。意識ということが如何に生まれるのかということが出て来ません。
「つまり、自然のそとに、しかもそのうえさらに、自然を発生させるなにかあるものが存在している、ということになる。ロシア語では[哲学者流の特別なことばではなく、普通の人のつかうことばでは]これは神(ルビ、ボク)と呼ばれている。」223P・・・神学では外、哲学では、外である必要はなく、自然を物象化し絶対化したものが神。自然は如何にしてひとの認識に反映し得るのか、理性の狡知、絶対精神の自己展開という神。
「個人の意識を人類の意識ととりかえ、・・・・・・」224P・・・実はこれは廣松四肢構造論の、主体の二肢という問題があるのではないでしょうか?
 ボグダーノフの変遷225-6P
「記号」227P・・・言語論につながる――ソシュール
 ラウ「・・・・・・事物がわれわれのうちに引き起こす感覚は、事物の本質の模写である、・・・・・・」230P・・・模写論はいかにして可能になるのか、とらえられない。
「原因」――「結果」、「法則」、「力」231P・・・すべて物象化に陥っている。法則の物神化
 ビュヒナーとその一派の三つの「狭隘性」――力学の尺度の適用、反弁証法的(「エンゲルスの弁証法の認識論への適用(絶対的真理と相対的真理)にかんしては、まるっきりなにごとも理解しなかったのである。」)、「社会科学の領域で観念論が保持されていること、史的唯物論が理解されていない」234-5P・・・絶対的真理なるものの設定
レーニンの反語的な「形而上学的な反弁証法的唯物論が不充分である。」という批判239P・・・結局、デカルト以来の精神と物質の分離という近代哲学の枠内から抜け出せていない、ということを示しているのでは? ここから三項図式も生まれ出ずるー
 レイ「物理学の現実の危機」250P・・・これは、物理学におけるパラダイム転換として起きていることを、レイもレーニンも押さえていないということではないでしょうか?
「客観的実在の存在」251P・・・実体主義
 ウィルヴィーグ「物質は存在するか?」253P・・・「実体主義的物質は存在するか?」という問いに変えることー
「浴槽から水といっしょに赤ん坊までながしだしてしまった。」256P・・・レーニンは、マッハ主義を批判しようとして絶対的真理、「客観的実在の存在」を持ち出し、唯物論をながしてしまった。
レイ「物理学の一般的精神の観点からして他のすべての考察よりも勝っているのは、その方法、その理論、および経験にたいするその関係の概念が、機械論の概念と、ルネッサンス以来の物理学の概念と絶対的に同一のままである、ということである。」259P・・・レイとそれに共鳴するレーニンは、当時起きてきている物理学のパラダイム転換ということを知らなかった。
「エーテル」274P・・・絶対空間概念のなかで出て来た概念
「電気は観念論の協力者だといわれる、というのは、それは古い物質構造理論を破壊し、原子を分解し、・・・・・・」277P・・・まさに、量子力学につながるパラダイム転換的なこと
「数学者による物質の忘却」301P・・・「数学は自然科学の言語である」という規定をレーニンは押さえていないようです。それどころが、物質と言語の関係も。
「物理学の古い真理は、あらそう余地のないかつ不動のものとみなされているものにいたるまで、相対的真理であることがわかる、――つまり、人類から独立したいかなる客観的真理もありえない。すべてのマッハ主義ばかりでなく、すべての「物理学的」観念論は一般にこう論じている。」302P・・・絶対的真理をかかげるレーニン
「エンゲルスは(スタッロとはちがって)ヘーゲルの観念論をなげすて、しかもヘーゲル弁証法の天才的な真理の粒を理解することができた。エンゲルスは、主観主義にころがりおちる相対主義のためにではなく、弁証法的唯物論のために、古い、形而上学的唯物論を拒否したのであった。」303P・・・絶対的真理をかかげることは形而上学的唯物論に陥るのではないでしょうか? 「弁証法的」とは何か? 法則性なのか、対話による高次化の道行きなのか? 相対主義は主観主義なのか、関係主義としてあるのでは?
 唯物論的弁証法303P・・・絶対精神・絶対的真理の反映としての法則性?
プライのマルクス批判――六つ310-1P
「意識は一般に存在を反映する」316P・・・これは「存在は意識を規定する」と言われていたこと、なぜ「反映」になったのか、因果論的陥り
 マルサス主義321P・・・生物学的決定論
「マルクスとエンゲルスが自分の諸著作で、弁証法的唯物論よりも弁証法的唯物論をより多く強調し、史的唯物論よりも史的唯物論をいっそう強く主張した。」322P・・・検証する必要―強調というより、そもそも意味が違っているのではないでしょうか? レーニンはとらえていないのでしょうが、絶対的真理・法則としての弁証法と対話や相対主義的ニュアンス
「われわれはつねに、例外なしに哲学上の問題の解決の二つの基本的な路線、二つの基本的な方向を見て出したのであった。自然、物質、物理的なもの、外界を第一次的なものと認め、意識、精神、感覚(現代普及している術語によれば、経験)、心理的なもの、等々を二次的なものとみなすかどうか――これこそ、事実上いまもひきつづいて哲学者を二大陣営にわけている根本問題である。」327P・・・これは唯物論と観念論のみならず、自然科学と社会科学の分離ということにも通じる、では哲学は?
「ヘーゲルへの方向転換」330P・・・レーニンも、絶対的真理を設定することによって「ヘーゲルへの方向転換」に陥ったのでは?
「しかし、この物質以外には、「物理的なもの」、だれもが知っている外界以外には、なにものも存在できないのである。」336P・・・?そもそも、意識は存在しない?
「・・・・・・そして無限に拡大された、抽象的な、神のように生命のない「心理的なもの一般」を、物理的自然全体に置き換えることによって、すでに「最高の人間能力」を神格化しているのである。」338P・・・レーニンは、自然的なものを唯物弁証法におきかえ、絶対的真理を持ち出すことによって、唯物論をヘーゲル的観念論に置き換えた。
「唯物論的仮定は物理学的探求ではまったく避けがたい(unescapable)のである。」「星雲の仮説、光をはこぶエーテル、原子論、およびすべてのこのようなものは、便宜的な『作業仮説』にすぎないかもしれないが、・・・・・・そして無限」345P・・・レーニンはこのようなことを絶対的真理の論理から否定しているけれど、まさに法則とは作業仮説
 メーリング「ヘッケルは、唯物論者であり、一元論者であるが、史的唯物論者ではなく、自然科学的唯物論者である。」347P
「結語」348-9P・・・よくまとまったレーニン経験批判論批判四点
 チェルヌィシェフスキー350-2P
posted by たわし at 04:21| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月18日

『季刊 福祉労働165号 特集:意思ってなんだろう――つながりから生まれる経験知へ』

たわしの読書メモ・・ブログ527
・『季刊 福祉労働165号 特集:意思ってなんだろう――つながりから生まれる経験知へ』現代書館 2019
 定期購読している障害関係の雑誌です。また、少し遅れていますが、ここのところ読書
メモが膨大になってしまっています。逐一の紹介ではなくて、もくじ紹介と、気になった
文だけメモに切り替えます、としていたのですが、結局長くなってしまいました。さらに
最長記録を更新しそうな勢いです。
(編集者の付けた内容紹介)
「意思決定」が、障害者・高齢者・依存症者・引きこもりなど、立場の弱い人に自己責任を押し付けるための、免罪符のように使われている。しかし、よりよく生きるための選択肢は、出会いと経験、そして、人とのつながりの中から生まれるはず。求められているのは、「意思決定支援」ではなく、「つながりから生まれる経験知」を増やす支援ではないか。当事者・支援者とともに、パラダイム転換をはかる。
巻頭写真・文
[連載]インクルーシブに生きる「ふつう」の人 インタビュー:武本花奈
第一回 川合千那未
 写真が秀逸です。これだけ美しい笑顔が撮れるのだと、「笑顔の影に涙もある」のかもしれませんが、この笑顔が作れるようなところへの運動があるのかもしれないと思ったりしていました。
【特集 意思ってなんだろう――つながりから生まれる経験知へ】
● 「意思」と「支援」のパラダイム転換へ向けて 
池原毅和(日弁連)
これは、最後に編集者の文がのせられていて、この特集を組むのに、『福祉労働』163の
この著者の文がきっかけになっているとのこと(わたしの読書メモは513)、「意思」とか「自己決定権」を巡る貴重な文になっています。
これはパラダイム転換というところで、わたしも主張している障害関係論の地平へ繋が
る文書、いたく共鳴しながら読んでいました。
 今回も、文章ごとの抜き書きを残します。
「これらに共通するのは「意思」は個人のものだということである。法律が想定する「意思」も同様である。そして、「意思」が個人のものであるからこそ、その個人が「意思」に基づいて権利を取得し、義務を負担し、責任を負うことになるのである。しかし、本当に私個人だけに帰属する「意思」というものがあるのだろうか。自分という存在のどこにどのようなかたちで「意思」があるかを問われて明確に答えることのできる人はいるのだろうか?」8P・・・「個人」という実体に内自有化する「意思」という物象化
ジョルジュ・アガンベン「意思は西洋文化においてはもろもろの行為や所有している技術をある主体に所属するのを可能にする装置である。」8P・・・ここからパーソン論が出てきます。
国分功一郎「選択は過去の要因の総合として、あるいは、諸々の要素の相互作用の結果として出現する中動態的現象だが、意思はこれらの要因や要素から切り離され、能動的に何ごとかを始める能力と観念されており、何らかの行為を自ら開始したと想定されるとき、その人にその行為の結果が帰属することになる。逆に、当該行為の結果を特定の者に帰属させられるべきと考えられる場合に、その行為が意思に基づいたものとされる。」8-9P・・・物象化的錯認としてとらえられること。
「「意思」は、個人を社会の基礎単位とし、個人に権利や責任を帰属させるために社会的につくり出された構築物であり、「諸々の要素の相互作用」を捨象して、権利義務の帰属を単純化するための社会装置であって、私たちの内部に「意思」が存在しているわけではない。こうした考え方はあまりに新奇に感じられるかもしれないが、自分たちの日常や人生を振り返ったとき、純粋に試験管の中で起こる作用のように、他人や外部から一切の影響を受けずに、完全な自存と孤高の時空で、自己決定をした経験のある人はいるだろうか」9P・・・まだ、要素還元主義的実体主義的――
「障害とインクルージョンの研究者であるジョアンナ・ワトソンは、意思決定支援を被支援者と支援者との間の相互依存的・複合的・動的な決定過程として捉えている。決定を行おうとする者は言語や表情、身振り、心理・社会的反応(例えば、脈拍や呼吸の変化など)の様々なコミュニケーション様式(modalities)を使って意思と選好を表出し、それに対して支援者は無視とは対極の態度としての「受けとめ」(acknowledge)、「解釈」および「応動」(action)という反応を示す。双方の対話関係は、これが螺旋的に繰り返されていく動的(dynamic)過程を辿り、最終的な結論(未来像の形成・選択)が形成されていく。この過程は障害のある人に特有なものではなく、人間一般の決定の過程である。環境要素を切り離して個人のみに焦点を当てた認知技能(cognitive skill)の捉え方は人間の相互依存性という根源的な要素を見落としている。人間の相互依存性は非障害者の社会では認められているのに、むしろ障害のある人には別のルールが適用されていると指摘している。」9P・・・役割期待と役割遂行、「障害のある人」という表記は医学モデルです。関係論的立場のひとが使い続けているのはおかしいのでは?
「ロシアの哲学者バフチンは、人間の存在は本質的に対話的(dialogical)な存在であり、対話を抜きにして個人の内面に本源的な世界観や価値観が予め備わっているのではないことを指摘している。障害者権利条約(以下、権利条約)第十二条三項の意思決定支援方法の一つとされているピアサポート(「一般的意見第1号」パラグラフ一七)においても、相互依存性(interdependency)あるいは相互性(mutuality)が支援関係の前提である。」9-10P
「個人の内心にある「意思」あるいは「自己決定」という見方(意思の個人モデル)から「諸々の要素の相互作用」の結果としての「意思」あるいは「自己決定」という見方(意思の社会モデル)にパラダイムを転換すると、権利条約第十二条三項が求めているのは、障害のある人の意思決定の支援を特殊なものと考えるのではなく、むしろ、障害のある人は、それ以外の人がもっている社会的なネットワークから得るさまざまな支援が奪われていることに鑑みて、支援のための社会的ネットワークを再構築すべきことだと読むことができる。」10P
「権利条約第十二条三項は、障害のある人に対する社会的排除が人間に必要な相互作用的・相互的関係の形成を阻害し、それによって障害のある人の法的能力の行使が困難化しているという認識に基づいて、相互依存的・相互的関係の再構築(法的能力行使のための支援措置)を締結国の義務としたのである。したがってまた、権利条約第十二条と第十九条(自立した生活及び地域生活への包容)は相互に支えあう規定として理解することが必要である。」10-1P
「私たちは、重度の自閉症などのためにその「意思」が読み取りにくい状態にある人の心の奥底にも何か本人の「意思」があるに違いなく、その埋もれた「意思」を解明することが意思決定の支援であると理解しがちではないだろうか。しかし、「意思」が関係的現象の一部分であるとすれば、もともと、対話的で相互的な関係が形成されていないところに、「意思」があるわけではなく、「意思」は対話的で相互的な関係のなかから形成されていくものということになる。」11P・・・まさに関係論的なとらえ方
「ジョアンナも指摘するように「言語や表情、身振り、心理・社会的反応(例えば、脈拍や呼吸の変化など)の様々なコミュニケーション様式(modalities)」を駆使して対話することが重要であり、生命としての反応がある限り応答は成立し、対話と相互関係を形成することは可能である。」11P
「「支援」についてもう一つ重要なことは、それは単に「あれかこれか」を選ぶことを支援するのではなく、未来像を形成(formulate)し、しかも、それを実際に実現していく協働の過程を含んでいるということである。」12P
最後の小見出し「ユニバーサルな意志決定支援へ」12P・・・差別的関係を拡げていくグローバリゼーションンに対抗するユニバーサリーゼーション
● 津久井やまゆり園入所者への「意思決定支援」何のため? 誰のため?
三田優子(大阪府立大学准教授)
 津久井やまゆり園が閉園するにあたっての移行支援をとらえ返しながら、「意志決定支援」ということが、「自己決定支援」になっていないという批判を、そもそも意思はどのように形成されるのかのとらえ返しをしながら、押さえています。
 切り抜きメモ、この文は小見出しを見るだけでも得るところがあるので、最初に小見出しを出して、その中にある文を切り抜いてみます。太字が小見出しです。
「自己決定の主体は誰か」・・・パン喰い競争のパンの選択を巡って
「自己決定から「意志決定支援」への流れ」
「最近は、「意思決定支援」という言葉が流行っている。権利条約における“Supported Decision Making”と言う用語が「意思決定支援」「支援つき意思決定」などと訳されたこと、また二〇一一年四月に政府が提出した障害者基本法改正案では、「意思決定支援」という言葉のみ加わり(議員修正により)、成立した経緯がある。当時、障害者基本法改正で議論していた、障がい者制度改革推進会議(二〇一〇年設置)では、「自己決定の権利と保障」を盛り込むべきとし、また自己決定の支援についても言及していたにもかかわらず、である/以来、意思決定と自己決定との明確な差異を、国のガイドライン(「障害者福祉サービス等の提供に係わる意思決定支援ガイドライン」、二〇一七年三月)でも示しておらず、ただ「意思決定」が成年後見制度など法的な絡みで使用されていることから「自己決定」よりも重要な決定を指すかのような曖昧なイメージが定着しつつあると感じている。」15-6P・・・そもそも「自己決定」も「意思決定」も、生きる条件が整わないと機能しないー
「ある障害者の家族は「ずっと医師決定支援」だと思っていた」と話した。」16P・・・笑えない冗談の様な話、現場の実態
「グループホームありきの意思決定支援」
「様々な居住の場の絵を描くというよりはむしろ、入所施設を中心に、加えて入所施設と行き来できるグループホームが描かれた絵がまずあって、その整合性を担保するために意思決定支援を用いたのではないか、と勘ぐりたくなるような印象をもつ。/そして、最も疑問が残るのは、このやまゆり園の入所者にとって「意思決定支援」が最もふさわしいのだろうか、という点である。」17P
「事件で傷付いた心を無視した「意思決定」になっていないか」
「うまく説明できない「中動態」の思いのなかにこそ」・・・「中動態」という概念は、「能動態」か「受動態」かという二分法を超える関係論的な立場。
「ところで、私たちが慣れている能動態(〜する)・受動態(〜される・させられる)の図式ではなく、「中動態」という捉え方がかつてあったと国分功一郎氏(二〇一七)は紹介している。能動態と受動態の二分方式では表せない感情が私たちのなかにあること、そして実は、そこにこそ大事なものがあるのではないか、と問題提起をしているのである。」18P
「支援者の心が「揺れる」ことの重要性・・・当事者にも言えます。ただしんどいことなので、そのように働きかけることではないのですが、それが必ずしも否定的なことではないこととしてー
「障害が重いことを言い訳に「客体化」しない」
「国分氏の「意思決定支援ではなく、欲望支援を」という提案するのはこんな実例もあるからである。」25P
「欲望形成支援の前提は、すべての人が主体であり、欲望をもつことが当たり前である、ということである。いつまでも「障害があるから」「コミュニケーションができないから」などとラベルを貼って客体として扱うのであれば、障害者の苦しさは自分の中だけに蓄積され、意思決定どころか希望も見いだせず、ときとして自傷や暴言などの問題行動となってしまう。」25-6P
「最後に」
● 知的障害のある人の意思決定への関わりについて
中村和利(NPO法人特活! 風雷社中理事)
 この文も小見出しを太字であげて、その中で切り抜きメモを付けます。
「自立生活への経緯――ドキュメンタリーTransitYard げんちゃんの記録」より
「知的障害者のある人も常時介護を利用して一人暮らしができることを提案し、実施することになった。」28Pという実践とその中での提言になっています。
「まず体験、そして修正可能であることが大切」
「「本人が想定していない新しい体験を提案していく」際に重要だと思うことは二つあり、@本人との付き合いのなかで、「明らかに本人が好まない提案はしない。A提案するヘルパーが(自分にとって)好ましいと思う体験を提案することである。」30P
「しかし、周囲を囲む人間関係が「ヘルパー」という同一方向の関わりだけになることのリスクは過大だと考えている。同一方向からの関わりだけであると、視点の多様さに欠け、また本人主体を心がけていても「ヘルパーの都合」が生じてしまい、本人の示す不具合や提案の修正を図りにくくなることが憂慮される。この自立生活では、シェアで暮らす同居人やイベントスペースでの知人が、多彩さをもつコミュニティの可能性を与えてくれたと思っている。」30P
「日常のなかで感じる本人の気持ち」
「事細かに本人の意思を採る取り組みも必要なのだが、日常的に本人が示してくれる怒りや喜びを尊重できる心持ちを、ヘルパーが維持できるかが肝だろう。」31P
「知的障害のある人がなにかを決めていくために――知的障害者の自立生活についての声明文より」
 こここには太字で「声明文」から二つの文が引用されています。小見出しを太字にしたので、普通文字で引用文を載せます。
「知的障害のある人たちの周囲が家族と支援者だけになり、インフォーマルな状況が希薄となり、当事者がパワーレスとならないよう具体的な取り組みを持ちましょう。インフォーマルな関係性こそが人としての尊厳を守る力になります」31P・・・?能力論的なニュアンスが気になるのですが、基本的に共鳴し得る提起です。
「体験していないことを想像し判断することが苦手な知的障害のある人たちに対してなされる提案は、体験を踏まえた上で変更が可能なものであるべきであると考えます」32P
「げんちゃんとげんちゃんの家族や知り合いでのミーティング――FGC(ファミリーグループ・カンファレンス)の実践より」
「FGC(ファミリーグループ・カンファレンス)」には注がついています。「本人を支えるコミュニティー(家族、友人、知人)を再構築することによって、一人では解決できなかった問題を解決できるようにする手法。この方法はニュージーランドやヨーロッパの成年後見 制度に代わる本人中心の意思決定の支援方法として実践されている。」35P
「意思決定への支援ではなく協力じゃん?」
「[資料]知的障害者への自立生活への声明文」
 前に引用している文とそれからグループホームの位置づけが書かれています。「グループホームの存在を必ずしも否定するものではありません。地域生活の可能性を検討する中で、本人に自立生活を含む、複数の選択肢が挙げられ、本人が主体的に選択することが可能な状況にすることが大切だと考えます。」34Pとあります。ただ、否定的な側面をいくつか(も)挙げています。

● 高齢者医療における「意思決定」、家族の役割、ガイドライン
横内正利(いずみクリニック委員長)
 この論攷は、母を看取ったわたしの立場で、対話したい貴重な論攷です。しかも著者も書いているように、現在的にますます自己決定という名で、医療の差し控え――わたしはそれを「死へ誘う医療」という情況まできていると思うのですが――が大きくなっている現状を医者の立場から的確に押さえてくれています。――というようなことを考えていたのですが、何かおかしいと思い始めていました。これは医療そのものから来ることではなく、医療の技術が進んで、平均寿命が延びていく中で、それに合わせて福祉政策や医療政策をきちんと立てないで、むしろ政治が福祉や医療のお金を削減していく、そういうなかで、医療や福祉の貧困が起きてくる、ひとの尊厳ということが逆に機能して、「尊厳死」などという言葉が出てくるのです。社会的関係が自然的関係として取り違えられる(マルクスが物象化ということで表現したことです)のです。たとえば、栄養補給がとれないからと頻繁に行われていた胃瘻が、医療報酬で、胃瘻を取るということに報酬がでるようになるなかで、胃瘻自体の差し控えなり、延命処置の差し控えというようなことさえ起きてくるのです。もっといえば、グローバリゼーションの進行のなかで、経済成長が頭打ちになっていくなかで、福祉とか医療費を如何に削減するのかというところに、焦点が当てられます。病院や施設は人件費を抑えないと経営が成り立たない、もうけが上がらないと、人件費を削減する・抑えるという中で、十全な尊厳のある生を保証できなくなるのです。そういうなかで、「ぽっくり死にたい」とかいう言説も広がっていくのです。この論攷は、表面的に動いていることを押さえているのですが、それがどこから来ているのか、ということまで分析してくれていません。こんなことを書きながら、わたし自身いつもの無い物ねだりをしていると反省してもいます。現実に進んでいることを押さえてくれているということで大切な資料なのです。ちょっと間をおいて、もう少しつっこんだ対話が必要なので、それを巻頭言でまとめました。ここではその情報的なことを中心にして、切り抜きメモを残します。
「元気な高齢者」――「弱い高齢者」37P・・・「弱く」している社会的関係――「弱い高齢者」の立場をとらえ返すという作業として
「たとえば、肺炎などで入院して点滴を受けなければならないとき、「わたしはもう十分生きてきた。このうえ点滴までして生き長らえたくない」と言って点滴を拒否する高齢者は少なくない。しかし、それが、その高齢者の確固たる人生観や生死観に根ざした意思表示であることは、少なくとも私の経験においては、きわめて少ない。要するに、「点滴は痛いから嫌」なのであって、決して病気が治らなくてもよいなどとは思っていない。その証拠に、説得して点滴を受けてもらい、疾患が治癒した後に当時のことを尋ねると、「いや、あのときは大人げなくて」と頭をかきながら言うのがオチである。/「弱い高齢者」は、ささいな動機で、入院拒否や治療拒否の意思表示をすることが多いが、一方、そのような意思はまた、ささいな状況の変化で一変してしまう。このような場合、意思は本人(ときには家族も)の願いが揺れ動くままに対応し、これを許容する以外にない。」38P・・・そもそも点滴や輸血を拒否するひとがいるのは極めて少数ではないでしょうか? それも延命処置になっていくのでしょうか? 著者も後に書いているのですが、生きづらい社会になっているとき、ひとはそもそも死へ誘われる、まして医療に生活にカネがかかるということで、しかも医療福祉の切り捨てが行われているのです。だから、死へ誘われている、そのことを押さえないで、まるでひとの自然的な意識として揺れ動いているかのうようにとらえていては、まさに死へ誘われるのです。
「平均寿命の延長とともに、単なる死亡年齢の延長よりもQOL(Quality of Life)が重視されるようになりつつあるが、QOLの維持・改善は医療本来の使命の一つである。一般に、医療には「現在」の視点と「未来」の視点二通りがある。たとえば、苦痛の除去や急性疾患の治療は「現在」の視点であり、疾患の予防や危機管理は「未来」の視点である。例えば、中等症以下の高血圧の治療は、心脳血管障害の予防という意味で、「未来」の視点によるものである。/どちらの視点で考えるかはケース・バイ・ケースであるが、「未来」に対して多くを望めない高齢者は、必然的に「現在」の重要性が増す。このことは、高齢になるほど、また、老化が進むほど顕著になる。」38-9P・・・「視点」を分けることは、高齢者差別の論理そのもの。「健康寿命」とか介護保険制度の「健康の義務規定」にもつながっていること。QOL概念は安楽死のときにも持ち出されること。中身をきちんと押さえ直す必要があります。まさに「障害者運動」がそのことを突き出してきたはずなのです。
「ところで、このような対応は見方を変えれば、次のようにも考えられる。すなわち、「弱い高齢者」に対しては、限られた範囲(治療法/場)内で、治療を試みるのがよいといという考え方である。筆者はこれを「限定医療」と呼び、高齢者医療に特徴的な選択肢だと考えている。/実際、これまでの高齢者医療では、治療法/場の選択について本人も家族も一定のレベルを超えた治療を望まず、このような「限定医療」が選択されることが多かった。/例えば、次の三つが挙げられる。/(1)入院はせず、住宅や施設で可能な医療の範囲内で治療してほしい/(2)手術など本人に多大な苦痛を与える治療をせず、保存的治療のみ希望する/(3)転院はせず入院中の病院で可能な範囲の医療でよい」39P・・・承前。こういう発想があるから、高齢者医療を分ける、すなわち、医療の差し控えという発想が起きてくるのでは? 限定医療は、そもそも医療に対するひとのとらえ方や人間観――世界観の中で発動されること
「ただ、ここで注意すべきことがある。自己決定の内容が、治療法の選択、医療を受ける場所の選択、死ぬことが運命付けられた段階での「死に場所の選択」であれば、問題は少ない。しかし、それが、実質的に「生か死かの選択」になる場合には、きわめて慎重な対応が必要である。やり直しが利かないからである。人間が生き物である以上、根源的に死を望むはずはないことを忘れてはならない。生命の尊厳は守らなければならない。終末期以外の場面では、たとえ自己意識であっても、医療者は「死の選択」は思いとどまるように説得すべきである。」40P
「死亡後に、死因不明のため「老衰死」と診断されることはある程度やむを得ないとしても、生前に、老衰を「死に至る病態」とみなすことは危険である。つまり、老衰の終末像は死でなく不可逆的な摂食困難である。」41P
「しかし、ここに重大な問題がある。摂食困難が不可逆的である確認することが非常に困難だということである。九〇歳を超え、認知症の終末期にある高齢者であってもなお、摂食困難は可逆的であることが少なくない。また、人工栄養を開始して数ヶ月を経過した後に再び食べられるようになる例も稀ではなく経験される。」41P
 摂食困難の三つの対応策(1)人工栄養@胃瘻A経鼻栄養B中心静脈栄養(2)補液のみ(3)補液もしない41-2P・・・(3)に類することとして、そもそも人工栄養をするのは誤飲による誤嚥性肺炎を起こすというところで、それでも経口摂取するという選択肢もありえる。これに関しては、そのひとの世界観や人間観の問題、イリイッチの『脱病院化社会』の自然志向、ただし自然とは何かという問題があります。
「筆者は人工栄養を実施すれば年余の生存が予想される段階で終末期として生を終わられることには強い違和感を覚える。しかし、本人・家族が人工栄養を拒否すけば、それに従う以外はない。」42P・・・むしろ人工栄養をしないように誘う医者が出て来ています。
高齢者の終末期と言われている筆者の指摘する三通り(1)「生命の末期」(2)「老化の末期(3)「みなし末期」42-3P――-「本当は終末期ではないが意図的に末期とみなそうとする「みなし末期」が存在すると筆者は考える。」43P
モーロイ(カナダの高齢者医療の専門家であるウィリアム・モーロイ)が挙げる四つの選択肢(1)緩和ケア(palliative care)(2)限定的治療(limited care)(3)手術的ケア(surgical care)(4)集中治療(intensive care) 43-4P
「このなかで、(「みなし末期」としての)緩和ケアは、治療につながる医療行為を実施しないので、治療の可能性を放棄することを意味する。つまり、緩和ケアを選択することは、終末期でないものを終末期とみなすことになるこのような段階での緩和ケアは日本ではきわめて選択肢となりにくい。なぜなら、(下血の原因である)消化管出血は治療可能な疾患による可能性が高いからである。/次のような見方もできる。ある疾患の発症に際して、その疾患が治癒する見込みがあるのに治癒しないのは、その疾患(ここでは消化管出血)が発症する以前の状態(ここではアルツハイマー病)が、「生きるに値しない」終末期状態であるという前提が必要である。つまり、アルツハイマー病は生きるに値しない、苦痛に満ちた状態であるという前提である。これこそが「みなし末期」の本質である。/また、高齢者の摂食困難に対しても、それが可逆的か不可逆的かの吟味をしないまま、不可逆的なものとみなして点滴などの医療を実施しないのは、延命治療の放棄ではなく、治療の可能性をも放棄することである。つまり、意図的に終末期とみなすことであり、これも「みなし末期」として治療を差し控えることと考えるべきである。/わが国では、この「みなし末期」はどの程度、国民に受け入れられるであろうか。筆者は十年以上前に、このような対応が容認されるかという疑問を提起したが、その時点では、医療関係者の間では容認するという意見はほとんどなかった。しかし、弱いものへの差別と「みなし末期」による看取りはすでに日常化し始めているという見方もある。/なお、前述した「限定医療」は「みなし末期」とは以て非なることに注意されたい。すなわち、「限定医療」では、治療する可能性が十分残され、かつ、治療のための努力が続けられる。この点が「みなし末期」とは決定的に異なっている。」44P・・・そもそも終末期というのは、後になって分かることという話もあります。そもそも、医療の方から規定するのはおかしいー
「多くの「弱い高齢者」では元気なときとは価値観・人生観が変わっている可能性がある。老いを受容した「弱い高齢者」の多くは、過去と決別し、新しい自己に生まれ変わっている。」45P
「老化の進んだ高齢者を理解するには、まず本人の身になって考えてみることが重要になる。」45P――表2「弱い高齢者」を理解するための四つの視点――(1)本人の視点(⇔他人の視点)、(2)現在の視点(⇔未来の視点)、(3)生活の視点(⇔疾患の視点)、(4)生き甲斐の視点(⇔リハビリの視点)
「事前指示書やリビングウィルがあってもそれを鵜呑みにすることは危険である。そして、その場合の家族の役割が重要になる。本人の意思を主体的に推測し決断するのは家族である。」45P・・・ただ、現在的な本人の意思よりも家族の意思を訊くという態勢の危険性を押さえておかねばなりません。家族は時には対立する利害関係者になる場合があります。(上野さん)
「本人の意思が不明かつ、家族の意向も不明な場合」――「(1)同様のケースで取られる多くの選択方法に準じて対応する/(2)生命尊重の立場で考える」――「判断に迷う場合は、生命尊重の立場を選択すべきである。」46P・・・そもそも生命尊重というのは当たり前で、それが揺らいでいるなかで、態勢に流されればどうなるのか、医療理念自体が崩壊しているのではないでしょうか?
三つのガイドライン(@日本医師会の「終末期医療に関するガイドライン」A日本老年学会「高齢者ケアの意思決定プロセスに関するガイドライン」B厚労省「人生の最終段階における医療・ケアのプロセスに関するガイドライン」)の要約と著者の意見46-8P――著者は、@については、チームケアの中のヒエラルヒーを問題にしていますAに関しては、AHN(人工的水分・栄養補給法)導入について書いていますBについては、「終末期医療」ということばを「最終段階」に代えたということで、言葉を代えただけで、結局、何か特別な医療にしてしまっていることを批判しています。そして@ABとも、医療に携わるものは情報を提供するのであって、方針の決定に介入しないという姿勢を示しています。・・・この部分と「まとめ」は全面引用して、そこで、逐一のコメントをつけることを考えていたのですが、前のところから、全面引用になってきているので要約にしました。この部分は医者の規範のようなことを提起しています。わたしは、これらのガイドラインの文面を見ると、特にAのAHNに関する文(*)は、医療の差し控えで、まさに「死へ誘う医療」になってきているとしか思えないのです。何のことかわからなくなるので、もう少し引用おきますがAで、「本人にとっての益と害という観点で評価し」「本人の人生にとって最善を達成するという観点で、家族の事情や生活環境についても考慮する」という文言がでてくるのですが、そもそも福祉や医療の切り捨てや、貧困層が拡大していく中で金がないとどうなるのか、「家族の事情とか生活環境」を考えると、「仕事や家事ができなくなると、こどものためにぽっくり死にたい」という心理に陥らされるのです。
(*)Aについて、大切なので、もう一段きちんと引用しておきます。「その中で、AHN(人工水分・栄養補給法、主として人工栄養を念頭に置いている)導入に関する意思決定プロセスに言及し、AHN導入および導入後の原料・中止について、医療・ケアチームは次の諸点に配慮すべきとしている。/(1)経口摂取の可能性を適切に評価し、AHN導入の必要性を確認する。/(2)AHN導入に関する諸選択肢(導入しないことも含む)を、本人の人生にとっての益と害という観点で評価し、目的を明確にしつつ、最善のものを見出す。/(3)本人の人生にとっての最善を達成するという観点で、家族の事情や生活環境についても配慮する。」47P・・・「自己決定」の名による「死への誘い」
「まとめ」48-9P・・・文章を読んでいると何かおかしいのです。「高齢者医療のあり方については、国民的合意が重要であるが・・・」「社会としてはどのような生も受け入れるべきである。」という言葉が出てくるのですが、自らが社会の一員として社会を構成してしまっている、構成させられている責任という観点が欠落して(投稿文のバザーリアの指摘する分業の問題に留意)、医者や医療関係者の倫理や規範を問題にしているようにしか思えないのです。もうひとつ書いておくと、確かに共同性は、ひとの生を支え合うために必要なのですが、社会や共同体がひとの生を死を決定することでないのです。著者は医者で、そこで医療関係者へ向けた文としてこれを書いているのでしょうが、そしてその範囲では、明らかに、医療を受けるひとの「真の利益」をおさえてとても共鳴できる文を書いてくれているのですが、いつもの「ないものねだり」のことを書いてしまいました。
● ALS患者として生死の意思決定をみつめて――人工呼吸器装着・尊厳死について 
岡部宏生(日本ALS協会理事)
「ALS」のひとたちの中でも、よく見掛けるダンディなひとです。人工呼吸器をつけるかどうか迷い、また「死にたい」という思いをながく持ち続け、NHKで「安楽死」のためにスイスに行ったドキュメンタリーの番組もとりあげ、自分は「死にたい」という思いから脱したところでも、「死にたい」という思いを簡単に否定できないということを書いています。どうしてそのようなところに陥るのかということも自分でちゃんと分析をしているのですが、またそのうちに、きちんと「死にたい」というところを否定するところでの対話ができるようになっていくのではとも、思春期に「障害者宣言」をなしえない中で、自死願望をもち続けていた立場から思ったりしています。そのあたりは、「ぽっくり死にたい」とか「障害はないにこしたことがない」というような感情的なところを含んだ論理、ソフトな優生思想に批判をなしきるなかから、抜け出せる途があるのではと思ったりしているのですが。
● ハームリダクション──構造的スティグマによる「意思」の蔑視への反論
古藤吾郎(日本薬物政策アドボカシーネットワーク)
 この著者は「(薬物を)どうしてやめなければいけないのか」58Pという、この社会の常識とされることへの問いかけをしています。この特集の「意思」ということにつながって、そこで先入見的な構造的スティグマを問題にしています。ハームリダクションとは「社会構造による害を減らし、人権や意思を尊重する手法」冒頭内容紹介文58P
以下、切り抜きです。
「やめなくていいと言いたいのではない。やめたいと望む人が、依存症からの回復のためのさまざまなプログラムにつながるのはとても重要なことである。ただし、それはひとつの側面であり、それがすべてという訳ではない。私が受けた質問に共通していたのは、「薬物をやめるべき」という前提から投げかけられていたことだった。そこだけを取り上げて話すことは、私にはどうしても難しい。」59P
「ルールを破ったことは犯罪行為として刑事司法で裁かれながら、やめさせる手段は、その犯罪行為が薬物依存症という病気に置き換えられ、病気に対する治療プログラムを強制的に受けさせるというシステムになっている。/何かをやめさせるために、その人が病気であると決めつけ、治療を受けさせるという取り組みでよくなった社会は、世界中に存在しない。日本も同様である。薬物に関連する問題はここ何十年を振り返っても良くなっていない。もしそれが効果的であるならば、アルコール依存やニコチン依存もそうすれば良いのかもしれないが、そうはしない。単にエビデンスがでていないからというだけの話ではない。そうした向き合い方が、本人の意思を、そして権利を蔑ろにする行為だからである。それなのに、違法薬物だと疑問ももたれずに適用されてしまう。それゆえ、こうした社会構造に対して世界中で異議申し立てが起きている。こうした流れのなかで、そうではないアプローチもまた世界各地で展開されている。それがハームリダクションである。」59-60P
「ハームリダクション(Harm Reduction)とは、害(harm)を減らすこと(reduction)という意味である。薬物使用、そし薬物政策・法令がもたらす害(ダメージ、悪影響とも言い換えられる)を最小限にすることを目指すプログラム、実践及び政策と定義づけられる。」62P
「最新のものでは、薬物依存症などの使用障害のある人は、薬物を使用する人のうち一三%と示している。」63P
「一方で。薬物使用がある人のなかには、その背景に摂食障害、発達障害、知的障害などを抱えていたり、あるいは暴力被害のトラウマなどを抱えていたりすることも相対される。さまざまな困難や傷つきがあり、薬物(覚せい剤や大麻だけでなく、アルコールや処方薬・市販薬など)を使うこともしながら、日々を乗り越えているような場合、司法により一定の期間だけ、特定の薬物の断薬を優先させることで、本人の健康状態や困難な生活に前向きな変化が起きると捉えることはなかなか難しいように思える。むしろ、そうした傷つきなどケアせずに、ただ無理矢理薬物をやめさせようとすることは、解決するというより事態を悪化させることになるのではないかとさえ懸念する。」64P
「構造的スティグマとは、規範やルールや法律や価値観など、社会に埋め込まれている様々な構造的要素に宿っているスティグマである。」65P
「同じ薬物を摂取しても住む社会によって結果が違うということは、人生を台無しにしているのは薬物そのものではなく、薬物政策であることが証明される。」65-6P
「一方で効果があるというエビデンスがでているものもある。それらに共通するのは、刑事司法手続きに最初からのせない、あるいは入り口の段階で支援につなげているものである。」66P
「支援機関は薬物使用に限らず包括的なアセスメントを行い、本人が求める支援を提供できるように調整する。本人が何かしらのプログラムに参加するかどうかは一切強制されるものではない。必ずしも断薬を目指す支援を求めなければいけないというものでもない。ただ、こうした関わり方による再犯が減少しているのである。」66P
「ハームリダクションは当事者たちにより発展してきたアプローチである。当事者たちのアイデアがたくさん詰まっている。そのアイデアは、薬物を使用する人の健康と福祉を、そして命を守るものとして生み出され、実践されている。」67P
● つながりの貧困から考える「8050問題」
川北稔(愛知教育大准「教授)
 最初の内容要約に「「8050問題」とは、長期ひきこもりをはじめ、高齢化・未婚化の進展・雇用の変化によって生まれた、高齢の親と中年の子どもによる世帯の困難という意味。」68Pとあります。
高齢化・つながりの希薄化・ひきこもり、いろんな問題が重なるところで現れていることです。以下切り抜きメモ。
「内閣府が二〇一九年三月に発表した調査では、四〇歳から六四歳までの年齢のひきこもり状態にある人が全国で六一・三万人と推計された。」「二〇一五年の国勢調査では、四十代・五十代の未婚者で、親元に同居しながら非就業の状態にある人が七七・三万人だった(二〇〇五年には五一・九万人)。これは同年代の男性のうち二・八%、女性のうち一・七%に相当する。」68P
「子育てや介護の社会化が進んだ現代においても、成人以降まで育った子どもがつまずいたとき、その対応は親の責任になりがちである。人生前半の社会保障が手薄で、実際に若者が頼ることができる制度が乏しいこともあり、家族だけで問題を抱えざるを得ないのだ。」「ひきこもる人に直接働きかけるのは難しいので、支援はまず周囲の家族関係を調整すること(「家族支援」)にはじまり、やがて本人を対象にする「居場所型支援」「就労支援」へと向かうというアプローチを採用することが多い。ひきこもり状態が慢性化し、自室や自宅へのひきこもりが続いている場合には、家族の態度が変容することで本人の安心感や行動力が回復されることも確かだ。」69P
「ひきこもり経験者の勝山実は、ひきこもる自身の状況を「専業主婦」に対して「専業子ども」と表現していた。」70P
「親たちは、ひきこもる子たちに接する際に、「自立してほしい」と口で言いながら、実際は子どものために甲斐甲斐しく世話を焼きがちであると指摘される。こうした「二重基準」の背景に、上記のような近代家族的な親子観が関係しているのではないか。「大人であること」は就労自立などによって核家族の再生産に寄与できることに等しい。その資格のない子どもは、あくまで家族内で親に従属する依存的な存在として遇される。ここに欠けているのは、成人の子どもと、同じ家族として対等に接する姿勢や、就労自立に至らなくても家族から自立できるような社会制度である。」70-1P
「そのように個人に関する情報を包括的に集め、きめ細かく提案していくためには、伴走型支援と呼ばれるように個人を包括的・継続的に支える視点が欠かせない。それに対して従来の支援は、利用する人が制度の枠組みに合わせざるを得ず、たとえ形式的には制度が紹介されたとしても積極的な利用に結びつかないことも多かったと言える。/ひきこもり支援においては、「本人が同意しないので支援を開始できない」「親も子も、当座は現状の生活に満足しており、状況を変えたがらない」と言われることが多い。ここで考えたいのは、支援への「同意」と言われる場合、どのような意思が想定されているかということだ。」73P
熊谷晋一郎さんの有名な提起――「自立とは他者や制度に依存していないということであるという常識を反転し、むしろ多様な依存先をもっていることを自立とみなす考えを提起した。」73-4P――ここから「依存先を適切に分散するための方策を考えてみたい。」として「家族単位での支援のニーズを考えるのではなく、それぞれの個人を対象にニーズを幅広く探ることが必要であろう。」「日本の福祉制度は申請主義と言われるように、本人の申請がなければ支援が開始されない点にも限界がある。制度に人を合わせるのではなく、人に合わせた制度の紹介が柔軟に実施されなくてはならない。」「またフォーマルな制度の紹介だけではなく、ボランティアグループによる同行支援のように柔軟な支援メニューの導入も求められる。パーソナルな関係を築きながら相手のニーズを引き出すことも伴走型支援の役割となる。」「「本人の意思」は、他者や環境から切り離されたかたちで存在しているわけではない。「ひきこもり」などのカテゴリーのもとで意思を一般化したり、支援拒否というかたちで固定化したりするのではなく、意思そのものを多面的にとらえ育てていくような取り組みが求められている。」74-5P・・・「障害者運動」の中で語られてた支援のあり方の援用でもあり、まさに「「障害者」が生きやすい社会はみんなが生きやすい社会」――障害概念の関係モデル的拡張
● 親の立場から「法人後見」を検証する――「法人後見」は「支援付き意思決定(障害者権利条約十二条)」に対応できるのか
東 京香
 成年後見人制度自体がいろいろ問題を指摘されていますが、「法人後見」はさらに多くの問題が出て来ている様です。親の立場からの検証です。以下切り抜きメモ。
「法人後見のメリットとして@継続的な後見業務が可能になること、A効率的な分業システムが可能であること、B後見登記には法人の名称と住所しか記載されず、構成員の名前が表にでないため、心理的負担が軽くなること等が挙げられる。」76P・・・いずれも同じ項目でデメリットがとらえられます。下の項目で一部書かれています。
「本人や家族からしたら、誰(個人名)が自分の後見人なのかもわからないような状況で施設に入れられたり、精神科病院に入院させられたり、家を売られたりする可能性があるのだ。「顔の見えない法人後見」は、ある意味では個人の後見よりも恐いかもしれない。」77P
「葬儀社が法人後見をやっている例もあると聞く」77P・・・一瞬躊躇があるのですが、営利主義的でなければ、看取りというところからつながるところかもしれないとは思います。
(厚生労働省文書によると)「法人後見の実態として、ほぼ面会に来ない(電話連絡はある)が一九・七%、ほぼ面会に来ない(電話連絡もない)が一四・八%となっている。そのなかには、面会にも来なければ預金通帳の管理すらしていない法人(営利法人)もあるという話である。こういった法人までもが、家裁によって専任されているというのが現状のようだ。79-80P
「個人情報の保護は、単なるプライバシー保護ではなく個人の人格の尊重の理念(第三条)に基づくものであり、事例Aの流れ作業のような「預金通帳の管理」も、事例Cの社協の「自治体の調査権を駆使した徹底的な事前調査と情報共有」も、人格尊重からは程遠い。」82P
「自分の知らない人が自分のことを知っているという気持ちの悪さ」82P
(大阪の意思決定支援研究会の「ガイドライン」をとらえ返した上での後見人制度の問題点)「問題なのは、制度を温存した上での、「意思決定支援」は、家族や支援者を排除するための装置になりかねないということだ。後見人や法人後見にとっての都合のいい本人の「意思」だけが尊重され、都合の悪い「意思」は、削除されかねないということである。」83P・・・32PのFGCにリンク
(条約関係文書の)「意思決定能力不足が法的能力の否定を正当化するものとして利用されてはならない。」としているのに対して、大阪の「意思決定支援……」は「意思決定能力」の有無を根幹にしている点も、大きな違いである。」83P・・・「能力」ということでの常道的分断、パーソン論批判の観点からのとらえ返しの必要も
「条約が重視しているのは、関係性における「支援」であって「意思」ではないと個人的には解釈する。/そして、成年後見制度も、法人後見も、残念ながら条約とは、目指す方向が違っていると受け止めざるを得ない。」83P
------------------------------------------------------
インターチェンジ 交差点
行政の窓口 地域共生社会への取り組み――子ども生活・学習支援の現場から 千野慎一郎
切り抜きだけ。「制度は柔軟性に乏しく、物質的な給付のみでは様々なニーズに対応がで
きず、「制度の限界」「制度の狭間」が 顕在化しました。」・・・わたしは柔軟性の問題ではなく、むしろ福祉の根本理念に問題があるのではと思います。現場で、当事者の立場に立って活動しているひとと、国の「恩恵としての福祉」路線と衝突していくのです。
教室の中で ともに過ごす子どもたち  川口久雄
「バギーで過ごすAさんを迎えての初めての運動会。対応のコントロールが一番の課題で
したが、・・・・・・」86Pに始まる共に学び、育つ教育の実践の記録です。
街に生きて 自分の未来を切り拓く  山口和俊
 自営業の両親のもとで、「先天的プレクチン欠損症という障害により、表皮水疱諸と筋ジストロフィという二つの障害をもって生まれました。」88Pとあります。で、ビアカウンセリングに参加し、あちこち動き回り、自立生活に踏み込み、自ら自立生活センターをたちあげ、「障害者のエンパワーメントに基づく自立支援を中心に権利擁護、社会啓発のための講演など、いろいろな活動を行っています。どんなに重度の障害があっても、他人の助けを借りながら、「自立」して暮らせる社会は、誰にとっても安心して生きられる社会だと信じて、これからも、長崎から全国へ発信していきます。」89Pと文を結んでいますー
------------------------------------------------------
障害学の世界から 第八十四回  長瀬 修
障害者権利条約の日本への事前質問事項――国際的な人権の取り組みの役割
「障害者権利委員会は、日本政府に対する事前質問事項を9月末にスイスのジュネーブで  採択した。」「本稿では、日本フォーラム(JDF)の一員としてブリーフィング・ロビーイングに携わった経験をもとに、国際的な人権の取り組みの役割について考えたい。」90Pとして提起されている連載文です。切り抜きを少し。
「事前質問事項を見る限り、災害と情報アクセスの問題を委員会は最重要視している。/しかし、他にも深刻な課題はある。例えば、分離された環境で学ぶ子どもたちが激増しているにもかかわらず、教育(第二十四条)に関する質問が三つしかないことは、私たち日本の市民社会の情報提供の努力が足りなかったことを如実に示している。」91P
 そして、アジアの国にはパラレルレポートの提出が困難な国があることを示しつつ、最後に「事前質問事項の採択を含め、障害者権利条約の審査過程は、こうした他国の人権の現実に接する機会でもある。障害分野も含め、日本の人権について課題が多いことを私たちはよく知っている。だからこそ障害者権利条約の実現を目指す際には、自国での人権の取り組みの延長線上として、他国の人権の状況にも関心をもち、可能な限り関与を続けたい。」91P・・・そもそも権利条約は、障害規定もきちんとなされないままに案が作られ、そして締結された条約で、いまだに障害の規定もきちんと整理されていません。それは、ひとつには、今の社会のしくみからする世界観を問題にせざるを得ないからです。社会の変革のなかで、そこへ向かう運動の中で、障害問題のパラダイム転換の中で、障害問題を真に解決し得る運動の方向性を示していく必要があるのではとも思っています。
------------------------------------------------------
障害者の権利条約とアジアの障害者 第三十六回  中西由起子
権利条約の政府報告J 第三十二条 国際協力
 これも連載文。「国際協力は特別な義務とされ、途上国にとっては支援の授与が第一義であるが、アジアの成長に伴い途上国間の協力も多く報告されている。いくつかの特徴的な活動をまとめてみる。」92Pとして書かれています
------------------------------------------------------
季節風 
「舩後、木村両議員の国会における合理的配慮について」堀利和
 堀さんはかつて参議院議員でした。その立場から、先の参議院選挙で当選した、「れいわ新撰組」の木村、舩後さんの議員活動の課題をあげてくれています。
 さて、堀さんは課題を二つあげています。ひとつは、国会の中での介護保障の問題と、もうひとつは、時間的保障の問題です。前者に関して、二人の議員からは「重度訪問介護」を使わせるようにと提起していたのですが(これにはわたしも違和を感じていたのですがまとめきれないでいました)、堀さんは自分の議員としての経験から、国会の枠組みの中で今回特別に認めさせたことを、特別ということでなく、必要なひとには認めさせるということを提起しています。「労働者としての私と生活者としての私とでは、同じ「私」でも、明らかに立場は異なる。福祉と雇用の切れ目のない政策とはこのように継続した政策体系を構築することであると言える。以上のように財源をどこからひっぱってくるかかがきわめて重要なことである。」「結論としては、労働政策としての制度が未だ充分用意されていない現状を踏まえ、二人の議員の「介助」問題はすぐれて大きな問題となった。それを今後どう活かすかが問われている。」95Pとしています。・・・現実的問題としてはそうなるし、議員の活動での課題として、仕事で介助を無償でつけて仕事ができるような制度を作るということになるのだと思います。だが、そもそも障害問題のみならず、差別ということを考えるとき、どうして個人の生きる営為が、「個人的営為」と家事と労働に分けられ、労働第一主義的になっていくのかという今の社会のしくみ自体をとらええ返し批判していく必要があるとも言いえます。
 後者の時間問題ですが、そもそも今の議会主義的民主主義が死に体ともいうべき状態になっているのは、時間的制約で、時間が過ぎたら強行採決でおしまい、ということで、形式主義的に時間が過ぎるのを待つというようになっていてしか、質問にちゃんと答えないで、自分の好きなことをしゃべるという情況なっていることをおさえねばなりません。それでも、著者がいうように「合理的配慮」という文言が法律に入り(この言葉自体にも、理念のようなことにもわたしは批判があるのですが)、そのことを使っていくということで、「たとえば、視覚障害者にあっては、四〇年余り前から公務員採用や大学受験では試験時間が通常の一・五倍の延長が認められている。」97P。過去の運動と実例を使って、少しでも「必要に応じてとる」というところに持って行く必要があると言いえます。それがとりわけ、舩後さんの大きな課題としてあるのではとも思えます。
「第十九回障害児を普通学校へ全国連絡会 全国交流集会 inちば――「あたりまえにみんなのなかで〜勝手にきめないで、自分のことは自分で決めるから〜」橋本智子
 タイトルにあるように、全国連の報告文です。キャッチフレーズ的に印象に残ったことを抜き書きしておきます。
 熊谷晋一郎さんの講演の話が出ています。「熊谷さんは「意思決定支援」についても、@情報へのアクセス保障、A情報の知識化(情報を集めて、わかりやすく、検索しやすく整理する)、Bロールモデルと出会う機会の保障、Cお試し機会の保障、D本人の歴史やパターンをよく知る人が周りにいること、E依存先の分散、の六つの柱を中心にわかりやすく話してくださいました。」98P・・・わたしは特にBを中心に中身ということをきちんと押さえる必要があると思います。今のこの社会で、障害差別の根拠となる競争原理に乗って、この社会で成功するロールモデルということと、競争原理を批判する「障害者運動」主体として定立するロールモデルははっきり違うからです。「情報」ということの中身自体が問題になっていくのですー
「「いまいるここを、いいところに」「よけた石は子どもにあたる」。千葉の「会」で開催している就学相談会で参加者に伝えている言葉です。」「「何かをちゃんとできるから自立生活」ではなく、「何々が出来るようになったら何をしてみる」ではなく、全てが実践との考えだった。」99P・・・実践のなかでつかんだ言葉は響きますー
「地元に仲間がいなくても他地域の仲間に呼びかけ一緒に活動し、また、相談会や勉強会を開催して新たな仲間とつながることもできます。そして仲間と一緒に壁を越え道を切り開けば、後に続く人はより容易に壁を越え道を通ることができるようになっていきます。/障害の種類や程度に関係なく共に学び育つことが「あたりまえ」になるために今後も各地の仲間がつながり情報交換をして、一緒に声を上げ活動を続けていきましょう。」100P
「働きたくても働ける環境にない、全ての人へ――シゴトシンク北海道の取り組み」
清野侑亮
 障害問題に限定しないで、「働きたくても働く環境にない」ひとたちへの起業的新しい取り組みの話、とても刺激的な取り組みです。
 印象に残ることを切り抜きメモとして残します。
「市の指導監査課から来た連絡は「もしも障害者のための事業費で障害者ではない人の支援をしているのならば認められない」という信じ難い内容でした。見当違いな指摘をされたことに愕然としたものです。ですが、これがきっかけとなり市長と会って話すことで、シゴトバンクは正式に函館市の生活困窮者自立支援法における中間的就労の認定団体になることができました。」101P・・・「災い転じて福となる」「瓢箪から駒」のような話――実践の持つ意味、障害概念のとらえ返し
「生徒さんたちは、卒業を迎えるその日まで様々な手厚い支援を受けます。しかし、それでも就労へのモチベーションの上がらない生徒さんが存在している理由に、私たちは一つの仮説を立てました。それは「学校のカリキュラムでは、働いてお金を得る実感を得られていないから」というものです。」102P・・・お金を介さないでも、仕事の魅力で意欲は湧くのでは? 
「ともすれば「福祉的支援」と「お金」はどこかでつなげにくい雰囲気があるように感じます。ですが、お金が生きるために必要不可欠なものであることに変わりはありません。適切な働き方で対価を得るという体験を学生のうちに蓄積していただく機会の提供を、今後も発展させていきたいと考えています。」102P・・・必要なのは生活物資で、お金ではありません。お金が必要なのは、生活物資を手に入れるためにお金を必要とする社会のしくみゆえです。お金で関係がねじまがって行く経験をしていないのでしょうか?
「現在シゴトバンク北海道では就労支援型B型、就労困難者支援事業、児童自立援助ホーム、地域活動支援センターの四事業で活動しています。」102P
------------------------------------------------------
車椅子で宇宙(うみ)をわたる(第二回)  安積宇宙
ひとり旅――わたしはどこにでも行けるという実感
「四年前から、ニュージーランドの大学でソーシャルワーカーになるべく学んでいる」著者が「卒業旅行のようなものだ」というアメリカへの旅行をした経験を綴った文です。
「子どもは親の背中をみて育つ」というのですが、それだけでなく、「わたしはどこにでも行ける」ということを、母親の遊歩さんを見て、実際にそれを自ら実践していく様子、アメリカへの旅行などを通じて学んでいくようすがとらえられます。「障害者」の未来を実践から切り拓いていく可能性を秘めた若いひとの存在をここに見ることができます。
 これも切り抜きメモをー
「そんなわけで、私の最初のひとり旅は、無事終わりを迎えるまでに一悶着あった。けれど、ひとりでも周りに人がいてくれれば、どこまでも行けるとわかった、とても貴重な体験だった。」「そして、アメリカの空港のカウンターにいたスタッフさんのように、横柄な態度をとってくるような人もいた。でも、それに対して小さくならず、「私はこうしたいん
だ!」と主張、交渉し、周りの人の手を借りることができれば、道が開けるということも学んだ。」109P
誰もが性的人間として生きる(第一回)  河東田博
知的障害者のある人の性への社会的圧力
 新しく始まった連載です。研究者としての「最後の仕事」に著者はこのテーマを選んだようです。ノーマライゼーションの理念として、「障害者」も非「障害者」と同じように生活するというテーマがあり、そのひとつに、性があります。優生手術がその極としてあるのでしょうが、先日国会で、自民党の女性議員が、夫婦別姓問題を提起している議員に「だったら、結婚しなくていい」とかヤジを飛ばしました。自民党のみならず、右翼的保守のひとたちが、性教育を進める「養護学校」に圧力をかけたとかいうこともありました(七生養護学校)。わたしとしては、むしろ差別的にならないようにと理念的にフェミニズムの学習をかさねてきたのですが、実践的にひいてしまった負の歴史をもつ立場のわたしとしては、その総括の問題があるのですが、・・・。
 連載なので最後にまとめたいと思いますが、これも印象に残ることの切り抜きメモを残します。
「キャリア人生「最後の仕事」として選びたいと思ったのが、長い間疎かにしてきた「知的障害者のある人たちの性」の問題だった。」110P
「わが国の知的障害のある人たちの性をめぐる問題と照らし合わせながら、「誰もが性的人間として生きる」と題して本連載を書き進めていきたいと思う。」111P
「シリーズ第一回目の今回は、知的障害のある人たちの性が如何に抑圧され、性を語ることさえ認められず、性的人間として生きることも認められないできたかを中心に記していくことにする。」111P
「しかし、知的障害のあるひとたちの性の問題は、いまに始まったことではなく、長い歴史的・社会的営みのなかで、特に意識的に時に無意識的に、社会によってつくり出されてきた差別的事象なのである。そこで、過去から現在に至るまで、どのように知的障害のある人たちの性が差別の対象とされてきたのかを見ていくことにする。」111P
「福祉国家を目指すスウェーデンでも、福祉国家建設に支障があると思われた障害のある人たちに「性的人間として生きる」ことを認めず、奪い去ってしまう法律を制定する動きを始めた。一九四一年制定の「生物学的に劣った人々の不妊・断種を認める法律」がそれである。その結果、この法律は一九七五年の「婚姻法」施行とともに廃止されたものの、一九三五年から一九七六年にかけ、六万二千人(推定)もの人たちに不妊・断種手術が行われていたという。一九九七年九月二日付の読売新聞では、一九〇七〜一九六〇年代のアメリカで六万人(推定)一九二九〜一九六七年のデンマークで一万一千人(推定)、一九三四〜一九七六年のノルウェーで二千〜一万五千人(推定)、一九三五〜一九七〇年のフィンランドで一万一千人(推定)もの障害のある人たちが強制的に不妊・断種手術を受けさせられていたことが報道されていた。いずれも福祉先進国でなされていた忌まわしい所業である。」112P
「歴史的・社会的経過のなかで意図的につくられていった知的障害のある人たちの性に対する偏見や社会的排除は、概ね次のような理由からだった。//・知的障害のある人たちは、身体が成長しても性的には成熟しない。/・もし仮に、性的に成熟しても、彼らには、性的成熟を統御できる力がない(または、弱い)。/・彼らには、結婚生活を維持する能力がない。/・彼らには、子どもを育てる能力がない。/・彼らに性の知識を与えると、性の加害者になるのではないか。」113P
「子宮摘出手術を正当化する医師や関係者・親・時に障害のある人たち自身の発言(仮に一部であっても)には、今日もまだ消えることなく残り続けている障害者排除の考え(社会的迷惑・病害論)、当事者主体を忘れた支援者中心の福祉(支援)のあり方、誤った解釈(代弁者中心)のインフォームド・コンセント、障害のある人たちが性的人間として生きることを妨げる社会的風潮と選択権・自己決定権の無視など、実に多くの問題が存在していたことを物語っている。」「このような私たちがもっている無意識の差別意識は、知的障害のない人の無知や偏見に起因することが多く、歴史的・社会的に犯してきた過ちであった。」113P・・・社会構造に根ざした差別の問題のとらえ返しも
「ノーマライゼーション原理は、誰もが性的人間として生きることを妨げられない社会理念だったのである。」115P
「例えば、一九七七年になされた大井―室橋論争が良い例である。これは、元特別支援学校(養護学校)長の室橋正明が知的障害のある人の結婚の四条件(@経済生活が確立されているかどうかA生活処理能力B性の問題C出産・育児の能力)を提示したのに対して、元東京学芸大学教授の大井清吉が新たな結婚の四条件(@精一杯働くことA社会的手だてによる援助B性教育と自然な感情の成長C妊娠中の配慮と子どもをもつことによる飛躍的成長発展への援助)を示したことを指している。今日では大井の考えに沿って社会的支援がなされるようになってきているが、周囲の無理解からいまなお深い闇のなかに置き去りにされている知的障害のある人もいる。」115P・・・そもそも「条件」などという議論のおかしさ
「(メディアから性的情報が流れてきているのに)一方親や関係者は、相変わらず過保護・心配性・過干渉で、リスクを冒す尊厳を妨げ、情報を遮断し、無知を再生産する役を担い続けている。何も伝えず無知のまま放置しておくが故に、理想と現実のギャップの中で様々な不安・悩み・葛藤を抱え、ますます情報処理ができなくなり、無知を再生産し、ゆがんだ性的人間像をつくりあげていってしまっているのが実態である。私たち支援者もコミュニケーションの仕方や人間関係のあり方を学ぶ機会が十分にできないまま知的障害のある人たちと接しているのが実態なのではないだろうか。」117P・・・「知的障害者」の問題を論じているのに、「無知」という言葉を使うこと自体のおかしさ、「「何にも染まらない状態」を設定している」ということの批判なのでしょうが。
「知的障害のある人たちの性に関する事柄は全ての人に関係する重要な問題であるにもかかわらず、偏見や誤解または情報不足から、これまであまり問題にされてこなかった。むしろ、無視され、時として迫害されてきた。しかし、時代は大きく変わってきた。知的障害のある人たちに対する否定的なものの考え方や性に対する物理的・心理的障壁と偏見や誤解を取り除き、性や結婚の権利を獲得していくことが早急に求められているのである。」118P
------------------------------------------------------
「現場からのレポート」
● 公立福生病院透析中止事件と医療の変質──提訴についての弁護団の見解
冠木克彦(弁護団長)
 昨年八月に起きた「公立福生病院事件」のまもなく始まる裁判の弁護団長の著者の案内・解説の文です。わたしには「障害者関係裁判」支援のトラウマのようなことがあり、今ひとつきちんとかめていないのですが、それでもいろんな関わりからこの事件の集会などに何度か参加しているので、大体把握していた内容なのですが、カルテに関することがくわしく書かれていることが参考になりました。これは、医療が「死へ誘う医療」として出て来た「医療の荒廃」のようなこととして、母の介護の経験ともリンクして、とらえ返そうそうとしています。そしてわたしの中にいろいろ情報がすでに入っていて、メモが備忘録的性格としては、新しい情報に偏りそうなので、切り抜きメモを出すのは止めます。貴重な文なので、本文にあたってください。なお、この「通信」の巻頭言にリンクしています。一度、この事件については、わたしなりのまとめの文を書こうと思っているのですが、・・・。
● 事前質問事項採決に向けた国連障害者権利委員へのブリーフィングを経験して
曽田夏記
 これは、この号の長瀬さんの文とリンクしています。国連障害者権利委員会へのブリーフィングの体験記録です。ひとつ押さえておかねばならないことは、政府は人権に関する国連からの勧告をことごとく無視続けているということです。ですから、これは著者も書いていますが、国内でのその無視続ける政府への批判とリンクさせなければ、現実的な改革は不可能ということがあります。ですが、このブリーフィングに参加しているひとたちにとって、他の「障害者」の抱えている、抱えさせられている問題を学ぶ(著者には以前カナダ政府の審査をジュネーブで初傍聴して、そのときの感激の体験もあったようです)、また相手(委員)が何を考えているのかをとらえ働きかけるその手法を学ぶという意味があるようなのです。このあたりはわたしは論破型の対話に偏重していたことで、このひとたちの説得型の対話ということの意味ということを、この文から考えさせられました。わたしはそもそも障害と言う概念自体、ことば自体も様々なのに、「ワンチーム」と言っても、こちら側がまとまっているとはとても言えない情況で、どう相手を説得できるのか、そもそも説得する内容は何なのか、そのあたりの詰めが当然必要になっていると思うのです。繰り返し書きますが、障害ということの規定さえきちんとできていない情況をなんとかしなくてはとわたしは思っています。
 後は切り抜きメモを残しておきます。
「二〇一九年九月二十五日、ジュネーブでの会期前作業部会第十二会期において、日本政府に対する事前質問事項(List of Issues)が採択された。採択に先立ち、日本から障害者団体をはじめとする六つの団体が本会期に参加し、障害者権利委員へのブリーフィングを行った。筆者はDPI会議特別常任委員として、JDF(日本障害フォーラム)によるパラレルレポート作成に約二年間関わってきた。本稿では、@現地におけるブリーフィングの模様、Aブリーフィングが果たした役割と今後の課題について述べる。」「事前質問事項採択に向けた現地でのブリーフィングは、大別すると以下の二つであった。一つは、会期前作業部会のプログラムとして実施された、日本の市民社会から権利委員会へのブリーフィング。もう一つは、上記のいわば「正式」なブリーフィング時間外に各団体が個別に権利委員にアポイントをとって実施した個別ブリーフィングである。なお、今会期に参加し日本の事前質問事項採択に関わった権利委員は全六名であった。」131P
「日本という国の行政単位や精細な法制度にはじめて触れる権利委員にとって、レポートを読んだだけ、また一往復程度の質疑応答では、なかなか「本条項における日本の一番の課題は何か」「その課題を解決するためには、どのような勧告を出すべきか」「逆算して、(今回は)事前質問事項で何を聞くべきか」というところまで理解することは至難の業だろう。その意味でも、回答する障害者団体には、権利条約が求める内容や他国の法制度と比較し、日本の制度のどこを変えることが必要か、そのためにはどうすればよいか、を端的に回答する力が求められていると感じた。」132P
「ブリーフィングの直接的な役割は、良い事前質問事項・勧告を引き出すことだろう。ただし、より大切なことは、ブリーフィングの結果どんな勧告になったかではなく、その勧告を携えて具体的な制度改革につなげていけるかだと思う。」「市民社会によるインプットと権利委員会によるアウトプットは、必ずしも直接的な相関関係がある訳でもないと感じた。それは、権利委員会が短期間で全く未知の国の課題を的確に把握する作業の限界なのかもしれない。」134P
「市民社会によるブリーフィングは、一時期のイベントではなく、未来を見つめたプロセスである。「各国語の」のステージの運動も見据えて、私たちは二〇二〇年夏の「審査(建設的対話)に向けたブリーフィングの準備をしなければならないだろう。」135P
● 入所施設からの外出の現状――養護施設自治会ネットワークの外出アンケートから
松浦武夫
 そもそも外出以前に、政府も「地域で生きる」という方針を出しているのにどうして施設が増え続けているかの問題があるのですが、そのあたりは、外出しようという気持ち自体が、施設の中で生活するということのなかで削がれていくということがあると、思えるのです。だから、制度の問題として外出をきちんと要求できる制度を作るという意味はあるにせよ、そもそも施設が何をもたらすのかという分析が必要なのだと思います。著者も少しそのようなことは書いているのですが、まあ、施設の職員の立場から、みずからの存在自体を否定する内容を出すのは難しいとは思うのですが。
投稿
●フランコ・バザーリア/大内紀彦・鈴木鉄忠訳「バザーリア講演録」より「健康と労働」
 バザーリアはイタリアの精神病院解体の運動を進めたということで有名なひとです。これは、バザーリアがブラジル各地を講演して回った記録で、本(邦訳『バザーリア講演録 自由こそ治療だ!――イタリア精神保健ことはじめ』)になっているところから外したものを掲載した原稿です。この講演はブラジルの労働組合の招請で、テーマが「健康と労働」となったようです。バザーリアは、まもなく亡くなっているので、「遺言」的な内容にもなっているとのことです。切り抜きメモを残します。
「まずはっきりさせておきたいのは、私は労働組合員ではなく、医師だということです。医師が仕事をしているのは分業体制を基本とする社会です。その社会では、分業が働き手の労働条件を理解するための重要な要素になっています。このことが、専門技術者を単なる技術者としてだけでなく、政治的な立場におくことにもなります。」143-4P――「専門技術者」に訳注「バザーリアは、専門的知識を備えたという側面と、社会に生きる一人の人間として、政治的な社会参加(「アンガージュマン」というルビ)を果たすべき存在という二つの側面から、医師などの「専門技術者」の役割について論じている。さらに、例えば医師が、薬の処方という専門技能を要する行為を通じて、結果的に不平等な社会秩序の維持に加担しうることに、バザーリアは警鐘を鳴らしている。」154P
「マニコミオで働く医師であり、精神科医でもある身として、私は患者たちの誰もが労働者であり、彼らは例外なく貧しいということを知っています。」144P――「マニコミオ」に訳注「「マニコミオ」は、「精神病院」を意味するイタリア語の俗語表現で、軽蔑的なニュアンスを含む。バザーリアは、精神病院が「治療の場」ではなく、入院患者の自由を奪う「施設化の場」であると考え、この表現をしばしば用いた。」154P
「患者たちの誰もが貧しく、彼らは病院という施設によって破壊されていますが、こうした事実について考えてみる必要はないのだろうか。こう問いかけてみると、医師はとたんに権力の問題に向き合わされることになります。しかし、こうした立場を誰もが受け容れているわけではありません。実際のところ、多くの専門技術者たちは、専門家として役割をこなしているだけで、それ以上のことを行っていません。」144P・・・専門性をもった自己の抑圧性の自覚
「この問題は、専門技術者にとってだけでなく、政治家や労働組合員にとってもいっそう深刻です。一般的に言って、政治家や労働組合員たちは、福祉の問題と労働の問題の関連を理解していません。・・・・・・なぜなら政治家にとって、福祉と政治の問題がどう関連しているか理解することは、とても困難だからです。」144P
「健康に関する問題は、労働組合と政党とは別の分野の運動の後押しがあったおかげで、明るみに出されたのです。こうしたうちの一つが、精神医療の領域に押し寄せてきた運動でした。/精神医療の施設や制度を変えるために、私たちは実践的な活動を展開してきました。やがて、この活動は重要な役割を担うようになりました。左翼政党と労働組合が、福祉という課題に責任をもつように、イタリア国内に刺激を与えたのです。/こうした活動は、根本的な考え方についての理解を促しました。それは、社会生活のありとあらゆるものが、分業によって決定されており、こうすることで権力は、私たちを巧みに奴隷化し続けているというものでした。[病院などの]施設や制度が機能しているメカニズムを検討してみると、私たちは分業体制を無批判に受け容れ、それに従いがちであることがわかります。だからこそ、私たちはこのメカニズムを自覚し、それを分析し理解する必要があるのです。」145P
「病人を抑圧して破壊していくマニコミオの論理を拒絶すれば、私たちは病人の暮らしの条件を変え、彼らに対して当たり前の生活環境を提供できるようになります。」146P
「この意味では、私たち医師は、病人にとっての「労働組合員」にあたるでしょう。」146P
「専門技術と政治といった分業体制を超えたころに、医師の仕事はあるのです。/このことを理解してはじめて、政治組織と労働組合との関係や、こうした組織の一員である人びととの関係変わっていきます。」147P
「私たちはいかなる革命も望んでいません。望んでいるのは、私たちを取り巻く関係性を抜本から変えることなのです。私が「私たち」と口にするときには、すべての仲間たちと労働組合員のことを言っているのであって、権力闘争を始めようとする専門技術者や労働者のことを言っているのではありません。」147P・・・バザーリアの政治革命批判、ただし抜本的変革は革命、イタリアの構造改革的革命論?
「ある意味では、わたしたちはマニコミオと同じような社会で生活していて、そのなかで自由を求めて闘う被収容者であると言えるかもしれません。それでも私たちは、救世主に望みを託すことはできません。救世主に頼るということは、私たちがまたしても囚われの身になることであり、抑圧されたままでいることだからです。それは、労働組合の指導部に労働者の解放を期待することなどできないという、労働者の辿った歴史と同じことなのです。戦いを続け、労働組合の幹部たちに、自分自身を解放させるための材料を与えなければならないのは、労働者本人です。」148P
「そして自分たちが何をしなければならないのかを、私たちは他の人たちと一緒に理解していかなければなりません。いかなる方法でも、他の人たちを管理・指導する必要などありません。もしそうなってしまえば、私たち自身が、新たな支配者になってしまうからです。」148P
「私の理解では、ブラジルでは精神病が大きなビジネスになっています。狂人たちを食い物にして生計をたてているプライベートの診療所があります。」149P――「狂人たち」に訳注「「狂人(「マット」のルビ)という表現は、理性的な判断ができない者を指す言葉として、本来は強い否定的意味合いをもつ。しかし、理性と狂気を合わせ持った存在が人間であり、両者を分離することはできないという考えのもと、バザーリアは狂人(「マット」のルビ)ということばを好んでも用いていた。」154P
「イタリアでは「施設の」改革は、「社会構造の」改革なしに、成し遂げられました。これは、私たちが「反施設化の」と名づけたものですが、「上部構造の」闘争とも言えるような、私たちの戦いの独自性だと思います。つまり、卵が先か、鶏が先かという問題です。」150P
「若者たちのために、そして私たち自身のために、新しい生き方を私たちが創造しなければならないのは明らかです。」152P
「ともかく、いつでも批判できる可能性が残されているかぎり、私は社会主義国の側に立つと言い続けたいと思います。」153P・・・「社会主義国」など存在しなかったし、自称「社会主義国」には「批判できる可能性」もなかった。
「社会主義の国々にも狂気は存在します。なぜなら狂気は、人間の条件だからです。理性が存在するのと同じように、「非理性」も存在するのです。狂気と闘うためのもっとも大切な治療法の一つは、もちろん自由であることです。」「家を一歩出てみると、私たちは、あちこちで家をもたない人びとに出くわします。社会の周辺(「マージナル」のルビ)に追いやられた人びとです。現在では日常のなかに狂気が存在しています。」153P
「私は共産主義者ですが、自己批判を行う共産主義者です。」153P・・・前衛の無謬性の論理にとらわれて自己批判をしない、「共産主義」の名に値しない。「共産主義者」や党が存在しています。
●八木智大「軽度障害「吃音」がつなぐマジョリティとマイノリティ」
 わたしと当事者性を同じくするひとの文です。「吃音者」の団体には、わたしがほとんど幽霊会員になっている言友会という団体があるのですが、かつて、そこで、「吃音者宣言」という文を出しました。何度もこの文については、コメントしてきたのですが、結局、この文を出した主旨は、「吃音者」はどうして同じようなことを何十年にもわたって、いや何千年もわたってくりかえしてきたのだろうーということだったのだと思っています。で、この「宣言」の一応の主導的推進者だった、この文の中にも出てくる伊藤伸二さんは、「吃音を治す」というところから、「吃音に対する気持ちの持ち方を変える」ということに換えただけで、結局そのために「○○療法」なり、いろんなアイデアを次から次に出していくということにとどまっているのです。結局、「吃音者」はどうして同じようなことを何十年にもわたって、いや何千年もわたってくりかえしてきたのだろうー」ということを別パターンで繰り返しているのに過ぎないのです。
 そのようなことも含めて、わたしの「吃音」に関する基調的な文は
   http://taica.info/ststpnote-3.pdf
 そして、「吃音」に関するいろんな文、今整理中なのですが、とりあえず、旧全言連事務局に宛てた一連の文(というより伊藤伸二さんに宛てた文)は、
   http://taica.info/ark.html
こんなことを書きながら、そもそもわたしがきちんと伝わるような文を書けていないし、また、ひとは論理的なところから、転換していくわけではないという意味において、結局同じような試行錯誤を繰り返していくしかないのかなとも、思ったりしています。
そういう意味で、この文はその試行錯誤の体験を綴った貴重な資料なのかもしれません。
 気になることをいくつか書き置きます。「軽度障害者」ということを書かれていますが、コミュニケーション障害というのは、決して軽くはないのです。いわゆる「重度障害者」は、開き直りを習得しますが、「軽度障害者」はそれがなかなかできません。だから葛藤に陥ります。その深刻さがあります。それは決して軽くはないのです。それは、言友会の中でも、「吃音が重いひとより、軽いひとの方が大変な面もあるのよね」とか語られていたことです。
もうひとつ、「マジョリティとマイノリティをつなぐ」という言葉が出ていますが、これは「吃音者」は「障害者」と「健常者」のどっちつかずの立場というようなことで、そんなことを言っている、「吃音者」で「障害者」団体の地域の会長をやっているひとがいました。「吃音者」は明らかに「障害者」差別を受けると言う意味で「障害者」です。そのようなあいまいな思いを持ってしまうひとたちを研究した「マージナル・パーソン」研究ということがあります。そのようなことを考えながら、きちんと「障害者」の立場に立った運動を進めていく必要を、この文を読みながら改めて強く思いました。
当事者仲間で、若いひとに期待しつつ、切り抜きメモは余計なことを書いてしまいそうで書くのは止めました。
編集後記
単独で編集を始めてから、二回目の編集後記でしたか、編集が替われば雑誌が替わると
いうことがあり、長く編集者を務めていた小林律子さんの退任で、一抹の不安も読者とし
て持っていたのですが、新しい編集者も少しずつ自分の味を出してきているようです。小
林さんも参議院議員の舩後さんの秘書になったようだし、何か、「人間万事塞翁が馬」のこ
とわざのように進んでいるようです。


posted by たわし at 06:04| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年03月04日

レーニン「国家と革命」

たわしの読書メモ・・ブログ526
・レーニン「国家と革命」(『世界の名著〈第52〉レーニン )』中央公論社1966所収)
 この本は確か岩波文庫で読んでいた本(国民文庫だったかもしれません)。実はわたしが、「マルクス主義」関係で一番最初に読んだ本です。大学で学費値上げ阻止闘争があり、クラス討論に参加していた関係で、学生自治会と接触があり、その自治会メンバーから勧められた本です。すぐに、そのグループとは距離を置き、三浦つとむの『レーニンから疑え』とかの学習会に参加していました。で、レーニンに懐疑的な思いを抱き続けていたのですが、レーニン批判から「マルクス・レーニン主義」批判をしていく必要にせまられ、前回の第二次レーニン学習をしました。今回、前回メモに続いてレーニン第三次学習です。
 さて、レーニンの本を読んでいると、「ミイラ取りがミイラになる」ということに陥るような感覚にとらわれる思いも出てくるのです。レーニンは論争のひとで、現実的運動の中出の運動をもっと直裁にいえば革命をどう進めるかというところで、さまざまな的論争をし、学習も積み重ねたひとで、その論の鋭さは論敵にされたひとがたじろいでいく様が思い浮かぶようです。
 さて、この本は主要に二つの論点がでて来ます。それはマルクス/エンゲルスのアナーキストとの論争のなかでの国家を巡る論攷を踏まえて、国家の廃絶か国家の死滅かということ。とりわけ、「それまでの官僚組織をそのまま利用することはできない」ということを巡る議論。そして、プロレタリア独裁論です。
 レーニン批判は、マルクス/エンゲルスの文献的とらえ返しの中で、レーニンが読めていなかったところのマルクスの論攷からレーニン批判がいくつか出ています。ひとつは、レーニン国家論は国家とは官僚機構と軍・警察機構であるということなのですが、レーニンは『ドイツイデオロギー』を読めていず、マルクス/エンゲルスの国家=共同幻想というとらえ返しをしていることを知らなかったという批判があります。そのあたりを検証してみます。マルクス/エンゲルスが「まさしく特殊的利害と共同的利害のとのこの矛盾から、共同的利害は国家として、現実の個別的利害ならびに全体的利害から切り離された自立的な姿をとる。」67P←ここにエンゲルスの書き込み「そして、同時に幻想的な共同性として」68P、「国家の内部における一切の闘争は、さまざまな階級間の現実的な闘争がそういう形態をとって行われるところの幻想的な諸形態にすぎない。」68P ←ここにエンゲルスの書き込み「そもそも、普遍的なものというのは共同的なものの幻想的形態なのだ」69P、「従来の共同社会の代用物――国家その他――においては、人格的自由は、支配階級の中で育成された諸個人にとってしか、しかも彼らが支配階級の個人でいられた間しか、実存しなかった。これまで諸個人がそこへと結合した見掛け上の共同社会は、常に諸個人に対して自立化した。同時にまたそれは一階級が他階級に対抗して結合したものだったので、被支配階級にとってはまったく幻想的な共同社会であったばかりか、新たな桎梏でもあった。現実的な共同社会においては、諸個人は彼らの連合(アソツイアツイオーンのルビ)において、かつ連合によって、同時に彼らの自由を手に入れる。」175P(マルクス/エンゲルス(廣松渉訳/小林昌人補訳)『ドイツ・イデオロギー 新編輯版』2002岩波文庫、引用文は完成体で、実際は、書き込み、校正前の原稿、二人の書き込みの区別までしています。ちなみに廣松渉訳以前の岩波文庫の古在由重訳では、順に44P、114P、古在訳では、「共同社会」は「共同体」、こちらが古いので「国家=幻想共同体論」という言い方が流布しています。このあたりは廣松さんは物象化ということを問題にしているので「共同体」という物象化された表現の訳をもちいていないのではとわたしは考えています。ただし、物象化されたものとしてあらわれると言う意味では「共同体」という言い方もありなのかもしれませんが。レーニンは軍事的に反革命にどう対峙するのかというところも含んで武装蜂起論を立てているのですが、そのあたりは日常的な生活の中で資本主義的なイデオロギーにとらわれていくことをどうするのか、そして更に、民族という共同幻想(物象化)をその基礎をつくる土台から押さえたところの国家論をどうするのかという問題があります。国家という概念からいかに脱していくのかという反国家主義の問題も出てくるのです。
もうひとつは、発展史観といわれていることで、レーニンはこの本の中でも、共産主義は資本主義の後にくるものだというとらえ返しをしているのですが、マルクスは「資本論草稿」を書く中で、その中にも一部出てくるのですが、古代社会ノートとかアジア的生産様式論の研究をしながら、共産主義的なことを過去の歴史の中に探し出す作業をしていました。単線的発展史観の批判も出て来ているのです。
 さらに、レーニン時代は「資本主義的帝国主義」の時代で、植民地支配が世界を覆った時代だったのですが、今は、植民地が一応次から次に独立していき、グローバリゼーションが世界を覆った時代、それでも、国民国家が資本主義的支配のために民族排外主義を煽っていく時代、差別を資本主義の継続的本源的蓄積の中に組み込んでいる、その基礎にしている時代なのです。だから国家主義批判が、反差別論が必要になっている時代です。そこで、その国家という共同幻想を撃つことが必要になっているのだとも言いえます。レーニンの「国家と革命」は、国家権力の奪取ではなく粉砕の上で、それに代わる国家をうち立てるという論理なのですが、厳密に言うと、奪取する、即時的に粉砕なのです。奪取するだけなら、「それまでのできあいの官僚機構は廃棄する」というテーゼに反し、粉砕だけならアナーキズム批判ができなくなるのです。それにしても、なぜ、粉砕したことをなぜ、中味を変えるとしても新たにつくる必要があるのかという問題があります。そもそも国家に対置することとしてソヴィエトをつくったはずなのです。これがプロレタリア独裁の機関のはずだったのです。結局、ロシア革命はソヴィエトの機能を停止させました。それはレーニンの中央主権主義に合わないとしてだと思うのですが、それが党独裁につながり、結局中味が違うとしても、国家の建設というところに入っていけば、官僚的機構になっていきます。レーニンは、ブルジョア国家とは異なる「官僚」(官僚制とことなるプロ独的「官僚」)の原則を立てました。彼自身はその原則を守ろうとしていたようです。しかし、そもそもネップを導入し、資本主義経済の取り入れをすれば、ブルジョア的官僚制に収束していかざるをえなかったのではないでしょうか? それがスターリン的な官僚機構の水路になったのではないでしょうか?
 マルクスのプロ独論はスパンが短いものでした。そしてプロレタリア独裁国家という概念はなかったのではないでしょうか? レーニンは、かなり長い時間プロ独が必要だと押さえていたようです。もちろん、レーニンはスターリンとの明らかな違いとして、世界革命への連動として、国家が死滅していくには、世界革命が必要だとしていて、そもそも国家とは、他国との関係において国家としてあるのであって、一時的に一国的に定立して(レーニンは一国的なことをスターリンよりもはるかに短いスパンで考えていたようですが)いく必要を考えていたのかもしれません。
 ともかく、ロシア革命がねじ曲げたことの総括をどうするのかという問題が必要になっているのです。その総括を他の国でおきたことだとか、自分たちとは路線が違うといって総括をサボタージュして、綱領の中のことばを変えるだけでは、むしろ混迷を深めるだけなのです。
 さて、この本は未完の本なのです。続きのもくじが訳編集者によって上げられていますが、そこにはソヴィエトに関する論攷が含まれていたようです。この文が書かれたのは、まさに革命進行中の1917年の8月とき、これから蜂起に向かって多忙になる中で、続きは書かれなかったという注がついているのですが、ソヴィエトに対するレーニンの考えが変わるなかで、ソヴィエト自体が消滅し、続きは書かれなかったのではないかとわたしは押さえているのですが、何かレーニンの手紙なり、文が残っているのでしょうか? そこまでとても追えません。
 さて、この後、わたしのレーニン学習は哲学的論攷二冊に入っていきます。レーニンは、晩年のエンゲルスが「マルクス主義」のわかりやすい解説をしようと、図式化に陥り、「ヘーゲルへの先祖返り」に陥ったと批判されていて、その中で「対話による深化としての道行き」としての弁証法を、法則としての物象化に陥ってとらえ、弁証法の三法則とか出していて、それをレーニンも引き継いでいるのです。そのあたり、レーニンが『唯物論と経験批判論』でとりあげているマッハ批判を書いていて、実は、わたしが哲学的にいろいろとりいれようとしている廣松渉さんが、マッハ哲学をニュートン力学から量子力学への架橋をしたひとりとして押さえていて、マッハの訳本に解説を書いています。そのあたりからのレーニンの哲学的なところへのとらえ返しもしてみたいと思っています。もう一冊は『哲学ノート』。
それから、差別の問題に関して、レーニンとローザ・ルクセンブルクの論争が有名で、これは一般的にはレーニンの民族自決権が正しいとレーニンに軍配が上がったとされているのですが、わたしはこの国家論なりレーニンの中央集権制なりから再度とらえ返しをしてみたいと思っています。そのためにローザ・ルクセンブルクの本に当たります。それから、コルシュや従属理論の積ん読している本を読み解いていきます。そこから、ドキュメント現代史で革命論の学習に戻ります。その間に障害問題の本やエコロジー関係の本を挟んでいきます。
さて、切り抜きを残しておきます。実は、この本は大切さを考えると、「レーニンノート」とか作り、そのなかで、この本の精細な切り抜きやコメントを書くことも考えたのですが、先を急ぎ時間がありません。簡単な切り抜きメモに留めます。
「国家は、階級対立の非和解性の産物であり、そのあらわれなのだ。国家は、階級対立が客観的に和解しえなくなったとき、まさにその場所に、そのかぎりで、発生するのだ。逆に言えば、国家が存在しているということが、階級対立の非和解性の証明なのだ。」472P・・・非和解性は共同幻想によって粉飾されていて、民族差別による排外主義で、「国民統合」が図られるのですが、そのあたりの押さえがないのです。むしろレーニンも陥っている国家主義批判の必要性
「マルクスによれば、国家は階級の和解が可能ならば発生しえないものだし、もちこたえることもできないものなのだ。」「マルクスによれば、国家は階級支配の機関、一つの階級が他の階級を抑圧する機関、階級衝突を緩和しつつ階級抑圧を合法化し確固たるものにする「秩序」の創出そのものなのだ。」472P・・・国家の共同幻想的性格を押さえていません。「緩和」ということばにかろうじてそのニュアンスがあります。
「また、国家が社会の上にたち、「みずからをますます社会から疎外してゆく」権力であるとすれば、被抑圧階級の解放は暴力革命なしには不可能なばかりか、支配階級によってつくりだされ、そのなかにこの「疎外」を体現している国家権力機関をも廃絶することなしには不可能だという明白な点が、である。」473P・・・「上にたち」とは何を意味するのか?――「上部構造」?「支配する」という意味、後者ならば共同幻想的性格の欠落
「そして、あらゆる革命が、このような国家装置を破壊することによって、むきだしの階級闘争なるものをわれわれに見せてくれるのであり、支配階級がどんなに、自分に奉仕するように武装した人間の特殊部隊を復活しようと一所懸命になるものである。被抑圧階級がどんなに、搾取者にではなく被搾取者に特別奉仕するこの種の組織を新設しようと一所懸命になるものであるかを、まのあたりに示してくれるのである。」475-6P
「かくして、官吏の神聖不可侵をうたった特別法がいくつもつくりだされることになる。「最も下っぱの警察官」でさえ、クランの首長よりも高い「権威」をもっている。けれども、文明国家の軍司令官ですら、社会から「棒きれをふるって手に入れたわけではない尊敬」をかちえていたクランの長老を、うらやましく思わずにはいられまい。」477P
(エンゲルス)「しかし、例外的に、相闘う階級の力量が伯仲しているとき、国家権力は、一時的に、外見上の調停者となって、双方の階級に対し、ある程度の独立性をたもつ時期がある。」478P
「このように「富」の全能は、民主共和制のもとでいっそう確固たるものとなるのだ。」480P・・・「富」とはなにか? その「富」の共同幻想が国家の共同幻想の元になる。
「階級は、かつてその発生が不可避であったように、消滅もまた不可避となろう。この階級の消滅とともに、国家の消滅も不可避となろう。自由かつ平等な生産者の結合関係を基礎に新たに生産を組織する社会は、全国家機関を、そのばあい当然おかれるべき場所へ移しかえるであろう。すなわち、糸車や青銅の斧と並べて、考古博物館のなかへ。」481P
(エンゲルスの『反デューリング論』第三篇第二章からの長い引用の後)「このような目をみはるばかりに思想豊かなエンゲルスの考察のなかから、現代社会主義諸政党が社会主義思想の真の財産としてとりこんだものといえば、マルクスの国家は「死滅する」という点――無政府主義的な国家「廃止」説とは違う――だけに過ぎぬと断言できる。このようなマルクス主義の刈りこみは、マルクス主義を日和見主義へまでひきずりおろすことを意味する。なぜなら、このような刈り込み「解釈」をすればあとに残るものは、ただゆっくりとした起伏のない漸進的な変化、飛躍と激動の欠除、革命の脱落といった朦朧たる概念のみだからだ。世間一般に流布している、大衆的に――と言ってよければ――理解された国家の「死滅」節は、革命を否定しないまでも、革命をぼやかすことを意味していることは、疑問の余地がない。/この種の「解釈」は、ブルジョワジーにだけ有利な、粗雑きわまりないマルクス主義の歪曲であって、理論的に言えば、さきに全文を引用したエンゲルスの考察の「総括」において指摘されている、もっとも重要な事情や考慮を忘れさったことに由来するものなのだ。」483P――ここからその「総括」の内容が五点示されています――@「第一に、エンゲルスは、この考察の冒頭で、プロレタリアートは国家権力を掌握し、「それによって、国家としての国家を廃絶する」と述べている。」483P「ここでエンゲルスが語っているのは、じつは、プロレタリア革命によるブルジョワジーの国家の「廃絶」についてであって、「死滅」(Absterben)という言葉のほうは、社会主義革命後のプロレタリア国家組織の残存物に用いられているのである。エンゲルスによれば、ブルジョワ国家は「死滅」するのではなくて、革命のなかでプロレタリアートによって「廃絶される」のだ。一方、「死滅する」のは、この革命後のプロレタリア国家、あるいは半国家なのだ。」484PA「第二に、国家は「抑圧するための特殊な権力」だということである。」「ブルジョワジーがプロレタリアートを、つまり一握りの金持が数百万人の勤労者を「抑圧するための特殊な権力」に、プロレタリアートがブルジョワジーを「抑圧するための特殊な権力」がとってかわらなければならない[プロレタリアートの独裁]ということである。「国家としての国家の廃絶」とは、まさにこのことなのだ。」484PB「第三に、エンゲルスが国家の「死滅」と言ったり、その特徴をくっきりと浮かびあがらせて「眠りこみ」(Einschlafen)とさえ言っているのは、まったくの明白かつ正確に、「全社会の何おいて国家が生産手段を占取」してから後の時代、つまり社会主義革命後の時代についてなのである。/この時代の「国家」の政治形態こそ、最も完全な民主主義であることはだれでも知っている。・・・・・・このことが「わからない」者は、民主主義もまた国家であり、それゆえ国家が消滅するとき、民主主義もまた消滅するのだということを、ふかく考えてみたことのない人たちだけなのだ」484-5P・・・ここの民主主義は支配の一形態としての民主主義のこと、レーニンには区別がついているのだろうか? レーニンはプロレタリア国家(の暴力)による反革命の抑圧ということで、民主主義の否定にまで及んでいるようなのです。反革命を抑圧するのは国家ではなく民衆のはずなのです。そこに民主主義があるはずなのです。ここにレーニンの外部注入論的革命、民衆の革命性への懐疑もあり(レーニンはプロレタリアートの革命性を一方で述べていたのですが)、それはスターリンの徹底した懐疑からする管理国家形成へすすんでいったのではないでしょうか?C「第四に、エンゲルスは、「国家は死滅する」という有名な命題をかかげたあとで、つづけて、この命題は日和見主義者と無政府主義者に対して向けたものだということを具体的に明らかにしている。」485P「あらゆる国家は、被抑圧階級を「抑圧するための特殊な権力」なのだ。だからあらゆる国家は非自由で非人民的なのだ。マルクスとエンゲルスは、「自由な人民国家」が流行のスローガンとなった一八七〇代に、党の同志たちに向かって、このことを何回となく説明している。」486PD「第五に、だれもが国家の死滅に関する考察のあることを想起するエンゲルスのこの同じ著作のなかに、暴力革命の意義に関する考察もある。エンゲルスにあっては、暴力革命の役割の歴史的評価は、暴力革命への心からの讃辞となっている。」「暴力とは、新しい社会をはらんでいるあらゆる旧社会の助産婦である。」486P
「暴力革命の不可避性についてのマルクスとエンゲルスの学説は、ブルジョワ国家に関してのことであることはすでに述べたが、以下の叙述でさらにくわしくそのことを示そう。/プロレタリア国家がブルジョワ国家にとってかわること、つまりプロレタリアートの独裁の創出は、「死滅」によっては不可能であり、それは一般的原則では、暴力革命によって初めて可能である。そしてエンゲルスが暴力革命にささげた讃辞は、マルクスの再三にわたる言明とも完全に一致しているのである[われわれは、暴力革命の不可避性を誇らしく公然と宣明した『哲学の貧困』と『共産党宣言』の結語を思いおこし、また、それからほぼ三十年後の一八七五年、ゴータ綱領の日和見主義に対するマルクスの仮借ない糾弾を思いおこす]。」488P
「ここに国家問題に関するマルクス主義の最も注目すべき、最も重要な思想の一つ、ほかならぬ「プロレタリアートの独裁」[マルクスとエンゲルスは、パリ・コミューン以後になって述べるようになった](ここに注がついている)の思想が定式化されているのを見るのであり、・・・・・・このうえなく興味ふかい、つぎのような国家の定義を見るのである。「国家とは、すなわち、支配階級として組織されたプロレタリアートである。」」490P・・・プロレタリア独裁国家ということ、ただし? 492Pの二つ目の引用――(ここに注がついている)の注――「この挿入部分([ ]のなか)は、レーニンが『国家論ノート』のなかで、「マルクスとエンゲルスが、一八七一年以前に『プロレタリアートの独裁』ということを述べたことがあるかどうかをさがし、調べること。ない! と思われる。」ということに対応している。じつは、この第U章「国家と革命」第3節にあるように、マルクスはすでに一八五二年、ワイデマイヤーあての手紙のなかで「プロレタリアートの独裁」という言葉を使っていた。レーニンがこのことを知ったのは初版刊行後のことであり、そのために第二版でこのことに触れた説が付加されたわけである。」491P
「プロレタリアートにも国家が必要だ――あらゆる日和見主義者、社会排外主義者、カウツキー主義者はこうくりかえしている。彼らは、これこそマルクスの学説だと断言していながら、つぎのことをつけ加えるのを「忘れている」のだ。第一に、マルクスによれば、プロレタリアートにとって必要なのは、ただ死滅しはじめ、また死滅せざるをえないように構築された国家だけだということ。第Uに、勤労者にとって必要なのは「国家」(括弧付き「国家」)、「すなわち、支配階級として組織されたプロレタリアート」だけということ。」490P
「マルクスが国家問題と社会主義革命の問題に適用した階級闘争の学説は、必然的に、プロレタリアートの政治的支配、プロレタリアートの独裁の承認に、つまり、権力がだれにも分有されておらず、ただ大衆の武装力にのみ依拠しているところの権力に承認にみちびく。」492P・・・被抑圧階級をプロレタリアートとしてだけとらえると、プロレタリアートの独裁が出てくるのですが、今日、マルチチュードとかサバルタンとか出さざるを得なくなった時代には「プロレタリアートの独裁」という論理は出せなくなっているのではないでしょうか? 差別というところから総体的にとらえ返していく必要が出てきているのです。
「プロレタリアートに必要なのは国家権力、すなわち、中央集権化された暴力装置であり、搾取者の反抗を弾圧し、また社会主義経済を「組織する」事業において、農民階級、小ブルジョワジー、半プロレタリアートという膨大な住民大衆を指導するための暴力組織なのだ。」492P・・・「指導するための暴力組織」?指導と暴力はアンチノミーのはずなのです。必要なのは「国家」で、国家なのではないのでは? それが国家になるのは、資本主義国家が存在するところにおいて、国家にならざるをえないのです。だから、レーニンも世界革命の必要性を主張していたはずなのです。逆に言えば、プロ独が国家として出てくるときには、世界革命的には敗北せざるを得なくなるということではないでしょうか?
「ブルジョワ社会に特有な中央集権化された国家権力は、絶対主義の没落期に発生した。そして、この国家機構にとっては最も特徴的なものは、つぎの二つの制度だった。すなわち、官僚制度と常備軍。」495-6P
「官僚制度と常備軍――これはブルジョワ社会のからだに宿る「寄生体」、ブルジョワ社会をひき裂く内的矛盾によって生み出された「寄生体」、しかも、まさに生命の毛穴を「ふさいでいる」寄生体だ。」496P
「マルクスがどの程度まで厳格に歴史的経験という事実的基礎の上に立っていたかは、彼がこの一八五二年には、まだ廃絶すべき国家機構に代えるに何をもってするかという問題を具体的に提起していないこともわかる。当時まだ、経験からは、このような問題を解決するための材料を得ることはできなかったのだ。そして、この問題が歴史によって日程にのぼることになったのは、それより後の一八七一年のことなのだ。一八五二年の段階において、マルクスが自然史を観察するような正確さで確認できたことといえば、プロレタリア革命が、国家権力に対して「破壊力のことごとくを集中する」任務に到達したこと、国家機構を「粉砕する」任務に到達したこと、これだけであった。」498P・・・これは前出の第二版の追加稿も参照
(「一九一九年発行の第二版ではじめてつけられた。」501Pの追加された節「3 一八五二年におけるマルクスの問題提起」500-2P・・・「マルクスの一八五二年三月五日付ワイデマイヤーあての手紙」500P――「(マルクス)「わたしが新しくやったことと言えば、次の諸点を証明したことだけなのだ。/(1)階級の存在は、生産の一定の歴史的発展段階[historische Entwicklungsphasen der Produktion]だけに結びついているということ。/(2)階級闘争は、必然的にプロレタリアートの独裁をもたらすということ。/(3)この独裁そのものは、あらゆる階級を廃絶し、階級のない社会へ達するたんなる過程にすぎないこと。……」/(ここからレーニン)これらの言葉によって、マルクスは、第一に、先進的で最も深遠な考えをもったブルジョワジー思想家の学説と自分の学説との根本的かつ主要な相違を、第二に、国家についての学説の核心を、驚くべき鮮明さで表現することに成功している。」500P
「マルクス主義者とは、階級闘争の承認をプロレタリアートの独裁の承認にまでおしひろげる者だけをさしていう呼称である。」501P・・・レーニンのマルクス主義の定義、このことによってマルクス――レーニン主義を定立したと言えるのではー
「日和見主義は、階級闘争の承認を、まさにその最も主要な点まで、つまり資本主義から共産主義への移行の時期まで、ブルジョワジーの打倒とブルジョワジーの完全な絶滅の時期にまで、おしひろげはしないのだ。/現実には、この時期は、階級闘争がかつてその例を見なかったほど激化することが避けられない時期であり、階級闘争がこのうえなく先鋭なかたちをとる時期なのだ。しかがつて、この時期の国家もまた、不可避的に、新しいやり方にしたがった[プロレタリアートと無産者一般にとって]民主主義的であるあるような国家、そして新しいやり方にしたがった[ブルジョワジーに反対して]独裁的であるような国家でなければならない。/さらに言おう。マルクスの国家学説の本質は、つぎのことを理解した人だけが、つまり一階級の独裁は、あらゆる階級一般にとって必要なだけでなく、ブルジョワジーを打倒したプロレタリアートにとって必要なだけではなく、資本主義を「階級のない社会」から、すなわち共産主義からへだてている歴史的時期の全体にとっても必要であるということを理解した者だけが、体得できたのだ、と。/ブルジョワ国家の形態はきわめてさまざまだけれども、しかし、その本質は一つ、これらの国家はすべて、その形態はどうであれ、結局のところ、かならずブルジョワジーの独裁だということだ。資本主義から共産主義への移行は、もちろん、非常に豊富で多種多様な政治的形態をもたらさないわけにはいかない。しかし、そのさいでも、本質は不可避的にただ一つ、プロレタリアートの独裁のみであろう。」501-2P
「マルクスは、コミューンにさきだつ数ヶ月前の一八七〇年秋、政府を打倒しようとする試みは向こう水の暴挙であるあることを証明して、パリの労働者に警告を発した。だが、一八七一年三月、決戦を無理じいされて、やむをえずこれにこたえて立ちあがったとき、つまり放棄が事実となったとき、マルクスは、このプロレタリア革命を、不吉な前兆があったにもかかわらず、心から感激して迎えたのだった。」502P
『共産党宣言』ドイツ語新版の序文(一八七一年六月二十四日付)で、二人は『共産党宣言』は「いまやところどころ時代遅れになっている」として、「……とりわけ、コミューン、次のことを証明した、すなわち、『労働者階級はできあいの国家機構をそのまま奪い取って、それを自分自身の目的にそって動かすことはできない』(この『』の中は、マルクスの『フランスの内乱』の中からの引用)……」503P・・・ロシア革命はそのことを履行していない――秘密警察、トロッキーの旧軍人の登用など、更にスターリンの旧官僚などの登用
「ブルジョワジーおよびブルジョワジーの反抗を抑圧することは、依然として必要である。コミューンにとってこのことはとくに必要だった。」「ところで、ひとたび人民の多数者が自分の抑圧者をみずから抑圧する段になると、抑圧のための「特殊な権力」は、もはや必要でなくなる! この意味で国家は死滅しはじめる。」509P・・・ロシア革命ではそうはならなかったのです。そのことが総括の核心(自分たちが主張していたことの否定)。
「すべての公務員が例外なく完全に選挙で選ばれ、いつでも解任できるものとなること、彼らの棒給をふつうの「労働者の賃金」なみに引き下げること・・・」510P・・・この原則がレーニンのこれまでの官僚制度と違うとおいたところの核心だったし、レーニン自身はそれを実行しようとしたけれど、そもそもネップで資本主義社会の論理を導入したら、それは崩壊する必然性、解任するのは誰か――民衆やプロレタリアートであれば、中央集権制を否定する民主主義が必要なはず――現実には党の機関になった――書記局の支配体制
「小ブルジョワジーの他の階層のなかからと同じように、農民階級のなかからも、とるにたらない少数者だけが、「なりあがり」、ブルジョワ的な意味で「出世をする」。つまり、金持になったり、ブルジョワに転化したり、あるいは地位を保証された特権的官吏に転化する。しかし、およそ農民が存在している資本主義国なら[大多数の資本主義国はそうなのだが]、どの国でも農民階級の圧倒的多数は政府によって抑圧されており、政府打倒と「安あがり」の政府とを待望している。これを実現しうるのはただプロレタリアートだけであって、プロレタリアートは、これを実現することによって、同時に国家の社会主義改造への第一歩を踏みだすのである。」511P・・・レーニンは、農民は土地の私的所有を求めるというところで、小ブルジョワジーと規定したのですが、土地の私的所有ではない、ミールの位置をどのようにととらえていたのでしょうか? また農民は階層であって階級ではないのです。土地所有というところで農民を階級として集約するのは、間違えていると言わざるをえません。農の持つ意味を押さえ損なっていたのでは、とも思ったりしていますーとりわけ今日的には、農の位置を押さえ直す必要も感じています。
「「コミューンは、議会的な団体ではなく、立法府であると同時に執行府でもある行動的な団体たるべきものであった」のだ。」512-3P・・・決定と執行の一致――全共闘運動にも
「前世紀七〇年代のある機知にとんだ社会民主党員は、郵便事業を社会主義経営の見本と呼んだ。まさにそのとおり、今日の郵便事業は、国家資本主義的独占の型にのっとって組織された経営である。」516P「国民経済全体を郵便事業ように組織すること、しかもそのさい、技術者、監督、簿記係を、すべての公務員と同じように、武装したプロレタリアートの統制と指導のもとに「労働者賃金」以下の俸給で組織すること――これこそ、われわれの当面の目標である。」517P・・・俸給を同じにしたら資本主義ではないし、資本主義の論理を用いる必要もないのです。俸給を同じにするなら、そもそも俸給という概念をなくして、ベーシックインカムにできることです。
「マルクスがプルードンともバクーニンともくい違っているのは、ほかならぬ連邦主義の問題についてなのだ[プロレタリアートの独裁については言うまでもない]。無政府主義の小ブルジョワ的見解からは、原理的に言って、連邦主義が出てくる。マルクスは中央集権主義者だ。」520P・・・?
「マルクスは将来の政治的諸形態の発見にとりかからなかった。」522P(プロ独は手紙の中では書いていたのです。その中で、パリ・コミューンが起きたのです。)――「コミューンこそブルジョワ国家機構を粉砕しようとするプロレタリア革命の最初の試みであり、粉砕されたものにとって代わることができ、また、とって代わらなければならぬ「ついに発見された」政治形態である。」522-3P・・・コミューンやソヴィエトがなぜ国家になったのかの問題、中央集権制や暴力装置の問題、暴力は革命の助産婦にすぎない、力むのは母親――民衆自身  レーニンの外部注入論や前衛論は、民衆の自然発生的革命性に依拠していないのです。党――後衛論
「しかし、この国家廃止という目標を達成するために、われわれは、搾取者に対して国家権力という道具、手段、方法を、一時的であれ、利用することが必要だと断固として主張するものである。」327P・・・ここで必要なのは、武力がまだ必要とするならば、国家ではなくて、武装せる民衆ではないでしょうか? 搾取者は私有せる生産手段をとりあげられた時点で、搾取者ではなくなるのです。
 エンゲルスの、反権威主義者の「われわれが代表者たちに授けているのは、権威などではなくて一定の委任なのだ」の言に対する応答と、レーニンのそれに対するコメント「このように、エンゲルスは、権威と自由とは相対的な概念にすぎず、この概念の適用範囲は社会発展のさまざまな段階に応じて変化すること、この概念を絶対的なものとして考えるはばかげていることを指摘し、・・・・・・」528P・・・これは官僚主義をうみださないための基本的概念であって、相対的に容認することではないはずです。権威は差別に関するキーワードなのです。
「公的諸機能が政治的なものから単なる管理機能へと転化する問題、「政治的国家」に関する問題等々。とくに、誤解をまねく恐れのある後者の表現は、国家の死滅する過程をさしているのである。つまり死滅しつつ国家は、死滅の一定の段階では、非政治的国家と呼ぶことができるということを表現しているのだ。」329P・・・政治性をなくした国家なるものはありえないのです。「政治性をうしないつつある」国家という意味では? これさえも国家というネーミングは違和があるのです。政治が消滅する以前に国家は消滅していることー
「無政府主義者は、ほかならぬ革命を、その発生と発展の見地から、暴力、権威、権力、国家に対する革命の諸任務という見地から、見たがらないのだ。」329P・・・「権威」の原語からの確認の必要があるのですが、これは「革命党の権威」というところでの党の物神化と独裁論に結びついていくこと、ここからのとらえ返しの必要。信頼と権威は違うのです。
(エンゲルスのベーベルへの手紙)「・・・・・・プロレタリアートが、まだ国家を必要とするあいだは、それは自由のためにではなく、自分の敵を抑圧するために必要とするのであり、自由について語ることができるようになれば、すぐに国家としての国家は存在することをやめるのです。それゆえ、わたしたちは、(綱領のなかで)国家と書いているところはどこもみんな、フランス語の『コミューン』にぴったりの、むかしからある美しいドイツ語、『共同社会』[Gemeinwesen]という言葉で置き換えるように提案したいと思います。」531P・・・どこで、コミューンやソヴィエトや共同社会が、国家にすり替わるのでしょうか?
「エンゲルスは、「人民国家」が、「自由な人民国家」と同様にナンセンスなものであり、社会主義からの逸脱でもあるというそのかぎりにおいて、無政府主義者の攻撃は正しいものだと認める。」532-3P――(ベーベルへ)「国家は、階級支配に立脚する国家から人民国家へと転化されなければならぬ。」533P・・・プロレタリア国家も同じ、これは労働者国家も同じ、ただし、労働者国家を標榜する労働者への抑圧国家は存在してしまったのです。
「さて、国家の問題にもどろう。エンゲルスは、ここで、とりわけ貴重な三つの指摘をしている。すなわち、第一に、共和制の問題について。第二に、民族問題と国家制度との問題について。そして第三に、地方自治について。」535P
(エンゲルス)「およそこの世に確固不同なものがあるとすれば、それは、わが党と労働者階級が、民主共和制という政治形態のもとにおいてしか支配権をにぎれないということだ。」537P・・・スターリン主義の下、真逆なことになってしまったのです。
「エンゲルスは、マルクスと同様に、プロレタリアートとプロレタリア革命の見地から、民主主義的中央集権制をば、単一にして不可分な共和国をば主張している。彼は、連邦共和制は例外的なもの、発展の障害となるものと見なすか、さもなければ、君主制から中央集権的共和制への過渡として一定の特殊的条件のもとでの「一歩前進」と見なしている。そして、これら特殊諸条件のなかでは、民族問題が全面に出てくる。」538P・・・民主主義と中央集権制はアンチノミーのなるのではないでしょうか? 民族自決権と中央集権制もー
「地理的条件、原語の共通性、そして何百年にもわたる歴史をもつイギリスでは、個々の小区域の民族問題などは「かたづけ」てしまっているかに思われるけれども、このイギリスでさえも民族問題は過去のものとなっていない明白な事実をエンゲルスは考慮に入れ、それゆえに連邦共和制を「一歩前進」と認めているのである。」539P
「エンゲルスは、この民主主義的中央集権制という概念を、ブルジョワ・イデオロギーや無政府主義者も含む小ブルジョワ・イデオローグが使っているような官僚主義的意味合いで理解しているわけではけっしてない。エンゲルスの考えによると、中央集権制とは、コミューンと地方とによる国家統一の自発的な防衛のもとで、それとあらゆる官僚主義、上からのいっさいの「指導」の文句なしの追放を結びつけるような広範な自治制を排除するものではけっしてないのである。エンゲルスは、国家についてのマルクス主義の綱領的見解を発展させて、こう言っている。/「……だから、統一共和国ということになるのだ。・・・・・・」539P・・・世界革命的な実現があれば国家ということの消滅に向かうこと。なぜ、統一共和国という概念が必要になるのか。反差別論的に対峙している最大のことは「国家主義」ということです。これは、地産地消というところも含めた地方自治からせめあがる、しかも農業というサブシステンスの産業の、現在農協という、機械や種や農薬・化学肥料というところから資本に収奪されていく構図を打ち破る協同組合的再編がいまこそ問われているのではないでしょうか?  民族差別ということも含めて、個別差別に関してはもし、前衛――後衛ということがあるとしたら、個別差別の民衆運動が前衛なのですが、その反差別運動は他の差別をとらえきれないという限界性があり、だから、差別総体をとらえ返すというところに党の存在意義があるのです。ですが、そもそもマルクス派が差別ということをとらえきれなかった歴史性が続けられているわけで、そういう意味では、個別差別をつなぎ、反差別運動を支える後衛党として、とりあえず位置づけるしかないとも言いえます。レーニンのこのあたりの主張は中央主権制を一部否定しているようにも読み取れます。
「連邦共和制は中央集権的共和制より自由という見解は間違えている。」340P・・・連邦の個々の共和制の中味によるから、当然のこと
「(エンゲルスの『フランスの内乱』三版<1991年版>の序文)「コミューンはそもそものはじめから、つぎのことを承認しなければならなかった。すなわち、労働者階級は、ひとたび支配権を手に入れるや、古い国家機構をそのまま運営していくことはできないこと。そして労働者階級は、たったいま獲得したばかりの支配権をふたたび失わぬためには、一方で、それまで彼ら自身の圧迫に利用されてきた古い抑圧機構をいっさい除去すると同時に、他方で、彼ら自身の代議員や官吏に対して、一人の例外もなく、いつでも解任しうるものであることを宣言し、彼らから自分自身を安全にしておかねばならないこと。これらこそ労働者階級が承認しなければならなかったことなのだ。……」/エンゲルスは、君主制のもとにおいてだけでなく、民主共和制のもとにおいても国家は依然として国家としてとどまること、すなわち、国家は公務員、「社会の従僕」、社会の諸機関を社会の主人に転化される基本的特性を保持していることを、いくたびとなく強調している。」543-4P――エンゲルスの引用に戻り、「この転化をふせぐために、コミューンは二つのたしかな手段を採用した。第一に、行政、司法、教育上のいっさいの地位には、普通選挙権にもとづいて選ばれた者だけを任命し、しかも選挙民の決定によっていつでも彼らを解任できるように法律で規定したこと。第二に、地位の上下を問わず、すべての公務員に他の労働者に他の労働者が受けとっている額と同額の賃金しか支払わなかったこと。・・・・・・」544P・・・同一賃金にするためには、そもそも労働ということ自体を問い直す必要があり、資本主義の下ではなしえないのです。それは資本主義経済の否定ということのなかでしかなしえません。しかるにネップということを導入すれば、この原則は適用されなくなります。
「資本主義のもとではとことんまで徹底的な民主主義など実現不可能だし、社会主義のもとではどのような民主主義も死滅するだろうから。これはちょうど、髪の毛がもう一本だけ少なくなったら禿げ頭になるかならぬかという、古い笑話に類する詭弁にすぎない。」545P「民主主義をとことんまで発展させること、このような発展の諸形態をさがし求めること、これら諸形態を実践によって検証すること等々、すべてこうしたことは、社会革命をめざす闘争を構成する諸任務の一つだ。一つ一つをとれば、いかなる民主主義も社会主義ももたらしはしない。けれども実生活のなかでは、民主主義はけっして「一つ一つとられる」ものではなく、他のものと「いっしょにとられる」ものであり、それは経済に対しても影響を与え、その改革を促進するとともに、逆に経済的発展の影響もこうむる、等々。これこそ生きた歴史の弁証法というものだ。」・・・ここでいう「民主主義」は支配の形態としての民主主義のことです。対等な関係で議論し決定していく「民主主義」は(それを「民主主義」と表現するかどうかは別にして)、必要だし、そのような関係は作り上げていくことです。また、エンゲルス的な弁証法の法則化批判はともかく、問題は官僚制をどう脱構築するかということ。国家は軍事的統治機構と官僚的統治機構というところにおいて、官僚的統治機構が必要としても、それができあいの官僚機構ではないというところにおいて、選挙制と解任性ということがあり、それがいかに可能になるのでしょうか? レーニンよりもトロッキーの方が現実主義的になってしまっていて、ネップも軍事組織の旧軍隊からの登用をするなかで、できあいの国家機構は使えないという原則をくずしてしまったー選挙制や解任制は、党独裁というところですでにくずれてしまっています。これはレーニンの外部注入論的前衛党論からきています。民衆の革命性に依拠できない中で、党独裁に至ったこと自体が問題なのです。当時の民衆の革命性は、保守的だからこそ革命的だというところで、一時的なことでしかなかったことこそが問題なのです。むしろローザが民衆の革命性に依拠しようとしていたのです。けれど逆に自然発生性というところで、きちんとした「策略」をたてえず、虐殺されてしまいました。。歴史の背理。今日的には多様な道筋から、社会変革の途を策っていくしかないこと、このことについては、「社会変革への途」で書き進めます。
「国家とは、階級支配をめぐる闘争で勝利を得たプロレタリアートに、遺産としてひきつがれる害悪なのに。勝利を得たプロレタリアート、コミューンがやったように、この害悪の側面を即座に切りとらざるをえないだろう。」346P
「民主主義は、少数者が多数者に服従するという原則と同一のものではないのだ。民主主義は、少数者が多数者に服従することを承認する国家、すなわち、一階級の他の階級に対する、住民の一部分の他の部分に対する系統的な暴力行使のための組織なのだ。」549P・・・レーニンは民主主義という概念を整理できていないのです。支配の形態としての議会制民主主義、民衆の「自己決定権」というところで機能する支配の形態としての民主主義と、それでも行政・立法・司法機構の選挙制や解任制度というときの民主主義をごちゃまぜにしています。だから中央集権制や党の独裁がもたらされたのです。選挙制や解任制を具体的にどうするのかというところで、そのことが問われたのに、そのことをスポイルしてしまいました。自己決定権は幻想であっても、無視はできないのです。
「しかし、われわれは、社会主義に向かって努力しつつも、その社会主義が共産主義へと成長転化するであろうこと、このことと関連して、人間一般に対する暴力行使の、ある人間の他の人間への服従の、住民の一部分の他の部分への服従の必要はいっさい消滅するであろうことを確信する。なぜなら、人間は、暴力なしに、服従なしに、社会生活の根本的諸条件遵守する習慣がついてくるだろうから。」549P
「マルクスのほうがエンゲルスよりも「国家びいき」であ」550Pるように見えるところがある、が、何を主題に語っているかによって違いが起きているのであって――「エンゲルスは、ベーベルに向かって、国家に関するおしゃべりなどまったくやめ、国家と言う言葉を完全に放逐して、綱領から国家という言葉を完全に放逐して、それを「共同社会」という言葉に置き換えるようにすすめている。」550P・・・これだと今日的課題になる反国家主義が出てこなくなります。
「エンゲルスは、国家について流行している偏見[ラッサールも、すくなからずこの偏見にかぶれていた]がまったくばかげたものであることを、はっきりとするどく、太い線でベーベルに示すことを課題にしていたのであった。一方、マルクスは、他のテーマ、すなわち共産主義社会の発展という点に関心を集中していたので、エンゲルスのとりあげているこの問題については、ことのついでに触れているにすぎないのだ。」551P・・・エンゲルスとマルクスの違いについてはもう少し検証が必要
「マルクスには、ユートピアをつくりあげたり、知ることができないことがらについてむなしい推測をめぐらしたりする気配は、ひとかけらもない。」551P・・・?
(マルクスの「ゴータ綱領」に関して)「だから、『現代国家』とは虚構の概念にすぎない。」552P・・・レーニンは、マルクスの『ド・イデ』における国家の共同幻想の件を読んでいなかったとされるのですが、ここに同じような内容があります。問題は、差別排外主義による国家への国民統合ということ、そこから当然出てくる、国家主義批判が出てこないという問題を押さえねばならないと思うのです(スターリン主義として現れた一国社会主義建設路線による覇権主義の現実)。レーニン国家論が抜け落としていたことーそこから出てくる暴力装置を粉砕するという単純な暴力革命論に至るのではー
(承前)「『人民』という言葉と『国家』という言葉とを千回結びあわせたところで、蚤の一跳ねも問題の解決には近づきはしないのだ。」552P・・・「人民」と「国家」はアンチノミー
「日和見主義者たちによって現に忘れさられていること、それは、資本主義が共産主義に移行する特殊な段階あるいは特殊な時期が、歴史上、疑いもなく存在しなければならぬ、という事情である。」552P・・・問題はそのスパンであり、その時期は民主主義が否定されるのかという問題なのです。この民主主義は支配の形態としての民主主義ではなく、民衆の意思としての民主主義
「以前には、問題は、つぎのように提起されていた、すなわち、プロレタリアートは自己の解放をかちとるためにはブルジョワジーを打倒し、政治権力を奪取し、みずからの革命的独裁をうちたてなければならぬ、と。/いまや問題は、やや異なった形で提起されている。すなわち、共産主義へ向かって発展しつつある資本主義社会から共産主義への移行は、「政治上の過渡期」を経過しなくては不可能であり、この時期の国家はプロレタリアートの革命的独裁でしかありえない、と。」553P・・・すべての株は、というより生産手段の私的所有は廃止されます。株式会社そのものがなくなります。労働者管理による生産組織に改編されます。自分や自分の家族や対等な関係における集団が管理できない土地や建物の占有は認められないのです。そもそもブルジョワジーはいなくなります。だからプロレタリアートという概念はなくなるので、プロレタリアートの独裁などもなくなります。そこまで至る期間は短期間になります。そもそも、現在社会でも、プロレタリアートという概念自体が崩壊してきています。それに代わることとして、マルチチュードという概念が出て来ています。だから、「独裁」という言葉が使われるのなら、被差別民衆による反差別独裁となるのです。この場合、そもそも「独裁」という概念は使われなくなるでしょうープロレタリアートという概念は、労働力の価値によって分断されている民衆、そこにマジョリティの問題はあったので、そのマジョリティは食品汚染や環境汚染にさらされている住民という概念でも、それは被差別者という概念に、マルチチュードということで含まれます。「独裁」ということは政治的概念で、政治は廃棄されていくとしても、暫くは続き、マルチチュードという概念での運動は長く続いていきます。それこそが永続革命的文化革命なのです。
「資本主義社会が最も順調な発展をとげる条件があるばあい、この社会は民主共和制という形で多かれ少なかれ完全な民主主義がある。しかし、この民主主義は、資本主義的搾取という狭い枠でたえずしめつけられているので本質的には、少数者だけの、有産階級のための、すなわち金持ちだけの民主主義に民主主義にとどまっている。・・・」553P・・・この後にギリシャの奴隷制とかとさほど変わりがないという話が出て来ます。しかし、普通選挙権が確立している国においては、むしろ「自己決定」とか「自己責任」とかいうごまかしが出て来ます。レーニンの時代の民主主義は、「本質的には」(根源的には)変わっていないのですが、いまだに王制なることが存続している国があり、それはいろんな形での「共同幻想」へのとらわれから来ているのです。その最たることが国家の「共同幻想」へのとらわれと言いえることではないかと思われます。だから、国家主義批判とさまざまな差別主義的イデオロギーとどう対峙していくかが問われているのです。
「とるにたらない少数者のための民主主義、金持ちのための民主主義・・・・・・」554P
「貧乏人に対するこうした制限、例外、除外、妨害は、ちょっとしたことのように思われる。・・・・・・だが、これらもろもろの制限が総計されると、貧乏人が政治から、民主主義への積極的参加から排除し、おしのけることになるのだ。」554P・・・まさに巧妙な情報隠蔽・改ざん・操作ということの日本の政治が民主主義に何をもたらしているのかという現実
「マルクスがコミューンの経験を分析して、被抑圧者は抑圧階級のどの代表者が議会で自分たちを代表し、自分たちを踏みにじることになるかの決定を数年に一度だけ許される!」554P
「搾取者=資本家の反抗を打ち砕くことは、プロレタリアート以外のだれにもできないし、また、独裁以外のどんな方法によってもできないからなのだ。」555P・・・ロボットが第二次産業を担う事態になってきて、労働の位置づけが変わってきて、更に環境問題とか「住民運動」が出てくるなかで、労働ということの位置づけが変わってきているのではないかとも思えるのです。むしろ矛盾はもっと総体的に広がり、そこでの運動が起きている中で、こういう考えも少し変わっているのではと言いえます。
「抑圧のあるところ、暴力のあるところ自由はなく、民主主義もないこと、これは明白だ。」555P・・・これは抑圧ということへの論理であって、それに対抗して運動する立場での民主主義は必要―これを取り違えると大変なことになります。それを取り違えたのがスターリン主義です。
(エンゲルスのベーベルへの手紙)「プロレタリアートは、自由のためでなく、自分の敵を抑圧するために国家を必要とします。そして自由について語りうるようになれば、たちまち国家は存在しなくなるでありましょう。」555P・・・もし、必要となるならば(反革命クーデターは常道的に起きますから)そこで必要になるとすれば、それは軍事力であって、国家ではないのではないでしょうか?
「「国家は死滅する」という表現は、はなはだ選択の妙をえた言葉だ。というのは、この表現は、過程の漸進性も過程の自然成長性もあらわしているから。そして、習慣だけがこのような作用をおよぼすことができるし、また、疑いもなくおよぼすであろう。」556P
「もし搾取というものがなければ、もし人間を憤怒させ、抗議や蜂起を呼び起こし、鎮圧の必要を生み出すものがなに一つなければ、人間は自分たちにとって必要な公共生活の規制を遵守することなどには、かんたんに慣れてゆくからだ。」556P
「搾取者が人民を抑圧するためには、当然のことながら、きわめて複雑な機構なくてはその任務を遂行するわけにはゆかない。ところが、人民は、きわめてかんたんな「機構」のもとでも、いやほとんど「機構」がなくとも、たんなる武装した大衆組織[さきまわりして言えば、労働者・兵士ソヴィエートのようなもの]によっても、搾取者を抑圧することができるのだ。」557P
「最後に、共産主義だけが国家を完全に不必要なものにする。なぜなら、抑圧すべきものがだれもいない、つまり階級という意味で、住民の一定部分との系統的な闘争という意味で「だれもいない」からである。」――過渡的な必要性とその消滅「第一に、これをおこなうのに、抑圧のための特別な機構、特殊な装置は必要でないのだ。武装した人民自身が、簡単かつ容易にこれをやってのけるであろう。・・・・・・第二に、我々は、公共生活の規則を破る不法行為の社会的根源が、大衆の搾取、彼らの困窮と貧困にあることを知っている。この主要な原因が排除されると同時に、不法行為は不可避的に「死滅し」はじめるだろう。それがどれくらい急速に、そしてどんな順序で死滅するかは知らない。しかし、それが死滅するであろうことは知っている。そして、それが死滅するとともに、国家もまた死滅するであろう。」557P・・・レーニンは国家の過渡的必要性も書いているのですが、ここからはそれは国家でなくてもいいとしか読み取れないのですー
(マルクスの『ゴータ綱領批判』の引用)「・・・・・・権利は平等である代わりに、不平等でなくてはならないであろう。……」560P・・・ベーシックインカム(基本所得保障)でなくて、基本生活保障
「マルクスは、人間の避けがたい不平等をこのうえなく正確に考慮しているばかりでない。同様にまた彼は、正確に考慮しているばかりではない。生産手段を社会全体の共有財産に移す[ふつうの用語法によれば「社会主義」]だけでは、まだ分配の欠陥と「ブルジョワ的権利」の不平等を除去するものではないこと、この権利は生産物が「労働に応じて」分配されるかぎり、支配しつづけることを考慮しているのだ。」560P
(マルクス承前)「……共産主義社会の高度の段階では・・・・・・社会はその旗にこう書くことができるであろう、『各人はその能力に応じて、各人にはその要求に応じて』と」562P・・・そもそも能力という概念自体が、変換していくでしょうー
(いろいろな日和見主義者が)「社会主義を「導入」する等不可能などとしゃべるとき、彼らが念頭においているのは、まさに共産主義の高度の段階もしくは局面であって、こういう段階を「導入すること」など、だれ一人として約束しなかったどころか、考えたこともないのである。なぜなら、こういう段階を「導入する」ことなど、一般にできないことなのだから。」564P
「マルクスの鮮明の偉大な意義は、彼がここでも唯物弁証法を、すなわち発展の学説を首尾一貫して適用し、共産主義を資本主義のなかから発展してきたものとして見なしている点にある。」565P・・・後期マルクスは『資本論』草稿の中で、単線的発展史観から脱していました。「なかから」ではない共産主義的社会の研究もしていました。ここの「唯物弁証法」というのはエンゲルスが弁証法を法則としてとらえ、それの物象化からきているのではないでしょうか?――検証
「民主主義とは平等を意味する。平等をめざすプロレタリアートの闘争と平等というスローガンとが、どんなに大きな意義をもっているかは、平等を階級の廃絶という意味に正しく理解するならば、明白である。しかし、民主主義は形式的な平等を意味するだけである。そして、いったん生産手段の占有に関する社会の全成員の平等、つまり労働の平等、賃金の平等が実現されるやいなや、ただちに人類のまえには、形式的な平等から事実上の平等に向かって、つまり「各人は能力に応じて」という原則の実現に向かって前進するという問題が、必然的に発生してくる。人類がこの最高の目標に到達する途上でどのような段階を通過するか、どのような実践的方策を講じるかは、われわれは知らないし、知ることもできない。」566P・・・これは一票の平等、形式民主主義の支配の形態から抜け出せない政治を語っています。民主主義とは民衆を主体にした、民衆のための政治、たしかに、政治が消滅すれば民主主義という概念もなくなることです。レーニンのエンゲルス弁証法の物象化的展開「量は質に転化する」
「民主主義とは国家形態であり、国家の一変種である。したがってまた、民主主義とは、あらゆる国家と同様に、人間に対して暴力を組織的かつ系統的に行使することである。これが楯の一面である。しかし、他の一面では、民主主義とは市民間の平等の形式的な承認を意味し、国家制度の決定とその統治に対する全市民の平等な権利の形式的な承認を意味する。このことが、またそれで、つぎのことと関連してくるのだ。すなわち、民主主義は一定の発展段階で、第一に、資本主義に反対する革命的階級、つまりプロレタリアートを団結させ、この階級がブルジョワ国家機構――たとえそれが共和制的なブルジョワ国家機構でも――を、常備軍を、警察を、官僚制度を打倒し、これをこっぱみじんに粉砕し、地上から一掃し、それらを、やはり国家機構にはちがいはないが、より民主主義的な、人民全体の民兵化へ移行しつつある武装せる労働大衆という形の国家機構ととりかえることができるようにするのだ。/ここで「量は質に転化する」。すなわち、民主主義のこのような段階は、ブルジョワ社会の社会主義的改造の開始と結合している。もしほんとうにすべての人が国家統治に参加するならば、資本主義などもはやもちこたえられないだろう。そして、資本主義の発展そのものが、またそれで、「すべての人」がほんとうに国家統治に参加できるための前提条件をつくりだすのだ。」566-7P
「計算と統制」567P・・・資本主義は教育ということを通して革命を準備します。同時に国家主義や競争原理などを通して差別主義も身につけさせます。その幻想をどう解体していくかの道筋も示す必要があります。
「だが、資本家に勝利し搾取者を打倒したプロレタリアートが、全社会にあまなくおしひろげんとするこの「工場」の規律は、けっしてわれわれの理想でもなければ、終局目標でもないのだ。それは、社会から資本主義的搾取の醜悪さ、悪辣さを根こそぎ一掃するために必要な、そしてさらに前進するために必要な、一小段階にすぎないのだ。/社会の全成員が、もしくはすくなくとも社会の圧倒的多数が、自分自身で国家を統治することを学び、この仕事を一手に引き受け、とるにたらぬ少数者である資本家や、資本家的習癖をもちつづけたがっている紳士諸君や、資本主義によって骨の髄まで腐り果ててしまった労働者に対する統制を「軌道に乗せた」瞬間、その瞬間から、いっさいの統治一般に対する必要性は消滅しはじめる。」568P
「労働者は、政権を把握するや、古い官僚機構を粉砕し、一物も残さないほど根こそぎに打ち砕いてしまう。そして、これを労働者と勤務員からなる新しい機構で置き換える。彼らが官僚に転化するのを防ぐために、マルクスとエンゲルスによってくわしく探求された方策が即刻とられるであろう。その方策とは、つぎのようなものだ。/(1)(官僚の)選挙制だけでなく、随時解任制/(2)官僚に対しては労働者の俸給をこえない俸給を。/(3)すべての人が統制と監督の機能を遂行し、すべての人がある期間「官僚」となり、そのことによって、だれもが「官僚」になれなくなるような状態へただちに移行すること。」576-7P・・・(3)は共産主義の高度な段階
「ところが、カウツキーは、マルクスの「コミューンは議会的な団体ではなく、立法府と執行府とを同時に兼ねそなえている行動団体であった」という言葉を深く考えていないのだ。/カウツキーには、[人民のためのものではない]民主主義と[反人民的な]官僚主義とを結合しているブルジョワ議会制度と、プロレタリア民主主義、すなわち官僚主義を根だやしにする諸方策を即座に採用し、これら諸方策をとことんまで、つまり官僚主義を完全に絶滅するまで、人民のための民主主義を完全に実施するまで遂行することができるであろうプロレタリア民主主義との違いが、全然理解できなかったのだ。」577P・・・ここで二つの民主主義の違いが出てくるのですが、実際ロシア革命において、それが現実に区別化できていたのでしょうか? 古い「官僚制」の粉砕はなしえたのかの問題 中央集権制とプロ民主主義の関係 党の独裁へと進む動き
(パンネクック)「プロレタリアートの闘争は、たんに国家権力を奪取するためブルジョワジーに対しておこなう闘いではなく、国家権力そのものに対する闘争なのだ。」379P・・・バンネクックとレーニンの違い――レーニンは国家はとりあえず必要←? 今日的にはむしろ国家主義批判の必要
「マルクス主義者と無政府主義者との違いは、つぎの点にあるのだ。/(1)マルクス主義者は、国家の完全な廃絶を目標においてはいるが、この目標は、社会主義革命によって階級が廃絶された後、国家の死滅へとみちびく社会主義が確立されたその結果として、はじめて実現可能なものとなることを認める。ところが、無政府主義者は、国家を今日明日じゅうにでも完全に廃絶してしまおうと欲するが、この廃絶を実現する諸条件をば理解しない。/(2)マルクス主義者は、プロレタリアートが権力を奪取したのち、古い国家機構を完全に破壊し、それに代えるにコミューン型の、武装した労働者組織からなる新しい国家機構をもってすることが必要だと認める。ところが、無政府主義者は、国家機構の破壊を主張しながらも、破壊したあと、プロレタリアートは何をもってそれに代えるか、プロレタリアートはいかに革命権力を利用するかについて、まったく漠然とした考えしかもっていない。彼らは、革命的プロレタリアートによる国家権力の利用をば、プロレタリアートの革命的独裁をば、否定しさえする。/(3)マルクス主義者は、現代国家を利用することによって、プロレタリアートに対し革命の下準備にとりかかるよう要求する。ところが、無政府主義者は、これを否定する。」580P・・・なぜ武装した労働者組織が国家機構なのでしょうか?
「中央集権制は、古い国家機構をもってしても、新しい国家機構をもってしても、実現可能である。もし労働者が自発的に自分の武装力を一つに統合するならば、これは中央集権制であろう。しかし、この中央集権制は、中央集権的国家機関、常備軍、警察、官僚の「徹底的破壊」に基礎をおくであろう。」581P・・・破壊したものを、内容が違うとしても、なぜ同じ形態でつくるのか、意味不明。形態が内容を規定するという側面を押さえ損なっているのでは? ロシア革命からの検証も必要です。
「いま問題になっているのは、反政府派のことでも政治闘争一般のことでもない。革命そのものだ。革命とは、プロレタリアートが「行政機関」とすべての国家機関を粉砕して、それを武装した労働者からなる新しい機関で置き換えることにある。」582P・・・新しい機関がなぜ国家なのでしょうか?
「革命とは、新しい階級が古い国家機関の助けを借りて命令し統治することではない。古い国家機構を粉砕し、新しい国家機構の助けを借りて、命令し、統治することでなければならないのだ。」582P・・・なぜ国家機構にこだわり続けるのか? 軍をもち中央集権制で外部が存在するという設定からなのでしょうか?
「マルクスが、ほかならぬコミューンを例にとって示したように、社会主義のもとでは、官僚の選挙制を実施するだけでなく、さらに彼らに対する随時の解任劇をも実施し、さらにまた彼らの労賃を労働者の平均水準まで引き下げ、さらにまた議会制機関を「立法府であると同時に執行府でもある行動的機関」で置き換えることを実施するにつれて、役員は「官僚」であることをやめ、「官吏」であることをやめるのだ。」583P・・・三つのことがあれば官僚主義ならないけれど、問題はどのようにして三つを実現するのでしょうか?



posted by たわし at 00:46| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする