2019年03月15日

湯浅弘章監督/押見修造原作「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」

たわしの映像鑑賞メモ026
・湯浅弘章監督/押見修造原作「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」2017
この映画は、ビデオ・オンデマンドで観ました。
主人公は「志乃ちゃん」、「吃音」の女子高校生、入学して最初の自己紹介のとき、自分の順番が回ってくるまえにすでに胸がドキドキ、そしていよいよ順番、自分の名前が言えないでもがきます。この重い空気、わたしの思春期の思い出と重なって、むねが締め付けられる思いになりました。
さて、この映画は実は主人公は三人、ひとりは「志乃ちゃん」、後は音楽好きのちょっと自分の世界に生きている女子高生加代、もうひとりは、最初「志乃ちゃん」や加代をからかっていたおちゃらけの強、かなり周りから浮いている存在。三人とも、何か生きがたさを抱えこまされている高校生の青春物語です。
「志乃ちゃん」は担任の先生に友達を作りなさいと言われて、自分に近い存在を感じて、加代に近づきます。それで、加代に誘われて家に行きます。加代は音楽好きで、CDとかたくさんもっていて、ギターもやるのだけど、かなり「オンチ」、それを志乃は思わず笑ってしまいます。後で、「自分の吃音を笑わなかったのに、自分は笑ってしまって」と、一生懸命謝ります。それで、志乃と加代は、「しのかよ」のバンドをくんで、高校の文化祭に参加しようと路上ライブとか始めます。そこに、強が自分も参加させてと割り込みます。志乃は強にからわかれたこともあって、それと加代と強がスムーズに話していることに入りこめず、そして、強からからかわれたことの痛みから、そして恋愛的な三角関係の嫉妬も含んで、バンドから抜け出します。結局、加代は志乃の思いを組んで、強を入れず、ひとりで文化祭に出ます。その演奏をして、終わったころに会場に来て、志乃がこの映画のタイトルになっていることばを叫びます。「わたしは、自分の名前が言えない」。これは一種の「吃音者宣言」。だけど最初の一歩の「宣言」。この映画の最後は、三人が学校の昼食の時間に、志乃が教室で一人で食事をし、加代は屋上でギターを弾いています。強は、志乃が以前いつもひとりで食事していた場所でひとりで食事をしているというところで終わります。ハッピーエンドではなく、きちんと被差別の現実を生きるという終わり方にむしろ、うそっぽさがないのです。でも、三人が、もしくは二人で、また一緒に動き始めるかな、という思いを観ているひとに思わせて、この映画は終わります。ひとの特に思春期の揺れ動く思いを描いた心打つ映画です。
さて、わたし自身の「吃音者」の立場からのコメント、以前はこんなつらい映画は観れなかったのですが、いろんな思いを抱きながら観れました。
この映画は、「原作者がこの話は、自らの体験に根ざして」ということがあり、それなりにちゃんと「吃音」ということをとらえ返しているのですが、「吃音者」の当事者の全国組織、全国言友会連絡協議会の協力で作られています。で、吃音の随伴行動とか、教師が「頑張って」という「吃音者」に対する禁句を志乃に言うとか、志乃の母親が催眠療法の勧めをするシーンとか、「吃音」とりまく諸情況を描いています(少し、こういう「吃音のパターン」はないだろうと思ったところはありましたが)。また、加代が志乃に筆談の勧めをすることなど、かなり「吃音者」に好意的です(ただし、志乃がしゃべることにこだわり続けることは、今の社会に、二つの言語規範があるからです。ひとつは、ひとは音声言語では話すべきだ。もうひとつは、ある一定以上の流暢性が求められるということです)。
わたしは、一応自身の「吃音者宣言」を書いて「障害者運動」の出発点に立っています。けれど、深層心理的には「吃音の否定性」から抜け出せていません。この社会に存在する、言語規範がなくならない限り、完全に抜け出すことなどあり得ないと思ってもいます。                                                  
この映画をみて思い起こした思春期のトラウマのようなことをひきずりながらわたし自身が生き、そして若い「吃音者」が楽にいきられる社会作りというところで動き続けて行くことだと、わたしは思いを新たにしました。そこに至りついていない、「吃音者」にはちょっとつらい映画になっているかなとも思いますが、とにかく、とらえにくくなっている「吃音者」のことを知らしめ、そして新たな関係を築いていくことが、なんとなく感じられる良い映画ではとも思っています。


posted by たわし at 05:12| 映画鑑賞メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『季刊 福祉労働161号 特集:「感動ポルノ」――障害者は健常者に感動を与える存在』

たわしの読書メモ・・ブログ485
・『季刊 福祉労働161号 特集:「感動ポルノ」――障害者は健常者に感動を与える存在』現代書館 2018
この雑誌、積ん読していたもの集中学習の5冊目です。これでやっと現発刊に追いつきました。このような雑誌はだされてすぐ読むべき事ですが、まとめ読みしたおかげでとらえられことがあります。それは民衆の運動は、地道に積み重ねられているということを、それを繋げられたら、大きな力になるんじゃないということです。
今回は、新しい編集者を迎えて、かなり、刺激的な特集のタイトルです。「感動ポルノ」という言葉が一部「障害者」関係メディアで広がっているようなのです。これはわたしがかつて出した本の中で、差別形態論を押さえ、排除型、抑圧型と分ける中で、とらえにくい差別として「努力して障害を克服しましょう」という抑圧型の差別を押さえたのですが、その抑圧型の差別を、刺激的に言葉化したフレーズとも言い得ます。
「ポルノ」ということばについては、その表記にフェミニズムサイドから異論がおきることが考えられますが、「露出する」ということにつなげた言葉です。どこから出てきたのかの詳しいことは後述します。
「感動ポルノ」というときには、もうひとつ逆バージョンを押さえておかねばなりません。「障害者」に対する、差別の構造の中での「何々してあげるという」という構図の「美談」です。それは、「障害者福祉」関係の裁判の話にもつながって、現行の福祉の位置づけの問題にもつながっていきます。「障害者福祉」関係の裁判では、最高裁まで行くと、「権利としての福祉」か「恩恵としての福祉」ということでの争いになるのですが、結局、司法が立法府・行政府の裁量権の問題として判断を回避するという判例が積み重ねられています。「裁量権」という考え方自体が、三権分立が機能せず、「恩恵としての福祉」の枠組みに落とし込められる結果になっていくのです。この「恩恵としての福祉」もひとつの「感動ポルノ」なのです。そのようなことは、皇室メンバーの手話の表出にも現れています。それはイギリスの故ダイアナ妃も手話をやっていたことにもつながっています。要するに天皇制や王制が国民統合の象徴として機能していること、これは別の観点からすると、障害問題の政治利用で、これは手話のみならず、「恩恵としての福祉」の象徴としての赤十字社の総裁に「皇后」がついてきた、歴史ともつながっています。
誤解を生みそうなので、ひとこと書いておきます。それはボランティアということも「感動ポルノ」なのかということです。確かに公助、互助、自助という中で、公助を削って、互助としてのボランティアということの勧めは、「感動ポルノ」ですが、そもそもボランティアということは、「助けてあげる」式でない、下からの共同性の構築としてなされるときには、「感動ポルノ」にはならないと思います。むしろ、国が公助を削ることにより、民衆側から国家という枠組みから脱する共助の体制として、「もうひとつの世界が可能」になっていく途もあるのです。
「感動ポルノ」ということを巡って、この特集は、その端的な例としての、パラリンピックということで、つながっていっています。個別の文についてコメントしていきます。
今回は、切り抜きよりも、対話に重点をおいて。
見開き写真・文 特定非営利活動法人モンキーマジック「第4回 見ざるチャレンジクライミング−見えるひとも見えないひとも、聞こえる人も聞こえない人もパートナーと一緒にチャレンジ」
特集「感動ポルノ」――障害者は健常者に感動を与える存在か
好井裕明「文化・メディアにおける障害者表象をめぐって」
 好井さんは反差別論を展開しているひとです。二冊ほど著書を読んでいます。ひとつは、読書メモを書き始める前『排除と差別のエスノメソドロジー―「いま‐ここ」の権力作用を解読する』新曜社1991。もうひとつはブログ117『差別原論―“わたし”のなかの権力とつきあう』平凡社新書2007。著者はエスノメソドロジーの意識論のようなところで、差別の問題をとらえてきたひとです。
 今回は編集部から「総論」と「障害者表現の歴史的変遷」を書いてほしいと依頼されたとのこと8P、項のタイトルとして「はじめに」で総論的にまとめ、その後、映画からとらえた「障害者表現の歴史的変遷」を書いています。項のタイトルとして「奇異な存在、見世物として、憐れみ同情する存在として、障害者を描く」「頑張る障害者・克服される障害・リハビリこそすべてという了解を迫る」「障害者を「もう一人の他者」として描く」「オリンピック・パラリンピックの後、私たちは何を得ているのだろうか」
 で、映画についてのコメントとして論攷を進めているのですが、非「障害者」が「障害者」を演じる、監督が監督するということと、ドキュメント的に「障害者」自身が自己表出していくことは違うと思うのです。具体的な話として書くと、「さよならCP」の映画は、決して「奇異な存在、見世物として、憐れみ同情する存在として、障害者を描く」というジャンルに収められる映画ではないのです。ドイツの「障害者運動」にはクィアとして突き出しがありました。まあ、「障害個性論」そのものとは違うけど、それに通じる「異形とみられる」ことを意識つつ、それでも、「強力な自己主張を行」ったのです。たぶん、本人は違うというと思いますが、そのことこそが、異化する現実から、それから、何かを生み出していく、それが日常になる世界を作ろうとしたのだと思うのです。
 映画ということでは、私は「典子は今」という映画を押さえる必要があります。これは、むしろ当人は、努力する「障害者」ではなく、努力という側面もないことはないのですが、むしろ「手が使えないから足を使うだけ」のことなのですが、それでも「典子さんを見習って」というような言説が流布していきました。そのあたりの構造を押さえておく必要があると思います。
荒井裕樹「日本文学に描かれた障害者像――「がんばる健気な障害者」はどこから来たのか」
 この著者の本は、ブログ216『障害と文学―「しののめ」から「青い芝の会」へ』現代書館2011、ブログ393『差別されてる自覚はあるか: 横田弘と青い芝の会「行動綱領」』現代書館2017で、読書メモを残しています。ブログ209『福祉労働135』、ブログ215『福祉労働136』の二回に渡っての掲載論文「戦後障害者運動史再考(上)(下)―「青い芝の会」の「行動綱領」についてのノート―」にもコメントしています。ブログ264『現代思想2012年6月号 特集=尊厳死は誰のものか 終末期医療のリアル』青土社 2013に掲載の「生と死の<情念的語り>についての覚書」に対するわたしの短い紹介文。
「障害と文学」をテーマにして論攷を進めているひとです。とりわけ「横田弘論」的なところで注目しています。
さて、文学で「障害者」をとりあげることは、何かしらの異化をしているのですが、むしろ「障害者」が出てこない文学も問題なのですが、異化の仕方にはさまざまあり、ひとりのひととしてそこにいるというところまで、前論攷の好井さんがいう「障害者を「もう一人の他者」として描く」というところまで行くかどうかですが、まずは、自らがはっきりと異化させることがあります。でも、それをどのようなところで異化しようとしているのか、インクルージヨンの指向があるのかどうかの問題があります。著者は、心理的に描く、親として描くというところで分けているのですが、むしろ前者の、三島由起夫の『金閣寺』と、後者の大江健三郎の一連の息子をとりあげた小説の類比になるのですが、わたしは後者、背負うから抱く(同じ「障害者」親だった小説家の水上勉のテーマ)になり、それがインクルージヨンになっていくという、中身をとらえかえすことではないかと思っていました。
「注2」に「感動ポルノ」の説明があります。長くなりますが引用しておきます。「もともと「感動ポルノ」とは、オーストラリアのジャーナリスト、ステラ・ヤングの言葉である。日本では、Eテレビの情報バラエティ番組『バリバラ』が、日本テレビ系列の有名チャリティ番組『二四時間テレビ39 愛は地球を救う』終盤と重なる時間帯にぶつけて、「検証!<障害者×感動>の方程式」と題した生放送を行い、「二四時間テレビ」に見られるような障害者の描き方を批判したことで話題になった。この企画を精細に報じた『朝日新聞』(二〇一六年九月二三日付朝刊三三面)の記事「『障害者×感動』を問う――NHKの『二四時間テレビ』裏番組に反響」には以下のようにある。」/<番組では冒頭、豪州のジャーナリストで障害者のステラ・ヤングさんのスピーチ映像を流した。ステラさんは、感動や勇気をかき立てるための道具として障害者が使われ、描かれることを、「感動ポルノ」と表現。「障害者が乗り越えなければならないのは自分たちの体や病気ではなく、障害者を特別視し、モノとして扱う社会だ」と指摘した。>」34P
玉木幸則「「障害者×感動」の方程式の嘘っぽさ――日常の等身大の障害者とのギャップへの問題提起」
 NHKの「きらっと生きる」に抜擢されて、「「きらっと生きる」のような番組はなくなったほうかええ」と発言し、そこから「バリパラ」と展開していった過程など書いています。わたしも、「きらっと生きる」はときどき、ちらっと見ていて、違和を感じてとチャンネルを変えていました。頑張る「障害者」像とか、それと気持ちの持ち方を変える勧めのようなことに違和を感じていたのです。この著者も、同じような思いがあるようなところで、それでも、何か変え得ることがあればと「まだまだ、テレビなどのメディアでは、「頑張っている障害者像」「障害を乗り越える障害者像」を取りあげがちです。それによって、「障害のある人はこうでなければならない」とか「こうであるはずや」という勝手な思い込みを、障害のある人もない人もさせられてしまいます。そうなると、障害のある人は生きづらいです。ありのままで生きるよりも、「頑張って」「障害を乗り越え」ないととみんなに受け入れられないのではないかと思わせられてしまうからです。/『24時間テレビ』にしろ学校の福祉学習にしろ、これまであまりにも、障害のある人に対する偏った見せ方をしてきました。それを少しずつでも、障害をもった人のありのままの姿に戻していきたいです。そうすることで、地域で普通に暮らすことを再確認するというか、「ああ、こういう人も地域に住んではるんや」ということを知ってもらうきっかけになったらええかなと。/そのためにも、もう少し自分なりに伝え続けていきたいと思っています。」45Pと続けているようです。
矢吹康夫「アルビノは美しい」って言っちゃダメなの?
 これは異化と反転の弁証法(対話による深化)といわれるようなこと。わたし自身の体験として、「吃音」ということを正視できない、自らの「吃音を醜い」思っていたところから、「吃音者」他者の吃音を「美しい」と反転させ、車椅子の「障害児」を母親が車椅子をウィリーさせているのをみて、そこに「美」を感じる、反転させた体験から、そこからむしろ異化しないところに進みゆくこととしての弁証法を考えていました。もうひとつ論考を進めると、美は普遍化するものではなく、これを普遍化させると他の差別につながります。アルビノのミスコンの話が出てくるのですが、フェミニズムがミスコンを批判してきた歴史をとらえると、そもそも美ということをもう一段とらえ返す必要が出てきます。これが「感動ポルノ」批判というテーマとつながっていくことです。
岡崎 勝「オリンピックとパラリンピックを根本から問い直す――スポーツの現実を直視しても、感動しなければいけませんか?」
 頑張る「障害者」の象徴的存在がパラリンピックのアスリートたちなのです。
「パラリンピックは「障害者にもスポーツをする権利を」という権利拡張効果と同時に、スポーツの抱える問題も負っている。」54P
「近代スポーツの発展は近代からの産業社会の発展と同時期であり、共通した産業社会の枠組み(競争、合理化、効率化、数量化)をスポーツ的メンタリティとして私たちの中に埋め込むことに成功している。/だが、これは同時に人間の破壊を覚悟しなければならない。たとえば、ドーピング選手と摘発組織(WADA)とのいたちごっこが続いている「ドーピング撲滅」という主張は、その矛盾と無意味さに気づかなければならない。「ドーピングを撲滅する」ということがすでに矛盾に満ちている。」「オリ・パラスポーツは自分の身体を害してでも良い記録を出したい、勝利したいという欲望の集大成に他ならない……(後略)」55-6P
「競争原理による優劣をつけることを目的にしている以上、多くの問題も含んでいると言えよう。」56-7P
「撤去されたらしい「障がいは言い訳にすぎない」というポスターの表現はスポーツアスリートに課せられた命題であり、その後に続いた「負けたら、自分が弱いだけ」というのは現代スポーツのもつ「競争こそすべて」「勝利以外に価値はない」と貫徹されている価値の意思表示以外ではない。」57P
「オリンピックやパラリンピックは夢の中ではない。感動を演出され、ボーッと私たちがおもしろがってオリパラ観戦に熱中している間に、社会がよりすみにくくなっていないかということだし、スポーツ観戦が、「愚民政策としてのパンとサーカス」(古代ローマでは、民衆はパンとサーカスに関心が向き、国政に関心がなくなった)ユウェナリス『風刺詩集』より)になっていないか! という私たちの意識の問題なのだ。そして、こうしたオリンピックとパラリンピック興業のようなスポーツ競技大会の軽費は税金とボランティアと寄付でまかなわれ、協賛企業とIOCが「利益」をかっさらうのである。これをあなたは許しますか? という分かりやすい話である。」61P
北村小夜「パラリンピックでまき散らされるパラアスリート像は障害者理解を広げるか」
 分離教育反対の論陣を張ってきたひとで、軍国少女だった体験をとらえ返し、慈愛の象徴としての天皇制を問題にし、道徳教育批判を続けているひと。その立場からパラリンピックの問題性を描き出してくれています。
(橋本大佑)「高度な運動能力をもつパラリンピック選手と、そうでない障害者との間に、隔たりが生じている。」63P
「(道徳教育の)教科化は教科書の使用と評価を伴う。戦争をするには国民の逆らわない心と丈夫な体が必要である。教科化は学校が個人の道徳性を公的に判断する。健康増進法によって「体」が国家の管理下に入ったように「心」が国家に取り込まれようとしている。教科書はその主たる教材である。検定を通過し展示された教科書を見ると、どの教科書ももれなくオリンピック・パラリンピックにふれている。」67P
「(傷ついた)元兵士は生きる希望を新たにし、パラリンピック国内組織にとってはメダルを狙える優秀な人材の供給源になる。最も先進的なのは米国で、すでに戦争遂行のメカニズムに組み込まれているという。日本ではパラリンピックは福祉の問題になっているが、パラリンピックが同盟国の米国の戦争を正当化しかねない状況にあることも考えなければならないのではないか。」69P 
宮澤弘道「道徳教科書における障害者像――差別・偏見を助長する「特別の教科 道徳」」
 まさに「障害者」が道徳教育に政治利用されていく構図を描き出してくれています。
「混乱が予想された「特別な教科 道徳」の導入ですが、予想に反し現場では目立った混乱もなく、淡々と検定教科書を使用した道徳の授業が行われています。理由はいくつか挙げられますが、教員側の視点で考えると一番の理由は「意外に困らずに授業ができる」ということでしょう。「教科書が与えられ」「指導書があり」「ワークシートも用意され」「評価例文もできている」という四点セットがそろっていることにより、あまり深く考えることさえしなければ道徳の授業は簡単にできてしまうのです。/しかし、これは非常に怖いことでもあります。なぜなら、マニュアル通り進めることで、教科書の求める価値を無批判に子どもたちに押し付けることにつながってしまうからです。」70P
「道徳教育で描かれた障害者の三つの特徴−@登場する障害者は例外なく「いい人」A助けて「もらった」ときに卑屈なまでに感謝しているB障害を自分の力で乗り越える」要約71-6P
平野泰史「祭りの輪の外で――入所施設と地域交流の欺瞞とお仕着せの共生社会」
 津久井やまゆり園に子どもを入所させていたひとで、マスコミに出ていた、やまゆり園が発信していた「きれい事」の内実を暴き出して書き記してくれています。改めて、施設のもつ矛盾がとらえられるのです。ただ、そもそもそれほどの意識をもったひとが、なぜ、子どもを施設に入れたのかということをとらえると問題の根深さを感じざるを得ないのです。
川合千那未「分離と交流の狭間で生ずる交流のぎこちなさ――「クラスにいる障害者」から「共に学ぶ友人」へ」
 一緒にいるクラスと「特別支援級」を行き来して、とらえられた問題を書いています。その経験から、「全国障害学生支援センター」の運営スタッフとして活動しているひとです。
支援員の配置を希望したら、逆に初めて分離されたという話がでています。
「もし私と同じように授業内で部分的に参加できないことや難しいことがあったとしたら、できないことや難しいことはいったん置いておいて、その場で無理なく楽しんでできることを周りの人と一緒に探してほしいと考えている。」90P
小見出しで、進学につれての変化を書いています。
「教科によって場を分離されたことで生じた変化」で「私は中学校での人間関係の構築を放り投げることで自分を守ることにした。」91Pとあります。「必要な配慮はするが、他の生徒と同じ大勢の中の一人として扱われた高校生時代」では、「高校では教職員に「困ったことがあれば言うように」と言われ、私が発信したことに対して配慮や支援がなされた。」「同級生には私から積極的に話しかけ、障害のある人として認識されてしまう前に教室に当たり前にいる生徒として受け入れられた。」とあります。で、義務教育時代を振り返って、「「合理性のない配慮」が、他の児童・生徒から引き離されるきっかけとなり、子ども同士の関係作りの障壁となっていたのである。」93Pと書いています。さらに「友人関係で分離されることはなかったが、合理的配慮がなく、実験のゼミを選べなかった大学時代」と進みます。そして最後の小見出しとして「日常的に共にいることが「交友」のスタートライン」として、センターのスタッフになっての、後輩への提言を書いています。「私は、その選択の過程で、障害学生が、通学手段や家からの距離、親を含めた支援者たちの思いをくみ取り、考慮しすぎてしまい、支援者たちにとっての支援のしやすい学校(例えば、親の送迎が可能な立地であること、介助者の派遣・入校を許可している学校など)を希望してしまう可能性を危惧している。本来は、障害学生自身が進学先で何をやりたいか、そこに進んだ自分をイメージして、充実した学校生活を送る姿が浮かんでくるか等の主体的な理由によって自由に選択可能でなければならない。/加えて自分が選び取った学びの場において自ら培った人間関係は、与えられた場において、他の者によってもたらされた関係よりも強い結びつきとなる。それを繰り返していくなかで、多様な人と交流し、視野を広げながら成長していくのだから、大学進学前まで分離された環境にあって、大学進学を機に、いきなり開かれた環境に飛び込むよりも、初めから共に学ぶことが当たり前のこととして認識され、強制的な分離に怯えず、誰もが学べる環境にあることが望ましい。/私は、分離された中での交流も、共に学ぶ中での交友もしてきたが、「交流」しただけでは、その時間を過ごすだけに終わってしまう。日常的に共にいることが「交友」へのスタートラインとなるのである。これから学ぶ方々には分離や統合について意識せず、自分が好ましいと思う場で学習し、様々な人と出会い、大切に感じられる人間関係を築いてほしい。」94-5P
鶴園 誠「【コラム】「格闘技やってます!」をフックに障害者レスラーが伝えたいこと」
「障害者プロレス」を「障害者文化」のひとのようにとらえるひとがいて、やっているひとたちにも、そういう突き出しがあります。そのような話が出てくると、わたしは湾岸戦争の時にアメリカの女性団体が「女性兵士を前線配置しないのは、差別だ」と主張していたことを想起します。差別ということを考えていくと、格闘技系には相容れない感性が、わたしにはあり、またそもそも、スポーツの勝ち負けというところにも、さらにはゲームの勝ち負けという世界からも、降りる指向が出てきたのです。わたしの場合は、将棋の勝ち負けの世界もいやになりました。実は、表層意識的にはそうなったのですが、テレビをつけて作業をしていて、戦争映画の戦闘シーンやヤクザ映画の殴り込みのシーンなどで、つい見入ったりしていて、また、ついつい他者と競い合うような気持ちがわいてきたりして、子どものときからの身につけてしまった競争意識や心の奥底の暴力性などに、ふと、身震いすることがあります。そういうことも含めての、反暴力・反差別なのではないかと思ったりしています。
 誤解をうみそうなことを書いているので、書き置きますが、ゲームの中には、自らを磨くという内容があるわけで、そこで「できるようになりたい」ということを否定することではないのです。ただ、「できるべきだ」という論理にそれがすり替わっていくことを遮断したいというのが、「障害者」の立場での思いなのです。
桂 福点「【コラム】 言葉のいと」
 落語家としてことばに関わっているところからの論攷です。
「最近「感動ポルノ」という言葉が話題になってますな。・・・・・・これは二〇一六年の夏にNHK Eテレの番組『バリバラ』が日本テレビの『24時間テレビ 愛は地球を救う』の障害者の取りあげ方に対してぶつけてきた言葉でした。」「そういった番組作りのあり方と同時に、それを見ている側の姿勢に疑問を呈した意味深い表現でした。」「義援金の箱をもってニコニコしているタレントさんの表情や立ち振る舞いに「施してやっている」という優越感のようなものを感じるようになりましたな。いわゆる「感動ポルノ」の言葉が示すような、やたらに涙を誘う演出が引っかかるようになったんでしょうな。」「二四時間の愛で地球が救えたら世界の宗教戦争はなくなるで、と思ったりしとりました。」101P
「笑いというものの素晴らしさと危険性は紙一重だと見てます。」「表現のTPOと言うべきですかいな、番組作りでも福祉の世界でも、互いのことをどれだけ想像できるかが大切やと思てます。相手を知ろうとするその姿勢の中に、ホンマの意味で温かな微笑みと笑いが生まれるんとちゃいまっしゃろか。」103P
インターチェンジ 交差点  
押部香織「教室の窓 共に学び続けるために」
「就学時健診」の話です。
「そもそも、就学時健診自体が「障害者基本法の改正により、本人・保護者の意向を可能な限り尊重すること」という中教審の報告に矛盾したものになっており、子どもや親の教育を選ぶ権利を侵害していることであると考えます。」104P
「近年、就学時健診時の保護者面接において、「支援学級を希望したい」という保護者の申し出が多くなっているように感じています。」その理由@「集団生活では、子どもが指示を聞き逃したり、他の子どもと一緒に行動できないのでは」という不安→応答「以前、就学指導委員会において「特別支援学校への就学が適当である。」とされていた子どもを三三人学級で担当していたとき、その子ども自身が友達の様子を見たり、友達がその子どもをサポートしたりして学校生活を「共に」過ごしていました。このことからも、子どもたちにとって障がいの有無は関係ないことを実感することができました。」A「特別支援学級できめ細やかな指導を受けたい。」→応答「集団における学習の機会が少なくなります。また、支援学級で小集団での活動に慣れてしまった結果、自ら集団の中に入っていくことを拒み、学年への所属感が薄くなってしまうのを何度も見てきました。」「それではなぜ、そのようなリスクがあるにもかかわらず、支援学級への乳級を考えてしまうのでしょうか。」→「おそらくその背景には、教員の理解不足が考えられます。・・・(中略)・・・・・・・障がいに対する理解ではなく、子ども一人ひとりに対する理解が必要なのです。」105P
実方裕二「街に生きて 反面教師」
 前回に登場したいろいろなことをやっているひと、出会いの中での偏見的なことが相手から出てくることに対して、ひとつひとつ対応していっているひと、その存在がひとつの運動になっているひと(これは運動人間のわたしの勝手な見方かもしれません)、今回は、「生活お見合い」のことを書いています。わたしも一度参加したことがあります。
「ゆうじ屋を始めてケーキを売り回るようになり、「ケーキを買ってもらう」ことと、ケーキを通して重度ショウガイシャである私と付き合うなかで、「言語ショウガイがあっても、聞く耳をもてば会話できるんだな」といろんな人に感じてもらえています。やっと生活と運動が合致してきています。「生活お見合い」はそんな生活面での模索しているところや、自分の苦手なところ、自分の醜く差別的なところ等をさられだして、突き合わせていく場です。」107P
芝木捷子「保育所の庭 障がい児と共に」
「どのような子どもも、教育を受ける権利がある」ということで設立され「障がいのあるこどももない子どもも、一緒に保育にNSA化するという園」の理事長。いろんなその幼稚園の歴史を書いています。
佐藤陽一「施設から ホームN通信・四回目の誕生日@」
児童自立援助ホームのホーム長のひと。春になったら、中学を卒業してやってくるいろんな子どものことを書いています。「自立のための「依存先」の一つになれた瞬間だった。」ということばが印象に残りました。今、「障害者」関係者では、「自立とは依存先を増やすこと」ということばが広がっています。
障害学の世界から 第八十一回
長瀬 修「障害学国際セミナー二〇一八――台湾で「遊び」を論じる」
前回まで「障害者権利条約中華民国(台湾)初回報告総括所見」の連載が「資料」で続いていたのでこのコーナーはお休みになっていたのですが、復活したようです。外国の情報に疎いわたしにはとてもありがたいのです。
今回は「東アジアにおいて唯一の障害学の定期的な研究交流の場として、毎年開催される障害学国際セミナーがある。英文名称では、East Asia disability Studies Forum(東アジア障害学フォーラム)であり、こちらの方がより正確に「名は体を表す」のかもしれない。」というところで、その紹介です。
「開始された二〇一〇年時点では、日韓の障害学の連携を目指し、Korea Japan Disability Studies Forumだった。実際、日韓で交互に開催を続けた。韓国側は韓国障害学フォーラム、日本側は立命館大学生存学研究センター(立岩真也センター長)が主体となった。当時は立命館大学院生で現在は光州大学教員である鄭喜慶(ジョン ヒ ギョン)さんをキーパーソンとして(二〇〇三年に日本で)開始された。」「東アジアの学会レベルで見ると二〇〇三年に日本、二〇一五年に韓国、そして二〇一八年六月台湾でそれぞれ障害学会が設立されている。」112P
障害者の権利条約とアジアの障害者 第三十二回
中西由起子「権利条約の政府報告F 第二十四条 教育」
教育の問題は、日本政がインクルーシブ教育だと言いつのり原則分離教育をまだ続けていて、国連の人権委員会から繰り返し勧告を受けていること。そのようなところで、その日本と対比的に「アジアの「障害児」教育」に関する報告・論攷をすすめてもらったら、ありがたかったのですが。いつもの・・・
季節風
栗原 久「不適切算入問題を機に、公務労働における障害者雇用を考える」
「障害者雇用率の不適切算入問題は、国・地方併せて七七〇〇人もの「水増し」が明らかにになる事態になった。」というところで、この問題を掘り下げて論攷しています。
片岡次雄「吹田市の「塩田裁判」報告――成年後見制度の欠格条項で失職」
表題にあるように、成年後見人制度で「保佐」の審判受けたことで、欠格条項にあたると雇い止めを受けて失職したという信じられない話です。
矢作美恵子「キャッシュカードは突然に――言葉でコミュニケーションしない人の意思確認とは」
本人の意思確認の問題でキャッシュカードの再発行の手続きができない、スムーズに進まないという、制度の不備の問題。どうして、いろんなひとがいるということを考えて制度設計できないのか、という問題です。
社会を変える対話──優生思想を遊歩する 
結城幸司×安積遊歩「優生思想を超えていく仲間として 〜アイヌ民族〜」
 北海道の手話言語条例制定時に、言語保障の問題から、アイヌ語とそこから波及してアイヌのひとたちへの補償が問題になっていたようです。
遊歩「私は、優生思想というのは、障害をもつ人だけでなく、人種や民族にかけられた差別でもあると思っています。」122P
結城「一九九七年に北海道旧土人保護法がアイヌ文化振興法に入れ替えられて、アイヌということで身分や教育の上で差別してきたことをはっきりすることなく、アイヌ=アイヌ文化とだけ強調されるようになってしまいました。」122P
結城「ニュージーランドはマオリの人たちに対する謝罪が今も部族ごとに行われているし、オーストラリアでは一九八〇年代に「ジェネレーション・アイムソーリー」というアボリジニの人たちに対する謝罪が行われました。お金の心配をしなくてもよくなったことは大事なことではあるけれど、それよりも私たちは勝手に「旧土人」にされ、想像力を奪われ、その上で日本人たちの勝手な仕方で徹底的に封じ込められた。そこの根源に対する謝罪を政府がしないと新しい時代は来ないわけです。そこが核だと思います。」123-4P
結城「旧土人学校では、日本人以上に優秀になってはいけないということで、数年遅れた授業をされたそうです。」124P
遊歩「結城さんは、おばあちゃんから伝えられた神話の世界と、お父さんがされていたアイヌ解放運動の間で、今はアイヌアートプロジェクトを立ち上げ、三十人近いメンバーで活動されています。」126P
結城「この平等になった世界の中で、地球人たちは、宇宙人をやっつけろとは言わないんだよ、もっと良い世の中をつくろう、違う文化でいいんだから、新しい文化をつくろうよと言うことができるんです。どっちかを無視し続けることもできないし、ずっと宇宙人を恨み続けるのは、僕のエンジンではないので、この話で想像力を取り戻して欲しいと思っているのです。」126P
現場からのレポート
大谷恭子「保護者の意向に反して特別支援学校を就学強制できるか――川崎医療的ケア児の就学裁判から」
 川崎で医療的ケア児が入学を拒否されたというところで起こした裁判に至るまでの経過、問題点を押さえる作業を弁護士(この裁判の担当弁護士は?)の大谷さんが書いています。
「障害者権利条約(以下、権利条約)を批准する直前であった二〇一三年九月、批准のための国内法整備の一環として、学校教育法施行令が改正された。我が国の障害のある子の義務教育の就学先決定は、障害の種類と程度によって原則分離別学としており、これは明らかにインクルーシブ教育に反するからだ。そして、保護者及び専門的知識を有する者の意見を聞いたうえで、障害の状態、必要な支援の内容、地域における教育体制の整備の状況その他の事情を勘案して「総合的に判断」すると改正され、同日発表された通知によって、保護者の意向は可能な限り尊重するとされた。これによって、原則統合とすることまでは認めなかったものの、「可能な限り」とはいえ保護者の教育(学校)選択権を保障したものととらえられた。」127P
「教育委員会の執拗な説得や無理解な専門家も多いなか、これらがどこまで保障されるのか危惧されていたところ、本年、まさにその危惧が現実となり、保護者が地域の学校への就学を希望したにもかかわらず、地区別支援学校に措置されてしまい、裁判で争わざるを得ない事態となった。」127P
「原告は、医療的ケアを要する六歳の男児・和希君とその両親。被告は川崎市教委と神奈川県教委(訴訟上は市と県)。生まれつきの疾患を有していた和希君は、病院退院後は同世代の子とのかかわりの中で共に成長すべく、幼稚園で学び、地域の小学校への就学を楽しみにしていた。」128P
「ここで明らかになったことは、教育相談が不十分であったこと、市教委の専門委員である医師が「支援学校適」と判断したこと、和希君の主治医の意見を聞いていないこと、合意形成の努力がなされていない等々であったが、市教委は以下のことを繰り返し述べた。@和希君の教育ニーズを満たすには専門的教育が必要、A安全な学校生活の観点から特別支援学校が適する(要旨)。/結局、県教委の助言にもかかわらず、合意形成に至らず、二十六日、市教委は県教委に学齢簿謄本を送付し、二十八日、県教委から県立特別支援学校の学校指定がされた。」128-9
この後「裁判の争点」から、裁判の準備書面の要約的な文になっています。一連の文なっていて、切り抜くことが困難なので、関心のあるかたは、本を読んでください。
山本勝美「優生保護法下の強制不妊手術問題に挑んで――最前線からの報告(その二)」
(その一)と書かれた文ではなかったのですが、今に焦点になっていて、補償の超党派の議員連盟も作られ、連載になったようです。
 最初に「優生保護法と優生手術の歴史」で、ナチスドイツの「断種法」やT4計画にふれ、戦後の優生保護法が議員立法で作られたこと、「優生保護法は、その後の「改正」により、遺伝性疾患以外の重度の精神・知的・身体障害のほか、ハンセン病患者もその対象とされました。しかも本人・保護者の承諾を得なくとも、「欺罔」を使ってでも手術強制できるとした結果、ナチスの断種法、戦前の国民優生法を大きく上回る数の人に、不妊手術と人工妊娠中絶を強制しました。」「国は「優生手術は厳格な法的手続きに従って実施されてきた」とくり返し、合法性のみを強調してきました。この回答は実は「優生保護法は議員立法であって、行政府に責任はない」との言い逃れなのです。/現在、札幌、仙台、東京、大阪、神戸、熊本の六地裁で総勢一三名の被害者が国を相手に提訴しています。このように国賠訴訟の動きが広がった背景には、ほとんどの都道府県に国賠訴訟全国弁護団のネットワークが張られたことや、被害者が名乗り出るための全国一斉ホットライン(電話相談)の取り組みがあります。そして本年五月十七日には札幌、仙台(二人目)、東京で、九月二十八日には仙台、大阪、神戸の三カ所で一斉提訴がされました。」139P
「最年少の被害者は、当時九歳の男女」142P
「厳格な法手続に従い」と言ってことが、そうではないはっきりした事例が出て、「この事実が公表されて以来、二度と聞かれなくなりました。」142P
与党のワーキングチーム(WT)と超党派のプロジェクト・チーム(PT)が作られています。142P
八幡隆司「災害大国日本、なぜ障害者の支援は進まないのか?」
著者は阪神淡路大震災のときに活動し、NPO法人ゆめ風基金災害支援に当たっているひとです。
「今年(もう昨年)六月に大阪北部地震、七月に西日本豪雨、九月に台風二一号が大阪を襲い、その後すぐに北海道で大地震が発生しました。」145Pで、文が始まり、いろいろ活動状況を報告しています。「真備町の多くの人は自宅一階部分で亡くなっています。二階への避難ができなかった人が障害者・高齢者に多くいます。」146Pと避難弱者の問題を取り上げています。「ダムの放流のタイミングや避難指示の出し方について問題がなかったのかを現在検証中です。みんなが寝ている時間帯の防災無線、豪雨の中のスピーカーでの呼びかけで本当に住民が避難できると思ったのでしょうか?」148Pと、災害時の避難弱者の問題をきちんとおさえていない人災としての性格をとらえています。「台風に備えたヘルパーの派遣体制」149P、停電時の人工呼吸器の稼働問題、「避難行動要支援者名簿」の問題など、災害時の課題を出しています。あらためてきちんと整理していく必要があるのだと思います。
論文
木本 明「生活保護制度とその運用の在り方に対する問題提起――ニュージーランドの社会保障制度との比較から(下)」
 二回に分けた論文の(下)です。生活保護の受付にいた立場から、制度の問題点を出してくれています。
 くり返しでてくるのは、@生活保護の決定と金銭給付の担当A「自立助長ケースワーク」を担当B不正受給の防止や罰則の適用の担当、ということをひとりの担当者が担うことで起きてくる問題です。韓国は同じシステムのようですが、ここで挙げているニュージーランドを始め、イギリス・・ではちゃんと役割をわけているよう、でも、日本の縦割り行政ではきっと問題もでてくるのでしょう。今、少女への父親の虐待殺害事件が問題なっていて、母親へのDVと児童虐待が担当部署が違うことによって総体的にとらえられないことを指摘しているひとがいました。問題は、生活保護を水際で抑止しようとする、そもそも生活保護がなんたるかを押さえられない政治にあるのだと思います。この議論は、ベーシックインカムや基本生活保障の運動につなげていくことですが、三つの役割を分けるということも過程的には必要になっているのだとは言えるのだと思います。そもそも福祉とは何かというとらえ返しや、近代の人間観、世界観まで問題になっていくことだとわたしはとらえています。
最初に項を記し後に切り抜きメモを書きます。わたしは注目すべき文に鉛筆で線を引きながら読んでいて、この文には、かなり引いているので、切り抜きがむずかしく、本文を読んでください。というところなのですが、特に注目すべきところを切り抜いてみます。
「五 生活保護制度運用の実際の問題点」
6点あげています。
@ 業務の加重負担
A 社会福祉の専門性の欠如
資格要件を軽くして「三科目主事」をおいたことなどによる専門性が欠如している事態
B 「自立助長ケースワーク」の一律適用の誤り
C 生活保護運用制度利用の「適格性(Eligibility)」の管理運用と「自立助長ケースワーク」と不正受給の防止の矛盾
「「自立助長ケースワーク」と不正受給の防止は、明らかに、両立しない関係にあり、生活保護制度の利用者にとっても制度の運用者にとっても、それぞれの位置を根底から揺さぶられる両立のし難い矛盾になっている。」155P
D 非対等な関係を前提とする「自立助長ケースワーク」の矛盾
「生活保護制度の利用者と生活保護制度運用従事者の関係は全く対等な関係とは言えず、「ソーシャルワーク」の基本を欠いている。」「「公的扶助と結びついたケースワークは必ず対象者の人権を侵害する」(岸勇氏の指摘)ことから、生活保護制度運用に際して餓死者が出たり、「水際作戦」の横行や、生活保護制度運用従事者による生活保護費の横領やセクハラ行為が実際に行われている。」155P
E 一般扶助主義のスティグマの強さと制度利用申請の難しさ
「ニュージーランド、イギリスでは、家賃の支払い困難に際しては「住宅手当給付(Accommodation Supplement)」、障害による生活困難に関しては「障害者給付(Disability Allowance)」を利用するというように、様々なカテゴリー別の社会保障給付(Benefits)を、社会手当方式で実施している。」「ニュージーランド、イギリスのカテゴリー別の「貧困」状態の手前の段階での社会手当方式による社会保障給付と、日本の「貧困」状態に陥ってからの制度利用では、後者のスティグマがより大きくなることは明らかである。」「日本の生活保護制度では、制度の発足から七十年近くが経過するのに、スティグマ軽減の工夫、資産調査の簡素化の措置も取り組まれていない。さらに厚生労働省は四五年間も生活保護制度の捕捉率を公表しなかった。こうした状況では、スティグマの強さと制度利用申請の難しさの改善は行われていない。」156P
「六 一九九三年の「福祉川柳」事件」
「一九九三年六月に、全国公的扶助研究会の前身の「公的扶助研究会全国連絡会」の機関誌『公的扶助研究』が、「第一回福祉川柳大賞」として福祉事務所の生活保護制度運用従事者による「福祉川柳」を掲載した。」156-7P利用者を揶揄する川柳で、「障害者」の間でも問題になって、編集者を呼んで対話がありました。
「七 厚生労働省と全国公的扶助研究会」
(小山進次郎)「最低限の保障と共に、自立の助長ということを目的の中に含めたのは『人をして人にたるに値する存在』たらしめるには単にその最低生活を維持させるというだけでは十分ではない。」158P・・・ナチスの「生きるに値しないいのち」の抹殺と発想が同じ
(厚生労働省の通知「平成十七年度における自立支援プログラムの基本方針について」)「すべての被保護者は、自立に向けて克服すべき何らかの課題を抱えているものと考えられ、・・・」159Pこれに対して著者は「厚生労働省の生活保護制度の利用者に対する「特別視」或いは「不遜さ」はどこから来ているのであろうか。」160Pと書いて、次項につなげています。
「八 「岸・仲村論争」
仲村健一さんが前出の小川理論と共鳴しつつ自立論を展開していて、それを岸勇さんが、「公的扶助と結びついたケースは必ず当事者の人権を侵害する。」という観点から批判しています。
岸さんが仲村さん批判の中で、小川さんの言説を引用しています。「凡そ人はすべてその中に何等かの自主独立の意味において可能性を包蔵している。その内容的可能性を発見し、これを助長育成し、而してその人をしてその能力に相応しい状態において社会生活に適応させることこそ、真実の意味において生存権を保障する所以である」161P・・・これは、今、「障害者」の中で広がっている自立論--「自立とは依存先を増やすこと」や竹内章郎さんの「能力を個人がもつものと考えない」というところから批判していく必要を感じています。
「九 生活保護制度運用従事者への裁量権限の集中と一二三号通知」
「実際には、三二・一%という低捕捉率を引き上げていく姿勢は示していない。むしろ「生活保護バッシング」を背景に、生活扶助の根拠なき切り下げを行う状況にあって、これ以上、生活保護制度が所得保障の最終的なセイフティネットとしての役割の放棄を続けることは許されない。」「金銭給付の実施に際する「適格性(Eligibility)」審査の運営管理業務を、「自立助長ケースワーク」と意図的に混在させ、金銭給付の権限を背景に実施される「自立助長ケースワーク」を「ソーシャルワーク」であるとする理解を促し、挙句、この国の「ソーシャルワーク」理解の在り方までを混乱させてきた、生活保護制度とその制度運用の特異性が、実は厚労省のいう「保護の適正化」=「保護の引締め」=生活保護制度の所得保障制度としての最終的なセイフティネットの役割放棄のための巧妙な「仕組み」になっていることである。」164P
「十 ニュージーランド社会保障給付(Benefits)制度とその適用」
本文の中ですでに少しずつ引用されてきたのですが5点項目を挙げて書いています。これは著者が書いてきた日本の三点セット批判になっています。@ケースマネージャーのサービスセンターAケースマネージャーの役割B求職関係の担当者(Employment co-ordinators,Work brokers)の役割Cソーシャルワーク援助者(Partners)の役割D不正受給の防止・罰則適用を担う調査担当者(Investigater)の役割
「十一 生活保護制度とその運用の在り方に関する提案」
著者の論攷をまとめた提案で、3点の項目で出しています。
@ 日本の特徴=担当者への役割の集中
A 生活保護制度運用従事者としての実感
(桜井啓太)「『自立って口やかましく言われない権利』とか『寄り添われたりつきまとわれたりしない領域』のことをそろそろ真剣に考えないといけないと思う。人の尊厳を語るのだったら、『放っておかれる権利』や『愚行権』って必要なこと』171P
B 生活保護制度とその運用の在り方の改善の提案
これは7点出しています。「(@)生活保護制度運用従事者の専門性の欠如を解消すること(一般的行政事務職員の短期間配置から福祉職職員の配置へ)/(A)業務の過重負担を解消すること/(B)「自立助長ケースワーク」の一律適用を改めること/(C)敷居の高い一般扶養主義のスティグマの強さを解消するためにカテゴリー別給付として社会手当の要素を強めること/(D)国庫負担を一〇〇%とすること/(E)国籍要件を外すこと/(F)生活保護制度運用従事者に上記@・A・Bの役割を全て担わせる運用の在り方を改めること」171P
最後のまとめ的文「「なぜ困っている人を助けなければならないのか?」という問いに対して、「私もあなたも他の会ったこともない誰かも、誰も自己完結などしておらず、他者があって私がいる」(桜井)と明確に答えられるような、「自立助長」、「自立援助」に偏らずに、ナショナル・ミニマムを実現する社会保障制度へと、生活保護制度とその制度運用を変革していくことは喫緊の課題である。」
「注18」で、岸勇著/野本三吉編『公的扶助の戦後史』明石書店からの引用「資本の論理が支配する資本制国家においては、救貧制度は、その形態がいかに変わろうと、その非民主主義的本質は基本的に変わることはないだろう。」175P・・・資本主義が資本主義である限り、スティグマの貼られない生活保護制度はあり得ない。恩恵としての福祉から抜け出せない。
[※要約するに当たって、数字の記号を変えています。また、引用では、傍線など省略しています。]
編集後記
新しく入った編集スタッフの文です。『五体不満足』を書いた乙武さんが、「乙武クン」とか呼ばれ、また感動ポルノの共犯者であると同時に一番の被害者になっているという指摘をしています。


posted by たわし at 05:07| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『季刊 福祉労働160号 特集:地域で暮らす足場としての住まいの問題』

たわしの読書メモ・・ブログ484
・『季刊 福祉労働160号 特集:地域で暮らす足場としての住まいの問題』現代書館 2018
雑誌積ん読していたもの、集中学習の4冊目です。
 住まいの問題、これは貧困の問題とつなげて民衆のネットワークの基底的な課題、わたし自身一時的にホームレスになった経験がなんどかあり、また60歳近くになってアパートの取り壊しで引っ越しするときに、いろいろ策を労してギリギリ軋轢なくすべりこんだのですが、もう一回、引っ越しになると、これは大変なことになると思っていたりしました。で、そのことも含めて、当事者的な立場も含んで、草の根の運動に関わる、創り出すことなのですが、からだが四つか五つほしいと思っている情況です。現実におきたときに、あわてて動いていくことになるのかなと、いつも後追いになってしまうことに内心忸怩たる思いを抱いています。

見開き写真・文 木下 努「名古屋城木造天守にエレベーター設置を!」
 名古屋城を木造で改築しようという中で、エレベーターを付けないで、代替え案でと出ているのですが、車いす使用者でもいろんなひとがいるということを理解出来ない空論になっています。今、運動が起きていて、それを紹介してくれています。
特集:地域で暮らす足場としての住まいの問題
稲葉 剛「日本の「住まいの貧困」問題」
 著者は、生活困窮者の支援に関わってきたひとです。この草の根の運動は他の運動と結びついていくと国家の枠組みを超えた運動になっていくのではという思いをいだきました。
 さっそく切り抜きです。
 「全国のホームレス数は二〇〇三年の二万五二九六人(厚生労働省調査)をピークに、減少に転じていくことになる。今年一月の調査では四九七七人と、初めて五千人を割り、ピーク時の五分の一まで減少したことになる。」9-10P、ただし、「(東京工業大学の研究者と学生を中心とする市民グループ「ARCH」が)二〇一六年から二〇一七年にかけて実施した「東京ストリートカウント」では、東京の中心部の一一区において一四一二人のホームレスを確認できたという。これは二〇一六年八月の東京都調査において同エリアで確認できた人数(五六二人)の約二・五倍にあたる。」10P、さらに「路上生活にはいたっていないものの、ネットカフェや友人宅など「路上生活一歩手前」とも言える場所で寝泊まりをしている生活困窮者の相談が増えていったのである。」11P、「今年一月二十六日、東京都はネットカフェなどで暮らす「住居喪失者」、いわゆる「ネットカフェ難民」の実態調査の結果を発表した。それによると、都内のネットカフェ、漫画喫茶、サウナ、カプセルホテルなどをオールナイト利用している人のうち、住居を喪失しているか、喪失するおそれがあると見られる人は約四千人。年齢別には三十代が三八・六%と最も多く、二十代(一二・三%)を合わせると、若年層が全体の半分を占めていた。「住居喪失者」平均月収は一二万円。お金がないときには路上生活をしている人も四三・八%もいて、かなり厳しい暮らしぶりがうかがわれる。」14-5P
(高齢者への入居差別)「高齢者の入居に拒否感をもつ家主の割合を現在の六割から二〇二〇年度までに半減させる、という目標値が掲げられた/この「六割」という数値は、公益財団法人日本賃貸住宅管理協会が二〇一〇年十一月に実施した「高齢者の入居に拒否感のある賃貸人の割合が五九・二%にのぼる」という調査結果に由来していたが、皮肉なことに「中間とりまとめ」が発表された後の二〇一五年十二月に実施された同様な調査では、「拒否感ある賃貸人の割合」が七〇・二%までに上昇してしまった。」15P
(障害者への入居者差別)「高齢者同様、厳しい入居差別にさらされているのが障害者である。前述の日本賃貸住宅管理協会による二〇一五年の調査結果でも、障害者のいる世帯の入居に「拒否感がある」と答えた賃貸人の割合は七四・二%にのぼっている。二〇一〇年調査では五二・九%だったので、五年間で二一・三%アップしてしまったことになる。」16P
「障害者差別解消法が施行されたことにより、こうした「明文化された形での入居差別」は今後、なくなっていくと思われる。だが、本当に障害者は民間賃貸住宅に入居しやすくなるのだろうか。法律の効果により、「明文化された形での入居差別」は根絶されるだろうが、「明文化されない、明示されない形での入居差別」はなくならないのではないか、と私は懸念している。」17P
「こうした「住まいの貧困」を解消するため、私は二〇〇九年、生活困窮者支援や住宅運動に取り組んできた関係者とともに、「住まいの貧困に取り組むネットワーク」を設立し、住宅政策の転換を訴える社会運動を展開してきた。そして、私たちの働きかけもあり、二〇一七年四月、住宅セーフティネット法が国会で可決・成立した。」18P「だが、この「新たな住宅セーフティネット制度」は課題山積である。空き家の登録制度は二〇一七年十月にスタートしたが、制度開始から約九ヶ月が経過した時点(二〇一八年七月二十六日時点)で、全国の登録数は一二四件、一四〇戸にとどまっており、国土交通省が掲げる「二〇二〇年度末までに一七万五千戸の登録住宅をつくる」という目標達成にはほど遠い状況にある。」19P
「「住まいの貧困」の解消に向けた動きがなかなか進まない背景には、社会に根強い自己責任論がある。」19P「このような自己責任論は、貧困対策全般のブレーキ役になっているが、特に住宅問題については、「住まいの確保は個人の努力行うべき」という社会意識が強いと私は感じている。政府の責任に関する大規模な社会調査では、「住宅の提供」を政府の責任と考える人は三九・七%(二〇一〇年)にとどまり、「医療」(八六・四%)「失業者の生活保障」(八〇・七%)の半分以下となっている。/私は以前から「日本における住宅問題の位置づけは、アメリカでの医療問題に似ている」と指摘してきた。健康の維持を自己責任と考え、公的な医療保険制度の導入に批判的な人が多いアメリカ社会は、私たちにとっては奇妙な社会に見える。しかし、その私たちも住宅については自己責任論を疑問に思わない傾向にある。こうした現状について、今年七月に亡くなられた早川和男神戸大学名誉教授は、「日本人は住宅に公的支援がないことに疑問を感じない。マインドコントロールにかかっているようなものだ」と指摘されてきた。」20P
東條 旭「新たな住宅セーフティネット制度について」 
著者は国土交通省の役人です。「住宅確保要配慮者」の問題の論攷です。こういう言い方
自体が、「自己責任論」になっていると思うのですが。
「「住宅確保要配慮者」とは、高齢者、障害者、子育て世帯など、住宅の確保に何らかの支障があり、配慮が必要な方々のことをいう。この住宅確保要配慮者は今後増加していくことが見込まれており、例えば、単身高齢者は今後一〇年間で約六百万世帯から百万世帯増加し、七百万世帯になると予想されている。」21P
「住宅セーフティネットの根幹である公営住宅については、依然として応募倍率が高い状況にあるものの、ストックの状況は、二〇〇五年の二一九万戸から二〇一四年には二一六万戸に減少しており、今後も大幅な増加は見込めない状況にある。/一方で、民間の空き家。空き室は、総務省の住宅・土地統計調査によると、二〇〇三年の六五九万戸から、二〇一三年には八二〇万戸と増加傾向にあり、今後も増加することが予想されている。」21-2P
「賃貸住宅に入居する際には、以前は賃貸人から連帯保証人を求められることが一般的であったが、近年は高齢者の単身世帯の増加や人間関係の希薄化などを背景に、家賃債務保証会社の保証を求められるケースが増加している。」22P
「新たな住宅セーフティネット制度は、/@住宅確保要配慮者向け賃貸住宅の登録制度/A専用住宅の改修や入居者への経済的な支援/B住宅確保要配慮者に対する移住支援/の三つの大きな柱から成り立っている。」22-3P
「住宅確保要配慮者の範囲は低額所得者、被災者、高齢者、障害者、子育て世帯と法律で定められている。」「これらに加えて、省令において、例えば、外国人、DV被害者、生活困窮者等が定められている。さらに、地方公共団体が供給推進計画を定めることにより、住宅確保要配慮者を追加することができ、例えば、UIJターンによる転入者などを追加することが想定される。」23P
「家賃債務保証業者や居住支援法人が、登録住宅に入居する住宅確保要配慮者に対して家賃債務を保証する場合に、住宅金融支援機構がその保証を保険する仕組みも創設された。」27P
岡山祐美・高橋慎一・土田五郎「住まうことの手前にあるもの――重度身体障害者と住まいの問題」 
 自分が困った経験から他者支援に入ったひと(岡山さん)、JCILの運動から住宅支援の運動に関わってきたひと(土田さん)との対談と、そのまとめ(高橋さん?)
岡山「私も土田さんの活動のすべては知らなかったのですが、ご自分の生活の必要に根ざして、具体的に改善させてこられていますね。すごいです。」
岡山「不動産会社は不当な理由で住宅斡旋を断ってはいけないということが、障害者差別解消法の対応指針に明確に書かれています。しかし管理会社にはそのような法律の適用がないことがわかりました。不動産会社からしたら、管理会社から物件を紹介してもらえなくなったら困るので、管理会社には強く言えません。これでは差別をやり放題だと思いました。」33P
運動の課題「日本の住宅政策は、持ち家中心施策であると言われる。他の先進国と比較して、公営住宅は少なく、所得格差の拡大を背景に住まいの貧困も広がっている。しかし、重度身体障害者の車いす使用者は住まいの貧困化の手前でずっと差別を受けてきた。くやしい思いをする人がいなくなるにはどうしたら良いのか。(一)現状の公営住宅車いす専用住戸のバリアを公的資金で取り除けるように法制度を改正する。/(二)障害当事者と大家や管理会社が直接向き合って理由説明や対話を行えるように法制度を改正する。/(三)改正住宅セーフティネット法を検証して準公営住宅を効果的に運用する。/負けない闘いを続けたい。」36P
末永 弘「知的障害者を巡る住まいの問題」
「こちらで引っ越し費用を負担し、開いた部屋はうちの事業所で借りるという条件で、逆に隣の方に引っ越ししてらうことはできませんか? と無茶な提案をしたことがありました。」44P
(大塚英志氏の引用)「そもそも「シェア」と「社会」は同義のはず。近代化の過程で、自由主義経済がもたらす貧困や格差の問題を「社会問題」と呼び、それは解決の責任が社会にあるという意味でした。社会とは本来責任をシェアする場です。そしてシェアした責任を遂行するシステムが「国」です。それがいまは、格差も貧困も自己責任論がまかり通っています。NPOや民間の善意に任せ、国がシェアすることを忌避しようとする社会問題があまりにも多い。(二〇一八年六月十五日付『朝日新聞』朝刊)」44P・・・「○○の社会モデル」 なにもしないと国家の共同幻想が崩壊。
日塔龍也「私たちはひとり暮らしを始めた――精神障がいのある人の住まい選びと引越し」
わたしが引っ越しをしようとして不動産会社を当たっていたときに、わたしが「障害者」
関係の運動に関わっているというはなしをしていたら、「精神のひとが一番難しいのです
よ」というはなしが出ていました。まさにそのようなことを彷彿させる論攷です。
矢田尚子「高齢者を巡る住まいの現状と法的課題」 
制度に関する情報を学者の立場から論攷してくれています。
「地域の実情に応じて、高齢者が、可能な限り、住み慣れた地域でその能力に応じて自立した日常生活が営むことができるよう、……(後略)」52P・・・こういう発想はまさに現社会の政策的ことば、こういう論理では、法的用語的にいえば「基本的人権が保障されない」仕組みなのです。これが「合理的配慮」などという言葉にもつながっているのですが、そのあたりの矛盾を暴き出して行ってほしいのですが。
「わが国の戦後の住宅政策の中心は中間層の持ち家取得の支援にあった。そのため、住まいの確保は、「個人の甲斐性」という考え方が強く、事実、わが国の高齢者の持ち家率は高水準(八割超)をキープし、高齢者の「自宅」といえば持ち家がまずは想起される」53P
「配偶者居住権」−「所有権でも賃借権でもない新たな利用権」53P・・・結局、資本の不動産の収奪ではないでしょうか
「要介護が進につれ、介護保険外サービスの利用も増やさざるをえない状況も実際には起きてくる。その場合、家族等の支援なくして最期まで自立して自宅での暮らしを継続することは、たとえ持ち家であっても難しい。」53P・・・?現在の福祉の体制ではという意味。
「要介護度が進んだときの住まいとして浮上してくるのが、「施設系サービス」である。施設系サービスとは、原則、当該施設と入所契約を結ぶことで、居住と一体的に包括的なケアを直接施設職員から受けられる住まいをいう。公的な介護施設[介護老人福祉施設(特養)、介護老人保健施設、介護療養型医療施設(二〇三三年度末廃止)、介護医療院(二〇一八年四月から新設)]のほか、民間事業者が主に運営する認知症対応型共同生活介護(グループホーム)、特定施設[介護保険制度の「特定施設入居者生活介護」の指定を受けた、養護老人ホーム(介護型)、軽費老人ホーム(ケアハウス)(介護型)、介護付き有料老人ホーム(以下、介護付きホーム)、サービス付き高齢者向け住宅(以下、サ高住)等]が該当する。しかし財政難の折、需要に見合うだけの公的な施設系サービスの整備(新設)は望めない状況にある」53-4P・・・現在の福祉の貧困状況を追認する論攷でしかありません。何のために「地域で生きる」としたのでしょうか?
「サ高住とは、地域の介護・医療と連携しつつ、生活支援等のサービスを入居者(原則六〇歳以上の者)に提供するバリアフリー構造の住まい(ほとんどが賃貸住宅)であって、高齢者住まい法で定められた一定の基準を満たして都道府県に登録された物件をいう(高齢者住まい法第五条)。その登録基準はハード面(設備)が主であり、ソフト(サービス)面は状況把握(安否確認)と生活相談サービスのみ必須となっている。しかし実際のサ高住のほとんどは、必須サービスのみならず、住宅型ホームと同じく、食事等の生活支援サービスも提供しているうえに、訪問介護事業所等を併設、隣接し、まさに施設類似の住まいになっている。したがって、要介護時は、入居者は外部の介護事業者が提供する介護サービスを利用することにはなっているが、実際のところは運営事業者(もしくは関連会社)により介護サービスまで提供されることも多い。なお、なかには入居者のサービス選択の機会を奪う「囲い込み」を行う事業者もおり、近年、問題視されているところである。」56-7P
「現在のサ高住は、ホームと実質変わらないサービスを提供しているが、サ高住の契約構造は、居住(賃貸借契約)を核として、生活支援等複数のサービスが同一事業者、もしくは委託や連携・協力関係に基づき複数事業者によって提供される。」58P
「実際には、一部の生活支援サービスが提供されなくなったときや介護事故が起きたときなどの責任追及については、ホームでは運営事業者に責任追及すれば済むが、サ高住ではそれぞれの契約ごとによるため、責任追及先が複数となることで不明瞭となったり、また統括的な責任をとるものがいない可能性もある。その意味では、少なくとも高齢者向け住まいの選択にあたり、消費者に誤解を与えぬようなよりいっそうの情報提供が重要であり、かつ現在の複雑な住まいの種別を整理・見直し、簡素化する必要があるだろう。」58-9P
「新たな住宅セーフティネット制度は三つの仕組みからなる。/@要配慮者の入居者を拒まない一定水準(耐震性、居住面積他等)を満たした賃貸住宅やシェアハウス等を都道府県等に登録する仕組みの創設A登録住宅に対する経済的支援措置B要配慮者に対する家主の不安を払拭するために、要配慮者のための入居相談や家賃債務保証等の入居支援や入居後の入居者の暮らしに欠かせない見守りなどの生活支援を、地域の居住支援協議会に加え、信用力の高い居住支援法人等にも新たに担ってもらうことで、円滑な入居を促進」要約60-1P
「契約締結段階での支援や、入居後の生活法律相談の仕組みの構築が不可欠と思われる。そして何より高齢者の暮らしを支え、居住を支援・保障するためにも、これまで以上に法領域と福祉・住宅領域とか連携し、情報共有していくことが今後いっそう重要になってくると考える。」62P
副田一朗「帰るべき場所を失ったホームレスの人たちの居住支援の現場から」 
ホームレスのひとたちの草の根の支援活動をしているひとの論攷です。市川市で保証人として個人として支える活動から始め、葬式から墓地支援まで幅広い活動をしてきた記録です。
「要は行政側が路上生活者の住居施策を行わず、こうした民間施設頼みをした結果とも言いうる。/こうした福祉行政の対応と、施設を退所して再路上化する人も結構いるなかで、相談も増え、私たちガンバの会は何ができるのか、そこから「居住支援事業」がスタートした。」65P・・・ベットハウスとか簡易宿泊所とかいわれる住居形態も同じ
「こうした様々な事情から、ガンバの会は積極的に保証人提供を行うことで、アパートを確保してきた。もちろん、保証人であるからには多くの債務があり、これまでにもわずかではあるが金銭的な被害にもあった。」66P
「自費や入院を契機としたものでは、アパート支援は進まない。そこでガンバの会は「住居確保貸付金制度」と「自立支援住宅」を用意した。いずれも住居なき者は生活保護申請が認められないという福祉行政への対応策である。発想としては、ならば住宅を用意し、そこから生活保護申請を行おうという考えで、前者はアパート設定費用についての貸付け制度、後者はガンバの会がアパートを借り、入居希望者と短期(原則三ヶ月)の契約を結び、入居後直ぐに生活保護申請を行うのである。」66P
「「私たちはどのような状況においても無縁にしない」というメッセージをアパート生活者にも発し続けている。」71P
「その後様々に模索しながら、ガンバの会に理解がある不動産会社や地主の協力を得て、さらに社会福祉法人を経営主体となっていただくべく巻き込み、五年の月日を経て二〇一四年に二四時間の生活支援・見守り、食事も提供される「きなりの街すわだ」と名付けたケア付き住宅を造ることができた。中でも、入院後余命宣告を受けた人たちがこの施設で最期を迎えたいと希望、文字通りその人たちにとって「終の棲家」となり、看取りまで行うことができたことは、悲しみの中にも喜びを感じた時でもある。/しかし、如何せん定員が一二名で、希望する人たちを全て受け入れることはできず、次の施設の必要性を感じているところである。」72P
「そもそも経済的格差が広がっているだけでなく、一度某かの失敗や躓きをした者が再出発しづらい世の中が広がっている。それは「ひとり」で築いていけるほど容易くない。誰でも「暮らしの再創造」ができる社会の創造、そのための「居住支援」であり、「孤立の解消」「ホームの回復」は実に重要なポイントではないだろうか。しかし、その道は容易ではなく、有期の支援では限界がある。長らく「社会的孤立」の道を歩んできた人であればあるほど、人間関係・信頼関係を築くまでに時間が必要であり、地域の定着は、終わりのない支援が必要ということなのかも知れない。/私は、「ありがとう社会」の創造の必要性を思う。支援する側も限界をもち、時に疲弊する。そうしたとこに、支援の相手からの「ありがとう」の言葉は、支援する側にいかに力と勇気を与えることか。そして、「ありがとう」の言葉は、孤立者からは決して出てくる言葉ではなく、その人にとって、その言葉を向ける相手が生まれたということでもあろう。こうした「ありがとう」の溢れる社会を心から望んでいる。」73P・・・被支援者から、心からの「ありがとう」のことばがでる関係というのは素敵な関係ですが、支援するひとに「ありがとう」は必要なのでしょうか?
鈴木雅之「NPO+住民協働の包括的取組みによる居住地の再生」
地域再生のプロジェクトの中の住居問題として、老朽化したニュータウンの再生運動を行い、行おうという論攷。民衆側からのコミュニティ形成という観点で、大切な論攷です。
「これらの課題は一見別々のもののようであるが、それぞれの原因−結果の要因は、複雑かつ循環的で、課題解決を難しくしている。現在、これらの課題に対する取り組みは、制度や技術課題の話題に偏っており、対応できているのは一部分にすぎない。そこで暮らしている高齢者の暮らしの質を高める取り組みは、残念ながら進んでいない。」75P
「そこには、マクロな観点から見た総合的なまちづくりと、ミクロな視点から見た等身大の課題解決という複眼的な見方や、居住地としての魅力と価値(地域ブランド)を高め、有利な資金調達を行い、地域の将来への再投資を呼び込むという発想も必要となっている。」76P
「公・民の手厚い対応やサービスが期待できない領域において、ソフト系の新たなサービス創出が必要である。つまり、コミュニティ自身が、コミュニティ自身のために、新たな主体として事業を展開し、課題を解決する方向で取り組む必要がある。」77P
「活動を継続して進めていくには、どうしても資金が必要となる。ボランティアでは持続性という点で期待はできない。つまり、サービス対価をとって事業として成立させることによって、はじめて継続してコミュニティサービスを提供していって団地居住につなげることが可能になるわけである。」77P
「コミュニティビジネスは、地域内の雇用を生み出し、地域の自立した経済活動を形成することも可能である。また、団地内の主婦や、会社をリタイアする住民にとって、自己実現の機会をもたらすものであり、同時に社会貢献しながら自らの生きがいを追求する大きな魅力となるはずである。このようなことから、コミュニティビジネスは、疲弊する団地を等身大の視点で再生するための有力なツールとなりえると考えられる。」77P
「ニュータウンの再生に求められる包括的なサービスをコミュニティビジネスで提供しているのが、千葉のNPO法人ちば地域再生リサーチ(以下CR3)である。/CR3は、住まい・まちづくりの専門集団として、地元市民とともに、住まいと暮らしのコミュニティサービスを中心に魅力あるコミュニティづくりと団地を元気にする活動を実践している。二〇〇三年八月から一五年近く活動を継続し、現在は、専従職員三名と非常勤職員三名の体制で三千万円/年程度の事業規模の活動を展開している。筆者はその事務局長を務めている。」78P
「高齢者を中心とする住民が、コミュニティの中で安全・安心に住み続けられるようにするために、これまで買い物・宅配サポート、安否確認を行ってきた。現在、空き店舗を活用し、子育て世代から高齢者までが利用する居場所づくり“多世代交流ステーション「にこりこ」”がうまくいっている。はじめは「にこりこ」に集う子育て世代が子どもを見守り合いながら活動を進め、次第に高齢者の活躍と子育てという好循環が生まれてきている。」79P
「ただ、これらの再生は、新しい街を育てるのとは異なっている。すでに多くの古い住民が住み、既存の住民組織や商店街があり、公的な管理主体もある。それらがただあるのではなく、過去のもめごとも含めて、しがらみが多く、がんじがらめで、こり固まった状態で団地に覆い被さっている。そうすると、再生活動のために、それらの主体と連携していくというのはなかなか難しくなる。/ニュータウン・団地再生は長期戦である。」81P
伊藤丈人「コラム 視覚障害者のお部屋探しについてあれこれ」
「視覚障害者」の立場から、お部屋探しをするときに、「けんもほろろ」に扱われる状況を書いてくれています。
「入居を認める側のこうした漠然とした不安に立ち向かった知り合いがいる。A夫妻は共に全盲である。マンション入居の際に管理会社から待ったがかかった。「全盲の人は火事をだすのではないか」という不安が伝えられた。A夫人は揚げ物などの手料理を持参し、どのように料理をしているかということを管理会社の人びとに説明した。すると、漠然とした不安は消え、マンションの人びとはA夫妻に協力的になったという。」83P
「こうした障壁は、誰かが積極的に差別しようとした結果ではない。「障害者の入居はちょっとね」という判断は、何気なく、ごく自然に行われていることかもしれない。場合によっては、「うちはバリアフリーじゃないから」とか「何かあったときに対応してあげられないから」等と、親切のつもりで断る場合だってある。/そうした人々の認識を変えてもらうのは生半可な営みではない。その努力は私たちの先輩方が続けてくださったことであり、次の世代のためにも私たちが根気強く続けていかなくてはならないことだと思う。」83P
嘉戸 篤「コラム 刑余者の住居確保は更生の一環」 
刑余者支援の取り組み。
「誰に対しても受け入れを決定したその瞬間から、社会に出る時期やその後の行先を念頭に置きながら在所期間中の対応が始まる。受け入れた時点で、これも制度外の支援になるが、自立更生のために退所後も継続して関わるようにしている。」84P
「この不動産会社のおかげで以外にアパート探しに苦労はないが、不動産会社に不利益がないよう、入居後のトラブル回避のために、「風の家」が入居者に深く関与し、契約解除にならないように動く、実はこの入居者への関与が、自立更生支援のための小さからぬ一つのツールでもある。」85P
「保証人になるなど馬鹿げているが、この仕事に携わっている以上、親族に匹敵する対応が再販を防ぐことにつながるのではないかとの性善説的な願いにすがることもある。「風の家」で出会う人のほとんどが、劣悪な育成・生活環境が大きく原因して罪を犯すことにつながったわけで、その過酷な過去を一緒に乗り越える過程、ここでは心機一転心地の良い住居を共に得る過程が更生の少なからぬ力になる。ともすれば過剰サービスと思われかねない対応が、時として厚生への不思議な力になることも実体験している。」「こうした住まいを確保・維持する過程での様々な対象者とのやりとりを通じて出来上がる人間関係が、更生を促す上で大切なポイントの一つと考えている。」「「風の家」が最も重要視していることは、「退所後にこそ継続して更生支援する」ことである。」「一定期間関与しただけでは、更生にはあまりつながらない。」85P
「株式会社シェア・デザイン「コラム 住まい方が変わる!?――広がるシェアハウスの取り組み」
いろんな形のシェアハウスを取り上げてくれいいます。日本には高度経済成長期に「新
入社員を一斉に採用して独身寮に住まわせると言う仕組みは、日本にしかない独特のものとして発展していった。」というところを転用したかなり大規模のシェアハウスもあり、LGBTフレンドリーハウスColorful House 「ハンディキャップのある方も住める」いろんなひとたちが住めるシェアハウス。
「赤ちゃん、お年寄り、LGBT、そしてハンディキャップをもった方々まで、“どこにすむか”ではなく、“誰と住むか”、どんな風に暮らすかを選ぶ時代になる。」87P
大西 連「コラム 「住まい結び」という挑戦」  
貧困問題に取り組む、自立生活センターもやい(<もやい>)の活動で、住宅支援から、
不動産売買の資格までとったという話です。
「<もやい>では、これまでの約二千四百世帯に連帯保証人を、約六百世帯に緊急連絡先の提供を行ってきました。二〇〇一年の設立時には元野宿の人への連帯保証人提供が中心でしたが、その後、母子世帯や障がいをもつ人、ネットカフェ生活をしていた人や、DV(配偶者等からの暴力)や家族からの暴力から逃げてきた人など、さまざまな背景をもつ人たちのアパート生活への支援を行ってきました。」88-9P
「不動産仲介のための免許である「宅地建物取引免許」を取得しました。」89P
「スタートした「住まい結び事業」」ということで「「住まい」と「人」を結んでいきたい、そういった事業にしていきたいと思っています。」90P
季節風
武藤 貢「就労継続支援A型事業所「しあわせの庭」大量解雇事件から考える」 
「広島県福山市・府中市で障害者就労継続支援A型事業所(以下、A型事業所)を運営する一般社団法人「しあわせの庭」」91Pが破産が破産し、解雇された事件、その後のフォローの記録と論攷です。
「「しあわせの庭」は、障害者の就労支援という名を借りた助成金目当ての運営で、障害者を食い物にした極めて悪質なものである。/二〇一七年四月一日から、障害者就労継続支援A型の運営に関する厚生労働省令が改正され、利用者の賃金を給付金から支払うことが原則禁止になった。このためきちんと事業で収益を上げなければ利用者の賃金は払えなくなり、特定求職者雇用開発助成金を三年分支給されたうえで、計画的に経営破産・解雇したものと考えられる。」92P「現在は、手紙のやりとりはしているが、しかし、依然として団交は拒否している。」93P
斎藤縣三「ソーネおおぞね――新たな共生社会に向けた拠点」 
共同連の事務局長、名古屋で「わっぱの会」をやっている斉藤さんの文です。新しい形の協働ということを目指している試み。ただ、わたしは、青い芝の「労働は悪だ」という突き出しも押さえる必要を感じていて、そのあたりは、労働(他者にためにする商品生産活動)を仕事(みんなのためにする活動)に変換するという中での、仕事の共同性というところを考えています。ともかく、新しい共同性作りとして、その活動には留目しています。
「わっぱの会は、一九七一年より障害のある人/ない人だれもが「共にいき」「共に働く」社会をめざし、「共働事業所」「共同生活体」「就労・生活援助事業」をつくってきた。そして二〇一八年、新しい地域共生社会創造の拠点、パンとみんなとしげんカフェのお店「ソーネおおぞね」を立ち上げた。」93P
「ソーネおおぞね」の五つのゾーン@「ソーネしげん」A「ソーネカフェ」B「ソーネショップ」C「ソーネそうだん」D「ソーネホール」93-4P
「「ソーネ」とは、インターネット空間の「いいね」ではなく、人と人とが顔を見合わせ「そうね」とうなずき合える場の意味である。」94P
「「ソーネおおぞね」は、必ず、政府のいうまやかしの「地域共生社会」ではなく、福祉−環境−労働−住まいを結び付ける真の「地域共生」の拠点になっていく。」95P
松浦武夫「身体障害者入所施設に東西の動き――増え続ける施設への検証と入所者・障害当事者のネットワークを」 
 療護施設自治会全国ネットワークの課題と論攷。
「現在、身体障害者の入所施設が四百から五百あるが、現在のネットワークへの登録は三十くらい。調査では一五〇の施設には自治会がある。」「(移動支援が)入所施設がもつ閉鎖的な構造に風を通す一つの大きな社会資源となりうる。地域移行への具体的体験や情報の共有、社会的自立計画への一つの有効なシステムにもなるであろう。/地域の事業所を利用できることが、入所施設に他者(地域)の視線を入れることになり、施設の独善的な管理的体制が社会一般的な基準を意識する機会となる」96P
名谷和子「一五年ぶりの「就学時の健康診断マニュアル」改訂は何のためか」 
 著者は教員で、この雑誌の編集委員で、「障害児を普通学校へ・全国連絡会」の運営委員です。施行令が出され、親の選択権が尊重されるとなっているはずなのに、相変わらず、分離を強制される情況として健診のマニュアルとそのマニュアル適用の抑圧性を書いてくれています。
「早速入手したマニュアルの奥付には、「平成十四年三月三十一日 初版発行」とあり、特殊教育から特別支援教育になっても、障害者権利条約の批准に伴い、障害者基本法が改正され、学校教育法施行令が変わっても、現場ではこのマニュアルによって就健が実施されていたことに驚き、今回の改訂は一連の法改正を反映するものと思っていました。」「「適正」が「適切」になり、さすがに「保護者の義務」の記載はカットされていました。また障害児をスクリーニングすることは変わっていませんが、「就学指導等に結びつける」が「就学支援等に結びつける」と変わっただけです。」98P
「もちろん、「排除」などという言葉はどこにも出てこず、「多様な個性への適切な支援」と言っていますが、これまで就健が果たしてきた役割を考えれば、新たな・巧みな分離の強化です。」99P
小林敏明「『そよ風』から『季刊しずく』へ」
東の『福祉労働』西の『そよ風』と言われていました。まあ、『そよ風』は個人の生活にスポットを当てていて、少し位相が違ったのですが、その『そよ風』が廃刊になっていたのですが、新しい形での『季刊しずく』出発の案内です。
「一九七九年に創刊した障害者問題雑誌『そよ風のように街に出よう』の終刊を決めたのが三年前。『そよ風』は障害者が地域で生きるための情報を届けること、社会に障害者の声や生活を届けること、二つを目的に創刊されたが、・・・」100P
名谷和子「(書評)羽田野真帆・照山絢子・松波めぐみ編◎『障害のある先生たち――「障害」と「教育」が交錯する場所で』」  
 自らの教員としての立場での体験として、「障害のある先生」たちの、置かれている位置をとらえ返そうとしています。
「退職の三年前に変形性関節症の手術を決意するときに私が考えたこと……、それは、職場に迷惑をかけないようにしようということだった。当たり前のことだと思うが、この「当たり前」が、障害のある教員にとってのバリアになっていることを本書は問うている。」「私には、(「子どもだけでなく、『障害のある先生』についてもより積極的な採用を推進する政策がとられるようになってきているのだ。」ということが書かれていることについて)舵を切っているとは思えない。文部科学省の推進している特別支援教育は、権利条約のインクルーシブ教育とは異なるものであり、巧みな分離が進んでいると感じている。」101P
インターチェンジ 交差点  
石田 力「施設から 美深のぞみ学園施設解体の軌跡C──白鳥蘆花に入る」  
「施設解体から三年後の三年後の二〇一二(平成二四)年八月に、地域へ移行した人たちへのインタビュー調査を行いました。その一部を紹介」102Pというところでの論攷です。
押部香織「教室の窓 本当の意味での合理的配慮とは――医療的ケアのスタートから見えてきたもの 」
 連載の記事「私が担任をしている病弱者支援学級では、今年の五月から、医療的ケア看護師が配置され医療的ケアが」スタートしました。」104Pでの内容紹介です。
実方裕二「街に生きて  自分の身体と優生思想」 
優生思想を、自らの内なる優生思想をとらえ返し、ケーキ屋・カフェを営んで、ユニークな活動をしている当事者です。
新堀由美子「行政の窓口  “総合相談”から見える女性たちの姿」
「「つらいきもち、ひとりで抱えていませんか? くらし、仕事、友人、家族のこと……、あなたと一緒に考えます」(相談室リーフレットより)。」108Pと掲げている相談室で、相談件数をあげています。@「最も多いのは「家族・親族・近隣など」の相談だ。全体の二二・七%を占める。A「次いで多いのは、「ドメスティック・バイオレンス(DV)」で一八・七%だ。」B「三番目の「メンタルヘルス」は一五・八%で、この一〇年で着実に増えている内容だ。」C「もう一つ、徐々に増えている内容に「仕事・経済困窮」がある。微増。」要約108-9P
「まとめてみよう。相談統計から見えるのは、身近な人との関係に悩み、夫や恋人からの暴力や支配に悩み、メンタルヘルスの困難を抱え、仕事や生活リスクにさらされている女性の姿だ。」109P
障害者の権利条約とアジアの障害者 第三十一回
中西由起子「権利条約の政府報告E 第7条 障害のある児童」  
 アジアの障害問題での現状を押さえて報告してもらっているのですが、課題別に書かれていて、国ごとの情況が今ひとつつかめません。こういうことを書くと、「あなた整理しろ」と言われるのでしょうが、いつもの「ないものねだり」です。
社会を変える対話──優生思想を遊歩する 第九回  
高浜敏之×安積遊歩「優生主義と闘うには、みんながSOSを出し合えることが大事」  
 シリーズとして続いている対話。今回の対話相手は「『重度訪問介護』の運営側」にいるひとです。
高浜「ところが、最初の当事者がやっている事業所で言われたことは、「なに専門家ぶってんだ」ということと、「ヘルパー二級で言われたことはすべて忘れてくれ」と言われて……。」115P・・・物理学における転換と類比
遊歩「私が高浜さんと一緒にいて楽だなと思うのは、助けてあげようという態度がまるでみじんもなくて、どっちかといえば私がいろんな意味で助けてきたという、そこの関係性がほんとうに居心地が良いわけです。」高浜「僕は障害をもつ友人たちと出会うなかで、助けてもらうということがかっこ悪いことでも恥ずかしいことでも全くないということを学んできたわけですが、今会社の中でマネージメントのポジションにいると、働いている人たちのことをちょっと高見の見物的に見てしまうこともあるわけです。」116P
高浜「ところが、会社の中における立場から見ると、そうしている女性たちを時にダサイと見る瞬間もあって、プライベートな空間と会社での立場性のところに、確執があります。助けを求めることをダサイと見る瞬間、それこそが優生主義だと思うわけです。助けを求められるライフスタイル、性の在り方が、優生主義を免れる脱出口だと思います。」116P
遊歩「「重度訪問介護」というシステムは、人間が対等であるために、赤ん坊の状態に置かれるような最重度障害であっても、対等に生きることはできるのだというその可能性にチャレンジしているシステムだと思うのです。そこのところの見解と認識が共有できているので、これからも大いに、一緒にやっていける部分を広げていきたいと思います。」117P
現場からのレポート
浜根一雄「なんやねん!! この親による監禁は?!――兵庫県三田市、三十年間の障害者監禁事件」
 三田市(さんだし)で発覚した監禁事件。大昔のことだと思っていた、座敷牢の現代版です。七〇年代前半に、親による「障害児」殺しがあり、それに対して「減刑運動」がおきていたとき、青い芝が、「自分たちは殺されてもかまわない存在なのか」という告発を行ったのですが、そのことを彷彿させる動きと、それと少なくとも世論が二極化している情況、改めて障害問題を押さえ直し、永い文化運動の必要性も感じています。
長谷川利夫「「精神科医にも拳銃を持たせてくれ」巻頭言の波紋と問題点」
昔、わたしが高校時代の教員が、「体罰をすることは、自らの教員であることの存在の否
定だ」という話をしていました。「精神科医にも拳銃を持たせてくれ」という発言も、精神科医として、その医療や論考に関わるものとして、存在の否定になると思うのです。かつて、反精神医学という突き出しがあって、その内容はいろいろ展開してきていることなのですが、少なくとも、精神医学の抑圧性ということは押さえられていると思っていたのですが、こんな発言が出てきていること自体で、変わらない情況がとらえられます。そもそも、それが、日本の精神医療が世界から批判されている現状でもあるのですが。
「はじめに」で「「精神科医にも拳銃を持たせてくれ」という文章が公益社団法人のホームページの「オピニオン」(意見)欄にアップされたり、その団体の機関誌の巻頭言に代表者の顔写真付で掲載されたりしたら、驚かない人はいないだろう。そんなことが現実に起こった。」127P
「我が国の精神医療の状況」は、日本の精神医療の現実を押さえるのに参考にしていく文です。ここに記して、引用していくことにします。もっと他に当事者サイドのよい文があるのでしょうが、とにかく簡潔にまとまった文です。
さて、「日本精神科病院協会雑誌の「巻頭言」」ということで詳しい内容を書いています。「日精協の機関誌『日本精神病院協会雑誌』(二〇一八年五月)の「巻頭言」において、山崎学会長は「欧米での患者中心医療の外側で起こっていること」と題する文章を掲載した。」128Pで、サンピエール病院での鶴田聡医師の朝礼での話が引用されているのですが、その結論的な内容は、「欧米では、もはや患者の暴力は治療の問題ではなく治安問題になり、さらにアウトソーシングされてミリタリゼーションになりつつあります。そして欧米の患者はテロ実行犯と同等に扱われるようになってきています。これも時代の流れなのでしょうか。/ところで、僕の意見は「精神科医にも拳銃を持たせてくれ」ということですが、院長先生、ご賛同いただけますか。」130P
で、著者の「考える会」が「緊急集会の開催と質問状の提出」をしたという話が書かれています。130-3P
鷺原由佳「「第三十四回DPI全国集会in神奈川」報告」
集会の報告文です。
採択したアピール文@「名古屋城天守閣木造復元事業に対するDPI総会アピール」A「優生手術に関する謝罪と補償を求めるDPI総会アピール」B「障害者基本法の改正を求めるDPI総会アピール」134P
さて、「全体会報告」として、「障害者基本法」改正問題に焦点を当てた報告が書かれています。そもそも官僚や他団体との共闘の中で政策を考えるとなると、民主党政権時代の、「障がい者制度改革推進会議」での議論とかに触れられていないし、その総括がどうなっているのかが疑問です。そして、そもそも障害差別がどこからきているのかとか、「障害の社会モデル」の混乱とか、そんな問題がスポイルされて、どうして官僚と一緒になって政策論議ができるのか、わたしにはどうもわかりません。
もうひとつ、気になったこと。全日ろう連の石野理事長がシンポジウムに参加して、「連盟として今後は手話でなく「手話言語」という言葉に統一して普及を図っていく」と発言したと書かれています。わたしは、その内自己修正される一時的混乱の話だと思っていたのですが、他団体に行ってまで、そんなはなしをしているよう、事態は深刻です。非当事者の立場にせよ、なんとかしなくてはと思っています。
ルビの問題での「知的障害者」のフロアーからの発言137-8P・・・ユニバーサルデザインの思想としてとらえ返す必要をわたしも感じていました。
 優生手術について「優生手術被害者の言葉は、ひどく重たく胸に響いた。失われたものは二度と返ってこない。「当時は合法だった」という厚生労働省の主張は、「知りません、わかりません、ご面倒さま」と私には聞こえる。どこまでも他人事のような冷たい言葉には「障害者は黙っていろ」という差別的な圧力すら感じる。」138Pという著者の感性に共感。
「人間は本能レベルで異質なものを排除する脳の構造があるのだから差別はなくならない、という言説を目にしたことがある。たとえそれが事実でも、人間には文明社会を築いてきた理性が備わっているはずではないか。」139P・・・「たとえそれが事実でも」という問題ではないのです。こういうことには正面から批判していく必要をわたしは感じています。これについては、もうすでに、わたしも三村洋明『反障害原論−障害問題のパラダイム転換のために−』世界書院2010の「第10章 補説1」で展開しています。
「個人的には「権利」や「人権」という言葉が、障害者運動の先達によって積み重ねられてきた宝物であることを実感した時間となった。」139P・・・そもそもこの社会を成り立たせている思想の枠組みから、共同幻想としての「人権」とかいう概念もあるわけで、その枠組み自体から批判していく必要性を感じています。
論文
木本 明「生活保護制度とその運用の在り方に対する問題提起――ニュージーランドの社会保障制度との比較から(上)」 
 最後のセーフティの生活保護が抑制される信じられない情況、ニュージーランドなどの外国との比較でとらえ返す論攷、二回に分けた前半です。項目と若干の切り抜きを記します。
「一 はじめに」
(篭山京)「保護の対象は生活困窮者ではなくて、生涯生活の中で、生活困窮となった状態がそれぞれ対象となってくる。言い換えれば所得の喪失あるいは低下、傷病というような面が、個々に問題とされるはずであって、生活困窮を全体としてとらえるというような発想は出てこない。」141P
「筆者には、生活保護制度の「特別さ」・「特殊性」を意識させられるところである」「筆者は福祉事務所で生活保護制度運用に従事した経験から、生活保護制度の利用申請を窓口で受け付けない「水際作戦」等、主に一九八〇年代後半以降の生活保護を運用する福祉事務所の状況は、人を餓死させたり、生活保護費の横領・着服や、セクハラ事件等起こす土壌にあると考えている。」141P
「二 生活保護制度運用に従事する職員による生活保護などの横領・着服・セクハラ」
生活保護の横領・着服16例、セクハラ9例141-3P
「三 「生活保護の適正実施の推進について」通知(一九八一年)」
「四 一二三号通知後の生活保護制度の利用世帯・人員の減少」
「二〇一〇年四月九日、厚生労働省は実に四五年振りに生活保護制度の捕捉率を、国民生活基礎調査(二〇〇七年、同二三万世帯)に基づいた推計から三二・一%と公表した生活保護制度の利用を必要とする経済状態にある世帯の三分の一以下しか生活保護制度を利用していないという捕捉率である。/厚生労働省が捕捉率の公表を四五年間も実施してこなかった間に、さまざまな研究者により捕捉率推計計算が行われ、そのほとんどは厚生労働省の発表を下回っていて、実際の捕捉率は二〇%前後である可能性は否定できない。」144-5P
「筆者の関心は、単なる行政通知である一二三号通知が、何故、生活保護制度の運用、生活保護制度運用従事者を、これほど劇的に変えたのか、その理由に向けられている。そこには、生活保護制度とその運用のされ方に問題があるのではないか。そのことをなるべく明確に示すことが本稿の目的である。」146P
資料
長瀬 修「障害者権利条約中華民国(台湾)初回報告総括所見(下)」  
 日本との比較を出して「これは日本では解決されているが、台湾ではまだできていないこと」、「これは日本でも同じく解決されていない」、「これは日本の方がひどい」と書いて貰うと問題が整理されるのだと思ったりしています。立場の違いからの意見を出すよりは、それぞれの立場からの連帯を希求して行った方がいいのでは思ってもいるのですが、いつもの運動サイドの立場からの、「ないものねだり」です。
投稿
江端一起「「当事者スタッフ」とはナンなのダ、いったいナニ者なのダ」  
 このひとは、自分の立場から、「キーサン革命」を自称しつつ、最もラジカルな提言を出してくれているひとのひとりです。今回は(施設や作業所における)「当事者スタッフ」ということを存在そのものからとらえ返そうとする提起です。
「こういうことが、「発達障害論」に立つ精神医から見れば「イマジネーションの障害」「コ
ミュニケーションの障害」に見えるなら、患者会の悩み・苦しみのジッサイの流れのなかで、どうしようもなくあった出来事の一環であり、悩み抜きつつ、その一環を患者会として、仲間とともに仲間として、矢玉の下を潜り抜けてきたのだ、という意味合いも含めて遺しておかないと……とは、、想うたのです。/さもないと、このようなことも、個々人の患者の疾病や障害に取り込まれていってしまうということが、腹の底から分かったからなのでした。」153P
「さて、そこで現実化するのは、想像を絶する能力主義競争、社会貢献競争、社会復帰競争になるんデスヨ。」154P
「逆だ、当事者側に競争を煽られて、当事者の分断が進むでありましょうよ。しかも、世の中全体を、本質的なモンダイから、逸らせて、誤解させたままにしておける。」155P
「当事者が当事者のママ、当事者の意向が最大限に発揮できることこそが、当事者主体なのである。/だから、当事者は当事者として、そのマンマにて、当事者の移行が最大限発揮できねばならないのだ。えばっちが患者会にこだわる意味が、ここにある。」155P
「実は、当事者主体こそは、本当に担保されていれば、その度合いに応じるかのように、筆舌に尽くしがたいイロイロなタイヘンなことが多くなってくる。その度合いに応じて、タイヘンに時間と気力と体力と労力を消耗するものなんですよ。それをキレイごとにして、形式だけを取り繕うなって言うんですよ。だからこそ、患者会という取り組みが広まらなかった、ある種「失敗」していったわけなのですから。」156P
編集後記
「埼玉県の制度としてあった住宅ソーシャルワーカー事業」「地域で暮らす足場としての「住まい」は極めて重要な福祉課題です。」164P

posted by たわし at 04:58| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月12日

『季刊福祉労働159号 特集:トリプル報酬改定から社会保障の今後を読む』

たわしの読書メモ・・ブログ483
・『季刊福祉労働159号 特集:トリプル報酬改定から社会保障の今後を読む』現代書館 2018
雑誌積ん読していたもの集中学習の3冊目です。
 制度の問題、わたしは基本的考えとか原理論的なことをやっていて、なかなか学習できていないので、こういう特集はとても役に立ちます。
 まだ、目次に沿ったメモ書きを続けてみます。
見開き写真・文 西村仁美「14年目の「湘南亀組」と「スンガウォン」による草の根日韓文化交流」
 「湘南亀組」とは接点があって、いろいろ活動の様子はみていたのですが、韓国との交流もやっていたのだと知りました。これからは、障害問題のみならず、草の根の交流が大切になっています。国という枠組みで考えていたら、ろくな事にならないと、昨今の政治情況をみていて感じています。
特集:トリプル報酬改定から社会保障の今後を読む
・駒村康平「社会保障制度の課題と二〇一八年度予算の動向」
 総論的なことで展開されていて、とても参考になるのですが、そもそも福祉予算の削減というところに規定されていく情況をどうしていくのか、そもそも福祉とは何なのかから考えていくことが必要、という運動サイドからの課題があります。
 二〇二五年問題がクローズアップされているのですが、著者は「高齢化の負担が一番高くなるのは二〇二五年ではなく、人口の多い団塊世代と団塊ジュニアが共に六五歳以上になる二〇三〇年から二〇五〇年頃が一番厳しくなるであろう。」20Pと指摘しています。最後のフレーズがもこの論攷の内容を最も的確に表しています。「急速な社会保障制度改革、老後生活や年金水準への不安、セーフティ・ネットワークへの不安、仕事と介護の両立不安、高齢者親族への心配といった事柄が、人々の認知機能を低下させるというこれまでに注目されていないルートで社会経済に深刻な影響を与えるのではないか。急速に変化していく社会保障制度に国民が対応できるのか不安である。」24-5P・・・この「認知機能」ということばは、著者のキーワードなっていて、説明がついています。「ここでの認知機能とは、認知症といった文脈ではなく、「外からの情報を受け取り、それを加工しある種の判断をした上で実際の行動を遂行する精神機能」24Pという記述です。・・・何か誤解を生みそうな概念なのですが、何をいわんとしているのかの内容でとりあえず評価できるので、この概念を使ってみます。まず、外からの情報自体が、隠蔽歪曲にさらされているという政治情況があります。そのことが「認知機能」の低下をもちらします。そして、最後に「国民が対応できるのか」ということを書いています。そもそも社会制度の変革ということが意味不明の内容になっているのに、なぜそれに「国民」が合わせる必要があるのでしょうか?よく、「この国のひとはなぜ投票にいかないのか、投票率が低いのか」という批判を、運動を担っているひとたちも言っているのですが、むしろ「国民」のひとつの対応なのです。それは、何をやっても政治は変わらないというところの「認知機能」が働いているのです。だから、まさに「国民」の間で、「ぽっくり死にたい」ということばが広がっているのです。それは「ケセラセラなるようになる」という世相の広がりにも通じています。まさに「認知機能」の低下です。これは、福祉だけの問題ではなく、大きな政治情況の問題で、わたしはむしろ「認知機能」の中で働いている民意を無視し強行採決をくり返す政治が創り出していると押さえています。だから、「障害者運動」も、大政治的な情況も押さえつつ、そこへの働きかけをしつつ、きちんと民意を創り出し、民意を反映させる運動が必要です。福祉というパイの分け前論に陥ってはならないとも言い得ます。「社会を変えようとする」運動の総括の中から、政治は変えうるのという新しい運動を創り出していくことなしには、ますます「認知機能」は低下していくでしょう。そもそも「認知機能」を低下させるのが今の政府がやっていることなのですから、それにきちんと対峙していかなくてはなりません。
・川名佐貴子「制度の変質、決定づけたダブル改定――暮らしの支援よりベッド数削減を優先」
「目先の対応に追われ、議論が深まらず、ほんとうに必要なことは国民に見えない。安倍政権になってから介護政策がペラペラになってきているように思う。」27P
「(介護医療院を創設、転換促進などは)本人への給付という介護保険理念からも大きく逸脱していると言わざるをえない。」29P
「リエイブルメント(再自立)」32P・・・再自立というよりむしろ再チャレンジ
「日本では、自立支援、重度化防止の評判が芳しくないのは、行政が給付抑制=お金しか考えていないことが見え見えだからではないか。」32P
「通所介護は大規模事業所で大きく減算。前回の改定で小規模を給付削減の対象とし、今回は大規模。「節操がなさすぎる」「何をしていいのか分からない」という声も聞こえてくるのも当然だ。住み慣れた地域で暮らし続けられるように地域包括ケアを推進すると言いながら、福祉系住宅サービスには厳しい評価だ。」「結論は、医療高福祉低、施設高在宅低。」34P
・三原 岳「自立支援介護の是非を問う―介護報酬改定と制度改革の論点」
 削減の議論が先行。法改定の予算のわずかな削減で福祉が大幅に変わるという内容が伝わってきます。
 「自立支援介護の問題点、「自立」の意味を「要介護状態の維持・改善」と狭く捉えているほか、介護保険制度を巡る財政問題の深刻さを見えにくくする問題がある。」要旨35P
「今回の改定の柱は@医療・介護連携の強化A自立支援介護の推進」「国民から見れば、医療・介護の境界線など本来どうでもよい問題であり、費用を抑えつつ良質なサービスを受けられるのであれば、それ自体は望ましいことと言える。」36P
問題点「@「自立」の意味を狭く捉えている点。A仮に「自立」を要介護度の維持・改善としたとしても、すべての高齢者が「自立」できるわけではない点B複雑な生活をカバーする介護の「質」を説明数字で測るのは難しい点、さらに自立支援介護はADLに偏重しており、これからのニーズが増加する認知症ケアには役立たないC本人が望まないリハビリテーションを強要される恐れという点D自立支援介護が本来の財源論議から目を背けさせる可能性がある点。」要約40-2P
・小島美里「惨憺たる介護保険(在宅系)報酬改定――「障害があっても、高齢になっても、地域で共に」の原点から」
 この著者の論攷は、きちんと福祉とは何か、ということを押さえた批判的観点を持っています。大切な文で、切り抜きメモがちょっと長くなります。
「改定のたびに使い勝手が悪くなり、利用する人々=「弱い」立場にある人々を切り捨てて顧みないものになってしまった介護保険制度。システムが人に添うのではなく、人がシステムに添わされ、介護現場は変更を繰り返すシステムに疲れ果てている。制度に振り回されることなく、もう一度自分たちの原点を振り返ることが求められている。」要旨43P
・・・これは全てに通じる提言、今日、わたしたちは国家の論理に振りまわされています。国家などというものがあるから戦争が起きます。必要なのは福祉であり、国家ではないのです。福祉というのは共同性の構築からでてきていることで、それは膨大な富の蓄積であり、その中の個人の能力の差などは問題にならないのです。その上に立って、新しい共同性を考えていくこと。福祉のことを考えていると、大きな政治情況もとらえられ、未来社会のあり方のイメージも湧いてきます。
「この国の社会保険制度を利用する人々、すなわち「弱い」立場にある人々を切り捨て顧みないものになっている。」43P
「今回の介護保険報酬改定で、特に在宅介護系については、利用者にも事業者にも「良いこと」などまるでない改定だった。介護報酬でたったの〇・五四%のプラス改定にもかかわらず、報酬審議の席で制度の持続性を主張する財界や健康保険組合は「プラス改定はあってはならない」と発言した。介護保険が始まって一八年、家族構成は独居や高齢夫婦のみ世帯が増加し、介護を家族に求めることはできない。安倍首相は、二〇一五年九月に「新三本の矢」の一本に「介護離職ゼロ」を掲げたが、介護保険制度を削ってそれが実現できるのか。本当に不思議な主張である。」44P
「介護保険は、本体報酬を上げずに条件を充たした場合にのみ算定される加算を山のように付ける手法をとってきた(最近は障害者支援にも同じ手法が使われている)。今回は「医療と介護の連携」のキーワードに基づいて、医療関係の加算のみ増えた。医療が関わらなければ取得できる「中・重度に重点化する」するという名目だ。介護保険は最初から第二医療保険と言われてきたが、今回の改定はそれをまた強める方向に進んだ。」45P
「元気な高齢者はピンピンコロリを目指して介護予防に励み、要介護になった本人・家族は制度に対して物申す余力はない。そう、苦しい思いをしている人々に発信力はなく、元気な高齢者は介護を受けることが悪いことのように刷り込まれて介護予防に励み、いくつになっても生活を支える介護は不要で、いきなり重度になって医療系介護サービス(!)を受けて亡くなっていくという、アンビリーバブルな制度改正がまかりとおる国と成り果てた。」45P
「介護保険が始まってもうすぐ二〇年、高らかに謳われた「介護の社会化」から遠ざかり、自己選択も自己決定もできない、必要なだけの支援はできない制度に成り果てていくのをずっと見てきた者にとって、「地域共生」やら「我が事・丸ごと」やらは、高齢化が進んだ地域にまるなげするための理由付けに過ぎないと断言できる。/介護保険制度創設以来、繰り返し顔を出してきた障害者福祉との統合は、この改定で「共生型サービス」となって水面上に顔を出すことになった。両制度の統合は障害者制度からの強い反対で今日まで実現されることなく過ぎた。その理由は、主には「多数派弱者」の支援制度である介護保険は、支援量も支援メニューも少なく、特に自立生活を営む当事者の生活が成り立たなくなり、とても障害者サイドに受け容れられないものだからだ。」47P・・・確かにそうだけど、分断され福祉が切り捨てられていく情況が作られ、そして介護保険に取り込まれていく情況をどうとらえるのかという問題があり続けています。そもそも福祉とは何かの議論から反撃に打って出なくてはいけないのではないでしょうか?
「実もふたもないが、日本の社会保障制度の推進は高度成長経済のおこぼれだった。人口減もあり、経済成長が見込めないこれからの日本で障害者や高齢者が大切にされるとは思えない、生産性がない要介護高齢者と障害者は一緒にしてしまおう、という流れで制度の統合は行われるだろう。さらに生活困窮者や児童も入れてしまおうというのが「地域共生社会」。それを逆手にとって本質的なインテグレーションを進めようと言いたいところだが、一足飛びにできることではない。/実は、私は「統合」を目指したいのだ。要介護高齢者は高齢障害者である。生まれながらの、若年からの障害者と区別するのは理屈に合わない。これまでそれを口にしてこなかったのは、「統合」は障害当事者の支援量を減らすことが明らかだと考えてきたからだ。だが、近い将来必ず「統合」に進む。それも望ましい形になることは決してないと断言できる。であれば、こちらから本来あるべき「統合」を掲げて、高齢分野・障害分野で活動する人々が手を携えるべきではないか。手をこまねいていると、無残な「統合」が行われてしまうに決まっている。二制度を維持することで障害者優遇と攻撃されることだって考えられる。」48-9P・・・まさに正論です。分断された過去の総括から、民衆の草の根のユニバーサリーゼーションが必要になっているのです。
「財政赤字を抱えたイギリスが、赤字減らしを名目に、社会保障制度削減を筆頭に緊縮財政を断行した。結果、消費は伸びず、赤字を減らすことはできなかったと聞く。介護の現状にも同じことが言えないだろうか。介護人材が逃げていくのは、介護報酬が上がらず低賃金だから、残った人が過重労働になる、疲れ果てて虐待が多発する。すると、人々は介護サービスに対する信頼を失う。今はそんな負のスパイラルの真っ只中にいる。」49P
「一説によるとAIの発達で、半数の仕事には人間の手がいらなくなるそうだ。残るのは医療や福祉介護などの対人援助、対人サービス。だとすれば、ベーシックインカムのような利益の再配分の仕組みをはっきりして、人間の働き手を手厚く遇する。まあ、そこまで壮大な話はともかく、超高齢者社会は当分続く。障害者も高齢化が進む。まともな支援を提供する制度がなければ、社会の荒廃は進む。」50P・・・「壮大な話」が今必要になっているのだと思います。「社会は変わらない」という諦観からなんとかしないと、この状態が続いていくのです。
・茨木尚子「障害者福祉報酬改定の概要と課題――障がい者総合福祉法骨格提言からみた今回の改定の課題と今後の方向性への危惧」
この著者は、「骨格提言」をまとめた福祉部会の副部会長だったひとです。で、「骨格提言」が出された経過を押さえて、それがどうなっていくのかの危惧と今後の課題を書いています。そもそも、民主党が官僚支配からの脱却―政治主導を掲げて政権をとり、そのひとつの象徴のようなこととして「障がい者制度改革推進会議」が「障害者」当事者委員が「過半数」という構成で作られ、その下に「福祉部会」が作られ、「骨格提言」がなされたのですが(わたしも幻想を抱かされパブリックコメントを出していました)、それをほとんど無視して官僚が法案を提出してきて、それが法案になっていきました。まさに政治主導が破綻した典型的事例なのです。わたしは会議のビデオや議事録や議事録を見ながら、怒りに震えていました。なぜ、「障害者」がこけにされたと怒って、委員のひとたちの中から辞任するという事態が生まれないのか不思議に思っていました。組織を背負って出ているとか、それでも少しはよりよいことにという志向が働いたのでしょうか? そもそも、わたしのような幻想などにとらわれていないで、過渡として受け容れたのでしょうか? この著者の文も、何かそのことの怒りとか総括のようなことのない、第三者的コメントになっています。まあ、学者としての立場なので、そのようなことを求めるのが筋違いなのでしょう。わたしは、共同性を求めて、ないものねだりをしてしまいます。ともかく、総体的におさえてくれていて、問題をおさえる作業として大切な資料なのですが。
「はじめに」で「そもそも障害者総合支援法は、障害者自立支援法違憲訴訟による国と訴訟団の合意により、障害者自立支援法を廃止し、新たな総合的な障害者福祉法策定することから取り決められたことから生まれた法律ではあった。新しい法律は、障がい者制度改革推進会議総合福祉部会で検討され、合意された「骨格提言」を踏まえて策定されるはずであったが、結果としては自立支援法の内容をほぼ周到するものにとどまった。成立の際、「今後、段階的、総合的に、『骨格提言』の実現を目指す」と、当時の厚労省副大臣は我々部会メンバーに明言した。今回の法改正、それに基づく報酬改定は、「骨格提言」の実現に近づく内容となっているだろうか。その概要を検証していきたい。」51Pと書いています。
 で、「骨格提言」の簡単な押さえ「@障害のない市民との平等と公平A制度の谷間や空白の解消B障害種別や地域間での格差の是正C長期入所や入院という放置できない社会問題の解消D障害当事者のニーズにあった支援サービスの実現E障害者の地域生活を支える新たな支援の実現のために安定した障害者福祉予算の実現」52P
 三年後の見直しの一〇の論点「・常時介護を擁する障害者等の支援について/・障害者等の移動の支援について/・障害者の就労支援について/・障害者支援区分を含めた支給決定について/・障害者の意志決定支援、成年後見制度の利用促進のあり方について/・意思疎通に支障のある障害者支援について/・精神障害者の支援について/・高齢の障害者支援について/・障害児支援について/・その他」52P
 横浜市の事例が54Pに書かれているのですが、その議論の内容は、シャドーワークが必要になっていくのに、それにお金がつかないという、現場を知らない、もしくは知ろうとしない福祉制度の議論になっているという内容です。
「今回の改定は、「法律は大きく変えられない、計画的、段階的目標である『骨格提言』の実現に近づけていく」という国の方針を踏襲したものである。しかし、他の障害のない市民との平等の下での社会参加の実現という障害者権利条約の原則に立ったとき、サービスの利用解釈を少しずつ変更することや、必要な支援の報酬単価を調整するという供給手法で、いったいいつそれが実現されることになるのか疑問を感じざるを得ない。福祉政策の枠を超えて、そもそもの障害や平等についての議論の深まりや、新たな政策展開の必要性を強く感じる改定結果となっている。」55-6P
「身体的介助を受けながらも自立は可能とした自立観や、家族ではなく、利用する本人の自己決定や選択を尊重する介助関係は、障害者当事者側が構築してきたものである。これらと介護保険における介護サービスの理念や内容の相違点は、今後乗り越えられるのであろうか。むしろ、圧倒的多数に供給されている介護保険サービスのあり方に、障害者福祉サービスが巻きこまれていく危険性はないだろうか。改めて障害者福祉の独自性を明確にしていく必要があるのではないか。」56-7P・・・そもそも「自立とは依存先を増やすこと」という、自立と反対語の依存を使った反転的テーゼが出てきています。「自立」という概念なり、人間観、世界観から変えていくことが必要になっています。
「障害者が地域社会の一員として、「他の者との平等」の下、必要な介助等の福祉的サービスを受けながら市民として自立して暮らすための新たなシステム構築という視点が、この政策に存在しているように思えない。財政、人材などの財源が不足しているから、地域でのマイノリティの支援を統合化し、できる限り、自助、互助を公助の前提として制度に組み込んでいきたいという国の思惑がそこに透けて見える。」58P
・今村 登「二〇一八年度障害福祉サービス報酬改定をどう見るか」
重度訪問介護がそれなりに評価することがあるという押さえをしていて、今後の課題とかも丁寧にしてくれています。ですが、何か世論の動向に流されて、きちんと、むしろこちら側の突き出しが弱いのではないかと感じてしまいます。たとえば「介護保険のサービス開始年齢を現在の六五歳のまま据え置いて、保険料の徴収年齢のみを下げるとなれば、それこそ再び財界の反対は必至であろうし、国民の理解も得がたいだろう。〇歳児から死ぬまで、何らかの支援が必要になった人に対してサービスが提供できるような制度に介護保険を再構築してするためとされれば、話は変わってくる可能性は高い。障害者のことは争点にならず、年齢のシームレス化でうやむやにされて国民の支持を得てしまう可能性、危険は十分ある。」65Pとあるのですが、そもそも、財界の論理、金持ちが逃げるとか、企業が国外に移るとかいう宣伝に乗った「金持ちのための政治」をこの間やってきて、累進課税を弱める、法人税を軽減するということをしながら、福祉の抑止や切り捨てをやってきたわけです。逆に、そもそも国際協調や「福祉の国際競争」というところで、ひとの生活を守るという、それこそ「持続可能な」経済政策と福祉政策という手法はあるわけです。資本主義下では、ほっておいても、保守政権はそんな政策はとらないわけで、それこそ、民衆の力でそれを勝ち取っていく運動が必要なのです。
・白杉滋朗「福祉サービス全盛の中での業就労系分野における報酬改定」
 「福祉サービス全盛」ということは、コムスンの破綻などの後には、現行の政権の流れの中では、もうないのではと思えます。福祉とか、福祉労働、さらには労働一般のとらえ返しが必要になっているのではと思えます。共同連に関係している著者にもそのような観点があるようで、共鳴しているのですが、いくつか疑問点も。
 「現代社会は生産性第一主義の価値観に支配されている。そのため生産高が低い障害者は労働市場から長年、排除されてきた。一方で、地域共生社会の実現という考え方に立脚するならば、「能力」の差異をお互い支え合い(社会的包摂)、誰もが「支え手」となり得るし、ならねばならないはずである。しかし、実際には生産高の多寡により一定水準以下の労働力は労働力とみなされず、最低賃金という最低限の所得保障からも除外(正確には減給特例)されている。「罰金(納付金)を払ってでも雇わないほうが割に合う」という義務雇用が発生する事業所の手法が法定雇用率未達成となっているのが現実だ。/国際的には「保護雇用」(sheltered employment)という観点から、支え合う雇用(援助付き就労)の下で一定の収入確保がなされる制度が実施されている。EU諸国のソーシャルファームに代表される社会的企業や社会的協同組合などはその顕著な例と言える。海外のこのような例についても精査すれば、充分な収入確保につながっていないケースもあるだろうが、日本ではILOが勧告一五九号や一六八号で求めている政策が実施されているとは、ほぼ言えない。」67-8P・・・「能力の差異」という概念自体、「能力を個人がもつものとは考えない」という提言からとらえ返す必要があると思います。また、労働すべしという論調は、「そもそも労働とは何か」というとらえ返しが欠落しているようにしか思えません。ベーシックインカムなどの議論をどうとらえているのでしょうか?
「何をするにしても報酬の給付に結び付けていく(=金につながらなければ何もしない)価値観から脱却できないものか?」70P
「その(就労移行支援事業の)実態は三年間(延長も含めた移行事業の利用期限)で就労への実績が〇という移行事業が三割を超えているという現状であり、厚労省も問題意識をもっているようだ。一方で、本事業のモデルにもなった東京都育成会の「すきっぷ」などのように一〇〇%に近い実績を上げる場との二極化が進んでいる。」70P
「障害当事者やその周辺のみにしか認知されていない総合支援法ではあるが、この間の「悪しきA型」問題や、その結果とも言うべき二〇一七年四月よりの運用見直しに端を発した事業所の休廃止と、それに伴う障害労働者大量解雇問題がマスコミ上を賑わし、多くの市民の知るところになった点は皮肉である。「悪しきA型」の問題提起を粘り強く主張した共同連としては、ようやく問題を周知された点では評価をしたいところであるが、残念ながら厚生労働省の問題意識は、我々のそれとかなり価値観の相違がある。」71P
「一時的に長期の休養を必要としたり、遅刻・早退を繰り返しつつ就労を続けている精神障害者などが多く集まる事業所にとっては、今回の「メリハリ」は結果、死活問題となるおそれがある。」72P
「自立支援法の施行による規制緩和(参入の自由化)により製造業や販売業でなく、福祉サービス業なるものが成立し、営利事業の狩場になった観がある。この現象は介護保険とも通じるが、リタイアした高齢層と稼働年齢の障害者の社会参加を同様に考えるのは如何か。その流れに事業所運動が流される傾向には警鐘を鳴らしたいと思う。」74P・・・どうして分けて考えるのか疑問です。労働を軸に考えるからではないかと思えます。
・千葉正展「超高齢社会の本格突入に向けた医療保険抜本改革のラストチャンス」
 社会福祉の全体の流れを押さえようとしている論攷です。ただ、観点がかなり行政側よりになっています。まあ、それはそれなりにむしろ参考にできるのです。
「今回の同時改定は、時に相反するように見えるこうした様々なモザイクを丹念に解きほぐし、超高齢社会を乗り切れるよう仕組みを変えていく、とても難しい舵取りが求められた改定だったと総括できる。」75P
「(経済成長下の)一九七三年の老人無料化・・・(中略)・・・第一次オイルショックが発生し、わが国の高度経済成長は終焉を迎え、無料化の財政基盤がなくなってしまった。/これ以降、今日に至るまでになされた医療制度改革は、医療保険財政の破綻を回避しつつ、社会に存在する医療資源をすべての世代の医療ニーズにマッチングさせていくかの戦いの歴史だったと言える。医療計画による病床数の総量規制の開始、老人医療を老人保険制度として再編、老人医療費の定率負担の実現、療養病床の区分の創設、積極的な医療を要しないニーズを介護として受け止め、社会でこれを支えていこうとする介護保険制度の創設などいずれもそうした流れの制度・政策である。」76P・・・経済動向に左右されない福祉政策がむしろ必要で、それを「持続可能な」という名の下に福祉の切り捨てに走る政策こそが問題だと思うのです。そもそも福祉とは何か、という議論が欠落しているようにしか思えません。そもそも、いのちや生活に関わることと資本の論理がマッチングしないのだと言い得ます。
「医療保険に目を戻そう。このような厳しい社会保障財政事情のなか、真に効果的な医療提供体制の適正化に向け、医療保険や医療制度は量的規制から質的な規制へと重点がシフトする。」79P・・・「効果的な」とか「適正化」という事の中で、医療が機能していない現実を見ようとしていないのでは?
「一般病床(七対一〜一五対一)・療養病床としてくくられてきた病棟を、「高度急性期」、「一般急性期」、「長期療養」という形で医療の担う機能によって病床を性格付け再編し、真に地域の医療ニーズに適合するような供給体制にもって行こうとする政策がとられることとなる。」79P・・・ここのところには図が付けられていて、分かりやすいので参照。機能による分類で何が起きるかの検証も必要。
・桜井啓太「生活保護の「特殊化」とナショナル・ミニマムの放棄――生活扶助再引き下げと母子加算等の減額」
 最後のセフティネットと言われる生活保護の引き下げという信じられない事態に直面しています。そのことを福祉論から読み解いています。短い論攷ながら簡潔に論理的に展開してくれています。
「母子世帯のみならず多くのの世帯において九〇年前後の扶助基準相当に下がることから、一連の引き下げによって日本におけるナショナル・ミニマムの水準が四半世紀以上過去にまで後退したともいえるだろう。」85P
生活保護の見直しの内容@生活保護基準の引き下げ・再引き下げA有子世帯の加算・扶助の見直し(母子加算/児童養育加算/学習支援費)B後発医薬品の原則化89P
「社会福祉学者の岩田正美は著書のなかで、社会福祉事業を分類する「一般化」と「特殊化」という概念を提唱している。「一般化」とは、一般的な労働と生活の様式に沿ってそれらを維持する目的でなされる社会福祉の事業の形式を意味し、「特殊化」とは一般的形式とは異なった「特殊・特別」な「場所」へと接合していくような形式を意味する。「特殊化」の例として、特別支援教育や、各種の保護施設などが典型とされる。生活保護制度は、所得・資産制限が存在するという意味では、「貧者」に選別された者のための制度であるが(選別主義)、そこで提供される扶助の水準「国民最低限(ナショナル・ミニマム)」、すなわち、すべての国民に認められる健康で文化的な最低限度を保障するものである。この意味で生活保護制度とは、一般的な(最低限度の)「生活保護」という「一般化」形式の事業であるといえる。」「生活保護制度は、本人の稼得能力にかかわらず人びとに一般的な生活様式を保障するための仕組みであり、それは国のこれ以上譲ってはならないボトム(最低限)を定めることと同義であった。」88-9
「近年の改革はこれらがなし崩しにされている。保護の基準はもはや、働かずに生活する者に税金から支給される金額の多寡としか理解されていない。基準の引き下げに伴い、修学援助等、低所得者向けの四七事業が対象者縮小などの影響を受けるといわれている。政府は一八年見直しを決めたのち、「できる限り(他制度に)影響が及ばないようにする」との見解を示した。しかし、これは本来おかしな話である。生活保護基準がナショナル・ミニマムの代理指標である以上、保護基準を下げることは他の制度の適用水準を下げるということである。生活保護利用者の保護費のみを一九九〇年前後の水準まで引き下げ、他の低所得者向け事業は従前に保とうとする政府の行為は、生活保護のみを「特殊」なものにしようという行いに他ならない。」90P
「ある特定のカテゴリー集団のみを「特殊化」して、一般の生活様式とは異なる劣等の水準を認めるような方法は「分断統治」の典型である。」90P
「本当に問われなければならないのは、分断された「彼ら」の処遇ではなく、「私たち」の社会のあるべき姿であろう。」91P
・柴田靖子「なぜ重度訪問介護報酬新設は、シンプルにならなかったか――入院時付き添い介助一年を振り返って」
「なぜシンプルに「サービス提供場所が拡大し、入院先でも可能になります」というお達しにならなかったのか。医療現場が実情に沿う意見を出さず、旧態の仕組みを継承したがるのはなぜ?医学が未だに信じている“正常”の絶対基準のせいだ。「基準外は未だに“異常”で医療管理ののもと療養する患者。だから介護・介助も看護」……なわけない。“常”な人“常”な時につきまとうような、医療」93P・・・医療を根底的にとらえようとしています。
・松浦武夫「社会が向かい合うべき障害・障害者という課題の確認を」
「しかし総体としての社会保障費抑制が二〇一六〜一八年度引き続き行われ、経済財政諮問会議では、加藤厚生労働大臣が「介護の生産性向上」という効率化を目標の一つに掲げています。」94P・・・介護の世界に効率化を求めると、虐待やいじめが起きてくるということが分からないようです。そもそも、厚労省大臣は、予算をぶんどってくる立場なのに、抑制の旗振りをしたのではとも、思えます。
「(介護保険制度の導入で)障害児・者制度も含めて、事業者や職員の認識に影響し、評価や効率が優先され、計画(ケアプラン)作成は当事者主体から、行政施策の意向に添った視点となってはいないでしょうか。私は地域の施設化とは、管理と監視と効率が採算で動く、制度に隷属した生活であろうと考えます。」94P・・・医療・介護の矛盾は現在の社会構造の矛盾からきているとしか思えません。
・友澤ゆみ子「子どもに関わる福祉の現場(放課後デイサービス)から報酬改定について考える」
「(放課後デイサービスからとらえ返すと)二〇〇〇年に「介護の社会化」を謳ってスタートした介護保険制度が、この一八年間で在宅生活を支えるサービスの切り捨てがどんどん進み、在宅を支える生活介護より機能訓練や専門職によるサービスを重視する報酬体系に移行していることと「相似形」に見えてくるからだ。」96P
季節風
佐藤 聡「バリアフリー法改正法案評価と課題」
ADA法施行以降アメリカを旅行して、バリアフリーが進んでいる現実を見、日本との差を実感したという話から始まります。ですが、障害問題でかなりすすんだところがバリアフリー法や自立生活運動と言われています。
短文ながら、バリアフリーに関して簡潔に整理された文です。
「バリアフリー法は日本を劇的に変えた法律だ。一九九〇年の東京には四七六の駅があったが、このうちエレベーターが設置されて車いすで自由に利用できる駅はゼロだった。二〇一七年三月の東京には七五七駅あり、段差が解消され車いすで利用できる駅は六五八駅(八七%)となった。わずか二十数年で、車いすでは全く電車に乗れなかった街が、ほとんどの駅が車いすでも利用できるようになり、どこにでも自由に行けるようになった。まるで別の国のようだ。これは紛れもなくバリアフリー法の成果である。/バリアフリー法は障害者のみならず、全ての人にとってまちづくりの基本となる重要な法律なのである。権利条約が求めるインクルーシブな社会を実現するために、今回盛り込めなかった課題は、引き続き改善を目指し取り組みを続けたい」101P
池田直樹「広島成年後見人裁判のその後――福山支部関連訴訟の経緯と裁判を受ける権利」
 広島成年後見人裁判、「知的障害者」が成年後見人になったことによるトラブルで、訴訟合戦になっている様子を、そもそも成年後見人に指定した裁判所の責任問題から、訴訟能力を認めさせる人権裁判になっています。問題は複雑のようにとらえられますが、「この裁判は、知的障がいのある当事者が、代理人の支援を受けながら、訴訟という手続きの中で「当事者として訴訟活動をする地位を認めろ」、「当事者を無視したことは許さない」という分かりやすい裁判です。」105Pとまとめています。
貴嶋さとみ「三七年前と変わらない建物の中――疾病者が出るたびに閉鎖される施設」
 感染症がでると閉鎖空間になる施設の現状を告発しています。
インターチェンジ 交差点  
押部香織「教室の中で 「共に学ぶ」のスタートライン」
 病弱学級の担当になった著者が、「共に学ぶ」ということで、交流学級にできるだけいるということをめざし、実践している様子をいろんなエピソードを交えて書いています。
 小園弥生「行政の窓口 “ガールズ”(若年無業女性)支援の現場から」
 横浜市男女共同参画センターで開講して十年目なる「ガールズ編しごと準備講座」のはなしです。ガールズとは一五歳から三九歳までの単身女性(学生、シングルマザーを除く)のこと。
 「ガールズ応援サイトには「自立のかたちは人それぞれ」と書いている。講座のなかでは、まず自分を大切にしよう、何に困っているのか探っていこう、困りごとを解決するために使える資源は人により異なるので自分が使えるもの使いたいものを探して組み合わせていこう、相談しよう、人とのつながりを増やそう、と繰り返し伝えている。」110-1P
 奈良ア真弓「街に生きて 障がいのある人にもっと出会って知ってもらえれば、差別はなくなる」
 連載の最後、家族のこと、仕事のこと、これからやりたいことを書いています。
 石田 力「施設から 美深のぞみ学園施設解体の軌跡B─退路を断った施設解体」
 施設の解体に向けた動きを書いています。
「平成二十年八月に、入所施設の廃止届を提出し、私たちは、退路を完全に断ちました。もう、後戻りできません。」114-5P
「施設に入所させられていた経験のある人たちは、居室がある限り、再び入所させられるかもしれないという恐怖感を常にもっていることをFさんから学びました。」115P
「入所施設での最後の宿直は私が勤めました。夕食は六名の入所者たちとジンギスカンを囲み「最後まで美深のぞみ学園に残ってくれてありがとう、一八年間、この施設に閉じ込めていたことを許してください」と心から詫びました。」115P
障害者の権利条約とアジアの障害者 第三十回
中西由起子「権利条約の政府報告D第六条 障害のある女子」
 各国の情況はかなりばらばらで、日本でも最近出て来ている女性「障害者運動」の中で、複合差別の項目をきちんと取り入れていくことが必要になっています。
社会を変える対話──優生思想を遊歩する 第八回
鈴木 良×安積遊歩「殺伐とした競争社会で最も抑圧された重い障害をもつ人がもたらす共感」
鈴木さんが「生き残れ」とはっぱをかけられ、「気付いたら誰もいなかったということが、ものすごくショックだった」「てっぺんに行くと、その風景があまりにも殺伐としていて「何もなかった」。ものすごい喪失感、寂寥感に陥りました。」119P
鈴木「あまりにも心が殺伐としているから。二つの出来事(阪神淡路大震災とオーム真理教事件)に対する若い人たちの動きに共感したのもその殺伐感があったからです。」120P
「(グループホームで仕事をしていて)とにかく最初の三ヶ月は嫌だったけど、次第に皆を人として見れるようになっていく。そうすると嫌だった自分が消えていって、逆に来たい自分が出てくる。話したい、会いたいとか、そういう感じになっていった。」120-1P
「(パレスチナで)言葉を話せないことがどんなに大変かを自分の身で実感しましたから、重い知的障害をもつ人に対する共感も心の中に更に深まったと思います。」122P
「ラルシュ かなの家」122P
安積「良さんの活動が非常に興味深いのは、知的な障害をもつ人との対等な関係性が社会の中で最も大切なのだという確信が見えるところです。良さんにとっての障害をもつ人の存在というのは、研究者や支援する側の人の一方的なものでは全くないのですよね。それと私もフィリピンの人たちとの繋がるなかで、日本の障害者運動にだけ埋没しないいろんな学びをしました。良さんにとっては、それがパレスチナの人たちとの関係なのだなと、お聞きしながら感じました。」123P
現場からのレポート
 山本勝美「優生保護法下の強制不妊手術問題に挑んで――最前線からの報告」
 日本での優生保護法の動きを押さえ、この問題に長年取り組んできた著者の立場から、「強制不妊手術に対する謝罪と補償を求める会」を結成し、厚生労働省と交渉を重ねてきていて、裁判提訴が相次いでおきマスコミもとりあげ、議員連盟も結成され、「今ほど凄まじい動きをかつて経験をしたことがあるだろうか」131Pという情況になっています。
 印象に残った文、著者が活動の中で得た実感「社会的連帯とは、未知の人々の間ですら仲間意識の下で交わされるこういうふれ合いのことなのだということを、私たちはその体験からかみ締めた。」127P
 堀 智晴「なぜ、インクルージョンをめざすのか?――第六十七次日教組教育研究全国集会報告」
 教研集会に長年関わってきた著者の共同研修者としての総括も含んだ報告です。試行錯誤のかなりカオス的なこともあるのですが、迷いながら、まとまらないことも大切というような感じがあります。
 印象に残った文の切り抜き。
 「合理的配慮とは障害のある子どもを何とかすることではない。その子どもの<まわり>が変わること。変えるのではなく、変わっていくような関わりを先生はしてほしい。つまり<まわり>の最初の人は実は先生自身。先生が少しぶれるとその影響は小さくない。そこから始まる。また、まわりの子どもが変わると言っても、一人ひとり異なるので単純に予想ができず、思うようにはいかない。」136P
 「子どもとの関わり方、大きく二つに分けられる。その一つ目は、教員が方針を決めて指導するという関わり方。スタンダードを決めてその力がつくように取り組む。また関連機関が連携する。二つ目は、子どもに任せて見守る。徹底して待つという関わり方。多くの先生は一つ目の方法をとる。それこそが先生の使命と考えている。一つ目の方法から二つ目の方法へと転換したことがあるというのは、わたしの経験では先生が自分の価値観が変えられてひっくり返ったからではないかと思う。」139P
 「私は大学紛争を体験して、相手を尊重するからこそ<真剣に批判する>というのを基本的姿勢として自分の人生を生きてきた。「連帯を求めて孤立をおそれず」という言葉もあった。」142P
竹迫和子「障害児・者の高校進学二〇一八年、春」
 「適格主義批判」というところでの運動の二〇一八年春の情況を報告してくれています。
西村仁美「今日も「順調に」問題だらけ!――十四年目の草の根日韓合同文化公演」
 巻頭クラビアにつながっている文です。タイトルは、「べてるの家」のスローガンの援用?
資料
解説・翻訳 長瀬修「障害者権利条約中華民国(台湾)初回報告総括所見(中)」
 連載二回目。次回にもまとめてコメントします。
編集後記
 「むしろ現状の公的施策だけでは「自立」できない様々な課題を抱えた人を一括りにして特殊化=二流市民扱いしていく方向性も垣間見える。」164P

posted by たわし at 15:21| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『季刊福祉労働158号 特集:学校における合理的配慮と親の付き添い問題』

たわしの読書メモ・・ブログ482
・『季刊福祉労働158号 特集:学校における合理的配慮と親の付き添い問題』現代書館 2018
雑誌積ん読していたもの集中学習の2冊目です。前回は、細かいメモを残したのですが、先を急ぐので、タイトルはきちんと書いて、簡単なメモで、ちょっと印象に残った文を精細なメモにします。メモが少ないといっても、それはわたしの主観のようなこと。タイトルを見て、関心のあるかたは本文にあたってください。という断り書きを書き置きます。今回は著者・著書の書体が違っているので、別の書体で導入的な文を書き、引用は「 」で、それに対するコメントを斜体にします。

見開き写真・文 小川道幸「パンジーメディア―知的障害者が発信する放送局」
 すごく興味深い試みです。
特集 学校における合理的配慮と親の付き添い問題
・南舘こずえ「障害者差別解消法が問いかけるもの──学校教育における障害を理由とした差別の解決に向けて」
「障害の社会モデル」の混乱がそもそもあるのですが、この著者は行政サイドのひと、で、余計、「社会モデル」の考え方が医学モデルの方に引き寄せられているようなのです。
文を引用して具体的にコメントしてみます。
「能力によって差別されない学級づくりは法律で規定できるものではなく、それを志向する人々の努力でしかなしえない。」要旨8Pと最後の文17-8P・・・何かおかしいのです。精神主義です。制度や体制から来る問題を、努力の問題にすり替えてはならないと思うのです。
「障害によって生じる社会的障壁」「障害に基づいた障壁」12P・・・二昔前のICIDHの因果論的医学モデルでしかありません。
「障害のある子ども及び保護者からの申し出を起点にして始まる。」13P・・・申請主義が何をもたらしてきたのかという負の歴史を押さる必要があります。
「当事者から見た場合には、障害者差別解消法の合理的配慮を求めるのか、それとも教育的配慮を求めるのかという違いになるが、重要なのはプール学習での着替えやトイレ利用での適切な対応がなされるべきでという点であって、その対応を何と呼ぶのかということだけではないかと思うる」12-3P・・・何と呼ぶのかという問題ではなくて、必要な援助は何かということです。それが「合理的配慮」ということばの持ち出しであいまいになっているのです。
「この時、求められた配慮内容を学校が過重な負担があると判断した場合は、合理的配慮の提供をしなくても良いと誤解している場合がある。」23P・・・そもそも、問題はどうして「合理的配慮」などというあいまいな概念が持ち出されてきたか、という問題があるのです。権利条約の議論の始まりにおいて、「必要な援助」ということで議論されていたことが、権利条約成立のためには各国政府の承認が必要だからと、「過大な負担にならないように」というところで、この言葉が持ち出されたのです。だから、行政の方の議論も、何を保障しなくてもいいかというところで、話を進めようとする錯誤さえ起きています。著者の言っていることは、当事者の意見をとりあげるシステムがあるという話です。そして、そのシステムを19Pの図で表しています。確かに、対話のシステムを作っているところは評価できるのですが、予算がない、金がでないというところで、切り捨てられていくのです。
「申し出をした学生に、どのような社会的障壁が生じているのか、明らかにされていない。」14P・・・これは「社会モデル」的にいえば、社会が創り出している障壁で、「障害を被っている」という考えになります。「社会モデル」ということが、ほとんどとらえられていない情況が出てきています。
 「障害がある事で障害のない人と同じスタートラインから離れているのかを特定できなければ、合理的配慮を提供する「合理性」を導き出すことはできないからである。」14P・・・「障害者が障害をもっている」という医学モデル、個人モデルの考え方で話を書いていて、競争の機会均等というとらえ方になっています。競争原理や「合理性」などということが障害差別の根拠になっていくことをわたしはとらえているので、どうもこういう考えは「障害者運動」からとおいところにあるとしか思えないのですが。
 「障害のある学生に対する紛争の防止」18P・・・「紛争」ということはまさに障害をとりのぞく義務が自分たちにあることをとらえられないひどい文言だとしかいいようがありません。学生から提起・抗議される以前に解決する問題なのです。
 この間、「合理的配慮」のはなしが続いています。また、役所関係を中心に、「何が合理的配慮なのか」という、事例研究の文書が出され、施行令や通達やパンフのようなものも出されているのですが、そもそも、「障害者」の障害−障壁を取り除く義務は「社会」にあり、どういう障害があるのかという研究や議論として進むべきところ、本末転倒のようなことが起きているのではないかと思えます。そもそも「社会モデル」ということがとらえられないところから来ているので、そのあたりのことをきちんと整理・深化させていくことが必要だと思っています。
いろいろ批判的なことも書いていますが、この巻頭言的文は、行政がどのような論理で進んでいるのか、そしてその矛盾をとらえ返すにとても大切な資料でもあります。
・海老原宏美「自分の人生を主体的に生きるために」
人口呼吸器をつけ自立生活運動を担って、しかもそれを運動的に広げて行こうという「障害者運動」当事者の文です。今、注目されているひとりです。親がいろいろな策略を巡らし、親が子どもを「獅子の子おとし」のように突き放すことによって、自立生活運動の担い手になっていくというパターンがとらえられます。周りのひとを巻きこんで、「人サーフィン」とか、周りのひとが本人の意見を訊いてくれる情況を作っていく、いろんな形で、自らの支援の態勢をつくり、そして制度のことも考えていく、当人が動き出さないと何も起きないというところで切り開いてきたひと。
印象に残った文「今、私が大人になって感じることは、「どんな障害であっても、地域社会で生きていくには人の手をたくさん借りる必要がある」ということです。教育とは、社会で生きる力を身につけるためのものであり、そのために障害がある人が学校生活で何を学んでおく必要があるかと聞かれたら、「自分ができないこと、苦手なことを知り、それをどう人に伝え手を貸してもらうか、のスキルを身につけること」だとわたしは答えたいです。それは同時に、障害のない人が「何かができない人、苦手な人がいたときに、どう手を貸せばいいか、のセンスを身につけていくこと」を学ぶことでもあるのです。だからこそ、 インクルーシブ教育の推進が欠かせないのです。」26P
・平本 歩「人工呼吸器をつけて普通校へ通って」
医療的ケアを必要とする、パクパクの会で当事者として活動しているひと。きちんと自己主張できるひとです。
・下川和洋「医療的ケアを必要とする子どもの保護者等の学校付き添い課題と合理的配慮」
医療的ケアの必要な子どもたちへの実施情況を丹念に洗い出してくれています。
・小田智子「普通学級と特別支援学級を経験して──同じ空間で一緒に学び合うためになくてはならない「安心」」
子どもが、普通学級と特別支援学級を行き来して、同じ空間で一緒に学び合うために何が必要なのかを指摘してくれています。文の要旨のところの最後で「一緒に勉強できないのは子どもたちのせいではないはすだ。」44Pという言葉がまさに「障害の社会モデル」の考え方なのだと思えます。その文は本文の中にも出て来ます「目の前の課題に一生懸命取り組む様子は普通学級の子どもたちも見習うところがあるのではと感心した。なぜ、この子たちはここにいてみんなと違うことをしなければならないのか。人間関係を育てようとするとき、様々な人間と日頃から接してたくさんの経験を積む必要があり、常に友達の見本が周りにある環境は欠かせないだろう。誰もが同じ空間で安心していられるための工夫をする、という視点が抜け落ちたままで「教室を分けるのはあなたたちのため」という学校の考え方は受け入れ難かった。一緒に勉強できないのは子どもたちのせいではないはすだ。」46-7P
・高村リュウ「高校受験時の配慮と「〇点」の壁──今こそ高校は希望者全入を」
「0点でも高校へ」の運動の立場で、定員内入学拒否の批判をしています。
・樋口早苗「ノートテイカーとしてかかわるなかで」
「聴覚障害者」のためのノートテイクをしていて、ノートを余りみていなかった子どもが、変わっていき、高等教育まで進み、変わっていく様子を、自分自身のノートテイカーとして教えられたようなこととして書き記しています。
・山本宗平「障害のある教員だからこそできることとは──地域の学校で育ち地域の学校で働く立場から」
「視覚障害者」の立場で、地域の学校で学び、地域の学校で教える立場から、いかに「障害者」の教員が、地域の学校にも必要なのかを示してくれています。
「障害者」に対してもつ差別的意識を反転させてくれる文章「母がよく言っていたのは、「クラスメイトたちは視覚障害者の仲間が身近にいてラッキーだ」ということだった。私もそれには強く共感する。多くの場合は視覚障害者の人が近くにいない状態で育っていくわけだが、あのときのクラスメイトは少なくとも社会に出て初めて障害者に出会うということではないので、障害者に出会って「どうしよう」と戸惑うことは少ないのではないだろうか。「インクルーシブ教育を受ける障害者」も増えてほしいが、同時に「インクルーシブ教育を受ける健常者」も増えてほしい。それこそインクルーシブな社会に近づけるのではないだろうか。」70P
文の最後「「目が見えないから無理やろ、と最初思ったけど、ちょっとやり方を工夫しながら、あの人はあの人でまあそれなりに楽しそうにやってたな」と。「つまずいたときにはちょっと考え方を変えてみたら、突破口見えてくるかもしれへんよ」。これが私が生徒に大事にしてほしい「生きるヒント」なのである。そんな「生きるヒント」を学んでもらうために、少しでも自分が教材になりたい……。そんな気持ちを大切にして、これからも教員生活を続けたい。」75P
・高木千恵子「合理的配慮で、どの子も共に学ぶ学校に」
いろんな学校に勤務しながら「障害児教育」携わり、「障害者運動」にも関わって来た立場で、「共に学ぶ」という突き出しをしています。
そして、教えることは学ぶことの実践をこどもたちから学んできて、実践してきた様子がうかがえる素敵な文です。
「Tさんの行動を規制するのではなく、Tさんの行動をみんな理解すればいいと考えるようになりました。それでTさんに認める行動は、クラスのみんなにも認めるようと考えました。」81P
「私の頑な思いをゆるめてくれたクラスの子どもたちでした。」82P
「教育って、よい意味でも悪い意味でも想定外の出来事の連続です。だから、難しくもあり楽しくもありなのだと思います。」83P
インターチェンジ 交差点  
 石田 力「施設から 美深のぞみ学園施設解体の軌跡A─息を吹き返した施設入所者たち」
連載記事、施設の解体で「息を吹き返す」「障害者」の様子を描き、施設ということの矛盾を示してくれています。
押部香織「教室の中で おとなが変われば、学校は変わる!?」 
いろんなエピソードを紹介し、「共に学ぶ」の教育を説明し、その実践を紹介してくれています。すてきな文「そして実際に小学校で勤務すると、「分離別学」はおとなだけの考えであることに気付きました。子どもたちにとって「共に学ぶ」ことはあたりまえであり、特別なことではなかったのです。」87P
小園弥生「行政の窓口 自助グループは社会資源」
自助グループを「市民によるもう一つ相談室」ととらえた、役所の方からのアプローチを考えて仕事をしているひとの大切な提起です。
奈良ア真弓「街に生きて 私の宝物――支えてくれる人たち」 
奈良アさんのバイタリティに共鳴してうごくひとたちとのふれあい模様を描き出しています。
障害者の権利条約とアジアの障害者 第二十九回
中西由起子「権利条約の政府報告C−5条 平等と不平等」
アジアの「障害者権利条約」の政府報告をとらえ返しながら、各国の障害問題での対応を連載で詳しく報告してくれています。
気になるところ「刑事手続法においては、聴覚障害者の容疑者の尋問の際に手話が堪能な職員が参加しこの状況は記録され、聴覚や視覚の障害の被告の弁護を任せられる人がいない場合、裁判所が弁護人となる法律扶助が提供される。」99Pとあるのですが、国や国の機関が代行すると逆に問題になることがあります。もっと、民衆の運動のサイドからのサポートを考える必要があるのではと考えています。
季節風
曽根直樹「日本障害者虐待防止学会の設立」
「障害者虐待防止」ということが学会設立まで至ったようです。
わたしは「障害児・者」への虐待関係の裁判支援をしていたのですが、「防止」というより、もっと虐待が起きてくる構造というようなことを押さえたところで、それが起きないような社会変革ということまで、考えていかなくてはと思ったりしていました。
池田直樹「JRエレベーター増設を求める訴訟の意義」
関西で、「障害者」関係裁判の弁護士を勤められてきた池田さんの貴重な提起。特にJR西日本の根深い差別的体質を暴き出してくれています。
宮澤弘道「書評 大森直樹・中島彰弘編著『2017小学校学習指導要領の読み方・使い方──「術」「学」で読み解く教科内容のポイント』」
学習指導要綱が教員の主体性ということをネグレクトしてこまかく規定され、道徳教育とか持ち出されている、また「非科学的内容」さえ持ちだれていることを指摘した本で、その本の中に「教科教育として教えることができる内容」と本の著者が思うことにアンダーラインが引いてあるとのこと。なお「特別の教科 道徳」の内容には一切アンダーラインが引かれていないと指摘しています。
現場からのレポート
近藤竜治「第二十三回ピープルファースト大会in広島の報告」
ピープルファーストのひとたちのエネルギーあふれる活動を感じる報告です。
笠柳大輔「第六回DPI障害者政策討論集会 報告」
「相模原障害者殺傷事件」についての集会の議論を紹介してくれています。
で、注目すべき論攷として「暴力をふるってしまう側がどんな状況に置かれがちなのか調べたり、インタビューをしてきた。驚くことに結論は被害者と同じだということだった。」113P「どれも加害者個人の問題ではなく、その人を排除した社会の問題にアプローチをしないといけないが、なかなか実現していない。この相模原事件を、加害者、被害者の問題を切り離して論じるのではなく、どちらも社会的なアプローチが必要な問題なのだという方向で考えていかなくてはいけない。」113-4P・・・犯罪の社会モデル的アプローチ
もうひとつ、施設を小規模化してグループホームにしても問題は解決されないという主張もされています。
トップキーワードとしての「思いやりと優しさ」―海外の文献でのcompassion117P・・・compassionはむしろ「互いに思い合う」、「共感」ということではないでしょうか?
論文
二文字理明「障害者にとって「人間としての尊厳」とはなにか?――障害者の権利条約第十七条の日本政府訳に対する疑問」
「障害者の権利条約」の17条に、キーワードとして英語ではintegrityがあるのですが、日本政府訳では「そのままの状態で保護すること」となっていて、それは「人間としての尊厳」と訳することという著者の指摘です。他の日本語訳はintegrityインテグリティーとか原語を使うか、「不可侵性」とかいう訳語になっているようです。著者はスウェーデンの福祉を研究しているひとのようです。で、スウェーデン型、北欧型福祉をモデルにして、日本にもそれをもって来ようとしているのだと思えます。ただ、日本語訳ですが、「尊厳」という言葉で言えば、「尊厳」というところから、ヨーロッパでは、「尊厳死」のような概念も出てきていることも押さえておく必要があると思います。「そのままの状態」という概念は、「ありのまま」ということに通じていて「保護する」ということは差別的で論外ですが、個性論的な突き出しにも通じています。このあたり、西洋的世界観と東洋的世界観の対立の様相もあります。パーソン論批判ということも含めて、北欧思想を押さえ直すときにこのintegrity、スウェーデン語のintegritetという概念を押さえる作業が必要になるのではと考えています。
連載「当たり前」をひっくり返す――フレイレ、ニィリエ、バザーリア 最終回
竹端寛「自由こそ治療だ」 
かなり長い間の連載の最終回です。現代書館から本にもなっているようです。最終回で、ここで終わっているので、改めて全部読み直したいのですが、ちょっと余裕がありません。本を買い求め読んでメモを書くかもしれませんが、とりあえず、全体像が見えたところで、コメントして置きます。
連載のタイトルにもなっている「「当たり前」をひっくり返す」の「ひっくり返す」はパラダイム転換ということに通じていて、わたしもパラダイム転換的なことを考えているので、共鳴すること多々あります。ただ、わたしが援用している廣松パラダイム転換論は、哲学的な実体主義から関係性の一次性論という転換の内容をもつているところで、少しズレてしまいます。まあ、それでもというか、そちらの方が、読みやすい分かりやすい論攷になっています。ただ、「精神障害者」当事者から、バザーリア批判とかも出ているようで、まあ過渡的に評価すると、なることなのだと思ったりしています。そのあたり、もう少し論考が必要になっています。
さて、ことばの宝庫のようなこと、言葉的な切り抜きが多くなりますが、メモを残します。(太字は小見出しです)
関係性に注目する
「癌を「器質的な」存在と捉え、その癌を除去することを目指す。これはごく「ふつう」の医学のありようである。しかし、癌も糖尿病も脳卒中も精神疾患も、「ある社会的脈絡のなかで生じる矛盾」である。他ならぬ「私」において、ある「歴史的瞬間」に生み出される。それはもちろん「生物学的」な変化なのだが、ストレスや睡眠時間、食生活や対人関係といった「生態学的な変化の産物」でもある。そのような意味で、「あらゆるレベルの構成要素の相互作用」から生じる「矛盾の産物」である。これを狭い意味での「原因―結果」という因果論で焦点化した場合、「生物学的」な説明はできても、他ならぬ「いま・ここ」の私にそのような「相互作用の産物」として出現した「矛盾」の全体像を示すことにはならない。「生物学的」説明とは、「あらゆるレベルの構成要素の相互作用」を「器質的な肉体」の一部位の変化や問題へと縮減して、一側面を説明しているだけである。それはあたかも「タケバタヒロシは大学教員である」と説明したところで、「竹端寛」の性格や志向性、家族関係や最近の体調を説明したことにならない、というのと同じである。」125-6P・・・ここのところは、まさに関係論的とらえ方です。そこで、廣松物象化論的なところの関係論と対話していくと、「あらゆるレベルの構成要素の相互作用」というとらえ方は、要素還元主義になっています。要素が集まって全体を構成しているのではないので、要素を羅列しても総体はとらえられません。むしろ関係性というところから、要素的にとらえられる項を押さえていく必要があります。要素還元主義は因果論にもつながっていきます。ここのところは、「要素」ととらえられることは、関係性の網の目の結び目のところを実体主義的にとらえることから起きてきていて、網の目は、網という総体の中の項として存在していて、網を離れて、結び目は存在しないとなります。そこで、もうひとつ、網という言い方自体が、まだ実体主義に妥協した仮の表現で、ひとつの実体主義になっているということも押さえねばなりません。これが構造主義批判にも繋がっています。また、「障害の社会モデル」の限界として、「社会を実体化している」という批判にもなっていることにも繋がるのです。もうひとつ、廣松役割理論的なところからとらえ返しておくと、「タバタヒロシは大学教員である」というのは、大学教員と大学生との役割関係の項同士の関係であって、他の無数の役割関係のひとつであって、関係性総体から役割が構成され、ひとの関係性がとらえられるとなります。「相互作用」という言い方自体が、項を実体化した言い方になっていて、廣松さんは「相作」という言い方にしています。竹端さんもパラダイム転換ということを展開しているのですが、現代物理学のパラダイム転換はニュートン力学の実体主義的なところを批判した量子力学として現れていることを押さえると、実体主義批判の総体を押さえようとしている廣松さんのパラダイム転換論を押さえると、ここでのパラダイム転換ということの位相がより明確化して行きます。
「「眠れないなら、睡眠導入剤を処方しよう」。これは二十一世紀の日本の診察室で、普通にやりとりされる会話でもある。だが、それは「不眠症」という「結果」=「矛盾の産物」の背景を理解することなく、睡眠導入剤により、その「結果」を物理的(時には暴力的)に消し去ろうとする営みである。一方バザーリアが述べているのは、「不眠」を「形作っている生物学的なもの社会的なもの心理的なものといった、あらゆるレベルの構成要素の相互作用」を「理解」しようとする姿勢である。だからこそ、「その理由を当人と一緒に探す」必要がある。そしてそのような「本人を取り巻く全体的状況や実存の現れ」を共に探求することは、従来の「症状」のみに着目する「医師」のあり方と、全く別のあり様でもある。」127P・・・関係論的なのですが、廣松物象化論の実体主義批判を押さえると、「あらゆるレベルの「構成要素の相互作用」」というところは、関係性総体の中の項の連関をとらえ返すとなります。そうすると「結果」という因果論的な志向から抜け出せるのです。ですが、一応そういう観点を持ちつつ、ときには、因果論的なところは「」にくくるところで使って行くこともときには必要になります。たとえば、地動説の立場をとりつつも、「日の入り」「日の出」という言い方を使うことを妨げることにはならないように。
「生産」を問い直す
バザーリアの引用「医師や精神科医が実際に施す治療は、疎外という意味をもたざるをえません。医療の唯一の目的が、初めは労働者として、次に病人という商品として、生産の歯車の中に病人を復帰させることであるかぎり、そうなるのです。このような治療は、人が主体的に自己表現するのを明らかに妨げています。こうして医師と病人の関係性は支配関係や権力関係になるのであり、この矛盾から抜け出すのは困難です。」128P・・・「労働」とか「病人という商品」という観点で、治療ということのもつ意味をとらえ返していることに留目
狂気と理性
バザーリアの引用「狂気は人間の条件の一つです。私たちのなかには狂気が存在しています。理性が存在するのと同じように、狂気も存在しています。文明社会というためには、社会が理性と同じように狂気も受け容れなければならないのです。ところがこの社会は、狂気を理性の一部として受け容れます。したがってこの社会は狂気を排除する役割を果たす科学の力で、狂気を理性に変えようとします。」129P
「ゴミ屋敷」の問題での生徒との対話130-1P
変えるべきは、誰の何なのか?
「「治療」は、狂気の状態にある人の「主体性」を快復するためにあるのか、はたまた「病人が生産の歯車のなかに戻れるように」するためなのか? そして、後者の場合なら、「あらゆる医学的知識の内容は病人を管理し抑圧するためにある」のではないかと、喝破しているのである。このような管理・抑圧的な構えでは、患者との協働関係は生まれようがない。/では、とのように反転したらよいのか。それが、「心病む人に向けて、そして心病む人とともに複雑性と相互性の研究」を行うこと、つまりは「病人とのあいだの協働関係と相互関係の研究」を進めることである」132P日本の北海道浦河町の「ベテルの家」の当事者のコミュニティにおける当事者研究―「複雑性と相互性の研究」132-3P
「「病人とのあいだの協働関係と相互関係の研究」を真に生み出そうとするならば、精神病者ではなく、医師や看護師こそ、まず変わらなければならない、とバザーリアは主張する。」133P医師と看護師の「病院内部の社会の抑圧のメカニズム」の中での「患者」の抑圧」133P
実践の楽観主義
バザーリアのグラムシのことばの引用をしての記述「私たちの科学は、伝統的な専門技術者の敗北という根本的前提から出発しています。そうした専門技術者は『これ以外にはやりようがない』と考える人であり、『理性の悲観主義』といえるイデオロギーをもっています。新しい専門技術者は、明確な目的をもたねばなりません。つまり『実践の楽観主義』で自分の仕事を進展させるのです。」「新たな科学」134Pフレイレの銀行型教育に対する問題解決型教育134P
客体から主体へ
バザーリア「病人の側に主体的な表現がないときには、治療は資本のゲームを客観的に再生産する以外のいかなる結果も生まないからです。」135P
フレイレ「被抑圧者は人間として闘うのであって、『モノ』として闘うのではないことはいうまでもない。」136P
「「自らを破壊してきた」背景には、「抑圧者との関係のうちで、被抑圧者はほとんど『モノ』の状態に貶められ」た、という客体化の問題がある。」136P
「客体と主体という関係はなくなり、二人の人間がともに「主体」になるためには、対話が必要になる。」137P
「「私たちの実践的な活動を批判する可能性と条件を、病人たちに与えることにより、「客体と主体という関係はなくなり、二人の人間がともに主体とな」ったのである。」137P・・・。・?「与える」という権力関係
半世紀たっても変わらないこと
竹端さんが「師匠でもある」という大熊一夫さんが指摘した、精神病院の状態が半世紀たっても変わらないこと。
自由こそ治療だ!
「バザーリアとニィリエ、フレイレの三人は、文字通り、不可能を可能にしてみせた。強制こそが治療だ、と思われていた時代に、バザーリアは「自由こそ治療だ!」を標榜し・・・ニィリエは・・・フレイレは・・・」139-140P
「この三人の思想に共通するのは、不可能を可能にするための、「認識の枠組みの変化」である。それが連載のタイトルにつけた「『当たり前』をひっくり返す」に込めた意味である。」140P・・・「認識の枠組みの変化」―パラダイムシフト
バザーリア「私たちが生活しているのは、様々な法規をそなえた資本主義国家です。国家に成立を認めさせたあらゆる法律は、民衆たちが実際の闘いを通じて勝ち取ったものです。私たちが、社会主義に基づいた法律をもてるとは考えられません。私たちが手にするのは、多かれ少なかれ改良主義的な改革です。それを積み重ねることにより、国家の論理を変えていく、とりわけ人々の文化の論理を変えていくということです。」140P・・・イタリア伝統の構造主義的マルクス主義とか構造改革派といわれている思想、再評価の必要性?
「「国家の論理を変える」ことを第一義に置くと、うまくいかなければ<政治が悪い>という月並みな結論で終わる。そうではなくて、この三人は、政治が悪いで終わらさずに、現場での変化を積み上げていったからこそ、「『当たり前』をひっくり返す」ことが可能になったのである。社会を変える前に、まず自らの「認識枠組み」を疑い、強制ではなく自由こそ治療だ、アブノーマルな施設ではなくノーマルな生活環境の提供を、被抑圧者が抑圧を自覚できるような教育を、と理論や実践を変えていった。これこそが「実践の楽観主義」の真の姿なのだ、と改めて気づかされた。」140-1P・・・ひっくり返せているのか、返せるのか、唯物史観と構造改革派との対話の必要性
資料
解説・翻訳 長瀬修「障害者権利条約中華民国(台湾)初回報告総括所見(上)」
読んでいて感じたのは台湾でも日本と同じような問題がというより、どうももっと酷い情況のようです。中華民国は国連を脱退していて、国内法で権利条約を「批准」し、国際審査委員会から審査を受けるシステムになっているようです。で、権利委員会の審査にならって、隣国が委員長を務めるという慣例で、日本の長瀬さんが委員長になっているとのことです。わたしは国というところにとらわれていくこと自体をなんとかしなくてはと思っています。ですが、国連ですから、国単位の発想にならざるを得ないのでしょうが、長瀬さんは国連の職員とかも務めていたひと、ですから、個人レベルで何か役割を担っていくシステムなら分かるのですが、国レベルで考えるとなると、選択議定書を締結していない国が、他の国の審査にあたるというのはおかしいし、そもそも日本の酷い情況(精神病院の長期入院や拘束、分離教育などなど)や国連からくり返し勧告を受けている情況をさておいて、他の国を審査するのはどう考えてもおかしいのです。むしろ政府報告に対するパラレルレポートを書いて、日本の酷い情況を改めてからのはなしだと思うのです。何か、違和を感じていました。これは運動というところから研究にも手を出している者の感性で、位相が違うことでしょうが。
読者の広場
「障害学研究会」で文を寄せていたひとだと思うのですが、鶴田雅英さんの「相模原事件の特集号メモ」の文が載っています。市井の研究者として注目しているひとです。
編集後記

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『季刊福祉労働157号 特集:障害者差別解消法・権利条約から障害者の暮らしを見直す』

たわしの読書メモ・・ブログ481
・『季刊福祉労働157号 特集:障害者差別解消法・権利条約から障害者の暮らしを見直す』現代書館 2017
雑誌は貴重な情報源で、しかも、定期刊行の雑誌は最新の情報を伝えてくれます。で、積ん読するなんてありえないのですが、ひとつのテーマで集中学習をしていると、ついつい、積ん読してしまっています。もうひとつ、一般に雑誌は全部読むのではなく、ピックアップして読む場合もあります。また、この『福祉労働』の最近の号は、だいたい、貴重な情報を読み落とすのではないかと、ピックアップしないで、全部読んでいるのですが、読書メモはピックアップしてコメントしてしまいます。この「読書メモ」は、著者との対話、そして読者との対話という意味で、ブログへのアップをしています。ですが、そもそもは、「読書メモ」という個人的な備忘録という性格があるので、ついつい、自分の関心事でメモを書いてしまいます。他のひとが読むとまた、ピックアップが全然違ってくるもので、文を書いているひとたちは、いろいろな思いをもって書いていることで、その思いを考えると、取捨選択するということ自体が、とんでもないことをしているという思いも湧いています。で、そもそもそれはどういう本や雑誌を読むのかということ自体で、自分の限られた時間の中での読書計画、何を読むのかという一方で、むしろ何を読まないで済ませるのかということの取捨選択をしてしまっているわけです。何度か書いている、「読書メモ」の性格を確認のために書き記しました。
 で、今回は、一度雑誌で書かれている文にすべて、簡単でもメモを書いてみようと思います。

見開き写真・文 新居真理「人工呼吸器を付けて2泊3日。親の付き添いなしの修学旅行記
巻頭(インタビュー)黒岩祐治神奈川県知事(聞き手)河東田博「辛い悲惨な事件への想いを県民相互に共有し、「ともに生きる社会かながわ」を実現していきたい」
 やまゆり事件の後、取り壊して同じものを立て直すという要求が「家族からでていた」中で「障害者」当事者を中心に、地域で生きる、地域生活移行という提案がでて、知事もその意見を一部取り込み、小規模化ということに切り替えたという話です。もっと踏み込みが必要なのですが、急に地域生活移行といっても「選択肢をもっていない」というところで、小規模化ということなのですが、そもそもそういう「選択肢をもっていない」ひとを生み出してきた責任から問題になるのですが、ともかく「日本の障害者福祉のあり方に大きな影響を与え、誰もが地域で共に生きていくことができるようになることを願っています。」というところで終わっています。
特集:障害者差別解消法・権利条約から障害者の暮らしを見直す
 野澤和弘「障害者差別解消法施行から一年」
 法が機能していない現状と逆に意義のあるところを指摘しています。働く場での「合理的配慮」の問題やインクルーシブ教育の中身を具体的に提起しています。また、福祉分野における「合理的配慮」の問題も取り上げています。人手がないからできないということを批判しつつ、その反批判的なことも書いています。また警察の取り調べの際に、「障害」特性を理解した付添人必要性や、成年後見制度の問題など多岐にわたって指摘しています。最後に新しく作られたマツダスタジアムがアメリカADA法下での大リーグの球場を視察したところで設計されたという明るい話題で、話を終えています。
 佐藤聡「アクセス分野における差別と合理的配慮の実態―差別事例収集と差別解消ガイドラインづくりの提言報告から」
 過度な負担という中身をとらえ返そうとしている論攷です。
 白井誠一朗「日常生活における差別と合理的配慮の実態―差別解消法の見直しに向けて」
 具体的事例を挙げています。この文を読みながら、役所に「障害者」が入っていく必要性を考えていました。
 今村登「福祉サービス利用における差別と合理的配慮」
 どのような場合が合理的配慮に反するのかを詳しく展開しています。
 橋本智子・高村リュウ「障害者差別解消法で学校は変わったのか―法施行後に寄せられた相談事例から」
 2013年の施行令により、親の選択権が一応尊重されるようになった、ということで、現場の闘いで、現実にできることが考えられるという情況が書かれています。もちろん、きちんとした情報提供がどこまでなされているのか、選択権といっても、実際強制のシステムのことを考えなければならないのですが。
 崔栄繁「司法分野における障害者の差別解消のために」
 司法は、今、ゴーン日産前会長のやりとりが問題になっていますが、日本の司法手続きのひどさが歴史的にあります。裁判傍聴とか、拘置所でのろう者への面会時の制限とか、通達が過去にあるのに、ちゃんと周知徹底されていないとかの問題も繰り返し起きています。根本的にとらえ返す必要があることです。
 清水建夫「雇用・労働における障害者差別」
 常勤勤務しているのに、非常勤になっている「障害者」雇用の差別的現状が書かれています。
 林芳江「障害者差別解消支援地域協議会における議論から―北九州市からのレポート」
 「身体障害者福祉都市宣言」をしている北九州市からのレポート。北九州市の「自立支援事業協議会」と「差別解消支援協議会」の関係をとらえ返したレポートです。
 石川准「権利条約締約国審査と市民社会のパラレルレポート作りに向けての提起」
 国連の権利委員会の委員を務め、日本の障害者政策委委員会の委員長を務める石川さんの、国連へのパラレルレポートの勧めです。外圧で、日本の福祉政策が進むという悲劇的現状があるのですが、それでも、そういうことを使っていくというところで、貴重な提言です。
 臼井久美子「(コラム)女性と障害の複合した差別状況に発して」
 女性と障害の複合差別を問題にし、差別解消法に女性条項を織り込む必要を提言しています。
 東 京香「(コラム)障害者権利条約十二条(法的能力)と成年後見制度―親の立場から「成年後見制度」を裁く―」
 後見人制度は、「障害者」を「将棋の駒」のようにするという鋭い指摘です。
 塩屋隆男「(コラム)身体障害者補助犬法、障害者差別解消法についての考察」
 そもそも補助犬法の存在自体が知られていない、という情況を押さえて、広く知って欲しいとの思いで書かれた文です。議員立法の問題点も指摘しています。
インターチェンジ 交差点
小園弥生「(行政の窓口)「非正規シングル女性の社会的支援に向けたニーズ調査」をめぐって」
石田力「(施設から)美深のぞみ園施設解体の記録@―スタートラインは地域から」
施設のもつ意味を考えさせてくれる文です。
堀井二実「(保育所の庭)なんで走ったらあかんの?」
「古典的エーラス・ダンロス症候群」と規定される「指定難病」の子どもとのふれあいの記録です。
奈良崎真弓「(街に生きて)本人の会活動について」
本人の会の意義を訴えています。
大和俊広「(教室の中で)学校は、子どもたちの「生活の場所」」
「数値化、計算化できない学力」というとらえ方を示しています。わたしの中でグールドの『人間の測りまちがい』という本とリンクしていました。
障害学の世界から(第八十回)
 長瀬修「台湾の建設的対話と総括所見―障害者権利条約」
 ちょうど、特集の石川さんの文と連動しています。権利委員として台湾の総括所見を担った経験と内容を書いてくれています。
障害者の権利条約とアジアの障害者(第二十八回)
 中西由起子「権利条約の政府報告B第一―四条からの障害の定義」
 障害の定義で、「社会モデル」の混乱的情況を指摘しています。
季節風
 古庄和秀「障害者の自立と政治参加をすすめるネットワーク全国大会のご報告―過去最多の四〇名が結集-入部香代子初代代表を偲びつつ、原点を確認―」
 豊中市議会議員として「障害者」地方議員の草分け的存在だった入部さんを偲ぶという意味ももって開かれた、議員と議員に立候補するひとたちのネットワーク、その大会と、その大会に合わせた活動の動きを伝えてくれています。
 長野一郎「羽田増便計画による低空飛行の問題点―騒音だけでない落下物の恐怖」
 「視覚障害者」の立場から、騒音や落下物の恐怖などのまさに「社会モデル」的意味の障害の指摘です。
社会を変える対話―優生思想を遊歩する(第七回)
 森達也×安積遊歩「生きる価値が問われる社会ではなく、生きることに価値がある社会へ」
 安積さんの対談のシリーズ、今回はオームの取材などで、犯罪の問題を追求している映画監督・作家の森達也さん。
 森さんの犯罪がどういった不足から起こるかの指摘@幼少期の愛情の不足A成長期の教育の不足B現在の貧困 安積さんの、恐怖なく安心して子どもが産める社会をという提起が印象に残りました
現場からのレポート
 清水裕「地域移行の過程で商品化される障がい者―社会福祉法人釜ケ崎ストロームの家で起こった事件から障がい者の人権回復にについて考える」
 福祉の現場の生々しい「障害者」と施設の対立関係を、「障害者」側に寄り添おうとした立場から書いてくれています。
 山本勝美「新たな優生手術被害者の決起」
 今、話題になっている優生手術被害者の決起の情況を報告してくれています。
 桑本謙「第十八回「障害児を普通学校へ-全国連絡会 全国交流集会inくまもと〜ママ、どうしていっしょの学校に行けないの?」報告」
 大会の報告、現場の運動の息吹を伝えてくれています。
連載 「当たり前」をひっくり返す―フレイレ、ニィリエ、バザーリア(第九回)
 竹端寛「批判的な探求者」
 連載で、注目しているシリーズです。フレイレの銀行型教育ではなく問題解決型教育の提言を、自らの大学教員としての実践から取り上げています。コード化と脱コード化という観点からも押さえ、ルソーと的な教えることは教えられることという対話型の実践です。ヘーゲルの正―反―合という概念での実践にもなっているということも書いています。次回で、連載が終わっているようです。
読者の広場
 読者との対話として設けられたコーナーです。
編集後記
 堀さんの短文ながら印象に残る論攷には注目しています。

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2019年01月11日

草の根ろうあ者こんだん会編/稲葉通太監修『知っていますか?聴覚障害者の暮らし一問一答』

たわしの読書メモ・・ブログ480
・草の根ろうあ者こんだん会編/稲葉通太監修『知っていますか?聴覚障害者の暮らし一問一答』解放出版社 1998
これも積ん読していた本です。この本は「聴覚障害者」が抱えさせられている問題の、聴者向けの入門書の本。「草の根」のひとたちには、いろんなところでよく会っていました。考えも共鳴できること多。いつも話を見ていたので、自分で入門書を作るとしたら、読み込む必要があったのですが、そのような立場にはないので、さらっと見て、積ん読してしまっていました。集中学習の最後にとりあげます。よく、まとまって、しかも簡潔にまとまっていますが、しかも、かなり細部まで押さえています。そもそも関係団体で取り組んでいた運動もあり、申請主義批判−広報義務の問題、在日外国人無年金問題、「重複」の問題、ことばは出てきませんが、差別というところを押さえているので、ろう者と聴者の非対称性の問題など、おとすところがなく書き上げています。この本が出されたのは、阪神淡路大震災のあと、災害時の対応とかで、共生のあり方ということまで含めて出された本です。
団体の名前にあるように、草の根の活動をしていて、ひとりひとりの生活や文化、思いを大切にする団体、ろう者だけでなく、重複のひとや、色んな「障害者」とも付き合いがあり、他の差別の問題も対象化しようという指向性がありました。
大きな団体がヒエラルヒーのようなことをもってしまい。そして、ろう者と聴者の関係も、きちんと対話できないところが出てきますが、一緒に動きながら、きちんと関係を問い続けてきた団体です。この団体が他のひとたちと一緒に作った全聴連(全国聴覚障害者連絡会議)とともに、今こそ、その存在が必要になっているのだと思います。
よく、「要求運動をするにはひとつの団体にまとまっていなくてはいけないから、別に団体を作るのはおかしい」とかいうひとがいるのですが、逆に、組織の威信のようなところが出てきたり、ひとつにまとまろうということで、おかしな話もできたりするのではと、最近感じています。それに、法制度作りというところが中心になり、政権与党にも友好的に働きかける中で、政治的に大きな情況に対する発言もでにくくなっていることがあります。そういう意味で、草の根の運動や、それから差別をトータルにとらえ返す、そういう意味で政治性をもった団体が必要なのです。当事者ではないので、ないものねだりの話にしかなりません。
さて、切り抜きです。
草の根の他の団体と違う特徴が出ている執筆は「17 手話通訳に資格が必要なの?」「18 耳が聞こえない人は、どんな手話通訳者を求めているの?」「22 耳が聞こえないひとの団体には、どんなものがあるの?」「23 ほかの障害をあわせもつ耳が聞こえない人は、どんな暮らしをしているの?」
「これは(ろう学校の生徒が少ないこと)、単に子どもの数の減少だけが原因ではありません。もっと大きな理由は統合教育、「ともに生き、ともに学ぶ」教育が広がってきたからです。つまり、ろう学校から、地域の普通校に転校する子どもが増えてきたということです。このことはなにも聴覚障害児だけでなく、他の障害児についても同じことがいえます。」35-6P・・・他の「障害児」も「特別支援学校」でなく、地域の学校へという動きが少なくなっているという運動サイドからの嘆きも出ています。まだまだ原則分離が強く、さらに揺り戻しも起きているようです。
「17 手話通訳に資格が必要なの?」
「手話通訳に資格の有無は関係ありません。大事なのは、その通訳がどのくらい聴覚障害者と手話が通じあえるか、また、どのくらい人間的に信頼できるか、どのくらい聴覚障害者の立場に立てるかです。」81P
「聴覚障害者自身が手話通訳者を選ぶ権利の尊重を」82P
「18 耳が聞こえない人は、どんな手話通訳者を求めているの?」
「残念ながら、手話通訳の中には、聴覚障害者を押さえつける人、傲慢な人、肩書きだけを気にする人、必要以上に聴覚障害者を持ち上げる人などが目立ちます。聴覚障害者と真に対等な人間関係を築けている人は、むしろ少数であるともいえます。」85P
「22 耳が聞こえないひとの団体には、どんなものがあるの?」
「もう一ついっておきたいことがあります。ある団体の人びとは「すべての聴覚障害者団体は一つの団体にまとまるべきだ」と主張していますが、これは間違った考え方です。健聴者の場合、いろんな政党があり、いろんな市民運動があります。考え方や主義主張が違うのだから当然のことです。聴覚障害者も同様です。聴覚障害者だからといって一つの団体の下にあつまらなければならないというのは、聴覚障害者を一人ひとりの人間として見ていないということの表れではないでしょうか。さまざまな聴覚障害者団体があり、聴覚障害者が自分にあっている団体を選んで、いきいきと活動できるのが理想です。/また、聴覚障害者団体は一般に、広い地域に点在する聴覚障害者を結びつけて広いネットワークをつくることができるのですが、その反面、どうしても個々の障害者に対する細かいサポートが弱くなり、ともすれば運動課題が優先してしまうことがあります。ですから、聴覚障害者がそれぞれの地域でいきいきと暮らせるようにするために、大がかりなセンターよりも、地域単位で聴覚障害者が集まり、情報交換などができる場をつくっていかなければなりません。これは、あの阪神・淡路大震災の時にあらためで気づかされた今後の課題といえます。」106P・・・正論です。ただ、「運動課題が優先してしまう」という書き方をしているのですが、どちらを優先するかの問題ではないと思います。「運動課題」は生活を規定していくことなので、運動の取り組みも必要になります。ただ、その中に入って一緒にやっていた全聴連がいわゆる「政治的課題」を担っていたという経緯もあり、「草の根」は生活・文化を軸に活動していました。
「23 ほかの障害をあわせもつ耳が聞こえない人は、どんな暮らしをしているの?」
このところを押さえようとしていて、いろんな「重複」のひとが来ていて、それが、草の根の特徴でもありました。

この本が出たのは1998年です。だいぶ、変わってきていることもあります。欠格条項は見直しが少しは進みました([4]中でも20P)。
また、まだ「障害個性論」的な主張もこの本の中では見られます。「そして、その障害をその人の一部(マイナスではない)としてありのままに受けとめてほしいのです。」114P・・・今は「個性論」ではなく、「障害の社会モデル」という考え方が出てきています。
で、機器の開発とかで、要約筆記にはパソコン通訳が導入されて、技術的にはかなり進んでいます。音声認識ソフトの開発もいくらかは進み、それを使っているひとたちも出てきています。[「10」や要約筆記92Pに関するところ]
ひととひとの関係のところで基本的におさえようとしていたことは、ろう協会の流れの運動では、その後あまり、進んだようには思えません。「つまり、聴覚障害者と健聴者の関係のあり方についてじっくり考えていって欲しいのです。聴覚障害者に対して差別的な対応をするのは論外ですが、健聴者の中には必要以上に聴覚障害者を持ち上げたり、へりくだったり、遠慮したりする人が目立ちます。それでは、本物の豊かな人間関係はつくれません。聴覚障害者が間違った考え方をしていることは当然あるのですから、そういうときははずばり指摘し批判できるような姿勢が必要です。ぶつかり合いを避けていてはいけないと思います。もちろん、健聴者が間違えている場合も同じことがいえます。長く運動をやっている聴覚障害者・健聴者の中にもそういう人間関係を十分につくれていない人がいます。」120P・・・わたしも「運動、運動」と言って、独り相撲をして、作れていないひとりですが、反差別という観点をもって、共生を実践し、目指す運動が必要なのだと思います。
「障害者」運動総体にとっても、共生・共闘を突き出していた、運動の流れこそが今必要になっているのだと思っています。
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日本手話研究所編『手話・言語・コミュニケーション No.6 特集:手話の歴史2』

たわしの読書メモ・・ブログ479
・日本手話研究所編『手話・言語・コミュニケーション No.6 特集:手話の歴史2』文理閣 2018
インターネットで障害問題関係の本の卸をやっている「スペース96 mag2」というサイトがあり、そこからメールマガジンを送ってもらっています。今、障害関係の出版物もタイトルからして「医学モデル」的なとらわれから脱していず、ほとんど、読みたい本にヒットしないのですが、手話関係の本は、案内を読んで何冊か注文したりしています。それで、特集の「手話の歴史」というより、内容紹介にあった、言語条例の文を読みたいと、買い求めました。
これは『No.6』ですが、このシリーズの前身『手話コミュニケーション研究』を一冊買って読んでいます。全日本ろうあ連盟手話研究所『手話コミュニケーション研究 No.41 ろう教育と手話』2001 です。まだ、読書メモをブログにアップしていく前に読んだので、メモもちゃんと取っていません。ただ、当時読んでいて再読マークをつけいるので、大切な資料として、記憶が苦手のわたしの中で、逆に本当に必要なことだけを濾過した形で、その後の論形成に少しは活かしているのだとは憶測しています。
手話関係の雑誌というか、冊子は膨大なものが出ています。『手話コミュニケーション研究』だけでも、わたしが読んだのは『No.41』2001、手話関係の学習を専門的にしているひとたちは、たぶん、それらを読み込んでいっているのでしょう。障害関係の雑誌に『福祉労働』という雑誌はそれなりに読み込んでいったのですが、手話関係の雑誌はほとんど読めていません。手話の言語学的な関心というか、すばらしさから、読んでみたいのですが、からだはひとつしかありません。絞り込んだところの学習にしかなりません。
ということで、この冊子も三つだけ読みました。
田中美郷「「巻頭言」にかえて――聴覚障害乳幼児の療育・教育における人工内耳と手話の問題」
昔、「D」というミニコミ紙がありました。木村さんが発行人になっていて、その中で「人工内耳」の問題をとりあげていました。それはろう者の存在そのものを否定していくこととして押さえて批判していました。今、欧米や日本でも広がりをもっています。しかも、手術の低年齢化も進んでいます。しかも、医師や医療関係者がきちんと、手話やろう文化の情報をもたず、情報の提供もなされないまま手術がされている現状があります。この著者は医師で人工内耳の手術そのものの否定はしないまでも、限界を押さえ、手話の必要性も説いています。
切り抜きメモを残します。
「医療分野に関しては、今は若い耳鼻科医には難聴についての知識はあっても、聴覚障害児を理解出来る人材が余り育っていないといった問題があります。このような耳鼻科医は人工内耳らついての説明はできても、聴覚障害児の教育や言語について深い知識があるとは思えません。」3P
「この意味で(「高等教育を受けるものが続々と出てきました」という意味で)早期教育は明らかに成果を挙げてきたのですが、他方、聴覚口話法の問題点も見えてきました。それはいくら幼児期の早期から聴覚活用を徹底しても、特に難聴が重いほど聴覚活用には限界があること、そして幾ら日本語が豊かに育っても難聴に由来するコミュニケーション障害は根本的には解決できないという事実です。このような環境で育てられた聴覚障害児は孤独を強いられ、疎外感にさいなまれてきました。」4-5P・・・「難聴が軽い」子も、聴覚活用に頼れば、マージナルパーソンになります。
「一方、伝統的聴覚口話法は健聴児化を目的にしており、理念的に聴覚障害児であることを否定しているといった問題があります。しかし日本語を教えるためには聴覚を活用することに合理性があります。この矛盾を克服して、日本語をどう教えるのかが私にとって大きな課題になりました。」6P・・・課題の答は、文の最後にあるようです。
「人工内耳の意義は、補聴器のほとんど役立たない重度難聴児にも聴覚活用の機会を提供し、聴覚口話の可能性を広げたことにあります。しかし人工内耳は難聴を治す方法ではありません。いわば補聴器と同じく補装具と考えるべきもので、その効果には限界があり、個人差もあり、また人工内耳の適応にはならない子どももいます。人工内耳の効果の乏しい子どもには手話が必要になります。即ち人工内耳によって日常生活における会話には劇的な改善が見られても、聴覚障害児であるという本質は変わりません。」6P
(文の最後)「かようなわけで、人工内耳が普及している今日においても、手話の重要性や必要性はいささかも変わりなく、むしろ聴者と聴覚障害者が共生していく上で手話は尊重されるべきです。/東京にはbilingual/bicultural教育を標榜する聾学校が2008年に設立されました。またこの年には国連で障害者権利生薬が発行し、ここで「手話は言語」と定義されました。/この意義は非常に大きく、日本手話研究所などはこれをもって「聴覚障害は医学モデルから社会モデルへ変わった」と主張していますが、この主張には私も諸手を挙げて賛成です。」9-10P・・・ここのところは、「「聴覚障害」と言われていたことは、医学モデルから「社会モデル」へ変わり、情報・コミュニケーション(被)障害と言われるようになった。」と書くこと。
大西孝志「ろう教育に関わる教員養成の現状と課題」
この著者は東北福祉大学教育学部の教員、ろう学校の教員の育成情況を書いています。その免許は、教員の一般免許の上に、特別支援教育の免許、その上に「聴覚障害領域の免許」となっていて、実際に「聴覚障害領域」に関しては、「専門性」の免許をもたないで、ろう者との交流の経験もない教員がろう学校に赴任してくる教員も多く、しかも、圧倒的に「専門性」が確保されていない情況を書いています。しかも、転任とかで移動が多く、他の「特別支援教育」に移るとかいうこともあります。そもそも手話で教え得る教員、更にその手話もネイティブな手話ができる教員がどのくらいいるのか、その教員たちへの手話教育はどうなっているのでしょうか? 以前日本手話の非公的な有料の教室に通っているときに、ろう学校の教員のひとたちが何人も来ていました。お金を払って時間外での学習なのです。どうして、肝心の教員教育システムさえないのか、日本の公教育の貧困の極みとも言えることです。
切り抜きメモ残します。
「特別支援学校で障害のある子どもの指導に関わるか否かに関係なく、指文字等を知っておくことは、教師としての基本的な知識であると学生には伝えています。」79P・・・指文字ではなく、手話の基本的なこと
「教室での授業を通した学びは、教科書には書かれていない実践を伴う、まさに「アクティブ・ラーニング」による研修といえるのではないでしょうか。」90-1P
(今後の課題)「(1)所有免許状・資格を生かす人事の仕組みを整える(2)「聴覚障害領域の免許状をとる」学生と「聴覚障害領域の免許状もとる」学生、それぞれのニーズに合った養成(3)大学で学び、現場(聴覚支援学校)で学ぶ(4)先輩から学ぶ」88-92P・・・普通学校で手話を学ぶこととか、北欧でなされている教員のための無償(生涯教育の理念も含んだ、授業料、交通費、学習期間の給与、遠隔地からくるひとには宿泊料の保障)教育なども考えていく必要があります。
佐藤英治「手話言語条例をめぐる言語論」
著者は「公益社団法人北海道ろうあ連盟副理事長」、この論文には「―北海道、札幌市における「手話言語条例」をめぐる言語、コミュニケーション論争のポイントと結論―」というサブタイトルがついています。
さて、最初に世界的、日本的にどういう流れの中で、手話言語条例の制定運動があるのかを押さえています。で、この論文の焦点は、北海道、札幌市における手話言語条例の制定運動の中で、他の「障害者」団体から、ろうあ連盟・ろう協会の条例制定の運動に反対の意見が出たという話を書いています。内容は、他の「障害者」も含んだ「意思疎通支援」(情報・コミュニケーション保障)の問題から切り離して、言語保障の問題として、条例制定運動をするのはおかしいということです。結局、情報・コミュニケーション保障の内容の条例を先行させる、二本立てにするというところで、制定にこぎ着けたのですが、これは、「ろう文化宣言」が出たときに、その内容が、「わたしたちの問題は障害問題と言うよりも、民族問題での言語的少数者としての問題である」ということを突き出したことの再現です。この「ろう文化宣言」が出たときに長瀬修さんが「障害者はキズモノか、医学モデル、文化・言語モデル、社会モデル」という文を、『日本手話学会 会報』No.53に書き、わたしも「ろう者の問題=民族問題??」を書きました。http://www.taica.info/rmmmk1.pdf
その後で、「ろう文化宣言」の著者2人の連名で、「ろう文化宣言以後」という文も出ていて、それに対して、「「ろう文化宣言以後」の以後」http://www.taica.info/rbsii1.pdf
という文をわたしが対話を求めて書きました。
今回のことで、何が問題になるのかというと、全日ろう連は「社会モデル」ということを取り入れているのですが、自分たちの言語保障の問題で、「社会モデル」の考え方をとりいれ、他の「障害者」の障害は「障害」(医学モデル)という、ダブルスタンダードになっているのです。そもそも、言語の違いということで、「社会モデル」の立場を取り得たのですが、「障害の社会モデル」自体は混乱を極めています。「障害者の権利条約」やその批准に伴う「障害者」に関わる国内法の改定、新規の法律を作り、その際に「社会モデル」に基づく法律だとかいうことを官僚が言っていたのですが、とんでもない勘違いです。法律の条文の中で、「社会モデル」的なことを書くときは、‘障害’ではなく、‘障壁’ということばを使い、‘障害’ということばを使っているところは、全部医学モデルです。だから、他の「障害者」団体は、自分たちが抱えさせられていることを障害ではなく「障害」という医学モデルでとらえているし、ろうあ連盟・ろう協会も、他の「障害者」のかかえさせられている障害を「障害」としてとらえているのです。そこでの混乱です。言語保障の問題も、「社会モデル」でいけば、障害なのです。今、LGBTの運動が起こっています。一時期「性同一性障害」とか言う言葉が出ていました。これは「病理」の問題として「障害」としてとらえようということだったのですが、今は、性的指向性の問題として、「障害」の範疇にはいれません。むしろ、同性婚を認めないなどの制度的障害の問題としておさえ、要求を出してきています。保育の貧困の問題も、政策のおかしさによる子育ての障害としてとらえてきています。障害をもっときちんととらえ返す必要があります。これらの‘障害’は、ほぼ‘差別’という言葉に重なっています。
この「社会モデル」的考え方では、「「障害者」は「障害者」と規定されるもの」という考えになりますし、そこでは障害は「障害者」がいきることを妨げる悪いことなのです。だから「‘障害者’ということばはイメージが悪いから、‘障がい者’に変えよう」というのは、「社会モデル」の「障害は悪いことだから、悪いときちんと言って、なくしていこう」という考えと真逆なことなのです。だから、条例で「障がい者」などという言葉を使っているひとたちは、「社会モデル」の意味を理解していないということをわたしは指摘しているのです。もちろん、こんな情況が起きているのは、「障害の社会モデル」の混乱を収め切れていないことから来ているという、「障害者運動」の理論を担っているところで、その力及ばすというわたしの自己批判もあるのですが。わたしは既に『反障害原論―障害問題のパラダイム転換のために―』世界書院2010 で、この問題を論じています。その後、「『反障害原論』への補説的断章」というところで、文を書き連ねています。
https://hiro3ads6.wixsite.com/adsshr-3/c
わたしは、いわゆる「営業」(お金が目的で出したのではなく、理論の進化と拡大という目的で出したので、そもそも「営業」ということばに当たらないのですが)ということが苦手というか、嫌いなので、ちゃんと届けるということをやってこなかったのですが、同じようなおかしなことが繰りかえされている現状があり、なんとかしなくてはと、色んな躊躇を取っ払い、もうすぐ本も在庫がなくなるはず、本の著者販売ということも含めて積極的に突き出していきます。
だいぶ、話が脱線しましたが、元に戻っていつもの切り抜きです。
「・・・言語は国連憲章や国連人権条約(?規約)などにおいて。平等であると規定されています。すなわち、言語権は人権を構成する重要な要素です。ところが、ここでいう言語とは正確には音声言語のことです。そこには手話は含まれていません。」96P・・・当時は手話を含めて考えていなかったとは言えるけれど、権利条約では「手話は言語」という理念においては、当然含まれます。
「1880年ミラノで開催されたろう教育国際会議は「手話を排除する」決議を行いました。その後2010年のバンクーバーで開催されたろう教育国際会議において、手話を否定した「ミラノ決議を削除する」と決議するまでに120年を費やしています。」100P
「2013年10月8日、全国初となる鳥取県手話言語条例が可決、成立しました。さらに同年12月16日、北海道石狩市においても手話言語条例が可決、成立と続きました。これらの条例は、障害者権利条約批准の前年に可決、成立したもので、手話を言語として認める意味において先駆的価値をもっています。/それは、わが国が国際的に遅れている障害者の「言語」と「人権」について、自治体の機能である「条例」という分野が先鞭をつけたことでも意義があります。手話言語条例は最初の鳥取県から四年半の間に、2018年5月1日現在で全国179自治体に広がっています。/全国179自治体の条例を分類してみると、手話に特化した手話言語条例は161自治体、手話と情報・コミュニケーションが一体となった条例が18自治体となっています。」100-1P
「運動会の「障害物競走」を思い浮かべればわかるように、「障害」とは行く手を遮るもの、バリア「障壁」であり、バリアは障害当事者にはありません。」102P・・・言葉の使い方がおかしい。「「障害」とは行く手を遮るもの」は「障害とは行く手を遮るもの」、「バリアは障害当事者」は「バリアは「障害者」当事者」という表現になること。もうひとつ、これは「イギリス障害学の第一世代」の障害規定にも落ちていることですが、口話主義の問題の抑圧―同化の問題が抜け落ちているのです。「障害の社会モデル」を展開するときには「障壁」だけでなく、「障壁と抑圧」という表記にすることではないかと思います。
「この知事公約の実現には、与党である自由民主党・道民会議の協力が大きくものをいいました。」106-7P・・・全自治体での意見書の採択や、次々に作られていく条例には、この自民党と友好的な関係をもったことの影響が大きいと言われています。ただ、理念法として成立させるだけではなく、予算をつけていくことでは、現在の政権の福祉に必要な予算をつけず、福祉の押さえ込み・切り捨て的情況でどうなっていくのか、全体的戦争のできる国作りの中で、戦争とファシズムへの途を歩む動きの中で、コツコツとつみあげていったものが、どうなっていくのかの観点が必要です。
「おおむね、「手話を使う人の能力は劣っている」としてなどとして「哀れみの対象」としてみることが、残念ながらおおまかなろう者観でした。」112P・・・こういう言い方では、他の「障害者」が依然として「哀れみの対象」としてとらわれていくことの批判ができなくなります。障害概念のダブルスタンダードになっているのです。「障害の社会モデル」の考えが、他の「障害者」にもあてはまることがとらえられなくなります。
「身体障害者福祉協会を中心に反発され、2017(平成29)年2月1日に道当局の提案した条例名称は「障がい児に係わる手話及びその他の形態の非音声言語等の習得に対する支援ならびに普及啓発に関する条例」でした。/この提案は、障害は個人にあるのではなく、社会にあるという障害者権利条約の理念に乖離しているので、私たち連盟が即座に拒否したことはいうまでもありません。」115P・・・よくわかりません。他の「障害者」の障害を「障害」―医学モデルでとらえているのではないでしょうか?
「北海道言語としての手話の認識の普及等に関する条例」「北海道障がい者の意思疎通の総合的な支援に関する条例」115P・・・「北海道言語」というのは、アイヌ語の問題も言語の障壁で含めようという意図だと思うのですが、アイヌの人に北海道での自治権を認めようという承認がない限り、意味不明です。「意思疎通」というコミュニケーション障害の問題だけでなく、そこには情報障害も被っていると言う問題抜け落ちています。‘害’の表記を‘がい’に変えるのは、「障害の社会モデル」のとらえ方になっていないという問題も。
 「「アイヌ文化振興法」にはアイヌが求める「先住権」などは盛り込まれず、文化振興に限定されたのです。また、石原慎太郎(法律制定時の衆議院議員)が猛反発した結果、日本の法律でありながら、北海道以外では効力をもたないなど特異な扱いをされています。/しかし、このアイヌの運動は私たちの運動に先駆けたものといえます。」124P・・・画期的なとらえ方、ですが、言語権の問題も、「障害の社会モデル」では障害問題としてとらえられるという観点の欠落。

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『手話・言語・コミュニケーション No.5 特集:手話の歴史』

たわしの読書メモ・・ブログ478
・日本手話研究所編『手話・言語・コミュニケーション No.5 特集:手話の歴史』文理閣 2018
前のブログで書いた久松さんの文が所収されている本。この本のタイトルは「手話・言語・コミュニケーション」です。それに合わせて、英語表記もされています。「Sign Language, Language & Communication 」です。手話をちゃんと Sign Languageと表記しています。それにしても全日ろう連の「日本手話言語法案」で、手話ということばを手話言語に全部変えるときに、誰も、おかしいという異論を出さなかったのでしようか?
いろいろ手話学習的に興味をひく文も多々あり、全部読みたかったのですが、時間がないので、四つだけ読みました。
田岡克介「石狩市手話言語条例が無くなる日を願って」
田岡さんは石狩市の市長、手話言語条例はいろんなパターンで作られていますが、石狩市は首長が熱心で、すごく勉強しながら、行政の主導で作られたようです。タイトルは条例を必要としなくなることを求めての、条例制定という意味です。
昔、手話通訳者が、「手話学習や手話を広めるということは、ベテランの手話通訳を育てるということが目標ではなく、手話通訳を(ほとんど)必要としないほど、手話を広めることだ。」という話にリンクしていました。
二神麗子「「手話言語条例」比較論」
手話言語条例が都道府県、市町村レベルで作られています。それをいくつかのパターンで示しています。
表1に「手話言語条例上程過程の形式」として簡略的に載せられています。48P
文章化してみます。 「@執行部提案A型―首長の協力リーダーシップA議員提案A型―主導する会派の力が強いB議員提案B型―執行部が前向きC議員提案C型―執行部が慎重D執行部提案B型―近隣の自治体の後押し」
 さて、表4 57Pとして「教育に関する条文の比較(都道府県モデル案/鳥取県/群馬県)」がありますが、トータルコミュニケーション研究会の北欧視察団の報告と入手資料(ブログ470-2で読書メモ)を見ると、「ろう児、教員、保護者」だけでなく、「きょうだい、親戚、周りの者」と広げて行く、そして生涯・無償教育というところまで射程に入れていくことが必要だと思っています。
 さて、「・・・合理的配慮の提供に関する内容は、差別解消法でもカバーできると言えそうです。それでもなお、残された課題は、聴覚障害者自身が手話を身につけることで、これは、障害者差別解消法の範囲外になっています。」「国の法律でカバーできない内容を独自に条例で定める、「横出し条例」として作成していくバターンは、今後も増えるかもしれません。」67Pとあります。条例作成の意味はまさにここにあるのかも知れません。堂本千葉県政で、「障害者差別禁止条例」が作られたことが、国の政治に波及していったという歴史なども見ると、条例制定運動の大きな意義を見出し得ます。もうひとこと書き置きますが、「合理的配慮」ということは、日本が批准している「障害者権利条約」に書かれていて、それを元にした国内法の整備として、「障害者」関連法律にも盛り込まれて、環境を整備することを義務づけています。だから「注(6)聴覚障害児・者が手話を身に付けられるかどうか、環境に起因するものです。しかし、この環境が準備されていなかった場合、これは「差別」、すなわち、「積極的な悪意が」があって、行われた(行われなかった)ものとまだ言えないのかもしれない。」69Pというのは、おかしいのです。これは、「合理的配慮」というのは、財政的な過重な負担を伴うときには、義務を免除していますので、両刃の剣になっています。そのことを指摘しているのかもしれませんが。悪意があるなしに関わらず、差別です。差別にかっこを付けて「差別」と表現することで何か意味をもたせようとしているようなのですが、意味不明なのです。そもそも、現政権が憲法改正を最大の目的にして、「平和憲法」を改定するために、危機をあおり軍事費を増額する、財界の支持を得るために、法人税を減税し、所得税の累進課税を弱める、更にアベノミクスなどで、企業の内部留保を増大させる一方で、福祉関係の予算で必要な処置を講じない・更には減額さえするというときに、「合理的配慮」で、予算を伴う処置はことごとく押さえられ、理念法・条例に押しとどめられていきます。そもそも、憲法に基本的人権があり、ひとりのろう者と聴者が同等の情報・コミュニケーション保障がなされるべきということで、それが保障されないならば、それは「基本的人権」とは言えないという批判ができるのですが、そもそも、憲法は基本的人権の条文だけで成立していないで、他のさまざまな条文との関係で、「基本的人権」が機能しないしくみ、ごまかしができあがっているのです。そのあたりの仕組み、この社会を成り立たせている世界観から、問題を考えていくことが必要になっているのだと考えています。脱線してしまいました。このあたりのことは別文にします。
藤澤和子「知的障害者のコミュニケーション手段―シンボルとサイン」
サインとシンボルを「知的障害者」のコミュニケーション方法として、シンボルとサインを使っていこうという試み。実は、わたしは、「自閉症」「知的障害」と規定される子どもへの体罰裁判の支援をしていて、その中で、手話の単語でコミュニケーションをとることを進め得るのではとちらっと思ったことがありました。で、そのような試みをしているという文にも出会っていました。結局ちゃんと読み込んでいなかったのですが、思わぬところで、この文に出会えました。
この話は、高田さんのヒエログリフの研究とつながっていると感じています。漢字が表意文字から表音文字化しているという話が出ているのですが、このようなシンボル、サイン研究は、これと逆向きの研究ではないかとも考えたりしています。
とても、このあたりの学習にまで踏み入れません。
パソコンには、検索機能があるので、何かもし必要になるときのために、いつもは抜き書きメモを残しているのですが、今回は抜き書きメモと、それにもならない、キーワード的に抜き書きを残して置きます。
「具体的には、音声言語が育つ前の前言語期によく使われる音声、指さし、表情、ジェスチャーや、絵、写真、シンボル、サイン、VOCAの機器が挙げられます。これらはすべては、Augmentative and Alternative Communication (AAC 補助代替コミュニケーション)と呼ばれ・・・。」72P(VOCA Voice Output Communication Aids : 音声出力会話補助装置98P)
「シンボルを障害者のコミュニケーションに使用する実践が始まったのは、1970年に入ってからです。ブリス(C.K.Bliss)が世界の平和を願って国際言語として考案したブリスンシンボル(Blissymbols)を、カナダのオンタリオ肢体不自由子どもセンターが注目し、障害者用の言語として用いたことから始まりました。」76P
「日本では、1985年に、広川によってオーストラリアで活用されていたサウンズアンドシンボルズが導入され、その後、1995年頃から、欧米のPICシンボルやPCSシンボルの日本版が制作され、現在までに特別支援学校や施設などで普及しています。」77P(PIC : Pictogram Ideogram Communication 79P)(PCS : the Picture Communication Symbols)
「スウェーデンでは、手話が知的障害学校の多くで使用されています。」91P(‘手話’に注「スウェーデンでは、言語体系としての語彙の多さや文法的使用という条件がそろわなくても、手指の動きが手話と同じであれば、手話の使用と言います。そのためスウェーデンでの報告に関する部分は「手話」という言葉を使用します。」99P)・・・「対応手話」ということと同じ。サインとサインランゲージの区別
久松三二「(書評)『手話を言語と言うのなら』を読んで」
これは、前のブログでメモを残しています。
次のブログの読書メモは、この冊子の『No.6』です。

posted by たわし at 04:30| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

久松三二「(書評)『手話を言語というのなら』を読んで」

たわしの読書メモ・・ブログ477
・久松三二「(書評)『手話を言語というのなら』を読んで」(日本手話研究所編『手話・言語・コミュニケーションbT』文理閣 2018所収)
この文は、一回前のブログの久松さんと対話の続きです。併せて読んで下さい。
前前回でだいたい積ん読していた本を読み終え、一連の集中学習を終えようとしていたのですが、ちょうどメルマガで冊子の紹介をしていて、その中で手話言語法を巡る論文の記載があり、その動きを押さえておきたいと冊子を買い求めました。実は買ったのは最新号『No.6』の方です。で、そのバックナンバーの内容紹介を見ていたら、『bT』のこの書評が目に付きました。
実は、ブログ448でとりあげた、『手話を言語というのなら』の文がよくまとまった文で、この冊子に対する全日本ろうあ連盟(以下、全日ろう連と略します)からの対話があれば、きちんと整理できるのではないかという思いをもっていました。一つ前のブログにもすでに書いていますが、インターネット上で、『手話を言語というのなら』の執筆者サイドから「vs久松」という反批判が出ていました。それを、この冊子への批判だと勘違いして買ったのですが、何かかみあいません。で、再度インターネットで検索して、前のブログの文にあたりました。そのことを前のブログにすでに書いています。そういう経過があって、実は、前のブログの文よりも、こちらを先に読んだのですが、メモのまとめは後にしました。
久松さんは、全日ろう連の常任理事・事務局長です。民主党政権時代に作られた「障がい者制度改革推進会議」に全日ろう連から参加していたひとで、論客としてわたしが注目していたひとです。
さて、論点は全日ろう連が「手話はひとつ」ということを突き出しているところでの議論です。実は、この冊子にも「しかし、本書(『手話を言語と言うのなら』のこと)で展開する批判を読むと、日本手話言語法案に記載している「手話」を「日本手話」に置き換えれば、批判の矛先を収めることになるのではないかと思えるような書き方もしています。」138Pの文があります。実は、『手話を言語というのなら』チームは、「ろう文化宣言」の流れの中から出て来たチームだとわたしは押さえているのですが、「ろう文化宣言」では、「手指日本語」は手話ではないと主張しているので、「手話は日本手話だけだ」ということになります。ですが、そもそも「中途失聴者・難聴者」の反発の中で、「ろう文化宣言」の流れのひとたちも、「対応手話」という表記、すなわち、「手話」と認めるような表記も使っています。久松さんは、「対応手話」とか「手指日本語」という表記も認めようとしないのです。「ろう文化宣言」よりも、よほどラジカルです(ラジカルには、根源的という意味と、過激という意味があります)。
「チーム」は「対応手話」を使うひとたちを、言語体系が違うひとたちとおさえているのですが、久松さんは、「単純に「日本語対応手話」と論じないで、手話を正しく表現するには、この表現が良いよと指摘すればよいのです。」140Pと書いています。どうも、「正しくない」とか、(これは前のブログでコメントした文や別のひとの話にも出てくるのですが)「手話の下手なひとたち」とか、「未熟なひとたち」とか、「学習を途中で止めたひとたち」とかいう規定をして、「対応手話」という言葉自体をも認めようとしないのです。どうも、「手話」を区別することを差別というようなところでとらえられているようです(註1)。「対応手話」話者と日本手話話者は、手話通訳が十分に保障されない中で、しかも、日本手話通訳者が少ない中で、総体的相対的に下位の社会的地位に置かれています。だから、全日ろう連の元理事長の高田英一さんがシムコムの勧めなど書いているのです。話がそれましたが、むしろ、手話のうまい-下手などというのは、それは間違いなく手話の技術を巡る差別です。ことは、上手い-下手ではなく、「対応手話」という指摘―区別は、言語体系が違うという指摘なのですが。
それについて、久松さん自身が「その影響の度合いを日本語の視点で評価し(このところはおかしく、「自分の使用する言語の視点で評価し」と書くところですが)、その評価に基づいてレッテルを貼ることは、言語権を尊重する、また言語学の求める姿勢ではないと思います」140P中段 と書いています。だから、「下手」とかいう評価自体がおかしいのです。そもそも言語体系の違いなのです。「対応手話」ということにも洗練があります。手話通訳者が音声言語話者の話を、完璧に近いほど復唱的に口話をつけながら「対応手話」をしていたりしているのを見たりしていますし、「ろう者」が口話をかなりの精度で読み取れるとか、それに、同時法の流れの中のひとたちが、「対応手話の」精度化のために「漢字対応手話」を提唱していたり、その流れの中で辞書まで作ったりしていました。
さて、久松さんが勘違いしているのではないかと思えるところの指摘をしてみます。久松さんは「しかし、多くのろう教育関係者を中心とする「手話」の特性についての説明は、日本語(以下、音声語)を基準に優劣を論じる主観的傾向が多々ありました。今でもこの傾向は、「手話は日本手話、日本語対応手話、混成手話の三通りあります」と、言い方を変えて引き継がれています。この表面的分類に固執する限り、「手話」は音声語とは独立した独自の文法をもつ言語の体系であると、いくら説明しても、手話言語法を批判する人たちは、この説明を受け止め、理解することができないのではないかと思います。」139P下段 と書いています。「ろう文化宣言」は、音声言語を軸にして考えることから大転換して、「日本手話」を基軸にして、「対応手話」の批判をしているのです。その押さえがないので、意味不明の文が続いています。「今でもその傾向は・・・引き継がれています。」ではなくて、「「ろう文化宣言」によって根底的に変換されました」と書くことです。そして、「「手話」(これはかっこを外すべきです。「対応手話」には「かっこをつけますが、ここは日本手話、日本手話にはかっこはつけません)は、音声言語とは独自の文法をもつ言語の体系である。」というには「ろう文化宣言」と今回の「チーム」のひとたちの主張そのものです。
実は、久松さんは「隠れ「ろう文化宣言」支持者」ではないかとわたしは思ってしまいます。ただ、「手指日本語」(やわらかい表現としての「対応手話」)の存在を認めないというところの違いがあるのです。
日本手話か「対応手話」ということは、単にどちらの論が正しいのかを競っているのではありません。そこには実際に、ろう児たちにどういう教育を提供していくのか、どういう手話を聴者も含めたところで広めていくのという実践的な問題です。音声言語の圧力が強い中で、「社会参加」という名目で、適応論に陥ると、その手話はどうなるのか、それが「対応手話」になっていくという自覚をもって、それとはっきり「日本手話」を対峙させる必要があるのです。だから、「対応手話」に対峙するためには、「対応手話」という存在を認めねばなりません。差別をなくすためには、差別ということばをなくすのではなく、差別ということを自覚して、反差別の運動を起こす必要があるのです。
「対応手話」の存在を認めないということ、これはどこから来ているのかと考えているのですが、わたしは「手話はひとつ」という突き出しは、全日ろう連という組織を維持していくために、手話の違いによる分断を避けるという自覚的・無自覚的かを問わずその意識がはたらいているのではないかと思うのです。これは「プロクルステスのベッド」のような話です(註2)。
ここで、前のブログで書き落としていたこと、その文の最後のところで、全日ろう連活動の蓄積と成果ということを述べられていることへのわたしの思いを書き置きます。
確かに、コツコツと積み上げられてきた運動の実績は、すごいと思っていますし、リスペクトしています(註3)。
ただ、議論をするときは、論の論理性で議論をすることで、過去の運動の実績とか、所属する組織の力とかをバックボーンにして議論をするのはおかしいと思っています。だいたい、少数言語者への多数言語者への抑圧を問題にしている団体が、組織の大きさとかそういう実績の類い大きさの話をされるのはおかしいのだとも思います。こういう「組織の権威」とかいう話が、どういうところにいくのかを歴史が示しています。きちんとした対等な立場での対話をして行けたらと思っています。


1 昔、天皇制について「天皇を差別している」と書いたひとがいましたが、確かに職業選択の自由とか、住居の自由とか基本的人権を奪われているのですが、そもそも天皇を「現人神」的にとらえる流れがきちんと解消されていないので、それでいうと「基本的人神権」で、天皇家のひとびとが「人権」をきちんと突き出せばいいのです。天皇制は天皇をもちあげています。差別というのは、上から下への差別です。上へ区別するのを差別とはいいません。
2 ギリシャ神話に出てくる、ベッドから足がはみ出すからと、足を切ったという話。「本末転倒」という言葉にも通じる話。
3 ただ、情況に規定されて、今までつみあげてきたことが、無になっていくということを押さえ、政治的なことへのコミットメントの必要性の問題もありますし、そもそも大きな組織の中で、どこまで意見がまとめられているのかの問題もあります。たとえば、この冊子の中で、高田さんが「独自の言語体系を有する」と提言されたという記述があります。その他、高田英一さん数々の貴重な論文があります。しかし、本を読んでいると、どうみてもシムコムの勧めのようなことを書いています。手話が音声言語から独自の言語体系を有するとしたら、シムコムの勧めなど出てこないと思います。このあたりきちんと議論の決着をつけないと、手話言語法の制定はむずかしくなると思うのですが。

posted by たわし at 04:26| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

久松三二「(書評)『手話を言語というのなら』を読んで」(日本手話研究所編『手話・言語・コミュニケーションbT』

たわしの読書メモ・・ブログ477
・久松三二「(書評)『手話を言語というのなら』を読んで」(日本手話研究所編『手話・言語・コミュニケーションbT』文理閣 2018所収)
この文は、一回前のブログの久松さんと対話の続きです。併せて読んで下さい。
前前回でだいたい積ん読していた本を読み終え、一連の集中学習を終えようとしていたのですが、ちょうどメルマガで冊子の紹介をしていて、その中で手話言語法を巡る論文の記載があり、その動きを押さえておきたいと冊子を買い求めました。実は買ったのは最新号『No.6』の方です。で、そのバックナンバーの内容紹介を見ていたら、『bT』のこの書評が目に付きました。
実は、ブログ448でとりあげた、『手話を言語というのなら』の文がよくまとまった文で、この冊子に対する全日本ろうあ連盟(以下、全日ろう連と略します)からの対話があれば、きちんと整理できるのではないかという思いをもっていました。一つ前のブログにもすでに書いていますが、インターネット上で、『手話を言語というのなら』の執筆者サイドから「vs久松」という反批判が出ていました。それを、この冊子への批判だと勘違いして買ったのですが、何かかみあいません。で、再度インターネットで検索して、前のブログの文にあたりました。そのことを前のブログにすでに書いています。そういう経過があって、実は、前のブログの文よりも、こちらを先に読んだのですが、メモのまとめは後にしました。
久松さんは、全日ろう連の常任理事・事務局長です。民主党政権時代に作られた「障がい者制度改革推進会議」に全日ろう連から参加していたひとで、論客としてわたしが注目していたひとです。
さて、論点は全日ろう連が「手話はひとつ」ということを突き出しているところでの議論です。実は、この冊子にも「しかし、本書(『手話を言語と言うのなら』のこと)で展開する批判を読むと、日本手話言語法案に記載している「手話」を「日本手話」に置き換えれば、批判の矛先を収めることになるのではないかと思えるような書き方もしています。」138Pの文があります。実は、『手話を言語というのなら』チームは、「ろう文化宣言」の流れの中から出て来たチームだとわたしは押さえているのですが、「ろう文化宣言」では、「手指日本語」は手話ではないと主張しているので、「手話は日本手話だけだ」ということになります。ですが、そもそも「中途失聴者・難聴者」の反発の中で、「ろう文化宣言」の流れのひとたちも、「対応手話」という表記、すなわち、「手話」と認めるような表記も使っています。久松さんは、「対応手話」とか「手指日本語」という表記も認めようとしないのです。「ろう文化宣言」よりも、よほどラジカルです(ラジカルには、根源的という意味と、過激という意味があります)。
「チーム」は「対応手話」を使うひとたちを、言語体系が違うひとたちとおさえているのですが、久松さんは、「単純に「日本語対応手話」と論じないで、手話を正しく表現するには、この表現が良いよと指摘すればよいのです。」140Pと書いています。どうも、「正しくない」とか、(これは前のブログでコメントした文や別のひとの話にも出てくるのですが)「手話の下手なひとたち」とか、「未熟なひとたち」とか、「学習を途中で止めたひとたち」とかいう規定をして、「対応手話」という言葉自体をも認めようとしないのです。どうも、「手話」を区別することを差別というようなところでとらえられているようです(註1)。「対応手話」話者と日本手話話者は、手話通訳が十分に保障されない中で、しかも、日本手話通訳者が少ない中で、総体的相対的に下位の社会的地位に置かれています。だから、全日ろう連の元理事長の高田英一さんがシムコムの勧めなど書いているのです。話がそれましたが、むしろ、手話のうまい-下手などというのは、それは間違いなく手話の技術を巡る差別です。ことは、上手い-下手ではなく、「対応手話」という指摘―区別は、言語体系が違うという指摘なのですが。
それについて、久松さん自身が「その影響の度合いを日本語の視点で評価し(このところはおかしく、「自分の使用する言語の視点で評価し」と書くところですが)、その評価に基づいてレッテルを貼ることは、言語権を尊重する、また言語学の求める姿勢ではないと思います」140P中段 と書いています。だから、「下手」とかいう評価自体がおかしいのです。そもそも言語体系の違いなのです。「対応手話」ということにも洗練があります。手話通訳者が音声言語話者の話を、完璧に近いほど復唱的に口話をつけながら「対応手話」をしていたりしているのを見たりしていますし、「ろう者」が口話をかなりの精度で読み取れるとか、それに、同時法の流れの中のひとたちが、「対応手話の」精度化のために「漢字対応手話」を提唱していたり、その流れの中で辞書まで作ったりしていました。
さて、久松さんが勘違いしているのではないかと思えるところの指摘をしてみます。久松さんは「しかし、多くのろう教育関係者を中心とする「手話」の特性についての説明は、日本語(以下、音声語)を基準に優劣を論じる主観的傾向が多々ありました。今でもこの傾向は、「手話は日本手話、日本語対応手話、混成手話の三通りあります」と、言い方を変えて引き継がれています。この表面的分類に固執する限り、「手話」は音声語とは独立した独自の文法をもつ言語の体系であると、いくら説明しても、手話言語法を批判する人たちは、この説明を受け止め、理解することができないのではないかと思います。」139P下段 と書いています。「ろう文化宣言」は、音声言語を軸にして考えることから大転換して、「日本手話」を基軸にして、「対応手話」の批判をしているのです。その押さえがないので、意味不明の文が続いています。「今でもその傾向は・・・引き継がれています。」ではなくて、「「ろう文化宣言」によって根底的に変換されました」と書くことです。そして、「「手話」(これはかっこを外すべきです。「対応手話」には「かっこをつけますが、ここは日本手話、日本手話にはかっこはつけません)は、音声言語とは独自の文法をもつ言語の体系である。」というには「ろう文化宣言」と今回の「チーム」のひとたちの主張そのものです。
実は、久松さんは「隠れ「ろう文化宣言」支持者」ではないかとわたしは思ってしまいます。ただ、「手指日本語」(やわらかい表現としての「対応手話」)の存在を認めないというところの違いがあるのです。
日本手話か「対応手話」ということは、単にどちらの論が正しいのかを競っているのではありません。そこには実際に、ろう児たちにどういう教育を提供していくのか、どういう手話を聴者も含めたところで広めていくのという実践的な問題です。音声言語の圧力が強い中で、「社会参加」という名目で、適応論に陥ると、その手話はどうなるのか、それが「対応手話」になっていくという自覚をもって、それとはっきり「日本手話」を対峙させる必要があるのです。だから、「対応手話」に対峙するためには、「対応手話」という存在を認めねばなりません。差別をなくすためには、差別ということばをなくすのではなく、差別ということを自覚して、反差別の運動を起こす必要があるのです。
「対応手話」の存在を認めないということ、これはどこから来ているのかと考えているのですが、わたしは「手話はひとつ」という突き出しは、全日ろう連という組織を維持していくために、手話の違いによる分断を避けるという自覚的・無自覚的かを問わずその意識がはたらいているのではないかと思うのです。これは「プロクルステスのベッド」のような話です(註2)。
ここで、前のブログで書き落としていたこと、その文の最後のところで、全日ろう連活動の蓄積と成果ということを述べられていることへのわたしの思いを書き置きます。
確かに、コツコツと積み上げられてきた運動の実績は、すごいと思っていますし、リスペクトしています(註3)。
ただ、議論をするときは、論の論理性で議論をすることで、過去の運動の実績とか、所属する組織の力とかをバックボーンにして議論をするのはおかしいと思っています。だいたい、少数言語者への多数言語者への抑圧を問題にしている団体が、組織の大きさとかそういう実績の類い大きさの話をされるのはおかしいのだとも思います。こういう「組織の権威」とかいう話が、どういうところにいくのかを歴史が示しています。きちんとした対等な立場での対話をして行けたらと思っています。


1 昔、天皇制について「天皇を差別している」と書いたひとがいましたが、確かに職業選択の自由とか、住居の自由とか基本的人権を奪われているのですが、そもそも天皇を「現人神」的にとらえる流れがきちんと解消されていないので、それでいうと「基本的人神権」で、天皇家のひとびとが「人権」をきちんと突き出せばいいのです。天皇制は天皇をもちあげています。差別というのは、上から下への差別です。上へ区別するのを差別とはいいません。
2 ギリシャ神話に出てくる、ベッドから足がはみ出すからと、足を切ったという話。「本末転倒」という言葉にも通じる話。
3 ただ、情況に規定されて、今までつみあげてきたことが、無になっていくということを押さえ、政治的なことへのコミットメントの必要性の問題もありますし、そもそも大きな組織の中で、どこまで意見がまとめられているのかの問題もあります。たとえば、この冊子の中で、高田さんが「独自の言語体系を有する」と提言されたという記述があります。その他、高田英一さん数々の貴重な論文があります。しかし、本を読んでいると、どうみてもシムコムの勧めのようなことを書いています。手話が音声言語から独自の言語体系を有するとしたら、シムコムの勧めなど出てこないと思います。このあたりきちんと議論の決着をつけないと、手話言語法の制定はむずかしくなると思うのですが。

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久松三二「手話言語法とろう教育〜「手話」から「手話言語」の時代に〜」

たわしの読書メモ・・ブログ476
・久松三二「手話言語法とろう教育〜「手話」から「手話言語」の時代に〜」(ろう教育の明日を考える連絡協議会編『ろう教育の“明日”』 No.74 2016.12所収)
ブログ448で取り上げた、・森壮也/佐々木倫子編『手話を言語と言うのなら』ひつじ書房 2016 への批判を久松さんが書いていて、インターネット上で、それに対する反批判を、『手話を言語というのなら』チームvs久松三二として、ビデオ付きで(厳密にいうと、ビデオの手話を翻訳した文字付きでだと思うのですが)載せていました。
http://www.hituzi.co.jp/hituzi_rondan/syuwa/syuwahanron_20170501.htm
それで、久松さんの文をちゃんと読んでおこうと探していたのですが、次のブログで読書メモを書く冊子を、それと思い込んで、買って読んだのですが、どうも内容が違うので、改めてインターネット上で探していたら、この文にヒットしました。本をコピーした感じがないので、そして所収本にはあたっていないのですが、多分違わないと思いつつ、対話を試みます。既に、『手話を言語というのなら』チームが指摘しているところもあると思いますが、考えついたことを文にしてみます。
まず、語彙の整理からしてみます。
日本語と日本手話という対置をしているのですが、日本手話話者は、‘日本語’(‘ ’ことばを表す記号)は<日本><話す>と表しています。実はこれは、書記言語に翻訳すると「日本語」(日本音声言語―書記言語)と表すことだと思います。それと、日本の国語といういみでの日本語はかっこを付けません。そして、「日本語(これは手話の<日本><言葉(言語)>に相当します)には、「日本語」(日本音声言語―書記言語)と日本手話がある」という言い方になります。手話の先進国では、憲法で国語として認めさせるという動きがあります。ここまで射程に入れるなら、‘日本語’と‘日本手話’という対置をするときには、‘日本語’にカッコをつけて‘「日本語」’とすることではないかと思います。言語的制度化運動の核心的なことではないかとわたしは思っています。
それに、SignとSign Languageは区別されているという話を久松さんも指摘しています(註1)。その話でいくと手話には区別があるとなるのですが、それがどうも変な話になっていきます。これは、トータルコミュニケーション研究会で北欧(デンマークとスウェーデン)の視察旅行を2000年と2001年にしたときの記録を読むと、サインド・デーニッシュ(Signed Danish)とデンマーク手話(Danish Sign Language)の区別、サインド・スウェーディッシュ(Signed Swedish)とスウェーデン手話(Swedish Sign Language)の区別をしている話に通じていくと思います。勿論、明確に二つに分かれるというわけでなく、ふたつの間で多様な使用形態があるという話も出ているのですが(註2)。これはアメリカでも同じで、アメリカ手話と訳されているのは、American Sign Language の訳語なのです。この表現は、各国のSign Languageに当てはめるとNational(or Native or Natural) Sign Language(これはNSLという略語を当てられたりしています)となり、日本の場合には、Japanese Sign Languageとなるのではと思います。で、日本手話というのは、この翻訳語になっています。そもそも‘日本手話’という言い方はだれが言い始めたのかは分かりませんが、木村晴美さん(『手話を言語というのなら』チームのひとり)の「ろう文化宣言」での使用で、広まったことばです。木村さんはアメリカ留学経験があり、そこで天地がひっくりかえる思いをしたという趣旨のことを書いています。その考えを、日本に持ち帰って出てきたのが「ろう文化宣言」なのです(註3)。
Japanese Sign Languageを日本手話と翻訳するのが適当かどうかの問題なのですが、そもそも日本で‘手話’ということばがあり、それに相当する英語としてSign Languageがあったのです。スウェーデンでもデンマークでも(アメリカでも)、NSLとサインド・デーニッシュとかサインド・スウェーディッシュとかはっきりわけています。単に、そこで、サインド(Signed)ということをどう訳するのでしょうか、それが直訳すると、まさに「サイン化された」とか、という訳になると思います。それでサインド・○○語は、それを意味的につかんで手指○○語とか訳したというということがあったのです。これは○○語対応手話とか言う言い方もされています。久松さんの意見はSignが手話でSign Languageは手話言語が良いということのようですが、そもそもSignはHand-Signだけではないのです。例えば、ウィンクとか、アイ・コンタクトと言われることもサインです。Hand-Signでも、野球で「盗塁のサインを出す」というのも、サインです。これも言語Languageでないので、手話とは言いません。チンパンジーに手話を教えたとかいう話があるのですが、それはサインを教えたのであって、手話を教えたのではないのです。ですから、他のサインと区別するために、Sign Languageということばになったのではないではないでしょうか? そして、もうとつ、サインド・デーニッシュ(Signed Danish)やサインド・スウェーディッシュ(Signed Swedish)との対比においても、デンマーク手話(Danish Sign Language)、スウェーデン手話(Swedish Sign Language)、NSLを独自の言語体系をもった、独自の文法をもった言語として突き出したのです。
それで、「日本手話言語法」の制定運動の中で、この文もその批判する文も出てきたと思うのですが、「手話は言語である」というところで、「手話=言語法」で、言語ということを強調したいのだと、日本手話=言語法だと、思っていたのです。しかし、いつの間にか、「手話を手話言語に替えよう」という話になってきているようです(註4)。これだと「手話言語は言語である」という回りくどい言い方になるのですが、手話語彙の表現では簡略化のルールがあります。例えば、「池袋」の手話は東京圏−関東圏では、<池><袋>でなく<袋>で表します。「板橋区」も、<橋><区>で表します。そのルールで行くと、「手話言語」は<手話>になるのではないでしょうか? そもそも先に書いたように、Signには手話という意味以外にも色んな意味があり、それと区別するためにSign Languageとしたというところでは、手話言語の英訳はSign Language Languageとなります。語彙としておかしいです。先に、日本音声語を「日本語」と表すことを提起しましたが、前にも書きましたが、これは書記言語の話です。<手話>を表すところを、全部<手話><言語>と表していくのでしょうか? もうひとつ、例を出しておきます。わたしは「吃音者」(「」を付けているのは、規定される者、呼ばれる者、という意味です。これは医学モデル規定ということで、それを批判してることも表示しています)ですが、「吃音」のことを「吃音障害」と表記するひとがいます。で、「吃音=言語障害」なので、「吃音障害=言語障害障害」ということになります。言葉的におかしいですが、強調というところで繰りかえすとしたら、わたしは医学モデル批判をしているので、医学モデル的「障害」の強調をしたくはありません。逆に社会モデルの意味での障害(「」をつけません)は、反差別の立場で差別を告発するときには強調しますが。
そこで、韓国の手話言語法の中での‘手語’の話に移ります。そもそも、久松さんが書かれているような議論もあって、手話言語の略語として出てきたということが主かもしれませんが、漢語に手語ということばがあるので転換できたという側面もあり、また、韓国手話は日本の植民地時代に日本から‘手話’ということばと共にもたらされたという歴史があるので、植民地時代の払拭という側面も一部あったのかなという、これも臆断と批判されることかもしれませんが、思いをもっています。もうひとつ、韓国の「手話言語法案」について書き置くことは、その条文、3条の3に「韓国手話使用者」の定義の中で、「韓国手話使用者とは、ろう者以外に聴覚障害または言語障害により、韓国手話を日常語として使用しあるいは補助的に使用するもの者をいう。」と、「補助的使用者」ということで、手話を分類しているととれる項があります。
「手で話をしているとしてことでの手話」に対して「手の語」ということになると、わたしは後者は前者に比べて、手話の語彙に含まれるとか、手話の文法に含まれる非手指表現MNの問題が、より抜け落ちるので違和を感じてしまいます。「手で話している」ということで、MNにふれていないだけですが、「手の語」となると、「NSLは手だけでなりたっているのではない」という批判が出て来ますから。
わたしは言葉には歴史性があり、特に差別性が無い限り継承していくことだと思っています。「手まね」とかいうことばには、差別性を感じたから「手話」に変えたということなのですが、‘手話’ということばに差別性があるわけではないので、とりたてて意識的に変える必要性も必然性もわたしは感じません(わたしは一応非当事者なので、わたしが感じる−感じないは関係ないのですが)。たとえば、ろう者はそもそも英語では医学モデルのdeafにあたる語ですが、それを大文字に変えて、Deafとして、手話を第一言語にするひとたちという意味で使っています。そういう意味では‘手話者’と表記することもできますが、歴史的な言葉で、残っていくと思います。deafとDeafを区別する必要があるなら、deafを「ろう者」とかっこつきで表記することです。これも日本手話では、表現わけしていると思います。
この文の中で、「障害の社会モデル」の話を書かれています。本題から外れるのですが、これはわたしがライフワークにしていることなので、少し対話を試みます(註5)。久松さんは、「障がい者制度改革推進会議」に全日ろう連から参加されていました。これはそもそも、「障害者権利条約」の批准に伴う、国内法の法整備のための会議という意味をもっていました。障害の規定、モデルというのは、1981年の国際障害者年に合わせた、障害規定ICIDH(「国際障害分類」と訳されています)の中で、impairment(機能障害)-disability(能力障害)-handicap(社会的不利)という分析が出ていました。それで、これが、impairment(機能障害)があるからdisability(能力障害)があり、disability(能力障害)があるからhandicap(社会的不利)があるという、impairment(機能障害)→disability(能力障害)→handicap(社会的不利)という図式で、因果論的になっているという批判が出てきていました。で、イギリス障害学が、impairment(機能障害)に始まる、基底にする論を「障害の医学モデル」と押さえ批判し、impairment(機能障害)をさておくとして、かっこにくくって、それに対して「障害の社会モデル」を突き出しました(註6)。それを定式化すると「障害とは、社会が「障害者」と規定するひとたちに作った障壁である」となります(註7)。それに対して、イギリス障害学内部から批判が起きました。最初に「社会モデル」を出したひとたちを第一世代として、それを批判したひとたちを第二世代ということで、更に第一世代サイドに新しい理論も組み込こもうとして、議論は進行中です(註8)。そして、その流れとは別のアメリカの公民権運動と消費者運動の流れからきたアメリカ障害学があり、その違いのポイントは「障害者」の各国語での表記の違いにはっきり現れています。アメリカ障害学の「障害者」はpersons with disabilityであり、イギリス障害学はdisabled peopleです。disableにはできないという意味があり、その意味からとらえ返すと、アメリカ語は「できないことをもっているひとびと」イギリス語は「できなくさせられているひとびと」になります。そういう論とその決着が着かない中で、ICIDHの障害規定の見直しの議論が、ICIDH-2の作成議論として進みました。それがICF(国際生活機能分類)としてまとめられ、それを元にして「障害者権利条約」の議論も始まりました。で、そこでの英語はpersons with disabilityになっていました。それは、「社会モデル」を推進しようとしていた立場からすると、最初からボタンの掛け違いが起きていたのです。普通条約は言葉の定義から始まるのですが、結局、「権利条約」は障害の規定をしていたら話がまとまらないとして、障害や障害者の定義もしないまま、でき上がっています。その混乱の中で作られた「障害者権利条約」批准のための国内法の整備のためにと、「障がい者制度改革推進会議」が召集され、議論がなされていたのです。「社会モデル」の話を書かれていますが、そもそもその混乱的情況をきちんとときほぐしていないと思っています。「障害者福祉」やこれからの社会のありかたも含め、根底的問題がそこにあるとわたしは考えています。それとは別に、今ある「権利条約」をどう使っていくのかというところでの議論があり、手話のことでは、「手話は言語である」という規定がそこにあるから、使えるとして、またキーワードになっている、「合理的配慮」にしても一定使えるところはあるわけです。全日ろう連で、パンフも作られています。この「合理的配慮」は両刃の剣でもあるのですが。もっといろいろ書きたいのですが、これらのことはわたしが、本に書いています。三村洋明『反障害原論―障害問題のパラダイム転換のために―』世界書院 2010を読んでください。その後にも「『反障害原論』への補説的断章」として文を書きためています。その中に、手話の語彙からとらえ返した「障害の社会モデル」をとらえ返した文があります。読んでみてください。http://www.taica.info/dis-chang.pdf
もうひとつ、「社会モデル」と手話の世界へのリンクについて書き置きます。「ろう文化宣言」の内容は障害を医学モデルでとらえている「障害」になっているという批判ができますが、ろう者−手話の問題では、その内容は医学モデル批判を突き出しています。この先進性はきちんと押さえておく必要があると思っています。
さて、対話し落としていることをいくつか書き記します。
「手指日本語」と「日本語対応手話」の話です。釈迦に説法的な話になりますが、わたしなりのとらえ返しをしておきます。
‘手指日本語’ということばを広めたのは、「ろう文化宣言」だと思います。そこで、日本手話と手指日本語と対で表し、「手指日本語は手話ではない」とまで言い切りました。で、「ろう文化宣言」が出されたのは、『現代思想1995年3月サイード特集号』ですが、その1年後に、『現代思想 臨時増刊号 ろう文化』という号を4月に出しました。その中で、木村さんが「中途失聴者・難聴者協会」の長谷川洋さんと熱烈な議論を交わしています。で、長谷川さんとしては「手話ではない」というところに噛みついたのです。「ろう文化宣言」は、広く「中途失聴者・難聴者」から反発を受けました。最近知ったのですが、「ファシズム」とかいう批判もあったようです。わたしはむしろ、抑圧されている立場での日本手話復権の、デフ・ナショナリズムという押さえ方をしていました。ナショナリズムは両刃の剣的になりますが、被差別者のナショナリズムは過渡的に必要だし、賛同できることだと思います。わたしは「ろう文化宣言」の意義のひとつは、口話主義教育を植民地支配下の民族差別で言語を奪う政策になぞらえて、同化という差別だと突き出したこととして押さえています。
さて、話を戻します。「ろう文化宣言」サイドのひとたちが、「手指日本語」と突き出し「手話ではない」としたことを、少し和らげて、「手指日本語」と「日本語対応手話」(わたし的には厳密にいうと「「日本語」対応手話」なのですが)の両方併記というように進んでいるようです。無用な対立を避けようという心理がはたらいたのではないかと思います。内容的には、「手指日本語や日本語対応手話といわれていることは、日本手話の単語を用いているから、その単語は手話の単語だけど、日本手話がもつ独自の言語体系、独自の文法はない」と繰り返し言っていけば良いことですから。
さて、パンフを巡る話に戻ります。論点は、「全日ろう連は、「手話はひとつ」といっているけれど、それだと「日本の手話は、「日本語」とは区別される独自の言語体系をもっているとか、「日本語」とは独自の文法をもっている、ということを言えなくなる」という話です。新しく改訂された「日本手話言語法案」の第2条は「この法律において、「手話言語」とは、日本のろう者及び盲ろう者等が、自ら生活を営むために使用している、独自の言語体系を有する言語を指し、・・・。」とあります。これを言うためには、「中途失聴者・難聴者」のひとたちの多くが使っている「手話」(「日本語対応手話」とかシムコムとか言われている「手話」)をどう評価するのかの問題がでてきます。これを「手話ではない」とすると、「手話はひとつ」という論理はなりたちますし、「手話は独自の言語体系をもった言語」という言い方は可能です。どうも、久松さんは、「日本語対応手話」とか「手指日本語」の存在を認めたくないようで、これを「未熟な手話」というとらえ方をされているようです。全日ろう連の地域のろう協会の会長さん達には、「中途失聴者」が多く、声を出しながら、もしくは口話に合わせた手話をするひと(いわゆるシムコム話者)が多いのですが、そのひとたちの手話を「未熟だ」と指摘するのでしょうか? それに、情報・コミュニケーション保障法の制定運動をするのに、全難協との共闘が必要になると思うのですが、「手話が未熟だ」と言うような目で見ていて、共闘がなりたつのでしょうか?
そもそも、聴者がシムコムをすると、かなりベテランの手話通訳者でも手話単語が落ちていくのですが、「中途失聴者」でろう運動を担われているひとたちの中には、文法的には日本手話ではなくても、手話単語を落とさないで表現されているひともいます。かなり、洗練されているのです。そもそも、全日ろう連の元理事長が、本人はシムコムという言葉を使っていませんが、聴者世界でいきていくのだから、声を出しながらちゃんと手話をつけていくことを目指すべきだし、できているひともいるし、それは可能だという趣旨のことを書いています。以前、NHKの手話ニュースキャスターで、聴者の通訳者が声を出しながら、その声がちゃんと音声日本語になりつつ、日本手話的な手話をしているのを見ました(註9)。中には、二つのことが同時にできるひともいます(註10)。けれど、そういうひとは「超人」とか呼ばれるひとです。「自ら生活を営む」中で、そのような超人的なことをもとめられなければいけないのでしょうか? 
わたしは、「対応手話」やシムコムの存在を認めて(それは日本手話とは別の、音声言語の文法に手話を付けているので、音声言語とは独自の言語体系を持つとは言語論的には言えないとしつつも、手話単語を使っているのだから、当人達が「手話」と言いたいのなら、「手話」であるという意味で)、棲み分ける必要があると思っています。
さて、なぜ、「対応手話」という概念を認める必要があるのかという実践的な話を書きます。それは、ろう児への教育をどうするのかということと、もうひとつは聴者への手話教育の問題です。「手話はひとつ」という考えでいくと、ろう教育においても、声を出しながら手話をするというようになり、ろう児たちに疲れる授業になります。通じないという面もあります。教員も声を出せる聴者が多くなります。そもそも、最初にNSLを教えて、後で音声言語を教えるのか、それとも、最初に「日本語」を教え、後で日本手話を教えるのかという問題があります。聴覚口話法からはっきり転換するのか、どうかの問題でもあります。その話をするのに、シムコムや「「日本語」対応手話」の存在を認めないとちゃんとした議論もできません。
聴者の手話学習の話ですが、北欧の教育制度をみると、無償の生涯教育の中に手話学習も位置づけています。それに対して、日本はいきなり手話通訳の養成講座として聴者向けの講座を開いています。で、テキストも以前に比べて日本手話に近づいていますが、文を書いていて、それをどう表現しますかという学習の方法なのです。まず、第二言語を自らの言語として身につけるという方法でなく、これだと第一言語に引き寄せられていきます。
話を戻します。「「日本語」対応手話」の存在を認めたくないので、未熟とか「手話言語の習得を辞めた」とか書かれていますが、止めたのではなく、そもそも対応手話と日本手話の区別がつかないから、日本手話への途に踏み入らなかったか、高田さんのようにシムコムの方が、聴者社会でいきやすいと、シムコム−対応手話の選択の勧めもしていて(これは聴者社会の要請への呼応、社会適応論で)、その方が「参加しやすい」ということでの口話主義から、聴覚口話法、人工内耳と続くながれと即応的に手話の世界にもおよんでいることなのです。だから、その流れを押さえるためには、「対応手話」や「手指○○語」の流れをきちんとつかむ必要があります。言葉自体をなくしても、流れは消えません。差別をなくすために差別という言葉を使うのを止めようとかいうはなしにはならないことなのです。
もうひとつ、‘聴者’ということばがおかしいとか書かれていますが、これは、‘「聴覚障害者」’ということばがあって、そこから派生した‘「健聴者」’という言葉が出て来て、これが差別的だということで、‘「聴者」’とよりましな表現になったのですが、そこで、deafという意味での‘「ろう者」’から、手話を第一言語にするひとという意味で、かっこを外して、‘ろう者’ということばを使うようになり、それと対になっていた、‘「聴者」’のかっこも外し、‘聴者’ということばは、音声言語を第一言語するひとという意味になっているのだと思います。
さて、棲み分けの話をかきましたが、別に棲み分けの勧めとか、「中途失聴者・難聴者」は「対応手話」の習得や、トータルコミュニケーションで行けば良いと勧めるわけではないのです。これに関しては、わたしの「吃音者」と規定される立場で書き置きたいことがあります。「吃音者」の間で話をしているときに、「吃音者はこうもりのような存在だ」という話がでていました。イソップ童話の哺乳類の仲間にもなれない、鳥類としても認められない、どちらに自分の立場をおくかあいまいになって心理的葛藤に陥っていくというとらえ方をした理論があるのです。「発達障害者」で、同じようなことを書いているひともいて、そのひとはペンネームを高森と書いて、「こうもり」と呼ばせているか、意味を懐胎させているか分かりませんが、そのどっちつかずの立場を表していました。この心理的葛藤を、南アフリカのアパルトヘイト下での「カラード」のひとたちの心理的葛藤をマージナルパーソン論として展開していたことからとらえ返してきました。マージナルパーソンという言葉は、直訳すると「境界人」になりますが、「どっちつかずの」という意味ではあっていますが、わたしははっきり被差別者側にいると押さえています。これについては、以前文を書いているので参照下さい。
http://www.taica.info/akbmmk.pdf
「中途失聴者・難聴者」もまさに、マージナルパーソンなのです。心理的マージナリティに陥ります。その心理的葛藤から抜け出せません。今、補聴器の高度化とか人工内耳が進み、またもや、聴覚口話法の活用とか、ろう学校の生徒が減るとか、手話の危機を語るろう者も出ているのですが、人工内耳手術を受けても、聴者とは同じようには聞こえはしないとか言われていますし、そもそも「聴覚障害者」という規定から逃れ得うるわけでなく、マージナルパーソンを生み出していくたけだと思います。そのことの気付きから、NSLに戻ってくるのだとしか思えません。わたしは「吃音」と規定される立場です。「吃音者」は、@「ひとは音声言語で話すものだ」A「音声言語の流暢性というところの言語規範に反する者」として「言語障害者」と規定される、差別される存在です。コミュニケーション障害を被る立場の共通性から、「障害者運動」を担っていく上で必要になるとして、コミュニケーション手段として手話を学び始めました。手話を学ぶ中で、音声言語ではなさなればならないという呪縛のようなことから一定とき離れつつ、単なるコミュニケーション手段というだけでなく、手話という言語のすばらしさを感じ、そして素敵なろう者、素敵な日本手話との出会いをもちました。「言語障害者」も、音声言語を捨てても、生活できるような手話の普及があればと思っていますし、手話学校-ろう学校への「言語障害者」の入学も認められるようになればと思い、また無償の生涯教育の中で手話を学び得る情況も作って欲しいと願っています。また、大学の言語学科などに手話学科もできるようになり、そこでろう者とともに、手話の言語学を学ぶ、「言語障害者」も出てきたらとも思っています。また、手話を身につけた「言語障害者」のための手話通訳の派遣制度とかも考えたりしています。また、たぶん時間的にかなわないとも思いますが、自分の出発点の「言語障害者団体」に帰って、そこでも、手話を広める活動を夢みたりしています。
そんな立場からの、今回の議論への横レスをしてしまいました。たぶん、立場が違うと、無視されるか、当事者性を押さえていないと批判されることを覚悟しつつ。
最初に書いたように、次のブログで久松さんのもうひとつの文をとりあげます。


1 これは実はSigned 各音声言語とNSL(本文、後述)が区別されるということを、読み違えたのではと推測しているのですが、外国視察は言語通訳が幾重にも重なるところで、起きたことではないかとも推測したりしています。
2 ・トータルコミュニケーション研究会編『北欧のバイリンガル教育の理論と実践-スウェーデン・デンマークを視察して-』トータルコミュニケーション研究会 2000 81P
3 この話は本で読んだのか、講演で見たのか、探していたのですが見つかりません。木村さんはデフ・ファミリーで家庭内で日本手話を使っていたのですが、大学に入り「対応手話」(当時はそういうとらえ方をしていたのではないと思いますが)を正しい手話と思い使っていたけれど、アメリカに行って、アメリカのろう者がASLに誇りをもって使っているのを見て、価値観が逆転したという話を書いています。この話は、高田英一さんが、フォーマルな手話とコミュニケーション手話と対比して、フォーマルな手話の勧めを書いている話と、重なっています。木村さんもアメリカに行く前は、フォーマルな手話が正しい手話と思っていたという話です。高田さんも、「手話はひとつ」というとらえ方をしていて、日本手話−「対応手話」というとらえ方をしていないので、混乱の始まりは、このあたりにあるのかとわたしは推測しているのですが。
4 それだけでなく、「日本手話言語法」は、「日本の手話言語=言語法」という話のようです。
5 これは通説化していない、わたしのオリジナルな分析です。
6 この「かっこにくくる」ということは、現象学派のエポケーという手法に通じるのではないかと思います。当人達にそういう自覚的意識があったかは、定かではありません。第三者的に見てそうなっていた、という話です。
7 わたしはこれは、差別の排除型の差別を問題にしているけれど、もうひとつの同化型の差別を押さえていないとして、障壁の後に、「障壁と抑圧である。」と書き足しています。実は、「ろう文化宣言」は、抑圧型の差別のひとつの「同化」を、「口話主義が同化であった」として押さえています。
8 「ポスト構造主義」とか「構築主義」とかいう流れの哲学の「脱構築論」から、第二世代の反批判もできています。
9 ただし、原稿を渡された短い文に限ってだと思います。ちなみに、洗練された「対応手話」話者の中には、その超人的技を、「手話を間違えている」ととらえたひともいたようです。
10 オーストラリアで「認知症」当事者になって運動を始めたひと(クリスティーン ブライデン)が、自分が官僚だった時代に、同時に二つのことができていて、部下に「どうして、あなたたちは、同時に二つのことができないのか」と抑圧的だったことを世界観ががらりと変わって、その抑圧性を反省している文を書いていました。

posted by たわし at 04:14| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

関西手話カレッジ編『ろう者のトリセツ聴者のトリセツ―ろう者と聴者の言葉のズレ』

たわしの読書メモ・・ブログ475
・関西手話カレッジ編『ろう者のトリセツ聴者のトリセツ―ろう者と聴者の言葉のズレ』星湖舎 2009
この本は、買ったばかりで持ち歩いているときに友人と会って、「面白そうな本だよ」と紹介していたら、「後で貸して」と言われ、「他に読む本があるからと、先に読んで」と貸して、しばらく手元になかったところで、帰ってきてからも読み損ねていた本です。面白くて、1日で読めました。本の紹介で「面白い」というようなことを書くとたいてい顰蹙をかうのですが、関西的な笑いを取るような本になっていて、楽しみながら読める本です。
副題にあるように、ろう者と聴者の言葉と文化のズレの話です。
ズレにもいろいろあるようで、手話だけで口話をつけないで話すとちゃんと読み取れるけど、口話をつけると聴語とのズレを生じる場合、聴語でも誤解が起きそうなこと、手話の言語の特質から起きていること、そしてこれがメインになると思うのですが、文化の違いのようなこと、さまざまあるのでは、そのあたりの分類と分析をしてみると、「ろう文化」についての、分厚い本になりそうです。この本はこの本でそれらの導入的な、面白本です。
さて、余談ですが、アベ政治のごまかし政治の中で、詭弁の類いの「ご飯論法」というのが出てくるのですが、そのことの元になったかのような、ズレの話が出て来ます。「ごはんたべてきた」―「ご飯食べてない」→「パンを食べた」というズレ。これは、ちゃんと日本手話的な表現をすると、間違えようはないと思います。

posted by たわし at 04:03| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

小嶋栄子/石川芳郎『手話通訳者のための言語学と人権 (手話を学ぶ人たちの学習室 全通研学校講義集4)』

たわしの読書メモ・・ブログ474
・小嶋栄子/石川芳郎『手話通訳者のための言語学と人権 (手話を学ぶ人たちの学習室 全通研学校講義集4)』文理閣 2008
これも、ここまで読めないと積ん読していたブックレットです。
二つの講演録です。
最初に小嶋栄子さんの「基礎から学ぶ言語学」。
小嶋さんは「日本語学・日本語教育学」をやっているひと、「日本語」についての講演の記録に手を入れた文。通訳をするひとには、「日本語」を押さえておくことが必要になるのでしょうが、「言語の本質は音」とか「音が意味を運ぶ」とかなると「手話は言語でない」という話になっていくのではと疑問に持ちました。象形文字、ヒエログリフなどの表意図は、むしろ音を離れて独自に存在したのではとか、素人ながら思っていました。手話も表意的世界です。どうして、手話の世界でこういう講演をしたのだろうと思っていたのですが。
もうひとつは、石川芳郎さんの「手話通訳活動から考える人権」というテーマでの講演録。これは大切な論攷です。
石川芳郎さんは当時全通研の副運営委員長、通訳者の人権をかなりストレートに表しています。当事者性の問題で、なかなかここまで、発言できないものですが、ろう者とのそれだけの関係性を築いているひとなのだと思います。もしくは憎まれ役をあえてかって出ているのかも知れないのですが。その中身は、二点押さえておきます。それはろう者、これは「障害者」総体に言えることですが、きちんと通訳者(介助者)のことを考えないで、自分(たち)のことしか考えられないひとがいるということへの批判です。それを「手話通訳者は使い捨てのぽろ雑巾か」ということばで表しています。もうひとつは、手話通訳者の世界を「徒弟制度」というようなところでとらえ返しています。これに関しては異論があります。必ずしも、手話講習会時代の先生―生徒とか講習会、サークルの先輩―後輩とかいう上下関係ではなく、技術の問題での上下関係も生じてくるからです。わたしはむしろ、このあたりは、技術の問題での差別的関係とか、手話通訳者のプライド問題として起きてくる弊害を押さえる作業が必要だと思います。これについては別稿で。
さて、切り抜きメモです。
「文字ができあがるずっと前から、人は言葉を話していたことを、まず思い出してください。」11-2P「古代中国では、この漢字(山)に(サン)という音を当て、それが今に伝わっているわけです。」12P「言語の本質は、文字ではなく音にあります。」12P「言語の本質は「音に意味が乗っている」ことです。つまり音が意味を運ぶという、これが言語の本質です。」(この引用で、いずれも音には「オン」のルビがふってあります。)13P・・・どうしても分からないのですが、高田英一さんのヒエログリフ研究とか読んでいると、必ずしも音がさきにあるとは言えないのではないかと思います。それに、音が先だとすると、「この漢字(山)に(サン)という音を当て、・・・」ではなく、(サン)という音にこの漢字(山)をあて」となるはずだと思うのです。それに「本質」とまで言ってしまうと、書記言語の音声言語への干渉という問題がとらえられなくなります。もうひとつ、「音が意味を運ぶ」となると意味を表すジェスチャーや表意文字が音に先行することも考えられます。こんなことを考えているのは言語学的素人の戯言でしょうか?
「言語学では「言語において、音と意味の関係は恣意的である。」14P・・・ソシュール言語論ですが、竹内敏晴さんのからだ論と声の試みから検照することが必要と思い続けています。
「音素というのは箱のようなものなんです。」41P・・・?
「聞き分けていないということですから、全部を同じ意味として受け取る。」42P…微妙な発音の違いを、聞き分けないで同じ語としてとらえる。英語のrとlの発音の違いが日本人にはとらえられないことと同じ。逆もある。<そのもの>を<それ以上のもの><それ以外のもの>としてとらえる。廣松四肢構造論とリンク。の構造。
「私たち日本語話者は、それらを意味の識別に役立たないものであるとみなして、聞く人にはみな同じ/ogawa/として受け取られ、「小川」という意味を伝えている。」44P・・・「みなして」は、の構造。
「単語の中には時間と空間が含まれている」59P・・・時間、空間概念をどうとらえるのか、ここは世界なり、意味ということで置き換えた方がいいのでは?
「のべる」70P「とる」73P「とく」74P-和語がさきにあり、漢字をそれに当てる、意味が分かれて、多義語が同音異義語になる、原義が転義する。76P
「せともの」「ありがたい」―原義の消滅77P
「終止形」と「中止系」、「英語の動詞には日本語のような中止系はなくて、終止形しかありません。」81P・・・法律や条約の条文を読んでいると、翻訳すると動詞の中止系になるようになるのはどうとらえればいいのでしょうか? 動詞の中止系ではなくて、構文として中止系を作るという意味?
「日本語には動詞の否定形がある」82P
「限定用法」「非限定用法」84P・・・「非限定用法」は通訳のとき省くことができる
副詞-動詞、形容詞を飾る、組み合わせて使う 擬態語、擬音語86P
「サークル活動は三つの側面、つまり大衆的、自主的・自発的、民主的側面があるといっています。」「手話の世界というのは意外と封建的徒弟的で、先輩には物が言えないとか、何か言ったら後で何されるかわからないということが結構巷で聞こえる。そういう側面もあります。」「それから、人間性と人格の発展・解放、働くものの政治的階級的運動であるといっています。ところが、最近のサークル論というのは、QCサークルと間違われています。」108P・・・そもそもサークルの存在自体をとらえ返すとき
「暮らしの拡大こそ、新しい手話誕生の基本」―「手話というものは、聞こえない人の暮らしの中で作られてくる言葉ですから、当然新しい手話というのは暮らしと関係のないところではできないわけです。このごろの新しい手話を見ると、暮らしと関係のないところで無理やり作っているのではないかかと思うことが、無きにしも非ずという感じを持つこともあります。」112P
「私は市町村レベルで、裁判までのコミュニケーション支援がきちんとできるかといったら、難しいと思うのです。」117P
「DVにあっている聴覚障害の方が、女性支援センターの保護、サポートが受けられないという問題が起きています。」119P
「私は、聞こえない人の専門分化が手話通訳者の専門分化を生んでいくと思っています。」123P
「以前、全日本ろうあ連盟が手話サークルに対する「指導方針」を出しました。私は「指導方針」という名称は明らかに間違いだし、手話サークルに対する干渉だと思っています。・・・・「指導方針」というのは、上下関係がそこに存在していることを前提にした発想なのです。「指導方針」という名称について即座に反応できなかった私たちの人権感覚とは何なのかと思いました。」135P・・・そもそも当事者性を放り投げて、サークルを聴者に任せるとしたことの問題。
手話サークルの活動における民主主義と、家庭内の分業負担という課題138P
「手話通訳は使い捨てのぼろ雑巾か」141P
「手話通訳の世界に民主主義を」―「現在の養成方法は徒弟制度というか、師匠と弟子の関係です。」144P・・・むしろ技術を巡る差別の問題や、技術―専門性をもった者のプライドなるものによる対象者に対する抑圧性の問題では?
「車の両輪」146P・・・むしろ「籠かき、前がろう者、後ろが聴者」というろう者の提言
「競争というのは集団を破壊していきます。」150P「資本の論理だけで社会福祉をやっていたら介護難民は必ず生まれてしまいます。」151P・・・「「福祉}に関わるひと(さらにすべてのひと)にベーシックインカム基本所得保障を!」という提言があります。

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2018年12月29日

全国ろう児をもつ親の会編『ぼくたちの言葉を奪わないで!―ろう児の人権宣言』

たわしの読書メモ・・ブログ473
・全国ろう児をもつ親の会編『ぼくたちの言葉を奪わないで!―ろう児の人権宣言』明石書店 2003
これも積ん読していた本です。
本を読んだ今からとらえ返すと、積ん読していた一連の本を読み始めるときに、真っ先に読むべき本だったのですが、「人権救済申立書」のことをインターネットで検察していたときに、膨大な資料だったので、読むのを躊躇してしまっていて、それがこの本とショートして勘違いを起こしてしまい、危うくパスしてしまうところでした。この本は、「ろう児の人権宣言」と2003年に日弁連に出された「人権救済申立書」に関わるバイリンガル教育を求めての的確にまとめられた貴重な書です。
この本は5章からなります。1章は「ろう児の人権宣言」で親の会のひとの書いた導入部。2章が「ろうとは?」で、1節「聞こえないって可哀そう?」で親の会のひとの導入的な体験談的基調的文。2節の「手話とは?」で市田泰弘さんが日本手話に関する論理的なところを書いています。3章が親の会のひとたちの体験談と、今、明晴学園で教員をし、NHKの手話ニュースキャスターをしている小野広祐さんのろう学校での生徒時代の経験と自身の教育実習をめぐる体験談。4章が今、日本で唯一バイリンガル教育を進める私立明晴学園の前身、フリースクール龍の子学園の報告と、それに関わっている北米のバイリンガル教育の立場からの論文が二つ、それに、臨床心理学の立場から、「心の発達と人権」ということで、親と子の関係、ろう学校の教育がろう児やその親にいかに心理的影響をもたらすかということを書いている論文がひとつです。5章が「申立趣旨」。「あとがき」として全日ろう連の当時の安藤理事長が文を寄せています。資料として「文献」「人権救済申立書要約」が載せてあります。
市田さんの文は手話に関する偏見のQ&A的にもまとめられた文、これに関しては切り抜きメモでコメントします。
親やろう者のろう児だったときの実体験談があり、バイリンガル教育の必要性を実体験からして説いている文です。貴重な文です。体験というのは、まさに苦しみや怒りという反差別の原動力で大切です。そして、反対意見のひとたちを説得していくのに有効です。ですが、親たちが自分たちの世界にとどめておきたいというところでの聴覚口話法、さらにシムコム的なことへの共同幻想へのとらわれは、論理的なことを受け入れられない感情論に陥ってしまいます。そのあたりをどうしていくのか、わたしは論理からもう一度提起していくというところで、ついつい心理的なことをさておいてしまう傾向を持ってしまっています。勿論、マージナルパーソン論−心理的マージナリティというところで、一応押さえているし、自分のマージナルパーソン的体験も。少しは語ってはいるのですが。
龍の子を巡るバイリンガル教育の実践は、明晴学園という形で展開しています。今年が創立10周年です。その成果が出て来ているようなのです。ですが、そもそもこの本が明晴の創立前に出され、その中で北米のバイリンガル教育の実践的なことが既に書かれています。そして、トータルコミュニケーション研究会の北欧視察旅行と前後して入手した資料を見ると、バイリンガル教育の正当性ということが明らかになっていたはずです。なぜ、日本のろう教育は、未だに聴覚口話法が主流を占め、手話の導入が一部始まっているとはいえ、それが主流は、中等部、高等部からという、先に第一言語としての日本手話を身につけてから、「日本語」を学ぶというバイリンガル教育の観点からすると、まさに逆転した教育プロクラムになっています。しかも、一部手話を教育言語として導入したと言っても、それが、ろう児には自然言語の日本手話ではない、通じにくい日本語対応手話という情況です。どう考えても、論理的におかしいということが、どうして続いていくのか、どうしても理解出来ないのです。
さて、前述しているように、「あとがき」に全日ろう連の安藤元理事長が文を寄せているのですが、一方で、全日ろう連の機関紙に、この「人権救済申立」に関する批判の文も載せ、それをインターネットのホームページにも載せていたようです。そのホームページの文は消えていて、現在的にどういう見解なのかは分かりません。ただ、その批判の骨子のひとつは、この「人権救済申立」が、対応手話ではなく日本手話という突き出しをしていることに対して、「手話はひとつ」という観点から批判していることがあります。これは、未だに「手話はひとつ」ということを、手話言語法−手話言語条例制定運動の中で突き出しているので、取り下げているとはおもえません。「手話はひとつ」ということは、世界的なろう運動の流れの中で、とても承認されるとは思えないのですが、一体どうしてこんなことが起きているのか理解出来ないのです。実は、全日ろう連が自らの団体を自己紹介するときにいつも使っている標語があります。「全国47都道府県に支部をもつ、ろう者のただひとつの団体」ということです。圧力団体としてひとつにまとまる必要があり、手話の違いによって分裂を避けるということで、「手話はひとつ」ということを突き出しているのでしょうか? これは、ギリシャ神話の中に出てくる、ベッドから足が出るからと、足を切ったという「プロクルステスのベッド」のような話です。本末転倒なのです。このあたりの話、「言語学的に分けるということがあっても、運動的には・・・」という話も出ているのですが、運動的にも、バイリンガル教育は最初に日本手話を身につけてから「日本語」教育をという実践的な話として出ているのですから、言語学的なことと実践的なことを分ける必要はないのです。このあたりのことは一度きちんと別文で書きます。
話がだいぶ脱線しましたが、とにかく色んなことにリンクしていくとても大切な読書になりました。
さて、切り抜きメモです。
「親の母語が何であれ、ろう児とろう者の母語は自然に日本手話となるのです。」11P・・そこへ引き寄せられるという意味でしょうが、「なる」のでしょうか?
ろう学校に勤めていた教員からの手紙の引用「子どもたちは手話で楽しそうにおしゃべりしているのに、自分は子どもたちの将来のために口話で厳しく教えなければいけない。しかし、これで本当にこれでいいのだろうか・・・」←「これを読んで、もしかしたら、ろう学校の先生もろう教育の犠牲者になっているのではないか・・・という気がした。」24P
ここから市田さんの文に対するメモ
「手話はろう児が生み出した言語」「言語を生み出す本能」「ろう児の周囲に手話の環境がなければ、ろう児はピジン社会の子どもたちと同じように、“確かな言語を与えられない状況”に置かれることになる。そして、ろう児が同じ条件下にある仲間たちとコミュニティを形成すると“クレオール手話”を生み出すのである。」「孤立したろう者が周囲の人々との間で用いる身振りを「ホームサイン」と呼ぶ。ホームサインは言語としての“一貫した構造”をもたないため、言語である手話とは区別される。孤立したろう者たちも子ども時代には、“言語を生み出す本能”をもっていたにもかかわらず、なぜ彼らはクリオールを生み出せなかったのか。それは彼らが同じ条件下にある仲間とコミュニティを形成できなかったためであると考えられている。子どもがクレオールを生み出すには“スキル化(複雑ですばやい一連の動作を無意識的自動的に行えるようになること)”が不可欠であり、スキル化が生じるためには自由に使いこなす“相手”が必要なのだ。」33-5P・・・ニカラグアろう学校の子どもたちの手話を生み出していった報告のようなイメージもわたしにもあります。その後の、ホームサインの話にも繋がるのですが、一概には言えないのですが、ろうの親の聴児へのホームサインはピジンなのだと思いますが、デフファミリーの中でのホームサインはクレオールではないでしょうか? 本能という言葉は、環境がなくても出てくる行動をさしているのではないでしょうか? これは生物学モデルになるので、環境がなければクレオール手話にはならないという関係モデル的考えとは相容れないと思います。このあたりのことは、ろう者のコミュニティが本格的に形成されるのは、ろう学校の存在をまたねばならず、クレオール手話もそこで本格的に広がりをもてるのでしょうが、「みんなが手話で話した島」のように、ろう者のコミュニティが形成されたところでは、そこでの手話はクレオール手話でなかったかと思うのです。だから、著者自身もコミュニティの問題として書いているように、必ずしもろう児やろう学校や本能がクレオール手話を生み出すという言い方にはならないと思います。ちなみに本能というところは、「無意識的自動的」ということで出て来ているのでしょうが、それ自体も関係の中で出てくるとしたら、本能とは言いがたいとわたしは思うのですが。著者の文は、相矛盾する文が並立しているのですが、最後の文が結論としても、その結論から、前に書いた文を検証するという作業がきちんとなされていないのです。だから、論争に混乱を引きおこしてしまうのです。
「手話の研究では、そのしくみを研究する分野を“音韻論”と呼んでいる。」39P・・・手話は言語である、ということを強調するために、音声言語の音韻論と同じしくみがあるということで、音韻論という言い方をしているのですが、手話には音はないので、どう考えてもおかしいのです。いつまで、この言い方を続けるのでしょうか? 一案として、ここは「手話構成論」という言い方に変えることではないでしょうか?
「手話の基本的な音韻的要素は、手形、位置、運動であり、当初はそれらが同時的に結合すると考えられていたが、手話にも音素や音節にあたるレベルが存在し、位置が子音、運動が母音、手形が音声言語の声調に相当するとみなされている。」39P・・・?
「手話は両手を用いることができるために、調音器官を一つずつしかもたない音声言語とは、その点が大きく異なっていると考えられてきたが、現在は非利き手は制約が大きく、余剰的で予測可能であることから、手話にも音声言語同様、一組の調音器官しかないと考えられるようになってきている。」39-40P・・・手話の同時性の問題が抜け落ちているのでは?
「手話はジェスチャーやパントマイムと同じ右脳ではなく、音声言語と同じ右脳で処理されている。」40P
「図像性は手話だけの特徴ではない、音声言語にも「わんわん」や「bowwow(バウワウ)」といったオノマトペと呼ばれる図像的な領域がある」ソシュールの言語論の恣意性を引用して「図像性がけっして不変ではなく、弱まったり失われたりするものである。」41P・・・音声語のオノマトペは聴覚・視覚、手話の図像性は視覚、類比と区別が必要です。言語の恣意性をいうのなら、弱まったり失われるだけでなく、強まったり新たにおきることもあるはずです。 市田さんは、手話はジェスチャーと区別される言語であるということを強調するために、手話の図像性を過小評価しようとしています。これは「我田引水」というのです。
「上野」の手話、当初は「東京美術学校の帽子の形」(?・・「額のところは帽子の校章」という説もあります。)→「現在では額あるいは鼻のあたりで表現」・・・「図像性が失われた」41P・・・いつからか、鼻のところで表す手話は、上野動物園の象の鼻として語源が別に作られたというだけで、図像性は失われていないのでは?
「手話の図像性の高さにもかかわらず、言語獲得においても、手話と音声言語との間に本質的な違いがないことが明らかになっているのである。」42P・・・これも前に図像性の過小評価をなぜしたのかということと矛盾しているのではと思ってしまうのです。
「国際手話はピジン」44P・・・ピジンからクレオール化する可能性はあるのでは?
「“外来語”の定着に際しては、強い制約が働く。」47P
「口型にはそのほうか、手話独自のもの(“mouth gesture”)もあり、なかでも副詞として働く口型は、頭の動きと結びつくことで、三〇種類以上のバリエーションをもつ。また目の開け方と眉の上げ下げからなる“目のふるまい”にも、一二種類バリエーションがある。手指で表される語と同時に起こるこれらの非手指動作も、手話の語彙の重要な一部をなしている。」48P
NMや空間性の見落としによる手話の言語としての貶め50P
「手話はろう児にとって“自然に”獲得でき言語である。」⇔「手話にふれる機会さえあれば・・・。」51P・・・“自然に”の中身検証
「音声語は母語となることはない。」53P・・・母語にしているひともいる
「日本語母語話者が学習によって英語などを習う場合は、外国語といい、第二言語とは区別して用いる。」53P・・・「手話学内部」ではという意味?
「膠着語・・・日本語、韓国語、トルコ語、ハンガリー語」「孤立語・・・中国語、ベトナム語」「屈折語・・・英語、ギリシャ語、ラテン語」53P
「日本語を話しながら、その語順のままに、手話単語をつけて表そうというもの。文法などは日本語のものになるので、言語的には手話とは言えない。日本語対応手話を読み取る場合には、まず手話の単語から意味を類推し、さらに日本語に組み立てていく必要があるので、大変な負担を伴う。」54P・・・「言語学的には」ということと「言語的には」の区別が必要、「ろう文化宣言」のとらえ返し
「ただし、日本語母語話者である中途失聴者には日本語を見てわかるように表現する手段として、対応手話の有効性はあるだろう」54P・・・「ろう文化宣言」で「手指日本語」と批判したことのとらえ返し
指文字「日本語を視覚的に見せているだけで、キュードサインと変わらない」54P・・・指文字が音そのものを表している側面をどうとらえるのか?
ここで、市田さんの文終わり
3章1・・・人工内耳手術を寸前で思いとどまった母親の話・・・子どもに教えられる、ルソー教育論 対応手話シムコムの話をするひとも含めて、読んで欲しい文
「心身ともに健康であることを人はみな望むと思う。」56P・・・他の「障害者」や「病者」や「重複」のひとを考えていない
「一般に度の過ぎた早期教育にはマイナス面がある」57P・・・自然言語でない音声言語の習得のための聴覚口話法での強要はマイナスという意味、早期教育自体の必要性を否定することではなく、ナチュナルアプローチ的な方法が有効ということになるのでは?
ろう児のことば「このごろママが私たちを応援してくれる普通のママになったことが嬉しい。・・・普通の姉と弟になれた。」著者「自分のためだけの幸せではないと実感している。そして、子どもたちの本当の要求を受け止められる親でありたいと思う。」62P
「ろう児本人の気もちを無視し、ろう児のためと言いながら、聴者の勝手な思い込みで行ってきた教育が抑圧となっていることに気づいていない。」92P
ろう児が「畑を見に行く」と言ったことを、教員が「社会見学に行く」と訂正させた101P・・・言い方は間違っていないという著者の話ですが、それだけでなく、さらに具体的に表現するろう文化の問題も押さえる必要
「1991年東京で開かれた世界ろう者会議で、「ろう児にはその国の手話で教育を受ける権利がある」と宣言がなされ。日本も批准している。」107P・・・批准とは何? 明晴でやっと日本手話での教育が2008年に始まった。
「これまでの龍の子学園は書記言語よりもまず人格の形成、アイデンティティのリハビリだったと言える。そして四年目の今、バイリンガル・バイカルチュラルろう教育の成果は確実に出てきている。」112P・・・アメリカでのバイリンガル・バイカルチュラルろう教育の成果も参照
「最近、カナダの学校教育は、カリキュラムや教授法が「ホールランゲッジ」や「交流型・実体験型」に変わってきたが、実際には依然として「知識授与型」に留まっているところが多い。」139P
「ろう児およびほかのマイノリティの子どもの正統な学力評価は、子ども自身のなかに「問題」を見つけて、現状を肯定し正当化することではない。そのような問題を生んだ社会や教育のシステムを厳しく批判する「体制批判的」オリエンテーションに移行すべきである。」141P・・・ラジカル−根源的
「著者註:本章では、「ろう」(かっこつき)は「ろうコミュニティ」を指し、ろう(かつこなし)は聴覚障害のあるろう者を指す。」143P・・・前述のようにdeafとDeafの使い方からして逆ではないでしょうか?
「きこえる子どもたちが、どの国に生まれ、どの言語に接するかによって、聞き分け、発音できる音が次第に限られたものになっていく過程を考えれば、きこえない子どもに手話という高度な視覚的言語を保障するためには、幼いころからの手話環境が必須であることは疑いない。/きこえない子から、手話を遠ざけてはならない理由がここにある。同時に、きこえない子をもつ親からも、手話を奪ってはならない。新生児の聴覚障害が発見されたとき、専門家はまず、きこえる子にとっても、きこえない子にとっても、コミュニケーションの基礎作りとして大切なことは同じなのだということを伝え、母親がそのままの自分に自信をもって新生児と接してしけるよう支援すべきである。そのうえで、後々重要になってくる視覚機能の発達について説明し、母親が子どもとのコミュニケーション・チャンネルに身体言語を用いていけるように応援する。そのなかで、母親たちは「通じること」の喜びと子どもの成長を実感するだろう。こうした過程で、親は、手話はがきこえない子どもたちにとって大切な「最初のことば」であり、「生涯の話しことば」であることを、心から理解できるのだと思う。このことが認められてはじめて、きこえない子はきこえる子と同じスタートラインに立つ、つまり、母親との関係のなかで、自分自身のことば、身体感覚に根ざしたことばをもちはじめるのである。」150P・・・手話の手話教育の必要性
「自己肯定感をもてず、適切な同一化対象に出会えず、家族のなかですら疎外感を味わってきた聴覚障害者たちは、自由に語れないだけでなく、自分を確認するための体験そのものが見出せないことが多い。」155P
「ここで、明言しておきたいことは、どれだけきこえるようになっても、健聴者とは同じようには「きこえない」事実を、彼らの大切な「事実」として肝に銘じてほしいということである。」155P・・・マージナルパーソンから脱するためにも。
親へのきちんとした情報の提供の必要性と、ろう児がロールモデルになるろう者との出会いの必要性156P
「ろう学校に学んだ(かつての)子どもたちが、どれほど手話のできる先生を望んだか、手話のできるひと握りの先生をどれほど慕っていたかを、筆者は聞き続けてきた。/本稿で述べてきたような理解が深まれば、当然、ろう学校の存在意義は高まる。つまり、ろう学校は、手話が公用語として保障された場、そうした環境で教育を展開する場となるのである。」157P
「ZPD」(ヴィゴツキー)と「アイ・プラス・ワン」(クラッシェン)161-2P
BICSとCALP 162P
「トータルコミュニケーションの失敗を受けて、一九九〇年代からはじまったのがバイリンガル・バイカルチュラルろう教育である。私も、高等部からこの教育方法で授業を受けた。そのとたん、授業内容が明快に容易に理解できるようになり、中学部までわからないままだったこともすべて取り戻すことができた。現在アメリカにはろう学校が四六校あり、そのうちの八割にあたる三六校がバイリンガル・バイカルチュラル教育を採用している。」164P
「手話を用いることには慎重でなければならないと言っている。手話は日本語とは違う言語であると言うとき、そこには、だからよくないという否定的な先入観が見える。」180P・・・そもそも日本語と「日本語」(日本音声―書記言語)をちゃんと区別すべき。それをあいまいにすると、単一民族単一言語の国民統合論にとらわれます。
「ろう児を障害者として、これからも彼らの言語を認めないのか。」185P・・・そもそも「障害者とは何か」というとらえ返しがない、「ろう文化宣言」へのわたしの批判が届いていない−わたしの自己批判。
「まさに、今こそ、ろう教育は伝統的なものを脱構築すること、いわばろう教育に関してパラダイム転換をするときなのである。」192P・・・金沢さんの『聾教育の脱構築』の影響。もうひとつ掘り下げたパラダイム転換の必要性。
「「ろう児の自由な発達とその権利を守り、獲得させるための教育」196P・・・「発達保障論」の影、「発達保障論」批判を押さえた論攷の必要
「なお、本申立において、ろう者とは、「言語獲得前の聴覚障害により、音声言語を母語として獲得することが困難である者」という意味で使用する・・・。」206P・・・まさに医学モデルになっています。

posted by たわし at 17:09| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

トータルコミュニケーション研究会編『北欧のろう教育から学ぶ-バイリンガル幼児教育から成人教育まで-』

たわしの読書メモ・・ブログ472
・トータルコミュニケーション研究会編『北欧のろう教育から学ぶ-バイリンガル幼児教育から成人教育まで-』トータルコミュニケーション研究会 2001
2つ前のブログのパンフレットの視察旅行、1年後に二倍の人数で行われた視察旅行の報告とその時もらった資料、教えてもらったホームページの翻訳です。前の読書メモに書いたように、再読です。
そもそも日本と北欧の教育のとらえ方の違いとか、「精神風土の違い」ということまで感じています。教育が無償で、生涯教育ということが定着しているのです。わたしは地域のろう協に委託された手話講習会で学び、手話サークルでも動いていたのですが、北欧はそもそも親やきょうだい、親戚にカウンセリングや手話を無償でしかも生涯教育的に教える態勢があり、またバイリンガル教育のためにろう学校の教師に対する集中学習、定期的フォローというようになっているようです。勿論、手話通訳の養成もそのようなシステムの中でやっているのです。それは、日本では口話教育ということが長く続いていたこともあり、親や家族・親戚が手話を学ぶということが少ない中で、市民が「福祉」的な関心から手話を学んでいく事があり、それで講習会でその学習が終わらないで、手話サークルを作ったり、そこに参加していくパターンが多いようです。もちろん、手話通訳ということで、現在の講習会が対応手話的要素が多く、日本手話学習のために有料の教室に通うというパターンがあります。今、国立リハビリテーション学院で、日本手話的なところでの通訳の養成があります。これも有料です。アメリカでは言語学的関心や多言語国家で通訳の仕事がなりたち、それで手話を学ぶひとも多いようです。日本の手話学習システムの貧困の問題がそこにあります。
実はバイリンガル教育が進んでいる北欧でも人工内耳手術を受けるひとが増えていて、手話通訳の仕事が減っていると書いているひとがいたりします。わたしは、口話から、補聴器の進歩で、聴覚口話法が広まったときと同じで、人工内耳が普及しても、将来的には手話に戻ってくると思っています。マージナルパーソン論からしてもです。在日外国人が民族教育として民族的母語を学ぶ、アイヌのひとたちが、アイヌ語の復興運動をすることにそれは通じています。
トータルコミュニケーション研究会は同床異夢のようなことがあり、「対応手話の必要性」を確認したいと思いがあるひとがいて、我田引水的なところの実証をえたいという動因での視察団の一部のひとたちの言動があります。バイリンガル教育の先進国のデンマーク、スウェーデンのろう教育関係者に質問していくという目的からすると、それの穴のようなことを探している悲喜劇のような事態が書かれています。そういう質問をしていたひとたちは、この視察旅行の中で何かを吸収して帰ったのでしょうか? 日本でのバイリンガル教育を進めるひとたちとの、対話をきちんと再度して欲しいと思っているのですが。このあたり、もう一方では、この記録がもう20年近くも前のこと、現在の北欧のバイリンガル教育がどうなっているかきちんとした検証が必要なのです。客観主義的なことを言っていないで、わたしも作業しなければいけないのですが、「英語が、英語が・・・」ということがここでもついて回っています。
他者の「穴探し」の批判のようなことを言いつつ、わたしも「穴探し」をしている面もあります。
冒頭、「精神風土」というようなことを書きましたが、単にヨーロッパが正的なことだけで進んでいるのではありません。統合教育ということですが、これは原則統合論で、「「精神」と「知的」は別だ」、というような押さえにヨーロッパではなっているようです。それがパーソン論(「意思表示できて初めて、ひとである」)がヨーロッパではかなり広がる理由になっていて、それはこの社会の近代合理主義や生産性第一主義的なところを土台にしていて、そのことが労働力の生産・再生産を担うという意味をもっている教育の中身も規定していることがあるからだと思います。それが安楽死―尊厳死の広まりや、人工内耳の広がりにも影を落としているのだと言い得るでしょう。ただ、勿論それに対峙する、止揚せんとする思想もあるのでしょう。その一端がイギリス障害学のマルクスの思想の影響を受けたと言われる「社会モデル」だし、それを批判して起きているイギリス障害学の第二世代に反批判する思想の背景にある、脱構築派の思想とも押さえています。
ヨーロッパの近代合理主義に対して、むしろ東洋の思想的なところが、そのことに反定立する思想もはっきり出ていて、日本の「障害者」たちの突き出したラジカルな提起や運動もあったのだと思います。
さて、抜き書きです。
ろう団体と親の会と学者(-教育者)と連携・・・日本ではバイリンガル教育を求める親の会の「人権救済の申立」での、全日ろう連の「手話はひとつ」という観点での逆転した批判
「物や自然や人間の心を大切にする北欧の人々の精神文化を、まず学ぶべきだと感じた。」8P
「日本ではおそらく聞こえのレベルからは難聴と呼ばれるであろう子供達も、ここトロレホイ幼稚園では、手話を第一言語として育っています。」11P・・・マージナルパーソンから脱する途
子ども同士のぶつかり合いの大切さ12P
「日本ではろう児の親達に十分な情報提供とケアがなされていないという非常に大きな問題があるのだと思っています。」13P
「視察団からの質問として「サインド・デーニッシュを、音声言語習得(もちろん口語という意味に限らず、読み書きの習得という意味で)のための手段として使えるのではないか?」という質問が何度も投げかけられたが、答はNGであった。」33P・・・これは繰り返し出て来ますー
「手話が向上すれば問題はすべて解決できると親も思っていたが、それだけでは間違いだったということが分かった。/確かに、トータルコミュニケーションの方法に比べれば、手話を使うことで言語の概念ではより獲得できてきている(概念が広がっている)ことがわかったが、聴者と同じにはなっていない。どうしても獲得が遅れている。」「現在、学校として臨床心理士を2人採用して、伸びなかった理由を分析しているところである。」「聾の軽い子は伸びている。」35P・・・考えられる理由としては、教員の手話の技術の中身の問題、重複の児童が増えていることなど
「発音指導もしている。手話と音声を同時にさせない。きこえてもきこえなくても。」44P
「(詩)“鳥が羽をあたえられ空を自由に飛ぶことができるように、人間には言葉があたえられた。”/手話という羽をあたえられ世界をとびまわれる自由がこの国ではろう児にあたえられている。」52P
「ひとつの手話単語がひとつのスウェーデン語の単語に対応していることも時にはありますが、ほとんどの場合、ひとつの手話単語は複数の文になることすらあります。このことを最初から明確に子どもたちの頭に叩き込んでおかねばなりません。」55P
二つの言語についての生徒たちの意見57P
書くことが苦手という傾向はあるけれど、読解力は伸びる57P
ろう学校で手話を禁止すると決定したミラノ会議の背景「究極的には、ウィクトリア朝風の抑圧と体制順応をよしとする気風や、宗教的・言語的・民族的その他の、あらゆる種類の少数集団(マイノリティ)とその観衆に対する不寛容の精神の高まりに由来するものであった。」69P・・・ここでは本から離れるのですが、「日本のろう学校での手話の禁止は、日本の植民地支配での植民地の母国語の禁止とつながっていた」(ろう歴史学研究者の野呂さんの講演での話)
スウェーデンのバイリンガル教育の意図、三項目72Pのひとつ「アイデンティティ」・・・これはマージナルパーソン論からとらえ返す必要
補聴器と人工内耳、同じ繰り返し73P
サインとスピーチを同時に行うという方法は、手話もスウェーデン語もいずれも正しく表現されない言語混合状況(mixed-languages-situation)に類する事態をもたらすのみでした。」76P
「バイリンガル教育に否定的な人たちがいろいろ疑問を呈することに寛容でいましょう。彼らが疑問を自由に投げかけることができるようにしましょう。」81P・・・対話こそが論の深化をなしえると言う意味でも
「私(長谷川洋)のわずかな経験で判断するのは危険があるが、スウェーデンとデンマークを比較すると、デンマークの方が教育においてもインテグレーション指向が強いと言えそうである。」82P
ろう学校の高等部はない、インテグレーションで情報保障は付く(インクルージョン)、スウェーデンはクラスを分ける82P
長谷川「デンマーク語を教えるときデンマーク語対応手話は役立つか?」→女性教師「授業では手話を使って教えている。ここではデンマーク語を教えるが、手話とデンマーク語は文法が異なる。」→オーレ校長「国語は読み書きを習っている。口話は教えていない。」87P
「デンマーク語がうまくできないためにトラブルが多い人には1週に20時間分の通訳料金が出る。」88P
ろう者の大学進学率1〜2%91P
「統合教育に関する20-25年の経験から、ことはそんなに単純ではないことが示された。今では、「統合教育とは単に隔離をやめることではない」と考えられている。」122P・・・・インクルージョンへの展開の意味? 分離もありえるという意味?
障害の種別と統合教育の関係「一般にコミュニケーション障害―ろう、自閉症、重度の知的障害―はもっとも困難であった、手話を使うろう児に関しては、ほとんどの親は通常学校での教育体制に満足せず、聾学校を選択した。」122P・・・ほんとうに困難で分離することなのか?
「デンマークの障害児教育は、基本的には「非分離―統合教育」であり、その大枠の中で、「必要なケア」を保障する、というものである。/そして、その実際の教育形態は、一般学級、抜き出しの個別指導、障害児学級への通級、障害児学校と様々であり、最終的には親の選択権である。/特に聴覚障害児については、一般学校での手話環境の保障が困難なことから、分離学校(聾学校)の選択が多い。しかし、分離学校形態も国民学校レベルまでで、それ以上は、一般高校の中での聾学級、というインテグレーションの形を取る。」122P・・・原則統合論と親の選択権、ケア付き−インクルージョン
視察団のひとり矢沢国光さんの日本のろう教育の押さえ「ろう者集団の形成の場としての聾学校の重視」「「インテグレーション促進」ではなく、「インテグレーションの見直し・聾学校への回帰」が当面の課題としてある」「「ろう児・者集団の形成」は、それ自体が目的ではない。目的は、日本、そして世界の未来を主体的に切り開く立派な社会人の形成である。/ともすれば、当面聾学校の充実・聾学校への聴覚障害者の回帰をめざしつつも、将来的には、統合教育を目指すべきではないか。聞こえる・聞こえないを越えた社会的使命感とそれを裏付ける知識・技能を身につけた社会人を育てる教育は、やはり、聴児と日常的に切磋琢磨する統合教育においてこそ可能であると考えるからである。/それは、従来のインテグレーションとの対比で言えば、「個人としてのインテグレーションから集団としてのインテグレーション」への発展であり、インテグレーションの前提としての集団形成の場として、聾学校教育の理念的方法的改革・充実が求められている。今回の北欧訪問で痛感したことの一つは、このことであった。」123P・・・将来・原理としての統合教育論は留目すべきことですが、適応論になっているのではないでしょうか? むしろ統合の中身自体が問題になっているのだと思います。コミュニティ同士の交流ということ、現実を変えること自体が問題になっていると思えるのです。
北欧「社会で育てる」125P
視察団のひとり長谷川純子さんの文「小学校に上がるまでに、日本語の基礎を作らなくてはならないという思いが、親や教師を駆り立てているのかもしれない。しかし、北欧の保育園には、そんなあせりがまったく感じられなかった。ことばの土台となる。子供としての生活、子供としての経験が、まず大事にされているようだ。手話による保育者や親との、あるいは友達との十分なコミュニケーションがあり、就学後に引き継がれる一貫したバイリンガル教育への信頼があれば、「幼児期になんとしてもことばを」という、子供に対する思いつめた向き合い方から自由になることができるのではないだろうか?その余裕と信頼が、あの保育園で感じた大人と子供との自然でおおらかな関係に大きく反映しているのではないかと思うのだ。//人間の欲望は果てしのないものだろう。もっと便利に、もっと快適にとついつい思ってしまう。北欧での短い滞在を終え、日本に帰ってきたとき、日本の街が、無秩序にどんどん勝手に増殖していくアメーバーのように思えた。しかし人の暮らしに本当に必要なものは案外少ないのではないか?聞こえない子供たちのために私たちが用意してあげなければならないこと、その答えもいたってシンプルなものかもしれない。北欧から帰ってきてそう思うようになってきた。」125P・・・基本を押さえてシンプルに 聾学校の教員の立場からの実践の現場からの、北欧のバイリンガル教育を視ての思い−まさにバイリンガル教育の核心を言い当てていると思えます。
完全統合にはなっていない133P
「9 統合教育の前提」冒頭の理念134P
「単純ではない」134P・・・隔離の許容(日本の「発達保障論」とつながる)
「統合教育/分離教育、二者択一ではない」教員と親、臨床心理士も含んで、基本的ニーズで柔軟に134P
財政問題 現実問題と将来(原理)の問題←親の要求135P
それぞれの立場 「ろう」、「自閉症」、「精神病」、「重度の知的障害」は、分離的に136P・・・?
「可能性の方が限界よりも大きい」136P
「こうした選択は、障害の性質や程度と普通学級をその生徒に合わせるための努力がどこまでなされているか、に掛かっている。」136P・・・後半は関係モデル的反転の考え
「インテグレーションの背後にある目的」140P・・・同化でという面もあるのでは?
「「障害」とは「障壁」であったにすぎなかった」140P・・・「障害の社会モデル」
「聴覚障害児の両親が、子どもの情緒的ニーズと安心感こそが成長と学習のための最善の土台になると信じて、これをまず第一に考えるようになるということは、従来の判断基準に風穴をあけることになると私は見ています。」140P
デンマークでは一般市民向けの講座ではない「日本の手話講習会では一般市民が対象であるため、手話の学習開始時点で、手話を覚えて通じ合いたい特定の人物がいるという受講生はあまりいないのである。手話を学びながらも、ろう者との交流がほとんどないという受講生もめずらしくはない。」158P
デンマークでは6ヶ月で432時間手話を学ぶ講座がある159P
親への手話講座への社会・経済的なバックアップ「会社を休んだことによる減収分は、後ほど、国から補塡を受けることができるのである。講座の参加費および交通費は、自分の住んでいる自治体から支給される。遠くから参加する場合には、滞在費も支給される。」159P
教員への手話研修「参加者の給与、交通費の全額、食費、宿泊費がカバーされています。」160P

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ウェンディ・ルイス『デンマークのバイリンガル教育-あるプロジェクトの記録-』

たわしの読書メモ・・ブログ471
・ウェンディ・ルイス『デンマークのバイリンガル教育-あるプロジェクトの記録-』ろう教育の明日を考える連絡協議会 2000 
これも前回の読書メモのパンフと一緒に買ったもの。
この著者は何回か訪日していて、前の読書メモのパンフの中でも、ほんの短い時間ですが、視察団とあって話している記録が載っています。
デンマークにおけるバイリンガル教育の記録と研究の基本的な貴重な資料です。
要するに最初に、ろう児(者)には自然言語であるネイティヴな手話を身につけさせて、それをつかって、そしてその手話自身の学習も含めて、第二言語の学習に入るという、NSL(Native-Natural Sign Language)-バイリンガル教育なのです。それは北欧でかなり進んでいて、その成果も出ていて、世界的趨勢になっていくだろうと思えるのです。というより、このパンフが出されたのが2000年です。もうすぐ20年です。日本では、バイリンガル教育をとり入れているのは、私立の明晴学園だけ、創立から10年、その成果がぼつぼつ現れ、それが公にされていることも出て来ていることがあります。
実は、北欧でもバイリンガル教育でいろいろ議論が出て来ているようで、そのことの中身を押さえていく必要があると思っています。
口話―手話論争には、一応決着が着いたようですが、補聴器の性能が向上する中で、「聴覚口話法」として一定揺り戻しが置き、それが人工内耳の出現によって、さらに増幅しているようです。これは、そもそも医学モデルにとらわれたところで、deafというところで、聴覚が使用できない者が、バイリンガル教育を受けるというようなニュアンスや、なぜ、モノリンガルではだめなのか、ろう者がなぜバイリンガルを過度に要求されるのかの問題もあります。これらは、差別=マイノリティ論批判や民族-人種差別を巡るマージナルパーソン論の論考があり、その地平からの整理も必要になっています。(註1)
さらに、そもそも医学モデルから「社会モデル」への転換に、国連のWHOでの議論が進みえず、ICFも「障害者権利条約」も失敗したということがあり、そのことのとらえ返しのないまま、医学モデルでしかない障害規定をそのまま、引用しているところからする混乱もあります。
さて、実は次のパンフも読み始めているのですが、そこで、ろう団体と親の団体と学者との連携の話が出ているのですが、ろう団体がバイリンガル教育を引っ張ることなのに、逆にバイリンガル教育を求める親の団体の弁護士会への「人権救済申立」に対して、「手話は一つ」とかいう意味不明なところで批判し、弁護士会のそれに対する応答を、当事者主体の観点はあるにせよ、そもそも司法制度を理解していないような、批判をしているのはとても理解し得ないものがあります。(註2)つい最近の手話言語法や言語条例を巡る、学者のそれなりに整理した国会への提出した論文にも、同じ観点から批判したりしています。
そもそもちゃんとした議論が成立していないのです。ブログ448でとりあげた 森壮也/佐々木倫子編『手話を言語と言うのなら』ひつじ書房 2016 の青いパンフとか、北欧のバイリンガルを巡る議論の資料などをちゃんと読んで、内部議論を進めているのだろうかと疑問をもたざるをえません。(註3)
とにかく、このパンフは、手話とろう教育-バイリンガル教育を巡る議論に、簡潔にまとめられたとても大切な資料です。
いつものように切り抜きです。まとまった一群の文で、そのまま読んでもらうのがいいし、他にも切り抜く大切な箇所があるのですが、わたしとしては、そして多くの手話を学習しているひとからすると、わかりきったこととして読み流しているところもありつつ、あくまでわたしサイドから議論の焦点になるところとしてのピックアップです。
「サインド・デーニッシュ(Signed Dani)は手話の文法的な機能をやりとりできないので、サインド・デーニッシュでなく、ろう者の手話を与えなければならない。」13P
「後者の方法は(手話に肯定的な態度をとる場合には)、ろう児を、障害者の一団としてではなく少数言語集団として機能させる。」16P・・・ここの 障害者 という言葉は、医学モデルとしての「障害者」
「もし、親が耳の聞こえない、他の子どもと違っている子ども、決して聞くことができるようにはならない子どもを持っているということを受容しなかったならば、子どもはきっと心の奥底に、違うという感覚を持つようになるにちがいない。」24P・・・異化―スティグマの構造 人工内耳にどうしてとらわれていくのかの問題や難聴者がマージナルパーソンになるという問題にも繋がっていきます。
「自分達の言語に満足して誇りを持つ事の方がもっと大切だと私達は考えた。」25P・・・自分たちの言語に誇りを持つ事が、「聴覚障害者」というスティグマから脱するために必要
「「手話」(ネイティヴな手話)を最優先にすると、デンマーク語を学習するための状況を改善することになり、そしてその結果、その後も引き続き個性を発達させることができるようになって、学校や大人の世界での活動ができるようになるということは、いろいろな研究によって証明されている。」25P・・・核心的な論攷。ただ、書記日本語で「手話」ということは「カッコつき手話」という逆の意味になり、カギかっこは外すこと、カッコをつけるなら、別のカッコにすること(以下同じ)。
「発達心理学」27-8P・・・「知的障害者」への抑圧性の問題が抜け落ちている論攷-発達保障論批判にも通じること
「手話を母語と呼ぶ原理」-「「手話」は、子どもが最もよく使う言語であり、他の人達がろう児と結び付ける言語であり、そして後にはきっと、子どもが自分自身と一体感を持つ原理になる。」30P
「デンマークに住んでいるのだから、当然、毎日の生活でデンマーク語が必要なわけで、この動機付けは強力だ。デンマーク語は必要なのだ。選択の余地はない。」33P・・・モノリンガルの選択も、手話が広まり、通訳の保障もあればありえる。
「加法のバイリンガリズム―減法のバイリンガリズム」35P
「サインド・デーニッシュと「手話(Sign Language)」との間にはっきりした区別をつけることはうまくいかなかった。実はすっきりとつけることは不可能なのかも知れないが、とにかく私達は、違いがあるのだということを心に刻みつけた。」49P・・・原理的区別が必要。教育では実践的にも必要。
「押韻詩」52P・・・手話に韻はない、これは手形の連想ということか?
プロフォーム(CL)とロールシフト55P
「私達はこの、言語機能と言語の創造性の発達とを、言語指導の基礎とみている。文法の指導はこのプロセスに必要な補足に過ぎない、」64P
「自分たちの印象を「吹き出させる」のではなく、クラスメートの意見を受けてそれに応じさせるように努力した。」64P
「コミュニケーションは「手話」指導の一分野であって、文法の指導と文化面の指導の間に位置づけられる。文法の指導が規則系としての言語の構造に関わるのに対して、一般的文化面の指導は、思考・考え・意見、即ち言語の中身に焦点を当てる。コミュニケーションの指導は、言語の実際の利用法、すなわち伝達するという状況で実際に言語を使う方法を取り扱う。」64P
「聴者とコミュニケーションをする場合に一番上手なのは、コミュニケーションの断絶が起きやすいのはどんな時で、どのように起きるのかを一番よく知っている子どものようだ。」66P
「「手話」指導の長期的な目標の一つは、自分自身の言語と、その可能性・機能・構造を、子どもに気づかせることである。」67P
「解放の笑い」72-3P・・・通じないときに通常差別されるのではあるが、いつもは差別される側が反転して笑い返す類い―「共犯幻想」にも通じること
「デンマーク語を教えることが目的ならば、デンマーク語の代わりに、きちんと体系だっていない全く新しい符号体系を導入するのは、明らかに望ましくない。」「デンマーク語の授業では2つの言語を両方使ったが、一度に1つずつ使ったし、どちらの言語を話しているのかをはっきりと明確に示すように努力した。」80P・・・2つの言語をはっきり分ける
「ろう児には自分の言語とその極限(デンマーク語との境界)を意識させること、それに2つの言語を別々に切り離しておくことを学ばせることが必要だということである。」98P
「教師と生徒の双方が8-10年生で通訳を利用する練習をする機会を持つことが必要であると思う。」113P
「「平等とコミュニケーション」が、将来のろう教育の鍵を握る概念であると私達は考えている。「ろうの生徒は、健聴の生徒ができることは何でもできる、聞くこと以外は」という意識が、将来のろう学校でたくさんの素晴らしい市民が成長して、卒業していくのを手助けする際に、一役を演じるようにと願っている。」113P


1 マージナルパーソンというのは「境界人」と訳されますが、差別されるときもされないときもある立場ということではありません。どっちつかずの心理(心理的マージナリティ)に陥るひとということです。わたしはこれをアパルトヘイト下の南アフリカのカラード(白人と「有色人種」の間に生まれた子ども)を巡るH.D.クラークの『差別社会の前衛』という翻訳本で最初に学びました。白人としてパスできるひとの方が、心理的葛藤に陥るということです。これは、障害問題では、いわゆる「障害の重いひと」の方が「障害の軽いひと」よりも大変だと思われるのですが、必ずしもそうではなく、自分の立場の曖昧性から、葛藤に陥るという問題があるのです。これについては、もうずっと昔の文で校正が必要なのですが、わたしのまさにマージナルパーソンとして「吃音者」の立場で書いた文を参照にしてください。「マージナルパーソンとしての吃音者」http://www.taica.info/akbmmk.pdf
2 差別に関して被差別当事者が最も理解し得る可能性があるというところで、当事者主体の立場を突き出し、自分たちをさておいて、弁護士会が答申のようなことを書いたことを批判しているのです。ですが、当事者団体もときには間違えることもあるということを押さえていないと独善性に陥ります。なぜ、「ろうあ」を名乗る立場で、日本手話での教育を求める親の人権救済の申し立てに、対応手話やシムコムのようなことを認めるような立場で批判したのか、どうしても分からないのです。
3 当事者主体の立場から批判―対話をなかなか書き得て来なかったのですが、当事者主体からはズレるとは言え、「言語障害者」の立場から、これらのことを、「全日ろう連の「三つのひとつ」の混乱」というタイトルで別文として書こうと思っています。

posted by たわし at 16:58| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

トータルコミュニケーション研究会編『北欧のバイリンガル教育の理論と実践-スウェーデン・デンマークを視察して-』

たわしの読書メモ・・ブログ470
・トータルコミュニケーション研究会編『北欧のバイリンガル教育の理論と実践-スウェーデン・デンマークを視察して-』トータルコミュニケーション研究会 2000 
これはパンフレットです。ろう教育関係の集会に参加して(確か「ろう教育の明日を考える会」の集会です)、パンフレットを3冊か4冊か買いました。で、とても全部一気に読めないと、一番新しいのだけ読んで、後を積ん読にしてしまっていました。「一番あたらしいの」の記憶がありません。当時はまだ読書メモ書いていなかったのですが、再読のマークをつけています。二つ後に、再読した読書メモを残します。
2000年の北欧の視察旅行の記録とそこで関係をもった団体から出している資料の翻訳です。バイリンガル教育の貴重な資料です。この視察旅行はトータルコミュニケーション研究会(TC研)で行っていたのですが、もうその当時の北欧では、トータルコミュニケーションという概念ではなくなっていました。日本でも、トータルコミュニケーションという概念が変化しています。最初は、手話もろう教育に取り入れるといるところから始まったのですが、バイリンガル教育ということがろう教育の中で大きな位置を占めるにつれて、手話だけでなく、他の使える手段でも何でも使っていこうという意味になってきています。口話も手話もとか、シムコムも必要というという話につながっていきます。何でも使っていこうということ自体を否定はしないまでも、何を軸にしていくのかがあいまいになっていくと批判が起きています。そういう意味で、北欧では軸をバイリンガル教育においています。もっとも、北欧のバイリンガル教育は、聴覚で情報が取れないひとにとってという意味ですが、わたしは「難聴者」にとっても、マージナルパーソンから脱するという意味では、医学モデルから脱して、手話を自分の言語にする必要もあるかと思います。
もうひとつ押さえておくことは、北欧の手話教育は、無償の生涯教育の中に位置づけられていて、親やきょうだいや友達関係まで無償の手話教育が受けられるということです。日本の口話―手話論争なり対応手話−日本手話論争の中で、口話や対応手話の必要で「親とのコミュニケーションがとれない」ということが出てくるのですが、それはこのパンフレットの「聴覚障害児」が生まれたら、両親が手話を学ぶシステムを作っているというところで、解決の途ははっきり示されています。
もうひとこと書き添えておけば、「障害者運動」を担っているひとたちの中には、北欧型の福祉なり、ろう教育を理想としているひとがいるのですが、わたしからすると、これはヨーロッパ型の近代合理主義−生産性の論理の枠を脱していないと思えるのです。だから、インテグレーションは原則であって(分離教育批判があって、ろう教育ではろう学校が必要というのは、手話で教える学校が必要−手話教育からろう者を分離してはいけないという意味になります)、「重度の知的障害者」は別枠の構造が出て来て、スウェーデンで優生手術が行われていたとか、パーソン論が出てくるとか、「安楽死−尊厳死」を認める方向が出て来ていることもあります。
これは今の社会で現実に生きていく中でどうしていくのかということと、もっと根源的にとらえ返した、関係性そのものを変えていくというところで、分けつつつなげていくことが必要になっているのだと思います。
さて、切り抜きです。
ヴェスタンヴィク国民高等学校24-33P・・・生涯教育の場で無料
親の手話教育にもお金が出る29P
(スウェーデンのスタッフの発言)「日本のろうの人たちは、第一言語として手話を学ぶことは難しいと思います。」36P・・・意味不明。書き言葉と話し言葉の乖離があるからという意味で言っているらしい 第一言語として「日本語」を学んだひとは日本手話を学ぶのが難しいという意味? 唐突な発言 漢字まじり文のことをいっているのか? 何を勘違い?
「ろう児にスウェーデン対応手話は機能しませんでした。」38P
ろう児同士とろうの大人とのふれあいの大切さ39P
「ろう児より難聴の子どもの方が不安感が強いようです。」39P・・・まさにマージナルパーソンの問題
聞こえる子ども(難聴の子どもの場合ともっと普遍的に)と聞こえないこどもを一緒に教育するときは手話で統一するのが良い40P
表情が硬い41P・・・TCへの批判もあったのかも
デンマーク手話センターKC58-63P・・・教育の無償化、生涯教育
ゆりかごから墓場まで60P
手話の韻をふむ61P・・・原語では? 手話の語彙の「語呂合わせ」の意味?
両親の手話教育が一番の影響力、きょうだい、保育園、周りのひとに全部に無償の手話教育62P
通訳者の所得保障62P・・・実質公務員化?もっと広げたベーシックインカム基本所得保障
親の会2020年の夢−全てのデンマークの国民学校、義務教育の学校で、どの生徒も7年生から希望すれば手話を勉強できる68P
DSLの上にデンマーク語の学習88P
手話教育の歴史90-93P・・・大切
「デンマーク語の学習と同じく手話の学習も、手段の学習instrumental subjectであると同時にそれ自体教育的な学習educational subject 92P
「デンマーク語の学習もまた重要である。教える際、教師はDSLとデンマーク語をはっきり分けて使用すべきである。二つの言語の使い方や機能の違いがわかるようにするためである」93P・・・文法の違いとシムコム批判につながること
バイリンガル主義教育の理念96-7P
ろう児のインテグレーション批判94-7P
「生存教育に勝ち抜く」102P・・・資本主義的世界観へのとらわれ
カウンセリングはろう児が大人になるまで、親やきょうだいに106P
「デンマークでは個人の障害の結果被る出費は社会保障によって支払われます。」114P・・・「被る」というとらえ方は「社会モデル」へもう一歩
スウェーデンは、「手話はろう者の第一言語」と規定した最初の国120P
「会議を召集する人は、通訳を手配する責任があります。費用は郡がもちます。個人が仕事上通訳を必要とする場合も、同様です。」122P
移民の問題とろう者の問題のリンク123-4P
「手話と独特の文化を巡るろう者の闘争は、基本的人権を求める戦いです。」124P
ヴェスタンヴィク成人高等ろう学校 生涯教育と教育の無償化124P
「「ろう」は普通の意味での障害ではなく、コミュニケーションにあるのだということがはっきりと見えることでしょう。」125P・・・そもそも他の障害についても言えること、医学モデル批判としてきちんと押さえること

posted by たわし at 16:55| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「新しい聴覚障害者像を求めて」編集委員会『新しい聴覚障害者像を求めて』財団法人全日本聾唖連盟出版局

たわしの読書メモ・・ブログ469
・「新しい聴覚障害者像を求めて」編集委員会『新しい聴覚障害者像を求めて』財団法人全日本聾唖連盟出版局 1991 
この本は、本の目次を見て読まなくてはと買ったのですが、タイトルに違和があって、積ん読にしてしまっていた本です。内容的には、「ろう運動の歴史と課題」ということで、トータルに「聴覚障害者」が抱えさせられている問題を押さえ、丁寧にそれを読み解こうとしています。貴重な資料です。全体的に吸収することが多くありました。大抵は、色んなところで読んでいた内容もあり、わたしの知識が薄く、知識を深めるために印象に残ったところを書いておきます。
第2章第2部の「聴覚障害者の労働」、現実の労働者が置かれていた情況がかなり詳しく記載されていて、参照になりました。
また、第5章第5部「ろう教育の願い」というところで、「聴覚障害者のろう教育教員」の立場での前田浩論文が印象にのこりました。390-400P特に、ろう者の教員の雇用問題は、ほんとうにちゃんと実現していかなくてはならないと思います。ずっと前に読んだ、『聾教育の脱構築』の中で語られている「パラダイム転換」の内容なのだと改めて感じていました。
当事者のプライバシーの問題があり、それに通訳の守秘義務の問題もあり、実際の生活とか出てきにくいのですが、この本はあえてそのようなことも書いています。手話通訳の失敗の事例273-8Pとかは、通訳者集団では内々に会議の中で話されているのでしょうが、手話通訳集団には入っていない立場でいろいろ考え込んでいました。
また、ろう者の立場で、手話通訳者にもとめるものという文282-6Pは、古くて新しいことなのですが、現実の手話通訳者がちゃんと押さえられているのかということで、他の問題にも起きている、なぜちゃんと提起されていることがちゃんと押さえられないのかという思いをもってしまいました。
ですが、この本は、当事者や運動関係者だけでなく、一部研究者や役人も執筆していて、ちょっと違和を感じる文もあります。文章の引用として出てくるのですが、「障害の発生を予防し、・・」199Pとか「障害を克服し、・・・」200Pとか出てくるのです。なぜ、運動体が中心になって出した出版物で役人に執筆を依頼し、しかも差別的な文を引用したまま載せているのかも分かりません。
さて、この本のタイトルは最後の文がろう教育に関しての文で、教育としてどういうろう者を育てるのかというところで、このタイトルに繋がったと思えます。ですが、中教審答申で「期待される人間像」が出て来たとき、反差別の立場のひとたちは、そのことを批判していたのですが、ろう運動の世界には届いていなかったのでしょうか?
「立派な聴覚障害者」408Pというような話、確かに運動を担うひとを輩出していくという意味では必要になっていくし、「立派な」の中身の問題もあるのですが、ろう運動の目的は、運動をしなくてもよくなる情況を創り出していくことで、立派であろうがなかろうが、市井のろう者が幸せに生き得る教育と情況を創り出していくことが必要なのではないでしょうか? その文を書いているひと自身が、「口話主義−同化−聴覚障害者の存在の否定」とか押さえ402P、「(ろう教育は)誰のために、なにを、どう教えるか」407Pという提起をしているのですから、エリート主義的教育批判につなげて欲しいと思います。この遠藤論文には、まとめ的に「6 全日本ろうあ連盟の当面の要望」という文408-9Pがあるのですが、ろう者の教員の採用ということをきちんと出していないことが気になりました。
資料として「3・3声明」「[年表]」が掲載されています。
さて、イギリス障害学の本では、執筆陣も新たにして版が重ねられた本が出ています。この本も、出されて四半世紀を超えています。その後の運動とその蓄積を押さえた新しい版を出してもらえないかと、思っています。わたしの悪い習性ともいえるようになっていること、運動の深化を求めて否定的なことの指摘ばかりしているのですが、この本は大切な資料です。
今回は、切り抜きメモを本文の中に含めました。ただ、ひとつ、上手く入れ込めなかったこと。
「こうした全体を共通の特徴としてとらえてしまう傾向は、身体障害者のなかでは、聴覚障害者が際立っている。聴覚障害者の職場内の問題はコミュニケーションの問題としてくくってしまうのではなく、個々の問題としてとらえていく視点が、今後ますます重要になってくる。十分に留意したいものである。」131P・・・普遍的なところを押さえようとするわたしの傾向で、きちんと個別のひとつひとつの問題を押さえることの必要性として、わたしとして特に留意。

posted by たわし at 16:48| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ハーラン・レイン/斉藤渡訳・前田浩監訳『手話の歴史 上 下 (ろう者が手話を生み、奪われ、取り戻すまで)』

たわしの読書メモ・・ブログ468
・ハーラン・レイン/斉藤渡訳・前田浩監訳『手話の歴史 上 下 (ろう者が手話を生み、奪われ、取り戻すまで)』築地書房 2018 
ハーラン・レインの著は編・著も含めて三冊目です。
小説風のヨーロッパ―アメリカをまたぐ、まさに手話の歴史の書。この本を読むと口話−手話論争に決着が付いているという思いを強くしているのですが。
そもそもは、現実的に聴者社会への参加という脈絡で有利になるかというところで、口話主義はゾンビのように甦ってくるのです。その延長線上に、ブログ466の・脇中起余子『聴覚障害教育 これまでとこれから:コミュニケーション論争・9歳の壁・障害認識を中心に』北大路書房 2009 の著者のいう「手話−手話論争」もあるのですが、その著者ならば、この本をどう読むのでしょうか?
著者レインは、ひとを描いています。その押さえがまさに的確なのです。といっても、他の描いている本をあまり読んでいないので、異論の存在を押さえていないのですが。
小説風というところでは、一個前の著者高橋潔さんの娘さんの著者・川渕依子『指骨』を想起します。このレインの本、上下になっているかなりの分量の本なのですが、読みやすいのです。
先人のいろいろな思いが交錯する歴史模様として描かれています。いろんな、ひととひととの出会い・きっかけで歴史が変わっていくことも読み取れます。
1章から10章までは、フランスからアメリカに渡り、アメリカのネイティブの手話教育の基礎を築いたろう者のローラン・クレールの語りです(クレールと共にアメリカ手話教育の基礎を築いたトーマス・ギャーロデットがアメリカからヨーロッパに渡り、クレールを連れ帰ったことと交錯しています)。そして11・12章がレイン自身の語りになっています。
ろう運動・ろう教育を担うひとたちに是非読んで貰い、論争の深化(と決着)をと、いう思いもわたしは抱きました。
「人物相関図」という項目で掲載されている口話−手話教育の系統図14Pは、ヨーロッパ−アメリカをまたぐ俯瞰図になっていて、資料として貴重です。レインが編集した『聾の経験』にも同じような図が出ています。これを元にもっと精細な図を作るひとが出てくるかもしれません。もう既にあるかもしれませんが。
さて、ここまでが「上」を読んだすぐ後にメモしたところ、「下」の方は、発話主義−口話主義からの攻勢にさらされていく情況が出て来て、そこで終わっています。ミラノ会議、パリ会議と続く、手話の否定、なぜ、こんな非論理的な決定ができたのかと落ち込む本になっています。レインの本、わたしは二冊読んでいたのですが、原書は、この本が出されたのが先です。翻訳されないままになっていた理由が分かるような気がします。副題の「(ろう者が手話を生み、奪われ、取り戻すまで)」は「(ろう者が手話を生み、奪われ、取り戻「し、また奪われるまで」)」という内容になっています。現在のミラノ会議の否定の2010年のバンクーバー声明のことは、解説には書かれているのですが。
口話主義−発話主義は、結局、同化的エリート主義から来る親の願望という感情論と、優生思想から来る一種のヘイトなのだと思います。そこでは、ろう者の存在そのものの否定という内容に繋がっています。
さて、一連のわたしの読書メモにおける対話の作業につなげておきます。
上の方のメモに既に書いたのですが、ブログ466脇中さんの「手話−手話論争」、すなわち、「ネイティブ手話−対応手話論争」の対応手話やシムコムの勧めなり、適正教育論の話は、ここの延長性で出て来ます。適正教育論は、この本では併用論の流れになるのです。結局、「障害者の社会参加」という脈絡から出て来ます。
ちょっと話をあえて脱線させます。わたしが手話を学び始めたころは、「国際障害者年」の後の「国際障害者10年」の期間でした。そのスローガンは「完全参加と平等」でした。で、手話講習会の講師が、「このスローガンはひっくり返っている、平等があって始めて参加できる」という話をしてくれました。なるほどと思ったものです。そこから、手話を学ぶということは、ろう者の世界への聴者の参加ではないかとも思っていました。そもそも、ろう者が参加するという聴者世界は差別的社会です。そこに参加するということは、わたしたちも差別する側になる権利を与えよという論理になっているのではないかとも思ったりしていたのです。また、口話の限界ということはあっても、手が動かないひととか盲のひとにはあるとしても(盲のひとには蝕手話が一応あるのですが)、手話を第一言語化する限界などあるとは思えません(ろう者の中には、脇中さんも、聴者が手話を身につける限界の話をするひともいますが、これは手話が認知されない中で、不利になるから、第一言語にしないというだけだと思います)。ならば、なぜ一方的に音声言語を強いられるのか、その非対称性こそ問題なのです。
また、適正教育論なり併用論なりは、口話−聴能主義で行けるひとは、その方がいいに決まっているという思い込みから出ているようですが、口話−聴能主義で聴者と同じように生きれるならば、人工内耳で聴者になれるならば(そんな話ならば、ろう教育なり「聴覚障害児」教育の範疇から外れるはずです)まだしも、そうでないならば、わたしはマージナルパーソン論ということをきちんと押さえておかねばならないと思います。実はブログ50で書いたレインの『善意の仮面』の読書メモにも既にそのことを書いていました。
先に書いた「手話−手話論争」は、おかしな方向に進んできています。全日ろう連の手話言語法−条例制定運動の中で、「手話はひとつ」という突き出しをし、問題が錯綜してきています。これは、全日ろう連の「3つのひとつ」、すなわち、「ろう者の団体はひとつ、手話はひとつ、地域の手話サークルはひとつ」ということで運動体として統一して活動していきたいというところでの、ギリシャ神話にでてくる「プロクルステスのベッド」のような話なのです。この本の、口話主義者の論理もまさに、この「プロクルステスのベッド」の「非論理的論理」なのです。この話は青いパンフ、ブログ448で提起されていること、きちんとした対話さえできえれば、方向性はとらえられるのだとわたしは考えています。
さて、いつものように切り抜きメモです。簡単に記します。

「メインストリームの運動は、手話コミュニティの思いなどはほとんど考えることなく進んでおり、健聴の支援者たち――耳科学者、オーディオロジスト、言語療法士、ろう教育関係者たち――と、手話コミュニティとは常に対立関係であり続けた。」5P
「この本の歴史観と相いれない考え方を強く持つ読者やその他の人たちは、より公平な評価とされるものや、歴然たる事実の報告と呼ばれるものの方を強く好む人たちでもあるだろうが、それは、かえって歴史を見落とすことにつながる。」5P・・・口話法のひとたちの「論理」は論理でなく、自分たちに囲い込んでおきたいという感情論でしかない。
「歴史は解釈することと深く結びついている。なぜなら、一つには、歴史はたえず無限の事実の中からの選択をおこなっているからである。歴史はまず領域を決めるが、それは、ある期間、民族、個人を除外し、別の期間、民族、個人に焦点をあてることである。」5-6P
「ある言語コミュニティの歴史を研究することと、その言語コミュニティの文法の研究にはいくつかの共通点がある。両者ともに、選択された事実を思慮深く説明しようと試みる理論であり、また、その選択は、理論自体の本質に結びついている。」6P
ヘーゲル「人々も政治も歴史から何も学んでいない」6P
「基本的な人間の尊厳に対する継続的な暴力に対して向けられるものであるならば、歴史家は自分の人間性を否定し、中立を装うべきであろうか?」6P
「マシューは一つの、野心を超えた、燃えるような願いを持っており、それは他のすべての関心に先立つとともに、彼の純真さの証しでもあった。願いとはろう者の教育の向上である。」40P
マシューはシカールの手話の教師、かつルソー的意味の教師40P
「コンディヤック神父が『感覚論』を出版した。その中で、彼は、一つ一つの感覚を順に与えていくことによって次第に生命を吹きこんでいく立像というものを想起した。」52-3P
 シカールの話しぶりの辞書化56P
 クレールのシカール批判57P
ペレイラの発話への執着−@妹がろうとして生まれたことA迫害の結果として少数派でいないで、多数派に近づくように努めることを学んだ103P
ペレイラの教えた生徒は、ペレイラの下を去ったとき、「繭」の中に移っていった114P
「私は崇拝と尊厳の気持ち持って天を指さし、そこで私の意図ははっきりと表に出るので、デシャン神父も間違うことはない」128P・・・NM的な意味
「ド・レペは、彼の生徒の発話を大いに喜んではいても、フランス語――口話、指文字、筆記――を生徒の教育上の基本的な伝達手段とすることは決して認めようとはしなかった。フランス語を伝達手段とすることは、ろう者にとって、まさに欠けている能力すべてを頼らせ、教育の目的を手段にしてしまうことであった。もしその方法に従えば、フランス語をうまく話せるようになるために、あまりに長い時間かかり、本来の教育は永遠に後回しにされてしまう。」131P
「つまり、方法的手話が音声言語の単語を一つ一つを表している時、それは漢字に似ている。しかし、ろう者のフランス手話が表すのは手話以外のなにものでもない――手話は言語であり、したがって、中国語の漢字に対応するのではなく、中国語(あるいは、フランス語、英語)そのものに対応するのである」132P
アンマンの「神の息吹というたわごと」(レインの批判的押さえ)のたわごとの列記・音声言語の神格化134-5P
イタールの人体実験とそこからの転換181P・・・コペ転になぞらえればイタ転
イタールの到達点−映像での学習・表記法の発明「もしろう者がどのくらい聴者と対等の力を持てるか知りたいなら、すべてのことを対等にせよ。ろう者を、ろう者の中で生まれ、生活させよ」185P
リディア・シガニーの自己顕示欲と自己愛228P
メイソン「挑戦すべき大きな課題は、アリスを話せるようにすることではなく、新しい国のすべてのアリスたちを教育する道を見つけ出すことだと考えた。」229P・・・運動的考え方

トーマスの口話主義批判10-13P
クレールの立場に立って、手話に対する偏見を記す@「手話は絵画的である」A「手話は世界共通である」B「手話は具体的なものしか表せない」C「手話は原始的である」13-15P・・・@絵画的ということには、CLの問題を加味する必要。A身振りから始まっているので、音声言語に比べると通じやすいC原基的ではある
聞こえる人や難聴者でも、ろう者の世界で生きることを選択する場合があり、逆に「ろう者」でも、ろう者社会の一員であることを認めないひともいる(「彼は生涯苦しんでいた」)55P・・・手話を否定するとマージナルパーソンになる
方法的手話へのクレールの考え58P
ろう者の共同体と「ろうの国」91-3P
「インディアン」との話し合いの中で気付いたこと「私は自分たちのもう一つの血族を見つけた。彼の話に見入っている生徒たちと同じく、彼は自分の国の中での追放者なのだ。」102P・・・手話の普遍性の追求として「インディアン」との話し合いの中での共感
スペインの中米・南米での同化策の中でのスペイン語の押しつけの論理「権力をもつ側に同調するほうが得」103P・・・口話法の押しつけが同じ論理
「カスティリヤ国守からルイ十六世までの間、ヨーロッパで口話主義を育てた富、力、不寛容が、アメリカでもまた、それを育てようとしている。少しだけなら違いはある。ヨーロッパでの王たちの役割を、アメリカでは実業家が担っている。」105P
マンの(口話主義を効果のあることとして実演して見せる)四つの罠@生徒に関わることA進行役の教師に関わることB題材に関わることC訪問者に関わること124P
トーマスの優しい指摘とハーヴェイ・ビートのマン批判126P
ハウへのストーンの批判144P
「ろうの子どもに英語の読み書きをうまく教えられなかったのは学校にとっての問題であるということについては、エドワードに賛成する。しかし、その改善策は手話の使用を制限することではないし、制限すべきではないと信じている。」162P・・・そもそもろう者だけが一方的にバイリンガルをなぜ強要されるのかという議論も必要・・モノリンガルの主張も今日出て来ている
エドワードの揺らぎ−併用論としての「発話と読話の指導が役立つ生徒に対しては、その訓練をおこなうことがすべての学校の義務であることの確認」163P・・・「義務」−多様性の否定
「エドワードは大きく間違っている。発語教育が不思議と飛びぬけて多く問題になっているのではない。少数者の集団が話し、集まり、結婚し、数を増やし、自由な男女として働くことが許されるのか、あるいは、少数者は多数者に順応し、ハウの言葉で言えば、「普通の人のように」自分をこしらえていかねばならないのか――それが問題なのだ。」「その(口話主義の・・たわしの付記)原則とは、人間の多様性に対する不寛容である。」「自然が多様性を自らのうちにはらみ、いつくしんでいるように、私は多様性を追求し、促進し、抱きしめ、いとおしむ。私は多様性の中に、社会にとっての人間的、物質的偉大な富と、好ましい変化の必要な前触れを見る。」166P・・・口話主義−発話主義はまさに順応論(適応論)
「社会モデル」172P・・・この本の原書が出たのは1980年代の初め頃、レインの先駆性
ベル「「私は手話をなくしてしまいたい」。ベルには音声言語が圧倒的に優れているのは明らかだった。「音声言語の価値を尋ねるのは……人生の価値を尋ねるのに似ている。」174P・・・ろう者の人生−存在の否定の「論理」
口話主義者の陰謀術策としてのミラノ会議(岩盤的固定化としてのパリ会議も)230P
マクレガー「口話法は数名の者にしか益しない。一方併用法はすべてのろう者に恩恵をあたえる。誰であろうと、口話法を唯一の方法として支持する者はろう者の敵である。」238P
「ミラノ会議の影響として、「純粋の口話主義」が洪水のようにヨーロッパを洗い流した。多くの人、多くの学校が、その前提に伴って洗い流された。人間社会のこの大きな波を一つの理由だけで説明するのは難しい。私は国家主義、エリート主義、家族の自尊心なとについて述べてきたが、それらが合流したものと言える。そして、その他の一因として、教育者が自分の教室を独占したいという気持ちがある。」238P・・・レインの「言語心理学者」(著者紹介の文)としての傑出した分析。この本の大切なところ。口話主義は口話というところに焦点をあてたエリート主義。
「(バーナード・モッテ)ミラノ会議は、発話の地位を教育の方法から教育の目的そのものに引き上げた。」「学校は発話矯正所へと様変わりした。」242P
「野外作業者」243P・・・「野外作業者」への職業差別
「ろう者新聞は、口話主義を「暴力と、抑圧と、反啓蒙主義と、いかさま」の方法であり、それは哀れなろうの子どもを愚かにいるだけだと言い、マニヤを「純粋な口話法と呼ばれる、舌、鼻、喉、そして目に対する拷問の発明者」と名づけた。」249P
「そのような物真似は、せいぜい彼らと有名な霊長類との親族関係を目の前で証明してしまうくらいのものだ」。シエナの教師は、もっと簡潔に健聴の代表たちの見方を代弁した。「いったい、いつから我々は治療法を患者に聞くようになったのかね?」」255P・・・手話の言語としての原基性と、まさに医学モデル的とらえ方。しかし医学の原基性、今日の医療における「患者の自己決定権」からするこの暴言への批判
(口話主義者から保護のために施設に収容するというような話まで出ていることに対して)「人々は皆、口話主義はろう者を社会に復帰させるものとしていたことを忘れてしまったようだ。」259P・・・口話主義は結局ろう者の存在の否定でしかない
「教師たちは教育の第一の目的に失敗したことになる。その目的とは、生徒が自分のことを考え判断できるようにすることである。」260P
スミス「全員が一致して、人間の権利についての新宣言を採択するように求める。その権利とは、ろう者の生存権、自由権、幸福希求権、そして、我々が受け入れた案に基づく我々の子どもの教育権である。我々は、単一な方法という十字架に架けられはしないと全世界に宣言しよう」260P
さてブログ50のハーラン・レイン/長瀬修訳『善意の仮面―聴能主義とろう文化の闘い』
現代書館 2007の読書メモを読み直していたのですが、ハーラン・レイン編・著/石村多
聞訳『聾の経験―18世紀における手話の「発見」』東京電機大学出版局 2000の読書メモ
が見つかりません。「ろう文宣言以後」という「付録」に気を取られて、そして、まだ、き
ちんと読書メモを取るということが習慣化されていなこともあったのですが、この本から
とらえ返すと、ちょうど、この本の資料になる論文集になっています。

posted by たわし at 16:43| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする