2019年05月17日

鎌仲ひとみ監督「コミュタン訪問」

映像鑑賞メモ 
たわしの映像鑑賞メモ027
・鎌仲ひとみ監督「コミュタン訪問」2019
鎌仲ひとみ公式 動画メルマガ カマレポ No.70 2019.04.08 コミュタン訪問 前編
鎌仲ひとみ公式 動画メルマガ カマレポ No.71 2019.05.08 コミュタン訪問 後編
 原発関係のドキュメント映像をとり続けている鎌仲ひとみさんから月一ペースで送られてくるメルマガ「カマレポ」の動画を見ました。
メルマガに「☆「コミュタン」とは 福島県三春町に建設された複合施設、福島環境創造センターの中にある原発事故と放射線を学ぶ教育施設が「コミュタン」です。建設費は60億円・福島県内の小学生、およそ半数がすでにここを訪問したそうです。」「この施設は「科学的に、客観的に」放射線について理解すること、させることが目的だというのです。」と書かれています。
で、施設の設計段階から携わったひとが案内をしているのですが、その話やアミューズメント的な施設の内容がひどいのです。
「アルファ線は紙で防ぐことができます」と画像の中でテレビゲーム風に、紙に見立てた画像でブロックさせているのです。そもそも放射線は360度放射するので、「紙で防ぐ」というのはイロハの知識もないことなのです。それに放射線の癌被害について、「癌になるのはくよくよするから癌になる側面もあるのだ」とか言う話をしているのです。事故直後「ニコニコ笑っていれば放射線は怖くない」という話をして回っていた、放射線医学の専門家で、後で福島医大の副学長を務めたひとがいたのですが、何が「科学的に、客観的に」なのか、これが「専門家」の正体なのでしょうか。昔、原爆病院を訪れた中曽根首相(まさに議員時代に原発を日本に誘致した張本人です)が、「病は気からとか言いますから、気をしっかりもって」と声かけをして、被爆者が放射線被害としてからだがだるいということで、動けないことを「ぶらぶら病」と差別されていた歴史がある中で、なんともむごい発言をするのかとマスコミからも叩かれていたのですが、そんなこととリンクしていきます。原爆の放射線被害は、アメリカ軍に原爆の武器としての効果の情報を提供する目的もあって、かなり集められているはずなのですが、多くは隠蔽されたままです。癌の発生に関しては、個人差があり、また、直接的因果関係を立証するのは難しいとされていますが、そもそも因果論自体が世界観的におかしな論理なのですが、もし因果論で説明しないといけないとしたら、説明責任は被害を与えた方にあり、「放射線被害ではない」という説明をしなければならないのです。このことでわたしが想起したことがあります。安倍首相がいろいろな疑惑をもたれたときの、有名な国会答弁「「ない」という証明は、悪魔の証明といって不可能だ(だから、ないという証明ができないだけだ)。」という詭弁の話です。それは、「だから政治家は「李下に冠を整さず」という姿勢が必要であり、疑いをもたれるようなことをしたら政治家をやめなければならない」と批判されたのですが、これも、放射線被害は十分に解明されていない、原発の安全性など神話だった、だから原発などもうやめるべきだ、という話になるはずなのに、事故の原因も放射線被害の実態も解明されないままに、情報を隠蔽し、さらには歪曲して帰還事業を進め、さらに信じられないことに原発の再稼働さえ進めてきているのです。
この施設は、帰還事業とつながって(原発の再稼働ともつながって)作られた施設としかわたしには思えないのです。
今、住み続けているひとたちや帰還したひとたちの中から、「放射線被害の話は風評被害につながるから止めてほしい」という話も出ています。風評被害は情報隠蔽や歪曲の中で起きてくることです。そもそも、永田町政治が情報の隠蔽歪曲の極に達しているから、何を信じていいのか分からない状態で、風評被害も出てくるのです。まずは、きちんと情報保障をし、情報の歪曲は正し、そしてどのような選択をしてもきちんと十分な補償を多角的に進めていく、そのことを求めていく必要があるのだと思います。
前から書いているのですが、わたしは被爆二世です。公式見解は、「二世には放射線被害は出ない」となっていますが、地方自治体では、被爆者の子に対する健康診断をしている自治体があります。これは、アメリカへの原爆効果資料収集と提供にもリンクしているという思いもあって、手続きをしていなかったのですが、わたしが住んでいる東京都も健康診断をしているので、そのあたりの登録と情報収集をしてみようと、この映像をみながら思っていました。


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『障害学研究12』

たわしの読書メモ・・ブログ493
・『障害学研究12』明石書店 2017
障害学会の機関誌、年に1回の学会の報告をかねて毎年出されています。しばらく積ん読していた冊子、まとめ読み三冊目。
もくじに沿ったコメントを残します。先を急いでいます。内容の紹介を省いたコメントにします。
特集 シンポジウム「(発達)障害学生支援と合理的配慮提供の実際」
・開催趣旨[横須賀俊司]
・配慮を必要とする学生への大学における支援と課題[内田康太郎]
・発達障害学生への支援[西岡崇弘]
・京都大学における発達障害のある学生への修学支援[村田淳]
・コメント1[宮崎康支]
・コメント2――大学におけるインクルージョンを目指したソーシャルワーク[植戸貴子]
・コメント3[殿岡翼]
 障害問題で一番変わったと言われていることの一つが、この学生支援です。かつては、そもそも入学を許可されない、何も支援しない―求めないという、というところで一筆とられていたことが、まだ一部の大学や学校でしょうが、対策室とか作られ、ノウハウが積み重ねられていっているようです。「学習障害」や「知的障害」にも対処しようという姿勢も出ています。また就労支援や、住居の問題での障害問題の対処とかも書かれています。「社会モデル」からして当たり前のことなのですが、でも、当たり前のことが当たり前でなかった、「雲泥の差」ことが進んでいき、当事者が社会に出て、またサポートに入る、サポートの体制を作っていく中で、新しい関係性、社会が作れればと想ったりしています。
論文
・発話困難な重度身体障がい者における「他者性を含めた自己決定」のあり方――天畠大輔を事例として[天畠大輔・嶋田拓郎]
 文のタイトルにはないのですが、「通訳」ということばがさかんに使われているのですが、文作成の介助活動で、「通訳」の範疇を超えているのではないかと思います。「通訳」というとき、先読みの問題では例えば、パソコンに辞書機能や学習機能があって、それを使うように、いつも使っている言葉を、「先読み」させる、ということがあります。それをいつも入っている介助者との間で、共同認識を形成しているというところでの通訳はありだと思いますが、この文の中でも書かれていますが、「自己決定」がないがしろにされるというか、あいまいになっていく問題があります。「自立生活運動」(「共生生活運動」という表現に変えることですが)という趣旨の、家を出て、自らが主体性を形成していくという意味があったと思います。敬語の使い方とか、他者との関係でのことばの使い方は、当人が介助者に指示していく肝要なことで、それは本人が主導して「共通認識」を蓄積していくことで、そのあたりを介助者が提案していく形態は、当事者の主体性が形成されていかないという問題を引き起こしていくのではないかなどと思っていました。
 「自己決定」の問題は、そもそも障害学総体に関わる領域で「自己決定というまやかし」の話が出ています。このあたりは、この文の中でも出てくる、そもそも関係性の中で生きていて、そもそも「自己」ということを、他者と切り離された個我としてとらえられないという問題があり、わたしはそもそも、近代知の個我の論理こそを批判していくことが大切だと思います。この文の「注10」でとりあげている「他者性」の哲学的論攷を「本稿では割愛する」と書かれているのですが、「自己決定」に関わることを、掘り下げるのを止めたら、文自体を割愛することになるのではとも思ったりしていました。
もうひとつ、気になったのは、日本の新しい流れの障害学は「障害の社会モデル」的なことを基調にして作られたところだと思います。この文の「注1」で、’障害’の表記の問題が書かれていますが、意味がつかめませんでした。「障害の社会モデル」の考えでは、’害’を’がい’というひらがな表記することはあり得ないという論はかなり出てきていて、共通認識は形成されていると思っていたので、このフィールドの論文の中で出てきたのに非論理性・違和を感じたのですが、わたしのはやとちりなのでしょうか?
・視力回復手術を受けた視覚障害者のライフストーリー――翻身に対する内的一貫性を視座として[植村要]
 「中途視覚障害者」としての「SJS患者」(「スティーブンス・ジョンソン症候群)で、CILで仕事をしている、「障害者」としての自己を「確立」していたところで、「回復手術ではない回復手術」を受けるという、自己のゆらぎと共同性―共同体からの離脱―「裏切り」のようなことを感じているという話。「失明するかもしれない」というところで、(脅される的に)手術を勧められるとかいう話もでていました。正負の両面とか、リスク計算とか、とか言う話がでても、「中途障害者」やいわゆる「軽度の障害者」は、より余計に「障害者でなかったら」という思いにとらわれて、「一縷の望み」とかにとらわれていく構図があります。むしろ「重度の障害者」と規定されているひとたちの方が、自らの「障害者」運動主体としての確立はつかみやすいし、そのような逡巡からは抜け出せるのだとも言い得ます。
ここでも書かれていますが、こちらはむしろ親主導ですが、脳性マヒの「障害者」もかつて手術を繰り返し受けさせられるとか、「聴覚障害者」のひとの人工内耳の問題とかの話にもつながっています。
わたし自身の「吃音者」と規定される立場からのマージナルパーソン―心理的マージナリティの論考とリンクしていました。「吃音者」の団体では、「治す努力の否定」という内容ももって「吃音者」宣言が出されました。それで、「もうわたしは治さない」という個人的に宣言をするひとも出てきたのですが、それでも「治す方法がある」ということで講演会があると、その宣言をしたはずのひととも出席していたりします。そのあたり、「治る」「軽くなる」ということに引きずられていくことは、現実に差別があるところで引きずられる、ゆらぐということが起きてきます。そして、一応「治そうと思わない」としても、「吃音の否定性を否定する」というところを理論的に「確立」したとしても、被差別の経験を積み重ねてきたところで、深層心理的に積み重ねられた「吃音の否定性」まで解体することは、現実の差別をなくさない限りあり得ないと思います。「社会」の中から、「吃音の否定性」が消えて、本当の意味で「どうでもいいこと」にならない限り、そういう意識は消えません。このあたりのことは一度文にしておきたいと思ってもいます。
・カナダにおけるウッドランズ親の会による知的障害者の地域生活移行の支援方法[鈴木良]
 「知的障害者」の施設解体から地域生活移行への移行過程・方策に関する論攷です。カナダのブリティシュコロンビア州のウッドランド親の会が主導して行った取り組みです。「地域生活協会」という施設の外に、親の会主導で、移行準備する団体を作り、そこのブローカー(株の仲買人のイメージで、本人の意向に沿った援助というイメージ)が施設内にいる「知的障害者」に会って、その個別性をつかみ、地域の空間で当事者と当事者が生活を共にし。地域生活に入るという取り組みで、肝心なのは当事者への個人給付の制度をつくったということです。その中で、三人くらいのグループホーム、アパート方式のひとの個人の独り生活に介助者が一部屋借りて付く、独り生活に外から介助の態勢をつくる、というようにひとりひとりのニーズに合わせた態勢を作っていくという取り組みです。これは日本でも、「自立生活センター」の取り組みで、ピアカウンセリングや「自立生活プログラム」の実践などで行われていたのですが、「知的障害者」の地域生活移行→施設解体というようなところの取り組みとして、大切なデーターです。特に、施設解体として地域移行するときに、この場合も、施設が独自に作ったプログラムとブローカーのプログラムが併存していたようで、ブローカーのプログラムで推し進めて成功した事例のようです。ブローカリッジという概念(ブローカーがつなぐというイメージでしょう)が、キーワードのひとつになるようです。また、一般的に「軽度」の移行を試験的に先にして、後に「重度」を後にという発想が施設側にあったのですが、むしろ「重度」の移行がないと意味がないと同時的におこなったという実践、また地域との関係が大切だとホスピタリティということで、交流をしていくとか、専門家との連携(過度の介入をさせないということも含めた)という話も出ていました。
エッセイ
・選評[綾屋紗月、冠野文、木村航、福島智]
・もしも君と友達になれたら[朝霧裕]
 5歳の難病の少女が延命治療をしないことを選択したということがCNNのニュースで流れ、同じような立場からの著者の論攷です。そもそも自己決定とは何か、という議論をここでも反復していくことです。この場合はそもそも5歳の子どもが周りからすり込まれているのではないかと、感じていました。著者は、なぜ、そのような選択をしたのか、と思い巡らし、自分は周りのひとたちから、「生きてほしい」と思われて生きてきた難病の立場で、友達になれたら、「生きてほしい」という呼びかけのような文です。制度のつかえなさを、いろいろ要求―「お願い」をしつつ生きてきて、シンガーソングライターや作家とした活動しているひとです。ストレートなおもいです。
・アトピーって障害学と関係ないの!?――「アトピー学」の社会的認知をめざして[すぎむらなおみ]
 薬害は障害問題とつがっているので、障害学のテーマになると思います。
著者のホームページでアトピーのことを読んでいたのですが、内容がつかめないでいました。はっきりしているのは、アトピーに対してステロイドを使うと、余計ひどくなるひとがいるということですが、そこからステロイド自体を使うのを止めようという話に著者はなっているのですが、確かに、薬害の中には、有効か却って害になるのかはっきりしないことがあって、そうなると使うのを止めようということになっていくのだと思います。けれど、塗り薬の場合には、使用の初期の段階で、有効か却って悪くなるのか、分かることだと思うのです。で、却って悪くなる場合は使わないということははっきり方針を出すことです。問題は有効なひとがいるのか、「うまく使えば効いて症状が治まる」というひとがいるという話があるようです。これはアトピーの子どもの母親でそう思っているひとがいるという話です。只の炎症の場合は、わたしも保湿剤で治まらないときは、ステロイド系は使ったりしています。アトピーでいろいろ違いがあるのか、アトピー総体でくくれることなのか、「アトピー学」の中できちんと議論をして結果を出していくことではないかと思っています。
書評
・書評/頼尊恒信著
 『真宗学と障害学――障害と自立をとらえる新たな視座の構築のために』[廣野俊輔]
   リプライ 廣野氏の書評にこたえて[頼尊恒信]
 仏教の思想は、哲学との対話が面白く、わたしが思想形成に影響を受けた廣松渉さんが廣松渉/吉田宏晢『仏教と事的世界観』朝日出版社1979という対話本を出しています。西洋哲学的なことが今の社会でひろがっているのですが、むしろ仏教思想や老荘の思想などの東洋哲学的なところを見直す必要も感じています。わたしは無神論者なので、宗教的なことを自然の物神化として読みといているのですが、親鸞の思想はいろいろ運動論的にも使えることがあり、そしてここでも向上とか向下という概念は、マルクス思想との関係で言えば、上向、下向という概念とつながるところがあり、興味深いことがあります。
・書評/戸田美佳子著
 『越境する障害者――アフリカ熱帯林に暮らす障害者の民族誌』[土橋喜人]
   リプライ 著者から[戸田美佳子]
 そもそも、アフリカには障害概念がないという話は、日本でも明治以前には、個別「障害」を指すことばはあっても、「障害」とくくられることはなかったという話はあり、そのあたりの比較文化研究もひとつのテーマになるのではないかと思います。もうひとつ、ここで議論されているひとは、むしろ「ケア」が具体的に必要というよりも、それなりに独自に動けているひとたちのようで、もっと介助の必要なひとはどうなるのか、高齢者が介助が必要になったときにどうなっているのかという問題が、この論攷からとらえられません。この論攷の学的なフィールドの生態人類学と「障害の社会モデル」類似性のような話がひとつの学テなテーマになっていくのではと思います。
・ブックガイド/障害学研究会中部部会編
 『愛知の障害者運動――実践者たちが語る』[田島明子
青い芝関係の本が東京、関西で相次いで出されているときに、愛知での運動を取り上げた本です。長く続いている三つの団体、「ゆたか福祉会」「わっぱの会」「AJU(愛の実行運動)自立の家」を取り上げています。それぞれタイプの違った活動です。
・ブックガイド/玉井真理子・渡部麻衣子編著
 『出生前診断とわたしたち――「新型出生前診断」(NIPT)が問いかけるもの』[河口尚子]
 バイオテクノロジー関係の進行は、わたしは人類を破滅に向かわせるのでは? とわたしは危惧しています。生まれる子どもの選別ということに入ると、子どもを産んでも(生殖しても)いいひと、いけないひとということにつながるし、一部のひとのおそろしい支配の構造を作り出していくのではとも思っています。SF小説で描かれている世界が現実化していっていると感じているのですが、なぜ、選別をしようとするのか、きちんと批判していく必要を感じています。
・ブックガイド/福井公子著
 『障害のある子の親である私たち――その解き放ちのために』[橋本眞奈美]
 親と「障害者」の関係はさまざまに語られてきました。互いに「自立」していく必要があるのではと思っていました。
・ブックガイド/増田公香著
 『当事者と家族からみた障害者虐待の実態――数量的調査が明かす課題と方策』[後藤吉彦]
 以前「障害者」関係の裁判のネットワークを作ろうと動いているときに、虐待関係の支援が軸だったし、いろいろ情報を集め、本も読んでいました。相模原「障害者」殺傷事件ということも、虐待の極のようなこととして起きたのですが、もっと日常的な民衆の中にある差別意識、優生思想を根底的にとらえ返していく必要を感じています。
・ブックガイド/佐々木倫子編著
 リテラシーズ叢書3『マイノリティの社会参加――障害者と多様なリテラシー』[高山亨太]
 手話、手話通訳の問題を軸にリテラシーを取り上げています。手話に関しては、そもそも理論的整理をきちんとしていく必要を感じています。
 障害学会会則
 『障害学研究』編集規程
 『障害学研究』自由投稿論文・投稿規程
 『障害学研究』エッセイ投稿規程
 『障害学研究』エッセイ審査規定
 障害学会第12回大会プログラム


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『障害学研究11』

たわしの読書メモ・・ブログ492
・『障害学研究11』明石書店 2016
障害学会の機関誌、年に1回の学会の報告をかねて毎年出されています。11冊目になります。しばらく積ん読していた冊子、まとめ読み二冊目。
もくじに沿ったコメントを残します。先を急いでいます。内容の紹介を省いたコメントにします。

特集 シンポジウム「インクルーシブ社会 その理念と現実――沖縄における条例制定の経験を通して『障害学』を考える」
・開催趣旨[高嶺豊]
・インクルーシブ社会とは何か[堀正嗣]
・沖縄県インクルーシブ社会条例――その到達点と課題[岡島実]
・エンパワメントから自己実現へ[長位鈴子]
・ディスカッション[高嶺豊・堀正嗣・岡島実・長位鈴子]
 2014年沖縄で開かれた11回大会のシンポジウムの報告
沖縄は、マイノリティを大切にすることや、昔からの共同性が生きてきた歴史があり、そして戦争被害の歴史が語られ継がれてきたところ。で、また、九州障害学会が熊本学園大学を軸にした蓄積があり、「抵抗としてのインクルージョン」という突き出しをしています。そういう中で、アメリカの「自立生活センター」CILのIはインディペンデント「自立」に対して、イギリスのCILのIはインクルージョンのIという違いがあると押さえつつ、政府が突き出しているインクルージョン(制度としてのインクルージョン)は、「身辺自立」に引きずられていること、そして政府のインクルージョンの概念は労働能力による分断の内容をもっているという指摘をしています。岡島さんは、自分が「感音性難聴」と規定される立場から、「自分を棚上げしない」ということを突き出ししつつ、「標準化によるひずみ」の問題を指摘しています。長位鈴子さんはユニークな感覚の「障害者」で、きちんと自己の当事者性を突き出しています。
論文
・知的障害者の脱施設化/ポスト脱施設化評価研究についての批判的検討――生活の質・専門性・費用対効果[鈴木良]
 いろいろな情報が散りばめられています。インテグレーションやその流れのヴォルフェンスベルガーのSRV(「ソーシャルロールバロリゼーション(social role valorization)価値ある社会的役割の付与」)理論をインクルージョンという観点から批判しているのですが、能力主義批判の観点が希薄なので、何か話が錯綜しているように感じてしまいました。
・高機能自閉症スペクトラム障害(ASD)の母親の手記にみる子育て困難と支援ニーズ[岩田千亜紀・落合亮太・大島巌]
 自分の医学モデル的「障害」を知ることによって対処方法を学ぶということが、「ASD」のひとたちには暗中模索の中から新しく出発をするための転換になるということがあり、医学モデルを批判している立場でも、そのことは考えて来たのです。ただ、ここにも書かれているのですが、そもそも周りのひとたちの、標準化を迫る関係の中で、「違うひとたち」として浮かび上がる構造自体を問題にしていくこともやっていかないといけないという「社会モデル」なり、関係モデル的観点もきちんと突き出していく必要があると思います。次の論文にもつながるのですが、なぜ、母親に注目するのかという社会構造の問題も押さえておかねばならないと思います。
・わが子の診断を契機とした「自閉症児の母親」としての生き方の構成[渡邊充佳]
 この論文には、ジェンダーという観点が出てくるのですが、なぜ、母親ということで限定するのかということがあります。「暗黙の了解」で母親が子育ての中心となるということを書いているのですが、そもそも「標準化」ということの中で、「発達障害者」が抑圧されている構造と同じようなこととして起きているという観点が必要です。そもそも、「発達障害」が、なぜこれ程までに異化してきたのかの分析も必要なのだとも思います。
・障害のある子どもの放課後の課題に関する一考察――大阪市子どもの家事業廃止後の“じゃがいも子どもの家”の状況を通して[三好正彦]
 大阪市で留守家庭対策事業と放課後事業の中間的なところで、カオス的なところのもつ力で、地域とつながり、「障害児・者」の共生の場としてあった、「じゃがいも子どもの家」が、制度変更の中で変質させられていることを批判した論攷です。
関西の「障害者運動」はかなりユニークな運動や取り組みがあったのですが、「新自由主義の拡大と相俟って、集団より個、繋がりより個人能力、互恵より自助、このような流れの中、「頑張る」ことをさらに強いられる子どもやその家族の癒しの場、受容される場はさらに減少していくことになる。」127Pとあります。どうも維新の政治支配の中で更に変節して、「サービス事業化」されてきているようです。右の流れは「障害者」をパターナリズムの中に押し込め、「発達保障」のカリュキュラムにも押し込もうとします。
さて、発達保障論と発達保障は区別する必要があるのですが、著者の世代には発達保障論を巡る議論の継承がなされていないのではと感じています。発達保障論的な内容を批判している内容があるようなのですが、一方で発達保障という言葉を注釈抜きに肯定的にも使っています。きちんと整理していく必要を感じています。
・社会的排除と身体制度――「障害の社会的構成」に関するもう一つの視点について[見附陽介]
 イギリス障害学の第一世代批判として、「理論的空白領域」としての身体というとらえかになっていて、「身体体制」という概念を持ちだしています。このあたりはよく分かりません。「そもそも身体とは何か」という問いかけが必要なのです。身体論も「社会モデル」も関係論的なところに転換し切るという話なのです。そもそも、近代知の実体―属性という実体主義批判というところから演繹していく必要を感じています。労働というところに著者も留意していますが、労働能力を個人がもっているというところから、その労働能力が総体的相対的に劣るということの極として、「障害者が障害をもっている」という実体主義的なことがあり、そこからの批判が必要になってきます。
役割理論的なことも書いています。このあたりも大切なことで、信号機の転換が「障害者」や高齢者の歩く速度的が転換に間に合わない、信号にひとを合わせようとする、根本的な発想、役割期待と役割遂行の枠組み自体を問題にしています。
ただ、抑圧型の差別をとらえ損なっているのではないかと感じたり、また、ナジあたりの話が出てきていて、このあたり、アメリカ障害学のイギリス障害学とは区別される、マイノリティモデルを批判することが必要ではないかとも思ったりしていました。また、「関係的属性」というとらえ方は、そもそも関係論は実体主義の実体―属性というリンクを批判するところから出てきているので、関係と属性は二律背反的になる概念ではないかとも思ったりしていました。
とにかく、新しい概念を突き出そうとされているよう、今後、どういう形の論の展開があるのか、注目していこうと思っています。
・障害の社会モデル的立場から障害者問題を喚起する芸術の社会的効能[SEINO]
 芸術関係は弱いのですが、それでも、「さよならCP」の横田さんの生きるということを自らの身体として突き出したさまとか、金満里さんの身体表現とか観ているのですが、この論攷は、ヨーゼフ・ボイスというひとを軸に芸術表現として論攷を進めています。「障害者」の身体を描く、映し出すと、パターナリズムに支配されている社会では、否定的反応が出てくるのですが、「障害者」に対する否定的美意識なりをむしろとりあげ、このパターナリズムなりも含めて批判していくこととして、とりわけ、当事者の身体表現なり、芸術表現があるのだと思います。そして、美意識の脱構築なることや、反転なども一定なしえているのではとも感じているのですが。そのあたりは、表現の当事者と非当事者では違っているのでしょうか?
さて、この文の中で、わたしの本の中から、心理的マージナリティや差別形態論のところを何度か取り上げてくれています。少しは届いていることもあるのだと、元気づけられていました。
・《豊国祭礼図屏風》「非人施行」における障害者表象及び聾唖表象[末森明夫・新谷嘉浩・高橋和夫]
 「聴覚障害」は不可視の「障害」と言われています。その中で、中世の文献や図の中から、「聾」「唖」を探しだし、「不可視」の問題と、「聴覚障害者」はどのように社会の中で位置付けられているのか、そのことがどのような意味を持っているのかに言及した論攷です。図とか転載して、「手指表象」ということでの分析、とても刺激的でした。
差別の問題を総体的にとらえようとしているわたしの立場で、「非人」という中世の身分制度とリンクしてくのですが、「障害者」が「非人」の中に含まれるとかいうことも、部落差別の文献には書かれていたのですが、なぜか、芸能などの「賤民文化」の正の突き出しとかのことも書かれていないし、このあたりをリンクさせたとらえ返しも、反転させる作業として必要ではないかと考えたりしていました。
エッセイ
・選評[綾屋紗月、冠野文、木村航、福島智]
・「髪の喪失」を問う[吉村さやか]
 いわゆる「軽度障害者」と言われる問題なのですが、それを「軽度」と言ってしまうことの問題をわたしは指摘していて、わたしは南アフリカのアパルトヘイト下の人種差別におけるマージナル・パーソンの先行研究から、心理的マージナリティの問題として押さえています。著者も自分の「脱毛症」と言われることから、そのあたりのことを内容的に的確につかんでいます。ただ、他の「障害者」の問題につなげるには、心理的マージナリティという概念や、差別形態論まで踏み込んでいくことだと思います。ここは、障害学の大きなテーマになるのだとも思えます。
・不自由な街を自由に歩きたい[上野俊行]
 「中途障害者」で、まだバリアフリー化していない時代、最初大学の通信教育を受けるのですが、東京外国語大学に編入したら、様変わりしていて、そこから、外国のバリアフリー情況に関心をもち、中国を何回か訪れる中で、パラリンピック開催ということに合わせて、国力でバリアフリー化していくのを見、また今度はベトナムのバリアフリー情況、ベトナムは長い戦争の時代があり、「障害者」が多いのですが、バリアフリーが中途半端で、なかなか進まないという情況なのですが、それでも、ひとがすーっと手を貸す情況があるとのことで、これはヨーロッパが古い建物を残し、町並みを残すということの中で、バリアフリー化が余り進んでいない、けれど、ヨーロッパ的共同性で、ひとが手を貸す風習があり、そのことも含めたバリアフリーと言われていたことに通じることです。現地に根ざしたバリアフリーということ、ベトナムのhoa nhap(溶け込む)という言葉も紹介してくれています。バリアフリーの運動の中で、その初期の時代に、むしろ人の手を借りることの方が大切と言われていたことにも通じるのですが、そんなことは、化石的な考えになるのかもしれませんが、むしろ原点ではないかともわたしは考えています。
・「障害者」に替わる言葉について考えてみよう![江原顕]
障がい、障碍とか言葉を換えるということへの批判、わたしもしていて、この著者は、
被障害者 ということばを出しています。これは、わたしも、まさに「社会モデル」に合わせた概念だと一時使っていたのですが、関係モデルに転じて、結局括弧付きの 「障害者」 ということに転じました。この著者は更に、「障害○○」を「共生○○」に変えよう、「障害者福祉」とかも、「共生福祉」に変えようという提起もしています。このあたりは、何の問題か分からなくなるという、批判も出てきそうですが、そもそも障害概念の拡大ということでは有効ではないかと思います。そういうところから、新しい概念がでてくると良いとも思っています。
書評 
・書評/森壮也・山形辰史著
『開発経済学の挑戦W 障害と開発の実証分析――社会モデルの観点から』[澤田康幸]
  リプライ
  澤田康幸氏のコメントに対するリプライ[森壮也・山形辰史]
「開発と貧困」というテーマでの論攷があるのですが、そもそもグロバリーゼーションの時代に、それ以前的に「帝国主義と植民地支配」ということで語られていた時代から、開発がいかなる意味をもっていたのかということがありました。そのあたり、ネグリ/ ハート
の『<帝国>』から、スーザン・ジョージの新自由主義的グロバリーゼーションの分析あたりを通して、「開発」ということを通して、格差が広がる、貧困から餓死さえも生み出す構図が暴き出されていたので、「開発と貧困」ということで、「開発が貧困をなくしていく」というような趣旨の論攷には疑問をもたざるをえないのです。
そのことと類比して、「障害と開発」ということも、確かに開発によって、バリアフリー化が進む側面があるにせよ、むしろ資本主義の論理である、開発の論理そのものが、生産性の論理としてあるところで、それが「障害者」にとって抑圧の論理として働いていく側面をどうとらえているのでしょうか?
 今、「障害者運動」の国際連帯ということが言われていて、それは大切なことなのですが、それは、「障害者」に対するあらゆる差別を許さないというところでの、国家間の格差による、収奪の構造も撃つということでの連帯でなければ、単にパターナリズム的なチャリティの論理と同じになります。そんなところも含んだ論攷が必要になっていると思います。
・書評/立岩真也著
『造反有理――精神医療現代史へ』[松岡克尚]
 「評者」は著者と同世代のひとで、「造反有理」という言葉の歴史性を自らの体験に即して、書き綴り、章をおっての紹介をしてくれています。難解なとされる立岩節を読み解いてくれています。この本のわたしの読書メモはブログ394。「通信」65。
 リプライ
  『造反有理』書評へのリプライ[立岩真也]
 さて、これはリプライというよりも、立命館大学院先端研のこれからの壮大な構想の話です。積ん読していたので、一部もう実現されているところもあります。
難解なというところは、逆に立岩節になれると、むしろ他の新しい著者の本を読むよりもスムーズに読めるようになります。わたしの廣松本読書の経験からも。
・書評/堀智久著
『障害学のアイデンティティ――日本における障害者運動の歴史から』[河口尚子]
  リプライ
  著者から[堀智久]
 かなり総体的に障害者運動を押さえようとした労作のようです。で、書評に対して、著者のリプライで誤読の指摘をしています。それを読みながら、そもそも「書評」ということは何か、ということを考えていました。わたしは、そもそも反差別の立場で、「評する」なんてことはしたくないので、読書メモとか、読書感想文とか言っているのですが、まあ、読書界では、「書評」という言葉を使っているので、あえてそれに乗って、出版界の新聞に「書評」と称する文を何回か書いています。そういう新聞の類いは、本をできるだけ買ってもらうという趣旨なので、本の内容的な紹介を主にして、自分の意見をスパイス程度に織り込みます。ですが、この雑誌というか、研究誌は、本の内容の紹介も必要ですが、むしろ、著者と「評者」の対話ということを軸にしてもいいのではと思ったりしていました。そういう意味で、河口さんの誤読ということは、むしろ「評者」のこういう展開をしてほしいという提起になっているのではと思いました。そういうところで、この著書とリプライを「誤読」すると、わたしはどういう共同性をつくりあげるのかという意味での「障害者運動」の方向性の問題が、「誤読」ということの内容としてあるのではと思っていました。
わたしは読書メモでは、対話の方をメインにやっていこうとあらためて考えていました。
・書評/深田耕一郎著
『福祉と贈与――全身性障害者・新田勲と介護者たち』[前田拓也]
 リプライ
  あいだの倫理を求めて――新田勲と公的介護保障要求運動[深田耕一郎]
 前田さんは、深田さん以前に介護関係の本を出しているひと、で、この深田さんの本の、CIL対新田という対立の図式をとりあげています。確かに、そのような図式になっていたのですが、そもそもCILといってもいろいろあるので、一般的に論じられないと思います。あえてひとをあげれば、中西さん的な介助活動を労働として定立させようという方向と新田さん的なあくまで共同性を追い求めるということでの内容的なことでの二極分解で、実際の介助活動は、その「あいだ」で揺れ動くのだとも言い得ます。深田さんが「あいだ」という概念で、改めて押さえ直す津業をしていることにも留意しておく必要があるのではと思っています。ちなみに、介助を労働としてとらえることの弊害のようなことから、ベーシックインカムの議論も起きてきていること、そもそも介助とは、福祉とは、そして、どういう共同性・関係性を作り上げていくのかの議論こそが、そこで問われているのだとわたしは考えています。この本のわたしの読書メモは、ブログ278。「通信」50。
・ブックガイド/秋風千恵著
『軽度障害の社会学――「異化&統合」をめざして』[市野川容孝]
エッセイの吉村さやかさんの文とリンクしていきます。この本は既読。ブログ230「通信」42号に読書メモを残しています。著者は「軽度障害者」の集まりを作ろうと、障害学研究会(「障害学研究ネットワーク」に名前が変わっているようです)のメーリングリストで呼びかけていたりしていました。ちょっと心動いていたのですが、そもそも「軽度」という概念自体が医学モデルにとらわれていることなので、先に「社会モデル」的な転換が先として、秋風さんに個人的にメールをして、参画しないままでした。マージナル・パーソン的なところの運動は、運動として機能させることがむずかしいとの、わたし自身のマージナル・パーソン的立場での体験があります。むしろ、だからこそ、「障害とは何か」という問題の突き詰めの作業の途にはいれたこともあったのですが、実際に何を運動的な結集軸にするのかということで、同じくマージナル・パーソン的なところで「発達障害」と規定される高森さんが出している、普遍的利害としてのベーシックインカム的要求ということがひとつあるのですが。むしろ、「障害者」の共通の利害、普遍的利害を突き出していく途も出てきます。
・ブックガイド/堀正嗣監訳
『ディスアビリティ現象の教育学――イギリス障害学からのアプローチ』[杉野昭博]
・ブックガイド/津田英二著
『物語としての発達/文化を介した教育――発達障がいの社会モデルのための教育学序説』[杉野昭博]
 杉野さんは、教育学は障害学や「社会モデル」をとらえてこなかったと書いているのですが、むしろわたしが障害問題を勉強し始めた頃は、発達保障論との議論の最盛期で、しかも、新しい「障害者運動」の流れは、反差別と発達保障論と代行主義の否定という三つのことを軸にして始まったと、言われていたことがありました。『反発達論』とか、『知能公害』とかそして「障害児教育論」で発達保障論批判ということの中で、「共生共育論」が突き出されていました。わたしの障害問題の学習の始まりは、むしろ教育問題でした。世代的にズレているためか、そのあたりのことが杉野さんには入っていないようです。そして、「社会モデル」といわれることはイギリス障害学やアメリカ障害学発ですが、内容的には日本でも70年代から、内容的にありました。「自分たちを変えるのではなく、社会を変えよう」というフレーズも出ていましたし、今わたしが宣揚している障害関係論も、「障害とは関係の問題である」という突き出しもすでにあったのです。そのことを認識論や哲学的なところから裏付けていなかったので、しぼんでいったという側面もあったのですが。ブログ366に読書メモ。「通信」62号掲載。
・ブックガイド/嶺重慎・広瀬浩二郎編
『知のバリアフリー――「障害」で学びを拡げる』[星加良司]
 「障害学生」支援をテーマにしつつ、それだけでない、「むしろ本書の魅力は、具体的な実線に根ざした障害学生支援の提示のみならず、その背後にあるラディカルな批判精神にあるように思う。」332Pとして、具体的に「単に試験の手段(点字受験や各種の配慮)を充実させることを意味しているのではなく、試験の内容そのものを受験生の多様性に応じて多様化させるという提案」333Pということを紹介しています。
・ブックガイド/中西正司著
『自立生活運動史――社会変革の戦略と戦術』[田中恵美子]
 中西さんは自立生活運動を引っ張ったひと、いろいろ運動的に活躍しているひとですが、本の題名にもある、まさに「自立生活」ということを体現しているようなひとです。で、そもそも自立という概念は、今の政治が突き出す「身辺自立」ということとごちゃまぜになっているのですが、むしろそのことを逆手にとって、自己決定としての自立生活運動を突き出し、一定の成果というか、「障害者運動の中で、確実に成果を上げたのは「自立生活運動」の広がりだ」と言われていた情況を作りだしえたのだとは思えます。ただ、著者が理想としているのは、北欧型の福祉制度で、その限界もわたしは押さえていて、むしろ、自己決定のまやかしというようなことを暴き出し、自立概念をきちんと整理していく必要を感じています。自立生活センターと名付けられていることは、「地域共生センター」という名称に変えていくことだとも考えたりしています。このあたりは、エッセイの江原さんの文とつながっていきます。ブログ275、「通信」49号。
・ブックガイド/渋谷光美著
『家庭奉仕員・ホームヘルパーの現代史――社会福祉サービスとしての在宅介護労働の変遷』[澁谷智子]
 在宅介護も最初は公務員的なところで始まったので、専門職という性格もあったのですが、制度変更の中で、「主婦のパートの仕事」に落とし込められていった構図があります。なぜ、そうなっていったのかとか、そのあたりの突き詰めこそが必要なのですが、表面的に押さえるだけになってしまっていると感じたのはわたしだけでしょうか?
・ブックガイド/朝霧裕著
『バリアフリーのその先へ!――車いすの3.11』[後藤吉彦]
このひとはシングソングライターで、「障害者」の表現の世界で有名居になっているひとですが、3.11の体験を、生きることが脅かされた体験としてきちんとおさえてくれています。ブログ258、「通信」47号掲載。
障害学会会則
 『障害学研究』編集規程
 『障害学研究』自由投稿論文・投稿規程
 『障害学研究』エッセイ投稿規程
 『障害学研究』エッセイ審査規定
 障害学会第11回大会プログラム


posted by たわし at 01:26| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

長尾 久『ロシア十月革命 亜紀現代史厳書5』

たわしの読書メモ・・ブログ491
・長尾 久『ロシア十月革命 亜紀現代史厳書5』亜紀書房 1972
やっと歴史学習に入れました。
 今回の歴史研究ははっきりと目的を持っています。それは、今、「市場経済はなくならない」とかいうメッセージを発信するひとがいて、民衆の「社会は変わらない」という意識形成が広がっています。そして、「社会は変わらない」という意識の広がりの中で、あまりにもひどい永田町政治に抗議の声はあがっても、それは国会を通じての・議会制民主主義を通じての「変革」、保守政治の枠内の変革にしかなりません。そして、選挙制度などを通じて、それさえも機能しない構造が作り上げられ、ますます「社会は変わらない」という意識が蔓延していきます。そして、そもそも抗議行動をするひとたちの運動自体が、今の社会の矛盾がどういう矛盾かというとらえ返しを、ごまかしの政治の中に封じ込められ、今の体制そのものが維持できないところまで矛盾が広がっているのに、政権はそういう矛盾を覆い隠し、今の体制を維持しようというところの中で、強権的政治によって、そして、マスコミ操作や体制派、そして、体制内の改良主義的にガス抜き的に批判するイデオローグたちの、結果論的協力がそこにあります。
「市場経済はなくならない」という主張の論拠は、90年を前後する「社会主義国家」の崩壊、そしてマルクス派の運動の「内ゲバ」とキャンペーンを張られた、党派闘争におけるゲバルトの行使、そして組織を物象化した宗派的セクト主義による自壊ということの総括も必要になっています。そのような中で進んだマルクス葬送の流れが形成され、構築主義的なところを残して学自体の崩壊も進んでいます。後者の日本的運動の総括に関しては、自らの活動の総括の作業として進めていくのですが、それはそもそもロシア共産党の内部闘争・粛正とか、中国の文化革命とか、天安門事件、ポルポトの虐殺にも表れていたことで、それらのことをどうとらえ返すのかの作業も必要です。
 先に、ひとこと書いておきますが、「市場経済はなくならない」という主張をするひとは、ロシア・東欧の「社会主義国家」の崩壊、とか中国の資本主義への舞い戻り―社会主義の崩壊という押さえ方をしているのですが、マルクスの思想のきちんとした継承をしようとしているサイドからは、そもそも「社会主義の定立に失敗した」という押さえをしていて、ロシア・東欧やアジアにおいても、「社会主義」として定立しなかった、それは「社会帝国主義」とか文字通り「国家独占資本主義」と言われることで、未だに、「社会主義国家」なるものは歴史上存在していない(原始共産制はさておいて)という押さえ方が出ています。定立していないものを崩壊ということがおかしいのです。ですが、そもそも、一応マルクスの思想の中から生まれたという運動で、マルクスの思想自体の検証もしつつ、マルクス主義を自称するひとたちが、どのようにマルクスの思想を歪曲したのか、またその思想の発展的継承に失敗したのかを押さえねばなりません。
 客観主義的な学ではない、運動のための理論というところで、仮説をたてて、その仮説の検証という形で論を進めます。
 さて、歴史研究を核心であるロシア革命の学習から始めるのですが、いろんな本、雑誌の中での論文を読む中でえた知識があったのですが、そして順番が逆になったのですが、レーニンの第二次学習として、レーニンの主要論文の集中学習をしました。ブログ419〜433に読書メモを残しています。それは、レーニンの著作を通してのロシア革命史という内容も持っています。

 長い前置きのようなことから、この本の読書メモに入ります。
 この本の中から読み取ったことを、メモに残します。多角的に学習していきますから、他の本を読んで後から修正していくかもしれませんので、過渡的なメモです。
 まず、情況的なことをおさえておかねばならないと思います。帝国ロシア、強権的ツアーリズムロシアの熾烈な弾圧の中で、「人民の意思」によるテロリズムが起きていたということがありました。しかし、社会民主党はそのようなところではなく、極めて少数派であったにせよ、粘り強く訴えていくということを貫いていたようです。そして、そもそも社会民主党の発足当時から、路線問題での分岐があり、それでも、その内部対立で、意見が通らないというところでの退出はあったけど、追い出すということはなかったし、またそこで暴力的な対立がおきるというような事態もなかったようです。
 さて、レーニンが主導的な役割を果たしたボリシェビキズムということは、少数のインテリゲンチャに率いられた前衛党の領導するプロレタリア革命ということなのですが、むしろ、民衆はかなり革命的で、むしろ党が押さえ込むという構図もあったようなのです。もちろん一時的感情の爆発というところで、運動が破綻するというところで、大局的なところを押さえて、そのような一時的爆発を押さえるということはあり得るのですが、それだけでなく、むしろ民衆の方が正しい方針を出し、党が方針を修正していく事態もあったようなのです。
さて、「ロシア革命」における個人の果たした役割というところで、「レーニンの存在を抜きにしてロシア革命は語れない」ということはあったのだとも押さええます。レーニンの4月テーゼなしには「ロシア革命」は考えられず、また折々のそのような存在だったからこそ、レーニンは地下に潜り、そして肝心なときに出てきたところで、演説をぶち、それで情況が一変するという事態があったようです。それは、レーニンが地下に潜る中で表に立ったトロッキーが活躍したことにも及び、レーニンがトロッキーを、「トロッキーなくしてロシア革命はあり得なかった」と評したことにもつながっています。未だ、個人の資質が歴史を作る時代だったのかもしれません。さて、ここでトロッキーが、ボリシェビキの方針に反対していたクロンシュタットに出向き、演説をしてその反対を転換させたということが書かれていて、この本には出てこないのですが、トロッキーの汚点として、赤軍の議長としてクロンシュタットの反乱の弾圧に当たったということはまさに、歴史の背理とか言われるようなこととして考えていました。
さて、ロシア革命の困難性の問題が、その後のロシア革命の歪曲につながることとして押さえて見ます。
 まずは、社会民主党は労働者に依拠する政党で来たるべき革命をプロレタリア革命としておいたことがあります。ですが、当時の職業人口は農民が80%で、農民を組織していたのは、「フ・ナロード」を掲げて農民の中に入っていった「人民の意思」の流れから作られた社会革命党ということがありました。そして、社会民主党はきちんとした農民問題の方針を出せていないという情況がありました。ここで、押さえておかねばならないのは、農民のほとんどが「文盲」と言われていたことで、遅れていたというとらえ方が出ているのですが、わたしはこれは必ずしも保守的という意味ではなかったと、この本の中からも読み取っていました。農奴制からの解放とかいう問題も含めて、地主との闘争があり、ロシア革命の過程でも焼き討ちとか打ち壊しとかかなり先鋭的な運動をやっています。むしろ、ボリシェビキが農民の、そして農業の位置とかとらえきれず、その方針とかをきちんとだしえなかった問題もあったのだと言い得ます。ロシアの革命は労兵ソヴェートなり、労農ソヴェートとしてなしえたのですが、農の問題をボリシェビキが押さえきれなかった中で、ボリシェビキと社会革命党との対立の中で、食糧危機の中で、食料の調達ということで、軍を派遣する事態になり、これが社会革命党との対立にも進み、ソヴェートの崩壊から党の独裁へ進み、力による支配、監視社会的管理支配体制への途に進むことになっていきます。
 さて、農の問題にも絡むことですが、農や兵の問題には民族問題とからみあっています。民族比からして、大ロシア人は半分にも満たず、他の民族が過半数という構成があり、しかもツァーリーの民族支配の中での大ロシア人に対する少数民族のこの著者のいう「重層的差別の蓄積」があったのです。そういう中で、民族問題できちんと対処できない中で、その地域でのボリシェビキが進めようとする革命への反発が起き、それに対して軍事的派遣を行うという中での衝突が起き、それがますます、民族問題での「重層的差別の蓄積」を倍加させていきます。この問題は、少数民族地域が農業や牧畜地域ということでも、更に矛盾が相乗していきます。
 さて、レーニンは民族問題をかなり重視し、民族自決権ということでそれを解決していこうとしていました。ですが、そもそもレーニンは民族問題も含んだ差別の問題を、階級支配の道具なり、手段として押さえて論を展開していました。そもそも階級自体も差別の問題で、差別のための差別の手段という意味不明の提起になっていきます。これは、結局レーニンは、階級闘争を行う上でやっかいな問題として差別の問題をとらえていたということなのです。わたしは、むしろ被差別者は、むしろ先鋭的な運動の担い手になる可能性をもっていることで、反差別ということをきちんと突き出しえない中で、「やっかいな問題」にしてしまっていることだと思うのです。
この民族問題は、ずーっと尾をひいていきます。レーニンはスターリンが少数民族出身で最初の政府設立のとき、スターリンは民族問題担当だったのに、民族問題で逆に少数民族に抑圧的に態度をしていたことを批判しています。大ロシア人の中で、力をもつていくために逆バネ的な対応をしたということなのかもしれません。民族問題、差別の問題がずーっとソビエトの抑圧性の問題の出発点であり核心であり続けていたのだと言い得ます。
 さて、革命ロシアが抱え込んだもうひとつの農業問題ですが、ロシアにはミールという共同体の歴史がありました。地主からの土地の取り上げの中でも個人に分配したのではなく、ミールへの取得という形ですすんだという記述があります。これはむしろ、らせん的回帰ということでの先進的な内容を持ちえたのだと思います。そもそも、後期マルクスがこのミールに留意していました。このことを含んで、むしろ、ロシアの農民は決して後進的と断定されることでなく、先進性的可能性をもっていたのであって、そこでの農業問題の方針化がなされることではなかったかとも思います。当時は、後発の資本主義として工業の発展の中で、資本主義の発展の中で、労働者の階級形成をなし、労働者を軸とした革命という社会民主党の方針があり、まだ農業が職業の多くの割合を占めるというところで、労農(兵)ソヴェートというように進んだのですが、結局農の位置づけが消極的なことにとどまっていたということがあります。今日からとらえ返すと、サブシステンスというところで、生の基本は何かという議論からすると農の問題の重要性があります。そういうところで、農の問題を今日的にとらえ返す作業も必要になってきます。
 さて、もう一点、結局ドイツ革命の敗北などにより、レーニンにははっきりあった、世界革命へのリンクということがなしえない中で、レーニン亡き後、一国社会主義建設というスターリン主義に陥っていくのですが、強権的国家支配という時代制約性もあったにせよ、国家権力の奪取としてしかたてられなかったのか、という問題があります。そのあたりマルクスは『ドイツ・イデオロギー』の中で、国家を共同幻想という押さえをしています。レーニンは『国家と革命』や『帝国主義論』を書いていますが、その中に共同幻想としての国家論はでてきません。レーニンは『ドイツ・イデオロギー』入手できていず、読んでいなかったと言われています。20世紀の革命論は、国家権力の奪取として進みました。そして、マルクスにもプロレタリア独裁論があったのですが、少なくともそれは一時的なことということがあったはずです。結局「共産主義社会に向かう中で国家は死滅する」というマルクスのテーゼの方向には進まず、スターリンの一国主義的革命論の中で資本主義に舞い戻り、管理監視社会と覇権国家でしかない「社会帝国主義」に陥りました。そのことを改めてとらえ返すことが必要なのだと思います。

さて、長い前置きにまたつなげるのですが、今、永田町政治はアベ政治という国家主義的な政治として進み、祖父の悲願だった憲法改正ということを最大の目標にして、財界の支持をとりつけるために、金持ち・大企業への優遇政策をとり、企業の内部留保を拡大させ、経済再建を先送りする、「<帝国>的」グロバリーゼーションの浸透した時代に不可能な幻想でしかない経済成長戦略なるアベノミクスという持続不可能な経済政策をとり、危機を先送りし、そして国家主義的なイデオロギーを浸透させるために、中国・北朝鮮脅威論をふりまき、軍事予算を拡大し、集団的自衛権を憲法の解釈をねじまげて、アメリカに従属する日米安保条約を強化し、戦争できる国作りに邁進しています。そして国家主義的政治のムチである、強権的管理支配として、特定秘密保護法や共謀罪を強行採決によって成立させています。一方で、軍事的危機のあおりと共に国家の共同幻想をなり立たせる、アメとしての福祉を抑制・切り捨てています。それは国家の共同幻想を崩壊させることなのですが、永田町の政治は「国会議員」という国家の概念にとらわれるところできちんと対峙しえていません。これを、分断の中で個別利害の誘導というかたちで、権力に頼るという分断の中で、乗り切ろうとしています。それは、「公助・互助・自助」なる概念で、公助の抑制と切り捨てなのです。わたしたちは、分断を超える反差別の総体的・根源的とらえ返しの中で、国家主義的なことにきちんと対決しなければと思います。それが同時に時代制約的とはいえ、国家主義にとらわれた国家権力の奪取という20世紀型の革命論を止揚する、草の根の、幻想ではない共同性をつくりあげる中での新しい形の21世紀型の革命論として出てくるのではと考えています。まだ、歴史学習に入ったばかりですが、仮説としてたてつつ、対話の中で煮詰めていこうと考えています。

後の引用などのために、簡単な切り抜きメモを残します。
ロシアの古い体質7P・・再検証
民衆の壁と弾圧、テロと弾圧と壊滅11P・・再検証
ソヴェート26P
独自行動←民衆からの提言103P
「世界革命によって平和を」104P
トロッキーとクロンシュタット118P
10月革命とソヴェート、解放区120P
大衆は党よりも先鋭145P
ラーダ―ウクライナ民族自決権問題154P
ウクライナ三重権力156P
「労働者統制会議」―労働者の自主管理にしないことを目的にしている262P

機能しない―ソヴェートによる領導264P
「現実は法令を超えて進んだ」263P
軍事革命委員会の前線での独自の和平・自主作戦←革命政権の追認265P
土地国有化論の誤り―自主的なミール所有270P
ラーダ―ウクライナ語、ソヴェートという意味303P
ウクライナ問題―中央の地方(現地)支配、大ロシア人のウクライナ人支配(「重層的歴史」328P)311P
様々なソヴェート323P
ソヴェートによるだけではない権力奪取324P
少数民族の反ソヴェート325P
食料危機の中での「調達」の中でのソヴェートの分裂325P
農民が8割、少数民族が過半数325P
「近代主義的プロレタリア革命」批判326P
外在的方法327P
この本の著者の問題意識―ベトナム→入管・沖縄327-8P
歴史の重層性328P
ツァーリズム・ミール・カザーク・少数民族329P・・・カザーク=ほとんど反ソヴェートの役割になった傭兵的騎馬兵団


posted by たわし at 01:20| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『障害学研究10』

たわしの読書メモ・・ブログ490
・『障害学研究10』明石書店 2014
障害学会の機関誌、年に1回の学会の報告をかねて毎年出されています。10冊目になります。しばらく積ん読していた冊子、まとめ読みに入ります。
もくじに沿ったコメントを残します。先を急いでいます。内容の紹介を省いたコメントにします。
特集T 政策形成における「当事者参画」の経験と課題
 【シンポジウム――障害学会第10回大会から】
・開催趣旨[瀬山紀子]
 問題提起
・政策形成における「当事者参画」の経験と課題[尾上浩二]
・障がい者制度改革推進会議総合福祉部会における当事者参画とその課題[茨木尚子]
・障害者政策への当事者参画の意義と課題[石川准]
・会場質疑
・総括コメント[瀬山紀子]
官僚支配から脱する政治主導を謳って成立した民主党政権時代に、障がい者制度改革推進会議が作られました。当事者が過半数、「知的障害者」の参加があり、その会議参加の保障のために、分からない言葉が出たらイエローカードを出すルールとか作り、その会議の様子がインターネット中継・録画配信され、手話と字幕がつくなど、画期的な会議でした。そして、なによりも、これまでの審議会が官僚が用意した資料に基づいて、その説明に多くの時間を使い、そしていくらかの意見を添えて、最初に政府・官僚が準備していたところで答申が出されるという形だけの議論だったのが、それなりに議論を出し合い、団体間の交流のようなことも生まれたのです。その下に、福祉部会が作られ、「障害者総合支援法」の法案作成のための「骨格提言」がなされました。そのときの副部会長が尾上さんと茨木さんです。で、時間がない中でよくまとめたと茨木さんが書いているのですが、確かに、いろんな団体がいて、それをとりまとめる、そして個別の利害を突き出してくる、総体的・根源的利害という押さえがないとか(逆に、会議の中で総体的な観点を持つようになるという事態もあったようですが)、たいへんだったと思います。ですが、まとめたものが、官僚たちによってコケにされたのです。結局、骨格提言は無視され、官僚たちが準備していたもので法案が作られたのです。当事者が過半数を占めるというのだったら、なぜ、このようなことに怒りの表明をしなかったのでしょうか? ちゃぶ台返しをして怒ることです。以前、NHKで、「なぜ若い「障害者」は怒らなくなったのか」という番組をやっていたのですが、わたしは運動の基底には、差別に対する怒りがあるのだと思います。若いも何も、そもそも「障害者運動」自体が崩壊している現実です。「障がい者制度改革推進会議」でパブリック・コメントを求めていたので、それに意見を出していた立場で、コケにされたということでわたしは怒りまくっていたのですが、推進会議や福祉部会のひとたちは大人対応で、少しでもよりよい方向へと、怒りをおさえていたのでしょうか? さて、このコケにされたのはまさに民主党政権の政治主導ということの公約が破られたことの象徴的なことだったのですが、このコケにされたということの総括がどうなされたのでしょうか? そんなことがなかったように、自民党政権というもっとひどい情況になって、以前のような審議会の情況にもどったと押さえているのですが、そこに、石川さんが政策委員長として参加され、尾上さんも参加しているようなのです。わたしにはどうしても理解できません。単に、「障害者」当事者の意見を取り入れていますという政府・官僚のポーズ作りに利用されているだけではないでしょうか? それとも、政府・官僚たちの「障害者」施策と参加している「障害者」の意見が違和感がないところまで、運動が崩壊しているのでしょうか?
特集U 「当事者学」に未来はあるか――障害学会創立10周年に寄せて
 【特別セッション――障害学会第10回大会から】
・開催趣旨[星加良司]
・「当事者学としての障害学」に求められるもの[堀正嗣]
・当事者研究の理論・方法・意義[熊谷晋一郎]
・「当事者」のポジショナリティと「研究」の作法[堀正嗣、熊谷晋一郎、星加良司]
・特別セッションを終えて[星加良司]
当事者主体ということは、運動の肝要なことで、きちん押さえ突き出していくことが必要なことだと思います。ですが、そこへもっていくことの一つとして「当事者研究」も必要なのだと思います。けれど、何かズレているような気がしています。当事者研究が、「気持ちの持ち方をかえれば楽になる、問題が解消される、される方向に進む」というようなところにすり替えられているような側面が出ているような気がするのです。わたしの当事者性の「吃音者」の当事者団体の運動が「気持ちの持ち方を変える活動」にすり替えられたということへの批判の立場から、そんなことを考えていました。
論文
・知的障害者の「結婚生活」における経験と支援――生活構造論と生活の資源の枠組を用いて[田中恵美子]
 結婚生活においても、「頭を借りる」(北村小夜さんのことば)ということはあることで、いろいろな援助を得ながら、結婚生活をおくるということは当然のことで、そういうことが余りないことのように思われているところで出てきている論攷なのだとも言い得ます。それでも、何かパターナリズム的なところに陥っていくという危惧を抱いているのですが。
・障害者の「あきらめ」と自立生活の課題――CILに勤務する肢体不自由者へのインタビュー調査からの考察[金在根]
 障害問題に関わることで、「あきらめ」というのは2種類あって、ひとつは、「治す・直す」ことをあきらめる、ということ―医学モデル的あきらめと、それから差別されることの中で、批判することをあきらめる―「社会モデル」的あきらめではないかと、この論攷を読みながら思ったりしていました。運動からいうと反転しているのですが、そのあたりの区別を著者の論攷からわたしは読み取れませんでした。
・ディスアビリティ・アートの実践にみるパフォーマンスの身体[田中みわ子]
 文化を語れない朴念仁と批判されてきたわたしは、パフォーマンス的なことはとらえにくいのですが、それでもなんとなく感じるというようなところで、この論攷もそれなりにつかめたような気になっていました。
エッセイ
・選評[綾屋紗月、石井政之、臼井久実子、福島智]
・障害ではなく、たどり着いたのは人間でした[GARRABE-BARBASSAT MAYUMI]
 交通事故の後遺症から、保険会社からの医療保障の打ち切り策動の中で、自己の存在を否定されるような思いを抱きつつ、いろんなひととの出会いの中で、親とも衝突しつつ、フランス人の祖母を頼ってフランスに住居を移しなんとか平穏な日々を過ごしているというようなことなのですが。日本の医療とか、「病者」・「障害者」の生きがたさを書いているようなのですが、錯綜した心理を赤裸々に書いたエッセイなので、なんとなく感じるしかないことのようです。
・問題でないことを問題にする人[山田峰大]
二つの問題、「腎不全」と「性同一性障害」(当時の言い方で、今はトランスジェンダーという言い方になっています)。で、役所の対応のひどさに憤慨する文です。そもそも対応が間違えているのですが、生活保護の申請の書類さえ渡さないとかいうことに通じることで、この国の福祉に対する考え方がいったいどうなっているのかと、一緒に怒るしかないことです。さて、この本は5年前の本ですが、今、人工透析を受けていたひとが停止の意思表示をすることを医者に言われ、いったん停止の意思表示をし、後でそれを撤回しても、医者がその撤回を認めず死亡する事件が起きています。何か。医療も福祉もこの国のおかしさに憤りながら、このメモをかいているのですが、腎移植をうけるというような話が、さらとでてくるのですが、「障害学研究」の冊子でそんなことがさらっと書かれているということに、違和を感じたのはわたしだけなのでしょうか?
・高等教育における障害学生支援――当事者文化と大学文化をつなぐ仲介人の役割[奈良里紗]
 かつては、大学に入る「障害者」学生は、「何の支援も求めない」と一筆を入れられていました。そのときからすると、地域差や大学で格差がおおきいのでしょうが。まさに雲泥の差です。障害問題で、部分的にはせよ、一番変化したところかもしれません。ただ、これからの課題として、仲介人を必要としないところで、「障害者」自身が要求をしていく運動とシステムをつくりあげていく必要を感じていました。
書評
・書評/野崎泰伸著
 『生を肯定する倫理へ――障害学の視点から』[星加良司]
 リプライ 著者から[野崎泰伸]
 わたしはそもそも、運動がきちんと展開しているときに、倫理学など持ち込む必要がないのだと思います。運動の行き詰まりの中で、存在を否定されることを否定するというところで、倫理学が出てくるのですが、そもそもこうあるべきだという論理自体が、ひとはこうあるべきだというところにつながる論理なので、わたしはそもそも倫理学自体の「べき論」―正義論自体に抑圧性を感じています。青い芝の横田さんが「愛と正義を否定する」と突き出したのは、そしてイギリス障害学がパターナリズム批判で、「障害の社会モデル」を突き出したのは、同じ内容をもっていたのではないでしょうか? 横田さんの言葉もパターナリズム批判として押さえられます。学者のひとたちが、「障害者」の言葉を歪曲して、この論攷の中で出てくる「生きさせろ」という言葉、受け身のことばを出すのは、まさにパターナリズムに引きずられているのです。
まあ、それでも善意の「障害者」の存在を否定することを否定しくれることには、感謝しなくてはいけないのかという、これもパターナリズムにとらわれている思いはあるのですが、そのような「善意」とかも、青い芝の「愛と正義を否定する」というようなとろで、反発することなのかもしれません。この資本主義社会では、パターナリズムから抜け出せません。だから現実的どうするのか、というところでパターナリズムにすがり、権力にすがるという構図があるわけで、その中でどうそこから脱する運動を積み上げていくのかの議論も必要です。だから現実にどうするのかということで、倫理学的なことは、「障害者運動」当事者からすると学者のひとたちで勝手にやってください、ということなのかもしれません。
・書評/松井彰彦・川島聡・長瀬修編著
 『障害を問い直す』[杉野昭博]
 リプライ 杉野昭博氏の書評に応えて[川島聡]
 この書評されている本は、経済学と障害学のコラボレーションというところで作られた本ですが、ここでの経済学は近代経済学です。そして、資本主義の論理で展開される近代経済学は、いかに生産性をあげるかという資本の論理に基づいているので、むしろ「障害者」の存在を否定する内容になっていきます。そんなものコラボレーションされると困ると運動サイドから批判することなのですが。杉野さんもイギリス障害学はマルクス主義の影響が強いという話を書いています。ですが、杉野さんは、国際的な「障害者運動」はアメリカ障害学をきちんと押さえる必要があるとも書いています。確かに、‘障害者’ということば自体も、国際法規では、イギリス障害学の disabled people ではなく、アメリカ障害学の persons with disability を採用しています。杉野さんは、そもそもアメリカ障害学もイギリス障害学もそんなにかわりはないという考えのようです。わたしは、イギリス障害学の「社会モデル」は医学モデルからのパラダイム転換というような内容もはらんでいたのだと考えています。けれど、第二世代の批判をバネにして転換をなしきればよかったのですが、結局失敗したのだとわたしはとらえています (わたしは関係モデルとして転換をなしきろうとしています)。そして、アメリカ障害学のマイノリティの権利の擁護的なところにとらわれてしまいました。わたしは障害差別の現代社会的差別の根拠は、その土台に労働力の価値を巡る差別があり、その画段階的極としてあるという規定をしています。ですから、人権論が労働力の価値を巡る差別をおさえられないところで、人権論やマイノリティの権利では障害問題は解決しえないと押さえています。そもそも、ICFや権利条約に「社会モデル」をとりいれたと誤解しているようなのですが、イギリス障害学の「社会モデル」をちゃんと取り入れたら、資本主義社会は崩壊します。アメリカ障害学の「社会モデル」は人権論ですから、とり入れられていますが、それは「社会」とか「環境的要因」を考慮したというレベルにとどまっています。これを「社会モデル」というのは、錯乱以外のなにものでもありません。ちゃんと定義を命題化することなのです。ADA法を例にとると問題ははっきりします。ADA法は、機会均等モデルです。「障害者」の社会参加モデルです。要するに、わたしたちにも競争する権利を与えよという論理で、競争する力を持たない(とされる)「障害者」には抑圧の論理で、それは言葉を変えれば、「わたしたちにも差別する権利を与えよ」という論理になっているのです。「障害者」は総体的相対的に差別の構造から抜け出せません。経済学と障害学のコラボレーションもそんなところの範囲内の論攷になっているのだと考えています。わたしはマルクス経済学からマルクス障害学を立ち上げ、そこでのコラボレーションをなしとげようと考えています。それがイギリス障害学がもっていたパラダイム転換の遂行をなしきることであり、障害関係論の宣揚だと考えています。
この本は積ん読をしていたので、もう五年も前の本です。著者や「評者」がどのように新しく展開しているのかをつかめていない中でのコメントです。
・ブックガイド/大野更紗著
 『困ってるひと』と『さらさらさん』[田中恵美子]
 大野さんの前書は、結構最近になって読んでいました(ブログ409で読書メモを残しています)。問題を根源的におさえ、しかも、わかりやすく書くということとに長けている、そして他者を暗くしないひとだと、感心していました。わたしとはほど遠いひとで、学ばなければと思っていたのですが、なかなかむずかしいですね。
・ブックガイド/モハメド・オマル・アブディン著
 『わが盲想』[藤島正法]
 スーダンから来た「視覚障害者」の著者が、いろんな援助を受けながら、「成長していく」様をユーモラスに書いた本のようです。一つ前の大野さんの本とシンクロナイズしています。
その「成長」のひとつに「ライオンオヤジ」との関係の変化のようなことも書いています。この本を紹介しているひとも「視覚障害者」の立場、父親との関係でシンクロナイズしているようです。
わたしも、援助されることは援助することというような相作性も感じていました。
・ブックガイド/AJU自立の家編
 『当事者主体を貫く 不可能を可能に――重度障害者、地域移行への20年の軌跡』[小山聡子]
 愛知には、「障害者」関係団体で長く活動しているところが三つあり、そのうちの一つAJU自立の家から出された本です。東京と関西の谷間とかいうひとがいるのですが、むしろこの愛知での活動は、独特の運動を展開しています。
・ブックガイド/天畠大輔著
 『声に出せない あ・か・さ・た・な――世界にたった一つのコミュニケーション』[前田拓也]
 このコミュニケーションの方法は、文字盤と瞬きの使用と同じくらいに普及していて、筋ジスのひとやALSのひとたちも使っています。むしろ定番になっていると思っていたのですが、このひとが始めたのでしょうか? 
まあ、そうでなくても、コミュニケーションはひとそれぞれにあるという意味で、「世界にたった一つ」かもしれませんが。
・ブックガイド/金澤貴之著
 『手話の社会学――教育現場への手話導入における当事者性をめぐって』[高山亨太]
 金澤さんはこの文の中でも紹介されているように『聾教育の脱構築』を書いたひと、パラダイム転換ということばも使っていて、今後どのように開いていくのかと期待をしていました。ここでの脱構築は、ろう教育の教員をほとんど聴者が占め口話教育を軸にしていたのを、「聾教育には聾者の教員が手話で教えるのがいい」という転換なのです。まあ、当たり前のことなのですが、その当たり前のことが通っていなかったことを改めて問題にしたところで、その本はかなり読まれたようです。わたしも他者に勧めていました。わたしは脱構築を問題にするひとは、そのことをすべてのことに当てはめていくのではという思い込みをもっていたのですが、最近の金澤さんのSNSやその他での発信を観ていると、全く逆のこともあり、改めて、差別を総体的にとらえ返す必要性を痛感していました。この本は、金澤さんの大学院時代の卒業論文が元になっている本のようです。
・ブックガイド/児玉真美著
 『死の自己決定権のゆくえ――尊厳死・「無益な治療」論・臓器移植』[本多創史]
 この本も読んだ本で、ブログ242で取り上げています。児玉さんはイギリスを中心にした、安楽死-尊厳死の情況を、メーリングリストなどで報告してくれています。親の立場から、きちんと、優生思想批判をしている、わたしも共鳴しているひとです。
・ブックガイド/加納実紀代著
 『ヒロシマとフクシマのあいだ――ジェンダーの視点から』[河口尚子]
 加納さんはフェミニズム関係の本を読んでいたときにいくつか本を読み、文も読んでいます。放射線被害と「障害児が生まれる」という話は、あちこちで話されていたことで、被差別者同士の対立のようなこととして語られてきたことがここでも話題になっています。
・ブックガイド/末永照和著
 『評伝 ジャン・デュビュッフェ――アール・ブリュットの探求者』[後藤吉彦]
 わたしの中では、論文のディスアビリティ・アートの話とつながっているのですが、この文は、「美醜」の脱構築というような話になっていくのではという思いを持ちました。それにしても、美意識ということの多様性というか、世界観の転換の中での移り変わりがとらえられていず、固定的な「美醜」意識で論じている論攷が多いのはなぜなのかと考えています。
障害学会会則
 『障害学研究』編集規程
 『障害学研究』自由投稿論文・投稿規程
 『障害学研究』エッセイ審査規程
 障害学会第10 回大会プログラム

切り抜きメモを残しておきます。(敬称略します)
石川-「精神障害者」の問題を「ガードが強く説得は無理とあきらめた」29P・・・「あきたらめた」とか、直接的当事者でないのに言えることではないはずです。疑問に思いました。
茨木-間をうめる33P
茨木-親の会の主張33P
特集2・・・当事者主体(視点)と当事者研究 当事者研究の「気持ちの持ち方を変える」的に流れる傾向
書評 野崎-星加応答・・・倫理主義の枠内論争
杉野書評 アメリカ障害学は機会均等での社会参加という枠組み
  「障害者の存在の否定」という脈絡では、アメリカ障害学は対峙しえていない
  「功利主義と再分配主義」という対立だけではない、「再分配論」批判
川島リプライ 障害表記で、かっこのつけかたが逆
   松井の(4)は、「障害者の生きやすい社会は、みんなの生きやすい社会」という標語
   とシンクロ
美醜概念の脱構築264P


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2019年04月20日

立岩真也『病者障害者の戦後―生政治史点描』

たわしの読書メモ・・ブログ489
・立岩真也『病者障害者の戦後―生政治史点描』青土社 2018
立岩さんの二冊の本が2018年の年末に出されました。立岩さんの学のテーマの軸に、「障害者」の存在を否定するような論攷を批判するということと、「障害者運動」の歴史−「障害者」の生をとらえ返すということがあり、ブログ486の本『不如意の身体 ―病障害とある社会―』青土社 2019が前者で、この本が後者です。立岩さんの著にはALSのひとたちをとりあげた『ALS不動の身体と息する機械』医学書院2004があります。今回のこの本は、筋ジストロフィーのひとたちを軸に、医者・学者の、行政側の福祉の切り捨てにのってしまう構図や、他の障害問題での態度との乖離という問題も含めての論攷、そしてちゃんと歴史を押さえられないところから来る、同じ轍をふむところでの繰り返しがおきてくること、そのことを押さえたところで歴史を、そして情報収集をきちんしていく必要性を問うています。治すことへのとらわれについては、難病のひとたちの、他の「障害者」との「違い」としては、病気と命の問題があるかどうかの大きな問題があります。また、行政の対応で生活が一変していく構図があり、かつては「鶴の一声」的なところで決定していったところもあり、そういうところで政権が福祉総体の抑制や切り捨てをしていても、政権に頼り、政権が維持していく図式があります。ですから、長期的課題と短期的課題ということを押さえつつ、社会変革のうねりを突き出していくことです。
著者はこの本で、著者の職場の立命館大学大学院先端研でやっている膨大な資料集・解析への参加と協力の呼びかけもしています。院生や研究員というところでのその膨大な作業とその集積が、今後の学的なところへの果たす役割は大きく、どのような形で開いていくかの期待を持っています。それは運動のための資料にもなっていくのではとも思っています。
 いつも切り抜きメモを残しているのですが、今回はパソコンの検索機能を使うためのキーワード的なメモにとどめます。
同情150P
アメリカと日本の違い152P
成果でない159P
「争わない」としたこと、60P・・・そもそも体制に飲み込まれていく、そこに親・医者と当事者の立場の違い、212Pのイデオロギーの問題にも通じる
親と施設の関係160P
脳性マヒを治すこと198P・・・「吃音者」の多くが、治すことにこだわり続ける立場
イデオロギーを排するのもイデオロギー212P
忖度と国家主義←立岩さんの批判242P
施設化、病院化、医療化258P
学者的に客観性として、あいまいにして、折衷的になっていく問題(それでも寄り添う姿勢)・・・自宅の介助態勢がつくれること、けれど態勢がつくれない現社会での過程もある266P
社会モデル275P
時代もつかめる335P
歴史を押さえる必要426P
「暗さや敵意が向けられるものを腑分けしていく」430P
「異形に関わる嫌悪や反感」430P・・・メンミの「異質性嫌悪」に対するわたしの批判、それ自体を脱構築していく必要
「障害」を治す歴史・・辿る必要431P・・・「吃音」の問題
最初の有効なことが桎梏になっていく432P
パターナリズムの(一定の)肯定433P・・・パターナリズムはそもそも差別だけど、あからさまな嫌悪よりもまし、「現実的に」というところで一定使えるという問題では? 「現実的には」というところの陥穽の問題もあります。
さて、この本を読みながら、わたしの「障害者」としての当事者性―「吃音者」の立場から、いろいろな思いを持ちました。
まず、歴史をきちんと押さえておかなくてはとの思いを持ちました。わたしが「吃音者」の団体で活動を始めたころ、事務所に会報が置いてあり、それを全部一応読みました。そういう資料というのは大切で、紙には保存期間があり、メディアに転換し保管していく作業は大切で、しかも、著者の大学院の生存学のテーマは多肢に渡ること、一大資料センターになっていくことだと思います。当事者の立場では、一般的に資料を残していくということよりも、自分の問題意識に沿った研究というところで、意図的に資料の整理をしていくことになるのですが。
もうひとつ、立岩さんの「ないにこしたことはないか?」の話は、「吃音者」の団体が、「治す努力の否定」を突き出したことにつながっていきます。ですが、病気というところで、命に関わることで、「治す」というところへのこだわりは起きるにしても、そうでないところでの「治す」ことへの引きずられが、「吃音」で続いていますし、そして「治す努力否定」自体も紆余曲折し、しかも「治す努力」から「気持ちの持ち方を変える努力」というところに転換しただけという情況です。このあたりは、抑圧型の差別の重さなのです。差別のマージナル・パーソン(心理的マージナリティ)の問題として押さえていくことが必要だと思っています。
さて、この本を読んでいて、介助の有償化と無償化など、いろんな選択の問題、どっちに転んでも出口が見いだせないという思いを強くしました。わたしは問題の分析をしていくとき、どういう方向に開いていくのかを考えるとき、現社会の論理に沿った範囲で分析をしていっても袋小路におちいっていくのではと思います。介助にお金がでるようになったというところで、介助保障が進むという側面と、それでも逆にお金が出ても、介助活動のこの社会における位置づけからして、他よりも低い「賃金」にしかならないということがあります。これはそもそも、この社会では労働ということが第一義的におかれ、家事ということがシャドーワークとしてしかとらえられなかった歴史性と現実の中で、商品生産活動―労働が第一義的におかれると、家事や個人的営為への介助活動は「余剰価値を生まない経費―負担的活動」としてしかならなかったわけで、それを労働化しても、元々この社会の論理からしての性格で、家事労働が労働よりも高い賃金を得るということがないように、介助労働は高い賃金になりません。そういう中で、ペーシックインカムの議論が出てきたのです。ですが、ベーシックインカムは、それが原義的なところでなされるなら、この社会を崩壊させる論理です。わたしが最初にベーシックインカムの言葉を知ったのは、ネグリ/ハートの『<帝国>』ですが、これは構造改革的革命論としてあったわけで、そのような意味で、ベーシックインカムを求めるのですが、これだと介助のことが含まれず、「基本生活保障」ということを「障害者運動」は求めるわけです。実は、これはマルクスが突き出した「必要に応じて取る」という共産主義の論理なのです。だから、ベーシックインカムの流れの議論をするときは、「市場経済はなくならない」という枠組みをはずしかないのです。
だいぶ脱線しました。ですが、障害問題を考えて行くと社会のありようが問題になっていくということでのいろんな思いがでてきたのだとも言い得ます。


posted by たわし at 01:20| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

立岩「書評」と榊原「リプライ」(『障害学研究14』所収)

たわしの読書メモ・・ブログ488
・立岩真也「書評 榊原賢二郎『社会的包摂と身体―障害者差別禁止法制後の障害定義と異別処遇を巡って』」
・榊原賢二郎「リプライ『社会的包摂と身体』の論理―立岩真也氏の書評への応答」
(『障害学研究14』明石書店 2018 所収)
前の前のブログの立岩さんの本で、この応答が紹介されていました。
で、前のブログで榊原さんの本のメモを残し、その上で、この書評とリプライを読んでのコメントです。それぞれの本にコメントしていますので、このメモは焦点を絞ったメモにとどめます。
(1)障害の同定・定義を巡る議論
さて、立岩さんとわたしの応答は、わたしの立岩本の読書メモで続けているし、出された単行本はだいたい読んでいます。で、榊原さん批判で、わたしも抱いている共通の思いの一つ、「障害の同定をしない、定義をしない」という立岩さんの論理が分からないということと、実は実際にやっているのではないかということです。そして、同定をしないと、医学モデルに引きずられていくということになります。榊原さんは医学モデルに与しないとして、「社会モデル」も批判し、一応自己のモデル、「自己塑成モデル」を出されています(モデルという言葉は使われていませんが)。異別処遇を求めるというところで、独自の障害のモデルで、それなりに貫いて、貫こうとされて障害ということばを使われています。ですが、これはベーシックインカム・基本所得保障の概念をこえた、わたしも突き出している「基本生活保障」というところの要求になっています。すでに、立岩さんはベーシックインカムという議論を出され、本まで出されているので、それにコメントして、立岩さんは市場経済はなくならないということを前提にした議論をしていくとされているので、ベーシックインカムは資本主義を崩壊させる内容をもっているので、市場経済の枠内で議論をしていくという前提と矛盾しているのではと指摘していました。
(2)障害のモデルについて
そもそも、「社会モデル」は、障害の医学モデルという、「障害者が障害をもっている」という規定に、「社会が障害をもっている」という反転という内容をもっていたはずです。これはオリバーの有名な「障害者」と「社会」を置き換えて、反転させた質問を出したことに端的に表れています(それはイギリス障害学第一世代総体からとらえると、一面かもしれないのですが)。だから、障害の規定をしないとしていた立岩さんが「障害の社会モデル」をとりあげること自体に疑問をもってしまいました。そのような議論に加わらないとなるはずなのです。
さて、逆に、榊原さんは立岩さんの理論の意義ということを、きちんと押さえていないのではと感じてしまいました。立岩さんの論攷の中心には、「できる―できない」ということを脱構築する、しようとする試みがあります。それは、わたしなりの言葉化も含んで押さえてみますが、それは、第一に、「できる―できない」がなぜ問題になるのか、第二に、どのような「できる―できない」が問題になるのか、第三に、その「できる―できない」が、なぜ独りで「できる―できない」ということで問題になるのか、ということになります。そのようなことを論考する中で、障害問題の根底に「できる―できない」を巡ることがあるとして、そこから障害ということを、そしてimpairment自体を脱構築しようとしているのだと、押さえています。
(3)身体について
榊原さんは他の差別と区別する必要があり(なぜ、必要なのかということが別の議論として必要です)、身体に関わる差別という規定されているようなのです。そこでの、立岩さんからの批判が出ています。そもそも、デカルト以来の近代知の地平の、身体(肉体)と精神に二分法があり、身体概念があいまいになっていることがあります。そこで、「精神障害」「発達障害」「知的障害」ということはどうなるのか、今、どちらも、自己責任論から逃れる指向をもって、「脳の中の障害」として突き出そうという動きがあって、それだと「身体」という概念でくくれるのですが、そもそも医学モデルの因果論に逆戻りです。そもそも、「社会モデル」がなぜimpairmentをかっこでくくったのかという地平を押さえ直す必要があると思います。当人たちにそういう哲学的な押さえがあったのかどうか分からないのですが(ひとは知らずにそれを行うという類いのことかもしれません)、これは現象学派のエポケーという手法で、問題の「本質」をとらえるための手法です。それを脱構築派の脱構築の概念と、フェミニズムの性差そのものの脱構築に進んだことの先例にならえば、impairment自体の脱構築へ進むことです。さて、榊原さんはむしろイギリス障害学の第二世代が行っているようにimpairmentを突き出す構えになっています。そのことの是非は後述します。
さて、身体論に話を戻すと、近代知の身体論が使えないとして、そもそも実体主義的世界観を超える身体論は「関係の分節としての身体」という提言がなされています。わたしは身体論まで論考を進みえていないのですが、実体主義批判(榊原さんも、ことばだけとりあげられている物象化批判の中身ですが)、網に対する網の目としての身体ということです(わたしが認識論的に影響を受けた廣松渉さんの理論です)。実体主義は、要素が集まって全体を構成しているという考えですが、それに対して要素を実体的にとらえることを排して、網を関係性総体としてとらえたときの、要素ととらえられることは網の目であって、網の目は網を離れては存在しないというとらえ方です。で、網という言い方も物象化した言い方になっていて、網を構造として実体的にとらえると構造主義の陥穽にあたるのです。榊原さんも実体主義批判の指向性があるところで、「束」という概念を出されています。これはマッハの「感覚の束」という概念につながります。今、すべての学においてパラダイム転換ということが進んでいて、その中で、もっともわかりやすいパラダイム転換は、物理学のニュートン力学から量子力学への転換です。その転換に重要な役割をマッハが担ったと言われています。
それでいくと、榊原さんの理論を身体を「ニーズの束」というとらえ方に開いていく途はあると思います。これについては次項の榊原さんの障害概念「「自己塑成的障害論」について」で更に書きます。
 その前に、わたし自身の当事者性の「吃音者」(と規定される立場から)身体に関わる、ことでコメントしてみます。「吃音の素因論」ということがあり、北米あたりを中心に自己責任論からのがれようという思いもあって、「脳の中の障害」とか、遺伝子研究とか出ています。そもそも、初期の「吃音学」の「吃音」規定で、「非器質性の言語障害」ということがあり、「吃音者とは、吃音的話行為を習得した者」という学習説の規定もあったのです。これは方言の問題や言語の違いによるコミュニケーション障害の問題にも通じていきます。そもそも医学モデルから「社会モデル」へのパラダイム転換というときに、医学モデル的、旧来の実体主義的「身体」概念から離れて、「社会モデル」障害概念として、情報障害、コミュニケーション障害、物理的アクセス障害、社会的資源から切断されることによる障害・・・・とか出していくことで、そこでは、旧来の実体主義的「身体」概念も脱構築できたことなのです。
 さて、榊原さんは「グレーゾーン」という言い方をしていますが、医学モデル的に引きずられているのではないかと思います。もちろん、「軽度障害」「重度障害」ということを医学モデル的なところでなく、排除というところから、排除の軽度、軽度というところからとらえかえそうとしているので、医学モデルから脱しているとは思えますが、このあたりは、わたしはマージナルパーソン論(どこに自分の準拠枠を置くのかという、心理的マージナリティの問題)から、とらえ返そうとしています。実はこのことは、差別の形態論で、榊原さんが抑圧型の差別を抜け落として、排除型の問題でとらえているので、医学モデルからの離脱があいまいになっていっているのではという押さえをわたしはしています。
(4)「自己塑成的障害論」について
さて、「自己塑成的障害論」のイメージがよくつかめません。榊原さんに実体主義批判があって、実体的差異を脱構築するという思考があるのに、異別処遇を求めるとして、むしろ他の差別から障害差別を区別するために、身体的差異を問題にしているようなのです。このあたり、イギリス障害学の第二世代のモリスあたりの論につながってもいるのではないかと思います。ですが、モリスの論は医学モデルへの舞い戻りになっているのではとわたしは考えています。実は、前項の身体論からとらえ返すのですが、そもそも異別処遇を求めるというところを、ニーズの異化というところを押さえようとしているとところで、身体をニーズの束というように押さえていくと、医学モデルからの脱出の途もあるのだと思えます。ところが、そもそもニーズに(「社会」は)なぜ応えねばならないのかという反論が出てきます。このあたり、そもそも権利条約の「合理的配慮」なる概念を「障害者運動」サイドのひとたちもほとんど受け入れたことにつながっています。そもそも誤訳もあるのですが、「配慮」とか「過度の負担にならないように」とかいうのは、異別処遇が福祉という概念で、福祉は恩恵でしかないということにおとしこめられていきます。
 これはUPIASが、障害年金のような給付制をパターナリズムと批判していたこととつながっています。
 そもそも、ニーズを求めていくひとつの途として、人権論があるのですが、榊原さんも立岩さんもその論拠はとられていません。それはキリスト教文化圏の架空の論理であり、人権論がこの社会の根源的差別、労働力の価値を巡る差別を、それは区別であり差別ではないと規定しているところから発していると思えます。論件を先取りしてしまいました。
 ニーズということで押し切れないのは、この社会の差別の根底には労働能力の価値を巡る連綿とした差別があり、そして障害差別はその極としてあるのです。ですから、そこから、その社会の価値観・世界観から、労働能力は労働者個人がもっているという論理になり、同じように障害は障害者がもっているという医学モデルから抜け出せないのです。実際に、各国の障害者差別禁止法も、医学モデルから抜け出せていないのです。権利条約の批准に合わせて、日本の国内法の法整備の過程で、官僚から「社会モデルに基づいた改正と法律を作った」という戯言が出ていましたが、障害という概念とは別に障壁ということばを継ぎ足し、環境要因も取り入れた医学モデルに落とし込めたのです。医学モデルが覆されるときは資本主義が、市場経済が崩壊するときなのです。近代知の実体―属性という実体主義、能力は個人が持っているというところでの論理が壊れれば、資本主義は崩壊します。
 さて、榊原さんは異別処遇ということを求められているのですが、異別にしない同一処遇の中に納める議論も出ています。異別ということは、サラマンカ宣言の「特別のニーズをもった子どもたちと」いうことにつながるのですが、そのサラマンカ宣言の「特別」ということを巡って議論が起きていました。それは、そもそも教育なり、子どもに対する処遇なりは、ひとりひとりのニーズに合わせたことが必要で、そういう態勢がないから「特別」というとらえ方をしてしまうのではないかということです。
 さて、榊原さんはその論攷をとらえると労働参入志向なのですが、そもそも労働とは何かというところで、労働自体を脱構築する論攷が出ています。わたしもそれに参画しています。青い芝も、「労働は悪だ」という突き出しをしるひともいましたし、労働概念を突き崩す、「介助を受けるとき、腰を上げるのも労働だ」という突き出しもしていました。このあたり、わたしは労働の廃棄、労働を仕事にという突き出しをしています。
 さて、もうひとつのニーズの問題があります。それは給付制度の問題です。
 で、障害問題でも、ベーシックインカムの議論が起きてきました。これでいくと、異別処遇でなく、同一処遇という概念に含みえます。
榊原さんの異別処遇をもとめるという論理を膨らませていくと、ベーシックインカムを超えた、基本生活保障という概念にいたりつきます。ですが、特別を特別としない、みんなにニーズに応じた生活保障をという理念としては同一処遇になります。立岩さんは、ベーシックインカムに関して本を出されたときに、ベーシックインカムを文字通りにすると、それは資本主義社会を覆すことになり、わたしはそれは立岩さんが「市場経済はなくならない」として、現社会の枠内での議論とされていることからはみ出す議論ではないかと文を書きました。それからというと、ニーズに応えるとなると、それは「必要に応じて取る」というマルクスが描いた共産主義の社会になります。
(5)現在社会の分析の必要性
さて、わたしはいろいろな問題を押さえるのに、その今の社会がどういう社会なのかの分析をきちんとしないと、そもそも自分がやろうとしている分析自体をとらえ損なうと感じています。原理的な問題と運動的にどういうように開いていくのかという問題があります。そうでないと、こういう考え方もできるということを示しても、ではそういう考え方が、極めて少数者の意見にとどまっているのかも分かりません。また、下手をすると気持ちの持ち方を変えることによって、問題が解決するかのような錯誤の言説を振りまくことになります。
今、ここで問題になっているのは、そもそもなぜ、「障害は「障害者」がもっているもの」として異化するのか、ということを押さえないと、医学モデルから脱することできません。それは、すでに書いているように労働能力を個人がもっているものとしてとらえるところの延長線上にあることで、「能力を個人を持っていることとはとらえない」(これは竹内章郎さんも『いのちの平等論』で突き出していることです)というところから能力の脱構築をはからねばなりません。
この社会は共同幻想とごまかしで成り立っています。そもそも政治の前提として語られる国家ということ自体が共同幻想です。ごまかしをあばき、その矛盾がはっきりすれば、この社会そのものが崩壊し、新しい社会が作れるのかもしれないのですが、ことはそんなに簡単ではありません。現実的にということで、実は、どっちのごまかしに乗るのかという議論になっていくのです。恩恵としての福祉としての年金制度か、一部の者の労働への参入をはかるのかということです。どちらにしてもそこにスティグマの貼り付けはあり、「社会参加」ということばには、自分たちも競争に参加させろとか、差別する権利を与えとか言う論理さえはらんでいます。
そもそも「障害者運動」は現実の社会状態に合わせて自己規制をしているのが、法制度的な要求や「異別処遇」を求めるときには(要求を現在社会の法制度に合わせるために)、「合理的配慮」という概念を持ちだしたのではないかとわたしは押さえています。間接差別という概念にも、差別の構造から出てきている差別として、わたしは押さえているのですが、どんどん、現在社会の分析をネグレクトしていくことで、差別の構造そのものを問題にしていくということまで問題にしない論攷になっていっています。
「市場経済はなくならない」とか、現在の社会の枠組みから論じていくとしたのでは、障害問題は解決不可能になるのです。せいぜい、パターナリズムにすがって、少しでも生きやすくするという、パターナリズムという差別を受け入れざるをえなくなるのです。これは差別の問題でよく語られるアンクルトムの物語です。
このことから、榊原さんの「異別処遇を求める」というところも、結局、労働においては総体的相対的に能力が劣るとして、差別から逃れえないし、給付金制度においても、スティグマを貼られることと引き換えに受給されるというところで、差別の構造から抜け出せえません。「障害者」も現実的に生きて、活動していかなくてはなりません。で、「現実的に」というところで、そこに埋没してしまわないところでの、現在的に解決していかねばならない―少しでもできることと、もっと根本的に解決していけることを分けて―活動していくことが必要になっています。それに寄り添う学も、運動のただ中から学的な活動も、そのようなところで、きちんと押さえた活動が必要になっているのだと思います。
(6)差別語・差別表現について
今回のこの応答、何か榊原さんが学者の途を進んでいるにしては「学的な冷静さ」を欠いているなと感じていたのですが、「障害者運動」に寄り添う立場で論攷を張っていた立岩さんが、信じられないようなことばを使っていることで、当事者の怒りのようなことがこのリプライの基底にあるのだととらえられました。
今、差別の問題がゆるんでいます。差別という言葉を使うこと自体が憚られる、さらにタブーになっていくかのような感さえあります。差別語の指摘もしにくくなっています。そもそも当事者が開き直り的にあえて差別語を使うということに関しても、そこで仲間の中で反差別にきちんと立ちえないまま傷つくひとがいる、そこで開き直るということを示すために、そこでもあえて差別語を使うということと、その開き直りがあいまいなまま、差別語を使っているという事態が生まれています。そして、障害差別の長い歴史の中で、医学モデル的なところで差別が蓄積されてきたところで、被差別の当事者性のズレということは大きく、他の「障害者」の被差別の問題で、差別する側になりかねないという問題もあります。わたし自身も、まだまだ対象化できていないことも多く、きちんと心して反差別の連帯を求めて、改めて差別語・差別表現の問題を考えていきたいと思います。
この応答の二人は障害学の論客ですが、学者の世界が、受難の時代に入っています。特に、政治批判の内容を持ってしまう学の領域では、生活自体がなりたたなくなるという事態も起きているのではと思えます。で、特にマスコミに露出するためには、客観的なものいいを要求されるという中で、学の論理性客観性が、客観主義に陥っていく恐れもでてきます。あくまで、「障害者運動」に寄り添う立場、当事者の立場を崩さないでほしい、と願っています。とりあえずは制約を受けないわたしは、その立場性を活かして、論を掘り下げていきたいと思っています。いろいろ対話できたらと願っています。

posted by たわし at 01:14| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

榊原賢二郎『社会的包摂と身体―障害者差別禁止法制後の障害定義と異別処遇を巡って』

たわしの読書メモ・・ブログ487
・榊原賢二郎『社会的包摂と身体―障害者差別禁止法制後の障害定義と異別処遇を巡って』生活書院 2016
前のブログの立岩さんの本で紹介され、立岩さんが批判していた著者とその本です。
考え方や、ことば的にいろいろ参考になる、使っていく概念や考え方もあり、それを巡って議論しておきたいことも多々あります。また、この本には索引がなく、特にキーワードとなる語を抜き出そうとしていたのですが、余りにも膨大になり、とてもやりきれません。とりあえず、基本的な対話にとどめます。
(1) 疑問点
これまでにない、新しい観点からの問題提起で、わたしとの共通のとらえ方もかなりあり、一種のワクワク感をもって読み込んでいっていったのですが、何か基本的なことをおさえそこなっているので、そこからズレが生じていると思わざるをえませんでした。

イ.差別にかえて、排除概念をもちいていること
 それは、まず、第一に差別ということばを使わないで、排除ということばに変えるという提起から始まります。そもそも、差別ということの中には、排除ということばでは、置き換えられない性格があります。著者もちらっとそのようなことを書いています。345-6P
ですが、それは実践的にどうするのかというところの問題にすりかえていて、そもそも、差別をどう規定するのかという問題からすり替えています。わたしは、以前出した本(『反障害原論』)の中で、差別形態論として、仮の作業ですが、排除型の差別と抑圧型の差別という分類をして、前者をさらに下位分類して、抹殺、隔離、排除、後者の下位分類として、抑圧、融和、同化という押さえ型をしました。著者には、抑圧型の差別ということがすっぽり抜け落ちています。抑圧ということばは出てきますから、まったく抑圧という概念がないわけではないと思います。これは、差別の規定の中で、区別とは違って、そこに上下関係、力の差があるという問題も抜け落としている問題にもつながっています。力関係、上下関係を押さえ損なっているので、抑圧という概念が出てこないのです。
 これらのことは、具体的に問題の言及にも表れています。「ろう文化宣言」の流れから出てきている一般的に言われている「デフ・ナショナリズム」というようなことを、著者は「言語帝国主義」というところまで突き出していることがあります。まあ、一種のデフォルメなのでしょうが、これは、「ろう文化宣言」が、民族差別の同化政策の中で出てきた、民族の言語を奪うという同化政策への批判になぞらえて、自分たちの自然言語である手話を奪われ、口話主義を押しつけられたことを、「ろう文化宣言」を突き出したひとたちははっきりと同化として押さえているのですが、著者にはこの同化という抑圧型の差別を押さえていないがゆえに、「言語帝国主義」なる言葉が出てくるのです(これは「悪い冗談」ではすまない、冗談の類いです)。差別という上下関係、力関係、総体的相対的に(これは差別問題を押さえるときに必要な概念です)下位におかれるということで、わたしは押さえています。たとえば、「言語帝国主義」なることが存在するとしたら、ろう者が権力を握って、音声言語を発したら処罰されるというような法律を作り得たときです。たぶん著者は(というより「言語帝国主義」なることを言い出したひとは)、日本手話話者の「日本語対応手話」への抑圧ということを指摘しているのでしょうが、総体的相対的に「難聴者」の方が社会参加しやすく、そして「聴覚障害者」団体の役員も「日本語対応手話」話者の方が多いという歴史がありました。そもそも手話がろう学校で禁止されていたという差別の蓄積の問題があったところでの、日本手話復興運動として、差別されてきたことを跳ね返すこととして宣言を出したことです。総体的相対的には優位なのは、まだ聴者であり、「日本語対応手話」話者です(そして手話の世界の一部に限って(理念的には)、日本手話の優位性が語られていましたが、それでも、まだ地域の公的手話講習会の手話は対応手話の方に引き寄せられたままです)。
 このことは、著者の「逆差別」ということばにも表れています。これは抑圧型の差別として、スティグマを貼られていることがそのままである、という問題をとらえそこっているのです。逆差別ということばはアファーマティブ・アクションに反発する差別主義やねたみ差別からくる言葉です。一つの差別事項で差別する側と被差別の立場で、部分的に経済関係で逆転することはあっても、総体的相対的にとらえると、層としてとらえると逆転しているわけではなく、また、アファーマティブ・アクションから外されているひとたちが、自分たちにもアファーマティブ・アクションの対象にせよ、と要求していく、またすでに対象になっているひとたちが、それを援助していくというところで、対立の仮象を解消していくことです。著者の論旨はむしろ、アファーマティブ・アクションを進めようという立場なのに、こういう言葉を使うのは、差別という言葉を使わないというところで、差別ということをとらえそこなっているとしか思えません。
 もうひとつ、イギリスがパターナリズムが強い国としてあったことへの批判として、それに乗ってしまう給付制度を批判したという問題も、抑圧型の差別を問題にしているという観点が欠落しています。スティグマの問題も抑圧型の差別に関わることで、それを抑圧型の差別というところできちん押さえないと混乱が生じます。要するに、排除型の差別と抑圧型の差別をどちらに主要に反撃するのか、逆に、現実的にどちらを甘んじて受け入れるのかという論理になって行きます。答えはどちらもいやだということでしかありません。だから、社会を変えようという話になっていくところを、現実的にという話で、選択性の問題にすり替えられていくのです。
もうひとつ、抑圧のことばとして機能していることばに、リハビリテーションということがあります。そもそもリハビリということば自体に「障害者」が反発してきたのは、そこに抑圧型の差別を感じていたからです。標準的人間像から、そこから逸脱しているとして、少しでも、非「障害者」に近づくことを求められる、そこでのリハビリや努力を求められる、そのあたりの抑圧の問題を著者は押さえ損なっています
 重い障害、軽い障害という概念にも、同じ内容があります。もちろん、著者は一応医学モデル的なところから脱して、障害ということばを使っています。ですが、排除の重い軽いというところで障害をとらえていくとき、抑圧型の差別を押さえそこないます。医学モデル的に軽いとして、排除型の差別が軽いとしても、逆に抑圧型の差別にとらわれている構図があります。以前から「障害の軽い重いという言い方をするひとがいるけれど、差別に重い軽いはない」(まだ、医学モデル的ことばの使い方をしていますが、そこから脱していく提言です)という話をする当事者がいました。これは、抑圧型の差別のとらえ返している提言ではないかと思っています。「軽度障害者」の集まりを作ろうという動きが出ていましたが、「軽度障害者」は、抑圧型の差別においては、マージナル・パーソンに陥るという意味で、より抑圧を感じることになり、「重度障害者」になるのです。

ロ、差別の対語として平等をおいていること
これは、差別の対語を平等とおいて、その平等という概念を批判していることにもつながります。平等というのは、同一処遇を求める、むしろすでに浮かび上がっている「差異」を抹消しようという、金太郎飴的同一性を求める概念で、抑圧性をもっています。ですから、著者は、平等という概念を批判し、それの対語としての差別という概念まで排しようとしているのですが、差別の反対語は対等です。これだと、対等な立場のために異別処遇も求めえる概念になります。とにかく、抑圧型の差別をとらえられないところから、起きていることです。

ハ、フェミニズム論争からの援用
さて、この本の中で、フェミニズム理論との比較論照をしています。何度か出てくる江原さんの話があります。わたしも、江原さんの本は何冊か読んでいますが、同じようなことを金井さんが書いています。それに対してコメントをしたことがあります(『反差別論序説草稿』)。これは、労働能力の価値というところで、直接的に価値づけられることの極としての障害問題としてわたしは押さえています。江原さんと上野千鶴子さんとの間で、フェミニズムの文化主義と唯物論を巡る議論がありました。フェミニズムにはマルクス主義フェミニズムと押さえられているとらえ方がありました。上野さんはその紹介者であったのですが、その最大の貢献は、家事を労働力の生産・再生産活動とおさえたところで、家事が「不払い労働」のシャドーワークになっていることをおさえ、性差別の問題を家父長制と資本制という観点からとらえかえしていったことです。そして、脱構築論とリンクさせてみれば、性差の脱構築、ひとの営為が、労働と家事と個人的に営為(クウ・ネル・アソブ+アルファ)と分けられること自体にも脱構築をなそうとしたことだと思います。労働概念自体の脱構築の問題です。また、「差異派と平等派」という対比もフェミニズム理論にも出ていて、差異派は平塚らいてうからエコ・フェミという流れのひとたちとして出ていました。先行する反差別の理論をきちんと参照にしていく必要があるとも思っています。ちなみに、差異派と平等派という押さえ方はおかしく、差異派と差異の脱構築派(差異の物象化批判派)―対等派と押さえ直すことだとわたしは考えています。ちなみにフェミニズム論争においては、現在的には、脱構築派の論攷が差異派を押しのけたとわたしは押さえています。

ニ、システムが並列的にしか置かれていないこと
 著者はシステム理論、わたしはそもそも学者としての基礎を積んでいなくて、運動サイドから、どんどん付け刃的な学習を積み重ねていた、社会学もこれはやばいと、入門書のようなことで一応流れを押さえたのですが、ほとんど頭に入っていません。で、そのようなところで、でも、素人だからこそとらえられることもあると、あえて踏み込んで書き置きます。システムというとき、いろんなシステムのようなことを書かれているのですが、それは並立関係にあるのでしょうか? そもそも「障害差別はどのようなところから起きてくるのか」という分析が必要になっています。後で詳しく書きますが、わたしは障害差別の土台には、労働能力の価値を巡る連綿とした差別があり、その極としてあると押さえています。そもそも、システム同士がつながっていて閉じていないとしたら、システムということばを使う意味がなくなるのではないでしょうか? 榊原さんも使われている物象化(批判)ということも押さえつつ、構造というところで押さえていくことではないかと思います。

ホ、自己塑成的障害論
 さて、著者は社会モデルもICFも批判して、「自己塑成的障害論」を突き出しています。「障害者運動」の「運動主体」形成という意味では意義あることだとは思いますが、ここではそういう実践論的なはなしではなく、存在論的―認識論的な話としてでてくることです。このあたり、著者は差別―排除が先にあり、後に障害が異化するというようなことを書いています。まさにICIDHが陥っていた、差異があるから差別があるという因果論的なところを批判する論攷になっていて、わたしも共鳴していることです。わたしの場合には、差別の構造があるところで、差異が浮かび上がり、差別も起きるという前後関係ではない(著者も前後関係を否定しています)、相即的におきることとして押さえています。で、障害規定は「社会モデル」は、「社会」が規定すること、他者規定なのですが、著者は自らの規定を突き出すという構図になっています。要するに、フェミニズムの差異派の突き出しと構図が似ている面があります。それは「障害者運動」が突き出している、「障害者が生きやすい社会はみんなが生きやすい社会である」という突き出しにつながることがあります。これは、どういう関係作りをしていくかの運動的な話で、現実的にはフェミニズムとの違いは、女性が性役割分業というジェンダー差別の中で、労働力の生産再生産活動という家事を主要に担わされるところで、労働を第一義的におく社会で、労働力の価値が総体的相対的に低くさせられているとなっているのですが、女性が子どもを産まないと、世界が存在しなくなるというところで、差異の突き出しができるからスティグマをはられはしないけれど、「障害者」には、そのような突き出しができないということになります。
 さて、榊原さんの「自己塑成的障害論」というのは、何かの異別処遇を求めるには、差異を突き出す必要があるとしているのですが、それは医学モデル的な「身体の差異」でなくて、ニーズの差異なのですが、ところが、現実にはそれは医学モデル的な「差異」にすりかえられる構図があります。そもそも近代知の実体主義的ところで、実体―属性という図式になっています。そこで、ひとが労働能力をもっていることになって、「労働能力の差異」ということで、そこにおける区別は差別ではない、ということにつながっていきます。そこから覆していかないと、「差異は個人の身体」にあるというところで、その「差異」にスティグマを貼られることになります。
そもそも「差異」が浮かび上がること自体が、近代知の実体主義的な世界観でスティグマをはられるという内容をもっているので、榊原さんは、そこから覆そうとして、論陣を張っているのですが、そもそも今の社会の一般的考えと、自らが突き出そうという考えとどちらが優勢で、差異を突き出す方法がどうなるのか、という問題もあります。これについては後でもう一度書きます。

(2)哲学を背景にした対話と今の社会の存在構造を押さえること
ヘ、哲学的なことばに文献が出てこないこと
著者も砂上の楼閣ということばを使っています。そのことは、ICFや「社会モデル」の批判にもつながっています。砂上の楼閣にしないためには、きちんと哲学的なところを押さえつつ、かつ、次の項目で書きますが、今の社会がどういうところで成り立っているのかを押さえる必要があると思います。
沖縄の辺野古新基地建設で、マヨネーズ状の地盤が発見されたとして、そこにくいを打ち込み使えるようにしようという方針を出しています。砂上の楼閣を想起させるのですが、この話は、著者の理論にもつながっていきます。この社会がどういう社会であり、そこから差別の構造のようなことがあり、そこから起きてくる差別、間接差別ということばにもつながることで表れてくる差別を押さえることが必要になっています。杭を打ち込んでなんとかそのままでやっていこうとするよりも、計画自体を、そもそも基地や軍事的なことが必要なのかということも含めて考えていく必要があると思っています。
物象化151、212Pや構築主義・構成主義とかいう概念が出てきます。また観察360Pという概念も出てきます。そのあたりの哲学的文献が出てきません。社会学の中にとりいれられて援用されているのかもしれません。しかし、哲学的なところから押さえていかないと、いろいろ押さえそこないがでてくるのではと思えます。本質主義と構築主義の二項対立ということが出てくるのですが、構築主義は本質主義を脱構築することとして出ていることなので、二項対立する性格ではないと思います。天動説と、それのパラダイム転換的内容をもった地動説とは二項対立することではありません。同じように、医学モデルとそのパラダイム転換的内容をもった「社会モデル」を統合したり、相互浸透したりすることないとも言い得ます。榊原さんが依拠されているシステム論も、近代知の陥っているアポリアからの脱出として、実体主義批判とか三項図式批判とか因果論批判があるようで、そのことをどう乗り越えていくのか、解決していくのかというツールとして、どういう論を使っていくのかを、過去の議論の対話の中からつかみとっていくことだと思っています。それを押さえるのに、哲学が必要になってもいるのだとも考えています。
もうひとつは、身体を巡る議論です。榊原さんは身体論で、「束」という概念を使われています。わたしはマッハの「感覚の束」という概念を想起していました(これは、廣松さんのマッハの本の翻訳本に寄せた解説の中の言葉です)。近代知の地平は、デカルト以来の身体(肉体)と精神の二分法というところから始まっています。最近、「精神障害」はその流れから来ている「知的障害」「発達障害」とともに、「脳の障害」として押さえようという動きが出ています。そうすると、「身体障害」の中に含まれていくことになります。ですが、そこでは「障害者が障害をもっている」という医学モデルから抜け出せません。榊原さんの身体論からなぞらえれば、「ニーズの束」という言い方になるのではないでしょうか? これだと医学モデルから脱して、「社会モデル」―関係モデルに転換できます。
実体主義的身体論批判でメルロ・ポンティが新しい地平を切り開いたのでしょうか、わたしが廣松さんを援用しつつつかもうとしている関係の一次性としての身体論としては、「関係性の分節としての身体」というところで、わたしは細かい論攷を停止してしまいました。
ともかく、身体論あたりを巡って、きちんと整理をしていかないと、近代知の実体主義的身体論にとらわれているひととの対話が不可能になっていくのではと思えます。

ト、今の社会がどういうところで成り立っているのか
 さて、榊原さんの「自己塑成的障害論」に話を戻します。この本の中で、榊原さんは、イギリスの「障害者運動」の「福祉」を巡る議論や法制度の攻防や、アメリカの「障害者」関係の法制度の歴史を細かく押さえられていて、これからの議論に貴重な資料となっていくと思っています。もう少し踏み込むと、「そもそも福祉とは何か」という問題があります。榊原さんもそれから障害学の論者もほとんど「人権」という概念を使われていません。人権とは、キリスト教的「天賦人権論」として神を想定している架空の議論という認識があるからでしょうが。で、今の社会、資本主義の精神としての「平等」という概念も脱構築された立場では、一体何を論拠にして、福祉の法制度を要求されるのかとらえられません。自由は突き出されていますが、そもそも自由を巡っては、「障害者運動」には「自己決定権はまやかしである」という提言も出ています。そもそも、いまの福祉制度は、スティグマを貼ることと引き換えになされる、「恩恵としての福祉」でしかないのです。資本主義社会の福祉制度は、「管理支配の飴」であるといわれるゆえんで、資本の論理自体からすると、福祉ということは、国家の国民統合のための共同幻想をなりたたせる、安全保障の軍事的なことと双璧のテコではないかと考えています。現在の永田町政治をみていると、うそとごまかしの極にまで達しています。なせ、そのようなうそとごまかしがまかり通るかの分析も必要になっています。そうでないと、考えを変えるとして、理論を組み立てていっても、それが届いていかない自己満足に終わってしまいます。それは運動サイドの話として、学者の立場からは切り捨てられるのでしょうか?
 さて、わたしは障害問題の土台には、この社会の労働能力の価値を巡る連綿とした差別があり、その極として、総体的相対的に価値が劣るとして、スティグマを貼られるという問題があるのだと思います。そこから、覆していかないとスティグマから抜け出せません。結局、福祉は「障害は障害者がもっている」ものとして、かわいそうなひとを助けてあげるというところから脱しえないのではないかと思います。このあたりは労働ということに留意したマルクス派の唯物史観が押さえていることなのですが、現在のマルクス葬送の流れの中で、さらに学者受難の時代には、指導教官から「マルクスなど口にすると、職を得られなくなる」と指導されるのか、自然にマルクスを忌避していくのか、そうすると、今の社会の分析からする障害の押さえ自体ができなくなります。フェミニズムの論攷も、労働に留意したところでのマルクス主義的フェミニズムが、性差別をもっともラジカルにとらえ返していったのだとわたしは押さえています。
 脱線してしまいました。ともかく、これまでの固定観念を脱構築していくこととして、考え方を変える、別の考えを探るということで、この本は、「あとがき」にも書かれている「弱視者」当事者の立場での論攷、逆に言えば、「包摂」されやすい立場に引きずられているとも思いますが、そこからもうひとつ、総体的相対的にとらえ返したバージョンアップした論攷に発展されることを願ってこのメモを終えます。

posted by たわし at 01:06| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

立岩真也『不如意の身体 ―病障害とある社会―』

たわしの読書メモ・・ブログ486
・立岩真也『不如意の身体 ―病障害とある社会―』青土社 2019
立岩さんの二冊の本が2018年の年末に出されました。立岩さんの学のテーマの軸に、「障害者」の存在を否定するような論攷を批判するということと、「障害者運動」の歴史−「障害者」の生をとらえ返すということがあり、この本が前者、もう一冊の『病者障害者の戦後』が、後者にあたります。そして立岩理論のメルクマールとなる本だと著者も力を入れ、読む方も力の入る論攷になっています
 立岩さんには、障害学会の前身ともいうべき障害学研究会のころから、わたしの論考と重なることがあり、留意していて、研究会の発表者として来られたときには、質問というか、疑問をぶつけたりしていました。そして、その大著『私的所有論』へ対話を求めて文を書き、それを双方のホームページに掲載しています。何度か、本の文献表の中に、わたしの本や文を含めてもらい、簡単なコメントをもらっています。ただ、話はかみ合っていません。立岩理論には、二つの前提があります。一つは、「市場経済はなくならない」ということ、それで現行の資本主義社会を前提にして、論を進めるとなっています。もう一つは、「障害の定義をしない」ということです。
 ですが、前者はそもそも市場経済の論理の批判が入っていて、市場経済を踏み外す議論もしていますし、後者はこの本の中にも出てくるのですが、「社会モデル」に論及していて「障害の定義をしない」ということになるのかという疑問がでてきます。
 このような話は、他の差別の問題でも同じように出ています。マルクス主義フェミニズムの外国文献の紹介者でもあり、自身もマルクス主義フェミニズムの論攷を展開し、日本におけるフェミニズムの旗手とまで称されていた上野千鶴子さんが「市場経済はなくならない」という話を始めていることにも通じます。もっとも、上野さんはマルクス主義フェミニズムの論攷を展開しているときにも、「私はマルクス主義者ではない」ということを書いていました。この話は、二つの内容をもっています。一つは、そもそもマルクス自身も「わたしはマルクス主義者ではない」ということを言ったり、書いたりしていたことがあること。要するにひとの名を冠した○○主義なるものが、教条主義的になっていることへの批判、そしてマルクス主義を自称した政治的な動きの破綻の中で、そのような教条主義者と一緒にされたくないということから出ていること。もうひとつは、そもそも「マルクス葬送」という動きの中で、マルクスの思想そのものを葬送しようということさえ起きていることです。前者の話としては、たぶん、マルクス主義の流れから出てきたとされるイギリス障害学のフィンケルシュタインも同じような話を書いているようですし、ついでに私事を書いておけば、わたしも「マルクス主義者ではない」と書いています。ただ、後者に関しては、一応別の流れから出てきた、サルトルやデリダが「マルクスの思想は、現代社会では乗り越え不可能な思想である」と言っていることに通じて、マルクスの思想そのものを葬送してしまえば、現代社会の矛盾が掘り下げてとらえられなくなり、その解決の道筋も出てこないということがあります。そして、立岩理論の特徴としてある倫理学と社会学の架橋ということで言えば、マルクスの思想を葬送するときに、その思想の根幹としてある唯物史観を葬りされば、この社会の矛盾の構造自体を押さえられなくなるということがあります。倫理学がともすれば、個人の考えを変える、気持ちの持ち方を変えるというところに落ち込んでいきます。実は、わたしが幽霊会員的に関わっている「吃音者」の団体が、この「気持ちの持ち方を変える」という活動に落ちていった流れがあるのです。これについては、一度きちんと文を残して置きたいと思います。
 さて、本の内容的な対話に戻ります。実は、立岩さんの論理展開はまさに立岩節とも言い得る内容なのですが、これは弁証法の語源といわれる「対話」という方法だと思うのです。想起しうる反論との対話という形で進んでいきます。これはマルクスというより、元々はヘーゲルから来ているのですが、実に緻密に論を立てています。
 さて、改めて立岩さんの論攷に沿ったメモ書きを残します。いつもは、切り抜きという形で文を引用し、それにコメントを書いているのですが、今回は内容的に押さえた対話的な論攷にします。
 最初にすでに書いたように、わたしが立岩さんと共鳴しているのは、わたしサイドからすると、「「障害の否定性」の否定」という課題、これは障害が、医学モデル的なこと「障害」として異化すること自体をとらえ返し、否定していく、止揚するということと、立岩さんの「障害者」の存在を否定的にとらえることへの批判とが、共鳴しているのです。もうひとつは、立岩さんが膨大な資料の整理の中から、「障害者」の生の歴史と、「障害者運動」の歴史をおさえようというその学に、わたしがエールを送りつつ、使わせてもらっていることなのです。
 ですが、立岩さんもマルクス葬送の流れに乗ってしまっているところで、唯物史観的な考えからのとらえ返しが出てきません。現実的には現在の科学でも、唯物史観的なことは、内容的に出てきているところもありますが、哲学的世界観というところまで踏み込んだ、きちんとした統括的なとらえ返しが必要になっています。具体的に書くと、社会一般の障害問題のとらえ方に対して、別の考え方もできるとか、反転させた考えもできるとしているのですが、そうは言っても、それが今の社会の一般的な考え方になりません。端的な例は、「障害の社会モデル」のことです。ICFや「障害者の権利条約」そして、権利条約批准のためになされた国内法の整備の中で、「社会モデルに基づいた改正、法案作成」とか言われ、「医学モデルと社会モデルの統合」とか「相互浸透」とか言われているのですが、すでに他の論者からも出されているのですが、「社会モデル」は、医学モデルからのパラダイム転換という内容をもっているのです。過渡期社会において、二つの世界観が併存することがあっても、社会構造が根底的に転換しない限り、パラダイム転換は完遂しません。パラダイム転換の完遂には、社会構造の転換−革命が必要になります。実際、世界各国で「障害者差別禁止法」が作られていますが、ひとつも「社会モデル」を採用できえていません。そもそも「社会モデル」の考えからすると、「犯罪の社会モデル」「貧困の社会モデル」というところまで波及していくことですし、これは近代的個我の論理の否定になることです。もし、法律にちゃんと「社会モデル」が書き込みできるとしたら、こういうことが可能かどうかの問題もありますが、構造改革的革命の始まりとも言い得ることです。新自由主義的グローバリゼーションの「自己責任論」を吹き飛ばす思想です。竹内章郎さんが「能力を個人がもつものとは考えない」という突き出しをしていますが、この考えが定着したら、この社会を覆すことになります。
 一時期、スーザン・ジョージらが、オルター・グローバリゼーションということとして、「もう一つの、世界は可能だ」と突き出したのですが、そのもう一つの「世界」があいまいなままでした。そもそも、従属理論や世界システム論というマルクスの流れから出てきているようにとらえられる運動だったのですが、マルクス葬送の流れの中で、マルクス隠しをしてしまっていたからです。過去のマルクスの流れから出た「社会変革運動」の総括をきちんと総括しないまま、「もうひとつの世界」と言っても、そもそもその社会の矛盾がどのような矛盾なのかがあいまいになっていって、どういうように矛盾を解決していけるのかの展望さえでてきません。きちんと、真っ正面から総括の作業に取り組むことではないかと思います。
 さて、話を本に戻します。
 この本では、「病・障害には、苦痛、死(への傾き)、できないこと、異なること、加害性、この五つの契機があるとする。」3Pというところから始まります。これまでの論攷で、はっきりしめされて来なかったこととして、内容的には書かれているのですが、「加害性」という押さえがあります。わたしは加害性というときは、その裏返しとしてある、被害性と表裏一体ではないかと思います。加害性の中身のひとつとしてある、感染症は、感染させられることの裏返しとして、感染させるがあり、媒体となっているというとらえ返しをしないと、不均衡になります。また、そもそも加害ということ総体が差別の反作用としての性格をもっていることで、勿論立岩さんもそのようなことは押さえているとは思いますが、きちんと書いていかないと、「社会防衛」的なところに引きずられていくことになります。そして、いわゆる「犯罪的なことに走る」とか、「自閉圏」の自傷と一体になった他害についてもとらえられなくなります。そして障害の問題を幅広くとったところで、差別の反作用としての「犯罪」という観点が必要になりますし、「犯罪の社会モデル」的な観点が必要になります。あいまいにしておくと余計に予断と偏見につながるのでちゃんと書きますが、加害ということでの一番多い偏見は、「精神障害者」の「加害性」です。実際には、マスコミがそもそも偏見的報道する事態が多いのですが、そもそも「精神病」と言われることの「否定性」の多くが、差別の反作用の中でおきてくることではないかとも思っています。そこまで書かないと、「加害性」がとらえられなくなります。この項は、「被害性=加害性」と書くことではないかとも思っています。
最初に戻って、病気の否定性の話ですが、この本の文献表の中に、病気が必ずしも否定的なこととしてみない、否定性を反転させてみせた、ブログ129の・得永幸子『「病い」の存在論』地湧社1984 がありません。いつものないものねだりですが、そのあたりとの対話をしてみてほしいと思っています。わたしも、自分の本『反障害原論』の中で展開しています。第四章二節「「「中途障害者」の苦しみ、病気や公害における「障害」の否定性」への批判」77-8P。もうひとつ、異なること、これは、異化ということの起きる構造というとらえ返しをわたしはしています。廣松物象化論から来ているのですが、話が複雑になるので例を挙げますが、『みんなが手話で話した島』という本の中で、かなりの「聴覚障害者」がいる島で、みんなが手話で話すので、誰が聞こえないひとか意識されない空間が示されています。それから、異化ということを美意識論から展開する論攷があるのですが、そもそも「視覚」とうところの美意識論になっていて、「視覚障害者」の存在を除外した論攷になっています。また、確かに美意識の時代・社会拘束性はあるにせよ、むしろ、かなりマチマチな面もあります。それに、世界観の変遷による個別「障害」のとらえ方の変化のようなことがあります。わたしの「吃音者」の立場から一言、立岩さんは「服を着たり、姿を見せないことによって、吃音は話さないことによって、隠したり別様に見せることができることがある。それがそこそこにうまくいくこともある。だがうまくいかなければ、またときにはうまくいっても、それが苦痛であることがある。」116P確かに、「吃音者」には、しゃべらなければパスできるという心理がはたらくことがあります。けれど、そのような話はそもそも「吃音の否定性」に乗った話です。わたしも、以前は「言語障害者」が発言しているときに顔を上げられなかったということがあったのですが、わたしの中に転換が起き(深層心理的なところからまた引き戻される事があるのですが)、「吃音者」がしゃべっているときに、「美しい」と感じることも出てきています。その他、車椅子のCP児を母親が音楽に合わせて、ウィリーしているのを見て、そこに美を感じ、カメラで切り取りたいと思ったりしたこともありました。このあたりは立場性の違いがあるのでしょうか?
そもそも、立岩さんの論の前提の一つとしてある「障害とは何かを問わない」ということがありました。そうすると医学モデルに引きずられていくからこそ、「社会モデル」は規定をなしたのだと思います。で、わたしは、立岩さんから「社会モデル」に関する論攷がでてくるとは思えませんでした。で、結局障害を論じているときに、医学モデルになってしまつているとしか思えないのですが、どうなのでしょう?
立岩さんは倫理学的なところから障害問題をとらえ返しているので、ロールズやヌスバウムがでてくるのですが、わたしにとって、なぜ倫理学なのかということがあり、そこで、そもそもよく分からないのです。倫理学内部の「よく分からない」は、183Pに。
そのあたりはむしろ唯物史観から解いていくことではとも思ったりしています。結局立岩理論は、資本主義を前提にした倫理学になっているのではないかとの思いをもってしまいました。このあたりはこの著書の第7章の話です。
 第8章は、障害学でかなり突っ込んだ論攷を書いた、星加良司さんと榊原賢二郎さんとの対話です。星加さんと榊原さんとの対話もあり、この三角の対話は規範論や倫理主義的なところでの議論ですが、障害学の深化で大切な議論になっています。星加さんの本のわたしの読書メモは「反障害通信」11号に載せています。榊原さんはまだ30代のひと、わたしはその著書を読めていません。本は入手しています。この著書の後に読み、さらに『障害学研究14』で立岩さんの榊原さんの本への書評と、それへの応答(リプライ)を読む計画を急遽いれました。読書メモを残します。立岩さんが「私にとっては(非)能力と社会の関係を考えることが主題であってきた。」216Pと書いています。このあたり、わたしの論考と重なり共鳴しているのですが、この社会とはどういう社会なのかというところからわたしは、論攷をマルクスの『資本論』ベースにして進めます。で、マルクス葬送の流れにのってしまったか、マルクスをかっこにくくってしまった、立岩さんはこの社会の論理に乗ってしまいます。実際は、はみだしているのですが。『資本論』を国民経済学の完成の書として読むひとがいるのですが、もちろん、資本主義社会の止揚というところでの経済学批判の本なのです。だからこそ、マルクスの思想は、この社会では乗り越え不可能な思想と、他の流れから出てきた、サルトルやデリダが書いたのです。それをかっこにくくると、障害とは何か、という分析さえ、途中で止まってしまいます。それで、規範論や倫理主義に陥っていくのです。そうなると、その論攷は、そこからはみだそうという指向があっても、その枠内に引き戻されてしまうのです。すると、こういう考え方もできます、ということを示してくれるのですが、でも、それはあくまで、少数意見から抜け出せません。なぜ、多数意見として形成できないのかを、押さえたところで、社会変革の道筋を示していくことが必要です(そうしないと、一部のひとたちしかできない、「気持ちの持ち方を変える」運動にしかなりません。そして、その一部のひとたちも深層心理的なところで、多数派の考えにとらわれたままですし、表層意識もまた引き戻されてしまいます。これは、わたしが幽霊会員になっている「吃音者」の当事者団体がとらわれた陥穽でもあります。「吃音者」の団体は、「治す努力の否定」という内容をもって「吃音者宣言」を出しました。そのことが「気持ちの持ち方を変える」運動や、さらにはマインドコントロールの運動になっていった経緯があります。立岩さんもこの本の中で、いろいろな運動の歴史の集積を訴えています(わたしも、「吃音者運動」の歴史を、一度論攷にまとめたいと思っています)。ですが、もっとマクロな、過去のマルクスの思想の影響を受けた活動の負の遺産の中で、ちゃんとその総括をなしていき、新しい運動に踏み込んでいく必要があるとも思っています。これがわたしの大きな(荷が重い、大風呂敷と言われようが)課題として抱えていることです。この話は、この読書メモと同時に掲載し、一部重なっている巻頭言とつながっています。
 もう、ひとつマルクス葬送の流れの中で、抜け落ちたことがあります。それは唯物史観の問題です。これはタダモノ論批判としても対話の中で見直しがなされているのですが、「生産関係と交通形態が土台」という押さえ方や、存在が意識を規定する(もちろん、意識が散在を規定するという面もあるのですが、あくまでも先行性は存在が意識を規定するという意味です)ということを押さえ損なってしまえば、なぜ経済的なことでひとの意識が規定されていくのかということが見えず、また意識を変えれば社会が変わるというような錯認したとらえ方が生まれます。更にもうひとつ、マルクスの思想で、というよりマルクスを継承し更に展開させようとした廣松物象化論の問題があります。このことは知るひとは知るという範囲でしか広まっていないのです。現在の哲学的な根底的とらえ返しの作業でかなり広く用いられ、こちらの方が差別の問題でも使っている人が多い構築主義と双璧のことだと思っています。構築主義(実は構築主義批判という押さえ方が正確だと思います)は障害学の世界でも、イギリス障害学の第二世代のひとの批判へのさらなる応答の中でも、取り上げられています。しかし、構築主義は今の社会の一般的固定観念を脱構築する、逃れるのには有効ですが、ではそこからどういう関係性を築いていくのかはとらえられません。それに、経済の関係という土台の問題がとらえられないところで、意識変革的なところからしかとらえられないという意味で、わたしはむしろ唯物史観とリンクした物象化論(これも物象化批判という意味です)の有効性を宣揚しています。物象化論についてはわたしの本『反障害原論―障害問題のパラダイム転換のために―』世界書院2010「第五章 補節 物象化とパラダイム転換」で書いています。
 話を戻します。
 立岩さんは「社会モデル」をとりあげて始めたのですが、前に書いたように「障害の定義はしない」としています。で、この本の中で、「社会に責任がある」229Pという論攷も出ています。ですが、そもそも社会とは何を指すのか、また「社会モデル」の定義さえできえないようになっています。今、障害関係で「社会モデル」ということばがかなり使われてきているのですが、きちんと定義もしていません。そもそも、イギリス障害学の最初に突き出された「社会モデル」はパラダイム転換の内容をもっているという指摘がされていました。ところが、今一般的に流布している「社会モデル」は単に「社会の規定性」ということも考えようということにしかなっていません。しかも、個人と環境の二項対立に陥っています。「二項対立」はデリダの脱構築論の用語です。だから、そもそも構築主義的にもICFの「医学モデルと社会モデルの統合」とか「相互浸透」とか出てくるはずもないのです。おまけに、ICFから権利条約へ至る流れから日本の国内法の整備の中で、その法律を「社会モデル」に基づく法律とか言い出す官僚まで出てくる始末です。まさに、障害学が学的貧困に覆われています。わたしは、本の中でそのことを書き始め、その後断章という形で対話を求めています。論の深化が今、求められているのです。
さて、立岩さんとの対話に戻ります。「社会に責任がある」という言い方が、第一世代の「社会モデル」的な意味で、パラダイム転換的に使うのなら、今の資本主義社会で受け入れられる論理にはなりません。「社会モデル」に関して、わたしが定義している内容に基づく法律はどこにもありません。そもそもそれが法律として成立するときは、資本主義が解体するときです。立岩さんは「市場経済はなくならない」というところから論を進めるとしているので、それを額面通り取ると、「社会モデル」についての論攷はできなくなるのです。そもそも、いろんな話がでているので、額面通り受け取れなくもなっているのですが、このあたりは、さておきます。なぜ、さておくのかということは、立岩さんがこの本の中で、わたしの論にについてとりあげて、「三村の論は私の論に対する批判も含むが、ここでもまた応ずることができない。」335Pと書かれていることに通じる事です。
 さて、231Pに不利益の話が出てきます。わたしは唯物史観の簡単な説明として「ひとは倫理や規範ではなく、利害を巡って動く」と書いてきました。これは最大公約数的な(確率(関数)論的にはという言い方もできます)という意味ですが。このあたりを規範論内部で議論していても、空論的になっていきます。唯物史観的観点からの論攷が必要になっていくのだと思います。そもそも、利益−不利益ということは、経済的なことにおいては、(そしてその経済を土台にする)資本主義社会に規定された論考なのです。
 もう少し「社会モデル」に関する対話、「社会モデル」がとりいれられれば、資本主義は潰れるというはなしです。これは、「障害の社会モデル」の考えを波及させて、「犯罪の社会モデル」とか「貧困の社会モデル」ということを論じていけば明らかです。
 さて、この本では、障害学において注目すべき論者として星加良司さんと榊原賢二郎さんとの対話をなしています。
 まず、星加良司さんに関して。わたしも前に書いたように読書メモを残しています。あまりまとまっていません。もう一度、この際に読み直しをしようかとも思っているのですが。ともかく、立岩さんの星加さんとの対話に、わたしのコメントを残して置きます。
 さて、星加さんも後から出てくる榊原さんも、保障を引き出すには差異を突き出す必要があるという論理です。「サラマンカ宣言」の「特別なニーズ」という考えに通じることなのですが、そこで、なぜ「特別な」と突き出すのかという議論がありました。ひとりひとりのニーズがあるというところで、そのニーズをすべてくみとっていくという問題なのです。それに優先順位をつけるということがでてきます。なぜ、そんなことをするのかという話です。今、ベーシックインカムの議論も始まっていますが、そこからさらに展開させて、「すべてのひとに基本生活保障を!」ということですすめれば、「特別」である必要はなく、すべての(まずは生きるための基本的)ニーズがかなえられるというところで、impairment的差異ではなくニーズを突き出すことです。もちろん、わたしはベーシックインカムも基本生活保障も、それは今の資本主義の自己責任論を解体する論理で、それが可能になるのは、新しい社会の話です。だから、過渡的に差異を突き出すことも必要になるかもしれません。しかし、それは差異の反転の作業とともにやっていく必要があると思います。それは、立岩さんの「できないのではなく、ひとの手助けがあればできる」という議論につながるはなしです。何が基本的かという議論で、そこで過渡的には優先順位をつけることはあるかもしれません。ですが、反転の作業なしには、スティグマから抜け出せません。そもそも差異が浮かび上がる構図をきちんと押さえて、かつ、差異が差別につながることを遮断していくことも必要です。
 そして榊原さんに関しては、差別−平等ということではなく、排除に対する包摂という論理を突き出しています。ただ、差別には排除型の差別だけでなく、抑圧型の差別を押さえない統合の論理とか、安易な共生(一緒にいるだけでは、抑圧的な世界)の論理に巻き込まれます。もちろん、包摂ということには、それらの批判を押さえたところで出てきているのですが、差別が押さえられなくなるので、そこで差別−平等批判になっているのですが。わたしにも平等論には批判があります。差異として浮かび上がる構図を押さえないで、平等などとなえても、単なる理念に終わります。榊原さんの論攷にはフェミニズムとの対話が出てきます。そこでは江原さんが出てくるのですが、わたしは金井淑子さんの論攷を本の中で引いて対話をした文を書きました(「反差別論序説草稿」第二章 序節 37-8P) 。それは金井さんが「同じ身体的差異といっても、労働能力ということで位相が違う」というはなしです。確かに、今の社会でそうなのですが、このあたりは立岩さんが「ないにはこしたことがないのか」というところで、できる−できないということを巡る論を進めています。そもそも「身体的差異」の話でも、わたしも「身体的差異」と「非身体的差異」という分類をしていたときがありました。ですが、身体論関係の本を何冊か読んでいく中で、「身体とは関係の分節である」というテーゼと出会い、それが廣松物象化論とリンクし、「身体的差異」が、あくまで関係の中で、「差異」として浮かび上がるという構図そのものを問題にしていくことで、そういう段類の仕方を止めました。このあたりはフェミニズムの先行研究があります。フェミニズムの構築主義は、ジェンダー概念だけでなく、性差そのものの脱構築を突き出しました。そのあたりはジュディス・バトラーが『ジェンダー・トラブル』で展開したことですが(脱構築論の限界もあり、あまりすっきりしていないという思いもあるのですが)、それを障害問題に援用すると、impairment−「身体的差異」の脱構築となります。このあたりは、むしろ物象化論の差異論の方がすっきりおさえられるのではないかと思います。このあたりは、一応わたしの本の中で展開したこと、それに「断章」で論攷を重ねています。
 榊原さんの「障害とは「身体の局所」に関わる(関わりがあるとされる)排除」238Pという指摘で、立岩さんが対話しているのですが、むしろこのあたりは「身体の機能的・美意識(わたしも以前、形態的差異として展開していたことです。ここから、民族や性差別と区別するために局所という概念を出してきたようです)的差異」というようなところで、押さえたらいいのではと思います。もちろん、そのようなことは脱構築していく、物象化批判していくこととして。とにかく、榊原さんの論攷は差異があるから差別があるという因果論的なところに陥っているのではないかと思えます。今、実はこのメモを書きつつ、榊原さんの本を読み始めているのですが、いくつもの基本的押さえができていなのでないか、という思いを抱き始めています。これについては、榊原さんの本の読書メモで書きます。
 さて、以降は立岩さんの論攷に疑問をもったことや、立岩さんの論攷からいろいろなイメージが湧いたことを切り抜き的にメモを残します。
 「また、価値について。「できない」ことの価値を人間の価値のどのあたりに位置づけるか。これもこれとして考えればよい。」248P・・・立岩さんの本に『人間の条件 そんなものはない』という本があります。この論攷からすると、ひとを価値づけること自体の批判が出てくると思うのですが。
 287Pに星加さんの規範論との対話が出てきます。規範論というとき、どこの社会の規範なのかが、問題になります。星加さんの規範論の内容は、この社会−資本主義社会の規範からはみ出しています。唯物史観からとらえた資本主義的経済規範をおさえ、そこへの批判が必要になっているのだと思っています。その話は、資本主義差別を否定する人権論は、「労働の価値を巡る区別は差別ではない」ということで対象化しえていないことに通じています。星加さんは、労働条件が整えば、「障害者」も労働市場に参入しえるとしていますが、それは、自らの「エリート障害者」的立場から規定された論攷になっています。このあたりは根が深く、「社会主義」を唱えたスターリンが「能力が違えば給料が違うのは当たり前だ」といったことにも通じています。そもそも、ロシアの一国社会主義的建設は、そのような内容でしかなかったと言われることです。それは、「社会主義国家ではなく国家独占資本主義でしかなかった」と言い得るでしょう。
300P公害や原発などの環境破壊に対する批判で、「障害者が生まれる」ということばが使われてきたことで、その対立の構図が言われてきたのですが、実はこれは被害によって、現行の「障害者」差別的社会では不利益を被る問題として整理できます。そして、被害とは他者から、一方的に自らの生を規定されるという差別の問題で、内容的に二つの解決の道筋が示されます(同時にないえることです)。ひとつは、他者から被害により一方的にある生を強いられることを拒否するということであり、もうひとつは「障害者」に対する差別的な情況を解体するということです。実は、このあたりは、水俣病の「胎児性障害者」の坂本しのぶさんの自らの「障害者」としての突き出しという実践も出ています。
300Pシンガーの「障害」や病気をなくす薬の話・・・「吃音者」の団体でも話されていたこと、文章化します。
「本人でなければそれを行うのはまわりの人だから、本人ができ、その本人にやってもらった方がまわりの人たちは楽である。その意味でそのひとに障害がないことは「よいこと」である。」315P・・・資本主義的負担やコストというところの批判と介助労苦論批判が必要です。そこまでやっていかないと、「「障害の否定性」の否定」は破綻するのです。
「差異派と平等派があると述べた。」320P・・・フェミニズムでも、同じような議論になっているのですが、これは実は、差異派と「差異の脱構築」−「差異の物象化批判」派が対立しているのです。平等派という概念は、のっぺらぼうな待遇ということになりかねないので、あえて、この概念をなんとか使おうとするなら、対等派という言い方の方が使えるのではと思います。
 「つまり私達はこの書で、「障害を肯定せよ」という問いかけに対して、未だ十分に問いを詰めていないし、答えていないのである。」325P・・・「障害を肯定せよ」という問いかけはおかしい、「「障害の否定」の否定」というつきつけになることではないでしょうか?それは、そこにおける否定の対語は、肯定ではなく、「どうでもいいじゃん」じゃないかとわたしは本の中で書きました。
387P 自閉症という言葉に代えて、自閉圏という言葉の提起、興味深いのです。別の世界観をもっているひとたちという意味で、だと思います。ですが、そもそもわたしは、名付けられてものとして「自閉症」という言葉があり、それに対して「社会モデル」−関係モデルとして、かっこつけて批判的に使っているので、そのかっこを外して、自閉圏という表記にしたら、その言葉の差別性があいまいにさせられるので、あえてそのまま使っています。別の世界観にいるひとという意味を強調するときにはありとも思えるのですが。
「この社会に残るのは、種々の対人サービス業となる。」392P・・・イリイチのサブシステンス概念とのリンク、ただし、「サービス業」という商品生産的概念では、サブシステンス概念とはリンクしないのでは。
14章 多田富雄さんのリハビリ切り捨て批判との対話・・・これはリハビリ概念が「障害者」の存在の否定につながりかねないというところでの批判なのですが、ここでいう、リハビリというのは、医療と障害の境目としてあることで、医療そのものの否定ではないかぎり(もちろん、医療にも強制という側面があるので、そこは批判することです)、対立することではないと思えます。リハビリ概念の拡大における「できるようになること」という意味では、「障害者」の間で、「できる」ということばに過剰反応をするひとがいるのですが、それは「できるべし」というこの社会の規範的なこととむすびついているゆえんですが、「できるようになりたい」ということ自体を否定することではないと思います。問題は「自体」といっても、それが規範とむすびついているからこそ、忌避したくなるのですが。
ブックガイドにおけるイギリス障害学との対話439-445P・・・もっと対話をー←ないものねだり
 さすがに、立岩さんがひとつの結節的な本になると書かれていたように、この本を読みながら対話していくとわたしの論も整理されていきました。今回はわたしの中で湧いてきた思いを書き綴り、きちんと対話ができているとは思えないのですが、その失礼をわびつつ、感謝です。


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2019年03月15日

湯浅弘章監督/押見修造原作「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」

たわしの映像鑑賞メモ026
・湯浅弘章監督/押見修造原作「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」2017
この映画は、ビデオ・オンデマンドで観ました。
主人公は「志乃ちゃん」、「吃音」の女子高校生、入学して最初の自己紹介のとき、自分の順番が回ってくるまえにすでに胸がドキドキ、そしていよいよ順番、自分の名前が言えないでもがきます。この重い空気、わたしの思春期の思い出と重なって、むねが締め付けられる思いになりました。
さて、この映画は実は主人公は三人、ひとりは「志乃ちゃん」、後は音楽好きのちょっと自分の世界に生きている女子高生加代、もうひとりは、最初「志乃ちゃん」や加代をからかっていたおちゃらけの強、かなり周りから浮いている存在。三人とも、何か生きがたさを抱えこまされている高校生の青春物語です。
「志乃ちゃん」は担任の先生に友達を作りなさいと言われて、自分に近い存在を感じて、加代に近づきます。それで、加代に誘われて家に行きます。加代は音楽好きで、CDとかたくさんもっていて、ギターもやるのだけど、かなり「オンチ」、それを志乃は思わず笑ってしまいます。後で、「自分の吃音を笑わなかったのに、自分は笑ってしまって」と、一生懸命謝ります。それで、志乃と加代は、「しのかよ」のバンドをくんで、高校の文化祭に参加しようと路上ライブとか始めます。そこに、強が自分も参加させてと割り込みます。志乃は強にからわかれたこともあって、それと加代と強がスムーズに話していることに入りこめず、そして、強からからかわれたことの痛みから、そして恋愛的な三角関係の嫉妬も含んで、バンドから抜け出します。結局、加代は志乃の思いを組んで、強を入れず、ひとりで文化祭に出ます。その演奏をして、終わったころに会場に来て、志乃がこの映画のタイトルになっていることばを叫びます。「わたしは、自分の名前が言えない」。これは一種の「吃音者宣言」。だけど最初の一歩の「宣言」。この映画の最後は、三人が学校の昼食の時間に、志乃が教室で一人で食事をし、加代は屋上でギターを弾いています。強は、志乃が以前いつもひとりで食事していた場所でひとりで食事をしているというところで終わります。ハッピーエンドではなく、きちんと被差別の現実を生きるという終わり方にむしろ、うそっぽさがないのです。でも、三人が、もしくは二人で、また一緒に動き始めるかな、という思いを観ているひとに思わせて、この映画は終わります。ひとの特に思春期の揺れ動く思いを描いた心打つ映画です。
さて、わたし自身の「吃音者」の立場からのコメント、以前はこんなつらい映画は観れなかったのですが、いろんな思いを抱きながら観れました。
この映画は、「原作者がこの話は、自らの体験に根ざして」ということがあり、それなりにちゃんと「吃音」ということをとらえ返しているのですが、「吃音者」の当事者の全国組織、全国言友会連絡協議会の協力で作られています。で、吃音の随伴行動とか、教師が「頑張って」という「吃音者」に対する禁句を志乃に言うとか、志乃の母親が催眠療法の勧めをするシーンとか、「吃音」とりまく諸情況を描いています(少し、こういう「吃音のパターン」はないだろうと思ったところはありましたが)。また、加代が志乃に筆談の勧めをすることなど、かなり「吃音者」に好意的です(ただし、志乃がしゃべることにこだわり続けることは、今の社会に、二つの言語規範があるからです。ひとつは、ひとは音声言語では話すべきだ。もうひとつは、ある一定以上の流暢性が求められるということです)。
わたしは、一応自身の「吃音者宣言」を書いて「障害者運動」の出発点に立っています。けれど、深層心理的には「吃音の否定性」から抜け出せていません。この社会に存在する、言語規範がなくならない限り、完全に抜け出すことなどあり得ないと思ってもいます。                                                  
この映画をみて思い起こした思春期のトラウマのようなことをひきずりながらわたし自身が生き、そして若い「吃音者」が楽にいきられる社会作りというところで動き続けて行くことだと、わたしは思いを新たにしました。そこに至りついていない、「吃音者」にはちょっとつらい映画になっているかなとも思いますが、とにかく、とらえにくくなっている「吃音者」のことを知らしめ、そして新たな関係を築いていくことが、なんとなく感じられる良い映画ではとも思っています。


posted by たわし at 05:12| 映画鑑賞メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『季刊 福祉労働161号 特集:「感動ポルノ」――障害者は健常者に感動を与える存在』

たわしの読書メモ・・ブログ485
・『季刊 福祉労働161号 特集:「感動ポルノ」――障害者は健常者に感動を与える存在』現代書館 2018
この雑誌、積ん読していたもの集中学習の5冊目です。これでやっと現発刊に追いつきました。このような雑誌はだされてすぐ読むべき事ですが、まとめ読みしたおかげでとらえられことがあります。それは民衆の運動は、地道に積み重ねられているということを、それを繋げられたら、大きな力になるんじゃないということです。
今回は、新しい編集者を迎えて、かなり、刺激的な特集のタイトルです。「感動ポルノ」という言葉が一部「障害者」関係メディアで広がっているようなのです。これはわたしがかつて出した本の中で、差別形態論を押さえ、排除型、抑圧型と分ける中で、とらえにくい差別として「努力して障害を克服しましょう」という抑圧型の差別を押さえたのですが、その抑圧型の差別を、刺激的に言葉化したフレーズとも言い得ます。
「ポルノ」ということばについては、その表記にフェミニズムサイドから異論がおきることが考えられますが、「露出する」ということにつなげた言葉です。どこから出てきたのかの詳しいことは後述します。
「感動ポルノ」というときには、もうひとつ逆バージョンを押さえておかねばなりません。「障害者」に対する、差別の構造の中での「何々してあげるという」という構図の「美談」です。それは、「障害者福祉」関係の裁判の話にもつながって、現行の福祉の位置づけの問題にもつながっていきます。「障害者福祉」関係の裁判では、最高裁まで行くと、「権利としての福祉」か「恩恵としての福祉」ということでの争いになるのですが、結局、司法が立法府・行政府の裁量権の問題として判断を回避するという判例が積み重ねられています。「裁量権」という考え方自体が、三権分立が機能せず、「恩恵としての福祉」の枠組みに落とし込められる結果になっていくのです。この「恩恵としての福祉」もひとつの「感動ポルノ」なのです。そのようなことは、皇室メンバーの手話の表出にも現れています。それはイギリスの故ダイアナ妃も手話をやっていたことにもつながっています。要するに天皇制や王制が国民統合の象徴として機能していること、これは別の観点からすると、障害問題の政治利用で、これは手話のみならず、「恩恵としての福祉」の象徴としての赤十字社の総裁に「皇后」がついてきた、歴史ともつながっています。
誤解を生みそうなので、ひとこと書いておきます。それはボランティアということも「感動ポルノ」なのかということです。確かに公助、互助、自助という中で、公助を削って、互助としてのボランティアということの勧めは、「感動ポルノ」ですが、そもそもボランティアということは、「助けてあげる」式でない、下からの共同性の構築としてなされるときには、「感動ポルノ」にはならないと思います。むしろ、国が公助を削ることにより、民衆側から国家という枠組みから脱する共助の体制として、「もうひとつの世界が可能」になっていく途もあるのです。
「感動ポルノ」ということを巡って、この特集は、その端的な例としての、パラリンピックということで、つながっていっています。個別の文についてコメントしていきます。
今回は、切り抜きよりも、対話に重点をおいて。
見開き写真・文 特定非営利活動法人モンキーマジック「第4回 見ざるチャレンジクライミング−見えるひとも見えないひとも、聞こえる人も聞こえない人もパートナーと一緒にチャレンジ」
特集「感動ポルノ」――障害者は健常者に感動を与える存在か
好井裕明「文化・メディアにおける障害者表象をめぐって」
 好井さんは反差別論を展開しているひとです。二冊ほど著書を読んでいます。ひとつは、読書メモを書き始める前『排除と差別のエスノメソドロジー―「いま‐ここ」の権力作用を解読する』新曜社1991。もうひとつはブログ117『差別原論―“わたし”のなかの権力とつきあう』平凡社新書2007。著者はエスノメソドロジーの意識論のようなところで、差別の問題をとらえてきたひとです。
 今回は編集部から「総論」と「障害者表現の歴史的変遷」を書いてほしいと依頼されたとのこと8P、項のタイトルとして「はじめに」で総論的にまとめ、その後、映画からとらえた「障害者表現の歴史的変遷」を書いています。項のタイトルとして「奇異な存在、見世物として、憐れみ同情する存在として、障害者を描く」「頑張る障害者・克服される障害・リハビリこそすべてという了解を迫る」「障害者を「もう一人の他者」として描く」「オリンピック・パラリンピックの後、私たちは何を得ているのだろうか」
 で、映画についてのコメントとして論攷を進めているのですが、非「障害者」が「障害者」を演じる、監督が監督するということと、ドキュメント的に「障害者」自身が自己表出していくことは違うと思うのです。具体的な話として書くと、「さよならCP」の映画は、決して「奇異な存在、見世物として、憐れみ同情する存在として、障害者を描く」というジャンルに収められる映画ではないのです。ドイツの「障害者運動」にはクィアとして突き出しがありました。まあ、「障害個性論」そのものとは違うけど、それに通じる「異形とみられる」ことを意識つつ、それでも、「強力な自己主張を行」ったのです。たぶん、本人は違うというと思いますが、そのことこそが、異化する現実から、それから、何かを生み出していく、それが日常になる世界を作ろうとしたのだと思うのです。
 映画ということでは、私は「典子は今」という映画を押さえる必要があります。これは、むしろ当人は、努力する「障害者」ではなく、努力という側面もないことはないのですが、むしろ「手が使えないから足を使うだけ」のことなのですが、それでも「典子さんを見習って」というような言説が流布していきました。そのあたりの構造を押さえておく必要があると思います。
荒井裕樹「日本文学に描かれた障害者像――「がんばる健気な障害者」はどこから来たのか」
 この著者の本は、ブログ216『障害と文学―「しののめ」から「青い芝の会」へ』現代書館2011、ブログ393『差別されてる自覚はあるか: 横田弘と青い芝の会「行動綱領」』現代書館2017で、読書メモを残しています。ブログ209『福祉労働135』、ブログ215『福祉労働136』の二回に渡っての掲載論文「戦後障害者運動史再考(上)(下)―「青い芝の会」の「行動綱領」についてのノート―」にもコメントしています。ブログ264『現代思想2012年6月号 特集=尊厳死は誰のものか 終末期医療のリアル』青土社 2013に掲載の「生と死の<情念的語り>についての覚書」に対するわたしの短い紹介文。
「障害と文学」をテーマにして論攷を進めているひとです。とりわけ「横田弘論」的なところで注目しています。
さて、文学で「障害者」をとりあげることは、何かしらの異化をしているのですが、むしろ「障害者」が出てこない文学も問題なのですが、異化の仕方にはさまざまあり、ひとりのひととしてそこにいるというところまで、前論攷の好井さんがいう「障害者を「もう一人の他者」として描く」というところまで行くかどうかですが、まずは、自らがはっきりと異化させることがあります。でも、それをどのようなところで異化しようとしているのか、インクルージヨンの指向があるのかどうかの問題があります。著者は、心理的に描く、親として描くというところで分けているのですが、むしろ前者の、三島由起夫の『金閣寺』と、後者の大江健三郎の一連の息子をとりあげた小説の類比になるのですが、わたしは後者、背負うから抱く(同じ「障害者」親だった小説家の水上勉のテーマ)になり、それがインクルージヨンになっていくという、中身をとらえかえすことではないかと思っていました。
「注2」に「感動ポルノ」の説明があります。長くなりますが引用しておきます。「もともと「感動ポルノ」とは、オーストラリアのジャーナリスト、ステラ・ヤングの言葉である。日本では、Eテレビの情報バラエティ番組『バリバラ』が、日本テレビ系列の有名チャリティ番組『二四時間テレビ39 愛は地球を救う』終盤と重なる時間帯にぶつけて、「検証!<障害者×感動>の方程式」と題した生放送を行い、「二四時間テレビ」に見られるような障害者の描き方を批判したことで話題になった。この企画を精細に報じた『朝日新聞』(二〇一六年九月二三日付朝刊三三面)の記事「『障害者×感動』を問う――NHKの『二四時間テレビ』裏番組に反響」には以下のようにある。」/<番組では冒頭、豪州のジャーナリストで障害者のステラ・ヤングさんのスピーチ映像を流した。ステラさんは、感動や勇気をかき立てるための道具として障害者が使われ、描かれることを、「感動ポルノ」と表現。「障害者が乗り越えなければならないのは自分たちの体や病気ではなく、障害者を特別視し、モノとして扱う社会だ」と指摘した。>」34P
玉木幸則「「障害者×感動」の方程式の嘘っぽさ――日常の等身大の障害者とのギャップへの問題提起」
 NHKの「きらっと生きる」に抜擢されて、「「きらっと生きる」のような番組はなくなったほうかええ」と発言し、そこから「バリパラ」と展開していった過程など書いています。わたしも、「きらっと生きる」はときどき、ちらっと見ていて、違和を感じてとチャンネルを変えていました。頑張る「障害者」像とか、それと気持ちの持ち方を変える勧めのようなことに違和を感じていたのです。この著者も、同じような思いがあるようなところで、それでも、何か変え得ることがあればと「まだまだ、テレビなどのメディアでは、「頑張っている障害者像」「障害を乗り越える障害者像」を取りあげがちです。それによって、「障害のある人はこうでなければならない」とか「こうであるはずや」という勝手な思い込みを、障害のある人もない人もさせられてしまいます。そうなると、障害のある人は生きづらいです。ありのままで生きるよりも、「頑張って」「障害を乗り越え」ないととみんなに受け入れられないのではないかと思わせられてしまうからです。/『24時間テレビ』にしろ学校の福祉学習にしろ、これまであまりにも、障害のある人に対する偏った見せ方をしてきました。それを少しずつでも、障害をもった人のありのままの姿に戻していきたいです。そうすることで、地域で普通に暮らすことを再確認するというか、「ああ、こういう人も地域に住んではるんや」ということを知ってもらうきっかけになったらええかなと。/そのためにも、もう少し自分なりに伝え続けていきたいと思っています。」45Pと続けているようです。
矢吹康夫「アルビノは美しい」って言っちゃダメなの?
 これは異化と反転の弁証法(対話による深化)といわれるようなこと。わたし自身の体験として、「吃音」ということを正視できない、自らの「吃音を醜い」思っていたところから、「吃音者」他者の吃音を「美しい」と反転させ、車椅子の「障害児」を母親が車椅子をウィリーさせているのをみて、そこに「美」を感じる、反転させた体験から、そこからむしろ異化しないところに進みゆくこととしての弁証法を考えていました。もうひとつ論考を進めると、美は普遍化するものではなく、これを普遍化させると他の差別につながります。アルビノのミスコンの話が出てくるのですが、フェミニズムがミスコンを批判してきた歴史をとらえると、そもそも美ということをもう一段とらえ返す必要が出てきます。これが「感動ポルノ」批判というテーマとつながっていくことです。
岡崎 勝「オリンピックとパラリンピックを根本から問い直す――スポーツの現実を直視しても、感動しなければいけませんか?」
 頑張る「障害者」の象徴的存在がパラリンピックのアスリートたちなのです。
「パラリンピックは「障害者にもスポーツをする権利を」という権利拡張効果と同時に、スポーツの抱える問題も負っている。」54P
「近代スポーツの発展は近代からの産業社会の発展と同時期であり、共通した産業社会の枠組み(競争、合理化、効率化、数量化)をスポーツ的メンタリティとして私たちの中に埋め込むことに成功している。/だが、これは同時に人間の破壊を覚悟しなければならない。たとえば、ドーピング選手と摘発組織(WADA)とのいたちごっこが続いている「ドーピング撲滅」という主張は、その矛盾と無意味さに気づかなければならない。「ドーピングを撲滅する」ということがすでに矛盾に満ちている。」「オリ・パラスポーツは自分の身体を害してでも良い記録を出したい、勝利したいという欲望の集大成に他ならない……(後略)」55-6P
「競争原理による優劣をつけることを目的にしている以上、多くの問題も含んでいると言えよう。」56-7P
「撤去されたらしい「障がいは言い訳にすぎない」というポスターの表現はスポーツアスリートに課せられた命題であり、その後に続いた「負けたら、自分が弱いだけ」というのは現代スポーツのもつ「競争こそすべて」「勝利以外に価値はない」と貫徹されている価値の意思表示以外ではない。」57P
「オリンピックやパラリンピックは夢の中ではない。感動を演出され、ボーッと私たちがおもしろがってオリパラ観戦に熱中している間に、社会がよりすみにくくなっていないかということだし、スポーツ観戦が、「愚民政策としてのパンとサーカス」(古代ローマでは、民衆はパンとサーカスに関心が向き、国政に関心がなくなった)ユウェナリス『風刺詩集』より)になっていないか! という私たちの意識の問題なのだ。そして、こうしたオリンピックとパラリンピック興業のようなスポーツ競技大会の軽費は税金とボランティアと寄付でまかなわれ、協賛企業とIOCが「利益」をかっさらうのである。これをあなたは許しますか? という分かりやすい話である。」61P
北村小夜「パラリンピックでまき散らされるパラアスリート像は障害者理解を広げるか」
 分離教育反対の論陣を張ってきたひとで、軍国少女だった体験をとらえ返し、慈愛の象徴としての天皇制を問題にし、道徳教育批判を続けているひと。その立場からパラリンピックの問題性を描き出してくれています。
(橋本大佑)「高度な運動能力をもつパラリンピック選手と、そうでない障害者との間に、隔たりが生じている。」63P
「(道徳教育の)教科化は教科書の使用と評価を伴う。戦争をするには国民の逆らわない心と丈夫な体が必要である。教科化は学校が個人の道徳性を公的に判断する。健康増進法によって「体」が国家の管理下に入ったように「心」が国家に取り込まれようとしている。教科書はその主たる教材である。検定を通過し展示された教科書を見ると、どの教科書ももれなくオリンピック・パラリンピックにふれている。」67P
「(傷ついた)元兵士は生きる希望を新たにし、パラリンピック国内組織にとってはメダルを狙える優秀な人材の供給源になる。最も先進的なのは米国で、すでに戦争遂行のメカニズムに組み込まれているという。日本ではパラリンピックは福祉の問題になっているが、パラリンピックが同盟国の米国の戦争を正当化しかねない状況にあることも考えなければならないのではないか。」69P 
宮澤弘道「道徳教科書における障害者像――差別・偏見を助長する「特別の教科 道徳」」
 まさに「障害者」が道徳教育に政治利用されていく構図を描き出してくれています。
「混乱が予想された「特別な教科 道徳」の導入ですが、予想に反し現場では目立った混乱もなく、淡々と検定教科書を使用した道徳の授業が行われています。理由はいくつか挙げられますが、教員側の視点で考えると一番の理由は「意外に困らずに授業ができる」ということでしょう。「教科書が与えられ」「指導書があり」「ワークシートも用意され」「評価例文もできている」という四点セットがそろっていることにより、あまり深く考えることさえしなければ道徳の授業は簡単にできてしまうのです。/しかし、これは非常に怖いことでもあります。なぜなら、マニュアル通り進めることで、教科書の求める価値を無批判に子どもたちに押し付けることにつながってしまうからです。」70P
「道徳教育で描かれた障害者の三つの特徴−@登場する障害者は例外なく「いい人」A助けて「もらった」ときに卑屈なまでに感謝しているB障害を自分の力で乗り越える」要約71-6P
平野泰史「祭りの輪の外で――入所施設と地域交流の欺瞞とお仕着せの共生社会」
 津久井やまゆり園に子どもを入所させていたひとで、マスコミに出ていた、やまゆり園が発信していた「きれい事」の内実を暴き出して書き記してくれています。改めて、施設のもつ矛盾がとらえられるのです。ただ、そもそもそれほどの意識をもったひとが、なぜ、子どもを施設に入れたのかということをとらえると問題の根深さを感じざるを得ないのです。
川合千那未「分離と交流の狭間で生ずる交流のぎこちなさ――「クラスにいる障害者」から「共に学ぶ友人」へ」
 一緒にいるクラスと「特別支援級」を行き来して、とらえられた問題を書いています。その経験から、「全国障害学生支援センター」の運営スタッフとして活動しているひとです。
支援員の配置を希望したら、逆に初めて分離されたという話がでています。
「もし私と同じように授業内で部分的に参加できないことや難しいことがあったとしたら、できないことや難しいことはいったん置いておいて、その場で無理なく楽しんでできることを周りの人と一緒に探してほしいと考えている。」90P
小見出しで、進学につれての変化を書いています。
「教科によって場を分離されたことで生じた変化」で「私は中学校での人間関係の構築を放り投げることで自分を守ることにした。」91Pとあります。「必要な配慮はするが、他の生徒と同じ大勢の中の一人として扱われた高校生時代」では、「高校では教職員に「困ったことがあれば言うように」と言われ、私が発信したことに対して配慮や支援がなされた。」「同級生には私から積極的に話しかけ、障害のある人として認識されてしまう前に教室に当たり前にいる生徒として受け入れられた。」とあります。で、義務教育時代を振り返って、「「合理性のない配慮」が、他の児童・生徒から引き離されるきっかけとなり、子ども同士の関係作りの障壁となっていたのである。」93Pと書いています。さらに「友人関係で分離されることはなかったが、合理的配慮がなく、実験のゼミを選べなかった大学時代」と進みます。そして最後の小見出しとして「日常的に共にいることが「交友」のスタートライン」として、センターのスタッフになっての、後輩への提言を書いています。「私は、その選択の過程で、障害学生が、通学手段や家からの距離、親を含めた支援者たちの思いをくみ取り、考慮しすぎてしまい、支援者たちにとっての支援のしやすい学校(例えば、親の送迎が可能な立地であること、介助者の派遣・入校を許可している学校など)を希望してしまう可能性を危惧している。本来は、障害学生自身が進学先で何をやりたいか、そこに進んだ自分をイメージして、充実した学校生活を送る姿が浮かんでくるか等の主体的な理由によって自由に選択可能でなければならない。/加えて自分が選び取った学びの場において自ら培った人間関係は、与えられた場において、他の者によってもたらされた関係よりも強い結びつきとなる。それを繰り返していくなかで、多様な人と交流し、視野を広げながら成長していくのだから、大学進学前まで分離された環境にあって、大学進学を機に、いきなり開かれた環境に飛び込むよりも、初めから共に学ぶことが当たり前のこととして認識され、強制的な分離に怯えず、誰もが学べる環境にあることが望ましい。/私は、分離された中での交流も、共に学ぶ中での交友もしてきたが、「交流」しただけでは、その時間を過ごすだけに終わってしまう。日常的に共にいることが「交友」へのスタートラインとなるのである。これから学ぶ方々には分離や統合について意識せず、自分が好ましいと思う場で学習し、様々な人と出会い、大切に感じられる人間関係を築いてほしい。」94-5P
鶴園 誠「【コラム】「格闘技やってます!」をフックに障害者レスラーが伝えたいこと」
「障害者プロレス」を「障害者文化」のひとのようにとらえるひとがいて、やっているひとたちにも、そういう突き出しがあります。そのような話が出てくると、わたしは湾岸戦争の時にアメリカの女性団体が「女性兵士を前線配置しないのは、差別だ」と主張していたことを想起します。差別ということを考えていくと、格闘技系には相容れない感性が、わたしにはあり、またそもそも、スポーツの勝ち負けというところにも、さらにはゲームの勝ち負けという世界からも、降りる指向が出てきたのです。わたしの場合は、将棋の勝ち負けの世界もいやになりました。実は、表層意識的にはそうなったのですが、テレビをつけて作業をしていて、戦争映画の戦闘シーンやヤクザ映画の殴り込みのシーンなどで、つい見入ったりしていて、また、ついつい他者と競い合うような気持ちがわいてきたりして、子どものときからの身につけてしまった競争意識や心の奥底の暴力性などに、ふと、身震いすることがあります。そういうことも含めての、反暴力・反差別なのではないかと思ったりしています。
 誤解をうみそうなことを書いているので、書き置きますが、ゲームの中には、自らを磨くという内容があるわけで、そこで「できるようになりたい」ということを否定することではないのです。ただ、「できるべきだ」という論理にそれがすり替わっていくことを遮断したいというのが、「障害者」の立場での思いなのです。
桂 福点「【コラム】 言葉のいと」
 落語家としてことばに関わっているところからの論攷です。
「最近「感動ポルノ」という言葉が話題になってますな。・・・・・・これは二〇一六年の夏にNHK Eテレの番組『バリバラ』が日本テレビの『24時間テレビ 愛は地球を救う』の障害者の取りあげ方に対してぶつけてきた言葉でした。」「そういった番組作りのあり方と同時に、それを見ている側の姿勢に疑問を呈した意味深い表現でした。」「義援金の箱をもってニコニコしているタレントさんの表情や立ち振る舞いに「施してやっている」という優越感のようなものを感じるようになりましたな。いわゆる「感動ポルノ」の言葉が示すような、やたらに涙を誘う演出が引っかかるようになったんでしょうな。」「二四時間の愛で地球が救えたら世界の宗教戦争はなくなるで、と思ったりしとりました。」101P
「笑いというものの素晴らしさと危険性は紙一重だと見てます。」「表現のTPOと言うべきですかいな、番組作りでも福祉の世界でも、互いのことをどれだけ想像できるかが大切やと思てます。相手を知ろうとするその姿勢の中に、ホンマの意味で温かな微笑みと笑いが生まれるんとちゃいまっしゃろか。」103P
インターチェンジ 交差点  
押部香織「教室の窓 共に学び続けるために」
「就学時健診」の話です。
「そもそも、就学時健診自体が「障害者基本法の改正により、本人・保護者の意向を可能な限り尊重すること」という中教審の報告に矛盾したものになっており、子どもや親の教育を選ぶ権利を侵害していることであると考えます。」104P
「近年、就学時健診時の保護者面接において、「支援学級を希望したい」という保護者の申し出が多くなっているように感じています。」その理由@「集団生活では、子どもが指示を聞き逃したり、他の子どもと一緒に行動できないのでは」という不安→応答「以前、就学指導委員会において「特別支援学校への就学が適当である。」とされていた子どもを三三人学級で担当していたとき、その子ども自身が友達の様子を見たり、友達がその子どもをサポートしたりして学校生活を「共に」過ごしていました。このことからも、子どもたちにとって障がいの有無は関係ないことを実感することができました。」A「特別支援学級できめ細やかな指導を受けたい。」→応答「集団における学習の機会が少なくなります。また、支援学級で小集団での活動に慣れてしまった結果、自ら集団の中に入っていくことを拒み、学年への所属感が薄くなってしまうのを何度も見てきました。」「それではなぜ、そのようなリスクがあるにもかかわらず、支援学級への乳級を考えてしまうのでしょうか。」→「おそらくその背景には、教員の理解不足が考えられます。・・・(中略)・・・・・・・障がいに対する理解ではなく、子ども一人ひとりに対する理解が必要なのです。」105P
実方裕二「街に生きて 反面教師」
 前回に登場したいろいろなことをやっているひと、出会いの中での偏見的なことが相手から出てくることに対して、ひとつひとつ対応していっているひと、その存在がひとつの運動になっているひと(これは運動人間のわたしの勝手な見方かもしれません)、今回は、「生活お見合い」のことを書いています。わたしも一度参加したことがあります。
「ゆうじ屋を始めてケーキを売り回るようになり、「ケーキを買ってもらう」ことと、ケーキを通して重度ショウガイシャである私と付き合うなかで、「言語ショウガイがあっても、聞く耳をもてば会話できるんだな」といろんな人に感じてもらえています。やっと生活と運動が合致してきています。「生活お見合い」はそんな生活面での模索しているところや、自分の苦手なところ、自分の醜く差別的なところ等をさられだして、突き合わせていく場です。」107P
芝木捷子「保育所の庭 障がい児と共に」
「どのような子どもも、教育を受ける権利がある」ということで設立され「障がいのあるこどももない子どもも、一緒に保育にNSA化するという園」の理事長。いろんなその幼稚園の歴史を書いています。
佐藤陽一「施設から ホームN通信・四回目の誕生日@」
児童自立援助ホームのホーム長のひと。春になったら、中学を卒業してやってくるいろんな子どものことを書いています。「自立のための「依存先」の一つになれた瞬間だった。」ということばが印象に残りました。今、「障害者」関係者では、「自立とは依存先を増やすこと」ということばが広がっています。
障害学の世界から 第八十一回
長瀬 修「障害学国際セミナー二〇一八――台湾で「遊び」を論じる」
前回まで「障害者権利条約中華民国(台湾)初回報告総括所見」の連載が「資料」で続いていたのでこのコーナーはお休みになっていたのですが、復活したようです。外国の情報に疎いわたしにはとてもありがたいのです。
今回は「東アジアにおいて唯一の障害学の定期的な研究交流の場として、毎年開催される障害学国際セミナーがある。英文名称では、East Asia disability Studies Forum(東アジア障害学フォーラム)であり、こちらの方がより正確に「名は体を表す」のかもしれない。」というところで、その紹介です。
「開始された二〇一〇年時点では、日韓の障害学の連携を目指し、Korea Japan Disability Studies Forumだった。実際、日韓で交互に開催を続けた。韓国側は韓国障害学フォーラム、日本側は立命館大学生存学研究センター(立岩真也センター長)が主体となった。当時は立命館大学院生で現在は光州大学教員である鄭喜慶(ジョン ヒ ギョン)さんをキーパーソンとして(二〇〇三年に日本で)開始された。」「東アジアの学会レベルで見ると二〇〇三年に日本、二〇一五年に韓国、そして二〇一八年六月台湾でそれぞれ障害学会が設立されている。」112P
障害者の権利条約とアジアの障害者 第三十二回
中西由起子「権利条約の政府報告F 第二十四条 教育」
教育の問題は、日本政がインクルーシブ教育だと言いつのり原則分離教育をまだ続けていて、国連の人権委員会から繰り返し勧告を受けていること。そのようなところで、その日本と対比的に「アジアの「障害児」教育」に関する報告・論攷をすすめてもらったら、ありがたかったのですが。いつもの・・・
季節風
栗原 久「不適切算入問題を機に、公務労働における障害者雇用を考える」
「障害者雇用率の不適切算入問題は、国・地方併せて七七〇〇人もの「水増し」が明らかにになる事態になった。」というところで、この問題を掘り下げて論攷しています。
片岡次雄「吹田市の「塩田裁判」報告――成年後見制度の欠格条項で失職」
表題にあるように、成年後見人制度で「保佐」の審判受けたことで、欠格条項にあたると雇い止めを受けて失職したという信じられない話です。
矢作美恵子「キャッシュカードは突然に――言葉でコミュニケーションしない人の意思確認とは」
本人の意思確認の問題でキャッシュカードの再発行の手続きができない、スムーズに進まないという、制度の不備の問題。どうして、いろんなひとがいるということを考えて制度設計できないのか、という問題です。
社会を変える対話──優生思想を遊歩する 
結城幸司×安積遊歩「優生思想を超えていく仲間として 〜アイヌ民族〜」
 北海道の手話言語条例制定時に、言語保障の問題から、アイヌ語とそこから波及してアイヌのひとたちへの補償が問題になっていたようです。
遊歩「私は、優生思想というのは、障害をもつ人だけでなく、人種や民族にかけられた差別でもあると思っています。」122P
結城「一九九七年に北海道旧土人保護法がアイヌ文化振興法に入れ替えられて、アイヌということで身分や教育の上で差別してきたことをはっきりすることなく、アイヌ=アイヌ文化とだけ強調されるようになってしまいました。」122P
結城「ニュージーランドはマオリの人たちに対する謝罪が今も部族ごとに行われているし、オーストラリアでは一九八〇年代に「ジェネレーション・アイムソーリー」というアボリジニの人たちに対する謝罪が行われました。お金の心配をしなくてもよくなったことは大事なことではあるけれど、それよりも私たちは勝手に「旧土人」にされ、想像力を奪われ、その上で日本人たちの勝手な仕方で徹底的に封じ込められた。そこの根源に対する謝罪を政府がしないと新しい時代は来ないわけです。そこが核だと思います。」123-4P
結城「旧土人学校では、日本人以上に優秀になってはいけないということで、数年遅れた授業をされたそうです。」124P
遊歩「結城さんは、おばあちゃんから伝えられた神話の世界と、お父さんがされていたアイヌ解放運動の間で、今はアイヌアートプロジェクトを立ち上げ、三十人近いメンバーで活動されています。」126P
結城「この平等になった世界の中で、地球人たちは、宇宙人をやっつけろとは言わないんだよ、もっと良い世の中をつくろう、違う文化でいいんだから、新しい文化をつくろうよと言うことができるんです。どっちかを無視し続けることもできないし、ずっと宇宙人を恨み続けるのは、僕のエンジンではないので、この話で想像力を取り戻して欲しいと思っているのです。」126P
現場からのレポート
大谷恭子「保護者の意向に反して特別支援学校を就学強制できるか――川崎医療的ケア児の就学裁判から」
 川崎で医療的ケア児が入学を拒否されたというところで起こした裁判に至るまでの経過、問題点を押さえる作業を弁護士(この裁判の担当弁護士は?)の大谷さんが書いています。
「障害者権利条約(以下、権利条約)を批准する直前であった二〇一三年九月、批准のための国内法整備の一環として、学校教育法施行令が改正された。我が国の障害のある子の義務教育の就学先決定は、障害の種類と程度によって原則分離別学としており、これは明らかにインクルーシブ教育に反するからだ。そして、保護者及び専門的知識を有する者の意見を聞いたうえで、障害の状態、必要な支援の内容、地域における教育体制の整備の状況その他の事情を勘案して「総合的に判断」すると改正され、同日発表された通知によって、保護者の意向は可能な限り尊重するとされた。これによって、原則統合とすることまでは認めなかったものの、「可能な限り」とはいえ保護者の教育(学校)選択権を保障したものととらえられた。」127P
「教育委員会の執拗な説得や無理解な専門家も多いなか、これらがどこまで保障されるのか危惧されていたところ、本年、まさにその危惧が現実となり、保護者が地域の学校への就学を希望したにもかかわらず、地区別支援学校に措置されてしまい、裁判で争わざるを得ない事態となった。」127P
「原告は、医療的ケアを要する六歳の男児・和希君とその両親。被告は川崎市教委と神奈川県教委(訴訟上は市と県)。生まれつきの疾患を有していた和希君は、病院退院後は同世代の子とのかかわりの中で共に成長すべく、幼稚園で学び、地域の小学校への就学を楽しみにしていた。」128P
「ここで明らかになったことは、教育相談が不十分であったこと、市教委の専門委員である医師が「支援学校適」と判断したこと、和希君の主治医の意見を聞いていないこと、合意形成の努力がなされていない等々であったが、市教委は以下のことを繰り返し述べた。@和希君の教育ニーズを満たすには専門的教育が必要、A安全な学校生活の観点から特別支援学校が適する(要旨)。/結局、県教委の助言にもかかわらず、合意形成に至らず、二十六日、市教委は県教委に学齢簿謄本を送付し、二十八日、県教委から県立特別支援学校の学校指定がされた。」128-9
この後「裁判の争点」から、裁判の準備書面の要約的な文になっています。一連の文なっていて、切り抜くことが困難なので、関心のあるかたは、本を読んでください。
山本勝美「優生保護法下の強制不妊手術問題に挑んで――最前線からの報告(その二)」
(その一)と書かれた文ではなかったのですが、今に焦点になっていて、補償の超党派の議員連盟も作られ、連載になったようです。
 最初に「優生保護法と優生手術の歴史」で、ナチスドイツの「断種法」やT4計画にふれ、戦後の優生保護法が議員立法で作られたこと、「優生保護法は、その後の「改正」により、遺伝性疾患以外の重度の精神・知的・身体障害のほか、ハンセン病患者もその対象とされました。しかも本人・保護者の承諾を得なくとも、「欺罔」を使ってでも手術強制できるとした結果、ナチスの断種法、戦前の国民優生法を大きく上回る数の人に、不妊手術と人工妊娠中絶を強制しました。」「国は「優生手術は厳格な法的手続きに従って実施されてきた」とくり返し、合法性のみを強調してきました。この回答は実は「優生保護法は議員立法であって、行政府に責任はない」との言い逃れなのです。/現在、札幌、仙台、東京、大阪、神戸、熊本の六地裁で総勢一三名の被害者が国を相手に提訴しています。このように国賠訴訟の動きが広がった背景には、ほとんどの都道府県に国賠訴訟全国弁護団のネットワークが張られたことや、被害者が名乗り出るための全国一斉ホットライン(電話相談)の取り組みがあります。そして本年五月十七日には札幌、仙台(二人目)、東京で、九月二十八日には仙台、大阪、神戸の三カ所で一斉提訴がされました。」139P
「最年少の被害者は、当時九歳の男女」142P
「厳格な法手続に従い」と言ってことが、そうではないはっきりした事例が出て、「この事実が公表されて以来、二度と聞かれなくなりました。」142P
与党のワーキングチーム(WT)と超党派のプロジェクト・チーム(PT)が作られています。142P
八幡隆司「災害大国日本、なぜ障害者の支援は進まないのか?」
著者は阪神淡路大震災のときに活動し、NPO法人ゆめ風基金災害支援に当たっているひとです。
「今年(もう昨年)六月に大阪北部地震、七月に西日本豪雨、九月に台風二一号が大阪を襲い、その後すぐに北海道で大地震が発生しました。」145Pで、文が始まり、いろいろ活動状況を報告しています。「真備町の多くの人は自宅一階部分で亡くなっています。二階への避難ができなかった人が障害者・高齢者に多くいます。」146Pと避難弱者の問題を取り上げています。「ダムの放流のタイミングや避難指示の出し方について問題がなかったのかを現在検証中です。みんなが寝ている時間帯の防災無線、豪雨の中のスピーカーでの呼びかけで本当に住民が避難できると思ったのでしょうか?」148Pと、災害時の避難弱者の問題をきちんとおさえていない人災としての性格をとらえています。「台風に備えたヘルパーの派遣体制」149P、停電時の人工呼吸器の稼働問題、「避難行動要支援者名簿」の問題など、災害時の課題を出しています。あらためてきちんと整理していく必要があるのだと思います。
論文
木本 明「生活保護制度とその運用の在り方に対する問題提起――ニュージーランドの社会保障制度との比較から(下)」
 二回に分けた論文の(下)です。生活保護の受付にいた立場から、制度の問題点を出してくれています。
 くり返しでてくるのは、@生活保護の決定と金銭給付の担当A「自立助長ケースワーク」を担当B不正受給の防止や罰則の適用の担当、ということをひとりの担当者が担うことで起きてくる問題です。韓国は同じシステムのようですが、ここで挙げているニュージーランドを始め、イギリス・・ではちゃんと役割をわけているよう、でも、日本の縦割り行政ではきっと問題もでてくるのでしょう。今、少女への父親の虐待殺害事件が問題なっていて、母親へのDVと児童虐待が担当部署が違うことによって総体的にとらえられないことを指摘しているひとがいました。問題は、生活保護を水際で抑止しようとする、そもそも生活保護がなんたるかを押さえられない政治にあるのだと思います。この議論は、ベーシックインカムや基本生活保障の運動につなげていくことですが、三つの役割を分けるということも過程的には必要になっているのだとは言えるのだと思います。そもそも福祉とは何かというとらえ返しや、近代の人間観、世界観まで問題になっていくことだとわたしはとらえています。
最初に項を記し後に切り抜きメモを書きます。わたしは注目すべき文に鉛筆で線を引きながら読んでいて、この文には、かなり引いているので、切り抜きがむずかしく、本文を読んでください。というところなのですが、特に注目すべきところを切り抜いてみます。
「五 生活保護制度運用の実際の問題点」
6点あげています。
@ 業務の加重負担
A 社会福祉の専門性の欠如
資格要件を軽くして「三科目主事」をおいたことなどによる専門性が欠如している事態
B 「自立助長ケースワーク」の一律適用の誤り
C 生活保護運用制度利用の「適格性(Eligibility)」の管理運用と「自立助長ケースワーク」と不正受給の防止の矛盾
「「自立助長ケースワーク」と不正受給の防止は、明らかに、両立しない関係にあり、生活保護制度の利用者にとっても制度の運用者にとっても、それぞれの位置を根底から揺さぶられる両立のし難い矛盾になっている。」155P
D 非対等な関係を前提とする「自立助長ケースワーク」の矛盾
「生活保護制度の利用者と生活保護制度運用従事者の関係は全く対等な関係とは言えず、「ソーシャルワーク」の基本を欠いている。」「「公的扶助と結びついたケースワークは必ず対象者の人権を侵害する」(岸勇氏の指摘)ことから、生活保護制度運用に際して餓死者が出たり、「水際作戦」の横行や、生活保護制度運用従事者による生活保護費の横領やセクハラ行為が実際に行われている。」155P
E 一般扶助主義のスティグマの強さと制度利用申請の難しさ
「ニュージーランド、イギリスでは、家賃の支払い困難に際しては「住宅手当給付(Accommodation Supplement)」、障害による生活困難に関しては「障害者給付(Disability Allowance)」を利用するというように、様々なカテゴリー別の社会保障給付(Benefits)を、社会手当方式で実施している。」「ニュージーランド、イギリスのカテゴリー別の「貧困」状態の手前の段階での社会手当方式による社会保障給付と、日本の「貧困」状態に陥ってからの制度利用では、後者のスティグマがより大きくなることは明らかである。」「日本の生活保護制度では、制度の発足から七十年近くが経過するのに、スティグマ軽減の工夫、資産調査の簡素化の措置も取り組まれていない。さらに厚生労働省は四五年間も生活保護制度の捕捉率を公表しなかった。こうした状況では、スティグマの強さと制度利用申請の難しさの改善は行われていない。」156P
「六 一九九三年の「福祉川柳」事件」
「一九九三年六月に、全国公的扶助研究会の前身の「公的扶助研究会全国連絡会」の機関誌『公的扶助研究』が、「第一回福祉川柳大賞」として福祉事務所の生活保護制度運用従事者による「福祉川柳」を掲載した。」156-7P利用者を揶揄する川柳で、「障害者」の間でも問題になって、編集者を呼んで対話がありました。
「七 厚生労働省と全国公的扶助研究会」
(小山進次郎)「最低限の保障と共に、自立の助長ということを目的の中に含めたのは『人をして人にたるに値する存在』たらしめるには単にその最低生活を維持させるというだけでは十分ではない。」158P・・・ナチスの「生きるに値しないいのち」の抹殺と発想が同じ
(厚生労働省の通知「平成十七年度における自立支援プログラムの基本方針について」)「すべての被保護者は、自立に向けて克服すべき何らかの課題を抱えているものと考えられ、・・・」159Pこれに対して著者は「厚生労働省の生活保護制度の利用者に対する「特別視」或いは「不遜さ」はどこから来ているのであろうか。」160Pと書いて、次項につなげています。
「八 「岸・仲村論争」
仲村健一さんが前出の小川理論と共鳴しつつ自立論を展開していて、それを岸勇さんが、「公的扶助と結びついたケースは必ず当事者の人権を侵害する。」という観点から批判しています。
岸さんが仲村さん批判の中で、小川さんの言説を引用しています。「凡そ人はすべてその中に何等かの自主独立の意味において可能性を包蔵している。その内容的可能性を発見し、これを助長育成し、而してその人をしてその能力に相応しい状態において社会生活に適応させることこそ、真実の意味において生存権を保障する所以である」161P・・・これは、今、「障害者」の中で広がっている自立論--「自立とは依存先を増やすこと」や竹内章郎さんの「能力を個人がもつものと考えない」というところから批判していく必要を感じています。
「九 生活保護制度運用従事者への裁量権限の集中と一二三号通知」
「実際には、三二・一%という低捕捉率を引き上げていく姿勢は示していない。むしろ「生活保護バッシング」を背景に、生活扶助の根拠なき切り下げを行う状況にあって、これ以上、生活保護制度が所得保障の最終的なセイフティネットとしての役割の放棄を続けることは許されない。」「金銭給付の実施に際する「適格性(Eligibility)」審査の運営管理業務を、「自立助長ケースワーク」と意図的に混在させ、金銭給付の権限を背景に実施される「自立助長ケースワーク」を「ソーシャルワーク」であるとする理解を促し、挙句、この国の「ソーシャルワーク」理解の在り方までを混乱させてきた、生活保護制度とその制度運用の特異性が、実は厚労省のいう「保護の適正化」=「保護の引締め」=生活保護制度の所得保障制度としての最終的なセイフティネットの役割放棄のための巧妙な「仕組み」になっていることである。」164P
「十 ニュージーランド社会保障給付(Benefits)制度とその適用」
本文の中ですでに少しずつ引用されてきたのですが5点項目を挙げて書いています。これは著者が書いてきた日本の三点セット批判になっています。@ケースマネージャーのサービスセンターAケースマネージャーの役割B求職関係の担当者(Employment co-ordinators,Work brokers)の役割Cソーシャルワーク援助者(Partners)の役割D不正受給の防止・罰則適用を担う調査担当者(Investigater)の役割
「十一 生活保護制度とその運用の在り方に関する提案」
著者の論攷をまとめた提案で、3点の項目で出しています。
@ 日本の特徴=担当者への役割の集中
A 生活保護制度運用従事者としての実感
(桜井啓太)「『自立って口やかましく言われない権利』とか『寄り添われたりつきまとわれたりしない領域』のことをそろそろ真剣に考えないといけないと思う。人の尊厳を語るのだったら、『放っておかれる権利』や『愚行権』って必要なこと』171P
B 生活保護制度とその運用の在り方の改善の提案
これは7点出しています。「(@)生活保護制度運用従事者の専門性の欠如を解消すること(一般的行政事務職員の短期間配置から福祉職職員の配置へ)/(A)業務の過重負担を解消すること/(B)「自立助長ケースワーク」の一律適用を改めること/(C)敷居の高い一般扶養主義のスティグマの強さを解消するためにカテゴリー別給付として社会手当の要素を強めること/(D)国庫負担を一〇〇%とすること/(E)国籍要件を外すこと/(F)生活保護制度運用従事者に上記@・A・Bの役割を全て担わせる運用の在り方を改めること」171P
最後のまとめ的文「「なぜ困っている人を助けなければならないのか?」という問いに対して、「私もあなたも他の会ったこともない誰かも、誰も自己完結などしておらず、他者があって私がいる」(桜井)と明確に答えられるような、「自立助長」、「自立援助」に偏らずに、ナショナル・ミニマムを実現する社会保障制度へと、生活保護制度とその制度運用を変革していくことは喫緊の課題である。」
「注18」で、岸勇著/野本三吉編『公的扶助の戦後史』明石書店からの引用「資本の論理が支配する資本制国家においては、救貧制度は、その形態がいかに変わろうと、その非民主主義的本質は基本的に変わることはないだろう。」175P・・・資本主義が資本主義である限り、スティグマの貼られない生活保護制度はあり得ない。恩恵としての福祉から抜け出せない。
[※要約するに当たって、数字の記号を変えています。また、引用では、傍線など省略しています。]
編集後記
新しく入った編集スタッフの文です。『五体不満足』を書いた乙武さんが、「乙武クン」とか呼ばれ、また感動ポルノの共犯者であると同時に一番の被害者になっているという指摘をしています。


posted by たわし at 05:07| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『季刊 福祉労働160号 特集:地域で暮らす足場としての住まいの問題』

たわしの読書メモ・・ブログ484
・『季刊 福祉労働160号 特集:地域で暮らす足場としての住まいの問題』現代書館 2018
雑誌積ん読していたもの、集中学習の4冊目です。
 住まいの問題、これは貧困の問題とつなげて民衆のネットワークの基底的な課題、わたし自身一時的にホームレスになった経験がなんどかあり、また60歳近くになってアパートの取り壊しで引っ越しするときに、いろいろ策を労してギリギリ軋轢なくすべりこんだのですが、もう一回、引っ越しになると、これは大変なことになると思っていたりしました。で、そのことも含めて、当事者的な立場も含んで、草の根の運動に関わる、創り出すことなのですが、からだが四つか五つほしいと思っている情況です。現実におきたときに、あわてて動いていくことになるのかなと、いつも後追いになってしまうことに内心忸怩たる思いを抱いています。

見開き写真・文 木下 努「名古屋城木造天守にエレベーター設置を!」
 名古屋城を木造で改築しようという中で、エレベーターを付けないで、代替え案でと出ているのですが、車いす使用者でもいろんなひとがいるということを理解出来ない空論になっています。今、運動が起きていて、それを紹介してくれています。
特集:地域で暮らす足場としての住まいの問題
稲葉 剛「日本の「住まいの貧困」問題」
 著者は、生活困窮者の支援に関わってきたひとです。この草の根の運動は他の運動と結びついていくと国家の枠組みを超えた運動になっていくのではという思いをいだきました。
 さっそく切り抜きです。
 「全国のホームレス数は二〇〇三年の二万五二九六人(厚生労働省調査)をピークに、減少に転じていくことになる。今年一月の調査では四九七七人と、初めて五千人を割り、ピーク時の五分の一まで減少したことになる。」9-10P、ただし、「(東京工業大学の研究者と学生を中心とする市民グループ「ARCH」が)二〇一六年から二〇一七年にかけて実施した「東京ストリートカウント」では、東京の中心部の一一区において一四一二人のホームレスを確認できたという。これは二〇一六年八月の東京都調査において同エリアで確認できた人数(五六二人)の約二・五倍にあたる。」10P、さらに「路上生活にはいたっていないものの、ネットカフェや友人宅など「路上生活一歩手前」とも言える場所で寝泊まりをしている生活困窮者の相談が増えていったのである。」11P、「今年一月二十六日、東京都はネットカフェなどで暮らす「住居喪失者」、いわゆる「ネットカフェ難民」の実態調査の結果を発表した。それによると、都内のネットカフェ、漫画喫茶、サウナ、カプセルホテルなどをオールナイト利用している人のうち、住居を喪失しているか、喪失するおそれがあると見られる人は約四千人。年齢別には三十代が三八・六%と最も多く、二十代(一二・三%)を合わせると、若年層が全体の半分を占めていた。「住居喪失者」平均月収は一二万円。お金がないときには路上生活をしている人も四三・八%もいて、かなり厳しい暮らしぶりがうかがわれる。」14-5P
(高齢者への入居差別)「高齢者の入居に拒否感をもつ家主の割合を現在の六割から二〇二〇年度までに半減させる、という目標値が掲げられた/この「六割」という数値は、公益財団法人日本賃貸住宅管理協会が二〇一〇年十一月に実施した「高齢者の入居に拒否感のある賃貸人の割合が五九・二%にのぼる」という調査結果に由来していたが、皮肉なことに「中間とりまとめ」が発表された後の二〇一五年十二月に実施された同様な調査では、「拒否感ある賃貸人の割合」が七〇・二%までに上昇してしまった。」15P
(障害者への入居者差別)「高齢者同様、厳しい入居差別にさらされているのが障害者である。前述の日本賃貸住宅管理協会による二〇一五年の調査結果でも、障害者のいる世帯の入居に「拒否感がある」と答えた賃貸人の割合は七四・二%にのぼっている。二〇一〇年調査では五二・九%だったので、五年間で二一・三%アップしてしまったことになる。」16P
「障害者差別解消法が施行されたことにより、こうした「明文化された形での入居差別」は今後、なくなっていくと思われる。だが、本当に障害者は民間賃貸住宅に入居しやすくなるのだろうか。法律の効果により、「明文化された形での入居差別」は根絶されるだろうが、「明文化されない、明示されない形での入居差別」はなくならないのではないか、と私は懸念している。」17P
「こうした「住まいの貧困」を解消するため、私は二〇〇九年、生活困窮者支援や住宅運動に取り組んできた関係者とともに、「住まいの貧困に取り組むネットワーク」を設立し、住宅政策の転換を訴える社会運動を展開してきた。そして、私たちの働きかけもあり、二〇一七年四月、住宅セーフティネット法が国会で可決・成立した。」18P「だが、この「新たな住宅セーフティネット制度」は課題山積である。空き家の登録制度は二〇一七年十月にスタートしたが、制度開始から約九ヶ月が経過した時点(二〇一八年七月二十六日時点)で、全国の登録数は一二四件、一四〇戸にとどまっており、国土交通省が掲げる「二〇二〇年度末までに一七万五千戸の登録住宅をつくる」という目標達成にはほど遠い状況にある。」19P
「「住まいの貧困」の解消に向けた動きがなかなか進まない背景には、社会に根強い自己責任論がある。」19P「このような自己責任論は、貧困対策全般のブレーキ役になっているが、特に住宅問題については、「住まいの確保は個人の努力行うべき」という社会意識が強いと私は感じている。政府の責任に関する大規模な社会調査では、「住宅の提供」を政府の責任と考える人は三九・七%(二〇一〇年)にとどまり、「医療」(八六・四%)「失業者の生活保障」(八〇・七%)の半分以下となっている。/私は以前から「日本における住宅問題の位置づけは、アメリカでの医療問題に似ている」と指摘してきた。健康の維持を自己責任と考え、公的な医療保険制度の導入に批判的な人が多いアメリカ社会は、私たちにとっては奇妙な社会に見える。しかし、その私たちも住宅については自己責任論を疑問に思わない傾向にある。こうした現状について、今年七月に亡くなられた早川和男神戸大学名誉教授は、「日本人は住宅に公的支援がないことに疑問を感じない。マインドコントロールにかかっているようなものだ」と指摘されてきた。」20P
東條 旭「新たな住宅セーフティネット制度について」 
著者は国土交通省の役人です。「住宅確保要配慮者」の問題の論攷です。こういう言い方
自体が、「自己責任論」になっていると思うのですが。
「「住宅確保要配慮者」とは、高齢者、障害者、子育て世帯など、住宅の確保に何らかの支障があり、配慮が必要な方々のことをいう。この住宅確保要配慮者は今後増加していくことが見込まれており、例えば、単身高齢者は今後一〇年間で約六百万世帯から百万世帯増加し、七百万世帯になると予想されている。」21P
「住宅セーフティネットの根幹である公営住宅については、依然として応募倍率が高い状況にあるものの、ストックの状況は、二〇〇五年の二一九万戸から二〇一四年には二一六万戸に減少しており、今後も大幅な増加は見込めない状況にある。/一方で、民間の空き家。空き室は、総務省の住宅・土地統計調査によると、二〇〇三年の六五九万戸から、二〇一三年には八二〇万戸と増加傾向にあり、今後も増加することが予想されている。」21-2P
「賃貸住宅に入居する際には、以前は賃貸人から連帯保証人を求められることが一般的であったが、近年は高齢者の単身世帯の増加や人間関係の希薄化などを背景に、家賃債務保証会社の保証を求められるケースが増加している。」22P
「新たな住宅セーフティネット制度は、/@住宅確保要配慮者向け賃貸住宅の登録制度/A専用住宅の改修や入居者への経済的な支援/B住宅確保要配慮者に対する移住支援/の三つの大きな柱から成り立っている。」22-3P
「住宅確保要配慮者の範囲は低額所得者、被災者、高齢者、障害者、子育て世帯と法律で定められている。」「これらに加えて、省令において、例えば、外国人、DV被害者、生活困窮者等が定められている。さらに、地方公共団体が供給推進計画を定めることにより、住宅確保要配慮者を追加することができ、例えば、UIJターンによる転入者などを追加することが想定される。」23P
「家賃債務保証業者や居住支援法人が、登録住宅に入居する住宅確保要配慮者に対して家賃債務を保証する場合に、住宅金融支援機構がその保証を保険する仕組みも創設された。」27P
岡山祐美・高橋慎一・土田五郎「住まうことの手前にあるもの――重度身体障害者と住まいの問題」 
 自分が困った経験から他者支援に入ったひと(岡山さん)、JCILの運動から住宅支援の運動に関わってきたひと(土田さん)との対談と、そのまとめ(高橋さん?)
岡山「私も土田さんの活動のすべては知らなかったのですが、ご自分の生活の必要に根ざして、具体的に改善させてこられていますね。すごいです。」
岡山「不動産会社は不当な理由で住宅斡旋を断ってはいけないということが、障害者差別解消法の対応指針に明確に書かれています。しかし管理会社にはそのような法律の適用がないことがわかりました。不動産会社からしたら、管理会社から物件を紹介してもらえなくなったら困るので、管理会社には強く言えません。これでは差別をやり放題だと思いました。」33P
運動の課題「日本の住宅政策は、持ち家中心施策であると言われる。他の先進国と比較して、公営住宅は少なく、所得格差の拡大を背景に住まいの貧困も広がっている。しかし、重度身体障害者の車いす使用者は住まいの貧困化の手前でずっと差別を受けてきた。くやしい思いをする人がいなくなるにはどうしたら良いのか。(一)現状の公営住宅車いす専用住戸のバリアを公的資金で取り除けるように法制度を改正する。/(二)障害当事者と大家や管理会社が直接向き合って理由説明や対話を行えるように法制度を改正する。/(三)改正住宅セーフティネット法を検証して準公営住宅を効果的に運用する。/負けない闘いを続けたい。」36P
末永 弘「知的障害者を巡る住まいの問題」
「こちらで引っ越し費用を負担し、開いた部屋はうちの事業所で借りるという条件で、逆に隣の方に引っ越ししてらうことはできませんか? と無茶な提案をしたことがありました。」44P
(大塚英志氏の引用)「そもそも「シェア」と「社会」は同義のはず。近代化の過程で、自由主義経済がもたらす貧困や格差の問題を「社会問題」と呼び、それは解決の責任が社会にあるという意味でした。社会とは本来責任をシェアする場です。そしてシェアした責任を遂行するシステムが「国」です。それがいまは、格差も貧困も自己責任論がまかり通っています。NPOや民間の善意に任せ、国がシェアすることを忌避しようとする社会問題があまりにも多い。(二〇一八年六月十五日付『朝日新聞』朝刊)」44P・・・「○○の社会モデル」 なにもしないと国家の共同幻想が崩壊。
日塔龍也「私たちはひとり暮らしを始めた――精神障がいのある人の住まい選びと引越し」
わたしが引っ越しをしようとして不動産会社を当たっていたときに、わたしが「障害者」
関係の運動に関わっているというはなしをしていたら、「精神のひとが一番難しいのです
よ」というはなしが出ていました。まさにそのようなことを彷彿させる論攷です。
矢田尚子「高齢者を巡る住まいの現状と法的課題」 
制度に関する情報を学者の立場から論攷してくれています。
「地域の実情に応じて、高齢者が、可能な限り、住み慣れた地域でその能力に応じて自立した日常生活が営むことができるよう、……(後略)」52P・・・こういう発想はまさに現社会の政策的ことば、こういう論理では、法的用語的にいえば「基本的人権が保障されない」仕組みなのです。これが「合理的配慮」などという言葉にもつながっているのですが、そのあたりの矛盾を暴き出して行ってほしいのですが。
「わが国の戦後の住宅政策の中心は中間層の持ち家取得の支援にあった。そのため、住まいの確保は、「個人の甲斐性」という考え方が強く、事実、わが国の高齢者の持ち家率は高水準(八割超)をキープし、高齢者の「自宅」といえば持ち家がまずは想起される」53P
「配偶者居住権」−「所有権でも賃借権でもない新たな利用権」53P・・・結局、資本の不動産の収奪ではないでしょうか
「要介護が進につれ、介護保険外サービスの利用も増やさざるをえない状況も実際には起きてくる。その場合、家族等の支援なくして最期まで自立して自宅での暮らしを継続することは、たとえ持ち家であっても難しい。」53P・・・?現在の福祉の体制ではという意味。
「要介護度が進んだときの住まいとして浮上してくるのが、「施設系サービス」である。施設系サービスとは、原則、当該施設と入所契約を結ぶことで、居住と一体的に包括的なケアを直接施設職員から受けられる住まいをいう。公的な介護施設[介護老人福祉施設(特養)、介護老人保健施設、介護療養型医療施設(二〇三三年度末廃止)、介護医療院(二〇一八年四月から新設)]のほか、民間事業者が主に運営する認知症対応型共同生活介護(グループホーム)、特定施設[介護保険制度の「特定施設入居者生活介護」の指定を受けた、養護老人ホーム(介護型)、軽費老人ホーム(ケアハウス)(介護型)、介護付き有料老人ホーム(以下、介護付きホーム)、サービス付き高齢者向け住宅(以下、サ高住)等]が該当する。しかし財政難の折、需要に見合うだけの公的な施設系サービスの整備(新設)は望めない状況にある」53-4P・・・現在の福祉の貧困状況を追認する論攷でしかありません。何のために「地域で生きる」としたのでしょうか?
「サ高住とは、地域の介護・医療と連携しつつ、生活支援等のサービスを入居者(原則六〇歳以上の者)に提供するバリアフリー構造の住まい(ほとんどが賃貸住宅)であって、高齢者住まい法で定められた一定の基準を満たして都道府県に登録された物件をいう(高齢者住まい法第五条)。その登録基準はハード面(設備)が主であり、ソフト(サービス)面は状況把握(安否確認)と生活相談サービスのみ必須となっている。しかし実際のサ高住のほとんどは、必須サービスのみならず、住宅型ホームと同じく、食事等の生活支援サービスも提供しているうえに、訪問介護事業所等を併設、隣接し、まさに施設類似の住まいになっている。したがって、要介護時は、入居者は外部の介護事業者が提供する介護サービスを利用することにはなっているが、実際のところは運営事業者(もしくは関連会社)により介護サービスまで提供されることも多い。なお、なかには入居者のサービス選択の機会を奪う「囲い込み」を行う事業者もおり、近年、問題視されているところである。」56-7P
「現在のサ高住は、ホームと実質変わらないサービスを提供しているが、サ高住の契約構造は、居住(賃貸借契約)を核として、生活支援等複数のサービスが同一事業者、もしくは委託や連携・協力関係に基づき複数事業者によって提供される。」58P
「実際には、一部の生活支援サービスが提供されなくなったときや介護事故が起きたときなどの責任追及については、ホームでは運営事業者に責任追及すれば済むが、サ高住ではそれぞれの契約ごとによるため、責任追及先が複数となることで不明瞭となったり、また統括的な責任をとるものがいない可能性もある。その意味では、少なくとも高齢者向け住まいの選択にあたり、消費者に誤解を与えぬようなよりいっそうの情報提供が重要であり、かつ現在の複雑な住まいの種別を整理・見直し、簡素化する必要があるだろう。」58-9P
「新たな住宅セーフティネット制度は三つの仕組みからなる。/@要配慮者の入居者を拒まない一定水準(耐震性、居住面積他等)を満たした賃貸住宅やシェアハウス等を都道府県等に登録する仕組みの創設A登録住宅に対する経済的支援措置B要配慮者に対する家主の不安を払拭するために、要配慮者のための入居相談や家賃債務保証等の入居支援や入居後の入居者の暮らしに欠かせない見守りなどの生活支援を、地域の居住支援協議会に加え、信用力の高い居住支援法人等にも新たに担ってもらうことで、円滑な入居を促進」要約60-1P
「契約締結段階での支援や、入居後の生活法律相談の仕組みの構築が不可欠と思われる。そして何より高齢者の暮らしを支え、居住を支援・保障するためにも、これまで以上に法領域と福祉・住宅領域とか連携し、情報共有していくことが今後いっそう重要になってくると考える。」62P
副田一朗「帰るべき場所を失ったホームレスの人たちの居住支援の現場から」 
ホームレスのひとたちの草の根の支援活動をしているひとの論攷です。市川市で保証人として個人として支える活動から始め、葬式から墓地支援まで幅広い活動をしてきた記録です。
「要は行政側が路上生活者の住居施策を行わず、こうした民間施設頼みをした結果とも言いうる。/こうした福祉行政の対応と、施設を退所して再路上化する人も結構いるなかで、相談も増え、私たちガンバの会は何ができるのか、そこから「居住支援事業」がスタートした。」65P・・・ベットハウスとか簡易宿泊所とかいわれる住居形態も同じ
「こうした様々な事情から、ガンバの会は積極的に保証人提供を行うことで、アパートを確保してきた。もちろん、保証人であるからには多くの債務があり、これまでにもわずかではあるが金銭的な被害にもあった。」66P
「自費や入院を契機としたものでは、アパート支援は進まない。そこでガンバの会は「住居確保貸付金制度」と「自立支援住宅」を用意した。いずれも住居なき者は生活保護申請が認められないという福祉行政への対応策である。発想としては、ならば住宅を用意し、そこから生活保護申請を行おうという考えで、前者はアパート設定費用についての貸付け制度、後者はガンバの会がアパートを借り、入居希望者と短期(原則三ヶ月)の契約を結び、入居後直ぐに生活保護申請を行うのである。」66P
「「私たちはどのような状況においても無縁にしない」というメッセージをアパート生活者にも発し続けている。」71P
「その後様々に模索しながら、ガンバの会に理解がある不動産会社や地主の協力を得て、さらに社会福祉法人を経営主体となっていただくべく巻き込み、五年の月日を経て二〇一四年に二四時間の生活支援・見守り、食事も提供される「きなりの街すわだ」と名付けたケア付き住宅を造ることができた。中でも、入院後余命宣告を受けた人たちがこの施設で最期を迎えたいと希望、文字通りその人たちにとって「終の棲家」となり、看取りまで行うことができたことは、悲しみの中にも喜びを感じた時でもある。/しかし、如何せん定員が一二名で、希望する人たちを全て受け入れることはできず、次の施設の必要性を感じているところである。」72P
「そもそも経済的格差が広がっているだけでなく、一度某かの失敗や躓きをした者が再出発しづらい世の中が広がっている。それは「ひとり」で築いていけるほど容易くない。誰でも「暮らしの再創造」ができる社会の創造、そのための「居住支援」であり、「孤立の解消」「ホームの回復」は実に重要なポイントではないだろうか。しかし、その道は容易ではなく、有期の支援では限界がある。長らく「社会的孤立」の道を歩んできた人であればあるほど、人間関係・信頼関係を築くまでに時間が必要であり、地域の定着は、終わりのない支援が必要ということなのかも知れない。/私は、「ありがとう社会」の創造の必要性を思う。支援する側も限界をもち、時に疲弊する。そうしたとこに、支援の相手からの「ありがとう」の言葉は、支援する側にいかに力と勇気を与えることか。そして、「ありがとう」の言葉は、孤立者からは決して出てくる言葉ではなく、その人にとって、その言葉を向ける相手が生まれたということでもあろう。こうした「ありがとう」の溢れる社会を心から望んでいる。」73P・・・被支援者から、心からの「ありがとう」のことばがでる関係というのは素敵な関係ですが、支援するひとに「ありがとう」は必要なのでしょうか?
鈴木雅之「NPO+住民協働の包括的取組みによる居住地の再生」
地域再生のプロジェクトの中の住居問題として、老朽化したニュータウンの再生運動を行い、行おうという論攷。民衆側からのコミュニティ形成という観点で、大切な論攷です。
「これらの課題は一見別々のもののようであるが、それぞれの原因−結果の要因は、複雑かつ循環的で、課題解決を難しくしている。現在、これらの課題に対する取り組みは、制度や技術課題の話題に偏っており、対応できているのは一部分にすぎない。そこで暮らしている高齢者の暮らしの質を高める取り組みは、残念ながら進んでいない。」75P
「そこには、マクロな観点から見た総合的なまちづくりと、ミクロな視点から見た等身大の課題解決という複眼的な見方や、居住地としての魅力と価値(地域ブランド)を高め、有利な資金調達を行い、地域の将来への再投資を呼び込むという発想も必要となっている。」76P
「公・民の手厚い対応やサービスが期待できない領域において、ソフト系の新たなサービス創出が必要である。つまり、コミュニティ自身が、コミュニティ自身のために、新たな主体として事業を展開し、課題を解決する方向で取り組む必要がある。」77P
「活動を継続して進めていくには、どうしても資金が必要となる。ボランティアでは持続性という点で期待はできない。つまり、サービス対価をとって事業として成立させることによって、はじめて継続してコミュニティサービスを提供していって団地居住につなげることが可能になるわけである。」77P
「コミュニティビジネスは、地域内の雇用を生み出し、地域の自立した経済活動を形成することも可能である。また、団地内の主婦や、会社をリタイアする住民にとって、自己実現の機会をもたらすものであり、同時に社会貢献しながら自らの生きがいを追求する大きな魅力となるはずである。このようなことから、コミュニティビジネスは、疲弊する団地を等身大の視点で再生するための有力なツールとなりえると考えられる。」77P
「ニュータウンの再生に求められる包括的なサービスをコミュニティビジネスで提供しているのが、千葉のNPO法人ちば地域再生リサーチ(以下CR3)である。/CR3は、住まい・まちづくりの専門集団として、地元市民とともに、住まいと暮らしのコミュニティサービスを中心に魅力あるコミュニティづくりと団地を元気にする活動を実践している。二〇〇三年八月から一五年近く活動を継続し、現在は、専従職員三名と非常勤職員三名の体制で三千万円/年程度の事業規模の活動を展開している。筆者はその事務局長を務めている。」78P
「高齢者を中心とする住民が、コミュニティの中で安全・安心に住み続けられるようにするために、これまで買い物・宅配サポート、安否確認を行ってきた。現在、空き店舗を活用し、子育て世代から高齢者までが利用する居場所づくり“多世代交流ステーション「にこりこ」”がうまくいっている。はじめは「にこりこ」に集う子育て世代が子どもを見守り合いながら活動を進め、次第に高齢者の活躍と子育てという好循環が生まれてきている。」79P
「ただ、これらの再生は、新しい街を育てるのとは異なっている。すでに多くの古い住民が住み、既存の住民組織や商店街があり、公的な管理主体もある。それらがただあるのではなく、過去のもめごとも含めて、しがらみが多く、がんじがらめで、こり固まった状態で団地に覆い被さっている。そうすると、再生活動のために、それらの主体と連携していくというのはなかなか難しくなる。/ニュータウン・団地再生は長期戦である。」81P
伊藤丈人「コラム 視覚障害者のお部屋探しについてあれこれ」
「視覚障害者」の立場から、お部屋探しをするときに、「けんもほろろ」に扱われる状況を書いてくれています。
「入居を認める側のこうした漠然とした不安に立ち向かった知り合いがいる。A夫妻は共に全盲である。マンション入居の際に管理会社から待ったがかかった。「全盲の人は火事をだすのではないか」という不安が伝えられた。A夫人は揚げ物などの手料理を持参し、どのように料理をしているかということを管理会社の人びとに説明した。すると、漠然とした不安は消え、マンションの人びとはA夫妻に協力的になったという。」83P
「こうした障壁は、誰かが積極的に差別しようとした結果ではない。「障害者の入居はちょっとね」という判断は、何気なく、ごく自然に行われていることかもしれない。場合によっては、「うちはバリアフリーじゃないから」とか「何かあったときに対応してあげられないから」等と、親切のつもりで断る場合だってある。/そうした人々の認識を変えてもらうのは生半可な営みではない。その努力は私たちの先輩方が続けてくださったことであり、次の世代のためにも私たちが根気強く続けていかなくてはならないことだと思う。」83P
嘉戸 篤「コラム 刑余者の住居確保は更生の一環」 
刑余者支援の取り組み。
「誰に対しても受け入れを決定したその瞬間から、社会に出る時期やその後の行先を念頭に置きながら在所期間中の対応が始まる。受け入れた時点で、これも制度外の支援になるが、自立更生のために退所後も継続して関わるようにしている。」84P
「この不動産会社のおかげで以外にアパート探しに苦労はないが、不動産会社に不利益がないよう、入居後のトラブル回避のために、「風の家」が入居者に深く関与し、契約解除にならないように動く、実はこの入居者への関与が、自立更生支援のための小さからぬ一つのツールでもある。」85P
「保証人になるなど馬鹿げているが、この仕事に携わっている以上、親族に匹敵する対応が再販を防ぐことにつながるのではないかとの性善説的な願いにすがることもある。「風の家」で出会う人のほとんどが、劣悪な育成・生活環境が大きく原因して罪を犯すことにつながったわけで、その過酷な過去を一緒に乗り越える過程、ここでは心機一転心地の良い住居を共に得る過程が更生の少なからぬ力になる。ともすれば過剰サービスと思われかねない対応が、時として厚生への不思議な力になることも実体験している。」「こうした住まいを確保・維持する過程での様々な対象者とのやりとりを通じて出来上がる人間関係が、更生を促す上で大切なポイントの一つと考えている。」「「風の家」が最も重要視していることは、「退所後にこそ継続して更生支援する」ことである。」「一定期間関与しただけでは、更生にはあまりつながらない。」85P
「株式会社シェア・デザイン「コラム 住まい方が変わる!?――広がるシェアハウスの取り組み」
いろんな形のシェアハウスを取り上げてくれいいます。日本には高度経済成長期に「新
入社員を一斉に採用して独身寮に住まわせると言う仕組みは、日本にしかない独特のものとして発展していった。」というところを転用したかなり大規模のシェアハウスもあり、LGBTフレンドリーハウスColorful House 「ハンディキャップのある方も住める」いろんなひとたちが住めるシェアハウス。
「赤ちゃん、お年寄り、LGBT、そしてハンディキャップをもった方々まで、“どこにすむか”ではなく、“誰と住むか”、どんな風に暮らすかを選ぶ時代になる。」87P
大西 連「コラム 「住まい結び」という挑戦」  
貧困問題に取り組む、自立生活センターもやい(<もやい>)の活動で、住宅支援から、
不動産売買の資格までとったという話です。
「<もやい>では、これまでの約二千四百世帯に連帯保証人を、約六百世帯に緊急連絡先の提供を行ってきました。二〇〇一年の設立時には元野宿の人への連帯保証人提供が中心でしたが、その後、母子世帯や障がいをもつ人、ネットカフェ生活をしていた人や、DV(配偶者等からの暴力)や家族からの暴力から逃げてきた人など、さまざまな背景をもつ人たちのアパート生活への支援を行ってきました。」88-9P
「不動産仲介のための免許である「宅地建物取引免許」を取得しました。」89P
「スタートした「住まい結び事業」」ということで「「住まい」と「人」を結んでいきたい、そういった事業にしていきたいと思っています。」90P
季節風
武藤 貢「就労継続支援A型事業所「しあわせの庭」大量解雇事件から考える」 
「広島県福山市・府中市で障害者就労継続支援A型事業所(以下、A型事業所)を運営する一般社団法人「しあわせの庭」」91Pが破産が破産し、解雇された事件、その後のフォローの記録と論攷です。
「「しあわせの庭」は、障害者の就労支援という名を借りた助成金目当ての運営で、障害者を食い物にした極めて悪質なものである。/二〇一七年四月一日から、障害者就労継続支援A型の運営に関する厚生労働省令が改正され、利用者の賃金を給付金から支払うことが原則禁止になった。このためきちんと事業で収益を上げなければ利用者の賃金は払えなくなり、特定求職者雇用開発助成金を三年分支給されたうえで、計画的に経営破産・解雇したものと考えられる。」92P「現在は、手紙のやりとりはしているが、しかし、依然として団交は拒否している。」93P
斎藤縣三「ソーネおおぞね――新たな共生社会に向けた拠点」 
共同連の事務局長、名古屋で「わっぱの会」をやっている斉藤さんの文です。新しい形の協働ということを目指している試み。ただ、わたしは、青い芝の「労働は悪だ」という突き出しも押さえる必要を感じていて、そのあたりは、労働(他者にためにする商品生産活動)を仕事(みんなのためにする活動)に変換するという中での、仕事の共同性というところを考えています。ともかく、新しい共同性作りとして、その活動には留目しています。
「わっぱの会は、一九七一年より障害のある人/ない人だれもが「共にいき」「共に働く」社会をめざし、「共働事業所」「共同生活体」「就労・生活援助事業」をつくってきた。そして二〇一八年、新しい地域共生社会創造の拠点、パンとみんなとしげんカフェのお店「ソーネおおぞね」を立ち上げた。」93P
「ソーネおおぞね」の五つのゾーン@「ソーネしげん」A「ソーネカフェ」B「ソーネショップ」C「ソーネそうだん」D「ソーネホール」93-4P
「「ソーネ」とは、インターネット空間の「いいね」ではなく、人と人とが顔を見合わせ「そうね」とうなずき合える場の意味である。」94P
「「ソーネおおぞね」は、必ず、政府のいうまやかしの「地域共生社会」ではなく、福祉−環境−労働−住まいを結び付ける真の「地域共生」の拠点になっていく。」95P
松浦武夫「身体障害者入所施設に東西の動き――増え続ける施設への検証と入所者・障害当事者のネットワークを」 
 療護施設自治会全国ネットワークの課題と論攷。
「現在、身体障害者の入所施設が四百から五百あるが、現在のネットワークへの登録は三十くらい。調査では一五〇の施設には自治会がある。」「(移動支援が)入所施設がもつ閉鎖的な構造に風を通す一つの大きな社会資源となりうる。地域移行への具体的体験や情報の共有、社会的自立計画への一つの有効なシステムにもなるであろう。/地域の事業所を利用できることが、入所施設に他者(地域)の視線を入れることになり、施設の独善的な管理的体制が社会一般的な基準を意識する機会となる」96P
名谷和子「一五年ぶりの「就学時の健康診断マニュアル」改訂は何のためか」 
 著者は教員で、この雑誌の編集委員で、「障害児を普通学校へ・全国連絡会」の運営委員です。施行令が出され、親の選択権が尊重されるとなっているはずなのに、相変わらず、分離を強制される情況として健診のマニュアルとそのマニュアル適用の抑圧性を書いてくれています。
「早速入手したマニュアルの奥付には、「平成十四年三月三十一日 初版発行」とあり、特殊教育から特別支援教育になっても、障害者権利条約の批准に伴い、障害者基本法が改正され、学校教育法施行令が変わっても、現場ではこのマニュアルによって就健が実施されていたことに驚き、今回の改訂は一連の法改正を反映するものと思っていました。」「「適正」が「適切」になり、さすがに「保護者の義務」の記載はカットされていました。また障害児をスクリーニングすることは変わっていませんが、「就学指導等に結びつける」が「就学支援等に結びつける」と変わっただけです。」98P
「もちろん、「排除」などという言葉はどこにも出てこず、「多様な個性への適切な支援」と言っていますが、これまで就健が果たしてきた役割を考えれば、新たな・巧みな分離の強化です。」99P
小林敏明「『そよ風』から『季刊しずく』へ」
東の『福祉労働』西の『そよ風』と言われていました。まあ、『そよ風』は個人の生活にスポットを当てていて、少し位相が違ったのですが、その『そよ風』が廃刊になっていたのですが、新しい形での『季刊しずく』出発の案内です。
「一九七九年に創刊した障害者問題雑誌『そよ風のように街に出よう』の終刊を決めたのが三年前。『そよ風』は障害者が地域で生きるための情報を届けること、社会に障害者の声や生活を届けること、二つを目的に創刊されたが、・・・」100P
名谷和子「(書評)羽田野真帆・照山絢子・松波めぐみ編◎『障害のある先生たち――「障害」と「教育」が交錯する場所で』」  
 自らの教員としての立場での体験として、「障害のある先生」たちの、置かれている位置をとらえ返そうとしています。
「退職の三年前に変形性関節症の手術を決意するときに私が考えたこと……、それは、職場に迷惑をかけないようにしようということだった。当たり前のことだと思うが、この「当たり前」が、障害のある教員にとってのバリアになっていることを本書は問うている。」「私には、(「子どもだけでなく、『障害のある先生』についてもより積極的な採用を推進する政策がとられるようになってきているのだ。」ということが書かれていることについて)舵を切っているとは思えない。文部科学省の推進している特別支援教育は、権利条約のインクルーシブ教育とは異なるものであり、巧みな分離が進んでいると感じている。」101P
インターチェンジ 交差点  
石田 力「施設から 美深のぞみ学園施設解体の軌跡C──白鳥蘆花に入る」  
「施設解体から三年後の三年後の二〇一二(平成二四)年八月に、地域へ移行した人たちへのインタビュー調査を行いました。その一部を紹介」102Pというところでの論攷です。
押部香織「教室の窓 本当の意味での合理的配慮とは――医療的ケアのスタートから見えてきたもの 」
 連載の記事「私が担任をしている病弱者支援学級では、今年の五月から、医療的ケア看護師が配置され医療的ケアが」スタートしました。」104Pでの内容紹介です。
実方裕二「街に生きて  自分の身体と優生思想」 
優生思想を、自らの内なる優生思想をとらえ返し、ケーキ屋・カフェを営んで、ユニークな活動をしている当事者です。
新堀由美子「行政の窓口  “総合相談”から見える女性たちの姿」
「「つらいきもち、ひとりで抱えていませんか? くらし、仕事、友人、家族のこと……、あなたと一緒に考えます」(相談室リーフレットより)。」108Pと掲げている相談室で、相談件数をあげています。@「最も多いのは「家族・親族・近隣など」の相談だ。全体の二二・七%を占める。A「次いで多いのは、「ドメスティック・バイオレンス(DV)」で一八・七%だ。」B「三番目の「メンタルヘルス」は一五・八%で、この一〇年で着実に増えている内容だ。」C「もう一つ、徐々に増えている内容に「仕事・経済困窮」がある。微増。」要約108-9P
「まとめてみよう。相談統計から見えるのは、身近な人との関係に悩み、夫や恋人からの暴力や支配に悩み、メンタルヘルスの困難を抱え、仕事や生活リスクにさらされている女性の姿だ。」109P
障害者の権利条約とアジアの障害者 第三十一回
中西由起子「権利条約の政府報告E 第7条 障害のある児童」  
 アジアの障害問題での現状を押さえて報告してもらっているのですが、課題別に書かれていて、国ごとの情況が今ひとつつかめません。こういうことを書くと、「あなた整理しろ」と言われるのでしょうが、いつもの「ないものねだり」です。
社会を変える対話──優生思想を遊歩する 第九回  
高浜敏之×安積遊歩「優生主義と闘うには、みんながSOSを出し合えることが大事」  
 シリーズとして続いている対話。今回の対話相手は「『重度訪問介護』の運営側」にいるひとです。
高浜「ところが、最初の当事者がやっている事業所で言われたことは、「なに専門家ぶってんだ」ということと、「ヘルパー二級で言われたことはすべて忘れてくれ」と言われて……。」115P・・・物理学における転換と類比
遊歩「私が高浜さんと一緒にいて楽だなと思うのは、助けてあげようという態度がまるでみじんもなくて、どっちかといえば私がいろんな意味で助けてきたという、そこの関係性がほんとうに居心地が良いわけです。」高浜「僕は障害をもつ友人たちと出会うなかで、助けてもらうということがかっこ悪いことでも恥ずかしいことでも全くないということを学んできたわけですが、今会社の中でマネージメントのポジションにいると、働いている人たちのことをちょっと高見の見物的に見てしまうこともあるわけです。」116P
高浜「ところが、会社の中における立場から見ると、そうしている女性たちを時にダサイと見る瞬間もあって、プライベートな空間と会社での立場性のところに、確執があります。助けを求めることをダサイと見る瞬間、それこそが優生主義だと思うわけです。助けを求められるライフスタイル、性の在り方が、優生主義を免れる脱出口だと思います。」116P
遊歩「「重度訪問介護」というシステムは、人間が対等であるために、赤ん坊の状態に置かれるような最重度障害であっても、対等に生きることはできるのだというその可能性にチャレンジしているシステムだと思うのです。そこのところの見解と認識が共有できているので、これからも大いに、一緒にやっていける部分を広げていきたいと思います。」117P
現場からのレポート
浜根一雄「なんやねん!! この親による監禁は?!――兵庫県三田市、三十年間の障害者監禁事件」
 三田市(さんだし)で発覚した監禁事件。大昔のことだと思っていた、座敷牢の現代版です。七〇年代前半に、親による「障害児」殺しがあり、それに対して「減刑運動」がおきていたとき、青い芝が、「自分たちは殺されてもかまわない存在なのか」という告発を行ったのですが、そのことを彷彿させる動きと、それと少なくとも世論が二極化している情況、改めて障害問題を押さえ直し、永い文化運動の必要性も感じています。
長谷川利夫「「精神科医にも拳銃を持たせてくれ」巻頭言の波紋と問題点」
昔、わたしが高校時代の教員が、「体罰をすることは、自らの教員であることの存在の否
定だ」という話をしていました。「精神科医にも拳銃を持たせてくれ」という発言も、精神科医として、その医療や論考に関わるものとして、存在の否定になると思うのです。かつて、反精神医学という突き出しがあって、その内容はいろいろ展開してきていることなのですが、少なくとも、精神医学の抑圧性ということは押さえられていると思っていたのですが、こんな発言が出てきていること自体で、変わらない情況がとらえられます。そもそも、それが、日本の精神医療が世界から批判されている現状でもあるのですが。
「はじめに」で「「精神科医にも拳銃を持たせてくれ」という文章が公益社団法人のホームページの「オピニオン」(意見)欄にアップされたり、その団体の機関誌の巻頭言に代表者の顔写真付で掲載されたりしたら、驚かない人はいないだろう。そんなことが現実に起こった。」127P
「我が国の精神医療の状況」は、日本の精神医療の現実を押さえるのに参考にしていく文です。ここに記して、引用していくことにします。もっと他に当事者サイドのよい文があるのでしょうが、とにかく簡潔にまとまった文です。
さて、「日本精神科病院協会雑誌の「巻頭言」」ということで詳しい内容を書いています。「日精協の機関誌『日本精神病院協会雑誌』(二〇一八年五月)の「巻頭言」において、山崎学会長は「欧米での患者中心医療の外側で起こっていること」と題する文章を掲載した。」128Pで、サンピエール病院での鶴田聡医師の朝礼での話が引用されているのですが、その結論的な内容は、「欧米では、もはや患者の暴力は治療の問題ではなく治安問題になり、さらにアウトソーシングされてミリタリゼーションになりつつあります。そして欧米の患者はテロ実行犯と同等に扱われるようになってきています。これも時代の流れなのでしょうか。/ところで、僕の意見は「精神科医にも拳銃を持たせてくれ」ということですが、院長先生、ご賛同いただけますか。」130P
で、著者の「考える会」が「緊急集会の開催と質問状の提出」をしたという話が書かれています。130-3P
鷺原由佳「「第三十四回DPI全国集会in神奈川」報告」
集会の報告文です。
採択したアピール文@「名古屋城天守閣木造復元事業に対するDPI総会アピール」A「優生手術に関する謝罪と補償を求めるDPI総会アピール」B「障害者基本法の改正を求めるDPI総会アピール」134P
さて、「全体会報告」として、「障害者基本法」改正問題に焦点を当てた報告が書かれています。そもそも官僚や他団体との共闘の中で政策を考えるとなると、民主党政権時代の、「障がい者制度改革推進会議」での議論とかに触れられていないし、その総括がどうなっているのかが疑問です。そして、そもそも障害差別がどこからきているのかとか、「障害の社会モデル」の混乱とか、そんな問題がスポイルされて、どうして官僚と一緒になって政策論議ができるのか、わたしにはどうもわかりません。
もうひとつ、気になったこと。全日ろう連の石野理事長がシンポジウムに参加して、「連盟として今後は手話でなく「手話言語」という言葉に統一して普及を図っていく」と発言したと書かれています。わたしは、その内自己修正される一時的混乱の話だと思っていたのですが、他団体に行ってまで、そんなはなしをしているよう、事態は深刻です。非当事者の立場にせよ、なんとかしなくてはと思っています。
ルビの問題での「知的障害者」のフロアーからの発言137-8P・・・ユニバーサルデザインの思想としてとらえ返す必要をわたしも感じていました。
 優生手術について「優生手術被害者の言葉は、ひどく重たく胸に響いた。失われたものは二度と返ってこない。「当時は合法だった」という厚生労働省の主張は、「知りません、わかりません、ご面倒さま」と私には聞こえる。どこまでも他人事のような冷たい言葉には「障害者は黙っていろ」という差別的な圧力すら感じる。」138Pという著者の感性に共感。
「人間は本能レベルで異質なものを排除する脳の構造があるのだから差別はなくならない、という言説を目にしたことがある。たとえそれが事実でも、人間には文明社会を築いてきた理性が備わっているはずではないか。」139P・・・「たとえそれが事実でも」という問題ではないのです。こういうことには正面から批判していく必要をわたしは感じています。これについては、もうすでに、わたしも三村洋明『反障害原論−障害問題のパラダイム転換のために−』世界書院2010の「第10章 補説1」で展開しています。
「個人的には「権利」や「人権」という言葉が、障害者運動の先達によって積み重ねられてきた宝物であることを実感した時間となった。」139P・・・そもそもこの社会を成り立たせている思想の枠組みから、共同幻想としての「人権」とかいう概念もあるわけで、その枠組み自体から批判していく必要性を感じています。
論文
木本 明「生活保護制度とその運用の在り方に対する問題提起――ニュージーランドの社会保障制度との比較から(上)」 
 最後のセーフティの生活保護が抑制される信じられない情況、ニュージーランドなどの外国との比較でとらえ返す論攷、二回に分けた前半です。項目と若干の切り抜きを記します。
「一 はじめに」
(篭山京)「保護の対象は生活困窮者ではなくて、生涯生活の中で、生活困窮となった状態がそれぞれ対象となってくる。言い換えれば所得の喪失あるいは低下、傷病というような面が、個々に問題とされるはずであって、生活困窮を全体としてとらえるというような発想は出てこない。」141P
「筆者には、生活保護制度の「特別さ」・「特殊性」を意識させられるところである」「筆者は福祉事務所で生活保護制度運用に従事した経験から、生活保護制度の利用申請を窓口で受け付けない「水際作戦」等、主に一九八〇年代後半以降の生活保護を運用する福祉事務所の状況は、人を餓死させたり、生活保護費の横領・着服や、セクハラ事件等起こす土壌にあると考えている。」141P
「二 生活保護制度運用に従事する職員による生活保護などの横領・着服・セクハラ」
生活保護の横領・着服16例、セクハラ9例141-3P
「三 「生活保護の適正実施の推進について」通知(一九八一年)」
「四 一二三号通知後の生活保護制度の利用世帯・人員の減少」
「二〇一〇年四月九日、厚生労働省は実に四五年振りに生活保護制度の捕捉率を、国民生活基礎調査(二〇〇七年、同二三万世帯)に基づいた推計から三二・一%と公表した生活保護制度の利用を必要とする経済状態にある世帯の三分の一以下しか生活保護制度を利用していないという捕捉率である。/厚生労働省が捕捉率の公表を四五年間も実施してこなかった間に、さまざまな研究者により捕捉率推計計算が行われ、そのほとんどは厚生労働省の発表を下回っていて、実際の捕捉率は二〇%前後である可能性は否定できない。」144-5P
「筆者の関心は、単なる行政通知である一二三号通知が、何故、生活保護制度の運用、生活保護制度運用従事者を、これほど劇的に変えたのか、その理由に向けられている。そこには、生活保護制度とその運用のされ方に問題があるのではないか。そのことをなるべく明確に示すことが本稿の目的である。」146P
資料
長瀬 修「障害者権利条約中華民国(台湾)初回報告総括所見(下)」  
 日本との比較を出して「これは日本では解決されているが、台湾ではまだできていないこと」、「これは日本でも同じく解決されていない」、「これは日本の方がひどい」と書いて貰うと問題が整理されるのだと思ったりしています。立場の違いからの意見を出すよりは、それぞれの立場からの連帯を希求して行った方がいいのでは思ってもいるのですが、いつもの運動サイドの立場からの、「ないものねだり」です。
投稿
江端一起「「当事者スタッフ」とはナンなのダ、いったいナニ者なのダ」  
 このひとは、自分の立場から、「キーサン革命」を自称しつつ、最もラジカルな提言を出してくれているひとのひとりです。今回は(施設や作業所における)「当事者スタッフ」ということを存在そのものからとらえ返そうとする提起です。
「こういうことが、「発達障害論」に立つ精神医から見れば「イマジネーションの障害」「コ
ミュニケーションの障害」に見えるなら、患者会の悩み・苦しみのジッサイの流れのなかで、どうしようもなくあった出来事の一環であり、悩み抜きつつ、その一環を患者会として、仲間とともに仲間として、矢玉の下を潜り抜けてきたのだ、という意味合いも含めて遺しておかないと……とは、、想うたのです。/さもないと、このようなことも、個々人の患者の疾病や障害に取り込まれていってしまうということが、腹の底から分かったからなのでした。」153P
「さて、そこで現実化するのは、想像を絶する能力主義競争、社会貢献競争、社会復帰競争になるんデスヨ。」154P
「逆だ、当事者側に競争を煽られて、当事者の分断が進むでありましょうよ。しかも、世の中全体を、本質的なモンダイから、逸らせて、誤解させたままにしておける。」155P
「当事者が当事者のママ、当事者の意向が最大限に発揮できることこそが、当事者主体なのである。/だから、当事者は当事者として、そのマンマにて、当事者の移行が最大限発揮できねばならないのだ。えばっちが患者会にこだわる意味が、ここにある。」155P
「実は、当事者主体こそは、本当に担保されていれば、その度合いに応じるかのように、筆舌に尽くしがたいイロイロなタイヘンなことが多くなってくる。その度合いに応じて、タイヘンに時間と気力と体力と労力を消耗するものなんですよ。それをキレイごとにして、形式だけを取り繕うなって言うんですよ。だからこそ、患者会という取り組みが広まらなかった、ある種「失敗」していったわけなのですから。」156P
編集後記
「埼玉県の制度としてあった住宅ソーシャルワーカー事業」「地域で暮らす足場としての「住まい」は極めて重要な福祉課題です。」164P

posted by たわし at 04:58| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年02月12日

『季刊福祉労働159号 特集:トリプル報酬改定から社会保障の今後を読む』

たわしの読書メモ・・ブログ483
・『季刊福祉労働159号 特集:トリプル報酬改定から社会保障の今後を読む』現代書館 2018
雑誌積ん読していたもの集中学習の3冊目です。
 制度の問題、わたしは基本的考えとか原理論的なことをやっていて、なかなか学習できていないので、こういう特集はとても役に立ちます。
 まだ、目次に沿ったメモ書きを続けてみます。
見開き写真・文 西村仁美「14年目の「湘南亀組」と「スンガウォン」による草の根日韓文化交流」
 「湘南亀組」とは接点があって、いろいろ活動の様子はみていたのですが、韓国との交流もやっていたのだと知りました。これからは、障害問題のみならず、草の根の交流が大切になっています。国という枠組みで考えていたら、ろくな事にならないと、昨今の政治情況をみていて感じています。
特集:トリプル報酬改定から社会保障の今後を読む
・駒村康平「社会保障制度の課題と二〇一八年度予算の動向」
 総論的なことで展開されていて、とても参考になるのですが、そもそも福祉予算の削減というところに規定されていく情況をどうしていくのか、そもそも福祉とは何なのかから考えていくことが必要、という運動サイドからの課題があります。
 二〇二五年問題がクローズアップされているのですが、著者は「高齢化の負担が一番高くなるのは二〇二五年ではなく、人口の多い団塊世代と団塊ジュニアが共に六五歳以上になる二〇三〇年から二〇五〇年頃が一番厳しくなるであろう。」20Pと指摘しています。最後のフレーズがもこの論攷の内容を最も的確に表しています。「急速な社会保障制度改革、老後生活や年金水準への不安、セーフティ・ネットワークへの不安、仕事と介護の両立不安、高齢者親族への心配といった事柄が、人々の認知機能を低下させるというこれまでに注目されていないルートで社会経済に深刻な影響を与えるのではないか。急速に変化していく社会保障制度に国民が対応できるのか不安である。」24-5P・・・この「認知機能」ということばは、著者のキーワードなっていて、説明がついています。「ここでの認知機能とは、認知症といった文脈ではなく、「外からの情報を受け取り、それを加工しある種の判断をした上で実際の行動を遂行する精神機能」24Pという記述です。・・・何か誤解を生みそうな概念なのですが、何をいわんとしているのかの内容でとりあえず評価できるので、この概念を使ってみます。まず、外からの情報自体が、隠蔽歪曲にさらされているという政治情況があります。そのことが「認知機能」の低下をもちらします。そして、最後に「国民が対応できるのか」ということを書いています。そもそも社会制度の変革ということが意味不明の内容になっているのに、なぜそれに「国民」が合わせる必要があるのでしょうか?よく、「この国のひとはなぜ投票にいかないのか、投票率が低いのか」という批判を、運動を担っているひとたちも言っているのですが、むしろ「国民」のひとつの対応なのです。それは、何をやっても政治は変わらないというところの「認知機能」が働いているのです。だから、まさに「国民」の間で、「ぽっくり死にたい」ということばが広がっているのです。それは「ケセラセラなるようになる」という世相の広がりにも通じています。まさに「認知機能」の低下です。これは、福祉だけの問題ではなく、大きな政治情況の問題で、わたしはむしろ「認知機能」の中で働いている民意を無視し強行採決をくり返す政治が創り出していると押さえています。だから、「障害者運動」も、大政治的な情況も押さえつつ、そこへの働きかけをしつつ、きちんと民意を創り出し、民意を反映させる運動が必要です。福祉というパイの分け前論に陥ってはならないとも言い得ます。「社会を変えようとする」運動の総括の中から、政治は変えうるのという新しい運動を創り出していくことなしには、ますます「認知機能」は低下していくでしょう。そもそも「認知機能」を低下させるのが今の政府がやっていることなのですから、それにきちんと対峙していかなくてはなりません。
・川名佐貴子「制度の変質、決定づけたダブル改定――暮らしの支援よりベッド数削減を優先」
「目先の対応に追われ、議論が深まらず、ほんとうに必要なことは国民に見えない。安倍政権になってから介護政策がペラペラになってきているように思う。」27P
「(介護医療院を創設、転換促進などは)本人への給付という介護保険理念からも大きく逸脱していると言わざるをえない。」29P
「リエイブルメント(再自立)」32P・・・再自立というよりむしろ再チャレンジ
「日本では、自立支援、重度化防止の評判が芳しくないのは、行政が給付抑制=お金しか考えていないことが見え見えだからではないか。」32P
「通所介護は大規模事業所で大きく減算。前回の改定で小規模を給付削減の対象とし、今回は大規模。「節操がなさすぎる」「何をしていいのか分からない」という声も聞こえてくるのも当然だ。住み慣れた地域で暮らし続けられるように地域包括ケアを推進すると言いながら、福祉系住宅サービスには厳しい評価だ。」「結論は、医療高福祉低、施設高在宅低。」34P
・三原 岳「自立支援介護の是非を問う―介護報酬改定と制度改革の論点」
 削減の議論が先行。法改定の予算のわずかな削減で福祉が大幅に変わるという内容が伝わってきます。
 「自立支援介護の問題点、「自立」の意味を「要介護状態の維持・改善」と狭く捉えているほか、介護保険制度を巡る財政問題の深刻さを見えにくくする問題がある。」要旨35P
「今回の改定の柱は@医療・介護連携の強化A自立支援介護の推進」「国民から見れば、医療・介護の境界線など本来どうでもよい問題であり、費用を抑えつつ良質なサービスを受けられるのであれば、それ自体は望ましいことと言える。」36P
問題点「@「自立」の意味を狭く捉えている点。A仮に「自立」を要介護度の維持・改善としたとしても、すべての高齢者が「自立」できるわけではない点B複雑な生活をカバーする介護の「質」を説明数字で測るのは難しい点、さらに自立支援介護はADLに偏重しており、これからのニーズが増加する認知症ケアには役立たないC本人が望まないリハビリテーションを強要される恐れという点D自立支援介護が本来の財源論議から目を背けさせる可能性がある点。」要約40-2P
・小島美里「惨憺たる介護保険(在宅系)報酬改定――「障害があっても、高齢になっても、地域で共に」の原点から」
 この著者の論攷は、きちんと福祉とは何か、ということを押さえた批判的観点を持っています。大切な文で、切り抜きメモがちょっと長くなります。
「改定のたびに使い勝手が悪くなり、利用する人々=「弱い」立場にある人々を切り捨てて顧みないものになってしまった介護保険制度。システムが人に添うのではなく、人がシステムに添わされ、介護現場は変更を繰り返すシステムに疲れ果てている。制度に振り回されることなく、もう一度自分たちの原点を振り返ることが求められている。」要旨43P
・・・これは全てに通じる提言、今日、わたしたちは国家の論理に振りまわされています。国家などというものがあるから戦争が起きます。必要なのは福祉であり、国家ではないのです。福祉というのは共同性の構築からでてきていることで、それは膨大な富の蓄積であり、その中の個人の能力の差などは問題にならないのです。その上に立って、新しい共同性を考えていくこと。福祉のことを考えていると、大きな政治情況もとらえられ、未来社会のあり方のイメージも湧いてきます。
「この国の社会保険制度を利用する人々、すなわち「弱い」立場にある人々を切り捨て顧みないものになっている。」43P
「今回の介護保険報酬改定で、特に在宅介護系については、利用者にも事業者にも「良いこと」などまるでない改定だった。介護報酬でたったの〇・五四%のプラス改定にもかかわらず、報酬審議の席で制度の持続性を主張する財界や健康保険組合は「プラス改定はあってはならない」と発言した。介護保険が始まって一八年、家族構成は独居や高齢夫婦のみ世帯が増加し、介護を家族に求めることはできない。安倍首相は、二〇一五年九月に「新三本の矢」の一本に「介護離職ゼロ」を掲げたが、介護保険制度を削ってそれが実現できるのか。本当に不思議な主張である。」44P
「介護保険は、本体報酬を上げずに条件を充たした場合にのみ算定される加算を山のように付ける手法をとってきた(最近は障害者支援にも同じ手法が使われている)。今回は「医療と介護の連携」のキーワードに基づいて、医療関係の加算のみ増えた。医療が関わらなければ取得できる「中・重度に重点化する」するという名目だ。介護保険は最初から第二医療保険と言われてきたが、今回の改定はそれをまた強める方向に進んだ。」45P
「元気な高齢者はピンピンコロリを目指して介護予防に励み、要介護になった本人・家族は制度に対して物申す余力はない。そう、苦しい思いをしている人々に発信力はなく、元気な高齢者は介護を受けることが悪いことのように刷り込まれて介護予防に励み、いくつになっても生活を支える介護は不要で、いきなり重度になって医療系介護サービス(!)を受けて亡くなっていくという、アンビリーバブルな制度改正がまかりとおる国と成り果てた。」45P
「介護保険が始まってもうすぐ二〇年、高らかに謳われた「介護の社会化」から遠ざかり、自己選択も自己決定もできない、必要なだけの支援はできない制度に成り果てていくのをずっと見てきた者にとって、「地域共生」やら「我が事・丸ごと」やらは、高齢化が進んだ地域にまるなげするための理由付けに過ぎないと断言できる。/介護保険制度創設以来、繰り返し顔を出してきた障害者福祉との統合は、この改定で「共生型サービス」となって水面上に顔を出すことになった。両制度の統合は障害者制度からの強い反対で今日まで実現されることなく過ぎた。その理由は、主には「多数派弱者」の支援制度である介護保険は、支援量も支援メニューも少なく、特に自立生活を営む当事者の生活が成り立たなくなり、とても障害者サイドに受け容れられないものだからだ。」47P・・・確かにそうだけど、分断され福祉が切り捨てられていく情況が作られ、そして介護保険に取り込まれていく情況をどうとらえるのかという問題があり続けています。そもそも福祉とは何かの議論から反撃に打って出なくてはいけないのではないでしょうか?
「実もふたもないが、日本の社会保障制度の推進は高度成長経済のおこぼれだった。人口減もあり、経済成長が見込めないこれからの日本で障害者や高齢者が大切にされるとは思えない、生産性がない要介護高齢者と障害者は一緒にしてしまおう、という流れで制度の統合は行われるだろう。さらに生活困窮者や児童も入れてしまおうというのが「地域共生社会」。それを逆手にとって本質的なインテグレーションを進めようと言いたいところだが、一足飛びにできることではない。/実は、私は「統合」を目指したいのだ。要介護高齢者は高齢障害者である。生まれながらの、若年からの障害者と区別するのは理屈に合わない。これまでそれを口にしてこなかったのは、「統合」は障害当事者の支援量を減らすことが明らかだと考えてきたからだ。だが、近い将来必ず「統合」に進む。それも望ましい形になることは決してないと断言できる。であれば、こちらから本来あるべき「統合」を掲げて、高齢分野・障害分野で活動する人々が手を携えるべきではないか。手をこまねいていると、無残な「統合」が行われてしまうに決まっている。二制度を維持することで障害者優遇と攻撃されることだって考えられる。」48-9P・・・まさに正論です。分断された過去の総括から、民衆の草の根のユニバーサリーゼーションが必要になっているのです。
「財政赤字を抱えたイギリスが、赤字減らしを名目に、社会保障制度削減を筆頭に緊縮財政を断行した。結果、消費は伸びず、赤字を減らすことはできなかったと聞く。介護の現状にも同じことが言えないだろうか。介護人材が逃げていくのは、介護報酬が上がらず低賃金だから、残った人が過重労働になる、疲れ果てて虐待が多発する。すると、人々は介護サービスに対する信頼を失う。今はそんな負のスパイラルの真っ只中にいる。」49P
「一説によるとAIの発達で、半数の仕事には人間の手がいらなくなるそうだ。残るのは医療や福祉介護などの対人援助、対人サービス。だとすれば、ベーシックインカムのような利益の再配分の仕組みをはっきりして、人間の働き手を手厚く遇する。まあ、そこまで壮大な話はともかく、超高齢者社会は当分続く。障害者も高齢化が進む。まともな支援を提供する制度がなければ、社会の荒廃は進む。」50P・・・「壮大な話」が今必要になっているのだと思います。「社会は変わらない」という諦観からなんとかしないと、この状態が続いていくのです。
・茨木尚子「障害者福祉報酬改定の概要と課題――障がい者総合福祉法骨格提言からみた今回の改定の課題と今後の方向性への危惧」
この著者は、「骨格提言」をまとめた福祉部会の副部会長だったひとです。で、「骨格提言」が出された経過を押さえて、それがどうなっていくのかの危惧と今後の課題を書いています。そもそも、民主党が官僚支配からの脱却―政治主導を掲げて政権をとり、そのひとつの象徴のようなこととして「障がい者制度改革推進会議」が「障害者」当事者委員が「過半数」という構成で作られ、その下に「福祉部会」が作られ、「骨格提言」がなされたのですが(わたしも幻想を抱かされパブリックコメントを出していました)、それをほとんど無視して官僚が法案を提出してきて、それが法案になっていきました。まさに政治主導が破綻した典型的事例なのです。わたしは会議のビデオや議事録や議事録を見ながら、怒りに震えていました。なぜ、「障害者」がこけにされたと怒って、委員のひとたちの中から辞任するという事態が生まれないのか不思議に思っていました。組織を背負って出ているとか、それでも少しはよりよいことにという志向が働いたのでしょうか? そもそも、わたしのような幻想などにとらわれていないで、過渡として受け容れたのでしょうか? この著者の文も、何かそのことの怒りとか総括のようなことのない、第三者的コメントになっています。まあ、学者としての立場なので、そのようなことを求めるのが筋違いなのでしょう。わたしは、共同性を求めて、ないものねだりをしてしまいます。ともかく、総体的におさえてくれていて、問題をおさえる作業として大切な資料なのですが。
「はじめに」で「そもそも障害者総合支援法は、障害者自立支援法違憲訴訟による国と訴訟団の合意により、障害者自立支援法を廃止し、新たな総合的な障害者福祉法策定することから取り決められたことから生まれた法律ではあった。新しい法律は、障がい者制度改革推進会議総合福祉部会で検討され、合意された「骨格提言」を踏まえて策定されるはずであったが、結果としては自立支援法の内容をほぼ周到するものにとどまった。成立の際、「今後、段階的、総合的に、『骨格提言』の実現を目指す」と、当時の厚労省副大臣は我々部会メンバーに明言した。今回の法改正、それに基づく報酬改定は、「骨格提言」の実現に近づく内容となっているだろうか。その概要を検証していきたい。」51Pと書いています。
 で、「骨格提言」の簡単な押さえ「@障害のない市民との平等と公平A制度の谷間や空白の解消B障害種別や地域間での格差の是正C長期入所や入院という放置できない社会問題の解消D障害当事者のニーズにあった支援サービスの実現E障害者の地域生活を支える新たな支援の実現のために安定した障害者福祉予算の実現」52P
 三年後の見直しの一〇の論点「・常時介護を擁する障害者等の支援について/・障害者等の移動の支援について/・障害者の就労支援について/・障害者支援区分を含めた支給決定について/・障害者の意志決定支援、成年後見制度の利用促進のあり方について/・意思疎通に支障のある障害者支援について/・精神障害者の支援について/・高齢の障害者支援について/・障害児支援について/・その他」52P
 横浜市の事例が54Pに書かれているのですが、その議論の内容は、シャドーワークが必要になっていくのに、それにお金がつかないという、現場を知らない、もしくは知ろうとしない福祉制度の議論になっているという内容です。
「今回の改定は、「法律は大きく変えられない、計画的、段階的目標である『骨格提言』の実現に近づけていく」という国の方針を踏襲したものである。しかし、他の障害のない市民との平等の下での社会参加の実現という障害者権利条約の原則に立ったとき、サービスの利用解釈を少しずつ変更することや、必要な支援の報酬単価を調整するという供給手法で、いったいいつそれが実現されることになるのか疑問を感じざるを得ない。福祉政策の枠を超えて、そもそもの障害や平等についての議論の深まりや、新たな政策展開の必要性を強く感じる改定結果となっている。」55-6P
「身体的介助を受けながらも自立は可能とした自立観や、家族ではなく、利用する本人の自己決定や選択を尊重する介助関係は、障害者当事者側が構築してきたものである。これらと介護保険における介護サービスの理念や内容の相違点は、今後乗り越えられるのであろうか。むしろ、圧倒的多数に供給されている介護保険サービスのあり方に、障害者福祉サービスが巻きこまれていく危険性はないだろうか。改めて障害者福祉の独自性を明確にしていく必要があるのではないか。」56-7P・・・そもそも「自立とは依存先を増やすこと」という、自立と反対語の依存を使った反転的テーゼが出てきています。「自立」という概念なり、人間観、世界観から変えていくことが必要になっています。
「障害者が地域社会の一員として、「他の者との平等」の下、必要な介助等の福祉的サービスを受けながら市民として自立して暮らすための新たなシステム構築という視点が、この政策に存在しているように思えない。財政、人材などの財源が不足しているから、地域でのマイノリティの支援を統合化し、できる限り、自助、互助を公助の前提として制度に組み込んでいきたいという国の思惑がそこに透けて見える。」58P
・今村 登「二〇一八年度障害福祉サービス報酬改定をどう見るか」
重度訪問介護がそれなりに評価することがあるという押さえをしていて、今後の課題とかも丁寧にしてくれています。ですが、何か世論の動向に流されて、きちんと、むしろこちら側の突き出しが弱いのではないかと感じてしまいます。たとえば「介護保険のサービス開始年齢を現在の六五歳のまま据え置いて、保険料の徴収年齢のみを下げるとなれば、それこそ再び財界の反対は必至であろうし、国民の理解も得がたいだろう。〇歳児から死ぬまで、何らかの支援が必要になった人に対してサービスが提供できるような制度に介護保険を再構築してするためとされれば、話は変わってくる可能性は高い。障害者のことは争点にならず、年齢のシームレス化でうやむやにされて国民の支持を得てしまう可能性、危険は十分ある。」65Pとあるのですが、そもそも、財界の論理、金持ちが逃げるとか、企業が国外に移るとかいう宣伝に乗った「金持ちのための政治」をこの間やってきて、累進課税を弱める、法人税を軽減するということをしながら、福祉の抑止や切り捨てをやってきたわけです。逆に、そもそも国際協調や「福祉の国際競争」というところで、ひとの生活を守るという、それこそ「持続可能な」経済政策と福祉政策という手法はあるわけです。資本主義下では、ほっておいても、保守政権はそんな政策はとらないわけで、それこそ、民衆の力でそれを勝ち取っていく運動が必要なのです。
・白杉滋朗「福祉サービス全盛の中での業就労系分野における報酬改定」
 「福祉サービス全盛」ということは、コムスンの破綻などの後には、現行の政権の流れの中では、もうないのではと思えます。福祉とか、福祉労働、さらには労働一般のとらえ返しが必要になっているのではと思えます。共同連に関係している著者にもそのような観点があるようで、共鳴しているのですが、いくつか疑問点も。
 「現代社会は生産性第一主義の価値観に支配されている。そのため生産高が低い障害者は労働市場から長年、排除されてきた。一方で、地域共生社会の実現という考え方に立脚するならば、「能力」の差異をお互い支え合い(社会的包摂)、誰もが「支え手」となり得るし、ならねばならないはずである。しかし、実際には生産高の多寡により一定水準以下の労働力は労働力とみなされず、最低賃金という最低限の所得保障からも除外(正確には減給特例)されている。「罰金(納付金)を払ってでも雇わないほうが割に合う」という義務雇用が発生する事業所の手法が法定雇用率未達成となっているのが現実だ。/国際的には「保護雇用」(sheltered employment)という観点から、支え合う雇用(援助付き就労)の下で一定の収入確保がなされる制度が実施されている。EU諸国のソーシャルファームに代表される社会的企業や社会的協同組合などはその顕著な例と言える。海外のこのような例についても精査すれば、充分な収入確保につながっていないケースもあるだろうが、日本ではILOが勧告一五九号や一六八号で求めている政策が実施されているとは、ほぼ言えない。」67-8P・・・「能力の差異」という概念自体、「能力を個人がもつものとは考えない」という提言からとらえ返す必要があると思います。また、労働すべしという論調は、「そもそも労働とは何か」というとらえ返しが欠落しているようにしか思えません。ベーシックインカムなどの議論をどうとらえているのでしょうか?
「何をするにしても報酬の給付に結び付けていく(=金につながらなければ何もしない)価値観から脱却できないものか?」70P
「その(就労移行支援事業の)実態は三年間(延長も含めた移行事業の利用期限)で就労への実績が〇という移行事業が三割を超えているという現状であり、厚労省も問題意識をもっているようだ。一方で、本事業のモデルにもなった東京都育成会の「すきっぷ」などのように一〇〇%に近い実績を上げる場との二極化が進んでいる。」70P
「障害当事者やその周辺のみにしか認知されていない総合支援法ではあるが、この間の「悪しきA型」問題や、その結果とも言うべき二〇一七年四月よりの運用見直しに端を発した事業所の休廃止と、それに伴う障害労働者大量解雇問題がマスコミ上を賑わし、多くの市民の知るところになった点は皮肉である。「悪しきA型」の問題提起を粘り強く主張した共同連としては、ようやく問題を周知された点では評価をしたいところであるが、残念ながら厚生労働省の問題意識は、我々のそれとかなり価値観の相違がある。」71P
「一時的に長期の休養を必要としたり、遅刻・早退を繰り返しつつ就労を続けている精神障害者などが多く集まる事業所にとっては、今回の「メリハリ」は結果、死活問題となるおそれがある。」72P
「自立支援法の施行による規制緩和(参入の自由化)により製造業や販売業でなく、福祉サービス業なるものが成立し、営利事業の狩場になった観がある。この現象は介護保険とも通じるが、リタイアした高齢層と稼働年齢の障害者の社会参加を同様に考えるのは如何か。その流れに事業所運動が流される傾向には警鐘を鳴らしたいと思う。」74P・・・どうして分けて考えるのか疑問です。労働を軸に考えるからではないかと思えます。
・千葉正展「超高齢社会の本格突入に向けた医療保険抜本改革のラストチャンス」
 社会福祉の全体の流れを押さえようとしている論攷です。ただ、観点がかなり行政側よりになっています。まあ、それはそれなりにむしろ参考にできるのです。
「今回の同時改定は、時に相反するように見えるこうした様々なモザイクを丹念に解きほぐし、超高齢社会を乗り切れるよう仕組みを変えていく、とても難しい舵取りが求められた改定だったと総括できる。」75P
「(経済成長下の)一九七三年の老人無料化・・・(中略)・・・第一次オイルショックが発生し、わが国の高度経済成長は終焉を迎え、無料化の財政基盤がなくなってしまった。/これ以降、今日に至るまでになされた医療制度改革は、医療保険財政の破綻を回避しつつ、社会に存在する医療資源をすべての世代の医療ニーズにマッチングさせていくかの戦いの歴史だったと言える。医療計画による病床数の総量規制の開始、老人医療を老人保険制度として再編、老人医療費の定率負担の実現、療養病床の区分の創設、積極的な医療を要しないニーズを介護として受け止め、社会でこれを支えていこうとする介護保険制度の創設などいずれもそうした流れの制度・政策である。」76P・・・経済動向に左右されない福祉政策がむしろ必要で、それを「持続可能な」という名の下に福祉の切り捨てに走る政策こそが問題だと思うのです。そもそも福祉とは何か、という議論が欠落しているようにしか思えません。そもそも、いのちや生活に関わることと資本の論理がマッチングしないのだと言い得ます。
「医療保険に目を戻そう。このような厳しい社会保障財政事情のなか、真に効果的な医療提供体制の適正化に向け、医療保険や医療制度は量的規制から質的な規制へと重点がシフトする。」79P・・・「効果的な」とか「適正化」という事の中で、医療が機能していない現実を見ようとしていないのでは?
「一般病床(七対一〜一五対一)・療養病床としてくくられてきた病棟を、「高度急性期」、「一般急性期」、「長期療養」という形で医療の担う機能によって病床を性格付け再編し、真に地域の医療ニーズに適合するような供給体制にもって行こうとする政策がとられることとなる。」79P・・・ここのところには図が付けられていて、分かりやすいので参照。機能による分類で何が起きるかの検証も必要。
・桜井啓太「生活保護の「特殊化」とナショナル・ミニマムの放棄――生活扶助再引き下げと母子加算等の減額」
 最後のセフティネットと言われる生活保護の引き下げという信じられない事態に直面しています。そのことを福祉論から読み解いています。短い論攷ながら簡潔に論理的に展開してくれています。
「母子世帯のみならず多くのの世帯において九〇年前後の扶助基準相当に下がることから、一連の引き下げによって日本におけるナショナル・ミニマムの水準が四半世紀以上過去にまで後退したともいえるだろう。」85P
生活保護の見直しの内容@生活保護基準の引き下げ・再引き下げA有子世帯の加算・扶助の見直し(母子加算/児童養育加算/学習支援費)B後発医薬品の原則化89P
「社会福祉学者の岩田正美は著書のなかで、社会福祉事業を分類する「一般化」と「特殊化」という概念を提唱している。「一般化」とは、一般的な労働と生活の様式に沿ってそれらを維持する目的でなされる社会福祉の事業の形式を意味し、「特殊化」とは一般的形式とは異なった「特殊・特別」な「場所」へと接合していくような形式を意味する。「特殊化」の例として、特別支援教育や、各種の保護施設などが典型とされる。生活保護制度は、所得・資産制限が存在するという意味では、「貧者」に選別された者のための制度であるが(選別主義)、そこで提供される扶助の水準「国民最低限(ナショナル・ミニマム)」、すなわち、すべての国民に認められる健康で文化的な最低限度を保障するものである。この意味で生活保護制度とは、一般的な(最低限度の)「生活保護」という「一般化」形式の事業であるといえる。」「生活保護制度は、本人の稼得能力にかかわらず人びとに一般的な生活様式を保障するための仕組みであり、それは国のこれ以上譲ってはならないボトム(最低限)を定めることと同義であった。」88-9
「近年の改革はこれらがなし崩しにされている。保護の基準はもはや、働かずに生活する者に税金から支給される金額の多寡としか理解されていない。基準の引き下げに伴い、修学援助等、低所得者向けの四七事業が対象者縮小などの影響を受けるといわれている。政府は一八年見直しを決めたのち、「できる限り(他制度に)影響が及ばないようにする」との見解を示した。しかし、これは本来おかしな話である。生活保護基準がナショナル・ミニマムの代理指標である以上、保護基準を下げることは他の制度の適用水準を下げるということである。生活保護利用者の保護費のみを一九九〇年前後の水準まで引き下げ、他の低所得者向け事業は従前に保とうとする政府の行為は、生活保護のみを「特殊」なものにしようという行いに他ならない。」90P
「ある特定のカテゴリー集団のみを「特殊化」して、一般の生活様式とは異なる劣等の水準を認めるような方法は「分断統治」の典型である。」90P
「本当に問われなければならないのは、分断された「彼ら」の処遇ではなく、「私たち」の社会のあるべき姿であろう。」91P
・柴田靖子「なぜ重度訪問介護報酬新設は、シンプルにならなかったか――入院時付き添い介助一年を振り返って」
「なぜシンプルに「サービス提供場所が拡大し、入院先でも可能になります」というお達しにならなかったのか。医療現場が実情に沿う意見を出さず、旧態の仕組みを継承したがるのはなぜ?医学が未だに信じている“正常”の絶対基準のせいだ。「基準外は未だに“異常”で医療管理ののもと療養する患者。だから介護・介助も看護」……なわけない。“常”な人“常”な時につきまとうような、医療」93P・・・医療を根底的にとらえようとしています。
・松浦武夫「社会が向かい合うべき障害・障害者という課題の確認を」
「しかし総体としての社会保障費抑制が二〇一六〜一八年度引き続き行われ、経済財政諮問会議では、加藤厚生労働大臣が「介護の生産性向上」という効率化を目標の一つに掲げています。」94P・・・介護の世界に効率化を求めると、虐待やいじめが起きてくるということが分からないようです。そもそも、厚労省大臣は、予算をぶんどってくる立場なのに、抑制の旗振りをしたのではとも、思えます。
「(介護保険制度の導入で)障害児・者制度も含めて、事業者や職員の認識に影響し、評価や効率が優先され、計画(ケアプラン)作成は当事者主体から、行政施策の意向に添った視点となってはいないでしょうか。私は地域の施設化とは、管理と監視と効率が採算で動く、制度に隷属した生活であろうと考えます。」94P・・・医療・介護の矛盾は現在の社会構造の矛盾からきているとしか思えません。
・友澤ゆみ子「子どもに関わる福祉の現場(放課後デイサービス)から報酬改定について考える」
「(放課後デイサービスからとらえ返すと)二〇〇〇年に「介護の社会化」を謳ってスタートした介護保険制度が、この一八年間で在宅生活を支えるサービスの切り捨てがどんどん進み、在宅を支える生活介護より機能訓練や専門職によるサービスを重視する報酬体系に移行していることと「相似形」に見えてくるからだ。」96P
季節風
佐藤 聡「バリアフリー法改正法案評価と課題」
ADA法施行以降アメリカを旅行して、バリアフリーが進んでいる現実を見、日本との差を実感したという話から始まります。ですが、障害問題でかなりすすんだところがバリアフリー法や自立生活運動と言われています。
短文ながら、バリアフリーに関して簡潔に整理された文です。
「バリアフリー法は日本を劇的に変えた法律だ。一九九〇年の東京には四七六の駅があったが、このうちエレベーターが設置されて車いすで自由に利用できる駅はゼロだった。二〇一七年三月の東京には七五七駅あり、段差が解消され車いすで利用できる駅は六五八駅(八七%)となった。わずか二十数年で、車いすでは全く電車に乗れなかった街が、ほとんどの駅が車いすでも利用できるようになり、どこにでも自由に行けるようになった。まるで別の国のようだ。これは紛れもなくバリアフリー法の成果である。/バリアフリー法は障害者のみならず、全ての人にとってまちづくりの基本となる重要な法律なのである。権利条約が求めるインクルーシブな社会を実現するために、今回盛り込めなかった課題は、引き続き改善を目指し取り組みを続けたい」101P
池田直樹「広島成年後見人裁判のその後――福山支部関連訴訟の経緯と裁判を受ける権利」
 広島成年後見人裁判、「知的障害者」が成年後見人になったことによるトラブルで、訴訟合戦になっている様子を、そもそも成年後見人に指定した裁判所の責任問題から、訴訟能力を認めさせる人権裁判になっています。問題は複雑のようにとらえられますが、「この裁判は、知的障がいのある当事者が、代理人の支援を受けながら、訴訟という手続きの中で「当事者として訴訟活動をする地位を認めろ」、「当事者を無視したことは許さない」という分かりやすい裁判です。」105Pとまとめています。
貴嶋さとみ「三七年前と変わらない建物の中――疾病者が出るたびに閉鎖される施設」
 感染症がでると閉鎖空間になる施設の現状を告発しています。
インターチェンジ 交差点  
押部香織「教室の中で 「共に学ぶ」のスタートライン」
 病弱学級の担当になった著者が、「共に学ぶ」ということで、交流学級にできるだけいるということをめざし、実践している様子をいろんなエピソードを交えて書いています。
 小園弥生「行政の窓口 “ガールズ”(若年無業女性)支援の現場から」
 横浜市男女共同参画センターで開講して十年目なる「ガールズ編しごと準備講座」のはなしです。ガールズとは一五歳から三九歳までの単身女性(学生、シングルマザーを除く)のこと。
 「ガールズ応援サイトには「自立のかたちは人それぞれ」と書いている。講座のなかでは、まず自分を大切にしよう、何に困っているのか探っていこう、困りごとを解決するために使える資源は人により異なるので自分が使えるもの使いたいものを探して組み合わせていこう、相談しよう、人とのつながりを増やそう、と繰り返し伝えている。」110-1P
 奈良ア真弓「街に生きて 障がいのある人にもっと出会って知ってもらえれば、差別はなくなる」
 連載の最後、家族のこと、仕事のこと、これからやりたいことを書いています。
 石田 力「施設から 美深のぞみ学園施設解体の軌跡B─退路を断った施設解体」
 施設の解体に向けた動きを書いています。
「平成二十年八月に、入所施設の廃止届を提出し、私たちは、退路を完全に断ちました。もう、後戻りできません。」114-5P
「施設に入所させられていた経験のある人たちは、居室がある限り、再び入所させられるかもしれないという恐怖感を常にもっていることをFさんから学びました。」115P
「入所施設での最後の宿直は私が勤めました。夕食は六名の入所者たちとジンギスカンを囲み「最後まで美深のぞみ学園に残ってくれてありがとう、一八年間、この施設に閉じ込めていたことを許してください」と心から詫びました。」115P
障害者の権利条約とアジアの障害者 第三十回
中西由起子「権利条約の政府報告D第六条 障害のある女子」
 各国の情況はかなりばらばらで、日本でも最近出て来ている女性「障害者運動」の中で、複合差別の項目をきちんと取り入れていくことが必要になっています。
社会を変える対話──優生思想を遊歩する 第八回
鈴木 良×安積遊歩「殺伐とした競争社会で最も抑圧された重い障害をもつ人がもたらす共感」
鈴木さんが「生き残れ」とはっぱをかけられ、「気付いたら誰もいなかったということが、ものすごくショックだった」「てっぺんに行くと、その風景があまりにも殺伐としていて「何もなかった」。ものすごい喪失感、寂寥感に陥りました。」119P
鈴木「あまりにも心が殺伐としているから。二つの出来事(阪神淡路大震災とオーム真理教事件)に対する若い人たちの動きに共感したのもその殺伐感があったからです。」120P
「(グループホームで仕事をしていて)とにかく最初の三ヶ月は嫌だったけど、次第に皆を人として見れるようになっていく。そうすると嫌だった自分が消えていって、逆に来たい自分が出てくる。話したい、会いたいとか、そういう感じになっていった。」120-1P
「(パレスチナで)言葉を話せないことがどんなに大変かを自分の身で実感しましたから、重い知的障害をもつ人に対する共感も心の中に更に深まったと思います。」122P
「ラルシュ かなの家」122P
安積「良さんの活動が非常に興味深いのは、知的な障害をもつ人との対等な関係性が社会の中で最も大切なのだという確信が見えるところです。良さんにとっての障害をもつ人の存在というのは、研究者や支援する側の人の一方的なものでは全くないのですよね。それと私もフィリピンの人たちとの繋がるなかで、日本の障害者運動にだけ埋没しないいろんな学びをしました。良さんにとっては、それがパレスチナの人たちとの関係なのだなと、お聞きしながら感じました。」123P
現場からのレポート
 山本勝美「優生保護法下の強制不妊手術問題に挑んで――最前線からの報告」
 日本での優生保護法の動きを押さえ、この問題に長年取り組んできた著者の立場から、「強制不妊手術に対する謝罪と補償を求める会」を結成し、厚生労働省と交渉を重ねてきていて、裁判提訴が相次いでおきマスコミもとりあげ、議員連盟も結成され、「今ほど凄まじい動きをかつて経験をしたことがあるだろうか」131Pという情況になっています。
 印象に残った文、著者が活動の中で得た実感「社会的連帯とは、未知の人々の間ですら仲間意識の下で交わされるこういうふれ合いのことなのだということを、私たちはその体験からかみ締めた。」127P
 堀 智晴「なぜ、インクルージョンをめざすのか?――第六十七次日教組教育研究全国集会報告」
 教研集会に長年関わってきた著者の共同研修者としての総括も含んだ報告です。試行錯誤のかなりカオス的なこともあるのですが、迷いながら、まとまらないことも大切というような感じがあります。
 印象に残った文の切り抜き。
 「合理的配慮とは障害のある子どもを何とかすることではない。その子どもの<まわり>が変わること。変えるのではなく、変わっていくような関わりを先生はしてほしい。つまり<まわり>の最初の人は実は先生自身。先生が少しぶれるとその影響は小さくない。そこから始まる。また、まわりの子どもが変わると言っても、一人ひとり異なるので単純に予想ができず、思うようにはいかない。」136P
 「子どもとの関わり方、大きく二つに分けられる。その一つ目は、教員が方針を決めて指導するという関わり方。スタンダードを決めてその力がつくように取り組む。また関連機関が連携する。二つ目は、子どもに任せて見守る。徹底して待つという関わり方。多くの先生は一つ目の方法をとる。それこそが先生の使命と考えている。一つ目の方法から二つ目の方法へと転換したことがあるというのは、わたしの経験では先生が自分の価値観が変えられてひっくり返ったからではないかと思う。」139P
 「私は大学紛争を体験して、相手を尊重するからこそ<真剣に批判する>というのを基本的姿勢として自分の人生を生きてきた。「連帯を求めて孤立をおそれず」という言葉もあった。」142P
竹迫和子「障害児・者の高校進学二〇一八年、春」
 「適格主義批判」というところでの運動の二〇一八年春の情況を報告してくれています。
西村仁美「今日も「順調に」問題だらけ!――十四年目の草の根日韓合同文化公演」
 巻頭クラビアにつながっている文です。タイトルは、「べてるの家」のスローガンの援用?
資料
解説・翻訳 長瀬修「障害者権利条約中華民国(台湾)初回報告総括所見(中)」
 連載二回目。次回にもまとめてコメントします。
編集後記
 「むしろ現状の公的施策だけでは「自立」できない様々な課題を抱えた人を一括りにして特殊化=二流市民扱いしていく方向性も垣間見える。」164P

posted by たわし at 15:21| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『季刊福祉労働158号 特集:学校における合理的配慮と親の付き添い問題』

たわしの読書メモ・・ブログ482
・『季刊福祉労働158号 特集:学校における合理的配慮と親の付き添い問題』現代書館 2018
雑誌積ん読していたもの集中学習の2冊目です。前回は、細かいメモを残したのですが、先を急ぐので、タイトルはきちんと書いて、簡単なメモで、ちょっと印象に残った文を精細なメモにします。メモが少ないといっても、それはわたしの主観のようなこと。タイトルを見て、関心のあるかたは本文にあたってください。という断り書きを書き置きます。今回は著者・著書の書体が違っているので、別の書体で導入的な文を書き、引用は「 」で、それに対するコメントを斜体にします。

見開き写真・文 小川道幸「パンジーメディア―知的障害者が発信する放送局」
 すごく興味深い試みです。
特集 学校における合理的配慮と親の付き添い問題
・南舘こずえ「障害者差別解消法が問いかけるもの──学校教育における障害を理由とした差別の解決に向けて」
「障害の社会モデル」の混乱がそもそもあるのですが、この著者は行政サイドのひと、で、余計、「社会モデル」の考え方が医学モデルの方に引き寄せられているようなのです。
文を引用して具体的にコメントしてみます。
「能力によって差別されない学級づくりは法律で規定できるものではなく、それを志向する人々の努力でしかなしえない。」要旨8Pと最後の文17-8P・・・何かおかしいのです。精神主義です。制度や体制から来る問題を、努力の問題にすり替えてはならないと思うのです。
「障害によって生じる社会的障壁」「障害に基づいた障壁」12P・・・二昔前のICIDHの因果論的医学モデルでしかありません。
「障害のある子ども及び保護者からの申し出を起点にして始まる。」13P・・・申請主義が何をもたらしてきたのかという負の歴史を押さる必要があります。
「当事者から見た場合には、障害者差別解消法の合理的配慮を求めるのか、それとも教育的配慮を求めるのかという違いになるが、重要なのはプール学習での着替えやトイレ利用での適切な対応がなされるべきでという点であって、その対応を何と呼ぶのかということだけではないかと思うる」12-3P・・・何と呼ぶのかという問題ではなくて、必要な援助は何かということです。それが「合理的配慮」ということばの持ち出しであいまいになっているのです。
「この時、求められた配慮内容を学校が過重な負担があると判断した場合は、合理的配慮の提供をしなくても良いと誤解している場合がある。」23P・・・そもそも、問題はどうして「合理的配慮」などというあいまいな概念が持ち出されてきたか、という問題があるのです。権利条約の議論の始まりにおいて、「必要な援助」ということで議論されていたことが、権利条約成立のためには各国政府の承認が必要だからと、「過大な負担にならないように」というところで、この言葉が持ち出されたのです。だから、行政の方の議論も、何を保障しなくてもいいかというところで、話を進めようとする錯誤さえ起きています。著者の言っていることは、当事者の意見をとりあげるシステムがあるという話です。そして、そのシステムを19Pの図で表しています。確かに、対話のシステムを作っているところは評価できるのですが、予算がない、金がでないというところで、切り捨てられていくのです。
「申し出をした学生に、どのような社会的障壁が生じているのか、明らかにされていない。」14P・・・これは「社会モデル」的にいえば、社会が創り出している障壁で、「障害を被っている」という考えになります。「社会モデル」ということが、ほとんどとらえられていない情況が出てきています。
 「障害がある事で障害のない人と同じスタートラインから離れているのかを特定できなければ、合理的配慮を提供する「合理性」を導き出すことはできないからである。」14P・・・「障害者が障害をもっている」という医学モデル、個人モデルの考え方で話を書いていて、競争の機会均等というとらえ方になっています。競争原理や「合理性」などということが障害差別の根拠になっていくことをわたしはとらえているので、どうもこういう考えは「障害者運動」からとおいところにあるとしか思えないのですが。
 「障害のある学生に対する紛争の防止」18P・・・「紛争」ということはまさに障害をとりのぞく義務が自分たちにあることをとらえられないひどい文言だとしかいいようがありません。学生から提起・抗議される以前に解決する問題なのです。
 この間、「合理的配慮」のはなしが続いています。また、役所関係を中心に、「何が合理的配慮なのか」という、事例研究の文書が出され、施行令や通達やパンフのようなものも出されているのですが、そもそも、「障害者」の障害−障壁を取り除く義務は「社会」にあり、どういう障害があるのかという研究や議論として進むべきところ、本末転倒のようなことが起きているのではないかと思えます。そもそも「社会モデル」ということがとらえられないところから来ているので、そのあたりのことをきちんと整理・深化させていくことが必要だと思っています。
いろいろ批判的なことも書いていますが、この巻頭言的文は、行政がどのような論理で進んでいるのか、そしてその矛盾をとらえ返すにとても大切な資料でもあります。
・海老原宏美「自分の人生を主体的に生きるために」
人口呼吸器をつけ自立生活運動を担って、しかもそれを運動的に広げて行こうという「障害者運動」当事者の文です。今、注目されているひとりです。親がいろいろな策略を巡らし、親が子どもを「獅子の子おとし」のように突き放すことによって、自立生活運動の担い手になっていくというパターンがとらえられます。周りのひとを巻きこんで、「人サーフィン」とか、周りのひとが本人の意見を訊いてくれる情況を作っていく、いろんな形で、自らの支援の態勢をつくり、そして制度のことも考えていく、当人が動き出さないと何も起きないというところで切り開いてきたひと。
印象に残った文「今、私が大人になって感じることは、「どんな障害であっても、地域社会で生きていくには人の手をたくさん借りる必要がある」ということです。教育とは、社会で生きる力を身につけるためのものであり、そのために障害がある人が学校生活で何を学んでおく必要があるかと聞かれたら、「自分ができないこと、苦手なことを知り、それをどう人に伝え手を貸してもらうか、のスキルを身につけること」だとわたしは答えたいです。それは同時に、障害のない人が「何かができない人、苦手な人がいたときに、どう手を貸せばいいか、のセンスを身につけていくこと」を学ぶことでもあるのです。だからこそ、 インクルーシブ教育の推進が欠かせないのです。」26P
・平本 歩「人工呼吸器をつけて普通校へ通って」
医療的ケアを必要とする、パクパクの会で当事者として活動しているひと。きちんと自己主張できるひとです。
・下川和洋「医療的ケアを必要とする子どもの保護者等の学校付き添い課題と合理的配慮」
医療的ケアの必要な子どもたちへの実施情況を丹念に洗い出してくれています。
・小田智子「普通学級と特別支援学級を経験して──同じ空間で一緒に学び合うためになくてはならない「安心」」
子どもが、普通学級と特別支援学級を行き来して、同じ空間で一緒に学び合うために何が必要なのかを指摘してくれています。文の要旨のところの最後で「一緒に勉強できないのは子どもたちのせいではないはすだ。」44Pという言葉がまさに「障害の社会モデル」の考え方なのだと思えます。その文は本文の中にも出て来ます「目の前の課題に一生懸命取り組む様子は普通学級の子どもたちも見習うところがあるのではと感心した。なぜ、この子たちはここにいてみんなと違うことをしなければならないのか。人間関係を育てようとするとき、様々な人間と日頃から接してたくさんの経験を積む必要があり、常に友達の見本が周りにある環境は欠かせないだろう。誰もが同じ空間で安心していられるための工夫をする、という視点が抜け落ちたままで「教室を分けるのはあなたたちのため」という学校の考え方は受け入れ難かった。一緒に勉強できないのは子どもたちのせいではないはすだ。」46-7P
・高村リュウ「高校受験時の配慮と「〇点」の壁──今こそ高校は希望者全入を」
「0点でも高校へ」の運動の立場で、定員内入学拒否の批判をしています。
・樋口早苗「ノートテイカーとしてかかわるなかで」
「聴覚障害者」のためのノートテイクをしていて、ノートを余りみていなかった子どもが、変わっていき、高等教育まで進み、変わっていく様子を、自分自身のノートテイカーとして教えられたようなこととして書き記しています。
・山本宗平「障害のある教員だからこそできることとは──地域の学校で育ち地域の学校で働く立場から」
「視覚障害者」の立場で、地域の学校で学び、地域の学校で教える立場から、いかに「障害者」の教員が、地域の学校にも必要なのかを示してくれています。
「障害者」に対してもつ差別的意識を反転させてくれる文章「母がよく言っていたのは、「クラスメイトたちは視覚障害者の仲間が身近にいてラッキーだ」ということだった。私もそれには強く共感する。多くの場合は視覚障害者の人が近くにいない状態で育っていくわけだが、あのときのクラスメイトは少なくとも社会に出て初めて障害者に出会うということではないので、障害者に出会って「どうしよう」と戸惑うことは少ないのではないだろうか。「インクルーシブ教育を受ける障害者」も増えてほしいが、同時に「インクルーシブ教育を受ける健常者」も増えてほしい。それこそインクルーシブな社会に近づけるのではないだろうか。」70P
文の最後「「目が見えないから無理やろ、と最初思ったけど、ちょっとやり方を工夫しながら、あの人はあの人でまあそれなりに楽しそうにやってたな」と。「つまずいたときにはちょっと考え方を変えてみたら、突破口見えてくるかもしれへんよ」。これが私が生徒に大事にしてほしい「生きるヒント」なのである。そんな「生きるヒント」を学んでもらうために、少しでも自分が教材になりたい……。そんな気持ちを大切にして、これからも教員生活を続けたい。」75P
・高木千恵子「合理的配慮で、どの子も共に学ぶ学校に」
いろんな学校に勤務しながら「障害児教育」携わり、「障害者運動」にも関わって来た立場で、「共に学ぶ」という突き出しをしています。
そして、教えることは学ぶことの実践をこどもたちから学んできて、実践してきた様子がうかがえる素敵な文です。
「Tさんの行動を規制するのではなく、Tさんの行動をみんな理解すればいいと考えるようになりました。それでTさんに認める行動は、クラスのみんなにも認めるようと考えました。」81P
「私の頑な思いをゆるめてくれたクラスの子どもたちでした。」82P
「教育って、よい意味でも悪い意味でも想定外の出来事の連続です。だから、難しくもあり楽しくもありなのだと思います。」83P
インターチェンジ 交差点  
 石田 力「施設から 美深のぞみ学園施設解体の軌跡A─息を吹き返した施設入所者たち」
連載記事、施設の解体で「息を吹き返す」「障害者」の様子を描き、施設ということの矛盾を示してくれています。
押部香織「教室の中で おとなが変われば、学校は変わる!?」 
いろんなエピソードを紹介し、「共に学ぶ」の教育を説明し、その実践を紹介してくれています。すてきな文「そして実際に小学校で勤務すると、「分離別学」はおとなだけの考えであることに気付きました。子どもたちにとって「共に学ぶ」ことはあたりまえであり、特別なことではなかったのです。」87P
小園弥生「行政の窓口 自助グループは社会資源」
自助グループを「市民によるもう一つ相談室」ととらえた、役所の方からのアプローチを考えて仕事をしているひとの大切な提起です。
奈良ア真弓「街に生きて 私の宝物――支えてくれる人たち」 
奈良アさんのバイタリティに共鳴してうごくひとたちとのふれあい模様を描き出しています。
障害者の権利条約とアジアの障害者 第二十九回
中西由起子「権利条約の政府報告C−5条 平等と不平等」
アジアの「障害者権利条約」の政府報告をとらえ返しながら、各国の障害問題での対応を連載で詳しく報告してくれています。
気になるところ「刑事手続法においては、聴覚障害者の容疑者の尋問の際に手話が堪能な職員が参加しこの状況は記録され、聴覚や視覚の障害の被告の弁護を任せられる人がいない場合、裁判所が弁護人となる法律扶助が提供される。」99Pとあるのですが、国や国の機関が代行すると逆に問題になることがあります。もっと、民衆の運動のサイドからのサポートを考える必要があるのではと考えています。
季節風
曽根直樹「日本障害者虐待防止学会の設立」
「障害者虐待防止」ということが学会設立まで至ったようです。
わたしは「障害児・者」への虐待関係の裁判支援をしていたのですが、「防止」というより、もっと虐待が起きてくる構造というようなことを押さえたところで、それが起きないような社会変革ということまで、考えていかなくてはと思ったりしていました。
池田直樹「JRエレベーター増設を求める訴訟の意義」
関西で、「障害者」関係裁判の弁護士を勤められてきた池田さんの貴重な提起。特にJR西日本の根深い差別的体質を暴き出してくれています。
宮澤弘道「書評 大森直樹・中島彰弘編著『2017小学校学習指導要領の読み方・使い方──「術」「学」で読み解く教科内容のポイント』」
学習指導要綱が教員の主体性ということをネグレクトしてこまかく規定され、道徳教育とか持ち出されている、また「非科学的内容」さえ持ちだれていることを指摘した本で、その本の中に「教科教育として教えることができる内容」と本の著者が思うことにアンダーラインが引いてあるとのこと。なお「特別の教科 道徳」の内容には一切アンダーラインが引かれていないと指摘しています。
現場からのレポート
近藤竜治「第二十三回ピープルファースト大会in広島の報告」
ピープルファーストのひとたちのエネルギーあふれる活動を感じる報告です。
笠柳大輔「第六回DPI障害者政策討論集会 報告」
「相模原障害者殺傷事件」についての集会の議論を紹介してくれています。
で、注目すべき論攷として「暴力をふるってしまう側がどんな状況に置かれがちなのか調べたり、インタビューをしてきた。驚くことに結論は被害者と同じだということだった。」113P「どれも加害者個人の問題ではなく、その人を排除した社会の問題にアプローチをしないといけないが、なかなか実現していない。この相模原事件を、加害者、被害者の問題を切り離して論じるのではなく、どちらも社会的なアプローチが必要な問題なのだという方向で考えていかなくてはいけない。」113-4P・・・犯罪の社会モデル的アプローチ
もうひとつ、施設を小規模化してグループホームにしても問題は解決されないという主張もされています。
トップキーワードとしての「思いやりと優しさ」―海外の文献でのcompassion117P・・・compassionはむしろ「互いに思い合う」、「共感」ということではないでしょうか?
論文
二文字理明「障害者にとって「人間としての尊厳」とはなにか?――障害者の権利条約第十七条の日本政府訳に対する疑問」
「障害者の権利条約」の17条に、キーワードとして英語ではintegrityがあるのですが、日本政府訳では「そのままの状態で保護すること」となっていて、それは「人間としての尊厳」と訳することという著者の指摘です。他の日本語訳はintegrityインテグリティーとか原語を使うか、「不可侵性」とかいう訳語になっているようです。著者はスウェーデンの福祉を研究しているひとのようです。で、スウェーデン型、北欧型福祉をモデルにして、日本にもそれをもって来ようとしているのだと思えます。ただ、日本語訳ですが、「尊厳」という言葉で言えば、「尊厳」というところから、ヨーロッパでは、「尊厳死」のような概念も出てきていることも押さえておく必要があると思います。「そのままの状態」という概念は、「ありのまま」ということに通じていて「保護する」ということは差別的で論外ですが、個性論的な突き出しにも通じています。このあたり、西洋的世界観と東洋的世界観の対立の様相もあります。パーソン論批判ということも含めて、北欧思想を押さえ直すときにこのintegrity、スウェーデン語のintegritetという概念を押さえる作業が必要になるのではと考えています。
連載「当たり前」をひっくり返す――フレイレ、ニィリエ、バザーリア 最終回
竹端寛「自由こそ治療だ」 
かなり長い間の連載の最終回です。現代書館から本にもなっているようです。最終回で、ここで終わっているので、改めて全部読み直したいのですが、ちょっと余裕がありません。本を買い求め読んでメモを書くかもしれませんが、とりあえず、全体像が見えたところで、コメントして置きます。
連載のタイトルにもなっている「「当たり前」をひっくり返す」の「ひっくり返す」はパラダイム転換ということに通じていて、わたしもパラダイム転換的なことを考えているので、共鳴すること多々あります。ただ、わたしが援用している廣松パラダイム転換論は、哲学的な実体主義から関係性の一次性論という転換の内容をもつているところで、少しズレてしまいます。まあ、それでもというか、そちらの方が、読みやすい分かりやすい論攷になっています。ただ、「精神障害者」当事者から、バザーリア批判とかも出ているようで、まあ過渡的に評価すると、なることなのだと思ったりしています。そのあたり、もう少し論考が必要になっています。
さて、ことばの宝庫のようなこと、言葉的な切り抜きが多くなりますが、メモを残します。(太字は小見出しです)
関係性に注目する
「癌を「器質的な」存在と捉え、その癌を除去することを目指す。これはごく「ふつう」の医学のありようである。しかし、癌も糖尿病も脳卒中も精神疾患も、「ある社会的脈絡のなかで生じる矛盾」である。他ならぬ「私」において、ある「歴史的瞬間」に生み出される。それはもちろん「生物学的」な変化なのだが、ストレスや睡眠時間、食生活や対人関係といった「生態学的な変化の産物」でもある。そのような意味で、「あらゆるレベルの構成要素の相互作用」から生じる「矛盾の産物」である。これを狭い意味での「原因―結果」という因果論で焦点化した場合、「生物学的」な説明はできても、他ならぬ「いま・ここ」の私にそのような「相互作用の産物」として出現した「矛盾」の全体像を示すことにはならない。「生物学的」説明とは、「あらゆるレベルの構成要素の相互作用」を「器質的な肉体」の一部位の変化や問題へと縮減して、一側面を説明しているだけである。それはあたかも「タケバタヒロシは大学教員である」と説明したところで、「竹端寛」の性格や志向性、家族関係や最近の体調を説明したことにならない、というのと同じである。」125-6P・・・ここのところは、まさに関係論的とらえ方です。そこで、廣松物象化論的なところの関係論と対話していくと、「あらゆるレベルの構成要素の相互作用」というとらえ方は、要素還元主義になっています。要素が集まって全体を構成しているのではないので、要素を羅列しても総体はとらえられません。むしろ関係性というところから、要素的にとらえられる項を押さえていく必要があります。要素還元主義は因果論にもつながっていきます。ここのところは、「要素」ととらえられることは、関係性の網の目の結び目のところを実体主義的にとらえることから起きてきていて、網の目は、網という総体の中の項として存在していて、網を離れて、結び目は存在しないとなります。そこで、もうひとつ、網という言い方自体が、まだ実体主義に妥協した仮の表現で、ひとつの実体主義になっているということも押さえねばなりません。これが構造主義批判にも繋がっています。また、「障害の社会モデル」の限界として、「社会を実体化している」という批判にもなっていることにも繋がるのです。もうひとつ、廣松役割理論的なところからとらえ返しておくと、「タバタヒロシは大学教員である」というのは、大学教員と大学生との役割関係の項同士の関係であって、他の無数の役割関係のひとつであって、関係性総体から役割が構成され、ひとの関係性がとらえられるとなります。「相互作用」という言い方自体が、項を実体化した言い方になっていて、廣松さんは「相作」という言い方にしています。竹端さんもパラダイム転換ということを展開しているのですが、現代物理学のパラダイム転換はニュートン力学の実体主義的なところを批判した量子力学として現れていることを押さえると、実体主義批判の総体を押さえようとしている廣松さんのパラダイム転換論を押さえると、ここでのパラダイム転換ということの位相がより明確化して行きます。
「「眠れないなら、睡眠導入剤を処方しよう」。これは二十一世紀の日本の診察室で、普通にやりとりされる会話でもある。だが、それは「不眠症」という「結果」=「矛盾の産物」の背景を理解することなく、睡眠導入剤により、その「結果」を物理的(時には暴力的)に消し去ろうとする営みである。一方バザーリアが述べているのは、「不眠」を「形作っている生物学的なもの社会的なもの心理的なものといった、あらゆるレベルの構成要素の相互作用」を「理解」しようとする姿勢である。だからこそ、「その理由を当人と一緒に探す」必要がある。そしてそのような「本人を取り巻く全体的状況や実存の現れ」を共に探求することは、従来の「症状」のみに着目する「医師」のあり方と、全く別のあり様でもある。」127P・・・関係論的なのですが、廣松物象化論の実体主義批判を押さえると、「あらゆるレベルの「構成要素の相互作用」」というところは、関係性総体の中の項の連関をとらえ返すとなります。そうすると「結果」という因果論的な志向から抜け出せるのです。ですが、一応そういう観点を持ちつつ、ときには、因果論的なところは「」にくくるところで使って行くこともときには必要になります。たとえば、地動説の立場をとりつつも、「日の入り」「日の出」という言い方を使うことを妨げることにはならないように。
「生産」を問い直す
バザーリアの引用「医師や精神科医が実際に施す治療は、疎外という意味をもたざるをえません。医療の唯一の目的が、初めは労働者として、次に病人という商品として、生産の歯車の中に病人を復帰させることであるかぎり、そうなるのです。このような治療は、人が主体的に自己表現するのを明らかに妨げています。こうして医師と病人の関係性は支配関係や権力関係になるのであり、この矛盾から抜け出すのは困難です。」128P・・・「労働」とか「病人という商品」という観点で、治療ということのもつ意味をとらえ返していることに留目
狂気と理性
バザーリアの引用「狂気は人間の条件の一つです。私たちのなかには狂気が存在しています。理性が存在するのと同じように、狂気も存在しています。文明社会というためには、社会が理性と同じように狂気も受け容れなければならないのです。ところがこの社会は、狂気を理性の一部として受け容れます。したがってこの社会は狂気を排除する役割を果たす科学の力で、狂気を理性に変えようとします。」129P
「ゴミ屋敷」の問題での生徒との対話130-1P
変えるべきは、誰の何なのか?
「「治療」は、狂気の状態にある人の「主体性」を快復するためにあるのか、はたまた「病人が生産の歯車のなかに戻れるように」するためなのか? そして、後者の場合なら、「あらゆる医学的知識の内容は病人を管理し抑圧するためにある」のではないかと、喝破しているのである。このような管理・抑圧的な構えでは、患者との協働関係は生まれようがない。/では、とのように反転したらよいのか。それが、「心病む人に向けて、そして心病む人とともに複雑性と相互性の研究」を行うこと、つまりは「病人とのあいだの協働関係と相互関係の研究」を進めることである」132P日本の北海道浦河町の「ベテルの家」の当事者のコミュニティにおける当事者研究―「複雑性と相互性の研究」132-3P
「「病人とのあいだの協働関係と相互関係の研究」を真に生み出そうとするならば、精神病者ではなく、医師や看護師こそ、まず変わらなければならない、とバザーリアは主張する。」133P医師と看護師の「病院内部の社会の抑圧のメカニズム」の中での「患者」の抑圧」133P
実践の楽観主義
バザーリアのグラムシのことばの引用をしての記述「私たちの科学は、伝統的な専門技術者の敗北という根本的前提から出発しています。そうした専門技術者は『これ以外にはやりようがない』と考える人であり、『理性の悲観主義』といえるイデオロギーをもっています。新しい専門技術者は、明確な目的をもたねばなりません。つまり『実践の楽観主義』で自分の仕事を進展させるのです。」「新たな科学」134Pフレイレの銀行型教育に対する問題解決型教育134P
客体から主体へ
バザーリア「病人の側に主体的な表現がないときには、治療は資本のゲームを客観的に再生産する以外のいかなる結果も生まないからです。」135P
フレイレ「被抑圧者は人間として闘うのであって、『モノ』として闘うのではないことはいうまでもない。」136P
「「自らを破壊してきた」背景には、「抑圧者との関係のうちで、被抑圧者はほとんど『モノ』の状態に貶められ」た、という客体化の問題がある。」136P
「客体と主体という関係はなくなり、二人の人間がともに「主体」になるためには、対話が必要になる。」137P
「「私たちの実践的な活動を批判する可能性と条件を、病人たちに与えることにより、「客体と主体という関係はなくなり、二人の人間がともに主体とな」ったのである。」137P・・・。・?「与える」という権力関係
半世紀たっても変わらないこと
竹端さんが「師匠でもある」という大熊一夫さんが指摘した、精神病院の状態が半世紀たっても変わらないこと。
自由こそ治療だ!
「バザーリアとニィリエ、フレイレの三人は、文字通り、不可能を可能にしてみせた。強制こそが治療だ、と思われていた時代に、バザーリアは「自由こそ治療だ!」を標榜し・・・ニィリエは・・・フレイレは・・・」139-140P
「この三人の思想に共通するのは、不可能を可能にするための、「認識の枠組みの変化」である。それが連載のタイトルにつけた「『当たり前』をひっくり返す」に込めた意味である。」140P・・・「認識の枠組みの変化」―パラダイムシフト
バザーリア「私たちが生活しているのは、様々な法規をそなえた資本主義国家です。国家に成立を認めさせたあらゆる法律は、民衆たちが実際の闘いを通じて勝ち取ったものです。私たちが、社会主義に基づいた法律をもてるとは考えられません。私たちが手にするのは、多かれ少なかれ改良主義的な改革です。それを積み重ねることにより、国家の論理を変えていく、とりわけ人々の文化の論理を変えていくということです。」140P・・・イタリア伝統の構造主義的マルクス主義とか構造改革派といわれている思想、再評価の必要性?
「「国家の論理を変える」ことを第一義に置くと、うまくいかなければ<政治が悪い>という月並みな結論で終わる。そうではなくて、この三人は、政治が悪いで終わらさずに、現場での変化を積み上げていったからこそ、「『当たり前』をひっくり返す」ことが可能になったのである。社会を変える前に、まず自らの「認識枠組み」を疑い、強制ではなく自由こそ治療だ、アブノーマルな施設ではなくノーマルな生活環境の提供を、被抑圧者が抑圧を自覚できるような教育を、と理論や実践を変えていった。これこそが「実践の楽観主義」の真の姿なのだ、と改めて気づかされた。」140-1P・・・ひっくり返せているのか、返せるのか、唯物史観と構造改革派との対話の必要性
資料
解説・翻訳 長瀬修「障害者権利条約中華民国(台湾)初回報告総括所見(上)」
読んでいて感じたのは台湾でも日本と同じような問題がというより、どうももっと酷い情況のようです。中華民国は国連を脱退していて、国内法で権利条約を「批准」し、国際審査委員会から審査を受けるシステムになっているようです。で、権利委員会の審査にならって、隣国が委員長を務めるという慣例で、日本の長瀬さんが委員長になっているとのことです。わたしは国というところにとらわれていくこと自体をなんとかしなくてはと思っています。ですが、国連ですから、国単位の発想にならざるを得ないのでしょうが、長瀬さんは国連の職員とかも務めていたひと、ですから、個人レベルで何か役割を担っていくシステムなら分かるのですが、国レベルで考えるとなると、選択議定書を締結していない国が、他の国の審査にあたるというのはおかしいし、そもそも日本の酷い情況(精神病院の長期入院や拘束、分離教育などなど)や国連からくり返し勧告を受けている情況をさておいて、他の国を審査するのはどう考えてもおかしいのです。むしろ政府報告に対するパラレルレポートを書いて、日本の酷い情況を改めてからのはなしだと思うのです。何か、違和を感じていました。これは運動というところから研究にも手を出している者の感性で、位相が違うことでしょうが。
読者の広場
「障害学研究会」で文を寄せていたひとだと思うのですが、鶴田雅英さんの「相模原事件の特集号メモ」の文が載っています。市井の研究者として注目しているひとです。
編集後記

posted by たわし at 15:18| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『季刊福祉労働157号 特集:障害者差別解消法・権利条約から障害者の暮らしを見直す』

たわしの読書メモ・・ブログ481
・『季刊福祉労働157号 特集:障害者差別解消法・権利条約から障害者の暮らしを見直す』現代書館 2017
雑誌は貴重な情報源で、しかも、定期刊行の雑誌は最新の情報を伝えてくれます。で、積ん読するなんてありえないのですが、ひとつのテーマで集中学習をしていると、ついつい、積ん読してしまっています。もうひとつ、一般に雑誌は全部読むのではなく、ピックアップして読む場合もあります。また、この『福祉労働』の最近の号は、だいたい、貴重な情報を読み落とすのではないかと、ピックアップしないで、全部読んでいるのですが、読書メモはピックアップしてコメントしてしまいます。この「読書メモ」は、著者との対話、そして読者との対話という意味で、ブログへのアップをしています。ですが、そもそもは、「読書メモ」という個人的な備忘録という性格があるので、ついつい、自分の関心事でメモを書いてしまいます。他のひとが読むとまた、ピックアップが全然違ってくるもので、文を書いているひとたちは、いろいろな思いをもって書いていることで、その思いを考えると、取捨選択するということ自体が、とんでもないことをしているという思いも湧いています。で、そもそもそれはどういう本や雑誌を読むのかということ自体で、自分の限られた時間の中での読書計画、何を読むのかという一方で、むしろ何を読まないで済ませるのかということの取捨選択をしてしまっているわけです。何度か書いている、「読書メモ」の性格を確認のために書き記しました。
 で、今回は、一度雑誌で書かれている文にすべて、簡単でもメモを書いてみようと思います。

見開き写真・文 新居真理「人工呼吸器を付けて2泊3日。親の付き添いなしの修学旅行記
巻頭(インタビュー)黒岩祐治神奈川県知事(聞き手)河東田博「辛い悲惨な事件への想いを県民相互に共有し、「ともに生きる社会かながわ」を実現していきたい」
 やまゆり事件の後、取り壊して同じものを立て直すという要求が「家族からでていた」中で「障害者」当事者を中心に、地域で生きる、地域生活移行という提案がでて、知事もその意見を一部取り込み、小規模化ということに切り替えたという話です。もっと踏み込みが必要なのですが、急に地域生活移行といっても「選択肢をもっていない」というところで、小規模化ということなのですが、そもそもそういう「選択肢をもっていない」ひとを生み出してきた責任から問題になるのですが、ともかく「日本の障害者福祉のあり方に大きな影響を与え、誰もが地域で共に生きていくことができるようになることを願っています。」というところで終わっています。
特集:障害者差別解消法・権利条約から障害者の暮らしを見直す
 野澤和弘「障害者差別解消法施行から一年」
 法が機能していない現状と逆に意義のあるところを指摘しています。働く場での「合理的配慮」の問題やインクルーシブ教育の中身を具体的に提起しています。また、福祉分野における「合理的配慮」の問題も取り上げています。人手がないからできないということを批判しつつ、その反批判的なことも書いています。また警察の取り調べの際に、「障害」特性を理解した付添人必要性や、成年後見制度の問題など多岐にわたって指摘しています。最後に新しく作られたマツダスタジアムがアメリカADA法下での大リーグの球場を視察したところで設計されたという明るい話題で、話を終えています。
 佐藤聡「アクセス分野における差別と合理的配慮の実態―差別事例収集と差別解消ガイドラインづくりの提言報告から」
 過度な負担という中身をとらえ返そうとしている論攷です。
 白井誠一朗「日常生活における差別と合理的配慮の実態―差別解消法の見直しに向けて」
 具体的事例を挙げています。この文を読みながら、役所に「障害者」が入っていく必要性を考えていました。
 今村登「福祉サービス利用における差別と合理的配慮」
 どのような場合が合理的配慮に反するのかを詳しく展開しています。
 橋本智子・高村リュウ「障害者差別解消法で学校は変わったのか―法施行後に寄せられた相談事例から」
 2013年の施行令により、親の選択権が一応尊重されるようになった、ということで、現場の闘いで、現実にできることが考えられるという情況が書かれています。もちろん、きちんとした情報提供がどこまでなされているのか、選択権といっても、実際強制のシステムのことを考えなければならないのですが。
 崔栄繁「司法分野における障害者の差別解消のために」
 司法は、今、ゴーン日産前会長のやりとりが問題になっていますが、日本の司法手続きのひどさが歴史的にあります。裁判傍聴とか、拘置所でのろう者への面会時の制限とか、通達が過去にあるのに、ちゃんと周知徹底されていないとかの問題も繰り返し起きています。根本的にとらえ返す必要があることです。
 清水建夫「雇用・労働における障害者差別」
 常勤勤務しているのに、非常勤になっている「障害者」雇用の差別的現状が書かれています。
 林芳江「障害者差別解消支援地域協議会における議論から―北九州市からのレポート」
 「身体障害者福祉都市宣言」をしている北九州市からのレポート。北九州市の「自立支援事業協議会」と「差別解消支援協議会」の関係をとらえ返したレポートです。
 石川准「権利条約締約国審査と市民社会のパラレルレポート作りに向けての提起」
 国連の権利委員会の委員を務め、日本の障害者政策委委員会の委員長を務める石川さんの、国連へのパラレルレポートの勧めです。外圧で、日本の福祉政策が進むという悲劇的現状があるのですが、それでも、そういうことを使っていくというところで、貴重な提言です。
 臼井久美子「(コラム)女性と障害の複合した差別状況に発して」
 女性と障害の複合差別を問題にし、差別解消法に女性条項を織り込む必要を提言しています。
 東 京香「(コラム)障害者権利条約十二条(法的能力)と成年後見制度―親の立場から「成年後見制度」を裁く―」
 後見人制度は、「障害者」を「将棋の駒」のようにするという鋭い指摘です。
 塩屋隆男「(コラム)身体障害者補助犬法、障害者差別解消法についての考察」
 そもそも補助犬法の存在自体が知られていない、という情況を押さえて、広く知って欲しいとの思いで書かれた文です。議員立法の問題点も指摘しています。
インターチェンジ 交差点
小園弥生「(行政の窓口)「非正規シングル女性の社会的支援に向けたニーズ調査」をめぐって」
石田力「(施設から)美深のぞみ園施設解体の記録@―スタートラインは地域から」
施設のもつ意味を考えさせてくれる文です。
堀井二実「(保育所の庭)なんで走ったらあかんの?」
「古典的エーラス・ダンロス症候群」と規定される「指定難病」の子どもとのふれあいの記録です。
奈良崎真弓「(街に生きて)本人の会活動について」
本人の会の意義を訴えています。
大和俊広「(教室の中で)学校は、子どもたちの「生活の場所」」
「数値化、計算化できない学力」というとらえ方を示しています。わたしの中でグールドの『人間の測りまちがい』という本とリンクしていました。
障害学の世界から(第八十回)
 長瀬修「台湾の建設的対話と総括所見―障害者権利条約」
 ちょうど、特集の石川さんの文と連動しています。権利委員として台湾の総括所見を担った経験と内容を書いてくれています。
障害者の権利条約とアジアの障害者(第二十八回)
 中西由起子「権利条約の政府報告B第一―四条からの障害の定義」
 障害の定義で、「社会モデル」の混乱的情況を指摘しています。
季節風
 古庄和秀「障害者の自立と政治参加をすすめるネットワーク全国大会のご報告―過去最多の四〇名が結集-入部香代子初代代表を偲びつつ、原点を確認―」
 豊中市議会議員として「障害者」地方議員の草分け的存在だった入部さんを偲ぶという意味ももって開かれた、議員と議員に立候補するひとたちのネットワーク、その大会と、その大会に合わせた活動の動きを伝えてくれています。
 長野一郎「羽田増便計画による低空飛行の問題点―騒音だけでない落下物の恐怖」
 「視覚障害者」の立場から、騒音や落下物の恐怖などのまさに「社会モデル」的意味の障害の指摘です。
社会を変える対話―優生思想を遊歩する(第七回)
 森達也×安積遊歩「生きる価値が問われる社会ではなく、生きることに価値がある社会へ」
 安積さんの対談のシリーズ、今回はオームの取材などで、犯罪の問題を追求している映画監督・作家の森達也さん。
 森さんの犯罪がどういった不足から起こるかの指摘@幼少期の愛情の不足A成長期の教育の不足B現在の貧困 安積さんの、恐怖なく安心して子どもが産める社会をという提起が印象に残りました
現場からのレポート
 清水裕「地域移行の過程で商品化される障がい者―社会福祉法人釜ケ崎ストロームの家で起こった事件から障がい者の人権回復にについて考える」
 福祉の現場の生々しい「障害者」と施設の対立関係を、「障害者」側に寄り添おうとした立場から書いてくれています。
 山本勝美「新たな優生手術被害者の決起」
 今、話題になっている優生手術被害者の決起の情況を報告してくれています。
 桑本謙「第十八回「障害児を普通学校へ-全国連絡会 全国交流集会inくまもと〜ママ、どうしていっしょの学校に行けないの?」報告」
 大会の報告、現場の運動の息吹を伝えてくれています。
連載 「当たり前」をひっくり返す―フレイレ、ニィリエ、バザーリア(第九回)
 竹端寛「批判的な探求者」
 連載で、注目しているシリーズです。フレイレの銀行型教育ではなく問題解決型教育の提言を、自らの大学教員としての実践から取り上げています。コード化と脱コード化という観点からも押さえ、ルソーと的な教えることは教えられることという対話型の実践です。ヘーゲルの正―反―合という概念での実践にもなっているということも書いています。次回で、連載が終わっているようです。
読者の広場
 読者との対話として設けられたコーナーです。
編集後記
 堀さんの短文ながら印象に残る論攷には注目しています。

posted by たわし at 15:13| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年01月11日

草の根ろうあ者こんだん会編/稲葉通太監修『知っていますか?聴覚障害者の暮らし一問一答』

たわしの読書メモ・・ブログ480
・草の根ろうあ者こんだん会編/稲葉通太監修『知っていますか?聴覚障害者の暮らし一問一答』解放出版社 1998
これも積ん読していた本です。この本は「聴覚障害者」が抱えさせられている問題の、聴者向けの入門書の本。「草の根」のひとたちには、いろんなところでよく会っていました。考えも共鳴できること多。いつも話を見ていたので、自分で入門書を作るとしたら、読み込む必要があったのですが、そのような立場にはないので、さらっと見て、積ん読してしまっていました。集中学習の最後にとりあげます。よく、まとまって、しかも簡潔にまとまっていますが、しかも、かなり細部まで押さえています。そもそも関係団体で取り組んでいた運動もあり、申請主義批判−広報義務の問題、在日外国人無年金問題、「重複」の問題、ことばは出てきませんが、差別というところを押さえているので、ろう者と聴者の非対称性の問題など、おとすところがなく書き上げています。この本が出されたのは、阪神淡路大震災のあと、災害時の対応とかで、共生のあり方ということまで含めて出された本です。
団体の名前にあるように、草の根の活動をしていて、ひとりひとりの生活や文化、思いを大切にする団体、ろう者だけでなく、重複のひとや、色んな「障害者」とも付き合いがあり、他の差別の問題も対象化しようという指向性がありました。
大きな団体がヒエラルヒーのようなことをもってしまい。そして、ろう者と聴者の関係も、きちんと対話できないところが出てきますが、一緒に動きながら、きちんと関係を問い続けてきた団体です。この団体が他のひとたちと一緒に作った全聴連(全国聴覚障害者連絡会議)とともに、今こそ、その存在が必要になっているのだと思います。
よく、「要求運動をするにはひとつの団体にまとまっていなくてはいけないから、別に団体を作るのはおかしい」とかいうひとがいるのですが、逆に、組織の威信のようなところが出てきたり、ひとつにまとまろうということで、おかしな話もできたりするのではと、最近感じています。それに、法制度作りというところが中心になり、政権与党にも友好的に働きかける中で、政治的に大きな情況に対する発言もでにくくなっていることがあります。そういう意味で、草の根の運動や、それから差別をトータルにとらえ返す、そういう意味で政治性をもった団体が必要なのです。当事者ではないので、ないものねだりの話にしかなりません。
さて、切り抜きです。
草の根の他の団体と違う特徴が出ている執筆は「17 手話通訳に資格が必要なの?」「18 耳が聞こえない人は、どんな手話通訳者を求めているの?」「22 耳が聞こえないひとの団体には、どんなものがあるの?」「23 ほかの障害をあわせもつ耳が聞こえない人は、どんな暮らしをしているの?」
「これは(ろう学校の生徒が少ないこと)、単に子どもの数の減少だけが原因ではありません。もっと大きな理由は統合教育、「ともに生き、ともに学ぶ」教育が広がってきたからです。つまり、ろう学校から、地域の普通校に転校する子どもが増えてきたということです。このことはなにも聴覚障害児だけでなく、他の障害児についても同じことがいえます。」35-6P・・・他の「障害児」も「特別支援学校」でなく、地域の学校へという動きが少なくなっているという運動サイドからの嘆きも出ています。まだまだ原則分離が強く、さらに揺り戻しも起きているようです。
「17 手話通訳に資格が必要なの?」
「手話通訳に資格の有無は関係ありません。大事なのは、その通訳がどのくらい聴覚障害者と手話が通じあえるか、また、どのくらい人間的に信頼できるか、どのくらい聴覚障害者の立場に立てるかです。」81P
「聴覚障害者自身が手話通訳者を選ぶ権利の尊重を」82P
「18 耳が聞こえない人は、どんな手話通訳者を求めているの?」
「残念ながら、手話通訳の中には、聴覚障害者を押さえつける人、傲慢な人、肩書きだけを気にする人、必要以上に聴覚障害者を持ち上げる人などが目立ちます。聴覚障害者と真に対等な人間関係を築けている人は、むしろ少数であるともいえます。」85P
「22 耳が聞こえないひとの団体には、どんなものがあるの?」
「もう一ついっておきたいことがあります。ある団体の人びとは「すべての聴覚障害者団体は一つの団体にまとまるべきだ」と主張していますが、これは間違った考え方です。健聴者の場合、いろんな政党があり、いろんな市民運動があります。考え方や主義主張が違うのだから当然のことです。聴覚障害者も同様です。聴覚障害者だからといって一つの団体の下にあつまらなければならないというのは、聴覚障害者を一人ひとりの人間として見ていないということの表れではないでしょうか。さまざまな聴覚障害者団体があり、聴覚障害者が自分にあっている団体を選んで、いきいきと活動できるのが理想です。/また、聴覚障害者団体は一般に、広い地域に点在する聴覚障害者を結びつけて広いネットワークをつくることができるのですが、その反面、どうしても個々の障害者に対する細かいサポートが弱くなり、ともすれば運動課題が優先してしまうことがあります。ですから、聴覚障害者がそれぞれの地域でいきいきと暮らせるようにするために、大がかりなセンターよりも、地域単位で聴覚障害者が集まり、情報交換などができる場をつくっていかなければなりません。これは、あの阪神・淡路大震災の時にあらためで気づかされた今後の課題といえます。」106P・・・正論です。ただ、「運動課題が優先してしまう」という書き方をしているのですが、どちらを優先するかの問題ではないと思います。「運動課題」は生活を規定していくことなので、運動の取り組みも必要になります。ただ、その中に入って一緒にやっていた全聴連がいわゆる「政治的課題」を担っていたという経緯もあり、「草の根」は生活・文化を軸に活動していました。
「23 ほかの障害をあわせもつ耳が聞こえない人は、どんな暮らしをしているの?」
このところを押さえようとしていて、いろんな「重複」のひとが来ていて、それが、草の根の特徴でもありました。

この本が出たのは1998年です。だいぶ、変わってきていることもあります。欠格条項は見直しが少しは進みました([4]中でも20P)。
また、まだ「障害個性論」的な主張もこの本の中では見られます。「そして、その障害をその人の一部(マイナスではない)としてありのままに受けとめてほしいのです。」114P・・・今は「個性論」ではなく、「障害の社会モデル」という考え方が出てきています。
で、機器の開発とかで、要約筆記にはパソコン通訳が導入されて、技術的にはかなり進んでいます。音声認識ソフトの開発もいくらかは進み、それを使っているひとたちも出てきています。[「10」や要約筆記92Pに関するところ]
ひととひとの関係のところで基本的におさえようとしていたことは、ろう協会の流れの運動では、その後あまり、進んだようには思えません。「つまり、聴覚障害者と健聴者の関係のあり方についてじっくり考えていって欲しいのです。聴覚障害者に対して差別的な対応をするのは論外ですが、健聴者の中には必要以上に聴覚障害者を持ち上げたり、へりくだったり、遠慮したりする人が目立ちます。それでは、本物の豊かな人間関係はつくれません。聴覚障害者が間違った考え方をしていることは当然あるのですから、そういうときははずばり指摘し批判できるような姿勢が必要です。ぶつかり合いを避けていてはいけないと思います。もちろん、健聴者が間違えている場合も同じことがいえます。長く運動をやっている聴覚障害者・健聴者の中にもそういう人間関係を十分につくれていない人がいます。」120P・・・わたしも「運動、運動」と言って、独り相撲をして、作れていないひとりですが、反差別という観点をもって、共生を実践し、目指す運動が必要なのだと思います。
「障害者」運動総体にとっても、共生・共闘を突き出していた、運動の流れこそが今必要になっているのだと思っています。
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日本手話研究所編『手話・言語・コミュニケーション No.6 特集:手話の歴史2』

たわしの読書メモ・・ブログ479
・日本手話研究所編『手話・言語・コミュニケーション No.6 特集:手話の歴史2』文理閣 2018
インターネットで障害問題関係の本の卸をやっている「スペース96 mag2」というサイトがあり、そこからメールマガジンを送ってもらっています。今、障害関係の出版物もタイトルからして「医学モデル」的なとらわれから脱していず、ほとんど、読みたい本にヒットしないのですが、手話関係の本は、案内を読んで何冊か注文したりしています。それで、特集の「手話の歴史」というより、内容紹介にあった、言語条例の文を読みたいと、買い求めました。
これは『No.6』ですが、このシリーズの前身『手話コミュニケーション研究』を一冊買って読んでいます。全日本ろうあ連盟手話研究所『手話コミュニケーション研究 No.41 ろう教育と手話』2001 です。まだ、読書メモをブログにアップしていく前に読んだので、メモもちゃんと取っていません。ただ、当時読んでいて再読マークをつけいるので、大切な資料として、記憶が苦手のわたしの中で、逆に本当に必要なことだけを濾過した形で、その後の論形成に少しは活かしているのだとは憶測しています。
手話関係の雑誌というか、冊子は膨大なものが出ています。『手話コミュニケーション研究』だけでも、わたしが読んだのは『No.41』2001、手話関係の学習を専門的にしているひとたちは、たぶん、それらを読み込んでいっているのでしょう。障害関係の雑誌に『福祉労働』という雑誌はそれなりに読み込んでいったのですが、手話関係の雑誌はほとんど読めていません。手話の言語学的な関心というか、すばらしさから、読んでみたいのですが、からだはひとつしかありません。絞り込んだところの学習にしかなりません。
ということで、この冊子も三つだけ読みました。
田中美郷「「巻頭言」にかえて――聴覚障害乳幼児の療育・教育における人工内耳と手話の問題」
昔、「D」というミニコミ紙がありました。木村さんが発行人になっていて、その中で「人工内耳」の問題をとりあげていました。それはろう者の存在そのものを否定していくこととして押さえて批判していました。今、欧米や日本でも広がりをもっています。しかも、手術の低年齢化も進んでいます。しかも、医師や医療関係者がきちんと、手話やろう文化の情報をもたず、情報の提供もなされないまま手術がされている現状があります。この著者は医師で人工内耳の手術そのものの否定はしないまでも、限界を押さえ、手話の必要性も説いています。
切り抜きメモを残します。
「医療分野に関しては、今は若い耳鼻科医には難聴についての知識はあっても、聴覚障害児を理解出来る人材が余り育っていないといった問題があります。このような耳鼻科医は人工内耳らついての説明はできても、聴覚障害児の教育や言語について深い知識があるとは思えません。」3P
「この意味で(「高等教育を受けるものが続々と出てきました」という意味で)早期教育は明らかに成果を挙げてきたのですが、他方、聴覚口話法の問題点も見えてきました。それはいくら幼児期の早期から聴覚活用を徹底しても、特に難聴が重いほど聴覚活用には限界があること、そして幾ら日本語が豊かに育っても難聴に由来するコミュニケーション障害は根本的には解決できないという事実です。このような環境で育てられた聴覚障害児は孤独を強いられ、疎外感にさいなまれてきました。」4-5P・・・「難聴が軽い」子も、聴覚活用に頼れば、マージナルパーソンになります。
「一方、伝統的聴覚口話法は健聴児化を目的にしており、理念的に聴覚障害児であることを否定しているといった問題があります。しかし日本語を教えるためには聴覚を活用することに合理性があります。この矛盾を克服して、日本語をどう教えるのかが私にとって大きな課題になりました。」6P・・・課題の答は、文の最後にあるようです。
「人工内耳の意義は、補聴器のほとんど役立たない重度難聴児にも聴覚活用の機会を提供し、聴覚口話の可能性を広げたことにあります。しかし人工内耳は難聴を治す方法ではありません。いわば補聴器と同じく補装具と考えるべきもので、その効果には限界があり、個人差もあり、また人工内耳の適応にはならない子どももいます。人工内耳の効果の乏しい子どもには手話が必要になります。即ち人工内耳によって日常生活における会話には劇的な改善が見られても、聴覚障害児であるという本質は変わりません。」6P
(文の最後)「かようなわけで、人工内耳が普及している今日においても、手話の重要性や必要性はいささかも変わりなく、むしろ聴者と聴覚障害者が共生していく上で手話は尊重されるべきです。/東京にはbilingual/bicultural教育を標榜する聾学校が2008年に設立されました。またこの年には国連で障害者権利生薬が発行し、ここで「手話は言語」と定義されました。/この意義は非常に大きく、日本手話研究所などはこれをもって「聴覚障害は医学モデルから社会モデルへ変わった」と主張していますが、この主張には私も諸手を挙げて賛成です。」9-10P・・・ここのところは、「「聴覚障害」と言われていたことは、医学モデルから「社会モデル」へ変わり、情報・コミュニケーション(被)障害と言われるようになった。」と書くこと。
大西孝志「ろう教育に関わる教員養成の現状と課題」
この著者は東北福祉大学教育学部の教員、ろう学校の教員の育成情況を書いています。その免許は、教員の一般免許の上に、特別支援教育の免許、その上に「聴覚障害領域の免許」となっていて、実際に「聴覚障害領域」に関しては、「専門性」の免許をもたないで、ろう者との交流の経験もない教員がろう学校に赴任してくる教員も多く、しかも、圧倒的に「専門性」が確保されていない情況を書いています。しかも、転任とかで移動が多く、他の「特別支援教育」に移るとかいうこともあります。そもそも手話で教え得る教員、更にその手話もネイティブな手話ができる教員がどのくらいいるのか、その教員たちへの手話教育はどうなっているのでしょうか? 以前日本手話の非公的な有料の教室に通っているときに、ろう学校の教員のひとたちが何人も来ていました。お金を払って時間外での学習なのです。どうして、肝心の教員教育システムさえないのか、日本の公教育の貧困の極みとも言えることです。
切り抜きメモ残します。
「特別支援学校で障害のある子どもの指導に関わるか否かに関係なく、指文字等を知っておくことは、教師としての基本的な知識であると学生には伝えています。」79P・・・指文字ではなく、手話の基本的なこと
「教室での授業を通した学びは、教科書には書かれていない実践を伴う、まさに「アクティブ・ラーニング」による研修といえるのではないでしょうか。」90-1P
(今後の課題)「(1)所有免許状・資格を生かす人事の仕組みを整える(2)「聴覚障害領域の免許状をとる」学生と「聴覚障害領域の免許状もとる」学生、それぞれのニーズに合った養成(3)大学で学び、現場(聴覚支援学校)で学ぶ(4)先輩から学ぶ」88-92P・・・普通学校で手話を学ぶこととか、北欧でなされている教員のための無償(生涯教育の理念も含んだ、授業料、交通費、学習期間の給与、遠隔地からくるひとには宿泊料の保障)教育なども考えていく必要があります。
佐藤英治「手話言語条例をめぐる言語論」
著者は「公益社団法人北海道ろうあ連盟副理事長」、この論文には「―北海道、札幌市における「手話言語条例」をめぐる言語、コミュニケーション論争のポイントと結論―」というサブタイトルがついています。
さて、最初に世界的、日本的にどういう流れの中で、手話言語条例の制定運動があるのかを押さえています。で、この論文の焦点は、北海道、札幌市における手話言語条例の制定運動の中で、他の「障害者」団体から、ろうあ連盟・ろう協会の条例制定の運動に反対の意見が出たという話を書いています。内容は、他の「障害者」も含んだ「意思疎通支援」(情報・コミュニケーション保障)の問題から切り離して、言語保障の問題として、条例制定運動をするのはおかしいということです。結局、情報・コミュニケーション保障の内容の条例を先行させる、二本立てにするというところで、制定にこぎ着けたのですが、これは、「ろう文化宣言」が出たときに、その内容が、「わたしたちの問題は障害問題と言うよりも、民族問題での言語的少数者としての問題である」ということを突き出したことの再現です。この「ろう文化宣言」が出たときに長瀬修さんが「障害者はキズモノか、医学モデル、文化・言語モデル、社会モデル」という文を、『日本手話学会 会報』No.53に書き、わたしも「ろう者の問題=民族問題??」を書きました。http://www.taica.info/rmmmk1.pdf
その後で、「ろう文化宣言」の著者2人の連名で、「ろう文化宣言以後」という文も出ていて、それに対して、「「ろう文化宣言以後」の以後」http://www.taica.info/rbsii1.pdf
という文をわたしが対話を求めて書きました。
今回のことで、何が問題になるのかというと、全日ろう連は「社会モデル」ということを取り入れているのですが、自分たちの言語保障の問題で、「社会モデル」の考え方をとりいれ、他の「障害者」の障害は「障害」(医学モデル)という、ダブルスタンダードになっているのです。そもそも、言語の違いということで、「社会モデル」の立場を取り得たのですが、「障害の社会モデル」自体は混乱を極めています。「障害者の権利条約」やその批准に伴う「障害者」に関わる国内法の改定、新規の法律を作り、その際に「社会モデル」に基づく法律だとかいうことを官僚が言っていたのですが、とんでもない勘違いです。法律の条文の中で、「社会モデル」的なことを書くときは、‘障害’ではなく、‘障壁’ということばを使い、‘障害’ということばを使っているところは、全部医学モデルです。だから、他の「障害者」団体は、自分たちが抱えさせられていることを障害ではなく「障害」という医学モデルでとらえているし、ろうあ連盟・ろう協会も、他の「障害者」のかかえさせられている障害を「障害」としてとらえているのです。そこでの混乱です。言語保障の問題も、「社会モデル」でいけば、障害なのです。今、LGBTの運動が起こっています。一時期「性同一性障害」とか言う言葉が出ていました。これは「病理」の問題として「障害」としてとらえようということだったのですが、今は、性的指向性の問題として、「障害」の範疇にはいれません。むしろ、同性婚を認めないなどの制度的障害の問題としておさえ、要求を出してきています。保育の貧困の問題も、政策のおかしさによる子育ての障害としてとらえてきています。障害をもっときちんととらえ返す必要があります。これらの‘障害’は、ほぼ‘差別’という言葉に重なっています。
この「社会モデル」的考え方では、「「障害者」は「障害者」と規定されるもの」という考えになりますし、そこでは障害は「障害者」がいきることを妨げる悪いことなのです。だから「‘障害者’ということばはイメージが悪いから、‘障がい者’に変えよう」というのは、「社会モデル」の「障害は悪いことだから、悪いときちんと言って、なくしていこう」という考えと真逆なことなのです。だから、条例で「障がい者」などという言葉を使っているひとたちは、「社会モデル」の意味を理解していないということをわたしは指摘しているのです。もちろん、こんな情況が起きているのは、「障害の社会モデル」の混乱を収め切れていないことから来ているという、「障害者運動」の理論を担っているところで、その力及ばすというわたしの自己批判もあるのですが。わたしは既に『反障害原論―障害問題のパラダイム転換のために―』世界書院2010 で、この問題を論じています。その後、「『反障害原論』への補説的断章」というところで、文を書き連ねています。
https://hiro3ads6.wixsite.com/adsshr-3/c
わたしは、いわゆる「営業」(お金が目的で出したのではなく、理論の進化と拡大という目的で出したので、そもそも「営業」ということばに当たらないのですが)ということが苦手というか、嫌いなので、ちゃんと届けるということをやってこなかったのですが、同じようなおかしなことが繰りかえされている現状があり、なんとかしなくてはと、色んな躊躇を取っ払い、もうすぐ本も在庫がなくなるはず、本の著者販売ということも含めて積極的に突き出していきます。
だいぶ、話が脱線しましたが、元に戻っていつもの切り抜きです。
「・・・言語は国連憲章や国連人権条約(?規約)などにおいて。平等であると規定されています。すなわち、言語権は人権を構成する重要な要素です。ところが、ここでいう言語とは正確には音声言語のことです。そこには手話は含まれていません。」96P・・・当時は手話を含めて考えていなかったとは言えるけれど、権利条約では「手話は言語」という理念においては、当然含まれます。
「1880年ミラノで開催されたろう教育国際会議は「手話を排除する」決議を行いました。その後2010年のバンクーバーで開催されたろう教育国際会議において、手話を否定した「ミラノ決議を削除する」と決議するまでに120年を費やしています。」100P
「2013年10月8日、全国初となる鳥取県手話言語条例が可決、成立しました。さらに同年12月16日、北海道石狩市においても手話言語条例が可決、成立と続きました。これらの条例は、障害者権利条約批准の前年に可決、成立したもので、手話を言語として認める意味において先駆的価値をもっています。/それは、わが国が国際的に遅れている障害者の「言語」と「人権」について、自治体の機能である「条例」という分野が先鞭をつけたことでも意義があります。手話言語条例は最初の鳥取県から四年半の間に、2018年5月1日現在で全国179自治体に広がっています。/全国179自治体の条例を分類してみると、手話に特化した手話言語条例は161自治体、手話と情報・コミュニケーションが一体となった条例が18自治体となっています。」100-1P
「運動会の「障害物競走」を思い浮かべればわかるように、「障害」とは行く手を遮るもの、バリア「障壁」であり、バリアは障害当事者にはありません。」102P・・・言葉の使い方がおかしい。「「障害」とは行く手を遮るもの」は「障害とは行く手を遮るもの」、「バリアは障害当事者」は「バリアは「障害者」当事者」という表現になること。もうひとつ、これは「イギリス障害学の第一世代」の障害規定にも落ちていることですが、口話主義の問題の抑圧―同化の問題が抜け落ちているのです。「障害の社会モデル」を展開するときには「障壁」だけでなく、「障壁と抑圧」という表記にすることではないかと思います。
「この知事公約の実現には、与党である自由民主党・道民会議の協力が大きくものをいいました。」106-7P・・・全自治体での意見書の採択や、次々に作られていく条例には、この自民党と友好的な関係をもったことの影響が大きいと言われています。ただ、理念法として成立させるだけではなく、予算をつけていくことでは、現在の政権の福祉に必要な予算をつけず、福祉の押さえ込み・切り捨て的情況でどうなっていくのか、全体的戦争のできる国作りの中で、戦争とファシズムへの途を歩む動きの中で、コツコツとつみあげていったものが、どうなっていくのかの観点が必要です。
「おおむね、「手話を使う人の能力は劣っている」としてなどとして「哀れみの対象」としてみることが、残念ながらおおまかなろう者観でした。」112P・・・こういう言い方では、他の「障害者」が依然として「哀れみの対象」としてとらわれていくことの批判ができなくなります。障害概念のダブルスタンダードになっているのです。「障害の社会モデル」の考えが、他の「障害者」にもあてはまることがとらえられなくなります。
「身体障害者福祉協会を中心に反発され、2017(平成29)年2月1日に道当局の提案した条例名称は「障がい児に係わる手話及びその他の形態の非音声言語等の習得に対する支援ならびに普及啓発に関する条例」でした。/この提案は、障害は個人にあるのではなく、社会にあるという障害者権利条約の理念に乖離しているので、私たち連盟が即座に拒否したことはいうまでもありません。」115P・・・よくわかりません。他の「障害者」の障害を「障害」―医学モデルでとらえているのではないでしょうか?
「北海道言語としての手話の認識の普及等に関する条例」「北海道障がい者の意思疎通の総合的な支援に関する条例」115P・・・「北海道言語」というのは、アイヌ語の問題も言語の障壁で含めようという意図だと思うのですが、アイヌの人に北海道での自治権を認めようという承認がない限り、意味不明です。「意思疎通」というコミュニケーション障害の問題だけでなく、そこには情報障害も被っていると言う問題抜け落ちています。‘害’の表記を‘がい’に変えるのは、「障害の社会モデル」のとらえ方になっていないという問題も。
 「「アイヌ文化振興法」にはアイヌが求める「先住権」などは盛り込まれず、文化振興に限定されたのです。また、石原慎太郎(法律制定時の衆議院議員)が猛反発した結果、日本の法律でありながら、北海道以外では効力をもたないなど特異な扱いをされています。/しかし、このアイヌの運動は私たちの運動に先駆けたものといえます。」124P・・・画期的なとらえ方、ですが、言語権の問題も、「障害の社会モデル」では障害問題としてとらえられるという観点の欠落。

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『手話・言語・コミュニケーション No.5 特集:手話の歴史』

たわしの読書メモ・・ブログ478
・日本手話研究所編『手話・言語・コミュニケーション No.5 特集:手話の歴史』文理閣 2018
前のブログで書いた久松さんの文が所収されている本。この本のタイトルは「手話・言語・コミュニケーション」です。それに合わせて、英語表記もされています。「Sign Language, Language & Communication 」です。手話をちゃんと Sign Languageと表記しています。それにしても全日ろう連の「日本手話言語法案」で、手話ということばを手話言語に全部変えるときに、誰も、おかしいという異論を出さなかったのでしようか?
いろいろ手話学習的に興味をひく文も多々あり、全部読みたかったのですが、時間がないので、四つだけ読みました。
田岡克介「石狩市手話言語条例が無くなる日を願って」
田岡さんは石狩市の市長、手話言語条例はいろんなパターンで作られていますが、石狩市は首長が熱心で、すごく勉強しながら、行政の主導で作られたようです。タイトルは条例を必要としなくなることを求めての、条例制定という意味です。
昔、手話通訳者が、「手話学習や手話を広めるということは、ベテランの手話通訳を育てるということが目標ではなく、手話通訳を(ほとんど)必要としないほど、手話を広めることだ。」という話にリンクしていました。
二神麗子「「手話言語条例」比較論」
手話言語条例が都道府県、市町村レベルで作られています。それをいくつかのパターンで示しています。
表1に「手話言語条例上程過程の形式」として簡略的に載せられています。48P
文章化してみます。 「@執行部提案A型―首長の協力リーダーシップA議員提案A型―主導する会派の力が強いB議員提案B型―執行部が前向きC議員提案C型―執行部が慎重D執行部提案B型―近隣の自治体の後押し」
 さて、表4 57Pとして「教育に関する条文の比較(都道府県モデル案/鳥取県/群馬県)」がありますが、トータルコミュニケーション研究会の北欧視察団の報告と入手資料(ブログ470-2で読書メモ)を見ると、「ろう児、教員、保護者」だけでなく、「きょうだい、親戚、周りの者」と広げて行く、そして生涯・無償教育というところまで射程に入れていくことが必要だと思っています。
 さて、「・・・合理的配慮の提供に関する内容は、差別解消法でもカバーできると言えそうです。それでもなお、残された課題は、聴覚障害者自身が手話を身につけることで、これは、障害者差別解消法の範囲外になっています。」「国の法律でカバーできない内容を独自に条例で定める、「横出し条例」として作成していくバターンは、今後も増えるかもしれません。」67Pとあります。条例作成の意味はまさにここにあるのかも知れません。堂本千葉県政で、「障害者差別禁止条例」が作られたことが、国の政治に波及していったという歴史なども見ると、条例制定運動の大きな意義を見出し得ます。もうひとこと書き置きますが、「合理的配慮」ということは、日本が批准している「障害者権利条約」に書かれていて、それを元にした国内法の整備として、「障害者」関連法律にも盛り込まれて、環境を整備することを義務づけています。だから「注(6)聴覚障害児・者が手話を身に付けられるかどうか、環境に起因するものです。しかし、この環境が準備されていなかった場合、これは「差別」、すなわち、「積極的な悪意が」があって、行われた(行われなかった)ものとまだ言えないのかもしれない。」69Pというのは、おかしいのです。これは、「合理的配慮」というのは、財政的な過重な負担を伴うときには、義務を免除していますので、両刃の剣になっています。そのことを指摘しているのかもしれませんが。悪意があるなしに関わらず、差別です。差別にかっこを付けて「差別」と表現することで何か意味をもたせようとしているようなのですが、意味不明なのです。そもそも、現政権が憲法改正を最大の目的にして、「平和憲法」を改定するために、危機をあおり軍事費を増額する、財界の支持を得るために、法人税を減税し、所得税の累進課税を弱める、更にアベノミクスなどで、企業の内部留保を増大させる一方で、福祉関係の予算で必要な処置を講じない・更には減額さえするというときに、「合理的配慮」で、予算を伴う処置はことごとく押さえられ、理念法・条例に押しとどめられていきます。そもそも、憲法に基本的人権があり、ひとりのろう者と聴者が同等の情報・コミュニケーション保障がなされるべきということで、それが保障されないならば、それは「基本的人権」とは言えないという批判ができるのですが、そもそも、憲法は基本的人権の条文だけで成立していないで、他のさまざまな条文との関係で、「基本的人権」が機能しないしくみ、ごまかしができあがっているのです。そのあたりの仕組み、この社会を成り立たせている世界観から、問題を考えていくことが必要になっているのだと考えています。脱線してしまいました。このあたりのことは別文にします。
藤澤和子「知的障害者のコミュニケーション手段―シンボルとサイン」
サインとシンボルを「知的障害者」のコミュニケーション方法として、シンボルとサインを使っていこうという試み。実は、わたしは、「自閉症」「知的障害」と規定される子どもへの体罰裁判の支援をしていて、その中で、手話の単語でコミュニケーションをとることを進め得るのではとちらっと思ったことがありました。で、そのような試みをしているという文にも出会っていました。結局ちゃんと読み込んでいなかったのですが、思わぬところで、この文に出会えました。
この話は、高田さんのヒエログリフの研究とつながっていると感じています。漢字が表意文字から表音文字化しているという話が出ているのですが、このようなシンボル、サイン研究は、これと逆向きの研究ではないかとも考えたりしています。
とても、このあたりの学習にまで踏み入れません。
パソコンには、検索機能があるので、何かもし必要になるときのために、いつもは抜き書きメモを残しているのですが、今回は抜き書きメモと、それにもならない、キーワード的に抜き書きを残して置きます。
「具体的には、音声言語が育つ前の前言語期によく使われる音声、指さし、表情、ジェスチャーや、絵、写真、シンボル、サイン、VOCAの機器が挙げられます。これらはすべては、Augmentative and Alternative Communication (AAC 補助代替コミュニケーション)と呼ばれ・・・。」72P(VOCA Voice Output Communication Aids : 音声出力会話補助装置98P)
「シンボルを障害者のコミュニケーションに使用する実践が始まったのは、1970年に入ってからです。ブリス(C.K.Bliss)が世界の平和を願って国際言語として考案したブリスンシンボル(Blissymbols)を、カナダのオンタリオ肢体不自由子どもセンターが注目し、障害者用の言語として用いたことから始まりました。」76P
「日本では、1985年に、広川によってオーストラリアで活用されていたサウンズアンドシンボルズが導入され、その後、1995年頃から、欧米のPICシンボルやPCSシンボルの日本版が制作され、現在までに特別支援学校や施設などで普及しています。」77P(PIC : Pictogram Ideogram Communication 79P)(PCS : the Picture Communication Symbols)
「スウェーデンでは、手話が知的障害学校の多くで使用されています。」91P(‘手話’に注「スウェーデンでは、言語体系としての語彙の多さや文法的使用という条件がそろわなくても、手指の動きが手話と同じであれば、手話の使用と言います。そのためスウェーデンでの報告に関する部分は「手話」という言葉を使用します。」99P)・・・「対応手話」ということと同じ。サインとサインランゲージの区別
久松三二「(書評)『手話を言語と言うのなら』を読んで」
これは、前のブログでメモを残しています。
次のブログの読書メモは、この冊子の『No.6』です。

posted by たわし at 04:30| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

久松三二「(書評)『手話を言語というのなら』を読んで」

たわしの読書メモ・・ブログ477
・久松三二「(書評)『手話を言語というのなら』を読んで」(日本手話研究所編『手話・言語・コミュニケーションbT』文理閣 2018所収)
この文は、一回前のブログの久松さんと対話の続きです。併せて読んで下さい。
前前回でだいたい積ん読していた本を読み終え、一連の集中学習を終えようとしていたのですが、ちょうどメルマガで冊子の紹介をしていて、その中で手話言語法を巡る論文の記載があり、その動きを押さえておきたいと冊子を買い求めました。実は買ったのは最新号『No.6』の方です。で、そのバックナンバーの内容紹介を見ていたら、『bT』のこの書評が目に付きました。
実は、ブログ448でとりあげた、『手話を言語というのなら』の文がよくまとまった文で、この冊子に対する全日本ろうあ連盟(以下、全日ろう連と略します)からの対話があれば、きちんと整理できるのではないかという思いをもっていました。一つ前のブログにもすでに書いていますが、インターネット上で、『手話を言語というのなら』の執筆者サイドから「vs久松」という反批判が出ていました。それを、この冊子への批判だと勘違いして買ったのですが、何かかみあいません。で、再度インターネットで検索して、前のブログの文にあたりました。そのことを前のブログにすでに書いています。そういう経過があって、実は、前のブログの文よりも、こちらを先に読んだのですが、メモのまとめは後にしました。
久松さんは、全日ろう連の常任理事・事務局長です。民主党政権時代に作られた「障がい者制度改革推進会議」に全日ろう連から参加していたひとで、論客としてわたしが注目していたひとです。
さて、論点は全日ろう連が「手話はひとつ」ということを突き出しているところでの議論です。実は、この冊子にも「しかし、本書(『手話を言語と言うのなら』のこと)で展開する批判を読むと、日本手話言語法案に記載している「手話」を「日本手話」に置き換えれば、批判の矛先を収めることになるのではないかと思えるような書き方もしています。」138Pの文があります。実は、『手話を言語というのなら』チームは、「ろう文化宣言」の流れの中から出て来たチームだとわたしは押さえているのですが、「ろう文化宣言」では、「手指日本語」は手話ではないと主張しているので、「手話は日本手話だけだ」ということになります。ですが、そもそも「中途失聴者・難聴者」の反発の中で、「ろう文化宣言」の流れのひとたちも、「対応手話」という表記、すなわち、「手話」と認めるような表記も使っています。久松さんは、「対応手話」とか「手指日本語」という表記も認めようとしないのです。「ろう文化宣言」よりも、よほどラジカルです(ラジカルには、根源的という意味と、過激という意味があります)。
「チーム」は「対応手話」を使うひとたちを、言語体系が違うひとたちとおさえているのですが、久松さんは、「単純に「日本語対応手話」と論じないで、手話を正しく表現するには、この表現が良いよと指摘すればよいのです。」140Pと書いています。どうも、「正しくない」とか、(これは前のブログでコメントした文や別のひとの話にも出てくるのですが)「手話の下手なひとたち」とか、「未熟なひとたち」とか、「学習を途中で止めたひとたち」とかいう規定をして、「対応手話」という言葉自体をも認めようとしないのです。どうも、「手話」を区別することを差別というようなところでとらえられているようです(註1)。「対応手話」話者と日本手話話者は、手話通訳が十分に保障されない中で、しかも、日本手話通訳者が少ない中で、総体的相対的に下位の社会的地位に置かれています。だから、全日ろう連の元理事長の高田英一さんがシムコムの勧めなど書いているのです。話がそれましたが、むしろ、手話のうまい-下手などというのは、それは間違いなく手話の技術を巡る差別です。ことは、上手い-下手ではなく、「対応手話」という指摘―区別は、言語体系が違うという指摘なのですが。
それについて、久松さん自身が「その影響の度合いを日本語の視点で評価し(このところはおかしく、「自分の使用する言語の視点で評価し」と書くところですが)、その評価に基づいてレッテルを貼ることは、言語権を尊重する、また言語学の求める姿勢ではないと思います」140P中段 と書いています。だから、「下手」とかいう評価自体がおかしいのです。そもそも言語体系の違いなのです。「対応手話」ということにも洗練があります。手話通訳者が音声言語話者の話を、完璧に近いほど復唱的に口話をつけながら「対応手話」をしていたりしているのを見たりしていますし、「ろう者」が口話をかなりの精度で読み取れるとか、それに、同時法の流れの中のひとたちが、「対応手話の」精度化のために「漢字対応手話」を提唱していたり、その流れの中で辞書まで作ったりしていました。
さて、久松さんが勘違いしているのではないかと思えるところの指摘をしてみます。久松さんは「しかし、多くのろう教育関係者を中心とする「手話」の特性についての説明は、日本語(以下、音声語)を基準に優劣を論じる主観的傾向が多々ありました。今でもこの傾向は、「手話は日本手話、日本語対応手話、混成手話の三通りあります」と、言い方を変えて引き継がれています。この表面的分類に固執する限り、「手話」は音声語とは独立した独自の文法をもつ言語の体系であると、いくら説明しても、手話言語法を批判する人たちは、この説明を受け止め、理解することができないのではないかと思います。」139P下段 と書いています。「ろう文化宣言」は、音声言語を軸にして考えることから大転換して、「日本手話」を基軸にして、「対応手話」の批判をしているのです。その押さえがないので、意味不明の文が続いています。「今でもその傾向は・・・引き継がれています。」ではなくて、「「ろう文化宣言」によって根底的に変換されました」と書くことです。そして、「「手話」(これはかっこを外すべきです。「対応手話」には「かっこをつけますが、ここは日本手話、日本手話にはかっこはつけません)は、音声言語とは独自の文法をもつ言語の体系である。」というには「ろう文化宣言」と今回の「チーム」のひとたちの主張そのものです。
実は、久松さんは「隠れ「ろう文化宣言」支持者」ではないかとわたしは思ってしまいます。ただ、「手指日本語」(やわらかい表現としての「対応手話」)の存在を認めないというところの違いがあるのです。
日本手話か「対応手話」ということは、単にどちらの論が正しいのかを競っているのではありません。そこには実際に、ろう児たちにどういう教育を提供していくのか、どういう手話を聴者も含めたところで広めていくのという実践的な問題です。音声言語の圧力が強い中で、「社会参加」という名目で、適応論に陥ると、その手話はどうなるのか、それが「対応手話」になっていくという自覚をもって、それとはっきり「日本手話」を対峙させる必要があるのです。だから、「対応手話」に対峙するためには、「対応手話」という存在を認めねばなりません。差別をなくすためには、差別ということばをなくすのではなく、差別ということを自覚して、反差別の運動を起こす必要があるのです。
「対応手話」の存在を認めないということ、これはどこから来ているのかと考えているのですが、わたしは「手話はひとつ」という突き出しは、全日ろう連という組織を維持していくために、手話の違いによる分断を避けるという自覚的・無自覚的かを問わずその意識がはたらいているのではないかと思うのです。これは「プロクルステスのベッド」のような話です(註2)。
ここで、前のブログで書き落としていたこと、その文の最後のところで、全日ろう連活動の蓄積と成果ということを述べられていることへのわたしの思いを書き置きます。
確かに、コツコツと積み上げられてきた運動の実績は、すごいと思っていますし、リスペクトしています(註3)。
ただ、議論をするときは、論の論理性で議論をすることで、過去の運動の実績とか、所属する組織の力とかをバックボーンにして議論をするのはおかしいと思っています。だいたい、少数言語者への多数言語者への抑圧を問題にしている団体が、組織の大きさとかそういう実績の類い大きさの話をされるのはおかしいのだとも思います。こういう「組織の権威」とかいう話が、どういうところにいくのかを歴史が示しています。きちんとした対等な立場での対話をして行けたらと思っています。


1 昔、天皇制について「天皇を差別している」と書いたひとがいましたが、確かに職業選択の自由とか、住居の自由とか基本的人権を奪われているのですが、そもそも天皇を「現人神」的にとらえる流れがきちんと解消されていないので、それでいうと「基本的人神権」で、天皇家のひとびとが「人権」をきちんと突き出せばいいのです。天皇制は天皇をもちあげています。差別というのは、上から下への差別です。上へ区別するのを差別とはいいません。
2 ギリシャ神話に出てくる、ベッドから足がはみ出すからと、足を切ったという話。「本末転倒」という言葉にも通じる話。
3 ただ、情況に規定されて、今までつみあげてきたことが、無になっていくということを押さえ、政治的なことへのコミットメントの必要性の問題もありますし、そもそも大きな組織の中で、どこまで意見がまとめられているのかの問題もあります。たとえば、この冊子の中で、高田さんが「独自の言語体系を有する」と提言されたという記述があります。その他、高田英一さん数々の貴重な論文があります。しかし、本を読んでいると、どうみてもシムコムの勧めのようなことを書いています。手話が音声言語から独自の言語体系を有するとしたら、シムコムの勧めなど出てこないと思います。このあたりきちんと議論の決着をつけないと、手話言語法の制定はむずかしくなると思うのですが。

posted by たわし at 04:26| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

久松三二「(書評)『手話を言語というのなら』を読んで」(日本手話研究所編『手話・言語・コミュニケーションbT』

たわしの読書メモ・・ブログ477
・久松三二「(書評)『手話を言語というのなら』を読んで」(日本手話研究所編『手話・言語・コミュニケーションbT』文理閣 2018所収)
この文は、一回前のブログの久松さんと対話の続きです。併せて読んで下さい。
前前回でだいたい積ん読していた本を読み終え、一連の集中学習を終えようとしていたのですが、ちょうどメルマガで冊子の紹介をしていて、その中で手話言語法を巡る論文の記載があり、その動きを押さえておきたいと冊子を買い求めました。実は買ったのは最新号『No.6』の方です。で、そのバックナンバーの内容紹介を見ていたら、『bT』のこの書評が目に付きました。
実は、ブログ448でとりあげた、『手話を言語というのなら』の文がよくまとまった文で、この冊子に対する全日本ろうあ連盟(以下、全日ろう連と略します)からの対話があれば、きちんと整理できるのではないかという思いをもっていました。一つ前のブログにもすでに書いていますが、インターネット上で、『手話を言語というのなら』の執筆者サイドから「vs久松」という反批判が出ていました。それを、この冊子への批判だと勘違いして買ったのですが、何かかみあいません。で、再度インターネットで検索して、前のブログの文にあたりました。そのことを前のブログにすでに書いています。そういう経過があって、実は、前のブログの文よりも、こちらを先に読んだのですが、メモのまとめは後にしました。
久松さんは、全日ろう連の常任理事・事務局長です。民主党政権時代に作られた「障がい者制度改革推進会議」に全日ろう連から参加していたひとで、論客としてわたしが注目していたひとです。
さて、論点は全日ろう連が「手話はひとつ」ということを突き出しているところでの議論です。実は、この冊子にも「しかし、本書(『手話を言語と言うのなら』のこと)で展開する批判を読むと、日本手話言語法案に記載している「手話」を「日本手話」に置き換えれば、批判の矛先を収めることになるのではないかと思えるような書き方もしています。」138Pの文があります。実は、『手話を言語というのなら』チームは、「ろう文化宣言」の流れの中から出て来たチームだとわたしは押さえているのですが、「ろう文化宣言」では、「手指日本語」は手話ではないと主張しているので、「手話は日本手話だけだ」ということになります。ですが、そもそも「中途失聴者・難聴者」の反発の中で、「ろう文化宣言」の流れのひとたちも、「対応手話」という表記、すなわち、「手話」と認めるような表記も使っています。久松さんは、「対応手話」とか「手指日本語」という表記も認めようとしないのです。「ろう文化宣言」よりも、よほどラジカルです(ラジカルには、根源的という意味と、過激という意味があります)。
「チーム」は「対応手話」を使うひとたちを、言語体系が違うひとたちとおさえているのですが、久松さんは、「単純に「日本語対応手話」と論じないで、手話を正しく表現するには、この表現が良いよと指摘すればよいのです。」140Pと書いています。どうも、「正しくない」とか、(これは前のブログでコメントした文や別のひとの話にも出てくるのですが)「手話の下手なひとたち」とか、「未熟なひとたち」とか、「学習を途中で止めたひとたち」とかいう規定をして、「対応手話」という言葉自体をも認めようとしないのです。どうも、「手話」を区別することを差別というようなところでとらえられているようです(註1)。「対応手話」話者と日本手話話者は、手話通訳が十分に保障されない中で、しかも、日本手話通訳者が少ない中で、総体的相対的に下位の社会的地位に置かれています。だから、全日ろう連の元理事長の高田英一さんがシムコムの勧めなど書いているのです。話がそれましたが、むしろ、手話のうまい-下手などというのは、それは間違いなく手話の技術を巡る差別です。ことは、上手い-下手ではなく、「対応手話」という指摘―区別は、言語体系が違うという指摘なのですが。
それについて、久松さん自身が「その影響の度合いを日本語の視点で評価し(このところはおかしく、「自分の使用する言語の視点で評価し」と書くところですが)、その評価に基づいてレッテルを貼ることは、言語権を尊重する、また言語学の求める姿勢ではないと思います」140P中段 と書いています。だから、「下手」とかいう評価自体がおかしいのです。そもそも言語体系の違いなのです。「対応手話」ということにも洗練があります。手話通訳者が音声言語話者の話を、完璧に近いほど復唱的に口話をつけながら「対応手話」をしていたりしているのを見たりしていますし、「ろう者」が口話をかなりの精度で読み取れるとか、それに、同時法の流れの中のひとたちが、「対応手話の」精度化のために「漢字対応手話」を提唱していたり、その流れの中で辞書まで作ったりしていました。
さて、久松さんが勘違いしているのではないかと思えるところの指摘をしてみます。久松さんは「しかし、多くのろう教育関係者を中心とする「手話」の特性についての説明は、日本語(以下、音声語)を基準に優劣を論じる主観的傾向が多々ありました。今でもこの傾向は、「手話は日本手話、日本語対応手話、混成手話の三通りあります」と、言い方を変えて引き継がれています。この表面的分類に固執する限り、「手話」は音声語とは独立した独自の文法をもつ言語の体系であると、いくら説明しても、手話言語法を批判する人たちは、この説明を受け止め、理解することができないのではないかと思います。」139P下段 と書いています。「ろう文化宣言」は、音声言語を軸にして考えることから大転換して、「日本手話」を基軸にして、「対応手話」の批判をしているのです。その押さえがないので、意味不明の文が続いています。「今でもその傾向は・・・引き継がれています。」ではなくて、「「ろう文化宣言」によって根底的に変換されました」と書くことです。そして、「「手話」(これはかっこを外すべきです。「対応手話」には「かっこをつけますが、ここは日本手話、日本手話にはかっこはつけません)は、音声言語とは独自の文法をもつ言語の体系である。」というには「ろう文化宣言」と今回の「チーム」のひとたちの主張そのものです。
実は、久松さんは「隠れ「ろう文化宣言」支持者」ではないかとわたしは思ってしまいます。ただ、「手指日本語」(やわらかい表現としての「対応手話」)の存在を認めないというところの違いがあるのです。
日本手話か「対応手話」ということは、単にどちらの論が正しいのかを競っているのではありません。そこには実際に、ろう児たちにどういう教育を提供していくのか、どういう手話を聴者も含めたところで広めていくのという実践的な問題です。音声言語の圧力が強い中で、「社会参加」という名目で、適応論に陥ると、その手話はどうなるのか、それが「対応手話」になっていくという自覚をもって、それとはっきり「日本手話」を対峙させる必要があるのです。だから、「対応手話」に対峙するためには、「対応手話」という存在を認めねばなりません。差別をなくすためには、差別ということばをなくすのではなく、差別ということを自覚して、反差別の運動を起こす必要があるのです。
「対応手話」の存在を認めないということ、これはどこから来ているのかと考えているのですが、わたしは「手話はひとつ」という突き出しは、全日ろう連という組織を維持していくために、手話の違いによる分断を避けるという自覚的・無自覚的かを問わずその意識がはたらいているのではないかと思うのです。これは「プロクルステスのベッド」のような話です(註2)。
ここで、前のブログで書き落としていたこと、その文の最後のところで、全日ろう連活動の蓄積と成果ということを述べられていることへのわたしの思いを書き置きます。
確かに、コツコツと積み上げられてきた運動の実績は、すごいと思っていますし、リスペクトしています(註3)。
ただ、議論をするときは、論の論理性で議論をすることで、過去の運動の実績とか、所属する組織の力とかをバックボーンにして議論をするのはおかしいと思っています。だいたい、少数言語者への多数言語者への抑圧を問題にしている団体が、組織の大きさとかそういう実績の類い大きさの話をされるのはおかしいのだとも思います。こういう「組織の権威」とかいう話が、どういうところにいくのかを歴史が示しています。きちんとした対等な立場での対話をして行けたらと思っています。


1 昔、天皇制について「天皇を差別している」と書いたひとがいましたが、確かに職業選択の自由とか、住居の自由とか基本的人権を奪われているのですが、そもそも天皇を「現人神」的にとらえる流れがきちんと解消されていないので、それでいうと「基本的人神権」で、天皇家のひとびとが「人権」をきちんと突き出せばいいのです。天皇制は天皇をもちあげています。差別というのは、上から下への差別です。上へ区別するのを差別とはいいません。
2 ギリシャ神話に出てくる、ベッドから足がはみ出すからと、足を切ったという話。「本末転倒」という言葉にも通じる話。
3 ただ、情況に規定されて、今までつみあげてきたことが、無になっていくということを押さえ、政治的なことへのコミットメントの必要性の問題もありますし、そもそも大きな組織の中で、どこまで意見がまとめられているのかの問題もあります。たとえば、この冊子の中で、高田さんが「独自の言語体系を有する」と提言されたという記述があります。その他、高田英一さん数々の貴重な論文があります。しかし、本を読んでいると、どうみてもシムコムの勧めのようなことを書いています。手話が音声言語から独自の言語体系を有するとしたら、シムコムの勧めなど出てこないと思います。このあたりきちんと議論の決着をつけないと、手話言語法の制定はむずかしくなると思うのですが。

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