2019年07月20日

打波文子『知的障害のある人たちと「ことば」――「わかりやすさ」と情報保障・合理的配慮』

たわしの読書メモ・・ブログ501
・打波文子『知的障害のある人たちと「ことば」――「わかりやすさ」と情報保障・合理的配慮』生活書院2018
図書新聞で書評が掲載された本です。わたし自身情報発信者として、わかりやすさを求めている立場で、また、手話に関わって、情報保障とコミュニケーション保障にわずかなりとも関わったり、考えている立場で、関心をもって読みました。
「知的障害者」への情報保障やコミュニケーション保障ということが取り残されているという著者の指摘がこの本の核心です。
ユニバーサルデザインの思想ということがあり、みんなにわかりやすい情報なり、伝達をという考えがあるのですが、「できるだけみんなに」ということは必要ですが、「みんなに」ということはあり得ないから、この本にも出てきますが、個々にきちんと対応していこうということになっていっています。
この本が主にしているのは著者のいう「軽度」「中度」の「知的障害者」です。これも著者のいう、もっと「重い」というところで、1章のことばというところで、絵カードという話が出ていましたが、絵カードの言語的使用ということも考えられるのではと思ったりしていました。
後半の実践的なところでの分かりやすさの追求というところがすごく参照になりました。
わたしも今後、自分なりに再度煮詰めつつ、つかわせてもらおうと思っています。
さて、この本でも「障害の社会モデル」ということばが出てくるのですが、「障害の社会モデル」を巡る混乱が、ここでも如実に表れています。「社会モデル」にはオリバーに現れるイギリス障害学とアメリカ障害学があります。端的な言い方をすると、障害者が障害を持っている」という個人モデル−医学モデルを反転させたイギリス障害学の「社会モデル」は「社会が作った障壁が障害である」というとらえかたです。これはそれまでの障害観を反転させた、パラダイム転換した内容をもっていたのです(きちんとした転換をなしきれなかったので、その後の混乱がおきてきたのですが)。そこでは、そもそも「障害のある人」という言い方はでてきません。権利条約もそのもとになった、ICFもアメリカの「障害の社会モデル」でしかありません。そもそもイギリスの「社会モデル」にたてば、第1章の、まさに医学モデルでしかない、「知的障害の分類」などでてきようがないのです。もし、現在社会の医学モデルで「知的障害者」いかに分断されているのかを参照するためになら、註とか、資料として書くことはあるのでしょうが。
さて、後は切り抜きメモをとりあえず残しておきます。
補助・代書コミュニケーションという医学モデル20P
手話の補助手段的とらえ方21P・・・?
「社会モデル」のとらえかた24-7P・・・アメリカ障害学の「社会モデル」
第一言語第二言語、音声言語を第一にしている?28P
クレーン現象・・・要求の指示36P
言語的能力37P・・・そもそも言語とは何か?
条件反射的語の表出、絵カード的言語、象形文字
著者の「社会モデル」のとらえかた37P・・・?
情報保障48P・・・情報公開、広報義務、「「基本的人権」に基づく対等な人権の保障
 ――民主主義の基底、基本的理念の獲得   
支援以前の問題52P・・・抑圧と力を奪う
ファクシリイテッド・コミュニケーションFC支援53-4P・・・筆談支援
プリント・ディスアビリィティ59P
スウェーデン政府の「民主主義や正義を実現する上で重要な課題」61P
医学モデル的なテスト形式69P
ひらがなのわかりにくさ 分節で行を変えない69P
ローマ字、カタカナ、漢数字はわかりにくい70P・・・漢字仮名交じり文の二面評価?
ユニバーサルデザイン100-3P・・・ひとつのユニバーサルデザインということではない、個々のニーズ
意思形成支援(情報保障、情報の解析、・・・)―意志決定(意思疎通、意思表現、意思実現)109P・・・論理的に分かる―感性的に分かる
支援者の抑圧120P
ひと―言語を用いる者という規定118P・・・?「言葉を使えない者はひとではない」という論理
「わかりやすい」ということ―資料、障害理解122P
スローコミュニケーション122P
「障害者が生きやすい社会はみんなが生きやすい社会である」―「わかりやすい」ということでの援用123P・・・ただし、ユニバーサルデザインの画一性はあり得ないという問題も、学者の論文とか・・・


posted by たわし at 03:29| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

熊野純彦「解説―揺れ動く時代のなかで−廣松哲学の背景をめぐって」

たわしの読書メモ・・ブログ500
・熊野純彦「解説―揺れ動く時代のなかで−廣松哲学の背景をめぐって」 (熊野純彦編『廣松哲学論集』平凡社2009)
著者が編んだ廣松の哲学の「入門書」525Pとしての論集につけた解説。この論集は「入門書」というより、廣松哲学の基底論集という方が適切かもしれません。これを読んでも廣松さんの本を読んでいないひとには理解不可能です。廣松さんの本を一応だいたい当たって、改めて廣松哲学を押さえていく作業としての入門書にはなるかもしれません。本文を読んでから、もしくは解説を読んで、本文を読んで、解説に戻ってくることなのですが、この論集に収められている論考はわたしは一応全部読んでいます。わたしの最後の学習として廣松さんの著作の読書メモを残していく作業をするので、その学習をするときに、最初に「入門書」的にこの論集を読むことにします。ここでは、ブログ500の記念に、解説だけ読んでおきます。
 熊野さんは、哲学の総体的学習をし、これほど総体的に哲学を押さえているひとはいないだろうという希有のひとです。廣松さんが自分の哲学の継承者として期待をかけていたひとです。ですが、熊野さんは倫理学に走っていて、廣松さんの生前はズレを生じていました。ここのところ、『資本論』関係の本も出し、何か廣松さんの継承的な動きも見られます。
 この解説は、廣松さんの人生をそのときどきの運動の歴史と重ね合わせながら、廣松さんの論考の展開を追うという形での解説です。廣松さんの伝記的な本やインタビューなどはかなり出ていて、ほとんど読んでいるので、今回のこの解説で初めて知ったこと、ひょっとしたら他にも書かれていたけれど、記憶をなくしているだけかもしれませんが、書き置きます。
まず、わたしは、廣松さんは60年安保以前に、アカデミックな世界に集中していったと思っていたのですが、それなりに運動にも関わっていたと知りました。安保の時「大衆運動が起こっているときにそっぽを向くなんてことは絶対しない」549Pとしてデモにも参加し、その中で「死ぬ気のないないやつは来るな」550Pとか発言していたようです
大学院博士課程のときに、「大管法(大学管理法)闘争を目前にして、東京大学全院生協議会の議長になった。」555Pとあり、また、『ドイツ・イデオロギー』の編集問題で、「現行版『ドイツ・イデオロギー』は偽書に等しい。」として新しい編集提起をしたのですが、その過程で疎外論から物象化論への転換を主張していて、「廣松の苦闘は、政治闘争の様相をも帯びてくる。」560P、これは、他の論考でも書かれていたのですが、端的には革共同の疎外論批判という内容をもっていたようです。また、いろいろと革命運動について語り、文を引用する形で「曰く、蜂起は断じて弄んではならぬ。だが、一たん蜂起の途に就いた暁には須らく最大の決意をもって敢行し、攻撃の態勢を堅持せよ。守勢は武装蜂起の死であると知れ。」569Pというような文を書いています。ロシア革命時のレーニンやトロッキーの言動を想起させる文です。ボルシェビキズムの検証こそが必要なのですが、オールド・ボルシェビキズム的な革命への思いを持ち続けていたのでしょうーまた、これは初耳だったのですが、どこから襲撃を受けたか分からないままに「おなじ年(70年)の五月に、廣松はテロに遭い、・・・」569Pとあります。
哲学的なところでは、「「レーニン流の模写説」を批判し」548Pとか、「廣松はまず、自己疎外概念が「特別な主体概念」(ヘーゲルにおける「精神」シュトラウスの「人類」、バウアーの「自己意識」、フォイエルバッハの「類的存在」)と「不可分」であるしだいと確認する。」ということを書いています。
この解説で、本文ひとつひとつが廣松さんの論攷のなかでどう位置づけられるのかを時代を追って書いています。それについては、本文の読破−再読が必要になります。最初に書いたようにそれは、わたしのライフワークのひとつの最後の作業として読み込む中で、読書メモを残すことにします。

posted by たわし at 03:24| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ジョン・リード/原光雄『世界をゆるがした十日間〈上〉〈下〉 (岩波文庫)』

たわしの読書メモ・・ブログ499
・ジョン・リード/原光雄『世界をゆるがした十日間〈上〉〈下〉 (岩波文庫)』岩波書店 1957
アメリカの社会主義者でジャーナリストの著者が、ロシア11月革命(グレゴリー暦、一般にロシア暦で「10月革命」といわれています)の時にロシアで取材して書いた、古典的に有名なドキュメンタリー的記録です。絶妙な筆致で、その情況が、まるで映像を見ているかのように浮かび上がってくる記録です。
 この著は有名で、いろいろ動き始めたときから読まなければと思っていて、ずーっと前に買っていたのですが、一回紛失し、また買い求めたりしていた本、それでも積ん読してしまっていたのですが、やっと読めました。大体の内容はロシア革命史関係に触れる雑誌の論文の中でつかんでいたこともあったのですが、改めて読み進める中で、ロシア革命とはなんだったのかが分かっていきます。そして抑圧されてきた民衆の怒りとまさに生きることを求める闘いが革命へとつながった流れをつかむことができました。実は、トロッキーの『ロシア革命史』を読んでいたときがありました。文庫で最後の巻を読んでいる途中で喪失し、読破していなくて、改めてこの本の後に読んでいこうと思っています。その『ロシア革命史』の中でつかんでいた文そのものでなく、内容的につかんでいた有名なフレーズがあります。「民衆が革命を起こすのは革新的だからではない、保守的だから革命を起こすのだ」ということです。ロシアはツアリーの圧政の中で、まさにパンと平和と自由と土地を求める闘いとして始まったのです。
レーニン、トロッキーの情況をつかんだ柔軟な戦術と、しかし、機をのがさない、敵を打ちのめす戦略とによって、かなり強引になされた革命で、おそらく他の指導的に動いていたボリシェヴィキーの知識人たちが革命の敗北を予感しつつ、動いていた中で、民衆のエネルギーに乗り、引き出し、信頼を獲得することによってなされた革命と言い得ます。その機を見る、機を逃すなということは、次の文の中に現れています。
「もしも社会主義なるものが、全民衆の知識的発展がそれを許容する場合にだけ実現できるものならば、われわれは少なくともここ五百年間は、社会主義を見ることはないであろう。」下137P
「ボリシェヴィキーの成功の唯一の理由は、ボリシェヴィキーが人民の最低層の広大にして単純な要求を成就させ、かれらに呼びかけて旧いものを引き裂き破壊する仕事をおこなわせ、次いで崩れ落ちる廃墟の煙のなかで、かれらと協力して新しいものの骨組みをうちたてた点にあった。……」下124P
ロシアは当時は識字率が低く、この本の著者は「人民委員会」の通行書を取って活動していたのですが、兵の中にはそれを読めないひとも多く、スパイと疑われて危うく銃殺されそうになったということも書かれています。労働者、兵は感情的な流されることはあっても、レーニンやトロッキーの民衆の心に届く演説を吸収し、支持し信頼していく、あやうくどちらに転ぶか分からない中での、要所要所での的確な情況分析と、引きつけるわかりやすい演説で鼓舞し革命へと進んだのだと言い得ます。もちろん二人だけではない、オールド・ボリシェヴィキーや名もなき民衆的に動いたボリシェヴィキーの存在もあったのだと思います。
ロシア革命は、労農兵のソビエト革命と言われているのですが、2月革命はボリシェヴィキーの主導性は弱く、労と兵の民衆のエネルギーが先行しつつも、農も地域で文字通り命をかけた一揆的な打ち壊しや土地収奪を進める動きもあったのですが、農は社会革命党の影響下にあり、そして統一的な動きにはなっていません。10月になって一気にボリシェヴィキーの労が平和を求める兵と連携し、レーニンたちの武装蜂起の計画より先行し、ほとんど無血で動きはじめ、反革命の動きの中で、一部抑圧された者の感情的なエネルギーの突出としての暴力性はあったものの、躊躇するなという革命の鼓舞があった中でも、極めてでこぼこの動きの中での混乱の中でも、冷静な情況分析と行動として革命が進んでいき、最後は農民を主導していた社会革命党左派のソビエトへの取り込みの中で、10月革命は勝利します。さて、その後は、レーニンの第三革命と言われることで、白軍との戦争、そして世界革命としての敗北の中で、ボリシェヴィキーのプロ独という事態に進みレーニンの死の中でスターリンの一国「社会主義」建設と粛正に進んでいくのですが、そのあたりの総括が最も肝要なことです。
この革命は20世紀初頭のツアリーの圧制下での革命です。そのことを押さえた上で、レーニン主義と言われていることの総括の中から、21世紀の社会変革の方針はとらえられるのだと思います。
いくつかの留意すべき点
ボルシェビキはプロレタリアの党ということ。農民の組織化をなしていないなかで、レーニンの第三革命で党の独裁的に進んでしまったこと。
レーニンの演説として「ロシアの現政府がボリシェヴィキー党によって形成されていることは、何びとも否認しないであろう。―」「われわれボリシェヴィキーは、プロリタリアートの党である」下131P
 民族問題がつねに意識されていたこと、大ロシア人は半数以下ということもありました。声明文の中では繰り返しユダヤ人への虐殺の懸念が出てきますし、被抑圧民族者の立場での発言がいくつも出てきます。しかし、結局革命の中で、農とともにきちんと位置づけられない中で、その反差別のエネルギーを組織化できなかった、ということもあったようです。

 今回は簡単な内容を押さえた切り抜きメモを残します。

ブルジョアジーは時には工場を破壊しても、将校は兵士を殺しても反革命を進行する42P
代表選出はいつも民意の反映は遅れる114P
パンと平和と土地と自由のスローガン
革命の波及の期待189P・・・レーニンやトロッキーは世界革命の必要性をとらえていた
インテリの革命ではなく、民衆は党を超えて行動する193P
農民ソビエトの離脱207P
「都市、地方、全前線、全ロシアのあらゆる兵営でくりかえされつつある、かかる闘争を想像せよ。連隊を見守り、あちこちに急行し、議論し、脅迫し、懇願する不眠のクルイレンコたちを想像せよ。・・・ ロシア革命とはかかるものだったのだ。……」228P 
民衆が主導的に動いた革命 上からの指示ではない235P

入り乱れた混乱
何回も出てくる「汚らしいひと」という表記・・・翻訳の問題?「汚れた(まま)」と書く、訳するところ
共同葬儀という右派の認識のずれ78P
僧侶のいない葬儀87-8P
ドゥホニン ボリシェヴィキーの勝因124P
前衛党論137P
訓示268P

暴力性の否定の否定・・・防衛的暴力と機会を逃すことがすぐ起きてくる、そして長く続く大きな被害につながるときの暴力
いろいろ書いたのですが、歴史研究の本の読後直後のメモは過程的なメモです。後で深化してまとめますー

posted by たわし at 03:21| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

森川聖詩『核なき未来へ: 被爆二世からのメッセージ』

たわしの読書メモ・・ブログ498
・森川聖詩『核なき未来へ: 被爆二世からのメッセージ』現代書館 2018
映像鑑賞メモで書いたコミュタンの放射線に関する情報の歪曲のひどさに怒っていて、自分自身の被爆爆二世という立場でちゃんと活動をしていかなくてはと、被爆二世に関するインターネット検索をしていて、ヒットした本です。
 著者はお父さんが広島の被爆者、原水禁運動をやっていたひとです。子どもの時からさまざまな体調不調で苦しんで、そして不安の中で生きてきたひと。それで、いろんなことを断念していったり、また、逆にそれでいろんな体験をしていったひとです。アメリカに留学しその中での出会いの中で観点を広げ、そしてそこでの繋がりから、部落差別、狭山事件に関心をもち、帰国後部落解放研究会に参加し、また、関東被爆二世連絡協議会を立ち上げ、全国準備会も作りながら、政府のごまかしの「原爆被爆者二世の健康に関する調査研究」に反対して、ハンストまでやったひとです。
体調不調の人生を自伝的なことで書きつつ、父親との確執と和解やいろんな出会いの中で、幅広い観点をもつようになっているひとです。単に原爆の問題だけでなく、核被害の共通性というところから反原発の運動や再生エネルギー関係の運動にも関わり、核廃絶、原発ゼロ、被害者支援・ほしょう(補償・保障というところで、ひらがなで書いています)。ということをセットにした活動を訴えています。また、「唯一の被爆国」という欺瞞を書いています。まさに国ということに留意して、この間の、政治の動きもきちんと押さえて批判をしています。まさにそれはわたし的に書き足せば「国家主義的政治の批判」なのです。それは、ウランの採掘や、被曝労働、そして事故による被害、避難者の切り捨て、核は差別なしにはありえないということをきちんと提起しくれています。
もうひとつ、差別の問題を押さえてきたわたしの立場からして、「準拠枠」322Pという概念を突き出していることに留意しました。これは、わたしのマージナルパーソン研究ともリンクしていくのですが、なぜ、ごまかしの政治が続いていくのかをとらえ返したとき、自分が置かれている立場がどこにあるのかということを、きちんととらえられない中で、別の集団、枠組みから、自分が差別することによって、自分の被差別の立場をスポイルして優越感に浸っていく、そのようなことを孕んだ概念です。
そのような幅広い観点から、自分の被爆二世の問題もとらえ返し、そして最後に自分が現在関わっているいろんな運動を紹介しつつ、この本を読んだひとたちへ、それぞれの立場から運動に関わる、起こしていくことを提起してくれています。遅読のわたしがかなりのスピード読み切りました。わたしの、そしてわたしのきょうだいの二世としての体験と重なることもあり、今後、わたしも改めて自分自身の二世問題をとらえ返し、新しい動きをしていこうという思いを抱きました。

posted by たわし at 03:18| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

和田春樹『ロシア革命――ペトログラード 1917年2月』

たわしの読書メモ・・ブログ497
・和田春樹『ロシア革命――ペトログラード 1917年2月』作品社 2018
やっと歴史学習に戻ってきました。
 ロシア革命というと10月革命ということに焦点があてられるのですが、著者は2月革命こそが大切だという主張です。2月はまさに自由を求めたブルジョア民主主義的革命ということだと思うのです。
専制ロシアの弾圧と、ロシアの王制のラスプーチンに関わる腐敗と、第一次世界大戦という戦争の混乱の中で、民衆の心がツアーから離れ、憎しみの対象になっていったところでの革命です。
 それにしても婦人デーに合わせたパンを求めての行進から 兵士のまさに死を賭けた革命・反乱の闘いとして進み、ソロコフの兵士ソビエトという提起もあり、臨時革命政府と労兵ソビエトの結成というところから、二重権力的なことを生み出していく情況の中でのロシア革命の特異性があるのだと言い得ます。もうひとつ、この著者が押さえているのは、2月革命の時点ではボリシェビキはソビィエトに余り積極的に関わっていない、もちろん民衆の次元のボリシェビキの労働者は、党を超えて関わり、そして総体としても、民衆の革命性が、ロシアのさまざまな政治グループの方針よりも、ラジカルな動きを見せていたということがあります。もちろん、この著の中でも繰り返し出てくる多くの保安部のエージェントが、かなり政党幹部まで入り込み、挑発的なことでその運動が陥る危うさのようなこともあったのでしょうが、インテリゲンチャ的な前衛を、民衆は労働者は超えて進むということが、ロシア革命にはあったのだとも押さええます。それは一部暴力化したのですが、ロシア専制ツアリーズムへ対抗して起きた、闘いか死かというところでの運動の中でおきていたことです。
2月革命の死者への追悼のデモで、長年投獄されていて2月革命で解放されたナロードニキの印象的な演説でこの著書は終わっています。まさに革命は、名もなき多くの屍の上になりたっていく、その革命をどう継承していくのかということが問題なのだと思います。
和田春樹さんは、ロシア革命に関する著で国内外で有名なひと、反戦・平和というところでも運動をしていたひとですが、「従軍慰安婦」の民間基金あたりで、批判をうけていたひと、左翼的な関心からロシア革命史の研究をしているということではなく、反戦・反軍・平和、民主主義という観点からロシア革命をとらえているのです。
それにしても膨大に資料に当たり、そことに登場してくるひとたちの性格とか主張とかを押さえ、分析を進めています。そもそも歴史資料というのは、資料を残したひとの主観とか、そのひとの立場による自己合理化の中で歴史的事実をねじ曲げて書き残す、インタビューに答えたのを起こした文とかもあり、そのことをこの著者はかなり大胆に分析し、「歴史の真実」を探ろうとしています。
ロシア革命に関する資料は膨大にあり、わたしはわたしの関心に照らして、押さえておくだけにしかならないので、先を急ぎます。
 この著は冒頭に書いたように、2月革命の方が大切だというところで書かれています。ですが、それだと、フランス革命や1848年革命や、もろもろの革命から、ロシア革命の特性をどう区別して押さえるのかは出てきません。わたしの関心は、10月のソビエト革命とそこから、著者のいう「レーニンの第三革命」へ至ったのか、そして理想社会の実現を目指した革命が、党の独裁からスターリンの大粛正にまですすんだのかという分析が必要だと思っています。
 この著の中でも出てきますが、2月革命のときから、民族問題での要求が出ています。多民族国家としてのロシアが抱えていた民族問題のみならず、他の差別の問題もとらえかえすというわたしの観点から、ロシア革命の読み解きは進みます。
 ケレンスキーの死刑制度反対とか、女性の普通選挙権要求とそのときに出てきた女性からの批判発言など、レーニンの「差別とは階級支配の道具である」という論自体への批判など、さまざまな問題をすでに指摘できます。

posted by たわし at 03:14| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月18日

NHKスペシャル「彼女は安楽死した…日本女性が海外で死を選ぶまでの1ヶ月密着・迷い決断・家族の葛藤」

たわしの映像鑑賞メモ028
・NHKスペシャル「彼女は安楽死した…日本女性が海外で死を選ぶまでの1ヶ月密着・迷い決断・家族の葛藤」2019.6.2 21:00〜21:50
 フェイスブックとメーリングリストで情報が流れてきて録画してみました。
最近「延命処置をしない」という消極的安楽死が広がってきているのですが、このドキュメンタリは、難病になった女性が、日本では認められていない、医療の薬物による積極的安楽死制度があるスイスまで、実姉ふたりと行って、安楽死をしたというドキュメンタリです。巻頭言に書いている集会で、なぜ欧米で安楽死が行われているのかという質問が会場からでたという話を紹介しましたが、まさに、それを映像にした番組で、しかもこれまでそういうことをとりあげた番組は何回か見たのですが、こんなにリアルに死にゆく場面まで収めた番組は初めて見ました。
なぜ、安楽死を選択していくのかという道行きがはっきり見えるのです。欧米で安楽死が法制度として作られていくというのは、ひとつには近代的個我の論理で自己決定権の尊重ということがあり、さらにパーソン論という差別的な障害観へのとらわれがあるからです。「ひとは意思表明できて初めてひとである」という「知的障害者」や「遷延性意識障害者」に対する差別意識があるのです。そもそもコミュニケーションはことばだけでとるものではありません。手を握り肌の暖かさを感じるその中にもコミュニケーションはあります。死の寸前の人はことばを発しなくても声が聞こえるとかいうはなしもあります。そんなことがとらえられないところで、安楽死など出てくるのです。
今回の映像を見ていてはっきりと分かったのは、その当事者がバリバリに仕事ができるひとだったことで、当人が差別的な障害観や人間観をもっていたところで、そこから転換していく可能性もある前に死を選択したということです。自己決定ということでいえば、この映像の中でも出ていた、子どもも連れ合いもいない中で、姉妹に迷惑をかけたくないというところで、死を選択するということです。「姉妹に迷惑をかける」という発想になる医療や介護の制度の問題がそこにはっきりあります。「自己決定というのはごまかしである」という指摘がいろんなひとから語られてきました。「迷惑」ということに、周りのひとが、どう「そうではない」というメッセージを出せるのか、わたし自身母の介護をしていて、まだ結構元気なうちに、障害差別的なことや「ぱっくり死にたい」と言うので、「そんな考えおかしいし、そんなこと言っていたら、動けなくなったときに自分が苦しくなるよ」とけんかしていました。そんな世界観のようなことを言っていないで、「わたしがちゃんと最後まで世話するから、そんな話止めて」ということをいえば良かったのですが、本格的介護に入る前にはちゃんとやれるという自信もなかったので、特に最初は衝突してばかりでした。そんな母との関係を振り返りながら、ちゃんと「生きようよ」と言うメッセージが出せる関係性、制度を作って行くことだと思っていました。


posted by たわし at 23:41| 映画鑑賞メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『季刊 福祉労働162号 特集:早期発見・早期療育の現在―発達障害の広がりの中で』

たわしの読書メモ・・ブログ496
・『季刊 福祉労働162号 特集:早期発見・早期療育の現在―発達障害の広がりの中で』現代書館 2019
季刊雑誌の毎回購読しているもの、ここのところメモを残しています。3月に出た最新号、少し遅れての読みです。
 早期・早期発見の大きな課題になる「発達障害」の問題は、そもそもなぜ、「発達障害」として異化するのかという否定的な側面と、逆に異化させて、支援の態勢を作るというジレンマの中にあり、わたしが考え続けているマージナル・パーソン問題と、そこから、運動的にどう開いていくかということで、いろいろ考えながら、読んでいきました。
 今回は、そもそもなぜ異化するのかという問題意識があるので、余り著書との対話が成立しません。そこでの、湧き上がる思いでの余り対話にならない「対話」です。
巻頭クラビア:第24回ピープルファースト大会in奈良
当事者運動が難しいといわれるところで、(支援を得ながら)着実に進んでいるようです。優生手術の問題がこの大会でも、取り上げられたようです。
特集:早期発見・早期療育の現在――発達障害への広がりの中で
加藤正仁「育ちが気になる子どもの発達支援の現状と課題」
 この著者は政策委員をやっていて、制度設計的なことは、少しずつ進んでいることは分かるのです。いろいろな図を使って制度設計をしているさまを描こうとしているのですが、そもそも障害問題の根本的なところが押さえられない中で、そもそも根本的なことが抜け落ちているとしか思えないのです。そもそも、教育をどのようなことを目的に進めるのか、ということから議論していく必要があると、この論攷を読んで思っていました。
亀口公一「早期の発達相談・療育相談の現場から──インクルーシブ保育・教育の実現に向けて」
 現実の子どもとの関係は、それなりにつかんでいるようなのですが、そもそも障害のとらえ方がアメリカの「社会モデル」的なところにとらわれているので、根本的なところへの関係の変革に進む論になっていかないようです。
 相談することによって、分けられていく構図のようなことが、見え隠れするのですが、どのような形で、「共に」と支援が動かせるのか、そもそも教育のあり方、社会のあり方そのものの問題を抜きにして可能なのでしょうか?
原 哲也「ことばの相談、巡回相談、児童発達支援事業所の現場から――医療機関受診前の療育の現状と課題」
 この著者はSTのようです。「発達障害者」を医療につなげるのではなく、理解につなげるというような話になっているようです。「遊びでもって子どもを育てる」、子どもにこうあるべきだというところで接しない、子どもが自分で学んでいくのを助ける、「子どもが願いを叶えることを手伝いたいだけだ」というところで、「自分のことのように考える」というようなそもそも、教育一般の基本的姿勢というところを再確認しています。
田口純子「障害児施策の児童一般施策へのインクルージョン──東松山市の取り組みと現在」
 この論攷は理念的にも注目すべき内容です。東松山市のとりくみなのですが、「共生社会の実現」というところで、通所施設をなくし、施設の職員が個々の「障害児」と家族のところに出向き支援するシステムを作っていっているのです。そして、国の施策として各市町村に「児童発達支援センター」を作るとなっているのですが、それを「障害」ということばを使わない、とかいう話、サラマンカ宣言で、「特別のニーズをもった子どもたち」という概念がでてきたときに、個々のニーズということをとらえるのであって、それを「特別」というような押さえ方はおかしいと批判が出て、わたしも批判していたのですが、「「発達障害をもつ子どもたち」ではなく「支援が必要な子どもたち」を支援するという整理をし、「発達障害の子どもたちの支援」という課題項目は、話し合いの結果なくすこととなった。」40Pとあります。そのようなところで共鳴していました。さらに、「国際障害者年の行動計画」の中で出ていた、「障害者が生きやすい社会はみんなが生きやすい社会」という障害問題の普遍的なテーマを彷彿させる話「障害のある人たちの生活のしやすさを支え、整えることで、市民全体が生活しやすくなることを目指している。」39Pとあります。このあたりは、運動主体の形成という運動側の問題がひとつあり、ジレンマも生じることなのですが、異化すること自体から(「スティグマ」をはられること自体から)問題にしていくというラジカルな指向にも共鳴していました。
意識のありかたのまばらさを「巡回相談支援」チームということで、解決していく取り組みにも留意していくことだと思えます。
これらのこと、そもそも国の制度設計の矛盾に抵抗するようなとりくみがどこまで浸透していけるのか、一抹の不安をもちつつ、地域の運動としてこういうことが出てきていることと、それがどう開いていけるのかに関心をもってこの論攷を読んでいました。
野島千恵子「障がい児共同保育の現場から──保育集団の中に療育・発達支援が入ることによる変化と課題」
 取り出して支援をすることの正・負両面が出ているように思われるのです。お金が出ることによって、取り出すことが進み、更にそこにお金を入れていく、循環が生まれているようなのです。そこで、子ども同士の働きかけ合う、共育、そこから共生ということの回路が切られてしまう側面も出ているのではと。子どもが互いに支え合う関係を作っていくという意味で、当事者の子どもが何を求めていくのかをつかんでいくことは必要なのだとは思うのですが、そもそも今の教育自体が、競争原理の中で、支える関係を作れるのかどうかという問題自体を考えることでないかとも思えるのです。
榊原洋一「発達障害児をめぐる医療──地域から隔離される子どもたち」
特別支援学校に入る生徒が増えているという現実と、文科省の出しているインクルーシ
ヴ教育の問題点を出しています。ただ、文科省が外務省に問い合わせて、「特別支援学校」
が、権利条約のインクルーシヴ教育に合っているか否かを問うたという話が出てくるのは、
むしろ文科省が分離教育を推進してきたというところで、まさに茶番劇だとわたしは押さ
えています。もうひとつ、医療の立場から、過剰診断の問題を出しています。異化させる
こと自体の問題を押さえていく必要を感じています。
一瀬早百合「療育にたどり着くまでの親の経験──「障害児の親」と「消費者」という二重の存在のはざまで」
 「発達障害」と規定される子どもたちの親に対するこころのケアの問題を取り上げています。支援ということが、サービス商品化している側面も取り上げています。親の葛藤の問題も浮かび上がっています。「早期発見・早期療育の現状を確認すると、残念ながらそれらは美しい「絵に描いた餅」に見えてしまう。」67Pとあり、支援ということの根本的なところからのとらえ返しが必要になっているのだとも思えます。そもそも障害とは何かということからとらえ返す事が必要だと改めて感じていました。もうひとつ、そもそも子育て支援ということの一環というところから、子育てのあり方からとらえ返していく問題もあります。
Knorth「正常と障害のはざまで──自閉スペクトラム症児をもつ母の定形外育児を通して思うこと」
 子どもは子どもの中で育つということで、「障害」を告知しないで幼稚園に通って、うまく「育った」ということで、個々のケースということがあると思うのですが、異化される、異化すること自体の問題性ということも考えさせられます。取り出されるということは、分離されたところで育ち、その後のコースも指定されてしまう、そんな可能性が大きくなるという意味をもっています。あらためて、「発達障害」とは何か、「発達障害」が取りだされた、異化されてきたことを考えざるを得ないのです。
インターチェンジ 交差点
街に生きて なんで介助を受けてるの? なんで介護をやってるの?  実方裕二
 著者は繰り返し自らの中の優生思想を問い続けています。そして、介助者のことも思うという姿勢をとる地平に到達しているひとです。
保育所の庭 障がい児と運動会  芝木捷子
 運動会で、一緒にする、一緒にしたいという気持ちを大切にするというところでの取り組み。子どもは子どもの中で育つという基本的なことのひとつとしての運動会での取り組みを書いてくれています。
施設から ホームN通信・四回目の誕生日Aアフターケア  佐藤陽一
 「ホームを出てからが、本当の自立援助」ということで、パートナーとの関係がうまくいかないなかで、赤ちゃんを産んだ子どもの支援の話、パートナーが国籍がはっきりしない中での、国籍問題のおかしさもでてきます。
教室の中で 校外学習から見えたこと──反省するのは教員だった  押部香織
 親の付き添いなしの「病弱学級」の「交流教育」の実践、子どもは子どもの中で育つという実践です。
行政の窓口 地方の小規模自治体の地域共生社会への取り組みと展望  千野慎一郎
 地域包括ケアという名の地方自治体の取り組みが、縦割り行政の中で包括になっていないという現実、「選別しているのは専門家」という指摘があり、「他人事感」に支配される現実から、「地域共生社会」という考えに転換していくことに相当な時間がかかったという話です。「一人ひとりの問題から、その社会、地域的な背景や課題を捉え、必要なサービスを提供していく、必要なサービスがなければつくっていくというあらゆる行政の政策を考える上で基本的な考えに転換する」という理念を突き出したところでの転換です。
障害学の世界から 第八十一回  長瀬 修
障害者権利条約日本初回審査(二〇二〇年)──パラレルレポートとブリーフィング(事前質問事項作成)
 「日本の障害者権利条約の初回審査」が二〇二〇年に想定されているというところで、それに向けての「障害者組織」を含む市民社会からの情報提供とブリーフィング(事前質問事項作成)というところで、パラレルレポートの作成の大切さ書いています。
障害者の権利条約とアジアの障害者 第三十三回  中西由起子
権利条約の政府報告G 第十九条自立した生活及び地域社会への包容
 アジア各国の政府報告の連載、まだまだ、「自立生活」という概念じたいが曖昧な情況とか、まちまちの情況がとらえられます。逆に言うと、そこで運動的なところから支援連携していくと、「先進国」の固定観念から離脱したとりくみも考えられますが、宗教的な差別的観念からの離脱の問題が大きいかもしれません。
季節風 
「視覚障害者の大学教員から授業を奪うことができるのか──山口雪子先生の教壇復帰裁判から」水谷賢
 「視覚障害」ということで、授業を奪われ、研究室を奪われた大学教員が、裁判に訴えた事件、最高裁までいって勝利したのに、いろいろ理由をつけてまだ教壇復帰ができていないという話、「合理的配慮」を求めて今も闘っている話です。奪われたのは「障害者差別解消法」ができる直前の「駆け込み差別」、「解消法」ができてからもまだこんなことをしている大学があるという事態、社会的な非難にさらしていく必要があるのだと思います。
「就学時健康診断マニュアル改訂を受けて」小笠卓人 
遠山真学塾のとりくみ、早期発見・早期療育という態勢が分離につながるという指摘を
しています。
「映画『道草』の眺め──映したり、映せなかったり」宍戸大裕
岡部耕典さんの「自閉症で重度知的障害のある」息子さんを撮ったドキュメンタリー、「言
葉「巧みな者は語るに落ちる、巧言令色鮮なし仁」というところで、初々しさが大切」と
いうところで映画を撮り、非道いシーンは撮らないという姿勢を出しています。
「書評 『発達障害に生まれて──自閉症児と母の十七年』」神戸金史 
書評ですが、「障害児」の親の立場で、自分がパートナーから二年遅れていると指摘され
つつ、「自分の習慣や価値観一度凍結して、相手の側から考える」とか、本から「子どもを
変えようとしてはならない。親が変わるべきだ。」というところを引用しつつ、自らが変わ
っていっていることを書き記しています。
社会を変える対話──優生思想を遊歩する 第十一回  熊谷晋一郎×安積遊歩
障害者運動の軌跡から医療をみつめ、「生産性」を問い直す
 対談シリーズ。昔、安積遊歩さんの時代は外科手術、熊谷晋一郎さんの時代はリハビリということで、熊谷さんは「70年代後半から80年くらいに脳性まひのリハビリの世界では、医学が敗北宣言をしています。」と書いていて、「医学がリハビリに限らずに、自己否定が始まります。本当の研究って、自分は無力と証明する研究がかっこいいと思うんです。」とそして、「ああ、障害って、自分の身体の、皮膚の内側にあるんじゃなく、皮膚の外側にあったんだということ。障害は脚や脳みその中にあるというのは古い考え。そうではなくて、建物に障害がある。つまり、段差を解消しない、スロープを作っていない、というのが障害の在処で、まるで違うところにあるのだと教えてくれたのが、安積さんたちだった。」103Pまさに「障害の社会モデル」の考えです。そして、自分の医者としての体験も含めて、「必要性が価値の源で、それによってものやサービスに二次的価値が発生する。さらに三次的に生産性に価値が発生する。順序を間違えてはいけない。一時的な価値は、必要性。」というあくまで、ニーズに依拠した関係作りを提言しているようです。熊谷さんは、当事者研究で「障害者運動」の途を切り開いているひとです。
現場からのレポート
尾上浩二・崔栄繁「JDFのパラレルレポート作成に関する取り組み──その経過と内容」
 長瀬さんのコラムと丁度連動しています。編集者が意識的に連動させたのでしょう。世界的な動きの中で、日本の「障害者運動」が制度要求していく、逆に言うと、「外圧」というところでしか日本の「障害者」が制度要求できない情況になっているのですが、それでも、JDFといういろんな団体が入っているところで、意見をまとめていけるようになっているという正の面もでていると言い得ます。まだ、選択議定書を批准していないとか、いろいろな課題も山積です。政策委員会に「障害者」団体も入れるというところは、国連の人権委員会への対応というところで、民間の団体の意見も取り入れるという面もあるというところで、運動的に使えることもあるのですが、そもそも、権利条約自体の問題点を批判できていない日本の「障害者運動」の現実もあって、その枠内での提起がそれなりに届いていくという面があるのですが、そもそも勧告を無視続けていることをなんとかしていかなくてはいけないのですが。
笠柳大輔「第七回DPI障害者政策討論集会──障害者文化芸術プロジェクトと障害者雇用水増し問題について」
 政策討論集会の報告が定期的に掲載されています。今回は「障害者文化芸術プロジェクト」と「障害者雇用水増し問題について」と二つに絞った報告です。前者は、こういうところから、障害問題を広げていけるということで、いろんな取り組みの大切さを感じています。後者は、ここのところ行政・官僚のいろいろな情報操作、隠蔽や歪曲の中ででてきていること、そもそも政治を変えていく中で、行政機構の刷新が必要になっているのだと思います。それにしても、新たに四千人の募集をするという中で、権利条約の批准やそれに関わる差別解消法の制定という中でも、未だに、「自力通勤・自力勤務ができること」という文言が、出てくる役所のひとたちの感覚がどうしても分からないのです。尤も、文言だけを消して、実質的には採用しないということではどうしようもないのですが。ともかく、労働ということ自体をとらえ返す作業が必要なのだと思います。
山本勝美「優生保護法下の強制不妊手術問題に挑んで――最前線からの報告(三)」
この雑誌が出されたのが3月で2ヶ月読むのが遅れている中で、議員立法が成立し、国
家賠償を求める裁判の最初の仙台判決で、憲法違反という内容はあったものの、(この文の中でも危惧としてありつつ、弁護団の反論する内容が出てくる)時効の問題で敗訴判決になっています。超党派で作られた、補償の法律は、超党派ということで与党がだしてくる国の責任をあいまいにするということが出てしまったのです。このことは超党派の議員立法ということで繰り返しでてきた、でてくる問題点で、わたしもちゃんと総括できていなくて、期待をもってしまっていたのです。「国は」とか「我々は」とか曖昧な文言で、国の責任を曖昧にしていて、それが裁判の中でも国の時効の論理が出てくるのです。そもそも、国の政策で行っていたことに時効などということ自体がおかしいのです。法体系自体を問題にしつつ、運動の力で国の責任ということをはっきりさせていくことが必要なのです。これは「障害者」の存在を否定する優生思想にかかわる、障害問題の根幹にかかわることです。そもそも障害問題の根源的理論的に整理の中から、反優生思想ということでわたしもり切り込んでいきたいと思っています。
論文
アドルフ・D・ラツカ=著/鈴木 良=訳「パーソナルアシスタンスにおけるパーソナルとは何か――パーソナルアシスタンスと他の地域生活支援サービスとの差異」
 ラッカは、ドイツで生まれ、自立生活運動の発祥の地アメリカの大学で学んで、スウェーデンで生活の拠点を置き、ヨーロッパで自立生活運動のうねりを作っているひとです。
 パーソナルアシスタンスというのは秘書というイメージから来ているとのこと。これは新田さん型の介助、おもんばかって動けるひとを作るというイメージになるのだと思います。「自己決定」で自立生活運動を進めるひとには、これが理想の運動−生活だと言える事だと思います。ですが、そういう態勢を自ら作ることの困難性というところで、そもそも、派遣事業所から派遣するという制度を作って行ったということがあります。もちろん実際の生活と介助の実践の中で、パーソナルアシスタントをそこで作って行くこともあるのですが。この論攷で書かれているパーソナルアシスタンスの「ボス」−秘書関係のイメージですが、このあたりは、アメリカ自立生活運動なり、ADA法なりの「資格ある障害者を差別してはならない」というところでの「ボス」なわけで、「知的障害者」のパーソナルアシスタンス制度まで広げ得るのかという問題も出てきます。勿論代行主義の否定から出てきている概念としても、「ポス」という概念は反差別論的には違和感があります。そのあたりは「自己決定論」への批判ということも含めて、煮詰めていくことだとも言い得ます。
 この翻訳は、パーソナルアシスタンスに関する入門的な文として、使われていく文になるでしょう? 項目をあげての押さえがあり、抜き書きしておこうかと思ったのですが、かなりの長さになるので、、パーソナルアシスタンスとダイレクトペイントの問題を論考するときに、この雑誌のこの箇所に戻ってくることとして書き置きます。
櫻井里穂「インクルーシブ教育の理念を再考─サラマンカ宣言の精神に関連して──ブータンと日本の小・中学校調査から」
 幸せ満足度世界一という統計のあるブータンと日本のインクルーシブ教育に関する比較調査の論攷です。これを読んでいて、著者は日本のインクルーシブ教育の欺瞞性をとらえ返していないのですが、日本のアンケート調査の結果はまさに日本の政府の原則分離教育の実態に合わせた結果になっているということです。もうひとつ、留意することは、サラマンカ宣言も知らない教員が多いということ、むしろブータンの方が理解している教員が多いということ、これはブータンで「障害児教育」が始まるときに、ちゃんと理念的なことを学習したということがあるようなのですが。もうひとつ、「障害児」を普通学級で生徒が受け入れることが日本の方が低いということ、これは教育や社会に競争原理が行き渡っているからだとわたしは思うのですが、このあたりの分析は著者はしていません。仏教国であるブータンにはカルマという思想があるという記述があるのですが、このあたりのことがアンケート調査には何も出てきていません。むしろおおらかな文化というところでの、共生ということがあるのだと思います。そういう障害観とかに結びつく世界観の比較のようなことに関する分析もほとんど出てきません。もう少し、突っ込んだ調査や文化比較をして欲しかったと思ったりしていました。
編集後記
長年、編集者を務められた小林さんの最後の編集後期です。学生時代に青い芝の横田さ
んに出会われて、そこからこの雑誌の編集に関わられたとか、いろいろな思いを書かれて
います。ほんとにご苦労さまでした。


posted by たわし at 23:39| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『障害学研究14』

たわしの読書メモ・・ブログ495
・『障害学研究14』明石書店 2018
障害学会の機関誌、年に1回の学会の報告をかねて毎年出されています。しばらく積ん読していた冊子、まとめ読み5冊目。やっと最新号に追いつきました。
もくじに沿ったコメントを残します。先を急いでいます。内容の紹介を省いたコメントにします。
特集T シンポジウム 障害者イメージの流通と消費――2020年パラリンピック東京大会を見据えて、今考える
・開催趣旨[星加良司]
・パラリンピックの歴史と現状と課題[河合純一]
・インクルージョンは実現したか――パラリンピックを斜めから見る[玉木幸則]
・ディスカッション[星加良司・河合純一・玉木幸則]
 障害学会にパラリンピックアスリートを呼んで、シンポジウムを開いたのですが、最初からバトルをするということの決意をもって設定したのなら別ですが、節度をもった応答というルールになっている学会でバトルにならないのではと思っていたら、この記録を読む限り、やはり、シンポジストのふたりの間での対話がなく、司会が質問するだけで終わっています。
 パラリンピックはまさにリハビリの極として、能力主義的なところにとらわれていくのです。別に「できるようになること」を否定することではないし、リハビリテーション自体を否定することではないのですが、それが政治的な言説としてどう取り込まれていくかとなると、「障害者」に努力を強いる抑圧的なことになるし、障害問題の理解を広めると言っても、努力する「障害者」への賛美と、パターナリズム的な抑圧的なことを広めることにしかならないことになっていきます。星加さんが書いているように、ロンドンパラリンピックの際のアンケートで、まさに、非「障害者」と「障害者」の評価が逆になっていることにそのことははっきりと表れています。そのことが、はっきりしたことがこのシンポジウムの成果なのかもしれません。
特集U 特集論文 自立生活の多様性
・特集趣旨[星加良司]
・「自立生活の多様性」試論――重症心身障害者の事例を通して[田中恵美子]
 重複「知的障害者」が地域で生きるということを実践している親と関係者へのインタビューを通じた二例を元にした論攷です。世代間のズレがあるのですが、幼児期の支援のなさの大変さがあるようです。いろいろな工夫(医者から「症例として報告させてほしい」といわれるような取り組み)やいろいろな関わりの中で、子どもの身をもっての意思表示を親が読み取り、地域で生きる模索、きょうだいとの関係、きょうだいと同じことをさせるということや、同じ立場の親よりも、「共にある・いる」価値の共有者との関係が大切という話や「自立の種は人とマニュアル」という実践の中でつかんだ関係の作り方など、ほんとに体験の中からひとは学び取り、鍛えられていくということを実感させる論攷です。介助の態勢として二つの方法ということを著者は示しています。ひとつは、「「婿」に「嫁」に出すように」(かつこをつけているように性差別的には違和があるのですが)、態勢を委譲すること。もうひとつは、「依存」先を分散させることです。「依存」ということばは、「自立」と対概念になっていて、そもそも「自立」概念のダブルスタンダードや、「自立とは自己決定」という「障害者運動」的な追求にしても、そもそも「自己決定のごまかし」ということで、あいまいな概念になっていきます。それでも、熊谷さんの「自立とは依存先を増やすこと」という突き出しの中で、それまでの「依存」という否定的概念を反転させてみせる試みで、「障害者運動」サイドで使い方が広まっています。それは、障害差別語とされることも、「障害者」が開き直り的に使うことにも通じていることで、固定観念を脱構築していくことにも通じていることです。この文は、とにかく、実践的なことをとらえ返した注目すべき論攷です。
・生活に焦点化する――知的障害のある人の自立生活とその介助から[寺本晃久]
 「知的障害者」の「自立生活」を支える介助のありかた、具体的な形で体験してもらい、見てもらうというやり方。支援があれはよいというものではないということや、ルーティン化された介助でよいわけではなく、プラスマイナスアルファの介助という突き出しや、とりあえず決めていくという介助の手法など、介助問題に奥深さを提起しています。
・支援付き意思決定――その法理・実践研究・当事者性について[熊谷晋一郎]
 「支援付き意思決定」の問題での、法律関係の情報の整理、カナダ、オーストラリア、アメリカの情報を出しています。熊谷さんは、当事者研究ということを説きつつ、「自立とは依存先を増やすこと」という有名な提言をしたひとで、この提言が広がっています。この文でも、すべてのひとが依存しているということを書いています。わたしも言っていることにはストンと落ちることがあるのですが。自立と依存が対概念とあるということ、そして、そもそも自立―「自己決定」という概念自体にも問題を感じるところで、依存という概念自体を持ち出すことがおかしいのではないかと思ったりしています。勿論、反転させるということで、過程的なこととしては意味ある提起だとは思っているのですが。
 この文の中で、「認知障害を根拠にして法的能力や法的人格を否定することをやめることは、平等に到達するための必要条件であるが十分条件ではない。平等は、認知障害を持つ人々をそれ以外の人々と同じ意思決定者として認めることに加え、認知障害者にとって意味ある具体的な支援を実現することの両方を含む。」70Pという文が端的にこの論攷の内容を示していると思えます。
・周縁化からの解放としての脱施設化[麦倉泰子]
 イギリスの脱施設化を追った、現地の施設側にいて、脱施設化に関わったひとと、親へのインタビューを通した論攷。アイリス・マリオン・ヤングは『正義と差異の政治』で、「抑圧を受ける人々が受ける不正義を、搾取exploitation、周縁化marginalization、無力化powerlessness、文化帝国主義cultural imperialism、そして暴力violenceの5つの次元に分類した。」85Pこれは後で押さえ直すために、まだ翻訳本が出ていないよう、原語の本を注文しました。また、英語がー。
 イギリスでも隔離と断種、「障害者」への「絶滅」策と一体化して施設の中に閉じ込める体制があり、その批判の中から脱施設化のプログラムはモデル・ディストリクト・サービスとして進み、いろいろな反対がある中でも、地域で生きるという態勢が作られていったとのこと。もうひとつとりあげられているのは親の運動、専門家の「何ができないのか」という「できないこと探し」に対して、親がアメリカから取り入れられたパーソンズ・センタード・プランニングというところで、パーソナル・アシスタントをつけ、行政とのパートナーシップを作り上げる中で、「支援の輪」を作り上げていったという実践的な活動への論攷です。当事者の怒りの表出で、本人の意向を確認しつつ、また親だけが決めるのではない、「支援の輪」の中にいるひとたちと対話しながら、決定していくという取り組みを紹介してくれています。
・障害学は知的障害とどのように向き合えるのか――他者化への抗いのために[田中耕一郎]
 田中さんは、イギリスの「障害者運動」や障害学の紹介者ですが、「知的障害者」の問題もライフワークにしているようです。『障害学研究』にも3号9号で、その関係の論文を載せています。このひとは障害学でわたしがもっとも注目しているひとのひとりです。
 障害学における「知的障害者」を巡る価値認識と事実認識のズレを問題にしています。「障害者」を他者化しない、ということを突き出していて、他者化に抗することの基底に「知的障害者」の問題をおくということもあること。「知的障害者」に十分光があてられなかった、という話も出ています(ただし、わたしは、日本では「障害児教育」に関してはむしろ、「知的障害者」の問題を軸に論争してきた歴史があるのではとも思ったりしていました)。学的な領域における二重の他者化ということをとりあげ、ロックなどは「獣類」とか「非人間」というようなとらえ方をしていて、まさに、ここからヨーロッパのパーソン論の脈略が出てきていると言い得ること。また、取り上げられるときは、マージナル(周縁的)な存在とされていたこと。哲学者の中には「知的障害者」を「悪夢」としてとらえた者が、倫理学者の中には「知的障害者」とノーマルなひとたちの間に相互関係はない、正義の問題ではなく、慈善という形で他者化していたという歴史。
 現在的な新自由主義の跋扈の中で、自己決定論や「自律の過度の価値化」の進行の中で、他者化がますます進行していて、死や回復学においてさえ、他者化が進行しているとのこと。
 そこで、著者は「あらゆる障害者の他者化に抗する障害学」を立てようとしています。著者はドリスの「障害者運動」の研究者なのですが、そこで、「社会モデル」を生み出したUPIASが正会員を身体障害者だけにしぼっていたこと(これにはいろんな異論も出ていたのですが)、「知的障害者」は混乱要因としてとらえていたこと、これはロールズに通じることとして押さえています。
 さて、著者の論攷はいろいろ展開していき、「知的障害者」の独自性という話、このあたりは第一世代への第二世代の批判「現実の生きがたさをとらえていない」ということにつながっていくことではないかとも思っていました。また、「端的に言えば、社会モデルも正義論も共に、人間の多様性に対する繊細さに欠けている」112Pと書いています。このあたり、「社会モデル」といっても、いろんな論攷があるのですが、UPIASの「知的障害者」を排除するような能力主義的にとらわれた側面から直接的に規定された「社会モデル」というとらえ方になっているのではとも思えます。「社会モデル」の社会とはそもそも「資本主義社会」なわけで、能力主義にとらわれていくのは当然なのですが、その中身として突き出していたことをとらえ返してきちんと展開していけば(それをわたしは関係モデルとして突き出しているのですが)、いかせる内容はあると思ってもいます。
 著者は「できるようになる」ではなく、「共にある」というところで、こぼれ落ちるものがいるというところで、ケア資源の分配の主張をしています。日本の場合は、「知的障害者たちの他者化をめぐる問題は、社会化・政治化される以前にずっと放置されたままである」114Pと書いています。そして「他者化の抗いのために」と課題を三つ出しています。@他者化の実相の検証、A他者化の抗いの実践や語りの集積と分析、B他者化の抗いへの根拠づけるフレームの構築と錬成、です。この提起のBにのって、わたしから応答すると、そもそも「ケア資源の分配」とあるところ、分配・再分配論の枠組みでは、他者化はさけられないこと、近代的個我の論理、近代知の実体主義的世界観を止揚して、「能力を個人がもつとは考えない」というところまでとらえかえすことが必要になっているのだと考えています。
 著者はこの論攷を「私は相模原事件によって、知的障害(者)を他者化する側にいた(いる)ことに初めてきづき、恥じたのはない。そうでなく、「気づかぬふり」をしてきたが故に恥じたのである。そして私はこの恥の感覚を誰かと共有しようとも、共有すべきだとも思っていない。/「障害学は」と大上段に振りかざすずっと手前で、私は私のこの恥の感覚とともに、「私は」と問わなければならない。」という真摯に向かい合う言葉で締めています。
論文
・ヒルコとは如何なる存在であったか――その肉体的特徴と社会的意味付け[牧田俊樹]
 日本に残されている最初の障害差別の記録とされるヒルコ伝説に関する論攷です。「本研究は、L.Febreの「問題史histoire-probléme」という視点の一部を借り受け、ヒルコの肉体的特徴を精査した上で、それを主軸としてヒルコが古代、社会からどのように感受されていたかを示す。」122Pで、古事記や日本書紀を読み、また縄文文化が東南アジア発というところで、外国の文献にも当たっています。「三廃」という概念や、「廃」という概念と「不便」という概念の区分けということも試みています。で、「身体障害者の意味と歴史を構築することへの足かがりとなることが期待される。」124Pとありますが、具体的内容に関しては踏み入っていません。ただ、注2)に「利光は三疾の中身は例示で、それぞれの疾の境界は明確でなく、実際は労働能力ないし生活能力を標準として分類していたのではないかと推測している。」140Pという、労働という概念からとらえ返す文が引用されています。
 これからどういう論攷として進めていくのかを期待するしかありません。
・府中療育センター闘争が残したもう一つの障害者運動――入居者自治会による施設改革運動[須田真介]
 府中療育センター闘争はセンターを「重度心身障害者」の施設にして、そこにいる「身体障害者」を他の施設に移そうとしたところで起きた闘いで、都庁前にテントをはって座り込みの闘争をしました。42項目の要求を掲げて、医療管理施設から生活の場へという要求でした。その移転先が多摩更生園、そこでの自治会運動が、センター闘争と平行して進みます。また、センター闘争で要求していた施設の内容を取り入れて、日野療護園が作られました。多摩更生園は、先取り的闘いの内容をもっていたのです。府中療育センター闘争の中心的に担ったひとは地域で自立生活運動に入っていきました。足文字の新田さんとその妹の三井さんです。入所者自治会運動は、日課の自分たちでの決定とか、個室の要求とか外出の自由とかをだしていって、センター闘争の要求項目をだいたい実現しました。実現できなかったのは、定員を20名という要求で、50名くらいまでしか減らせませんでした。で、それなりの快適な空間になり、「温室化」と言われる状態になり、それではいけないということで、日野療護園では、入所者が「おちかわ屋」というという仕事の場、「自立生活への拠点・足場」という空間を作り出しています。多摩更生園は、個人的自己実現の方に進む、海外旅行をするひとなど出てきているとのことです。
 「障害者運動」は、家を出て、施設を出て「自立生活運動」をという方向が、主張的には主流になり、施設自治会の運動の方には余りスポットがあてられませんでした。それでも闘いはあったというところで、貴重な論攷です。
・1909年『少数派報告』における「就業不能者」[高森明]
 19世紀から20世紀にかけての、イギリスの労働とそこからの排除を巡る分析、「少数派報告」という「就労不能者―雇用不能者」という概念から当時の情況をディスアビリティ概念から分析した論攷です。また「働けない者」、「働く意思のない者」と分ける、「就労不能者―雇用不能者」を下位分類していく、そしてその担当、行き先を決めていく、はっきりととらえにくい問題も含めて、線引きと引き直しの、その作業を通して、ますます、「健全な」労働を求め、「不健全な」労働を排除していくことが進められていく、当時の情況をとらえ返しています。「欠陥」の異化の恒常化の中で価値観も変化していった情況がとらえられます。
 さて、マルクスの労働力の定義として、「人間の肉体すなわち生きている人格のうちに存在していて、彼がなんらかの種類の使用価値を生産するそのつど連動させるところの、身体的および精神的諸能力の総体」とマルクスのことばを引用しているのですが、著者も、「マルクス自身は資本主義経済における労働力の商品化に対して批判的であった。」と書いていますが、マルクスは、そもそも労働力という概念自体が表れてくる関係を分析し、明らかにしたのです。これはあくまでも、資本主義社会では、そのように物象化されて表れるということです。それは実体主義批判という内容で、「障害の社会モデル」―関係モデルにもつながります。
 この論攷は、わたしが押さえようとしているマージナル・パーソン論ともリンクしていきます。
・ダイレクト・ペイメントにおけるリスクへの対応について――カナダ・オーストラリア・日本の取り組みから[木口恵美子]
 ダイレクト・ペイメントはリスクが大きいとされるのですが、著者は、むしろ「リスクの尊厳」ということばを使いながら、リスクを冒す経験の必要性を説いています。それでカナダ・オーストリア・日本のダイレクト・ペイメントの導入情況を押さえ、リスクを危機につなげないために、事前のリスクについての確認作業をする、リスク経験をする、リスクに対する考え方を学習する、そして、利用者、介助者、行政のリスクに対する共有作業の必要性を書いています。日本の場合は、ダイレクト・ペイメントは、札幌市だけで、しかも、介助者が確保されない中で作られた制度という書き方をしています。このあたり、チケット制度とか、プール金制度とかあったので、そのあたりがダイレクト・ペイメントにつながる性格はあるのだとも言い得ます。もう少し検証が必要だと思います。
・途上国における障害者運動史の分析視角――タイ障害者運動を事例として[千葉寿夫]
 「価値形成に着目した田中の日英障害者運動の分析視角」と「Bamartt&Scotchの社会運動論による米国の障害者運動の分析視角」から「タイ障害者運動への応用と課題」というところで書かれた論攷。田中耕一郎さんの「障害」、「当事者性」、「異化と統合」という三つの概念に着目していて、Bamartt&Scotchは「共通の社会空間、個人・組織間のネットワーク、政治的資源の獲得」という概念での分析、で、タイはまだ、個別の運動はあるが、まだ「障害者運動」的に進んでいない中で、法制度から「全障害者要求」という形で作ろうとしていることです。ここには少ししか書かれていないのですが、タイは仏教国で、仏教的なところでの根強い障害観があり、それが二つの視角からとらえることの困難性が書かれています。このあたりは、日本でも書かれていた仏教的な世界観と差別意識の関係の論攷が、宿業論批判なども含めて出ているところです。「途上国」の運動を押さえるときには、その国・地域の文化・宗教を押さえることなしには話は進まないと思います。だから、このあたりがなぜもう少し詳しく出てこないか、ということがよく分かりませんでした。
・「合理的配慮」は人々にいかに理解されているか――意識調査における自由記述回答の分析を通じて[後藤悠里・佐藤剛介]
 この著者も、「合理的配慮」という言葉(訳語)自体に疑問を出しています。量子力学には「観測者問題」や「不確定性の原理」と言われることがあります。それは、観測する行為自体が観測結果に影響を及ぼす(から正確な測定結果は得られない)ということです。それは社会科学においても同じようなことが起きるという問題としても指摘され、援用されています。
 この論攷も、そもそも「合理的配慮」ということに関する、webbによる自由回答方式による意識調査をしているのですが、そもそもそこで「合理的」「配慮」という言葉自体が、調査結果に影響を及ぼしています。この分析は自由回答方式の中で出てきた言葉を抜き出していますが、「配慮」ということばは上から目線の「助ける」という言葉につながっていきます。逆に「(ひとは)助け合う(ものだ)」という言葉はでていません。そしてもうひとつキーワードが、「してあげる」という差別的な言葉で、それが頻繁に出てきているようなのですが、それをキーワードとして抜き出したら、問題ははっきりしたと思えます。
そもそも著者もイギリス障害学の「社会モデル」ではなく、アメリカ障害学の「社会モデル」を使っています。それはそもそも、reasonable accommodationという言葉が、アメリカ障害者差別禁止法からでてきて、「障害者の権利条約」でも、そのアメリカの「障害の社会モデル」が反映されているからです。アメリカの公民権法をベースにしたアメリカの「障害の社会モデル」は、競争原理に基づく機会均等法で、そもそも障害差別が資本主義的社会の競争原理の中から出てきているところで、アメリカの「社会モデル」は「資格ある障害者を差別してはならない」というところで進んでいって、誰も排除しないという精神の反差別というところで使えなくなります。もっとも、逆に言えば、資本主義社会の法体系では、イギリス障害学の「社会モデル」は、革命情況にならない限り、取り入れられないとも言い得るかと思っています。
このあたりのこと、わたしの『福祉労働121』の巻末投稿に遠慮がちに書いた論攷で、部分的にすでに書いたことです。
もうひとつ、「過度な手助けをしてはならない」ということで、「合理的配慮」の根拠にする話が出てくるのですが、それは混同があります。それは「障害者運動」当事者主体の自治(「自立」)という問題と、役所の申請主義的福祉の切り詰め、そこからくる「過度」の概念の利用ということがごっちゃになることです。そもそも「過度」とか「過重」ということがどこから出てくるのでしょうか? 「障害者自立支援法」の議論のとき、「持続可能な福祉政策」という議員立法提案者の与党議員のことばがありました。で、今、アベノミクスという経済政策がとても持続可能でないということで使われています。また軍事予算がどんどん膨らみ、イージス・アショアに何千億、戦闘機に100億と使われているときに、「何が「持続可能」だ」という話です。民衆の福祉で生活保護の抑制、切り下げなど、「国民の安全保障」にお金を使わないで、国家の安全保障にお金を使う、それで「過重な」ということばに、どうして怒らないのでしょうか? 政権担当者は民衆の生活をちゃんととらえようとしてない、そして「弱者」と言われているひとたちが、政治を総体的にとらえられない、とらえないという中で分断されていく、そのようなところをきちんととらえ、問題を総体的に根源的にとらえていくことが今、必要になっているのだと思います。
エッセイ
・選評[冠野文、倉本智明、渡部沙織(大野更紗)、木村航]
・先天性の難聴者が口話をコミュニケーション手段として聴者社会で生きるということ――ひたすら文字にして話す友人との会話をきっかけとして[押元麻美]
 この葛藤は、まさにマージナル・パーソン研究でとりあげられてきたことで、きちんとそのことを押さえ、自らの抱えさせられている問題の所在を押さえ、「障害者」運動主体として定立していくしかないと改めて感じていました。
出版した本三村洋明『反障害原論―障害問題のパラデイム転換のために―』世界書院2010「第8章差別形態論 補節マージナリティと差別形態論」を書いています参照してください。
わたしの「吃音者」の立場でのマージナル・パーソン論はhttp://taica.info/akbmmk.pdf
当時「マージナル・マン」と表記していたもうだいぶ前の文です。もう一度きちんととらえ返して、文を残して置きたいとも考えています。
・障害女性の妊娠・出産・育児[奈良里紗]
 この著者はひとつ前の『障害学研究13』で、「視覚障害者」の当事者の立場から、親への支援の取り組みを書いていたひとです。今度は、支援を受ける立場でのエッセーです。
「弱視」と「難聴」が重なる立場で、子育ての経験を書いています。そもそも子育ての困難性が何かということ自体をほとんど想定していない中で、子どもが生まれた病院の中で、できないことが出てき、発見していき、退院後少しずつ解決していったという話です。周りのひとにいろんなアドバイスを受けながら少しずつ子育てがスムーズに進み出し、そしてヘルパーさんが自分の目の代わりだけでなく、自分の子育て経験から育児のアドバイスなどもしてくれたことが役に立ったという話も書かれています。また、子どもが成長していく過程で、目の代わりをしてくれることも書いています。まあ、このあたりは、逆に子ども成長するにつれて、子ども側からのいろんな語りも出てくるのでしょうが。
書評
・書評/榊原賢二郎著『社会的包摂と身体――障害者差別禁止法制後の障害定義と異別処遇を巡って』[立岩真也]
・リプライ 『社会的包摂と身体』の論理――立岩真也氏の書評への応答[榊原賢二郎]
 立岩さんの本と榊原さんの本を読んだときに、一緒にこの応答を読みました。ブログ448に読書メモを残しています。
・書評/矢吹康夫著『私がアルビノについて調べ考えて書いた本――当事者から始める社会学』[渡辺克典]
・リプライ それじゃあ、どうすれば社会を変えられるのか(渡辺氏の書評に応えて)[矢吹康夫]
 これはよく読み込めませんでした。何か斜に構えているという本の感じがしたのですが、わたしの書評とリプライを読み違えているのでしょうか? そもそも政治は好きでやることではなく、強いられるから情況を変えるためにやることで、政治をなくすための政治だと思っています。中途半端な感想を書いているよりも、本を読むことですが、そこまでやれそうにありません。
 障害学会会則
 『障害学研究』編集規程
 『障害学研究』自由投稿論文・投稿規程
 『障害学研究』エッセイ投稿規程
 『障害学研究』エッセイ審査規程
 障害学会第14回大会プログラム

posted by たわし at 23:35| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『障害学研究13』

たわしの読書メモ・・ブログ494
・『障害学研究13』明石書店 2018
障害学会の機関誌、年に1回の学会の報告をかねて毎年出されています。しばらく積ん読していた冊子、まとめ読み4冊目。
もくじに沿ったコメントを残します。先を急いでいます。内容の紹介を省いたコメントにします。
特集T シンポジウム「介護保険とどう向き合っていくか――障害学からの提言」
・開催趣旨[深田耕一郎]
・介護保険への「統合」はなぜ問題なのか[中西正司]
・介護保険と障害福祉サービス――その現在と将来[堤修三]
・ディスカッション[岡部耕典・中西正司・堤修三]
 介護保険への「障害者」福祉の統合問題が繰り返し出てきます。今、一番に問題になっているのは65歳を超えて、それまで「障害者」福祉を受けていた「障害者」が介護保険の対象に切り替えられることです。これを、以前厚生労働省にいて、介護保険の制度設計した堤さんが(以前厚生労働省にいて制度設計をしたということであちら側のひとだと観られるのは心外だという話はしています)、切り替えられる根拠はない、調整ということで二重支給されない場合があるだけだという趣旨の話をしています。このあたり、「障害者」の間でも、個別に交渉して、切り替えをさせなかったという事例が出されています。このあたりをきちんと制度として確定させていくことだという話にもなっていました。
 わたしはそもそも、なぜ、介護保険の問題が出たときに、そもそも「高齢者福祉―介助の問題も税でやることで、保険でやることではない」と、「障害者」側から高齢者福祉制度で提言していくことなのに、最初から障害問題は位相が違うと、切り離して既得権を守ろうとしたのか、情勢的に負けるとして生きられなくなると切り離そうとしたのですが、そこから折あるたびに統合という問題と、福祉のパイの制約という言説と、福祉の切り捨てにさらされてきたのです。そして、「財源がない」という論理に負けていくのです。「障害者自立支援法」の議論の時に、議員立法なので、与党の議員が趣旨説明をするときに、「持続可能な福祉制度」とか言っておかしな制度を作ったのです。そのときに湾岸戦争に自衛隊を派遣するということをやっていたのですが、そのときに「お金がない」とかいう議論はしないのです。そもそも今日アベノミクスなどという持続可能でない経済政策をやっていて、危機の先送りをしていて、福祉に金がないという論理が成り立つのかという話です。そもそも国際競争力とか経済成長とかいう幻想を振りまき、累進課税を軽減し、法人税も安くし、企業の内部留保を増やすことに尽力しておきながら、金がないという話などあり得ないのです。中西さんは、財源は政府が考えることだと書いています。そもそも、法律論議をしてしまいますが、福祉ということは、基本的人権に関することで、基本的人権ということは、基本的にまもらねばならいなことで、金がないからしないという論理などあり得ないのです。政府が考えることではなく、民衆が、「障害者」も財源を作ることを考えることです。今日、「障害者」は障害問題だけちゃんと意見を言うが、総体的政治に発言しないという情況になり、そして「障害者」(団体)同士も、福祉のパイの分捕りで、政権・行政責任者にすりより、自分たちのパイをなんとか維持しようというようなことをやっている情況も生まれ、そして、その端的な最大の例が、高齢者の介護制度の切り離しだったのではないでしょうか? 福祉というのは、他にも教育とか、保育とか、医療とか、いろいろあるわけで、それをトータルにとらえ返して、パイ総体を広げるにはどうするのかという議論を、「障害者」こそが「障害者」運動の関係者こそがしていくことだと思います。もし、国ということが必要ならば、それは戦争しないための、軍事費など縮小していくこととしての平和外交をしていくことだし、福祉こそが、国という共同幻想をなりたたせるために必要なのです(そもそも、共同幻想などそもそもなくしていくことですが)。
特集U 特集論文
・特集趣旨[星加良司]
・社会的包摂とアイデンティティ[秋風千惠]
 「軽度障害者」というところで、本を書いたひとですが、「軽度」という概念はimpairment
―医学モデルではないと言っても、それは差別を排除概念からしかとらえかえさない中で起きていることで、抑圧型の差別をきちんととらえ返し、そしてマージナル・パーソンの先行研究を押さえないと、やはり、医学モデルに収束されていきます。「軽度障害者」は心理的マージナリティに陥りやすいことがあります。障害者」として自己定立ができにくい、「隠す」という心理が働きます。そこで揺れ動く葛藤の問題は決して、「重度の障害者」より「障害が軽い」ということは言えないのです。包摂という概念は、サラマンカ宣言のインクルージョン概念の導入として、もう始まっていることで、そこからとらえ直していく必要があるとも思っています。
・「統合」「異化」の再検討――容貌障害の経験をもとに[西倉実季]
さて、石川さんの四象限図が使われています。これに関しては、わたしが障害学研究会
の連続講座で石川さんが担当した研究会に参加したときの文があります。まとまっていない文ですが、情況的な分析と運動的なことをごっちゃにした図式になっていると提起した文です。http://www.taica.info/rkss.pdf  情況的なところと運動的なところを別軸にすると、その関係性自体がとらえられません。著者も「さらに根源的問題として、「社会の側の選択」としての統合―排除と「個人の側の選択」としての同化―異化ははたして独立に把握できるのか、という指摘ができる。」68Pにもつながる話です。
さて、倉本さんの論攷を援用した文があり、相手からしかけられる異化と、こちらからしかける<異化>を区別する試みをしています。いわゆる反転させるということも含んだ試みです。差異化の<異化>も出していますが、これはいわゆる脱構築論ではないかともわたしは押さえています。
この特集の二つの論攷はいずれも、マージナル・パーソン研究との対話の中でとらえ返すことだと思いますし、えてして、このあたりのとらえ返しは、「たいした問題ではないから、気持ちの持ち方を変える」というところに、ねじ曲げられることがあります。むしろ、自らの準拠枠を「障害者」側におけないことにより「ないにはこしたことがない」というところに強くからめとられていく構造があり、それが深刻な問題になっていくのです。
特集V 特集論文
・特集趣旨[西倉実季]
 合理的配慮ということは「能力主義的な機会均等」というところに取り込まれているのではないかという批判を西倉さんはしています。わたしはそれ以前に、誤訳の問題も含め、そもそもパターナリズム的語(‘配慮’)になっているし、障害差別の根拠になっている「生産性の論理」に絡め取られている(‘合理的’)という話もしています。
・障害学の視点から見た障害学生支援――その歴史と課題[杉野昭博]
 大学にいる層が、そもそも女子学生の入学→「障害者」学生の入学→「障害者」教員が出てくる、と少しずつ進んできているという話があり、バリアフリーが進んだと言っても、数名の車椅子の参加しか想定していなくて、障害学会などで多くの「障害者」が参加できるような情況にはまだまだなこと。
ロールモデルがあって、新しい「障害者」学生が入っていける情況がつくられてきたこと85P、それは外の(反差別の先人の)ロールモデル、部落解放運動があって、そのインパクトの中で、「障害者」運動が起きてきたという話も出ています。大学はいろんなひとと出会う場であり、「障害者」に講義保障ができるだけでなく、周りのひとも変わる場であるという話も書いています。
「障害学生」と「健常学生」との出会いの機会の提供、「価値観」の転換へふれあう機会の転換、障害学の設定の必要と、すべての学の中に、障害学的観点を入れ込んでいく必要を書いています。89P
まだ医学モデル的な認定の上に立った保障としてしか、大枠進んでいない情況の指摘もされています。
・合理的配慮――起源、展開、射程[長瀬修]
 公民権法の歴史から合理的配慮の歴史につなげる論攷です。公民権法は1964年、人種・肌の色・宗教・性・出身国による差別の禁止。合理的配慮は宗教差別の禁止から始まる1972年。雇用機会均等委員会EEOCの宗教差別の禁止の事例98-9Pこれが現在的には、拡大されている106P
リハビリテーション法504条(法律の条文自体ではなく、施行規則の中での合理的配慮規定)からADA法、権利条約、各国の差別禁止法の流れが形成されている。善意から公民権法へという流れ。オルムステット判決で地域で生きる流れ101P
権利条約のアクセビリティ(バリアフリー)は集団、合理的配慮は個人(アクセビリティの範囲外と「今から果たす」ということ)。合理的配慮をアクセビリティに返していく必要。
「ルールを破って町に出て行く必要」という内容の山田太一の脚本のドラマの台詞から、著者が学に入るきっかけ105P
「合理的配慮という概念は、ルール自体の不断の見直しと、差異への対応としてのルールの例外的対応である変更と調整のバランスの上に成立しているのかもしれない。」106P
・・・そもそも合理的配慮のバランスではなく、どのような差別も許さないという問題だと思うのです。なぜ、反差別が制限されればならないのか、合理的配慮という概念自体を批判していく必要を改めて感じています。
・合理的配慮をとらえなおす――能力主義批判の視点から[堀正嗣]
 「合理的配慮」の起源はADA法とありますが、長瀬論文ではもっと遡っています。直接的な起源はADA法ということだと。
機会の平等と存在平等。機会の平等は能力主義。
属性による差別の禁止から能力による差別に変わっただけ。
養護学校が存在すること自体が差別で、選択制の問題ではない。特別支援教育のごまかし。
合理的配慮ということは、能力主義的機会均等ということで、両刃の剣になる。
存在の平等は、労働力の価値を巡る差別が存在するところでは、人権論が労働能力による差別を差別として規定しないように、資本主義社会ではなしえない。そもそも資本家と労働者の関係は存在の平等ではない。
・合理的配慮と医学モデルの影[星加良司]
「障害の社会モデル」は、ICIDHの因果論的世界観への批判、その世界観を乗り超える
こととして出てきたとわたしは押さえていました。著者の「社会モデル」に関する論攷は、「社会モデル」を押さえ損なっているとしかわたしには思えません。それは著者だけでなく、そもそも他のひとたちも同じで、そこから医学モデル的なところに引き寄せられ、専門家支配にさらされているのだと思えます。
 この著者の医学モデルと「社会モデル」の対比として126Pに出していることは、まさに因果論的世界で、「社会モデル」になっていないのです。「社会モデル」的考えは、イギリスからきたと言われているのですが、日本にも同じ内容の主張はあったのです。それは「わたしたちが変わるのではなく、社会を変えるのだ」という主張としてありました。そもそも、イギリス障害学の「社会モデル」も、「社会を変えよう」という内容を懐胎していたのです。そのあたりがあいまいになってしまっているので、社会をそのままにして、倫理や正義や道徳によって、差別を抑え込もうということになってしまっているのです。
 合理的配慮というのは、社会の枠組みをそのままにして、いかに矛盾を隠蔽しようかという論理でしかないのです。そもそも問題はニーズであり、それも医学モデルからする特別なニーズではなく、普遍的な利害の中で、個々のニーズを大切にする、それに応えるというところで、医学モデルから脱することができるのです。いろいろ法規の条文を出しているのですが、それは医学モデルでしかないのです。今一度、「社会モデル」をきちんと押さえ直す必要性を感じています。
論文
・イギリス「障害者」政策史(1)――ナショナル・ミニマム構想における「雇用不能者」[高森明]
 イギリス障害学では19世紀末、世紀転換期に「障害者」が労働現場から排除されていたという認識があったようなのですが、実際はWebb夫妻の本などの引用を読むと、「障害者」はかなり労働現場に入っていて、そこから国民的健康と活力を守るということで、社会進化論的なところでの「障害者」の労働現場から強制的排除の論攷が出ていたようです。
 Stoneの「障害者」という言葉は、そもそも「働くべき者」「働けない者」というところで給付を行うための便宜的な規定という話。142P
ナショナル・ミニアムということにはいろんな分野にもあるのですが、ここは労働現場に特化した論攷です。145Pここから、労働運動からする生産性向上運動的な話につながっていきます。1840年に最初に「障害者」ということで押さえられているのは、「日常的な世話を必要すると判断した人々」。148Pということであったようです。
労働から排除しようという三つのカテゴリー、児童・妊婦・高齢者、 「不具」(「障害者」)、「先天的無能者」(「軽度知的障害者」)147-8P
このあたりは、労働をめぐる生産性向上的な意識から優生思想的なことが出てくる構造がとらえられます。またナショナル・ミニマムということを反転させたところで、基本生活保障の問題もでてくるところで、そのあたりの問題の立て方を押さえる必要があります。また労働環境の整備ということや標準賃金率というところで労働者を守るというような意識につながるところで、低賃金でも働く者を排除していくというようなところで、「労働弱者」を排除していく構図もとらえられます。このあたり社会進化論が、初期社会主義者からも出ていたことにつながっているのかもしれません。労働能力というところでの日常的差異化からする差別意識が、優生思想にリンクしていくおそろしさを感じていました。著者は学的に、そのあたりの基本的押さえをしているだけですが。
『障害学研究』の読書メモでは切り抜きメモをしていなかったのですが、今後のリンクのために少ししておきます。語は著者も書いていますが、当時の差別的状況の把握のために、そのまま引用しています。
労働市場の汚染150P
Webb夫妻の論旨の著者の6項目でのまとめ151P
「労働弱者」を採用する「寄生的産業」(ブラック的企業)と「苦汗制」(3K労働)154P
「労働弱者」の採用は、補充要因、家庭での請負労働154P
社会進化論157p
 スベンサー「「最適者の生存」も遺伝ではなく「機能的適応」に基づいて説明された」157P・・・今西進化論
 「自由放任主義経済に対する信頼の失墜」159P・・・「労働弱者」排除の背景
「安い労働力のために労働環境が悪化される」「標準賃金率の切り下げ」という主張162P
 「退化」の防止@すでにいる労働者の「退化」の防止A「障害者の排除」による労働環境の「退化」の防止163P
・介助者を手足とみなすとはいかなることか――70年代青い芝の会における「手足」の意味の変転[石島健太郎]。
 物議を醸し出していた「手足論」なのですが、この言葉の意味の変遷を押さえ返す論攷です。りぼん社の小林さんは立ち位置の確認172Pと書いています。これは元々関西の青い芝の介助者から出されていた言葉で、主体性は「障害者」当事者にあるという内容174P、更に介助者サイドから自らの差別性をとらえ返したところで、「手足に徹しきる」という話も出ていたこと。また、神奈川の青い芝の横塚さんの「健全者は差別者として自覚せよ」という突きつけとシンクロナイズしていたこと。そこから、運動に意見をはさまない181P、「共闘ではない、共同行動も成立しない」182Pということを定立していったことがあったということ。そして、健全者組織の否定という提起も出ていた182P(実際、横塚さんはゴリラの解散を提起しています)、このあたりは横田さんが集団と組織の区別をおこわともちの違いに例えて、集団は必要としていたことです。健全者の運動への介入の否定ということがあり、白石さんは、運動と生活は分けていた183Pけれど、運動と生活は分けられないという意見が出てくる中で184P、日常生活への口出し禁止ということも出ていた185P、ただ、揺り戻し186Pがあって、介助について一緒に考えるという話も出ていた、このあたりは横塚さんの「心の共同体」というフレーズもありました。小林さんは手足論は緊急避難的に出されていたという押さえ方、杉野さんは「当事者主権」という意味という押さえ、また「文脈依存的」という話も出ていて、そこからアメリカ発の自立生活運動からのとらえ返しで、「障害者」が指示を出すという内容として押さえられていたということです。で、この論文では最後に「いまだ緒に就いたばかりである。」188Pと書いているのですが、わたしはむしろ「手足論」の論考はまとまっているのではと思います。なぜ、手足論がでてきたかというと、ます、「障害者」自身が当事者主体として確立できているかどうかの問題があります。そして、そのことと相即的に介助の態勢が作れているのかの問題があります。それができているなら、たとえば新田さんのように、「いちいち指示は出さない、おもんばかって動け」というような主張も出てきます。主体性を確立したところでは、むしろ介助者と対等に対話し、きちんと提起ができます。介助者に別に手足に徹しろというような提起をする必要もないわけです。それが横塚さんの「心の共同体」という話にもつながっています。このあたりは、まだ層としてそういう情況にいたっていないところでの緊急避難的なことという小林さんの指摘や、「文脈的な」ということで言われている、個別の情況がどうなっているのかということで、対応していく問題にもなっています。
そもそも、「手足論」というのは「頭を使うな」ということですが、そもそも当事者主体ということを押さえなければいけないし、差別的関係が存在するということを押さえなくてはいけないし、頭を使わなかったら、介助はできません、そもそも手足を動かすのに、頭なしには動かせないのです。むしろ、きちんとした思考なしには、長く介助活動はつづけられないのではないでしょうか?
ということで、後は、差別社会の中で生きてきて、しかも差別的体制の中で生きていて、対等な関係をつくることのむずかしさの問題があります。それらのことは、その場その場できちんと抑圧的なことを超える対話の中で解決していくことですないかと思います。
・「共生共育」の思想――子供問題研究会の1970年代[堀智久]
 新しい流れの「障害者運動」と寄り添う形で論を展開していった「共生共育」論です。
日本の当事者運動、青い芝とか全国「精神病」者集団のラジカルな提起のインパクトを受けて、わたしも「障害者」の立場を定立していったのですが、もうひとつ、当事者ではないところから「共生共育」論のインパクトもありました。それが、「がっこの会」と、ここで取り上げている「子供問題研究会」でした。当時はまだ、「人様に迷惑をかけないように」という「障害児」への役割期待に対して、「依存しあう関係」ということで突き出していった地平が情況を切り開く力がありました。専門職のひとたちの指導ということでなく、しろうとのとりくみや、子ども同士のぶつかりあいの中から、互いに変わっていくことを大切にするということで、専門職批判、日本臨床心理学会の改革ということも含みながら提起していたことが、日本の「障害者運動」、そして「障害者」個人に与えた影響は大きかったと改めて感じていました。
メモを後でチェックできるようにキーワード的に書き記しておきます。
専門職批判―反専門職主義196P・・・心理学は管理の学として始まった歴史からするその批判
子ども同士の関係198P
しろうと同士の当たり前の関係201P
子供問題研究会は東京教育大学の自主講座の名―助手だった篠原さんの自己批判の場、学生にとっては専門職を問い直す場20 2P・・・当時の学生の「自己否定の論理」を突き出していた運動の中で起きていたという背景
異化する―異化されること自体を問題にしている204-5P
「『障害』はない」とまで断言する―仮定法を持ち込む自体を批判206P
支援ではない手助け207P
きょうだいの関係から子ども関係を捉え返すという作業208P
みんな同じでみんな違う208P
子ども同士のぶつかり合いを回避しない210P
教育は未熟な子どものケアと依存の空間―介入の必要性215P・・・未熟な?介入?
欧米の能力主義215P
合理的配慮は能力主義という批判216P
「共生共育」は反能力主義216P
・障害者の自立生活保障に向けた大阪青い芝の会の運動展開過程――1970年代後半から1980年代末を中心に[山下幸子]
この論攷は二つ前の論攷とリンクしています。大阪青い芝の介護(この論攷では介助ではなく介護という言葉を使っています)に関する運動と認識の変容に関する論考です。「介護保障は行政の責任」と介護保障を求めていくのですが、最初は専従とボランティアということで、専従は個人につくのではなく、プール金でお金を払うとしていたようです。そこから、介護の有償化を巡る議論があります。介護を労働としてとらえることの反発―有償化批判があったようです。介護保障の作り方にはいろいろあり、新田さんの「在宅障害者の保障を考える会」は専従介助者をやとうという型で進める方式、これは個人的なふれあいのようなことも追求する形、自立生活センター型の事業所方式で介助労働として定立させるやり方、それからこの大阪方式、これは、生活基盤をトータルにとらえた介護だけではない事業化をしていったということ。日中の活動拠点を作り、住宅などトータルな共同性を追求し、介護料をプール金から払うという方式で、そこから新しいひとの参入も図っていくという方式です。この論攷は1980年代末で終わっているので、度重なる制度変更の中でどのようになっていったのかが問題ですが、共同性の追求というところで、画期的なとりくみではないかと思っていました。
・「存在意義」の獲得――線維筋痛症患者のエピファニー経験から[稲毛和子]
 難病指定されていない、「線維筋痛症患者」の、まずは痛みと生きがたさの元を知る「病名確定」、そして無理解と自己の役割を果たせないとの葛藤から、エビファニー経験(自己定立―「存在意義」の獲得)に至る経験をインタビューを通して明らかにした論攷です。
 転換しえた契機を、リューマチで悩んでいた母との関係、そして、自立支援協議会の委員に選出され、自らの問題だけでない他者支援もなすようになるというところで「存在意義」を回復していったということがあります。
 著者の母との関係は、母が支援がない中で役割を果たせないと悩んでいたことや、子どもとしてさみしい思いをしたということで、今度は自分が母としての役割を果たせないという両刃の剣的なことで作用していたのですが、いったん「何にもしないけど一緒にいる選択(大切さ)」というところ(世界観の変換)をつかんだところで、その経験が転換の契機になったという話です。それらのことをモデルストーリーとか、エピファニーという概念を使って論攷しています。
 「生きづらさ」の承認と支援ということが大きな契機になることが、書かれていて、現在の指定を受けることが、とりわけ医療を必要とする難病、また周りの承認と支援が画段階的に変化する難病の指定の@稀少性A原因不明B効果的な治療法の未確立C生活面の長期にわたる支障、という条件の問題性や、そもそも福祉のあり方総体を問うているのだと思います。自分が受け手でいたところでつかんでいなかった、「こっち側」では承認を受けられるという思いが、大きな変化としてあったのだとも言い得ます。このあたりは、わたしのマージナル・パーソン論研究ともリンクして参考になりました。わたしのマージナル・パーソン論攷は、まだ、マージナル・マンと表していた時代の論攷で言葉の使い方も現在と違いますが、とりあえずwww.taica.info/akbmmk.pdf
・荒木義昭・オーラルヒストリー――無免許運転68,000キロが意味するもの[深田耕一郎]
 無免許運転で被告となった荒木裁判闘争の被告、そしていろんな「障害者運動」の主体的担い手になった荒木さんへのインタビューと、資料を読み込む中で書かれた論攷です。これは欠格条項を巡る運動が何十年も後に起き、そして一定の成果を獲得していって、未だにまだ解決されていない中で、運動は継続されているのですが、その走りとも言える闘いだったと言い得ます。
 荒木さんは当時は「軽度障害者」しか受け入れなかった「光明養護学校」に、親が交渉して「家政婦」をつけるということで、入学を果たしたものの、「家政婦」の存在もあって、生徒同士の交流もない中で学校生活を送っていた中で、改造三輪自転車を親からもらって、一挙に学校生活が変化していきます。そこから、ラジオ、テレビ、バイクとテクノロジー的なところを使う中で、テレビの修理の仕事をするのに、車が必要と言うことで、免許をとろうとするのですが、バイクの免許は取れたのに、それよりも安全な車の免許がなどとれないのか、無免許運転を地元の警察署では黙認状態で、運転続けること68,000キロ、日本13周分、自分は事故を起こしていないのです。実際技術はあると認めるのに、まさに予断と偏見でとれなかったのです。著者は「生きられた法」と大文字の法ということで、理不尽さを告発しています。
さて、気になったこと、「自立生活運動としての荒木裁判闘争」という表現を用いています。「自立」ということばの使い方が、行政が使う言葉(経済的自立と身辺自立)と、「自立生活運動」を進めているひと(自己決定)では違うのですが、この論攷の著者の「自立」という概念はどちらなのでしょうか? むしろこの荒木さんの場合は、重ね合うこととして、このことばを使っているのでしょうか? このことばを巡って混乱が起きて、「自立生活運動」のイメージがつかめなくなっています。そもそも、「自己決定というのはごまかしである」という提言もあります。もうひとつ、わたしが想起するのは、反差別の立場からわたしはむしろこのひとには批判的なのですが、それでも評価する面がある吉本隆明さんの、この社会の支配的意識から超絶するという意味での、‘自立’という概念もあります。
このあたりのこと、荒木さんが裁判闘争を終えて、車の運転を止めて、その後に、「障害者運動」的な意味における「自立生活運動」を展開していったようなのですが、「自立」ということをどう考えていたのかと知りたいと思ったのです。何十年か後に起きた、欠格条項をなくすということで進められた運動が、えてして「アメリカ障害者差別禁止法」(ADA法)の、「資格ある障害者を排除してはならない」という、機会均等法のようなところに収束されていくことにわたし危機感を覚えていました。労働から閉めだれている「障害者」の排除の問題をどうとらえていくのか、ということがとらえられない、一部のエリート「障害者」に特化する運動に陥っていくことを危惧していました。今日、‘合理的配慮’という言葉が出てきて、それも能力主義にとらわれているのではないかと思ったりしています。誤解のないようにひとこと書き添えて起きます。わたしはできるようになること自体を、そしてできるようになりたいとして動くことを否定している、批判しているわけではありません。ですが、えてして、そのことが「できるべきだ」とか、「できるにこしたことがない」という論理にすり替わっていくことをきちんと批判していかなくてはならないと思っています。
エッセイ
・選評[渡部沙織(大野更紗)、冠野文、木村航、倉本智明]
・成人した視覚障がい当事者の語りを活用した視覚障がい児の保護者支援の取組[奈良里紗]
 当事者の立場で、「視覚障害者」の親(名古屋の「パパママ会」)のサポートしているひとのエッセイです。多様な当事者がいて、その親への多様な情報提供の必要性を書いています。「パパママ」に対する当事者の語りの大切さ、しかも自分だけでなく、多様な当事者の語り、時には専門性をもったひとへふることの大切さも書いています。また、子どもへの特別な対応が必要という思い込みで対応するのではなく、きょうだいとの関係できづかされることも多いとか、待つことの必要性なども書いています。「目が悪い」という言い方をして、子どもが傷つくというようなことも書いていて、次のエッセイにリンクしています。
・呼び名「聴覚障がい者」を「手話者」へ[伊藤泰子]
「聴覚障害者」の娘との関わりの中から、基準を他者にするのではなく、子ども自身に置くことでマイナスの思考をしないとかいう話を書いています。「できない」という発想でなく、するひと、別の方法でできるひとという発想に変えていくという話も書いています。また娘を親に合わせようとするのではなく、親が合わせるとして手話を学ぶという話もしています。そこで、ろう者の自然言語としての日本手話の話になり、「聴覚障害者」という呼び名ではなく、‘手話者’という表現に変えようという提起をしています。
わたしも手話者という表現を考えたことがありました。ろう学校も手話学校にして、わたしたち「言語障害者」にも門戸開いてほしいということも考えました。ですが、そもそもろう者ということばには、英語のdeafをDeafに変えるように、手話を第一言語にするひとたちという意味で使うという提起があり、‘手話者’にすると聴者も‘手話者’に含まれることが出てきます。歴史的に、ろう者のネイティブな言語という意味で、被差別の歴史から反転させたということを示すためにも、‘ろう者’ということばがあるのかなと考えています。
障害学会会則
 『障害学研究』編集規程
 『障害学研究』自由投稿論文・投稿規程
 『障害学研究』エッセイ投稿規程
 『障害学研究』エッセイ審査規程
 障害学会第13回大会プログラム

posted by たわし at 23:31| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月17日

鎌仲ひとみ監督「コミュタン訪問」

映像鑑賞メモ 
たわしの映像鑑賞メモ027
・鎌仲ひとみ監督「コミュタン訪問」2019
鎌仲ひとみ公式 動画メルマガ カマレポ No.70 2019.04.08 コミュタン訪問 前編
鎌仲ひとみ公式 動画メルマガ カマレポ No.71 2019.05.08 コミュタン訪問 後編
 原発関係のドキュメント映像をとり続けている鎌仲ひとみさんから月一ペースで送られてくるメルマガ「カマレポ」の動画を見ました。
メルマガに「☆「コミュタン」とは 福島県三春町に建設された複合施設、福島環境創造センターの中にある原発事故と放射線を学ぶ教育施設が「コミュタン」です。建設費は60億円・福島県内の小学生、およそ半数がすでにここを訪問したそうです。」「この施設は「科学的に、客観的に」放射線について理解すること、させることが目的だというのです。」と書かれています。
で、施設の設計段階から携わったひとが案内をしているのですが、その話やアミューズメント的な施設の内容がひどいのです。
「アルファ線は紙で防ぐことができます」と画像の中でテレビゲーム風に、紙に見立てた画像でブロックさせているのです。そもそも放射線は360度放射するので、「紙で防ぐ」というのはイロハの知識もないことなのです。それに放射線の癌被害について、「癌になるのはくよくよするから癌になる側面もあるのだ」とか言う話をしているのです。事故直後「ニコニコ笑っていれば放射線は怖くない」という話をして回っていた、放射線医学の専門家で、後で福島医大の副学長を務めたひとがいたのですが、何が「科学的に、客観的に」なのか、これが「専門家」の正体なのでしょうか。昔、原爆病院を訪れた中曽根首相(まさに議員時代に原発を日本に誘致した張本人です)が、「病は気からとか言いますから、気をしっかりもって」と声かけをして、被爆者が放射線被害としてからだがだるいということで、動けないことを「ぶらぶら病」と差別されていた歴史がある中で、なんともむごい発言をするのかとマスコミからも叩かれていたのですが、そんなこととリンクしていきます。原爆の放射線被害は、アメリカ軍に原爆の武器としての効果の情報を提供する目的もあって、かなり集められているはずなのですが、多くは隠蔽されたままです。癌の発生に関しては、個人差があり、また、直接的因果関係を立証するのは難しいとされていますが、そもそも因果論自体が世界観的におかしな論理なのですが、もし因果論で説明しないといけないとしたら、説明責任は被害を与えた方にあり、「放射線被害ではない」という説明をしなければならないのです。このことでわたしが想起したことがあります。安倍首相がいろいろな疑惑をもたれたときの、有名な国会答弁「「ない」という証明は、悪魔の証明といって不可能だ(だから、ないという証明ができないだけだ)。」という詭弁の話です。それは、「だから政治家は「李下に冠を整さず」という姿勢が必要であり、疑いをもたれるようなことをしたら政治家をやめなければならない」と批判されたのですが、これも、放射線被害は十分に解明されていない、原発の安全性など神話だった、だから原発などもうやめるべきだ、という話になるはずなのに、事故の原因も放射線被害の実態も解明されないままに、情報を隠蔽し、さらには歪曲して帰還事業を進め、さらに信じられないことに原発の再稼働さえ進めてきているのです。
この施設は、帰還事業とつながって(原発の再稼働ともつながって)作られた施設としかわたしには思えないのです。
今、住み続けているひとたちや帰還したひとたちの中から、「放射線被害の話は風評被害につながるから止めてほしい」という話も出ています。風評被害は情報隠蔽や歪曲の中で起きてくることです。そもそも、永田町政治が情報の隠蔽歪曲の極に達しているから、何を信じていいのか分からない状態で、風評被害も出てくるのです。まずは、きちんと情報保障をし、情報の歪曲は正し、そしてどのような選択をしてもきちんと十分な補償を多角的に進めていく、そのことを求めていく必要があるのだと思います。
前から書いているのですが、わたしは被爆二世です。公式見解は、「二世には放射線被害は出ない」となっていますが、地方自治体では、被爆者の子に対する健康診断をしている自治体があります。これは、アメリカへの原爆効果資料収集と提供にもリンクしているという思いもあって、手続きをしていなかったのですが、わたしが住んでいる東京都も健康診断をしているので、そのあたりの登録と情報収集をしてみようと、この映像をみながら思っていました。


posted by たわし at 01:32| 映画鑑賞メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『障害学研究12』

たわしの読書メモ・・ブログ493
・『障害学研究12』明石書店 2017
障害学会の機関誌、年に1回の学会の報告をかねて毎年出されています。しばらく積ん読していた冊子、まとめ読み三冊目。
もくじに沿ったコメントを残します。先を急いでいます。内容の紹介を省いたコメントにします。
特集 シンポジウム「(発達)障害学生支援と合理的配慮提供の実際」
・開催趣旨[横須賀俊司]
・配慮を必要とする学生への大学における支援と課題[内田康太郎]
・発達障害学生への支援[西岡崇弘]
・京都大学における発達障害のある学生への修学支援[村田淳]
・コメント1[宮崎康支]
・コメント2――大学におけるインクルージョンを目指したソーシャルワーク[植戸貴子]
・コメント3[殿岡翼]
 障害問題で一番変わったと言われていることの一つが、この学生支援です。かつては、そもそも入学を許可されない、何も支援しない―求めないという、というところで一筆とられていたことが、まだ一部の大学や学校でしょうが、対策室とか作られ、ノウハウが積み重ねられていっているようです。「学習障害」や「知的障害」にも対処しようという姿勢も出ています。また就労支援や、住居の問題での障害問題の対処とかも書かれています。「社会モデル」からして当たり前のことなのですが、でも、当たり前のことが当たり前でなかった、「雲泥の差」ことが進んでいき、当事者が社会に出て、またサポートに入る、サポートの体制を作っていく中で、新しい関係性、社会が作れればと想ったりしています。
論文
・発話困難な重度身体障がい者における「他者性を含めた自己決定」のあり方――天畠大輔を事例として[天畠大輔・嶋田拓郎]
 文のタイトルにはないのですが、「通訳」ということばがさかんに使われているのですが、文作成の介助活動で、「通訳」の範疇を超えているのではないかと思います。「通訳」というとき、先読みの問題では例えば、パソコンに辞書機能や学習機能があって、それを使うように、いつも使っている言葉を、「先読み」させる、ということがあります。それをいつも入っている介助者との間で、共同認識を形成しているというところでの通訳はありだと思いますが、この文の中でも書かれていますが、「自己決定」がないがしろにされるというか、あいまいになっていく問題があります。「自立生活運動」(「共生生活運動」という表現に変えることですが)という趣旨の、家を出て、自らが主体性を形成していくという意味があったと思います。敬語の使い方とか、他者との関係でのことばの使い方は、当人が介助者に指示していく肝要なことで、それは本人が主導して「共通認識」を蓄積していくことで、そのあたりを介助者が提案していく形態は、当事者の主体性が形成されていかないという問題を引き起こしていくのではないかなどと思っていました。
 「自己決定」の問題は、そもそも障害学総体に関わる領域で「自己決定というまやかし」の話が出ています。このあたりは、この文の中でも出てくる、そもそも関係性の中で生きていて、そもそも「自己」ということを、他者と切り離された個我としてとらえられないという問題があり、わたしはそもそも、近代知の個我の論理こそを批判していくことが大切だと思います。この文の「注10」でとりあげている「他者性」の哲学的論攷を「本稿では割愛する」と書かれているのですが、「自己決定」に関わることを、掘り下げるのを止めたら、文自体を割愛することになるのではとも思ったりしていました。
もうひとつ、気になったのは、日本の新しい流れの障害学は「障害の社会モデル」的なことを基調にして作られたところだと思います。この文の「注1」で、’障害’の表記の問題が書かれていますが、意味がつかめませんでした。「障害の社会モデル」の考えでは、’害’を’がい’というひらがな表記することはあり得ないという論はかなり出てきていて、共通認識は形成されていると思っていたので、このフィールドの論文の中で出てきたのに非論理性・違和を感じたのですが、わたしのはやとちりなのでしょうか?
・視力回復手術を受けた視覚障害者のライフストーリー――翻身に対する内的一貫性を視座として[植村要]
 「中途視覚障害者」としての「SJS患者」(「スティーブンス・ジョンソン症候群)で、CILで仕事をしている、「障害者」としての自己を「確立」していたところで、「回復手術ではない回復手術」を受けるという、自己のゆらぎと共同性―共同体からの離脱―「裏切り」のようなことを感じているという話。「失明するかもしれない」というところで、(脅される的に)手術を勧められるとかいう話もでていました。正負の両面とか、リスク計算とか、とか言う話がでても、「中途障害者」やいわゆる「軽度の障害者」は、より余計に「障害者でなかったら」という思いにとらわれて、「一縷の望み」とかにとらわれていく構図があります。むしろ「重度の障害者」と規定されているひとたちの方が、自らの「障害者」運動主体としての確立はつかみやすいし、そのような逡巡からは抜け出せるのだとも言い得ます。
ここでも書かれていますが、こちらはむしろ親主導ですが、脳性マヒの「障害者」もかつて手術を繰り返し受けさせられるとか、「聴覚障害者」のひとの人工内耳の問題とかの話にもつながっています。
わたし自身の「吃音者」と規定される立場からのマージナルパーソン―心理的マージナリティの論考とリンクしていました。「吃音者」の団体では、「治す努力の否定」という内容ももって「吃音者」宣言が出されました。それで、「もうわたしは治さない」という個人的に宣言をするひとも出てきたのですが、それでも「治す方法がある」ということで講演会があると、その宣言をしたはずのひととも出席していたりします。そのあたり、「治る」「軽くなる」ということに引きずられていくことは、現実に差別があるところで引きずられる、ゆらぐということが起きてきます。そして、一応「治そうと思わない」としても、「吃音の否定性を否定する」というところを理論的に「確立」したとしても、被差別の経験を積み重ねてきたところで、深層心理的に積み重ねられた「吃音の否定性」まで解体することは、現実の差別をなくさない限りあり得ないと思います。「社会」の中から、「吃音の否定性」が消えて、本当の意味で「どうでもいいこと」にならない限り、そういう意識は消えません。このあたりのことは一度文にしておきたいと思ってもいます。
・カナダにおけるウッドランズ親の会による知的障害者の地域生活移行の支援方法[鈴木良]
 「知的障害者」の施設解体から地域生活移行への移行過程・方策に関する論攷です。カナダのブリティシュコロンビア州のウッドランド親の会が主導して行った取り組みです。「地域生活協会」という施設の外に、親の会主導で、移行準備する団体を作り、そこのブローカー(株の仲買人のイメージで、本人の意向に沿った援助というイメージ)が施設内にいる「知的障害者」に会って、その個別性をつかみ、地域の空間で当事者と当事者が生活を共にし。地域生活に入るという取り組みで、肝心なのは当事者への個人給付の制度をつくったということです。その中で、三人くらいのグループホーム、アパート方式のひとの個人の独り生活に介助者が一部屋借りて付く、独り生活に外から介助の態勢をつくる、というようにひとりひとりのニーズに合わせた態勢を作っていくという取り組みです。これは日本でも、「自立生活センター」の取り組みで、ピアカウンセリングや「自立生活プログラム」の実践などで行われていたのですが、「知的障害者」の地域生活移行→施設解体というようなところの取り組みとして、大切なデーターです。特に、施設解体として地域移行するときに、この場合も、施設が独自に作ったプログラムとブローカーのプログラムが併存していたようで、ブローカーのプログラムで推し進めて成功した事例のようです。ブローカリッジという概念(ブローカーがつなぐというイメージでしょう)が、キーワードのひとつになるようです。また、一般的に「軽度」の移行を試験的に先にして、後に「重度」を後にという発想が施設側にあったのですが、むしろ「重度」の移行がないと意味がないと同時的におこなったという実践、また地域との関係が大切だとホスピタリティということで、交流をしていくとか、専門家との連携(過度の介入をさせないということも含めた)という話も出ていました。
エッセイ
・選評[綾屋紗月、冠野文、木村航、福島智]
・もしも君と友達になれたら[朝霧裕]
 5歳の難病の少女が延命治療をしないことを選択したということがCNNのニュースで流れ、同じような立場からの著者の論攷です。そもそも自己決定とは何か、という議論をここでも反復していくことです。この場合はそもそも5歳の子どもが周りからすり込まれているのではないかと、感じていました。著者は、なぜ、そのような選択をしたのか、と思い巡らし、自分は周りのひとたちから、「生きてほしい」と思われて生きてきた難病の立場で、友達になれたら、「生きてほしい」という呼びかけのような文です。制度のつかえなさを、いろいろ要求―「お願い」をしつつ生きてきて、シンガーソングライターや作家とした活動しているひとです。ストレートなおもいです。
・アトピーって障害学と関係ないの!?――「アトピー学」の社会的認知をめざして[すぎむらなおみ]
 薬害は障害問題とつがっているので、障害学のテーマになると思います。
著者のホームページでアトピーのことを読んでいたのですが、内容がつかめないでいました。はっきりしているのは、アトピーに対してステロイドを使うと、余計ひどくなるひとがいるということですが、そこからステロイド自体を使うのを止めようという話に著者はなっているのですが、確かに、薬害の中には、有効か却って害になるのかはっきりしないことがあって、そうなると使うのを止めようということになっていくのだと思います。けれど、塗り薬の場合には、使用の初期の段階で、有効か却って悪くなるのか、分かることだと思うのです。で、却って悪くなる場合は使わないということははっきり方針を出すことです。問題は有効なひとがいるのか、「うまく使えば効いて症状が治まる」というひとがいるという話があるようです。これはアトピーの子どもの母親でそう思っているひとがいるという話です。只の炎症の場合は、わたしも保湿剤で治まらないときは、ステロイド系は使ったりしています。アトピーでいろいろ違いがあるのか、アトピー総体でくくれることなのか、「アトピー学」の中できちんと議論をして結果を出していくことではないかと思っています。
書評
・書評/頼尊恒信著
 『真宗学と障害学――障害と自立をとらえる新たな視座の構築のために』[廣野俊輔]
   リプライ 廣野氏の書評にこたえて[頼尊恒信]
 仏教の思想は、哲学との対話が面白く、わたしが思想形成に影響を受けた廣松渉さんが廣松渉/吉田宏晢『仏教と事的世界観』朝日出版社1979という対話本を出しています。西洋哲学的なことが今の社会でひろがっているのですが、むしろ仏教思想や老荘の思想などの東洋哲学的なところを見直す必要も感じています。わたしは無神論者なので、宗教的なことを自然の物神化として読みといているのですが、親鸞の思想はいろいろ運動論的にも使えることがあり、そしてここでも向上とか向下という概念は、マルクス思想との関係で言えば、上向、下向という概念とつながるところがあり、興味深いことがあります。
・書評/戸田美佳子著
 『越境する障害者――アフリカ熱帯林に暮らす障害者の民族誌』[土橋喜人]
   リプライ 著者から[戸田美佳子]
 そもそも、アフリカには障害概念がないという話は、日本でも明治以前には、個別「障害」を指すことばはあっても、「障害」とくくられることはなかったという話はあり、そのあたりの比較文化研究もひとつのテーマになるのではないかと思います。もうひとつ、ここで議論されているひとは、むしろ「ケア」が具体的に必要というよりも、それなりに独自に動けているひとたちのようで、もっと介助の必要なひとはどうなるのか、高齢者が介助が必要になったときにどうなっているのかという問題が、この論攷からとらえられません。この論攷の学的なフィールドの生態人類学と「障害の社会モデル」類似性のような話がひとつの学テなテーマになっていくのではと思います。
・ブックガイド/障害学研究会中部部会編
 『愛知の障害者運動――実践者たちが語る』[田島明子
青い芝関係の本が東京、関西で相次いで出されているときに、愛知での運動を取り上げた本です。長く続いている三つの団体、「ゆたか福祉会」「わっぱの会」「AJU(愛の実行運動)自立の家」を取り上げています。それぞれタイプの違った活動です。
・ブックガイド/玉井真理子・渡部麻衣子編著
 『出生前診断とわたしたち――「新型出生前診断」(NIPT)が問いかけるもの』[河口尚子]
 バイオテクノロジー関係の進行は、わたしは人類を破滅に向かわせるのでは? とわたしは危惧しています。生まれる子どもの選別ということに入ると、子どもを産んでも(生殖しても)いいひと、いけないひとということにつながるし、一部のひとのおそろしい支配の構造を作り出していくのではとも思っています。SF小説で描かれている世界が現実化していっていると感じているのですが、なぜ、選別をしようとするのか、きちんと批判していく必要を感じています。
・ブックガイド/福井公子著
 『障害のある子の親である私たち――その解き放ちのために』[橋本眞奈美]
 親と「障害者」の関係はさまざまに語られてきました。互いに「自立」していく必要があるのではと思っていました。
・ブックガイド/増田公香著
 『当事者と家族からみた障害者虐待の実態――数量的調査が明かす課題と方策』[後藤吉彦]
 以前「障害者」関係の裁判のネットワークを作ろうと動いているときに、虐待関係の支援が軸だったし、いろいろ情報を集め、本も読んでいました。相模原「障害者」殺傷事件ということも、虐待の極のようなこととして起きたのですが、もっと日常的な民衆の中にある差別意識、優生思想を根底的にとらえ返していく必要を感じています。
・ブックガイド/佐々木倫子編著
 リテラシーズ叢書3『マイノリティの社会参加――障害者と多様なリテラシー』[高山亨太]
 手話、手話通訳の問題を軸にリテラシーを取り上げています。手話に関しては、そもそも理論的整理をきちんとしていく必要を感じています。
 障害学会会則
 『障害学研究』編集規程
 『障害学研究』自由投稿論文・投稿規程
 『障害学研究』エッセイ投稿規程
 『障害学研究』エッセイ審査規定
 障害学会第12回大会プログラム


posted by たわし at 01:30| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『障害学研究11』

たわしの読書メモ・・ブログ492
・『障害学研究11』明石書店 2016
障害学会の機関誌、年に1回の学会の報告をかねて毎年出されています。11冊目になります。しばらく積ん読していた冊子、まとめ読み二冊目。
もくじに沿ったコメントを残します。先を急いでいます。内容の紹介を省いたコメントにします。

特集 シンポジウム「インクルーシブ社会 その理念と現実――沖縄における条例制定の経験を通して『障害学』を考える」
・開催趣旨[高嶺豊]
・インクルーシブ社会とは何か[堀正嗣]
・沖縄県インクルーシブ社会条例――その到達点と課題[岡島実]
・エンパワメントから自己実現へ[長位鈴子]
・ディスカッション[高嶺豊・堀正嗣・岡島実・長位鈴子]
 2014年沖縄で開かれた11回大会のシンポジウムの報告
沖縄は、マイノリティを大切にすることや、昔からの共同性が生きてきた歴史があり、そして戦争被害の歴史が語られ継がれてきたところ。で、また、九州障害学会が熊本学園大学を軸にした蓄積があり、「抵抗としてのインクルージョン」という突き出しをしています。そういう中で、アメリカの「自立生活センター」CILのIはインディペンデント「自立」に対して、イギリスのCILのIはインクルージョンのIという違いがあると押さえつつ、政府が突き出しているインクルージョン(制度としてのインクルージョン)は、「身辺自立」に引きずられていること、そして政府のインクルージョンの概念は労働能力による分断の内容をもっているという指摘をしています。岡島さんは、自分が「感音性難聴」と規定される立場から、「自分を棚上げしない」ということを突き出ししつつ、「標準化によるひずみ」の問題を指摘しています。長位鈴子さんはユニークな感覚の「障害者」で、きちんと自己の当事者性を突き出しています。
論文
・知的障害者の脱施設化/ポスト脱施設化評価研究についての批判的検討――生活の質・専門性・費用対効果[鈴木良]
 いろいろな情報が散りばめられています。インテグレーションやその流れのヴォルフェンスベルガーのSRV(「ソーシャルロールバロリゼーション(social role valorization)価値ある社会的役割の付与」)理論をインクルージョンという観点から批判しているのですが、能力主義批判の観点が希薄なので、何か話が錯綜しているように感じてしまいました。
・高機能自閉症スペクトラム障害(ASD)の母親の手記にみる子育て困難と支援ニーズ[岩田千亜紀・落合亮太・大島巌]
 自分の医学モデル的「障害」を知ることによって対処方法を学ぶということが、「ASD」のひとたちには暗中模索の中から新しく出発をするための転換になるということがあり、医学モデルを批判している立場でも、そのことは考えて来たのです。ただ、ここにも書かれているのですが、そもそも周りのひとたちの、標準化を迫る関係の中で、「違うひとたち」として浮かび上がる構造自体を問題にしていくこともやっていかないといけないという「社会モデル」なり、関係モデル的観点もきちんと突き出していく必要があると思います。次の論文にもつながるのですが、なぜ、母親に注目するのかという社会構造の問題も押さえておかねばならないと思います。
・わが子の診断を契機とした「自閉症児の母親」としての生き方の構成[渡邊充佳]
 この論文には、ジェンダーという観点が出てくるのですが、なぜ、母親ということで限定するのかということがあります。「暗黙の了解」で母親が子育ての中心となるということを書いているのですが、そもそも「標準化」ということの中で、「発達障害者」が抑圧されている構造と同じようなこととして起きているという観点が必要です。そもそも、「発達障害」が、なぜこれ程までに異化してきたのかの分析も必要なのだとも思います。
・障害のある子どもの放課後の課題に関する一考察――大阪市子どもの家事業廃止後の“じゃがいも子どもの家”の状況を通して[三好正彦]
 大阪市で留守家庭対策事業と放課後事業の中間的なところで、カオス的なところのもつ力で、地域とつながり、「障害児・者」の共生の場としてあった、「じゃがいも子どもの家」が、制度変更の中で変質させられていることを批判した論攷です。
関西の「障害者運動」はかなりユニークな運動や取り組みがあったのですが、「新自由主義の拡大と相俟って、集団より個、繋がりより個人能力、互恵より自助、このような流れの中、「頑張る」ことをさらに強いられる子どもやその家族の癒しの場、受容される場はさらに減少していくことになる。」127Pとあります。どうも維新の政治支配の中で更に変節して、「サービス事業化」されてきているようです。右の流れは「障害者」をパターナリズムの中に押し込め、「発達保障」のカリュキュラムにも押し込もうとします。
さて、発達保障論と発達保障は区別する必要があるのですが、著者の世代には発達保障論を巡る議論の継承がなされていないのではと感じています。発達保障論的な内容を批判している内容があるようなのですが、一方で発達保障という言葉を注釈抜きに肯定的にも使っています。きちんと整理していく必要を感じています。
・社会的排除と身体制度――「障害の社会的構成」に関するもう一つの視点について[見附陽介]
 イギリス障害学の第一世代批判として、「理論的空白領域」としての身体というとらえかになっていて、「身体体制」という概念を持ちだしています。このあたりはよく分かりません。「そもそも身体とは何か」という問いかけが必要なのです。身体論も「社会モデル」も関係論的なところに転換し切るという話なのです。そもそも、近代知の実体―属性という実体主義批判というところから演繹していく必要を感じています。労働というところに著者も留意していますが、労働能力を個人がもっているというところから、その労働能力が総体的相対的に劣るということの極として、「障害者が障害をもっている」という実体主義的なことがあり、そこからの批判が必要になってきます。
役割理論的なことも書いています。このあたりも大切なことで、信号機の転換が「障害者」や高齢者の歩く速度的が転換に間に合わない、信号にひとを合わせようとする、根本的な発想、役割期待と役割遂行の枠組み自体を問題にしています。
ただ、抑圧型の差別をとらえ損なっているのではないかと感じたり、また、ナジあたりの話が出てきていて、このあたり、アメリカ障害学のイギリス障害学とは区別される、マイノリティモデルを批判することが必要ではないかとも思ったりしていました。また、「関係的属性」というとらえ方は、そもそも関係論は実体主義の実体―属性というリンクを批判するところから出てきているので、関係と属性は二律背反的になる概念ではないかとも思ったりしていました。
とにかく、新しい概念を突き出そうとされているよう、今後、どういう形の論の展開があるのか、注目していこうと思っています。
・障害の社会モデル的立場から障害者問題を喚起する芸術の社会的効能[SEINO]
 芸術関係は弱いのですが、それでも、「さよならCP」の横田さんの生きるということを自らの身体として突き出したさまとか、金満里さんの身体表現とか観ているのですが、この論攷は、ヨーゼフ・ボイスというひとを軸に芸術表現として論攷を進めています。「障害者」の身体を描く、映し出すと、パターナリズムに支配されている社会では、否定的反応が出てくるのですが、「障害者」に対する否定的美意識なりをむしろとりあげ、このパターナリズムなりも含めて批判していくこととして、とりわけ、当事者の身体表現なり、芸術表現があるのだと思います。そして、美意識の脱構築なることや、反転なども一定なしえているのではとも感じているのですが。そのあたりは、表現の当事者と非当事者では違っているのでしょうか?
さて、この文の中で、わたしの本の中から、心理的マージナリティや差別形態論のところを何度か取り上げてくれています。少しは届いていることもあるのだと、元気づけられていました。
・《豊国祭礼図屏風》「非人施行」における障害者表象及び聾唖表象[末森明夫・新谷嘉浩・高橋和夫]
 「聴覚障害」は不可視の「障害」と言われています。その中で、中世の文献や図の中から、「聾」「唖」を探しだし、「不可視」の問題と、「聴覚障害者」はどのように社会の中で位置付けられているのか、そのことがどのような意味を持っているのかに言及した論攷です。図とか転載して、「手指表象」ということでの分析、とても刺激的でした。
差別の問題を総体的にとらえようとしているわたしの立場で、「非人」という中世の身分制度とリンクしてくのですが、「障害者」が「非人」の中に含まれるとかいうことも、部落差別の文献には書かれていたのですが、なぜか、芸能などの「賤民文化」の正の突き出しとかのことも書かれていないし、このあたりをリンクさせたとらえ返しも、反転させる作業として必要ではないかと考えたりしていました。
エッセイ
・選評[綾屋紗月、冠野文、木村航、福島智]
・「髪の喪失」を問う[吉村さやか]
 いわゆる「軽度障害者」と言われる問題なのですが、それを「軽度」と言ってしまうことの問題をわたしは指摘していて、わたしは南アフリカのアパルトヘイト下の人種差別におけるマージナル・パーソンの先行研究から、心理的マージナリティの問題として押さえています。著者も自分の「脱毛症」と言われることから、そのあたりのことを内容的に的確につかんでいます。ただ、他の「障害者」の問題につなげるには、心理的マージナリティという概念や、差別形態論まで踏み込んでいくことだと思います。ここは、障害学の大きなテーマになるのだとも思えます。
・不自由な街を自由に歩きたい[上野俊行]
 「中途障害者」で、まだバリアフリー化していない時代、最初大学の通信教育を受けるのですが、東京外国語大学に編入したら、様変わりしていて、そこから、外国のバリアフリー情況に関心をもち、中国を何回か訪れる中で、パラリンピック開催ということに合わせて、国力でバリアフリー化していくのを見、また今度はベトナムのバリアフリー情況、ベトナムは長い戦争の時代があり、「障害者」が多いのですが、バリアフリーが中途半端で、なかなか進まないという情況なのですが、それでも、ひとがすーっと手を貸す情況があるとのことで、これはヨーロッパが古い建物を残し、町並みを残すということの中で、バリアフリー化が余り進んでいない、けれど、ヨーロッパ的共同性で、ひとが手を貸す風習があり、そのことも含めたバリアフリーと言われていたことに通じることです。現地に根ざしたバリアフリーということ、ベトナムのhoa nhap(溶け込む)という言葉も紹介してくれています。バリアフリーの運動の中で、その初期の時代に、むしろ人の手を借りることの方が大切と言われていたことにも通じるのですが、そんなことは、化石的な考えになるのかもしれませんが、むしろ原点ではないかともわたしは考えています。
・「障害者」に替わる言葉について考えてみよう![江原顕]
障がい、障碍とか言葉を換えるということへの批判、わたしもしていて、この著者は、
被障害者 ということばを出しています。これは、わたしも、まさに「社会モデル」に合わせた概念だと一時使っていたのですが、関係モデルに転じて、結局括弧付きの 「障害者」 ということに転じました。この著者は更に、「障害○○」を「共生○○」に変えよう、「障害者福祉」とかも、「共生福祉」に変えようという提起もしています。このあたりは、何の問題か分からなくなるという、批判も出てきそうですが、そもそも障害概念の拡大ということでは有効ではないかと思います。そういうところから、新しい概念がでてくると良いとも思っています。
書評 
・書評/森壮也・山形辰史著
『開発経済学の挑戦W 障害と開発の実証分析――社会モデルの観点から』[澤田康幸]
  リプライ
  澤田康幸氏のコメントに対するリプライ[森壮也・山形辰史]
「開発と貧困」というテーマでの論攷があるのですが、そもそもグロバリーゼーションの時代に、それ以前的に「帝国主義と植民地支配」ということで語られていた時代から、開発がいかなる意味をもっていたのかということがありました。そのあたり、ネグリ/ ハート
の『<帝国>』から、スーザン・ジョージの新自由主義的グロバリーゼーションの分析あたりを通して、「開発」ということを通して、格差が広がる、貧困から餓死さえも生み出す構図が暴き出されていたので、「開発と貧困」ということで、「開発が貧困をなくしていく」というような趣旨の論攷には疑問をもたざるをえないのです。
そのことと類比して、「障害と開発」ということも、確かに開発によって、バリアフリー化が進む側面があるにせよ、むしろ資本主義の論理である、開発の論理そのものが、生産性の論理としてあるところで、それが「障害者」にとって抑圧の論理として働いていく側面をどうとらえているのでしょうか?
 今、「障害者運動」の国際連帯ということが言われていて、それは大切なことなのですが、それは、「障害者」に対するあらゆる差別を許さないというところでの、国家間の格差による、収奪の構造も撃つということでの連帯でなければ、単にパターナリズム的なチャリティの論理と同じになります。そんなところも含んだ論攷が必要になっていると思います。
・書評/立岩真也著
『造反有理――精神医療現代史へ』[松岡克尚]
 「評者」は著者と同世代のひとで、「造反有理」という言葉の歴史性を自らの体験に即して、書き綴り、章をおっての紹介をしてくれています。難解なとされる立岩節を読み解いてくれています。この本のわたしの読書メモはブログ394。「通信」65。
 リプライ
  『造反有理』書評へのリプライ[立岩真也]
 さて、これはリプライというよりも、立命館大学院先端研のこれからの壮大な構想の話です。積ん読していたので、一部もう実現されているところもあります。
難解なというところは、逆に立岩節になれると、むしろ他の新しい著者の本を読むよりもスムーズに読めるようになります。わたしの廣松本読書の経験からも。
・書評/堀智久著
『障害学のアイデンティティ――日本における障害者運動の歴史から』[河口尚子]
  リプライ
  著者から[堀智久]
 かなり総体的に障害者運動を押さえようとした労作のようです。で、書評に対して、著者のリプライで誤読の指摘をしています。それを読みながら、そもそも「書評」ということは何か、ということを考えていました。わたしは、そもそも反差別の立場で、「評する」なんてことはしたくないので、読書メモとか、読書感想文とか言っているのですが、まあ、読書界では、「書評」という言葉を使っているので、あえてそれに乗って、出版界の新聞に「書評」と称する文を何回か書いています。そういう新聞の類いは、本をできるだけ買ってもらうという趣旨なので、本の内容的な紹介を主にして、自分の意見をスパイス程度に織り込みます。ですが、この雑誌というか、研究誌は、本の内容の紹介も必要ですが、むしろ、著者と「評者」の対話ということを軸にしてもいいのではと思ったりしていました。そういう意味で、河口さんの誤読ということは、むしろ「評者」のこういう展開をしてほしいという提起になっているのではと思いました。そういうところで、この著書とリプライを「誤読」すると、わたしはどういう共同性をつくりあげるのかという意味での「障害者運動」の方向性の問題が、「誤読」ということの内容としてあるのではと思っていました。
わたしは読書メモでは、対話の方をメインにやっていこうとあらためて考えていました。
・書評/深田耕一郎著
『福祉と贈与――全身性障害者・新田勲と介護者たち』[前田拓也]
 リプライ
  あいだの倫理を求めて――新田勲と公的介護保障要求運動[深田耕一郎]
 前田さんは、深田さん以前に介護関係の本を出しているひと、で、この深田さんの本の、CIL対新田という対立の図式をとりあげています。確かに、そのような図式になっていたのですが、そもそもCILといってもいろいろあるので、一般的に論じられないと思います。あえてひとをあげれば、中西さん的な介助活動を労働として定立させようという方向と新田さん的なあくまで共同性を追い求めるということでの内容的なことでの二極分解で、実際の介助活動は、その「あいだ」で揺れ動くのだとも言い得ます。深田さんが「あいだ」という概念で、改めて押さえ直す津業をしていることにも留意しておく必要があるのではと思っています。ちなみに、介助を労働としてとらえることの弊害のようなことから、ベーシックインカムの議論も起きてきていること、そもそも介助とは、福祉とは、そして、どういう共同性・関係性を作り上げていくのかの議論こそが、そこで問われているのだとわたしは考えています。この本のわたしの読書メモは、ブログ278。「通信」50。
・ブックガイド/秋風千恵著
『軽度障害の社会学――「異化&統合」をめざして』[市野川容孝]
エッセイの吉村さやかさんの文とリンクしていきます。この本は既読。ブログ230「通信」42号に読書メモを残しています。著者は「軽度障害者」の集まりを作ろうと、障害学研究会(「障害学研究ネットワーク」に名前が変わっているようです)のメーリングリストで呼びかけていたりしていました。ちょっと心動いていたのですが、そもそも「軽度」という概念自体が医学モデルにとらわれていることなので、先に「社会モデル」的な転換が先として、秋風さんに個人的にメールをして、参画しないままでした。マージナル・パーソン的なところの運動は、運動として機能させることがむずかしいとの、わたし自身のマージナル・パーソン的立場での体験があります。むしろ、だからこそ、「障害とは何か」という問題の突き詰めの作業の途にはいれたこともあったのですが、実際に何を運動的な結集軸にするのかということで、同じくマージナル・パーソン的なところで「発達障害」と規定される高森さんが出している、普遍的利害としてのベーシックインカム的要求ということがひとつあるのですが。むしろ、「障害者」の共通の利害、普遍的利害を突き出していく途も出てきます。
・ブックガイド/堀正嗣監訳
『ディスアビリティ現象の教育学――イギリス障害学からのアプローチ』[杉野昭博]
・ブックガイド/津田英二著
『物語としての発達/文化を介した教育――発達障がいの社会モデルのための教育学序説』[杉野昭博]
 杉野さんは、教育学は障害学や「社会モデル」をとらえてこなかったと書いているのですが、むしろわたしが障害問題を勉強し始めた頃は、発達保障論との議論の最盛期で、しかも、新しい「障害者運動」の流れは、反差別と発達保障論と代行主義の否定という三つのことを軸にして始まったと、言われていたことがありました。『反発達論』とか、『知能公害』とかそして「障害児教育論」で発達保障論批判ということの中で、「共生共育論」が突き出されていました。わたしの障害問題の学習の始まりは、むしろ教育問題でした。世代的にズレているためか、そのあたりのことが杉野さんには入っていないようです。そして、「社会モデル」といわれることはイギリス障害学やアメリカ障害学発ですが、内容的には日本でも70年代から、内容的にありました。「自分たちを変えるのではなく、社会を変えよう」というフレーズも出ていましたし、今わたしが宣揚している障害関係論も、「障害とは関係の問題である」という突き出しもすでにあったのです。そのことを認識論や哲学的なところから裏付けていなかったので、しぼんでいったという側面もあったのですが。ブログ366に読書メモ。「通信」62号掲載。
・ブックガイド/嶺重慎・広瀬浩二郎編
『知のバリアフリー――「障害」で学びを拡げる』[星加良司]
 「障害学生」支援をテーマにしつつ、それだけでない、「むしろ本書の魅力は、具体的な実線に根ざした障害学生支援の提示のみならず、その背後にあるラディカルな批判精神にあるように思う。」332Pとして、具体的に「単に試験の手段(点字受験や各種の配慮)を充実させることを意味しているのではなく、試験の内容そのものを受験生の多様性に応じて多様化させるという提案」333Pということを紹介しています。
・ブックガイド/中西正司著
『自立生活運動史――社会変革の戦略と戦術』[田中恵美子]
 中西さんは自立生活運動を引っ張ったひと、いろいろ運動的に活躍しているひとですが、本の題名にもある、まさに「自立生活」ということを体現しているようなひとです。で、そもそも自立という概念は、今の政治が突き出す「身辺自立」ということとごちゃまぜになっているのですが、むしろそのことを逆手にとって、自己決定としての自立生活運動を突き出し、一定の成果というか、「障害者運動の中で、確実に成果を上げたのは「自立生活運動」の広がりだ」と言われていた情況を作りだしえたのだとは思えます。ただ、著者が理想としているのは、北欧型の福祉制度で、その限界もわたしは押さえていて、むしろ、自己決定のまやかしというようなことを暴き出し、自立概念をきちんと整理していく必要を感じています。自立生活センターと名付けられていることは、「地域共生センター」という名称に変えていくことだとも考えたりしています。このあたりは、エッセイの江原さんの文とつながっていきます。ブログ275、「通信」49号。
・ブックガイド/渋谷光美著
『家庭奉仕員・ホームヘルパーの現代史――社会福祉サービスとしての在宅介護労働の変遷』[澁谷智子]
 在宅介護も最初は公務員的なところで始まったので、専門職という性格もあったのですが、制度変更の中で、「主婦のパートの仕事」に落とし込められていった構図があります。なぜ、そうなっていったのかとか、そのあたりの突き詰めこそが必要なのですが、表面的に押さえるだけになってしまっていると感じたのはわたしだけでしょうか?
・ブックガイド/朝霧裕著
『バリアフリーのその先へ!――車いすの3.11』[後藤吉彦]
このひとはシングソングライターで、「障害者」の表現の世界で有名居になっているひとですが、3.11の体験を、生きることが脅かされた体験としてきちんとおさえてくれています。ブログ258、「通信」47号掲載。
障害学会会則
 『障害学研究』編集規程
 『障害学研究』自由投稿論文・投稿規程
 『障害学研究』エッセイ投稿規程
 『障害学研究』エッセイ審査規定
 障害学会第11回大会プログラム


posted by たわし at 01:26| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

長尾 久『ロシア十月革命 亜紀現代史厳書5』

たわしの読書メモ・・ブログ491
・長尾 久『ロシア十月革命 亜紀現代史厳書5』亜紀書房 1972
やっと歴史学習に入れました。
 今回の歴史研究ははっきりと目的を持っています。それは、今、「市場経済はなくならない」とかいうメッセージを発信するひとがいて、民衆の「社会は変わらない」という意識形成が広がっています。そして、「社会は変わらない」という意識の広がりの中で、あまりにもひどい永田町政治に抗議の声はあがっても、それは国会を通じての・議会制民主主義を通じての「変革」、保守政治の枠内の変革にしかなりません。そして、選挙制度などを通じて、それさえも機能しない構造が作り上げられ、ますます「社会は変わらない」という意識が蔓延していきます。そして、そもそも抗議行動をするひとたちの運動自体が、今の社会の矛盾がどういう矛盾かというとらえ返しを、ごまかしの政治の中に封じ込められ、今の体制そのものが維持できないところまで矛盾が広がっているのに、政権はそういう矛盾を覆い隠し、今の体制を維持しようというところの中で、強権的政治によって、そして、マスコミ操作や体制派、そして、体制内の改良主義的にガス抜き的に批判するイデオローグたちの、結果論的協力がそこにあります。
「市場経済はなくならない」という主張の論拠は、90年を前後する「社会主義国家」の崩壊、そしてマルクス派の運動の「内ゲバ」とキャンペーンを張られた、党派闘争におけるゲバルトの行使、そして組織を物象化した宗派的セクト主義による自壊ということの総括も必要になっています。そのような中で進んだマルクス葬送の流れが形成され、構築主義的なところを残して学自体の崩壊も進んでいます。後者の日本的運動の総括に関しては、自らの活動の総括の作業として進めていくのですが、それはそもそもロシア共産党の内部闘争・粛正とか、中国の文化革命とか、天安門事件、ポルポトの虐殺にも表れていたことで、それらのことをどうとらえ返すのかの作業も必要です。
 先に、ひとこと書いておきますが、「市場経済はなくならない」という主張をするひとは、ロシア・東欧の「社会主義国家」の崩壊、とか中国の資本主義への舞い戻り―社会主義の崩壊という押さえ方をしているのですが、マルクスの思想のきちんとした継承をしようとしているサイドからは、そもそも「社会主義の定立に失敗した」という押さえをしていて、ロシア・東欧やアジアにおいても、「社会主義」として定立しなかった、それは「社会帝国主義」とか文字通り「国家独占資本主義」と言われることで、未だに、「社会主義国家」なるものは歴史上存在していない(原始共産制はさておいて)という押さえ方が出ています。定立していないものを崩壊ということがおかしいのです。ですが、そもそも、一応マルクスの思想の中から生まれたという運動で、マルクスの思想自体の検証もしつつ、マルクス主義を自称するひとたちが、どのようにマルクスの思想を歪曲したのか、またその思想の発展的継承に失敗したのかを押さえねばなりません。
 客観主義的な学ではない、運動のための理論というところで、仮説をたてて、その仮説の検証という形で論を進めます。
 さて、歴史研究を核心であるロシア革命の学習から始めるのですが、いろんな本、雑誌の中での論文を読む中でえた知識があったのですが、そして順番が逆になったのですが、レーニンの第二次学習として、レーニンの主要論文の集中学習をしました。ブログ419〜433に読書メモを残しています。それは、レーニンの著作を通してのロシア革命史という内容も持っています。

 長い前置きのようなことから、この本の読書メモに入ります。
 この本の中から読み取ったことを、メモに残します。多角的に学習していきますから、他の本を読んで後から修正していくかもしれませんので、過渡的なメモです。
 まず、情況的なことをおさえておかねばならないと思います。帝国ロシア、強権的ツアーリズムロシアの熾烈な弾圧の中で、「人民の意思」によるテロリズムが起きていたということがありました。しかし、社会民主党はそのようなところではなく、極めて少数派であったにせよ、粘り強く訴えていくということを貫いていたようです。そして、そもそも社会民主党の発足当時から、路線問題での分岐があり、それでも、その内部対立で、意見が通らないというところでの退出はあったけど、追い出すということはなかったし、またそこで暴力的な対立がおきるというような事態もなかったようです。
 さて、レーニンが主導的な役割を果たしたボリシェビキズムということは、少数のインテリゲンチャに率いられた前衛党の領導するプロレタリア革命ということなのですが、むしろ、民衆はかなり革命的で、むしろ党が押さえ込むという構図もあったようなのです。もちろん一時的感情の爆発というところで、運動が破綻するというところで、大局的なところを押さえて、そのような一時的爆発を押さえるということはあり得るのですが、それだけでなく、むしろ民衆の方が正しい方針を出し、党が方針を修正していく事態もあったようなのです。
さて、「ロシア革命」における個人の果たした役割というところで、「レーニンの存在を抜きにしてロシア革命は語れない」ということはあったのだとも押さええます。レーニンの4月テーゼなしには「ロシア革命」は考えられず、また折々のそのような存在だったからこそ、レーニンは地下に潜り、そして肝心なときに出てきたところで、演説をぶち、それで情況が一変するという事態があったようです。それは、レーニンが地下に潜る中で表に立ったトロッキーが活躍したことにも及び、レーニンがトロッキーを、「トロッキーなくしてロシア革命はあり得なかった」と評したことにもつながっています。未だ、個人の資質が歴史を作る時代だったのかもしれません。さて、ここでトロッキーが、ボリシェビキの方針に反対していたクロンシュタットに出向き、演説をしてその反対を転換させたということが書かれていて、この本には出てこないのですが、トロッキーの汚点として、赤軍の議長としてクロンシュタットの反乱の弾圧に当たったということはまさに、歴史の背理とか言われるようなこととして考えていました。
さて、ロシア革命の困難性の問題が、その後のロシア革命の歪曲につながることとして押さえて見ます。
 まずは、社会民主党は労働者に依拠する政党で来たるべき革命をプロレタリア革命としておいたことがあります。ですが、当時の職業人口は農民が80%で、農民を組織していたのは、「フ・ナロード」を掲げて農民の中に入っていった「人民の意思」の流れから作られた社会革命党ということがありました。そして、社会民主党はきちんとした農民問題の方針を出せていないという情況がありました。ここで、押さえておかねばならないのは、農民のほとんどが「文盲」と言われていたことで、遅れていたというとらえ方が出ているのですが、わたしはこれは必ずしも保守的という意味ではなかったと、この本の中からも読み取っていました。農奴制からの解放とかいう問題も含めて、地主との闘争があり、ロシア革命の過程でも焼き討ちとか打ち壊しとかかなり先鋭的な運動をやっています。むしろ、ボリシェビキが農民の、そして農業の位置とかとらえきれず、その方針とかをきちんとだしえなかった問題もあったのだと言い得ます。ロシアの革命は労兵ソヴェートなり、労農ソヴェートとしてなしえたのですが、農の問題をボリシェビキが押さえきれなかった中で、ボリシェビキと社会革命党との対立の中で、食糧危機の中で、食料の調達ということで、軍を派遣する事態になり、これが社会革命党との対立にも進み、ソヴェートの崩壊から党の独裁へ進み、力による支配、監視社会的管理支配体制への途に進むことになっていきます。
 さて、農の問題にも絡むことですが、農や兵の問題には民族問題とからみあっています。民族比からして、大ロシア人は半分にも満たず、他の民族が過半数という構成があり、しかもツァーリーの民族支配の中での大ロシア人に対する少数民族のこの著者のいう「重層的差別の蓄積」があったのです。そういう中で、民族問題できちんと対処できない中で、その地域でのボリシェビキが進めようとする革命への反発が起き、それに対して軍事的派遣を行うという中での衝突が起き、それがますます、民族問題での「重層的差別の蓄積」を倍加させていきます。この問題は、少数民族地域が農業や牧畜地域ということでも、更に矛盾が相乗していきます。
 さて、レーニンは民族問題をかなり重視し、民族自決権ということでそれを解決していこうとしていました。ですが、そもそもレーニンは民族問題も含んだ差別の問題を、階級支配の道具なり、手段として押さえて論を展開していました。そもそも階級自体も差別の問題で、差別のための差別の手段という意味不明の提起になっていきます。これは、結局レーニンは、階級闘争を行う上でやっかいな問題として差別の問題をとらえていたということなのです。わたしは、むしろ被差別者は、むしろ先鋭的な運動の担い手になる可能性をもっていることで、反差別ということをきちんと突き出しえない中で、「やっかいな問題」にしてしまっていることだと思うのです。
この民族問題は、ずーっと尾をひいていきます。レーニンはスターリンが少数民族出身で最初の政府設立のとき、スターリンは民族問題担当だったのに、民族問題で逆に少数民族に抑圧的に態度をしていたことを批判しています。大ロシア人の中で、力をもつていくために逆バネ的な対応をしたということなのかもしれません。民族問題、差別の問題がずーっとソビエトの抑圧性の問題の出発点であり核心であり続けていたのだと言い得ます。
 さて、革命ロシアが抱え込んだもうひとつの農業問題ですが、ロシアにはミールという共同体の歴史がありました。地主からの土地の取り上げの中でも個人に分配したのではなく、ミールへの取得という形ですすんだという記述があります。これはむしろ、らせん的回帰ということでの先進的な内容を持ちえたのだと思います。そもそも、後期マルクスがこのミールに留意していました。このことを含んで、むしろ、ロシアの農民は決して後進的と断定されることでなく、先進性的可能性をもっていたのであって、そこでの農業問題の方針化がなされることではなかったかとも思います。当時は、後発の資本主義として工業の発展の中で、資本主義の発展の中で、労働者の階級形成をなし、労働者を軸とした革命という社会民主党の方針があり、まだ農業が職業の多くの割合を占めるというところで、労農(兵)ソヴェートというように進んだのですが、結局農の位置づけが消極的なことにとどまっていたということがあります。今日からとらえ返すと、サブシステンスというところで、生の基本は何かという議論からすると農の問題の重要性があります。そういうところで、農の問題を今日的にとらえ返す作業も必要になってきます。
 さて、もう一点、結局ドイツ革命の敗北などにより、レーニンにははっきりあった、世界革命へのリンクということがなしえない中で、レーニン亡き後、一国社会主義建設というスターリン主義に陥っていくのですが、強権的国家支配という時代制約性もあったにせよ、国家権力の奪取としてしかたてられなかったのか、という問題があります。そのあたりマルクスは『ドイツ・イデオロギー』の中で、国家を共同幻想という押さえをしています。レーニンは『国家と革命』や『帝国主義論』を書いていますが、その中に共同幻想としての国家論はでてきません。レーニンは『ドイツ・イデオロギー』入手できていず、読んでいなかったと言われています。20世紀の革命論は、国家権力の奪取として進みました。そして、マルクスにもプロレタリア独裁論があったのですが、少なくともそれは一時的なことということがあったはずです。結局「共産主義社会に向かう中で国家は死滅する」というマルクスのテーゼの方向には進まず、スターリンの一国主義的革命論の中で資本主義に舞い戻り、管理監視社会と覇権国家でしかない「社会帝国主義」に陥りました。そのことを改めてとらえ返すことが必要なのだと思います。

さて、長い前置きにまたつなげるのですが、今、永田町政治はアベ政治という国家主義的な政治として進み、祖父の悲願だった憲法改正ということを最大の目標にして、財界の支持をとりつけるために、金持ち・大企業への優遇政策をとり、企業の内部留保を拡大させ、経済再建を先送りする、「<帝国>的」グロバリーゼーションの浸透した時代に不可能な幻想でしかない経済成長戦略なるアベノミクスという持続不可能な経済政策をとり、危機を先送りし、そして国家主義的なイデオロギーを浸透させるために、中国・北朝鮮脅威論をふりまき、軍事予算を拡大し、集団的自衛権を憲法の解釈をねじまげて、アメリカに従属する日米安保条約を強化し、戦争できる国作りに邁進しています。そして国家主義的政治のムチである、強権的管理支配として、特定秘密保護法や共謀罪を強行採決によって成立させています。一方で、軍事的危機のあおりと共に国家の共同幻想をなり立たせる、アメとしての福祉を抑制・切り捨てています。それは国家の共同幻想を崩壊させることなのですが、永田町の政治は「国会議員」という国家の概念にとらわれるところできちんと対峙しえていません。これを、分断の中で個別利害の誘導というかたちで、権力に頼るという分断の中で、乗り切ろうとしています。それは、「公助・互助・自助」なる概念で、公助の抑制と切り捨てなのです。わたしたちは、分断を超える反差別の総体的・根源的とらえ返しの中で、国家主義的なことにきちんと対決しなければと思います。それが同時に時代制約的とはいえ、国家主義にとらわれた国家権力の奪取という20世紀型の革命論を止揚する、草の根の、幻想ではない共同性をつくりあげる中での新しい形の21世紀型の革命論として出てくるのではと考えています。まだ、歴史学習に入ったばかりですが、仮説としてたてつつ、対話の中で煮詰めていこうと考えています。

後の引用などのために、簡単な切り抜きメモを残します。
ロシアの古い体質7P・・再検証
民衆の壁と弾圧、テロと弾圧と壊滅11P・・再検証
ソヴェート26P
独自行動←民衆からの提言103P
「世界革命によって平和を」104P
トロッキーとクロンシュタット118P
10月革命とソヴェート、解放区120P
大衆は党よりも先鋭145P
ラーダ―ウクライナ民族自決権問題154P
ウクライナ三重権力156P
「労働者統制会議」―労働者の自主管理にしないことを目的にしている262P

機能しない―ソヴェートによる領導264P
「現実は法令を超えて進んだ」263P
軍事革命委員会の前線での独自の和平・自主作戦←革命政権の追認265P
土地国有化論の誤り―自主的なミール所有270P
ラーダ―ウクライナ語、ソヴェートという意味303P
ウクライナ問題―中央の地方(現地)支配、大ロシア人のウクライナ人支配(「重層的歴史」328P)311P
様々なソヴェート323P
ソヴェートによるだけではない権力奪取324P
少数民族の反ソヴェート325P
食料危機の中での「調達」の中でのソヴェートの分裂325P
農民が8割、少数民族が過半数325P
「近代主義的プロレタリア革命」批判326P
外在的方法327P
この本の著者の問題意識―ベトナム→入管・沖縄327-8P
歴史の重層性328P
ツァーリズム・ミール・カザーク・少数民族329P・・・カザーク=ほとんど反ソヴェートの役割になった傭兵的騎馬兵団


posted by たわし at 01:20| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『障害学研究10』

たわしの読書メモ・・ブログ490
・『障害学研究10』明石書店 2014
障害学会の機関誌、年に1回の学会の報告をかねて毎年出されています。10冊目になります。しばらく積ん読していた冊子、まとめ読みに入ります。
もくじに沿ったコメントを残します。先を急いでいます。内容の紹介を省いたコメントにします。
特集T 政策形成における「当事者参画」の経験と課題
 【シンポジウム――障害学会第10回大会から】
・開催趣旨[瀬山紀子]
 問題提起
・政策形成における「当事者参画」の経験と課題[尾上浩二]
・障がい者制度改革推進会議総合福祉部会における当事者参画とその課題[茨木尚子]
・障害者政策への当事者参画の意義と課題[石川准]
・会場質疑
・総括コメント[瀬山紀子]
官僚支配から脱する政治主導を謳って成立した民主党政権時代に、障がい者制度改革推進会議が作られました。当事者が過半数、「知的障害者」の参加があり、その会議参加の保障のために、分からない言葉が出たらイエローカードを出すルールとか作り、その会議の様子がインターネット中継・録画配信され、手話と字幕がつくなど、画期的な会議でした。そして、なによりも、これまでの審議会が官僚が用意した資料に基づいて、その説明に多くの時間を使い、そしていくらかの意見を添えて、最初に政府・官僚が準備していたところで答申が出されるという形だけの議論だったのが、それなりに議論を出し合い、団体間の交流のようなことも生まれたのです。その下に、福祉部会が作られ、「障害者総合支援法」の法案作成のための「骨格提言」がなされました。そのときの副部会長が尾上さんと茨木さんです。で、時間がない中でよくまとめたと茨木さんが書いているのですが、確かに、いろんな団体がいて、それをとりまとめる、そして個別の利害を突き出してくる、総体的・根源的利害という押さえがないとか(逆に、会議の中で総体的な観点を持つようになるという事態もあったようですが)、たいへんだったと思います。ですが、まとめたものが、官僚たちによってコケにされたのです。結局、骨格提言は無視され、官僚たちが準備していたもので法案が作られたのです。当事者が過半数を占めるというのだったら、なぜ、このようなことに怒りの表明をしなかったのでしょうか? ちゃぶ台返しをして怒ることです。以前、NHKで、「なぜ若い「障害者」は怒らなくなったのか」という番組をやっていたのですが、わたしは運動の基底には、差別に対する怒りがあるのだと思います。若いも何も、そもそも「障害者運動」自体が崩壊している現実です。「障がい者制度改革推進会議」でパブリック・コメントを求めていたので、それに意見を出していた立場で、コケにされたということでわたしは怒りまくっていたのですが、推進会議や福祉部会のひとたちは大人対応で、少しでもよりよい方向へと、怒りをおさえていたのでしょうか? さて、このコケにされたのはまさに民主党政権の政治主導ということの公約が破られたことの象徴的なことだったのですが、このコケにされたということの総括がどうなされたのでしょうか? そんなことがなかったように、自民党政権というもっとひどい情況になって、以前のような審議会の情況にもどったと押さえているのですが、そこに、石川さんが政策委員長として参加され、尾上さんも参加しているようなのです。わたしにはどうしても理解できません。単に、「障害者」当事者の意見を取り入れていますという政府・官僚のポーズ作りに利用されているだけではないでしょうか? それとも、政府・官僚たちの「障害者」施策と参加している「障害者」の意見が違和感がないところまで、運動が崩壊しているのでしょうか?
特集U 「当事者学」に未来はあるか――障害学会創立10周年に寄せて
 【特別セッション――障害学会第10回大会から】
・開催趣旨[星加良司]
・「当事者学としての障害学」に求められるもの[堀正嗣]
・当事者研究の理論・方法・意義[熊谷晋一郎]
・「当事者」のポジショナリティと「研究」の作法[堀正嗣、熊谷晋一郎、星加良司]
・特別セッションを終えて[星加良司]
当事者主体ということは、運動の肝要なことで、きちん押さえ突き出していくことが必要なことだと思います。ですが、そこへもっていくことの一つとして「当事者研究」も必要なのだと思います。けれど、何かズレているような気がしています。当事者研究が、「気持ちの持ち方をかえれば楽になる、問題が解消される、される方向に進む」というようなところにすり替えられているような側面が出ているような気がするのです。わたしの当事者性の「吃音者」の当事者団体の運動が「気持ちの持ち方を変える活動」にすり替えられたということへの批判の立場から、そんなことを考えていました。
論文
・知的障害者の「結婚生活」における経験と支援――生活構造論と生活の資源の枠組を用いて[田中恵美子]
 結婚生活においても、「頭を借りる」(北村小夜さんのことば)ということはあることで、いろいろな援助を得ながら、結婚生活をおくるということは当然のことで、そういうことが余りないことのように思われているところで出てきている論攷なのだとも言い得ます。それでも、何かパターナリズム的なところに陥っていくという危惧を抱いているのですが。
・障害者の「あきらめ」と自立生活の課題――CILに勤務する肢体不自由者へのインタビュー調査からの考察[金在根]
 障害問題に関わることで、「あきらめ」というのは2種類あって、ひとつは、「治す・直す」ことをあきらめる、ということ―医学モデル的あきらめと、それから差別されることの中で、批判することをあきらめる―「社会モデル」的あきらめではないかと、この論攷を読みながら思ったりしていました。運動からいうと反転しているのですが、そのあたりの区別を著者の論攷からわたしは読み取れませんでした。
・ディスアビリティ・アートの実践にみるパフォーマンスの身体[田中みわ子]
 文化を語れない朴念仁と批判されてきたわたしは、パフォーマンス的なことはとらえにくいのですが、それでもなんとなく感じるというようなところで、この論攷もそれなりにつかめたような気になっていました。
エッセイ
・選評[綾屋紗月、石井政之、臼井久実子、福島智]
・障害ではなく、たどり着いたのは人間でした[GARRABE-BARBASSAT MAYUMI]
 交通事故の後遺症から、保険会社からの医療保障の打ち切り策動の中で、自己の存在を否定されるような思いを抱きつつ、いろんなひととの出会いの中で、親とも衝突しつつ、フランス人の祖母を頼ってフランスに住居を移しなんとか平穏な日々を過ごしているというようなことなのですが。日本の医療とか、「病者」・「障害者」の生きがたさを書いているようなのですが、錯綜した心理を赤裸々に書いたエッセイなので、なんとなく感じるしかないことのようです。
・問題でないことを問題にする人[山田峰大]
二つの問題、「腎不全」と「性同一性障害」(当時の言い方で、今はトランスジェンダーという言い方になっています)。で、役所の対応のひどさに憤慨する文です。そもそも対応が間違えているのですが、生活保護の申請の書類さえ渡さないとかいうことに通じることで、この国の福祉に対する考え方がいったいどうなっているのかと、一緒に怒るしかないことです。さて、この本は5年前の本ですが、今、人工透析を受けていたひとが停止の意思表示をすることを医者に言われ、いったん停止の意思表示をし、後でそれを撤回しても、医者がその撤回を認めず死亡する事件が起きています。何か。医療も福祉もこの国のおかしさに憤りながら、このメモをかいているのですが、腎移植をうけるというような話が、さらとでてくるのですが、「障害学研究」の冊子でそんなことがさらっと書かれているということに、違和を感じたのはわたしだけなのでしょうか?
・高等教育における障害学生支援――当事者文化と大学文化をつなぐ仲介人の役割[奈良里紗]
 かつては、大学に入る「障害者」学生は、「何の支援も求めない」と一筆を入れられていました。そのときからすると、地域差や大学で格差がおおきいのでしょうが。まさに雲泥の差です。障害問題で、部分的にはせよ、一番変化したところかもしれません。ただ、これからの課題として、仲介人を必要としないところで、「障害者」自身が要求をしていく運動とシステムをつくりあげていく必要を感じていました。
書評
・書評/野崎泰伸著
 『生を肯定する倫理へ――障害学の視点から』[星加良司]
 リプライ 著者から[野崎泰伸]
 わたしはそもそも、運動がきちんと展開しているときに、倫理学など持ち込む必要がないのだと思います。運動の行き詰まりの中で、存在を否定されることを否定するというところで、倫理学が出てくるのですが、そもそもこうあるべきだという論理自体が、ひとはこうあるべきだというところにつながる論理なので、わたしはそもそも倫理学自体の「べき論」―正義論自体に抑圧性を感じています。青い芝の横田さんが「愛と正義を否定する」と突き出したのは、そしてイギリス障害学がパターナリズム批判で、「障害の社会モデル」を突き出したのは、同じ内容をもっていたのではないでしょうか? 横田さんの言葉もパターナリズム批判として押さえられます。学者のひとたちが、「障害者」の言葉を歪曲して、この論攷の中で出てくる「生きさせろ」という言葉、受け身のことばを出すのは、まさにパターナリズムに引きずられているのです。
まあ、それでも善意の「障害者」の存在を否定することを否定しくれることには、感謝しなくてはいけないのかという、これもパターナリズムにとらわれている思いはあるのですが、そのような「善意」とかも、青い芝の「愛と正義を否定する」というようなとろで、反発することなのかもしれません。この資本主義社会では、パターナリズムから抜け出せません。だから現実的どうするのか、というところでパターナリズムにすがり、権力にすがるという構図があるわけで、その中でどうそこから脱する運動を積み上げていくのかの議論も必要です。だから現実にどうするのかということで、倫理学的なことは、「障害者運動」当事者からすると学者のひとたちで勝手にやってください、ということなのかもしれません。
・書評/松井彰彦・川島聡・長瀬修編著
 『障害を問い直す』[杉野昭博]
 リプライ 杉野昭博氏の書評に応えて[川島聡]
 この書評されている本は、経済学と障害学のコラボレーションというところで作られた本ですが、ここでの経済学は近代経済学です。そして、資本主義の論理で展開される近代経済学は、いかに生産性をあげるかという資本の論理に基づいているので、むしろ「障害者」の存在を否定する内容になっていきます。そんなものコラボレーションされると困ると運動サイドから批判することなのですが。杉野さんもイギリス障害学はマルクス主義の影響が強いという話を書いています。ですが、杉野さんは、国際的な「障害者運動」はアメリカ障害学をきちんと押さえる必要があるとも書いています。確かに、‘障害者’ということば自体も、国際法規では、イギリス障害学の disabled people ではなく、アメリカ障害学の persons with disability を採用しています。杉野さんは、そもそもアメリカ障害学もイギリス障害学もそんなにかわりはないという考えのようです。わたしは、イギリス障害学の「社会モデル」は医学モデルからのパラダイム転換というような内容もはらんでいたのだと考えています。けれど、第二世代の批判をバネにして転換をなしきればよかったのですが、結局失敗したのだとわたしはとらえています (わたしは関係モデルとして転換をなしきろうとしています)。そして、アメリカ障害学のマイノリティの権利の擁護的なところにとらわれてしまいました。わたしは障害差別の現代社会的差別の根拠は、その土台に労働力の価値を巡る差別があり、その画段階的極としてあるという規定をしています。ですから、人権論が労働力の価値を巡る差別をおさえられないところで、人権論やマイノリティの権利では障害問題は解決しえないと押さえています。そもそも、ICFや権利条約に「社会モデル」をとりいれたと誤解しているようなのですが、イギリス障害学の「社会モデル」をちゃんと取り入れたら、資本主義社会は崩壊します。アメリカ障害学の「社会モデル」は人権論ですから、とり入れられていますが、それは「社会」とか「環境的要因」を考慮したというレベルにとどまっています。これを「社会モデル」というのは、錯乱以外のなにものでもありません。ちゃんと定義を命題化することなのです。ADA法を例にとると問題ははっきりします。ADA法は、機会均等モデルです。「障害者」の社会参加モデルです。要するに、わたしたちにも競争する権利を与えよという論理で、競争する力を持たない(とされる)「障害者」には抑圧の論理で、それは言葉を変えれば、「わたしたちにも差別する権利を与えよ」という論理になっているのです。「障害者」は総体的相対的に差別の構造から抜け出せません。経済学と障害学のコラボレーションもそんなところの範囲内の論攷になっているのだと考えています。わたしはマルクス経済学からマルクス障害学を立ち上げ、そこでのコラボレーションをなしとげようと考えています。それがイギリス障害学がもっていたパラダイム転換の遂行をなしきることであり、障害関係論の宣揚だと考えています。
この本は積ん読をしていたので、もう五年も前の本です。著者や「評者」がどのように新しく展開しているのかをつかめていない中でのコメントです。
・ブックガイド/大野更紗著
 『困ってるひと』と『さらさらさん』[田中恵美子]
 大野さんの前書は、結構最近になって読んでいました(ブログ409で読書メモを残しています)。問題を根源的におさえ、しかも、わかりやすく書くということとに長けている、そして他者を暗くしないひとだと、感心していました。わたしとはほど遠いひとで、学ばなければと思っていたのですが、なかなかむずかしいですね。
・ブックガイド/モハメド・オマル・アブディン著
 『わが盲想』[藤島正法]
 スーダンから来た「視覚障害者」の著者が、いろんな援助を受けながら、「成長していく」様をユーモラスに書いた本のようです。一つ前の大野さんの本とシンクロナイズしています。
その「成長」のひとつに「ライオンオヤジ」との関係の変化のようなことも書いています。この本を紹介しているひとも「視覚障害者」の立場、父親との関係でシンクロナイズしているようです。
わたしも、援助されることは援助することというような相作性も感じていました。
・ブックガイド/AJU自立の家編
 『当事者主体を貫く 不可能を可能に――重度障害者、地域移行への20年の軌跡』[小山聡子]
 愛知には、「障害者」関係団体で長く活動しているところが三つあり、そのうちの一つAJU自立の家から出された本です。東京と関西の谷間とかいうひとがいるのですが、むしろこの愛知での活動は、独特の運動を展開しています。
・ブックガイド/天畠大輔著
 『声に出せない あ・か・さ・た・な――世界にたった一つのコミュニケーション』[前田拓也]
 このコミュニケーションの方法は、文字盤と瞬きの使用と同じくらいに普及していて、筋ジスのひとやALSのひとたちも使っています。むしろ定番になっていると思っていたのですが、このひとが始めたのでしょうか? 
まあ、そうでなくても、コミュニケーションはひとそれぞれにあるという意味で、「世界にたった一つ」かもしれませんが。
・ブックガイド/金澤貴之著
 『手話の社会学――教育現場への手話導入における当事者性をめぐって』[高山亨太]
 金澤さんはこの文の中でも紹介されているように『聾教育の脱構築』を書いたひと、パラダイム転換ということばも使っていて、今後どのように開いていくのかと期待をしていました。ここでの脱構築は、ろう教育の教員をほとんど聴者が占め口話教育を軸にしていたのを、「聾教育には聾者の教員が手話で教えるのがいい」という転換なのです。まあ、当たり前のことなのですが、その当たり前のことが通っていなかったことを改めて問題にしたところで、その本はかなり読まれたようです。わたしも他者に勧めていました。わたしは脱構築を問題にするひとは、そのことをすべてのことに当てはめていくのではという思い込みをもっていたのですが、最近の金澤さんのSNSやその他での発信を観ていると、全く逆のこともあり、改めて、差別を総体的にとらえ返す必要性を痛感していました。この本は、金澤さんの大学院時代の卒業論文が元になっている本のようです。
・ブックガイド/児玉真美著
 『死の自己決定権のゆくえ――尊厳死・「無益な治療」論・臓器移植』[本多創史]
 この本も読んだ本で、ブログ242で取り上げています。児玉さんはイギリスを中心にした、安楽死-尊厳死の情況を、メーリングリストなどで報告してくれています。親の立場から、きちんと、優生思想批判をしている、わたしも共鳴しているひとです。
・ブックガイド/加納実紀代著
 『ヒロシマとフクシマのあいだ――ジェンダーの視点から』[河口尚子]
 加納さんはフェミニズム関係の本を読んでいたときにいくつか本を読み、文も読んでいます。放射線被害と「障害児が生まれる」という話は、あちこちで話されていたことで、被差別者同士の対立のようなこととして語られてきたことがここでも話題になっています。
・ブックガイド/末永照和著
 『評伝 ジャン・デュビュッフェ――アール・ブリュットの探求者』[後藤吉彦]
 わたしの中では、論文のディスアビリティ・アートの話とつながっているのですが、この文は、「美醜」の脱構築というような話になっていくのではという思いを持ちました。それにしても、美意識ということの多様性というか、世界観の転換の中での移り変わりがとらえられていず、固定的な「美醜」意識で論じている論攷が多いのはなぜなのかと考えています。
障害学会会則
 『障害学研究』編集規程
 『障害学研究』自由投稿論文・投稿規程
 『障害学研究』エッセイ審査規程
 障害学会第10 回大会プログラム

切り抜きメモを残しておきます。(敬称略します)
石川-「精神障害者」の問題を「ガードが強く説得は無理とあきらめた」29P・・・「あきたらめた」とか、直接的当事者でないのに言えることではないはずです。疑問に思いました。
茨木-間をうめる33P
茨木-親の会の主張33P
特集2・・・当事者主体(視点)と当事者研究 当事者研究の「気持ちの持ち方を変える」的に流れる傾向
書評 野崎-星加応答・・・倫理主義の枠内論争
杉野書評 アメリカ障害学は機会均等での社会参加という枠組み
  「障害者の存在の否定」という脈絡では、アメリカ障害学は対峙しえていない
  「功利主義と再分配主義」という対立だけではない、「再分配論」批判
川島リプライ 障害表記で、かっこのつけかたが逆
   松井の(4)は、「障害者の生きやすい社会は、みんなの生きやすい社会」という標語
   とシンクロ
美醜概念の脱構築264P


posted by たわし at 01:16| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月20日

立岩真也『病者障害者の戦後―生政治史点描』

たわしの読書メモ・・ブログ489
・立岩真也『病者障害者の戦後―生政治史点描』青土社 2018
立岩さんの二冊の本が2018年の年末に出されました。立岩さんの学のテーマの軸に、「障害者」の存在を否定するような論攷を批判するということと、「障害者運動」の歴史−「障害者」の生をとらえ返すということがあり、ブログ486の本『不如意の身体 ―病障害とある社会―』青土社 2019が前者で、この本が後者です。立岩さんの著にはALSのひとたちをとりあげた『ALS不動の身体と息する機械』医学書院2004があります。今回のこの本は、筋ジストロフィーのひとたちを軸に、医者・学者の、行政側の福祉の切り捨てにのってしまう構図や、他の障害問題での態度との乖離という問題も含めての論攷、そしてちゃんと歴史を押さえられないところから来る、同じ轍をふむところでの繰り返しがおきてくること、そのことを押さえたところで歴史を、そして情報収集をきちんしていく必要性を問うています。治すことへのとらわれについては、難病のひとたちの、他の「障害者」との「違い」としては、病気と命の問題があるかどうかの大きな問題があります。また、行政の対応で生活が一変していく構図があり、かつては「鶴の一声」的なところで決定していったところもあり、そういうところで政権が福祉総体の抑制や切り捨てをしていても、政権に頼り、政権が維持していく図式があります。ですから、長期的課題と短期的課題ということを押さえつつ、社会変革のうねりを突き出していくことです。
著者はこの本で、著者の職場の立命館大学大学院先端研でやっている膨大な資料集・解析への参加と協力の呼びかけもしています。院生や研究員というところでのその膨大な作業とその集積が、今後の学的なところへの果たす役割は大きく、どのような形で開いていくかの期待を持っています。それは運動のための資料にもなっていくのではとも思っています。
 いつも切り抜きメモを残しているのですが、今回はパソコンの検索機能を使うためのキーワード的なメモにとどめます。
同情150P
アメリカと日本の違い152P
成果でない159P
「争わない」としたこと、60P・・・そもそも体制に飲み込まれていく、そこに親・医者と当事者の立場の違い、212Pのイデオロギーの問題にも通じる
親と施設の関係160P
脳性マヒを治すこと198P・・・「吃音者」の多くが、治すことにこだわり続ける立場
イデオロギーを排するのもイデオロギー212P
忖度と国家主義←立岩さんの批判242P
施設化、病院化、医療化258P
学者的に客観性として、あいまいにして、折衷的になっていく問題(それでも寄り添う姿勢)・・・自宅の介助態勢がつくれること、けれど態勢がつくれない現社会での過程もある266P
社会モデル275P
時代もつかめる335P
歴史を押さえる必要426P
「暗さや敵意が向けられるものを腑分けしていく」430P
「異形に関わる嫌悪や反感」430P・・・メンミの「異質性嫌悪」に対するわたしの批判、それ自体を脱構築していく必要
「障害」を治す歴史・・辿る必要431P・・・「吃音」の問題
最初の有効なことが桎梏になっていく432P
パターナリズムの(一定の)肯定433P・・・パターナリズムはそもそも差別だけど、あからさまな嫌悪よりもまし、「現実的に」というところで一定使えるという問題では? 「現実的には」というところの陥穽の問題もあります。
さて、この本を読みながら、わたしの「障害者」としての当事者性―「吃音者」の立場から、いろいろな思いを持ちました。
まず、歴史をきちんと押さえておかなくてはとの思いを持ちました。わたしが「吃音者」の団体で活動を始めたころ、事務所に会報が置いてあり、それを全部一応読みました。そういう資料というのは大切で、紙には保存期間があり、メディアに転換し保管していく作業は大切で、しかも、著者の大学院の生存学のテーマは多肢に渡ること、一大資料センターになっていくことだと思います。当事者の立場では、一般的に資料を残していくということよりも、自分の問題意識に沿った研究というところで、意図的に資料の整理をしていくことになるのですが。
もうひとつ、立岩さんの「ないにこしたことはないか?」の話は、「吃音者」の団体が、「治す努力の否定」を突き出したことにつながっていきます。ですが、病気というところで、命に関わることで、「治す」というところへのこだわりは起きるにしても、そうでないところでの「治す」ことへの引きずられが、「吃音」で続いていますし、そして「治す努力否定」自体も紆余曲折し、しかも「治す努力」から「気持ちの持ち方を変える努力」というところに転換しただけという情況です。このあたりは、抑圧型の差別の重さなのです。差別のマージナル・パーソン(心理的マージナリティ)の問題として押さえていくことが必要だと思っています。
さて、この本を読んでいて、介助の有償化と無償化など、いろんな選択の問題、どっちに転んでも出口が見いだせないという思いを強くしました。わたしは問題の分析をしていくとき、どういう方向に開いていくのかを考えるとき、現社会の論理に沿った範囲で分析をしていっても袋小路におちいっていくのではと思います。介助にお金がでるようになったというところで、介助保障が進むという側面と、それでも逆にお金が出ても、介助活動のこの社会における位置づけからして、他よりも低い「賃金」にしかならないということがあります。これはそもそも、この社会では労働ということが第一義的におかれ、家事ということがシャドーワークとしてしかとらえられなかった歴史性と現実の中で、商品生産活動―労働が第一義的におかれると、家事や個人的営為への介助活動は「余剰価値を生まない経費―負担的活動」としてしかならなかったわけで、それを労働化しても、元々この社会の論理からしての性格で、家事労働が労働よりも高い賃金を得るということがないように、介助労働は高い賃金になりません。そういう中で、ペーシックインカムの議論が出てきたのです。ですが、ベーシックインカムは、それが原義的なところでなされるなら、この社会を崩壊させる論理です。わたしが最初にベーシックインカムの言葉を知ったのは、ネグリ/ハートの『<帝国>』ですが、これは構造改革的革命論としてあったわけで、そのような意味で、ベーシックインカムを求めるのですが、これだと介助のことが含まれず、「基本生活保障」ということを「障害者運動」は求めるわけです。実は、これはマルクスが突き出した「必要に応じて取る」という共産主義の論理なのです。だから、ベーシックインカムの流れの議論をするときは、「市場経済はなくならない」という枠組みをはずしかないのです。
だいぶ脱線しました。ですが、障害問題を考えて行くと社会のありようが問題になっていくということでのいろんな思いがでてきたのだとも言い得ます。


posted by たわし at 01:20| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

立岩「書評」と榊原「リプライ」(『障害学研究14』所収)

たわしの読書メモ・・ブログ488
・立岩真也「書評 榊原賢二郎『社会的包摂と身体―障害者差別禁止法制後の障害定義と異別処遇を巡って』」
・榊原賢二郎「リプライ『社会的包摂と身体』の論理―立岩真也氏の書評への応答」
(『障害学研究14』明石書店 2018 所収)
前の前のブログの立岩さんの本で、この応答が紹介されていました。
で、前のブログで榊原さんの本のメモを残し、その上で、この書評とリプライを読んでのコメントです。それぞれの本にコメントしていますので、このメモは焦点を絞ったメモにとどめます。
(1)障害の同定・定義を巡る議論
さて、立岩さんとわたしの応答は、わたしの立岩本の読書メモで続けているし、出された単行本はだいたい読んでいます。で、榊原さん批判で、わたしも抱いている共通の思いの一つ、「障害の同定をしない、定義をしない」という立岩さんの論理が分からないということと、実は実際にやっているのではないかということです。そして、同定をしないと、医学モデルに引きずられていくということになります。榊原さんは医学モデルに与しないとして、「社会モデル」も批判し、一応自己のモデル、「自己塑成モデル」を出されています(モデルという言葉は使われていませんが)。異別処遇を求めるというところで、独自の障害のモデルで、それなりに貫いて、貫こうとされて障害ということばを使われています。ですが、これはベーシックインカム・基本所得保障の概念をこえた、わたしも突き出している「基本生活保障」というところの要求になっています。すでに、立岩さんはベーシックインカムという議論を出され、本まで出されているので、それにコメントして、立岩さんは市場経済はなくならないということを前提にした議論をしていくとされているので、ベーシックインカムは資本主義を崩壊させる内容をもっているので、市場経済の枠内で議論をしていくという前提と矛盾しているのではと指摘していました。
(2)障害のモデルについて
そもそも、「社会モデル」は、障害の医学モデルという、「障害者が障害をもっている」という規定に、「社会が障害をもっている」という反転という内容をもっていたはずです。これはオリバーの有名な「障害者」と「社会」を置き換えて、反転させた質問を出したことに端的に表れています(それはイギリス障害学第一世代総体からとらえると、一面かもしれないのですが)。だから、障害の規定をしないとしていた立岩さんが「障害の社会モデル」をとりあげること自体に疑問をもってしまいました。そのような議論に加わらないとなるはずなのです。
さて、逆に、榊原さんは立岩さんの理論の意義ということを、きちんと押さえていないのではと感じてしまいました。立岩さんの論攷の中心には、「できる―できない」ということを脱構築する、しようとする試みがあります。それは、わたしなりの言葉化も含んで押さえてみますが、それは、第一に、「できる―できない」がなぜ問題になるのか、第二に、どのような「できる―できない」が問題になるのか、第三に、その「できる―できない」が、なぜ独りで「できる―できない」ということで問題になるのか、ということになります。そのようなことを論考する中で、障害問題の根底に「できる―できない」を巡ることがあるとして、そこから障害ということを、そしてimpairment自体を脱構築しようとしているのだと、押さえています。
(3)身体について
榊原さんは他の差別と区別する必要があり(なぜ、必要なのかということが別の議論として必要です)、身体に関わる差別という規定されているようなのです。そこでの、立岩さんからの批判が出ています。そもそも、デカルト以来の近代知の地平の、身体(肉体)と精神に二分法があり、身体概念があいまいになっていることがあります。そこで、「精神障害」「発達障害」「知的障害」ということはどうなるのか、今、どちらも、自己責任論から逃れる指向をもって、「脳の中の障害」として突き出そうという動きがあって、それだと「身体」という概念でくくれるのですが、そもそも医学モデルの因果論に逆戻りです。そもそも、「社会モデル」がなぜimpairmentをかっこでくくったのかという地平を押さえ直す必要があると思います。当人たちにそういう哲学的な押さえがあったのかどうか分からないのですが(ひとは知らずにそれを行うという類いのことかもしれません)、これは現象学派のエポケーという手法で、問題の「本質」をとらえるための手法です。それを脱構築派の脱構築の概念と、フェミニズムの性差そのものの脱構築に進んだことの先例にならえば、impairment自体の脱構築へ進むことです。さて、榊原さんはむしろイギリス障害学の第二世代が行っているようにimpairmentを突き出す構えになっています。そのことの是非は後述します。
さて、身体論に話を戻すと、近代知の身体論が使えないとして、そもそも実体主義的世界観を超える身体論は「関係の分節としての身体」という提言がなされています。わたしは身体論まで論考を進みえていないのですが、実体主義批判(榊原さんも、ことばだけとりあげられている物象化批判の中身ですが)、網に対する網の目としての身体ということです(わたしが認識論的に影響を受けた廣松渉さんの理論です)。実体主義は、要素が集まって全体を構成しているという考えですが、それに対して要素を実体的にとらえることを排して、網を関係性総体としてとらえたときの、要素ととらえられることは網の目であって、網の目は網を離れては存在しないというとらえ方です。で、網という言い方も物象化した言い方になっていて、網を構造として実体的にとらえると構造主義の陥穽にあたるのです。榊原さんも実体主義批判の指向性があるところで、「束」という概念を出されています。これはマッハの「感覚の束」という概念につながります。今、すべての学においてパラダイム転換ということが進んでいて、その中で、もっともわかりやすいパラダイム転換は、物理学のニュートン力学から量子力学への転換です。その転換に重要な役割をマッハが担ったと言われています。
それでいくと、榊原さんの理論を身体を「ニーズの束」というとらえ方に開いていく途はあると思います。これについては次項の榊原さんの障害概念「「自己塑成的障害論」について」で更に書きます。
 その前に、わたし自身の当事者性の「吃音者」(と規定される立場から)身体に関わる、ことでコメントしてみます。「吃音の素因論」ということがあり、北米あたりを中心に自己責任論からのがれようという思いもあって、「脳の中の障害」とか、遺伝子研究とか出ています。そもそも、初期の「吃音学」の「吃音」規定で、「非器質性の言語障害」ということがあり、「吃音者とは、吃音的話行為を習得した者」という学習説の規定もあったのです。これは方言の問題や言語の違いによるコミュニケーション障害の問題にも通じていきます。そもそも医学モデルから「社会モデル」へのパラダイム転換というときに、医学モデル的、旧来の実体主義的「身体」概念から離れて、「社会モデル」障害概念として、情報障害、コミュニケーション障害、物理的アクセス障害、社会的資源から切断されることによる障害・・・・とか出していくことで、そこでは、旧来の実体主義的「身体」概念も脱構築できたことなのです。
 さて、榊原さんは「グレーゾーン」という言い方をしていますが、医学モデル的に引きずられているのではないかと思います。もちろん、「軽度障害」「重度障害」ということを医学モデル的なところでなく、排除というところから、排除の軽度、軽度というところからとらえかえそうとしているので、医学モデルから脱しているとは思えますが、このあたりは、わたしはマージナルパーソン論(どこに自分の準拠枠を置くのかという、心理的マージナリティの問題)から、とらえ返そうとしています。実はこのことは、差別の形態論で、榊原さんが抑圧型の差別を抜け落として、排除型の問題でとらえているので、医学モデルからの離脱があいまいになっていっているのではという押さえをわたしはしています。
(4)「自己塑成的障害論」について
さて、「自己塑成的障害論」のイメージがよくつかめません。榊原さんに実体主義批判があって、実体的差異を脱構築するという思考があるのに、異別処遇を求めるとして、むしろ他の差別から障害差別を区別するために、身体的差異を問題にしているようなのです。このあたり、イギリス障害学の第二世代のモリスあたりの論につながってもいるのではないかと思います。ですが、モリスの論は医学モデルへの舞い戻りになっているのではとわたしは考えています。実は、前項の身体論からとらえ返すのですが、そもそも異別処遇を求めるというところを、ニーズの異化というところを押さえようとしているとところで、身体をニーズの束というように押さえていくと、医学モデルからの脱出の途もあるのだと思えます。ところが、そもそもニーズに(「社会」は)なぜ応えねばならないのかという反論が出てきます。このあたり、そもそも権利条約の「合理的配慮」なる概念を「障害者運動」サイドのひとたちもほとんど受け入れたことにつながっています。そもそも誤訳もあるのですが、「配慮」とか「過度の負担にならないように」とかいうのは、異別処遇が福祉という概念で、福祉は恩恵でしかないということにおとしこめられていきます。
 これはUPIASが、障害年金のような給付制をパターナリズムと批判していたこととつながっています。
 そもそも、ニーズを求めていくひとつの途として、人権論があるのですが、榊原さんも立岩さんもその論拠はとられていません。それはキリスト教文化圏の架空の論理であり、人権論がこの社会の根源的差別、労働力の価値を巡る差別を、それは区別であり差別ではないと規定しているところから発していると思えます。論件を先取りしてしまいました。
 ニーズということで押し切れないのは、この社会の差別の根底には労働能力の価値を巡る連綿とした差別があり、そして障害差別はその極としてあるのです。ですから、そこから、その社会の価値観・世界観から、労働能力は労働者個人がもっているという論理になり、同じように障害は障害者がもっているという医学モデルから抜け出せないのです。実際に、各国の障害者差別禁止法も、医学モデルから抜け出せていないのです。権利条約の批准に合わせて、日本の国内法の法整備の過程で、官僚から「社会モデルに基づいた改正と法律を作った」という戯言が出ていましたが、障害という概念とは別に障壁ということばを継ぎ足し、環境要因も取り入れた医学モデルに落とし込めたのです。医学モデルが覆されるときは資本主義が、市場経済が崩壊するときなのです。近代知の実体―属性という実体主義、能力は個人が持っているというところでの論理が壊れれば、資本主義は崩壊します。
 さて、榊原さんは異別処遇ということを求められているのですが、異別にしない同一処遇の中に納める議論も出ています。異別ということは、サラマンカ宣言の「特別のニーズをもった子どもたちと」いうことにつながるのですが、そのサラマンカ宣言の「特別」ということを巡って議論が起きていました。それは、そもそも教育なり、子どもに対する処遇なりは、ひとりひとりのニーズに合わせたことが必要で、そういう態勢がないから「特別」というとらえ方をしてしまうのではないかということです。
 さて、榊原さんはその論攷をとらえると労働参入志向なのですが、そもそも労働とは何かというところで、労働自体を脱構築する論攷が出ています。わたしもそれに参画しています。青い芝も、「労働は悪だ」という突き出しをしるひともいましたし、労働概念を突き崩す、「介助を受けるとき、腰を上げるのも労働だ」という突き出しもしていました。このあたり、わたしは労働の廃棄、労働を仕事にという突き出しをしています。
 さて、もうひとつのニーズの問題があります。それは給付制度の問題です。
 で、障害問題でも、ベーシックインカムの議論が起きてきました。これでいくと、異別処遇でなく、同一処遇という概念に含みえます。
榊原さんの異別処遇をもとめるという論理を膨らませていくと、ベーシックインカムを超えた、基本生活保障という概念にいたりつきます。ですが、特別を特別としない、みんなにニーズに応じた生活保障をという理念としては同一処遇になります。立岩さんは、ベーシックインカムに関して本を出されたときに、ベーシックインカムを文字通りにすると、それは資本主義社会を覆すことになり、わたしはそれは立岩さんが「市場経済はなくならない」として、現社会の枠内での議論とされていることからはみ出す議論ではないかと文を書きました。それからというと、ニーズに応えるとなると、それは「必要に応じて取る」というマルクスが描いた共産主義の社会になります。
(5)現在社会の分析の必要性
さて、わたしはいろいろな問題を押さえるのに、その今の社会がどういう社会なのかの分析をきちんとしないと、そもそも自分がやろうとしている分析自体をとらえ損なうと感じています。原理的な問題と運動的にどういうように開いていくのかという問題があります。そうでないと、こういう考え方もできるということを示しても、ではそういう考え方が、極めて少数者の意見にとどまっているのかも分かりません。また、下手をすると気持ちの持ち方を変えることによって、問題が解決するかのような錯誤の言説を振りまくことになります。
今、ここで問題になっているのは、そもそもなぜ、「障害は「障害者」がもっているもの」として異化するのか、ということを押さえないと、医学モデルから脱することできません。それは、すでに書いているように労働能力を個人がもっているものとしてとらえるところの延長線上にあることで、「能力を個人を持っていることとはとらえない」(これは竹内章郎さんも『いのちの平等論』で突き出していることです)というところから能力の脱構築をはからねばなりません。
この社会は共同幻想とごまかしで成り立っています。そもそも政治の前提として語られる国家ということ自体が共同幻想です。ごまかしをあばき、その矛盾がはっきりすれば、この社会そのものが崩壊し、新しい社会が作れるのかもしれないのですが、ことはそんなに簡単ではありません。現実的にということで、実は、どっちのごまかしに乗るのかという議論になっていくのです。恩恵としての福祉としての年金制度か、一部の者の労働への参入をはかるのかということです。どちらにしてもそこにスティグマの貼り付けはあり、「社会参加」ということばには、自分たちも競争に参加させろとか、差別する権利を与えとか言う論理さえはらんでいます。
そもそも「障害者運動」は現実の社会状態に合わせて自己規制をしているのが、法制度的な要求や「異別処遇」を求めるときには(要求を現在社会の法制度に合わせるために)、「合理的配慮」という概念を持ちだしたのではないかとわたしは押さえています。間接差別という概念にも、差別の構造から出てきている差別として、わたしは押さえているのですが、どんどん、現在社会の分析をネグレクトしていくことで、差別の構造そのものを問題にしていくということまで問題にしない論攷になっていっています。
「市場経済はなくならない」とか、現在の社会の枠組みから論じていくとしたのでは、障害問題は解決不可能になるのです。せいぜい、パターナリズムにすがって、少しでも生きやすくするという、パターナリズムという差別を受け入れざるをえなくなるのです。これは差別の問題でよく語られるアンクルトムの物語です。
このことから、榊原さんの「異別処遇を求める」というところも、結局、労働においては総体的相対的に能力が劣るとして、差別から逃れえないし、給付金制度においても、スティグマを貼られることと引き換えに受給されるというところで、差別の構造から抜け出せえません。「障害者」も現実的に生きて、活動していかなくてはなりません。で、「現実的に」というところで、そこに埋没してしまわないところでの、現在的に解決していかねばならない―少しでもできることと、もっと根本的に解決していけることを分けて―活動していくことが必要になっています。それに寄り添う学も、運動のただ中から学的な活動も、そのようなところで、きちんと押さえた活動が必要になっているのだと思います。
(6)差別語・差別表現について
今回のこの応答、何か榊原さんが学者の途を進んでいるにしては「学的な冷静さ」を欠いているなと感じていたのですが、「障害者運動」に寄り添う立場で論攷を張っていた立岩さんが、信じられないようなことばを使っていることで、当事者の怒りのようなことがこのリプライの基底にあるのだととらえられました。
今、差別の問題がゆるんでいます。差別という言葉を使うこと自体が憚られる、さらにタブーになっていくかのような感さえあります。差別語の指摘もしにくくなっています。そもそも当事者が開き直り的にあえて差別語を使うということに関しても、そこで仲間の中で反差別にきちんと立ちえないまま傷つくひとがいる、そこで開き直るということを示すために、そこでもあえて差別語を使うということと、その開き直りがあいまいなまま、差別語を使っているという事態が生まれています。そして、障害差別の長い歴史の中で、医学モデル的なところで差別が蓄積されてきたところで、被差別の当事者性のズレということは大きく、他の「障害者」の被差別の問題で、差別する側になりかねないという問題もあります。わたし自身も、まだまだ対象化できていないことも多く、きちんと心して反差別の連帯を求めて、改めて差別語・差別表現の問題を考えていきたいと思います。
この応答の二人は障害学の論客ですが、学者の世界が、受難の時代に入っています。特に、政治批判の内容を持ってしまう学の領域では、生活自体がなりたたなくなるという事態も起きているのではと思えます。で、特にマスコミに露出するためには、客観的なものいいを要求されるという中で、学の論理性客観性が、客観主義に陥っていく恐れもでてきます。あくまで、「障害者運動」に寄り添う立場、当事者の立場を崩さないでほしい、と願っています。とりあえずは制約を受けないわたしは、その立場性を活かして、論を掘り下げていきたいと思っています。いろいろ対話できたらと願っています。

posted by たわし at 01:14| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

榊原賢二郎『社会的包摂と身体―障害者差別禁止法制後の障害定義と異別処遇を巡って』

たわしの読書メモ・・ブログ487
・榊原賢二郎『社会的包摂と身体―障害者差別禁止法制後の障害定義と異別処遇を巡って』生活書院 2016
前のブログの立岩さんの本で紹介され、立岩さんが批判していた著者とその本です。
考え方や、ことば的にいろいろ参考になる、使っていく概念や考え方もあり、それを巡って議論しておきたいことも多々あります。また、この本には索引がなく、特にキーワードとなる語を抜き出そうとしていたのですが、余りにも膨大になり、とてもやりきれません。とりあえず、基本的な対話にとどめます。
(1) 疑問点
これまでにない、新しい観点からの問題提起で、わたしとの共通のとらえ方もかなりあり、一種のワクワク感をもって読み込んでいっていったのですが、何か基本的なことをおさえそこなっているので、そこからズレが生じていると思わざるをえませんでした。

イ.差別にかえて、排除概念をもちいていること
 それは、まず、第一に差別ということばを使わないで、排除ということばに変えるという提起から始まります。そもそも、差別ということの中には、排除ということばでは、置き換えられない性格があります。著者もちらっとそのようなことを書いています。345-6P
ですが、それは実践的にどうするのかというところの問題にすりかえていて、そもそも、差別をどう規定するのかという問題からすり替えています。わたしは、以前出した本(『反障害原論』)の中で、差別形態論として、仮の作業ですが、排除型の差別と抑圧型の差別という分類をして、前者をさらに下位分類して、抹殺、隔離、排除、後者の下位分類として、抑圧、融和、同化という押さえ型をしました。著者には、抑圧型の差別ということがすっぽり抜け落ちています。抑圧ということばは出てきますから、まったく抑圧という概念がないわけではないと思います。これは、差別の規定の中で、区別とは違って、そこに上下関係、力の差があるという問題も抜け落としている問題にもつながっています。力関係、上下関係を押さえ損なっているので、抑圧という概念が出てこないのです。
 これらのことは、具体的に問題の言及にも表れています。「ろう文化宣言」の流れから出てきている一般的に言われている「デフ・ナショナリズム」というようなことを、著者は「言語帝国主義」というところまで突き出していることがあります。まあ、一種のデフォルメなのでしょうが、これは、「ろう文化宣言」が、民族差別の同化政策の中で出てきた、民族の言語を奪うという同化政策への批判になぞらえて、自分たちの自然言語である手話を奪われ、口話主義を押しつけられたことを、「ろう文化宣言」を突き出したひとたちははっきりと同化として押さえているのですが、著者にはこの同化という抑圧型の差別を押さえていないがゆえに、「言語帝国主義」なる言葉が出てくるのです(これは「悪い冗談」ではすまない、冗談の類いです)。差別という上下関係、力関係、総体的相対的に(これは差別問題を押さえるときに必要な概念です)下位におかれるということで、わたしは押さえています。たとえば、「言語帝国主義」なることが存在するとしたら、ろう者が権力を握って、音声言語を発したら処罰されるというような法律を作り得たときです。たぶん著者は(というより「言語帝国主義」なることを言い出したひとは)、日本手話話者の「日本語対応手話」への抑圧ということを指摘しているのでしょうが、総体的相対的に「難聴者」の方が社会参加しやすく、そして「聴覚障害者」団体の役員も「日本語対応手話」話者の方が多いという歴史がありました。そもそも手話がろう学校で禁止されていたという差別の蓄積の問題があったところでの、日本手話復興運動として、差別されてきたことを跳ね返すこととして宣言を出したことです。総体的相対的には優位なのは、まだ聴者であり、「日本語対応手話」話者です(そして手話の世界の一部に限って(理念的には)、日本手話の優位性が語られていましたが、それでも、まだ地域の公的手話講習会の手話は対応手話の方に引き寄せられたままです)。
 このことは、著者の「逆差別」ということばにも表れています。これは抑圧型の差別として、スティグマを貼られていることがそのままである、という問題をとらえそこっているのです。逆差別ということばはアファーマティブ・アクションに反発する差別主義やねたみ差別からくる言葉です。一つの差別事項で差別する側と被差別の立場で、部分的に経済関係で逆転することはあっても、総体的相対的にとらえると、層としてとらえると逆転しているわけではなく、また、アファーマティブ・アクションから外されているひとたちが、自分たちにもアファーマティブ・アクションの対象にせよ、と要求していく、またすでに対象になっているひとたちが、それを援助していくというところで、対立の仮象を解消していくことです。著者の論旨はむしろ、アファーマティブ・アクションを進めようという立場なのに、こういう言葉を使うのは、差別という言葉を使わないというところで、差別ということをとらえそこなっているとしか思えません。
 もうひとつ、イギリスがパターナリズムが強い国としてあったことへの批判として、それに乗ってしまう給付制度を批判したという問題も、抑圧型の差別を問題にしているという観点が欠落しています。スティグマの問題も抑圧型の差別に関わることで、それを抑圧型の差別というところできちん押さえないと混乱が生じます。要するに、排除型の差別と抑圧型の差別をどちらに主要に反撃するのか、逆に、現実的にどちらを甘んじて受け入れるのかという論理になって行きます。答えはどちらもいやだということでしかありません。だから、社会を変えようという話になっていくところを、現実的にという話で、選択性の問題にすり替えられていくのです。
もうひとつ、抑圧のことばとして機能していることばに、リハビリテーションということがあります。そもそもリハビリということば自体に「障害者」が反発してきたのは、そこに抑圧型の差別を感じていたからです。標準的人間像から、そこから逸脱しているとして、少しでも、非「障害者」に近づくことを求められる、そこでのリハビリや努力を求められる、そのあたりの抑圧の問題を著者は押さえ損なっています
 重い障害、軽い障害という概念にも、同じ内容があります。もちろん、著者は一応医学モデル的なところから脱して、障害ということばを使っています。ですが、排除の重い軽いというところで障害をとらえていくとき、抑圧型の差別を押さえそこないます。医学モデル的に軽いとして、排除型の差別が軽いとしても、逆に抑圧型の差別にとらわれている構図があります。以前から「障害の軽い重いという言い方をするひとがいるけれど、差別に重い軽いはない」(まだ、医学モデル的ことばの使い方をしていますが、そこから脱していく提言です)という話をする当事者がいました。これは、抑圧型の差別のとらえ返している提言ではないかと思っています。「軽度障害者」の集まりを作ろうという動きが出ていましたが、「軽度障害者」は、抑圧型の差別においては、マージナル・パーソンに陥るという意味で、より抑圧を感じることになり、「重度障害者」になるのです。

ロ、差別の対語として平等をおいていること
これは、差別の対語を平等とおいて、その平等という概念を批判していることにもつながります。平等というのは、同一処遇を求める、むしろすでに浮かび上がっている「差異」を抹消しようという、金太郎飴的同一性を求める概念で、抑圧性をもっています。ですから、著者は、平等という概念を批判し、それの対語としての差別という概念まで排しようとしているのですが、差別の反対語は対等です。これだと、対等な立場のために異別処遇も求めえる概念になります。とにかく、抑圧型の差別をとらえられないところから、起きていることです。

ハ、フェミニズム論争からの援用
さて、この本の中で、フェミニズム理論との比較論照をしています。何度か出てくる江原さんの話があります。わたしも、江原さんの本は何冊か読んでいますが、同じようなことを金井さんが書いています。それに対してコメントをしたことがあります(『反差別論序説草稿』)。これは、労働能力の価値というところで、直接的に価値づけられることの極としての障害問題としてわたしは押さえています。江原さんと上野千鶴子さんとの間で、フェミニズムの文化主義と唯物論を巡る議論がありました。フェミニズムにはマルクス主義フェミニズムと押さえられているとらえ方がありました。上野さんはその紹介者であったのですが、その最大の貢献は、家事を労働力の生産・再生産活動とおさえたところで、家事が「不払い労働」のシャドーワークになっていることをおさえ、性差別の問題を家父長制と資本制という観点からとらえかえしていったことです。そして、脱構築論とリンクさせてみれば、性差の脱構築、ひとの営為が、労働と家事と個人的に営為(クウ・ネル・アソブ+アルファ)と分けられること自体にも脱構築をなそうとしたことだと思います。労働概念自体の脱構築の問題です。また、「差異派と平等派」という対比もフェミニズム理論にも出ていて、差異派は平塚らいてうからエコ・フェミという流れのひとたちとして出ていました。先行する反差別の理論をきちんと参照にしていく必要があるとも思っています。ちなみに、差異派と平等派という押さえ方はおかしく、差異派と差異の脱構築派(差異の物象化批判派)―対等派と押さえ直すことだとわたしは考えています。ちなみにフェミニズム論争においては、現在的には、脱構築派の論攷が差異派を押しのけたとわたしは押さえています。

ニ、システムが並列的にしか置かれていないこと
 著者はシステム理論、わたしはそもそも学者としての基礎を積んでいなくて、運動サイドから、どんどん付け刃的な学習を積み重ねていた、社会学もこれはやばいと、入門書のようなことで一応流れを押さえたのですが、ほとんど頭に入っていません。で、そのようなところで、でも、素人だからこそとらえられることもあると、あえて踏み込んで書き置きます。システムというとき、いろんなシステムのようなことを書かれているのですが、それは並立関係にあるのでしょうか? そもそも「障害差別はどのようなところから起きてくるのか」という分析が必要になっています。後で詳しく書きますが、わたしは障害差別の土台には、労働能力の価値を巡る連綿とした差別があり、その極としてあると押さえています。そもそも、システム同士がつながっていて閉じていないとしたら、システムということばを使う意味がなくなるのではないでしょうか? 榊原さんも使われている物象化(批判)ということも押さえつつ、構造というところで押さえていくことではないかと思います。

ホ、自己塑成的障害論
 さて、著者は社会モデルもICFも批判して、「自己塑成的障害論」を突き出しています。「障害者運動」の「運動主体」形成という意味では意義あることだとは思いますが、ここではそういう実践論的なはなしではなく、存在論的―認識論的な話としてでてくることです。このあたり、著者は差別―排除が先にあり、後に障害が異化するというようなことを書いています。まさにICIDHが陥っていた、差異があるから差別があるという因果論的なところを批判する論攷になっていて、わたしも共鳴していることです。わたしの場合には、差別の構造があるところで、差異が浮かび上がり、差別も起きるという前後関係ではない(著者も前後関係を否定しています)、相即的におきることとして押さえています。で、障害規定は「社会モデル」は、「社会」が規定すること、他者規定なのですが、著者は自らの規定を突き出すという構図になっています。要するに、フェミニズムの差異派の突き出しと構図が似ている面があります。それは「障害者運動」が突き出している、「障害者が生きやすい社会はみんなが生きやすい社会である」という突き出しにつながることがあります。これは、どういう関係作りをしていくかの運動的な話で、現実的にはフェミニズムとの違いは、女性が性役割分業というジェンダー差別の中で、労働力の生産再生産活動という家事を主要に担わされるところで、労働を第一義的におく社会で、労働力の価値が総体的相対的に低くさせられているとなっているのですが、女性が子どもを産まないと、世界が存在しなくなるというところで、差異の突き出しができるからスティグマをはられはしないけれど、「障害者」には、そのような突き出しができないということになります。
 さて、榊原さんの「自己塑成的障害論」というのは、何かの異別処遇を求めるには、差異を突き出す必要があるとしているのですが、それは医学モデル的な「身体の差異」でなくて、ニーズの差異なのですが、ところが、現実にはそれは医学モデル的な「差異」にすりかえられる構図があります。そもそも近代知の実体主義的ところで、実体―属性という図式になっています。そこで、ひとが労働能力をもっていることになって、「労働能力の差異」ということで、そこにおける区別は差別ではない、ということにつながっていきます。そこから覆していかないと、「差異は個人の身体」にあるというところで、その「差異」にスティグマを貼られることになります。
そもそも「差異」が浮かび上がること自体が、近代知の実体主義的な世界観でスティグマをはられるという内容をもっているので、榊原さんは、そこから覆そうとして、論陣を張っているのですが、そもそも今の社会の一般的考えと、自らが突き出そうという考えとどちらが優勢で、差異を突き出す方法がどうなるのか、という問題もあります。これについては後でもう一度書きます。

(2)哲学を背景にした対話と今の社会の存在構造を押さえること
ヘ、哲学的なことばに文献が出てこないこと
著者も砂上の楼閣ということばを使っています。そのことは、ICFや「社会モデル」の批判にもつながっています。砂上の楼閣にしないためには、きちんと哲学的なところを押さえつつ、かつ、次の項目で書きますが、今の社会がどういうところで成り立っているのかを押さえる必要があると思います。
沖縄の辺野古新基地建設で、マヨネーズ状の地盤が発見されたとして、そこにくいを打ち込み使えるようにしようという方針を出しています。砂上の楼閣を想起させるのですが、この話は、著者の理論にもつながっていきます。この社会がどういう社会であり、そこから差別の構造のようなことがあり、そこから起きてくる差別、間接差別ということばにもつながることで表れてくる差別を押さえることが必要になっています。杭を打ち込んでなんとかそのままでやっていこうとするよりも、計画自体を、そもそも基地や軍事的なことが必要なのかということも含めて考えていく必要があると思っています。
物象化151、212Pや構築主義・構成主義とかいう概念が出てきます。また観察360Pという概念も出てきます。そのあたりの哲学的文献が出てきません。社会学の中にとりいれられて援用されているのかもしれません。しかし、哲学的なところから押さえていかないと、いろいろ押さえそこないがでてくるのではと思えます。本質主義と構築主義の二項対立ということが出てくるのですが、構築主義は本質主義を脱構築することとして出ていることなので、二項対立する性格ではないと思います。天動説と、それのパラダイム転換的内容をもった地動説とは二項対立することではありません。同じように、医学モデルとそのパラダイム転換的内容をもった「社会モデル」を統合したり、相互浸透したりすることないとも言い得ます。榊原さんが依拠されているシステム論も、近代知の陥っているアポリアからの脱出として、実体主義批判とか三項図式批判とか因果論批判があるようで、そのことをどう乗り越えていくのか、解決していくのかというツールとして、どういう論を使っていくのかを、過去の議論の対話の中からつかみとっていくことだと思っています。それを押さえるのに、哲学が必要になってもいるのだとも考えています。
もうひとつは、身体を巡る議論です。榊原さんは身体論で、「束」という概念を使われています。わたしはマッハの「感覚の束」という概念を想起していました(これは、廣松さんのマッハの本の翻訳本に寄せた解説の中の言葉です)。近代知の地平は、デカルト以来の身体(肉体)と精神の二分法というところから始まっています。最近、「精神障害」はその流れから来ている「知的障害」「発達障害」とともに、「脳の障害」として押さえようという動きが出ています。そうすると、「身体障害」の中に含まれていくことになります。ですが、そこでは「障害者が障害をもっている」という医学モデルから抜け出せません。榊原さんの身体論からなぞらえれば、「ニーズの束」という言い方になるのではないでしょうか? これだと医学モデルから脱して、「社会モデル」―関係モデルに転換できます。
実体主義的身体論批判でメルロ・ポンティが新しい地平を切り開いたのでしょうか、わたしが廣松さんを援用しつつつかもうとしている関係の一次性としての身体論としては、「関係性の分節としての身体」というところで、わたしは細かい論攷を停止してしまいました。
ともかく、身体論あたりを巡って、きちんと整理をしていかないと、近代知の実体主義的身体論にとらわれているひととの対話が不可能になっていくのではと思えます。

ト、今の社会がどういうところで成り立っているのか
 さて、榊原さんの「自己塑成的障害論」に話を戻します。この本の中で、榊原さんは、イギリスの「障害者運動」の「福祉」を巡る議論や法制度の攻防や、アメリカの「障害者」関係の法制度の歴史を細かく押さえられていて、これからの議論に貴重な資料となっていくと思っています。もう少し踏み込むと、「そもそも福祉とは何か」という問題があります。榊原さんもそれから障害学の論者もほとんど「人権」という概念を使われていません。人権とは、キリスト教的「天賦人権論」として神を想定している架空の議論という認識があるからでしょうが。で、今の社会、資本主義の精神としての「平等」という概念も脱構築された立場では、一体何を論拠にして、福祉の法制度を要求されるのかとらえられません。自由は突き出されていますが、そもそも自由を巡っては、「障害者運動」には「自己決定権はまやかしである」という提言も出ています。そもそも、いまの福祉制度は、スティグマを貼ることと引き換えになされる、「恩恵としての福祉」でしかないのです。資本主義社会の福祉制度は、「管理支配の飴」であるといわれるゆえんで、資本の論理自体からすると、福祉ということは、国家の国民統合のための共同幻想をなりたたせる、安全保障の軍事的なことと双璧のテコではないかと考えています。現在の永田町政治をみていると、うそとごまかしの極にまで達しています。なせ、そのようなうそとごまかしがまかり通るかの分析も必要になっています。そうでないと、考えを変えるとして、理論を組み立てていっても、それが届いていかない自己満足に終わってしまいます。それは運動サイドの話として、学者の立場からは切り捨てられるのでしょうか?
 さて、わたしは障害問題の土台には、この社会の労働能力の価値を巡る連綿とした差別があり、その極として、総体的相対的に価値が劣るとして、スティグマを貼られるという問題があるのだと思います。そこから、覆していかないとスティグマから抜け出せません。結局、福祉は「障害は障害者がもっている」ものとして、かわいそうなひとを助けてあげるというところから脱しえないのではないかと思います。このあたりは労働ということに留意したマルクス派の唯物史観が押さえていることなのですが、現在のマルクス葬送の流れの中で、さらに学者受難の時代には、指導教官から「マルクスなど口にすると、職を得られなくなる」と指導されるのか、自然にマルクスを忌避していくのか、そうすると、今の社会の分析からする障害の押さえ自体ができなくなります。フェミニズムの論攷も、労働に留意したところでのマルクス主義的フェミニズムが、性差別をもっともラジカルにとらえ返していったのだとわたしは押さえています。
 脱線してしまいました。ともかく、これまでの固定観念を脱構築していくこととして、考え方を変える、別の考えを探るということで、この本は、「あとがき」にも書かれている「弱視者」当事者の立場での論攷、逆に言えば、「包摂」されやすい立場に引きずられているとも思いますが、そこからもうひとつ、総体的相対的にとらえ返したバージョンアップした論攷に発展されることを願ってこのメモを終えます。

posted by たわし at 01:06| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

立岩真也『不如意の身体 ―病障害とある社会―』

たわしの読書メモ・・ブログ486
・立岩真也『不如意の身体 ―病障害とある社会―』青土社 2019
立岩さんの二冊の本が2018年の年末に出されました。立岩さんの学のテーマの軸に、「障害者」の存在を否定するような論攷を批判するということと、「障害者運動」の歴史−「障害者」の生をとらえ返すということがあり、この本が前者、もう一冊の『病者障害者の戦後』が、後者にあたります。そして立岩理論のメルクマールとなる本だと著者も力を入れ、読む方も力の入る論攷になっています
 立岩さんには、障害学会の前身ともいうべき障害学研究会のころから、わたしの論考と重なることがあり、留意していて、研究会の発表者として来られたときには、質問というか、疑問をぶつけたりしていました。そして、その大著『私的所有論』へ対話を求めて文を書き、それを双方のホームページに掲載しています。何度か、本の文献表の中に、わたしの本や文を含めてもらい、簡単なコメントをもらっています。ただ、話はかみ合っていません。立岩理論には、二つの前提があります。一つは、「市場経済はなくならない」ということ、それで現行の資本主義社会を前提にして、論を進めるとなっています。もう一つは、「障害の定義をしない」ということです。
 ですが、前者はそもそも市場経済の論理の批判が入っていて、市場経済を踏み外す議論もしていますし、後者はこの本の中にも出てくるのですが、「社会モデル」に論及していて「障害の定義をしない」ということになるのかという疑問がでてきます。
 このような話は、他の差別の問題でも同じように出ています。マルクス主義フェミニズムの外国文献の紹介者でもあり、自身もマルクス主義フェミニズムの論攷を展開し、日本におけるフェミニズムの旗手とまで称されていた上野千鶴子さんが「市場経済はなくならない」という話を始めていることにも通じます。もっとも、上野さんはマルクス主義フェミニズムの論攷を展開しているときにも、「私はマルクス主義者ではない」ということを書いていました。この話は、二つの内容をもっています。一つは、そもそもマルクス自身も「わたしはマルクス主義者ではない」ということを言ったり、書いたりしていたことがあること。要するにひとの名を冠した○○主義なるものが、教条主義的になっていることへの批判、そしてマルクス主義を自称した政治的な動きの破綻の中で、そのような教条主義者と一緒にされたくないということから出ていること。もうひとつは、そもそも「マルクス葬送」という動きの中で、マルクスの思想そのものを葬送しようということさえ起きていることです。前者の話としては、たぶん、マルクス主義の流れから出てきたとされるイギリス障害学のフィンケルシュタインも同じような話を書いているようですし、ついでに私事を書いておけば、わたしも「マルクス主義者ではない」と書いています。ただ、後者に関しては、一応別の流れから出てきた、サルトルやデリダが「マルクスの思想は、現代社会では乗り越え不可能な思想である」と言っていることに通じて、マルクスの思想そのものを葬送してしまえば、現代社会の矛盾が掘り下げてとらえられなくなり、その解決の道筋も出てこないということがあります。そして、立岩理論の特徴としてある倫理学と社会学の架橋ということで言えば、マルクスの思想を葬送するときに、その思想の根幹としてある唯物史観を葬りされば、この社会の矛盾の構造自体を押さえられなくなるということがあります。倫理学がともすれば、個人の考えを変える、気持ちの持ち方を変えるというところに落ち込んでいきます。実は、わたしが幽霊会員的に関わっている「吃音者」の団体が、この「気持ちの持ち方を変える」という活動に落ちていった流れがあるのです。これについては、一度きちんと文を残して置きたいと思います。
 さて、本の内容的な対話に戻ります。実は、立岩さんの論理展開はまさに立岩節とも言い得る内容なのですが、これは弁証法の語源といわれる「対話」という方法だと思うのです。想起しうる反論との対話という形で進んでいきます。これはマルクスというより、元々はヘーゲルから来ているのですが、実に緻密に論を立てています。
 さて、改めて立岩さんの論攷に沿ったメモ書きを残します。いつもは、切り抜きという形で文を引用し、それにコメントを書いているのですが、今回は内容的に押さえた対話的な論攷にします。
 最初にすでに書いたように、わたしが立岩さんと共鳴しているのは、わたしサイドからすると、「「障害の否定性」の否定」という課題、これは障害が、医学モデル的なこと「障害」として異化すること自体をとらえ返し、否定していく、止揚するということと、立岩さんの「障害者」の存在を否定的にとらえることへの批判とが、共鳴しているのです。もうひとつは、立岩さんが膨大な資料の整理の中から、「障害者」の生の歴史と、「障害者運動」の歴史をおさえようというその学に、わたしがエールを送りつつ、使わせてもらっていることなのです。
 ですが、立岩さんもマルクス葬送の流れに乗ってしまっているところで、唯物史観的な考えからのとらえ返しが出てきません。現実的には現在の科学でも、唯物史観的なことは、内容的に出てきているところもありますが、哲学的世界観というところまで踏み込んだ、きちんとした統括的なとらえ返しが必要になっています。具体的に書くと、社会一般の障害問題のとらえ方に対して、別の考え方もできるとか、反転させた考えもできるとしているのですが、そうは言っても、それが今の社会の一般的な考え方になりません。端的な例は、「障害の社会モデル」のことです。ICFや「障害者の権利条約」そして、権利条約批准のためになされた国内法の整備の中で、「社会モデルに基づいた改正、法案作成」とか言われ、「医学モデルと社会モデルの統合」とか「相互浸透」とか言われているのですが、すでに他の論者からも出されているのですが、「社会モデル」は、医学モデルからのパラダイム転換という内容をもっているのです。過渡期社会において、二つの世界観が併存することがあっても、社会構造が根底的に転換しない限り、パラダイム転換は完遂しません。パラダイム転換の完遂には、社会構造の転換−革命が必要になります。実際、世界各国で「障害者差別禁止法」が作られていますが、ひとつも「社会モデル」を採用できえていません。そもそも「社会モデル」の考えからすると、「犯罪の社会モデル」「貧困の社会モデル」というところまで波及していくことですし、これは近代的個我の論理の否定になることです。もし、法律にちゃんと「社会モデル」が書き込みできるとしたら、こういうことが可能かどうかの問題もありますが、構造改革的革命の始まりとも言い得ることです。新自由主義的グローバリゼーションの「自己責任論」を吹き飛ばす思想です。竹内章郎さんが「能力を個人がもつものとは考えない」という突き出しをしていますが、この考えが定着したら、この社会を覆すことになります。
 一時期、スーザン・ジョージらが、オルター・グローバリゼーションということとして、「もう一つの、世界は可能だ」と突き出したのですが、そのもう一つの「世界」があいまいなままでした。そもそも、従属理論や世界システム論というマルクスの流れから出てきているようにとらえられる運動だったのですが、マルクス葬送の流れの中で、マルクス隠しをしてしまっていたからです。過去のマルクスの流れから出た「社会変革運動」の総括をきちんと総括しないまま、「もうひとつの世界」と言っても、そもそもその社会の矛盾がどのような矛盾なのかがあいまいになっていって、どういうように矛盾を解決していけるのかの展望さえでてきません。きちんと、真っ正面から総括の作業に取り組むことではないかと思います。
 さて、話を本に戻します。
 この本では、「病・障害には、苦痛、死(への傾き)、できないこと、異なること、加害性、この五つの契機があるとする。」3Pというところから始まります。これまでの論攷で、はっきりしめされて来なかったこととして、内容的には書かれているのですが、「加害性」という押さえがあります。わたしは加害性というときは、その裏返しとしてある、被害性と表裏一体ではないかと思います。加害性の中身のひとつとしてある、感染症は、感染させられることの裏返しとして、感染させるがあり、媒体となっているというとらえ返しをしないと、不均衡になります。また、そもそも加害ということ総体が差別の反作用としての性格をもっていることで、勿論立岩さんもそのようなことは押さえているとは思いますが、きちんと書いていかないと、「社会防衛」的なところに引きずられていくことになります。そして、いわゆる「犯罪的なことに走る」とか、「自閉圏」の自傷と一体になった他害についてもとらえられなくなります。そして障害の問題を幅広くとったところで、差別の反作用としての「犯罪」という観点が必要になりますし、「犯罪の社会モデル」的な観点が必要になります。あいまいにしておくと余計に予断と偏見につながるのでちゃんと書きますが、加害ということでの一番多い偏見は、「精神障害者」の「加害性」です。実際には、マスコミがそもそも偏見的報道する事態が多いのですが、そもそも「精神病」と言われることの「否定性」の多くが、差別の反作用の中でおきてくることではないかとも思っています。そこまで書かないと、「加害性」がとらえられなくなります。この項は、「被害性=加害性」と書くことではないかとも思っています。
最初に戻って、病気の否定性の話ですが、この本の文献表の中に、病気が必ずしも否定的なこととしてみない、否定性を反転させてみせた、ブログ129の・得永幸子『「病い」の存在論』地湧社1984 がありません。いつものないものねだりですが、そのあたりとの対話をしてみてほしいと思っています。わたしも、自分の本『反障害原論』の中で展開しています。第四章二節「「「中途障害者」の苦しみ、病気や公害における「障害」の否定性」への批判」77-8P。もうひとつ、異なること、これは、異化ということの起きる構造というとらえ返しをわたしはしています。廣松物象化論から来ているのですが、話が複雑になるので例を挙げますが、『みんなが手話で話した島』という本の中で、かなりの「聴覚障害者」がいる島で、みんなが手話で話すので、誰が聞こえないひとか意識されない空間が示されています。それから、異化ということを美意識論から展開する論攷があるのですが、そもそも「視覚」とうところの美意識論になっていて、「視覚障害者」の存在を除外した論攷になっています。また、確かに美意識の時代・社会拘束性はあるにせよ、むしろ、かなりマチマチな面もあります。それに、世界観の変遷による個別「障害」のとらえ方の変化のようなことがあります。わたしの「吃音者」の立場から一言、立岩さんは「服を着たり、姿を見せないことによって、吃音は話さないことによって、隠したり別様に見せることができることがある。それがそこそこにうまくいくこともある。だがうまくいかなければ、またときにはうまくいっても、それが苦痛であることがある。」116P確かに、「吃音者」には、しゃべらなければパスできるという心理がはたらくことがあります。けれど、そのような話はそもそも「吃音の否定性」に乗った話です。わたしも、以前は「言語障害者」が発言しているときに顔を上げられなかったということがあったのですが、わたしの中に転換が起き(深層心理的なところからまた引き戻される事があるのですが)、「吃音者」がしゃべっているときに、「美しい」と感じることも出てきています。その他、車椅子のCP児を母親が音楽に合わせて、ウィリーしているのを見て、そこに美を感じ、カメラで切り取りたいと思ったりしたこともありました。このあたりは立場性の違いがあるのでしょうか?
そもそも、立岩さんの論の前提の一つとしてある「障害とは何かを問わない」ということがありました。そうすると医学モデルに引きずられていくからこそ、「社会モデル」は規定をなしたのだと思います。で、わたしは、立岩さんから「社会モデル」に関する論攷がでてくるとは思えませんでした。で、結局障害を論じているときに、医学モデルになってしまつているとしか思えないのですが、どうなのでしょう?
立岩さんは倫理学的なところから障害問題をとらえ返しているので、ロールズやヌスバウムがでてくるのですが、わたしにとって、なぜ倫理学なのかということがあり、そこで、そもそもよく分からないのです。倫理学内部の「よく分からない」は、183Pに。
そのあたりはむしろ唯物史観から解いていくことではとも思ったりしています。結局立岩理論は、資本主義を前提にした倫理学になっているのではないかとの思いをもってしまいました。このあたりはこの著書の第7章の話です。
 第8章は、障害学でかなり突っ込んだ論攷を書いた、星加良司さんと榊原賢二郎さんとの対話です。星加さんと榊原さんとの対話もあり、この三角の対話は規範論や倫理主義的なところでの議論ですが、障害学の深化で大切な議論になっています。星加さんの本のわたしの読書メモは「反障害通信」11号に載せています。榊原さんはまだ30代のひと、わたしはその著書を読めていません。本は入手しています。この著書の後に読み、さらに『障害学研究14』で立岩さんの榊原さんの本への書評と、それへの応答(リプライ)を読む計画を急遽いれました。読書メモを残します。立岩さんが「私にとっては(非)能力と社会の関係を考えることが主題であってきた。」216Pと書いています。このあたり、わたしの論考と重なり共鳴しているのですが、この社会とはどういう社会なのかというところからわたしは、論攷をマルクスの『資本論』ベースにして進めます。で、マルクス葬送の流れにのってしまったか、マルクスをかっこにくくってしまった、立岩さんはこの社会の論理に乗ってしまいます。実際は、はみだしているのですが。『資本論』を国民経済学の完成の書として読むひとがいるのですが、もちろん、資本主義社会の止揚というところでの経済学批判の本なのです。だからこそ、マルクスの思想は、この社会では乗り越え不可能な思想と、他の流れから出てきた、サルトルやデリダが書いたのです。それをかっこにくくると、障害とは何か、という分析さえ、途中で止まってしまいます。それで、規範論や倫理主義に陥っていくのです。そうなると、その論攷は、そこからはみだそうという指向があっても、その枠内に引き戻されてしまうのです。すると、こういう考え方もできます、ということを示してくれるのですが、でも、それはあくまで、少数意見から抜け出せません。なぜ、多数意見として形成できないのかを、押さえたところで、社会変革の道筋を示していくことが必要です(そうしないと、一部のひとたちしかできない、「気持ちの持ち方を変える」運動にしかなりません。そして、その一部のひとたちも深層心理的なところで、多数派の考えにとらわれたままですし、表層意識もまた引き戻されてしまいます。これは、わたしが幽霊会員になっている「吃音者」の当事者団体がとらわれた陥穽でもあります。「吃音者」の団体は、「治す努力の否定」という内容をもって「吃音者宣言」を出しました。そのことが「気持ちの持ち方を変える」運動や、さらにはマインドコントロールの運動になっていった経緯があります。立岩さんもこの本の中で、いろいろな運動の歴史の集積を訴えています(わたしも、「吃音者運動」の歴史を、一度論攷にまとめたいと思っています)。ですが、もっとマクロな、過去のマルクスの思想の影響を受けた活動の負の遺産の中で、ちゃんとその総括をなしていき、新しい運動に踏み込んでいく必要があるとも思っています。これがわたしの大きな(荷が重い、大風呂敷と言われようが)課題として抱えていることです。この話は、この読書メモと同時に掲載し、一部重なっている巻頭言とつながっています。
 もう、ひとつマルクス葬送の流れの中で、抜け落ちたことがあります。それは唯物史観の問題です。これはタダモノ論批判としても対話の中で見直しがなされているのですが、「生産関係と交通形態が土台」という押さえ方や、存在が意識を規定する(もちろん、意識が散在を規定するという面もあるのですが、あくまでも先行性は存在が意識を規定するという意味です)ということを押さえ損なってしまえば、なぜ経済的なことでひとの意識が規定されていくのかということが見えず、また意識を変えれば社会が変わるというような錯認したとらえ方が生まれます。更にもうひとつ、マルクスの思想で、というよりマルクスを継承し更に展開させようとした廣松物象化論の問題があります。このことは知るひとは知るという範囲でしか広まっていないのです。現在の哲学的な根底的とらえ返しの作業でかなり広く用いられ、こちらの方が差別の問題でも使っている人が多い構築主義と双璧のことだと思っています。構築主義(実は構築主義批判という押さえ方が正確だと思います)は障害学の世界でも、イギリス障害学の第二世代のひとの批判へのさらなる応答の中でも、取り上げられています。しかし、構築主義は今の社会の一般的固定観念を脱構築する、逃れるのには有効ですが、ではそこからどういう関係性を築いていくのかはとらえられません。それに、経済の関係という土台の問題がとらえられないところで、意識変革的なところからしかとらえられないという意味で、わたしはむしろ唯物史観とリンクした物象化論(これも物象化批判という意味です)の有効性を宣揚しています。物象化論についてはわたしの本『反障害原論―障害問題のパラダイム転換のために―』世界書院2010「第五章 補節 物象化とパラダイム転換」で書いています。
 話を戻します。
 立岩さんは「社会モデル」をとりあげて始めたのですが、前に書いたように「障害の定義はしない」としています。で、この本の中で、「社会に責任がある」229Pという論攷も出ています。ですが、そもそも社会とは何を指すのか、また「社会モデル」の定義さえできえないようになっています。今、障害関係で「社会モデル」ということばがかなり使われてきているのですが、きちんと定義もしていません。そもそも、イギリス障害学の最初に突き出された「社会モデル」はパラダイム転換の内容をもっているという指摘がされていました。ところが、今一般的に流布している「社会モデル」は単に「社会の規定性」ということも考えようということにしかなっていません。しかも、個人と環境の二項対立に陥っています。「二項対立」はデリダの脱構築論の用語です。だから、そもそも構築主義的にもICFの「医学モデルと社会モデルの統合」とか「相互浸透」とか出てくるはずもないのです。おまけに、ICFから権利条約へ至る流れから日本の国内法の整備の中で、その法律を「社会モデル」に基づく法律とか言い出す官僚まで出てくる始末です。まさに、障害学が学的貧困に覆われています。わたしは、本の中でそのことを書き始め、その後断章という形で対話を求めています。論の深化が今、求められているのです。
さて、立岩さんとの対話に戻ります。「社会に責任がある」という言い方が、第一世代の「社会モデル」的な意味で、パラダイム転換的に使うのなら、今の資本主義社会で受け入れられる論理にはなりません。「社会モデル」に関して、わたしが定義している内容に基づく法律はどこにもありません。そもそもそれが法律として成立するときは、資本主義が解体するときです。立岩さんは「市場経済はなくならない」というところから論を進めるとしているので、それを額面通り取ると、「社会モデル」についての論攷はできなくなるのです。そもそも、いろんな話がでているので、額面通り受け取れなくもなっているのですが、このあたりは、さておきます。なぜ、さておくのかということは、立岩さんがこの本の中で、わたしの論にについてとりあげて、「三村の論は私の論に対する批判も含むが、ここでもまた応ずることができない。」335Pと書かれていることに通じる事です。
 さて、231Pに不利益の話が出てきます。わたしは唯物史観の簡単な説明として「ひとは倫理や規範ではなく、利害を巡って動く」と書いてきました。これは最大公約数的な(確率(関数)論的にはという言い方もできます)という意味ですが。このあたりを規範論内部で議論していても、空論的になっていきます。唯物史観的観点からの論攷が必要になっていくのだと思います。そもそも、利益−不利益ということは、経済的なことにおいては、(そしてその経済を土台にする)資本主義社会に規定された論考なのです。
 もう少し「社会モデル」に関する対話、「社会モデル」がとりいれられれば、資本主義は潰れるというはなしです。これは、「障害の社会モデル」の考えを波及させて、「犯罪の社会モデル」とか「貧困の社会モデル」ということを論じていけば明らかです。
 さて、この本では、障害学において注目すべき論者として星加良司さんと榊原賢二郎さんとの対話をなしています。
 まず、星加良司さんに関して。わたしも前に書いたように読書メモを残しています。あまりまとまっていません。もう一度、この際に読み直しをしようかとも思っているのですが。ともかく、立岩さんの星加さんとの対話に、わたしのコメントを残して置きます。
 さて、星加さんも後から出てくる榊原さんも、保障を引き出すには差異を突き出す必要があるという論理です。「サラマンカ宣言」の「特別なニーズ」という考えに通じることなのですが、そこで、なぜ「特別な」と突き出すのかという議論がありました。ひとりひとりのニーズがあるというところで、そのニーズをすべてくみとっていくという問題なのです。それに優先順位をつけるということがでてきます。なぜ、そんなことをするのかという話です。今、ベーシックインカムの議論も始まっていますが、そこからさらに展開させて、「すべてのひとに基本生活保障を!」ということですすめれば、「特別」である必要はなく、すべての(まずは生きるための基本的)ニーズがかなえられるというところで、impairment的差異ではなくニーズを突き出すことです。もちろん、わたしはベーシックインカムも基本生活保障も、それは今の資本主義の自己責任論を解体する論理で、それが可能になるのは、新しい社会の話です。だから、過渡的に差異を突き出すことも必要になるかもしれません。しかし、それは差異の反転の作業とともにやっていく必要があると思います。それは、立岩さんの「できないのではなく、ひとの手助けがあればできる」という議論につながるはなしです。何が基本的かという議論で、そこで過渡的には優先順位をつけることはあるかもしれません。ですが、反転の作業なしには、スティグマから抜け出せません。そもそも差異が浮かび上がる構図をきちんと押さえて、かつ、差異が差別につながることを遮断していくことも必要です。
 そして榊原さんに関しては、差別−平等ということではなく、排除に対する包摂という論理を突き出しています。ただ、差別には排除型の差別だけでなく、抑圧型の差別を押さえない統合の論理とか、安易な共生(一緒にいるだけでは、抑圧的な世界)の論理に巻き込まれます。もちろん、包摂ということには、それらの批判を押さえたところで出てきているのですが、差別が押さえられなくなるので、そこで差別−平等批判になっているのですが。わたしにも平等論には批判があります。差異として浮かび上がる構図を押さえないで、平等などとなえても、単なる理念に終わります。榊原さんの論攷にはフェミニズムとの対話が出てきます。そこでは江原さんが出てくるのですが、わたしは金井淑子さんの論攷を本の中で引いて対話をした文を書きました(「反差別論序説草稿」第二章 序節 37-8P) 。それは金井さんが「同じ身体的差異といっても、労働能力ということで位相が違う」というはなしです。確かに、今の社会でそうなのですが、このあたりは立岩さんが「ないにはこしたことがないのか」というところで、できる−できないということを巡る論を進めています。そもそも「身体的差異」の話でも、わたしも「身体的差異」と「非身体的差異」という分類をしていたときがありました。ですが、身体論関係の本を何冊か読んでいく中で、「身体とは関係の分節である」というテーゼと出会い、それが廣松物象化論とリンクし、「身体的差異」が、あくまで関係の中で、「差異」として浮かび上がるという構図そのものを問題にしていくことで、そういう段類の仕方を止めました。このあたりはフェミニズムの先行研究があります。フェミニズムの構築主義は、ジェンダー概念だけでなく、性差そのものの脱構築を突き出しました。そのあたりはジュディス・バトラーが『ジェンダー・トラブル』で展開したことですが(脱構築論の限界もあり、あまりすっきりしていないという思いもあるのですが)、それを障害問題に援用すると、impairment−「身体的差異」の脱構築となります。このあたりは、むしろ物象化論の差異論の方がすっきりおさえられるのではないかと思います。このあたりは、一応わたしの本の中で展開したこと、それに「断章」で論攷を重ねています。
 榊原さんの「障害とは「身体の局所」に関わる(関わりがあるとされる)排除」238Pという指摘で、立岩さんが対話しているのですが、むしろこのあたりは「身体の機能的・美意識(わたしも以前、形態的差異として展開していたことです。ここから、民族や性差別と区別するために局所という概念を出してきたようです)的差異」というようなところで、押さえたらいいのではと思います。もちろん、そのようなことは脱構築していく、物象化批判していくこととして。とにかく、榊原さんの論攷は差異があるから差別があるという因果論的なところに陥っているのではないかと思えます。今、実はこのメモを書きつつ、榊原さんの本を読み始めているのですが、いくつもの基本的押さえができていなのでないか、という思いを抱き始めています。これについては、榊原さんの本の読書メモで書きます。
 さて、以降は立岩さんの論攷に疑問をもったことや、立岩さんの論攷からいろいろなイメージが湧いたことを切り抜き的にメモを残します。
 「また、価値について。「できない」ことの価値を人間の価値のどのあたりに位置づけるか。これもこれとして考えればよい。」248P・・・立岩さんの本に『人間の条件 そんなものはない』という本があります。この論攷からすると、ひとを価値づけること自体の批判が出てくると思うのですが。
 287Pに星加さんの規範論との対話が出てきます。規範論というとき、どこの社会の規範なのかが、問題になります。星加さんの規範論の内容は、この社会−資本主義社会の規範からはみ出しています。唯物史観からとらえた資本主義的経済規範をおさえ、そこへの批判が必要になっているのだと思っています。その話は、資本主義差別を否定する人権論は、「労働の価値を巡る区別は差別ではない」ということで対象化しえていないことに通じています。星加さんは、労働条件が整えば、「障害者」も労働市場に参入しえるとしていますが、それは、自らの「エリート障害者」的立場から規定された論攷になっています。このあたりは根が深く、「社会主義」を唱えたスターリンが「能力が違えば給料が違うのは当たり前だ」といったことにも通じています。そもそも、ロシアの一国社会主義的建設は、そのような内容でしかなかったと言われることです。それは、「社会主義国家ではなく国家独占資本主義でしかなかった」と言い得るでしょう。
300P公害や原発などの環境破壊に対する批判で、「障害者が生まれる」ということばが使われてきたことで、その対立の構図が言われてきたのですが、実はこれは被害によって、現行の「障害者」差別的社会では不利益を被る問題として整理できます。そして、被害とは他者から、一方的に自らの生を規定されるという差別の問題で、内容的に二つの解決の道筋が示されます(同時にないえることです)。ひとつは、他者から被害により一方的にある生を強いられることを拒否するということであり、もうひとつは「障害者」に対する差別的な情況を解体するということです。実は、このあたりは、水俣病の「胎児性障害者」の坂本しのぶさんの自らの「障害者」としての突き出しという実践も出ています。
300Pシンガーの「障害」や病気をなくす薬の話・・・「吃音者」の団体でも話されていたこと、文章化します。
「本人でなければそれを行うのはまわりの人だから、本人ができ、その本人にやってもらった方がまわりの人たちは楽である。その意味でそのひとに障害がないことは「よいこと」である。」315P・・・資本主義的負担やコストというところの批判と介助労苦論批判が必要です。そこまでやっていかないと、「「障害の否定性」の否定」は破綻するのです。
「差異派と平等派があると述べた。」320P・・・フェミニズムでも、同じような議論になっているのですが、これは実は、差異派と「差異の脱構築」−「差異の物象化批判」派が対立しているのです。平等派という概念は、のっぺらぼうな待遇ということになりかねないので、あえて、この概念をなんとか使おうとするなら、対等派という言い方の方が使えるのではと思います。
 「つまり私達はこの書で、「障害を肯定せよ」という問いかけに対して、未だ十分に問いを詰めていないし、答えていないのである。」325P・・・「障害を肯定せよ」という問いかけはおかしい、「「障害の否定」の否定」というつきつけになることではないでしょうか?それは、そこにおける否定の対語は、肯定ではなく、「どうでもいいじゃん」じゃないかとわたしは本の中で書きました。
387P 自閉症という言葉に代えて、自閉圏という言葉の提起、興味深いのです。別の世界観をもっているひとたちという意味で、だと思います。ですが、そもそもわたしは、名付けられてものとして「自閉症」という言葉があり、それに対して「社会モデル」−関係モデルとして、かっこつけて批判的に使っているので、そのかっこを外して、自閉圏という表記にしたら、その言葉の差別性があいまいにさせられるので、あえてそのまま使っています。別の世界観にいるひとという意味を強調するときにはありとも思えるのですが。
「この社会に残るのは、種々の対人サービス業となる。」392P・・・イリイチのサブシステンス概念とのリンク、ただし、「サービス業」という商品生産的概念では、サブシステンス概念とはリンクしないのでは。
14章 多田富雄さんのリハビリ切り捨て批判との対話・・・これはリハビリ概念が「障害者」の存在の否定につながりかねないというところでの批判なのですが、ここでいう、リハビリというのは、医療と障害の境目としてあることで、医療そのものの否定ではないかぎり(もちろん、医療にも強制という側面があるので、そこは批判することです)、対立することではないと思えます。リハビリ概念の拡大における「できるようになること」という意味では、「障害者」の間で、「できる」ということばに過剰反応をするひとがいるのですが、それは「できるべし」というこの社会の規範的なこととむすびついているゆえんですが、「できるようになりたい」ということ自体を否定することではないと思います。問題は「自体」といっても、それが規範とむすびついているからこそ、忌避したくなるのですが。
ブックガイドにおけるイギリス障害学との対話439-445P・・・もっと対話をー←ないものねだり
 さすがに、立岩さんがひとつの結節的な本になると書かれていたように、この本を読みながら対話していくとわたしの論も整理されていきました。今回はわたしの中で湧いてきた思いを書き綴り、きちんと対話ができているとは思えないのですが、その失礼をわびつつ、感謝です。


posted by たわし at 01:02| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年03月15日

湯浅弘章監督/押見修造原作「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」

たわしの映像鑑賞メモ026
・湯浅弘章監督/押見修造原作「志乃ちゃんは自分の名前が言えない」2017
この映画は、ビデオ・オンデマンドで観ました。
主人公は「志乃ちゃん」、「吃音」の女子高校生、入学して最初の自己紹介のとき、自分の順番が回ってくるまえにすでに胸がドキドキ、そしていよいよ順番、自分の名前が言えないでもがきます。この重い空気、わたしの思春期の思い出と重なって、むねが締め付けられる思いになりました。
さて、この映画は実は主人公は三人、ひとりは「志乃ちゃん」、後は音楽好きのちょっと自分の世界に生きている女子高生加代、もうひとりは、最初「志乃ちゃん」や加代をからかっていたおちゃらけの強、かなり周りから浮いている存在。三人とも、何か生きがたさを抱えこまされている高校生の青春物語です。
「志乃ちゃん」は担任の先生に友達を作りなさいと言われて、自分に近い存在を感じて、加代に近づきます。それで、加代に誘われて家に行きます。加代は音楽好きで、CDとかたくさんもっていて、ギターもやるのだけど、かなり「オンチ」、それを志乃は思わず笑ってしまいます。後で、「自分の吃音を笑わなかったのに、自分は笑ってしまって」と、一生懸命謝ります。それで、志乃と加代は、「しのかよ」のバンドをくんで、高校の文化祭に参加しようと路上ライブとか始めます。そこに、強が自分も参加させてと割り込みます。志乃は強にからわかれたこともあって、それと加代と強がスムーズに話していることに入りこめず、そして、強からからかわれたことの痛みから、そして恋愛的な三角関係の嫉妬も含んで、バンドから抜け出します。結局、加代は志乃の思いを組んで、強を入れず、ひとりで文化祭に出ます。その演奏をして、終わったころに会場に来て、志乃がこの映画のタイトルになっていることばを叫びます。「わたしは、自分の名前が言えない」。これは一種の「吃音者宣言」。だけど最初の一歩の「宣言」。この映画の最後は、三人が学校の昼食の時間に、志乃が教室で一人で食事をし、加代は屋上でギターを弾いています。強は、志乃が以前いつもひとりで食事していた場所でひとりで食事をしているというところで終わります。ハッピーエンドではなく、きちんと被差別の現実を生きるという終わり方にむしろ、うそっぽさがないのです。でも、三人が、もしくは二人で、また一緒に動き始めるかな、という思いを観ているひとに思わせて、この映画は終わります。ひとの特に思春期の揺れ動く思いを描いた心打つ映画です。
さて、わたし自身の「吃音者」の立場からのコメント、以前はこんなつらい映画は観れなかったのですが、いろんな思いを抱きながら観れました。
この映画は、「原作者がこの話は、自らの体験に根ざして」ということがあり、それなりにちゃんと「吃音」ということをとらえ返しているのですが、「吃音者」の当事者の全国組織、全国言友会連絡協議会の協力で作られています。で、吃音の随伴行動とか、教師が「頑張って」という「吃音者」に対する禁句を志乃に言うとか、志乃の母親が催眠療法の勧めをするシーンとか、「吃音」とりまく諸情況を描いています(少し、こういう「吃音のパターン」はないだろうと思ったところはありましたが)。また、加代が志乃に筆談の勧めをすることなど、かなり「吃音者」に好意的です(ただし、志乃がしゃべることにこだわり続けることは、今の社会に、二つの言語規範があるからです。ひとつは、ひとは音声言語では話すべきだ。もうひとつは、ある一定以上の流暢性が求められるということです)。
わたしは、一応自身の「吃音者宣言」を書いて「障害者運動」の出発点に立っています。けれど、深層心理的には「吃音の否定性」から抜け出せていません。この社会に存在する、言語規範がなくならない限り、完全に抜け出すことなどあり得ないと思ってもいます。                                                  
この映画をみて思い起こした思春期のトラウマのようなことをひきずりながらわたし自身が生き、そして若い「吃音者」が楽にいきられる社会作りというところで動き続けて行くことだと、わたしは思いを新たにしました。そこに至りついていない、「吃音者」にはちょっとつらい映画になっているかなとも思いますが、とにかく、とらえにくくなっている「吃音者」のことを知らしめ、そして新たな関係を築いていくことが、なんとなく感じられる良い映画ではとも思っています。


posted by たわし at 05:12| 映画鑑賞メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『季刊 福祉労働161号 特集:「感動ポルノ」――障害者は健常者に感動を与える存在』

たわしの読書メモ・・ブログ485
・『季刊 福祉労働161号 特集:「感動ポルノ」――障害者は健常者に感動を与える存在』現代書館 2018
この雑誌、積ん読していたもの集中学習の5冊目です。これでやっと現発刊に追いつきました。このような雑誌はだされてすぐ読むべき事ですが、まとめ読みしたおかげでとらえられことがあります。それは民衆の運動は、地道に積み重ねられているということを、それを繋げられたら、大きな力になるんじゃないということです。
今回は、新しい編集者を迎えて、かなり、刺激的な特集のタイトルです。「感動ポルノ」という言葉が一部「障害者」関係メディアで広がっているようなのです。これはわたしがかつて出した本の中で、差別形態論を押さえ、排除型、抑圧型と分ける中で、とらえにくい差別として「努力して障害を克服しましょう」という抑圧型の差別を押さえたのですが、その抑圧型の差別を、刺激的に言葉化したフレーズとも言い得ます。
「ポルノ」ということばについては、その表記にフェミニズムサイドから異論がおきることが考えられますが、「露出する」ということにつなげた言葉です。どこから出てきたのかの詳しいことは後述します。
「感動ポルノ」というときには、もうひとつ逆バージョンを押さえておかねばなりません。「障害者」に対する、差別の構造の中での「何々してあげるという」という構図の「美談」です。それは、「障害者福祉」関係の裁判の話にもつながって、現行の福祉の位置づけの問題にもつながっていきます。「障害者福祉」関係の裁判では、最高裁まで行くと、「権利としての福祉」か「恩恵としての福祉」ということでの争いになるのですが、結局、司法が立法府・行政府の裁量権の問題として判断を回避するという判例が積み重ねられています。「裁量権」という考え方自体が、三権分立が機能せず、「恩恵としての福祉」の枠組みに落とし込められる結果になっていくのです。この「恩恵としての福祉」もひとつの「感動ポルノ」なのです。そのようなことは、皇室メンバーの手話の表出にも現れています。それはイギリスの故ダイアナ妃も手話をやっていたことにもつながっています。要するに天皇制や王制が国民統合の象徴として機能していること、これは別の観点からすると、障害問題の政治利用で、これは手話のみならず、「恩恵としての福祉」の象徴としての赤十字社の総裁に「皇后」がついてきた、歴史ともつながっています。
誤解を生みそうなので、ひとこと書いておきます。それはボランティアということも「感動ポルノ」なのかということです。確かに公助、互助、自助という中で、公助を削って、互助としてのボランティアということの勧めは、「感動ポルノ」ですが、そもそもボランティアということは、「助けてあげる」式でない、下からの共同性の構築としてなされるときには、「感動ポルノ」にはならないと思います。むしろ、国が公助を削ることにより、民衆側から国家という枠組みから脱する共助の体制として、「もうひとつの世界が可能」になっていく途もあるのです。
「感動ポルノ」ということを巡って、この特集は、その端的な例としての、パラリンピックということで、つながっていっています。個別の文についてコメントしていきます。
今回は、切り抜きよりも、対話に重点をおいて。
見開き写真・文 特定非営利活動法人モンキーマジック「第4回 見ざるチャレンジクライミング−見えるひとも見えないひとも、聞こえる人も聞こえない人もパートナーと一緒にチャレンジ」
特集「感動ポルノ」――障害者は健常者に感動を与える存在か
好井裕明「文化・メディアにおける障害者表象をめぐって」
 好井さんは反差別論を展開しているひとです。二冊ほど著書を読んでいます。ひとつは、読書メモを書き始める前『排除と差別のエスノメソドロジー―「いま‐ここ」の権力作用を解読する』新曜社1991。もうひとつはブログ117『差別原論―“わたし”のなかの権力とつきあう』平凡社新書2007。著者はエスノメソドロジーの意識論のようなところで、差別の問題をとらえてきたひとです。
 今回は編集部から「総論」と「障害者表現の歴史的変遷」を書いてほしいと依頼されたとのこと8P、項のタイトルとして「はじめに」で総論的にまとめ、その後、映画からとらえた「障害者表現の歴史的変遷」を書いています。項のタイトルとして「奇異な存在、見世物として、憐れみ同情する存在として、障害者を描く」「頑張る障害者・克服される障害・リハビリこそすべてという了解を迫る」「障害者を「もう一人の他者」として描く」「オリンピック・パラリンピックの後、私たちは何を得ているのだろうか」
 で、映画についてのコメントとして論攷を進めているのですが、非「障害者」が「障害者」を演じる、監督が監督するということと、ドキュメント的に「障害者」自身が自己表出していくことは違うと思うのです。具体的な話として書くと、「さよならCP」の映画は、決して「奇異な存在、見世物として、憐れみ同情する存在として、障害者を描く」というジャンルに収められる映画ではないのです。ドイツの「障害者運動」にはクィアとして突き出しがありました。まあ、「障害個性論」そのものとは違うけど、それに通じる「異形とみられる」ことを意識つつ、それでも、「強力な自己主張を行」ったのです。たぶん、本人は違うというと思いますが、そのことこそが、異化する現実から、それから、何かを生み出していく、それが日常になる世界を作ろうとしたのだと思うのです。
 映画ということでは、私は「典子は今」という映画を押さえる必要があります。これは、むしろ当人は、努力する「障害者」ではなく、努力という側面もないことはないのですが、むしろ「手が使えないから足を使うだけ」のことなのですが、それでも「典子さんを見習って」というような言説が流布していきました。そのあたりの構造を押さえておく必要があると思います。
荒井裕樹「日本文学に描かれた障害者像――「がんばる健気な障害者」はどこから来たのか」
 この著者の本は、ブログ216『障害と文学―「しののめ」から「青い芝の会」へ』現代書館2011、ブログ393『差別されてる自覚はあるか: 横田弘と青い芝の会「行動綱領」』現代書館2017で、読書メモを残しています。ブログ209『福祉労働135』、ブログ215『福祉労働136』の二回に渡っての掲載論文「戦後障害者運動史再考(上)(下)―「青い芝の会」の「行動綱領」についてのノート―」にもコメントしています。ブログ264『現代思想2012年6月号 特集=尊厳死は誰のものか 終末期医療のリアル』青土社 2013に掲載の「生と死の<情念的語り>についての覚書」に対するわたしの短い紹介文。
「障害と文学」をテーマにして論攷を進めているひとです。とりわけ「横田弘論」的なところで注目しています。
さて、文学で「障害者」をとりあげることは、何かしらの異化をしているのですが、むしろ「障害者」が出てこない文学も問題なのですが、異化の仕方にはさまざまあり、ひとりのひととしてそこにいるというところまで、前論攷の好井さんがいう「障害者を「もう一人の他者」として描く」というところまで行くかどうかですが、まずは、自らがはっきりと異化させることがあります。でも、それをどのようなところで異化しようとしているのか、インクルージヨンの指向があるのかどうかの問題があります。著者は、心理的に描く、親として描くというところで分けているのですが、むしろ前者の、三島由起夫の『金閣寺』と、後者の大江健三郎の一連の息子をとりあげた小説の類比になるのですが、わたしは後者、背負うから抱く(同じ「障害者」親だった小説家の水上勉のテーマ)になり、それがインクルージヨンになっていくという、中身をとらえかえすことではないかと思っていました。
「注2」に「感動ポルノ」の説明があります。長くなりますが引用しておきます。「もともと「感動ポルノ」とは、オーストラリアのジャーナリスト、ステラ・ヤングの言葉である。日本では、Eテレビの情報バラエティ番組『バリバラ』が、日本テレビ系列の有名チャリティ番組『二四時間テレビ39 愛は地球を救う』終盤と重なる時間帯にぶつけて、「検証!<障害者×感動>の方程式」と題した生放送を行い、「二四時間テレビ」に見られるような障害者の描き方を批判したことで話題になった。この企画を精細に報じた『朝日新聞』(二〇一六年九月二三日付朝刊三三面)の記事「『障害者×感動』を問う――NHKの『二四時間テレビ』裏番組に反響」には以下のようにある。」/<番組では冒頭、豪州のジャーナリストで障害者のステラ・ヤングさんのスピーチ映像を流した。ステラさんは、感動や勇気をかき立てるための道具として障害者が使われ、描かれることを、「感動ポルノ」と表現。「障害者が乗り越えなければならないのは自分たちの体や病気ではなく、障害者を特別視し、モノとして扱う社会だ」と指摘した。>」34P
玉木幸則「「障害者×感動」の方程式の嘘っぽさ――日常の等身大の障害者とのギャップへの問題提起」
 NHKの「きらっと生きる」に抜擢されて、「「きらっと生きる」のような番組はなくなったほうかええ」と発言し、そこから「バリパラ」と展開していった過程など書いています。わたしも、「きらっと生きる」はときどき、ちらっと見ていて、違和を感じてとチャンネルを変えていました。頑張る「障害者」像とか、それと気持ちの持ち方を変える勧めのようなことに違和を感じていたのです。この著者も、同じような思いがあるようなところで、それでも、何か変え得ることがあればと「まだまだ、テレビなどのメディアでは、「頑張っている障害者像」「障害を乗り越える障害者像」を取りあげがちです。それによって、「障害のある人はこうでなければならない」とか「こうであるはずや」という勝手な思い込みを、障害のある人もない人もさせられてしまいます。そうなると、障害のある人は生きづらいです。ありのままで生きるよりも、「頑張って」「障害を乗り越え」ないととみんなに受け入れられないのではないかと思わせられてしまうからです。/『24時間テレビ』にしろ学校の福祉学習にしろ、これまであまりにも、障害のある人に対する偏った見せ方をしてきました。それを少しずつでも、障害をもった人のありのままの姿に戻していきたいです。そうすることで、地域で普通に暮らすことを再確認するというか、「ああ、こういう人も地域に住んではるんや」ということを知ってもらうきっかけになったらええかなと。/そのためにも、もう少し自分なりに伝え続けていきたいと思っています。」45Pと続けているようです。
矢吹康夫「アルビノは美しい」って言っちゃダメなの?
 これは異化と反転の弁証法(対話による深化)といわれるようなこと。わたし自身の体験として、「吃音」ということを正視できない、自らの「吃音を醜い」思っていたところから、「吃音者」他者の吃音を「美しい」と反転させ、車椅子の「障害児」を母親が車椅子をウィリーさせているのをみて、そこに「美」を感じる、反転させた体験から、そこからむしろ異化しないところに進みゆくこととしての弁証法を考えていました。もうひとつ論考を進めると、美は普遍化するものではなく、これを普遍化させると他の差別につながります。アルビノのミスコンの話が出てくるのですが、フェミニズムがミスコンを批判してきた歴史をとらえると、そもそも美ということをもう一段とらえ返す必要が出てきます。これが「感動ポルノ」批判というテーマとつながっていくことです。
岡崎 勝「オリンピックとパラリンピックを根本から問い直す――スポーツの現実を直視しても、感動しなければいけませんか?」
 頑張る「障害者」の象徴的存在がパラリンピックのアスリートたちなのです。
「パラリンピックは「障害者にもスポーツをする権利を」という権利拡張効果と同時に、スポーツの抱える問題も負っている。」54P
「近代スポーツの発展は近代からの産業社会の発展と同時期であり、共通した産業社会の枠組み(競争、合理化、効率化、数量化)をスポーツ的メンタリティとして私たちの中に埋め込むことに成功している。/だが、これは同時に人間の破壊を覚悟しなければならない。たとえば、ドーピング選手と摘発組織(WADA)とのいたちごっこが続いている「ドーピング撲滅」という主張は、その矛盾と無意味さに気づかなければならない。「ドーピングを撲滅する」ということがすでに矛盾に満ちている。」「オリ・パラスポーツは自分の身体を害してでも良い記録を出したい、勝利したいという欲望の集大成に他ならない……(後略)」55-6P
「競争原理による優劣をつけることを目的にしている以上、多くの問題も含んでいると言えよう。」56-7P
「撤去されたらしい「障がいは言い訳にすぎない」というポスターの表現はスポーツアスリートに課せられた命題であり、その後に続いた「負けたら、自分が弱いだけ」というのは現代スポーツのもつ「競争こそすべて」「勝利以外に価値はない」と貫徹されている価値の意思表示以外ではない。」57P
「オリンピックやパラリンピックは夢の中ではない。感動を演出され、ボーッと私たちがおもしろがってオリパラ観戦に熱中している間に、社会がよりすみにくくなっていないかということだし、スポーツ観戦が、「愚民政策としてのパンとサーカス」(古代ローマでは、民衆はパンとサーカスに関心が向き、国政に関心がなくなった)ユウェナリス『風刺詩集』より)になっていないか! という私たちの意識の問題なのだ。そして、こうしたオリンピックとパラリンピック興業のようなスポーツ競技大会の軽費は税金とボランティアと寄付でまかなわれ、協賛企業とIOCが「利益」をかっさらうのである。これをあなたは許しますか? という分かりやすい話である。」61P
北村小夜「パラリンピックでまき散らされるパラアスリート像は障害者理解を広げるか」
 分離教育反対の論陣を張ってきたひとで、軍国少女だった体験をとらえ返し、慈愛の象徴としての天皇制を問題にし、道徳教育批判を続けているひと。その立場からパラリンピックの問題性を描き出してくれています。
(橋本大佑)「高度な運動能力をもつパラリンピック選手と、そうでない障害者との間に、隔たりが生じている。」63P
「(道徳教育の)教科化は教科書の使用と評価を伴う。戦争をするには国民の逆らわない心と丈夫な体が必要である。教科化は学校が個人の道徳性を公的に判断する。健康増進法によって「体」が国家の管理下に入ったように「心」が国家に取り込まれようとしている。教科書はその主たる教材である。検定を通過し展示された教科書を見ると、どの教科書ももれなくオリンピック・パラリンピックにふれている。」67P
「(傷ついた)元兵士は生きる希望を新たにし、パラリンピック国内組織にとってはメダルを狙える優秀な人材の供給源になる。最も先進的なのは米国で、すでに戦争遂行のメカニズムに組み込まれているという。日本ではパラリンピックは福祉の問題になっているが、パラリンピックが同盟国の米国の戦争を正当化しかねない状況にあることも考えなければならないのではないか。」69P 
宮澤弘道「道徳教科書における障害者像――差別・偏見を助長する「特別の教科 道徳」」
 まさに「障害者」が道徳教育に政治利用されていく構図を描き出してくれています。
「混乱が予想された「特別な教科 道徳」の導入ですが、予想に反し現場では目立った混乱もなく、淡々と検定教科書を使用した道徳の授業が行われています。理由はいくつか挙げられますが、教員側の視点で考えると一番の理由は「意外に困らずに授業ができる」ということでしょう。「教科書が与えられ」「指導書があり」「ワークシートも用意され」「評価例文もできている」という四点セットがそろっていることにより、あまり深く考えることさえしなければ道徳の授業は簡単にできてしまうのです。/しかし、これは非常に怖いことでもあります。なぜなら、マニュアル通り進めることで、教科書の求める価値を無批判に子どもたちに押し付けることにつながってしまうからです。」70P
「道徳教育で描かれた障害者の三つの特徴−@登場する障害者は例外なく「いい人」A助けて「もらった」ときに卑屈なまでに感謝しているB障害を自分の力で乗り越える」要約71-6P
平野泰史「祭りの輪の外で――入所施設と地域交流の欺瞞とお仕着せの共生社会」
 津久井やまゆり園に子どもを入所させていたひとで、マスコミに出ていた、やまゆり園が発信していた「きれい事」の内実を暴き出して書き記してくれています。改めて、施設のもつ矛盾がとらえられるのです。ただ、そもそもそれほどの意識をもったひとが、なぜ、子どもを施設に入れたのかということをとらえると問題の根深さを感じざるを得ないのです。
川合千那未「分離と交流の狭間で生ずる交流のぎこちなさ――「クラスにいる障害者」から「共に学ぶ友人」へ」
 一緒にいるクラスと「特別支援級」を行き来して、とらえられた問題を書いています。その経験から、「全国障害学生支援センター」の運営スタッフとして活動しているひとです。
支援員の配置を希望したら、逆に初めて分離されたという話がでています。
「もし私と同じように授業内で部分的に参加できないことや難しいことがあったとしたら、できないことや難しいことはいったん置いておいて、その場で無理なく楽しんでできることを周りの人と一緒に探してほしいと考えている。」90P
小見出しで、進学につれての変化を書いています。
「教科によって場を分離されたことで生じた変化」で「私は中学校での人間関係の構築を放り投げることで自分を守ることにした。」91Pとあります。「必要な配慮はするが、他の生徒と同じ大勢の中の一人として扱われた高校生時代」では、「高校では教職員に「困ったことがあれば言うように」と言われ、私が発信したことに対して配慮や支援がなされた。」「同級生には私から積極的に話しかけ、障害のある人として認識されてしまう前に教室に当たり前にいる生徒として受け入れられた。」とあります。で、義務教育時代を振り返って、「「合理性のない配慮」が、他の児童・生徒から引き離されるきっかけとなり、子ども同士の関係作りの障壁となっていたのである。」93Pと書いています。さらに「友人関係で分離されることはなかったが、合理的配慮がなく、実験のゼミを選べなかった大学時代」と進みます。そして最後の小見出しとして「日常的に共にいることが「交友」のスタートライン」として、センターのスタッフになっての、後輩への提言を書いています。「私は、その選択の過程で、障害学生が、通学手段や家からの距離、親を含めた支援者たちの思いをくみ取り、考慮しすぎてしまい、支援者たちにとっての支援のしやすい学校(例えば、親の送迎が可能な立地であること、介助者の派遣・入校を許可している学校など)を希望してしまう可能性を危惧している。本来は、障害学生自身が進学先で何をやりたいか、そこに進んだ自分をイメージして、充実した学校生活を送る姿が浮かんでくるか等の主体的な理由によって自由に選択可能でなければならない。/加えて自分が選び取った学びの場において自ら培った人間関係は、与えられた場において、他の者によってもたらされた関係よりも強い結びつきとなる。それを繰り返していくなかで、多様な人と交流し、視野を広げながら成長していくのだから、大学進学前まで分離された環境にあって、大学進学を機に、いきなり開かれた環境に飛び込むよりも、初めから共に学ぶことが当たり前のこととして認識され、強制的な分離に怯えず、誰もが学べる環境にあることが望ましい。/私は、分離された中での交流も、共に学ぶ中での交友もしてきたが、「交流」しただけでは、その時間を過ごすだけに終わってしまう。日常的に共にいることが「交友」へのスタートラインとなるのである。これから学ぶ方々には分離や統合について意識せず、自分が好ましいと思う場で学習し、様々な人と出会い、大切に感じられる人間関係を築いてほしい。」94-5P
鶴園 誠「【コラム】「格闘技やってます!」をフックに障害者レスラーが伝えたいこと」
「障害者プロレス」を「障害者文化」のひとのようにとらえるひとがいて、やっているひとたちにも、そういう突き出しがあります。そのような話が出てくると、わたしは湾岸戦争の時にアメリカの女性団体が「女性兵士を前線配置しないのは、差別だ」と主張していたことを想起します。差別ということを考えていくと、格闘技系には相容れない感性が、わたしにはあり、またそもそも、スポーツの勝ち負けというところにも、さらにはゲームの勝ち負けという世界からも、降りる指向が出てきたのです。わたしの場合は、将棋の勝ち負けの世界もいやになりました。実は、表層意識的にはそうなったのですが、テレビをつけて作業をしていて、戦争映画の戦闘シーンやヤクザ映画の殴り込みのシーンなどで、つい見入ったりしていて、また、ついつい他者と競い合うような気持ちがわいてきたりして、子どものときからの身につけてしまった競争意識や心の奥底の暴力性などに、ふと、身震いすることがあります。そういうことも含めての、反暴力・反差別なのではないかと思ったりしています。
 誤解をうみそうなことを書いているので、書き置きますが、ゲームの中には、自らを磨くという内容があるわけで、そこで「できるようになりたい」ということを否定することではないのです。ただ、「できるべきだ」という論理にそれがすり替わっていくことを遮断したいというのが、「障害者」の立場での思いなのです。
桂 福点「【コラム】 言葉のいと」
 落語家としてことばに関わっているところからの論攷です。
「最近「感動ポルノ」という言葉が話題になってますな。・・・・・・これは二〇一六年の夏にNHK Eテレの番組『バリバラ』が日本テレビの『24時間テレビ 愛は地球を救う』の障害者の取りあげ方に対してぶつけてきた言葉でした。」「そういった番組作りのあり方と同時に、それを見ている側の姿勢に疑問を呈した意味深い表現でした。」「義援金の箱をもってニコニコしているタレントさんの表情や立ち振る舞いに「施してやっている」という優越感のようなものを感じるようになりましたな。いわゆる「感動ポルノ」の言葉が示すような、やたらに涙を誘う演出が引っかかるようになったんでしょうな。」「二四時間の愛で地球が救えたら世界の宗教戦争はなくなるで、と思ったりしとりました。」101P
「笑いというものの素晴らしさと危険性は紙一重だと見てます。」「表現のTPOと言うべきですかいな、番組作りでも福祉の世界でも、互いのことをどれだけ想像できるかが大切やと思てます。相手を知ろうとするその姿勢の中に、ホンマの意味で温かな微笑みと笑いが生まれるんとちゃいまっしゃろか。」103P
インターチェンジ 交差点  
押部香織「教室の窓 共に学び続けるために」
「就学時健診」の話です。
「そもそも、就学時健診自体が「障害者基本法の改正により、本人・保護者の意向を可能な限り尊重すること」という中教審の報告に矛盾したものになっており、子どもや親の教育を選ぶ権利を侵害していることであると考えます。」104P
「近年、就学時健診時の保護者面接において、「支援学級を希望したい」という保護者の申し出が多くなっているように感じています。」その理由@「集団生活では、子どもが指示を聞き逃したり、他の子どもと一緒に行動できないのでは」という不安→応答「以前、就学指導委員会において「特別支援学校への就学が適当である。」とされていた子どもを三三人学級で担当していたとき、その子ども自身が友達の様子を見たり、友達がその子どもをサポートしたりして学校生活を「共に」過ごしていました。このことからも、子どもたちにとって障がいの有無は関係ないことを実感することができました。」A「特別支援学級できめ細やかな指導を受けたい。」→応答「集団における学習の機会が少なくなります。また、支援学級で小集団での活動に慣れてしまった結果、自ら集団の中に入っていくことを拒み、学年への所属感が薄くなってしまうのを何度も見てきました。」「それではなぜ、そのようなリスクがあるにもかかわらず、支援学級への乳級を考えてしまうのでしょうか。」→「おそらくその背景には、教員の理解不足が考えられます。・・・(中略)・・・・・・・障がいに対する理解ではなく、子ども一人ひとりに対する理解が必要なのです。」105P
実方裕二「街に生きて 反面教師」
 前回に登場したいろいろなことをやっているひと、出会いの中での偏見的なことが相手から出てくることに対して、ひとつひとつ対応していっているひと、その存在がひとつの運動になっているひと(これは運動人間のわたしの勝手な見方かもしれません)、今回は、「生活お見合い」のことを書いています。わたしも一度参加したことがあります。
「ゆうじ屋を始めてケーキを売り回るようになり、「ケーキを買ってもらう」ことと、ケーキを通して重度ショウガイシャである私と付き合うなかで、「言語ショウガイがあっても、聞く耳をもてば会話できるんだな」といろんな人に感じてもらえています。やっと生活と運動が合致してきています。「生活お見合い」はそんな生活面での模索しているところや、自分の苦手なところ、自分の醜く差別的なところ等をさられだして、突き合わせていく場です。」107P
芝木捷子「保育所の庭 障がい児と共に」
「どのような子どもも、教育を受ける権利がある」ということで設立され「障がいのあるこどももない子どもも、一緒に保育にNSA化するという園」の理事長。いろんなその幼稚園の歴史を書いています。
佐藤陽一「施設から ホームN通信・四回目の誕生日@」
児童自立援助ホームのホーム長のひと。春になったら、中学を卒業してやってくるいろんな子どものことを書いています。「自立のための「依存先」の一つになれた瞬間だった。」ということばが印象に残りました。今、「障害者」関係者では、「自立とは依存先を増やすこと」ということばが広がっています。
障害学の世界から 第八十一回
長瀬 修「障害学国際セミナー二〇一八――台湾で「遊び」を論じる」
前回まで「障害者権利条約中華民国(台湾)初回報告総括所見」の連載が「資料」で続いていたのでこのコーナーはお休みになっていたのですが、復活したようです。外国の情報に疎いわたしにはとてもありがたいのです。
今回は「東アジアにおいて唯一の障害学の定期的な研究交流の場として、毎年開催される障害学国際セミナーがある。英文名称では、East Asia disability Studies Forum(東アジア障害学フォーラム)であり、こちらの方がより正確に「名は体を表す」のかもしれない。」というところで、その紹介です。
「開始された二〇一〇年時点では、日韓の障害学の連携を目指し、Korea Japan Disability Studies Forumだった。実際、日韓で交互に開催を続けた。韓国側は韓国障害学フォーラム、日本側は立命館大学生存学研究センター(立岩真也センター長)が主体となった。当時は立命館大学院生で現在は光州大学教員である鄭喜慶(ジョン ヒ ギョン)さんをキーパーソンとして(二〇〇三年に日本で)開始された。」「東アジアの学会レベルで見ると二〇〇三年に日本、二〇一五年に韓国、そして二〇一八年六月台湾でそれぞれ障害学会が設立されている。」112P
障害者の権利条約とアジアの障害者 第三十二回
中西由起子「権利条約の政府報告F 第二十四条 教育」
教育の問題は、日本政がインクルーシブ教育だと言いつのり原則分離教育をまだ続けていて、国連の人権委員会から繰り返し勧告を受けていること。そのようなところで、その日本と対比的に「アジアの「障害児」教育」に関する報告・論攷をすすめてもらったら、ありがたかったのですが。いつもの・・・
季節風
栗原 久「不適切算入問題を機に、公務労働における障害者雇用を考える」
「障害者雇用率の不適切算入問題は、国・地方併せて七七〇〇人もの「水増し」が明らかにになる事態になった。」というところで、この問題を掘り下げて論攷しています。
片岡次雄「吹田市の「塩田裁判」報告――成年後見制度の欠格条項で失職」
表題にあるように、成年後見人制度で「保佐」の審判受けたことで、欠格条項にあたると雇い止めを受けて失職したという信じられない話です。
矢作美恵子「キャッシュカードは突然に――言葉でコミュニケーションしない人の意思確認とは」
本人の意思確認の問題でキャッシュカードの再発行の手続きができない、スムーズに進まないという、制度の不備の問題。どうして、いろんなひとがいるということを考えて制度設計できないのか、という問題です。
社会を変える対話──優生思想を遊歩する 
結城幸司×安積遊歩「優生思想を超えていく仲間として 〜アイヌ民族〜」
 北海道の手話言語条例制定時に、言語保障の問題から、アイヌ語とそこから波及してアイヌのひとたちへの補償が問題になっていたようです。
遊歩「私は、優生思想というのは、障害をもつ人だけでなく、人種や民族にかけられた差別でもあると思っています。」122P
結城「一九九七年に北海道旧土人保護法がアイヌ文化振興法に入れ替えられて、アイヌということで身分や教育の上で差別してきたことをはっきりすることなく、アイヌ=アイヌ文化とだけ強調されるようになってしまいました。」122P
結城「ニュージーランドはマオリの人たちに対する謝罪が今も部族ごとに行われているし、オーストラリアでは一九八〇年代に「ジェネレーション・アイムソーリー」というアボリジニの人たちに対する謝罪が行われました。お金の心配をしなくてもよくなったことは大事なことではあるけれど、それよりも私たちは勝手に「旧土人」にされ、想像力を奪われ、その上で日本人たちの勝手な仕方で徹底的に封じ込められた。そこの根源に対する謝罪を政府がしないと新しい時代は来ないわけです。そこが核だと思います。」123-4P
結城「旧土人学校では、日本人以上に優秀になってはいけないということで、数年遅れた授業をされたそうです。」124P
遊歩「結城さんは、おばあちゃんから伝えられた神話の世界と、お父さんがされていたアイヌ解放運動の間で、今はアイヌアートプロジェクトを立ち上げ、三十人近いメンバーで活動されています。」126P
結城「この平等になった世界の中で、地球人たちは、宇宙人をやっつけろとは言わないんだよ、もっと良い世の中をつくろう、違う文化でいいんだから、新しい文化をつくろうよと言うことができるんです。どっちかを無視し続けることもできないし、ずっと宇宙人を恨み続けるのは、僕のエンジンではないので、この話で想像力を取り戻して欲しいと思っているのです。」126P
現場からのレポート
大谷恭子「保護者の意向に反して特別支援学校を就学強制できるか――川崎医療的ケア児の就学裁判から」
 川崎で医療的ケア児が入学を拒否されたというところで起こした裁判に至るまでの経過、問題点を押さえる作業を弁護士(この裁判の担当弁護士は?)の大谷さんが書いています。
「障害者権利条約(以下、権利条約)を批准する直前であった二〇一三年九月、批准のための国内法整備の一環として、学校教育法施行令が改正された。我が国の障害のある子の義務教育の就学先決定は、障害の種類と程度によって原則分離別学としており、これは明らかにインクルーシブ教育に反するからだ。そして、保護者及び専門的知識を有する者の意見を聞いたうえで、障害の状態、必要な支援の内容、地域における教育体制の整備の状況その他の事情を勘案して「総合的に判断」すると改正され、同日発表された通知によって、保護者の意向は可能な限り尊重するとされた。これによって、原則統合とすることまでは認めなかったものの、「可能な限り」とはいえ保護者の教育(学校)選択権を保障したものととらえられた。」127P
「教育委員会の執拗な説得や無理解な専門家も多いなか、これらがどこまで保障されるのか危惧されていたところ、本年、まさにその危惧が現実となり、保護者が地域の学校への就学を希望したにもかかわらず、地区別支援学校に措置されてしまい、裁判で争わざるを得ない事態となった。」127P
「原告は、医療的ケアを要する六歳の男児・和希君とその両親。被告は川崎市教委と神奈川県教委(訴訟上は市と県)。生まれつきの疾患を有していた和希君は、病院退院後は同世代の子とのかかわりの中で共に成長すべく、幼稚園で学び、地域の小学校への就学を楽しみにしていた。」128P
「ここで明らかになったことは、教育相談が不十分であったこと、市教委の専門委員である医師が「支援学校適」と判断したこと、和希君の主治医の意見を聞いていないこと、合意形成の努力がなされていない等々であったが、市教委は以下のことを繰り返し述べた。@和希君の教育ニーズを満たすには専門的教育が必要、A安全な学校生活の観点から特別支援学校が適する(要旨)。/結局、県教委の助言にもかかわらず、合意形成に至らず、二十六日、市教委は県教委に学齢簿謄本を送付し、二十八日、県教委から県立特別支援学校の学校指定がされた。」128-9
この後「裁判の争点」から、裁判の準備書面の要約的な文になっています。一連の文なっていて、切り抜くことが困難なので、関心のあるかたは、本を読んでください。
山本勝美「優生保護法下の強制不妊手術問題に挑んで――最前線からの報告(その二)」
(その一)と書かれた文ではなかったのですが、今に焦点になっていて、補償の超党派の議員連盟も作られ、連載になったようです。
 最初に「優生保護法と優生手術の歴史」で、ナチスドイツの「断種法」やT4計画にふれ、戦後の優生保護法が議員立法で作られたこと、「優生保護法は、その後の「改正」により、遺伝性疾患以外の重度の精神・知的・身体障害のほか、ハンセン病患者もその対象とされました。しかも本人・保護者の承諾を得なくとも、「欺罔」を使ってでも手術強制できるとした結果、ナチスの断種法、戦前の国民優生法を大きく上回る数の人に、不妊手術と人工妊娠中絶を強制しました。」「国は「優生手術は厳格な法的手続きに従って実施されてきた」とくり返し、合法性のみを強調してきました。この回答は実は「優生保護法は議員立法であって、行政府に責任はない」との言い逃れなのです。/現在、札幌、仙台、東京、大阪、神戸、熊本の六地裁で総勢一三名の被害者が国を相手に提訴しています。このように国賠訴訟の動きが広がった背景には、ほとんどの都道府県に国賠訴訟全国弁護団のネットワークが張られたことや、被害者が名乗り出るための全国一斉ホットライン(電話相談)の取り組みがあります。そして本年五月十七日には札幌、仙台(二人目)、東京で、九月二十八日には仙台、大阪、神戸の三カ所で一斉提訴がされました。」139P
「最年少の被害者は、当時九歳の男女」142P
「厳格な法手続に従い」と言ってことが、そうではないはっきりした事例が出て、「この事実が公表されて以来、二度と聞かれなくなりました。」142P
与党のワーキングチーム(WT)と超党派のプロジェクト・チーム(PT)が作られています。142P
八幡隆司「災害大国日本、なぜ障害者の支援は進まないのか?」
著者は阪神淡路大震災のときに活動し、NPO法人ゆめ風基金災害支援に当たっているひとです。
「今年(もう昨年)六月に大阪北部地震、七月に西日本豪雨、九月に台風二一号が大阪を襲い、その後すぐに北海道で大地震が発生しました。」145Pで、文が始まり、いろいろ活動状況を報告しています。「真備町の多くの人は自宅一階部分で亡くなっています。二階への避難ができなかった人が障害者・高齢者に多くいます。」146Pと避難弱者の問題を取り上げています。「ダムの放流のタイミングや避難指示の出し方について問題がなかったのかを現在検証中です。みんなが寝ている時間帯の防災無線、豪雨の中のスピーカーでの呼びかけで本当に住民が避難できると思ったのでしょうか?」148Pと、災害時の避難弱者の問題をきちんとおさえていない人災としての性格をとらえています。「台風に備えたヘルパーの派遣体制」149P、停電時の人工呼吸器の稼働問題、「避難行動要支援者名簿」の問題など、災害時の課題を出しています。あらためてきちんと整理していく必要があるのだと思います。
論文
木本 明「生活保護制度とその運用の在り方に対する問題提起――ニュージーランドの社会保障制度との比較から(下)」
 二回に分けた論文の(下)です。生活保護の受付にいた立場から、制度の問題点を出してくれています。
 くり返しでてくるのは、@生活保護の決定と金銭給付の担当A「自立助長ケースワーク」を担当B不正受給の防止や罰則の適用の担当、ということをひとりの担当者が担うことで起きてくる問題です。韓国は同じシステムのようですが、ここで挙げているニュージーランドを始め、イギリス・・ではちゃんと役割をわけているよう、でも、日本の縦割り行政ではきっと問題もでてくるのでしょう。今、少女への父親の虐待殺害事件が問題なっていて、母親へのDVと児童虐待が担当部署が違うことによって総体的にとらえられないことを指摘しているひとがいました。問題は、生活保護を水際で抑止しようとする、そもそも生活保護がなんたるかを押さえられない政治にあるのだと思います。この議論は、ベーシックインカムや基本生活保障の運動につなげていくことですが、三つの役割を分けるということも過程的には必要になっているのだとは言えるのだと思います。そもそも福祉とは何かというとらえ返しや、近代の人間観、世界観まで問題になっていくことだとわたしはとらえています。
最初に項を記し後に切り抜きメモを書きます。わたしは注目すべき文に鉛筆で線を引きながら読んでいて、この文には、かなり引いているので、切り抜きがむずかしく、本文を読んでください。というところなのですが、特に注目すべきところを切り抜いてみます。
「五 生活保護制度運用の実際の問題点」
6点あげています。
@ 業務の加重負担
A 社会福祉の専門性の欠如
資格要件を軽くして「三科目主事」をおいたことなどによる専門性が欠如している事態
B 「自立助長ケースワーク」の一律適用の誤り
C 生活保護運用制度利用の「適格性(Eligibility)」の管理運用と「自立助長ケースワーク」と不正受給の防止の矛盾
「「自立助長ケースワーク」と不正受給の防止は、明らかに、両立しない関係にあり、生活保護制度の利用者にとっても制度の運用者にとっても、それぞれの位置を根底から揺さぶられる両立のし難い矛盾になっている。」155P
D 非対等な関係を前提とする「自立助長ケースワーク」の矛盾
「生活保護制度の利用者と生活保護制度運用従事者の関係は全く対等な関係とは言えず、「ソーシャルワーク」の基本を欠いている。」「「公的扶助と結びついたケースワークは必ず対象者の人権を侵害する」(岸勇氏の指摘)ことから、生活保護制度運用に際して餓死者が出たり、「水際作戦」の横行や、生活保護制度運用従事者による生活保護費の横領やセクハラ行為が実際に行われている。」155P
E 一般扶助主義のスティグマの強さと制度利用申請の難しさ
「ニュージーランド、イギリスでは、家賃の支払い困難に際しては「住宅手当給付(Accommodation Supplement)」、障害による生活困難に関しては「障害者給付(Disability Allowance)」を利用するというように、様々なカテゴリー別の社会保障給付(Benefits)を、社会手当方式で実施している。」「ニュージーランド、イギリスのカテゴリー別の「貧困」状態の手前の段階での社会手当方式による社会保障給付と、日本の「貧困」状態に陥ってからの制度利用では、後者のスティグマがより大きくなることは明らかである。」「日本の生活保護制度では、制度の発足から七十年近くが経過するのに、スティグマ軽減の工夫、資産調査の簡素化の措置も取り組まれていない。さらに厚生労働省は四五年間も生活保護制度の捕捉率を公表しなかった。こうした状況では、スティグマの強さと制度利用申請の難しさの改善は行われていない。」156P
「六 一九九三年の「福祉川柳」事件」
「一九九三年六月に、全国公的扶助研究会の前身の「公的扶助研究会全国連絡会」の機関誌『公的扶助研究』が、「第一回福祉川柳大賞」として福祉事務所の生活保護制度運用従事者による「福祉川柳」を掲載した。」156-7P利用者を揶揄する川柳で、「障害者」の間でも問題になって、編集者を呼んで対話がありました。
「七 厚生労働省と全国公的扶助研究会」
(小山進次郎)「最低限の保障と共に、自立の助長ということを目的の中に含めたのは『人をして人にたるに値する存在』たらしめるには単にその最低生活を維持させるというだけでは十分ではない。」158P・・・ナチスの「生きるに値しないいのち」の抹殺と発想が同じ
(厚生労働省の通知「平成十七年度における自立支援プログラムの基本方針について」)「すべての被保護者は、自立に向けて克服すべき何らかの課題を抱えているものと考えられ、・・・」159Pこれに対して著者は「厚生労働省の生活保護制度の利用者に対する「特別視」或いは「不遜さ」はどこから来ているのであろうか。」160Pと書いて、次項につなげています。
「八 「岸・仲村論争」
仲村健一さんが前出の小川理論と共鳴しつつ自立論を展開していて、それを岸勇さんが、「公的扶助と結びついたケースは必ず当事者の人権を侵害する。」という観点から批判しています。
岸さんが仲村さん批判の中で、小川さんの言説を引用しています。「凡そ人はすべてその中に何等かの自主独立の意味において可能性を包蔵している。その内容的可能性を発見し、これを助長育成し、而してその人をしてその能力に相応しい状態において社会生活に適応させることこそ、真実の意味において生存権を保障する所以である」161P・・・これは、今、「障害者」の中で広がっている自立論--「自立とは依存先を増やすこと」や竹内章郎さんの「能力を個人がもつものと考えない」というところから批判していく必要を感じています。
「九 生活保護制度運用従事者への裁量権限の集中と一二三号通知」
「実際には、三二・一%という低捕捉率を引き上げていく姿勢は示していない。むしろ「生活保護バッシング」を背景に、生活扶助の根拠なき切り下げを行う状況にあって、これ以上、生活保護制度が所得保障の最終的なセイフティネットとしての役割の放棄を続けることは許されない。」「金銭給付の実施に際する「適格性(Eligibility)」審査の運営管理業務を、「自立助長ケースワーク」と意図的に混在させ、金銭給付の権限を背景に実施される「自立助長ケースワーク」を「ソーシャルワーク」であるとする理解を促し、挙句、この国の「ソーシャルワーク」理解の在り方までを混乱させてきた、生活保護制度とその制度運用の特異性が、実は厚労省のいう「保護の適正化」=「保護の引締め」=生活保護制度の所得保障制度としての最終的なセイフティネットの役割放棄のための巧妙な「仕組み」になっていることである。」164P
「十 ニュージーランド社会保障給付(Benefits)制度とその適用」
本文の中ですでに少しずつ引用されてきたのですが5点項目を挙げて書いています。これは著者が書いてきた日本の三点セット批判になっています。@ケースマネージャーのサービスセンターAケースマネージャーの役割B求職関係の担当者(Employment co-ordinators,Work brokers)の役割Cソーシャルワーク援助者(Partners)の役割D不正受給の防止・罰則適用を担う調査担当者(Investigater)の役割
「十一 生活保護制度とその運用の在り方に関する提案」
著者の論攷をまとめた提案で、3点の項目で出しています。
@ 日本の特徴=担当者への役割の集中
A 生活保護制度運用従事者としての実感
(桜井啓太)「『自立って口やかましく言われない権利』とか『寄り添われたりつきまとわれたりしない領域』のことをそろそろ真剣に考えないといけないと思う。人の尊厳を語るのだったら、『放っておかれる権利』や『愚行権』って必要なこと』171P
B 生活保護制度とその運用の在り方の改善の提案
これは7点出しています。「(@)生活保護制度運用従事者の専門性の欠如を解消すること(一般的行政事務職員の短期間配置から福祉職職員の配置へ)/(A)業務の過重負担を解消すること/(B)「自立助長ケースワーク」の一律適用を改めること/(C)敷居の高い一般扶養主義のスティグマの強さを解消するためにカテゴリー別給付として社会手当の要素を強めること/(D)国庫負担を一〇〇%とすること/(E)国籍要件を外すこと/(F)生活保護制度運用従事者に上記@・A・Bの役割を全て担わせる運用の在り方を改めること」171P
最後のまとめ的文「「なぜ困っている人を助けなければならないのか?」という問いに対して、「私もあなたも他の会ったこともない誰かも、誰も自己完結などしておらず、他者があって私がいる」(桜井)と明確に答えられるような、「自立助長」、「自立援助」に偏らずに、ナショナル・ミニマムを実現する社会保障制度へと、生活保護制度とその制度運用を変革していくことは喫緊の課題である。」
「注18」で、岸勇著/野本三吉編『公的扶助の戦後史』明石書店からの引用「資本の論理が支配する資本制国家においては、救貧制度は、その形態がいかに変わろうと、その非民主主義的本質は基本的に変わることはないだろう。」175P・・・資本主義が資本主義である限り、スティグマの貼られない生活保護制度はあり得ない。恩恵としての福祉から抜け出せない。
[※要約するに当たって、数字の記号を変えています。また、引用では、傍線など省略しています。]
編集後記
新しく入った編集スタッフの文です。『五体不満足』を書いた乙武さんが、「乙武クン」とか呼ばれ、また感動ポルノの共犯者であると同時に一番の被害者になっているという指摘をしています。


posted by たわし at 05:07| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする