2019年01月11日

草の根ろうあ者こんだん会編/稲葉通太監修『知っていますか?聴覚障害者の暮らし一問一答』

たわしの読書メモ・・ブログ480
・草の根ろうあ者こんだん会編/稲葉通太監修『知っていますか?聴覚障害者の暮らし一問一答』解放出版社 1998
これも積ん読していた本です。この本は「聴覚障害者」が抱えさせられている問題の、聴者向けの入門書の本。「草の根」のひとたちには、いろんなところでよく会っていました。考えも共鳴できること多。いつも話を見ていたので、自分で入門書を作るとしたら、読み込む必要があったのですが、そのような立場にはないので、さらっと見て、積ん読してしまっていました。集中学習の最後にとりあげます。よく、まとまって、しかも簡潔にまとまっていますが、しかも、かなり細部まで押さえています。そもそも関係団体で取り組んでいた運動もあり、申請主義批判−広報義務の問題、在日外国人無年金問題、「重複」の問題、ことばは出てきませんが、差別というところを押さえているので、ろう者と聴者の非対称性の問題など、おとすところがなく書き上げています。この本が出されたのは、阪神淡路大震災のあと、災害時の対応とかで、共生のあり方ということまで含めて出された本です。
団体の名前にあるように、草の根の活動をしていて、ひとりひとりの生活や文化、思いを大切にする団体、ろう者だけでなく、重複のひとや、色んな「障害者」とも付き合いがあり、他の差別の問題も対象化しようという指向性がありました。
大きな団体がヒエラルヒーのようなことをもってしまい。そして、ろう者と聴者の関係も、きちんと対話できないところが出てきますが、一緒に動きながら、きちんと関係を問い続けてきた団体です。この団体が他のひとたちと一緒に作った全聴連(全国聴覚障害者連絡会議)とともに、今こそ、その存在が必要になっているのだと思います。
よく、「要求運動をするにはひとつの団体にまとまっていなくてはいけないから、別に団体を作るのはおかしい」とかいうひとがいるのですが、逆に、組織の威信のようなところが出てきたり、ひとつにまとまろうということで、おかしな話もできたりするのではと、最近感じています。それに、法制度作りというところが中心になり、政権与党にも友好的に働きかける中で、政治的に大きな情況に対する発言もでにくくなっていることがあります。そういう意味で、草の根の運動や、それから差別をトータルにとらえ返す、そういう意味で政治性をもった団体が必要なのです。当事者ではないので、ないものねだりの話にしかなりません。
さて、切り抜きです。
草の根の他の団体と違う特徴が出ている執筆は「17 手話通訳に資格が必要なの?」「18 耳が聞こえない人は、どんな手話通訳者を求めているの?」「22 耳が聞こえないひとの団体には、どんなものがあるの?」「23 ほかの障害をあわせもつ耳が聞こえない人は、どんな暮らしをしているの?」
「これは(ろう学校の生徒が少ないこと)、単に子どもの数の減少だけが原因ではありません。もっと大きな理由は統合教育、「ともに生き、ともに学ぶ」教育が広がってきたからです。つまり、ろう学校から、地域の普通校に転校する子どもが増えてきたということです。このことはなにも聴覚障害児だけでなく、他の障害児についても同じことがいえます。」35-6P・・・他の「障害児」も「特別支援学校」でなく、地域の学校へという動きが少なくなっているという運動サイドからの嘆きも出ています。まだまだ原則分離が強く、さらに揺り戻しも起きているようです。
「17 手話通訳に資格が必要なの?」
「手話通訳に資格の有無は関係ありません。大事なのは、その通訳がどのくらい聴覚障害者と手話が通じあえるか、また、どのくらい人間的に信頼できるか、どのくらい聴覚障害者の立場に立てるかです。」81P
「聴覚障害者自身が手話通訳者を選ぶ権利の尊重を」82P
「18 耳が聞こえない人は、どんな手話通訳者を求めているの?」
「残念ながら、手話通訳の中には、聴覚障害者を押さえつける人、傲慢な人、肩書きだけを気にする人、必要以上に聴覚障害者を持ち上げる人などが目立ちます。聴覚障害者と真に対等な人間関係を築けている人は、むしろ少数であるともいえます。」85P
「22 耳が聞こえないひとの団体には、どんなものがあるの?」
「もう一ついっておきたいことがあります。ある団体の人びとは「すべての聴覚障害者団体は一つの団体にまとまるべきだ」と主張していますが、これは間違った考え方です。健聴者の場合、いろんな政党があり、いろんな市民運動があります。考え方や主義主張が違うのだから当然のことです。聴覚障害者も同様です。聴覚障害者だからといって一つの団体の下にあつまらなければならないというのは、聴覚障害者を一人ひとりの人間として見ていないということの表れではないでしょうか。さまざまな聴覚障害者団体があり、聴覚障害者が自分にあっている団体を選んで、いきいきと活動できるのが理想です。/また、聴覚障害者団体は一般に、広い地域に点在する聴覚障害者を結びつけて広いネットワークをつくることができるのですが、その反面、どうしても個々の障害者に対する細かいサポートが弱くなり、ともすれば運動課題が優先してしまうことがあります。ですから、聴覚障害者がそれぞれの地域でいきいきと暮らせるようにするために、大がかりなセンターよりも、地域単位で聴覚障害者が集まり、情報交換などができる場をつくっていかなければなりません。これは、あの阪神・淡路大震災の時にあらためで気づかされた今後の課題といえます。」106P・・・正論です。ただ、「運動課題が優先してしまう」という書き方をしているのですが、どちらを優先するかの問題ではないと思います。「運動課題」は生活を規定していくことなので、運動の取り組みも必要になります。ただ、その中に入って一緒にやっていた全聴連がいわゆる「政治的課題」を担っていたという経緯もあり、「草の根」は生活・文化を軸に活動していました。
「23 ほかの障害をあわせもつ耳が聞こえない人は、どんな暮らしをしているの?」
このところを押さえようとしていて、いろんな「重複」のひとが来ていて、それが、草の根の特徴でもありました。

この本が出たのは1998年です。だいぶ、変わってきていることもあります。欠格条項は見直しが少しは進みました([4]中でも20P)。
また、まだ「障害個性論」的な主張もこの本の中では見られます。「そして、その障害をその人の一部(マイナスではない)としてありのままに受けとめてほしいのです。」114P・・・今は「個性論」ではなく、「障害の社会モデル」という考え方が出てきています。
で、機器の開発とかで、要約筆記にはパソコン通訳が導入されて、技術的にはかなり進んでいます。音声認識ソフトの開発もいくらかは進み、それを使っているひとたちも出てきています。[「10」や要約筆記92Pに関するところ]
ひととひとの関係のところで基本的におさえようとしていたことは、ろう協会の流れの運動では、その後あまり、進んだようには思えません。「つまり、聴覚障害者と健聴者の関係のあり方についてじっくり考えていって欲しいのです。聴覚障害者に対して差別的な対応をするのは論外ですが、健聴者の中には必要以上に聴覚障害者を持ち上げたり、へりくだったり、遠慮したりする人が目立ちます。それでは、本物の豊かな人間関係はつくれません。聴覚障害者が間違った考え方をしていることは当然あるのですから、そういうときははずばり指摘し批判できるような姿勢が必要です。ぶつかり合いを避けていてはいけないと思います。もちろん、健聴者が間違えている場合も同じことがいえます。長く運動をやっている聴覚障害者・健聴者の中にもそういう人間関係を十分につくれていない人がいます。」120P・・・わたしも「運動、運動」と言って、独り相撲をして、作れていないひとりですが、反差別という観点をもって、共生を実践し、目指す運動が必要なのだと思います。
「障害者」運動総体にとっても、共生・共闘を突き出していた、運動の流れこそが今必要になっているのだと思っています。
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日本手話研究所編『手話・言語・コミュニケーション No.6 特集:手話の歴史2』

たわしの読書メモ・・ブログ479
・日本手話研究所編『手話・言語・コミュニケーション No.6 特集:手話の歴史2』文理閣 2018
インターネットで障害問題関係の本の卸をやっている「スペース96 mag2」というサイトがあり、そこからメールマガジンを送ってもらっています。今、障害関係の出版物もタイトルからして「医学モデル」的なとらわれから脱していず、ほとんど、読みたい本にヒットしないのですが、手話関係の本は、案内を読んで何冊か注文したりしています。それで、特集の「手話の歴史」というより、内容紹介にあった、言語条例の文を読みたいと、買い求めました。
これは『No.6』ですが、このシリーズの前身『手話コミュニケーション研究』を一冊買って読んでいます。全日本ろうあ連盟手話研究所『手話コミュニケーション研究 No.41 ろう教育と手話』2001 です。まだ、読書メモをブログにアップしていく前に読んだので、メモもちゃんと取っていません。ただ、当時読んでいて再読マークをつけいるので、大切な資料として、記憶が苦手のわたしの中で、逆に本当に必要なことだけを濾過した形で、その後の論形成に少しは活かしているのだとは憶測しています。
手話関係の雑誌というか、冊子は膨大なものが出ています。『手話コミュニケーション研究』だけでも、わたしが読んだのは『No.41』2001、手話関係の学習を専門的にしているひとたちは、たぶん、それらを読み込んでいっているのでしょう。障害関係の雑誌に『福祉労働』という雑誌はそれなりに読み込んでいったのですが、手話関係の雑誌はほとんど読めていません。手話の言語学的な関心というか、すばらしさから、読んでみたいのですが、からだはひとつしかありません。絞り込んだところの学習にしかなりません。
ということで、この冊子も三つだけ読みました。
田中美郷「「巻頭言」にかえて――聴覚障害乳幼児の療育・教育における人工内耳と手話の問題」
昔、「D」というミニコミ紙がありました。木村さんが発行人になっていて、その中で「人工内耳」の問題をとりあげていました。それはろう者の存在そのものを否定していくこととして押さえて批判していました。今、欧米や日本でも広がりをもっています。しかも、手術の低年齢化も進んでいます。しかも、医師や医療関係者がきちんと、手話やろう文化の情報をもたず、情報の提供もなされないまま手術がされている現状があります。この著者は医師で人工内耳の手術そのものの否定はしないまでも、限界を押さえ、手話の必要性も説いています。
切り抜きメモを残します。
「医療分野に関しては、今は若い耳鼻科医には難聴についての知識はあっても、聴覚障害児を理解出来る人材が余り育っていないといった問題があります。このような耳鼻科医は人工内耳らついての説明はできても、聴覚障害児の教育や言語について深い知識があるとは思えません。」3P
「この意味で(「高等教育を受けるものが続々と出てきました」という意味で)早期教育は明らかに成果を挙げてきたのですが、他方、聴覚口話法の問題点も見えてきました。それはいくら幼児期の早期から聴覚活用を徹底しても、特に難聴が重いほど聴覚活用には限界があること、そして幾ら日本語が豊かに育っても難聴に由来するコミュニケーション障害は根本的には解決できないという事実です。このような環境で育てられた聴覚障害児は孤独を強いられ、疎外感にさいなまれてきました。」4-5P・・・「難聴が軽い」子も、聴覚活用に頼れば、マージナルパーソンになります。
「一方、伝統的聴覚口話法は健聴児化を目的にしており、理念的に聴覚障害児であることを否定しているといった問題があります。しかし日本語を教えるためには聴覚を活用することに合理性があります。この矛盾を克服して、日本語をどう教えるのかが私にとって大きな課題になりました。」6P・・・課題の答は、文の最後にあるようです。
「人工内耳の意義は、補聴器のほとんど役立たない重度難聴児にも聴覚活用の機会を提供し、聴覚口話の可能性を広げたことにあります。しかし人工内耳は難聴を治す方法ではありません。いわば補聴器と同じく補装具と考えるべきもので、その効果には限界があり、個人差もあり、また人工内耳の適応にはならない子どももいます。人工内耳の効果の乏しい子どもには手話が必要になります。即ち人工内耳によって日常生活における会話には劇的な改善が見られても、聴覚障害児であるという本質は変わりません。」6P
(文の最後)「かようなわけで、人工内耳が普及している今日においても、手話の重要性や必要性はいささかも変わりなく、むしろ聴者と聴覚障害者が共生していく上で手話は尊重されるべきです。/東京にはbilingual/bicultural教育を標榜する聾学校が2008年に設立されました。またこの年には国連で障害者権利生薬が発行し、ここで「手話は言語」と定義されました。/この意義は非常に大きく、日本手話研究所などはこれをもって「聴覚障害は医学モデルから社会モデルへ変わった」と主張していますが、この主張には私も諸手を挙げて賛成です。」9-10P・・・ここのところは、「「聴覚障害」と言われていたことは、医学モデルから「社会モデル」へ変わり、情報・コミュニケーション(被)障害と言われるようになった。」と書くこと。
大西孝志「ろう教育に関わる教員養成の現状と課題」
この著者は東北福祉大学教育学部の教員、ろう学校の教員の育成情況を書いています。その免許は、教員の一般免許の上に、特別支援教育の免許、その上に「聴覚障害領域の免許」となっていて、実際に「聴覚障害領域」に関しては、「専門性」の免許をもたないで、ろう者との交流の経験もない教員がろう学校に赴任してくる教員も多く、しかも、圧倒的に「専門性」が確保されていない情況を書いています。しかも、転任とかで移動が多く、他の「特別支援教育」に移るとかいうこともあります。そもそも手話で教え得る教員、更にその手話もネイティブな手話ができる教員がどのくらいいるのか、その教員たちへの手話教育はどうなっているのでしょうか? 以前日本手話の非公的な有料の教室に通っているときに、ろう学校の教員のひとたちが何人も来ていました。お金を払って時間外での学習なのです。どうして、肝心の教員教育システムさえないのか、日本の公教育の貧困の極みとも言えることです。
切り抜きメモ残します。
「特別支援学校で障害のある子どもの指導に関わるか否かに関係なく、指文字等を知っておくことは、教師としての基本的な知識であると学生には伝えています。」79P・・・指文字ではなく、手話の基本的なこと
「教室での授業を通した学びは、教科書には書かれていない実践を伴う、まさに「アクティブ・ラーニング」による研修といえるのではないでしょうか。」90-1P
(今後の課題)「(1)所有免許状・資格を生かす人事の仕組みを整える(2)「聴覚障害領域の免許状をとる」学生と「聴覚障害領域の免許状もとる」学生、それぞれのニーズに合った養成(3)大学で学び、現場(聴覚支援学校)で学ぶ(4)先輩から学ぶ」88-92P・・・普通学校で手話を学ぶこととか、北欧でなされている教員のための無償(生涯教育の理念も含んだ、授業料、交通費、学習期間の給与、遠隔地からくるひとには宿泊料の保障)教育なども考えていく必要があります。
佐藤英治「手話言語条例をめぐる言語論」
著者は「公益社団法人北海道ろうあ連盟副理事長」、この論文には「―北海道、札幌市における「手話言語条例」をめぐる言語、コミュニケーション論争のポイントと結論―」というサブタイトルがついています。
さて、最初に世界的、日本的にどういう流れの中で、手話言語条例の制定運動があるのかを押さえています。で、この論文の焦点は、北海道、札幌市における手話言語条例の制定運動の中で、他の「障害者」団体から、ろうあ連盟・ろう協会の条例制定の運動に反対の意見が出たという話を書いています。内容は、他の「障害者」も含んだ「意思疎通支援」(情報・コミュニケーション保障)の問題から切り離して、言語保障の問題として、条例制定運動をするのはおかしいということです。結局、情報・コミュニケーション保障の内容の条例を先行させる、二本立てにするというところで、制定にこぎ着けたのですが、これは、「ろう文化宣言」が出たときに、その内容が、「わたしたちの問題は障害問題と言うよりも、民族問題での言語的少数者としての問題である」ということを突き出したことの再現です。この「ろう文化宣言」が出たときに長瀬修さんが「障害者はキズモノか、医学モデル、文化・言語モデル、社会モデル」という文を、『日本手話学会 会報』No.53に書き、わたしも「ろう者の問題=民族問題??」を書きました。http://www.taica.info/rmmmk1.pdf
その後で、「ろう文化宣言」の著者2人の連名で、「ろう文化宣言以後」という文も出ていて、それに対して、「「ろう文化宣言以後」の以後」http://www.taica.info/rbsii1.pdf
という文をわたしが対話を求めて書きました。
今回のことで、何が問題になるのかというと、全日ろう連は「社会モデル」ということを取り入れているのですが、自分たちの言語保障の問題で、「社会モデル」の考え方をとりいれ、他の「障害者」の障害は「障害」(医学モデル)という、ダブルスタンダードになっているのです。そもそも、言語の違いということで、「社会モデル」の立場を取り得たのですが、「障害の社会モデル」自体は混乱を極めています。「障害者の権利条約」やその批准に伴う「障害者」に関わる国内法の改定、新規の法律を作り、その際に「社会モデル」に基づく法律だとかいうことを官僚が言っていたのですが、とんでもない勘違いです。法律の条文の中で、「社会モデル」的なことを書くときは、‘障害’ではなく、‘障壁’ということばを使い、‘障害’ということばを使っているところは、全部医学モデルです。だから、他の「障害者」団体は、自分たちが抱えさせられていることを障害ではなく「障害」という医学モデルでとらえているし、ろうあ連盟・ろう協会も、他の「障害者」のかかえさせられている障害を「障害」としてとらえているのです。そこでの混乱です。言語保障の問題も、「社会モデル」でいけば、障害なのです。今、LGBTの運動が起こっています。一時期「性同一性障害」とか言う言葉が出ていました。これは「病理」の問題として「障害」としてとらえようということだったのですが、今は、性的指向性の問題として、「障害」の範疇にはいれません。むしろ、同性婚を認めないなどの制度的障害の問題としておさえ、要求を出してきています。保育の貧困の問題も、政策のおかしさによる子育ての障害としてとらえてきています。障害をもっときちんととらえ返す必要があります。これらの‘障害’は、ほぼ‘差別’という言葉に重なっています。
この「社会モデル」的考え方では、「「障害者」は「障害者」と規定されるもの」という考えになりますし、そこでは障害は「障害者」がいきることを妨げる悪いことなのです。だから「‘障害者’ということばはイメージが悪いから、‘障がい者’に変えよう」というのは、「社会モデル」の「障害は悪いことだから、悪いときちんと言って、なくしていこう」という考えと真逆なことなのです。だから、条例で「障がい者」などという言葉を使っているひとたちは、「社会モデル」の意味を理解していないということをわたしは指摘しているのです。もちろん、こんな情況が起きているのは、「障害の社会モデル」の混乱を収め切れていないことから来ているという、「障害者運動」の理論を担っているところで、その力及ばすというわたしの自己批判もあるのですが。わたしは既に『反障害原論―障害問題のパラダイム転換のために―』世界書院2010 で、この問題を論じています。その後、「『反障害原論』への補説的断章」というところで、文を書き連ねています。
https://hiro3ads6.wixsite.com/adsshr-3/c
わたしは、いわゆる「営業」(お金が目的で出したのではなく、理論の進化と拡大という目的で出したので、そもそも「営業」ということばに当たらないのですが)ということが苦手というか、嫌いなので、ちゃんと届けるということをやってこなかったのですが、同じようなおかしなことが繰りかえされている現状があり、なんとかしなくてはと、色んな躊躇を取っ払い、もうすぐ本も在庫がなくなるはず、本の著者販売ということも含めて積極的に突き出していきます。
だいぶ、話が脱線しましたが、元に戻っていつもの切り抜きです。
「・・・言語は国連憲章や国連人権条約(?規約)などにおいて。平等であると規定されています。すなわち、言語権は人権を構成する重要な要素です。ところが、ここでいう言語とは正確には音声言語のことです。そこには手話は含まれていません。」96P・・・当時は手話を含めて考えていなかったとは言えるけれど、権利条約では「手話は言語」という理念においては、当然含まれます。
「1880年ミラノで開催されたろう教育国際会議は「手話を排除する」決議を行いました。その後2010年のバンクーバーで開催されたろう教育国際会議において、手話を否定した「ミラノ決議を削除する」と決議するまでに120年を費やしています。」100P
「2013年10月8日、全国初となる鳥取県手話言語条例が可決、成立しました。さらに同年12月16日、北海道石狩市においても手話言語条例が可決、成立と続きました。これらの条例は、障害者権利条約批准の前年に可決、成立したもので、手話を言語として認める意味において先駆的価値をもっています。/それは、わが国が国際的に遅れている障害者の「言語」と「人権」について、自治体の機能である「条例」という分野が先鞭をつけたことでも意義があります。手話言語条例は最初の鳥取県から四年半の間に、2018年5月1日現在で全国179自治体に広がっています。/全国179自治体の条例を分類してみると、手話に特化した手話言語条例は161自治体、手話と情報・コミュニケーションが一体となった条例が18自治体となっています。」100-1P
「運動会の「障害物競走」を思い浮かべればわかるように、「障害」とは行く手を遮るもの、バリア「障壁」であり、バリアは障害当事者にはありません。」102P・・・言葉の使い方がおかしい。「「障害」とは行く手を遮るもの」は「障害とは行く手を遮るもの」、「バリアは障害当事者」は「バリアは「障害者」当事者」という表現になること。もうひとつ、これは「イギリス障害学の第一世代」の障害規定にも落ちていることですが、口話主義の問題の抑圧―同化の問題が抜け落ちているのです。「障害の社会モデル」を展開するときには「障壁」だけでなく、「障壁と抑圧」という表記にすることではないかと思います。
「この知事公約の実現には、与党である自由民主党・道民会議の協力が大きくものをいいました。」106-7P・・・全自治体での意見書の採択や、次々に作られていく条例には、この自民党と友好的な関係をもったことの影響が大きいと言われています。ただ、理念法として成立させるだけではなく、予算をつけていくことでは、現在の政権の福祉に必要な予算をつけず、福祉の押さえ込み・切り捨て的情況でどうなっていくのか、全体的戦争のできる国作りの中で、戦争とファシズムへの途を歩む動きの中で、コツコツとつみあげていったものが、どうなっていくのかの観点が必要です。
「おおむね、「手話を使う人の能力は劣っている」としてなどとして「哀れみの対象」としてみることが、残念ながらおおまかなろう者観でした。」112P・・・こういう言い方では、他の「障害者」が依然として「哀れみの対象」としてとらわれていくことの批判ができなくなります。障害概念のダブルスタンダードになっているのです。「障害の社会モデル」の考えが、他の「障害者」にもあてはまることがとらえられなくなります。
「身体障害者福祉協会を中心に反発され、2017(平成29)年2月1日に道当局の提案した条例名称は「障がい児に係わる手話及びその他の形態の非音声言語等の習得に対する支援ならびに普及啓発に関する条例」でした。/この提案は、障害は個人にあるのではなく、社会にあるという障害者権利条約の理念に乖離しているので、私たち連盟が即座に拒否したことはいうまでもありません。」115P・・・よくわかりません。他の「障害者」の障害を「障害」―医学モデルでとらえているのではないでしょうか?
「北海道言語としての手話の認識の普及等に関する条例」「北海道障がい者の意思疎通の総合的な支援に関する条例」115P・・・「北海道言語」というのは、アイヌ語の問題も言語の障壁で含めようという意図だと思うのですが、アイヌの人に北海道での自治権を認めようという承認がない限り、意味不明です。「意思疎通」というコミュニケーション障害の問題だけでなく、そこには情報障害も被っていると言う問題抜け落ちています。‘害’の表記を‘がい’に変えるのは、「障害の社会モデル」のとらえ方になっていないという問題も。
 「「アイヌ文化振興法」にはアイヌが求める「先住権」などは盛り込まれず、文化振興に限定されたのです。また、石原慎太郎(法律制定時の衆議院議員)が猛反発した結果、日本の法律でありながら、北海道以外では効力をもたないなど特異な扱いをされています。/しかし、このアイヌの運動は私たちの運動に先駆けたものといえます。」124P・・・画期的なとらえ方、ですが、言語権の問題も、「障害の社会モデル」では障害問題としてとらえられるという観点の欠落。

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『手話・言語・コミュニケーション No.5 特集:手話の歴史』

たわしの読書メモ・・ブログ478
・日本手話研究所編『手話・言語・コミュニケーション No.5 特集:手話の歴史』文理閣 2018
前のブログで書いた久松さんの文が所収されている本。この本のタイトルは「手話・言語・コミュニケーション」です。それに合わせて、英語表記もされています。「Sign Language, Language & Communication 」です。手話をちゃんと Sign Languageと表記しています。それにしても全日ろう連の「日本手話言語法案」で、手話ということばを手話言語に全部変えるときに、誰も、おかしいという異論を出さなかったのでしようか?
いろいろ手話学習的に興味をひく文も多々あり、全部読みたかったのですが、時間がないので、四つだけ読みました。
田岡克介「石狩市手話言語条例が無くなる日を願って」
田岡さんは石狩市の市長、手話言語条例はいろんなパターンで作られていますが、石狩市は首長が熱心で、すごく勉強しながら、行政の主導で作られたようです。タイトルは条例を必要としなくなることを求めての、条例制定という意味です。
昔、手話通訳者が、「手話学習や手話を広めるということは、ベテランの手話通訳を育てるということが目標ではなく、手話通訳を(ほとんど)必要としないほど、手話を広めることだ。」という話にリンクしていました。
二神麗子「「手話言語条例」比較論」
手話言語条例が都道府県、市町村レベルで作られています。それをいくつかのパターンで示しています。
表1に「手話言語条例上程過程の形式」として簡略的に載せられています。48P
文章化してみます。 「@執行部提案A型―首長の協力リーダーシップA議員提案A型―主導する会派の力が強いB議員提案B型―執行部が前向きC議員提案C型―執行部が慎重D執行部提案B型―近隣の自治体の後押し」
 さて、表4 57Pとして「教育に関する条文の比較(都道府県モデル案/鳥取県/群馬県)」がありますが、トータルコミュニケーション研究会の北欧視察団の報告と入手資料(ブログ470-2で読書メモ)を見ると、「ろう児、教員、保護者」だけでなく、「きょうだい、親戚、周りの者」と広げて行く、そして生涯・無償教育というところまで射程に入れていくことが必要だと思っています。
 さて、「・・・合理的配慮の提供に関する内容は、差別解消法でもカバーできると言えそうです。それでもなお、残された課題は、聴覚障害者自身が手話を身につけることで、これは、障害者差別解消法の範囲外になっています。」「国の法律でカバーできない内容を独自に条例で定める、「横出し条例」として作成していくバターンは、今後も増えるかもしれません。」67Pとあります。条例作成の意味はまさにここにあるのかも知れません。堂本千葉県政で、「障害者差別禁止条例」が作られたことが、国の政治に波及していったという歴史なども見ると、条例制定運動の大きな意義を見出し得ます。もうひとこと書き置きますが、「合理的配慮」ということは、日本が批准している「障害者権利条約」に書かれていて、それを元にした国内法の整備として、「障害者」関連法律にも盛り込まれて、環境を整備することを義務づけています。だから「注(6)聴覚障害児・者が手話を身に付けられるかどうか、環境に起因するものです。しかし、この環境が準備されていなかった場合、これは「差別」、すなわち、「積極的な悪意が」があって、行われた(行われなかった)ものとまだ言えないのかもしれない。」69Pというのは、おかしいのです。これは、「合理的配慮」というのは、財政的な過重な負担を伴うときには、義務を免除していますので、両刃の剣になっています。そのことを指摘しているのかもしれませんが。悪意があるなしに関わらず、差別です。差別にかっこを付けて「差別」と表現することで何か意味をもたせようとしているようなのですが、意味不明なのです。そもそも、現政権が憲法改正を最大の目的にして、「平和憲法」を改定するために、危機をあおり軍事費を増額する、財界の支持を得るために、法人税を減税し、所得税の累進課税を弱める、更にアベノミクスなどで、企業の内部留保を増大させる一方で、福祉関係の予算で必要な処置を講じない・更には減額さえするというときに、「合理的配慮」で、予算を伴う処置はことごとく押さえられ、理念法・条例に押しとどめられていきます。そもそも、憲法に基本的人権があり、ひとりのろう者と聴者が同等の情報・コミュニケーション保障がなされるべきということで、それが保障されないならば、それは「基本的人権」とは言えないという批判ができるのですが、そもそも、憲法は基本的人権の条文だけで成立していないで、他のさまざまな条文との関係で、「基本的人権」が機能しないしくみ、ごまかしができあがっているのです。そのあたりの仕組み、この社会を成り立たせている世界観から、問題を考えていくことが必要になっているのだと考えています。脱線してしまいました。このあたりのことは別文にします。
藤澤和子「知的障害者のコミュニケーション手段―シンボルとサイン」
サインとシンボルを「知的障害者」のコミュニケーション方法として、シンボルとサインを使っていこうという試み。実は、わたしは、「自閉症」「知的障害」と規定される子どもへの体罰裁判の支援をしていて、その中で、手話の単語でコミュニケーションをとることを進め得るのではとちらっと思ったことがありました。で、そのような試みをしているという文にも出会っていました。結局ちゃんと読み込んでいなかったのですが、思わぬところで、この文に出会えました。
この話は、高田さんのヒエログリフの研究とつながっていると感じています。漢字が表意文字から表音文字化しているという話が出ているのですが、このようなシンボル、サイン研究は、これと逆向きの研究ではないかとも考えたりしています。
とても、このあたりの学習にまで踏み入れません。
パソコンには、検索機能があるので、何かもし必要になるときのために、いつもは抜き書きメモを残しているのですが、今回は抜き書きメモと、それにもならない、キーワード的に抜き書きを残して置きます。
「具体的には、音声言語が育つ前の前言語期によく使われる音声、指さし、表情、ジェスチャーや、絵、写真、シンボル、サイン、VOCAの機器が挙げられます。これらはすべては、Augmentative and Alternative Communication (AAC 補助代替コミュニケーション)と呼ばれ・・・。」72P(VOCA Voice Output Communication Aids : 音声出力会話補助装置98P)
「シンボルを障害者のコミュニケーションに使用する実践が始まったのは、1970年に入ってからです。ブリス(C.K.Bliss)が世界の平和を願って国際言語として考案したブリスンシンボル(Blissymbols)を、カナダのオンタリオ肢体不自由子どもセンターが注目し、障害者用の言語として用いたことから始まりました。」76P
「日本では、1985年に、広川によってオーストラリアで活用されていたサウンズアンドシンボルズが導入され、その後、1995年頃から、欧米のPICシンボルやPCSシンボルの日本版が制作され、現在までに特別支援学校や施設などで普及しています。」77P(PIC : Pictogram Ideogram Communication 79P)(PCS : the Picture Communication Symbols)
「スウェーデンでは、手話が知的障害学校の多くで使用されています。」91P(‘手話’に注「スウェーデンでは、言語体系としての語彙の多さや文法的使用という条件がそろわなくても、手指の動きが手話と同じであれば、手話の使用と言います。そのためスウェーデンでの報告に関する部分は「手話」という言葉を使用します。」99P)・・・「対応手話」ということと同じ。サインとサインランゲージの区別
久松三二「(書評)『手話を言語と言うのなら』を読んで」
これは、前のブログでメモを残しています。
次のブログの読書メモは、この冊子の『No.6』です。

posted by たわし at 04:30| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

久松三二「(書評)『手話を言語というのなら』を読んで」

たわしの読書メモ・・ブログ477
・久松三二「(書評)『手話を言語というのなら』を読んで」(日本手話研究所編『手話・言語・コミュニケーションbT』文理閣 2018所収)
この文は、一回前のブログの久松さんと対話の続きです。併せて読んで下さい。
前前回でだいたい積ん読していた本を読み終え、一連の集中学習を終えようとしていたのですが、ちょうどメルマガで冊子の紹介をしていて、その中で手話言語法を巡る論文の記載があり、その動きを押さえておきたいと冊子を買い求めました。実は買ったのは最新号『No.6』の方です。で、そのバックナンバーの内容紹介を見ていたら、『bT』のこの書評が目に付きました。
実は、ブログ448でとりあげた、『手話を言語というのなら』の文がよくまとまった文で、この冊子に対する全日本ろうあ連盟(以下、全日ろう連と略します)からの対話があれば、きちんと整理できるのではないかという思いをもっていました。一つ前のブログにもすでに書いていますが、インターネット上で、『手話を言語というのなら』の執筆者サイドから「vs久松」という反批判が出ていました。それを、この冊子への批判だと勘違いして買ったのですが、何かかみあいません。で、再度インターネットで検索して、前のブログの文にあたりました。そのことを前のブログにすでに書いています。そういう経過があって、実は、前のブログの文よりも、こちらを先に読んだのですが、メモのまとめは後にしました。
久松さんは、全日ろう連の常任理事・事務局長です。民主党政権時代に作られた「障がい者制度改革推進会議」に全日ろう連から参加していたひとで、論客としてわたしが注目していたひとです。
さて、論点は全日ろう連が「手話はひとつ」ということを突き出しているところでの議論です。実は、この冊子にも「しかし、本書(『手話を言語と言うのなら』のこと)で展開する批判を読むと、日本手話言語法案に記載している「手話」を「日本手話」に置き換えれば、批判の矛先を収めることになるのではないかと思えるような書き方もしています。」138Pの文があります。実は、『手話を言語というのなら』チームは、「ろう文化宣言」の流れの中から出て来たチームだとわたしは押さえているのですが、「ろう文化宣言」では、「手指日本語」は手話ではないと主張しているので、「手話は日本手話だけだ」ということになります。ですが、そもそも「中途失聴者・難聴者」の反発の中で、「ろう文化宣言」の流れのひとたちも、「対応手話」という表記、すなわち、「手話」と認めるような表記も使っています。久松さんは、「対応手話」とか「手指日本語」という表記も認めようとしないのです。「ろう文化宣言」よりも、よほどラジカルです(ラジカルには、根源的という意味と、過激という意味があります)。
「チーム」は「対応手話」を使うひとたちを、言語体系が違うひとたちとおさえているのですが、久松さんは、「単純に「日本語対応手話」と論じないで、手話を正しく表現するには、この表現が良いよと指摘すればよいのです。」140Pと書いています。どうも、「正しくない」とか、(これは前のブログでコメントした文や別のひとの話にも出てくるのですが)「手話の下手なひとたち」とか、「未熟なひとたち」とか、「学習を途中で止めたひとたち」とかいう規定をして、「対応手話」という言葉自体をも認めようとしないのです。どうも、「手話」を区別することを差別というようなところでとらえられているようです(註1)。「対応手話」話者と日本手話話者は、手話通訳が十分に保障されない中で、しかも、日本手話通訳者が少ない中で、総体的相対的に下位の社会的地位に置かれています。だから、全日ろう連の元理事長の高田英一さんがシムコムの勧めなど書いているのです。話がそれましたが、むしろ、手話のうまい-下手などというのは、それは間違いなく手話の技術を巡る差別です。ことは、上手い-下手ではなく、「対応手話」という指摘―区別は、言語体系が違うという指摘なのですが。
それについて、久松さん自身が「その影響の度合いを日本語の視点で評価し(このところはおかしく、「自分の使用する言語の視点で評価し」と書くところですが)、その評価に基づいてレッテルを貼ることは、言語権を尊重する、また言語学の求める姿勢ではないと思います」140P中段 と書いています。だから、「下手」とかいう評価自体がおかしいのです。そもそも言語体系の違いなのです。「対応手話」ということにも洗練があります。手話通訳者が音声言語話者の話を、完璧に近いほど復唱的に口話をつけながら「対応手話」をしていたりしているのを見たりしていますし、「ろう者」が口話をかなりの精度で読み取れるとか、それに、同時法の流れの中のひとたちが、「対応手話の」精度化のために「漢字対応手話」を提唱していたり、その流れの中で辞書まで作ったりしていました。
さて、久松さんが勘違いしているのではないかと思えるところの指摘をしてみます。久松さんは「しかし、多くのろう教育関係者を中心とする「手話」の特性についての説明は、日本語(以下、音声語)を基準に優劣を論じる主観的傾向が多々ありました。今でもこの傾向は、「手話は日本手話、日本語対応手話、混成手話の三通りあります」と、言い方を変えて引き継がれています。この表面的分類に固執する限り、「手話」は音声語とは独立した独自の文法をもつ言語の体系であると、いくら説明しても、手話言語法を批判する人たちは、この説明を受け止め、理解することができないのではないかと思います。」139P下段 と書いています。「ろう文化宣言」は、音声言語を軸にして考えることから大転換して、「日本手話」を基軸にして、「対応手話」の批判をしているのです。その押さえがないので、意味不明の文が続いています。「今でもその傾向は・・・引き継がれています。」ではなくて、「「ろう文化宣言」によって根底的に変換されました」と書くことです。そして、「「手話」(これはかっこを外すべきです。「対応手話」には「かっこをつけますが、ここは日本手話、日本手話にはかっこはつけません)は、音声言語とは独自の文法をもつ言語の体系である。」というには「ろう文化宣言」と今回の「チーム」のひとたちの主張そのものです。
実は、久松さんは「隠れ「ろう文化宣言」支持者」ではないかとわたしは思ってしまいます。ただ、「手指日本語」(やわらかい表現としての「対応手話」)の存在を認めないというところの違いがあるのです。
日本手話か「対応手話」ということは、単にどちらの論が正しいのかを競っているのではありません。そこには実際に、ろう児たちにどういう教育を提供していくのか、どういう手話を聴者も含めたところで広めていくのという実践的な問題です。音声言語の圧力が強い中で、「社会参加」という名目で、適応論に陥ると、その手話はどうなるのか、それが「対応手話」になっていくという自覚をもって、それとはっきり「日本手話」を対峙させる必要があるのです。だから、「対応手話」に対峙するためには、「対応手話」という存在を認めねばなりません。差別をなくすためには、差別ということばをなくすのではなく、差別ということを自覚して、反差別の運動を起こす必要があるのです。
「対応手話」の存在を認めないということ、これはどこから来ているのかと考えているのですが、わたしは「手話はひとつ」という突き出しは、全日ろう連という組織を維持していくために、手話の違いによる分断を避けるという自覚的・無自覚的かを問わずその意識がはたらいているのではないかと思うのです。これは「プロクルステスのベッド」のような話です(註2)。
ここで、前のブログで書き落としていたこと、その文の最後のところで、全日ろう連活動の蓄積と成果ということを述べられていることへのわたしの思いを書き置きます。
確かに、コツコツと積み上げられてきた運動の実績は、すごいと思っていますし、リスペクトしています(註3)。
ただ、議論をするときは、論の論理性で議論をすることで、過去の運動の実績とか、所属する組織の力とかをバックボーンにして議論をするのはおかしいと思っています。だいたい、少数言語者への多数言語者への抑圧を問題にしている団体が、組織の大きさとかそういう実績の類い大きさの話をされるのはおかしいのだとも思います。こういう「組織の権威」とかいう話が、どういうところにいくのかを歴史が示しています。きちんとした対等な立場での対話をして行けたらと思っています。


1 昔、天皇制について「天皇を差別している」と書いたひとがいましたが、確かに職業選択の自由とか、住居の自由とか基本的人権を奪われているのですが、そもそも天皇を「現人神」的にとらえる流れがきちんと解消されていないので、それでいうと「基本的人神権」で、天皇家のひとびとが「人権」をきちんと突き出せばいいのです。天皇制は天皇をもちあげています。差別というのは、上から下への差別です。上へ区別するのを差別とはいいません。
2 ギリシャ神話に出てくる、ベッドから足がはみ出すからと、足を切ったという話。「本末転倒」という言葉にも通じる話。
3 ただ、情況に規定されて、今までつみあげてきたことが、無になっていくということを押さえ、政治的なことへのコミットメントの必要性の問題もありますし、そもそも大きな組織の中で、どこまで意見がまとめられているのかの問題もあります。たとえば、この冊子の中で、高田さんが「独自の言語体系を有する」と提言されたという記述があります。その他、高田英一さん数々の貴重な論文があります。しかし、本を読んでいると、どうみてもシムコムの勧めのようなことを書いています。手話が音声言語から独自の言語体系を有するとしたら、シムコムの勧めなど出てこないと思います。このあたりきちんと議論の決着をつけないと、手話言語法の制定はむずかしくなると思うのですが。

posted by たわし at 04:26| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

久松三二「(書評)『手話を言語というのなら』を読んで」(日本手話研究所編『手話・言語・コミュニケーションbT』

たわしの読書メモ・・ブログ477
・久松三二「(書評)『手話を言語というのなら』を読んで」(日本手話研究所編『手話・言語・コミュニケーションbT』文理閣 2018所収)
この文は、一回前のブログの久松さんと対話の続きです。併せて読んで下さい。
前前回でだいたい積ん読していた本を読み終え、一連の集中学習を終えようとしていたのですが、ちょうどメルマガで冊子の紹介をしていて、その中で手話言語法を巡る論文の記載があり、その動きを押さえておきたいと冊子を買い求めました。実は買ったのは最新号『No.6』の方です。で、そのバックナンバーの内容紹介を見ていたら、『bT』のこの書評が目に付きました。
実は、ブログ448でとりあげた、『手話を言語というのなら』の文がよくまとまった文で、この冊子に対する全日本ろうあ連盟(以下、全日ろう連と略します)からの対話があれば、きちんと整理できるのではないかという思いをもっていました。一つ前のブログにもすでに書いていますが、インターネット上で、『手話を言語というのなら』の執筆者サイドから「vs久松」という反批判が出ていました。それを、この冊子への批判だと勘違いして買ったのですが、何かかみあいません。で、再度インターネットで検索して、前のブログの文にあたりました。そのことを前のブログにすでに書いています。そういう経過があって、実は、前のブログの文よりも、こちらを先に読んだのですが、メモのまとめは後にしました。
久松さんは、全日ろう連の常任理事・事務局長です。民主党政権時代に作られた「障がい者制度改革推進会議」に全日ろう連から参加していたひとで、論客としてわたしが注目していたひとです。
さて、論点は全日ろう連が「手話はひとつ」ということを突き出しているところでの議論です。実は、この冊子にも「しかし、本書(『手話を言語と言うのなら』のこと)で展開する批判を読むと、日本手話言語法案に記載している「手話」を「日本手話」に置き換えれば、批判の矛先を収めることになるのではないかと思えるような書き方もしています。」138Pの文があります。実は、『手話を言語というのなら』チームは、「ろう文化宣言」の流れの中から出て来たチームだとわたしは押さえているのですが、「ろう文化宣言」では、「手指日本語」は手話ではないと主張しているので、「手話は日本手話だけだ」ということになります。ですが、そもそも「中途失聴者・難聴者」の反発の中で、「ろう文化宣言」の流れのひとたちも、「対応手話」という表記、すなわち、「手話」と認めるような表記も使っています。久松さんは、「対応手話」とか「手指日本語」という表記も認めようとしないのです。「ろう文化宣言」よりも、よほどラジカルです(ラジカルには、根源的という意味と、過激という意味があります)。
「チーム」は「対応手話」を使うひとたちを、言語体系が違うひとたちとおさえているのですが、久松さんは、「単純に「日本語対応手話」と論じないで、手話を正しく表現するには、この表現が良いよと指摘すればよいのです。」140Pと書いています。どうも、「正しくない」とか、(これは前のブログでコメントした文や別のひとの話にも出てくるのですが)「手話の下手なひとたち」とか、「未熟なひとたち」とか、「学習を途中で止めたひとたち」とかいう規定をして、「対応手話」という言葉自体をも認めようとしないのです。どうも、「手話」を区別することを差別というようなところでとらえられているようです(註1)。「対応手話」話者と日本手話話者は、手話通訳が十分に保障されない中で、しかも、日本手話通訳者が少ない中で、総体的相対的に下位の社会的地位に置かれています。だから、全日ろう連の元理事長の高田英一さんがシムコムの勧めなど書いているのです。話がそれましたが、むしろ、手話のうまい-下手などというのは、それは間違いなく手話の技術を巡る差別です。ことは、上手い-下手ではなく、「対応手話」という指摘―区別は、言語体系が違うという指摘なのですが。
それについて、久松さん自身が「その影響の度合いを日本語の視点で評価し(このところはおかしく、「自分の使用する言語の視点で評価し」と書くところですが)、その評価に基づいてレッテルを貼ることは、言語権を尊重する、また言語学の求める姿勢ではないと思います」140P中段 と書いています。だから、「下手」とかいう評価自体がおかしいのです。そもそも言語体系の違いなのです。「対応手話」ということにも洗練があります。手話通訳者が音声言語話者の話を、完璧に近いほど復唱的に口話をつけながら「対応手話」をしていたりしているのを見たりしていますし、「ろう者」が口話をかなりの精度で読み取れるとか、それに、同時法の流れの中のひとたちが、「対応手話の」精度化のために「漢字対応手話」を提唱していたり、その流れの中で辞書まで作ったりしていました。
さて、久松さんが勘違いしているのではないかと思えるところの指摘をしてみます。久松さんは「しかし、多くのろう教育関係者を中心とする「手話」の特性についての説明は、日本語(以下、音声語)を基準に優劣を論じる主観的傾向が多々ありました。今でもこの傾向は、「手話は日本手話、日本語対応手話、混成手話の三通りあります」と、言い方を変えて引き継がれています。この表面的分類に固執する限り、「手話」は音声語とは独立した独自の文法をもつ言語の体系であると、いくら説明しても、手話言語法を批判する人たちは、この説明を受け止め、理解することができないのではないかと思います。」139P下段 と書いています。「ろう文化宣言」は、音声言語を軸にして考えることから大転換して、「日本手話」を基軸にして、「対応手話」の批判をしているのです。その押さえがないので、意味不明の文が続いています。「今でもその傾向は・・・引き継がれています。」ではなくて、「「ろう文化宣言」によって根底的に変換されました」と書くことです。そして、「「手話」(これはかっこを外すべきです。「対応手話」には「かっこをつけますが、ここは日本手話、日本手話にはかっこはつけません)は、音声言語とは独自の文法をもつ言語の体系である。」というには「ろう文化宣言」と今回の「チーム」のひとたちの主張そのものです。
実は、久松さんは「隠れ「ろう文化宣言」支持者」ではないかとわたしは思ってしまいます。ただ、「手指日本語」(やわらかい表現としての「対応手話」)の存在を認めないというところの違いがあるのです。
日本手話か「対応手話」ということは、単にどちらの論が正しいのかを競っているのではありません。そこには実際に、ろう児たちにどういう教育を提供していくのか、どういう手話を聴者も含めたところで広めていくのという実践的な問題です。音声言語の圧力が強い中で、「社会参加」という名目で、適応論に陥ると、その手話はどうなるのか、それが「対応手話」になっていくという自覚をもって、それとはっきり「日本手話」を対峙させる必要があるのです。だから、「対応手話」に対峙するためには、「対応手話」という存在を認めねばなりません。差別をなくすためには、差別ということばをなくすのではなく、差別ということを自覚して、反差別の運動を起こす必要があるのです。
「対応手話」の存在を認めないということ、これはどこから来ているのかと考えているのですが、わたしは「手話はひとつ」という突き出しは、全日ろう連という組織を維持していくために、手話の違いによる分断を避けるという自覚的・無自覚的かを問わずその意識がはたらいているのではないかと思うのです。これは「プロクルステスのベッド」のような話です(註2)。
ここで、前のブログで書き落としていたこと、その文の最後のところで、全日ろう連活動の蓄積と成果ということを述べられていることへのわたしの思いを書き置きます。
確かに、コツコツと積み上げられてきた運動の実績は、すごいと思っていますし、リスペクトしています(註3)。
ただ、議論をするときは、論の論理性で議論をすることで、過去の運動の実績とか、所属する組織の力とかをバックボーンにして議論をするのはおかしいと思っています。だいたい、少数言語者への多数言語者への抑圧を問題にしている団体が、組織の大きさとかそういう実績の類い大きさの話をされるのはおかしいのだとも思います。こういう「組織の権威」とかいう話が、どういうところにいくのかを歴史が示しています。きちんとした対等な立場での対話をして行けたらと思っています。


1 昔、天皇制について「天皇を差別している」と書いたひとがいましたが、確かに職業選択の自由とか、住居の自由とか基本的人権を奪われているのですが、そもそも天皇を「現人神」的にとらえる流れがきちんと解消されていないので、それでいうと「基本的人神権」で、天皇家のひとびとが「人権」をきちんと突き出せばいいのです。天皇制は天皇をもちあげています。差別というのは、上から下への差別です。上へ区別するのを差別とはいいません。
2 ギリシャ神話に出てくる、ベッドから足がはみ出すからと、足を切ったという話。「本末転倒」という言葉にも通じる話。
3 ただ、情況に規定されて、今までつみあげてきたことが、無になっていくということを押さえ、政治的なことへのコミットメントの必要性の問題もありますし、そもそも大きな組織の中で、どこまで意見がまとめられているのかの問題もあります。たとえば、この冊子の中で、高田さんが「独自の言語体系を有する」と提言されたという記述があります。その他、高田英一さん数々の貴重な論文があります。しかし、本を読んでいると、どうみてもシムコムの勧めのようなことを書いています。手話が音声言語から独自の言語体系を有するとしたら、シムコムの勧めなど出てこないと思います。このあたりきちんと議論の決着をつけないと、手話言語法の制定はむずかしくなると思うのですが。

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久松三二「手話言語法とろう教育〜「手話」から「手話言語」の時代に〜」

たわしの読書メモ・・ブログ476
・久松三二「手話言語法とろう教育〜「手話」から「手話言語」の時代に〜」(ろう教育の明日を考える連絡協議会編『ろう教育の“明日”』 No.74 2016.12所収)
ブログ448で取り上げた、・森壮也/佐々木倫子編『手話を言語と言うのなら』ひつじ書房 2016 への批判を久松さんが書いていて、インターネット上で、それに対する反批判を、『手話を言語というのなら』チームvs久松三二として、ビデオ付きで(厳密にいうと、ビデオの手話を翻訳した文字付きでだと思うのですが)載せていました。
http://www.hituzi.co.jp/hituzi_rondan/syuwa/syuwahanron_20170501.htm
それで、久松さんの文をちゃんと読んでおこうと探していたのですが、次のブログで読書メモを書く冊子を、それと思い込んで、買って読んだのですが、どうも内容が違うので、改めてインターネット上で探していたら、この文にヒットしました。本をコピーした感じがないので、そして所収本にはあたっていないのですが、多分違わないと思いつつ、対話を試みます。既に、『手話を言語というのなら』チームが指摘しているところもあると思いますが、考えついたことを文にしてみます。
まず、語彙の整理からしてみます。
日本語と日本手話という対置をしているのですが、日本手話話者は、‘日本語’(‘ ’ことばを表す記号)は<日本><話す>と表しています。実はこれは、書記言語に翻訳すると「日本語」(日本音声言語―書記言語)と表すことだと思います。それと、日本の国語といういみでの日本語はかっこを付けません。そして、「日本語(これは手話の<日本><言葉(言語)>に相当します)には、「日本語」(日本音声言語―書記言語)と日本手話がある」という言い方になります。手話の先進国では、憲法で国語として認めさせるという動きがあります。ここまで射程に入れるなら、‘日本語’と‘日本手話’という対置をするときには、‘日本語’にカッコをつけて‘「日本語」’とすることではないかと思います。言語的制度化運動の核心的なことではないかとわたしは思っています。
それに、SignとSign Languageは区別されているという話を久松さんも指摘しています(註1)。その話でいくと手話には区別があるとなるのですが、それがどうも変な話になっていきます。これは、トータルコミュニケーション研究会で北欧(デンマークとスウェーデン)の視察旅行を2000年と2001年にしたときの記録を読むと、サインド・デーニッシュ(Signed Danish)とデンマーク手話(Danish Sign Language)の区別、サインド・スウェーディッシュ(Signed Swedish)とスウェーデン手話(Swedish Sign Language)の区別をしている話に通じていくと思います。勿論、明確に二つに分かれるというわけでなく、ふたつの間で多様な使用形態があるという話も出ているのですが(註2)。これはアメリカでも同じで、アメリカ手話と訳されているのは、American Sign Language の訳語なのです。この表現は、各国のSign Languageに当てはめるとNational(or Native or Natural) Sign Language(これはNSLという略語を当てられたりしています)となり、日本の場合には、Japanese Sign Languageとなるのではと思います。で、日本手話というのは、この翻訳語になっています。そもそも‘日本手話’という言い方はだれが言い始めたのかは分かりませんが、木村晴美さん(『手話を言語というのなら』チームのひとり)の「ろう文化宣言」での使用で、広まったことばです。木村さんはアメリカ留学経験があり、そこで天地がひっくりかえる思いをしたという趣旨のことを書いています。その考えを、日本に持ち帰って出てきたのが「ろう文化宣言」なのです(註3)。
Japanese Sign Languageを日本手話と翻訳するのが適当かどうかの問題なのですが、そもそも日本で‘手話’ということばがあり、それに相当する英語としてSign Languageがあったのです。スウェーデンでもデンマークでも(アメリカでも)、NSLとサインド・デーニッシュとかサインド・スウェーディッシュとかはっきりわけています。単に、そこで、サインド(Signed)ということをどう訳するのでしょうか、それが直訳すると、まさに「サイン化された」とか、という訳になると思います。それでサインド・○○語は、それを意味的につかんで手指○○語とか訳したというということがあったのです。これは○○語対応手話とか言う言い方もされています。久松さんの意見はSignが手話でSign Languageは手話言語が良いということのようですが、そもそもSignはHand-Signだけではないのです。例えば、ウィンクとか、アイ・コンタクトと言われることもサインです。Hand-Signでも、野球で「盗塁のサインを出す」というのも、サインです。これも言語Languageでないので、手話とは言いません。チンパンジーに手話を教えたとかいう話があるのですが、それはサインを教えたのであって、手話を教えたのではないのです。ですから、他のサインと区別するために、Sign Languageということばになったのではないではないでしょうか? そして、もうとつ、サインド・デーニッシュ(Signed Danish)やサインド・スウェーディッシュ(Signed Swedish)との対比においても、デンマーク手話(Danish Sign Language)、スウェーデン手話(Swedish Sign Language)、NSLを独自の言語体系をもった、独自の文法をもった言語として突き出したのです。
それで、「日本手話言語法」の制定運動の中で、この文もその批判する文も出てきたと思うのですが、「手話は言語である」というところで、「手話=言語法」で、言語ということを強調したいのだと、日本手話=言語法だと、思っていたのです。しかし、いつの間にか、「手話を手話言語に替えよう」という話になってきているようです(註4)。これだと「手話言語は言語である」という回りくどい言い方になるのですが、手話語彙の表現では簡略化のルールがあります。例えば、「池袋」の手話は東京圏−関東圏では、<池><袋>でなく<袋>で表します。「板橋区」も、<橋><区>で表します。そのルールで行くと、「手話言語」は<手話>になるのではないでしょうか? そもそも先に書いたように、Signには手話という意味以外にも色んな意味があり、それと区別するためにSign Languageとしたというところでは、手話言語の英訳はSign Language Languageとなります。語彙としておかしいです。先に、日本音声語を「日本語」と表すことを提起しましたが、前にも書きましたが、これは書記言語の話です。<手話>を表すところを、全部<手話><言語>と表していくのでしょうか? もうひとつ、例を出しておきます。わたしは「吃音者」(「」を付けているのは、規定される者、呼ばれる者、という意味です。これは医学モデル規定ということで、それを批判してることも表示しています)ですが、「吃音」のことを「吃音障害」と表記するひとがいます。で、「吃音=言語障害」なので、「吃音障害=言語障害障害」ということになります。言葉的におかしいですが、強調というところで繰りかえすとしたら、わたしは医学モデル批判をしているので、医学モデル的「障害」の強調をしたくはありません。逆に社会モデルの意味での障害(「」をつけません)は、反差別の立場で差別を告発するときには強調しますが。
そこで、韓国の手話言語法の中での‘手語’の話に移ります。そもそも、久松さんが書かれているような議論もあって、手話言語の略語として出てきたということが主かもしれませんが、漢語に手語ということばがあるので転換できたという側面もあり、また、韓国手話は日本の植民地時代に日本から‘手話’ということばと共にもたらされたという歴史があるので、植民地時代の払拭という側面も一部あったのかなという、これも臆断と批判されることかもしれませんが、思いをもっています。もうひとつ、韓国の「手話言語法案」について書き置くことは、その条文、3条の3に「韓国手話使用者」の定義の中で、「韓国手話使用者とは、ろう者以外に聴覚障害または言語障害により、韓国手話を日常語として使用しあるいは補助的に使用するもの者をいう。」と、「補助的使用者」ということで、手話を分類しているととれる項があります。
「手で話をしているとしてことでの手話」に対して「手の語」ということになると、わたしは後者は前者に比べて、手話の語彙に含まれるとか、手話の文法に含まれる非手指表現MNの問題が、より抜け落ちるので違和を感じてしまいます。「手で話している」ということで、MNにふれていないだけですが、「手の語」となると、「NSLは手だけでなりたっているのではない」という批判が出て来ますから。
わたしは言葉には歴史性があり、特に差別性が無い限り継承していくことだと思っています。「手まね」とかいうことばには、差別性を感じたから「手話」に変えたということなのですが、‘手話’ということばに差別性があるわけではないので、とりたてて意識的に変える必要性も必然性もわたしは感じません(わたしは一応非当事者なので、わたしが感じる−感じないは関係ないのですが)。たとえば、ろう者はそもそも英語では医学モデルのdeafにあたる語ですが、それを大文字に変えて、Deafとして、手話を第一言語にするひとたちという意味で使っています。そういう意味では‘手話者’と表記することもできますが、歴史的な言葉で、残っていくと思います。deafとDeafを区別する必要があるなら、deafを「ろう者」とかっこつきで表記することです。これも日本手話では、表現わけしていると思います。
この文の中で、「障害の社会モデル」の話を書かれています。本題から外れるのですが、これはわたしがライフワークにしていることなので、少し対話を試みます(註5)。久松さんは、「障がい者制度改革推進会議」に全日ろう連から参加されていました。これはそもそも、「障害者権利条約」の批准に伴う、国内法の法整備のための会議という意味をもっていました。障害の規定、モデルというのは、1981年の国際障害者年に合わせた、障害規定ICIDH(「国際障害分類」と訳されています)の中で、impairment(機能障害)-disability(能力障害)-handicap(社会的不利)という分析が出ていました。それで、これが、impairment(機能障害)があるからdisability(能力障害)があり、disability(能力障害)があるからhandicap(社会的不利)があるという、impairment(機能障害)→disability(能力障害)→handicap(社会的不利)という図式で、因果論的になっているという批判が出てきていました。で、イギリス障害学が、impairment(機能障害)に始まる、基底にする論を「障害の医学モデル」と押さえ批判し、impairment(機能障害)をさておくとして、かっこにくくって、それに対して「障害の社会モデル」を突き出しました(註6)。それを定式化すると「障害とは、社会が「障害者」と規定するひとたちに作った障壁である」となります(註7)。それに対して、イギリス障害学内部から批判が起きました。最初に「社会モデル」を出したひとたちを第一世代として、それを批判したひとたちを第二世代ということで、更に第一世代サイドに新しい理論も組み込こもうとして、議論は進行中です(註8)。そして、その流れとは別のアメリカの公民権運動と消費者運動の流れからきたアメリカ障害学があり、その違いのポイントは「障害者」の各国語での表記の違いにはっきり現れています。アメリカ障害学の「障害者」はpersons with disabilityであり、イギリス障害学はdisabled peopleです。disableにはできないという意味があり、その意味からとらえ返すと、アメリカ語は「できないことをもっているひとびと」イギリス語は「できなくさせられているひとびと」になります。そういう論とその決着が着かない中で、ICIDHの障害規定の見直しの議論が、ICIDH-2の作成議論として進みました。それがICF(国際生活機能分類)としてまとめられ、それを元にして「障害者権利条約」の議論も始まりました。で、そこでの英語はpersons with disabilityになっていました。それは、「社会モデル」を推進しようとしていた立場からすると、最初からボタンの掛け違いが起きていたのです。普通条約は言葉の定義から始まるのですが、結局、「権利条約」は障害の規定をしていたら話がまとまらないとして、障害や障害者の定義もしないまま、でき上がっています。その混乱の中で作られた「障害者権利条約」批准のための国内法の整備のためにと、「障がい者制度改革推進会議」が召集され、議論がなされていたのです。「社会モデル」の話を書かれていますが、そもそもその混乱的情況をきちんとときほぐしていないと思っています。「障害者福祉」やこれからの社会のありかたも含め、根底的問題がそこにあるとわたしは考えています。それとは別に、今ある「権利条約」をどう使っていくのかというところでの議論があり、手話のことでは、「手話は言語である」という規定がそこにあるから、使えるとして、またキーワードになっている、「合理的配慮」にしても一定使えるところはあるわけです。全日ろう連で、パンフも作られています。この「合理的配慮」は両刃の剣でもあるのですが。もっといろいろ書きたいのですが、これらのことはわたしが、本に書いています。三村洋明『反障害原論―障害問題のパラダイム転換のために―』世界書院 2010を読んでください。その後にも「『反障害原論』への補説的断章」として文を書きためています。その中に、手話の語彙からとらえ返した「障害の社会モデル」をとらえ返した文があります。読んでみてください。http://www.taica.info/dis-chang.pdf
もうひとつ、「社会モデル」と手話の世界へのリンクについて書き置きます。「ろう文化宣言」の内容は障害を医学モデルでとらえている「障害」になっているという批判ができますが、ろう者−手話の問題では、その内容は医学モデル批判を突き出しています。この先進性はきちんと押さえておく必要があると思っています。
さて、対話し落としていることをいくつか書き記します。
「手指日本語」と「日本語対応手話」の話です。釈迦に説法的な話になりますが、わたしなりのとらえ返しをしておきます。
‘手指日本語’ということばを広めたのは、「ろう文化宣言」だと思います。そこで、日本手話と手指日本語と対で表し、「手指日本語は手話ではない」とまで言い切りました。で、「ろう文化宣言」が出されたのは、『現代思想1995年3月サイード特集号』ですが、その1年後に、『現代思想 臨時増刊号 ろう文化』という号を4月に出しました。その中で、木村さんが「中途失聴者・難聴者協会」の長谷川洋さんと熱烈な議論を交わしています。で、長谷川さんとしては「手話ではない」というところに噛みついたのです。「ろう文化宣言」は、広く「中途失聴者・難聴者」から反発を受けました。最近知ったのですが、「ファシズム」とかいう批判もあったようです。わたしはむしろ、抑圧されている立場での日本手話復権の、デフ・ナショナリズムという押さえ方をしていました。ナショナリズムは両刃の剣的になりますが、被差別者のナショナリズムは過渡的に必要だし、賛同できることだと思います。わたしは「ろう文化宣言」の意義のひとつは、口話主義教育を植民地支配下の民族差別で言語を奪う政策になぞらえて、同化という差別だと突き出したこととして押さえています。
さて、話を戻します。「ろう文化宣言」サイドのひとたちが、「手指日本語」と突き出し「手話ではない」としたことを、少し和らげて、「手指日本語」と「日本語対応手話」(わたし的には厳密にいうと「「日本語」対応手話」なのですが)の両方併記というように進んでいるようです。無用な対立を避けようという心理がはたらいたのではないかと思います。内容的には、「手指日本語や日本語対応手話といわれていることは、日本手話の単語を用いているから、その単語は手話の単語だけど、日本手話がもつ独自の言語体系、独自の文法はない」と繰り返し言っていけば良いことですから。
さて、パンフを巡る話に戻ります。論点は、「全日ろう連は、「手話はひとつ」といっているけれど、それだと「日本の手話は、「日本語」とは区別される独自の言語体系をもっているとか、「日本語」とは独自の文法をもっている、ということを言えなくなる」という話です。新しく改訂された「日本手話言語法案」の第2条は「この法律において、「手話言語」とは、日本のろう者及び盲ろう者等が、自ら生活を営むために使用している、独自の言語体系を有する言語を指し、・・・。」とあります。これを言うためには、「中途失聴者・難聴者」のひとたちの多くが使っている「手話」(「日本語対応手話」とかシムコムとか言われている「手話」)をどう評価するのかの問題がでてきます。これを「手話ではない」とすると、「手話はひとつ」という論理はなりたちますし、「手話は独自の言語体系をもった言語」という言い方は可能です。どうも、久松さんは、「日本語対応手話」とか「手指日本語」の存在を認めたくないようで、これを「未熟な手話」というとらえ方をされているようです。全日ろう連の地域のろう協会の会長さん達には、「中途失聴者」が多く、声を出しながら、もしくは口話に合わせた手話をするひと(いわゆるシムコム話者)が多いのですが、そのひとたちの手話を「未熟だ」と指摘するのでしょうか? それに、情報・コミュニケーション保障法の制定運動をするのに、全難協との共闘が必要になると思うのですが、「手話が未熟だ」と言うような目で見ていて、共闘がなりたつのでしょうか?
そもそも、聴者がシムコムをすると、かなりベテランの手話通訳者でも手話単語が落ちていくのですが、「中途失聴者」でろう運動を担われているひとたちの中には、文法的には日本手話ではなくても、手話単語を落とさないで表現されているひともいます。かなり、洗練されているのです。そもそも、全日ろう連の元理事長が、本人はシムコムという言葉を使っていませんが、聴者世界でいきていくのだから、声を出しながらちゃんと手話をつけていくことを目指すべきだし、できているひともいるし、それは可能だという趣旨のことを書いています。以前、NHKの手話ニュースキャスターで、聴者の通訳者が声を出しながら、その声がちゃんと音声日本語になりつつ、日本手話的な手話をしているのを見ました(註9)。中には、二つのことが同時にできるひともいます(註10)。けれど、そういうひとは「超人」とか呼ばれるひとです。「自ら生活を営む」中で、そのような超人的なことをもとめられなければいけないのでしょうか? 
わたしは、「対応手話」やシムコムの存在を認めて(それは日本手話とは別の、音声言語の文法に手話を付けているので、音声言語とは独自の言語体系を持つとは言語論的には言えないとしつつも、手話単語を使っているのだから、当人達が「手話」と言いたいのなら、「手話」であるという意味で)、棲み分ける必要があると思っています。
さて、なぜ、「対応手話」という概念を認める必要があるのかという実践的な話を書きます。それは、ろう児への教育をどうするのかということと、もうひとつは聴者への手話教育の問題です。「手話はひとつ」という考えでいくと、ろう教育においても、声を出しながら手話をするというようになり、ろう児たちに疲れる授業になります。通じないという面もあります。教員も声を出せる聴者が多くなります。そもそも、最初にNSLを教えて、後で音声言語を教えるのか、それとも、最初に「日本語」を教え、後で日本手話を教えるのかという問題があります。聴覚口話法からはっきり転換するのか、どうかの問題でもあります。その話をするのに、シムコムや「「日本語」対応手話」の存在を認めないとちゃんとした議論もできません。
聴者の手話学習の話ですが、北欧の教育制度をみると、無償の生涯教育の中に手話学習も位置づけています。それに対して、日本はいきなり手話通訳の養成講座として聴者向けの講座を開いています。で、テキストも以前に比べて日本手話に近づいていますが、文を書いていて、それをどう表現しますかという学習の方法なのです。まず、第二言語を自らの言語として身につけるという方法でなく、これだと第一言語に引き寄せられていきます。
話を戻します。「「日本語」対応手話」の存在を認めたくないので、未熟とか「手話言語の習得を辞めた」とか書かれていますが、止めたのではなく、そもそも対応手話と日本手話の区別がつかないから、日本手話への途に踏み入らなかったか、高田さんのようにシムコムの方が、聴者社会でいきやすいと、シムコム−対応手話の選択の勧めもしていて(これは聴者社会の要請への呼応、社会適応論で)、その方が「参加しやすい」ということでの口話主義から、聴覚口話法、人工内耳と続くながれと即応的に手話の世界にもおよんでいることなのです。だから、その流れを押さえるためには、「対応手話」や「手指○○語」の流れをきちんとつかむ必要があります。言葉自体をなくしても、流れは消えません。差別をなくすために差別という言葉を使うのを止めようとかいうはなしにはならないことなのです。
もうひとつ、‘聴者’ということばがおかしいとか書かれていますが、これは、‘「聴覚障害者」’ということばがあって、そこから派生した‘「健聴者」’という言葉が出て来て、これが差別的だということで、‘「聴者」’とよりましな表現になったのですが、そこで、deafという意味での‘「ろう者」’から、手話を第一言語にするひとという意味で、かっこを外して、‘ろう者’ということばを使うようになり、それと対になっていた、‘「聴者」’のかっこも外し、‘聴者’ということばは、音声言語を第一言語するひとという意味になっているのだと思います。
さて、棲み分けの話をかきましたが、別に棲み分けの勧めとか、「中途失聴者・難聴者」は「対応手話」の習得や、トータルコミュニケーションで行けば良いと勧めるわけではないのです。これに関しては、わたしの「吃音者」と規定される立場で書き置きたいことがあります。「吃音者」の間で話をしているときに、「吃音者はこうもりのような存在だ」という話がでていました。イソップ童話の哺乳類の仲間にもなれない、鳥類としても認められない、どちらに自分の立場をおくかあいまいになって心理的葛藤に陥っていくというとらえ方をした理論があるのです。「発達障害者」で、同じようなことを書いているひともいて、そのひとはペンネームを高森と書いて、「こうもり」と呼ばせているか、意味を懐胎させているか分かりませんが、そのどっちつかずの立場を表していました。この心理的葛藤を、南アフリカのアパルトヘイト下での「カラード」のひとたちの心理的葛藤をマージナルパーソン論として展開していたことからとらえ返してきました。マージナルパーソンという言葉は、直訳すると「境界人」になりますが、「どっちつかずの」という意味ではあっていますが、わたしははっきり被差別者側にいると押さえています。これについては、以前文を書いているので参照下さい。
http://www.taica.info/akbmmk.pdf
「中途失聴者・難聴者」もまさに、マージナルパーソンなのです。心理的マージナリティに陥ります。その心理的葛藤から抜け出せません。今、補聴器の高度化とか人工内耳が進み、またもや、聴覚口話法の活用とか、ろう学校の生徒が減るとか、手話の危機を語るろう者も出ているのですが、人工内耳手術を受けても、聴者とは同じようには聞こえはしないとか言われていますし、そもそも「聴覚障害者」という規定から逃れ得うるわけでなく、マージナルパーソンを生み出していくたけだと思います。そのことの気付きから、NSLに戻ってくるのだとしか思えません。わたしは「吃音」と規定される立場です。「吃音者」は、@「ひとは音声言語で話すものだ」A「音声言語の流暢性というところの言語規範に反する者」として「言語障害者」と規定される、差別される存在です。コミュニケーション障害を被る立場の共通性から、「障害者運動」を担っていく上で必要になるとして、コミュニケーション手段として手話を学び始めました。手話を学ぶ中で、音声言語ではなさなればならないという呪縛のようなことから一定とき離れつつ、単なるコミュニケーション手段というだけでなく、手話という言語のすばらしさを感じ、そして素敵なろう者、素敵な日本手話との出会いをもちました。「言語障害者」も、音声言語を捨てても、生活できるような手話の普及があればと思っていますし、手話学校-ろう学校への「言語障害者」の入学も認められるようになればと思い、また無償の生涯教育の中で手話を学び得る情況も作って欲しいと願っています。また、大学の言語学科などに手話学科もできるようになり、そこでろう者とともに、手話の言語学を学ぶ、「言語障害者」も出てきたらとも思っています。また、手話を身につけた「言語障害者」のための手話通訳の派遣制度とかも考えたりしています。また、たぶん時間的にかなわないとも思いますが、自分の出発点の「言語障害者団体」に帰って、そこでも、手話を広める活動を夢みたりしています。
そんな立場からの、今回の議論への横レスをしてしまいました。たぶん、立場が違うと、無視されるか、当事者性を押さえていないと批判されることを覚悟しつつ。
最初に書いたように、次のブログで久松さんのもうひとつの文をとりあげます。


1 これは実はSigned 各音声言語とNSL(本文、後述)が区別されるということを、読み違えたのではと推測しているのですが、外国視察は言語通訳が幾重にも重なるところで、起きたことではないかとも推測したりしています。
2 ・トータルコミュニケーション研究会編『北欧のバイリンガル教育の理論と実践-スウェーデン・デンマークを視察して-』トータルコミュニケーション研究会 2000 81P
3 この話は本で読んだのか、講演で見たのか、探していたのですが見つかりません。木村さんはデフ・ファミリーで家庭内で日本手話を使っていたのですが、大学に入り「対応手話」(当時はそういうとらえ方をしていたのではないと思いますが)を正しい手話と思い使っていたけれど、アメリカに行って、アメリカのろう者がASLに誇りをもって使っているのを見て、価値観が逆転したという話を書いています。この話は、高田英一さんが、フォーマルな手話とコミュニケーション手話と対比して、フォーマルな手話の勧めを書いている話と、重なっています。木村さんもアメリカに行く前は、フォーマルな手話が正しい手話と思っていたという話です。高田さんも、「手話はひとつ」というとらえ方をしていて、日本手話−「対応手話」というとらえ方をしていないので、混乱の始まりは、このあたりにあるのかとわたしは推測しているのですが。
4 それだけでなく、「日本手話言語法」は、「日本の手話言語=言語法」という話のようです。
5 これは通説化していない、わたしのオリジナルな分析です。
6 この「かっこにくくる」ということは、現象学派のエポケーという手法に通じるのではないかと思います。当人達にそういう自覚的意識があったかは、定かではありません。第三者的に見てそうなっていた、という話です。
7 わたしはこれは、差別の排除型の差別を問題にしているけれど、もうひとつの同化型の差別を押さえていないとして、障壁の後に、「障壁と抑圧である。」と書き足しています。実は、「ろう文化宣言」は、抑圧型の差別のひとつの「同化」を、「口話主義が同化であった」として押さえています。
8 「ポスト構造主義」とか「構築主義」とかいう流れの哲学の「脱構築論」から、第二世代の反批判もできています。
9 ただし、原稿を渡された短い文に限ってだと思います。ちなみに、洗練された「対応手話」話者の中には、その超人的技を、「手話を間違えている」ととらえたひともいたようです。
10 オーストラリアで「認知症」当事者になって運動を始めたひと(クリスティーン ブライデン)が、自分が官僚だった時代に、同時に二つのことができていて、部下に「どうして、あなたたちは、同時に二つのことができないのか」と抑圧的だったことを世界観ががらりと変わって、その抑圧性を反省している文を書いていました。

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関西手話カレッジ編『ろう者のトリセツ聴者のトリセツ―ろう者と聴者の言葉のズレ』

たわしの読書メモ・・ブログ475
・関西手話カレッジ編『ろう者のトリセツ聴者のトリセツ―ろう者と聴者の言葉のズレ』星湖舎 2009
この本は、買ったばかりで持ち歩いているときに友人と会って、「面白そうな本だよ」と紹介していたら、「後で貸して」と言われ、「他に読む本があるからと、先に読んで」と貸して、しばらく手元になかったところで、帰ってきてからも読み損ねていた本です。面白くて、1日で読めました。本の紹介で「面白い」というようなことを書くとたいてい顰蹙をかうのですが、関西的な笑いを取るような本になっていて、楽しみながら読める本です。
副題にあるように、ろう者と聴者の言葉と文化のズレの話です。
ズレにもいろいろあるようで、手話だけで口話をつけないで話すとちゃんと読み取れるけど、口話をつけると聴語とのズレを生じる場合、聴語でも誤解が起きそうなこと、手話の言語の特質から起きていること、そしてこれがメインになると思うのですが、文化の違いのようなこと、さまざまあるのでは、そのあたりの分類と分析をしてみると、「ろう文化」についての、分厚い本になりそうです。この本はこの本でそれらの導入的な、面白本です。
さて、余談ですが、アベ政治のごまかし政治の中で、詭弁の類いの「ご飯論法」というのが出てくるのですが、そのことの元になったかのような、ズレの話が出て来ます。「ごはんたべてきた」―「ご飯食べてない」→「パンを食べた」というズレ。これは、ちゃんと日本手話的な表現をすると、間違えようはないと思います。

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小嶋栄子/石川芳郎『手話通訳者のための言語学と人権 (手話を学ぶ人たちの学習室 全通研学校講義集4)』

たわしの読書メモ・・ブログ474
・小嶋栄子/石川芳郎『手話通訳者のための言語学と人権 (手話を学ぶ人たちの学習室 全通研学校講義集4)』文理閣 2008
これも、ここまで読めないと積ん読していたブックレットです。
二つの講演録です。
最初に小嶋栄子さんの「基礎から学ぶ言語学」。
小嶋さんは「日本語学・日本語教育学」をやっているひと、「日本語」についての講演の記録に手を入れた文。通訳をするひとには、「日本語」を押さえておくことが必要になるのでしょうが、「言語の本質は音」とか「音が意味を運ぶ」とかなると「手話は言語でない」という話になっていくのではと疑問に持ちました。象形文字、ヒエログリフなどの表意図は、むしろ音を離れて独自に存在したのではとか、素人ながら思っていました。手話も表意的世界です。どうして、手話の世界でこういう講演をしたのだろうと思っていたのですが。
もうひとつは、石川芳郎さんの「手話通訳活動から考える人権」というテーマでの講演録。これは大切な論攷です。
石川芳郎さんは当時全通研の副運営委員長、通訳者の人権をかなりストレートに表しています。当事者性の問題で、なかなかここまで、発言できないものですが、ろう者とのそれだけの関係性を築いているひとなのだと思います。もしくは憎まれ役をあえてかって出ているのかも知れないのですが。その中身は、二点押さえておきます。それはろう者、これは「障害者」総体に言えることですが、きちんと通訳者(介助者)のことを考えないで、自分(たち)のことしか考えられないひとがいるということへの批判です。それを「手話通訳者は使い捨てのぽろ雑巾か」ということばで表しています。もうひとつは、手話通訳者の世界を「徒弟制度」というようなところでとらえ返しています。これに関しては異論があります。必ずしも、手話講習会時代の先生―生徒とか講習会、サークルの先輩―後輩とかいう上下関係ではなく、技術の問題での上下関係も生じてくるからです。わたしはむしろ、このあたりは、技術の問題での差別的関係とか、手話通訳者のプライド問題として起きてくる弊害を押さえる作業が必要だと思います。これについては別稿で。
さて、切り抜きメモです。
「文字ができあがるずっと前から、人は言葉を話していたことを、まず思い出してください。」11-2P「古代中国では、この漢字(山)に(サン)という音を当て、それが今に伝わっているわけです。」12P「言語の本質は、文字ではなく音にあります。」12P「言語の本質は「音に意味が乗っている」ことです。つまり音が意味を運ぶという、これが言語の本質です。」(この引用で、いずれも音には「オン」のルビがふってあります。)13P・・・どうしても分からないのですが、高田英一さんのヒエログリフ研究とか読んでいると、必ずしも音がさきにあるとは言えないのではないかと思います。それに、音が先だとすると、「この漢字(山)に(サン)という音を当て、・・・」ではなく、(サン)という音にこの漢字(山)をあて」となるはずだと思うのです。それに「本質」とまで言ってしまうと、書記言語の音声言語への干渉という問題がとらえられなくなります。もうひとつ、「音が意味を運ぶ」となると意味を表すジェスチャーや表意文字が音に先行することも考えられます。こんなことを考えているのは言語学的素人の戯言でしょうか?
「言語学では「言語において、音と意味の関係は恣意的である。」14P・・・ソシュール言語論ですが、竹内敏晴さんのからだ論と声の試みから検照することが必要と思い続けています。
「音素というのは箱のようなものなんです。」41P・・・?
「聞き分けていないということですから、全部を同じ意味として受け取る。」42P…微妙な発音の違いを、聞き分けないで同じ語としてとらえる。英語のrとlの発音の違いが日本人にはとらえられないことと同じ。逆もある。<そのもの>を<それ以上のもの><それ以外のもの>としてとらえる。廣松四肢構造論とリンク。の構造。
「私たち日本語話者は、それらを意味の識別に役立たないものであるとみなして、聞く人にはみな同じ/ogawa/として受け取られ、「小川」という意味を伝えている。」44P・・・「みなして」は、の構造。
「単語の中には時間と空間が含まれている」59P・・・時間、空間概念をどうとらえるのか、ここは世界なり、意味ということで置き換えた方がいいのでは?
「のべる」70P「とる」73P「とく」74P-和語がさきにあり、漢字をそれに当てる、意味が分かれて、多義語が同音異義語になる、原義が転義する。76P
「せともの」「ありがたい」―原義の消滅77P
「終止形」と「中止系」、「英語の動詞には日本語のような中止系はなくて、終止形しかありません。」81P・・・法律や条約の条文を読んでいると、翻訳すると動詞の中止系になるようになるのはどうとらえればいいのでしょうか? 動詞の中止系ではなくて、構文として中止系を作るという意味?
「日本語には動詞の否定形がある」82P
「限定用法」「非限定用法」84P・・・「非限定用法」は通訳のとき省くことができる
副詞-動詞、形容詞を飾る、組み合わせて使う 擬態語、擬音語86P
「サークル活動は三つの側面、つまり大衆的、自主的・自発的、民主的側面があるといっています。」「手話の世界というのは意外と封建的徒弟的で、先輩には物が言えないとか、何か言ったら後で何されるかわからないということが結構巷で聞こえる。そういう側面もあります。」「それから、人間性と人格の発展・解放、働くものの政治的階級的運動であるといっています。ところが、最近のサークル論というのは、QCサークルと間違われています。」108P・・・そもそもサークルの存在自体をとらえ返すとき
「暮らしの拡大こそ、新しい手話誕生の基本」―「手話というものは、聞こえない人の暮らしの中で作られてくる言葉ですから、当然新しい手話というのは暮らしと関係のないところではできないわけです。このごろの新しい手話を見ると、暮らしと関係のないところで無理やり作っているのではないかかと思うことが、無きにしも非ずという感じを持つこともあります。」112P
「私は市町村レベルで、裁判までのコミュニケーション支援がきちんとできるかといったら、難しいと思うのです。」117P
「DVにあっている聴覚障害の方が、女性支援センターの保護、サポートが受けられないという問題が起きています。」119P
「私は、聞こえない人の専門分化が手話通訳者の専門分化を生んでいくと思っています。」123P
「以前、全日本ろうあ連盟が手話サークルに対する「指導方針」を出しました。私は「指導方針」という名称は明らかに間違いだし、手話サークルに対する干渉だと思っています。・・・・「指導方針」というのは、上下関係がそこに存在していることを前提にした発想なのです。「指導方針」という名称について即座に反応できなかった私たちの人権感覚とは何なのかと思いました。」135P・・・そもそも当事者性を放り投げて、サークルを聴者に任せるとしたことの問題。
手話サークルの活動における民主主義と、家庭内の分業負担という課題138P
「手話通訳は使い捨てのぼろ雑巾か」141P
「手話通訳の世界に民主主義を」―「現在の養成方法は徒弟制度というか、師匠と弟子の関係です。」144P・・・むしろ技術を巡る差別の問題や、技術―専門性をもった者のプライドなるものによる対象者に対する抑圧性の問題では?
「車の両輪」146P・・・むしろ「籠かき、前がろう者、後ろが聴者」というろう者の提言
「競争というのは集団を破壊していきます。」150P「資本の論理だけで社会福祉をやっていたら介護難民は必ず生まれてしまいます。」151P・・・「「福祉}に関わるひと(さらにすべてのひと)にベーシックインカム基本所得保障を!」という提言があります。

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2018年12月29日

全国ろう児をもつ親の会編『ぼくたちの言葉を奪わないで!―ろう児の人権宣言』

たわしの読書メモ・・ブログ473
・全国ろう児をもつ親の会編『ぼくたちの言葉を奪わないで!―ろう児の人権宣言』明石書店 2003
これも積ん読していた本です。
本を読んだ今からとらえ返すと、積ん読していた一連の本を読み始めるときに、真っ先に読むべき本だったのですが、「人権救済申立書」のことをインターネットで検察していたときに、膨大な資料だったので、読むのを躊躇してしまっていて、それがこの本とショートして勘違いを起こしてしまい、危うくパスしてしまうところでした。この本は、「ろう児の人権宣言」と2003年に日弁連に出された「人権救済申立書」に関わるバイリンガル教育を求めての的確にまとめられた貴重な書です。
この本は5章からなります。1章は「ろう児の人権宣言」で親の会のひとの書いた導入部。2章が「ろうとは?」で、1節「聞こえないって可哀そう?」で親の会のひとの導入的な体験談的基調的文。2節の「手話とは?」で市田泰弘さんが日本手話に関する論理的なところを書いています。3章が親の会のひとたちの体験談と、今、明晴学園で教員をし、NHKの手話ニュースキャスターをしている小野広祐さんのろう学校での生徒時代の経験と自身の教育実習をめぐる体験談。4章が今、日本で唯一バイリンガル教育を進める私立明晴学園の前身、フリースクール龍の子学園の報告と、それに関わっている北米のバイリンガル教育の立場からの論文が二つ、それに、臨床心理学の立場から、「心の発達と人権」ということで、親と子の関係、ろう学校の教育がろう児やその親にいかに心理的影響をもたらすかということを書いている論文がひとつです。5章が「申立趣旨」。「あとがき」として全日ろう連の当時の安藤理事長が文を寄せています。資料として「文献」「人権救済申立書要約」が載せてあります。
市田さんの文は手話に関する偏見のQ&A的にもまとめられた文、これに関しては切り抜きメモでコメントします。
親やろう者のろう児だったときの実体験談があり、バイリンガル教育の必要性を実体験からして説いている文です。貴重な文です。体験というのは、まさに苦しみや怒りという反差別の原動力で大切です。そして、反対意見のひとたちを説得していくのに有効です。ですが、親たちが自分たちの世界にとどめておきたいというところでの聴覚口話法、さらにシムコム的なことへの共同幻想へのとらわれは、論理的なことを受け入れられない感情論に陥ってしまいます。そのあたりをどうしていくのか、わたしは論理からもう一度提起していくというところで、ついつい心理的なことをさておいてしまう傾向を持ってしまっています。勿論、マージナルパーソン論−心理的マージナリティというところで、一応押さえているし、自分のマージナルパーソン的体験も。少しは語ってはいるのですが。
龍の子を巡るバイリンガル教育の実践は、明晴学園という形で展開しています。今年が創立10周年です。その成果が出て来ているようなのです。ですが、そもそもこの本が明晴の創立前に出され、その中で北米のバイリンガル教育の実践的なことが既に書かれています。そして、トータルコミュニケーション研究会の北欧視察旅行と前後して入手した資料を見ると、バイリンガル教育の正当性ということが明らかになっていたはずです。なぜ、日本のろう教育は、未だに聴覚口話法が主流を占め、手話の導入が一部始まっているとはいえ、それが主流は、中等部、高等部からという、先に第一言語としての日本手話を身につけてから、「日本語」を学ぶというバイリンガル教育の観点からすると、まさに逆転した教育プロクラムになっています。しかも、一部手話を教育言語として導入したと言っても、それが、ろう児には自然言語の日本手話ではない、通じにくい日本語対応手話という情況です。どう考えても、論理的におかしいということが、どうして続いていくのか、どうしても理解出来ないのです。
さて、前述しているように、「あとがき」に全日ろう連の安藤元理事長が文を寄せているのですが、一方で、全日ろう連の機関紙に、この「人権救済申立」に関する批判の文も載せ、それをインターネットのホームページにも載せていたようです。そのホームページの文は消えていて、現在的にどういう見解なのかは分かりません。ただ、その批判の骨子のひとつは、この「人権救済申立」が、対応手話ではなく日本手話という突き出しをしていることに対して、「手話はひとつ」という観点から批判していることがあります。これは、未だに「手話はひとつ」ということを、手話言語法−手話言語条例制定運動の中で突き出しているので、取り下げているとはおもえません。「手話はひとつ」ということは、世界的なろう運動の流れの中で、とても承認されるとは思えないのですが、一体どうしてこんなことが起きているのか理解出来ないのです。実は、全日ろう連が自らの団体を自己紹介するときにいつも使っている標語があります。「全国47都道府県に支部をもつ、ろう者のただひとつの団体」ということです。圧力団体としてひとつにまとまる必要があり、手話の違いによって分裂を避けるということで、「手話はひとつ」ということを突き出しているのでしょうか? これは、ギリシャ神話の中に出てくる、ベッドから足が出るからと、足を切ったという「プロクルステスのベッド」のような話です。本末転倒なのです。このあたりの話、「言語学的に分けるということがあっても、運動的には・・・」という話も出ているのですが、運動的にも、バイリンガル教育は最初に日本手話を身につけてから「日本語」教育をという実践的な話として出ているのですから、言語学的なことと実践的なことを分ける必要はないのです。このあたりのことは一度きちんと別文で書きます。
話がだいぶ脱線しましたが、とにかく色んなことにリンクしていくとても大切な読書になりました。
さて、切り抜きメモです。
「親の母語が何であれ、ろう児とろう者の母語は自然に日本手話となるのです。」11P・・そこへ引き寄せられるという意味でしょうが、「なる」のでしょうか?
ろう学校に勤めていた教員からの手紙の引用「子どもたちは手話で楽しそうにおしゃべりしているのに、自分は子どもたちの将来のために口話で厳しく教えなければいけない。しかし、これで本当にこれでいいのだろうか・・・」←「これを読んで、もしかしたら、ろう学校の先生もろう教育の犠牲者になっているのではないか・・・という気がした。」24P
ここから市田さんの文に対するメモ
「手話はろう児が生み出した言語」「言語を生み出す本能」「ろう児の周囲に手話の環境がなければ、ろう児はピジン社会の子どもたちと同じように、“確かな言語を与えられない状況”に置かれることになる。そして、ろう児が同じ条件下にある仲間たちとコミュニティを形成すると“クレオール手話”を生み出すのである。」「孤立したろう者が周囲の人々との間で用いる身振りを「ホームサイン」と呼ぶ。ホームサインは言語としての“一貫した構造”をもたないため、言語である手話とは区別される。孤立したろう者たちも子ども時代には、“言語を生み出す本能”をもっていたにもかかわらず、なぜ彼らはクリオールを生み出せなかったのか。それは彼らが同じ条件下にある仲間とコミュニティを形成できなかったためであると考えられている。子どもがクレオールを生み出すには“スキル化(複雑ですばやい一連の動作を無意識的自動的に行えるようになること)”が不可欠であり、スキル化が生じるためには自由に使いこなす“相手”が必要なのだ。」33-5P・・・ニカラグアろう学校の子どもたちの手話を生み出していった報告のようなイメージもわたしにもあります。その後の、ホームサインの話にも繋がるのですが、一概には言えないのですが、ろうの親の聴児へのホームサインはピジンなのだと思いますが、デフファミリーの中でのホームサインはクレオールではないでしょうか? 本能という言葉は、環境がなくても出てくる行動をさしているのではないでしょうか? これは生物学モデルになるので、環境がなければクレオール手話にはならないという関係モデル的考えとは相容れないと思います。このあたりのことは、ろう者のコミュニティが本格的に形成されるのは、ろう学校の存在をまたねばならず、クレオール手話もそこで本格的に広がりをもてるのでしょうが、「みんなが手話で話した島」のように、ろう者のコミュニティが形成されたところでは、そこでの手話はクレオール手話でなかったかと思うのです。だから、著者自身もコミュニティの問題として書いているように、必ずしもろう児やろう学校や本能がクレオール手話を生み出すという言い方にはならないと思います。ちなみに本能というところは、「無意識的自動的」ということで出て来ているのでしょうが、それ自体も関係の中で出てくるとしたら、本能とは言いがたいとわたしは思うのですが。著者の文は、相矛盾する文が並立しているのですが、最後の文が結論としても、その結論から、前に書いた文を検証するという作業がきちんとなされていないのです。だから、論争に混乱を引きおこしてしまうのです。
「手話の研究では、そのしくみを研究する分野を“音韻論”と呼んでいる。」39P・・・手話は言語である、ということを強調するために、音声言語の音韻論と同じしくみがあるということで、音韻論という言い方をしているのですが、手話には音はないので、どう考えてもおかしいのです。いつまで、この言い方を続けるのでしょうか? 一案として、ここは「手話構成論」という言い方に変えることではないでしょうか?
「手話の基本的な音韻的要素は、手形、位置、運動であり、当初はそれらが同時的に結合すると考えられていたが、手話にも音素や音節にあたるレベルが存在し、位置が子音、運動が母音、手形が音声言語の声調に相当するとみなされている。」39P・・・?
「手話は両手を用いることができるために、調音器官を一つずつしかもたない音声言語とは、その点が大きく異なっていると考えられてきたが、現在は非利き手は制約が大きく、余剰的で予測可能であることから、手話にも音声言語同様、一組の調音器官しかないと考えられるようになってきている。」39-40P・・・手話の同時性の問題が抜け落ちているのでは?
「手話はジェスチャーやパントマイムと同じ右脳ではなく、音声言語と同じ右脳で処理されている。」40P
「図像性は手話だけの特徴ではない、音声言語にも「わんわん」や「bowwow(バウワウ)」といったオノマトペと呼ばれる図像的な領域がある」ソシュールの言語論の恣意性を引用して「図像性がけっして不変ではなく、弱まったり失われたりするものである。」41P・・・音声語のオノマトペは聴覚・視覚、手話の図像性は視覚、類比と区別が必要です。言語の恣意性をいうのなら、弱まったり失われるだけでなく、強まったり新たにおきることもあるはずです。 市田さんは、手話はジェスチャーと区別される言語であるということを強調するために、手話の図像性を過小評価しようとしています。これは「我田引水」というのです。
「上野」の手話、当初は「東京美術学校の帽子の形」(?・・「額のところは帽子の校章」という説もあります。)→「現在では額あるいは鼻のあたりで表現」・・・「図像性が失われた」41P・・・いつからか、鼻のところで表す手話は、上野動物園の象の鼻として語源が別に作られたというだけで、図像性は失われていないのでは?
「手話の図像性の高さにもかかわらず、言語獲得においても、手話と音声言語との間に本質的な違いがないことが明らかになっているのである。」42P・・・これも前に図像性の過小評価をなぜしたのかということと矛盾しているのではと思ってしまうのです。
「国際手話はピジン」44P・・・ピジンからクレオール化する可能性はあるのでは?
「“外来語”の定着に際しては、強い制約が働く。」47P
「口型にはそのほうか、手話独自のもの(“mouth gesture”)もあり、なかでも副詞として働く口型は、頭の動きと結びつくことで、三〇種類以上のバリエーションをもつ。また目の開け方と眉の上げ下げからなる“目のふるまい”にも、一二種類バリエーションがある。手指で表される語と同時に起こるこれらの非手指動作も、手話の語彙の重要な一部をなしている。」48P
NMや空間性の見落としによる手話の言語としての貶め50P
「手話はろう児にとって“自然に”獲得でき言語である。」⇔「手話にふれる機会さえあれば・・・。」51P・・・“自然に”の中身検証
「音声語は母語となることはない。」53P・・・母語にしているひともいる
「日本語母語話者が学習によって英語などを習う場合は、外国語といい、第二言語とは区別して用いる。」53P・・・「手話学内部」ではという意味?
「膠着語・・・日本語、韓国語、トルコ語、ハンガリー語」「孤立語・・・中国語、ベトナム語」「屈折語・・・英語、ギリシャ語、ラテン語」53P
「日本語を話しながら、その語順のままに、手話単語をつけて表そうというもの。文法などは日本語のものになるので、言語的には手話とは言えない。日本語対応手話を読み取る場合には、まず手話の単語から意味を類推し、さらに日本語に組み立てていく必要があるので、大変な負担を伴う。」54P・・・「言語学的には」ということと「言語的には」の区別が必要、「ろう文化宣言」のとらえ返し
「ただし、日本語母語話者である中途失聴者には日本語を見てわかるように表現する手段として、対応手話の有効性はあるだろう」54P・・・「ろう文化宣言」で「手指日本語」と批判したことのとらえ返し
指文字「日本語を視覚的に見せているだけで、キュードサインと変わらない」54P・・・指文字が音そのものを表している側面をどうとらえるのか?
ここで、市田さんの文終わり
3章1・・・人工内耳手術を寸前で思いとどまった母親の話・・・子どもに教えられる、ルソー教育論 対応手話シムコムの話をするひとも含めて、読んで欲しい文
「心身ともに健康であることを人はみな望むと思う。」56P・・・他の「障害者」や「病者」や「重複」のひとを考えていない
「一般に度の過ぎた早期教育にはマイナス面がある」57P・・・自然言語でない音声言語の習得のための聴覚口話法での強要はマイナスという意味、早期教育自体の必要性を否定することではなく、ナチュナルアプローチ的な方法が有効ということになるのでは?
ろう児のことば「このごろママが私たちを応援してくれる普通のママになったことが嬉しい。・・・普通の姉と弟になれた。」著者「自分のためだけの幸せではないと実感している。そして、子どもたちの本当の要求を受け止められる親でありたいと思う。」62P
「ろう児本人の気もちを無視し、ろう児のためと言いながら、聴者の勝手な思い込みで行ってきた教育が抑圧となっていることに気づいていない。」92P
ろう児が「畑を見に行く」と言ったことを、教員が「社会見学に行く」と訂正させた101P・・・言い方は間違っていないという著者の話ですが、それだけでなく、さらに具体的に表現するろう文化の問題も押さえる必要
「1991年東京で開かれた世界ろう者会議で、「ろう児にはその国の手話で教育を受ける権利がある」と宣言がなされ。日本も批准している。」107P・・・批准とは何? 明晴でやっと日本手話での教育が2008年に始まった。
「これまでの龍の子学園は書記言語よりもまず人格の形成、アイデンティティのリハビリだったと言える。そして四年目の今、バイリンガル・バイカルチュラルろう教育の成果は確実に出てきている。」112P・・・アメリカでのバイリンガル・バイカルチュラルろう教育の成果も参照
「最近、カナダの学校教育は、カリキュラムや教授法が「ホールランゲッジ」や「交流型・実体験型」に変わってきたが、実際には依然として「知識授与型」に留まっているところが多い。」139P
「ろう児およびほかのマイノリティの子どもの正統な学力評価は、子ども自身のなかに「問題」を見つけて、現状を肯定し正当化することではない。そのような問題を生んだ社会や教育のシステムを厳しく批判する「体制批判的」オリエンテーションに移行すべきである。」141P・・・ラジカル−根源的
「著者註:本章では、「ろう」(かっこつき)は「ろうコミュニティ」を指し、ろう(かつこなし)は聴覚障害のあるろう者を指す。」143P・・・前述のようにdeafとDeafの使い方からして逆ではないでしょうか?
「きこえる子どもたちが、どの国に生まれ、どの言語に接するかによって、聞き分け、発音できる音が次第に限られたものになっていく過程を考えれば、きこえない子どもに手話という高度な視覚的言語を保障するためには、幼いころからの手話環境が必須であることは疑いない。/きこえない子から、手話を遠ざけてはならない理由がここにある。同時に、きこえない子をもつ親からも、手話を奪ってはならない。新生児の聴覚障害が発見されたとき、専門家はまず、きこえる子にとっても、きこえない子にとっても、コミュニケーションの基礎作りとして大切なことは同じなのだということを伝え、母親がそのままの自分に自信をもって新生児と接してしけるよう支援すべきである。そのうえで、後々重要になってくる視覚機能の発達について説明し、母親が子どもとのコミュニケーション・チャンネルに身体言語を用いていけるように応援する。そのなかで、母親たちは「通じること」の喜びと子どもの成長を実感するだろう。こうした過程で、親は、手話はがきこえない子どもたちにとって大切な「最初のことば」であり、「生涯の話しことば」であることを、心から理解できるのだと思う。このことが認められてはじめて、きこえない子はきこえる子と同じスタートラインに立つ、つまり、母親との関係のなかで、自分自身のことば、身体感覚に根ざしたことばをもちはじめるのである。」150P・・・手話の手話教育の必要性
「自己肯定感をもてず、適切な同一化対象に出会えず、家族のなかですら疎外感を味わってきた聴覚障害者たちは、自由に語れないだけでなく、自分を確認するための体験そのものが見出せないことが多い。」155P
「ここで、明言しておきたいことは、どれだけきこえるようになっても、健聴者とは同じようには「きこえない」事実を、彼らの大切な「事実」として肝に銘じてほしいということである。」155P・・・マージナルパーソンから脱するためにも。
親へのきちんとした情報の提供の必要性と、ろう児がロールモデルになるろう者との出会いの必要性156P
「ろう学校に学んだ(かつての)子どもたちが、どれほど手話のできる先生を望んだか、手話のできるひと握りの先生をどれほど慕っていたかを、筆者は聞き続けてきた。/本稿で述べてきたような理解が深まれば、当然、ろう学校の存在意義は高まる。つまり、ろう学校は、手話が公用語として保障された場、そうした環境で教育を展開する場となるのである。」157P
「ZPD」(ヴィゴツキー)と「アイ・プラス・ワン」(クラッシェン)161-2P
BICSとCALP 162P
「トータルコミュニケーションの失敗を受けて、一九九〇年代からはじまったのがバイリンガル・バイカルチュラルろう教育である。私も、高等部からこの教育方法で授業を受けた。そのとたん、授業内容が明快に容易に理解できるようになり、中学部までわからないままだったこともすべて取り戻すことができた。現在アメリカにはろう学校が四六校あり、そのうちの八割にあたる三六校がバイリンガル・バイカルチュラル教育を採用している。」164P
「手話を用いることには慎重でなければならないと言っている。手話は日本語とは違う言語であると言うとき、そこには、だからよくないという否定的な先入観が見える。」180P・・・そもそも日本語と「日本語」(日本音声―書記言語)をちゃんと区別すべき。それをあいまいにすると、単一民族単一言語の国民統合論にとらわれます。
「ろう児を障害者として、これからも彼らの言語を認めないのか。」185P・・・そもそも「障害者とは何か」というとらえ返しがない、「ろう文化宣言」へのわたしの批判が届いていない−わたしの自己批判。
「まさに、今こそ、ろう教育は伝統的なものを脱構築すること、いわばろう教育に関してパラダイム転換をするときなのである。」192P・・・金沢さんの『聾教育の脱構築』の影響。もうひとつ掘り下げたパラダイム転換の必要性。
「「ろう児の自由な発達とその権利を守り、獲得させるための教育」196P・・・「発達保障論」の影、「発達保障論」批判を押さえた論攷の必要
「なお、本申立において、ろう者とは、「言語獲得前の聴覚障害により、音声言語を母語として獲得することが困難である者」という意味で使用する・・・。」206P・・・まさに医学モデルになっています。

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トータルコミュニケーション研究会編『北欧のろう教育から学ぶ-バイリンガル幼児教育から成人教育まで-』

たわしの読書メモ・・ブログ472
・トータルコミュニケーション研究会編『北欧のろう教育から学ぶ-バイリンガル幼児教育から成人教育まで-』トータルコミュニケーション研究会 2001
2つ前のブログのパンフレットの視察旅行、1年後に二倍の人数で行われた視察旅行の報告とその時もらった資料、教えてもらったホームページの翻訳です。前の読書メモに書いたように、再読です。
そもそも日本と北欧の教育のとらえ方の違いとか、「精神風土の違い」ということまで感じています。教育が無償で、生涯教育ということが定着しているのです。わたしは地域のろう協に委託された手話講習会で学び、手話サークルでも動いていたのですが、北欧はそもそも親やきょうだい、親戚にカウンセリングや手話を無償でしかも生涯教育的に教える態勢があり、またバイリンガル教育のためにろう学校の教師に対する集中学習、定期的フォローというようになっているようです。勿論、手話通訳の養成もそのようなシステムの中でやっているのです。それは、日本では口話教育ということが長く続いていたこともあり、親や家族・親戚が手話を学ぶということが少ない中で、市民が「福祉」的な関心から手話を学んでいく事があり、それで講習会でその学習が終わらないで、手話サークルを作ったり、そこに参加していくパターンが多いようです。もちろん、手話通訳ということで、現在の講習会が対応手話的要素が多く、日本手話学習のために有料の教室に通うというパターンがあります。今、国立リハビリテーション学院で、日本手話的なところでの通訳の養成があります。これも有料です。アメリカでは言語学的関心や多言語国家で通訳の仕事がなりたち、それで手話を学ぶひとも多いようです。日本の手話学習システムの貧困の問題がそこにあります。
実はバイリンガル教育が進んでいる北欧でも人工内耳手術を受けるひとが増えていて、手話通訳の仕事が減っていると書いているひとがいたりします。わたしは、口話から、補聴器の進歩で、聴覚口話法が広まったときと同じで、人工内耳が普及しても、将来的には手話に戻ってくると思っています。マージナルパーソン論からしてもです。在日外国人が民族教育として民族的母語を学ぶ、アイヌのひとたちが、アイヌ語の復興運動をすることにそれは通じています。
トータルコミュニケーション研究会は同床異夢のようなことがあり、「対応手話の必要性」を確認したいと思いがあるひとがいて、我田引水的なところの実証をえたいという動因での視察団の一部のひとたちの言動があります。バイリンガル教育の先進国のデンマーク、スウェーデンのろう教育関係者に質問していくという目的からすると、それの穴のようなことを探している悲喜劇のような事態が書かれています。そういう質問をしていたひとたちは、この視察旅行の中で何かを吸収して帰ったのでしょうか? 日本でのバイリンガル教育を進めるひとたちとの、対話をきちんと再度して欲しいと思っているのですが。このあたり、もう一方では、この記録がもう20年近くも前のこと、現在の北欧のバイリンガル教育がどうなっているかきちんとした検証が必要なのです。客観主義的なことを言っていないで、わたしも作業しなければいけないのですが、「英語が、英語が・・・」ということがここでもついて回っています。
他者の「穴探し」の批判のようなことを言いつつ、わたしも「穴探し」をしている面もあります。
冒頭、「精神風土」というようなことを書きましたが、単にヨーロッパが正的なことだけで進んでいるのではありません。統合教育ということですが、これは原則統合論で、「「精神」と「知的」は別だ」、というような押さえにヨーロッパではなっているようです。それがパーソン論(「意思表示できて初めて、ひとである」)がヨーロッパではかなり広がる理由になっていて、それはこの社会の近代合理主義や生産性第一主義的なところを土台にしていて、そのことが労働力の生産・再生産を担うという意味をもっている教育の中身も規定していることがあるからだと思います。それが安楽死―尊厳死の広まりや、人工内耳の広がりにも影を落としているのだと言い得るでしょう。ただ、勿論それに対峙する、止揚せんとする思想もあるのでしょう。その一端がイギリス障害学のマルクスの思想の影響を受けたと言われる「社会モデル」だし、それを批判して起きているイギリス障害学の第二世代に反批判する思想の背景にある、脱構築派の思想とも押さえています。
ヨーロッパの近代合理主義に対して、むしろ東洋の思想的なところが、そのことに反定立する思想もはっきり出ていて、日本の「障害者」たちの突き出したラジカルな提起や運動もあったのだと思います。
さて、抜き書きです。
ろう団体と親の会と学者(-教育者)と連携・・・日本ではバイリンガル教育を求める親の会の「人権救済の申立」での、全日ろう連の「手話はひとつ」という観点での逆転した批判
「物や自然や人間の心を大切にする北欧の人々の精神文化を、まず学ぶべきだと感じた。」8P
「日本ではおそらく聞こえのレベルからは難聴と呼ばれるであろう子供達も、ここトロレホイ幼稚園では、手話を第一言語として育っています。」11P・・・マージナルパーソンから脱する途
子ども同士のぶつかり合いの大切さ12P
「日本ではろう児の親達に十分な情報提供とケアがなされていないという非常に大きな問題があるのだと思っています。」13P
「視察団からの質問として「サインド・デーニッシュを、音声言語習得(もちろん口語という意味に限らず、読み書きの習得という意味で)のための手段として使えるのではないか?」という質問が何度も投げかけられたが、答はNGであった。」33P・・・これは繰り返し出て来ますー
「手話が向上すれば問題はすべて解決できると親も思っていたが、それだけでは間違いだったということが分かった。/確かに、トータルコミュニケーションの方法に比べれば、手話を使うことで言語の概念ではより獲得できてきている(概念が広がっている)ことがわかったが、聴者と同じにはなっていない。どうしても獲得が遅れている。」「現在、学校として臨床心理士を2人採用して、伸びなかった理由を分析しているところである。」「聾の軽い子は伸びている。」35P・・・考えられる理由としては、教員の手話の技術の中身の問題、重複の児童が増えていることなど
「発音指導もしている。手話と音声を同時にさせない。きこえてもきこえなくても。」44P
「(詩)“鳥が羽をあたえられ空を自由に飛ぶことができるように、人間には言葉があたえられた。”/手話という羽をあたえられ世界をとびまわれる自由がこの国ではろう児にあたえられている。」52P
「ひとつの手話単語がひとつのスウェーデン語の単語に対応していることも時にはありますが、ほとんどの場合、ひとつの手話単語は複数の文になることすらあります。このことを最初から明確に子どもたちの頭に叩き込んでおかねばなりません。」55P
二つの言語についての生徒たちの意見57P
書くことが苦手という傾向はあるけれど、読解力は伸びる57P
ろう学校で手話を禁止すると決定したミラノ会議の背景「究極的には、ウィクトリア朝風の抑圧と体制順応をよしとする気風や、宗教的・言語的・民族的その他の、あらゆる種類の少数集団(マイノリティ)とその観衆に対する不寛容の精神の高まりに由来するものであった。」69P・・・ここでは本から離れるのですが、「日本のろう学校での手話の禁止は、日本の植民地支配での植民地の母国語の禁止とつながっていた」(ろう歴史学研究者の野呂さんの講演での話)
スウェーデンのバイリンガル教育の意図、三項目72Pのひとつ「アイデンティティ」・・・これはマージナルパーソン論からとらえ返す必要
補聴器と人工内耳、同じ繰り返し73P
サインとスピーチを同時に行うという方法は、手話もスウェーデン語もいずれも正しく表現されない言語混合状況(mixed-languages-situation)に類する事態をもたらすのみでした。」76P
「バイリンガル教育に否定的な人たちがいろいろ疑問を呈することに寛容でいましょう。彼らが疑問を自由に投げかけることができるようにしましょう。」81P・・・対話こそが論の深化をなしえると言う意味でも
「私(長谷川洋)のわずかな経験で判断するのは危険があるが、スウェーデンとデンマークを比較すると、デンマークの方が教育においてもインテグレーション指向が強いと言えそうである。」82P
ろう学校の高等部はない、インテグレーションで情報保障は付く(インクルージョン)、スウェーデンはクラスを分ける82P
長谷川「デンマーク語を教えるときデンマーク語対応手話は役立つか?」→女性教師「授業では手話を使って教えている。ここではデンマーク語を教えるが、手話とデンマーク語は文法が異なる。」→オーレ校長「国語は読み書きを習っている。口話は教えていない。」87P
「デンマーク語がうまくできないためにトラブルが多い人には1週に20時間分の通訳料金が出る。」88P
ろう者の大学進学率1〜2%91P
「統合教育に関する20-25年の経験から、ことはそんなに単純ではないことが示された。今では、「統合教育とは単に隔離をやめることではない」と考えられている。」122P・・・・インクルージョンへの展開の意味? 分離もありえるという意味?
障害の種別と統合教育の関係「一般にコミュニケーション障害―ろう、自閉症、重度の知的障害―はもっとも困難であった、手話を使うろう児に関しては、ほとんどの親は通常学校での教育体制に満足せず、聾学校を選択した。」122P・・・ほんとうに困難で分離することなのか?
「デンマークの障害児教育は、基本的には「非分離―統合教育」であり、その大枠の中で、「必要なケア」を保障する、というものである。/そして、その実際の教育形態は、一般学級、抜き出しの個別指導、障害児学級への通級、障害児学校と様々であり、最終的には親の選択権である。/特に聴覚障害児については、一般学校での手話環境の保障が困難なことから、分離学校(聾学校)の選択が多い。しかし、分離学校形態も国民学校レベルまでで、それ以上は、一般高校の中での聾学級、というインテグレーションの形を取る。」122P・・・原則統合論と親の選択権、ケア付き−インクルージョン
視察団のひとり矢沢国光さんの日本のろう教育の押さえ「ろう者集団の形成の場としての聾学校の重視」「「インテグレーション促進」ではなく、「インテグレーションの見直し・聾学校への回帰」が当面の課題としてある」「「ろう児・者集団の形成」は、それ自体が目的ではない。目的は、日本、そして世界の未来を主体的に切り開く立派な社会人の形成である。/ともすれば、当面聾学校の充実・聾学校への聴覚障害者の回帰をめざしつつも、将来的には、統合教育を目指すべきではないか。聞こえる・聞こえないを越えた社会的使命感とそれを裏付ける知識・技能を身につけた社会人を育てる教育は、やはり、聴児と日常的に切磋琢磨する統合教育においてこそ可能であると考えるからである。/それは、従来のインテグレーションとの対比で言えば、「個人としてのインテグレーションから集団としてのインテグレーション」への発展であり、インテグレーションの前提としての集団形成の場として、聾学校教育の理念的方法的改革・充実が求められている。今回の北欧訪問で痛感したことの一つは、このことであった。」123P・・・将来・原理としての統合教育論は留目すべきことですが、適応論になっているのではないでしょうか? むしろ統合の中身自体が問題になっているのだと思います。コミュニティ同士の交流ということ、現実を変えること自体が問題になっていると思えるのです。
北欧「社会で育てる」125P
視察団のひとり長谷川純子さんの文「小学校に上がるまでに、日本語の基礎を作らなくてはならないという思いが、親や教師を駆り立てているのかもしれない。しかし、北欧の保育園には、そんなあせりがまったく感じられなかった。ことばの土台となる。子供としての生活、子供としての経験が、まず大事にされているようだ。手話による保育者や親との、あるいは友達との十分なコミュニケーションがあり、就学後に引き継がれる一貫したバイリンガル教育への信頼があれば、「幼児期になんとしてもことばを」という、子供に対する思いつめた向き合い方から自由になることができるのではないだろうか?その余裕と信頼が、あの保育園で感じた大人と子供との自然でおおらかな関係に大きく反映しているのではないかと思うのだ。//人間の欲望は果てしのないものだろう。もっと便利に、もっと快適にとついつい思ってしまう。北欧での短い滞在を終え、日本に帰ってきたとき、日本の街が、無秩序にどんどん勝手に増殖していくアメーバーのように思えた。しかし人の暮らしに本当に必要なものは案外少ないのではないか?聞こえない子供たちのために私たちが用意してあげなければならないこと、その答えもいたってシンプルなものかもしれない。北欧から帰ってきてそう思うようになってきた。」125P・・・基本を押さえてシンプルに 聾学校の教員の立場からの実践の現場からの、北欧のバイリンガル教育を視ての思い−まさにバイリンガル教育の核心を言い当てていると思えます。
完全統合にはなっていない133P
「9 統合教育の前提」冒頭の理念134P
「単純ではない」134P・・・隔離の許容(日本の「発達保障論」とつながる)
「統合教育/分離教育、二者択一ではない」教員と親、臨床心理士も含んで、基本的ニーズで柔軟に134P
財政問題 現実問題と将来(原理)の問題←親の要求135P
それぞれの立場 「ろう」、「自閉症」、「精神病」、「重度の知的障害」は、分離的に136P・・・?
「可能性の方が限界よりも大きい」136P
「こうした選択は、障害の性質や程度と普通学級をその生徒に合わせるための努力がどこまでなされているか、に掛かっている。」136P・・・後半は関係モデル的反転の考え
「インテグレーションの背後にある目的」140P・・・同化でという面もあるのでは?
「「障害」とは「障壁」であったにすぎなかった」140P・・・「障害の社会モデル」
「聴覚障害児の両親が、子どもの情緒的ニーズと安心感こそが成長と学習のための最善の土台になると信じて、これをまず第一に考えるようになるということは、従来の判断基準に風穴をあけることになると私は見ています。」140P
デンマークでは一般市民向けの講座ではない「日本の手話講習会では一般市民が対象であるため、手話の学習開始時点で、手話を覚えて通じ合いたい特定の人物がいるという受講生はあまりいないのである。手話を学びながらも、ろう者との交流がほとんどないという受講生もめずらしくはない。」158P
デンマークでは6ヶ月で432時間手話を学ぶ講座がある159P
親への手話講座への社会・経済的なバックアップ「会社を休んだことによる減収分は、後ほど、国から補塡を受けることができるのである。講座の参加費および交通費は、自分の住んでいる自治体から支給される。遠くから参加する場合には、滞在費も支給される。」159P
教員への手話研修「参加者の給与、交通費の全額、食費、宿泊費がカバーされています。」160P

posted by たわし at 17:03| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ウェンディ・ルイス『デンマークのバイリンガル教育-あるプロジェクトの記録-』

たわしの読書メモ・・ブログ471
・ウェンディ・ルイス『デンマークのバイリンガル教育-あるプロジェクトの記録-』ろう教育の明日を考える連絡協議会 2000 
これも前回の読書メモのパンフと一緒に買ったもの。
この著者は何回か訪日していて、前の読書メモのパンフの中でも、ほんの短い時間ですが、視察団とあって話している記録が載っています。
デンマークにおけるバイリンガル教育の記録と研究の基本的な貴重な資料です。
要するに最初に、ろう児(者)には自然言語であるネイティヴな手話を身につけさせて、それをつかって、そしてその手話自身の学習も含めて、第二言語の学習に入るという、NSL(Native-Natural Sign Language)-バイリンガル教育なのです。それは北欧でかなり進んでいて、その成果も出ていて、世界的趨勢になっていくだろうと思えるのです。というより、このパンフが出されたのが2000年です。もうすぐ20年です。日本では、バイリンガル教育をとり入れているのは、私立の明晴学園だけ、創立から10年、その成果がぼつぼつ現れ、それが公にされていることも出て来ていることがあります。
実は、北欧でもバイリンガル教育でいろいろ議論が出て来ているようで、そのことの中身を押さえていく必要があると思っています。
口話―手話論争には、一応決着が着いたようですが、補聴器の性能が向上する中で、「聴覚口話法」として一定揺り戻しが置き、それが人工内耳の出現によって、さらに増幅しているようです。これは、そもそも医学モデルにとらわれたところで、deafというところで、聴覚が使用できない者が、バイリンガル教育を受けるというようなニュアンスや、なぜ、モノリンガルではだめなのか、ろう者がなぜバイリンガルを過度に要求されるのかの問題もあります。これらは、差別=マイノリティ論批判や民族-人種差別を巡るマージナルパーソン論の論考があり、その地平からの整理も必要になっています。(註1)
さらに、そもそも医学モデルから「社会モデル」への転換に、国連のWHOでの議論が進みえず、ICFも「障害者権利条約」も失敗したということがあり、そのことのとらえ返しのないまま、医学モデルでしかない障害規定をそのまま、引用しているところからする混乱もあります。
さて、実は次のパンフも読み始めているのですが、そこで、ろう団体と親の団体と学者との連携の話が出ているのですが、ろう団体がバイリンガル教育を引っ張ることなのに、逆にバイリンガル教育を求める親の団体の弁護士会への「人権救済申立」に対して、「手話は一つ」とかいう意味不明なところで批判し、弁護士会のそれに対する応答を、当事者主体の観点はあるにせよ、そもそも司法制度を理解していないような、批判をしているのはとても理解し得ないものがあります。(註2)つい最近の手話言語法や言語条例を巡る、学者のそれなりに整理した国会への提出した論文にも、同じ観点から批判したりしています。
そもそもちゃんとした議論が成立していないのです。ブログ448でとりあげた 森壮也/佐々木倫子編『手話を言語と言うのなら』ひつじ書房 2016 の青いパンフとか、北欧のバイリンガルを巡る議論の資料などをちゃんと読んで、内部議論を進めているのだろうかと疑問をもたざるをえません。(註3)
とにかく、このパンフは、手話とろう教育-バイリンガル教育を巡る議論に、簡潔にまとめられたとても大切な資料です。
いつものように切り抜きです。まとまった一群の文で、そのまま読んでもらうのがいいし、他にも切り抜く大切な箇所があるのですが、わたしとしては、そして多くの手話を学習しているひとからすると、わかりきったこととして読み流しているところもありつつ、あくまでわたしサイドから議論の焦点になるところとしてのピックアップです。
「サインド・デーニッシュ(Signed Dani)は手話の文法的な機能をやりとりできないので、サインド・デーニッシュでなく、ろう者の手話を与えなければならない。」13P
「後者の方法は(手話に肯定的な態度をとる場合には)、ろう児を、障害者の一団としてではなく少数言語集団として機能させる。」16P・・・ここの 障害者 という言葉は、医学モデルとしての「障害者」
「もし、親が耳の聞こえない、他の子どもと違っている子ども、決して聞くことができるようにはならない子どもを持っているということを受容しなかったならば、子どもはきっと心の奥底に、違うという感覚を持つようになるにちがいない。」24P・・・異化―スティグマの構造 人工内耳にどうしてとらわれていくのかの問題や難聴者がマージナルパーソンになるという問題にも繋がっていきます。
「自分達の言語に満足して誇りを持つ事の方がもっと大切だと私達は考えた。」25P・・・自分たちの言語に誇りを持つ事が、「聴覚障害者」というスティグマから脱するために必要
「「手話」(ネイティヴな手話)を最優先にすると、デンマーク語を学習するための状況を改善することになり、そしてその結果、その後も引き続き個性を発達させることができるようになって、学校や大人の世界での活動ができるようになるということは、いろいろな研究によって証明されている。」25P・・・核心的な論攷。ただ、書記日本語で「手話」ということは「カッコつき手話」という逆の意味になり、カギかっこは外すこと、カッコをつけるなら、別のカッコにすること(以下同じ)。
「発達心理学」27-8P・・・「知的障害者」への抑圧性の問題が抜け落ちている論攷-発達保障論批判にも通じること
「手話を母語と呼ぶ原理」-「「手話」は、子どもが最もよく使う言語であり、他の人達がろう児と結び付ける言語であり、そして後にはきっと、子どもが自分自身と一体感を持つ原理になる。」30P
「デンマークに住んでいるのだから、当然、毎日の生活でデンマーク語が必要なわけで、この動機付けは強力だ。デンマーク語は必要なのだ。選択の余地はない。」33P・・・モノリンガルの選択も、手話が広まり、通訳の保障もあればありえる。
「加法のバイリンガリズム―減法のバイリンガリズム」35P
「サインド・デーニッシュと「手話(Sign Language)」との間にはっきりした区別をつけることはうまくいかなかった。実はすっきりとつけることは不可能なのかも知れないが、とにかく私達は、違いがあるのだということを心に刻みつけた。」49P・・・原理的区別が必要。教育では実践的にも必要。
「押韻詩」52P・・・手話に韻はない、これは手形の連想ということか?
プロフォーム(CL)とロールシフト55P
「私達はこの、言語機能と言語の創造性の発達とを、言語指導の基礎とみている。文法の指導はこのプロセスに必要な補足に過ぎない、」64P
「自分たちの印象を「吹き出させる」のではなく、クラスメートの意見を受けてそれに応じさせるように努力した。」64P
「コミュニケーションは「手話」指導の一分野であって、文法の指導と文化面の指導の間に位置づけられる。文法の指導が規則系としての言語の構造に関わるのに対して、一般的文化面の指導は、思考・考え・意見、即ち言語の中身に焦点を当てる。コミュニケーションの指導は、言語の実際の利用法、すなわち伝達するという状況で実際に言語を使う方法を取り扱う。」64P
「聴者とコミュニケーションをする場合に一番上手なのは、コミュニケーションの断絶が起きやすいのはどんな時で、どのように起きるのかを一番よく知っている子どものようだ。」66P
「「手話」指導の長期的な目標の一つは、自分自身の言語と、その可能性・機能・構造を、子どもに気づかせることである。」67P
「解放の笑い」72-3P・・・通じないときに通常差別されるのではあるが、いつもは差別される側が反転して笑い返す類い―「共犯幻想」にも通じること
「デンマーク語を教えることが目的ならば、デンマーク語の代わりに、きちんと体系だっていない全く新しい符号体系を導入するのは、明らかに望ましくない。」「デンマーク語の授業では2つの言語を両方使ったが、一度に1つずつ使ったし、どちらの言語を話しているのかをはっきりと明確に示すように努力した。」80P・・・2つの言語をはっきり分ける
「ろう児には自分の言語とその極限(デンマーク語との境界)を意識させること、それに2つの言語を別々に切り離しておくことを学ばせることが必要だということである。」98P
「教師と生徒の双方が8-10年生で通訳を利用する練習をする機会を持つことが必要であると思う。」113P
「「平等とコミュニケーション」が、将来のろう教育の鍵を握る概念であると私達は考えている。「ろうの生徒は、健聴の生徒ができることは何でもできる、聞くこと以外は」という意識が、将来のろう学校でたくさんの素晴らしい市民が成長して、卒業していくのを手助けする際に、一役を演じるようにと願っている。」113P


1 マージナルパーソンというのは「境界人」と訳されますが、差別されるときもされないときもある立場ということではありません。どっちつかずの心理(心理的マージナリティ)に陥るひとということです。わたしはこれをアパルトヘイト下の南アフリカのカラード(白人と「有色人種」の間に生まれた子ども)を巡るH.D.クラークの『差別社会の前衛』という翻訳本で最初に学びました。白人としてパスできるひとの方が、心理的葛藤に陥るということです。これは、障害問題では、いわゆる「障害の重いひと」の方が「障害の軽いひと」よりも大変だと思われるのですが、必ずしもそうではなく、自分の立場の曖昧性から、葛藤に陥るという問題があるのです。これについては、もうずっと昔の文で校正が必要なのですが、わたしのまさにマージナルパーソンとして「吃音者」の立場で書いた文を参照にしてください。「マージナルパーソンとしての吃音者」http://www.taica.info/akbmmk.pdf
2 差別に関して被差別当事者が最も理解し得る可能性があるというところで、当事者主体の立場を突き出し、自分たちをさておいて、弁護士会が答申のようなことを書いたことを批判しているのです。ですが、当事者団体もときには間違えることもあるということを押さえていないと独善性に陥ります。なぜ、「ろうあ」を名乗る立場で、日本手話での教育を求める親の人権救済の申し立てに、対応手話やシムコムのようなことを認めるような立場で批判したのか、どうしても分からないのです。
3 当事者主体の立場から批判―対話をなかなか書き得て来なかったのですが、当事者主体からはズレるとは言え、「言語障害者」の立場から、これらのことを、「全日ろう連の「三つのひとつ」の混乱」というタイトルで別文として書こうと思っています。

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トータルコミュニケーション研究会編『北欧のバイリンガル教育の理論と実践-スウェーデン・デンマークを視察して-』

たわしの読書メモ・・ブログ470
・トータルコミュニケーション研究会編『北欧のバイリンガル教育の理論と実践-スウェーデン・デンマークを視察して-』トータルコミュニケーション研究会 2000 
これはパンフレットです。ろう教育関係の集会に参加して(確か「ろう教育の明日を考える会」の集会です)、パンフレットを3冊か4冊か買いました。で、とても全部一気に読めないと、一番新しいのだけ読んで、後を積ん読にしてしまっていました。「一番あたらしいの」の記憶がありません。当時はまだ読書メモ書いていなかったのですが、再読のマークをつけています。二つ後に、再読した読書メモを残します。
2000年の北欧の視察旅行の記録とそこで関係をもった団体から出している資料の翻訳です。バイリンガル教育の貴重な資料です。この視察旅行はトータルコミュニケーション研究会(TC研)で行っていたのですが、もうその当時の北欧では、トータルコミュニケーションという概念ではなくなっていました。日本でも、トータルコミュニケーションという概念が変化しています。最初は、手話もろう教育に取り入れるといるところから始まったのですが、バイリンガル教育ということがろう教育の中で大きな位置を占めるにつれて、手話だけでなく、他の使える手段でも何でも使っていこうという意味になってきています。口話も手話もとか、シムコムも必要というという話につながっていきます。何でも使っていこうということ自体を否定はしないまでも、何を軸にしていくのかがあいまいになっていくと批判が起きています。そういう意味で、北欧では軸をバイリンガル教育においています。もっとも、北欧のバイリンガル教育は、聴覚で情報が取れないひとにとってという意味ですが、わたしは「難聴者」にとっても、マージナルパーソンから脱するという意味では、医学モデルから脱して、手話を自分の言語にする必要もあるかと思います。
もうひとつ押さえておくことは、北欧の手話教育は、無償の生涯教育の中に位置づけられていて、親やきょうだいや友達関係まで無償の手話教育が受けられるということです。日本の口話―手話論争なり対応手話−日本手話論争の中で、口話や対応手話の必要で「親とのコミュニケーションがとれない」ということが出てくるのですが、それはこのパンフレットの「聴覚障害児」が生まれたら、両親が手話を学ぶシステムを作っているというところで、解決の途ははっきり示されています。
もうひとこと書き添えておけば、「障害者運動」を担っているひとたちの中には、北欧型の福祉なり、ろう教育を理想としているひとがいるのですが、わたしからすると、これはヨーロッパ型の近代合理主義−生産性の論理の枠を脱していないと思えるのです。だから、インテグレーションは原則であって(分離教育批判があって、ろう教育ではろう学校が必要というのは、手話で教える学校が必要−手話教育からろう者を分離してはいけないという意味になります)、「重度の知的障害者」は別枠の構造が出て来て、スウェーデンで優生手術が行われていたとか、パーソン論が出てくるとか、「安楽死−尊厳死」を認める方向が出て来ていることもあります。
これは今の社会で現実に生きていく中でどうしていくのかということと、もっと根源的にとらえ返した、関係性そのものを変えていくというところで、分けつつつなげていくことが必要になっているのだと思います。
さて、切り抜きです。
ヴェスタンヴィク国民高等学校24-33P・・・生涯教育の場で無料
親の手話教育にもお金が出る29P
(スウェーデンのスタッフの発言)「日本のろうの人たちは、第一言語として手話を学ぶことは難しいと思います。」36P・・・意味不明。書き言葉と話し言葉の乖離があるからという意味で言っているらしい 第一言語として「日本語」を学んだひとは日本手話を学ぶのが難しいという意味? 唐突な発言 漢字まじり文のことをいっているのか? 何を勘違い?
「ろう児にスウェーデン対応手話は機能しませんでした。」38P
ろう児同士とろうの大人とのふれあいの大切さ39P
「ろう児より難聴の子どもの方が不安感が強いようです。」39P・・・まさにマージナルパーソンの問題
聞こえる子ども(難聴の子どもの場合ともっと普遍的に)と聞こえないこどもを一緒に教育するときは手話で統一するのが良い40P
表情が硬い41P・・・TCへの批判もあったのかも
デンマーク手話センターKC58-63P・・・教育の無償化、生涯教育
ゆりかごから墓場まで60P
手話の韻をふむ61P・・・原語では? 手話の語彙の「語呂合わせ」の意味?
両親の手話教育が一番の影響力、きょうだい、保育園、周りのひとに全部に無償の手話教育62P
通訳者の所得保障62P・・・実質公務員化?もっと広げたベーシックインカム基本所得保障
親の会2020年の夢−全てのデンマークの国民学校、義務教育の学校で、どの生徒も7年生から希望すれば手話を勉強できる68P
DSLの上にデンマーク語の学習88P
手話教育の歴史90-93P・・・大切
「デンマーク語の学習と同じく手話の学習も、手段の学習instrumental subjectであると同時にそれ自体教育的な学習educational subject 92P
「デンマーク語の学習もまた重要である。教える際、教師はDSLとデンマーク語をはっきり分けて使用すべきである。二つの言語の使い方や機能の違いがわかるようにするためである」93P・・・文法の違いとシムコム批判につながること
バイリンガル主義教育の理念96-7P
ろう児のインテグレーション批判94-7P
「生存教育に勝ち抜く」102P・・・資本主義的世界観へのとらわれ
カウンセリングはろう児が大人になるまで、親やきょうだいに106P
「デンマークでは個人の障害の結果被る出費は社会保障によって支払われます。」114P・・・「被る」というとらえ方は「社会モデル」へもう一歩
スウェーデンは、「手話はろう者の第一言語」と規定した最初の国120P
「会議を召集する人は、通訳を手配する責任があります。費用は郡がもちます。個人が仕事上通訳を必要とする場合も、同様です。」122P
移民の問題とろう者の問題のリンク123-4P
「手話と独特の文化を巡るろう者の闘争は、基本的人権を求める戦いです。」124P
ヴェスタンヴィク成人高等ろう学校 生涯教育と教育の無償化124P
「「ろう」は普通の意味での障害ではなく、コミュニケーションにあるのだということがはっきりと見えることでしょう。」125P・・・そもそも他の障害についても言えること、医学モデル批判としてきちんと押さえること

posted by たわし at 16:55| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「新しい聴覚障害者像を求めて」編集委員会『新しい聴覚障害者像を求めて』財団法人全日本聾唖連盟出版局

たわしの読書メモ・・ブログ469
・「新しい聴覚障害者像を求めて」編集委員会『新しい聴覚障害者像を求めて』財団法人全日本聾唖連盟出版局 1991 
この本は、本の目次を見て読まなくてはと買ったのですが、タイトルに違和があって、積ん読にしてしまっていた本です。内容的には、「ろう運動の歴史と課題」ということで、トータルに「聴覚障害者」が抱えさせられている問題を押さえ、丁寧にそれを読み解こうとしています。貴重な資料です。全体的に吸収することが多くありました。大抵は、色んなところで読んでいた内容もあり、わたしの知識が薄く、知識を深めるために印象に残ったところを書いておきます。
第2章第2部の「聴覚障害者の労働」、現実の労働者が置かれていた情況がかなり詳しく記載されていて、参照になりました。
また、第5章第5部「ろう教育の願い」というところで、「聴覚障害者のろう教育教員」の立場での前田浩論文が印象にのこりました。390-400P特に、ろう者の教員の雇用問題は、ほんとうにちゃんと実現していかなくてはならないと思います。ずっと前に読んだ、『聾教育の脱構築』の中で語られている「パラダイム転換」の内容なのだと改めて感じていました。
当事者のプライバシーの問題があり、それに通訳の守秘義務の問題もあり、実際の生活とか出てきにくいのですが、この本はあえてそのようなことも書いています。手話通訳の失敗の事例273-8Pとかは、通訳者集団では内々に会議の中で話されているのでしょうが、手話通訳集団には入っていない立場でいろいろ考え込んでいました。
また、ろう者の立場で、手話通訳者にもとめるものという文282-6Pは、古くて新しいことなのですが、現実の手話通訳者がちゃんと押さえられているのかということで、他の問題にも起きている、なぜちゃんと提起されていることがちゃんと押さえられないのかという思いをもってしまいました。
ですが、この本は、当事者や運動関係者だけでなく、一部研究者や役人も執筆していて、ちょっと違和を感じる文もあります。文章の引用として出てくるのですが、「障害の発生を予防し、・・」199Pとか「障害を克服し、・・・」200Pとか出てくるのです。なぜ、運動体が中心になって出した出版物で役人に執筆を依頼し、しかも差別的な文を引用したまま載せているのかも分かりません。
さて、この本のタイトルは最後の文がろう教育に関しての文で、教育としてどういうろう者を育てるのかというところで、このタイトルに繋がったと思えます。ですが、中教審答申で「期待される人間像」が出て来たとき、反差別の立場のひとたちは、そのことを批判していたのですが、ろう運動の世界には届いていなかったのでしょうか?
「立派な聴覚障害者」408Pというような話、確かに運動を担うひとを輩出していくという意味では必要になっていくし、「立派な」の中身の問題もあるのですが、ろう運動の目的は、運動をしなくてもよくなる情況を創り出していくことで、立派であろうがなかろうが、市井のろう者が幸せに生き得る教育と情況を創り出していくことが必要なのではないでしょうか? その文を書いているひと自身が、「口話主義−同化−聴覚障害者の存在の否定」とか押さえ402P、「(ろう教育は)誰のために、なにを、どう教えるか」407Pという提起をしているのですから、エリート主義的教育批判につなげて欲しいと思います。この遠藤論文には、まとめ的に「6 全日本ろうあ連盟の当面の要望」という文408-9Pがあるのですが、ろう者の教員の採用ということをきちんと出していないことが気になりました。
資料として「3・3声明」「[年表]」が掲載されています。
さて、イギリス障害学の本では、執筆陣も新たにして版が重ねられた本が出ています。この本も、出されて四半世紀を超えています。その後の運動とその蓄積を押さえた新しい版を出してもらえないかと、思っています。わたしの悪い習性ともいえるようになっていること、運動の深化を求めて否定的なことの指摘ばかりしているのですが、この本は大切な資料です。
今回は、切り抜きメモを本文の中に含めました。ただ、ひとつ、上手く入れ込めなかったこと。
「こうした全体を共通の特徴としてとらえてしまう傾向は、身体障害者のなかでは、聴覚障害者が際立っている。聴覚障害者の職場内の問題はコミュニケーションの問題としてくくってしまうのではなく、個々の問題としてとらえていく視点が、今後ますます重要になってくる。十分に留意したいものである。」131P・・・普遍的なところを押さえようとするわたしの傾向で、きちんと個別のひとつひとつの問題を押さえることの必要性として、わたしとして特に留意。

posted by たわし at 16:48| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ハーラン・レイン/斉藤渡訳・前田浩監訳『手話の歴史 上 下 (ろう者が手話を生み、奪われ、取り戻すまで)』

たわしの読書メモ・・ブログ468
・ハーラン・レイン/斉藤渡訳・前田浩監訳『手話の歴史 上 下 (ろう者が手話を生み、奪われ、取り戻すまで)』築地書房 2018 
ハーラン・レインの著は編・著も含めて三冊目です。
小説風のヨーロッパ―アメリカをまたぐ、まさに手話の歴史の書。この本を読むと口話−手話論争に決着が付いているという思いを強くしているのですが。
そもそもは、現実的に聴者社会への参加という脈絡で有利になるかというところで、口話主義はゾンビのように甦ってくるのです。その延長線上に、ブログ466の・脇中起余子『聴覚障害教育 これまでとこれから:コミュニケーション論争・9歳の壁・障害認識を中心に』北大路書房 2009 の著者のいう「手話−手話論争」もあるのですが、その著者ならば、この本をどう読むのでしょうか?
著者レインは、ひとを描いています。その押さえがまさに的確なのです。といっても、他の描いている本をあまり読んでいないので、異論の存在を押さえていないのですが。
小説風というところでは、一個前の著者高橋潔さんの娘さんの著者・川渕依子『指骨』を想起します。このレインの本、上下になっているかなりの分量の本なのですが、読みやすいのです。
先人のいろいろな思いが交錯する歴史模様として描かれています。いろんな、ひととひととの出会い・きっかけで歴史が変わっていくことも読み取れます。
1章から10章までは、フランスからアメリカに渡り、アメリカのネイティブの手話教育の基礎を築いたろう者のローラン・クレールの語りです(クレールと共にアメリカ手話教育の基礎を築いたトーマス・ギャーロデットがアメリカからヨーロッパに渡り、クレールを連れ帰ったことと交錯しています)。そして11・12章がレイン自身の語りになっています。
ろう運動・ろう教育を担うひとたちに是非読んで貰い、論争の深化(と決着)をと、いう思いもわたしは抱きました。
「人物相関図」という項目で掲載されている口話−手話教育の系統図14Pは、ヨーロッパ−アメリカをまたぐ俯瞰図になっていて、資料として貴重です。レインが編集した『聾の経験』にも同じような図が出ています。これを元にもっと精細な図を作るひとが出てくるかもしれません。もう既にあるかもしれませんが。
さて、ここまでが「上」を読んだすぐ後にメモしたところ、「下」の方は、発話主義−口話主義からの攻勢にさらされていく情況が出て来て、そこで終わっています。ミラノ会議、パリ会議と続く、手話の否定、なぜ、こんな非論理的な決定ができたのかと落ち込む本になっています。レインの本、わたしは二冊読んでいたのですが、原書は、この本が出されたのが先です。翻訳されないままになっていた理由が分かるような気がします。副題の「(ろう者が手話を生み、奪われ、取り戻すまで)」は「(ろう者が手話を生み、奪われ、取り戻「し、また奪われるまで」)」という内容になっています。現在のミラノ会議の否定の2010年のバンクーバー声明のことは、解説には書かれているのですが。
口話主義−発話主義は、結局、同化的エリート主義から来る親の願望という感情論と、優生思想から来る一種のヘイトなのだと思います。そこでは、ろう者の存在そのものの否定という内容に繋がっています。
さて、一連のわたしの読書メモにおける対話の作業につなげておきます。
上の方のメモに既に書いたのですが、ブログ466脇中さんの「手話−手話論争」、すなわち、「ネイティブ手話−対応手話論争」の対応手話やシムコムの勧めなり、適正教育論の話は、ここの延長性で出て来ます。適正教育論は、この本では併用論の流れになるのです。結局、「障害者の社会参加」という脈絡から出て来ます。
ちょっと話をあえて脱線させます。わたしが手話を学び始めたころは、「国際障害者年」の後の「国際障害者10年」の期間でした。そのスローガンは「完全参加と平等」でした。で、手話講習会の講師が、「このスローガンはひっくり返っている、平等があって始めて参加できる」という話をしてくれました。なるほどと思ったものです。そこから、手話を学ぶということは、ろう者の世界への聴者の参加ではないかとも思っていました。そもそも、ろう者が参加するという聴者世界は差別的社会です。そこに参加するということは、わたしたちも差別する側になる権利を与えよという論理になっているのではないかとも思ったりしていたのです。また、口話の限界ということはあっても、手が動かないひととか盲のひとにはあるとしても(盲のひとには蝕手話が一応あるのですが)、手話を第一言語化する限界などあるとは思えません(ろう者の中には、脇中さんも、聴者が手話を身につける限界の話をするひともいますが、これは手話が認知されない中で、不利になるから、第一言語にしないというだけだと思います)。ならば、なぜ一方的に音声言語を強いられるのか、その非対称性こそ問題なのです。
また、適正教育論なり併用論なりは、口話−聴能主義で行けるひとは、その方がいいに決まっているという思い込みから出ているようですが、口話−聴能主義で聴者と同じように生きれるならば、人工内耳で聴者になれるならば(そんな話ならば、ろう教育なり「聴覚障害児」教育の範疇から外れるはずです)まだしも、そうでないならば、わたしはマージナルパーソン論ということをきちんと押さえておかねばならないと思います。実はブログ50で書いたレインの『善意の仮面』の読書メモにも既にそのことを書いていました。
先に書いた「手話−手話論争」は、おかしな方向に進んできています。全日ろう連の手話言語法−条例制定運動の中で、「手話はひとつ」という突き出しをし、問題が錯綜してきています。これは、全日ろう連の「3つのひとつ」、すなわち、「ろう者の団体はひとつ、手話はひとつ、地域の手話サークルはひとつ」ということで運動体として統一して活動していきたいというところでの、ギリシャ神話にでてくる「プロクルステスのベッド」のような話なのです。この本の、口話主義者の論理もまさに、この「プロクルステスのベッド」の「非論理的論理」なのです。この話は青いパンフ、ブログ448で提起されていること、きちんとした対話さえできえれば、方向性はとらえられるのだとわたしは考えています。
さて、いつものように切り抜きメモです。簡単に記します。

「メインストリームの運動は、手話コミュニティの思いなどはほとんど考えることなく進んでおり、健聴の支援者たち――耳科学者、オーディオロジスト、言語療法士、ろう教育関係者たち――と、手話コミュニティとは常に対立関係であり続けた。」5P
「この本の歴史観と相いれない考え方を強く持つ読者やその他の人たちは、より公平な評価とされるものや、歴然たる事実の報告と呼ばれるものの方を強く好む人たちでもあるだろうが、それは、かえって歴史を見落とすことにつながる。」5P・・・口話法のひとたちの「論理」は論理でなく、自分たちに囲い込んでおきたいという感情論でしかない。
「歴史は解釈することと深く結びついている。なぜなら、一つには、歴史はたえず無限の事実の中からの選択をおこなっているからである。歴史はまず領域を決めるが、それは、ある期間、民族、個人を除外し、別の期間、民族、個人に焦点をあてることである。」5-6P
「ある言語コミュニティの歴史を研究することと、その言語コミュニティの文法の研究にはいくつかの共通点がある。両者ともに、選択された事実を思慮深く説明しようと試みる理論であり、また、その選択は、理論自体の本質に結びついている。」6P
ヘーゲル「人々も政治も歴史から何も学んでいない」6P
「基本的な人間の尊厳に対する継続的な暴力に対して向けられるものであるならば、歴史家は自分の人間性を否定し、中立を装うべきであろうか?」6P
「マシューは一つの、野心を超えた、燃えるような願いを持っており、それは他のすべての関心に先立つとともに、彼の純真さの証しでもあった。願いとはろう者の教育の向上である。」40P
マシューはシカールの手話の教師、かつルソー的意味の教師40P
「コンディヤック神父が『感覚論』を出版した。その中で、彼は、一つ一つの感覚を順に与えていくことによって次第に生命を吹きこんでいく立像というものを想起した。」52-3P
 シカールの話しぶりの辞書化56P
 クレールのシカール批判57P
ペレイラの発話への執着−@妹がろうとして生まれたことA迫害の結果として少数派でいないで、多数派に近づくように努めることを学んだ103P
ペレイラの教えた生徒は、ペレイラの下を去ったとき、「繭」の中に移っていった114P
「私は崇拝と尊厳の気持ち持って天を指さし、そこで私の意図ははっきりと表に出るので、デシャン神父も間違うことはない」128P・・・NM的な意味
「ド・レペは、彼の生徒の発話を大いに喜んではいても、フランス語――口話、指文字、筆記――を生徒の教育上の基本的な伝達手段とすることは決して認めようとはしなかった。フランス語を伝達手段とすることは、ろう者にとって、まさに欠けている能力すべてを頼らせ、教育の目的を手段にしてしまうことであった。もしその方法に従えば、フランス語をうまく話せるようになるために、あまりに長い時間かかり、本来の教育は永遠に後回しにされてしまう。」131P
「つまり、方法的手話が音声言語の単語を一つ一つを表している時、それは漢字に似ている。しかし、ろう者のフランス手話が表すのは手話以外のなにものでもない――手話は言語であり、したがって、中国語の漢字に対応するのではなく、中国語(あるいは、フランス語、英語)そのものに対応するのである」132P
アンマンの「神の息吹というたわごと」(レインの批判的押さえ)のたわごとの列記・音声言語の神格化134-5P
イタールの人体実験とそこからの転換181P・・・コペ転になぞらえればイタ転
イタールの到達点−映像での学習・表記法の発明「もしろう者がどのくらい聴者と対等の力を持てるか知りたいなら、すべてのことを対等にせよ。ろう者を、ろう者の中で生まれ、生活させよ」185P
リディア・シガニーの自己顕示欲と自己愛228P
メイソン「挑戦すべき大きな課題は、アリスを話せるようにすることではなく、新しい国のすべてのアリスたちを教育する道を見つけ出すことだと考えた。」229P・・・運動的考え方

トーマスの口話主義批判10-13P
クレールの立場に立って、手話に対する偏見を記す@「手話は絵画的である」A「手話は世界共通である」B「手話は具体的なものしか表せない」C「手話は原始的である」13-15P・・・@絵画的ということには、CLの問題を加味する必要。A身振りから始まっているので、音声言語に比べると通じやすいC原基的ではある
聞こえる人や難聴者でも、ろう者の世界で生きることを選択する場合があり、逆に「ろう者」でも、ろう者社会の一員であることを認めないひともいる(「彼は生涯苦しんでいた」)55P・・・手話を否定するとマージナルパーソンになる
方法的手話へのクレールの考え58P
ろう者の共同体と「ろうの国」91-3P
「インディアン」との話し合いの中で気付いたこと「私は自分たちのもう一つの血族を見つけた。彼の話に見入っている生徒たちと同じく、彼は自分の国の中での追放者なのだ。」102P・・・手話の普遍性の追求として「インディアン」との話し合いの中での共感
スペインの中米・南米での同化策の中でのスペイン語の押しつけの論理「権力をもつ側に同調するほうが得」103P・・・口話法の押しつけが同じ論理
「カスティリヤ国守からルイ十六世までの間、ヨーロッパで口話主義を育てた富、力、不寛容が、アメリカでもまた、それを育てようとしている。少しだけなら違いはある。ヨーロッパでの王たちの役割を、アメリカでは実業家が担っている。」105P
マンの(口話主義を効果のあることとして実演して見せる)四つの罠@生徒に関わることA進行役の教師に関わることB題材に関わることC訪問者に関わること124P
トーマスの優しい指摘とハーヴェイ・ビートのマン批判126P
ハウへのストーンの批判144P
「ろうの子どもに英語の読み書きをうまく教えられなかったのは学校にとっての問題であるということについては、エドワードに賛成する。しかし、その改善策は手話の使用を制限することではないし、制限すべきではないと信じている。」162P・・・そもそもろう者だけが一方的にバイリンガルをなぜ強要されるのかという議論も必要・・モノリンガルの主張も今日出て来ている
エドワードの揺らぎ−併用論としての「発話と読話の指導が役立つ生徒に対しては、その訓練をおこなうことがすべての学校の義務であることの確認」163P・・・「義務」−多様性の否定
「エドワードは大きく間違っている。発語教育が不思議と飛びぬけて多く問題になっているのではない。少数者の集団が話し、集まり、結婚し、数を増やし、自由な男女として働くことが許されるのか、あるいは、少数者は多数者に順応し、ハウの言葉で言えば、「普通の人のように」自分をこしらえていかねばならないのか――それが問題なのだ。」「その(口話主義の・・たわしの付記)原則とは、人間の多様性に対する不寛容である。」「自然が多様性を自らのうちにはらみ、いつくしんでいるように、私は多様性を追求し、促進し、抱きしめ、いとおしむ。私は多様性の中に、社会にとっての人間的、物質的偉大な富と、好ましい変化の必要な前触れを見る。」166P・・・口話主義−発話主義はまさに順応論(適応論)
「社会モデル」172P・・・この本の原書が出たのは1980年代の初め頃、レインの先駆性
ベル「「私は手話をなくしてしまいたい」。ベルには音声言語が圧倒的に優れているのは明らかだった。「音声言語の価値を尋ねるのは……人生の価値を尋ねるのに似ている。」174P・・・ろう者の人生−存在の否定の「論理」
口話主義者の陰謀術策としてのミラノ会議(岩盤的固定化としてのパリ会議も)230P
マクレガー「口話法は数名の者にしか益しない。一方併用法はすべてのろう者に恩恵をあたえる。誰であろうと、口話法を唯一の方法として支持する者はろう者の敵である。」238P
「ミラノ会議の影響として、「純粋の口話主義」が洪水のようにヨーロッパを洗い流した。多くの人、多くの学校が、その前提に伴って洗い流された。人間社会のこの大きな波を一つの理由だけで説明するのは難しい。私は国家主義、エリート主義、家族の自尊心なとについて述べてきたが、それらが合流したものと言える。そして、その他の一因として、教育者が自分の教室を独占したいという気持ちがある。」238P・・・レインの「言語心理学者」(著者紹介の文)としての傑出した分析。この本の大切なところ。口話主義は口話というところに焦点をあてたエリート主義。
「(バーナード・モッテ)ミラノ会議は、発話の地位を教育の方法から教育の目的そのものに引き上げた。」「学校は発話矯正所へと様変わりした。」242P
「野外作業者」243P・・・「野外作業者」への職業差別
「ろう者新聞は、口話主義を「暴力と、抑圧と、反啓蒙主義と、いかさま」の方法であり、それは哀れなろうの子どもを愚かにいるだけだと言い、マニヤを「純粋な口話法と呼ばれる、舌、鼻、喉、そして目に対する拷問の発明者」と名づけた。」249P
「そのような物真似は、せいぜい彼らと有名な霊長類との親族関係を目の前で証明してしまうくらいのものだ」。シエナの教師は、もっと簡潔に健聴の代表たちの見方を代弁した。「いったい、いつから我々は治療法を患者に聞くようになったのかね?」」255P・・・手話の言語としての原基性と、まさに医学モデル的とらえ方。しかし医学の原基性、今日の医療における「患者の自己決定権」からするこの暴言への批判
(口話主義者から保護のために施設に収容するというような話まで出ていることに対して)「人々は皆、口話主義はろう者を社会に復帰させるものとしていたことを忘れてしまったようだ。」259P・・・口話主義は結局ろう者の存在の否定でしかない
「教師たちは教育の第一の目的に失敗したことになる。その目的とは、生徒が自分のことを考え判断できるようにすることである。」260P
スミス「全員が一致して、人間の権利についての新宣言を採択するように求める。その権利とは、ろう者の生存権、自由権、幸福希求権、そして、我々が受け入れた案に基づく我々の子どもの教育権である。我々は、単一な方法という十字架に架けられはしないと全世界に宣言しよう」260P
さてブログ50のハーラン・レイン/長瀬修訳『善意の仮面―聴能主義とろう文化の闘い』
現代書館 2007の読書メモを読み直していたのですが、ハーラン・レイン編・著/石村多
聞訳『聾の経験―18世紀における手話の「発見」』東京電機大学出版局 2000の読書メモ
が見つかりません。「ろう文宣言以後」という「付録」に気を取られて、そして、まだ、き
ちんと読書メモを取るということが習慣化されていなこともあったのですが、この本から
とらえ返すと、ちょうど、この本の資料になる論文集になっています。

posted by たわし at 16:43| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

川渕依子『高橋潔と大阪市立聾唖学校 手話を守り抜いた教育者たち』

たわしの読書メモ・・ブログ467
・川渕依子『高橋潔と大阪市立聾唖学校 手話を守り抜いた教育者たち』サンライズ出版 2014 
口話主義の教育に日本のろう学校が支配されていく中で、手話による教育を護り続けた大阪市立ろう学校の高橋潔校長とその彼とふれあい彼を支えたひとたちを、高橋潔さんの娘の著者が書いた本です。この著者には、同じようなテーマで小説風に書いた『指骨』と、『手話は心』『手話賛美』があり、それに続くこの著書です。実は、著者は母が高橋潔さんと結婚したという義理の娘で、父の恩に報いねばという思いが、父の偉業をつたえねばという思いと重なり、書き綴っているのではと想えます。
口話教育を進めた、西川吉之助さん、はま子さん父娘のことかも書かれています。くしくも、著者の母親の実家が滋賀で、西川吉之助さんが最初は私財を投じて、後に公立になった滋賀ろう学校の校長をつめたところ、著者はこの地で、口話主義からの阻害の中で手話を広め、ろう運動ともかかわるのです。西川父娘の死が、口話主義の破綻を象徴するようなことになっています。著者はそのような書き方をしていなくて、むしろ社会的な同化の圧力の犠牲になったというようなとらえ方をしていています。口話教育のエリート的に育てられた、はま子さんの屈折のようなことも書き記しているのですが(「手話は心」というテーマのひとつの内容にもなっています)。
さて、口話主義に制圧される中で、「大阪城はまだ落ちないのか」と揶揄されるような情況下、手話教育の火が消されるかいなかの天下分け目の決戦のような校長会でのやりとりが、父が母に宛てた手紙の中に書かれています。まさに、その闘いの中で、名目は禁止されつつもかろうじて、手話教育の火を守ったという苦闘の記録になっています。
他の本で、この読書メモのひとつ前の著でも、大阪市立ろう学校は、「手話を守り続けた」というところで、手話で教える学校という誤解をするひとがいたのですが、「O・R・A方式」という適正教育論だったと書かれています。ただ、口話教育を指導する教員にも手話を身につけさせ、口話教育を受けた生徒も手話に親しむ機会多々あり、手話を使っていたということも書かれています。口話−手話論争は、手話教育は必要ということで、一応の決着がついているようです。ただ、適正教育論は、高橋潔さんが主張し、娘のこの著者も当然のように書いていて、聴覚口話法で指導できる生徒は当然それがよいというようなことも書いています。もし、完全に同化できるならば別ですが(厳密には「完全」ということはありえないのですが)、心理的マージナリティの問題も含めてそのことは考えることで、適正教育論の批判は当然、ろう者側から出て来ます。著者の、ろう者と著者とのわだかまりも生じているようなのです(当事者主体の思いが故の問題もあると想えます)。このあたりの整理が、とりわけマージナルパーソン論からの批判が必要なのだと思いますが、なされない中で、適正教育論との対話がきちんとなされないままになっているのだと、「マージナルパーソン」の立場にあるわたしからのとらえ返しがあります。グールドが『人間のはかり間違い』の中で展開したIQでひとを計っていくことへの批判と、「聴覚・口話法ができるものはその方がよいに違いない」という論理への批判が重なったりもしています。
ちょっと話が脱線しました。この適正論あたりのことが、今日の、前の読書メモの著者のいう「手話−手話論争」、一般的に議論がまだ続いている日本手話−対応手話を巡る論争に影を落としていて、決着がつけえないことがあるのではとも思えます。
さて、最後に、わたしのこの一連の著との接点を書き置きたいと思います。わたしは地域のろう協会の流れの手話講習会で手話を学び始めたのですが、そこで手話を教わったろう者が大阪市立ろう学校の卒業生でした。実はこの本の中にも名前が出ています。わたしは「障害者」の立場で将来コミュニケーションの手段として必要になるだろうと手話を学ぼうとしたのですが、そのろう者の素敵な手話と、協会の行事や手話サークル、折々の話の中での感銘を受ける話を見る中で、手話は単なるコミュニケーションの手段ではないと思い始め、講習会が終わったらすぐに、本格的に「障害者運動」の中に身を投じる心つもりだったのを先延ばしし、地域に残り手話サークルの活動に打ち込みました。そのろう者の話に「手話は心」とか「オーケストラ」の話が出ていました。「オーケストラ」の方は、漫画雑誌に連載され、単行本化された『わが指のオーケストラ』を読んでいました。「手話は心」は大阪市立ろう学校の中で話されていたことなのだということを、この著者の二冊目の著書名になっていることで、今回知りました。きっと大阪市立ろう学校の中で折に触れて語られていたことなのでしょう。ろう協会の活動のお手伝いで、そのろう者のお家までお邪魔していろいろ話をする機会もあったのですが、亡くなってもう話は聞けません。もうひとつ、手話サークルで定例会に合わせて会報を出していたのですが、その会報に「指骨」をコピーして連載しようという話が手話サークルの会長からありました。で、結局、著作権の問題でまずいということで立ち消えたのですが、1回目のコピーを見ていました。『指骨』は気になっていたのですが、絶版になっているので古本で探していたのですが、検索をかけても一回も出て来ません。その後の著書の中にも引用されていたようで、この本の中にも一部引用されています。
さて、細かいことの歴史的資料の整理や伝えていく作業がなされないままに、そしてなされていても、後代のひとがきちんと読み込んでいないと、いろいろ誤解が生じるようです。そういう意味で、この著者の一連の著書は大切な資料なのだと思っています。
さて、前の文節の脈絡も含めて切り抜きを書き置きます。
適正教育O・R・Aシステムの精細、「(明晴学園)理事長の口話組、手話と分かれてというような簡単なものではない・・・。」65P・・・口話組も手話を知らなかったわけではない。手話劇などを観ていたし、授業外で生徒同士が手話で話すこともあった・・・・
わたしの地域のろう者の先生の名93P
「耳が聞け、もの言える人達の間へ入れ混ぜてしまう筈であった聾唖者が、何故に「聾唖」という名によって結びあい、自分たちの手で聾唖団体をこしらえるか」119P・・・藤井東洋男のヨーロッパ各国への視察への問いかけとそもそものろう教育の問題意識
校長会でのやりとり「母への手紙」185-197P
明晴理事長発言の引用と批判128P・・・きちんと伝承していくことの必要性
「心の教育」182P
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2018年11月17日

脇中起余子『聴覚障害教育 これまでとこれから:コミュニケーション論争・9歳の壁・障害認識を中心に』

たわしの読書メモ・・ブログ466
・脇中起余子『聴覚障害教育 これまでとこれから:コミュニケーション論争・9歳の壁・障害認識を中心に』北大路書房 2009 
この本を買ったのは、日本手話での教育を求めた日弁連への人権救済の申し立てがあったのですが、それに対する全日ろう連の批判がありました。それが、全日ろう連のホームページからは消されていて見れない、この本には載っているという紹介が、ブログ439の「付記」でコメントした山内一宏(参議院第三特別調査室)「日本語と日本手話−相克の歴史と共生に向けて」(参議院事務局企画調査室編集・発行「立法と調査2017.3」所収) 2017)に載っていました。その文を読むために買ったのですが、もっと総体的にシムコム−対応手話と日本手話との論争のシムコム−対応手話の必要性を論じている本として、対話を求めて読みました。
できるだけ客観的に書こうとしていて(「あとがき」冒頭)、押しつけるようなことは良くないと書いているのですが、内容的にはむしろ著者のいう「手話−手話」論争の、「シムコム−対応手話」の勧めになっていて、論争を深めるためのひとつの貴重な資料になります。思いがけない、収穫になりました。
この著者はあの「3・3声明」で有名な京都府立ろう学校の数学とかの教員をやっていたひとです。その立場で「9歳の壁」をどう越えていくのか、という問題意識があり、社会参加というか、むしろ社会適応をどうしていくのかを軸に考えていたひとです。この著者は、口話を母親から厳しく身につけさせられ、後で母に「なぜ、手話を学ばせなかったのか、それは差別だ」とか反発したとかいう話しも書いています。ですが、それもそういう時代だったからと曖昧にしているのですが、それは母親との関係としては、母も社会から影響されたという歴史性という意味でそう言えても、社会が差別的だったからということで、「社会を社会変革的にとらえ返す」というという観点が出て来ます。ですが、著者は、現実的にどう適応していくのかというところに収束しています。社会でよりよい地位を得ていくかということで、この著者のシムコム―対応手話の勧めがあるのです。
バイリンガルという押さえ方が違うのではと思います。音韻的な押さえが書記言語の獲得には必要という観点が出てくるのですが、そのあたりがわたしには分からないのです。
以前、アメリカ手話を学んでいないアメリカ人の「聴覚障害者」が、日本で手話を学んでいるということがありました。そのときは、まだ手話の違いというような観点が希薄だったので、細かいことは押さええなかったのですが、日本手話と日本書記言語ではない他言語の書記言語とのバイリンガルもわたしはありえるのではと思います。音声言語の干渉を受けた手話単語の語源ということを知った上での覚えやすさの問題があるにせよ。音韻がなければ、コミュニケーションに障害がおきるわけではありません。逆に国際手話とかアメスランと日本音声言語−書記言語とのバイリンガルもあるわけで、そこでは音韻とかシムコムなどありえないわけです。フランス語圏のカメルーンでの、アメリカ手話とのリンクの中で、カメルーン手話の形成の話も、押さえてみたいことです。位相が違うのですが、そもそも、日本手話の文法で「音韻論」という言葉を使っている混乱もあります。
この著者の場合は、口話教育を受け、読書ということを通した「日本語」の習得から、
この著者はエリート教育の途を進んだのですが、そのことと「9歳の壁」ということは別なことのはずです。この著者は日本手話と書記言語のバイリンガルは結局モノリンガルの主張になる、ということを書いています。確かに、ブログ51で読書メモを書いた・パティ・ラッド/森壮也監訳『ろう文化の歴史と展望―ろうコミュニティの脱植民地化』明石書店 2007では、なぜ、ろう者はバイリンガルを強いられるのか、というところで、記録ということではビデオが使えるという主張、すなわちモノリンガルの話を展開しています。確かに学問的なところでは、バイリンガルやマルチリンガルが必要になっていくことは分かります。わたしは、中学から英語教育を受けていて、大学で一応第二外国語でドイツ語を選択したのですが、いずれも身についてなくて、最近イギリス障害学の文献を読むために、「英語が・・・英語が・・・」と騒いでいます。日本の場合はバイリンガルのひとは少ないのではと思います。なぜ、ろう者がバイリンガルが必要になるのかという話です。ろう者のコミュニティで生活している限りでは、モノリンガルで生き得るのです。「聴者社会への参加」というところでは、通訳を介せないときは、指文字が必要になるというところも含んで、口話も必要になるという話だと思います。この著者は互いに歩み寄る必要性を強調しています。ですが、問題は非対称性なのです。いわば、排除されないために、排除型の差別から逃れるために、医学モデル的な意味での「障害の克服」のための、非対称的な努力を強いられるという抑圧型の差別を受けるという話なのです。
この著者も、こうもりの話を書いています。また、「群れない」とかいう話もしていて、口話というところを身につけて、対応手話の世界に生き、かといって、聴覚はほとんど使えない中で、どこに自分が準拠枠をおくのかというところで、どこにも所属し得ないというマージナルパーソンに陥っているようなのです。そのあたりは、「吃音者」としてのわたしの立場からの自己批判的なとらえ返しもあります。著者は日本手話の世界を批判する中で、ろう者のコミュニティに入りきれないということがあるのだと思えるのです。
著者は、結局聴者社会にどう順応していくのかというところで、自分たちが非対称的に合わせることを強いられるのかという生徒たちのまっとうな差別に対する反発や怒りを、「そんなこと言っても・・・」と押さえる側に回っているのではないかと、わたしにはとらえられます。そういうところでの対応手話の勧めになっているのではと、わたしは押さえてしまっています。マージナルパーソンの陥穽のひとつの形になっています。
もうひとつ書いておきます。対応手話−シムコムのすすめをするひとは口話がないと読み取れないという話をしているのですが、手話の文法的な押さえと論述がそこにないのです。
この著書の中で、教え方の話をしているのですが、数学の手話の話は興味深く読めました。

さて切り抜き、というよりメモ走りです(メモ走りにとどめようと思ったのですが、結局いつもより長い対話文になりました)。
西川はま子の迷い39-40P・・・著者の共鳴
西川吉之助の自死41P
著者の母親との関係41P
「現在、「ニーズ」ということばが頻繁に使われるようになりましたが、「ニーズに対応する」イコール「親の希望通りにする」、ではないと思います。」45P
「ろう文化宣言」への著者の批判「木村・市田(1995)のこれらの記述からすると、手話を全く用いない聴覚障害者は、「聾者」ではないということになるでしょう。」50P・・・?大文字のDEAF(ネイティブ手話話者)と小文字のdeaf(医学モデル)の使い分けを著者は押さえていません。難聴者も「わたしたちはろうではない」という突き出しをします(これは医学モデル)。排除型の差別での位階のようなことがそこにあるようです。
矢沢さんのろう文化宣言に対するコメントと著者の共感51P・・・聴覚・口話法の進捗を評価していないという批判とそれを活かすことを提起しているのですが、そもそも「ろう文化宣言」の意味を押さえていないのではないか、と思えるのです。
全日ろう連が、「人権救済申し立て」で日弁連が判断したことの批判59P・・・当事者主体ということで共鳴できても、そもそも、現行の司法制度自体がなりたたなくなる論理
「日本手話を第一言語とし、日本語とは読み書きの形でしか接触しない方法で、高いレベルの書記言語を獲得させられるとは、あまり思えません(一部の優秀な子どもは可能でしょうが)。」64P・・・論理を問題にしているはずなのに、感覚で文を書いているような箇所。「あまり」という副詞とか使うことによってごまかしているのでは? むしろ、「聴覚を使えない」著者が対応手話と口話で学力をつけたことが、「一部の優秀な子ども」に当たるのでは?
「手話は一つ」ということへの著者の共鳴65-66P・・・「3つの一つ(ろう団体は一つ、手話は一つ、地域に手話サークルは一つ)」?
(著者の手話との出会いの中で、母親とのやりとりの中での発言)「大学に行けるかどうかよりもっと大事なことがある。家族の団らんで、私はいつも後回し。ずっとさみしかった。」76P・・・学力とコミュニティへの参加ということが二者選択的に現実的に強いられている問題(これ自体錯誤ではないかとわたしは思えるのですが)。著者自身も、「手話−手話論争」で、日本手話では学力がつかないと臆断し、学力をとって、生徒をその方向に導こうとしています。
文字だけで、口話がないと書き間違いが起きるとしている。101P・・・?聴者も聞き間違いもあるので、書記言語で確かめるということが、むしろあるのでは。
7章1節・・・「つまずき」の問題から、認識の進め方
「8章「9歳の壁」と「手話−手話論争」」・・・わたしにとって一番刺激的な対話の焦点的な章
「BICS(basic interpersonal communicative skills)-(東訳)日常会話的英語」「CALP(cognitive/academic language proficiency)−(東訳)教科学習に使われる学習」129P
「わたりの指導」「具体から、半具体、抽象へ」「BICS→CALP」130P・・・著者にも手話では抽象的語は表せないという偏見へのとらわれがあるのでは。
微妙なニュアンスの違う語が理解できないという話135P・・・単に「日本語の読解力」と翻訳の問題
カミンズ「第一言語と第二言語の間には共有基底能力(CUP; Common Underlying Proficiency)が存在する。」136P・・・著者はこれをそのまま受け入れていないようです。後にこの話の詳しい内容がでてきます。152P
「「バイリンガル聾教育」は、日本手話を通してBICSの充実を図ろうとするものであり、日本語のCALPへの移行に直結しないという問題が立ち現れてくることになると思われます。」136P・・・別の言語ということでは当然ですが、前の文節のCUPということでは基底になり得るのでは。
「(糸山は)記憶力と計算力の伸長に走りすぎて「考えない習慣」をつけてしまった子どもは、高学年になると学力不振に陥ると述べています。」136-7P・・・CUPの問題でもあるのでは。
「聴児の場合も、音声日本語あるいはBICSに長年親しんだ後にやっと書記日本語あるいはCALPを獲得できることから、日本語におけるBICSの形成を軽視できないと考える人は、日本手話の獲得が十分な獲得が書記日本語の獲得に直結するという考えに同意できないと考えるでしょう。また聴覚障害ゆえに、音声言語(発音・読話・聴覚活用)だけによるBICSの形成は困難であると考える人は、結果的に対応手話も必要と主張することになるでしょう。」137P・・・バイリンガルの話ではない。「英語の発音ができないひとには書記英語は習得できない」という論理になるのでは。およそ聾バイリンガルの意味を押さえ得ていない。
「アメリカでは、以前は、自然手話であるアメリカ手話の有効性を強調する論文が多数見られましたが、最近は、2つの手話のどちらであるべきかというよりは、「音韻コード」(phonological coding)の形成のために、「視覚的な情報」(visual information)の提供や指文字の多様(a heavy use of fingerspelling)が大切だと考える風潮が高まっているように感じています。日本でも、今後「CALPへの移行を射程に入れた取り組み」が必要であり、そのために、どちらの手話であるべきかという論争ではなく、音韻意識の形成のために2つの手話を包含する新しい方向性の追求が必要であると考えます。」137P・・・音韻意識の形成のない言語は成立しないという話になってくるのでは。結局対応手話が必要ということで、日本手話だけではCALPに移行できないとしています。ひとの名前の音声での読み方が分からなくても、ひとの区別・特定はできます。このあたりは、そもそもろう者の世界が分かっていないのでは。
「聴児のバイリンガルの場合は、2つの言語の音声に接しているが、バイリンガル聾教育の場合は、それができない。・・・・」・・・この後も「できない」の連発ですが、むしろ必要ないのでは。たとえば、ひとの名前の漢字をどう読むかということに聴者はこだわるけれど、ろう者はそんなにこだわらない。指文字で表した場合には、それを単語として覚えるだけ。逆に漢字が違っても、音でつくられた名前もあります。単語として覚えていくという話。ろう文化的なことの理解の問題もあるのでは。
「日本では、英語の音声にふれてもなお高いレベルの英語の力を獲得できる人は、多くはないでしょう。」140P・・・むしろ会話としてのBICS的な音声にふれる機会が少ないので、第二言語の獲得が進まないという指摘が出ているように思えるのですが。受験英語としての学習の弊害。
「筆者は、手話と日本語がどちらが先か中心かなどと一般論として考えるのではなく、その子どもの実態や環境に応じて考えるほうが良いと考えています。」140P・・・結局、環境というところで、社会参加するには、音声語が必要になるという論理に絡め取られていくのでは。
「(武居氏は、)手話の使用は音韻の問題を解決しないと述べています。」141P・・・手話には音韻などないから、むしろ音韻は必要ないのでは。手話は音声言語とは独立の言語であり、音韻とは無縁の世界です。干渉は受けていることはあるにせよ。干渉をむしろ廃していけること。
「手話環境の整備だけでは、その日本語単語の正確な記憶や定着は難しいと感じています。」141P・・・距離のある第二言語の習得の難しさの話を、「困難だ−できない」という話にすり替えようとしているのでは。先に音声言語ありきの考えから来ている話です。
「(上農の指摘)バイリンガル教育を標榜している人たちの一部には、『二言語習得』とは戦略上の建前、あるいは消極的な添え物的願望にすぎず、本音は(中略)モノリンガル(単一言語)志向が基底にある。」141P・・・これは本文で書いているパティ・ラッドの話につながっています。ろうの国(わたしはそもそも国(家)作りということに批判的ですが)とかコミュニティ作りにつながって、モノリンガルで生き得るコミュニティ作りの話に繋がること。そこではモノリンガルでかまわないのです。
「また、『ろう文化宣言』により、一種の新たな障害者差別ないし分断が生まれているようにも感じた」と筆者に語りました。」142P・・・(「筆者に語りました」というところ、著者は自分が共鳴する意見の引用を多用しています。)日本手話話者が対応手話話者を差別しているわけではなく、むしろ聴者社会への参加ということでは、対応手話話者の方が優位に位置しています。分断ということではなく、むしろ融和への拒絶ということではないかと思えます。問題が整理できていない中で、分断が起きていること。
「聴覚に頼る者と手話に頼る者が見られる聾学校では、共通のコミュニケーション手段としては「対応手話」にならざるを得ない」145P・・・聴覚に頼る者は、インクルージョンで一般校に通うようにして、聾学校を日本手話学校にすること。
「筆者は、対応手話に批判的な人に、「この2つの文章をそれぞれ手話でどう表しますか?」と尋ねたら、両方とも同じ手話表現になっていたことを何回か経験しました。例えば・・・」147-8P・・・これは訊いた相手の翻訳力の問題。わたしでも、ちゃんと区別して表せる。日本手話は主語と目的語の区別を指差しやうなずきなどではっきり示すから、分かりやすくなります。むしろ、これを対応手話で表した方が、区別がつきにくいのでは。
「対応手話を否定する人々の言うところの日本手話を用いる聴覚障害者は、どれくらいいるのでしょうか。筆者は、聴覚障害者教職員が集まった場で尋ねたことがありますが、「私は日本手話ができる」とすぐに挙手した人は(その場では)見られませんでした。」148P・・・本末転倒。口話法の中で、そしてその延長から対応手話に支配されているところで、純粋日本手話をするひとがそもそも少なくなります。対応手話の勧めをしていて、そちらに加担しているひとが、(大情況的には)自分が抑圧的な立場(になっていること)をさておいて、そんなことを書くのはおかしいのではないでしょうか。そもそも、ろう文化があるにせよ、(長くろう文化的なことが否定されてきたろう学校の土壌において)日本的謙譲の文化が強い中で、手をあげるひとはなかなか出て来ません。
「筆者としては、日本手話と対応手話は重なっていると考えます。両者を区別する意味はあまり感じません。」148P・・・区別しなかったら、手話通訳が成立しないのでは。
「口形」の必要性148P・・・日本手話でも、外来語に指文字をつけるときは口形をつけるし、相手によって語の区別が必要と思ったときには口形をつけることがあるのでは。
手話通訳者の「母の声」「母音」「母語」の表現が同じ148P・・・通訳になっていない、どちらの手話でも<声><音><語>の手話は区別するのでは。特に日本手話の場合は、相手によっては語を漢字対応的にそのまま表すのではなく、意味をつかんで通訳します。
話すスピードと通訳の限界の話 著者は読話できたという話149P・・・対応手話になると、特に表す語が多くなり、スピードが追いつかなくなります。それを著者は読話で読み取れたというのは、口話の限界というところで、読む力が著者は優れていて、限界の上限値が高いという話で、それを一般化できるのでしょうか? 
「それぞれの思いを尊重することは大切です。しかし、自分の思いを人に押しつけることは異なります。」150P・・・「押しつける−押しつけられる」というようにならないように、この著者もわたしも文語体ではなく、口語体にしているということはあるのではとは思います。ただ、意見の違いがあるとき、衝突を回避していたのでは議論や運動の展開も深化もなしえません。それに客観的にとらえるということは必要ですが、客観主義にはなりえません。実際、著者もシムコム−対応手話の立場でこの本を書いています。よく、運動や論争に参加しているひとで、わたしは批判されるのは嫌いだという話が出てくるのですが。嫌いなら、運動を担ったり、文を書いたりするのは止めた方がいいと思うのです。この著者も客観的に書こうとしたと言っていますが、こんなに自分の感情にひきずられて、きちんと他者の意見を検証しないまま、文を書いていると、思うのはわたしだけでしょうか?
「第8章(10)カミンズのCUP理論について」152P・・・ネイティブ手話と書記言語のバイリンガルの間にはCUPやバイリンガルはありえないというPaulの主張の引用と著者の共鳴・・・これが、議論の核心的なことになるのではと思うのですが、わたしは音声言語−書記言語でのバイリンガルなひとが手話通訳も上達しやすいということから、共通性はあるし、バイリンガルも可能ではないかと思えるのです。もう少し、対話の深化が必要になっているのですが、わたしにはそこまで広げられそうにはありません。8章のメモはここまで。
「「聴覚優位型」とわかった場合は、ことばや文章による指導が効果的であり、「視覚優位型」とわかった場合には、図や絵による指導が効果的であると言われています。」165P・・・問題をすり替え混乱させているのでは。手話もことば。手話で文章も表せる。およそ聾バイリンガルの意味をおさえていないのでは。ことばの使い方自体があいまい。
「「手話モノリンガル」になった時の不利益を考えると・・・」174-5P・・・どのような不利益なのか、長い差別の歴史の中で、現在的に情報が狭められるという問題ではないでしょうか? 国際社会の中で、学問をするにあたって、外国語の文献が読めない不利益と同じレベルのはなしではないでしょうか?
「手話の使用がすべてを解決しないことや「9歳の壁」を越えることの難しさ、BICSからCALPへの移行に直結しないことを念頭に置いた教育実践が、今後ますます求められるでしょう。」180P・・・モノリンガルでは「9歳の壁」は越えられないのでしょうか、BICSからCALPへの移行というとき、日本手話内部での移行がありえないという主張になっているのでは。「9歳の壁」については126Pにあるのですが、内容がつかめません。この話は201Pの話につながっています。
「伝わる」ということと「わかる」ことの間のずれ194P・・・この著者は、対応手話的に字面をおったことばを伝える(たとえば指文字的表記)としているので、音声言語−書記言語と手話という別の言語間の翻訳の問題を押さえていないのでは。
「口をきかない」という言葉の例示による混乱196P・・・単にボキャブラリーの問題。むしろ、日本手話の世界では表現分けする。とくにNMなども使われます。
「言う」「話す」の図197P・・・日本手話では表現わけするときもあります。NMなども使われます。逆に「使う」(「頭を使う」「のこぎりを使う」「ひとを使う」)という日本語を手話では表現わけする、ということもあります。
「気持ち」や「気分」「機嫌」「気」「心」を手話では区別わけしていないという話198P・・・この著者の手話は対応手話だから、音声語そのものを伝えようとしている世界。音声語のことばそのものを伝えるということでない限り、日本手話では話の脈絡をつかみ意味を掴んで翻訳するから、表現を変えることがあります。だいたい、そもそも翻訳自体のむずかしさもあります。自分の思っていることを表すなら、もちろんNMも含んで、表現分けしているのでは。
「BICSの充実(横の発達、高度化)には手話は効果的ですが、CALP(縦への発達、高次化)のためには別の手立ても必要だと感じています。」201P・・・180Pとのつながり、日本手話内でのモノリンガル的高次化と書記言語とリンクしたバイリンガル的高次化、書記言語内部の高次化を考えることが必要なのだと思います。
自分の体験での最初の母親への差別の怒りから、時代的な制約としてとらえ返し、逆に批判するひとを批判する204P・・・むしろ、自分もとらわれていたことの自己批判から、差別の構造的なこととしての社会批判と社会改革へ向かうことではないかと、わたしは思うのです。わたし自身の自己批判としてのとらえ返しからも。
こうもりの話206P・・・マージナルパーソンとしてのとらえ返しから。そこを脱する道筋を考えること。マージナルパーソン的な言語としての対応手話へのとらわれから脱する途がとらえられるのではと思えます。
「第4:聴者の世界と聾者の世界の両方を無理なく両立させる言動ができるようになり、落ち着く。」207P・・・そもそもこのような心理学的段階論への批判があるのですが、これは差別の存在する中での立場性の問題で、被差別者が「両立」しようとすると、まさに「どっちつかずの」マージナルパーソンに陥るという問題なのです。反差別の立場から、双方をとらえ返す必要があるのです。
「ある保護者が「聾学校全体では、手話が未熟な教員が1割前後いるのが良いと思う。わが子には、手話が未熟な人と交流できるスキルも身につけてほしいから」と語りましたが、筆者も同感です。」260P・・・何のことかわかりません。まず、親がたいていそうだし、親戚もそうだし、自分の住んでいるところに手話が分からないひとがたくさんいるのに、なぜ、そんな話をするのか意味が分かりません。
「自分の考えや流儀を他人に押しつけるのはいかがなものでしょうか。」261P・・・すでに書いていますが、著者も対応手話の勧めを書いています。そもそも、意見が違うとき、ぶつけ合うことは必要です。押しつけるような文体にしないということはある種必要ですが、ぶつかり合いをさけては、論は先に進みません。そもそも押しつけられてきた歴史の上でアンチテーゼとしての反発がそこにあるということも押さえる必要があるとも言い得ます。
「筆者は今では「もう私は群れない、群れたがるまい」と思うようにしており、・・・。」261P・・・これはわたしはむしろマージナルパーソンとしての悲劇だとしかとらえられないのですが。自身のマージナルパーソンとしての体験から。
12章の@ABの対比256-269P・・・その対比自体が論理的に対比できないことを対比していて、おかしいのです。
「聾学校では、聴覚活用に頼る生徒や手話に頼る生徒がおり、前者の生徒にとっては声のない授業はわかりにくいでしょうし、後者の生徒にとっては手話のない授業はわかりにくいでしょう。筆者としては、生徒にとっての「わかりやすさ」を優先したいと思います。」262P・・・「声のない授業はわかりにくい」ひとは、聴者と一緒の学校でいいはず、手話も必要だという生徒がろう学校にきていること。ごまかしているのですが、ここではシムコムや対応手話で授業をしようという著者の主張なのです。問題はそれで被害を被るのは、対応手話がわかりにくい日本手話話者のろう者なのです。その非対称性の問題を著者は押さえていないのではないでしょうか?
「「手話モノリンガル」になった時の不利益」265P・・・ろう者の聴者社会への参加という脈絡でしか考えていないのでないでしょうか。
生徒の「当事者の自分の気持ちが非当事者には分からない」という話への著者の「きちんと説明すること」という応答267P・・・ずれているのでは。非当事者にも被差別の当事者性があり、そこからとらえ返すように提起していくこと。反差別論的なところからのとらえ返しの必要。
(12章2節「今後求められること」「1・・聴覚障害教育の目的」で)@の「「9歳の壁」は現在も存在するようです。」270P・・・「口話教育との組み合わせによる手話教育」という著者の主張に導く話になっているようなのですが、そもそも「9歳の壁」の内容をもっと詰めないと、問題がはっきりしてこないと思えます。
(同じところの)ABC270P・・・むしろ日本手話による教育の話になっていくのではとわたしにはとらえられます。
「聴者にとって、日本手話の獲得は難しいです。」270P・・・CODAの存在をとらえていない。
「「集団成立」の視点を大切にすること」274P・・・そもそもどういう「集団」なのかの問題があります。
「多くの人々の賛意が得られない考え方や方法は、おそらく広がらないこと」274P・・・「おそらく」という副詞での著者の常套的ごまかし。一般論的な話として書いているのでしょうが、そもそもマジョリティ−マイノリティの問題を押さえ損なっているのでは。
「筆者が自分に言い聞かせていること」277-8P・・・まさに、適応論になっているのでは。
「らしさ」を尊重しながら、「らしさ」を押しつけないで欲しいです。」278P・・・むしろ押しつけられてきた歴史の中で、押しつけ返すという側面があるのではと思えます。もちろんアンチに留まらないところで、超えていく必要もあるのだとは思いますが。

posted by たわし at 17:24| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク聴覚障害学生支援システム構築運営マニュアル作成事業グループ/金澤貴之・大杉豊編『一歩進んだ聴覚障害学生支援―組織で支える』

たわしの読書メモ・・ブログ465
・日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク聴覚障害学生支援システム構築運営マニュアル作成事業グループ/金澤貴之・大杉豊編『一歩進んだ聴覚障害学生支援―組織で支える』生活書院 2010 
この本は高等教育での支援の、組織としてどう創っていくかに焦点を当てたマニュアル本です。手話通訳の体制がどこまで進んでいるかというところに、かなりのバラツキがあるのですが、高等教育における手話通訳やノートテイクの体制が、もっとも進んできている側面だと言い得るかもしれません。もっとも態勢が創られたところにおいては、ですが。
かなり、細かいところまで踏み込んだハウツー本になっているのだと思えます。
さて、問題は、態勢がそれなりに創られつつあるところで、技術的なところで、この本でも書かれているのですが、どこまで保障できているかの検証も必要になっているのではと思えます。
支援を通してのひとの成長ということも書かれているのですが、わたしはもうひとつ踏み込んだ、どういう社会を創っていくのかの観点も必要になっているのだとも考えていました。報償―お金などの制度を作ったところでのインセンティブということが書かれているのですが、そもそも福祉関係の労働賃金が安いところで、介助の危機的情況をととらえたところで、ベーシックインカム(基本所得保障)の議論も起きています。これは、ベーシックインカムと現在の社会体制の矛盾、アンチノミーになるということも考えねばなりません。そもそも、社会体制の問題からも考えていく必要があるのではと。
FD(Faculty Development)、SD(Staff Development)、エンパワーメントの三角の相作的働きかけ合いの関係図というようなことでの支援と主体性の確立の弁証法がこの本からとらえられます。
いつもの切り抜きです。
廣中レポート196P
基調的文196P
逆転の発想216P

posted by たわし at 17:21| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

『聴覚障害者への合理的配慮とは?』編集チーム編『よくわかる!聴覚障害者への合理的配慮とは?―『障害者差別解消法』と『改正障害者雇用促進法』から考える』

たわしの読書メモ・・ブログ464
・『聴覚障害者への合理的配慮とは?』編集チーム編『よくわかる!聴覚障害者への合理的配慮とは?―『障害者差別解消法』と『改正障害者雇用促進法』から考える』全日本ろうあ連盟 2016 
これはろう協関係の手話サークルで買った本です。権利条約の流れから、それに合わせて法律の改正、新たな法律が作られていく中で、「合理的配慮」という言葉を使っていこうということが出て来ているのですが、わたしはこの概念は、両刃の剣ではないかと考えています。「過度な負担になるときは「配慮」は免除される」ということになっているからです。こんな言葉を使うなら、よほど「基本的人権」で要求を出していった方がいいと思っています。「「障害者福祉」は基本的人権の問題で、基本的というなら、お金がないからという理由で施策しないですませられない」となるからです。
さて、この本は、「合理的配慮」という言葉で、どういうことを不作為の差別としてとらえるかということが、事例として出されています。それが収穫ですが、つねに「過重な・・・」ということがついて回り、現行の三権分立が機能していない司法制度の下で、裁判を起こしても、判例として出ている「裁量権」の問題で逃げられます。
そもそも、この本の「あとがき」の中で、「わが国では「医学モデル」の考えが根強く、「障害」を克服することが長いこと求められてきました。「社会モデル」の考え方に変えることは一朝一夕にできるものではありません。」176Pと編集者が書いています。一連の法改正や、新たな法律作りの中で、「障害の社会モデル」に基づく法改正・法創りとかいうことが官僚サイドから出て来ているのですが、そもそもその法自体の障害概念は紛れもなく医学モデルでした。この本の中での事例集作りやその他資料は、まさに旧態依然の医学モデルか、医学モデルの域を脱していないままです。
もっと根本的なところからのとらえ返しが、必要になっているのだと思います。

posted by たわし at 17:19| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

全国手話通訳問題研究会宮城県支部/田門浩監修『手話と法律・裁判ハンドブック』

たわしの読書メモ・・ブログ463
・全国手話通訳問題研究会宮城県支部/田門浩監修『手話と法律・裁判ハンドブック』生活書院 2008 
わたしは「障害者」関係の裁判支援をしていて、しかも「聴覚障害者」関係の裁判支援もしていました。それを知っているひとから貰った本です。
最初は、「第1部 法律・裁判 手話単語集」です。裁判関係、法律関係の手話単語が載っています。知らない単語や、わたしが見た表現とは別の表現もあったので、いろいろ参考になりました。
「第2部 司法手話通訳」監修の田門さんの文。法律関係・裁判関係の情報が書かれています。だいたいのことは、つかんでいたのですが、きちんと情報として整理できました。
「補章 裁判員制度とは何か」これも田門さんの文です。裁判員裁判制度について、きちんと知ることができました。
さて、これは制度の説明で、こんなことを書き加えるのは筋違いなのですが、制度ということをそのまま説明していたのでは、その制度の持つ問題点をないことにして、それを容認してしまうことになるので、敢えて、書き加えます。
裁判員裁判制度が始まったときに、ろう者も裁判員になることを想定して、ろう者もまきこんで制度検討がされていました。わたしはこの話が出て来ていたときに、湾岸戦争の時に、アメリカの女性団体が、「女性を前線に出させないのは差別だ」という主張をしていたことを思い出しました。戦争というのは軍事で自らの意志を押しつける究極の差別です。もちろん、押しつけられることへの抵抗の戦争もあるのですが、少なくともアメリカ軍は圧倒的な軍事力の差で、国家意思を押しつけてきた歴史があります。わたしはそもそも「犯罪」とは、権力犯罪を除いて、差別の構造の中で、差別の反作用としておきると押さえています。そう押さえたとき、わたしは「障害の社会モデル」を援用して「犯罪の社会モデル」ということを考えました。社会が「犯罪者」を犯罪に追い込んでいくという構造があるとき、社会の責任、社会を構成している自分たちの責任ということを考えたときに、なぜ、社会の責任を、自分の責任をスポイルして「犯罪者」として起訴されたひとを、国家の名の下に、社会の名の下に裁くことに加担することができるのかということです。ですから、裁判員として参加するということはとても考えられないのです。こんな話しを書くと、「同じような境遇で犯罪に走るひとと、きちんと社会生活を送っているひともいる、自己責任の問題だ」というようなことをいうひとがいます。でも、決して同じ境遇ではないのです。わたしは、それは必ずしも経済的に貧しいから「犯罪に走る」のではなく、また色んな矛盾を抱えさせられると必ず「犯罪の路」に進んで行くのではなく、そのひとを取り巻く関係性に、「そのような路」には入るのを止めるような「救われる」関係があるのかどうかの問題だと思うのです。
わたしたちは、「障害者」差別だけでなく、差別ということを総体的にとらえたところで、その差別の構造の中にある自らの差別をとらえ返していく作業が必要なのではないかと思うのです。ちょっと本題から外れたのですが、こんなことを改めて考えていました。

posted by たわし at 17:11| 読書メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

伊東雋祐『動くことば みることば―手話からの提言』

たわしの読書メモ・・ブログ462
・伊東雋祐『動くことば みることば―手話からの提言』文理閣 1991 
手話通訳関係の本の連続学習五冊目、伊東さん関係の本、前メモに続いて二冊目。この本は、京都の聴言センターのニュース「京都聴言ニュース」にこの著者が投稿していたエッセーに手を入れた本です。
この本も手話を学び始めたころに買った本。初期の通訳者の有名なひとという感覚で、わたしは手話通訳論的なことには関心があったのですが、歴史は積み重ねられていくので、現在的なことが過去を乗り越えていくという思いがあったので、むしろ現在的なことを押さえて、過去の歴史を学ぶという思いをもっていました。わたしは「障害者」の介助論から、手話通訳を押さえるという作業をしていて、現在の漏れ聞く通訳論がどうもおかしいのではないかと思い始めていて、過去に遡る作業も棚上げしていたのです。もちろん、わたしは「誰もいないときは仕方がない」ところで「手話付け」をしているだけで、通訳者ではないという意識性のせいもあったのですが。
さて、伊東さんは、初期からの通訳者なのですが、手話通訳論的なことの原型がきちんと押さえられている驚異のひとです。ちっとも古くなく、むしろその論は深いのです。ひと的にもろう者に対する、とりわけろう学校の教員として子どもに対する熱い思いをもっていた魅力的なひとだと、この本を読んでいて感じていました。
手話通訳がろう者の要求というよりは、刑事事件を起こしたろう者を警察が取り調べるのに、手話通訳を依頼したという、通訳者としては苦渋の通訳として始まったということが書かれています。これに関しては、わたしの手話講習会の通訳者の講師の先生が手話通訳のあり方の議論に参加しているひとで、いろいろ話をしてくれていたのですが、警察から呼ばれて取り調べの時の通訳はどうするのか、という話をしていたのです。わたしは「そもそも、基本はろう者から依頼されていくことで、警察から呼ばれて通訳に行くのはおかしい」というような応答をしていました。勿論、問題は単純でありません。密室ででっちあげて調書をとられる場合もあるので、コミュニケーション保障として介入していくという意味もあるかもしれません。わたしはこのあたりは、むしろ弁護士の選任権と同様に、手話通訳の選任権の告知もすべきだし、そもそも弁護士側からの以来で、弁護士とその弁護士の側の通訳の同席としての取り調べが必要になるのだと思います。
もうひとつ、この本の教育論では、最初に口話教育そして手話教育という提起をしています。これは、聴者社会への社会参加ということでの提起なのです。もうひとつ、発達保障論の影というようなことがとらえられます。そもそも、「発達」ということの中身の問題があります。良い大学に入って、社会的地位を得るというところで発達の道筋を見るのなら、それぞれの特性はあるにせよ、口話→手話となることがあるにせよ、きっとろうコミュニティへの参加というところでは、手話教育が先になります。
わたしは手話を学ぶということはろう者コミュニティへの参加という意味をもっていると言う意味で、それが「発達」でもあるのですが、一般的に聴者社会へのスムーズな参加を「発達」としていく、その非対称性がむしろ問題になっているのです。
さて、ここで全通研の議論で抜け落としていることを書き置きます。それはひとつは、繰り返し出てくる「手話通訳の中立性」の問題です。利害の対立のあるところ、そこに差別があるところにおいて、中立な通訳はありえません。「中立」的であろうとすると、力を
もった差別する側に加担することになるからです。この問題をわたしは繰り返し言っているのですが、余計なことはするなという「代行主義の否定」の話と取り違えられているのではと思います。「何が余計なのか」ということはその場その場で、きちんと押さえられる必要があるのです。
通訳の専門性による差別の問題、実はこれは二つの意味をもっています。ひとつは対象者に対する抑圧性の問題、そして通訳者間の技術の差による差別の問題、これは誰のための何のための通訳かということをとらえ損なっているところから来ているのではないかと思います(「中立性」の問題にも通じることです)。それは通訳者が「人間関係がいやになって辞めていく」ことにも現れています。これらは、「手話通訳者のプライド」問題に端的に表れてきます。
いろいろ批判的なことも論の深化を求めて書いてしまいましたが、兎に角手話通訳論の基礎固めを担ったとても素敵なひとで、その論考はとても深いものを感じています。

さて、抜き書きです。この切り抜きは、わたしの偏ったとらえ返しですが、通訳のあり方、こころ構えに関することばの宝庫になっています。
「そこで私見ですが、私は教育の方法としての同時法はともかく、同時法的手話の使用を、しかもそれを日常生活の中や手話通訳で使うとなると、これは何とも難しい表現手段なのではないかと思うのです。手話と日本語という文法の違ったことばを、日本語の文法構造に従って使うとなるとたいへんです。手話と日本語は、たとえ表現の媒材や文法の違いはあっても、同一社会の風土や文化の反映として創られたことばであって、聴覚障害者にとっていずれも母語といっていいというか、日本語と手話は重層をなしていることばです。」49P・・・どういう言語環境で育つか、どういう教育をうけるかで、母語は違ってくる、口話教育を受けて、後で手話を学ぶと「重層をな」すかもしれないのですが、ろう者にとっては、自然言語は手話ではないかと思うのです。これは「ろう文化宣言」が出される以前の文ですが、それを受けて、あらためて論考が必要になります。
「わたしたちは手話をあまり細分に分断してとらえるのではなく、その全体像をしっかり見すえることが大切だということです。全体像としての手話とは、すなわち、ろうあ者暮らしの総体と、その生きざまの全力的表現であり、それをまるごとつかみとる手話こそ大切ではないかと思うのです。」49-50P・・・母語がどうなるのかによって手話が違ってくる、ということからとらえ返すこと。確かに「重層的に」なっているひともいるけれど、言語の習得が困難になっているひとも出ている現状を押さえることが必要ではないかと思うのです。
「「昔の手話」「今の手話」「古い手話」「新しい手話」はあっても、「伝統的手話」という用語は、私にはどうしても馴じみにくいのです。これは、今なお一般の聴覚障害者が使っている手話なのですから、むしろ「一般手話」とか、「日常手話」というのが適当ではないかという気がするのです。」51-2P「私は、手話はやはり手話であり、それはゆるぎないろうあ者の会話ことばなのだと考えるのです。」52P(ここの下線は本文では傍点)・・・「昔の手話」「今の手話」「古い手話」「新しい手話」というのは意味が違うと思います。今は、「日本手話」と「日本語対応手話」という対比する言い方になっていますが、これも全日ろう連の「手話はひとつ」という方針で混乱を来しています。「会話ことば」という言い方は、高田さんのコミュニケーション手話という言い方につながっています。伊東さんの考えが全日ろう連にも影響を与えているようです。
「人びとがその国語を大切に思うごとく、手話もまた大切なことばである。そのことばを習うわけですから、わたしたちは学習を興味だけに終らせてはならないでしょう。」53-4P
「手話上達の基本―それはあくまでも聴覚障害者の暮らしや文化との直接的なかかわりあいであることを忘れてはならないのです。」55P
「聴覚障害者と話し合ったり、彼らを受け入れたりするためには、一にも二にも手話技術がなくてはかなわないと思いこんでいる人たちがいますが、そんなことはありません。手話がうまい人より、生活や志が近い人や、一生懸命の人がより通じ合っていることもあります。が、かといって豊かな伝達技術がないと、これもまたさまざまな伝達場面での通じ合いはできません。私は聴覚障害者とのつたえ合いの基本は、やはりその人の生活や歴史、生きざまとのかかわりだと思うし、手話技術の研鑽は、話し手の手話の髄までしゃぶる思いで凝視することではないかと思うのです。視るということは目ではなく、初心のあつい心です。心にくい入って深く視ることなくしては、手話はわたしたちを素通りしていくばかりではないかと思うのです。」57P・・・「手話は心」の話に通じること
 「手話や手話通訳活動とかかわること、それは決して手話の表面をなでていくことではありません。ブームなどとは無縁にして、人の世の無限の生き方を学ぶことに外ならない。」59P
 「私の手話の先生である京都の明石欣造さんなどは、「手話の達人とは、自分の観た映画をいかに感銘深く、眼前にその画面が浮かび上がるような手話表現が出来るかがきめ手だ」とおっしゃいます。」60P
「わたしたちの一人一人が手話及び手話文化の運び手といってよいのです。だからこそ、そのわたしたちは、自らが聴覚障害者であると否とにかかわらず互いに鍛え合い、人格的な資質を高め合い、それを手話の魅力と結びつけて手話文化をにない合っていく努力が必要ではないか、今、私はそんなことをつくづく考えさせられています。」64P
 手話通訳の始まりは、ろう者の要請ではなく、刑事事件での警察からの通訳の要請102P
 「ろうあ者自らの通訳要求が育っていないところに優れた通訳論や通訳実践は成り立ちません。」104P
 「私自身、かつてこのような事例に何度か出会いながら、「黙秘権」が伝えられないことを裁判所にきちんと提起してこれなかった自省をこめた思いです。」108P
 「現(この本の執筆当時)日聾連副理事長であった板橋正邦委員が「ろうあ者は心のよい通訳者を望んでいる。心のよい通訳者とは、やさしく、正義感と科学性をもった人のことだ」といった意味の発言をされ、私にはその内容がとても印象的でした。昔、藤本氏は宗教的信念という言い方で、手話通訳者への期待を述べられ、今、板橋氏は心のやさしい人云々ということばで、ろうあ者の期待を表現されました。昔、手話通訳者は必ずしもろうあ者の困りきった立場、あるいは権利の立場に立ちきれないばかりか、権力の側についてろうあ者を説得し、おさえこむ立場で手話通訳を行ない、そのために苦しんだり、手話通訳者不信に陥ったりした事例は多いのです。」110P
 「わたしたちは手話通訳を聴覚障害者の権利としてとらえ、その拡大を運動として進める立場をとってきました。私はこれを「手話運動」と呼んできましたが、・・・。」114P
 「手話通訳者は発言者に呼吸を合わせることが大切だし、外国手話の場合だと、さらに二人の通訳がいるのでその合わせ方は複雑で、通訳者はますます合理性と共に豊かな情感性が要求されます。・・・共に呼吸を合わせることができる通訳活動を目ざさなければならないと思ったことでした。」119P
 「手話通訳はいろんな場面でやらなくてはならない。手を大切に。足を大切に。何よりも腰を大切に。」120P
 「京都盲唖院の創始者、古河太四郎氏は、「手話」とは言わず、「手勢」と言っておられ、これは江戸時代からの用語であるようですが、一説によると古河氏は、手で表現する時の姿勢を含めて考えておられたといいます。これは手話通訳にあたっても大切な視点ではないかと思うのです。」121P
 「手話表現をよりわかりやすくするための要領に、表現の間合いをうまくとるということがあります。」122P
 「間合いのとり方について二、三書きますと、第一には、視覚言語である手話の特徴を十分生かすことです。第二に、通訳する内容の研究なり勉強があります。そして第三には、手話通訳時におけるゆとりの問題があります。このゆとりこそ、聴覚障害者がゆとりをもって手話を見、考えながら手話を読む鍵であります。お互い、間合いのとれた手話表現が出来る努力をしていきたいものです。」123P
 「意訳とかことばの補足ということは、外国語の通訳の場合も同様で、通訳の本来の意義とは、両者のことばを、それぞれの地域なり国の文化と照合し、置換して相手に伝えることにあるといわれます。とすれば、手話と音声語の場合では、生活文化というより両者の言語文化への置換技術が問題になりましょう。」124P
 「まず、文章や話の内容を、「世話のしすぎはだめだと思って」とか「法制化は本当に突然で・・・・・・」といったわかりやすい文に組み直し、さらにそれを単純な手話に訳して表現する。つまり二重の訳をしなければならないのです。」128P
 「手話通訳活動にとって健康はまず基本です。わたしたちは 自らの健康がきちんと管理していける労働条件をつくりあげていくことと同時に、西川さんや大村さんらの問題(「頸肩腕症候群」を発症した手話通訳者の職業病―健康の問題)を通しても、手話通訳労働とは一体何なのか、そのことを科学的な視点できっちりとおさえていかないといけないと思うのです。これから新しい手話通訳論(後述)の展開においても、通訳労働論は除外できない大きな課題でありましょう。」134-5P
 「こんな時(電話通訳とその大変さにおいて)大切なことは、手話通訳のこのことば探しや苛立ちは、そのまま聴覚障害者の日常なのだという認識です。私は、手話通訳の活動とかかわる者らは、そこに心を据えて、手話通訳をする者の重みを受けとめるべきだと言いたいのです。この日常的なろうあ者の状況を心とすることこそ、手話通訳活動者の心意気で、私もまた、いくら苦手であっても決して電話通訳から逃げるべきではない―…」137P
 「私はこれまで、手話を国民のいろんな階層の方々に知ってほしいという願いと同時に、「手話はろうあ者のためのろうあ者だけのことばだ」という思いを長い間あたためていました。最近では手話講習会や手話クラブ、手話サークルなども広がり、手話を学ぶ人たちもずい分増えてきました。その人たちに対して私は、単にあそび心だけで手話に近づくことへの戒めとして「手話は心をこめて学べ」と説き、「手話はろうあ者の暮らしから学べ」と主張してきました。」139P・・・基本は押さえつつも、どういう段階でも学んで欲しいと思います。わたしの「言語障害者」の立場からすると、手話が広まり、「音声言語」を捨てても生き得る社会が創られればとも思います。
 「初心者に手話を教え、社会的に手話を広めるということは、私は手話指導者としての専門性を身につけた手話講師と、同時に一般の手話会話者とがしっかりと手をつないでとりくむことがなければかなわないことだと思います。また、学習した手話に息吹きを与えるのは、何といっても聴覚障害者とのコミュニケーションを通してであり、聴覚障害者との人間同士のぶつかり合いをおいてありません。」140P
 「音声語と手話はそもそも異言語であって、相互の単語量だけでは質量共に比較できない面があるわけです。すぐれた手話通訳者とは、わたしはむしろ少量単純な手話で学生が講義を的確に把握できる手話表現だと思うのです。」149P
 「私は山形レポート(「思想を手話で構成する」という内容)の提起を「手話で論理を展開する力」と読みかえてみて、私自身を含めて手話通訳者はまだまだこのような訓練が不足しているような気がします。日本語に手話を合わせる技術もさることながら、手話に日本語を合わせる技術も、これはわたしたちの大きな課題であるといってよいでしょう。さあ、私も力を出して若い人たちと一緒に勉強、勉強です。」154-5P・・・著者のつねに自らを磨く姿勢
 第2章26「手話サークルの活動より」うどん店の訪問の逸話・・・手話サークルの意義
 「・・・私は、「ろうあ者の権利を守る手話通訳を」とか、「ろうあ者問題を明らかにし、問題解決への運動的視点を」などの提起をし続けてきました。」161P・・・いつも引用されるところ
 「手話通訳の専門性というのは、どこまでも具体的な通訳実践と照らして通訳活動の総体をとらえるべきだということです。」163P
 著者の「新しい手話通訳論をつくりあげていくに当たっての、基本的観点」→@手話通訳のあり方−理念の問題A手話通訳の機能論B手話通訳労働論C手話通訳をめぐる諸科学との連携の問題163-4P
 「・・・日本の手話通訳者は、地域活動の中で育った、いうなれば、地域は手話通訳者の宝庫であります。」168P
 「・・・手話通訳士の有資格者、無資格者など、さまざまな人たちが活動場面に出てくることでしょう。しかし、そのことがろうあ者や手話学習者の分断につながるものであっては絶対にいけないのです。それを許さないためにも、ぜひとも地域の通訳力を高めて、共に歩く手話通訳力を高め、共に歩く手話通訳活動者の分断につながるものであっては絶対にいけないのです。」169P・・・人間関係に疲れて離れていくひとたちの問題、もっと技術的に「下」のひとたちの立場からのとらえ返しが必要
 著者の手話通訳者倫理綱領の項目案174-5P
 「聴覚障害という機能的障害のもたらす人間発達上の障害、そのことによって受ける社会的不利はさらに深く、多様です。」184P・・・当時の障害規定ICHDH、そのまま。そして「発達」概念へのとらわれ。
 「当時、私などは若くて先輩の労苦や経験は技術主義としてあまり関心を寄せない向きがありましたが、私はこの教育(口話主義教育)においては「普通に話すこと」という言い方にも深い意味あいがあったことを今つくづくとかみしめています。」189P・・・技術主義批判とそれへの反批判的評価、手話を巡っても?
 「同時法という教育方法も、これは決して手話法ではなく、本来的には日本語の構文を基礎にした口話の変形と考えてもよいでしょう。」192P・・・「ろう文化宣言」の対応手話批判との類似性
 「いわゆるO・R・Aシステム(大阪市聾方式)を完成したといわれます。このシステムというのは、児童生徒の個性に応じた教育方法をとる、といったシステムで、口話に合う児童には口話で、口話に不向きな子どもには手話や指文字を使って教育を行なうというものです。」194P・・・これだと医学モデルになるのでは、手話の意義が薄れているのでは?
 「私自身は聴覚障害者の言語生活は、つづまりは日本語と日本手話の二言語生活(バイリンガリズム)が必要だということを前提に、まず幼児期には聴覚・口話法で日本語指導に入るべきだと考えます。親にも多くの若い教師にも、これなら自然にろう児とのコミュニケーションにとりくめるからです。手話はその後で(小学三・四年以降で)子どもたちの言語生活に導入すべきでしよう。当然高学年では、手話を教える教科を設けることも考えるべきでしょうし、何よりも、手話によるコミュニケーションの拡大によって知識や社会活動を広げることが大切だと思います。」194P・・・これだと第二言語としての手話の獲得にしかならないのでは? なぜ、ろう者が聴者に合わせることを強いられるのか、ろう者の聴者社会への参加というイメージしか出てこないのでしょうか?⇔手話法・口話法と教育の問題での著者の提起@「手話を使うのは口話の失敗者ではない」A「聴覚に障害を受けた人間としてどう自己表現を遂げていくかという課題は、いよいよ人生の本格的課題となるのです。私は、聴覚障害者がこの課題に迫って生きていく上で手話は、まさに聴覚障害者の命の源泉の如く大切なことばであったと思います。手話をつくり出して発展させてきた仲間は、きっとそれを支える大きな大きな力だったと信じるのです。」195P(下線はたわし)と矛盾するのではないでしょうか?医学モデルの「障害の否定性」から、そこから来る発達保障論的考えから抜け出せていない箇所として指摘できます。口話・聴覚法を先にということは、次の文とも矛盾しています。→「毎年、「京都高校生の集い」を開催してきました。昔、この集会に参加した聾学校高等部の生徒は、自分たちが抱えている障害や、悩みや要求について手話でどんどん発言し、学校へ帰ってきて生き生きと討論の様子を報告してくれました。その手話には表現上の拙さや、まとめ方の未熟さもありましたが、とにかくそこには躍動する手話の語りがありました。ところが最近の生徒はそうはいきません。手話を知らない、手話に無関心な生徒が比率の上で増えていることは、そのまま自主活動の停滞にもつながっています。生徒諸君の会話や討論の中で、手話は次第に以前のような力強い流れを失ってきました。」206P「生徒のコミュニケーションの様子を観察していますと、それぞれ仲良しグループだけに通じる身振りや口形サインはもち合わしていても、生徒集会のような場面ではつうじず、教師が手話通訳をやっている場面があったりします。手話クラブが出来ても、昔の生徒のように人前で手話で自由に自分のことを語れたり、巧みに意志発表が出来る生徒はなかなか育ちません。生徒集会や、卒業生の同窓会行事などが、先輩、後輩の関係での手話学習、手話伝授場面であったのに、今はそれがありません。というわけで、これは手話に限らず、学習や他の諸活動についてもいえることでろう学校の様子も生徒数の減少も伴ってずい分さまがわりをしてきました。手話盛んになれば学校生活も盛んで豊だし、集団の内容が貧しいと手話も貧困になります。」215P・・・ろう者の集団形成、コミュニティ形成には、手話教育を先にということが必要になるのではと思うのです。この話はトータルコミュニケーションへの言及にも続いていきます。「しかし、私はアメリカのトータルコミュニケーションという教育理念を日本の聾学校にもちこむ場合、どうしても気になることが二つあります。一つには、この場合、日本語の文形式に沿って手話を使い、指文字を入れていくのですから、いきおい日本語対応に制約されて、例文的表現(日本語も手話も)に終わってしまわないのか、ということと、もう一つは、手話独自の特徴や機能や手話の美しさや楽しさがそこなわれるのではないかということです。手話は日本語に従属させるべきではないのです。」220Pしかし、それでも、また聴者社会への参加、聴者社会に合わせるという主張に引きずられていきます。「つぎにアメリカや北欧の聾学校で行われはじめたという「手話を母語とする教育方法」、つまり、ろうあ者にとって手話は母語であり、第一言語だから、幼児期から手話を教え、手話でコミュニケーションをさせ、手話で教育することを主張し、実践している教育法を日本でも実施すべきだという考え方には私は強く反対します。」221P・・・これの理由は(わたしの要約ですが)「@両親が簡単に手話を身につけられないのでコミュニケーションが難しいことA実際にスウェーデンで行われている手話教育が対応手話であることBこれまでの口話・聴能教育の蓄積が活かされず、またいつから日本語教育を始めるかの問題がある。」221Pということですが、論理的な理由になっているとはわたしには思えません。これは、ろう児を聴者社会に合わせるという教育になるからです。今、いろんな実践が始まっています。その成果で、どうしていくかの道筋がとらえられていくとも思います。
 いろいろ書きましたが、この本は古典として、色んな議論をしていくにあたって、繰り返し原点回帰のように参考にされていく書として使われていく大切な本だと思います。

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